はじめの一歩!ダルマさんが転んだ!

 正平調 小学校時代、担任の教師から平手打ちをくらった。なぜ怒られたか、理由は覚えていない。頬を焼くような瞬間の痛みと怖さだけが記憶に刻まれた◆この中学生たちの恐怖や痛みはいかばかりか。宝塚市の中学校で起きた傷害事件のことだ。「きつめの指導」と称し、柔道部顧問が投げ技などで2人に重軽傷を負わせ、傷害容疑で逮捕された。帰宅した後も生徒は震えていたと、保護者は言う◆それから10日、解けぬ疑問がいくつもある。これほど体罰はやめようと言われてもなかなか減らない。なぜだろう。兵庫教育界の規範が緩いのか。そう問う声も耳に届く◆脚本家倉本聡さんの話を思い出す。幼いころに万引をしたそうだ。欲しかったお菓子屋さんのビスケットを2枚。気づいたお母さんから事情を聴いて、お父さんは「出かけるよ」と倉本さんを外へ連れ出した◆向かったのはそのお店。「ビスケットを全部ください。在庫も」とお父さんは言った。そして大きな袋二つをかついで帰る間、説教はなし。でもビスケットがおやつに出るたび、倉本さんは後ろめたさを感じ続ける。自伝エッセー「見る前に跳んだ」から◆力ではなく、言葉や姿勢で諭し、導く。難しいのを承知の上で期待する。教育に生きる皆さんの、プロの力。(神戸新聞・2020・10・22)

++++++++++++++++++++++++++++

 「正平調(せいへいちょう)」は神戸新聞の朝刊コラム名。その表わすところは、中国の典籍からのもので「厳正公平かつ情緒豊か」といったところでしょうか。阪神淡路大震災の折には連日のように愛読にこれ努めました。本日のテーマは「体罰(暴力)」です。過日扱った「わいせつ行為」と同様、学校教師の犯す過ちの代表格です。体罰は暴力、わいせつは犯罪、これで間違いはないのですが、なぜ、いつまでもこんな犯罪が学校現場で罷り通って来たのか。おそらく歴史や慣習(習慣)に根を持ついわれがありそうです。ずいぶん前にある人から質問されて、「体罰をなくするのは実に簡単さ、学校をなくせばいいじゃん」といって顰蹙を買いました。今でもその考えは変わっておりません。

 「その昔」は、体罰は「日常茶飯事」だった。だから少々行き過ぎがあっても許されるのだという三分の理は今では通用しない。また、熱心な教師ほどこの過ちを犯しやすいのかもしれないし、あろうことか、親が「体罰」を期待する向きもないわけではなかったし、今もそうです。そんなこんなで、「体罰」は万世一系のようで、学校から「体罰」をなくしたら学校がなくなる恐れさえあります。でも、それによって「死ぬ人」が出るなら、笑い澄ましたりできるような暢気な話ではありません。

 倉本さんの逸話はいかがでしょうか。いつだったかのブログでも触れましたが、盗みを繰り返す子どもに、そんなに欲しければ「盗みなさい」というほかなかった母親の話があります。まさに母親の「一回限りの言葉」だといいました。その子と母親との間で、たった一回しか通用しない言葉というものがあるのですね。その母親はまた、「盗んだことを、後でお母さんに言うのよ」と付け加えたということでした。倉本お父さんの場合も、息子と自分との間に生じた「一回限りの行動」だったかもしれません。その行動は、しかし「怒鳴りつける」「殴り倒す」以上の規制・自制力を与えたに違いありません。ビスケットは旨くなくなったはずです。

 この歳(後期高齢者)になるまで、ぼくはどれだけの過ちをお犯してきたか。大小無数の失敗を繰り返しながら、ここまで生き延びたと、自分でも思います。親は「知っていた」のに何も言わなかった。気づいていたにもかかわらず、親は直接は何もしなかったし、言わなかったんだと、ぼくは受け取った、そんなことが何度もありました。それを思い出すたびに、「過ちの記憶」はしばしばブレーキの役割を果たしていたと考えた。親にも教師にも「たった一度」だけだったが殴られた。殴られたのは一度だったが、親や教師はなんども「殴りたかったに違いない」と思い至って慄然としたのも本当です(殴られた記憶は、矢張りブレーキだった)。ぼくはその苦い経験を導きの糸のように手放さないで生きようとしてきましたし、まるで綱渡りのような危なさでここまで歩きついたのです。今から考えても「肝を冷やしっぱなし」でした。(「懲りない、戸塚さん」左上)

 体罰はいけないと、わかっていても手が出る、足が出ることもあります。明確な線引きをして「犯罪」として扱うのも誤りではない。でもそうすれば、学校は監視カメラが無数に設置された「監視・処罰社会」になり変わります。鬱陶しいし、明るくない社会ですね、そうなると。果たして、それでいいのですか、先生。

 「握ったこぶしを開け!」腹が立ったら、怒りが襲ってきたら「だるまさんが転んだ」というのがいいね。「にらめっこしましょう」なら、もっといい。その程度で消えるんだ、ほとんどの怒りは。

______________________________________________________

My left side is still partially paralyzed

Keith Jarrett’s left side is still partially paralyzed by a pair of strokes in 2018. “I don’t feel right now like I’m a pianist,” he said.Credit…Daniela Yohannes/ECM Reco

++++++++++++++++++++

Keith Jarrett Confronts a Future Without the Piano / The pathbreaking musician reveals the health issues that make it unlikely he will ever again perform in public.
By Nate Chinen The NEW YORK TIMES Oct. 21, 2020
The last time Keith Jarrett performed in public, his relationship with the piano was the least of his concerns. This was at Carnegie Hall in 2017, several weeks into the administration of a divisive new American president./ Mr. Jarrett — one of the most heralded pianists alive, a galvanizing jazz artist who has also recorded a wealth of classical music — opened with an indignant speech on the political situation, and unspooled a relentless commentary throughout the concert. He ended by thanking the audience for bringing him to tears.
He had been scheduled to return to Carnegie the following March for another of the solo recitals that have done the most to create his legend — like the one captured on the recording “Budapest Concert,” to be released on Oct. 30. But that Carnegie performance was abruptly canceled, along with the rest of his concert calendar. At the time, Mr. Jarrett’s longtime record label, ECM, cited unspecified health issues. There has been no official update in the two years since./ But this month Mr. Jarrett, 75, broke the silence, plainly stating what happened to him: a stroke in late February 2018, followed by another one that May. It is unlikely he will ever perform in public again./“I was paralyzed,” he told The New York Times, speaking by phone from his home in northwest New Jersey. “My left side is still partially paralyzed. I’m able to try to walk with a cane, but it took a long time for that, took a year or more. And I’m not getting around this house at all, really.”
Mr. Jarrett didn’t initially realize how serious his first stroke had been. “It definitely snuck up on me,” he said. But after more symptoms emerged, he was taken to a hospital, where he gradually recovered enough to be discharged. His second stroke happened at home, and he was admitted to a nursing facility. (Omitted below)

++++++++++++++++++++++++++

 昨日の夕方、帰宅してネットを見ていたら、このニュースが目に飛び込んできました。このところ音沙汰(レコード録音や演奏活動について)がなかったので、気にしていたところです。再活動は無理という状況ですが、さてどうでしょうか。舘野泉さんの例もあります。(キースも再びステージに立って…、というのではありません。回復してゆっくりと過ごされることができるなら幸いだということです)今ここでキースについて何かを語るのは余計なこと。日本公演で「観た、聴いた」彼の「パフォーマンス」のゆったりして遊び心のある姿が今もはっきりと目の裏に、脳裏に焼き付いていますし、すこし重い感じの彼のタッチが耳の底で響いているようです。一日も早い回復を祈るのみです。彼はジャズ界の革命者であったばかりでなく、クラシックの世界においても、新たな一ページを開いた人と言えます。チック・コリアと共演したMozartのピアノ協奏曲はどれだけ聞き返したことでしょう。音楽は「楽しまなくちゃ」が基本ですね。演奏者も聴き手も。

 キースの本領は、もちろん「即興( Improvisation)」、あるいは「アドリブ(ad libad libitumの略)。レコードでこれを聴いていてさえ、当意即妙などという暢気なものではなく、じつに息苦しくなるような「創作の瞬間」に立ち会っているような錯覚にとらわれてしまいます。もちろんライブだと、息が止まるような眩暈に襲われます。まさに、息を忘れそうになる場面の展開が実に延々と続くのです。

 ハンガリーのニュースサイト「Nepsava」でガーボル・ボータは、「聴衆を魅了する彼の魅力は、彼の多ジャンルにわたる態度にあるに違いない」と書いています。「ジャレットは、ライトなものからシリアスなものまで、あらゆるジャンルを消費して自分のものにしている。演奏はすべて即興で行われるため、私たちは音楽が目の前で生まれてくるのを目の当たりにする…彼は空気を嗅ぎ、一瞬の感情をキャッチし、指を鳴らし、目を細めて、そこには正しい音、正しいメロディ、完全にユニークな演奏があるのだ」(https://wordpress.com/post/http836.home.blog/14857) 

 手許にあるCDやヴィデオを、ゆっくりと聴きたくなりました。秋は一年の中でもより音が透き通るような空気の満ちる季節です。独特の音色と彼の発する奇声(?)に戸惑いながら、古びた(もう四十年以上も経過した)タンノイでシンクロしたくなりました。何年振りか。

(余話ながら 昨日は、午前十一時過ぎに家を出て、連れ合いの入院先に。昼過ぎに手術開始、終了したのが五時過ぎでした。第一段階が終わり、これから第二段階に入ります。ジャレットと同じく、しっかり回復することを祈るのみです。コロナ禍の入院で、病院も厳戒態勢、家族といえども、基本的には面会禁止です)

https://www.youtube.com/watch?v=KPgEoDt_Duc

https://www.youtube.com/watch?v=EuMzOCpQRt0

 _______________

問いは議論を制す、どんな意味なんですか

 小社会 すり替える

 カンニングが見つかった大学生と見とがめた教員がやり合う。学生はこう開き直った。「他にもやっている人がある。要領よくやっているのが得をして、たまたま見つかった者が損をするのですか」/「レトリックと詭弁(きべん)」(香西秀信著)という本から実話を引いた。何やら交通違反で捕まった人も言いそうな言い訳だが、著者はこの学生の論理のすり替えを指摘する。問題は自身の不正行為であり、要領のよい者が得をするかどうかは関係ない。

 またカンニングの責任を免れるため教員の詰問をずらし、世間の仕組みを聞くような別次元の質問を返している。議論をする時は「問う者」が主導権を握る。研究の世界には「問いは議論を制す」という言葉もあるという。/ 日本学術会議の問題が思い浮かぶ。首相は、なぜ任命を拒否したかという問題の核心をいまだに説明していない。さらに、政府と自民党は会議の行政改革論議を始めた。疑問に答えないまま、「会議のあり方がおかしい」と別次元の問い掛けにすり替えたように映る。

 会議OBは終身年金を受け取れる。中国の軍事研究に協力している―。自民議員が発信して否定、修正された誤情報もある。首相を援護射撃したいのは分かるが、詭弁が交じっているようでは困る。 / 政治はもっと誠実に、堂々と民衆の疑問と向き合う姿勢であってもらいたい。不正をとがめられた学生ではないのだから。(高知新聞2020.10.21 08:00)

*************

 連れ合いが昨日入院した。いつものように朝五時に起床し、猫たちに食事をやろうとして、ふと時計を見ると四時でした。暗いんですね、まだ。朝焼けがじつに美しかった。その直前まで N*Kの深夜ラジオを聞いていた。「お弁当の時間」とかいうタイトルのインタビューでした。テレビで数回見たことがある「サラメシ」という番組の担当カメラマンとその妻とそのお嬢さんの十年間だったかにわたる奮戦の弁(当)だった。内容は省略するが、弁当は明確な「メッセージ」だといわれていた。「メッシはメッセジ」だと。

 ぼくは中学校以来、自分のことは自分でする癖がついた。掃除も洗濯も弁当作りも。時間があれば自分以外の家族の分にも手を出した。その癖(悪習)は今も治らない。炊事や洗濯、掃除はお茶の子で(「茶の子」の美化語。茶を飲むときにつまむ菓子など。《腹にたまらないところから》たやすくできること。朝飯前 (あさめしまえ) 。「そんなことはお茶の子だ」デジタル大辞泉)、それをだれかにされてしまうとがっかりというより、気分が悪くなるのです。自分の仕事を奪われた気になるからです。それをしているときばかりは「無心」になります。それが最高にいいですよ、まるで「山登り」みたいです。ただ登るために一歩を重ねるだけ、そんあ効果を期待しない作業が人には必要です。

 深夜便というラジオ番組を聞いていて(開始以来、三十数年聴いています。夜十一氏過ぎから朝の五時まで。ほとんど毎日聞いて寝る、寝て聞く)、五十年も六十年も前の朝がありありと浮かんできました。「弁当作り」です。「サラメシ」ならぬ「ガクメシ・ガキメシ」とでもいうのか。不思議な気がしました。ラジオの語り手は「弁当はメッセージ」と言われたが、はたして、ぼくはだれに何のメッセージを伝えていたのかと考えた。自分のことは自分で、と言い聞かせながら作っていたんだと気がついた。弁当が「ことづて」なら、どんな文章も(もちろん、ぼくの書くような雑文・駄文でも)言伝(ことづて)なんだと思い当たった。なんだつまらぬ、いまごろそんな、という気もしなくはないし、自分でもいまさらとわかっているのですが、あらためて「コメのご飯がメッセージ」なら「文字のご飯、つめあわせ」もまた言伝なんだから、と。猫の食事も済んだし、駄文を書くぞという気分になり、各地の新聞のコラムに目を通したというわけです。(六時前です)

 「小社会」という言葉を昨日だったか使ったので、気になって高知新聞をネットで開きました。あれえ、と思いました。カンニングを見つけられた学生(この人は男だという気がしますが、それはぼくの偏見?女性であったと思いませんでした)が「ほかにもやってるじゃん。なんで俺(わたし)だけが…」と教師を詰問する図が述べられ、次いで「学術会議会員任命拒否問題」を俎上に載せて、「議論のすり替え」「誤情報」「詭弁」などと、権力擁護側の理屈に目くじらを立てる風をみせる。そして「政治はもっと誠実に、堂々と民衆の疑問と向き合う姿勢であってもらいたい。不正をとがめられた学生ではないのだから」と爽快な結語を書かれたと「ほくそ笑んだ」と思われたと、ぼくは邪推します。無理ですね、八百屋で魚を買うことができますか、と言いたいわ。

 このコラム氏の学生への偏見というか、政府や権力側に対する忖度というかオベンチャラにぼくは呆れました。高知でそれを言うか、というわけでもありませんし、「自由は土佐の山間より出づ」を持ち出す要はないのですが、なんでこうなんですかと、怪訝に思った。学生は姑息で政治家は堂々、という図式ですね。

 学生が自己弁護や責任逃れをするのは仕方がないけれど、政治家はそんなんじゃ困るといいたいらしいのですが、違うね。ぼくは毎日のように各地の新聞「コラム」をネット上で読みますが、年年歳歳つまらなくなり、あるいは読むに堪えないと思うようになった理由について、それはこのような紋切り型の観念主義、それも「時代おくれ」の固定観念を元手に文章をでっち上げるせいではないですか、と言いたくなりました。「小社会」のコラム氏を悪く言うのではない。(この書き手は若いか)これ以外に素敵な文章や記事を書かれているかもしれないので、断言はしませんが、頭が固くて了見が狭いという点だけははっきりしているとぼくは言いたいね。(無料だからと)よく読む癖に、ケチをつけるようで申し訳ありません。

(新聞記事に優劣をつけるのが趣味ではありません。でも驚くばかりの凄惨な程度の(高くない)記事もあります。新聞記事は短く要領よくが命なんでしょうが、そうなると、紋切り型(*もんきり‐がた= 紋形を切り抜くための型。きまりきった型。かたどおりで新味のないこと。「紋切り型の祝辞」デジタル大辞泉)が幅を利かせます。「秋冷の候」や「晩秋のみぎり」などというやつです。これではどんな面白そうな内容も「つまらない」ものに、かならずなります。ぼくの雑文なんかは、その典型でしょう。ぜひ他人様に読んでいただこうとか、書いて金をもらうのが目的ではなく、おのれの「精神の自主トレ」(ついでに身体の)だから、被害者は自分一人という気楽さがあります。(でもネットを使う以上、間違って人目に触れる恐れもありますから、でかい口はたたけない)

 カンニングをしたくなるような問題を作った教師の側には一切触れていないのも、明らかな落ち度ではないですか。この点に思い当る方が多いと推察しますが、「試験」は人間に対する愛情や期待、あるいは成長への栄養素を少しも含んでいないのが学校で罷り通るという摩訶不思議さにぼくは驚嘆しています。誰にも同じ問題を出すから、順番を着けたくなる。優劣を自他に明らかにするのが目的になってしまうんだね。だれもが可哀そうな気がします、先生も生徒も親たちも。どんな問題でも先生自身が作ればいいものを、業者から金を出して買うんですから、これは買収みたいなものです。どこにもつける薬がないんだ。

 何を見てもいい「試験」、時間制限のない(十分や五十分の制限なしという意)「テスト」をなぜ作らないんですか、生徒が問題を作る「試験」だっていい、そんなことばかり学校にいるころから考えてきました。なにを持ち込んでも(見ても)いい試験問題、それは何を見てもアカン、自分の持ち合わせの経験や知識で勝負するということでしょ。カンニングという狡知を踏み潰すのもまた「学ぶこと」の大切な要素なんだ。「狡知」は早いうちに芽を摘むことです。自分の脚で立つ、自分の頭で考える、それが「試験」のもっている効用・効能だと、ぼくは考えてきた。なかなか自分の脚で立てないままで「後期高齢者」(この表現のみっともないことったら)なんだよ。(「後期…」の次はきっと「末期…」になるに決まってる。そのあとは「終末期…」と凄いことになるね。厚労省という役所は戦前戦中は…、とだんだん腹が立ってきました。虫唾がは走り出した。(これから病院行きです、自分のために、じゃありません。9.00AM)

_____________________

算数ができそうな目をしてんなあ

 生活しょった先生が好きだった=映画監督・小栗康平さん(京都新聞・2020/09/06)

 少年時代を過ごした50年代というのは、社会が安定していなくて、でこぼこがいっぱいあった。勤評闘争が盛んで、授業が中止になったり、先生が教室以外でも意思表示をしていた。印象にあるのは、小学校5、6年の担任の井野勝弥先生。無頼な感じでね。それが僕が大学に入ったころだったか、校長になった。学校訪ねていってね、「どうして校長なんですか」と聞いた。「試験受けなければ、そうはならないでしょう」なんて畳み掛けたりして。いやなガキだったね。先生はいつも酒のにおいをさせていて。生活しょってる雰囲気が大好きだった。

 中学に入ると、英語で1人称の表現に出会い、新鮮な思いがした。ひとりの人間として大事にされた気がしてね。その延長線上に失敗談があるんだけど、3人称のHeとSheで、僕はなぜかHeを「彼氏」と訳しちゃった。彼氏と彼女が、なんてことになって、ドキドキしちゃうわけ。赤面ものですよ。でも、これで大人なんだと思ったりして。

 自分のことなんて興味なかったのが、高校でその反動がきた。気になる先輩のいた社会科学研究部に入って、「よし、おれも暗くなろう」と。マルクスから毛沢東から、よく分からないけど、とにかく噛(か)もうと。そのツケもくるんだけど、噛み切れなくても噛んでみるというのは大事。先生の家にもよく行ったな。やっぱり、いまは先生が学校に生活を持ち込んでいない。自分の生き様をさらさないで、どうして教育ができるのか。教えたがり屋で世間を知らない教師がすごく多いように感じますね。

 小学生向けの学習塾を経営している仲間がいるんだけど、「お前、どうやって算数教えるんだ」と聞いたら、じっと子どもの顔を見て、「お前は算数ができそうな目をしてんなあ」。それで終わり。僕は正しいと思う。ヤル気というか、学力以外の人間の力に先生が触れれば、後は放っておいても大丈夫。ノウハウが役に立つのは途中だけであって、出発とゴールは人間の力ですよ。そこに触れない学校現場はだめだと思う。<聞き手・千代崎聖史>

 ■人物略歴 1945年群馬県生まれ。81年「泥の河」でデビュー、毎日映画コンクール監督賞。「死の棘(とげ)」がカンヌ映画祭で「グランプリ・カンヌ」「国際批評家連盟賞」に。最新作「埋もれ木」が公開中。(毎日新聞「学校と私」-2005/9/19)

********************************

 最後の部分がいいでしょ。ノウハウが役立つのは途中だけ、後はその人の力だ、と。

 ここにも「教える」よりも「育てる」ことの大切なことを言い当てている人がいるようです。ほめることは意外に効き目があるんです。犬や猫にも、効果は抜群。人間だったら、なおさらです。ほめられる反対の「けなされる・侮辱される」ことに対する反応をみれば分かるというものです。犬でも猫も、人間ならことに自尊心があるからです。自分のことを大切にしたいという感情です。

 学校教育の冷たさは、ほめればつけあがるとでも思いこんでいるみたいに、けなしたりくさしたりするばかりですね。それは教師の生活経験に加えて、学校という組織や制度のいいようのない冷徹さに起因していると、ぼくは考えています。「お前、できそうな目をしてんなあ」それで、終わり。どんな人でも、自分のことは自分でやりたいんですね。だれかに命令されなくとも、(命令されるよりは)自分でやりたいに決まってるんです。教師は子どもに対して抜きがたい偏見や先入観を持っているのかもしれません。それがことごとく、子どもの自立には障害(さまたげ)になっているんですね。この点について、ぼくには確信があります。親もご同様と言えそうです、我が子、だから「煮て食おうが、焼いて食おうが」という恐ろしい子ども観を疑わないようです。だんだんと、そのような固定観念の呪縛から離れられるといいのですが。

 映画についてはほとんど知るところはありません。ぼくに人生のもっとも欠けている部分です。映画をまったく見なかったわけではなく、世に「いい映画」「名作」と称されるものはまったく見ていないのです。今では自分でも信じられません。なぜ見なかったかというのは、いかにも愚問だし、それをこの年齢で再確認するのも無意味ではないにしても、あんまり感心できないように思われます。読書についても同様で、たくさん読んだような気もしますが、まったく重要な本は読んでいないという慚愧の念もあるのですから。 

  ここでは小栗さんの学校観、教育観、あるいは教師観に触れられれば、それで十分だという気がします。「ヤル気というか、学力以外の人間の力に先生が触れれば、後は放っておいても大丈夫。ノウハウが役に立つのは途中だけであって、出発とゴールは人間の力ですよ。そこに触れない学校現場はだめだと思う」と、なんとも大事な指摘というか、経験談ではないですか。構いすぎは人でも動物でも植物でも、すべて柔(やわ)にしてしまいます。芯が萎れがちになるのでしょう。自力で跳ね上がる力を殺いでしまうからです。人それぞれの歩幅や歩調(成長の度合い)がちがいますから、それぞれにどれだけ近づけるかが教職の首尾不首尾の分かれ目かな。また、ある事いい関係に慣れても、同じやり方は他の子では、まず通用しないものです。

_______________________________________________

浜の真砂は尽きるとも、世に…種は尽きまじ

 教員のわいせつ行為 子ども守る体制の強化を

 児童生徒らに対するわいせつ行為で教員が処分されるケースが後を絶たない。/ 文部科学省の調査では、2018年度に全国の公立小中学校や高校などで処分された教員は282人と過去最多に上った。

 信頼する先生に裏切られた子どもが心に負う傷は深い。/ 見過ごせないのは、懲戒処分を受けて失職した教員が他の県などで処分歴を隠して再任用され、再びわいせつ行為に及ぶ例があることだ。現行法では免職による免許の失効期間は3年で、再取得が可能だ。/ 文科省は、各教育委員会が全国の教員の懲戒免職処分歴を閲覧できるシステムを見直す。現在検索できるのは過去3年分だが、来年2月から40年分に延ばす。古い処分歴の見逃しを防ぐ狙いだ。/ だが、このシステムではそもそも処分の具体的理由は分からない。詳細は処分した自治体に聞くしかないが、個人情報として教えてもらえないこともあるという。/ システムの管理を徹底したうえで、自治体間で情報の共有化を一層図るべきだ。

 保護者らでつくる団体は、わいせつ行為で懲戒免職となった教員に免許を再交付しないよう求める署名を文科省に提出した。/ 文科省も処分の厳格化を打ち出しているが、「永久剥奪」にすると職業選択の自由に関わるため、慎重に検討している。/ 処分に至るケースは「氷山の一角」といわれる。教員と子どもには立場や力の差があり、被害に遭っても声を上げられない子どもが少なくないからだ。/ 被害実態を把握するには、聞き取り調査を定期的に実施することが効果的だ。疑わしいケースがあれば、教委や学校と距離を置く第三者機関を設置すべきだ。

 今の教員は子どもの悩み事への対応も求められており、子どもの信頼を好意と勘違いする場合がある。子どもの相談にはスクールカウンセラーらと連携して取り組む必要がある。/ 教員の意識を高めるため、研修の充実も欠かせない。/ 子どもは教員を選べない。子どもを守ることを最優先に、教員のわいせつ行為に歯止めをかけなければならない。(毎日新聞2020年10月20日 東京朝刊)

*******************

 あたかも「聖人君子」面して、この問題にコメントをするのではありません。どうしてこんなことが、というのですが、学校は「社会の一つ」です。ある哲学者は「小社会」だといいましたが、「小なり」と言えども明らかに「社会」「集団」であります。ただし、そこには通常の社会集団に見られない特質があ認められる。まず、明確に分断された社会であるという点です。「大人と子ども」に二分されています。また、他には見られない現象として、子どもたちは「年齢集団・学年(コーホート)」によって序列化されている。また、大人と子ども関係は「上下」というか「優劣」ともいえるような「授けるー授けられる」「教える―教えられる」という、垂直の関係が成立しています。その他にもいくつかありますが、これだけでも特異な構造や制度であることがわかります。

 といった上で、だから「わいせつ行為」で処分される教員が多いのだというのではない。反対です。誤解されそうですが、「不届き行為」に及ばない自信(自制力・自己管理・注意深い人)のある人がつく職業であるといいたいのです。処分後三年経過すれば、教員免許再取得可能なように、現行法ではなっているといいます。他地域で採用されることもあり得ます。これを「取得禁止期間は五年」に延長するのも一策でしょうが、あるいは十年に延ばしても「処分」されるものはいなくならないでしょう。いい例じゃなさそうですが、例えば「飲酒運転」と「処分(免許取り消し)」の事例を考えてみればどうでしょう。

 簡単に言いますと、どれだけ厳罰化しても「飲酒運転」違反者はなくならないということです。事実がそれを示しています。だから、罰則強化は正解ではないといっても、(他に方法がないのだから)厳罰化が目指されてきたし、これからもその方向に進むはずです。ひるがえって、教員処分、免許取り消しについてはどうでしょうか。ぼくは基本において「違反行為」をするのは「不注意な人間」だからであると考えてきました。交通事故を起こすのも、人間(交通)事故を起こすのも根っ子は同じです。ここで、もう一度、人間が育つ・人間を育てる「教育の初心・原点」に戻ることになります。迂遠な話ですね。まるで地平線に向かって進むような、手ごたえのなさです。

 そんな暢気なことを言っても始まらないといわれそうです。確かに、とぼくも思いますが、まず「隗より始めよ」です。この点については今までたくさんの駄文を費やして述べたつもりです。今現在教職にある教師の問題をどうするか、これに対処するには、処分基準を明確化し、罰則強化をすすめ、さらに免許取り消し制を導入したらいい。「職業選択の自由」というけれど、同じ公立学校の教員になるための門戸は閉ざすけれど、他種の学校教員への道は閉ざされないということもあり得ます。それででも、事件が起こることを防ぐことは不可能です。学校は一つの社会ですから、「性犯罪」は撲滅できない。さらに大切なのは子どもへの対応です。「教師を見たら…と思え」と、教え(言わせ)たくなりそうですが、それは間違いです。ダメはダメ、おかしいことはおかしいとはっきり言うことができる「能力」を、子ども自身が育てることです。それを助けるのが教師の仕事であり、両者相まって「教育」は成り立つのです。

 ぼくは「聖人君子」ではないと、わざわざ断る必要もない。いろいろな面で「弱さ」を持っています。欠陥だらけの人間です。だから「自分には足りない点」「欠けたところがる」ということを肝に銘じて、そこから解放されるように精進する(自分を育てるという意味)、それが何より大切だと、当たり前に過ぎることを、いまさらのように思うばかりです。「人間の弱さ」というものの限りなさをいつでも念頭に据えておくことが大事ですね。「浜の真砂」のような話ですが、一歩ずつ進むほかありません。(学校内に、醜悪な景色ですが、「ステッカー」を貼り付けるのも一法じゃないですか)

 浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ(五右衛門)

_________________________________

わたしが親切をしてやったのが羨ましいのか

 柄にも似合わず、ぼくは若いころは「聖書」をかなり読んでいました。別に信者になろうという気もなかったけれど、友人の中には熱心なキリスト者も何人かいましたので、世間の交わりの都合で読んだという程度でした。ぼくの愛読書の一冊だった。ある時、都内神田にある古い教会の神父さんに誘われて、「信者になりませんか」と言われた。試験を受けると聞いて、お断りしました。「地獄の沙汰も金次第」の向こうを張った、「天国の沙汰も偏差値」かというわけです。(信者になる気は全くなかった。神父さんは教会音楽の権威だと伺っていました)「教会の外に救いなし」というテーゼには我慢できませんでしたね。

 そんなこともありましたが、読むでもなく読んできたのが「聖書」でした。今回はその流れで、とても有名な件(「譬え」)を紹介して、「自主トレ」の手助けにしたいと考えた次第です。

####################

 「天の国は、家の主人が夜の引明けに出て行って、葡萄畑に労働者を雇うのに似ているからである。一日一デナリの約束で、労働者たちを葡萄畑にやった。また九時ごろ出て行って、ほかの労働者が何もせずに市場に立っているのを見て、「あなた達も葡萄畑に行きなさい。やるものだけはやるから」と言うと、その人たちも行った。十二時ごろと三時ごろにまた出て行って、同じようにした。五時ごろに出て行って見ると、ほかの労働者が立っていたので、言う、「なぜ一日中何もせず、ここに立っているのか。」彼らがこたえる、「だれも雇ってくれないのです。」彼らに言う、「あなた達も葡萄畑に行きなさい。」

 さて夕方になると、葡萄畑の主人が監督に言う、「労働者たちを呼んで賃金を払ってやりなさい。最後の者からはじめて最初の者まで。」そこで五時ごろの者が来て、一デナリずつ貰った。最初の者は来て、自分たちは余計に貰えるものと思っていたところ、彼らも一デナリずつ貰った。そこで貰ったとき、家の主人に向かって不平を言った。「この最後の者は一時間しか働かなかった。われわれは一日中、重労働と暑さを辛抱したのに、あなたは同じ扱いをされたではないか。」主人がその一人に答えた。

 「君、わたしは何も間違ったことをあなたにした覚えはない。一デナリの約束ではなかったのか。自分の分を取って帰りたまえ。わたしはこの最後の人に、あなたと同じだけやりたいのだ。わたしのものを、わたしがしたいようにしてはいけないのか。それとも、わたしが親切をしてやったのが羨ましいのか」(マタイ福音書二〇章1―15節)

############

 わが身を葡萄畑の何人もの労働者になぞらえてみます。それぞれの立場に立たされたとき、自分はどのように判断することができるか。自分とはちがう立場の人について、どんな感情をもとうとするのか。あるいはもてるのか。そのようなときにこそ、自分という人間がどの程度のものなのかが明らかになるんじゃないですか。

 この葡萄畑の「譬え話」は、人生は計算(経済)だけで生きられないし、他者との競争で勝ち負けを争うものじゃないということをぼくたちに考えさせてくれませんか。まるで自分をたしかめるための練習問題のようでもあります。

 もしあなたが「最初の者」であったら、いったいどのような感情をもったでしょうか。葡萄畑の主人の話をそのまま受けとめることができましたか。それとも、「最初の者」とおなじように不平を並べたでしょうか。葡萄畑の主人はなぜこのようなふるまいをし、どうしてまた、「最初の者」にあのようなことばをなげつけたのですか。そこにどんな意味があるのか。ここに「パリサイ人と税金取り」の譬えを思いだしてもいいでしょう。

 この話には「最初の者」「最後の者」その「中間の者」というように、労働者はたくさんいました。自身がそのうちのだれかであったとしたら、あなたはどう思ったことでしょう。あなたが葡萄畑の主人であったなら、どのようにしたでしょうか。まるで「謎」のような話だといえませんか。このような出来事をまえにして、いったい「わたし」はどのように考えるのか。それが問われているのだと思うのです。

 「たくさん働いたから、たくさんの報酬をもらうのは当然だ」「少ししか働かないものと同じようにあつかうのは不公平ではないか」労働は報酬によって評価されるのだ、と。まるで現代社会の金をめぐる構図を見るようです。

 「心の貧しいものは幸いです。天の国はその人のものもだからです」と「マタイ5章1~3」にあります。「心の貧しいもの」とはだれのことか。それは自身が罪深い、取るに足らない人間、人をうらやみねたむような、そんなみにくい人間、つまりそのような弱い存在だということを自己に隠さない人をいうのでしょう。そのように「心の貧しい者」は幸いだと聖書では述べられている。幸いであるというのは、神の祝福を受けるという意味でしょう、教会では。

 ここに、親鸞さんの「悪人正機」という思想を置いてみる。自分でなんでもできる人もまた、幸いである。しかしそんな人がどこにいるのか。多分、善人という存在は人類史の中でいったい何人いたかというくらい稀有にも稀有の人、あっさり、そんなんおるかい、と言った方がわかりやすい。仏に列する存在ですね。悪人とは「自分」です。衆生はすべからく悪人、往生の条件は「悪人」であることだと、親鸞は言うのです。

 自己の人生を切り開ける人は幸いだといえるでしょうか。他者との競争に勝つ人は「心の豊かな人」だといえるか。わたしたちが本当に強くなれるのは「自らの弱さ」を自分に偽らない人、弱さを自覚するからこそ、その程度において強い人になれるのではないでしょうか。世の中で強いと思われている人ほど、弱いものだという例がいくらでもありませんか。人間の分際、そんなことを長い間にわたって、飽きもせずに愚行してきました。 

悪人正機説・あくにんしょうきせつ=浄土真宗の開祖親鸞(しんらん)の根本思想。《歎異鈔(たんにしょう)》に〈善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや〉とある。善人(自力作善の人)は自己の能力で悟りを開こうとし,仏に頼ろうとする気持が薄いが,煩悩にとらわれた凡夫(悪人)は仏の救済に頼るしかないとの気持が強いため,阿弥陀仏に救われるとした。すべては阿弥陀仏の本願によるとの絶対他力の思想につながる。(マイペディア)

 労働というものが、「金の単位」でしか計られないというのはどんなことか。ネット上でどなたかが言ってました「今だけ、金だけ、自分だけ」だって。それとは逆の人生にこそ、救済とか信仰の問題があるのだと思われます。働けることが幸いだという「労働」もあるし、「金にはなるが人にふさわしい「労働」ではない」というものもあります。この「譬え」はどんなことを言いたいのですか。教会並みの理解ではなく、娑婆でしか生きていない、たった一人の寄る辺ない人間の「分際」で考えてみたいですね。(つづくかも)

___________________________________________________________