エル・パドゥリーノがテレビに出たばかりだ

元国防相逮捕!メキシコ麻薬組織のヤバい実態 「まるでゴッドファーザーの世界」と話題

10月15日、メキシコのサルバドル・シエンフエゴス前国防相(72)が家族との休暇のためにアメリカ・ロサンゼルス空港に到着するなりアメリカ麻薬取締局(DEA)に拘束された、というニュースはメキシコのみならず、「リアル・ゴッドファーザーの世界」と、多くを驚かせた。/ 日本でもツイッターでも「映画のようだ」などとトレンド入りをしていたようだが、メキシコではもちろんそれ以上の衝撃があった。シエンフエゴス氏は2012年から6年間、国防相として犯罪組織との闘いを指揮し、あたかも英雄であるかのような厚遇を受けると同時に、国民からは畏怖の念を抱かれていた人物だからだ。

テレビの映像で犯人が「判明」

一方、シエンフエゴス氏の軍人に対する手厚さは相当なもので、ペーニャ・ニエト前大統領の政権下では、軍部は政権による支配から独立した組織であるかのように、大統領でさえ軍部への介入は容易ではなかった。麻薬組織(カルテル)と癒着して罪を犯したとしても外部からの取り調べを阻止することもできたため、軍部からの信頼は厚かった。軍人の中にはシエンフエゴス氏自身が麻薬組織と関係しているといううわさもあったようだが、それは軍の内部で秘密にされていたようだ。/ ところが、地元紙『エクセルシオール』(10月17日付)によると、DEAは1年ほど前からシエンフエゴス氏がアメリカへの麻薬の密輸、ならびに資金洗浄(マネーロンダリング)に関与しているという疑いを持つようになっていた。DEAはメキシコのカルテルの動きをつねに監視し、彼らの交信を秘密裏に傍受することにも努めている。

メキシコの複数のメディアが明らかにしているのは、あるときカルテルに属している人物が仲間との交信中に「エル・パドゥリーノがテレビに出たばかりだ」と言っているのをDEAが傍受した。早速、その時間帯に放映された番組を調査したところ、エル・パドゥリーノと呼ばれている人物というのはシエンフエゴス氏であることが判明した。/ DEAもパデゥリーノという政府高官が、メキシコのカルテルの1つ、ベルトゥラン・レイバによるアメリカへの麻薬の密売に協力している、という情報はつかんでいた。しかし、パデゥリーノが誰か、というところまではたどりつけないでいた。(以下略)(東洋経済・2020/10/21 18:20)(https://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/business/toyokeizai-383046.html?page=1)

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 太平洋の彼方から「愛のテーマ」が流れてきました。シチリア島からではなく、メキシコの「お父さん」が逮捕されたというニュースは「映画もどき」だったのか、あるいは映画の方が「現実もどき」だったのか。今回の劇的展開は、世界各地に存在する「ゴッドファザー」の一人が逮捕されたに過ぎない事件だったと思われます。もちろん、この小島にもいくたの「ファザー」は健在です。時に報道される「麻薬事件」「薬物汚染問題」も、実際は「氷山の一角( tip of the iceberg)」であることに間違いありません。その昔、テレビ草創期に米国渡来の「アンタッチャブル」を、毎回興奮して観たのを思い出します。アルカポネとエリオットネスの宿命の対決、だんだんと兄弟のようにも感じられてきたものです。千九百三十年代の「禁酒法」時代の一コマでした。後に映画化され、ケビン・コスナーが主演を張った。

 麻薬は組織暴力団の重要な資金源であるとされます。ということは、かかる団体が存在している間は、薬は根絶されないということの証明になります。十五年ほど前になりますか、北海道庁・道警・道新その他がある事件で「大地震」のごとくゆすぶられたことがありました。いわゆる「裏金」問題が暴露された、しかもそれが元北海道警察ナンバーツーの告白会見から始まったのでした。原田宏二さんとはあることがきっかけで知遇を得た(上写真中央と左☝☜)。彼から、警察のさまざまな問題や裏話を伺いました。ある時には、彼の部下だった警部が麻薬取締の罠だか陥穽(アリ地獄)にハマって逮捕されるという事案がありました。これは後に詳しく本人が著書にされています。麻薬取り引きの実態が手に取るようにわかるし、取り締まる側と取り締まられる側と「協力者」の関係(つながり)はまるで「家族」というと語弊がありますが、なかなかの紐帯で結ばれていたといわれます。警察がいかなる役割や役者を演じていたか。自作自演まがいはどこでも行われているんじゃないですか。

 この問題は現在にも尾を引いています。裏金隠しは「現在も継承中」だし、事件を報道した新聞社は大騒動に見舞われ、警察官僚の栄転や左遷の発生、警察現場の混乱など、あらゆる関係筋が問題視されたのですが、結局事態は「元の木阿弥」という状態が続いている。「何事もなかった」かの如くではないでしょうか。腐敗は、どんな小さな権力においても生じる。大であれ小であれ、権力である限り腐るし、腐るのが「権力」であると、ぼくは考えることにしています。ぼくのつまらない人生では「発酵」することはあっても、断固として「腐敗」しないことを肝に銘じてきました。微少なりとも「権力」と目されるものには断じて近づかなかった(その機会がなかった)ことを、今はさいわいだったと感じています。(まだまだ書かねばならぬ(と愚考する)素材がありますが、ぼくの仕事でもないので、これでキーの「打ち止め」)

(「元国防大臣が逮捕、ゴッドファザーだった」とは驚きでしょうが、あるいは「元(現)大統領逮捕さる」が近々発生するかもしれない世の中です。この島にも似たような事件はいくらもあったし、今もあります。単に表に出ないだけ。「氷山の一角」「蜥蜴の尻尾切り」は止むことがないのです。「トカゲ」も因果な生き物ですね。「浜の真砂は尽きるとも…」で、石川五右衛門(左は海老さま)は陸続と浮沈をくりかえすでしょう。五右衛門風呂を好む人材も絶滅していない、嬉々として茹でられていますし、彼が六方(東西南北上下)を踏んだ南禅寺はいたるところに林立しています、「絶景かな、絶景かーなあ!」もともと、ヤクザの由来は禅寺からだった)

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揺れることが大切、固まったら壊れるね

 亡くなって五年が経ちますね、鶴見俊輔さん。ぼくはほんとに教えられました。数回しかお逢いしたことはありませんから、学んだことのほとんどは「著書」からでした。今でも取り出して読むことがありますが、ぼくの頭には「鶴見文庫」があるくらいに、彼の「哲学・思想」(考えた・生きた跡)が整理されないままに並んでいます。

 まず「定見」というものに対する鶴見さんのとらわれない発想というか、姿勢ですね。定見とは何か、というより、「無定見」が批判・非難されることからもその意味するところは判断できます。固定した考えや定まった意見などではないと、ぼくは考えているのです。ある事柄について、一家言持つなどと言いますが、この「一家言」とも違うように思います。「その人独特の意見や主張。また、ひとかどの見識のある意見」(デジタル大辞泉)というのはその通りでしょうが、あの人ならではの「言い方や表現」でもないでしょう。この問題に、あの人なら「こう言う」と、すでに決めつける風があるのは間違いです。

 ぼくは鶴見さんから教えていただいたのは、自分でも驚くような、あるいは(自分の)意表を突くような意見や考え方を、いつでも生めるように「考える練習」(自主トレか)をしておくという態度だったといいたいですね。常識や通念からは自由になる、解放されていなければ、それは不可能です。通念や常識、それは「世間の考え」ですし、「みんなの意見」でしょ。それをソクラテスは「ドクサ(世間地)」(臆見=憶測による意見。無責任な推量に基づく意見。おくけん。)(デジタル大辞泉)といいました。これを取り除くことが彼の生涯の課題であったともいえます。ドクサの吟味、これを彼は「哲学」と言ったのです。ドクサを否定することは世間の通念や習慣を否定することです。だから、彼は死に至ったのです。「常識・世間知」と衝突する場所に自分を置くこと。そこから「カタルシス」が生まれます。間違った、偏見や憶測から解放されることは「魂の浄化」となるからです。

 鶴見さんのされた仕事も、根っ子は同じでした。おやっと思わせる、あれっと意表を突くところから、新たなものが生まれるんじゃないですか。以下に、鶴見流の自在な発想(だと、ぼくがみなした)を、二、三挙げてみます。金も金貸からなら思考も権威に寄りかかる、そこから離れると事柄・現象の正体(性質)がよく見えてきますね。

「私は〈一人の大衆〉という考え方でいきたいんです。大衆の一人じゃない、かたまりの一部じゃない、一個の人間として、自分をいつわらずに生きたい。一人がどう感じるかを大切にするということです。それには、かたまりから自分を引き抜く、かたまりの思想に対抗する立場をなんとかしてつくっておくことなんです」(鶴見俊輔)

「あたえられたものをそのままのみくだす人間になりたくない。つねに新しく自分のいまの状況から考えていきたい。ああも言えるこうも言える、別の見かたがありうるというその揺れを大切にする、…自分自身が何かを求めていることが大切なのであって、すでにそれを得たと思ってしまうのは、まずいんじゃないですか」(同上)

「自分が受け入れているものをふくめて、疑う権利を確保すること、それが私のデモクラシーの基本です。それを手放してしまったら、人間はそこからつぶれていくと思うんです。人間の思想というのは弱いものでね、思想で一つにくくってしまったら危ない。どこかに通り道を残しておかないと、やっぱり自滅してしまうんですね」(同上)

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 固まり(全体)の一部ではない、「私」と「全体」が対峙・並存しあうという発想です。固まりに自分を隠してしまう、日常に埋没するばかりか、全体にもまた沈没してしまうことを避けるために藻掻く、それが「私は生きる」ということです。

 また、ぼくたちは世間に同調しすぎていないかと反省してみることがあまりないように見られます。ある人の意見に賛成し、また誰かに言われると、そちらに流される。「権威」に寄りかからない、他人の意見を「うのみにしない」という流儀を貫徹すると、どうなるでしょう。それが鶴見さんだった。もらったものをそのまま自分のもののようにしてはいけないというんですね。AかBか、二択ということは世の中にはまずありせん。賛成か反対か、と問われたら、ぼくは賛成でも反対でもない立場を探します。選択の余地が自分を救うことになりからです。

 さらに言う。学校でも会社でもオヤジでもかみさんでも、当たり前にそれらがもっている「価値」を信じているし、受け入れています。でも無条件に受け入れているものを「そのまま呑み込まない」という姿勢から、また違った自分が現れる。「信じている(と思っている)事柄「ほど、激しく疑えるのです。そして、「疑う権利」は人権の一種。自分から自分の権利を放棄する、案外、ぼくたちはそんなことを平気で(考えもしないで)やって来たし、やっているんじゃありませんか。アランだったか、もっとも強い精神は「もっとも遠い道を歩く(人が疑わないことを疑うということ)」と言いました。疑いから「あるもの(問題)」が現れてくるんですね。疑わなければ、なんにも現れません(問題なし、で終わり)。

「どんな憲法を持とうと、自分の心をこめて生きることなしには、戦争に反対することはできない」―

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綸言汗の如く、食言「パンケーキ」…

 昨日は長崎新聞のコラムに触れました。その内容以上にいいなと思ったのはコラム名「水や空」でした。なんという明快かつ簡明であることか。さぞかし長崎は「水や空」がひそかな自慢なのか、いや当たり前の「自然に感謝」という意味を大事にしたいという会社の姿勢の表現なのか。邪推はともかく、すべては簡明に勝るものはないと、雑文記録者のぼくは感銘を受けている。

 西の長崎に対するに東の京都にも簡明そのものという「コラム」名があります。高校生までは少しは読んでいた京都新聞で、その名も「凡語」です。辞書にない単語ですから、新聞社の創作か。コラムの内容も、たいていは名にふさわしく「凡」に流れていますが、時には「凡」を突き抜けるような鮮やかなもの(非凡)もあります。普段はお目にかかれないが。つまりは、ボンに徹するという精神というか根性がいいんですね。この新聞を語るには白石古京を忘れるわけにはいきませんが、ここでは止めておきます。マスコミ界の大立者でした。

 冒頭に上げたのは本年四月の分です。ぼくも時に触れていますが、「ラジオ深夜便」は毎日聴く。イヤフォンを耳にして床に入る習慣(悪習)はもう三十年この方つづいています。「深夜便」が始まったのは三十数年前。そのころに放送された「朗読・奥の細道」が秀逸でした。担当はアナウンサーの和田源二さん。冒頭からの語りで、ぼくは芭蕉とともに歩いているような臨場感に見舞われた。今に至るもこの時の感動を凌駕する機会(場面)はなかった。「あすへの言葉」「こころの時代」もよく記憶しています。これぞ「ラジオの時代」でした。いまはすっかりラジオも騒々しくて(テレビ並みの頽落です)、ぼくには聴くに堪えないものが氾濫しています、「N+K」においても。「民活」、つまりは民間並みの「バカ騒ぎ」を寸借・拝借したという為体(ていたらく)です。

 ラジオのいいところは「画面(モニター)」は聴く側の脳内にしかない点です。眼がはたらかないというのが、こんなに想像や空想や幻想などをたくましくするものかという驚きに襲われます。眼が、ときには思わぬ障害にあり、何かと邪魔をしていることを痛感することしばしばです。

 放送開始早々は現役のアナウンサーが総登場していて、まだテレビを見ていた時代でしたから、ぼくはその顔も声もよく知っていました。今はほんの数人しか知らず、声ばかりで(対面ではなく)対耳しているのです。時に「魔が差して」お顔をネットなどで探したりして、後悔することがあります。人にはきっと「ラジオ向き」があるのですね。テレビには向き不向きはないですね、「何でもあり」のお手軽だからさ。

 前置きが長くなっていますが、冒頭の記事に書かれている「絶望名言」も最初から聴いてきました。担当は頭木弘樹さん。お名前が珍しかった(ラジオネームか)ので毎回のように耳を、文字通りに「傾け」ていました。文学紹介者というお話でした。対談の相手は川野一宇(かずいえ)さん。テレビで馴染みでした。当初は、よく理解も同感もできないことが多くありました。ここでは、放送の内容は話しません。いちど聴かれることをお勧めします。というわけで、ぼくは慢性の睡眠不足にあります。前夜十一時過ぎから翌朝五時までが放送時間(六時間)で、寝たり起きたり。地震速報などに起こされたりと、夢と現の「幽明を異にする」経験を毎日のようにくりかえしています。五時には「猫の食事」登板・当番。(余談 来週の月曜日には、かみさんが「出所」予定)

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 凡語:政治家の覚悟

 消し去りたい記憶や言葉が誰でも一つや二つはあるに違いない。うっかりミスや失言など、できればなかったことに、と▼漢書に<綸言(りんげん)汗の如(ごと)し>とある。君子の言葉は汗のように一度口から出れば取り消せない。今なら首相ら政治リーダーの言説に当たろうか▼菅義偉首相は自著「政治家の覚悟」で<政府があらゆる記録を克明に残すのは当然>などと公文書管理の重要性を訴えていた。旧民主党政権が東日本大震災時に議事録作成を怠ったのを批判したくだりである▼だが、首相就任に合わせ発売された改訂版では一連の記述がばっさり削除されている。官房長官時代、森友・加計問題などを巡り、ずさんな公文書管理の追及の矢面に立たされた。くだんの記述について記者会見で「これを本に記したのはどなたか」と問われても、「知らない」▼<議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為>と野党時代に厳しく責め立てたのが、ブーメランのように返ってきたわけだ。旧著も改ざん・破棄したかったのではなかろうか▼出版元は「編集部の判断で割愛」というが、忖度(そんたく)が働いたのか。史記は<前事を忘れざるは後事の師なり>と記す。苦い経験こそ、しっかり肝に銘じねばならない。覚悟と共に政治家の器量が問われよう。(京都新聞・2020/10/24 16:00 (JST))

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 恥の上塗りならぬ、「嘘の塗りたくり」というお粗末極まる醜態です。ぼくはこの件についてもよく知っている方です。嘘も方便と言いますが、彼の場合は「嘘が人生」なんでしょうね。そこにいてはいけない人が、勘ちがいや手はず違いで「いつく」ことがあり、それは歴史の皮肉という以上に、場合や場面によっては、実害が多方面に及ぶという意味では、許されない災厄だとぼくは考えています。「風見鶏」「八方美人」「根無し草」「権力亡者」「小心翼々」「上には弱いが、下には強い」と、言い募ればきりがないほど、彼にはたくさんの軽薄無粋な形容詞が似合いすぎるんですね。この島の首長をあしざまに、口汚く言いつける趣味は、ほんとはないと考えていました。しかし、このところなぜだか、口を開けば、「悪口雑言」「罵詈雑言」「雑言の山」であるのに、我ながら呆れたり驚嘆したりしています。誰のせいにするのではありません。われとわが身に照らして、「悪口(あっこう・あっく)」「雑言(ぞうげん)」はよろしくないと承知しています。一日も早く「雑言の彼方」へ、それは願ってもないことで、行きたいのは山々です。

 「悪口」は仏教の世界では「仏語。十悪の一。人をあしざまに言うこと。また、その罪。」(デジタル大辞泉)だそうです。ぼくは毎日のように「罪を犯す」悪行をしていることになります。この罪深い人間を、いかにして始末しようか。

 自分でもいやになるし、バカバカしい限りだとも感じていますが、あまりにも「あくどすぎる」のを放置すると、「自分だけいい気なもんだ」という感覚も生じてくるのです。困ったもんですね。負け惜しみなんかではなく、誠意や誠実が霧消雲散する風潮や事態に我慢できないんです。「学術会議」の予算を削ると言い出しています。僅か十億円であれこれやっている団体に比べて、マスクはいくら無駄にしたか、国会を開かないでどれだけの歳費が議員の懐に入ったか。コロナ対策費とお為ごかしをして「中抜き」はどれだけだったか。「復興五輪」「対コロナ勝利五輪」と偽って、どれだけの税金をドブに捨てたか。五輪を開くなどと、盗人猛々しい。欧米のコロナ禍の惨状を見ていないんですか。五輪禁止は既定方針とIOC。(もうどうにも、山本リンダ)

 税金の「横領」「背任」」が日常茶飯事になっているのに目を瞑れますか。白昼、恥も外聞もあるものかと、(それを知ったうえで)、厚顔にも「横領」や「詐欺」行為を働く人間たちが指導・篭絡する「国家;人民(people)」というのは、漫画にもならないし、洒落にもならない。「百年河清を俟つ」という言葉がありましたが、ぼくの辞書からは消えていましたね。

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自分には見えない 幸福に生きている

 「悪乗り」が過ぎますね。これを便乗というのでしょう。キソノナカノリサンならぬ、チバノワルノリサンを地で行くふしだら。別に順位付け(ランキング)にこだわっているのではなく、こだわっていないということをいいたいために、埒もない雑文を懲りないで書くのです。こだわってるんじゃん。

 今回は西の長崎。(東の「佐倉」に、この間まで住んでいた)感心するのはコラム名の「水や空」です。何ですか、この安易さは、素っ気ないというか。気に入りましたね。小難しい理屈をこねないのは、なかなかのもの。感心するばかりです。「タイトル」にですよ。「天声人語」よりもいいですね。もう半世紀以上も前に、初めて長崎に行ったきりでした。その後も、長崎には縁があり、友人が五島出身だったり(彼もかなり前に亡くなった)、大学の先輩が知事をしていたり。近藤益雄(エキオ)さんという長崎出身の教育者(この島の障碍者教育実践の開拓者)について調べたりと、それなりに縁があると思っています。どうも彼の地は毎日が雨だという印象というか偏見があります。前川清さんたちのおかげ、『長崎は今日も雨だった』と昨日も一昨日も、誰彼となく歌ってきたんだから。長崎の鐘、長崎の女(ひと)、長崎の夜は紫(この意味がよく理解できていない、「夜景」ですか、瀬川瑛子さん)。(「出島・平戸」と「軍港」と「五島」、それに「被爆」がぼくの長崎物語です)

 さて、コラム。「魅力度ランキング」こんなものをネタに使うのは、順番が最底でも最高でもない証拠。なんと十一位。知事さんは調査会社に文句を言わなかったのか。「幸福度」ランキングにも触れています。長崎は二十八位。面白いのは「定住度」で、長崎が四十一位。「えっ」って言い(書き)ますね、コラム氏は。行ってみたい(go to travel)が十一位、幸福感は二十八位。出ていきたいが四十一位。同じ人が回答したのなら、どうなりますか。行ってみたいと住んでみたいは同じじゃありませんし、住みたいが移りたいに変わることはいくらでもあります。事程左様に、ランキングはいい加減なもので、ネタにもならない。(ぼくの駄文のネタにはなっています。どんなものでも使う人あり、捨てる人ありです)

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 水や空 先日、この欄で茨城県の最下位脱出を紹介した都道府県の「魅力度ランキング」。ベスト3をおさらいしておくと、1位は北海道、2位は京都、3位は沖縄▲「魅力」が「行ってみたい」とほぼ同義であることがよく分かる。本県の「11位」の理由もこの辺りにありそう。いわば“よそ様”の評価▲では、実際に住んでいる人の実感は-。同じ「ブランド総合研究所」が調べた都道府県別の「幸福度」ランキングによると、こちらは1位から宮崎、沖縄、大分…の順。魅力度がトップの北海道は寒さのせいか、ガクンと順位を下げて32位。わが長崎県は28位▲もっと直接的な質問も見つけた。現在の住民に「ぜひ住み続けたい」から「すぐにでも移住したい」までの5択で“定住意欲度”を問うと、上位には北海道、沖縄、福岡が並んだ▲今年は大都市から離れた地方の健闘が目立つ-と同研究所。4位は前年13位だった石川。島根は前年の43位から11位にジャンプアップ。逆に、東京は4位から33位、神奈川は10位から23位、埼玉は28位から44位に順位が落ちた。大都市圏の苦境はコロナ感染の広がりと無縁ではなさそう▲ところで、長崎県民の定住意欲は…えっ、41位? コロナで地方の安心感が再確認されたはずなのに。いったい、長崎に何が起きているのか。(「定住意欲」(智)(©株式会社長崎新聞社・020/10/23 )

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 これはこの島だけではないのかもしれませんが、ランキングや背比べ、序列化、こんな悪習はどこにでも見られますし、それで百害一利ということもありません。しかし、時と場合には、人畜に深刻な被害をもたらすのですから、油断大敵です。学校はその最悪の典型です。いかなる人間(生徒)も五段階に閉じ込めてしまうし、どんな試験も「百点」という狭い範囲に詰め切ってしまう。序列化こそが、学校に本質になってきましたね。ぼくはそこから割合に開放(解放)されていたから、そのからくりがよく分かったような気がします。くりかえしますが、ぼくは順位にはまったく興味がありません。いつでも競争から「降りる」ことを信条としてきた。一番がいて、最下位がいる、それで何の不思議もないけど、それが優劣に「変換」されてしまうという悪弊に、ほとんどの御仁は誑(たぶら)かされているのです。

 ぼくの生涯のモットー(あこがれ)は「アンダンテ」と「優劣の彼方」です。歩く速さはマイペース。比べない比べられない「かけがえのなさ」、です。アンダンテもときにはレントになるような速さが好みでした。彼方と言えば、ジュディの「虹の彼方」も好きです。いまはドライブの伴奏曲です。あの虹を追っかけるんだ。虹の彼方に「憧れの地」がある、それを求めて生きて行く。十六歳でスターダムに登攀したガーランド。実人生のガーランドも惨憺たる生活を送りました。酒と薬、壮絶を極めた人生が彼女に憑依したみたいだった。波乱を越えて、ふたたび「スター誕生」を果たす。きっと、ぼくたちは「虹の彼方」を目指して歩くのですが、なに、求めるものは「虹の足」という、その「足の底」にあるんですね。(太陽に吠えたりはしない、野蛮はいやです)

 ぼくは少年時代、京都の西山の端にかかっていた虹の足を探しにどこまでも行ったた経験があります。まるで落語ですな。(あるいは純情だったかも)そこには何もなかった、虹のかけらも。こう書いてきて、吉野弘さんでしたか、「虹の足」が口をついて出てきました。(すでにどこかで紹介しました)実に素敵な詩です。何度読んだか、作品に表された現地にも行きました。群馬県の榛名山、その麓に少年院(女性専用)があります。ここにも付き合いがありました。入所者の数人に、誕生祝を送ったりしていました。

 そこに入っていた、ある女性と友達でした。彼女は実に賢明な人でしたが、若い歳(三十路をいくばくか)のままで、息子を一人だけ残して、自死されました。通称「悟朗さん」、本名山口葉子さん。一冊の遺書を著し、ぼくの脳裏にたくさんの思い出を刻んで亡くなった。十三から七年間、強烈な薬物地獄に陥っていた。そこから生還して大事な仕事を重ねながら、一瞬の隙を非情な運命は見逃さなかった。魔が差したのか、ふっと消えた。消えた後に、虹を残していった。彼女との縁で少年院の「所長(院長)」さんと知り合えました。彼女はいまも、徳島県で公職についておられます。中野レイ子さん。じつに得難い「一隅を照らす」人。もう一度、お会いしたいと願っているのです。

その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
―おーい、君の家が虹の中にあるぞオ

多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で

 ランキングは虹の影みたいなもので、実態は見通せないんですね。「他人には見えて 自分には見えない幸福」の中にあって、ぼくたちは齷齪しているのだ。急いでも急がなくても、やってもやらなくても、褒められても貶されても、そんなことはみんな虹の影だし徒花(あだばな)ですよ。虹の中にいる人間には気にならないんだ。気に病まないんだ。ひょっとして、ぼくたちは、我知らず「虹の足の底」に生活しているんじゃないだろうか。そこ(底)は今日も晴れだった。

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一喜一憂するのは、やはりどうかと思う

 知事の反論

日本人はランキング好きと言われる。本県関係でもイチゴ生産量やギョーザ購入額など身近に順位を意識するものは多い。誰でも上位にあれば気分が良いが、下位にあると気が重いはず▼2年前、信号機のない横断歩道を歩行者が渡ろうとするとき、止まる車の割合が本県は全国最下位という日本自動車連盟(JAF)の発表にはショックを受けた。反響は大きく、汚名返上に向けて県警はCMの制作までした▼民間調査会社による今年の都道府県魅力度ランキングで、本県は初めて最下位に転落した。評価は「とても魅力的」「やや魅力的」「どちらでもない」「あまり魅力的でない」「全く魅力的でない」の五つの回答項目のうち、最初の二つを魅力度として計算して決まる▼あくまで感覚的、印象的なものであり、横断歩道と同列には論じられない。そうした調査手法が報じられることがなく、多くの人は総合的な指標と誤解していたのではなかろうか▼福田富一(ふくだとみかず)知事が「84の調査項目の中から、魅力度だけを抜き出して公表するのは納得できない」と不満を表明したのはもっともである。都内の調査会社に行って、調査手法の変更を申し入れた行動には驚かされたが▼かねて一喜一憂するのはどうかと思っていた。ただ、その発信力が実態を知ってもらうきっかけにはなっただろう。(下野新聞10/23 9:02)(上はシモツケソウ)

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 下野と書いて「しもつけ」と読ませます。「しもつけの(下毛野)」の略とされる。とすれば、「かみつけ」もあるのが道理で、「上毛」がそれにあたりそうですが、こちらは「かみつけ」とは読まないで「じょうもう」とする。(「かみつけ」では、なんだか狂犬をけしかけているような塩梅ですから、それはまずい)あわせて「両毛」(上毛野 (かみつけの) と下毛野 (しもつけの) の併称。上野 (こうずけ) 国と下野 (しもつけ) 国。)(デジタル大辞泉)おそらく「両毛作」(りょうげさく)(同じ耕地に作物を1年に二度栽培すること。稲作のあと、麦などの裏作をすること。りょうもうさく。→片毛作)(同上)からきているはずです。(ケノクニなどとも称する)また、「二毛作」とも言いました。「毛」もは古い言葉(万葉以来)で、いろいろな使われ方をしてきた。特に稲の穂の実り、「作毛」の「毛」は「のぎ」とも言いました。芒、禾と書く。鯁とも。栃木(下野)に野木町があります。(ぼくの中高校時代の同級生(女性)が住んでおられましたが、先年亡くなられた)(あちこちに「のげ」(野毛)という地名があります)

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 悪癖が顔を出しかけています。まるで「シリトリ」のようにはてもなく、つまらない詮索が続くのです。若いころ、頼まれ原稿を書く機会があっても、ちょっとした語句にこだわり、本文が書けないままで締め切りを迎えるということが度々でした。学校の教室では何事も「時間切れ」で、万事中途半端というのが嫌だった。終わったところから始めないでいつも尻切れトンボ。本読みがその典型です。数行ばかりを生徒に読ませ、漢字の書き取りや語句の意味を覚えて終わり。教室において、人が賢くなることは不可能です。ぼくの無能さ加減を教室のせいや教師のせいにするのではない。正直に言えば、その程度の教室や教師にもかかわらず、ぼくが賢くならなかったのは、ひとえにぼくの「不徳の致すところ」と小学校以来考えてきました。学校と歩調を合わせたんですね。(上は麦の「のぎ」「のげ」「ノギヘン」です)

 のぎ【×芒】= 稲や麦などイネ科植物で、花の外側の穎 (えい) の先端にある針状の突起。分類上重要。(「禾」とも書く)切り箔 (はく) の一。金箔・銀箔を細く切ったもの。装飾経や絵巻の詞書 (ことばがき) の下絵、装丁の装飾に用いる。のぎ【×鯁】 「芒 (のぎ) 」と同語源》のどに刺さる小さい魚の骨。「喉 (のみと) に―ありて、物え食はず」〈・上〉(デジタル大辞泉)(「ススキ」を「芒」とも書く。左下)

 さて、ランキング。こんなのに目くじらや青筋を立てていてはやりきれない。全国「幸福度」ランキングでは「宮崎」が首位、「えっ、なんでや」となるでしょ。全国学力テスト(小学部)「秋田」が一位、自殺者の部も「秋田」がトップ。どうしてか。という具合に根拠がなさそうなありそうな、いい加減なランキングがまかり通っている。そんな島社会ですが、これをグローブ単位に広げると、この島の指標はことごとくが平均以下。もちろん、ランクに関係なく、快適で平安で余裕のある生活や暮らしができればいうことはありません。わけのわからない網(全体)をかけて、上だ下だといっても始まらない。「住めば都」って何だ。「住んでも田舎」ですよ、ぼくのところは。

 ちなみにぼくが住んでいる千葉県は「幸福度」は下位(底辺)に漂っています。(あるいは「痴事」のせいではないか)でもぼくの生活や暮らしは「幸福」かどうかわからないが、ぼくの身の丈に合っているといっておきます(底辺かもしれない)。「君は幸福度の低い県に住んでいるな」といわれ、「ダサイタマ」みたいなことなんでしょうが、一向気にならない。在学してる学校が「難関校」「進学校」「普通校」「底辺校」「不登校」などと評価されても、ぼくにはまったく関心がなかった。まるで店屋物の丼や寿司屋の「松・竹・梅」だの「特上・上・並」みたいなもの(さすがに、「上・中・下」はなかった、ぼくの知る範囲で)、お腹がすいていればなんでも「うまい」のが道理で、向上心や向学心があれば「どこだって学校だ」というばかり。でも、向学心なんてどこを探しても、ぼくにはなかった。学校はほんとに嫌いだったからね。名前や値段で「勉強の出来不出来」が決まること自体が、バカも休み休みにいえという話。偏差値が高いといわれている奴が「国を売り」「国を滅ぼし」「国を食い潰し」ているのが、ただ今の島の実態です。(偏差値の低いヤツも同じように「亡国の徒」たらんと懸命に勤しんでいます)(学校には「上等・中等・下等があるみたいですね。符丁(看板は違いますが)が流通横行しています。ぼくは下等学校出の、下等人間だ) 

  栃木の知事さんは「ランキング」調査会社にクレームをつけに行ったという記事を読んだが、つまらぬことをするものです。飛んで火にいる夏の虫ならぬ、「とちぎちじ」ですな。調査会社の思う壺にハマったんだから、ランキングの順位もまんざらではないという証明になるか。ほかにすることがあるでしょと言いたいですね。餃子もいいけどね。それだけではないというのを示す。その知事さんの振舞いに「驚いた」とコラム氏。感心したのか、しなかったのか)

 「雷鳴抄」氏の目線というか、レベルは知事に同じ。この知事にしてこの「雷鳴抄」氏あり。いや、その反対ですか。「一時停止」をしない車がトップというのは、お里が知れるというもの。「停止する」では最下位。「停止しない」が首位、と物は考えようですが、死亡事故につながるおそれがあるのだから、それこそ「下から二番目」でも話にならない。コラム氏よ、もっと見るべきもの、書くべき対象・内容があるんじゃないですか。四百字にも満たない「コラム」の一本が新聞紙面を代表し、そんな新聞を発行している自治体に親近感をいだかせることがあるんですね。「雷鳴」と言いますが、下野(しもつけ)のは「やさしい」というのか「おとなしい」んですな。「雷名」は天下にとどろくもの。

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排除ではなく、共生の方向を求めてこそ

(大阪都構想の住民投票で外国人にも投票権を認めるよう求めて記者会見した在日コリアンや市民団体メンバーら=2019年11月、大阪市役所)(共同通信社)
「大阪都構想」の賛否で14万人 
大阪市を廃止して4特別区に再編する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票で、外国人住民に投票権がないことに「私も市民なのに」と疑問の声が上がっている。大阪市の外国人住民は14万人を超え、政令指定都市では最多。市長は「国籍を取得して」と話すが、識者からは「日本社会は外国人抜きでは成立しない時代。議論を進めるべきだ」との指摘が出ている。/ 法律に基づく今回の住民投票では、投票権があるのは日本国籍を持つ18歳以上の大阪市民。市では昨年末現在、外国人住民が約5%に当たる約14万5千人いて、比率・人数とも20政令市でトップだが、投票できない。(2020/10/23 16:51 (JST) ©一般社団法人共同通信社)
来秋にも予定される、大阪市を廃止し、特別区を設置する「大阪都構想」の住民投票を巡り、外国籍住民にも投票権を認めるよう求める市民団体が20日、松井一郎市長に要望書を、市議会に1509人分の署名と陳情書をそれぞれ提出した。市の人口に占める外国籍住民の割合は約5%で、人口、比率とも政令市最多。全国の住民投票では、条例で永住外国人などの投票権を認めた例もあり、近く国会へも請願を提出する。/ 市民団体「みんなで住民投票!」は約1カ月前に結成。都構想の賛否からは自由な立場で、選挙権を日本国民に限った公職選挙法の規定を準用するとした大都市地域特別区設置法と同施行令の改正を求めている。団体によると、この日までに、劇作家の平田オリザさんや思想家の内田樹さんら計約60人の呼びかけ人と賛同人が集まった。(毎日新聞2019年11月21日 地方版)

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 この問題は積年の課題となってきました。当面は11月1日に行われる「大阪都構想」についての「住民投票」に外国人住民の投票を認めるかどうかが問われている、というより、認めてくれという要請が出されているということです。このままでは外国籍住民を排除して、投票は実施されることになります。なんでまだこんな問題を残しているのかと、ぼくには不思議でなりませんが、この島社会の「死活問題」と言わぬばかりの反対を主張する方々もおられます。ぼくは、このような問題に(仕事の)必要上から何十年と考えてきました。「住民投票」くらいと思う人もおられるし、反対の立場の人には「参政権(国政選挙ではない)」を認められない事情があるのでしょう。立場をかえて、自分が外国に永住しているとして、住民としての意志を投票で表明できないということがあればどうでしょうか。そんなん、ないのがあたりまえやないかといえるかどうか。

 投票日が直近に迫ってきました。いずれ間をおかないで、この問題(を含む、外国籍の方々の法的地位など)について、ぼくがこれまで考えてきたところを述べてみたいと思います。今回はこんな課題が取り残されているという指摘のみに留めておきます。結論的に言えば、世界は「排除」ではなく「共生」に根差した市民社会の方向を求めているのではないですか。その願いが強まっているからこそ、「排除」の運動も強くなるのです。政治や行政の任に当たる人の「方向感覚」がマヒしていては、住民の不幸は減ずることはなさそうです。

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