おのれを知るを、物知れる人といふべし

【地軸】 ミトン 英北部スコットランドの漁師のセーターは、編み目が詰まり風を通しにくい。ラトビアの手袋ミトンは、女性が求婚相手に同意を伝えるときに贈る。世界には、さまざまな模様や用途の編み物がある▲機械化が進む以前は、農家や漁師の副収入として作られることも多かった。第2次世界大戦時には、モールス信号のように暗号を編み込む手法でスパイ活動にも使われたという。社会的、政治的な役割も歴史に刻まれている▲先月のバイデン米大統領の就任式では、サンダース上院議員が身につけていたミトンが話題となった。茶色を基調とした毛糸製で、普段着のような服装と相まって式典の席で目立った▲このミトンは、セーターやペットボトルを再利用した手作りで、支持者の女性からのプレゼントだった。サンダース氏の写真はインターネットで急速に広がり、関連グッズも登場。売り上げは180万ドル(約1億9千万円)に上り、慈善資金として活用される▲サンダース氏は、昨年の大統領選で民主党候補者を選ぶ予備選を戦い、若者を中心に支持を集めた。格差是正や気候変動対策などを訴えてきた人物らしいエピソードといえるだろう▲編み物は完成させるのに時間と労力がかかり、自然と作り手の思いがこもる。大統領就任という再始動の場で注目されたミトン。あらわになった米社会のほころびを、ひと目ひと目編み直していく。そんな象徴にもなるといい。(愛媛新聞・2021年2月5日)

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ミトン(英語表記)mitten 一般には親指だけが分離したいわゆるふたまた手袋。毛糸,毛織物,革,防水布などでつくられ,防寒,スキー,登山などに用いられる。指ごとに分離した手袋 (グラブ) の原型とされ,古代から武装や労働用として使われた。指なしの長手袋をさすこともある。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

バーナード・“バーニー”・サンダース(Bernard “Bernie” Sanders、1941年9月8日 – )は、アメリカ合衆国の政治家。無所属のバーモント州選出のアメリカ合衆国上院議員(2期)。2016年アメリカ合衆国大統領選挙では、長年統一会派を組んでいる民主党に入党し、予備選挙に立候補した。同選挙でヒラリー・クリントンに敗れた直後離党し、再び無所属となったが、民主党はサンダースを民主党上院議員執行部の「有権者対策(アウトリーチ・票田の拡大)委員長(英語版)」に任命し、民主党執行役員の任を担うこととなった。上下両院を通じて無所属議員としてアメリカ史上最長のキャリアを継続している。2020年の民主党予備選挙にも出馬したが、ジョー・バイデンに敗れた。(wikipedia)

 この島では「老害」がとみに話題にされています。話題の主が「元総理」というのだから、よほどこ島社会では人材が払底しているということの証明になりそうです。この駄文のテーマは「ミトン」です。この種の手袋は外国にもあって、なにかと珍重されているようですが、この島には足袋用の「ミトン」があった。今でもあるのでしょうが、外国人には珍しいものとされていました。また職人が履く地下足袋も便利で、履き心地もよろしい。ぼくは、最近は履かないけれど、長年の浴衣などの着物愛好者でしたから、下駄に足袋は必需品でした。手袋はめったに着けないけれど、足袋は数足持っています。足にしっくりして、靴下とは違った肌感覚がいいんですね。

 サンダースさんは七十八歳。今回の予備選にも立候補しましたが、バイデン氏に勝てませんでした。しかし彼に対する若者の支持は決定的・絶対的で、それほどに政治家としては抜群の信頼度を有しているという存在であると、ぼくは見てきました。その思想や姿勢は「社会主義」とも言われ、あのアメリカには似つかわしくないという評判ですが、決してそうではないでしょう。個人から始めるか、国家が個人を覆いつくすように政治を考えるか、その違いが分かれ目です。もっといえば、「人権感覚」があるかないか、それが政治の最も重要なテーマになってきているというのです。そのバーニーは前回の大統領選にも出馬し、ヒラリー・クリントンに席を譲った。その時にも、高齢を問題視され、なにかと物議をかもしたのですが、どうも、アメリカでは「高齢者」に対しては意外に尊敬心がないように、ぼくには見受けられるのですが、実際はどうか。

 以下に、一年前の記事を引いておきます。

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「時給15ドルの最低賃金を」 前回大統領選では旋風

 「民主社会主義者」を自任し、若者世代から絶大な人気を集める、バーモント州選出の革新派上院議員。前回大統領選では事前の予想を覆して「バーニー旋風」を起こし、クリントン元国務長官と民主党候補の座を最後まで争った。

「トランプと正反対のやり方で勝利」サンダース氏が自信

 バーモント州で何度も選挙に落選後、1981年に10票差で市長選に当選。90年に連邦下院議員、06年に上院議員に転進した。議員としては米国では珍しく無所属を貫くが、民主党と一緒に行動することが多い。

 政策では公的国民皆保険や時給15ドルの最低賃金制度、公立大学無料化などを打ち出す。以前は急進的すぎるとされていたが、現在は多くの民主党候補が歩調を合わせている。課題はむしろ、その中でどのように存在感を発揮するかだ。また、トランプ氏よりも高齢で、昨年10月に動脈閉塞(へいそく)で手術を受け、選挙戦を一時中断。健康不安も残る。(毎日新聞・2020年1月29日 14時00分)

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 世のため他人のために一肌脱ごうという心意気には大いに感じ入るぼくですが、それが自分だけのために、という輩には反吐が出ることがあります。口ではなんとでもいえる、世のため他人のためと言いながら、自分をかわいがる、自分だけをかわいがる、それがこの島社会の政治家の大半ではないかと勘繰りたくなるのです。他人の幸せを何よりも大切にしているといいつつ、人身売買並の商売に手を汚している人物を、ぼくたちは信じられない。政治家も人間だというなら、犬でもサルでも人間だということになるのかもしれません。それくらいに、屑ばかりが政治をしたがるんですね、その理由は何でしょうか。

 政治家に聖人君子を望むのではない。八百屋に野菜が並べてある、そんな当たり前の事しか望まない。ごく当たり前の感覚を失わない生き方ができる人間こそ、ぼくたちは必要としているのです。政治家は立派であれ、政治家たるものはこうでなければならない、自分でさえもできもしないことを。政治家に望まない。ここで、バーニ―の政治思想なるものを書いてもいいんですが、あまり意味があるとは思えません。ミトンの手袋をはめて、就任式に臨んだのはいいが、そこだけ空気が他と異なっているような雰囲気が漂っていた。それがいいんですね。礼儀を失していないけれど、バイデンに阿るのではないという姿勢です。周りに支持者ばっかりしか寄せ付けなくなる人間は、もうそれで失格です。太鼓持ちや追従者しか寄り付かないというのは、その人には将来がないことを意味しています。式典の最中で、孤独を託つような風体をさらしているバーニーに、ぼくは若い年寄を見るのです。老いてなお盛んというのとも違う。とにかく、若いんです。

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 「老いぬる人は、精神おとろえ、淡く疎(おろそ)かにして、感じ動く所なし。心おのづから静かなれば、無益(むやく)のわざをなさず、身を助けて愁(うれえ)なく、人の煩ひなからん事を思ふ。老いて智の若き時にまされる事、若くして、かたちの老いたるにまされるが如し。」(「徒然草」第百七十二段)

 「賢げなる人も、人の上をのみはかりて、おのれをば知らざるなり。我を知らずして、外を知るといふ理(ことわり)あるべからず。されば、おのれを知るを、物知れる人といふべし。かたちみにくけれども知らず、心の愚かなるをも知らず、芸の拙きをも知らず、数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病の冒すをも知らず、死の近き事をも知らず、行ふ道のいたらざるをも知らず。身の上の非を知らねば、まして外の譏(そし)りを知らず。但し、かたちは鏡に見ゆ。年は数へて知る。我が身の事知らぬにはあらねど、すべき方のなければ、知らぬに似たりとぞいはまし。」

 「かたちを改め、齢(よわい)を若くせよとにはあらず。拙きを知らば、なんぞやがて退かざる。老いぬと知らば、なんぞ閑(しづか)に身を安くせざる。行いおろかなりと知らば、なんぞ茲(これ)を念(おも)ふこと茲にあらざる。」

「すべて、人に愛楽(あいぎょう)せられずして衆(しゅう)にまじはるは恥なり。かたちみにくく、心おくれにして出で仕へ、無智にして大才(たいさい)に交り、不堪(ふかん)の座に列(つらな)り、雪の頭(かしら)を頂きて盛りなる人にならび、況んや、及ばざる事を望み、かなはぬ事を憂へ、来らざることを待ち、人に恐れ、人に媚ぶるは、人の与ふる恥にあらず、貪る心にひかれて、自ら身をはづかしむるなり。貪る事のやまざるは、命を終ふる大事、今ここに来れりと、たしかにしらざればなり。」(以上は同第百三十四段)

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 年を取ることは難しくないが、上手に老いるというのは至難の業です。年を取っているから、引き下がれというのではない。奇妙な言い方をするようですが、若い年寄と若くない年寄という、二種の「老人」があるとするなら、いうまでもなく「若い年寄」をぼくは選ぶ。その基準は何か。兼好さんが言うとおりです。「身の上の非を知らねば、まして外の譏(そし)りを知らず」と、言うのですから、何よりもまず「汝自身を知れ!!!!」

 「身を助けて愁(うれえ)なく、人の煩ひなからん事を思ふ」「おのれを知るを、物知れる人といふべし」「すべて、人に愛楽(あいぎょう)せられずして衆(しゅう)にまじはるは恥なり。」ここにもまた、古くて新しい「生き方の流儀」があるのではないでしょうか。それほど、古今東西、うまく(上手に)「年をとる」というのは大きな課題であったことがわかります。酒飲みは「俺は酔っていない」と言いたがるし、年寄は「耄碌なんかしていない」ときっという。危ない兆候です。ブレーキをアクセルと間違えても、シラを切るんだ。ブレーキを踏んだ、ブレーキが利かなかった、挙句に、車に欠陥があったんだと言いぬけようとします。「わが身が手に負えないようになる」前に、自分で始末しなくちゃ。

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たまきはるいのちをうたにふゆごもり

 飯田蛇笏句集「雪峡」から、春の句をいくつか。

立春の雨やむ群ら嶺雲を座に
凍てゆるぶ山畑の土うごくかも
雨あしのさだかに萌ゆるよもぎかな
もろもろの霊に有情のはなぐもり
春めきて眼に直なるは麦の畝
寒かへる風吹く天とおぼえたり
寝食のほかはもろとも春しぐれ
落ちかかる月をめぐりて帰る雁
風冴えて宙にまぎるる白梅花
紅梅になほななめなる日の光り

 「書名を「雪峡」とした。四時白雲が去来するわが生活環境は、文字通りの山峡なのであるが、この山峡が白皚々たる雪にうずもれたときは、いまのわたくしのこころに一段とぴったりするものがあるところから、然う名づけたのである」と著者は言う。

 なおこの時期、すなわち昭和二十ニ年八月には、長男總一郎の戦死公報がありました。

 戦死報秋の日くれてきたりけり

 さらに、昭和二十三年二月には三男麗三の戦病死の報が来る。 

 二月十三日、三男麗三亦外蒙アモグロンに於戦病死せる公報到る

 春雪に子の死あひつぐ朝の燭

 昭和十六年六月には、次男の数馬が医師を目指すも、病にて二十八歳の生を閉じている。三人とも二十歳代の死であり、この逆縁を蛇笏はいかにして受け入れ、越えようとしたか、それをぼくは句作の中に見る思いがするのです。

 「俳壇の一部に愉しい俳句を主張する向きがあることを訊いてゐる。或る俳人は私の近頃の傾向を見て、愉しいどころかひどく愉しからざる方向をとってゐるといふ風なことを言つてゐた。私としてはそれほど強く意識してさういふ作品傾向に出てゐるわけではないけれども、併し他からさういふ風に言はれてみるとなるほど私の作品傾向は尠くとも愉しくはないのが本当であらうと思ふ。なぜかならば私自身の日常がけつして愉しくないからである。寧ろ憂愁といふ文字が適格であらうやうに思はれる日日の生活だからである。韻文たると散文たるとをとはず文学に心を打ち込むものの総てが誰でも晩年ともなればさうなるのではないか、とさへ私はおもつてゐるのである。さうした憂愁を心にかき抱いてゐて、心を通して生れる作品がなんで愉しげな貌をしている筈もないし、内容的に愉しさが一杯であるべき筈はないのである」(現代俳句文学全集『飯田蛇笏集』〈あとがき〉角川書店刊)

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 句集『雪峡』は蛇笏の第七句集でした。六十二歳から六十五歳までの作品をあつめた。批評する能力に欠けているぼくとしては、ひたすら「味読」するのみです。これを眺めていると、なんだか「敗戦後」の混沌とした「阿鼻叫喚」がいまにつづいているような錯覚に陥ってしまうのです。いつでもこうだったのかもしれませんね。三人の息子を二十歳代で亡くしてしまったという父親心境を、ぼくたちはどのように受け止めたらいいのでしょうか。要らぬ忖度はしない方がいいというばかりです。ひたすら、いくつかの句を前にして、その趣や心映えを読み取ろうとするだけではないでしょうか。若いころから、ぼくは蛇笏の句をずっと読んできましたが、その度に心は張り詰めるのです。(参照は飯田龍太監修『飯田蛇笏集成 第三巻 角川書店刊)

●飯田蛇笏=俳人。本名武治(たけはる)。別号山廬(さんろ)。山梨県東八代郡境川村(現、笛吹市)生まれ。1905年(明治38)早稲田大学英文科に入学。早稲田吟社に参加し、『ホトトギス』や『国民新聞』俳壇に投句した。在学中に若山牧水との交友を保ち、後年『創作』に作品を寄せた。1909年一切の学業を捨て家郷に帰り、田園生活に入る。1912年(大正1)高浜虚子が俳壇に復帰するや『ホトトギス』雑詠欄に出句し、「芋の露連山影を正しうす」等の句により巻頭を得る。1917年『キラヽ』を改名した俳句雑誌『雲母(うんも)』を主宰し、没年まで選句した。『山廬集』(1932年、雲母社)、『白嶽(はくがく)』(1943年、起山房)等の句集を通じて格調高く雄勁(ゆうけい)重厚な句風を展開した。随筆集や評論・評訳の著書も多い。第二次世界大戦で長男と三男を失い、次男も病死という逆縁の悲しみを背負いつつ俳文学の精神を貫き、その遺志は四男の龍太(りゅうた)によって継承された。[瓜生鐵二]『角川源義・福田甲子雄著『新訂人と作品 飯田蛇笏』(1980・桜楓社)』▽『『雲母』昭和38年3・4月合併号(蛇笏追悼号)』(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

 誰彼もあらず一天の秋(七十七歳、最晩年の句。『椿花集』所収)

::ヘッダー写真は斎藤茂吉・句集「あらたま」より。(https://tanka-textbook.com/akaakato/

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モーリス君、もっと鳴いていいんです

XAVIER LEOTY via Getty Imagesニワトリのモーリス君と、飼い主のコリンヌ・フソーさん

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【滴一滴】昨年世を去った雄鶏(おんどり)・モーリス君も喜んでいることだろう。フランスで音やにおいなど田舎特有の「知覚的な文化遺産」を守る法律が成立したと海外メディアが報じていた▼モーリスは風光明媚(めいび)な大西洋の島にすむ普通の鶏だった。ところが都会の騒がしさを逃れようと飼い主宅の隣に別荘を購入した夫婦から「早朝の鳴き声で眠れない」と提訴され、一躍有名に▼雄鶏には鳴く権利がある―。裁判所は訴えを退け、飼い主は「農村には農村の暮らしに根付いたあらゆる音がある」と伝統を守る法整備を求めた。1年半前のことである。都市と地方の分断の象徴などと言われ、世界的な耳目を集めた▼その後も第2、第3のモーリスは生まれている。欧州では放牧牛の首に付けるカウベルや教会の鐘の音。日本では除夜の鐘、風鈴や花火の打ち上げ音、子どもの声などを嫌う人が増えている▼先日も知人が嘆いていた。「たこ揚げをしていた近所の子たちが、通り掛かりの人に『キャーキャー騒ぐな』と叱られた」。ちゃんとマスクもしていたというのに何とも世知辛い▼政府は今、少子高齢化やコロナ禍の影響で地域の祭りなどの存続が危機的状況にあるとして、無形文化財・無形民俗文化財を守る登録制度の新設を検討している。ついでに保護対象に加えてはどうか。子どもの遊びや季節行事も。(山陽新聞デジタル・2021年02月01日)

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 きっと人間は、自分こそが地球の主人公だと思い込んでいるし、都鄙を問わず、地域の住民は自分が中心にいるのだと思い違いをしている。いつとは知れずの遠い昔に土地を開いて生活するようになった人々を「先住民」というなら、いかなる土地や地域にも「先住民」はいる。そこに遅れてやってきた人間たちは、前もって土地に住んでいる住民よりは少しばかり「便利」な道具を持っていたがために、自分たちの生活スタイルを基準に、進んでいる・遅れているなどと言い出した。ふざけた話ですが、いずこも同じ事情を抱えているのです。

 アメリカはコロンブスが「発見した」と歴史は教えるが、莫迦を言っちゃいけないよと言わなければならない。「先住民」という存在をまるで人間以下のように扱い、コロンブス一統は、いつかしら不法占拠したくせに主人顔をするようになったのです。さらにメイフラワー号の乗客の縁者たちは、先住民を押しのけて、自分が土地の支配者だと勘違いを始めにしてしまった。いまにつづく、民族差別であり、人権侵害です。遅れてきたので少しは遠慮すればいいものを、いかにも主人でございますという面構えで、「開拓」という名目で、好き放題の出鱈目をやって来たのがアメリカに限らない、各地の「歴史」「支配・侵略の歴史」(遅れてやってきた人間が作為したもの)なんですよ。

  この島でも同様の事態は生じています。「日本書紀」などと言いますが、作り話の山です。国造りという「神話」(お伽噺)をぼくたちは教えられてきたのかどうか。いずれ、歴史にはいくつもの視点がありますから、誰かの都合で歴史を書くというのは、土台無理な話です。モーリス君の話題から逸れていきますが、要するに、地球はだれのものでもないというだけの話。環境というのは人間にだけ許された生存範囲ではありません。卑近な例ですが、ぼくはこんな山の中に引っ越してい来たのですが、猪も狸も、その他さまざまな生き物が先住民としているのを承知していました。烏は泣くし猫や犬も少なくないのですが、それもこれも、仲間というか、近所の住民として承知していきました。

  確かに、時に烏の鳴き声はうるさいし、牧場の牛の臭いは強烈に臭う時もあります。しかし、人間どもの車の騒音に比べれば、可愛いもの。それに車からいつでもごみを放棄するという罰当たりを「先住民」は決してしない。もうかなり前の話になりますが、鎌倉に土地を求めてやってきた新住民に対して。それよりすこしばかり前に越してきた「先住民」が訴訟を起こしたとか何とかいう話がありました。こんな狭い危険な土地を開発して住宅を建てるのは許せないと、裁判に訴えたっという。呆れたね。おのれだって、崖ップチに家を立てている癖して、とバカバカしくなりました。

 どこでも「都会」にしたいという、度しがたい「便利」派が横行しています。ぼくは敢えて「不便」な土地を探してやってきました。こまかいことをいえばいろいろと文句もありそうですが、生活するのに不平や不満はどこにでも転がっています。だから、環境そのものを受け入れることから始めます。どこかで触れましたが「住めば都」という発想自体が間違いなんだと、ぼくは考えている。どんな不便な土地であっても、電気もガスもなく交通の便もいたって悪いところでも、住んでみればいいところだとして、「住めば都」というのらしい。冗談じゃないよ。電気もガスもテレビも電話も、生活の便利さを支えてくれるインフラがまったくないのに、どうして「都」と言えるのか。それは田舎でしょ、だったら、都ではなく田舎という語を使わなければ。それを「都」あえてと異ののは、都は田舎より住心地がいい、いかにも便利だしという気分が丸見えで、田舎を見下しています。

 「住めば都 の解説=どんな所でも、住み慣れるとそこが居心地よく思われてくるということ。」(デジタル大辞泉)いっていることはまちがいではないとしても、「都」という呼称が出てくるのは不愉快ですね。「住めば田舎」「住めば辺鄙」でなぜいけないんですか。鄙とは「ひな」「ひなびる」、もっとわかりやすく言えば、「田舎」です。(都は「宮処」で、「天皇」がましますところ、といういわれです。その住まいが宮家とされ、それは宮宅・三宅になり、大(宅)家=公と、…)

 「田舎」とはどんなところか。それはどんな住まい方ができるのか。「い‐なか〔ゐ‐〕【田舎】 の解説=1 都会から離れた地方。「田舎から町に出てくる」 田畑が多く、のどかな所。人家が少なく、静かでへんぴな所。「便利になったとはいっても、まだまだ田舎だ」3生まれ故郷。郷里。父母や祖父母のふるさとについてもいう。「うちの田舎は四国の港町です」 (名詞に付き、接頭語的に用いて)素朴・粗暴・やぼなどの意を表す。「田舎料理」「田舎風 (ふう) 」「田舎侍」」(デジタル大辞泉)

 初めに田舎ありき、でした。長い間、どこもかしこも田舎だった。「都会」と「田舎」の違いは何か。キーワードは「便利」。都会は便利で田舎は不便というが、台風や地震が都会を襲えば、立場は一気に逆転。田舎は便利で都会は不便。田舎は「不便」が代名詞でした。第二次世界大戦中にぼくの親たちの世代は嫌になるほど「不便」を経験したはずです。タワーマンションは素晴らしい、絶景だという。集中豪雨でどうなったか。停電でどんなに不便であったか。不便は一瞬だから我慢できるというのですか。五十階まで歩いて昇るのは健康にいいですね。風呂も入れない。トイレも使えない。一瞬と雖も、不便は堪えがたいんですね、都会人には。歩いて階段を上り下りできる、それくらいのものですよ、都会で人間であることを確かめるのは。 

 この雑文には結論はありません。なんで都会がいいの、という人もいれば、田舎でなければどうにもならないよという御仁がいるのが普通です。文明とは「シビライゼーション」の邦訳です。civilizationとはcivil、つまりは「都会になる(civic)」「都市に住む、都市に住む人になる」というような意味です。田舎から都会に住む人を指して文明人と言ったんですね。文明人とは「集合人」です。集まって住む形態が都市の成り立ちです。その反対は野蛮人(バーバリアン)。ぼくは、バーバリアンです。結構ですね。

 携帯(スマホ)を持つ人を文明人というなら、持たない人を野蛮人という。ぼくは野蛮人。モーリス君も、その他大勢のモーリス君の同類も野蛮人です。野蛮人から文明人(都会人)を見れば、どのように見えて来るか。あえて言うことでもありませんが、都会人は野蛮人じゃないか。それも孤独を託つしか能がないような。自分さえよければいいという、わがままな、自己中心的な。自分の脚で歩かない・歩けない人を、どういえばいいのか。

 話題転換。(本物の「野蛮人」について)新規の感染者数が急激に減りだしています。何が起こっているんですか。わかりやすいのはPCR検査数の激減です。検査数を減らせば感染者数が減る。死者は減らないどころか、増加の一途をたどります。恐ろしいことを、国を挙げてやっているのです。暇があったら調べるといい。東京都の検査数の激減です。最大感染者数のときの十分の一以下です。それも実に巧妙に数値を重ねていますから実態把握が簡単ではありません。しかし感染者数を減らしたいために、検査数を減らしているのです。これなら五人とか十人しか感染しなかったと、いくらでもいえる。しかし、感染している人は決して減ってはいない。死者は増加の一途をたどっていますが、これだって怪しい、どこか、別の数値に紛れ込ませているという不信の念がぼくにはあります。どこまで厚顔無恥を押し通すのかね。恥知らず。(左上、O技官氏)

 こんな出鱈目を平気でやれる奴らは「野蛮人」以下ではないですか。クラスターを追わない。濃厚接触者を調べない、感染が分かったら、家庭で治してください。病院は手一杯ですから。そもそも、そんな人たちは「感染者数」に入れないと決めたのだから、と平気で言える奴らは野蛮人以下ではありせんか。ワクチン接種で、しこたま儲ける奴、濡れ手で粟の連中は野蛮人じゃないんですか。「都」には「野蛮人」ばっかし。「五輪」に狂っているのも野蛮じゃないですか。(「野蛮人」という表現を使っていますが、ホントは使いたくありません。別の表現を考えておきます。取って置きのがあるんですが、あまり使いたくないし、ぼくだって「野蛮人」なんですから)(真っ赤な嘘を垂れ流し、それを百も承知で記事にするのも「野蛮」そのもの)(人民の生命は木の葉っぱ一枚よりも軽く扱われている時代です。かかる法外な狼藉を許しておけるのですか)

 医療崩壊という。マジかよ。ベッド数の割合が人口比で世界一だというこの島社会の病院がパンクしたので、新規患者を受け入れないというのか。コロナ患者は「嫌だ」というだけでしょう。医者の風上にも置けないね。ようやく報道されかかってきましたが、ある種の病院にはベッドは五万とあっても受け入れ感染者数は微々たるもの。どういうことですか。ぼくは早い段階から言っていました。オミとかゴミとかいうおじさんが理事長をしている機構傘下病院は、どうして受け入れを拒んでいるんですか。この御仁は厚労省の先輩です。コロナ禍の戦犯は厚労省です。コネク何とかといったお姉さんがいました、それです。厚労省医系技官、その技官です、ゴミさんも。いずれ、それについても、歴史を踏まえて、駄文を綴ります)(右上写真、厚労省技官のトップ)

 白昼堂々と、とんでもない事態が進行中です。それも寄って嵩って政治行政の意図によって。救える命などと気安く言うが、それを救わないという宣言をしたのではないですか。死ななくてもいい生命と、気軽に言いますが、それを「死ぬと死なない」を選択しているのは誰なんですか。己たちは毎日検査しているし、少しでも兆候があれば即入院だ。こんなのばっかりで、人民は捨てられているのです。棄民政治。許しがたいね。(以下に、鶴彬さんの怨み骨髄の三句)

 正直に働く蟻を食ふけもの  生きてゐるな解雇通知の束がくる  巣に籠もる蟻にたくわえ尽きてくる

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屑よりも莫迦がましだと、俺は言いたい

 東京都で新たに393人が感染、累計10万人超える 400人以下は昨年12月21日以来

 東京都は1日、新たに新型コロナウイルス感染者393人の報告があったと発表した。1日あたりの感染者数が400人を切るのは昨年12月21日以来。重症者は133人。感染者累計は10万人を超え、10万234人となった。/ 年代別では、20代が62人、30代が64人、40代が63人、50代が54人などとなっている。65歳以上の高齢者は107人だった。/ 都内では、1月7日の2447人をピークに、徐々に減少。1月18日以降は1500人を下回り、同29日から4日連続で1000人未満となった。/ 年代別では、年末年始に3割近くを占めていた20代が1月22日以降は2割を切っている。一方、重症化しやすい高齢者の比率は上がっており、60代以上の割合は1月下旬以降、3割前後に達している。

 都の担当者は「医療機関の院内感染や高齢者施設内の感染が増えている。高齢者の感染者数が減らなければ医療の逼迫の解消につながらない」とし、徹底した対策の継続を訴えている。/ 小池百合子知事は1日夕、報道陣の取材に「ここは分岐点としても、みなさんにコロナ対策をしっかりお守りいただきたい」と訴えた。(東京新聞・2021年2月1日 19時53分)

 (註 検査しなければ、感染者はゼロになるぞ。「女帝」なら、そこまでやるに違いないね。これもまた、「世論操作」なんだね)

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  自民、全職員にPCR検査を実施 党本部対象、コロナ抑止で

 自民党は、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、党本部で働く全職員を対象にPCR検査を実施する方針を決めた。党関係者が29日、明らかにした。管理職や国会議員との接触が多い職員は1月下旬に検査を済ませたが、感染拡大が続く状況を踏まえ、対象を拡大することにした。(東京新聞・2021年1月29日 11時24分) (共同通信)

 (註 「感染者数は減少」と人民向けには言っておきながら、身内には「感染拡大が続く状況を踏まえ」と言ってのける。政治家は「屑」だといいますが、屑以下だね。この政党の議員が夜中まで銀座で「陳情を受けていた」と虚言をし、数日後に「実は後輩(荒廃)が二人隠れていた)と白状。しかも「同伴キャバ」だったと、言われている。虚言がバレただけですが、こんな輩が「国政を担う」というのかよ。屑以下の以下だね。自分たちだけが助かりたいんだ。愚連隊が国を乗っ取っているんだ)

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 東京都、濃厚接触の調査を縮小 保健所が逼迫、高齢者らを重点

 東京都は22日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、濃厚接触者などを調べる「積極的疫学調査」の規模を縮小する方針を都内の各保健所に通知した。高齢者など重症化リスクが高い人との関わりを重点的に調査し、全体の規模を縮小。逼迫する保健所の負担を軽減させ、効率的な入院や療養先の調整につなげる狙い。/ 都によると、調査は医療機関や高齢者施設、障害者施設などが中心となる。飲食店や職場、学校などでの感染は原則として詳しく調べず、各保健所が状況に応じて判断するとしている。(東京新聞・2021年1月22日 22時04分 (共同通信)

 (註 保健所の先祖はなんだったんでしょう。満州事変以来、連綿と続いている強盗顔負けの政治腐敗です。お里が知れるとは、このこと)

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 「感染蔓延で経路調査に意味なし」 神奈川県、感染経路や濃厚接触者の調査を原則やめると発表 全国初

 神奈川県は8日、新型コロナウイルスの感染経路や濃厚接触者を調べる「積極的疫学調査」の対象について、9日から県内全域で大幅に縮小すると発表した。周囲に感染が広がると重症化リスクの高い病院、高齢者施設、福祉施設などの関係者は調査を簡略化して続けるが、それ以外は原則として調査しない。県によると、県全体で調査対象を絞るのは全国で初めて。(志村彰太)

 ◆県全体で調査対象を絞るのは全国で初

 同県内では感染者数が連日500人を超え、感染経路不明率も60%以上の状況が続いている。積極的疫学調査は感染者に行動歴を詳しく聞き、接触した人を見つけ、蔓延を防止する狙いがあるが、医療危機対策本部室の山田佳乃担当課長は「どこに感染者がいてもおかしくない蔓延期に既に移行している。積極的疫学調査に意味がなくなってきた」と話す。/ 保健所による聞き取りは感染者1人に半日かかることもある。保健所は宿泊施設や自宅で療養する人の健康管理もしており、「業務に優先順位をつけるべきだ」と考えたという。

◆影響が他の都道府県に及ぶ可能性も

 引き続き調査を行う病院関係者らに対しても、個人的な会食やイベントの参加者については聞き取りをしなくなる。学校や幼稚園、保育園の関係者については、感染拡大の恐れなど状況に応じて調査するか決める。それ以外の感染者については聞き取りをしない。/ これまで、濃厚接触者が県外にいる場合は、その都道府県に連絡していたが、今後はしなくなるため、影響は全国に波及する可能性がある。/ 厚生労働省は昨年11月、積極的疫学調査に優先順位を付けて良いとする事務連絡を出している。(東京新聞・2021年1月8日 23時31分)(註 全国に数ある保健所の「所長」の前職はなんだったか。かなりの数は厚労省の元官僚の天下り先になっているんですね。尋問を見殺しにするのは「十八番(おはこ)です。)

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 この数日間の東京新聞の記事を羅列しただけです。これに触れるのも忌まわしいのですが、仕方ありません。政府や自治体が「コロナ対策」でどんな策略を企んできたか、これからどうしようとしているのか。このような欺瞞や狡知きわまりない「対策」は全国で実施されていると思う。誰かの命令です。これをもう一度はっきりと知っておくのは、今後の自らの生命維持(防衛)の為には不可欠だと思うからです。余計なことは言わない。この記事を読んでわからなければ話にならないし、こんな記事を何の注釈もなく載せている新聞の退廃は救い難いと思うからです。「自助」と言ったのは、実に本音だったんだ。

 「満州事変」を引き起こした関東軍が、人民を置き去りにしていち早く逃亡。「中国残留孤児」を作り出したのと、まったくそっくりな「人民置き去り作戦」が各地で実施されつつあります。

①疫学調査は「感染蔓延で経路調査に意味なし」

②厚労省「積極的疫学調査に優先順位を付けて良いとする事務連絡」

③東京都「飲食店や職場、学校などでの感染は原則として詳しく調べず、各保健所が状況に応じて判断するとしている」

④自民党「感染拡大が続く状況を踏まえ、対象を拡大」

⑤東京都「東京都で新たに393人が感染」

 (註 検査日が異なり、集計されるデータは異なった検査日の検体を寄せ集めているので、検査数と感染者数の相関は明確ではない。それをいいことにして、手前勝手な操作をしている。ずっとしている)(二月一日に発表された「感染者数」は393人、参考までに、1月31日の検査数は1577件)(検査数を絞れば、感染者数は減少する。感染者の実態は少しの変化もない。それを不問にして、大本営発表を垂れ流すのは、報道ではない。500人を下回れば、「宣言」海上散っていたが、それをいま行えば、いかな愚かな人民にも気づかれるから、時間稼ぎをして、「五輪開催」「go to再会」を「宣言」する魂胆なんですな)

*****努々(ゆめゆめ)、感染されないように。「戦死や哀れ、感染死や、なお哀れ」*****

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…our eyes on the future, history has its eyes on us.

Amanda Gorman stole the show at Biden’s inauguration

Mr. President, Dr. Biden, Madam Vice President, Mr. Emhoff, Americans, and the world:

When day comes, we ask ourselves, where can we find light in this never-ending shade?

The loss we carry, a sea we must wade. We’ve braved the belly of the beast. We’ve learned that quiet isn’t always peace and the norms and notions of what just is isn’t always justice.

And yet the dawn is ours before we knew it. Somehow we do it, somehow we’ve weathered and witnessed a nation that isn’t broken but simply unfinished.

We, the successors of a country and a time where a skinny Black girl descended from slaves and raised by a single mother can dream of becoming president only to find herself reciting for one.

And yes, we are far from polished, far from pristine, but that doesn’t mean we are striving to form a union that is perfect.

We are striving to forge our union with purpose, to compose a country committed to all cultures, colors, characters, and conditions of man.

And so we lift our gazes not to what stands between us but what stands before us. We close the divide because we know to put our future first we must first put our differences aside.

We lay down our arms so we can reach out our arms to one another. We seek harm to none and harmony for all.

Let the globe, if nothing else, say this is true: That even as we grieved, we grew. That even as we hurt, we hoped. That even as we tired, we tried.

That we’ll forever be tied together, victorious. Not because we will never again know defeat, but because we will never again sow division.

Scripture tells us to envision that everyone shall sit under their own vine and fig tree and no one shall make them afraid.

If we’re to live up to our own time, then victory won’t lie in the blade but in all of the bridges we’ve made. That is the promise to Glade, the hill we climb, if only we dare. It’s because being American is more than a pride we inherit, it’s the past we step into and how we repair it.

We’ve seen a force that would shatter our nation rather than share it, would destroy our country if it meant delaying democracy, and this effort very nearly succeeded. But while democracy can be periodically delayed, it can never be permanently defeated.

In this truth, in this faith, we trust. For while we have our eyes on the future, history has its eyes on us.

This is the era of just redemption. We feared in its inception, we did not feel prepared to be the heirs of such a terrifying hour, but within it we found the power to author a new chapter, to offer hope and laughter to ourselves.

So while once we asked ‘How could we possibly prevail over catastrophe?’ now we assert: How could catastrophe possibly prevail over us?

We will not march back to what was but move to what shall be: a country that is bruised but whole, benevolent but bold, fierce, and free.

We will not be turned around or interrupted by intimidation because we know our inaction and inertia will be the inheritance of the next generation.

Our blunders become their burdens, but one thing is certain: If we merge mercy with might and might with right, then love becomes our legacy and change our children’s birthright.

So let us leave behind a country better than the one we were left, with every breath of my bronze, pounded chest we will raise this wounded world into a wondrous one.

We will rise through the golden hills of the West. We will rise from the windswept Northeast, where our forefathers first realized revolution. We will rise from the lake-rimmed cities of the Midwestern states. We will rise from the sun-baked South. We will rebuild, reconcile, and recover.

In every known nook of our nation, in every corner called our country, our people, diverse and beautiful, will emerge battered and beautiful.

When day comes we step out of the shade of flame and unafraid. The new dawn blooms as we free it, for there was always light if only we’re brave enough to see it, if only we’re brave enough to be it.(https://www.businessinsider.jp/post-228317)

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 無駄口は叩かないようにします。アメリカの大統領就任式における、若い詩人の語るところをくりかえし聞いて見ることです。

<This is the era of just redemption. We feared in its inception, we did not feel prepared to be the heirs of such a terrifying hour, but within it we found the power to author a new chapter, to offer hope and laughter to ourselves.>この国の豊かな未来に自分も加わることを誇りとして生きていこう。今までは暴力や野蛮に無抵抗だったが、これからは違う。若い大学生の「叫び」がどのように響いたか、それはわかりません。あるいはこの若い詩人の登壇が周到に準備された巧妙な演出であったとみる向きもあります。でも、それはいつの時代でもいわれることですから、取り立てて批判するに当たらないと思う。

<We will not march back to what was but move to what shall be: a country that is bruised but whole, benevolent but bold, fierce, and free.>このように強い志を持って前を向いて歩こうという若者がここに立っている。ぼくはそれを目にしただけで、投げ出してはいけない、自分の持ち場を確かめようといわれているようなきがしました。若さというものが、銃器にも勝るちからであることをアマンダさんは示しているのです。アメリカという特定の国の状況ではなく、大きくはこの世界に住む、未来を担うたくさんの若者の一人がここに立って「前に進んでいこう」と呼び掛けているのです。

 もちろん、現実には、どうしようもない暴力や頽廃が蔓延っています。何の困難もなく社会(時代)が前進するとは考えられない。それはこの島の現実でもあります。しかし、その混沌の中に一条の光を見出すことが出来るかどうか、それが若い人々(youth)が未来に何を置こうとしているか、その役割を自覚しているかどうかにかかっているとも言えます。そうするのは若い人たちの特権でもあり、感受性のようなものでもあるのでしょう。他人の生涯に、少年時代や青春時代がある、その意味をもう一度ぼくたちは思い出さなければならないでしょう。それはまた「社会」にとっても同じだとぼくは考えているのです。

 この詩の出来栄えについて何かを言う力はぼくにはありません。アメリカという国で、現実に起ってきたこと、起こっている状況に対する率直な洞察だとみてもいいでしょう。彼女の眼光が過去にではなく、未来に向けられていることが如実にわかるという感情があるだけで、ぼくには他に言うことはありません。繰りかえし、これを読んで彼女の心持のなにがしかを感じ取りたいと願うばかりです。

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最低限度の生活を保障するとともに,…

【余録】「健康で文化的な最低限度の生活」(柏木ハルコ著)は、新人ケースワーカーを通して生活保護の実態を描いた人気漫画だ。新型コロナウイルスの感染拡大で、生活保護制度が改めて注目されている▲昨年末以降、田村憲久厚生労働相が「生活保護を受けることは国民の権利だ。迷わず申請してほしい」と異例の呼びかけをし、話題を呼んでいる。窓口で申請させないようにする「水際作戦」が問題になってきたからだ▲制度の源流は1874年の「恤救(じゅっきゅう)規則」にさかのぼる。貧困の救済は「人民相互の情誼(じょうぎ)」により、それでも救済できない「無告の窮民」に限って、米代換算の現金を支給すると定めた。慈恵的な救済である。国の責任や国民の権利が明文化されたのは戦後になってからだ▲漫画では、母子家庭の支援に悩むケースワーカーに、母親の心情を思いやるよう医師が諭す場面がある。「生活保護を受給してることに対する自責の念、『働け』っていう世間のプレッシャーもあるだろう」▲生活保護を受けることに後ろめたさを感じさせる風潮には、明治以来の制度の歴史も影響していよう。コロナ対応は国の歴史や文化を映し出す。だが、どうにもならなくなった時、一時的に税金に頼って暮らすことは当然の権利だ▲誰であれ税金の世話にならずに生きることはできない。「税金を利用している比率の多寡が、人と人とを分断する尺度であってよいのだろうか?」。みわよしこさんの著書「生活保護リアル」の言葉が重く響く。(毎日新聞・「余録」2021/01/31)

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 法の建前は素晴らしいが、実態は悲惨というのは、いくらでもあります。なぜそうなるのかという原因や背景にはさまざまな理由や事情があるでしょう。一般的な物言いをすれば、法を悪用する人間が絶えないから、その法律までも「胡散臭い」とみられてしまうことです。その典型は「政治資金規正法」です。この法律を作ったのは国会であり、法の適用を受けるのは国会議員です。分かりやすく言えば、泥棒が「泥棒をしてはいけない」「こんな時は泥棒になる」という、法を作ったことになります。つまりは「泥縄」です。

 《「泥棒を捕らえ縄をなう」の意から》事がおこってからあわてて対策を立てたり準備をしたりすること。「泥縄の試験勉強」「泥縄式」(デジタル大辞泉)法網をかいくぐるという破廉恥な芸当は、ですから議員さんにとってはお手の物。自家薬籠中の物というわけです。うまくかいくぐれなければ、法を変えるだけだという了見で「政治家」をしているんだから、手に負えないね。同じことですが、税金は、ぼくに関していえば、可能な限り払い(収め)たくないものの代表です。いずれは、その多くがいかがわしいところに使われるのですから。政治家の金も、政治献金を除けば大半が税金です。その税金で銀座や六本木で飲み食い、「陳情」相談などという目御目で、湯水のごとくに捨てられているのですから、一円だって取られたくない。

 さて、生活保護の問題です。「申請して受給するのは、国民の権利」だと、今頃、こ災厄の最中で厚労大臣がさも「したり顔」「お為ごかし」で答弁するなどというのは茶番であるし、荒唐無稽な政治ショーですよ。お言葉に甘えて、申請すると、あの手この手で、申請受付を拒否する算段に奔走するのが(一部の)役人(窓口)です。本来なら受給されるはずのない、受給資格のないものが堂々と受給している場合があるかと思えば、これしか生活の方途がない人には届かない。こんな行政の役人も、政治の本筋を外れた政治家の悪逆を見ているから、悪行の最近に感染したに違いない。受給は恥ずかしいことと、控えさせる役人が能吏だと褒めそやされる風潮もあります。税金は「みんなのために」という性格の金員です。特定の個人や団体が、うまい汁をいつでも吸って、底なしの「税金泥棒」をしているのです。泥縄」はいたるところで確認できるのが、ぼくたちの社会の実態です。開催不可能な五輪に数兆円、コロナ対策に名を借りた、特定企業への税金授与事業に何兆円。その他、数知れない名目で、特定の企業や個人に莫大な国費が費やされているのです。毎年毎年、何十年にもわたって、さ。

 国有財産の払い下げに際して、どんなにえげつないことが起こっているか。この問題に触れると、きっとぼくの腹の虫が騒ぐ。虫唾が走る。気分がすこぶる悪くなるので外に出て深呼吸する必要があります。ぼくが言いたいのは、本当に必要な政策に必要な税金を回すという、政治や行政のイロハをいつでも言い募らなければならないという、話にならない段階で、この島の政治行政のレベルがとどまってしまっている。歯ぎしりしたくなるどころの騒ぎではありません。(ぼくは数少ない経験から学んでいたので、驚きはしませんでしたが、ここにきて「国会議員」は「我々は選ばれた存在だ」、国民一般とは異なる範囲の「別種国民なのである」という矜持というか、能のない鷹のように牙や出歯をこれ見よがしに見せびらかしているのです。裸で街中を括弧しているのに、その醜状・醜態が見えていないんですね。

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● 政治資金規正法=政治家や政治団体、政党に、政治活動に必要な資金を提供すること。もともと、政治資金は、個人が拠出する会費や党費のような資金によってまかなわれるのが本当であるが、わが国では、個人が政治に金を提供する習慣はあまりなく、政治団体の会員や政党の党員が少ないため、企業・労働組合からの寄付(政治献金)に依存する割合が多い。ことに、政権を掌握し、国家・公共財政資金散布の鍵(かぎ)を握る政党は、有力会社を中心に、企業や財界から公式に一括もしくは個別に巨額の寄付を受けるほか、有力議員などへの寄付も少なくなかった。原理的にいえば、企業の政治献金が会社に利益をもたらさないとすれば、企業に損害を与えたとして、担当役員は特別背任罪を構成するはずであるし、会社に利益をもたらすことについて期待の蓋然(がいぜん)性があると容認されるならば、すでに汚職を肯定することになるのである。(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

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●法治国家=行政および司法があらかじめ議会の制定した法律によって行われるべきであるという法治主義による国家。すなわち全国家作用の法律適合性ということが法治国家の本質とされたのであるが,その際,イギリス法の「法の支配」 rule of lawと違い,行政および司法が国民の代表機関たる議会によって制定された法律に適合していればよいという形式的側面が重視された結果,法治国家論は,法律に基づきさえすれば国民の権利,自由を侵害してもよいという否定的な機能を果し,法や国家の目的,内容を軽視する法律万能主義的な傾向を内包していた。第2次世界大戦後,西ドイツはこの点に反省を加え,立法,行政および裁判を直接に拘束する不可侵,不可譲の基本的人権を承認し,これを確保するために憲法裁判所を設置して,これに法令の憲法適合性を審査する権限を与えた。日本の場合も,憲法は裁判所にいわゆる法令審査権を与えている (81条) 。このようにして,行政,司法が単に法律に適合しているという形式面のみならず,その法律の目的,内容そのものが憲法に適合しなければならないという原則が確立され,それによっていわば法治主義の実質的貫徹が期されている。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

 以上のように、一つの事典では説明されていますが、その法律を作る議員の正体を見逃していてはどうにもならないのが、この島政治の実情です。「電源三法」という法律を起案したのはある一人の政治家でした。この法律がどんなに国家(政治家や役所の官僚)や企業に都合よく作られているかを知れば、ぼくたちは感心することはあっても怒りを起こすことはないのではないですか。何処まで行っても企業(に乗っかっている政治行政)の利益を最優先するという悪徳哲学で貫かれており、そこには人民の幸福安寧は一顧だにされていません。今の今になって、遅まきながら、この法律の趣旨が国益(というなの個人益)や私企業(実態は国営企業)の利益擁護を死守しようとしてきたかがわかります。

 生活保護法の趣旨はどうか。「受給は権利」と大臣は言う。その権利を行使しようとすると、さまざまな障害が発生する。「扶養確認」などということも言われます。少し前に、話題の芸能人(よしもと所属)が芸能活動で稼いでいるのに、「尊属が生活保護を受給」と叩かれていました。政治資金で「愛人を」という女性国会議員もいました。そんな輩は例外で、大半は法の趣旨に照らして問題はありませんともいえる。でも、たとえ少数でも、悪例という「例外」は認めるべきではないともいえるのです。

 この問題の一番のポイントは、限られた財源である税金は「いつでも有効に使う」という、当たり前の態度を崩すべきではないということです。それに尽きます。「税金を利用している比率の多寡が、人と人とを分断する尺度であってよいのだろうか?」というのは、生活の大半が「生活保護」などのように税金で賄われているということを指して言われたのなら、政治家はどうか、国会議員の歳費はすべて税金です。それで「恥ずかしい」「他の国民に対して申し訳ない」という心持を持っている議員は皆無だといっていい。私たちは「国会議員です」から、コロナ禍においても「給料は減らされません。満額戴きます」とぬかしたのは前総理でした。今や介護や医療で「保護を受けている」人がどれだけいるというのか。生活保護の「保護」というところに焦点を当てて、法の趣旨をとことんまで理解できるようにするのが、政治行政の仕事であります。

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● 生活保護法=昭和25年法律144号。同名の 1946年の法律に代わるもので,生存権の理念に基づいて,国が生活困窮者に対しその困窮度に応じ必要な保護(→生活保護)を行ない,最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。社会保障法の一つ。保護は要保護者の申請に基づいて開始されるが,資産調査を実施したのち世帯を単位としてその要否,程度が定められる。保護の実施機関は地方公共団体の長である。保護の種類は生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療扶助,介護扶助,出産扶助,生業扶助,葬祭扶助の 8種で,医療扶助と介護扶助を除きすべて金銭給付を原則とする。ほかに救護施設,更生施設,医療保護施設,授産施設,宿所提供施設の 5種の保護施設がある。保護費用の負担率は,保護費と保護施設事務費および委託事務費については 4分の3,保護施設の設備費については 2分の1を国が負担し,残りは都道府県および市町村により一定比率で支弁する。(→救貧制度,公的扶助)(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

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