国歌には歴史や文化が鮮やかに映し…

【産経抄】国歌「君が代」なぜ嫌う スポーツの秋、特に昨日の日曜は朝から米大リーグワールドシリーズ、午後は競馬の菊花賞、夜はプロ野球日本シリーズで阪神を見守らねばならず、締め切りの早い小欄は原稿を書く余裕がない。▼それでも今秋の政局に隠れて気になった教育の問題を書いてみた。一つは、沖縄県石垣市議会で9月下旬、子供たちが国歌の君が代を歌えるかなど、小中学校でのアンケートを求める決議をしたところ、市民団体などから「子供たちの内心の自由を脅かす」などと批判が起きた。朝日新聞も社説で「子どもを政治に使うな」と批判していた。▼国歌を歌えるか聞いてなぜ悪い。心ある読者は首をひねるだろう。決議では小中学校の学習指導要領では音楽の授業や入学式・卒業式での斉唱を通じ国歌を学ぶことが明確にされていると説明する一方、保護者から、子供たちが十分に歌えていないのではとの懸念があるという。▼国の象徴である国旗、国歌を尊重するのは自然な姿だ。ところが卒業式などでの指導をめぐって、各地で反対運動が繰り返されてきた。平成11年に広島県で校長が自殺する痛ましい事件が起き、国旗国歌法が制定されたが、その後も式の国歌斉唱の際、一部教員が起立せず、礼を守らない問題などが起きている。保護者の懸念はもっともだ。▼もう一つ、次期学習指導要領に向けた中教審部会の基本方針で「子供の意見表明権」を教育活動に取り入れる方向性が示されたとか。校則見直しなど、子供たちが主体的に参加する活動が想定されるというが、「君が代」を歌わなくてもいい―などと反乱が起きてはたまらない。▼自由や権利には義務やルールが伴う。国歌には歴史や文化が鮮やかに映し出されている。まず教えてほしい。(產經新聞・2025/10/27)

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 產經新聞のコラム「産経抄」は、毎日読みます。とても刺激的で、眠気覚ましには好材料でもあるからです。もちろん、表現の自由は大いに尊重されるべきですから、そんなことを書いてはダメだとは言いません。しかし「ここは可笑しいなあ」とか「それは違いますでしょ」というようなときに、それを指摘(意識)するのも読書の大きな役割だと思っています。本日のコラムは「国歌」、それも学校教育における「国家」の扱われ方の問題について、です。沖縄石垣島での出来事を紹介されている。「(子どもたちが)国歌を歌えるか聞いてなぜ悪い。心ある読者は首をひねるだろう」と述べられています。ぼくは「心ない読者」ではありますけれど、「国家を歌えるか聞いて、どこも悪くない」と思っていますから、コラム氏の指摘には賛成です。ただ、理由如何では「もっと指導しないと駄目だ」となるなら、それは藪蛇となり、強制して歌わせるものではないでしょうにと反抗したくなります。

 「学習指導要領」の位置づけにはいくばくかの疑問があることをぼくは指摘します。(「学習指導要領」とは、全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準です。およそ10年に1度、改訂しています。)(文科省)つまり「学習指導要領に…明確にされている」から、無条件にそれに従うべきだという点には賛成できかねるといいたい。学習指導要領は万能ではないことは、いささかも譲りたくない。むしろ「国旗国歌法」に即応した方がいいのではないでしょうか。「国の象徴である国旗、国歌を尊重するのは自然な姿だ」とコラム氏は書かれていますが、さてどうでしょうか。藪から棒に「自然の姿」と言われるが、本当にそうですか。そう言わせるような「政治圧力」がかつて働いたから、現行の「国旗国歌法」が制定されたのではないでしょうか。その際、政府見解として「学校教育等には、導入を強制しない」とまで付言されています。「国歌」を歌うように強制する、つまりは「愛国」の強制に通じるのが目に見えているから、「それは可笑しい」「間違いではないですか」と言いたいのです。(註 国会における審議過程で、「同法が教職員に国旗掲揚や国歌斉唱を強制するものではない」とするいう政府の説明があった)

 次いで、ぼくの大きな異議は「国歌には歴史や文化が鮮やかに映し出されている。まず教えてほしい」とされている部分、ぼくは無知であり無能ですから、そこのところがよく分からない。「君が代は千代に八千代に…」のどこに、「歴史や文化が鮮やかに映し出されている」のでしょうか。どこをどう読めば「鮮やかに映し出されている」のが判然とするのでしょうか。「君が代」は「炙り絵」ですか。そもそも「君が代」の出自は怪しいもの(不明)とされるのが相場です。なぜ怪しいのか。理由はいくつかあるでしょう。(ここでは面倒だから述べない)

 いずれにしても「国歌」として制定されたのだから、「学校で指導する(導入する)のは当然」であり、それに背くものは「処分」の対象になるとされたのは、今は亡き元東京都知事による「恣意的な行政権の行使」だったというべきでしょう。異論はあろうがなかろうが「斉唱を強制する」のは違憲ではないとする判断の方が間違いであるというべきだとぼくは考えています。逆に言えば、どうして強請・強制するのだろうかという、別方向からの疑問が湧きます。「国を愛せよ」と「愛国」を強制するほど愚かで、間違えていることはないと思う。「愛せよ」と強いられて、何かが愛せるんですか。

 本日は「お茶を淹(い)れる」(「お茶を濁す」ではない。それは毎度のことですから)という話で簡単に済ませるつもりでしたが、「産経抄」に唆(そそのか)されて、あらぬことを駄弁りだしました。まだ終わりではないのですが、洗濯機を回す準備等もあり、ここまでにします。現在、文科省では次期の「学習指導要領」改訂作業に入っていると聞きます。ほぼ十年ごとの改定期に当たっており、新内閣の発足と時期を同じくします。巷間伝え聞くところでは「教育勅語」が学校教育に導入されるとかされないとか。「朕思ふに」、ですな。時代は変われど、人心は変わらないのだなア、とひと嘆息もつきたくなる。とにかく「教育勅語」大好き議員たちが、新首相をはじめ、ぞろぞろと国会内を這いずり回っています。もう一度「明治に戻れ」「明治に戻ろう」「再び、美しい国を取り戻そう」という、正体不明の維新政治(restoration politics)が始まっているのでしょう。宗主国もまた「先祖(南北戦争以前)返り」を始めています。ならば、属国も…。それにしても、「千代に八千代に」可笑しいねえ。

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きみ‐が‐よ【君代・君世】[ 1 ] 〘 連語 〙① ( 「よ」は寿命、いのちの意 ) あなたの寿命。あなたの年齢。「きみ」は、主として男性の、尊敬すべき相手をさしていう。[初出の実例]「君之歯(きみがよ)も我が代も知るや磐代の岡の草根をいざ結びてな」(出典:万葉集(8C後)一・一〇)「君がよはかぎりもあらじ長浜の真砂(まさご)の数はよみつくすとも〈よみ人しらず〉」(出典:古今和歌集(905‐914)神あそびの歌・一〇八五)② わが君の時代。(イ) 一般に、高貴な人の生存している時、栄えている時をさしていう。[初出の実例]「先の太政大臣(おほきおほいまうちぎみ)を白川のあたりに送りける夜よめる 血の涙落ちてぞたぎつ白川は君が世までの名にこそ有りけれ〈素性〉」(出典:古今和歌集(905‐914)哀傷・八三〇)(ロ) 特に、天皇の治世をいう。現天皇の聖代。
[初出の実例]「きみがよは風も心をよせつれば枝のどかなる住吉の松」(出典:栄花物語(1028‐92頃)松の下枝)[ 2 ] 〘 名詞 〙① 食物の名。白餡(しろあん)の濃い汁粉に玉子を割り込んで軽く煮たもの。卵の黄身にもじっていう。② 植物「いわちどり(岩千鳥)」の異名。[ 3 ] 日本の国歌。「古今‐賀」の「わが君は千世にやちよにさざれ石のいはほとなりてこけのむすまで〈よみ人しらず〉」という長寿祝福の歌が、後世もてはやされ、「隆達節歌謡」「和漢朗詠集」などの流布板本や浄瑠璃などになって、初句が「君が代は」として伝えられた。はじめ、明治二年(一八六九)イギリス人フェントンが作曲。のち、明治一三年、宮内省式部寮雅楽課の林広守が現行曲を作曲。同二六年、文部省が祝日大祭日唱歌の一つとして制定し、国歌として慣習的に認められてきたが、平成一一年(一九九九)施行の「国旗及び国歌に関する法律」によって正式に国歌と定められた。(精選版日本国語大辞典)

 国旗及び国歌に関する法律 (1999年8月13日公布・施行)
(国旗)
第一条 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。(以下略)

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「徒然に日乗」(983~989)

〇2025/10/26(日)ただ今午後9時。室温18.9℃、湿度79%。終日雨天。気温はさほど低くはなかったので、楽だった。▶大変迂闊な話だが、このところ、家猫でやたらに啼き声をあげる♂がいる。何という名前だったか、首輪が取れているので、よくわからない。全員には着けておくのだが、何かにひっかかるとすぐ外れるような種類で、時には自分で引き取る子もいる。また、着ければきっと自分で外すのもいて、常に名前がわからなくなるのだ。今では半分ほどしか着けていない。赤トラは7匹ほどもいるから、よほど特徴がないと見間違える。ほとんど顔つきも体の大きさも変わらなく見える。恐らく、母親が同じ、父親もどうかすると同じ子たちかもしれない。とにかく、外から泣きながら帰ってくるし、家に入っても、どうかすると泣き通すのだ。こんな子はいなかったはずだが、と考えて思い当たったのは、数か月前に帰ってこなくなっていた猫が、いま家に帰って来ていたのだ。猫なりに、「帰って来たぞ」という合図だったことがわかる。しばらくは、その意味が理解できなかったのは「迂闊」というもの。この間、きっと心細い思いをしていたに違いない。それにしてもなぜ帰らなかったのか、よくわからない。ある日、彼がいなくなってかなり経った頃、いきなり大きくなって太った猫が目に付いたので、別の子がいつの間にこんなデカくなったのかと、何とも不思議に思っていたのだが、今日、この子は「COO(クー)」と名付けた子だったことが分かった。いつもぼくの膝の上に来て、大いに甘えるのだが、以前のように掴まえて膝の上に乗せると、その癖を丸出しにするのだ。気分がよくなりかけると「欠伸(あくび)」を連発するところも見せてくれた。いつの間に帰って来ていたか、それ以上に、いったいこの数か月どこで暮らしていたのかと思う。近所(と言ってもかなり離れていて、数軒しかない)で食餌を貰っていたのだろうか。とにかく、たくさんの猫がいるのに感(かまけ)て、ひとりひとりをよく見ていなかったという現実に赤面している。▶昼前に茂原まで買い出しに。スーパーの駐車場は満車。雨降りの日曜日。何があるのだろうかと、中に入って聞いてみると、なんだか「イベント」があるとかで、たくさんの人が集まっている。きっと「ハローウィン」の行事の一環なのか、いろいろと工夫を凝らした帽子や化粧をした子どもたちがたくさんいた。(899)

〇2025/10/25(土)終日雨降り。肌寒い日でもあった。外気温は15℃にも達しなかったのではないか。車のバッテリーの補給水を入れる作業も中断したまま。再生はだめかもしれなという気持ちが強くなるばかり。昨年の車検の際に新しく取り換えたばかりのバッテリーで、いくらも走っていないままで、お釈迦にするのかと思うと、情けない気分が出てきてしまう。今の予報では明日も雨天だというから、作業は次の日以降になるだろうか。(898)

〇2025/10/24(金)終日、雨が続く。気温は十数℃で、まるで冬のような陽気だった。▶昼頃に買い物で茂原まで。雨天の中、どういうわけだか、店内は相当に混雑していた。▶昨日途中までやりかけていたバッテリーの精製水を入れ始めたが、バッテリーの栓がなかなか開かないので、専用の道具を探しに自動車店に出かけた。整備工さんの話では、バッテリー内の水分が蒸発したために内部で相当に圧力がかかって開かないという話を聞いた。十円玉で開けようとして、それが歪んだほどの固さだった。いつも車検などを依頼する整備工場ではバッテリー充電はしないとの話。いよいよ、自力で行う必要があるのだが、はたしてバッテリーは生きているか、再生できるかという疑問が出てきた。再生は無理という話も併せて整備工氏から伺った。▶新首相の「所信表明」を聞いたが、実に内容空虚。他人の書いた作文を読むだけだったが、羅列された項目そのものが空虚で、浅薄。驚くほどの無能首相だと判断したほど。果たして、首相を短期間と雖も全うできるとは思われないとまで。ここにもまた「国を売る政治家」がいたのだ。故元首相の「嫡子」を名乗るのも頷ける。架空(似非)「連立政権」の行方は俄かに怪しくなったと思う。(897)

〇2025/10/23(木)今日も寒い日だった。陽射しは出ないままで、気温は20℃未満。▶午後1時過ぎにかみさんの運転免許証再交付の件で茂原署まで。帰途、かみさんはアスレチックでひと汗かくという。そのまま帰宅して、猫の世話。その後、3時過ぎにかみさんから電話。茂原まで迎えに行く。▶自家用車のバッテリーの精製水を補充しかけていたが、少し時間が中途半端になったので、明日以降に回すことに。▶「世界の真ん中で咲きほこれ」「食料自給率100%」などというキャッチを繰り返す「大惨事(第三次)ABE政権」の船出。内閣支持率は70%を超えたという。救いがたいお人よし、それが多数もいる選挙民だと言ほかない。特に「若者」の能無しは驚くべきで、学校教育の成果、ここにありと言うべきだろう。(896)

〇2025/10/22(水)お昼前だったか、茂原警察から電話があり、申請中だったかみさんの運転免許証再交付が可能だということだった。本日は寒くてかなりの雨だったので、明日以降に受け取りに行くはず。▶昼過ぎにNPO「B4S」から連絡があり、クレジットカード変更手続きが完了したという。電話で伺ったのだか、このNPOも創設以来20年だとも。よく続いたもので、実に感心させられている。合わせて、寄贈予定の文庫本等の件も問い合わせがあった。暇ができたら、整理して、このNPOに相応しいものを送ってやろうと思う。(895)

〇2025/10/21(火)ただ今、午後8時45分。室温18.5℃、湿度70%。この時間で20℃を下回っている。今季初めてかもしれない。とても肌寒い。少し雨が降っている様子だ。予報では明日は日中でも13℃程度だという。気温は一日を通して、ほとんど変化がない、今はもう「冬」と謳いたくなる。▶午前10時過ぎに、猫缶購入のためにあすみが丘へ。例によっていつもの商品は本日も不足がち。ために、別の商品を少しばかり購入。時にはメニューを変えるのは猫にとっても気分転換で食欲がさらに進むだろうか。▶午後、かみさんを茂原のアスレチックまで。30分で一単位を数える体操クラブ(カーブス)らしい。この会社の経営者に、卒業生の親が就いているという話を聞いたことがある。卒業生は、今札幌で弁護士を開業。元はプロボクサーでもあった男だ。▶新たな総理大臣にT氏。初の「女性宰相」だと、マスコミは大変な持ち上げよう。上滑りの船出だが、舵(かじ)取りは心許ないし、船員仲間には「不良」もいれば「ならず者」もたくさんいるので、いよいよ沈没が危惧される。(894)

〇2025/10/20(月)この数日ははっきりしない天気が続いている。雨模様の低温状態で、時には肌寒さも感じるほど。「今はもう秋」どころではなく、「もう晩秋」「冬まじか」と言ったところか。北海道では雪も予想されるという。そのせいもあってか、「冬眠前の熊たち」の市街地徘徊(侵入)ぶりには胸が痛む。まるで蛇蝎の如く、天敵の如く人間から責められ、猟銃を向けられるのだ。熊出没情報が出ているにもかかわらず、危険個所に出向き「被害」に遭遇する。今年はこれまでで最多となる8名の命が奪われたという(10月20日現在)。▶昼前に茂原まで買い物。途中、バッテリー用の精製水を購入。水分が足りずに、エンジンが始動しないということを経験したのは初めて。あまりの高温続きで、あるいは水分が蒸発したとも考えられる。水分を補充して、さてバッテリーの充電はできるだろうか。明日にでも試してみたい。▶自民党と維新の会が連立を組むことが正式に決まったそうだ。「野合」というのだろう。辞書には、「野合」とは「正式の手続きによらず、夫婦になること」とあり、さらには「共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まること」(デジタル大辞泉)と出ている。永田町に最近見せつけられている、「自維(嫌な組み合わせだ)連立」という「野合」はどちらの意味なんだろうか。「権力の座に手足をかけるためのマヤカシ (illusion)」だというほかない。最低の政治劇場が幕開けするのだ。まるで観たくもない「猿芝居(monkey show)」というべし。(893)

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羅網の鳥は高く飛ばざるを恨み、呑鉤の魚は…

<あのころ>桶川ストーカー殺人事件 1999(平成11)年10月26日、埼玉県桶川市で元交際相手の男のグループから嫌がらせを受けていた女子大生が刺殺された。警察は被害者の事件前の告訴をなかったことにするため、調書を改ざん。事件をきっかけにストーカー行為に警察が警告、禁止命令を出せる「ストーカー規制法」が制定された。現場を調べる捜査員。(共同通信・2024年10月26日)(左写真も)(*桶川駅(おけがわえき)は、埼玉県桶川市南一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)高崎線の駅である)(Wikipedia)

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◎ 週の初めに愚考する(九拾弐)~ 勤めていた学校で、世間に向かって「私はこんなことをしていました」と胸を張れるような何事もできなかったのは、浅学菲才の身では当然でした。けれども、そんな中でも終始一貫して、ほぼ30年に及んで一つの授業を核として「人権問題」について考え続けてきたのも事実です。一種の「虚仮(こけ)の一念」だったと思っています。詳しくは語りませんが、いわば大学の内外に授業を広く公開して、関心のある向きに広く参加を呼び掛けたものでした。回数などは数えたことはなかったが、おそらく300回は優に越えていたと思います。そのうちのほんの一部を本にして、何冊か発表したこともありました。授業の記録や授業内容(ヴィデオ録画)も、ほぼすべて保存されています。授業で取り上げたテーマは数えきれません。少なくとも「人権侵害」「人権蹂躙」「民族問題」「LDBTQ+」等々、当節、さまざまなレベルで問題の核となっていると思われることを軒並みに取り上げてきたと思う。テーマは、授業担当者の判断(選択)がほとんどでしたが、中には求められて、関係者に話してもらうということもありました)

 新内閣が発足した時の「恒例行事」になった感のある「北朝鮮拉致被害者」問題、新首相に対する「解決への要請」が一昨日行われた。この件についても語るべきことは山ほどありますけれど、今は止めておきます。「相手国」との外交問題の一つとされていますから、当然のことながら、実に政治的な問題になっております。時には、「拉致問題」を政権維持の道具として利用したという批判もなされてきました。今やこの問題解決の重心(鍵)はアメリカ大統領に預けられた感があります。問題の真相がここまで明らかにされず、今なお未解決である理由は何処にあるのでしょうか。授業とのかかわりで言うと、5人の被害者が帰国された際、友人のジャーナリストの求めで「横田めぐみさん」のご両親に教室に来て頂いたことがあります。帰国されたのが2002年10月15日でしたから、その次の週だった記憶があります。このことは別のところで触れています。

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 「桶川事件」のことは事件発生時から、ぼくは承知していたし、発生現場となったJR高崎線「桶川駅」には、事件後に何度か下車したことがありました。その当時、ぼくはある学校(本庄市内にありました)で年に数回授業を担当していましたので、強い関心を持っていたのです。この「ストーカー殺人事件」から、もう26年が経過したことになります。被害者の母親にも授業に来て頂き、起こったことの経緯や状況を若い学生たちに話してもらったことがあります。もう二十年以上も前になります。内容には触れませんけれど、少なくとも、この理不尽な「殺人事件」を契機にして、猪野さんたちを中心にした活動を通して、「ストーカー規制法(略称)」が作られるという結果を生みました(2000年5月成立)。

 「第一条 この法律は、ストーカー行為を処罰する等ストーカー行為等について必要な規制を行うとともに、その相手方に対する援助の措置等を定めることにより、個人の身体、自由及び名誉に対する危害の発生を防止し、あわせて国民の生活の安全と平穏に資することを目的とする」(「ストーカー行為等の規制等に関する法律」)

 法律が施行されてからも、かかる付きまとい行為に起因する「凶悪事件」は後を絶ちません。最近では川崎市内で同様な事件が発生しました(左表参照)。つきまとい行為の当事者による脅威・脅迫を警察に訴えていたにもかかわらず、当局はそれを無視し、遂に殺害事件に至るというものでした。元来、警察をはじめとする公権力は「民事紛争・係争」には介入しないという原則(慣例)がありました。そして今もなお、その原則は、根強く残っていると思われます。

「民事不介入(みんじふかいにゅう)とは、行政権、とりわけ警察権が民事紛争に介入するべきではないとする自由主義国家における原則である。『刑事罰対象となる事件でも証拠が確認出来るケース以外には介入しない』『民事訴訟対象は司法権(裁判所)の管轄』『民事法上の私的自治の原則に基づいて、当事者相互が対等の立場に立ち、互いの合意のもとに私的紛争を解決すること』などの原則である。民事不介入の例として、警察は貸金や債権の取立などの民事行為に協力しないなどがある。逆に欺疑惑や暴行疑惑などのよう当事者同士間の水掛け論となっている事例のケースでも、録音や録画記録など客観的で明確な証拠が提示されると刑事事件化され、警察権が介入する」(Wikipedia)

 俗に「夫婦喧嘩は犬も食わない」と言います。「夫婦げんかは犬さえ気にとめない。夫婦のいさかいは一時的ですぐに和解するものが多いから、他人が仲裁などするものではない、または、仲裁するのはばからしい」(精選版日本国語大辞典)<The quarrel of lovers is the renewal of love.>などとされているうちはまだしも、当節、警察が「犬」並みになって「私人間の諍(いさか)い」には不介入を決め込んでいていいのですかという、時代の新潮流が滔々と流れているのです。「警察は国家権力の犬だ」というのはその通りでしょうが、「私人間(しじんかん)」という関係も、「事件直前」まで他人、「事件直後」も他人という時代ですから、警察権力と雖も手を抜かないに限ります。もちろん「警察国家」を望むわけでもありませんけれど、最後の「砦(fort)」が警察、そんな人は数えきれないほどいます。「痴話喧嘩」「犬(警察)も食わないよ」とばかりに突っぱねている間に「取り返しのつかない事件」が発生します。三十年前、五十年前とは人間関係の事情(在り方)は様変わりしています。「夫婦喧嘩」と雖(いえど)も、「民事不介入」を貫いたばかりにとんでもない事件に発展するのです。

 尊い命(いのち)が失われてから、いくら謝罪しても関係者を処分しても、被害者は元に戻らず(生き返らず)、被害に遭った関係者の苦しみは癒されないのです。三十年にわたるささやかな「教室経験」から、ぼくはたくさんのことを学びました。たくさんのことを学んだとは言っても、なんのことはないんですね。奪われた「いのち」は戻らないということ、それだけでした。凶悪事件の犯人が、裁判の結果「死刑」に処せられたとしても、関係者の哀しみや苦しみは償うことはできないし、その痛みは軽くなることはないということを知りました。遺された方々は、加害者に対して、いたずらに「死刑を求める」のではないでしょう。「死刑」にしてやりたいという恨み・辛(つら)みこそあれ、受けた傷は修復不能だということを、ぼくは何人もの関係者から伺った。

 折を見て、事件の被害者やその関係者への思いを新たにする、そんな意味も込めて、ぼくは時として、駄文に事寄せしているのです。「死んだ子の歳を数える(死児の齢を数える)」といいます。そのようにしても何かになるのでもありませんが、起こってしまった「取り返しのつかないこと」を悔やむ気持ちを指して言うのかもしれません。つまりは「後悔する」だけのことを、こういってやり過ごそうとしているのです。小さなかかわりであれ、その意味では、ぼくにはたくさんの「死んだ子」がいるのです。「詩織さんは存命なら45歳か」と独り言を口ごもる自分に驚くし、猪野さんご夫妻はお元気だろうかと、遠くから、そのご健勝を祈る機会にしてもいるのです。「拉致被害者」の関係者に対しても同じです。

 これはぼくの性分でしょうが、思わぬ不幸に見舞われた方がいると、「事件に遭遇したのは、ぼくだ」と思うことが屡々(しばしば)です。ばかばかしいと言われようが、「事件に遭ったのは自分です」という感情がぼくの中に生まれるのです。それはなぜか、と反省・自省することはありませんけれど、そういうぼくの姿勢は、被害者に繋がる、繋がりたいという心持ちがあるからでしょうか。このような感情が生まれるのは、生来のものかどうか。これを書いている今でも、何十人もの「死んだ子」の歳を数えている自分の存在に驚いているのですね。いのちが果てしなく粗末に扱われる時代・社会にあって、ぼくには何ができるのだろうかと、それこそ埒(らち)もないことに呻吟しています。「死んだのは、殺されたのはぼくだ」という想念を持つには、芭蕉は問わない、洋の東西を問わないで彷彿とするのです。

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 一つの「ことわざ」につい「羅網(らもう)の鳥は高く飛ばざるを恨み、呑鉤(どんこう)の魚は飢えを忍ばざるを嘆く」(ただ今現在、特に北海道・東北地方にあって、「(冬眠前の)熊たち」と「猟師たち」の「死闘」が繰り広げられています。ここに来るまでに、何ともならなかったのだろうかという邪念がぼくにはあります。「熊(クマ)を見たら天敵と思え」とばかりに「銃殺(駆除)の対象」でしかないというのは、確かに深刻な危害・被害が続いているのですから、それも致し方ないと言われるでしょうが、さてこんなことで事は終わるのかという疑念も湧くのです。「諺(ことわざ)」の意味するところは明らかです。「羅網」は「かすみあみ」で、「呑鈎」は「釣り針」です。人間の悪智慧が考案したもので、だから「カスミ網にかかった鳥」はどうしてもっと高く飛ばなかったかと身の不注意による、不幸を恨み、釣り針にかかった魚は「つまらぬ餌にどうして食いついたか」と自らのさもしさと不注意を嘆く。もっともっと注意深く、いろいろな場面でぼくたちは注意深くあることを求められているのだと、それをしきりにぼくは思うのです。

 「罠籠(わなかご)の熊は人海に迂闊に立ち入ったことを悔いる」ということに終わる時があるのでしょうか。

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◎ 桶川ストーカー殺人事件 埼玉県桶川市のJR桶川駅前で1999年10月26日、大学生猪野詩織いの・しおりさん=当時(21)=が男4人に刺殺された。首謀者は無期懲役、実行役ら3人は実刑が確定。首謀者の弟で、猪野さんと一時交際していた男は指名手配中に自殺した。殺害前、男らは中傷ビラを張るなどの嫌がらせやストーカー行為を繰り返した。名誉毀損きそん容疑で告訴していた猪野さんの調書を県警上尾署員が改ざんし、告訴取り下げを要請していたことが事件後に発覚。県警は調査報告書で「被害者の訴えに対する真摯しんしな姿勢が全く欠如しており、極めて不適切だった」と総括した。(共同通信ニュース用語解説)

事件がわかる 桶川ストーカー事件(毎日新聞・2022/04/21)(https://mainichi.jp/articles/20220418/osg/00m/040/005000d

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夏草や 兵どもが 夢の跡(芭蕉)

 中学生だった頃、国会が開かれると「所信表明(施政方針)」(首相)、「経済・財政演説」(財務(旧大蔵)大臣)、「外交演説」(外務大臣)、この三本の演説は恒例行事で、新聞は懇切丁寧にその「解説」を行なっていたものでした。どの演説も、その概要は掲載されていましたので、ぼくはなぜだかよく読みました。誰に強いられたのでもなく、真面目に読んでいたと思う。恐らく、その当時(今から65年以上も昔、昭和35年前後)、この国は「敗戦後の復興」も道半ばで、すべてが貧しいままの状態に辛苦していたのですが、その貧しさの中にも「真面目」「正直」「助け合い」と言った、社会正義が死んではいなかったと思う。もちろん、寝惚けたままで生きていた中学生のぼくでしたから、何をどう分かっていたか、我ながら判然とはしませんが、それでも「嘘はつかない」「他人と争わない」「どんな時も相身互い身」、そんな気分は横溢していたような気もします。

 なにしろ、気の遠くなるような昔の話ですから、多分に脚色しているところがあるでしょう。当時の社会科の授業で、担当教師(その風貌は鮮明に記憶しています)、S 先生が、「今年(1959年)度の国家予算」は「イッチョウヨイクニ(1兆4192億円)」だと教えてくれました。毎年度の予算額に「ニックネーム」(語呂合わせ)をつけていたものでした。以来幾星霜、国会も様変わりし、予算規模も百倍になった。ぼくの政治(国家予算)に対する関心の持ち始めは「イッチョウヨイクニ」でしたね。ある時期からはこの「語呂合わせ」もなくなった。そんな悠長なことはしておれぬという、窮屈な時代になって来たからでしょう。

(ヘッダー写真は「ライトアップされた国会議事堂」=2019年10月25日、東京都千代田区【時事通信社】)(左写真は農場と化した国会前広場、1946年6月。国会議事堂は1936年11月に完成しましたから、来年で90年目)

 仮に、当時(1960年前後)の勤め人の給料が一万円だったとして、国家の予算と同じような規模(割合)で上がり続けていれば、今日では100万円。そのような給料で果たして十分な暮らしが維持できているでしょうか。あるいは万々歳、上等すぎると思われるでしょうか。この昭和三十五年当時、「13800円」という流行歌がフランク永井という歌手によって謳われていました(1957年1月発売)。民衆の多くは質素と言うか、健気と言うか。ぼくは幼すぎる「青春」の真っただ中にいたと思う。もちろん、たった一人で、野山を駆け回っていた時代でした。「13800円」がどれくらいの価値だったか、ぼくには知る由もありませんでしたが、それから65年過ぎてしまえば、時代の趨勢は、風紀紊乱に流れ、世相いよいよ殺伐となり、その社会力(助け合う力)は衰えてしまったということを痛感しているのです。(*フランク永井「13800円」:https://www.youtube.com/watch?v=1eO0f_E7paU&list=RD1eO0f_E7paU&start_radio=1

 昨日、久しぶりに「首相の演説」を飛ばし飛ばしで聞きました。とてもではありませんが、空回りする言葉の羅列、全部を通して、一気呵成に聴けたものではなかった。だから、ぼくは首相官邸編の「全文」を、それも苦しみながら、ゆっくりと読んでみたという次第。読んでみた感想と言おうか、批評と言おうか、自分ながらに、空しくなったし、悲しくなりましたと正直に白状しておきます。もちろん、今どきの政治家、特に首相という存在が、どの程度の代物であるかは篤と承知しているつもりでした。新米首相に関しても、ぼくはその知性や人間性の、欠片(かけら)・部分のようなものは知っているつもりだったが、直に「所信演説」を聞いて(読んで)、これほどまでに「空虚」「浅薄」「浅識」「浅墓」「軽躁」…、本当に情けなくなった。「可哀そうな人」などと、いたく同情しもしました。こんな人しか首相にならない国や時代は、とても不遇というか不幸というか。国家のかじ取りを任せられないよ、そんな感情が湧いてきましたね。「お前、それはあまりにもひどい。許せない『罵詈雑言』ではないか」と、大方からは謗(そし)られ、罵(ののし)られるかもしれませんけれど、正直・率直に言うなら、それほどに、ぼくの想像を超えて、この御仁の中身は「空無」「空語」「空想」の著しいものがありました。

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 理想と現実、試される柔軟さ 高市首相の所信表明、際立つ「安倍色」 高市早苗首相が24日に臨んだ初の所信表明演説には、首相が抱く「理想」と、少数与党として直面する「現実」への苦悩が入り交じる。/際立つのは、首相が政治の師と仰ぐ安倍晋三元首相を想起させる「安倍色」と、安全保障を重視して「強さ」を前面に押し出す保守的な内容だ。
「強い経済を作る」「力強い外交・安全保障」――。演説原稿には、文中の見出しを含めて「強い」が計10回、「安全保障」は計18回も登場した。/「強い~」は安倍氏が演説で多用した言い回しだ。第2次安倍政権で初の所信表明演説(2013年1月)では「断固たる決意をもって、強い経済を取り戻す」と呼びかけ、場内から喝采を浴びた。首相が演説で2度にわたって言及する「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」も安倍氏が好んだ言葉だ。表現を含め、後見役だった安倍氏の政治手法を強く意識しているのだろう。
最優先課題は「物価高対策」とし、経済重視を強調する一方で、政策面で最も踏み込むのは安保政策だ。国家安全保障戦略などの安保関連3文書について、来年中の前倒し改定を目指すなどと表明した。/だが、「安倍1強」と言われた安倍政権と、少数与党に転落した現在では政治状況は大きく異なる。演説では、日本維新の会が掲げる副首都構想や社会保障改革など新たな連立相手の看板政策や、野党と合意した政策の説明に多くの時間を割いた。「政治の安定」に向けて、野党の政策提案に「柔軟」に向き合う考えも強調した。
理想と現実に向き合い、強さに柔軟さを織り交ぜながら政治を前に進められるのか。首相の政治手腕が試されることになる。【飼手勇介】(毎日新聞・2025/10/24)

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 まず、自分の言葉がないということ(空無)(絶無)、次いで物事(案件)の次第(無内容)を列挙して、それで事足れりとする姿勢そのものが「軽薄」でした。もちろん、ぼくは彼女を買いかぶっていたのではありませんが、十分に底の浅さを測り違えていたということは認めます。彼女自身以上に、永田町の住人の「知性」が酷(ひど)すぎるということの証明にもなるでしょう。「所信」の内容に入るのは止めておきます。泣きたくなること間違いなしですから。内容浅薄、言語(感覚)一切空虚。ぼくが抱いた評価(非難)は、この首相の「あこがれ」だった故元首相とそっくりで、元首相も「(歴史的な)浅薄総理大臣」だったと、ぼくは今でも評価している(評価していない)のです。なぜ、彼が史上最長の在任期間を誇ることができたか。(「長きがゆえに尊からず」)そもそも、なぜそんな無能な人間が首相に就任した・できたのか。ぼくは、それは彼が「時宜(幸運)を得たからだ(He was lucky and timely)」と論じたことがあります。総理の座に座った議員では、「ああ、ラッキー」という人の方が多いくらいですね。

 たしかに「時宜に叶う」ということであったと思っている。「時宜(人材の空白期)」を得ることは誰にだってできることではありませんから、「時がちょうどよいこと。適当な時期・状況」(デジタル大辞泉)つまりは、宝くじに当たるようなもので、運がよかったという意味です。運もまた「才能」とは言いたくありませんが、そういう奇蹟・奇遇は何処にでも起こり得ます。では、現首相はどうか。やはり「時宜を得た」「時宜に叶った」のでしょう。でもこの先も「時宜を得続ける」か、時宜に叶い続ける」か、それは分かりません。ぼくの見立てでは、この職を、長く全うできる人材だとはとてもとてもとても、夢にも思われない。「鉄の女」とか自称もされていますが、錆(さび)だらけだし、実に情緒過多の「感情屋」だと思う。

 言葉だけが浮き上がっていました。「強さ」が10回、「安全保障」が18回、演説中に使われていたという。強さを願望し、国力(国防)強化に執念を燃やしているのは分かりますけれど、何か大きな勘違いをされているように思われます。「強い」「強く」という単語を使えば、物事は強くなるものでもないし、この国の現状で、安全保障や国防強化を何のためにするのかという、根本の疑問がいつまでも消えません。どこと戦うのだろうか。戦いたいのだろうか。「流言飛語(りゅうげんひご)」という言葉が浮かびました。「口づてに伝わる、根拠のない情報」(デジタル大辞泉)、それを首相自身が国家議事堂から流しているのではないかとさえぼくには思われました。地に足をつけ、現下の国情をつぶさに見るなら、さらに「別乾坤(世界)」が見えるのではないでしょうか。首相が見ているのは「錯覚」「幻影」の仕業による「夢物語」のような気がしてきました。「色即是空 空即是色 受想行識亦復如是」(「般若心経」)

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 1 始めに 私は、日本と日本人の底力を信じてやまない者として、日本の未来を切り開く責任を担い、この場に立っております。
 今の暮らしや未来への不安を希望に変え、強い経済をつくる。そして、日本列島を強く豊かにしていく。世界が直面する課題に向き合い、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す。絶対にあきらめない決意をもって、国家国民のため、果敢に働いてまいります。
 「政治の安定」なくして、力強い経済政策も、力強い外交・安全保障政策も、推進していくことはできない。この思いを胸に、「日本再起」を目指す広範な政策合意の下、自由民主党、日本維新の会による連立政権を樹立いたしました。
 さらに、国家国民のため、政治を安定させる。政権の基本方針と矛盾しない限り、各党からの政策提案をお受けし、柔軟に真摯(しんし)に議論してまいります。国民の皆さまの政治への信頼を回復するための改革にも全力で取り組んでまいります。
 それが国家国民のためであるならば、決してあきらめない。これが、この内閣の不動の方針です。
 2 経済財政政策の基本方針
 何を実行するにしても、「強い経済」をつくることが必要です。そのための経済財政政策の基本方針を申し述べます。
 この内閣では、「経済あっての財政」の考え方を基本とします。「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させることを目指します。この好循環を実現することによって、国民の皆様に景気回復の果実を実感していただき、不安を希望に変えていきます。/こうした道筋を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。(中略)
 12 結び 以上、ここに述べました所信に則り(のっとり)、必ずや、日本列島を強く豊かに、日本を再び世界の高みに押し上げてまいります。/「事独り断(さだ)む可(べ)からず。必ず衆(もろとも)と与(とも)に宜(よろ)しく論(あげつら)ふ可(べ)し」/古来より、我が国においては衆議が重視されてきました。政治とは、独断ではなく、共に語り、共に悩み、共に決める営みです。私は、国家国民のため、各党の皆様と真摯に向き合い、未来を築いてまいります。
 どうか皆様、共に日本の新たな一歩を踏み出しましょう。/御清聴ありがとうございました。
(*第219国会における高市内閣総理大臣所信表明演説(令和7年10月24日閣議決定)(首相官邸・令和7年10月24日)(https://www.kantei.go.jp/jp/104/statement/2025/1024shoshinhyomei.html)

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 ぼくはたった一度だけ、国会に出かけたことがあります。かなり前ですが、衆議院の憲法調査会に呼び出され、「教育に関して愚見を述べろ」と言われたからでした。もちろん、ぼくが進んで出かけることはありえないわけで、ぼくの友人の政治学者が、当時の有力政治家(と目されていた、今は故人となられた)にぼくの名前を教えていたからで、友人との誼(よしみ)で赴いたまで。二度と行くところではないと思いましたね。(この逸話にはどこかで触れています)現首相は「傀儡(かいらい・くぐつ)(puppet)」(「自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊」(デジタル大辞泉)だと言いましたが、人形を操る輩はたくさんいる。この「所信表明」演説は、並みいる官僚たちの「作文合戦」「文章切り貼り」の結果、出来上がった「お粗末の一席」であるのは一目瞭然、そして一読暗然とします。

(左上写真:NHK「国会議事堂 夜景ズームイン 東京都千代田区永田町にある国会議事堂の夜景。すっかり暗くなった中、国会議事堂の建物だけが明かりに照らされ浮かび上がっている。高さ65メートルあまりの中央塔にゆっくりとズームイン。2008年9月撮影)

 官僚たちの脳力(能力)も地に堕ちていますね。ただ今現在の人民の苦しみはそのままに(物価は上がり続け、それによる税収増は確保できるし、円安誘導による輸出産業でもある大企業の収益も増えるし、もちろん、それに連動して株式は値上がりを続けます。大企業や資産家はさらに富むという構造を温存しますという「演説」でした)加えて、米国に精一杯阿(おもね)るために、もっぱら防衛力増強に腐心し、武器輸出も図る。あるいは憲法改正による「強い国家」「美しい国」づくりに身命を賭すと言わぬばかりの「所信表明」でもありました。国民窮迫して、国家一人栄える、まるで悪すぎる冗談ですね。人があって、国がある、その順番を間違えているような、時代錯誤の濁音が漂っていました。

 「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」ですね。また「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし」という文句がひとりでに出てきました。「なるようになる」「なるようにしかならない」とは、古人の誰彼なしが書き残し、言い伝えてきた「箴言」ではないでしょうか。

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 (⇓の図表は財務省・「令和5年度までは決算、令和6年度は補正後予算、令和7年度は予算による。点線は当初予算による。)

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 蛇足です。物価は上がり続け、国債(借金)は増え続け、円安はさらに加速・昂進するばかりという、「悪夢の三重奏」を約束したようなもの。加えて、同床異夢そのものと言うべき連立の相方が無責任党というのですから、国や社会の窮状は膨らみ、かつ深刻化するばかり。この内閣で国民の生活苦の救済はまず困難と見るほかありません。いよいよ「張り子の虎」の国家を標榜するのでしょうか。これもまた「時宜を得た(首相)」ということなのか、「時宜を得なかった(国民)」ということなのか。遠からず、解答が現れるはずです。

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「小社会」の「夕歩道」を歩くと、…

 「是耶非耶」と書いて、「ぜかひか」と読む。これはものごとの、是非善悪を問い質す言葉としてこの国でもよく使われてきました。「史記 伯夷伝」によるもの。政治家たちがよく使う言葉には「是々非々」などという、とても煮え切らない態度を表す言葉もある。時には賛成、時には反対と、いわばその場しのぎ、日和見主義のような姿勢が政治の世界に横行しているともぼくには見えます。右顧左眄(うこさべん)とでも言い換えましょうか。この傾向、状況は洋の東西、時の古今を問わない有様ではないでしょうか。まさに「有耶無耶(うやむや)」ですな。

 高知新聞のコラム「小社会」氏も書かれているが、どうもこの言葉の出自は「曖昧(あいまい)」、つまり、どこかで「有耶無耶」になるようです。「ありやなしや」、有るか無いかを最後まで言わないところに、この言葉(表現)の新面目があるようです。煮え切らない、「曖昧模糊」「五里霧中」「混混沌沌(渾渾沌沌)」と類語は際限なく集められます。それくらいに、はっきりしない状態を好むのが政治の世界であるということもできるでしょう。「旗幟鮮明(きしせんめい)」は野暮ということのようです。(ヘッダー写真は毎日新聞2025/10/22)(https://mainichi.jp/articles/20251022/k00/00m/010/267000c

 その昔、ぼくの感覚では最低レベルの政治家だった「元首相」は「言語明瞭意味不明瞭」と指弾された、揶揄されたことがある。いろいろな意味で低レベルと言われた政治家はいましたが、この元首相などは「人品」においても俗悪そのものだったと思う。政治家の属性は「虚言の持ち主」「権力志向」「人民無視」と、数え上げれば切りはありません。いったい、いつからこのような「政治家像」が出来上がったのか、ぼくは詳らかにしませんが、つまるところ、いかなる人間にも「政治家的素質」はあるということの証明にもなるでしょう。ぼくのような平々凡々の見本を自認するものでも、どこかに政治家臭がするものだということです。まるで有耶無耶・曖昧が洋服を着ているようなものです。

【小社会】うやむやの関 うやむやは漢字で「有耶無耶」と書く。白か黒かはっきりさせないこと。いいかげん。あいまい。「有無」に疑問の助詞「耶」を加えた「ありやなしや」からきているという。◆語源には昔、東北にあった「有耶無耶の関」という説もある。辞書には「もやもやの関」の異称も。場所は山形・宮城県境の笹谷峠とも山形・秋田県境の三崎峠ともいわれ、そこはうやむやらしい。三崎峠説をとる放送作家、わぐりたかしさんの複数の著書にこんな伝説がある。◆峠には、手足が自在に伸びて旅人を食らう「手長足長」という鬼がいた。そこへ神の使いのカラスが現れる。峠に手長足長がいる時は「ウヤウヤ」と鳴き、いなければ「ムヤムヤ」と鳴いて旅人に危険を知らせた―。◆高い内閣支持率で船出した高市首相が、岸田・石破両政権で続いた人事方針を転換した。自民党の派閥裏金事件に関与した議員7人を副大臣、政務官に起用。旧安倍派が総裁選を支えた新首相の下では予想されたことだが。◆連立政権を組む日本維新の会は「裏金議員を一生許さないという議論はおかしい」。ただ、それも真相解明や企業・団体献金の改革が決着していれば、だろう。連立合意では、その改革も2年後まで先送り。政治の浄化はまた、うやむやにされそうな気配が漂う。◆権力が「どうせ国民はすぐ忘れるさ」と高をくくる政治が続くのか。どうも今回の高市人事に、もやもやとする。(高知新聞・2025/10/24)

 本日は「有耶無耶」「是々非々」などと言われる「言葉使い」の融通無碍(ゆうずうむげ)について、またしても「政治家」を通して愚考してみることになりそうです。「融通無碍」は自由そのもの、奔放な振る舞いを指しているのであり、むしろ、時には長所として用いられることもあるほどで、あえて言うなら、いい悪いから解放された言葉使いだと、ぼくは思っています。でも、時には「定見」のなさを非難するときも使いますから、その伝で言うと、今日の政治家は、常に「定見」も「信念」も持ち合わせていない風にも見受けられます。昨日と今日とでは、話の中身が違っていても併記という御仁の集まりみたいなものかもしれない。それを指摘すると、「言った覚えがない」と逃げる始末。証拠を出すと、「そんなつもりで言ったのではない」とまた隠れる。

 「高い内閣支持率で船出した高市首相が、岸田・石破両政権で続いた人事方針を転換した。自民党の派閥裏金事件に関与した議員7人を副大臣、政務官に起用。旧安倍派が総裁選を支えた新首相の下では予想されたことだが」と、早速に新内閣の品定めでしょうか。支持率に関しては特に若者世代(20代30代など)では8割を超えたというから、何も見ていない、何も考えていない、愚かしい人間がどんなにたくさんいて、それが悪質・権威主義的政治家の救いの神になっているかということでしょう。新首相は「裏金問題は決着済み」と「言語明瞭」「意味不明瞭」そのものの、(いずれは)「藪蛇」となるはずの人事でした。「舐めたらいかんぜよ」、とは鬼龍院花子の科白(啖呵)。国民(有権者」を舐め切っていますね。これら「裏金大好き政治家たち」に思い切り助けられての「総裁」の座獲得だったから、「借りた恩は、返さねば」と、実に義理人情に深い「奈良の女」でありました(その裏には「福岡(飯塚)の男」がいるのも忘れない)。

 これと同衾した政党幹部の曰く「裏金議員を一生許さないという議論はおかしい」という、いとおかしい理屈を振り回して、物事を「有耶無耶」にする。誰が一生許さないといったか、悪事の責任を取るべしと、当たり前の話を捻じ曲げて、ことを荒立てては胡麻化すのだから、話にも漫画にもならない。この大阪暮らし(都はるみ的)の政党もまた、ヤクザを絵に描いたような「出鱈目」ぶりの猫騙(ねこだま)しでした。「企業や団体による政治献金」は即刻禁止と言っていたのに、なぜだか、これも有耶無耶にした挙句の「連立入り」だというから、開いた口がさらに開くというもの。「政治献金禁止、それはみなまで言うな」と口を封じられれば、それはその通りということらしい。

 なにせ、企業団体献金が80億円、政治資金パーティ収入が180億円余もあるという自民党。それに目を瞑(つぶっ)てくれれば「議員定数削減」など物の数でもないと、比例区定数をいくらでも削るというのです。比例区選出がいのちの政党(代表は公明党・共産党)への「面当て」「逆恨み」でしたね。(政党助成金、自民党には配分しないようにできませんか)(大阪における「医療制度」の破壊は激しいものでした。コロナ禍の時期の死者数は東京都を越えて首位でした。その理由は何だったか。医療制度は金食い虫とばかりに目の敵にされる)

 「権力が『どうせ国民はすぐ忘れるさ』と高をくくる政治が続くのか」と、コラム氏は疑問形を使わているが、これも、いかにも見え透いています。おぬし、先刻承知之介ではないか、新聞記者なら職業倫理の第一でしょう。新聞社自体が、政治の暗さや黒さを「有耶無耶」にしてきませんでしたか。臭いものには蓋をしてきたでしょ。(二本目に挙げてある長崎新聞「水や空」(本年4月03日付け)は参考のためでした。文中「今の首相」とあるのは、寝首を掻かれた I 前首相を指す)。

【水や空」言語不明瞭 言葉は平明でも意味はさっぱり分からない。竹下登元首相の話術は「言語明瞭、意味不明」といわれた。例えば、国会のやりとりで。「私の答弁、よくぐるぐる回りすると言われるんでございますが、ぐるぐる回りながら到達したところは(中略)結局ぐるぐる回りしてみますと、ああいうものではないかと」…▲人をけむに巻く達人でもあったのだろう。かたや「あ~う~」の話法が特徴の大平正芳元首相は、話はスローで進まないが意味は明瞭だったという▲新種の「言語不明瞭」かもしれない。就任から半年の石破茂首相は難解で古風な言い回しがお得意らしい。いわく「いつにかかって私の責任だ」▲「全て私の責任」と言えばよさそうだが、読書好きで言葉が豊富という首相は瞬く間に「より難しい言い回し」を頭で探すのが習いなのだろう▲「約束に背く」を「違背(いはい)」、「心を配る」を「配意(はいい)」…。へえ、物知りな首相だね、と誰が感じ入るだろう。語るべきは意味明瞭で、ふに落ちる言葉をおいてほかにない▲竹下元首相は「なるほど」「ほうほう」「へぇ、さすが」の3語で自民党内を押さえた…と、誇張交じりの言い伝えがあって、人心をつかむすべには長(た)けていたという。今の首相は語彙(ごい)が豊富でも、人の心をつかむ易(やさ)しい言葉は不得手らしい。(徹)(長崎新聞・2025/04/03)

 新首相は、奈良の地(大和郡山)で銃弾に倒れた元首相の「秘蔵っ子」をもって任じているらしい。片言隻句(へんげんせっく)が故首相にさらに似てきたと感じられます。「世界の真ん中で咲きほこる日本の外交」というようなあり得ない言葉をばらまくし、ぼくが気になるのは「台湾有事は日本の有事」と口真似していることです。故首相は盛んに「台湾・日本・有事」なる一蓮托生説を言いふらしていました。それを彼に唆(そそのか)したのは米国でしたね。よく考えれば、とんでもない「片言」であり「隻句」ではないでしょうか。仮に台湾に事が起こったとしましょう。でもそれは他国(外国)でしょう。それなのに、どうして「日本有事」なんですか。あたかも「台湾は日本の領土(の一部)」という錯覚をまだ持っているとしか思われません。歴史を語る言葉として「台湾の植民地化」とはいわず「台湾の日本統治」(1895~1952)と言うらしいが、その統治の仕組みは変わらないと言ます。つまり、台湾は日本のものですか、と問いただしたくなります。

 少なくとも、日本の支配権が及ぶのなら「台湾有事は、日本有事」と言えるだろうが、現在は決して日本の領土でもなければ、保護地でもありません。新首相は、どうしてこんなバカげた「キャッチ」を今なお使うのでしょうか。これを「韓国有事は日本有事」と言い換えたらどうなるか。「よけいなことをいうな」とか「ふざけるな」と言われるのがオチ。自分は故 A 首相の紛れもない「嫡子(ちゃくし)である」という宣言のようでいて、ぼくには悍(おぞ)ましい限りです。(余計なことながら 新首相が懐かしく思われる「明治民法」下では「嫡子は長子(男)」に限られていました。現首相も「天皇後継は「直系男子」でなければいけないと言っているが。それに「夫婦別姓」、どうするんですか)

 天皇に対する崇敬の念はたいへんに強いと見受けます。「任命(親任)式」の際の恭しい姿勢には感心しました。その天皇の祖父(昭和天皇)は、大きな理由があって「参拝」しないと決断された靖国神社に、新首相は、これまでもこれからも行かれるつもりらしい。先ごろは「外交上の問題」になるのをを避けられたので参拝はしなかったが、総理大臣だから行かない、総理ではないから行くというのも、煮え切らないし、ぼくには「解せない」ですね。有耶無耶・曖昧・是々非々なんですかあ。「中国」「韓国」などがうるさく批判するから行かないというのも、わかりやすいけれど、理由としては「姑息」であり、まるで、避けようとすれば避けられた「デッドボール」で塁に出るようなもの。やはり、姑息だ。天皇が参拝しかねるという神社に「参拝」することに拘るのは、なぜですか。辻褄が合わないと思いますね。

⦿ 「昭和天皇メモ」2006年7月、小泉純一郎首相(当時)の8・15靖国神社参拝が取りざたされ、また総裁選での靖国問題や後継首相の靖国参拝の賛否がトピックとなっていた最中、昭和天皇が靖国参拝を中止した理由を記した、富田朝彦元宮内庁長官のメモが公表された。そこから、東条英機を始めとし、日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使といったA級戦犯が靖国神社に合祀されたことに強い不快感を示し、「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と語っていたことが明らかになった。昭和天皇は敗戦後から1975年まで8回参拝したが、これ以降は取り止めていた。そこにはA級戦犯合祀とともに、首相が靖国参拝をすることによって靖国神社の影響力を強め、憲法の定める政教分離に違反するとする懸念も込められていたと推測できる。(時事用語辞典・2008/03)

 政治家に限らず、人の口から出る言葉はひたすら軽くなる、時代とともにその勢いは止まりません。その発言の是非善悪を問われると「そんなことは言っていない」ときっと否定されるのも日常的に見られます。「間違えて受け取られた」「誤解を与えたなら」とも。「言語明瞭意味不明瞭」が、ますます加速する社会現象でもあるかのようです。新首相は総裁選中に「日本の食糧自給率を100%に」とぶち上げました。その言や良しと言いたいところですが、根拠も現状も無視して、「蕎麦屋の釜」、そのこころは「言(湯)うだけ」というだらしなさ。武器輸出三原則を変更し、「武器を輸出できる」ようにするとも。スパイ防止法を制定し国家防衛に万全を期すともいわれる。なんとも勇ましい限りですけれど、一体、どこの国や地域と一戦を交えようとしているんですか。アメリカですか、中国ですか、それとも「内乱」を想定(杞憂)しているんでしょうか。

 (*武器輸出三原則(1)共産圏諸国向けの場合 (2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合 (3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合 佐藤総理(当時)が衆院決算委(1967.4.21)における答弁で表明)*(1)三原則対象地域については「武器」の輸出を認めない。 (2)三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする。 (3)武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする。 三木総理(当時)が衆院予算委(1976.2.27)における答弁において「武器輸出に関する政府統一見解」として表明)(外務省)

 ことさらに「奈良の女」をむき出しにされているとは思われませんが、今はもう秋、とすれば「女心と秋の空」と言うではないですか。元は「女の心と秋の空」だったらしいし、もっと前には「男(の)心と秋の空」と言ったそうですから、どっちにしろ、男女を問わす「その心は、秋の空のように美しい」と言われる奈良、とても嬉しいんですが。政治運営において交通事故、それも人身事故だけは避けてほしいし、それぐらいの注意力は持ち続けてもらいたいものです。

 どなたであれ、「愛国」を標榜されるのはご自由です。サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson・1709~1789)が使ったとされる「愛国心はならず者の最後の逃げ場(砦)(Patriotism is the last refuge of the scoundrel.)」は、歴史の経緯を踏まえれば、なかなかに面倒で、入り組んだ表現でありますが、要するに、「愛国心」を自己主張の根拠にして、何を目指す(狙う)のかという問題に帰着します。今日、誰が「愛国」を使嗾(しそう)(instigation)するのか。事の是非善悪、理非曲直、それだけは有耶無耶にはしたくないですね。

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 「

今はもう秋 誰もいない秋 淋しいか

 本日は「三本のコラム」です。まったく芸のない話で、他紙は「女性初の宰相」で持ちきり、その報道にはたっぷり悪質な胃酸が含まれていたので、ぼくはほとほと食傷(食当たり)(食中毒)してしまいました。口直しのつもりで「海の酸性化」と「青女(せいじょ)」と「霜降(そうこう)」とを並べて、三題噺(ばなし)ならぬ、三本の矢つ当たり(意味不明)です。気候変動、異常気象、地球温暖化が、海・平野・山に棲息する、諸々の生物たちをどのように虐げているかという問題の一端に触れてみたくなった次第。それにしても、この社会の新聞・テレビなどのメディアは、どうしてこれほどに愚かしいのでしょうか。何日か、あるいは何か月か、どれだけもつかどうかわからない「なま物」を、それも初物だからと、上を下への大騒ぎ。唾棄すべき「能天気」ぶりに、ぼくは辟易(へきえき)している。本当に下劣そのものでしかない振る舞いを見せつけられているようで、「いよいよあかんようになったなぁ」と、気息奄々(きそくえんえん)、つまりは息も絶え絶えなんですよ。

【余録】行を「ギョウ」、礼を「ライ」と読む呉音は漢音の前に伝わった南方系の中国音という。「塞翁(さいおう)が馬」などのことわざを生んだ前漢の書物「淮南子(えなんじ)」の読み方は呉音。日本書紀の天地開(かい)闢(びゃく)神話の種本といわれるから相当古い時期に伝来したのだろう▲百科全書的で中国神話も豊富だ。ここに登場する「青女」は霜の女神。秋と春に霜を降らせ、四季を分けたという伝承も残る。「青女月」は21日から始まった旧暦9月の別称である▲今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」。秋が深まり「青女」が活躍する時期だが、近年、四季の区分が揺らいでいる。最近公表された三重大の研究では2023年までの42年間に夏が3週間も長くなったそうだ▲その分春と秋が短くなり夏冬の「二季化」が進んでいる。昨日は秋らしい天気の地方も多かったが、長期予報ではまだ高温傾向が続く。夏を二つに分け「五季」を提唱するアパレルメーカーもある▲柿が実り、菊の花が咲き、山々が色づく。温暖化が続けば慣れ親しんだ景色も変わる。「『四季がおかしい』などの肌感覚を重視する人ほど、気候変化と温暖化を敏感に感じることができる」(立花義裕・三重大教授著「異常気象の未来予測」)という指摘にうなずく▲夏が長くなったのは米国も同じらしいが、トランプ米大統領は相変わらず馬耳東風。船舶から排出される温室効果ガスの規制は米政権の横やりもあって先送りされた。四季を楽しむ機会が少ないのか。<霜降や地にひゞきたる鶏のこゑ/滝沢伊代次>(毎日新聞・2025/10/23)

 本日は「霜降(そうこう)」だと言います。中国の古い文献では霜を降らせる主は「青女(せいじょ)」という女神で、やがて霜のことを「青女」と言うようになったそうです。(前漢時代の淮南(わいなん)王の劉安の編著「淮南子(えなんじ)」による)(この「淮南子」についてもいくつか喋りたいのですが、本日は致しません)「『青女月』は21日から始まった旧暦9月の別称」とされています。昨日辺り、東北や北海道からは初雪の便りがありました。コラム氏は書く、「最近公表された三重大の研究では2023年までの42年間に夏が3週間も長くなったそうだ」とあるように、夏が長くなれば、その分のしわ寄せを受ける季節があります。春と秋ですね。春も秋も短くなったという実感は、ぼくなどにもあります。かなり前から、ぼくは勝手にこの地は「四季の邦」ではなく「二季の島」になったんですよと広言していましたから、諸々のデータはそれを証していると、心中は穏やかならず、いささか複雑です。「霜降(しもふり)(肉の部位)」だなどと喜んでいる場合ではありません。

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 昨日は、かなり寒かったので「鍋物」にしました。その食材は鮭や鱈でしたが、試しに牡蠣(かき)も用意しました。その小ささを見ていて、昔日の面影のなさには驚いたほど。「海の酸性化」がどれ程の影響、それも悪影響を魚介類に及ぼしていることか。事情を知ってみれば卒倒しそうになりますね。「大気中で増えた二酸化炭素(CO2)は海に溶け込み、海水の酸性度を上げる。酸性化が進むと、貝類や甲殻類は体の骨格や殻をつくる炭酸カルシウムを合成できず、成長が難しくなる。とりわけ敏感なのがカキである」とあります。昨日の牡蠣は宮城産とありましたが、事情は広島と同じでしょう。「牡蠣喰うて海の鳴く声耳に聞く」と、まるで駄句ですけれど、「私の耳は貝の殻 / 海の響きを懐かしむ」と謳ったのは泰西の詩人・ジャン・コクトーでした(堀口大學訳)。ぼくの耳は貝の殻ではないし、牡蠣は養殖ですから、海の響きは感じられないし、まして狭い生け簀で生涯を送る、いかにも「食用牡蠣」の悲哀を、それを口にするぼくも感じてしまいます。まして、その牡蠣が成長しないというのですから、口に入れるのも憚られます。

【天風録】海の酸性化 すし種(だね)として今世紀末に拝めるのは、かっぱ巻きのキュウリと卵焼きくらい―。冗談半分でそんなふうに見通す科学者もいる。マグロやタコは乱獲のせい、ホタテやエビは「海の酸性化」のせいで姿を消しかねないらしい▲大気中で増えた二酸化炭素(CO2)は海に溶け込み、海水の酸性度を上げる。酸性化が進むと、貝類や甲殻類は体の骨格や殻をつくる炭酸カルシウムを合成できず、成長が難しくなる。とりわけ敏感なのがカキである▲水揚げ解禁となった広島県産の養殖カキで成育不良が深刻という。「殻だけ、ぽんぽん捨てることになるなんて…」。本紙に載った打ち子さんの声がやるせない。冷え込みも増し、いよいよ旬が近づくというのに▲全体状況は判然としない。ただ、東京の日本財団と岡山市のNPO法人里海づくり研究会議などが3年前、こんなシナリオを示している。大気中のCO2濃度が上がり続ければ、今世紀末にはカキが育ちにくくなる、と▲酷暑による高い水温との「挟み撃ち」に遭った恐れもある。世界がこぞって脱炭素に急ぐべき時に、例の大統領は気候変動問題を「史上最大の詐欺だ」と言い張り、背を向けている。冗談は、ほどほどに。(中國新聞・2025/10/23)

 「大気中のCO2濃度が上がり続ければ、今世紀末にはカキが育ちにくくなる」という警告は聞く耳には届くのでしょうが、何とも物騒なことに、もっとも届いてもらわなければならぬ耳たちには行きつかないのです。海洋国というのにはいろいろな意味がありますが、海の幸に恵まれて来た東海の小島に棲む人間としても暢気に構えてはおれないはずです。事は牡蠣だけではないでしょう。海の異変は、ただちに海洋生物の生存に異変を齎しているのは事実であり、翻って、海山の幸を食用にしているぼくたちの生存にも小さくない影響が及んでいるのです。温暖化や、異常気象の原因や背景がわかりつつあるのに、まだ、「地球規模で確定」していない、反対論もあるのをいいことに、現状の環境汚染に輪をかけるような振る舞いに出ているのが、いわゆる経済大国です。その意味で、この劣島が「経済小国」になることは世界の環境状況の現状維持にとって、さらには、その保存のためにはいささかなりとも貢献するはず、あるいは貢献しているともいえます。「世界のてっぺんに」と、どこの誰が浮かれついでに狂言していのか。

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【談話室】▼▽朝夕の冷え込みが増して山々が色づいてきた。この時季は秋が「深まる」との表現を使う。その一方「冬が深まる」とは言わないように、他の季節には用いられない。なぜか。言語学者川添愛さんはこんな見方を示す。▼▽秋には、冬という寒くて暗い季節に向かって下がっていくイメージがあるからではないか―。冬はすでに「底」にあるから深まる要素がない。この理屈で考えると、対極にある真夏は「てっぺん」に位置付けられる。(タレントふかわりょうさんとの共著「日本語界隈」)。▼▽その「てっぺん」が近年のさばっているのは体感でお分かりだろう。科学的に証明されている。三重大によれば、夏の期間が1982年からの42年間で3週間長くなった。温暖化の影響で秋が短くなっている。「てっぺん」から「底」に向かって急降下という具合だろうか。▼▽きょうは二十四節気の「霜降」。文字通り霜が降りる頃とされる。鳥海山ではきのう初冠雪が確認された。冬の足音が近づいてきたが、まだまだ秋に去られては困る。紅葉の見頃は多くの場所でこれからだろう。今だけの深まりゆく季節を、できればゆっくりと慈しみたい。(山形新聞・2025/10/23)

 「談話室」という呼称が好きで、ぼくはこのコラムを見続け、時々読んできました。<lounge><common room>etc、このうちでも「コモンルーム」がいいですね。誰のものでもない、みんなのものという響きがあります。<common>はデモクラシーの鍵になる言葉です。そこから生まれたのが「コモンズ(mmons)」で、「共有地、公園、広場」などと解されています。あるいはパブリック<public>という言葉を使ってもいでしょう。「私(I)とあなた(you)」で「私たち(we)」が生まれますが、それがパブリック(公共の)であり、コモン(共通の)です。

 言葉の詮索はともかく、「鳥海山ではきのう初冠雪が確認された。冬の足音が近づいてきたが、まだまだ秋に去られては困る。紅葉の見頃は多くの場所でこれからだろう」とコラムニストは名残惜しそうに言われる、「今だけの深まりゆく季節を、できればゆっくりと慈しみたい」という気持ちはそれとして、霜も雪も降下を始めています。「秋は深まる」のはいいけれど、当節、気が付けば冬だったという具合で、秋の名残もほとんど感じられないままで冬至になっていたりする。それもこれも「地球温暖化(global warming)」でしょうか。異常気象とか気候変動というものが、地球環境のあらゆる場所に想定し得ない影響を及ぼしていることを、ぼくたちは素直に認めて、さて何ができるか、何をすべきかを具体的に、足元から始める時期でもあるのでしょう。

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(*「誰もいない海」越路吹雪https://www.youtube.com/watch?v=alhKgHAy964&list=RDalhKgHAy964&start_radio=1

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枯枝に烏のとまりたるや秋の暮

【春秋】人の目にも、鹿の澄んだ目にも恥じぬ政治を 異国の暮らしで感じた驚きや喜び、将来の夢。先日、福岡都市圏に住む外国人によるスピーチコンテストがあった。アジア圏9カ国の13人が日本語で生き生きと語る姿に聴衆は温かい拍手を送った▼中国から来日して2年の女性は鹿にまつわる体験を語った。将来への不安で心が沈み、気分転換で訪れた紅葉の奈良。宿へ戻る夜、背後からカツ、カツと足音が近づいてくる。「幽霊や変態だったらどうしよう」。背中のリュックに何かがぶつかった。「いや!」と叫んで振り向くと大きな鹿が。月明かりに輝く瞳に「びっくりしたよ」と声をかけると、鹿はお辞儀をして歩き去った。「鹿が私を見守ってくれていた。あの日、鹿は教えてくれました。君は1人じゃないよと」▼以来、日本語教室の仲間との時間や仕事帰りの夕焼けに小さな幸せを感じ、前向きに福岡で日々を過ごしている▼「逐鹿(ちくろく)」とは帝位や政権を得る争いを、鹿を逐(お)う狩りに見立てた中国由来の言葉だ。逐鹿戦を制して、奈良出身の高市早苗首相が誕生した▼奈良に鹿を蹴り上げる外国人がいた-。日本初の女性宰相は先の総裁選で、根拠の不明な主張をばらまき、なりふり構わぬ姿勢を見せていた。右に偏る新政権。「鹿を逐う者は山を見ず」との故事が戒めるように、大局を見据えてほしい▼憧れの国で鹿に励まされて暮らす外国人もいる。人の目にも鹿の澄んだ目にも、恥じない政治を。(西日本新聞・2025/10/22)

 夜来の雨が続いています。ただ今午前6時。室温17.8℃、湿度69%。北海道や東北地方では雪が降ったという。そんな寒さに、老衰いちじるしい脳裏に、ふと「秋の暮」が浮かびました。まるで今の自分のようでもあると感じたのでした。表題句は芭蕉作。この句についてもいろいろと詮索がなされていますが、ぼくはただ、その句境を実感したいと思うばかりです。一説には芭蕉37歳ころの作とされます。まるで漢詩文の世界のを思わせます。そして、この俳聖にとって、「秋の暮」は特別のものだったでしょうか。思いつくままに挙げても、いくつも出てきます。 「この道や行く人なしに秋の暮」「物言えば唇寒し秋の風」「秋深き隣は何をする人ぞ」「死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮」「人声やこの道帰る秋の暮 」旅に出ても、そのほとんどは旅寝であり、友も少なく、一入孤独の侘しさがが身に染みていたのでしょう。

⦿ 秋の暮= ① 秋の季節の終わり。暮れの秋。暮秋。晩秋。《 季語・秋 》[初出の実例]「さりともとおもふ心も虫のねもよわりはてぬる秋のくれかな〈藤原俊成〉」(出典:千載和歌集(1187)秋下・三三三)「しにもせぬ旅寝の果よ秋の暮」(出典:俳諧・野ざらし紀行(1685‐86頃))② 秋の日の夕暮れ。秋の夕べ。《 季語・秋 》[初出の実例]「すぎにしもけふわかるるも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかな」(出典:源氏物語(1001‐14頃)夕顔)(精選版日本国語大辞典)

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 コラム「春秋」は昨日行われた首班指名に結び付けて、かすかながらもこの国の政治と政治家に「想いを託す」風情です。駄目で元々、裏切られるのは承知しているが、それでもなお、…と、はかない願いを静かに述べられていると、ぼくには読めました。「人の目にも、鹿の澄んだ目にも恥じぬ政治を」と、ね。ことば(「奈良の鹿は日本の誇り、大事にしなければ」と宣ったのはご当人でした)とは裏腹の「逐鹿(ちくろく)」功を奏し、「奈良出身の高市早苗首相が誕生した」のは、何はともあれ、めでたいことと言いますか、本当にめでたいか。女性初の宰相とくれば、もろ手を挙げて万歳三唱の体でも不思議ではありませんけれど、なぜだか、心弾まないのはどうしてか。ぼくはこの女性をかなり前(政治家になる以前)から、それなりに知っていました。どこかで触れましたが、彼女はサッチャー元英首相がお手本だというが、好見本はもっと身近にいる、「(年齢違いの)双子の姉」とも頼ったのが現東京都知事だったのではないか、とみていました。瓜二つの政治行動は気持ちが悪いくらいだったし、いろいろな梯子(はしご)を踏み台にして高みに駆け上る姿もよく似ていました。

 前首相を鹿に見立てた「追い落とし」に始まり、幸いにも権力の座にたどり着いた、そのことごとくに「男」がいたと言えば、顰蹙(ひんしゅく)を買うこと請け合いですね。でも、それを忘れるほど愚かなことはないでしょう。これをして「傀儡(かいらい)」という。その謂わんとするところは「 1あやつり人形。くぐつ。でく。2自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊」(デジタル大辞泉)。しばしば政治権力においてはよく認められる「二重権力」の姿がだれの目にも明らかでした。「女性初の宰相」も、一皮むけば、これまでの前例に変わりはなかったともいえそうです。「第二次 ❍× 政権」と指弾される所以(ゆえん)です。その「傀儡」実現を側面から応援支持したのは「メディア(特にY新聞やM新聞)」だったという事実も忘れてはならないでしょう。メディアが権力と結託したといっていいでしょう。なにはともあれ、困難を極めるでしょうが、自らの主体性において、「政治」を遂行して戴きたい。

 それはともかく、なにがなんでも「頂点」にたどり着くには担ぎ手は選んでいられないという色気をむき出しに奔走されていたようでした。「奈良の女」を標榜されますが、ぼくは「奈良の女」をたくさん知っているわけではないから、確かなことは言えません。ごく少数であれ、知人にはいましたが、実感はとにかくどこの出身であろうとも、人それぞれ、ですね。男女を問わず、人として度量が広いというか、寛容の精神に富んでいるというか、そういう品性をぼくは大変に尊重しますが、この人はどうでしょう。世間にごまんといる「アリビスト(立身主義)」の一人であることは間違いないし、それも飛び切り「自己宣伝」に長(た)けている方と見受けてきました。政治家たるものはそれが当たり前ですが。

 あまり仰々しく書きたくないのは、元より彼女のお里が知れているからです。威勢のいいことを言って、大向(右翼)を唸らせるパフォーマンスが目立ちますね。もともとはもっと「中道付近(リベラルと言うらしい)」にいたのですが、永田町の地勢図(地政学)を学ぶうちにおのずと右旋回(右折)したという趣です。「双子の姉」にそっくりです。「憲法改正」「スパイ防止法」「軍備増強」「積極財政」などなど、まことに勇ましすぎるきらいがあるとぼくは見ています。加えて、弱い者いじめが得意の政党とつるんだのですから、見ものですね。加えて、対外的には近隣との交友があっての極東小島の社会ですから、余りいきりたっても始まらないのではないですか。

 どちらにしても、時は秋、それも暮方(evening)でしょうか。ここは風波があまりたたないような、秋の暮に相応(ふさわ)しい政治、嘘ばかり、出任せ・ハッタリばかりで成り立つ政治ではないことを希(こいねが)うばかりです。大きくも小さくも、新内閣の政治哲学とその実践に、ぼくは期待はしない。堕ちるところまで堕ちるているこの国の、今時分、さあ、戦闘開始です。腐った政治家には腐った政治ばかりが分相応ですか。余計なことだけはしてくださるなと、一言。

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 「秋の暮」がお似合いなのは芭蕉に限りませんでした。並みいる俳人は、挙(こぞ)って「秋の暮」合戦のような、しかし物寂しい佇まいを詠まれています。二十句でも五十句でも出したいのですが、悪ふざけは止めておきます。以下、年代も含めて順不同。どれとどれがいつの時代のものか、判然と区別がつかないところが俳句でしょうか。新政権への「餞(はなむけ)」の意も込められているかもしれませんね。

・反故焚いてをり今生の秋の暮(中村苑子)
・さびしさや一人にあまる秋のくれ(子規)
・何事にもおどろかぬ顔秋の暮 (桂信子)
・まつすぐの道に出でけり秋の暮(高野素十)
・あやまちはくりかへします秋の暮(三橋敏雄)
・去年より又淋しいぞ秋の暮 (蕪村)
・寝て起て又寝て見ても秋の暮 (服部嵐雪)
・木には木の人には人の秋の暮 (原田喬)
・別れてはひとりひとりの秋の暮 (能村登四郎)
・何事も胸にをさめて秋の暮 (久保田万太郎)

・石となり阿修羅となるも秋の暮(楸邨)

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