
【産経抄】帰ってきた「後ろから鉄砲を撃つ男」、石破前首相の振舞い この人が首相の座を退いたら、自民党内野党の立ち位置に戻って政権批判を繰り返す評論家みたいになるのだろうと予想していた。さぞや左派・リベラル系マスコミに重宝されるであろう。「仲間を後ろから鉄砲で撃つ」といわれる石破茂前首相のことである。▼高市早苗内閣が発足して10日もたたないうちに、中国新聞のインタビュー(10月28日取材、30日配信)で政権批判を展開した。公明党の連立離脱と、日本維新の会の加入については「自民党政治がいわゆる保守の路線に傾くことにすごく違和感がある」。コメ政策の転換は「不愉快な話だ」と吐き捨てた。▼元自民政務調査会調査役で政治評論家の田村重信氏は著書で自民、社会、さきがけの自社さ連立政権当時、清新さがあったというさきがけの菅直人元首相の変遷を指摘している。「(野党となり)ネガティブなことばかり口にしていると、心が負の力で浸食されてしまう。こうして菅は性格がねじ曲がり、人相もどんどん変わっていった」。▼思えば石破氏も安倍晋三内閣の地方創生担当相を終えて党内野党になり、安倍氏やその政権への批判を強めてから暗いイメージが付きまとうようになった。自民の現幹部は「石破さんも幹事長時代は迫力もあったし、もっと好印象だった」と振り返る。▼そもそも自民には、新首相がやりやすいよう前首相はできるだけ発言を慎む文化があった。にもかかわらず石破氏は、前掲の中国新聞記事で「(新政権が)正規ルールでできたのだから、党員として支えていかなきゃいかん」と言いつつ、こう宣言した。「ただ、無批判に従うということではない」。▼石破氏に首相経験者らしい大人の振る舞いを求めるのは、ないものねだりか。(產經新聞・2025/11/01)

「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」(「その人を憎むあまり、その人に関係のあるものすべてが憎くなるというたとえ」・デジタル大辞泉)コラム「産経抄」氏は、どんな人物なんでしょうか。大人(たいじん・おとな)でないことは誰にも明らかだし、男嫌いでもないのは「故元総理大好き」派だったことでわかります。前首相の一挙手一投足が気に喰わない(癪に障る)、あるいは箸の上げ下げ、飯の喰い方まで嫌いで嫌いでたまらないということでしょうか。ぼくも、彼の飯の食べ方は下品だと見たし、余りの汚い食べ方に、どんな育ち方をして来たかと、驚き桃の木でした。「人前で、モノを食うな」と、辺見庸さん(「もの食う人々」の著者)ならずとも指摘したくなる。食事作法を喧しく言う人がいなかったのでしょうが、それを連れ合いや子どもたちがどうして黙認して来たかという、不信の念はありますよ。でも、年端のいかない子どもではないどころか、一国の総理大臣にまでなった人だから、これは治らないものと、周りの者は諦めたのかもしれない。
(ヘッダー写真は「三夕図(さんせきず)」土佐光成筆・江戸時代・17世紀 東京国立博文館所蔵)(新古今集』の「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」(寂蓮)、「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」(西行)、「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」(藤原定家))
それにしてもコラム氏の「罵詈雑言(ばりぞうごん)」は酷(ひど)すぎると、「悪口」では人後にに落ちないかと変な自信を有する、このぼくでさえ思うのだから、何という新聞記者(ではないかもしれぬ)だろうと、更に訝りは深まるばかり。「仲間を後ろから鉄砲で撃つ」というのは本当でしょうか。物は言いよう、批判は受け取りようですよ。產經コラム氏の言い分は、まさしく言うに事欠いた「いいがかり(false accusation)」であり、その根本には「唯我独尊(vanity)」と「問答無用(no questions asked)」と言う教条(ドグマ)が同居している政治的スタンスにあるでしょう。つまるところは、独断・独裁の主と見ました。つべこべ文句は言うな、誰に対して口を利いているんだという具合に。ここにも手の付けられない「阿呆」「幼稚者」がいるという感じですね。記者にしておくのが惜しいと、ぼくは思ってしまう。「產經組の若頭」然としていて、親分を守るために鉄砲玉になる勢いがあります。その「親分」は「故元首相」であり、跡目を継いだ「奈良の女親分(姐さん)」ですね。

今回のドタバタ政局では、メディアの果たした立ち回りは凄かった。ズボンもパンツもつけないままで、そう「素っ裸」で「石破降ろし」に駆けずり回り、「奈良の女親分」誕生に一肌(諸肌)脱いだのですよ。そんな美しくない素裸は見たくなないけれど、今なお、裸のままで永田町辺り(界隈)を闊歩している。永田町は野蛮極まる居住地ですね。恐らく、故 A 元首相に対して、あれこれのマスコミ・メディアの面々は「息を潜め」「気に入られよう」と、「忖度」教の信者になりきっていましたね。ぼくが彼を評価しないのは、そもそもの始まりからでしたが、今はそれは問うまい。強く出る者には下手(したて)に、与(くみ)しやすしと見れば、それこそ前から後ろから鉄砲をぶっ放す。いやな連中ですよ。つまり、政局は幕になってもまだ、田舎芝居の役者気取りのままで、新聞やテレビは「大根役者」を演じ続けている。どういう国なんですか。満州事変前後にも絶えて見られなかった、メディアを筆頭に、それこそ一億総痴呆状態ですな。国を亡ぼす仕業ですよ。「亡国に至るを知らざれば、これ即ち亡国也」(田中正造)。
要するに「あばたもえくぼ」というわけ。「恋する者の目には、相手のあばたでもえくぼのように見える。ひいき目で見れば、どんな欠点でも長所に見えるということのたとえ」(デジタル大辞泉)と辞書は解説します。「惚れたが悪いか」、と開き直りもいいところだが、裸で開き直られたら、目のやり場に困る。「そもそも自民には、新首相がやりやすいよう前首相はできるだけ発言を慎む文化があった」とおっしゃるが、嘘つけ、と言いたいですね。どこの「自民党」のことか。ここまでくると、「えくぼもあばた」となるほかないようです。この夜盗・追剝のような「政治家集団」に、そんな「(発言を慎むなどという)しおらしい文化」があったかね。贔屓の引き倒しということか。「ひいきし過ぎて、かえってその人を不利にする」(同上)ことになりませんか、と言うより、すでになりかけている。

「石破氏に首相経験者らしい大人の振る舞いを求めるのは、ないものねだりか」と產經コラム氏は当てつけがましいけれど、第一、「大人の振る舞い云々と、君が言えた義理かい」とぼくは口を開いていうまでです。產經新聞などは、身の程もわきまえないで、白昼堂々と「前首相」を前から後ろから羽交い絞めにしてまで、総裁の椅子から引きずり降ろした一味だったではないか。ぼくは「ないものねだりはしない」、產經にも読売にも毎日にも、その他同類新聞には「倫理」も「誠意」も、「社会正義」も求めてなんかいません。君たちはその程度のもんだと言う、見極めはぼくにはついているからです。「社会の木鐸(ぼくたく)」などではなく、間違いなく「唐変木(とうへんぼく)」の集団そのものです。
総理になった「奈良の女」を見ていると、ついつい明治維新後の政権を担った政治家の苦心惨憺を想起します。❶「関税自主権の回復」、➋治外法権(extraterritorial rights )の放棄(正確には「領事裁判権」の是正)、❶と➋で、この国はアメリカの「植民地(colony)」同然であるというべきで、国の法律が及ばない米基地の原子力空母艦上で「狂気乱舞」する首相のお粗末きわまる、浮薄な振る舞いは、コラム氏たちの両眼には何とも映らなかった、よくやったと褒めたいんでしょうか。国辱ものですね。まさに国辱総理だとぼくは思う。「株高・低金利・円安」の経済・財政の三悪要素が、さらに勢いを増しているのは、外の目で見るなら、この国はすでに没落しているも同然という意味でしょう。アメリカの財務長官のスコット・ベッセント氏は「アベノミックスが間違いだったことに、早く気付け」と、日本当局に向かって、日本の国内で語っている。「祭りが済んで、日が暮れて」ですよ、「奈良の女」囲い込み軍団の諸君。
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石破前首相、自民のさらなる保守路線「違和感」/コメ増産方針を転換「不愉快」/核禁条約会議「オブザーバーでも参加すべきだった」【本紙インタビューで語る】 石破茂前首相(鳥取1区)は、28日に衆院議員会館で応じた中国新聞のインタビューで、3月の核兵器禁止条約第3回締約国会議へのオブザーバー参加の見送りの判断を振り返った。高市早苗首相の下で、公明党が離脱し日本維新の会が加わった連立の枠組みについて批判し、コメ政策の方針転換には違和感を語った。(秋吉正哉)
―石破政権の核政策をどう振り返りますか。
今年は被爆80年。個人的にはオブザーバーでもいいから参加すべきだと思っていた。その思いは公明党の斉藤鉄夫代表とも共通していた。ただ、政府全体としてそれができるか、葛藤があった。米国に核抑止を依存していることと矛盾せざるを得ない。為政者としてやむを得ない選択だった。核保有国も参加する核拡散防止条約(NPT)体制がより実効性がある。
私にとって8月6日は特別な日だ。小学6年の時に見た広島の被爆の記録映像は一生忘れない。今年の平和記念式典のスピーチ原稿は何度も書き直し、最後に正田篠枝さんの短歌を入れた。核の悲惨さをあれほど端的に表した歌はない。
―多くの中国地方選出のベテラン議員が政権を支えました。
中国5県に内閣や自民党の重鎮がいて、そうした方々は「石破降ろし」に加担したわけでもなく、よくお支えいただいた。岸田文雄元首相とは穏健中道という立場を同じくし、政策を継承、発展させた。しゃしゃり出る人ではないが、陰に陽に存在は大きかった。
―高市首相の新政権をどう見ますか。
今回の自民党総裁選では石破政権を継続してくれるという意味で、林芳正総務相、小泉進次郎防衛相を応援した。そうではない政権がスタートしているが、正規ルールでできたのだから、党員として支えていかなきゃいかん。ただ、無批判に従うということではない。
―公明党は連立離脱をしました。
自民党が野党で苦しい時、一緒にやってくれたことを忘れたらいかん。維新は新自由主義的。自民党政治がいわゆる保守の路線へさらに傾くことにすごく違和感がある。
―コメ政策では、石破氏が掲げた増産方針を転換させますね。
不愉快な話だ。コメは安いほどいいとは言わないが、消費者が常に求められる値段であるべきだ。(米価高騰で)コメが足りないのは証明されたようなもの。値段が下がるのはいかんので増産はやめと言われると、それは違う。(中國新聞・2025/10/30)
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