悪い冗談の見本である「軽薄な言動・振る舞い」をものともしない本邦初の女性首相は「かつてない歴史的偉業だ。これだけの短期間に、世界はより平和になった」という歯の浮く言葉で白々しくも「嘘飾」を真顔で受け止めたうえで、「授賞推薦」を伝えたというのだから、心が寒くなるというほかありません。横須賀の米軍基地での燥(はしゃ)ぎ様はなかったのは周知の事実でしたが、その前景にも後景にも「力による平和(PEACE THROUGH STRENGTH)」と大書した標語が掲げられていました。T 首相は、国会議員になりたての頃だったか、時の総理大臣に「勝手に謝罪しないでください」と、「村山談話」(1995年8月)を厳しく非難しました。もちろん「談話」は閣議決定されていましたし、そこに自民党の大臣も参画していた。ぼくは、こういう「居丈高な態度」をは取らない人間ですから、「勝手に推薦などしないでくれ」とは言うつもりはないどころか、(ノーベル賞委員会は)二つでも三つでも「平和賞」を呉れてやるべきだという意見の持ち主です。「力で平和が得られるならば、世界は軍隊で充満するだろう(If strength could bring peace, the world would be filled with armies)」。
「高市首相はトランプ米大統領との首脳会談で『日米同盟の新たな黄金時代を共につくる』と言ったそうな」とはコラム氏。とするなら、更に「隷属」「従属」関係は深まるということであり、更に高みに昇るということです。「なんとかと何とかは高いところに昇(りだが)る」というでしょう。「寝言は寝てから」と言っても「馬耳東風」でしょうな。とんでもない「奈良の女」もあったものですね。その「奈良女」の支持率が80%超だというから、狂気の国・国民ですね。。でも、高いがゆえに尊からず(It is not precious because it is high)、高いからこそ急降下するというのではないでしょうか。こんな「少数派内閣」、しかも歩き出したばかりの総理を、有権者の5人に4人が支持するという、「支持」という言葉の理解が進んでいないということかもしれません。「属国」「植民地化」を大歓迎する「国民」もあったものです。ぼくはできれば、国民であることを止めたいけれど、そうはいかないようですから、断じて「支持しない」一人でいようと思っている。支持するもしないも、まだ歩き出して半月(「総理」に指名は10月21日)。もうめちゃくちゃですね。
日米関係を「同盟」と呼ぶなかれ。「個人・団体または国家などが、互いに共通の目的を達成するために同一の行動をとることを約束すること。また、それによって成立した関係」という解説を受け入れるとするなら、琉球新報のコラム氏が指摘する諸事実は、「同盟」にあらず、日本はアメリカの「植民地」に他ならないということを認めるべきでしょう。東京新聞「ぎろんの森」に「『日米同盟』と言うけれど(Although it is called the Japan-US alliance,)」という記事が三年半前にありました(まさに「旧聞」に属します)。その指摘されている「内容」は「肯綮(こうけい)に当たる」と言うべきで、繰り返し読んでおきたい記事だとぼくは思っています。「『肯』は骨につく肉、『綮』は筋と肉とを結ぶところの意》物事の急所。かなめ」(デジタル大辞泉)
その際に知った<Ways of Life>(「生活様式」)という言葉に、ぼくは深く刺激された。「文化とは生活の様式である」という捉え方は、ぼくの「野蛮な生活」の、その後のあらゆる場面で大きな「機動力(mobility)」になり続けたといってもいいほどでした。どんな社会にも、他とは異なる「生活様式」があります。単純化して言うなら、「山の生活」「平地の生活」「海辺の生活」、そのそれぞれに他所では見られない独自の「生活様式(生活の仕方)」があるでしょう。それは好い悪い、進んでいる遅れているという「比較」で云々(評価)されるものではなく、一種の環境や自然の必然としてとらえられるべきだと考えました。「アイヌ」「沖縄」「南方」「北方」などと言われる地域には長い間の生活の蓄積の上に、他集団・他地域では見られない独特の「生活の方法」が生まれ継承されてきた。それをぼくたちは「文化(culture)」と称してきたのでした。
◎ 菊と刀(きくとかたな)The Chrysanthemum and the Sword : Patterns of Japanese Culture= アメリカの女性人類学者ルース・ベネディクトの主著の一つ。原著は1946年に刊行され、48年(昭和23)に日本語訳が出版された。第二次世界大戦下のアメリカの一連の戦時研究のなかから生まれた、日本研究の名著である。直接現地調査ができないという制約にもかかわらず、在米日系人との面接、文学や映画の分析などを通じて、複雑な日本社会の体質に鋭く迫っている。日本社会を特徴づける上下関係の秩序に注目し、その秩序のなかで「各人にふさわしい位置を占めようとする」人々の行動や考え方について、「恩」「義理」といった日本人独特の表現を手掛りに分析を進めている。とりわけ日本の文化を、内面に善悪の絶対の基準をもつ西洋の「罪の文化」とは対照的な、内面に確固たる基準を欠き、他者からの評価を基準として行動が律されている「恥の文化」として大胆に類型化した点は、戦後の日本人に大きな衝撃を与えた。(同上)
「戦後」は遠くなりにけり、と多くの人は今を語ります。それはまた「戦前」は近くなりにけり」ということになるでしょうか。現首相は盛んに「日本は戻って(帰って)来た(Japan is back)」と、意味不明のフレーズを叫んでいます。「どこに戻った(帰った)」のでしょうか。強い日本を取り戻すともいう。国力を測る物差しは何ですかと、ぼくは訊きたい。経済力? 軍事力? あるいは「国民性」「文化」も考慮されているでしょうか。「力」を求める人間は、「力」によって滅ぶか、滅ぼされるに違いありません。「働いて、働いて、働きぬく」という「やる気満々」の雄叫びは、なんのためのものですか。いろいろなことを考えて、ぼくの答えは「現下の日本社会の行方」は、もと来た道に戻るものではないということ。大きくならなくても、強くならなくてもいい。他者と仲良く、余計な諍いを生まないような生き方をする個人のように、国もまたそうであってほしいと只管(ひたすら)願うばかりです。だから、余計なことはしてくださるなと、心からの注文を出しておきます。