祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

【いばらき春秋】田舎で暮らす者にとって、汗だくで草刈り機を振る重労働は避けられない。このきつい日常を逆手に取り、都市部から「関係人口」を集める村が福島県にあると聞き、阿武隈高原を訪ねた▼人口約3000人、高齢化率45%の鮫川村。遊休農地と空き家の増加という喫緊の課題に対し、村の若者たちが「美活動刈上げ鮫(ジョーズ)」を旗揚げした▼合言葉は「草刈りはスポーツだ」。大豆の種まきや星空観察などを組み合わせた1泊2日のイベントを企画し、全国から参加者を募る。10月に行われた今年3回目の活動には、首都圏や遠く岐阜県からも大学生や会社員らが集結した▼参加者は講習後、地元の若者たちと和気あいあいと観光名所や空き家の草をきれいに刈り上げた。「非日常の爽快な体験。困っている人を助けられてうれしい」との声が上がった。作業後の卵かけご飯が、参加者と住民の交流の輪を温かく広げた▼主宰者は語る。「草刈りはきっかけにすぎない。大事なのは、住民との触れ合いを通じ、参加者にこの村を身近に感じてもらうこと」▼募集チラシの隅に小さく書かれた言葉が印象に残った。「第二の故郷の体験を提供いたします」。農山村の関係人口を創出する本質的なヒントが詰まっている。(山)(茨城新聞・2025/11/13)

 先月の半ば頃だったか、町役場から封書が届きました。「議会議員定数に関するアンケート調査」の「依頼状」でした。「議会においても議員定数・議員報酬に関する改革委員会が設置されて、検討が進められている」との旨が書かれていました。いずこも同じ「秋の夕暮れ」なのでしょうか。人口減少により、行き先の展望が見えない中での町政の現状打開が図られているとは思われますが、「展望」を持つところまではとても行き届いては行かなさそうです。残された道は「たった一つ」だろうと、ぼくには思われるのです。

 長柄町は房総半島のほぼ中央に位置した、純農山村というべき環境にあります。ぼくが当地に移住してきたのが2014年3月でしたから、およそ11年半が経過したところです。町の行政には、納税者として当然のこと、まったくの無関心ではありませんけれども、何度か議会の傍聴に誘われましたが、関心が湧かないままで過ごしてきました。(右図「結婚十訓」(昭和14年(1939)9月、「時の阿部内閣厚生省は、ナチス・ドイツの『配偶者選択10か条』にならって『結婚十訓』を発表した。背景には、昭和12年(1937)から続く日中戦争や満蒙開拓移民等による出生率の大幅な低下がある」(「歴史人」:https://www.rekishijin.com/36675)(国がかかる「感傷」を許されていた時代でしたね。国家という存在は何ものでしょうか。それにしても「結婚十訓」の項目の一々はなんと惨(むご)いものだたでしょうか。今もなお、ここからすっかり切り離されていると断言できないのは、何とも情けない国の仕業ですよ)

 これはぼくの性格でもありますが、政治にはほとんど関わらないままで生きてきました。約半世紀近くの勤め人時代も同じことでした。目前の役目・役割に沈潜・埋没するとでも言いましょうか、それ以外は他所事(よそごと)という態度を貫いてきたと思います。偉くなりたいとか給料をたくさんほしいという欲望も、お寿司のメニューに例えれば「松竹梅」の「梅(以下)」で、しかし、仕事柄、必要と判断すれば、嫌な役目でも引き受けて真面目に(本人とすれば)果たしてきたつもりでした。この山の中の辺鄙な土地を選んだのも、だから、その反動で、世間とは没交渉(というのも変ですが)を通して、何とか他人に迷惑をかけない程度の明け暮れをと、願ったまで。(そもそも、生きていることは誰かれには迷惑をかけているのですがね)

 役場仕事に関してもあれこれと感じないことはなかったが、それも他人事(ひとごと)と、「我関せず焉(えん)」を決め込んでいた次第。町の人口減について、それなりに気にはしていましたが、町の行政がそれに関して具体的な積極政策を繰り出してきていたとはとても思えませんでした。その多くは御多分に漏れず「企業誘致」「教育機関誘致」などの通り一遍のものでしたが、ことごとくが首尾よくは行きませんでした。地域開発や土建事業はそれなりに今の状況でもやればできますが、少なくとも「人口減」だけは、ある種の自然現象ですから、なるようにしかならない、そう考えています。これは当該町だけに限らず、広く国全体の問題でもあります。毎年百万人規模(程度)の人口減少が発生している現実に、なすすべはないとぼくは考えています。戦時下の「産めよ増やせよ」という時代ならいざ知らず、国策をもって、ある時期の中国もそうでしたが、人口増を測ることは可能だったかもしれませんが、今の時代、個々人の意向や同意を無視して、強引な人口増政策はまず不可能と言わねばなりません。

 今日、世界人口全体の約8割が都市の住民だとされています。都市集中、一極集中です。これを今からどうにかするというのも至難の業でしょう。日本も同じ環境にある。それなりの経済「成長」を遂げた国々に共通してみられることです。問題を大きく、世界規模などでとらえる必要はありません。「町のアンケート調査」問題に戻ると、現在の長柄町は1955年に近隣三自治体(村)が合併して発足した町でした。発足時の人口は9.300人。現在は6.100人。県内17町村中、下から二番目の人口規模の自治体です。最少は神埼町の5.616人(10月1日現在)。議員定数の算出方法はいくつかあるでしょうが、ほぼ人口数に応じた割合で決められているようです。最少議員数は10人で、4町村あります。長柄町は12人です。一議員当たりの人口比では、県内首位ですから、このままでいけば、さしあたりは、少なくとも10人にまで減らせということになります。だから、アンケートなどいらないではないかというのが、ぼくの愚論。自治体の人口減少対策にはさまざまな意見がありえますが、いずれも決定打にはならないことは明白です。

 ぼくの結論、と構えるほどでもありませんけれど、現状では、人口小規模の他の4町村並みに10人が妥当でしょうが、早晩、もっと事態は深刻になります。どうしますか。おそらく町村合併をやって当座をしのぐことになるでしょう。明治以降、この国は何度か大規模な自治体合併を繰り返してきました。近年では「平成の大合併」でした。何れ「令和の合併」も行われるでしょうが、さらに、各地区の人口減は「合併規模モデル」を上回る勢いで続くはずです。

 では、この危機を突破するにはどうするか。おそらく、ここでその愚論を書くのでは不謹慎の謗りを受けるはずですから、書くことは致しません。けれども、これまでの歴史の教えるところでは言うなら、「国」が生き延びるのは「他国」に手を、足を延ばすほかなかったでしょう。今は、そこまで早とちりはしたくないので、ここまでで、駄文は止めておく。もちろん、長柄町のアンケートには応えるつもりですが、上に記した如く、2名の議員数減、その次の段階は町村合併です、さらに次の段階は「他自治体に吸収合併」でしょう、長柄町がなくなる(消滅するという意味)です。以上。(以下は蛇足)

 国会では衆議院議員の定数削減が不純な動機で「議論」されかかっています。地方選出議員数の人口比では極限まで行きましたから、次の段階は「(県単位の)「合区」の拡大」と、都市部の議員数増ですね。面倒な議論は止めておきますが、ここにおいても「人口減少」と「都市への一極集中」問題が大きな口を開けて立ちふさがります。現下国難を生んでいる2大要因ですね。衆議院議員(小選挙区)が最大である自治体は東京都の25名。最少数は山梨県などの2名。「移住の自由」や職業「選択の自由」が認められるべきであるのを承知で、「25対2」という議員数の割合は、どういうことなんでしょうか。「お前は半人前」と未熟や年齢で烙印を押されるのは常のことですが、「25対2」という比率をどういえばいいのでしょうか。

 人口比で議員数を決めるのは妥当ではあるでしょうが、「法の下の平等」を厳密にとらえれば、このような歪(いびつ)な選挙区割りは破綻しているというほかないでしょう。東京都に拮抗するには山梨を含めた自治体が「束になって」(それでも14名になるだけ)かかるしかないのでしょうか。選挙区割りの課題が、政治家の怠慢で積み残され(放置され)続けてきた結果(証拠)です。自前の議会を持てない自治体も出てきています。議員のなり手がいない自治体も出現しています。その理由は何でしょうか。各地方では、箸にも棒にもかからない「(最劣悪・最愚劣)首長」が続出していますのも、この現象と無関係ではないでしょう。最後は、何処かに「植民地」を求めることになりそうですね。

 市町村合併は国内における「植民地化政策」でしょう。弱肉強食の結果が「合併」です。国内で埒(らち)が明かなければ、国外に「合併相手」を求めるのは事の成り行きと言ってしまえば、簡単です。そんなことができるかというなら、国の消滅にかかわる問題ということになります。この国には「前歴(前科)」があります。それに学んで、「備えあれば憂いなし」と、躍起になっているのがただ今の「政権」の目下のねらい目でしょうか。「まず隗より始めよ」で、町の議員数問題をそれなりに真面目に考え抜けば、国の先行き(将来)が(あまり美しくも明るくもありませんが)見えてくるというものです。人口減少現象は自然の流れです。誰が、どのようにして止められますか。まるで「台風」や「地震」のようなもの。「サナエあってもウレイあり」ですよ。当座はおろか、百年や三百年先の将来にとどまらない、永遠の問題です。

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諸行無常(しょぎょうむじょう)= 仏教の命題。「諸法無我(むが)」「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」とともに仏教教理の基本的特徴を示す三法印の一つ。とくに原始仏教経典にしばしば記されている。諸行の「行」とは「つくられたもの」の意であるから、全体で「一切(いっさい)のつくられたものは時間の推移によって生滅(しょうめつ)変化し、常なることはない」という意味になる。この命題を真に理解すれば、たとえば人の死にあっても悲しむことはないといわれる。後の部派仏教(小乗仏教)はこの命題に関して「つくられたもの」と「つくられないもの」とを峻別(しゅんべつ)し、また無常の構造をより精緻(せいち)に理論的に考察して独特の体系をつくりあげていった。諸行無常は日本文学でも好んで扱われてきたテーマであるが、インド仏教の論理的考究と異なり、時間が過ぎゆくにつれて消滅する過去への詠嘆としてのみとらえる傾向が強く、日本人の仏教観をやるせなく力弱く暗いものにしてきたことは否定できない。(日本大百科全書ニッポニカ)(ヘッダー写真は「林原美術館蔵 平家物語絵巻「祇園精舎」)

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「赤心、岩壁をも通す」となるか

 歴代の総理大臣の発言は、まるで「紙風船」のように軽々しく舞い上がり、やがて空気が抜けてどこかに落下して、そのままに消えゆくのみ。よく、観測気球に準(なぞら)えて「アドバルーン」を上げることが多く見られます。まさか、今回の首相発言(「存立危機事態」云々)が「観測気球」だとは思われませんが、あるいは、そうだったのかもしれません。この人には、みずからの「発言」の軽重を測りえないままで話すという習癖があるように思われます。とにかく、この「奈良の女」は意想外に軽薄だし、思い込みが強く、しかも頑固だから、始末に悪いとぼくは見ています。「外国人が奈良の鹿を蹴り上げて…」発言も、根拠の有無を明らかにしないままで、結局は胡麻化しているし、仮に「鹿をイジメる」外国人がいるとして、「日本人はどうか」と尋ねられると、「確かにイジメている」と答弁される。それなのに、なぜ「外国人が」と、ことさらに外国人を「言挙(言揚)(ことあ)げするのか、ということを詳らかにしない。言いたかったこと(発言の真意)は、悪質な外国人(観光客?)がいるということだったろうが、「インバウンド」を金太鼓で呼びとせたのは、自らも閣僚の一員だった時の内閣だったはずです。度の地に立ってモノを言うのか、十分の心しておかねばならないのは、誰であっても変りません。(右上写真:衆院予算委で答弁する高市首相=11月10日午前)(ヘッダー写真:朝日新聞・2024/07/25)

 彼女は「奈良の女」を自認・強調(言揚げ・言挙げ)されます。ならばと、「言霊の咲きほこる、咲き匂う(芦原の瑞穂の)国」であるのだから、あえて、言葉を論(あげつら)うことはないと思うのですが、しかし「私は言揚げがしたい。長い旅路の無事を祈るばかりに言葉を尽くすのだ」と人麻呂朝臣張りに、言葉が先走るんですね。その柿本人麻呂さんの歌二つ、です。

 「葦原水穂国者神在随事挙不為国雖然辞挙叙吾為言幸真福座跡恙無福座者荒礒浪有毛見登百重波千重浪敷尒言上為吾言上為吾」(万葉集・巻13-3253)あまりにも有名になりすぎた人麻呂さんの歌。彼が詠まんとするところは、「葦原の瑞穂の国は神ながら言挙せぬ国」「然れども言挙ぞ我がする言幸くま幸くませとつつみなく幸くいまさば荒磯波ありても見むと百重波千重波しきに言挙す我は言挙す我は」とあります。同じく、人麻呂作をもう一つ。「志貴嶋倭国者事霊之所佐国叙真福在与具」(万葉集槙13₋3254)「志貴嶋(磯城島)の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ」と(反歌)。芦原の瑞穂の国は神の思し召しで言葉が豊かに実っているのだから、ことさらに「言揚げ」(わざわざ言葉を口にしていうこと)などはしなくていい、「わざわざ口に出して言うまでもないのです」と言うのでしょう。神の示すままに言葉は十分に足りている(豊かな)のだ、わざわざ、それをあえて言う必要もないのです。それは、どういうことでしょうか。

 「おめでとう」「ありがとう」「お大事になさい」「お気をつけて」などと、口に出すまでもなく、その言葉を思うだけで、事は足りるということでしょう。「台湾有事は日本有事」、何とかしなければなどと喚く必要もないほどに「言霊」は、それを想う、心配するだけで万事がうまく収まるように神によって差配される、それが「「志貴嶋(磯城島)の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ」というものです。でも、それで満足できないのもまた「奈良の女」の意地でしょうか。言ってしまって、批判されても「撤回はしない」と意地を張る。

 台湾有事は日本有事と軽々しく「台湾問題」を言挙げしていいんでしょうか。台湾は日本の領土ではありません、今は。中日新聞「社説」は「高市早苗首相が中国による台湾への武力侵攻が起きた際、安全保障関連法に基づく存立危機事態に認定し、集団的自衛権を行使する可能性に言及した。中国との戦争も辞さないとの表明にほかならない。首相としての発言の重大性を理解しているのか。あまりにも軽率で不用意な発言と非難する」と明言しています。(中国によって引き起こされる)「台湾有事」は「(中国の)国内問題」です。台湾は中国の一部だと、世界は認めている、もちろん日本も、です。だから首相の発言は「内政干渉」に当たりますね。「日本の存立が脅かされる」のは、何も外からの攻撃によるのではなく、むしろ、内政の破綻、国内政治の不在がもたらす危機によって崩壊する危険性がはるかに高いとぼくは考えるものです。「これは国の存立危機です」と誰が認定するのですか。「もちろん、総理大臣です」と言っていいのでしょうか。(右写真は<政治まんが>「軽く吹く女」(「台湾有事」を、です)(佐藤正明・絵)(東京新聞・2025/11/12)

 「日本は1972年の日中共同声明で、台湾を中国の一部とする中国の立場を『十分理解し、尊重』すると明記し、台湾を国家と認めていない。安保法をどう解釈すれば、日本が台湾有事に参戦できるとの結論が導けるのか」と中日新聞は事態の進展のあり得ないことを述べる。首相の「存立危機事態」発言に対して、早速に「(気味の悪いばかりの)反応」を示したのが中国の駐大阪総領事でした。「中国の 薛剣
シュエジエン
 駐大阪総領事が自身のX(旧ツイッター)に、高市首相が中国による台湾の海上封鎖が発生した場合に『存立危機事態になり得る』と答弁したことを伝える記事を引用し、『その汚い首は一瞬の 躊躇
ちゅうちょ
 もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか』と投稿していたことが分かった」(読売新聞・2025/11/10)

 この由々しい下品極まる「発言(妄言)」には、当然のこととして「断固たる抗議」と「それに見合った処分」を中国側にも求めるべきであるのは論を俟たない。日本側の抗議の態度を明らかに示すことも、同時にお忘れなく。

〈社説〉首相と台湾有事 存立危機を軽く語るな 高市早苗首相が中国による台湾への武力侵攻が起きた際、安全保障関連法に基づく存立危機事態に認定し、集団的自衛権を行使する可能性に言及した。中国との戦争も辞さないとの表明にほかならない。首相としての発言の重大性を理解しているのか。あまりにも軽率で不用意な発言と非難する。
 首相は7日の衆院予算委員会で中国の台湾侵攻が「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と述べた。
 安保法は存立危機事態について密接な関係にある他国が武力攻撃され「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と規定。日本が直接攻撃されていなくても、政府が存立危機事態と認定すれば集団的自衛権を行使でき、他国同士の戦争に加わることができると定める。
 ただ、日本は1972年の日中共同声明で、台湾を中国の一部とする中国の立場を「十分理解し、尊重」すると明記し、台湾を国家と認めていない。安保法をどう解釈すれば、日本が台湾有事に参戦できるとの結論が導けるのか。
 そもそも存立危機事態の定義は2015年の安保法制定時から曖昧だと指摘されてきた。高市氏の発言で、時の政権に恣意(しい)的な判断を許しかねない安保法の危うさが改めて浮き彫りになった。
 かつて安倍晋三氏が首相退任後に「台湾有事は日本有事」と発言したことはあるが、在任中は具体例を示すことには慎重だった。高市氏も首相在任中は言葉を選ぶべきではないか。
 首相は中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席との首脳会談で、戦略的互恵関係の推進を確認したばかりだ。直後に台湾当局者と面会した写真を公表し、台湾有事に参戦の可能性があると挑発して、首脳間の信頼関係を築けるのか。感情的な対立を煽(あお)るような言動は双方の国益を損なう。日中両政府に自制的な対応を重ねて求める。
 首相は10日の衆院予算委で自身の発言の「反省点」として特定の想定を「明言することは今後は慎む」と述べたが、当然だ。
 首相が思い込みや勢いで軽々しく発言することは許されない。立場の重みを自覚し、特に台湾問題では、中台双方に一方的な現状変更を控えるよう促す外交努力にこそ指導力を発揮すべきである。〈中日新聞・2025/11/11〉

 あるいは現首相には『芦原の瑞穂の国」民の遺伝子(DNA)が脈々と宿されているのでしょうか。言霊があるのだから、それで我々は守られているにもかかわらず、やはり、「一言申し上げておきたい」と、「存立危機事態」をあえて言葉にして後に引かないのですね。一昨日の予算委員会の答弁で、「台湾有事は日本有事」で、その台湾に中国が手も出し足も出し、口も出しているのだから、「すわ、日本有事」、米軍が参加して台湾を防衛しようとするなら、これぞまさしく「存立危機事態まちがいなし」と「言揚げ」する勢い。まさしく「戦争やりたがり」ですよ。他国の問題に干渉すること夥(おびただ)しいと、言うべきでしょう。なぜか。つまりは自身を引き立て、育ててくれた「親」「師」だった故元首相、奈良の地で無念の死を遂げられた、その師の遺言をもって「私は、誰が何と言おうと、言挙げするのです」ということですが、実に殊勝なことではありはすれども、差し当たっては、国民の被(こうむ)る迷惑は限りなしです。

 「言挙げ」はどうぞご随意にと勧奨したいところだが、一国の首相の立場をお忘れなくと、強く念を押しておく。加えて、「安保法制」は厳密に扱うなら「憲法違反」の可能性は濃厚ですから、まずそこから「黒白」「白黒」をつけるべき(国会で法案の条理を尽くすべし)でしょう。それにしても、この首相の言動には「お手本」がいくつかあります。その第一は故元総理でした。他はこれも彼女が、ことさらに言揚げするサッチャー元英首相です。今次の「存立危機事態」問題をめぐる彼女の発言には、ぼくはフォークランド戦争当時(1982~3年)のサッチャー元首相の行為を想起し、重ねます。

◎ フォークランド戦争(Falklands War)= 南大西洋のフォークランド (マルビナス) 諸島の帰属をめぐって 1982年4~6月にイギリスとアルゼンチンとの間に戦われた戦争。同島は 1833年以来イギリスの実効的占拠が続いていたが,アルゼンチンも領有権を主張し続けてきた。 65年の国連総会決議 2065号に促されて両国間で交渉がもたれたが行きづまり,82年4月2日アルゼンチンのガルティエリ政権は海軍部隊を送って島を軍事占領した。イギリスのサッチャー政権は空母2隻を主力とする任務部隊を派遣して上陸奪回作戦を行い,アルゼンチン空軍と海軍航空隊は陸上基地から出撃して空襲を加えたが及ばず,6月 16日アルゼンチン守備隊の降伏で停戦となった。この戦争でレーダー誘導空対艦ミサイルの有効性が実証された。敗戦の責任をとってガルティエリ大統領は辞任,83年民政移管の端緒となった。両国関係は 90年2月に正常化した。(ブリタニカ国際大百科事典)

 二人の女性宰相の比較をするなどはぼくの任ではありませんので、ここでは致しません。この先、偉そうに断言した「対中攻撃姿勢」をどう処理するのか、あるいはしないのか。まず望みたいのは、軽々に発言をしないこと。まるで軽石の如くの言動が、この「奈良女」にもしばしば見られます。「言霊」の咲き乱れる国の末裔ですから、くれぐれも慎重に。あまり右側(ライト)ばかりを気にされると、政治は著しく歪みます。もともと「リベラル」のDNAも持っておられるのですから、その体質を偽らないことが大事じゃないですか。加えて、「歴史との対話」を怠らないことですね。「歴史とは過去との対話(History is a dialogue with the past.)」だと高名な歴史家は述べられたことがあります。古代との対話も面白そうですが、そんな時間の余裕もないほどにこの劣島は、それこそ内部状況に起因した「存立危機事態」に陥っています。好戦的であるのを許されたのは、「総理」の椅子を勝ち取るまでの話、これからは「全方位」に配慮して政治に当たられることを希(こいねが)いますね。

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 しばしば「誰々の衣鉢を受ける」、あるいは「衣鉢相伝」と言われます。この「衣鉢(いはつ)」は「1 僧侶が身にまとう三衣(さんえ)(3種の袈裟(けさ))と一つの鉢。えはつ。えはち。2 禅宗で、法を伝える証拠として授ける袈裟と鉢。また、禅僧が師と仰ぐ僧から伝えられる奥義。えはつ。えはち。3 広く宗教・学問・芸術などで、師から弟子に授けられる奥義。えはつ。えはち。「—を継ぐ」 [補説] 2は、禅宗の始祖達磨(だるま)が弟子の慧可(えか)に正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)を伝授したとき、伝法の証として袈裟および施しを受けるための鉄鉢を授けたとの故事に由来する」(デジタル大辞泉)と言われてきました。

 彼女の師は A 元首相であることは周知の事実。「師から弟子に授けられる奥義」とは、「嘘をつき通せ」「強引に自説を貫け」「虚勢を張り通せ」だとでも考えられているのかどうか。「嘘も大概にしな」だし、「強がりはよせ」と言うことを忘れられませんように。国内問題が山積している砌(みぎり)、だから、そこから逃げるようなハシタナイ「言動」は慎んでください。また、靖国神社参拝は継続されるべし。ことは「赤心(真情・実意)」の問題です。参拝・参詣の心が紛れもなく「赤心」であるなら、「赤心、岩(中国の壁)をも通す」でしょう。だが、尊崇措く能わざる存在である「天皇」が長く靖国参拝を辞されている理由をどのようにお考えか、それも踏まえての「参拝」なら、それはそれ、です。そこの判断も、内外に明らかにされたら如何でしょう。「国辱総理大臣」という決定的な特質は、故元総理とそっくりだという意味で、この首相が辞任しない限り、この国の不幸の果てる時が近いということになるのか、不幸がそのままで国破れるの端緒となるのかどうか。

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 (以下の半田滋氏の論評、なかなかに要を得て簡だと思いましたので、参考までに。「就任前、高市氏は先の大戦への痛切な反省とお詫びの言葉を盛り込んだ『村山談話』の廃止を明言。靖国神社への参拝も欠かさなかった。また中国が核心的利益とする台湾への接近も続けた。高市氏の歴史認識と台湾問題への警戒は、過去のどの首相に対してよりも強い」という、半田さんの高市評です。その首相が「言揚げ」せざるを得ないのはなぜか、それをぼくたちは忘れないことが大事です。ぼくは半田氏が東京新聞で軍事問題の専門家として活躍中からの読者でした。はっきりした証拠に基づく、明快な立論には感服したことしばしばでした)

〈エキスパートEye〉 高市早苗首相は、自身の発する言葉の重みを理解していない。一議員が私見を述べるのと国を代表する首相が国会で答弁するのとでは天と地ほども重みが違う。
 高市氏は、昨年9月の自民党総裁選で一議員の立場で「台湾有事は日本有事。これは間違いない」「台湾と与那国の距離約110キロに他国戦艦が展開する、これは日本にとっても有事だ」と述べた。安全保障関連法の中身を理解せず、軍事常識にも欠ける噴飯ものの見解だったと指摘せざるを得ない。/日本政府が「国家」と認めていない台湾が有事に巻き込まれたとして、なぜそれが日本有事に発展するのか。ただし、政府が「密接な関係にある他国」とする米国が参戦すれば、話は別だ。存立危機事態を認定して日本が参戦すれば、日本有事に発展する。/与那国島が台湾と距離的に近いことをもって日本有事になるとの主張はおかしい。中国軍の艦艇が日本近海に展開するのは日常茶飯事であり、接近をもって日本有事とは乱暴にすぎる。また首相になっても言い続ける「戦艦」ってなんだ。1991年の湾岸戦争に米軍の戦艦「ミズーリ」が参戦したのが実戦参加の最後で、世界各国の海軍から戦艦が消えて久しい。
 中国は習近平国家主席になって初めて、高市氏の首相就任に祝電を送らなかった。就任前、高市氏は先の大戦への痛切な反省とお詫びの言葉を盛り込んだ「村山談話」の廃止を明言。靖国神社への参拝も欠かさなかった。また中国が核心的利益とする台湾への接近も続けた。高市氏の歴史認識と台湾問題への警戒は、過去のどの首相に対してよりも強い。
 その高市氏が「台湾有事は日本の存立危機事態」と国会で答弁し、撤回しないのだから日中関係の悪化は火を見るより明らかだ。先人たちの労苦は一瞬で吹き飛んだ。(沖縄タイムス・2025/11/11)
(半田滋 防衛ジャーナリスト1955年、栃木県宇都宮市生まれ。防衛ジャーナリスト。元東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。法政大学兼任講師。自衛隊や国防に関する取材で平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)などを受賞。著書に『「戦地」派遣 変わる自衛隊』『自衛隊vs北朝鮮』(新潮新書)など多数の著書がある)

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「誹謗中傷」「デマ」「偽情報」云々

 昨日は思いがけず、柳田國男さんに関して、ぼくの読書体験にまつわる「逸話」みたいなものを書いてしまいました。柳田民俗学の淵源と言うか、嚆矢(こうし)とまで讃えられている、十四歳の柳田少年の「ある神秘の暗示」について触れました。同じ経験が、間をおいて書かれた二つの文章によって遺されているが、最初の文は研究者によって黙認はされても、結果としては無視されて、「故郷七十年」の方ばかりが、その後の柳田ファンによって、それこそ後生大事にされてきたのは、ちょっとおかしいね、と横やりを入れたかったようなぼくの「読書体験談」でした。柳田研究の大家(たいか)たちは、この事実を、知りつつ放置していることにぼくは大いなる違和感を抱いたまでのこと、そんな「小さなこと」は、柳田さんの残された業績の方々(ほうぼう)にあるけれども、誰も問題にしないで、「民俗学の開祖」とまで誉めそやすまでに評価は定まっているのです。だとするなら、柳田さんも迷惑をこうむっているのかもしれません。

 本日の熊日新聞のコラム「新生面」には「噂の真相」というテーマでなかなかに問題を含む記事が出ていました。「噂の真相」と言えば、最近、ぼくは本家本元を名乗っていた岡留安則氏の『噂の眞相』に関係する何冊かの著書の再読に及んだところです。そして、その結果、多くのことを考えさせられています。きわめて不真面目な雑誌、危ない雑誌と見られていた「噂の眞相」でしたが、今から見てもなかなかに骨のある姿勢で「極めつけの問題事件・情報」を扱っていたとぼくなどは感心します。それがために岡留さんは命を狙われたり、暴力を振るわれ、重傷を負うなど、文字通り「決死の形相」で「悪戦苦闘」しながらの、雑誌発行の25年間だったとつくづく思われてきます。メディアが堕落の限りを尽くしている現状を見て、いったい、誰が無際限に出てくる根も葉もなさそうな「噂」の真相を暴いてくれるのかと、いまさらにして、第二の「岡留安則」を待望する所以です。

◎ 噂の真相= 岡留安則(おかどめ・やすのり)さんにより1979年に創刊された、スキャンダルやゴシップを扱う月刊誌。対象は政官界や文壇、芸能界、皇室と幅広く、多くの筆禍事件を招いた。「グリコ・森永事件」を巡り、84年に警察とマスコミの間で結ばれていた報道協定を暴露したほか、99年には東京高検検事長(当時)の女性問題を報じ、辞任に追い込んだ。2004年に休刊。岡留さんは今年(2019)1月、肺がんのため那覇市内の病院で死去した。(共同通信ニュース用語解説)

 「新生面」を読んでいて、少し気になったのは「噂」という言葉の理解の仕方です。噂とは「そこにいない人を話題にしてあれこれ話すこと。また、その話」(デジタル大辞泉)、それが第一義でしょう。それもたった一人か二人でではなく、たくさんの人が集まって話すことに決まっていました。井戸端会議などはその典型でしょうか。そこから「世間で言いふらされている明確でない話。風評」(同前)が大きく育ってきます。噂の真相をたどれば、他愛ない世間話が元だったということでしょうし、でもそれに「火のない所に煙は立たぬ」という瑣事(熾火)が合わされば、立派な「風評(rumor・gossip)」が出来上がる。「人間は信じやすい。詐欺を警戒していても、交流サイト(SNS)などで顔が見えると特に、無条件で」と書かれています。一面の真理かもしれませんが、ぼくのように「信じにくい(疑い深い)」人間もたくさんいる。「騙されやすい」と言うのは、しかし、「騙す」つもりも「騙される」つもりもない場合に、時として生まれ出る、ある種の喜劇であり悲劇ではないでしょうか。

 噂の元は取りとめもない会話だったりするのは、銀行の取り付け騒ぎに見られる現象・現実でしょう。でも、その「(取りとめのない)噂」の種を蒔(ま)く人間がいるとしたらどうでしょう。「厄介なことに、ネット社会のそんな傾向を熟知して意図的に“偽情報”をばらまこうとたくらむやからもいる」、これは時には犯罪にもなるほどの反社会的行為だというべきです。「信金は(強盗などがあると)危ないよ」が「(経営が)危ないらしい」に行くまでには、どこかに下地があるはずで、それが「火のない所に煙は立たぬ」でしょう。「噂(うわさ)」ではなく、「噂の真相」を追求することこそ、なされるべき大事な仕事ではないでしょうか。

【新生面】噂の真相 根も葉もないうわさと言うけれど、ないはずの根と葉を追いかけておおもとにたどり着いた例がある。一つが愛知県の豊川信用金庫で1973年に起きた取り付け騒ぎである▼始まりは信金に就職が決まった女子高生と友人の会話。「信金は(強盗などがあると)危ないよ」というたわいない冗談が、いつしか「(経営が)危ないらしい」「危ないよ」の誤情報に化け、数十億円の預金が流出する騒動になった▼2003年の佐賀銀行では預金の一時的な流出が約500億円に上った。こちらも「危ないかも」の電話を信じた人が「つぶれるそうです」と善意のメールを発信。瞬く間に拡散して各店舗に行列ができた▼人間は信じやすい。詐欺を警戒していても、交流サイト(SNS)などで顔が見えると特に、無条件で。厄介なことに、ネット社会のそんな傾向を熟知して意図的に“偽情報”をばらまこうとたくらむやからもいる▼兵庫県警が名誉毀損[きそん]の疑いで逮捕した政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志容疑者の場合はどうか。1月に亡くなった元兵庫県議について、立花氏は犯罪の嫌疑がかけられていると繰り返し発信した。県警は事実無根で真実相当性がないとして逮捕したが、ことの本質は名誉毀損という犯罪行為でくくれるほど単純ではない▼善意からだとしても、立花氏の発信を無数の同調者が信じた。社会には、有形無形の圧力と深刻な分断が生まれた。その影響の大きさと重さは、一体誰が引き受けるべきなのだろうか。(熊本日日新聞・2025/11/11)

 「兵庫県警が名誉毀損[きそん]の疑いで逮捕した政治団体『NHKから国民を守る党』党首の立花孝志容疑者の場合はどうか」と疑問を投げかけています。つまりは「火のないところに煙は立たない」のが道理なんですが、「火の気」を弄んで煙を立てようとするのだから、始末に悪い。どうでもいいことですけれど、ぼくは、どうしてだか、「立花某」をかなり早くから知っていました。船橋市議や葛飾区議になる段階より前から。週刊文春誌上で「NHKの不正経理を内部告発」(2005年)した頃でした。彼はNHKの職員であったのです。この内部告発が発端(藪蛇)になり、自らの不正経理が暴露され、「処分」を受け、それでNHKを依願退職。「NHK受信料不払い」運動を熱心にやっていたころにも、彼の動向は目にしていました。それはともかく、彼は自らが「噂の製造・販売元」という点では、単なる「噂づくり」ではなく、確信犯的に「虚偽情報」を作って、かつばらまいた、それも選挙運動の最中に、でした。それがさまざまに波紋や波及効果をより集めて、何時しか、「立花教」という「反社集団の教祖」になっていたのでした。この「教団成立」の経緯に対して、兵庫県民のかなりの人々の「貢献」には大きなものがありました。

 「嘘が背広を着ている」「誹謗中傷を燃料(ガソリン」にして動く」人間自動車的な振る舞いが、無知蒙昧を通り越したような、遅咲きの選挙愚鈍者である「有権者」を含めた有象無象に支持されたとはいえます。各地の自治体選挙で、本来なら当選もおぼつかない候補者がなんとも簡単に(と見えるのが不思議です)当選する風潮は、社会全体がある種の重篤な「病理」に侵されている証拠でもあるでしょう。偽(にせ)情報が流布され、それがやがて、その「噂」をまともに吹きかけられた当事者が自死するという、何ともやりきれない社会世相の混沌状態にぼくたちは迷い込んでいるようでもあります。

 立花某は「デマゴーグ(demagogue)」であって、大なり小なり、政治家には「デマゴーグ」の要素があるのです。だから、いま求められるのは「噂の真相」を解明し、事の本質を明らかにすること、それこそがもともとはメディアのやるべきことではなかったか、つくづく「岡留安則」的存在の消滅を惜しんでいる。とんでもない候補者が選出(当選)されるには、それなりの理由があります。既存の政治や政治家が、いかに愚劣に見えるようなことしかしていないか、それが長年続いた結果、いかにしても「我が暮らし楽にならざる」、そんな社会情勢に倦み、疲れた多くの民衆の怨嗟が、かかる事態を呼び込んでいるとも思われます。だから、このようなやりきれない事態は、さらに続くと、ぼくは考えている。

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 余話として 柳田國男さん(1875~1962)の「神秘の暗示」が問題にされるとき、ぼくはいつだって「神秘」や「暗示」には鼻もひっかけなかった一人の政治家・思想家を想起している。福沢諭吉(1835~1901)です。柳田さんには、幾分か、あるいは多分にか「神秘主義」「陰謀論」に惹かれる素質があったように思うのですが、一方の福沢さんには、それは薬にしたくもなかったともいえそうです。いわば今風に言えば、合理論者であり、実証主義派だったと思われます。不思議ですね、江戸時代生まれと明治開明期の生まれの二人、ちょうど四十歳の年齢差がありました。福沢さんは大坂堂島にあった中津藩邸で生まれ、柳田さんは兵庫県神崎郡福崎町辻川で生まれました。生まれ育ち(氏より育ち)などと言いますが、福沢さんの父は藩の財政(経理)担当、一方の柳田さんの父は、世間離れした風貌・振る舞いを多分に持していた「神主」でした。参考までに「合理主義者」の挙措の一端を。以下に引用した「福翁自伝」は、この社会に遺されてきた、数ある自伝作品の「白眉」と呼んでも間違いないくらいに、すぐれた文学作品だと思います。それにしても、痛快すぎますね。

稲荷様の神体を見る ソレカラ一つも二つも年を取れば自から度胸も好くなったと見えて、年寄などの話にする神罰冥罰なんと云うことは大嘘だと独り自から信じ切て、今度は一つ稲荷様を見て遣ろうと云う野心を起して、私の養子になって居た叔父様の家の稲荷の社の中には何が這入って居るか知らぬと明けて見たら、石が這入て居るから、その石を打擲って仕舞って代りの石を拾うて入れて置き、又隣家の下村と云う屋敷の稲荷様を明けて見れば、神体は何か木の札で、之も取って棄てゝ仕舞い平気な顔して居ると、間まもなく初午になって、幟を立てたり大鼓を叩いたり御神酒を上げてワイワイして居るから、私は可笑しい。「馬鹿め、乃公(おれ)の入れて置いた石に御神酒を上げて拝んでるとは面白いと、独り嬉しがって居たと云うような訳で、幼少の時から神様が怖いだの仏様が有難いだの云うことは一寸(ちょ)ともない。卜筮呪詛一切不信仰で、狐狸が付くと云うようなことは初めから馬鹿にして少しも信じない。(「福翁自伝」「福澤諭吉著作集 第12巻)2003(平成15)年初版)

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この書のごときは陳勝呉広のみ

【いばらき春秋】危うく異界に引きずり込まれるところだった。利根町の長兄宅で13歳から約3年間暮らした民俗学者・柳田国男だ▼ある日、柳田少年は小さな祠(ほこら)の戸をこっそり開き、中にあった美しい石の球を眺めていた。すると妙な気分に襲われ、真っ昼間の青空に数十の星が見えた。その後ヒヨドリの鳴き声で正気に戻ったが、「もし、あの時ヒヨドリが鳴かなかったら…」と後に利根町時代の神秘体験を振り返っている▼そんな異界への扉は至る所にあり、特に夕暮れ時は「逢魔(おうま)が時」とも呼ばれ魔物と出くわす時間帯と恐れられた。柳田の調査では、多くの村でかつては夕闇に見知らぬ人と出くわすと相手が魔物でないか確認の声がけをするのが習い。黄昏(たそがれ)という言葉も元々「誰(た)そ彼」から来ているという▼〈黄昏に途(みち)を行く者が互いに声を掛けるのは…自分が化け物でないことを証明する鑑札も同然〉と、柳田は著書「妖怪談義」に書いている▼黄昏が魔の時間帯なのは現代も変わらない。警察庁の統計分析では交通死亡事故は一日のうちでも日没の前後1時間に多発。そうした薄暮の事故は特に10~12月に増えるという▼初冬の逢魔が時、ドライバーは〝路上の魔物〟と化さないためにも早めのライト点灯を心がけたい。(敏)(茨城新聞・2025/11/09)

 もう三十年の昔になるでしょうか、ぼくは柳田國男さんについて、一冊の本を書きました。「柳田國男の明治時代」というタイトルだったと思う。間違っているかもしれません。ぼくは三十代のはじめから柳田さんに魅了されました。それ以来、三十年に及んで柳田さんを読んできました。当初の予定では「柳田國男の大正時代」「柳田国男の昭和時代」といったシリーズものを書く予定でしたが、忙しさにかまけたことと他に関心が移ったことで、とうとう書かずじまいになりました。茨城新聞の【いばらき春秋】に柳田さんの「ある神秘な暗示」の出来事が書かれていました。とても懐かしくなって、立ち止まったという次第です。この「暗示」がよく読まれるようになったのは「故郷七十年」という神戸新聞連載記事(1958年1月9日~9月14日)が、同新聞社の「のじぎく文庫」の一冊になって刊行されたからでした。

 ある神秘な暗示

 布川にいた二カ年間の話は、馬鹿馬鹿しいということさえかまわなければいくらでもある。何かにちょっと書いたが、こんな出来事もあった。小川家のいちばん奥の方に少し綺麗な土蔵が建てられており、その前に二十坪ばかりの平地があって、二、三本の木があり、その下に小さな石の祠(ほこら)の新しいのがあった。聞いてみると、小川という家はそのころ三代目で、初代のお爺さんは茨城の水戸の方から移住して来た偉いお医者さんであった。その人のお母さんになる老媼を祀ったのがこの石の祠だという話で、つまりお祖母さんを屋敷の神様として祀ってあった。
 この祠の中がどうなっているのか、いたずらだった十四歳の私は、一度石の扉をあけてみたいと思っていた。たしか春の日だったと思う。人に見つかれば叱られるので、誰もいない時、恐る恐るそれをあけてみた。そしたら一握りくらいの大きさの、じつに綺麗な蝋石の珠が一つおさまっていた。その珠をことんとはめ込むように石が彫ってあった。後で聞いて判ったのだが、そのおばあさんが、どういうわけか、中風で寝てからその珠をしょっちゅう撫でまわしておったそうだ。それで後に、このおばあさんを記念するのには、この珠がいちばんいいといって、孫に当る人がその祠の中に収めたのだとか。そのころとしてはずいぶん新しい考え方であった。
 その美しい珠をそうっと覗いたとき、フーッと興奮してしまって、何ともいえない妙な気持になって、どうしてそうしたのか今でもわからないが、私はしゃがんだまま、よく晴れた青い空を見上げたのだった。するとお星様が見えるのだ。今も鮮やかに覚えているが、じつに澄み切った青い空で、そこにたしかに数十の星を見たのである。昼間見えないはずだがと思って、子供心にいろいろ考えてみた。そのころ少しばかり天文のことを知っていたので、今ごろ見えるとしたら自分らの知っている星じゃないんだから、別にさがしまわる必要はないという心持を取り戻した。
 今考えてみても、あれはたしかに、異常心理だったと思う。だれもいない所で、御幣か鏡が入っているんだろうと思ってあけたところ、そんなきれいな珠があったので、非常に強く感動したものらしい。そんなぼんやりした気分になっているその時に、突然高い空で鵯(ひよどり)がピーッと鳴いて通った。そうしたらその拍子に身がギュッと引きしまって、初めて人心地がついたのだった。あの時に鵯が鳴かなかったら、私はあのまま気が変になっていたんじゃないかと思うのである。
 両親が郷里から布川へ来るまでは、子供の癖に一際違った境遇におかれていたが、あんな風で長くいてはいけなかったかも知れない。幸いにして私はその後実際生活の苦労をしたので救われた。
 それから両親、長兄夫婦と、家が複雑になったので面倒になり、私だけ先に東京に出た。明治二十四年かと思うが、二番目の兄が大学の助手兼開業医になっていたので、それを頼って上京した。そしてまた違った境遇を経たので、布川で経験した異常心理を忘れることができた。
 年をとってから振り返ってみると、郷里の親に手紙を書いていなければならなかったような二カ年間が危かったような気がする。(「故郷七十年」のじぎく文庫・1959(昭和34)年11月20日)

 茨城県布川(ふかわ)時代、十四歳の柳田少年に生じたこの「事件」について、ぼくはある時期、小さな原稿を書き、そこで「柳田さん、それはちがいませんか」という趣旨の異論を提示したことがあります。柳田さんは、この「神秘体験」を早い段階で著述されていました(「何かにちょっと書いたが…」)。そこにはほぼ同じような成り行きが書かれています。しかし、「私はしゃがんだまま、よく晴れた青い空を見上げ」なかったし、だから「昼間みえないはずの数十の星」は、もちろん出ていなかったし、「突然高い空で鵯(ひよどり)がピーッと鳴いて」通らなかったと書いてありました。恐らく、この社会では柳田研究者や柳田民俗学ファンは無数にいるでしょうが、この「布川の神秘体験」が、あるいは「文学(肝心な部分は虚構)」だったかもしれないと書いた(指摘した)のはぼくだけだったかもしれません。自慢するのでも、研究者にいちゃもんをつけるのでもなく、言ってみれば「柳田民俗学」は文学作品的傾斜が含まれているのではありませんかという気分だった。若い頃の柳田さんは「新体詩」の注目の星でした。田山花袋や島崎藤村らと熱心に交流し、「惚れた腫れたの恋物語」を詩情豊かに謳(詠)われていた。いわゆる「本邦自然主義文学の開化期」に当たっていたでしょうか。(後年の「全集」ではその若気の至りに舞い上がっていた「恋愛詩」は、著者その人によって退けられた)

 ここで何かを言いたいのではありません。「事実は小説より奇なり」ということが一面の真理を含むものなら、柳田少年の兵庫県辻川時代、故郷出奔(布川)時代、東京(定住)時代の遺された、貴重な記録の幾分かにも「フィクション」があるだろうという思いが萌して、ぼくは柳田民俗学から離れました。つまり、世間で下される柳田評価に異議を見出したということだったかもしれない。もちろん、ぼくの単なる個人的好みの問題でしかありません。それだけのことで、柳田さんの業績に何かを仕掛ける意図はサラサラなかった。彼の仕事は、今なお「燦然と輝いている」ことに変わりはないのです。「いささか文句が言いたいなあ」というほどの気分でしたね。ある時期の同行者だった折口信夫(おりぐちしのぶ)さんは、若い頃、柳田さん主宰の雑誌に論考を送った。当初、柳田さんは「折口」と言う筆者が、実は世に隠れた「泰斗(たいと)(ある分野の最高の権威者)」だと思ったらしい。珍しい名前(ペンネーム?)といい、書かれている鋭い内容といい、すっかり柳田さんは勘違いされた。その後、直接会って、そのあまりの若さに驚くが、その後、民間伝承の捉え方や解釈(理解)の違いも生じて、なぜだか折口さんは柳田さん(一門)から心ない仕打ちを受けたと、折口さん自身で語られたことがありました。

 (柳田氏には、優等(貴族)趣味(主義)というか、抑圧的姿勢がしばしば見られました。ぼくが印象深く記憶している一件があります。やはり民俗学徒だった岡茂雄さん。彼は「岡書店」という出版社も経営して、この領域の文化を高からしめようとしていた。岡さんと柳田さんは旧知の間柄だったが、その関係はやや込み入っていた時期もあった。それを知っていた海洋関係の民俗学の研究者でもあり後援者でもあった渋沢栄三さんは一計を案じて、自宅の食事会に両者を招いて、修復を測ったらしい。柳田さんは、食事会の終わった後だったかに「なぜこの場に、『本屋風情』などを招いたのか」と怒り・不満を隠さなかった。後年、岡さんが一著を公刊した時に、題名に「本屋風情」と、なかなかしたたかなところを示したのでした。これは、ぼくの愛読書でもあります。

 「本屋風情とはいかにも柳田先生持ち前の姿勢そのままの表現であり、いうまでもなく、蔑辞として口走られたのであるが、…。私はこの四文字に愛着さえ持つようになって、…。いわば柳田先生から拝領した記念すべき表題ということになろうか」と認めています。岡さんについても、稿を改めて書きたいことがありますね。南方熊楠の存在を世間に知らしめたのは岡さんの慧眼があったからこそ。「ソシュールの一般言語学講義」(小林英夫訳)を最初に出したのも岡書店。弟も民俗学者だった岡正雄さん。ぼくにとっても、とても懐かしい人たちです。

 ぼくが「山の人生」に出会ったのは大学2年生だったか。岩波文庫(「遠野物語」と合冊)でした。午後の授業に出かけたら、授業は休講だった。だだっ広い階段教室の後方に座って、文庫本を取り出し、「山の人生」を読みだした。かなり時間が過ぎていたのでしょう、ふと教室の外を見たら、もう暗くなりかけていました。面倒を厭わずに少し引用しておきます。若いぼくは、この部分にある種の恐怖(畏れ)を感じたからでした。柳田さん流に言うなら、文中の置かれた「山に埋もれたる人生あること」を読んだことは、ぼく自身の「神秘の暗示」だったかもしれませんでした。以下に書かれている「記録」と瓜二つ(かどうか、やや疑問です)の記録が別のところに起った事件として残されているのです。柳田さんは法務官僚として、特赦・恩赦に関する記録を読み、それを許認可(上申)することを業務とされていたことがありました。二つの記録を並べれば一目瞭然、柳田版は、かなり脚色された嫌いがありました。

 山に埋もれたる人生あること

 今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃(みの)の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞(まさかり)で斫(き)り殺したことがあった。
 女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰(もら)ってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里(さと)へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手(からて)で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。
 眼がさめて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻しきりに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧(おの)を磨(と)いでいた。阿爺(おとう)、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向(あおむけ)に寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落してしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕えられて牢(ろう)に入れられた。
 この親爺(おやじ)がもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまた分らなくなってしまった。私は仔細(しさい)あってただ一度、この一件書類を読んで見たことがあるが、今はすでにあの偉大なる人間苦の記録も、どこかの長持(ながもち)の底で蝕(むしば)み朽ちつつあるであろう。(「遠野物語 山の人生」岩波文庫)

 つまらぬこととを書き連ねていますが、もう一つだけ。「遠野物語」は、柳田さんの住まい近く(新宿区神楽坂)に住んでいた佐々木喜善(当時、東京専門学校に通っていたのだったか、この辺りのぼくの記憶は曖昧朦朧としている)と言う青年が出身地の岩手県遠野に遺された、たくさんの「民間伝承」を柳田さんに語ったことが、柳田さんの手で記録され、出版されたものでした。以下の「序文」に当たる部分も、なかなかの「圧巻」を予想させるものです。「これを語りて平地人を戦慄せしめよ」「この書のごときは陳勝呉広のみ」と、いわば「民俗学」事始めの、世に対する戦闘開始の狼煙のような勢いがありました。この「書き出し」で、よく問題にされる・されるべきところは「鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり」で、なんとも不思議な書きぶりだと、ぼくは不審に思ったことでした。「一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり」とあります。ここにも柳田さんの「虚構・文学」的要素が入っていないでしょうか。そう思って再読すると、「山の人生」にも異論・異本が出てきそうな気がしたのは事実です。この本の冒頭に「この書を外国に在る人々に呈す」とあります。文字通りに「外国の人」と取るのか、「外国にいる邦人」と取るのか、いずれにしても十分なる成果を確信した柳田さんの「民俗学創造宣言」だったと、ぼくには受け取られました。柳田さんはまだ四十前の、記念詞(書)でした。

この話はすべて遠野(とおの)の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨(さく)明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおり訪たずね来(きた)りこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手(はなしじょうず)にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減(かげん)せず感じたるままを書きたり。思うに遠野郷(ごう)にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広(ちんしょうごこう)のみ。(「遠野物語・山の人生」岩波文庫)

 (註 「《陳勝・呉広はともに、秦に対する反乱の兵を最初に起こした人であるところから》物事のさきがけをすること。また、その人。首唱者。陳呉。)(デジタル大辞泉)

(ヘッダー写真:「柳田國男記念公苑は、國男が少年時代を過ごした旧小川家の母屋、土蔵(資料館)で構成されており、著作物や文書等を展示しています」観光いばらきhttps://www.ibarakiguide.jp/spot.php?mode=detail&code=1144

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 寒い朝、久しぶりに柳田さんにお会いした気がしました。民俗学(folklore)は、今では「文化人類学(cultural anthropology)」と名称を新たにして、人類史の多彩多様な歩みを記録し出しています。若いころには無鉄砲にさまざまな文献を渉猟しましたが、中でも柳田さんからは抜きがたい影響のようなものを受けたことを白状します。柳田さんの見通しでは、先ず各国(個別)文化人類学から始めて、やがては「世界文化人類学(歴史)」に至る(至りたい)、そのような壮図・壮途を描かれていたと思います。書けばきりがありませんが、まあ、人類史の再編、それがあらゆる場面で生じているということでしょうか。機会と気力があれば、外国の人も含めて、人類史の到達点というようなことを考えてみたいですね。(左写真は「野性の思考」のクロード・レヴィ=ストロース)

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「徒然に日乗」(906~912)

〇2025/11/09(日)午前中に買い物に、茂原まで。雨の日曜日だったが、スーパーはかなり混んでいた。あれこれ、必要なものを買って、帰宅。▶夜になって、久しぶりにT君に電話。いろいろな御苦労もあったかと思われる、この間だった。3月頃に一度電話をして以来だったが、元気そうだったので、一安心。学校現場には時とともに教育行為を阻害するさまざまな要件が重ねられてきたことを痛切に感じている。T君の職場は旧国立大学付属学校だが、そこにも例外にならないほどの、共通の面倒な課題が認められると思う。▶午前の早い段階で、兵庫県警がN党党首を逮捕(午前4時前)したという報道がなされた。故元兵庫県議会議員に対する名誉棄損の容疑だった。このような犯罪を犯す党首の「反社会的カルト集団」と連立を組むという、この国の政権担当政党や政治家は、確実に狂っている。(912)

〇2025/11/08(土)ただ今午後9時30分。室温16.2℃、湿度62%。かなり寒い陽気の日だった。関東地方全体にわたっても最高温度が20℃を下回る時節に映っている。この後しばらく天気は晴天が続くとの予報だが、20℃を超える日は極めてまれになりつつある。▶昼前に買い物。茂原まで。▶アメリカでは、ニューヨーク州の市長に移民のゾーラン・マンダニ(Zohran Mamdani)氏が選出された(11月6日)。ムスリム(イスラム教徒)で、年齢は34歳と飛び切り若い。物価高騰に苦しむ市民の期待を一身に集めた格好だし、トランプに対して堂々と立ち向かう姿勢(カウンター)が受け入れられたのだろうか。他に、2州では知事選が行われ、2州ともに民主党の知事が当選した。トランプの先行きに赤信号がともっている。(911)

〇2025/11/07(金)一日晴天が続いた。外作業には都合のいい日和だった。かなり溜まっていた燃やせるごみを焼却した。刈払い機の調子がおかしく、部品交換に手間取っているので、今日は少しばかり草刈りをした。以前のように「鎌」を使っての作業だ。手間や暇は、比較を絶してかかるが、気分的には器械を使ってするよりも手ごたえを感じる。ここしばらくは気温の高さを気にしないで外作業が可能になるので、ゆっくりと、気長に手作業を進めたいと思っている。▶日本の株価の急騰と急降下が気になるところ。新内閣発足前後から急騰し、あっという間に5万円を超えたが、このところ一進一退を繰り返し、加えて「利上げ」を先送りし、「円安」を放置している経済・財政運営の工夫のなさが、かなり経済危機的な様相を迎えそう。数年前のイギリス・トラス首相登場の時とよく似ている(債務超過)と思う。(910)

〇2025/11/06(木)雨が降るような降らないような、はっきりしない天気だった。気温はさほど上昇せず、時には寒さが感じられた。▶自分の使っている車を出して、先ずGSへ。どうも、長い間丁寧に乗らなかったものだから、タイヤの空気圧が低くなっているのが感じられたので、それを点検するため。案の定大いに空気が抜けていたようで、せっかく新品に交換したタイヤにも、車体の重さもあって、タイヤにひび割れが入っているのが見られた。来年の車検まで持つだろうかと気にはなるところ。▶その足で、何時ものアスモと言うSCへ行き、いつも通りの商品を購入。牛乳は、もっぱら猫の飲み物として、一日に一本(1リットル)超を飲む。つねに買い物の際には2本。さらに食パンも。というわけで、ほぼいつも同じような商品がかごに入ることになる。酒を飲まなくなってから、食べ物の趣向は大いに変わったと思う。まあ、簡単に少量を、ということ。▶ただ今午後10時。室温18.1℃、湿度69%。(909)

〇2025/11/05(水)ただ今午後8時半。室温16.8℃、湿度66%。▶昼前に買い物で茂原まで。物価高騰は鎮静の兆しはまったく見えず。「インフレ増税」が留まる気配はないのだ。政治動向を含めて、この国のメディアの方向感覚喪失は目も当てられないほどの酷さ。この先が、どうなるのか見当もつかないようだが、政治の混沌・混乱が続くことだけは確か。さらに加えて、連立相手の維新の代表議員に「公金還流」疑惑が勃発。しんぶん赤旗のスクープ。赤旗は新聞にあらずと、還流疑惑議員は一刀両断の如しだが、真相を掴まれたからの「逆切れ」状態だと思う。「日本維新の会の藤田文武共同代表は5日の党会合で、自身の『公金還流』疑惑を報じた共産党機関紙『しんぶん赤旗日曜版』に関し、『報道機関ではない。共産党の主張だ』と指摘した。『われわれの返答も恣意(しい)的に書く。記事ではなく主張だから、対抗していきたい』と語った」(JIJI.com)「降参している」ような、鼬(いたち)の最後っ屁みたいな「悪態」ではないか。自民党の裏金問題はしんぶん赤旗の独占記事に寄ったもの、それを知っているから、こういう姿勢態度をとらざるを得なかったのだと思う。「初動発言」の大間違いを犯している。「連立政権」の先行が思い遣られるというべきか、先が思いやられるのではなく、先がまったくないとも感じられる。 国滅びて、さて何が残るのか。(908)

〇2025/11/04(火)午前中8時過ぎに浄化槽の掃除作業。年に一度、専門業者が来て「浄化槽の掃除」をすることになっている。当地に移住してすぐに合併浄化槽を設置した。行政が、いわば住民にレンタルする仕組みで、毎月、使用料金(2千円程度)を払い、年に3~4回「点検・検査」を行うことになっている。本日は年一回の浄化槽内の掃除の日。もう10回はしただろうか。設置してあるのは「合併槽で、」生活排水とトイレ・風呂などが一緒に流れ込む方式。山の中で、このような浄化槽を設置している家は少ないそうだ。▶昼前に茂原まで買い物。相変わらず、それほどの買い物をしたわけでもないのに、7千円弱。驚異的な物価高騰状態が続いているのは、政治的意図が働いていると勘繰ってしまう。この物価騰貴が始まって3年程度だろうか。その間の「消費税の増税分」は数兆円にはなるのではないか。詳しく調べるのも腹が立つので、今のところはおおよその見当。この先も沈静化政策を採用しないのが政府の方針のようだから、まるで死活問題だ。あるニュースでニューヨーク市民の話が出ていた。「商品を3点ばかり買って、9千円」ということだった。物価高だけがニューヨーク並みになるなど、誰が嬉しがるのか。そのNYに新しい市長が誕生するか。(907)

〇2025/11/03(月)お昼前に猫の缶詰購入のためにあすみが丘へ。いつもの商品はやはり品数がそろっていなかった。普段の半分ほどの種類しかなかったが、その理由がよく分からない。店の都合か、メーカーの都合か。先日行った別の店では「陳列棚の(場所確保の)問題」だと言っていたから、あまり売れない商品は置かないようにしているのかどうか。直接メーカーに尋ねようとしたが、本日は「文化の日」で(休日)休業だった。明日にでも問い合わせるつもり。終日曇天が続く。ただ今午後5時。室温19℃、湿度54%。11月に入ってから台風発生、今の段階では劣島への影響はなさそう。(906)

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「憐憫・惻隠・不愍・忠恕」などなど

◎ 週の初めに愚考する(九拾肆)~ 天気予報通りに、朝5時半時過ぎから、かなり強い勢いで雨が降り出しました。パソコンを使っている室内は気温が15℃、湿度は63%です。肌寒さを感じるほどで、油断すると風邪を引きそうです。いつも通りに早く起きて、猫たちに食事を与え、外にいる猫にも与え、さてこれからと各紙の「コラム」を読みだしているのです。よほどのニュースでもない限り、何時も各紙のコラムを順繰りに読んでいきます。まったく、興が湧かない日もあれば、どういう風の吹き回しか、いくつも読み応えのあるコラムに出会うこともあります。本日はまさに、そんな日でしたね。だから「雨が降ってきた」ということでしょうか。

 (朝5時に、当日の「コラム」が揚げられている新聞は、せいぜいが一紙か二紙。いろいろと「お家の事情」もあるのでしょう。それにしてもフットワークが重いですね、。各社はネット時代の「とばくち」にも立っていないと思う。加えて、ネットのモニター(画面)には、まったくの無秩序状態そのままに、さまざまな「宣伝・広告」が「神出鬼没」と言うのか、「乱暴狼藉」と言うべきか、出鱈目の限りで出放題・出し放題です。日に日を次いで乱脈・乱雑、実に酷くなっています。「広告・宣伝」カットのアプリもお手上げ。さらに最近ではショート動画などに、AI(sora)を使った偽造動画が溢れ出しています。さりげなく流しているものを含めれば、数限りなく、粗悪品が入り混じっているという出鱈目さです。この「無秩序(disorder/confusion/chaos)」を、いったい誰が責任をもって整理・規制するのでしょうか。このいいかげんな状況が続くようなら、今後、ぼくはパソコンを一切使わないことにしようと決めています)

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 ぼくは自分では「ノンポリ」だと自認はしているのですが、この国の現状政治に不満がありすぎるのか、いやもっと根本には「政治家」に対する嫌悪すら感じているのでしょうか、ほぼ「政治」の話にかかりきりになっている自分に、何とも言えない驚きと共に、強い「嫌悪感」をもってしまいます。昨夜は米国・ニューヨーク市長に34歳のイスラム教徒で移民者のマンダニ氏が選出されたという報道について、どういう事態が生じているのかという関心をもって、現地(から)の報道を見ていました。移民に対する嫌悪・排除の姿勢を隠さない現大統領の扇動に乗って「移民排斥」「人種差別」「アメリカ第一」を主張する向きがアメリカでも主流だとみられて来ましたが、ここにきて、どうも「潮目」が替わった、こんなひどい大統領の為すがままでいいのかどうかという、選挙民の覚醒が今回のアメリカ第一の市長選挙で生じたのだと、そんな意見が多数でした。「新市長」の存在そのものが、明白なアンチ D.T. となっている。アメリカの政治の現状は、まるで中世の「魔女狩り(witch hunt)」ーーもちろんアメリカには「中世」はないのですから、「移民排除」を「魔女狩り」と位置付けることはできないーーそんな時代錯誤の政治風潮が流れていましたが、この「狂った季節」もようやく曲がり角に来たという感慨を、ぼくは持ちました。

 「インド出身の政治学者マフムード・マムダニ教授と映画監督ミラ・ナイル氏を両親に持ち、アフリカのウガンダで生まれ、7歳からニューヨークで育ったマムダニ氏は、民主社会主義者を自称する。選挙戦では、「手が届くこと(affordable)」を中心メッセージに掲げた。そして、高額所得者や企業に新たな税金をかけ、それを原資に社会プログラムを拡充すると公約した。/数カ月前まではほぼ無名のニューヨーク州議会議員だったが、インターネットで選挙運動が盛り上がり、夏の民主党予備選で勝利した。/マムダニ氏の選挙運動は、ドナルド・トランプ大統領を含め、全米から大きな注目を集めてきた。トランプ氏は投票前の数日間、マムダニ氏を共産主義者と呼び、同氏が勝利した場合はニューヨークへの連邦補助金を差し止めると脅した。/トランプ氏は4日夜、共和党候補が敗北したのは連邦政府の一部閉鎖と、自分の名前が投票用紙になかったせいだと、ソーシャルメディアへの投稿で非難した」(BBC NEWS JAPAN・2025/11/05)(https://www.bbc.com/japanese/articles/c4gkwxnvynxo

 翻って、本邦はどうか、と振り返れば、ここはまさに「中世」への逆流現象のような動きが顕著に見られます。それを仮に「バックラッシュ」と評したらどうでしょうか。「1 はね返り。後戻り。揺り戻し。反動。2 政治的・思想的な激しい反発、反感。3 歯車の間のすきま」(デジタル大辞泉)「揺り戻し」とか「反動」という以上は、その「対象」「目標」があるはず。共産主義に対して、いわれなき拒否反応を示す、アメリカ大統領を頭目とする「政治勢力」は「保守反動」と呼ばれます。「共産主義の何が悪い」「社会主義でなぜいけないのか」と言う、まともな自己主張の前で、「保守反動」は何を、どうするのか、そんな問題が起きてきます。「リベラル」に対する「反動」がやたらに目につきますね。「リベラルのどこがアカンちゅうねん」と、言論をもって、腰を据えてま向かう必要があるでしょう。

◎ 「backlash」は「反動」「跳ね返り」や「反発」「反感」という意味の英単語である。ロープなどの物理的な反動だけでなく、政治的・社会的な出来事に対する強い反対も含んでいる。特に近年はSNSの発達やマイノリティの権利向上、人権意識の高まりなどで、後者の意味で使われる場面が増えている。この場合、「reaction(反発)」「counteraction(反動)」「resent(憤慨する)」などに近いニュアンスとなる。機械工学などの分野では「がたつき・きしみ」「緩み・遊び」という意味で使用される。品詞は名詞である。不可算名詞として扱われることが多いが、具体的な事例を説明する場合などは可算名詞として扱われる。(実用日本語表現辞典)

 我が社会でも、「男女共同参画」社会、「性別役割分業」の否定、「LBGTQ」の権利の主張、「ジェンダー制度」の是正、「高齢者世代」へ攻撃との排除、「生活保護受給者」への不寛容などなど、あらゆる方面における「政治的平等」の達成、「格差温存」の廃止や是正などが進めば進むほど、実は「バックラッシュ(反動)」が生じるのでしょう。その反動の立場・政治的主張には十分な根拠がないことがしばしばです。「外国人排除」などはその典型。外国人が増えれば「犯罪」が増加するなどと言うのは、俗耳には入りやすいだけに、容易に政治マターとして主張されやすいともいえます。これらの問題の多くは「人権問題」に数えられますし、そのような「人権擁護」「人権尊重」の態度(姿勢)に、なぜだか、快く思わない人々が腐るほどいるということですが、ぼくにはよく理解できない、そんな人々がまき散らす「無知」が蔓延しているのだと思う。適切な表現ではないでしょうが、「明日は我が身」と想像すらできない人が多すぎるということですね。

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 以下の【日報抄】の記事を読んでください。ぼくはサンドウィッチマンは知っていますが、この「番組」は見たことはない。コラム氏は言われます。「言葉や表情にわざとらしさがない。果てしなく沈んでいきかねない話題にも淡々とユーモアをまぶした言葉で応じ、笑顔を引き出す。見る側は泣きながら笑ってしまう▼言葉の力を思う」と。何でもない言葉が、思わぬ力を示すことがあります。いつも心することです、言葉は人を励ますこともあれば、傷つけることもある。同じ言葉一つ、使い方を誤れば本来の意味を損ねて、聞く人を悲しませ、苦しませもするのです。ぼくはしばしば「君はホットカーペットみたいだ」と言われたことがあります。もちろん過分の言辞だと受け止めましたが、そのような温かさを失わない「ことば」や「態度」で人と交わりなさいよという、ありがたい忠告だったと、今でも思っている。寒ければ寒いほど、「炬燵(こたつ)」や「ホットカーペット」があれば、ありがたいですね。さらに言うなら、「囲炉裏(いろり)の熾火(おきび)」のような柔らかい暖気(warm air)をなくさないようにしたいですね。

【日報抄】不定期放送なので、視聴するのはいつもたまたま。なのに吸い寄せられるように見ている。NHKのテレビ番組「病院ラジオ」は、お笑いコンビのサンドウィッチマンが各地の病院を訪ねる企画だ。闘病している患者やその家族らの話に耳を傾ける▼好感度を測るビデオリサーチ社のイメージ調査男性部門で、このコンビが大谷翔平選手らを抑えて14連覇していることに納得がいく。深刻で切実な事情を抱える人と向き合うときの距離感に敬服する。東日本大震災の被災地でもそうだった▼言葉や表情にわざとらしさがない。果てしなく沈んでいきかねない話題にも淡々とユーモアをまぶした言葉で応じ、笑顔を引き出す。見る側は泣きながら笑ってしまう▼言葉の力を思う。その影響力にたじろいだのは先日、新潟市で開かれた公的扶助研究全国セミナーでのこと。生活保護受給家庭で育った20代女性が、精神疾患のある母親との2人暮らしを語った▼幼少期からあらゆる辛抱を重ねて母を支えてきたという。ある夜、パニック障害で救急搬送された病院に付き添った。そこで言われた。「もっとお母さんの面倒見てあげなよ」。無理解が胸を刺した。自分の存在を否定された気がした▼かといえば、こんな日も。役所で平静を失った母親が大声を出した。職員が女性にささやいた。「大丈夫だよ。みんな分かってるから。大変だったね」。温かかった。「言葉は人を殺しもするし、人を明るく照らして救いもする」。女性はそう語っていた。(新潟日報・2025/11/09)

 深く考えたことはありませんが、なぜかしら何となく好きな言葉がいくつもあります。「惻隠の情(心)」とか「憐憫の情」もそれらの一つです。特に「惻隠の情」については、若い頃に「孟子」に出会って以来、よく考えもしないうちに心にこびりついてしまいました。「中国,儒教の主張の一つ。孟子によれば,人の身体に四つの手足があるように,心のなかにも惻隠(そくいん)(あわれみいたむ心),羞悪(しゆうお)(悪を恥じ憎む心),辞譲(譲りあう心),是非(よしあしを見わける心)の四つが本来的に備わっていて,これら四つの芽生え(四端)を,それぞれ仁,義,礼,智という完全な徳へとたいせつに育てあげねばならないという(《孟子》公孫丑上篇)。朱熹は仁義礼智を〈性〉(本性)とし,〈四端〉とはそれらが〈情〉として外に現れ出た〈緒〉(端緒,いとぐち)だと解釈する(《孟子集注(しつちゆう)》)。…」(世界大百科事典・旧版)

 社会の中から、このような「心」「情」というものが失せるとなると、ひとえに他者との競争に走るほかないでしょう。弱肉強食(law of the jungle)、優劣(quality)をめぐる他者との争闘です。今時の社会に、最も欠けているのが、「熾火(おきび)」のような柔らかい暖かさですね。器械に必要な「グリース(grease)」、つまりは潤滑油のようなものです。いまはこの「熾(お)き」はほとんど見られなくなりました。(おき【燠・熾】 赤くおこった炭火。おきび」デジタル大辞泉)

 (「子曰、「人皆有不忍人之心。先王有不忍人之心、斯有不忍人之政矣。以不忍人之心、行不忍人之政、治天下可運之掌上。所以謂人皆有不忍人之心者、今人乍見孺子將入於井、皆有怵惕惻隱之心。非所以內交於孺子之父母也、非所以要譽於鄉黨朋友也、非惡其聲而然也。由是觀之、無惻隱之心、非人也。無羞惡之心、非人也。無辭讓之心、非人也。無是非之心、非人也。惻隱之心、仁之端也。羞惡之心、義之端也。辭讓之心、禮之端也。是非之心、智之端也。人之有是四端也、猶其有四體也。有是四端而自謂不能者、自賊者也。謂其君不能者、賊其君者也。凡有四端於我者、知皆擴而充之矣、若火之始然、泉之始達。苟能充之、足以保四海。苟不充之、不足以事父母。」「『孟子』35公孫丑上」)

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法螺吹きが鳴らす「犬笛」って?

【斜面】誰でも聞こえる犬笛 犬笛は人に聞こえない高音を出す笛。周囲の邪魔にならず犬を訓練するのに使う。転じて特定の集団のみが意味を理解できる言葉も「犬笛」と呼ぶ。問題なのは、政治家などが中立に見える言葉で真意を隠し、支持者を誘導する行為だ◆始まったのは1960年代の米国とされている。公民権運動で人種差別的な言葉を公にできなくなる中、政治家が巧みに意図を伝える手法として広まった。対立候補の政策をゆがめて黒人優遇策のように思わせて、支持率低下を図った手法などが有名だ◆以来約60年。トランプ米大統領ら政治家が支持者をあおって、敵を攻撃させる犬笛が目に余る。今回も典型か。日本維新の会の藤田文武共同代表だ。公設秘書が代表の会社への税金還流疑惑で、報じた共産党機関紙しんぶん赤旗記者の名刺の画像を反論とともにSNSに公開した◆氏名や職場の住所、電話、ファクスが明瞭だ。藤田氏は「公開情報」とするが、電話などの個人攻撃を誘発する意図は犬笛ならぬ「号令」に近い。個人情報をさらすことで取材を萎縮させ疑惑も曖昧にする。連立与党代表の行動として妥当ではあるまい◆昨年の兵庫県知事選では候補者に根拠なく批判された県議が個人攻撃されて、自殺する事態も。言語哲学者ジェニファー・ソール氏は著作で、政治家は犬笛を指摘されても「否定する」とした上で、対抗措置として、犬笛に気がついた側が問題を訴え続けることを挙げる。忘れずにいたい。(信濃毎日新聞・2025/11/08)

 当の政治家の記者会見(4日)なるものを見ました。どういうつもりで会見を開いたのか、ぼくには「開き直り」「恫喝」「発言(取材)封じ」という、仕返し宣言に聞こえましたし、見えました。つまり、連立与党の一方の代表は「墓穴を掘る(digging one’s own grave)」という勇ましい、けれども演技を間違えた「舞台」を公開したということでした。「犬笛」ならぬ、「負け犬の遠吠え」でしかなかったと思う。自らの公設秘書(公務員)が代表をしている「会社」に、いわば「公金(税金)」を、判明している分でだけで、およそ2千万円超を支出していたというのは、裏金作り(公金流用)ではなかったかという疑いがあるという報道に、ほとんど解明の姿勢がないままに、「赤旗記者は共産党員」、「しんぶん赤旗は機関紙」、「記者の取材は犯罪(不法侵入)に当たる」など、言いたい放題の八つ当たりをした挙句に、疑惑を一層深めるだけの「努力」をされたわけ。「墓穴を掘った」と言う所以です。こんなのが「政治権力」にありついているのですよ、大阪府の有権者さんたちよ。(ヘッダー写真は「維新」:https://youtu.be/T9fZw-5LHmk?si=YqrmijapdsH0g8Ch)(「諸君、狂いたまえ」は吉田松陰の言とされるが、出典不明。松陰は確かに「狂っていた」けれど、だからといって、公党代表が「狂いたまえ」と、自他に「狂人のすゝめ」を命じてどうするんです?)(この「政党ビラ」も、問題の公設秘書氏が代表の「会社」を経由して作られたものだったのでしょうか)

 地方の一政党ではなく、国政を担う「連立政権」の一翼を占める公党の代表にしては、珍しく「押し(ドス)が利いた」出(いで)たちと振る舞いでした。「いでたち」という語には「立身出世」「栄達」という素晴らしい、晴れがましい意味も含まれているんですね。菊池寛だったかは「末は博士か大臣か」という書を遺しましたが、その例えで言うなら、この御仁、教師をしていた経歴もあり、会社経営もされていたというのですから、「末は校長か、大社長か」というところでしたが、あるいは、今や文字通り「大臣・総理大臣」も夢ではないところまで上り詰めた逸材。兄ちゃん、こんなところで「墓穴」を掘っててええんけ。(それにしても、言うこと、為すことが汚いし、セコイよ。国会議員がここまで堕落しきってしまうと、もう手に負えないというか。「叩けば埃(ほこり)が出る」とも、「脛に傷もつ」とも言いますが、これ以上、埃も傷も見たくない、早く身を引いてほしいね、という気になっています)

 ある評論家は、この政党紛(まが)いの、維新集団を「半グレ」と名付けている。連立のもう一方は「やくざ」とも。したがって、くだんの評論家・K氏の説によると、この国の政治は「やくざ」と「半グレ」によって牛耳られていることになります。なさけないけれど、「その通りである」とぼくも納得しますし、それに加えて「反社カルト集団(N党)」と「反社カルト教団(旧統一××)によりかからなければ立ちいかなくなっている政党同士。深刻を通り越して、重篤な病(大和狂う病)に罹患、回復の見込みが立たないというべきか。それはすなわち、この日本の病状でもあります。

 最近、やたらに耳にする「犬笛」という言葉。兵庫県のS知事が、本来の意味を持たせて使っていると、誰にも分るように指摘したのは、おそらくネットメディアの一つであるA.T.の編集長Oさん(元朝日新聞社員)だと思います。兵庫県では現知事が職員の訴えた、知事による「パワハラ問題等」を「公益通報」と認めないどころか、直ちに通報者を探し出したうえで、停職処分にしたことから異常事態は始まりました。(「通報者」だった県職員は、その後に自死された)県知事は「公益通報者保護法」の主旨(理念)を一切認めず、自らの正当性をひたすら主張するだけの姿勢を一貫して取り続けている。その理由は、この知事を熱烈に支持する硬軟両派の応援があるからです。さまざまな機会に知事は事実(真相)の解明を求められながらも、終始それを拒否し、有象無象の支援者に向かって「犬笛(並の人間には聞こえない超音波)」を鳴らし続けてきました。その効果(悪影響)もあってか、すでに何人かの犠牲者(「公益通報者」を含む)が出ています。この知事の姿勢や態度は、思わぬ影響力を持って、劣島の多方面に「犬笛」現象を齎してきました。(紛れもない犯罪者です。この知事も「維新」一派の半グレ、いや全グレですかね)

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◎ いぬ‐ぶえ【犬笛】1 犬などの動物の訓練に用いられる笛。人間の可聴音よりも高い周波数の音を出し、目的の動物だけに聞かせることができる。2 (比喩的に)政治家が、特定の支持層だけに分かる言い回しを用いて、思考や行動を操作すること。「犬笛政治」(デジタル大辞泉)

 「犬笛が発することのできる音の周波数の範囲は、人の可聴範囲を大きく上回っている。概して、犬笛は16,000Hzから22,000Hzの音を出せるが、人の耳は良くて20,000Hzの音まで[1]しか聞き取ることができない。犬笛の中には、発する音の周波数を任意の高さ(音高)に変更できるように、スライド式の調節機構が備わっているものもある。しかしながら人に聞こえる音を出さないように調節すると遠くまで届かず、また障害物や高低差にも弱くなるので、実用になるのは人にも十分聞き取れる程度の周波数域である」(Wikipedia)

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 とするなら、S知事の熱烈支持者は数多の「犬(=兵庫犬)」ということになります。この狭い劣島にはあらゆる種類の「犬たち(「兵庫犬」を筆頭に)」が競合していることになりませんか。政治家一人一人も「自分流の犬笛」を持っているし、あるいはネット番組(YouTube)の主催者のかなりな部分も犬笛・猫笛・豚笛を鳴らしたり、吹いたりしているのが今日の状況。メディアを含めて、さまざまな界隈では、日常的に「犬笛」は吹かれ続けているのでしょう。なんとも煩(うるさ)いし、耳障りでありますね。犬族にしか聞き取れない音波を出すのが「犬笛」とされていますが、今では、誰彼なしに、聞く耳を持たない者にまで「鳴り響く」のですからたまらない。まるで劣島は「騒音公害」圏(地滞)だし、同じように各国・各地で「犬笛」「人笛」が吹かれたり、叩かれたり、それが 21世紀 霜月半ばのリアル(状態)。これ以降、更に激しい「犬笛合戦」「人笛合戦」になることは避けられそうにありません。

「犬笛」含む投稿、昨年末から急増 「使われ方が大きく変化」指摘も 1960年代の米国で使われ始めたとされる政治手法を指す「犬笛」という言葉が、兵庫県知事選があった昨年11月以降、X(旧ツイッター)上の投稿で多用されている。今年に入って増加が顕著で、県知事や政治団体代表、死亡した前県議らと関連づけた投稿が目立つ。犬笛は「分かる人には分かる言い回し」を使い、政治家が特定の層に暗にメッセージを届ける手法とされるが、専門家は「最近は使われ方が大きく変わった」と指摘する。/犬笛(dog whistle)は、人間には聞こえない周波数を出す犬の訓練用のホイッスルになぞらえた言葉。米国では人種やジェンダーといった差別意識を、露骨ではなく隠語などを用いてあおるもので、好ましくない政治戦術と評価されてきた。(以下略)(朝日新聞・2025/04/30)

 (社説)秘書企業へ発注 維新「身正す改革」こそ
 
 高市首相率いる自民党と連立政権を組んだばかりの日本維新の会の藤田文武共同代表に、「政治とカネ」をめぐる問題が浮上した。
 公設第1秘書が代表を務める会社に、ビラやポスターの印刷などを発注し、税金を原資とする政党交付金や調査研究広報滞在費などから約7年半にわたり、計約2千万円を支出していた。/藤田氏は「実態のある正当な取引」で「適法」だと強調するが、身びいきであり、公金の私物化と見られても仕方あるまい。維新は立党以来、「しがらみのない政治」「身を切る改革」を掲げ、衆院議員の定数削減を迫っているが、まずは自らの「身を正す改革」が必要ではないか。/問題は「しんぶん赤旗日曜版」(電子版)が先週、「身内へ税金還流」などと報じた。藤田氏はすぐに反論を公表したが、今週の定例会見まで、記者の質問に直接答えることはなかった。秘書の会社は実際の印刷を別の業者に外注していたが、利ザヤがどの程度あるのかなど、具体的な契約内容を明かすこともなかった。説明責任を軽んじていると言わざるを得ない。/藤田氏は同紙を「共産党のプロパガンダ紙」と断じ、「報道ではなく政治的主張」などという。確かに同紙は政党の機関紙であるが、安倍政権下の「桜を見る会」や自民党の派閥の裏金をめぐる疑惑を掘り起こすなど、報道機関としての役割を果たしてきたことは紛れもない。/見過ごせないのが、取材した記者の名刺をSNS上で公開したことだ。携帯番号やメールアドレスの一部はぼかしているが、氏名や編集部の電話番号などはそのままだ。記者への個人攻撃や嫌がらせを誘発しかねず、自身に批判的な報道を抑えようという意図が透けて見える。ただちに画像は削除すべきだ。/維新の吉村洋文代表(大阪府知事)は党の内規を改め、秘書が代表を務める会社などへの公金支出を禁じる考えを明らかにした。法令違反はなくとも、適当ではないと自ら認めた格好だ。/維新をめぐっては、両院議員総会長も務めた石井章前参院議員が9月に、国から秘書給与を詐取した罪で在宅起訴されている。身を切る改革という旗印はかすむばかりだ。/藤田氏は会見で「法的にはどこから切り取っても適正だ」と強調したが、違法でなければよいという姿勢で、国民の幅広い信頼を得ることができるだろうか。連立与党として、政策決定に深くかかわる立場になった。その責任の重さを自覚せねばならない。(朝日新聞・2025/11/07)

 「法螺吹き」が吹く・鳴らすのは「犬笛」ではなく「法螺貝」でしょ。つまりは「法螺吹き」と言う如く、一生懸命に、嘘やでたらめを口走ることです。黙って聞いていれば、とんでもない出任せを言い募る、これが今日の政治家ですか。すべてがそうだとは言いませんが、それでも大部分はそうだ、とは言えるんじゃないですか。この半グレ的集団に、どれほどの「グレた議員」が所属し、「出禁」ならぬ「除名」「離党勧告」されたか、何人かまでは覚えていましたが、今では数多くとしか言いようがありません。それにしても酷い、酷すぎですよ。これはすべて学校や家庭の(責任)問題だと言ってしまえないところに、今日の危機がありますね。学校教育の「成果・結果」を受けて家に、社会に、と卒業生は足を置いて活躍する。とするなら、今日の「点取り競争」オンリーの学校教育がその、大きな一因になっていると言わざるを得ないのではないですか。こういう「半グレ」や「やくざ」な連中が「日本を変える」とか、「日本を取り戻す」と言う、まるで大きな笊に水が一杯溜まるというような「理不尽」極まる、ブラックジョークではないでしょうか。

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