うつくしや年暮れきりし夜の空

 ここにきて、パソコンのストレージが満杯に、仮想メモリを作ってようやく息を継いでいます。この一両日中に、SSD(1t)に換えようかと迷っている。使用中のHDDは500GB だったが、少し油断しているうち残量は僅少に。考えてみれば、毎日毎分、更新プログラムや新たなアプリが、それこそ頼みもしないのにわんさかと我がPCに雪崩れ込んでいる事態に、改めて恐怖を覚えます。いくつかの容量確保アプリを入れたり、余計なアプリなどをアンインストールする製品を入れたりで対応もしているが、、それはそれで一定の容量を喰う。まったく使っていない新規の(「HDD」採用の)「OS」は前もって準備してある(今年の2月に大阪在住の卒業生が持ってきてくれました。それを無償で戴いた。彼は小生のPC問題の指南役です)。それを使って、そっくりデータを移し替えようと思ってタイミングを見計らっていた。いろいろと手順は思いついているので、今日か明日か、実行してみる予定。それにしてもSSDは高価ですな。

 そこに、長年使っている「ガス給湯器」が大きな警報音を発するようになり、温水(お湯)が出なくなった。寿命かもしれないと考えつつも(約20年ほど使用)、いろいろと塩梅を巡らせたのでしたが、暮も詰まってきて、なかなか業者の都合もつかないようで、早くても1月5日過ぎ頃だと言われた。それでも已むを得ないので、場合によっては取り換えも考えるとリフォーム会社に依頼。たぶん、1週間かそこらはお湯のない生活を強いられると思うと、逆に、何とか急場をしのぎたいと(往生際が悪い)、契約している(プロパン)ガス会社に点検を「念のために」依頼した。早速来てくれて、メーカーではないので「給湯器の内部」には手が出せないが、器械廻りの点検などをしてみましょうと、あちこちのボルトを外したり、水抜きしたりと、あれこれ作業をして様子を見ていた。最後に給湯器のプラグを屋外に設置してあるコンセントから外して掃除、「給湯器の電源を入れてください」と言われて、ボタンを押したら、なんと「警報音」も「(エラーコード)651」も出ない。しばらくすると温水が出てきた。同じ操作を繰り返しても「正常」と思われる器械の調子だった。何とか、故障から修復したのか。問題の原因はわからなかったが、とにかく急場は凌げた(と思うし、そうであると願いたい)。

【有明抄時事詠この一年 〈今日もまた戦禍のニュース流れくる万博開く初日の夜に〉唐津市・浦田穗積さん。多事多難の一年が暮れる。本紙読者文芸欄の秀作で振り返る◆〈物価高ほしいものより安いもの〉佐賀市・牟田口三鶴さん。店先で思い悩む日々。〈「ゆうパック届きました」の子のメール「今度は米を」と続きのありて〉佐賀市・津山秋彩さん。失言大臣の辞任、備蓄した古古古米の放出と、米高騰は話題までインフレ気味◆〈関税で一人世界をかきまわし〉佐賀市・関喨夫さん。再登板の大統領はやりたい放題。〈当事国不在のままで和平案〉有田町・山口繁治さん。〈問題はイエスマンしかいないこと歴史は語る独裁の国〉佐賀市・井上俊己さん。いずこも同じである◆「オオタニ」見たさに朝からテレビで大リーグ観戦。〈アメリカの野球に我も固唾(かたず)呑(の)む敗戦からの長き道のり〉佐賀市・本多俊之さん。あの日から80年。〈父の顔知らず育ちし友多し戦時生まれの我らの世代〉小城市・西村征子さん。教訓は引き継げるだろうか。〈風の音静かな日々にオスプレイ布団の温み願う秋空〉鹿島市・槙まきかさん◆〈二季といふ語の流行(はや)りゐて春秋の情緒を失くせり国も我らも〉有田町・田中たもさん。地球の未来を見つめなければ。〈「明日こそ」「明日はきっと」明日とは触れられぬもの幸いに似て〉神埼市・陣内咲子さん。(桑)(佐賀新聞・2025/12/30)

 「一難去って、また一難」というのが人生の相場です。パソコンの緊急事態を何とかやり過ごすことに時間をかけたいが、横からかみさんが「『障子』『襖(ふすま)』の張替えをしてくれないか。正月に人が来るから」と、言い出す。数日前に命じられていたが、暇がなかったこともあって、気が付いたら、年明けまで2日間。パソコンも大事だし、「障子・襖の張替え」もやらねばならぬと、課題は目の前に突き付けられている。(張替枚数は半端ではない。障子戸が12枚、襖も12枚ほど。これはとても一日では終わらない量だ。猫の「いたずら」が恨めしい年の瀬ということ)

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 毎日、目を通す新聞コラムにも「出来・不出来」があるのではと、ぼくには思われる。もちろん好みですから、これはぼくの勝手な言い分ではあります。日によってはまったく、「読みで(読み応え)」のないものばかりなどと偉そうに言いたくなる時もあります。昨日や今日はそうかもしれません。特に地方紙は「贔屓筋(住民読者)」が強く力を持つでしょうから、郷土人の出世や活躍などは、それこそ「お国の誉れ」と「誉めそやす」ばかり、それがコラムの役割と割り切っている節がありありとします。もちろん、地方色があって当然、ない方がおかしいということになりますから、地方訛り、じつに旺盛も、上等じゃないかというべきでしょう。全国紙と言われてきたいくつかの新聞の現状は「惨憺たるもの」「見るも無残」「屍(しかばね)を晒(さら)している」というほかないような、断末魔の哀れを催しているのです。意図的に「総理の引き摺り降ろし」の片棒を担いで「誤報」の垂れ流しをしてなお、それを「勇気をもって訂正します」と行かないのは、当該新聞が「政治権力の末端」に傅(かしづ)いている何よりの証拠でしょう。つまり広報宣伝部の「旗振り役」で、誰がそんな新聞紛いを読みたくなるかとぼくは思うが、それがいるから奇妙奇天烈ですね。

 地方紙の「権化」のような新聞、候補者はいくつかありますが、さしづめ、奈良新聞などは代表格か。特に10月以降の奈良新聞の如きは、その典型で「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」のべた褒め記事の連続です。つまるところ「奈良の女」の偉業とやらを蜿蜒と続けておられる。悪いことではない。寧ろ「故郷に錦を飾った」、「郷土の誇り」とここを先途に持ち上げなければ、誰が応援などしますかというわけでしょう。

 「憲政史上初となる女性首相に自民党の高市早苗総裁(64)が就任した。衆院奈良2区選出、奈良県出身者としても初の首相だ。26年間続いた自公政権が終わりを告げ、日本維新の会と連立することで誕生した高市政権には、物価高対策などで国民の期待が高まっている。衆院初当選から32年、高市首相誕生の軌跡を振り返る」(奈良新聞・2025/10/26)率直に言えば、「総理(はおろか、議員)の器」ではなかった人、それが議員になりだしたころからのぼくの見立て。間違っていないと、今でも思っています。まず「嘘を平気でつく」「間違いを率直に認めない」「惻隠の情に著しく欠ける」と、ぼくは「奈良の女」には能力も品性も認められないでいます。要路にある人でなければ、「どうぞお好きに」というだけで済むでしょうに。

 だからわざわざ、苦心惨憺、自分を偽ってまで総理の椅子に座らなければよかったのにと、ぼくは同情しつつ、断言します。これを「持ち上げる」のは犯罪に等しいとまでぼくは言いたい。「右」か「左」かが問題なのではなく、政治家の「沽券(こけん)」「政治の哲学」があるかどうかでしょう。「沽券」とは「人の値うち。品位(dignity)」を指します。この首相にとって「女性だから」が支持の何よりの理由だというのは、「私は馬鹿です」と、有権者が自己告白しているようなもの。(そこに人間性・品性などが一切問われないのですから、何をか況や)選挙を経て議席を獲得したのだからという「議員の正当性」は、頓(とみ)にその根拠を失いつつあるというべきでしょうか。「女だから」という理由で「投票する」人はいないとは限らないし、その延長線上に「女性総理」というだけで、それこそ大歓迎と、無条件支持派が圧倒的であるとき、どこまでいっても「選挙」は「選挙」、と認めたうえで、その結果には大いに批判的にならねばなるまいと、肝に銘じているのです。選挙は、一面では人気投票ですけれど、他面においては「見識」「品性」もまた問われているんですがね。選ばれた人が「間違いを犯した」なら、それを、有権者として率直に批判しなければ。

 (表題句は一茶作)

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妻はまだ何かしてをり除夜の鐘(草城)

 今日は暮の29日。「もう幾つも寝ないでもお正月」ですよ。だからどうすると、開き直りたい気分が漲(みなぎ)っていますね。少し気が早いのか、いやもうすでに「撞(つき)終わっているお寺さん」もあるというから、、ぼくの如き煩悩具足は、いわば「毎日が除夜の鐘」みたいなもので、方々から、あれこれの「煩悩」をはじめとする「六塵(ろくじん)」を取り去りたいのですが、全身これ「煩悩の塊り」の身とすれば、それ(煩悩除去)をすれば、ぼく自身が消えてなくなるという始末です。それでもいいかと、やや「ふてくさり」の気味でもあります。今をさること七十五年ほどの昔、ぼくは能登半島の中程の能登中島で、まさに野良人然と(野良犬や野良猫の仲間として)、天上天下唯我独尊という大それた哲学もなかったけれど、まさに「乾坤一擲(けんこんいってき)」の生活に明け暮れていたと思う。

 「乾坤(けんこん)」とは「易経」でいう「天」と「地」であって、いわば「一か八か」という分かれ目を指すでしょう。それをして「一擲」と「大勝負」に出ることを言う。能登中島の野山に小川に、あるいは時には湖に、ぼくは野生動物(獣)の仲間ならんとして駆け巡り、野生の果物や栗などを貪りつつ人間に近づいたのか、遠ざかったのか知らないままで、十歳前に京都にやってきた。「千年の都(京)」、その地はぼくには「異界」であり「異郷」そのものでしたね。たまたま生まれた場所(それは誰か親戚の倉・蔵)の隣には、今も近郊・近在一のお寺があって、そこの庭は墓場がぼくの「道場」でしたから、年中行事のさまざまを知ることになり、時には「報恩講」などに参加しては褒美をもらっていました。要するに、このお寺の「除夜の鐘」は毎年のように、我が兄弟姉妹で「撞き放題」であったと言いたいだけの話です。その因果が、ぼくのその後の人生行路に、いかなる報恩を齎(もたら)したか、よくわかりません。たしか「ご利益は皆無」だったことだけは断言できるでしょうね。

 京都に入ってからもしばらくは「野良」生活は続き、周囲三キロはお寺ばかりの「抹香臭い」環境に馴染めませんでした。名刹・古刹、枚挙に遑(いとま)なしという贅沢でした。京都を離れてすでに六十余年、些かの懐かしさもないと言えば、嘘になりそうですが、ぼくにはやはり「異郷」であり「異界」であることに変わりはなかった。「住めば都」というのは、文字通りに「澄んだら最後」という意味でしょうか。この辺鄙な産官の僻地にも神社仏閣に事欠きません。何度か年始にお参りをしたことはありますが、「除夜の鐘」はいつだって、遠くからの「ささやき」の如くに、届きます。近年は、ぼくは、夜の十時前には就寝するという赤子のような早寝早起き(ミルクは飲まない)ですので、いずこのお寺さんの「除夜の鐘」も聞くこともなく、普段着のままでの年越しに終始しています。(この年の暮れに来て、給湯器が壊れ、お湯が出なくなりました。しばらくは冷たい水でしのぐことになりますが、さてどうしたものか)

【春秋】甘納豆を百八粒 随筆家の武田百合子は夫の泰淳から聞いた大みそかの思い出話をつづっている。寺に生まれた夫は戦前、住職の父と弟子の3人で除夜の鐘を突いた。始めは寒いがだんだん暑くなる。数を間違えないように<甘納豆を百八粒>用意して、一つ突くごとに1粒口に入れたそうだ▼年越しの鐘が行事として定着したのは室町時代といわれる。太平洋戦争の頃は金属類回収令によって各地で鐘が消え、コンクリート製の代替鐘を造った寺もあった。いま、厳かに響くのは平和の音である▼京都、知恩院の大鐘は日本三大梵鐘(ぼんしょう)の一つ。重さは70トンあり、江戸時代に鋳造された。除夜の鐘には多くの人が詰めかける。近年は外国人観光客の急増もあって長蛇の列ができ、混乱が続いていた。今年から事前予約制とし、1人3千円の有料にした。安全のためならば、致し方なしか▼空海の創建と伝わる博多の東長寺は、突き始める時刻を午後6時に早めて8年目になる。手伝ってくれる世話人の高齢化と、深夜に人が増えて近所迷惑にならないよう前倒しした▼音がうるさいとの苦情で取りやめたケースもあれば、過疎化が進んで突き手がいない悩みを抱える寺も。助っ人は全自動の鐘突き機。今や全国3千カ所が導入しているそうだ▼お住まいの場所に除夜の鐘は響くだろうか。年の継ぎ目、鐘を突くのは人か機械か。どちらにせよ、煩悩まみれの身にはありがたい音である。(西日本新聞・2025/12/29】

 (ヘッダー写真は「京都知恩院の17人がかりの除夜の鐘付き」:https://co-trip.jp/article/7642

◎ 除夜の鐘(じょやのかね)= 12月31日(旧暦30日)大晦日(おおみそか)の夜半から元日にかけて、寺院で梵鐘(ぼんしょう)を108回つくこと。百八の鐘ともいう。中国宋(そう)代から始まったとされる。108の数については、凡夫(ぼんぷ)の煩悩(ぼんのう)を108種とし、その消滅を祈念するといわれるが、数え方には諸説ある。心を纏縛(てんばく)して修行を妨げる無慚(むざん)・無愧(むき)・嫉(しつ)・慳(けん)・悔(げ)・睡眠(すいめん)・掉挙(じょうこ)・惛沈(こんちん)・忿(ふん)・覆(ぶく)の10種と、人々を迷いに結縛(けちばく)する98結を加え108とする説、六根と六境の関連から六塵(ろくじん)(穢(けが)れ、煩悩)が生ずるとき、それぞれに好・悪・平(非好非悪)の3種があって18となり、おのおのに染(ぜん)・浄(じょう)の2を乗じて36、さらにおのおのに過去・現在・未来の3種があり、これを乗じて108となる説などがある。また中国の暦法により1年を分けた十二か月、二十四節気、七十二候を合した数であるともいわれる。鐘の打ち方については、107回までは旧年中に、残りの1回を新年につくようにするのが慣習である。(日本大百科全書ニッポニカ)(左写真は知恩院の試し撞き。梵鐘の重量は70トンあるという)

 「除夜の鐘」を詠んだ句は意外に少ないという印象でしたね。近年ならなおさらにその傾向は強いのかもわかりません。そんな中で、ぼくの好きな句をいくつか。

・ききわびて終の栖の除夜の鐘(石田波郷) 
・死者も聞け生者も聞けと除夜の鐘 (相生垣瓜人) 
・鳴り終る一瞬の息除夜の鐘(山口青誓子
・おろかなる犬吠えてをり除夜の鐘(山口青邨)

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「徒然に日乗」(955~961)

◎2025/12/28(日)朝から陽射しが強い一日だった。▶温水器の故障が続く。恐らく、お湯を沸かす部分に故障が発生しているのだと思う。交換すべき時期だと考えていたので、しばらくはお湯を使えないが致し方がない。年明けに工事に入るようには手配しておいた。▶「核保有すべき」発言のその後が、ほとんど伺い知れない事態になっている。首相をはじめ、関係者は沈黙を決め込み、事態が鎮静化するのを待っているのかもしれないし、アメリカあたりから「核保有」発言が断じて認められない旨のクレームがついたのかもしれない(「日米原子力協定」(1988年発効)による。「Agreement for Cooperation Between the Government of the United States of America and the Government of Japan Concerning Peaceful Uses of Nuclear Energy」・詳細は省略)。「核保有」云々は、この国にとっては「禁句」となっていることを知らないはずもないけれど、おそらく「アドバルーン」を上げたつもりかもしれないが、何とも愚か。この「発言」に対して首相は一言も触れないでいるが、実に「無責任」ではないだろうか。▶「石破前首相、核発言を批判 「拡散防止が日本の立場」石破茂前首相は26日のBS11番組で、高市政権で安全保障政策を担う官邸筋による『核を持つべきだ』との発言を批判した。一般論と断った上で『唯一の被爆国として核拡散を止めるのが日本の立場で、それを否定するようなことを言ってはいけない。日米同盟は信用ならないのかという話にもなる』と述べた。核保有を巡る論点は、核拡散防止条約(NPT)や原子力協定など多岐にわたると説明。『それらを全部飛ばして核保有を議論する話になると、誤った情報を伝えることになる」と指摘した』」(共同通信・2025/12/26)▶さまざまな国際的約束を交わしていながらの「核保有発言」だったことを考えれば、愚かな上にも愚かなことだったと、どうして新聞やテレビが報じないのだろうか。政府の沈黙を続ける姿勢もまた、批判されるべきだとぼくは考えている。(961)

◎2025/12/27(土)夜来の雨は止んでいたが、強風が家の周囲の木々の落とし物をまき散らして、その暴れぶりの凄さを見せつけられたようだ。▶朝方から、温水器の調子が悪く(あるいは故障かもしれない)、温水(お湯)が出ないのだ。毎年のように、寒さが募ると生じる故障で、これまでは騙し騙し使ってきたが、おそらく年貢の納め時か。、本日の段階で、点検と取り換えを前提に業者に依頼しておいたが、年末年始にかかるので、早くとも年明けの5日くらいになるかもしれない。それから「工事」になるとすれば、お湯の出ない生活がしばらくは続くのだ。お風呂が入れなくなりそうだが、さいわいにも町役場の福祉施設内に、「長柄温泉」というのがある。何年か前に事情があって(コロナ騒ぎだったか)閉鎖されていたが、今日、役場に尋ねてみたら、開業しているという。町民は200円が入浴料金。時々は入りに行くことになりそうだ。▶この国の行く末が俄かに剣呑になってきたように思われる。つまりはとても「やばい」のだ。政治や経済の「核」のない惰性が長く続き過ぎたのだ。天井知らずの「国債発行」で借金まみれ国家にしてなお、その大間違いの「経済政策」を、現内閣も踏襲するという。バカも休みやすにしてくれといいたいし、願わくは、真っ当な政治家の出現をひたすら待つのみ。(それはあり得ない願いだが)一日も早い内閣の総辞職か、首相の辞任を待望するばかり。(960)

◎2025/12/26(金)「政府は26日、2026年度予算案を閣議決定した。物価高や人件費の高騰を反映し、一般会計の歳出総額は122兆3092億円で、25年度当初予算(115兆1978億円)より6・2%増えて過去最大。国の借金返済や利払いに充てる国債費も25年度当初比10・8%増の31兆2758億円で過去最大となった」(毎日新聞・2025/12/26)いよいよ「亡国」への坂道を転げ落ちるための「出鱈目の予算」が閣議決定された。「歳出のうち、国の政策に充てる「一般歳出」は同3・0%増の70兆1557億円。このうち最大の歳出である社会保障関係費は、診療報酬のプラス改定や高齢化の進展で2・0%増の39兆559億円と過去最大となった。診療報酬は物価や賃金の高騰に対応するため、医師の技術料や人件費にあたる「本体部分」の引き上げ幅を30年ぶりの高水準となる3・09%とした。/防衛関係予算は防衛力の抜本強化方針に基づき、初めて9兆円台を突破。3・8%増の9兆353億円となった。地方自治体の財源となる地方交付税交付金は、10・6%増の20兆8778億円を計上した。/国債費は想定金利を25年度当初の2・0%から3・0%に大幅に引き上げたことで膨らんだ。高市政権の積極財政への懸念や、日銀の利上げを受けて、直近の長期金利が2%を超えたことなどを踏まえた」「長期金利が2.1%」に高騰。物価高騰の連続、円安の継続、この異様な経済財政状況に、いったい総理を含めた内閣は、経済環境をよりよくするために何をしたのだろうか。「責任ある経済政策」とはなんだかな。軍事予算ばかりが異常に膨らんで、何も考えないのだから、恐れ入るばかり。財務大臣の「呆れるばかりの」記者会見。情けない状況に陥ったものだ。(同前)(959)

◎2025/12/25(木)終日、雨模様の一日だった。▶お昼頃に茂原まで買い物に。帰宅時には、通販利用の(猫缶の)荷物が到着したばかり。前回から、群馬県にあるCHARMという通販会社に依頼している。この先、どうなるかはわからないが、なかなか感じのいい会社だという気がしている。「銀の匙」なども出している企業。今、猫たちが食べているのはマルハ・ニチロ製の「ミャウミャウ」という商品名。やや飽きかけてはいるが、それでも、他の商品よりはよく食べている。今回初めて、数えてみたが、三缶ワンパックで、四種類。それぞれが8つだから、3×4×8=96(缶)つまりは、ほぼ100缶の缶詰を約一週間で消費する計算。合計は13800円余。これが一週間分とすれば、月辺りは、約6万円。この他に乾燥食品(ドライフード)、その他の「おやつ類」も別口で購入しているので、月々かなりの金額が嵩(かさ)んでいることになる。▶劣島の各地で、台風並みの暴風と積雪が猛烈である。初期の予想では「暖冬」ということだったが、なんのことはない、歳末正月も厳冬間違いなしという。(958)

◎2025/12/24(水)お昼に車のタイヤローテーションのために、いつも利用している修理工場に出す。特に問題はなかったが、普段ほとんど乗らないままだったので、バッテリーの充電不足を指摘された。事情は理解しており、このところ、努めて走行距離を伸ばすようにと乗り出しているが、車の重量を考え、車庫の出し入れを考えると、どうしてもかみさんの小型車(1500㏄)に乗ってしまうのだ。山間の僻地ともいうべき住まいだから、どうして車は必要だし、それも万が一を考えると2台も。両方とも今春は「車検」だ。今乗っているセドリックは初年度登録が2003(平成15)年4月。したがって今年で23年目を迎える。かみさん用は2015年初登録、こちらも10年越えになった。▶「社民党の福島瑞穂党首は24日の記者会見で、安全保障政策を担当する首相官邸筋によるオフレコでの核兵器保有発言を受け、高市早苗内閣について『退陣を強く要求する』と述べた。核保有に関する議論も『冗談ではない』と否定した。/福島氏は発言について『強く抗議する』と改めて述べた。政府の対応については『高市首相は調査し、この人間を更迭すべきだ。更迭しないのであれば、これは内閣の見解なのか。非核三原則を堅持すると首相が言わないから、そういうことが起きる。日本の政府として本当にふさわしくない』と持論を展開し、『退陣』を強く要求した。/核保有に関する議論の是非について、『表現の自由があるから議論すべきだということはあるかもしれないが、冗談ではない』と否定した。昨年ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が抗議していることなどを踏まえ、『被爆者への冒涜だ』と批判。さらに、『核抑止論は虚構だ。核兵器を持っているイスラエルは(イスラム原理主義組織)ハマスに攻撃されたではないか』と述べた」(產經新聞・2025/12/24)至極もっともな指摘であって、少なくとも「補佐官の発言」に関して首相はコメントすべきだろう。黙ってやり過ごすのは「卑怯千万」で、実に厭らしいと言いたい。(957)

◎2025/12/23(火)心地よい一日だった。何をするでもなく、終日のんびりと過ごした。パソコンいじり(容量が目いっぱいになっている)に時間を取られているが、知らないことだらけで、我ながら驚いている。車の構造や機能に関しては無知のままで、毎日乗り回しているようなもので、実に危険極まりないだろう。少しはパソコンについて学ぶべきだったと思うが、機会の部分は他人に任せて、ただスィッチをオンにしたりオフにするだけの素人運転だったと、今頃になって恥じ入る次第。▶「1人当たりGDP最低24位 24年、低成長に円安拍車 内閣府は23日、2024年の日本の1人当たり名目国内総生産(GDP)がドル換算で3万3785ドルとなり、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中24位だったと発表した。過去最低だった23年の22位からさらに二つ順位を下げた。スペインとスロベニアに抜かれ、21位の韓国(3万6239ドル)の背中が遠のいた。少子高齢化や慢性的な低成長に加え、為替相場の円安進行が拍車をかけた」「首位は23年に続き、欧州を代表する金融センターのルクセンブルクで13万7491ドル。2位にアイルランド、3位がスイスと続いた。先進7カ国(G7)構成国では、米国が8万5836ドルの6位でトップだった」(共同通信・2025/12/23)(956)

◎2025/12/22(月)凌ぎやすい、過ごしやすい一日だった。気温も高め(摂氏10℃以上)に推移していたようだ。明日からは少し気温が下がる天気が続くとの予報が出ていた。相変わらず「湿度」が高いままだった。▶お昼前に買い物のために茂原まで。いつも通りの食材などを買い、帰路には猫のドライフードなどを買う。現在、家に入らない「外猫」が2匹いたが、この2日ばかりは、一匹の顔が見えない。どうしたのだろうか。年齢は不詳で、♂猫の赤トラ。もう一つは、とても手ごわい、やはり♂猫で、家の猫たちが寄って集(たか)って責めるのだが、全く歯が立たず、その都度痛めつけられているばかりだった。この子が家に来てからどれくらい経つか。いずれ、出どころは同じ近所の I さん(隣家)のところだろうと思っている。▶天気予報では、今冬はかなりの暖冬になるということなので、それだけは気が休まる。野良たちの故g超えることはないだろうか。▶「核保有すべきだ」とオフレコで話したという首相補佐官、誰も何も語らないままで、沈黙続きで推移しているが、このままで対中国との関係が何もなくて終わると考えているのだろうか。はっきりと発言者の実名を明かし、ことの次第を公開すべき。辞職させるかどうかは、その後の問題。首相の「存立危機事態」不用意発言問題も「有耶無耶にして時間を稼ぐ」つもりだろうが、このままで終わるとはとても考えられない。今からでも「発言の真意を明かし、明確に修正すべき」だと思う。首相支持率の高さが問題であるのは言うまでもないが、その内閣や首相を高い支持率で支えている、この社会の状況が一層問題だと思う。(955)

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神格化された象徴ではなく、…

【三山春秋】▼空っ風に急かされるように12月が過ぎ去ろうとしている。せわしない日常を離れ、年末年始はせめて穏やかに過ごしたい。家族の元気な顔を見られたらうれしさもひとしおだ▼この青年はいったいどんな思いで古里の景色を見たのだろう。米ハワイ真珠湾攻撃で戦死した岩佐直治中佐は出撃前、前橋市内の実家に一時帰郷した。当時1歳ほどだった親族の良夫さん(85)は抱き上げられて頬ずりしてもらったと、後に母から繰り返し聞かされた▼今生の別れになるという予感があったのだろうか。特殊潜航艇5隻を率いて米艦を狙う難しい任務である。岩佐中佐ら戦死者は戦意高揚のため「軍神」と称賛された。ただ敗戦後は一転、その存在を語ることを避ける風潮が生まれた▼墓のある松竹院に、多くの人が墓参に訪れるようになったのは最近のことだ。3回目となった今月の追悼式典には80人が参列し、唱歌「故郷」を歌った▼神格化された象徴ではなく、戦後タブー視された存在としてでもなく、ただ国を思い命を落とした26歳の若者を悼む人が多いように思えた。「国のために死ぬことが当然とされた時代。岩佐中佐らの姿から戦争の恐ろしさを知ってほしい」と良夫さんは願う▼戦後80年の年が暮れようとしている。戦争体験者が減る中、われわれの責任はますます重い。家族と顔を合わせる年の瀬、平和の尊さをあらためて見つめ直したい。(上毛新聞・2025/12/27)

 (ヘッダー写真:「米国にとって第2次世界大戦最初の戦利品となった特殊潜航艇HA-19。故障後に座礁し、日本軍の真珠湾攻撃後、オアフ島の砂浜で撤去を待っている」(PHOTOGRAPH VIA U.S. NAVAL HISTORY AND HERITAGE COMMAND) 

 「1941年12月の真珠湾攻撃に加わった日本の潜水艇が、現在、なぜか米国テキサス州の博物館に残されている。/全長約24メートルの黒く滑らかなこの潜水艇は「HA-19」という名で展示されている。日本艦隊の前衛部隊として出撃し、最初の爆弾が落とされる前にハワイに到着した。/米国立太平洋戦争博物館のあるテキサス州フレデリックスバーグは、のどかな丘陵地帯に位置する人口1万2500人ほどの町。海の色を背景に展示されたHA-19は、特殊潜航艇「甲標的」の一つ。プロペラを搭載した流線形の堂々たる姿は、司令塔が付いた巨大な魚雷にも見える。/HA-19はなぜ、ハワイから6000キロも離れたこの地にたどり着いたのだろう」(以下略)(日経ナショナル ジオグラフィック・2022.12.08)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/topics/15/271114/030500325/

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 「《戦後80年》岩佐直治中佐を80人が追悼 群馬・前橋市で式典 墓前に献花 日米開戦の発端となった1941年12月8日の真珠湾攻撃で、旧日本軍の特殊潜航艇を率いて戦死した前橋市出身の岩佐直治中佐を追悼する式典が7日、墓のある松竹院(同市本町、明峯慧仙(えせん)住職)で開かれた。約80人が参列し、岩佐中佐の冥福と平和を祈った」(以下略)(上毛新聞・2025/12/08)

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 戦後八十年も、何時もの年と同じように「大晦日の次は元旦」とばかりに「歳替わり」の足踏みがなされていきます。過去の「第二次戦争」に関して、ぼくには語るべき何ものもありません。しかし、語ればきりがなく、止めどもなく溢れでる「思い」は人並みにあるのです。そんな中で「群馬県の軍神」の追悼記事が目に留まり、ぼくは、アッという声をあげて立ち止まりました。岩佐直治さん(戦死時、26歳)、ぼくには未知の人でした。拙宅の近くに沖縄戦の「英雄」の追慕の石碑が豪壮な偉容で立てられています。O 中将は長柄町出身で、1945年6月、米軍の沖縄上陸作戦に遭遇し、志半ばで「自決」された。ぼくはこの元中将について、偶然の機会にある海軍軍人だった人から伺いました。その人は熊本出身だった方で、2年ほど前に亡くなられた。

 日本のいたるところに「戦死者」の記念碑や追悼碑、あるいは顕彰高らかに「英雄視」せんばかりの賛歌を捧げる「記念碑」などなど、それこそ、その一つ一つに応接する暇もあればこそ、やがて、「追悼の墓碑」が、復讐の誓いになるのではないかと思わせるような、仰々しいものになっていくこともあります。

 その代表格は「靖国神社」だと言えばどうでしょうか。追悼の縁ではなく、「戦陣の誓い」を立てる呼び水にしようとする勢力もある。「二度と再び」という「不戦の誓い」「非戦の覚悟」を固めるための「追悼」であればこそ、「死にたくて死んだ」のではない、多くの犠牲者のせめてもの思いに報いることがあるかもしれないのです。ぼくは何度か靖国神社に出かけたが、「A級戦犯」の遺志を確かめるためでもなく、単なる花見だったが、それは「英霊」に失礼に当たるのでしょうか。全国の隅々に「戦争犠牲者追悼碑」や「戦没者慰霊の碑」が林立している、この国の今日において、ぼくに言わせれば「狂気の沙汰」としかたとえようのない「核保有」だの「日本有事」をいとも軽々しく駄弁りながら、いかにも「恬(てん)として恥じない」政治家の面々が権力の中枢にかたまっている現状を、ぼくは嘆くのではなく、思い新たに「不戦の誓い」「非戦の覚悟」を強めるばかりのきっかけにしているのです。国家の規模に比して、膨大な「軍事費」を庶民の生活を犠牲にしてまで整える「平時の政府」とは何でしょうか。

 上毛新聞のコラム氏は「『国のために死ぬことが当然とされた時代。岩佐中佐らの姿から戦争の恐ろしさを知ってほしい』と良夫さんは願う▼戦後80年の年が暮れようとしている。戦争体験者が減る中、われわれの責任はますます重い。家族と顔を合わせる年の瀬、平和の尊さをあらためて見つめ直したい」と。こう書くだけで精一杯なのでしょうか。ぼくには、余りにも「微温」に過ぎると批判をしたくなる。

 群馬・太田市には日本の航空機産業の先頭を切った中島飛行機があった。そのことを抜きにして、群馬県は語れないとぼくなどは感じてしまうほどです。戦争の爪痕は言うまでもなく、戦争に駆り出された犠牲者の遺恨や遺徳もまた、目を伏せることが困難なほどに存在しているのです。(右は長柄町出身の O 海軍中将の慰霊碑)

 冗談でも作り話でもありません。恐らくこの国は、これまでにないほどに「戦意高揚」とは言いませぬが、ある国々を敵視して、少なくともそれに向けて軍備を整えている。同盟国の強固な国家意思を借りて、あらぬ方向で「仮想敵国」に向けた「敵視政策」を練り上げている最中だと思われます。何度も繰り返しますが、いったいどこの国と、この国は「一戦を交える」のでしょうか。歴史を知らない、つまりは「戦争」を知らな子どもたちが、年だけは食っていて、それで「戦争ごっこ」を始めるのでしょうか、冗談では済まされない「愚かなこと」ですね。

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日本でそんな事態(強い経済)は起きない

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百)~ 内閣支持率、あるいは首相の支持率が異常ともいうべき「高さ」を維持しているが、その理由は何処にあるのか、ぼくにはよく理解できない。若い人たちの間では「とにかく、女性だから」という「無条件降伏」が最大の理由だとされる。「女性差別」の古い伝統(旧弊)の絶えなかったこの国では、何とも珍しい現象だと感じ入っている。その若者たちの支持率は「90%」を超えているという調査もあった。ここまでくると、これは「調査」などというものではなく、まるで「推し」一本やり、「贔屓(ひいき)の引き倒し」現象に重なるだろうね。仮に、これが野党だった女性議員が政権交代で「首相」になったとしても、こんなばかばかしい珍現象は生じないだろう。要するに、誰かに煽られて、極右の「中国敵視」政治家だったからという、きわめて変更した政治現象で、決して長持ちするものではない。「時間の検証に耐えない」政治現象なんだ。

 「アイドル【idol】」とは「偶像。2崇拝される人や物3憧れの的。熱狂的ファンをもつ人」(デジタル大辞泉)というらしい。現職総理が「アイドル」並みの人気を有するのは、彼女が、いわゆる「アイドル」でも「マドンナ」でもなく、これまで一度だって総理大臣の椅子に座れなかったという、遅れ切った我が社会の「黒歴史」の中で、「最初に座った女性」という意味で、きわめて稀有な存在になったということだろう。正確にに言うと、「女性天皇」は数多(あまた)輩出してきた国柄、「ガラスの天井」なんか、とっくの昔にぶち割られていたのだが、「男社会」の順風美俗から見れば、やはり「我が邦」始まって以来(つまりは明治維新以降)の、(女性宰相は)珍現象というわけだ。この女性宰相は「女性天皇」生には反対らしいから、なんとも阿保らしくなるのだ。その理由を聞いて、呆れるぞ。

 だが、どこから見ても奈良の彼女は「偶像」でも「崇拝される人」でもなく、あえて言うなら、高齢者一歩手前の「(かつての)女性アイドル」という「珍奇な人物」と言えなくもない。だから、現段階では、何ができる、何をしたかはほとんど不問に付されて、とにかく、闇雲(やみくも)にか、計算してか、常に「突っ張っていて」、「尖っていて」、「誰に対してもはっきりとモノを言う」、そいう点が「女性らしくない」と買われて、あまり賢くない有権者の間で支持者が多いのだろう。これが本当に「女性だから」というものなのかどうか。「女性離れした」、男性化した女性だから、ある層の人たちからは(一瞬ではあれ)、それが熱狂的に受け入れられている理由だといったら、多くの支持者から、ぼくは張り倒されるかもしれない。(私は「首相の品性」というものに目を閉じたくない、ひとりの「後期高齢者」男子の本懐・本音だ。男であれ、女であれ、それなりの地位に就く人間の「品性」は失ってほしくないのだ)

 つまり、現下の我が邦は、世界における「アタックNo.1」ということです。放漫財政、インフレ増税、返す当てのない「借金(赤字国債)漬け」の八方ふさがり状況に猪突猛進する理由は、たった一つ「強い経済」という夢物語を地で行こうとしている。まるで「目を開けて夢を見る」という、戯(たわ)けきった所業ではないか。もう始まっている「円売り」に、一たまりもなく、政権は瓦解する、ぼくには確信があると言っておこう。

 (現首相は「暴言」「放言」を指摘されても、時間稼ぎをして有耶無耶にしてしまうという特技の持ち主。「核保有」発言に関しても意図的沈黙を保っているという、不可解で不愉快な姿勢を取っている。間違いを指摘されても、愚図愚図して、少しも指摘された当該問題に向き合わないで、嘘をつき通す、そんな芸当ができる政治家だと思う)

≪社説≫「実は何度もアタックを受けています。水面下で防いでいるので大事に至らないのです」
 財務省の国債担当責任者からかつて直接聞いた言葉です。当時の上司の高校時代の同級生で、開けっ広げな性格の人物でした。
 ここでいう「アタック」とは、為替などの金融市場で投機筋が、特定の通貨や国債を大量に売り浴びせる攻撃を指します。国が維持しようとする通貨価値と、市場の評価との間に大きな差があると起きる可能性が高まります。
 この財務官僚が言わんとしたのは、円売り攻撃を何度も受けているが、財務省が直接介入や金融機関を通じた為替介入で、円を守っているということです。
 投機筋の攻撃で通貨を守れない場合、悲惨な状況に陥ります。
 英国通貨ポンドは1992年、実勢レートよりも価値が高いと見なされ、投機筋の攻撃を受けました。ポンドの価値は暴落し、不況に拍車がかかる裏で、投機筋は安くなったポンドを買い戻す取引を繰り返して、大もうけしたといわれています。
紙幣刷って借金返済?
 97年にはタイやマレーシアなどの通貨も次々とアタックを受け、韓国にも襲いかかりました。
 韓国はウォンを守ろうとしたが、外貨準備高が底をついて国家財政が破綻。自前で予算が編成できず、一時的に国際通貨基金(IMF)の管理下に入りました。
 自国通貨の暴落は大量の失業や企業倒産を招き、多くの国民の人生を暗転させます。
 「日本でそんな事態は起きません」。日本では、多くの政治家や経済の専門家が自信たっぷりに主張します。本当なら、これほどうれしいことはありません。
 そんな主張を支えているのが現代貨幣理論(MMT)。2016年米大統領選の民主党予備選で、リベラル派のバーニー・サンダース候補の経済顧問を務めたステファニー・ケルトン・ニューヨーク州立大教授らが提唱している独自の経済理論です。
 簡単にいうと、独自の通貨を発行して変動相場制を維持している国は、国に借金があっても紙幣を増刷して返済すればよく、財政を出動して景気を良くすればいいという内容です。対外債務が多額でなければ、財政も破綻しないと強調します。
 この条件に合う国があります。日本です。巨額の財政赤字を抱えていますが、国債を購入する大半は日銀などで、対外債務は他国との比較では多くありません。
 大規模金融緩和を長期間続けて「紙幣」を大量に市場に流す一方、国の借金を返済している点も当てはまります。国内総生産(GDP)の2倍以上ある財政赤字も国が保有する土地など公的資産を差し引けば、他の先進国と比べ突出して悪いとはいえない状況。
 こうした条件がそろうとして、積極財政派は「借金はお札を刷って返せばいい」と主張します。
 第2次安倍晋三政権以降の経済政策「アベノミクス」にも、MMTが事実上投影されています。
 アベノミクスは当初、株価を上げて雇用を安定させました。政権は当時、市中に流した大量の資金が新たな投資を呼び起こし、企業収益が潤って賃金も上がるともくろんでいました。
財政赤字拡大への警鐘
 ところが資金の多くは最終的に企業の内部留保として蓄えられ、設備投資や賃金には十分回りませんでした。株価は上がり続けたものの、恩恵を受けたのは国内外の富裕層と大企業に限られます。
 驚くのは高市早苗政権が、アベノミクスとそっくりな経済政策を実施しようとしていることです。効果が十分出なかった政策を踏襲する意図が不明です。「首相は経済をよく学んでいないのではないか」との疑念すら湧きます。
 金融市場で不気味な胎動が始まっています。円安に加え、国債の価値低下を意味する長期金利の上昇が止まらないのです。
 投資家が日本の通貨と国債を手放している状況に、財務官僚がかつて口にした「アタック」という言葉がよみがえります。
 投機筋は、もうかりそうな市場を探して雨雲のように今も漂っています。「ここはもうかる」と思えば、ゲリラ豪雨のように突然アタックを仕掛け、通貨を売り浴びせるのです。
 そんな危機的状況に、日本の財政状況は政府保有資産を差し引けば悪くない、といった言い分は通用しません。高市政権のように財政赤字を減らすことに消極的との見方が広がるだけで、投機の材料に十分なり得るのです。
 財源の裏打ちのない「ばらまき型財政」は、架空のもうけ話に等しいのです。こうした現実を伝え、警鐘を鳴らし続けることは、私たち新聞の役割でもあります。(中日新聞・2027/12/28)

 「独自の通貨を発行して変動相場制を維持している国は、国に借金があっても紙幣を増刷して返済すればよく、財政を出動して景気を良くすればいい(という内容です)。対外債務が多額でなければ、財政も破綻しないと強調します。/この条件に合う国があります。日本です。巨額の財政赤字を抱えていますが、国債を購入する大半は日銀などで、対外債務は他国との比較では多くありません」(上掲中日≪社説≫)

 酒好きの狸が人間の経営する「呑み屋」で杯(盃)を重ねて、しこたま酔っ払ったうえで、気前よく、「釣りはいらねえ」とかなんとか言いながら呑み代を払った。翌朝、店主が調べてみたら、すべて「木の葉」だったという、こんな話が、世界でも特異な国として認知されている我が方では通用するんだね。これも落語の話。また呑み屋だ。呑兵衛の経営者(店主)が開いている呑み屋夫婦の話。酒飲みのかみさんが、まず客として酒や肴(さかな)を注文し、呑み代を現金で支払った。今度は旦那が、カウンターに座り、吞む側に回る。大いに呑んで(酒代)を支払う。先ほどかみさんからもらった「現金」で支払ったとさ。こうして、えんえんと「交互に吞み続け」たのに、終わってみれば、儲けはなく、仕入れの借金ばかりが嵩(かさ)んだとさ。「高市政権のように財政赤字を減らすことに消極的との見方が広がるだけで、投機の材料に十分なり得るのです」「財源の裏打ちのない『ばらまき型財政』は、架空のもうけ話に等しいのです」「こうした現実を伝え、警鐘を鳴らし続けることは、私たち新聞の役割でもあります」と書くのは中日新聞。本当にそうするのか、と訝しがるのは一読者である。警鐘を鳴らし続ける「根性」があるか。

 <蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜> 悠々

 ぼくの感覚(正確にいえば、「直感」)では、この国は「大政翼賛会」体制に入っている。物言わぬ「メディア」、熱病にうなされている有権者(国民)、ひとりの「女帝(みたいな)」総理大臣に「忖度頻り」の多くの政治家。インフレ増税がまるで政治的功績のように「勝ち誇らんばかり」の無能横柄財務大臣もまた、呑み屋のかみさんや夫の如く、店を閉鎖に追いやる一味の代表格だろう。(だんだん<Desperation>、つまりは「やけくそ」になりつつあり…)

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「財政規律」も呆れる、来年度予算案

 GDPには2種類あります。言うまでもなく「名目」と「実質」で、どちらか一つで、国の財政状態や経済政策の優劣を語るべきではないのは言うまでもありません。国の「借金」は1200兆円。2025年度国内総生産は約580兆円。名目では約630兆円。その差額は、要するにこのところの異常な物価高騰(インフレ増税)によるもので、そのために庶民は塗炭の苦しみを強いられています。消費税額が増大し、それが名目GDPを押し上げ、ために、国の借金の比率(対GDP)は下がり続けている。これを財務大臣は「自らの手柄」とでも言いたげな口ぶり。(馬鹿に付ける薬はない)新内閣が発足していら、円安は急速に進み、今は対ドルでは157円台。もちろん、日銀による政策金利の0.75%への利上げは日本国債の投げ売り状況を招きかねないことについても、財務大臣は触れないで、「財政規律」を守った「『いい日本に(122兆)』予算」だと、くだらないところで自画自賛を怠らぬ、無知かつ厚顔ぶりでした。昔から、この大臣の「横柄そうな」顔つきは見たくもなかったし、ものの言い方にも「人を見縊(みくび)る」強い傾向があるので、まともに彼女を見ることは避けていました。だから、目をつむりつつ、「次年度予算案の閣議決定」後の会見を聴取していました。(会見開始予定時刻に大幅に遅れ(「前科」がある)、会見後に所用があるからと、わずか20分そこそこの「新年度予算」決定に関する記者会見に臨むという、その姿勢に「真面目さ」が著しく欠けていたと思う。それにつけても「記者会」の諸氏の「陳腐な質問の連続」という為体(ていたらく)は、例えようもない堕落だな)

 自身は経済や財政の専門家と言わぬばかりの自負がありありでしたが、その発言の一々は聞くに堪えない、「放漫財政」「インフレ頼み」の出鱈目ぶりで、これをして「財政規律」を守ったとは、どの口が言うのでしょうか。「強い経済」「責任ある経済政策」を広言するが、果たして、その根拠はどこを探しても出てこないのですから、ここにもまた「国家規模の虚言」が罷り通っているというほかありません。

 「『トラスショック』再発リスク、英国だけのものではない-アシュモア 英国では2022年9月、当時のトラス政権が大規模な赤字財源による減税策を含む一連の新政策を打ち出したことを受けて、国債利回りが急騰。市場の混乱は深刻で、トラス氏はその後、政策の大半を撤回し、財務相を解任。就任からわずか44日で辞任に追い込まれた」(Bloomberg・2025年11月20日)                                                                            (https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2025-11-20/T60IVNGQ7L1L00

(上図の出典はBLOOMO(投資アカデミー)・https://bloomo.co.jp/learn/library/featured/truss-shock-implication/

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 財務大臣の会見内容について、下手な解説は不要でしょう。聞くだけで十分に、その「無責任さ」がわかるというもの。このような政治家が国の財政・経済運営の頂点に立つということがどういうことかを深く考えると、国家財政、国家経済の破綻(bankruptcy)、というか破算(figuring)は「まぢか(upcoming)」であると言わざるを得ません。「鬼に金棒」とは「unstoppable」というそうですね。

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過去最大122.3兆円の来年度予算案 閣議決定 「財政規律にも配慮」片山さつき財務大臣 歳入の4分の1程度が国債 政府はきょう、過去最大となる122.3兆円の来年度予算案を閣議決定しました。 片山さつき 財務大臣 「財政規律にも配慮して、強い経済の実現と財政の持続可能性を両立させる予算案とすることができた。我々は極めて常識的な秩序ある、責任ある積極財政論者でやってます」(⇙)

 一般会計の総額は今年度を7兆円上回る122兆3092億円で、2年連続過去最大となりました。/医療従事者の人件費の増加に対応し、「社会保障費」は39.1兆円まで増加しています。/借り換えや利払いにあてる「国債費」も長期金利の上昇で31.3兆円に膨らむほか、「防衛費」は初めて9兆円を超えました。/一方、歳入ではインフレなどを背景に税収が増え、今年度当初より5.9兆円多い、過去最大の83.7兆円を見込みます。/また、歳入の不足分をまかなう新たな国債は29.6兆円分発行する計画です。大台の30兆円未満に抑えたほか、歳出に占める割合も低下していますが、歳入の4分の1程度を国債が占める状況に変わりはありません」(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2373740?display=1

  ⁂片山さつき財務大臣 閣議後会見  2年連続で過去最大 来年度予算案122.3兆円を閣議決定」ANN/テレ朝ライブ(2025年12月26日)(https://www.youtube.com/watch?v=EnUaB9W1zCo

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◎ プライマリーバランス(ぷらいまりーばらんす)(primary balance)= 文教、医療・福祉、公共事業、外交・防衛などにかかる行政費用を、借金せずに、税収などの歳入だけでどの程度まかなえているかを示す指標。国の場合、国債などで調達した資金を除いた歳入(税収・税外収入)から、国債の元利払い費を除いた歳出を差し引いて計算する。つまり借金の影響を考慮せずに、単年度の収支均衡がとれているかどうかを示す。基礎的財政収支ともよばれるほか、英語の頭文字からPBと略されることもある。/バブル経済崩壊後のたび重なる経済対策や高齢化に伴う社会保障費の増大で、日本の国と地方をあわせた借金(長期債務残高)は2022年度(令和4)末時点で約1244兆円に上り、国内総生産(GDP)に対する比率は先進国で最悪の約220%に達する。プライマリーバランスを均衡(歳入と歳出の差をゼロにする)させても長期債務残高が減るわけではないが、均衡した場合、債務は利子率に応じて増えるが、税収も経済成長率に応じて増えるため、かりに利子率と成長率がほぼ同一であれば、債務残高のGDP比率は一定に保たれ、債務残高が雪だるま式に膨らむのを抑えられる。このためプライマリーバランスは財政健全化の目安の一つとされる。

 日本はバブル経済が崩壊した1992年(平成4)以降、ずっとプライマリーバランスが赤字である。歴代政権はプライマリーバランスの黒字化を目標に掲げてきたが、ことごとく失敗し、目標年次の延期を繰り返している。1999年に小渕恵三(おぶちけいぞう)政権は2008年度(平成20)までに、2006年に小泉純一郎政権は2011年度に、2013年に安倍晋三(あべしんぞう)政権は2020年度にそれぞれ設定した。消費増税の先送りを経てふたたび2018年に安倍政権が2025年度に、プライマリーバランスの黒字化の目標を掲げた。しかし日本経済のデフレ進行、リーマン・ショック、東日本大震災、新型コロナウィルス感染症(COVID(コビッド)-19)の流行などで、政府が財政出動による経済対策を講じたため、実現していない。2023年時点で、岸田文雄政権は「これまでの目標に取り組む」と2025年度に黒字化の目標を堅持しているが、内閣府は堅調な経済成長(名目成長率3.0%超、実質約2.0%程度)が続いても、黒字化は2026年度になると試算している。(日本大百科全書ニッポニカ)

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高市政権の経済対策をどうみるかー日本版トラス・ショックを回避せよ (石川智久)                             (Economist Column No.2025-058:日本総研)(2025年11月21日)                                            ■規模ではなく的を絞った財政出動と、財政出動を伴わない成長戦略である規制改革を 高市政権は「責任ある積極財政」を掲げているが、責任ある財政政策とは、財政規律を確保しながら、将来の成長につながる政策にしっかりと資源を振り向けることである。高市政権では、物価高対応、危機管理投資・成長投資、防衛力・外交力強化を3本柱としているが、物価高対応は低所得者層等の経済弱者向けに絞ることで金額を抑えることが不可欠である。また、危機管理投資・成長投資、防衛力・外交力強化、については、昨今の国際情勢に鑑みて強化することは重要であるが、金額ありきではなく、真に必要な部分に集中し、ムダを排除していくべきである。(⇙)


高市氏は、英国初の女性首相であるサッチャー氏を目標とする政治家に挙げているが、サッチャー氏は財政再建に注力したことを想起すべきである。他方、物価対策や資産バブル回避のためには金融政策の正常化が求められるが、政策金利を上げていくなかでは、なおさら財政再建が求められると認識すべきである。低位安定していた日本の長期金利が顕著に上昇するなか、財政再建を先送りする余裕はない。英国の 3 人目の女性首相であるトラス氏は財政規律への配慮を欠いたことで金融市場の動揺を招いたが(トラス・ショック)、その二の舞は回避しなければならない。財政再建の中期プランを作成し、強くコミットすることなどを通じて、市場の信認を得ていくことを期待したい。/加えて、財政出動を伴わない成長戦略である規制改革の議論が低調なのは大きな問題であり、早急に取り組んでいくことが不可欠である。(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=112633

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 余話ながら ぼくの見る悪夢です。「歴史は繰り返す」のではなく、「歴史は韻を踏む」と、真偽は定かではありませんが、アメリカのある作家が言ったとされます。

◎ 国会議事堂放火事件(こっかいぎじどうほうかじけん)(Reichstagsbrand = ヒトラー政権が成立して1か月後の1933年2月27日夜、ベルリンの国家議事堂で起こった放火事件。事件直後、現場でオランダの元共産党員ファン・デア・ルッベが放火犯人として捕らえられ、数日後にはドイツ共産党のトルグラー、ブルガリア共産党のディミトロフら4人が共犯として逮捕された。裁判ではトルグラーら4人は証拠不十分で無罪となり、ルッベのみが死刑となった。この事件は今日でも不明な点が多く論議をよんでいる。ルッベの単独犯行説もみられるが、一般にはゲーリングらナチス首脳が深く関与していたと信じられている。というのも、ナチス政府は事件を機に国際共産主義の脅威をあおり、共産党、社会民主党など左翼を徹底的に弾圧しつつ3月5日の総選挙に臨んだからである。さらに事件の翌28日には、緊急令によってワイマール憲法を事実上廃止し、ナチス党のテロ独裁樹立への第一歩が踏み出されており、高度に政治的な意味がこの事件には与えられたからである。(日本大百科全書ニッポニカ)

麻生財務相、ナチスめぐる過去発言「撤回した」「麻生氏は2013年7月29日、憲法改正をめぐるシンポジウムに出席した際に「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」などと発言。同年8月1日に撤回した。17年8月29日には、派閥研修会で「結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と述べ、翌日に発言を撤回している」(朝日新聞・2021/07/30)

【余録】歴史は繰り返さないが、韻を踏む。「トム・ソーヤーの冒険」で知られる米作家マーク・トウェインの言葉とされる。全く同じではないが、似たようなことはよく起きるという警句だ▲先月の仮想通貨(暗号資産)交換所大手FTXトレーディングの破綻を見て、この言葉を思い出した。裏付け資産のないデジタル証券を担保に借金を膨らませる錬金術が行き詰まったのが主因だ。顧客から預かった資産を自らの事業に流用していたことも発覚した▲ショックは業界全体に波及し、代表的な仮想通貨ビットコインの相場も急落した。問題は一業界のバブル崩壊で済ませられないことだ。背景には、コロナ禍をきっかけに3年近く続いた世界的なカネ余り時代がインフレの影響で終焉(しゅうえん)したことがある▲FTXは顧客に年率8%程度の利息で仮想通貨を預けさせていた。ゼロ金利下では有利な投資に見えた。ところが米国の中央銀行が今春以降、利上げに転じると、国債など安全資産への投資でも高い利回りが見込めるようになった。FTXから資産を引き出す顧客が相次いだ▲日銀も今月、事実上の利上げに踏み切った。金融緩和の幕引きで打撃を受けるのは仮想通貨に限らない。信用力の低い企業の社債や途上国の国債からも投資マネーが逃げている▲2007年の米住宅ローンバブル崩壊後には、金融危機の連鎖によるリーマン・ショックが世界を襲った。今回は韻を踏むような事態にならないか。当局は市場の動向を注視していく必要がある。(毎日新聞・2022/12/26)

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ご挨拶を控えさせて頂くことに…

【夕歩道】おおらかだった時代には、本や雑誌の巻末に著者や投稿者の住所や電話番号が載っていた(ペンフレンド募集なんてのもあった)。今や個人情報を出せば、どんなたたりがあるか分からぬ世の中。▶辛うじて、仲の知れた同士でやりとりする手紙・はがきは廃れていないが、こちらもネットに押されて赤信号か。年賀はがき発行枚数は2004年用がざっと44億5千万枚、今年は7億5千万枚。▶文具店に「年賀状じまい」はがきが並んでいた。「誠に勝手ながら本年をもって年賀状を控えさせていただきます」の印刷文。これで縁が切れちゃうのか。顔を思い出したら、たまに一筆いかが。(中日新聞・2025/12/25)

 もう何年になりますか、とっくに「年賀状」というものをお仕舞にしてきました。いろいろと理由があったのでしょうが、「歳の裡(年内)」に、「明けましておめでとう云々」とは書きたくなかったことと、新年早々は矢鱈(やたら)に雑用が多くて、おちおち「挨拶状」を認(したた)める余裕がなかったから等々、そんなこんなで、年賀状というものに、ついに懐(なつ)かなかったんですね、ぼくは。

 もちろん、ぼくのような「偏屈者」にも、ご丁寧に(と思われます)「年賀の挨拶」を届けてくださる方がたくさんおられます。少なくとも戴いた賀状には、欠かさず返信を書きますが、もちろん年が明けてからですね。即刻(松の内をめどに)の返信も、やがてはすっかり放念して、一月末までは出さないようになりました。長年に及んで教師の真似事をしていましたので、ありがたいことにたくさんの方から「年賀状」を戴きました。五百枚は越えなかったが、それに近い枚数(方々)のそれぞれに、ゆっくり返信するのもなかなかの骨折りとなっていました。そのうちに、これもすでに二十年以上も前のことになりましたが、人一倍「旧暦」が好きでしたから、旧暦の「新春」、つまりは「立春(2月3日ころ)」を目当てに、戴いた年賀状の返信を書くことにしたのでした。人一倍の筆不精ですから、当方からは先に出さない、戴いた方への返信という具合に、まあ好き勝手な「挨拶」を書いてきました。

 その「年賀状仕舞い」の見本の葉書がたくさん売りに出されています。それを見ていて、そのほとんどが「年賀状でのご挨拶を控えさせていただきます」というような文言(紋切型)です。「~させていただく」とは、これ如何に? 多くの説明によると、これは「謙譲語」であるとか、「尊敬語」であるなどと解説しています。不思議ですね、年賀状はもう出しませんという自らの判断に、相手の許可を貰うような貰わないような。あるいは「尊敬語」になるのだろうかと、ぼくは疑問を持ちます。あえて言うなら「丁寧語」なんですよね。つまりは「慇懃語」です、ある辞書によると、「慇懃」とは「真心がこもっていて、礼儀正しいこと。また、そのさま。ねんごろ」(デジタル大辞泉)とあります。ぼくが使いたいのは、むしろ「慇懃無礼」の方かもしれないと、やや懼(おそ)れてもいます。同じ辞書によると「表面は丁寧で礼儀正しいように見えるが、実は尊大で無礼なこと。また、そのさま。慇懃尾籠(いんぎんびろう)」(同上)この「尾籠」とは「礼儀をわきまえないこと」「無礼」ということでしょう。「~させていただく」は、へりくだっているようでいて、「文句は言わせない」と異様な雰囲気が感じられます。

 「年賀状でのご挨拶は控えさせていただくことにしました」「丁寧語」の連続、「ご挨拶」「控えさせていただく」と、何とも「慇懃」満載の「お断り」ではないでしょうか。(右上の「日本郵便」の「挨拶」はどうでしょう。「料金改定により…一枚85円となります」と実に堂々としている。「なります」と、まるで自然現象みたいな物言いで、しかも「挨拶」も「お礼」も一切抜きですから、見事なもの、「盗っ人猛々しい」というのでしょうね。「値上げさせていただきます」とは死んでも言わない覚悟がみえる。「お上意識」の悲しさです。数年後には「一枚300円となります」という次第になるか、その前に会社がなくなるか)

 なぜ、「賀状での挨拶は止めることにします」と言わないのでしょうか。曖昧語の麗しき伝統を墨守・堅持・固持しているようでいて、ぼくにはすっきりしない気分が残ります。「あなたの頬張らせていただきます」って、おかしいでしょ。ぼくも人並みに、これまでにたくさんの「控えさせていただきます」の挨拶状を戴きましたが、どうぞ勝手に、という気分でしたでしょうか。「辞めてくださるな」とも言えず、「お気に召すまま(As you like)」というほかになかったですね。

 「出さない」「出したくありません」という他人の姿勢に対してとやかく言う筋合いはぼくにはありません。ただ「~させていただく」という用法だけはご勘弁を、というばかり。つまらぬことにごちゃごちゃ文句をつけているようで、恥ずかしい限りですが、他人に文句の言えた義理でもありません。いうまでもなく、「本年をもちまして」などという猶予はぼくにはないのであって、「いつ何時、あなたの視野からは失礼させて(消えさせて)いただきます」となるか、知れたものではありません。「この辺りで、つまらぬ文章(駄文)を終わりにさせていただきます」

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