いのちを飾り立てたり弄んだりするな

【夕歩道】
 NHKEテレ「no art、no life(ノーアート、ノーライフ)」。わずか5分間のテレビ番組だが、どの回も制作者の力がこもっている。日曜午前の放送で水曜深夜に再放送がある。
 繊細な人たちが作るアートの紹介番組。野花に顔を寄せて感嘆したり、障害のある人の施設で一心に自分の内面を見つめたり。人の価値を生産性で測ると置いてきぼりにされそうな静かな人たち。
 先日、謎の作家バンクシーの正体を特定したと海外通信社が報じた。氏についての本は、どこにでもいそうな「普通の、控えめな」英国人とかねて紹介していた。ひっそり暮らしているだろうか。(中日新聞・2026/03/18)

 何の脈絡もなく、「ノーアート、ノーライフ」と石垣りんさんの「詩」と「樹齢1200年の桜」を並べてみました。普段通りに、思いつくままです。拙宅には何本か桜の木があります。それぞれがまさにこれからだと、「蕾(つぼみ)」を膨らませている。その中で、ひときわ早く開花するのが「啓翁桜(けいおうざくら)」という品種。(ヘッダー写真。拙宅ものではありません)当地に越してきてから苗木から育てた。このところの杜撰(ずさん)な手入れ(手抜き)のせいで、かなり樹勢が衰えてきている。あまり選定したりするのは好きではないので、自然に任せるのですが、植えたところがよくなかったのかもしれません。桜花爛漫もいいでしょうが、ぼくには少しずつ成長している(「花なら蕾とか)、その経過(葉桜)を見るのが何よりです。それは人間でも同じではないでしょうか。満開(出世)が最高だという人が多いでしょう。でも、そこに至る前段(出走前)と、後段の落花(出走後)の経過をこそ見るのが、植物(競馬)好きではないかという気もしているのですね。

 右に引いた石垣さんの詩「落花」(一部)。不思議といえば、「落花」はよく使われるけれど、「散華・散花(さんげ)」はあまり見ません。当然なんですか。高橋和巳さんに同名の小説「散華」があるのは知っていましたが(未読)。「散華」とは「1 花をまいて仏に供養すること。2 四箇の法要の一。梵唄(ぼんばい)のあとにシキミの葉あるいは花を散布すること。また、紙製の蓮華の花びらを花筥(けこ)に入れ、散布すること。3 《花を散らす意から》死ぬこと。特に、若くして戦死すること。「南方洋上に—する」(デジタル大辞泉)石垣さんは「散華」という名の「戦死」の美化を忌み嫌ったのです。「おちるがいい / 花びら / 涙 / いのち / 死の灰」石垣さんは、見るからに華奢(きゃしゃ)な方だったが、その「芯」には強靭なものがあった人だと思う。強がっているのではなく、はったりでもなく、「おかしいことはおかしい」とはっきりと自分の言葉でいった人として、ぼくは尊敬しています。「桜の花びらのように」「美しく散るいのち」、しかもそれは「国のために捧げたいのち」だなどと、なんという虚飾。詭弁であろうかという思いは、ぼくにもある。

 国って、なんぼのもんです? そんなぞんざいな口をきいてみたくなります。「お国のため」「国が第一」「七生報国(しちしょうほうこく)(楠木正成の科白(せりふ)だとされます、彼はずいぶんと持ち上げられたり、踏み付けられたり。命を差し出す「主君(後醍醐天皇)」がいてこその「報恩」でしたが)」という嘘の嘘。言っている本人でさえ、そうはいっても「まずは、わが命」と信じているはず。だから軽々しく「お国のために」といえるのでしょう。「国が何より」という意味はどういうことだろうか。祖国の名誉って何ですか。

 どなたが「赤線」「青線」を引かれたか。再び石垣さんの引用です。「昔々 立身出世という言葉がありました。それはどういうことですか 意味はさっぱりわかりません」(「花のことば」)強烈な言葉の逆襲ではないでしょうか。「生きている」だけで精一杯の明け暮れ。それ以上に何を願い望むことがあろうか。欲ボケもいい加減にしてほしいという露わな反感があります。

 「咲いている花が 尚その上にお化粧することを考えた / そんな時代の言葉です」今、この国では、狂気に襲われている一人の女性が首相になっています。何の因果でしょうか。「国を強くしたい」「世界の中で咲き誇りたい」と叫び続けている。「国」に存在している「民」はどうでもいいとでもいうような乱暴さがあります。「国盛んにして、民衰えたり」、なんというグロテスクな発想でしょうか。そのような狂い咲きの「徒花(あだばな)」(実を結ぶことなく、無情に散り終わる花のこと。開花はしても、結実しないという意味)のような「宰相」を四方八方から盛り立て、盛り上げる権力周辺の有象無象が引きも切らない。そのまた周りには数限りない「無辜(罪のない)・無知の民・民草」がいます。なぜ、こんな変異が生じているのか、ぼくにはよくわからないのです。なにもかにもが「ネットの時代」だということにはしたくない。ネットの時代であれ、テレビの時代であれ、戦争の時代であっても、「いのちを飾り立て」「いのちを弄んだり」することを潔くしないで、地道に生きることを放棄しない人もまたいるのです。あまり好きな言葉ではありませんが、「一所懸命」、ぼくはここ(一所)に精魂を籠めて、秘(ひそ)かに生きていたいという、そんな生き方をこそ。

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 最初に「夕歩道」を出した、他意はありません。まず「no art、no life(ノーアート、ノーライフ)」という番組、ぼくは未見です。少し丁寧にみてみようと思いました。次いで、そこに「バンクシー」が顔を出していたから、それだけでぼくは嬉しくなった。「氏についての本は、どこにでもいそうな『普通の、控えめな』英国人とかねて紹介していた。ひっそり暮らしているだろうか」(「夕歩道」)その通りでしょう。でも、「普通の、控えめな」というところが肝(きも)です。誰だって、我に返れば「普通の、控えめな」という生き方を念じているのではないでしょうか。外から毒の混じった教育を授けられるから、「普通はだめ」「控え目なんて暗い」と、歩く道を間違えるんでしょうね。「咲いている花が 尚その上にお化粧することを考えた」、そんな人間がごまんといる社会になりました。それもこれも、ぼくは多くは、長い長い学校教育の唆(そそのか)しのせいだったと、経験から学びました。

 世が世なら「咲くだけで(生きるだけで)せいいっぱい」「開くことに懸命な」、そんな人に学校教育は「もっと美しく咲け」「もっときれいに開け」と強いたんでしょうね。ぼくは「現首相」に、悪しき学校教育の一典型を見る思いがします。つまるところ、「立身出世(career advancement)」「出しゃばり(arrogance)」ということです。「身を立て世に出る」、狭い故郷を離れ(出世間)、都会(世間・世の中)で、ひたすら成功を求め、それが成った暁には故郷(ふるさと)に錦を飾る」という人間像が、様々なヴァリエーションを生みながら今に続いてきました。「一極集中」の淵源・嚆矢・発端でした。それを強力・強引に推進してきたのが近代学校教育(制度)だったのです。「こころざしをはたして いつの日にか歸らん 山はあをき故郷 水は清き故郷」(唱歌「ふるさと」高野辰之・詞 岡野貞一・曲、1914年発表)

◎ 立身出世(りっしんしゅっせ)= 社会移動には水平的移動と垂直的移動があるが,立身出世は後者のうちの上昇過程をさす。立身出世は,封建社会や村落社会といった身分社会においては,身分秩序を破壊するものとして否認された。社会分化の進んだ流動的な近代社会においては,逆に社会変動の要因として積極的にすすめられ,能力のある人間は競争によって階層上昇 (立身出世) が可能となった。日本でも,明治以降,国家的な欧化政策のもとで盛んに立身出世が奨励されたが,実際には能力主義に反する私的な人的関係も無視しえなかった。立身出世の方法としては特に教育が用いられ,学歴主義の悪弊を生み落した。また立身出世主義には,社会的不満のはけ口としても機能する側面がある。(ブリタニカ国際大百科事典)

*「ふるさと」https://www.youtube.com/watch?v=p1eZ8sIDF1A&list=RDp1eZ8sIDF1A&index=1

ふるさと

兎追ひしかの山
小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷

如何にいます父母
恙(つつがなし)や友がき
雨に風につけても
思ひいづる故郷

こころざしをはたして 
いつの日にか歸らん 
山はあをき故郷 
水は清き故郷

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 ここで場面が変わります。日本三大桜などと「あだな(渾名・綽名)」をつけられて、散々な目にあってきた桜たちがいます。ぼくは、それぞれの「名桜」には会ってはいますが、いずれも時期を外しての見物、しかもたった一人での観桜だった。根尾などは山中深く、誰もいなところで遠くから眺めただけ。山梨の「山高」はたまたま通りかかったときに目に入った按配でしたが、なんと狭いところに閉じ込められていることかと悲しくなりました。福島三春は遠望するばかり。それが先般の豪雪の重みで大きな枝が折れたというニュースに、「そっとしておいてください」という気がしました。

 それぞれが樹齢千年を過ぎたといわれますが、その大半の時間、誰もが見物に出かけることなく、ひっそりと咲いて、散って…。そのくり返しだったでしょうに。宇野千代さんの「薄墨」に賭けた熱意はぼくも早くから知っていましたが、ひそかに「余計なことを」という気がしないでもありませんでしたね。宇野さんの紹介で小林秀雄氏が「薄墨は…」などと書いたりしたものですから、物見遊山が大群衆になり、桜の根っこを踏みつけるような仕儀に至り、樹勢をさらに弱めることになったのです。「人に知られる」「名を成す」というのは人でも物でもろくなことはない。それこそ<Le It Be>ですよね。(下写真は岐阜県本巣市の「薄墨桜、三日前のもの)(https://www.city.motosu.lg.jp/0000000038.html

【余録】「樹齢1200年という老樹に、若木の根を何百本も継いで蘇生させたという話は、老人の私には興味のあることだった」。明治から平成まで1世紀近くを生きた作家、宇野千代さんの小説「薄墨の桜」の一節だ▲岐阜県本巣市の国の天然記念物「根尾谷(ねおだに)淡墨(うすずみ)桜(ざくら)」がモチーフ。知人の勧めで現地を訪れ、保存運動にも関わった。主人公の言葉は本人の思いでもあったのだろう。継体天皇が植樹したという伝説が残る巨木の樹齢は1500年超ともいわれる▲山梨県北杜市の「山高神代(やまたかじんだい)桜(ざくら)」、福島県三春町の「三春滝(みはるたき)桜(ざくら)」と合わせた「日本三大桜」は長寿ランキングでもトップ級。いずれも日本固有の野生種、エドヒガンの仲間である▲淡墨桜、神代桜の見ごろは3月下旬から4月上旬、滝桜は4月前半というが、本来、名のとおり彼岸の頃に開花する早咲きの桜。関東地方ではソメイヨシノの開花より1週間程度早いとされてきた▲ところが今年はソメイヨシノの開花も早い。彼岸の入りを前に高知や岐阜、甲府で開花宣言が出された。2月に暖かい日が続いたことが一因らしい。彼岸明けまでには東京や福岡なども続きそうである▲エドヒガンとオオシマザクラを親に持つというソメイヨシノの寿命は60~80年。長寿の遺伝子が引き継がれなかったのは残念だが青森・弘前公園には樹齢100年を超えるソメイヨシノの木も多いらしい。リンゴ栽培に倣った剪定(せんてい)法が秘策というからぜひ広めてもらいたい。<尼寺や彼岸桜は散りやすき/夏目漱石>(毎日新聞・2026/03/19)

 (右上写真は「山高の神代桜」)(「満身創痍」というのは人間だけではないのです。あまりにも痛々しいと、ぼくは感じてしまう)

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「目立たないことは超能力である」

謎の芸術家バンクシーは英ブリストル出身の男性、 「デービッド・ジョーンズ」とも [13日 ロイター] - 世界各地に作品を残している謎の芸術家バンクシー。ロイターは関係者への取材や資料に基づき、バンクシーは英南西部ブリストル出身の男性ロビン・ガニンガム氏だと結論づけた。/バンクシーの弁護士マーク・スティーブンス氏はロイターに対し、書面で「(バンクシーは)貴社の問い合わせに含まれる詳細の多くが正確であるとは認めていない」​と述べた。バンクシーの正体について肯定も否定もせず、取材内容を公表すればバンクシーのプライバシーを侵害し、芸術活動に支障をきたし、危‌険にさらすとして、公表を見送るよう要請した。
ロイターは、プライバシー侵害というバンクシーの主張、彼のファンの多くが匿名性の維持を望んでいるという事実を考慮した。報道活動で適用するあらゆる基準に照らしつつ、文化、アート業界、そして国際的な政治的議論にも深く永続的な影響力を持つ人物の素性や経歴を理解することについて、公衆が深い関心を持っていると判断した。(以下略)(ロイター・2026年3月16日)

(ヘッダー写真:「ロイター通信は、バンクシー本人と噂される人物たちの写真列をホーレンカの住民に見せた。左から順に、ティエリー・ゲッタ、ロビン・ガニンガム、ロバート・デル・ナジャ。ロイター/イラスト/キャサリン・タイ。出典写真:イブニング・スタンダード紙のジェイセン・ヴィンロブ、ロイター/ピーター・パブロウスキー」(https://www.reuters.com/investigates/special-report/global-art-banksy/

 「ロイターの調査 バンクシーを探して  このイギリス人ストリートアーティストの正体は、何十年にもわたり議論され、厳重に秘密にされてきた。ロイター通信は、この謎を解き明かすべく、爆撃を受けたウクライナの村からロンドン、そしてマンハッタンのダウンタウンへと取材を進め、名前以上の多くの事実を明らかにした」サイモン・ガードナー、ジェームズ・ピアソン、ブレイク・モリソン著 2026年3月13日午前10時(グリニッジ標準時)に提出

「浴槽で背中を洗う男性を描いたバンクシーの壁画は、2022年にウクライナのホレンカ村の廃墟となった建物の壁に出現した。この壁画はロイターの記者の興味を引き、謎に包まれたこのアーティストの正体を探る試みが始まった。ロイター/グレブ・ガラニッチ」(右写真)(https://jp.reuters.com/life/entertainment/JB2PQGTO3ZOPXJIANCLWUCVNDE-2026-03-16/

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 バンクシーの「箴言録(maxim)」のようなもの。(以下は「ロイターの調査 バンクシーを探して」より)

 「私はアートを使って異議を唱えているつもりだが、もしかしたら異議を唱えることで自分のアートを宣伝しているだけなのかもしれない。魂を売ったという罪は否認する。だが、以前住んでいた家よりもずっと大きな家からそう主張している」(バンクシー タイムアウト・ロンドン、2010年)(註 彼は相当に賢明な人だと、ぼくは判断している)

 「私がやっていることが『芸術』だと美術界の人々に納得させることにはあまり興味がない。それよりも、私がやっていることが実際には破壊行為だとグラフィティコミュニティの人々に納得させることの方がよっぽど重要だ」(バンクシー LAウィークリー、2010年)(註 彼が「エスタブリッシュ」から評価されることは「侮辱を受ける」に等しいと考えているでしょうね)

 「私はカミングアウトするつもりは全くありません。ただでさえ、自分の醜い顔を人々の前に突き出そうとする、自己中心的な嫌な奴らが十分すぎるほどいるからです」(バンクシー タイムアウトNY、2010年) (註 自己宣伝(自惚れ)はしない。世の中には「デシャバリが多すぎる」のではないですか、と)

 「芸術には、大げさで、下品で、露骨な表現があってもいいと思う。怒れる思春期の若者のわめき声のように見えても、何が悪いんだ?パンクの何が悪かったんだ?」(バンクシー ディズマランドのウェブサイト、2015年)(註 ノンセンスというのは、センスを笑いのめすということです。それを世間(常識)は「馬鹿なこと」という。「センス(常識)」なるものを否定するのが真意です)

(☝ ニューヨークでの看板破壊事件で逮捕された後、バンクシーは警察への自白書の中で、広告を汚損したことを認めた。この自白書はこれまで報道されていなかった)

 「私が誰なのかを知らない人になるまでは、誰も私の話に耳を傾けてくれなかった」(バンクシー 壁とピース、2005年)(「自分らしく生きる」と、しばしば自他ともに慫慂しますね。それがまるでいいことのようですが、最も「自分が何者か、わからないのは自分なのだ」だと気が付くのは大事なことですよ)

(「バンクシーはパレスチナとイスラエルを隔てる分離壁に「Balloon Debate(バルーン・ディベート)」をスプレーで吹いています。2005年のことです。/また、バンクシーはこの作品を残した後、次のようなメッセージを残しています。

 「イスラエル政府はパレスチナ自治区を取り囲む壁を建設している。この分離壁はベルリンの壁より3倍も高く、完成すると全長 700キロメートルにも及ぶ。これは、ロンドンからチューリッヒまでの距離と同じだ。この分離壁は、国際法上では違法。パレスチナを世界一大きな刑務所に変えた」バンクシーhttps://youtu.be/umas99F_z6U

(「バンクシーの芸術」・https://theartofbanksy.jp/banksy-girl-with-balloon-rundown/

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 ぼくはまだ見ていないが、ガザでもイランでも「バンクシー(実は「破壊者」)」はパンク「punk」しているのだと思う。ぼくは以前から、バンクシーはパンクシーだと考えていました。つまり、体制側(既成派)からみれば、文字通りに「不良・チンピラ・壊し屋・ならず者」に映るし、そう映ることが大事(本望)なので、辺に承認・賞賛されることはあり得ないと考えているはずです。深いところでは「大勢(体制)派って、クズなんだ」という徹底した反抗心、それ以上の反骨精神があるのもまたパンクする人の特徴でしょう。もう一説。車のタイヤに釘(くぎ)などが刺さって空気が抜ける状態を「パンク(cf puncture)」というでしょう。バンクシー(パンクシー)が狙っているのも、体制順応派の「はち切れそうな満腹(の空気)」(満足・満杯・傲慢・慢心・満点)を鋭く刃物で毀損することなんですね。「パンク(punk)」は「くだらないもの、不良」などと、世の中順応・肯定派から忌み嫌われている、そんな存在の側に身を置くことに意味があるんですね、きっと。

 彼は、例の「Beatles」ではないところが大切です。言わずもがなのことながら。彼らは1965年に英女王から「大英帝国勲章(MBE)」を授けられ、レノンは1969年に「反体制派」の矜持からでしょうか、勲章を返上しましたが、さらにポールは1997年に、リンゴ・スターは2018年に「ナイト(Knight Bachelor)」の称号を授与されている。これをめぐり、軍人さんたちからは「勲章の権威を汚す」と反発された。理由は「たかがポップじゃないか」というものでした。彼らは「パンク」ではなかったというわけでした。この島の「嵐」というグループが文化勲章を受けるというのは、相当に面白いんじゃないですか。あるいは、「スマップ」だって資格はあるでしょう、いろいろな意味において、ね。「褒章」「勲章」というものは、何であれ、欲しい、貰いたいという人には、どうぞ、ぼくはいつだってそういう気分でした。でも、自分は貰うのはいや、とね。(次いでだから、もっとつまらないことです。比べるのも変ですが。ぼくは希望もしないのに、「学位を授けます」といわれて心底情けなくなったし、「名誉教授」の称号も、本人に断りなく、所属機関から「授与する」と聞かされて、「それは人権侵害でしょ」と断った。驚くべき頽廃(decadence)だと、ぼくは感じだものでした)

 時代の寵児とか、現代の鬼才などと崇め奉られることは万死に値するほどに、「パンク派」には情けないこと。「世に評価される」ヒトやモノには、間違いなく「迎合」の卑屈さがあることを「パンクたち」は直感しているからです。「阿諛(あゆ)」「阿世(あせい)」といってもよろしいでしょう。「相手の気に入るように振る舞うこと」「おもねる・へつらうこと(諂諛・てんゆ)」ですから、「阿諛迎合」とはどこまで行っても「あなた次第」「他者の評価」が大事なんです、という屈折した心がなせるわざでしょう。「私を評価してください」「ぼく勲章(メダル)をもらう権利(価値)があるのだ」などという、今どきも、まだまだ大流行の「愚劣連」の時代であり、社会です。

 そんなご時世にあって彼は、「私はカミングアウトするつもりは全くありません。ただでさえ、自分の醜い顔を人々の前に突き出そうとする、自己中心的な嫌な奴らが十分すぎるほどいるからです」と、なんも言えない心意気というべきでしょうか。ぼくは、恥ずかしくて言いたくないのですが、(バンクシーが「出現」するはるか昔から)ひそかに「バンクシー」(島的にいうなら「鼠小僧次郎吉」)になりたいと思っていたことがあります。「世に知られることは、交通事故に遭遇するようなもの」と早くから、ぼくは思いこんでいました。自分から進んで事故に遭いたいと念願するほど、ぼくはバカではないという腹積もりで生きていました、今もなお。

 どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている ー 月光仮面のように、バンクシーは東奔西走、神出鬼没。彼のあらわれた、いたるところで物議を醸し、賛同の嵐を巻き上げ、非難の礫(つぶて)を受けるのです。「毀誉褒貶(きよほうへん)」、いや、「非難囂々(ひなんごうごう)」かもしれません。そして彼はそれを遠くから、あるいは近くから、黙って凝視しているのです。くどいようですが、彼の「肺腑の言」(と受け止めたいですね)、を。

 「目立たないことは超能力である」 

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 *ぼくの推論 ー 「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている」というように、「月光仮面」は確かに「実在」しましたね。いつの時代、いつの世にも「きっといました」と、誰もが待ち焦がれた存在でした。まあ、「青い鳥」のようなものではなかったか。そして、今日この時代の「月光仮面」である、「バンクシー」は「月光仮面」のように「正義の味方よ よい人よ」でもなければ「誰でも好きに なれる人」でもなければ、「この世の悪に かんぜんと」ではなく、絡(から)めてから、戦いいどんで消えてゆくらしい。それを必死で探し求める「追っかけ」もまた、たくさんいそうです。たぶん、多くの人は彼がどんな「おじさん」(おばさんではなさそうだ、というのは確からしい)かは、見当がついています。彼の友人だったり、隣人である人もたくさんいます。

 しかし、やはり彼は「謎の壁画家」でいてほしいと、誰もが望んでいるのでしょうね。もちろん、ぼくもその一人、なぜだか、ロイターは相当に入れ込んで「バンクシーというおじさん」探索を続けてきて、ほぼ「正体」を突き止めたようです。けれども、「正体見たり 枯れ尾花」ではないにしても、「なんだ、あんな男だったか」とならないことを願うばかり。しかし「謎」はいつまでも「謎」であり続けるんじゃないですか。「君が謎(バンクシー)だったか」と問われて、「そうなんだ、ぼくは、いまも謎(バンクシー)なんだ」ということなんですね。(因みに、1958年に流行した「月光仮面は誰でしょう」という主題歌(作詞・川内康範、作曲・小川寛興)にある通り、当時の月光仮面はホンダの250CC(ドリームC71) にまたがって、「正義の味方」をやっていました。ぼくは京都にいたころ、「(月光仮面をつけていない)すっぴんの月光仮面」の家に行ったことがあります。「映画スター探訪」と称して勝手に、俳優の家に行く遊びでしたが、O さんは俳優であり、妻も俳優だった高千穂ひづるさん。たくさんの俳優さんの家に行きましたし、同級生にも俳優の息子たちがいた時代。(右上は素顔の月光仮面こと、O さん)

 そして、今でもまだ、「月光仮面」がいるんですね。同じバイクに乗って、横浜方面にいるらしい、某氏(左写真)。こんな格好で街中を疾走すると、逮捕されませんかと、気になります。要するに、世の中には謎が多いし、第一、人間は人間にとって「謎」なんですね。

 (*「月光仮面は誰でしょう」近藤よし子&キング小鳩会 歌)((*近藤よし子&キング小鳩会 歌)
https://www.youtube.com/watch?v=uAjuhZRG6i8&list=RDoHpN4QuGc-U&index=2


 月光仮面は誰でしょう

1 どこの誰かは 知らないけれど
  誰もがみんな 知っている
  月光仮面の おじさんは
  正義の味方よ よい人よ
  疾風(はやて)のように 現れて
  疾風のように 去ってゆく
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

2 どこかで不幸に 泣く人あれば
  かならずともに やって来て
  真心(まごころ)こもる 愛の歌
  しっかりしろよと なぐさめる
  誰でも好きに なれる人
  夢をいだいた 月の人
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

3 どこで生まれて 育ってきたか
  誰もが知らない なぞの人
  電光石火(でんこうせっか)の 早わざで
  今日も走らす オートバイ
  この世の悪に かんぜんと
  戦いいどんで 去ってゆく
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

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◎ パンク(punk)= 1970年代中頃に生まれた若者の風俗現像。発祥は英国で,髪を染める,逆立てる,一部分あるいは全体を剃る,ぼろぼろの服を着る,耳や鼻孔,口などに穴をあけ安全ピンを刺す,露骨で卑猥な言葉を吐くなどが特徴。不況による失業と階級意識の強い社会に閉塞感を抱く英国の若者の間で広まった。元来パンクとは与太者,不良などの意味だが,ロック・グループの〈セックス・ピストルズ〉が上述のようなスタイルで,反社会性を歌ってデビューしたときから,反社会・反通念がパンクの共有概念となった。彼らの音楽はパンク・ロックあるいは単にパンクと呼ばれた。金がないゆえのパンクのスタイルだったが,その後ファッションとしても流行した。(百科事典マイペディア)

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Follow Him wherever He may go

 桜、ふわりと高知市で開花 3年連続全国トップ、昨年より7日早く 高知地方気象台は16日、高知城のソメイヨシノが開花したと発表した。岐阜、甲府と並んで全国で最も早く、高知は3年連続のトップ。開花日は昨年より7日、平年より6日早かった。/この日、三の丸にある標本木で宣言の基準となる「5、6輪」を満たす6輪が開花。前日は3輪しかなかったが、連日の陽気にふわりとほころんだ。気象台職員によると、この冬は平均気温が平年並みで推移。「ちゃんと冷え込んだ後に暖かくなり、咲きやすかったのでは」と話した。1週間ほどで満開を迎えるという。/開花宣言の場には報道陣のほか、近くの丸の内高校音楽科の1年生10人も居合わせ、中田結斗さん(15)は「花びらの中に濃いめのピンクがあってかわいらしい」とにっこり。見物に来た高知市の男性(49)は「一杯飲みたくなるね」と早くも花見酒を楽しみにしていた。(森本敦士)(高知新聞・2026.03.16)

 全国トップ、岐阜市と高知市でソメイヨシノ開花 岐阜は平年より9日早く 岐阜地方気象台は16日、岐阜市でソメイヨシノが開花したと発表した。平年より9日早く、高知市、甲府市と共に、全国の観測地点でトップの開花となった。同日の開花は1953年の統計開始以来、89年、2021年、23年と並び最も早かった。/岐阜市では16日午前、清水川堤の標本木で、開花の基準となる5~6輪が咲いているのを気象台職員が確認した。気象台は「「2月中旬から平年に比べて気温が高く推移しており、早い開花につながった可能性がある」としている」(中日新聞・2026/03/17)

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 WBCでは中途半端な「盛り上がり」ならぬ「盛り下がり」で、いささか消化不良気味だった、この劣島、彌生半ば過ぎ。(ニュースなどでも「サムライなんとか」が想定外に早く敗退したのを残念がっていましたが、ぼくにとっては、精神の健康上はいいことでした。「ほかに何か伝えることがないのか」といいたくなるほどに、この島のメディアは「国民をもっと愚か者にしたい」という、わけのわからない企みで、時を択ばず「五輪」や「野球」をのべつに報じている。そんなこととは露知らず、気づけば、ガソリン代は1ℓが200円超になっており、物価は鰻登りの狂乱の巷(ちまた)です。

 「政治はどこにあるのか」と探しても見つかず、ようやくアメリカ経由で、「どうやら日本はイラン戦争に参戦するらしい」と伝わってきます。「知らぬが仏」というか「知らぬは亭主ばかりなり」というべきか。よそでどんなことが起こっているのか、「知れば腹も立つが、知らないから仏のように平静でいられる。また、本人だけが知らないで平然としているのを、あざけっていう語」(デジタル大辞泉)だそうです。(「侍ジャパン」の面々、世が世なら確実に招集され、「兵士として、戦場へ」となるに違いありません。「世が世」はすぐそばまで来ているような。「知らぬが仏」なんて呑気な話じゃありませんよ)

 いいことも悪いことも、できれば「知らぬが仏」でいたいものですが、そうであればなおさら、最後は「仏の顔も三度まで」ということになるのではないでしょうか。「《いかに温和な仏でも、顔を三度もなでられると腹を立てるの意から》どんなに慈悲深い人でも、無法なことをたびたびされると怒ること」(デジタル大辞泉)といわれます。果たしてこの国は、アメリカという「ならず者」にいいようにあしらわれ、それでも「尽くし足りない私が悪い」(都はるみ「大阪しぐれ」)と、それこそ健気に、痛々しいほど「物心両面」で、分を超えた「年貢(「カタログギフト」という)」を差し出してきました。(「大阪しぐれ」:https://www.youtube.com/watch?v=yf-QRA6wQKo&list=RDyf-QRA6wQKo&start_radio=1

 昨日の国会審議は、とてもではないけれど、素面(しらふ)では見ておれない、不真面目な場面が続きます。ペルシャ湾を航行する石油タンカーの護衛(escort)をアメリカから命じられたにもかかわらず、「そいう要請は来ていない」と噓をつく首相の、毎度おなじみのお粗末。「答弁は面倒」「国会審議は時間の無駄」という素ぶりがありありです。実に高慢に、傲岸に、不遜に構えているのが見てとれました。これぞ「独裁の姿勢・態度」だとぼくには痛いほど感じられた。強弱には関係なく、その姿勢には、他者のいうことを聞く耳を持たずに、やりたいことだけを好き勝手にやるだけという「乱暴狼藉」を働くこと。醜いし、国民からすれば許しがたい「醜悪」「不埒」な態度に見えます。(「知らぬが仏」の類語には、「 人生字を識るは憂患の始め」「 聞かぬが仏、聞くは気の毒、見るは目の毒」「 世間知らずの高枕」「 見ぬが仏、聞かぬが花」「 知らぬが仏、知るが煩悩」とまあ、わかったようなわからないような)

 今回のアメリカ・イスラエル共同謀議(実体は「イ主ア従」だった)の「イラン爆撃」は、どこから見ても「国際法」の明らかな違反。そして、国是ともなっているらしい「力による現状変更」は断じて認められないとする従来の政府の立場からも、どう転んでも自衛隊はもちろん、警察力(海上保安庁)だってペルシャ湾に派遣し、アメリカの露払い(尻拭い)をする理由(根拠)は出てこない。

 まるで「針の穴にラクダを通す」ような無理筋を政府・首相は考えているようだが、世界の笑い者・除け者になるだけ。アラブ諸国の多くは反イスラエル・反アメリカですから、その「両国愚連隊」に日本が加担し、与することは、彼(アラブ)の国々には不愉快この上ないこと。しかし、すでに「自衛隊を出す」とアメリカ大統領に「告げてしまっているらしい」のですから、前門の虎・後門の狼で、この窮地にあって、少しでも知恵が残されているなら、首相はまた「仮病(feigned illness)」を言い出すしかないんじゃないですか。昨年の秋に「首相就任」してから、いったいこの女性は何度「仮病」「偽りの言動」という常套手段を使ったことでしょう。訪米を回避する(「飛んで火にいる春の虫」にならないために)、唯一の得意芸を、ここでこそ使うべきでしょうよ。(彼女は、故元首相の近くにいたから、実に巧妙に「仮病」や「虚言」を使いますな。まるで、故首相そっくりですよ。ところが、事情通に言わせると、「故元首相は彼女が嫌いだった」は、なんとも気の毒というか、魂胆があっての交流・厚情紛いなんですね)「嘘も方便」が、この首相の習い性になっているのですから、何も驚くほどのこともないのですが、このまま居座る限り、ただでさえ減り続けている「国益」は「スッカラカン」になるはずです。

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 昔からことわざの如くに「三日見ぬ間の桜かな」と申します。元句は「世の中は三日見ぬ間に桜かな」で、作者は大島蓼太(おおしまりょうた)さん(1718-1787)。この句が人口に膾炙(かいしゃ)したのかどうか、「三日見ぬ間の桜」が定着してしまい、まるで「ことわざ」扱いされてきました。世の移り変わりは、まるで「咲いて散る桜」のようで、早いのなんのって、とまあそんな具合に語られてきました。しかし、元句は「三日見ぬ間に」とあります。「見ぬ間の桜」と「見ぬ間に桜」とでは全く意味・気配・心持が違ってくるでしょう。これ以上は言いませんが、なかなかに「見ぬ間に」は含蓄がありますね。

 もう一、二の蓼太句を。「鹿もよく寐て 朧なり奈良の月」「むつとしてもどれば庭に柳かな」などがあります。「むつと」は「むっと」なるやつです。「カッとなる」ほどのようには血圧は上がらないでしょうが、「この野郎」という感情の荒(すさ)びは変わりません。この二句、何んとも「おかしい」「滑稽」でしょう。芭蕉復興を唱えた人だけあって、その作風はなかなかに洒脱であり、しかも句形も整っているのですから、いうことなしでしょか。洒脱とは「俗気がなく、さっぱりしていること。あかぬけしていること。また、そのさま」(デジタル大辞泉)咲くのは早いが、散るのも早いという桜、はたして「三日見ぬ間(の・に)」の桜は「咲く前か」「咲いた後か」と、余計なことを空想してしまいます。「奈良の鹿」もなかなかに深み・悠揚迫らず、という雰囲気があるでしょう。三百年前の「奈良の鹿」はぐっすり寝られたんですね。今日は大いに「喧噪」に巻き込まれています。「鹿同士」、あるいは「鹿と人間」の喧嘩が絶えないとも聞きます。

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 ぼくは大島氏については、いくつかの作品以外はほとんど知るところがありませんから、先覚知識に教えられています。「東西の吟行50余度、俳書の編著200有余、文台(ぶんだい)を許した者40余人、門人2000余に及んだという。芭蕉(ばしょう)復帰を唱え、その研究と顕彰、江戸俳壇の刷新、俳諧の普及など、天明(てんめい)期(1781~1789)の俳諧復興に果たした功績は絶大」とあります。学びたいですね。

◎ 蓼太(りょうた)(1718―1787)= 江戸中期の俳人。大島氏。本姓吉川(きっかわ)氏。名は陽喬(ようきょう)。通称平助または平八。別号雪中庵(せっちゅうあん)、宜来(ぎらい)、空摩居士(くうまこじ)など。出生については木曽(きそ)、松代(まつしろ)、江戸などの説もあるが、信濃(しなの)伊那(いな)郡大島(長野県上伊那郡飯島町)が最有力である。蓼太の幼少時に一家は江戸に出て幕府の御用縫物師を勤めた。初め点取俳諧(はいかい)をしていたが、雪中庵2世吏登(りとう)に入門、しだいに頭角を現した。その間、奥羽、関西を行脚(あんぎゃ)、各地の俳友と交流し見聞を広め、1750年(寛延3)に雪中庵3世を継いだ。『続五色墨(ごしきずみ)』結成や『雪おろし』によって江戸座宗匠の旧態を批判し、江戸俳壇に地位を占めた。その後、宝暦(ほうれき)・明和(めいわ)・安永(あんえい)期(1751~1781)の活躍は目覚ましく、完来編『藤衣(ふじごろも)』(1787)によれば、東西の吟行50余度、俳書の編著200有余、文台(ぶんだい)を許した者40余人、門人2000余に及んだという。芭蕉(ばしょう)復帰を唱え、その研究と顕彰、江戸俳壇の刷新、俳諧の普及など、天明(てんめい)期(1781~1789)の俳諧復興に果たした功績は絶大であった。俳風は平明を理想としたが通俗的な傾向もみられる。編著は『ほうぐ袋』(1743)、『七柏(ななかしわ)集』(1781)など多数ある。天明7年9月7日没。(日本大百科全書ニッポニカ)

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 閑話休題 この国は米国の「下駄の雪」であることが「国是」となってしまいました。でも、この「下駄の雪(まるで、ある諸氏にとっては「憲法」のようでもある)」も壊れる時が来ているという感慨をぼくは強くしています。「踏まれても 蹴られても ついて行きます 下駄の雪」は、誰がいつ作ったかよく知りません。ありそうな話はいくらでも出せますが、ようするに、「下世話な話」のなれの果てのようにも思われます。日米関係の経過とその事情が「敗戦後(八十年前から)」、徐々に明らかになるにつれて、この「与太話」は深刻になり、今では西に向かって「三拝九拝」するほどになりました。詰まりは「西岸遥拝」ですね。いつのころからというなら、敗戦直後から、ですが、これほどまでに、酷くなったのは K.純一郎首相以来でしょう。その程度がますます異様になってきて、今は極端に「米様、一辺倒(complete devotion to one side)」です。アメリカ一本鎗、そのためには国民にも、国会議員にも、言うべきことを言わないままで、首相の心はワシントンに一直線。「心ここにあらず、ワシントンにあり(My mind is elsewhere, I’m in Washington.)」、国会審議を見ていて、ぼくはそう勘繰りました。嫌になりますね。(左は鈴木春信画「下駄の雪取り」18世紀)

 聞くところによると、与党内部では「次の首相選び」が始まっているそうです。圧倒的多数の議席を占めていながら、その権力を行使できない首相(権力者)とはどういう存在でしょうか。権力行使、権力維持のためには万難を排して「仮病」を使い、「虚言」を弄し、党を売り国まで売る覚悟だと見透かされたからの、謀反の発生だといえないでしょうか。国防(軍事)費に国家予算の五分の一近くも浪費し、果たしてどこと戦うのか。軍備を整え、いざ「戦闘開始」となった段で、資源(油)はどうするんですか、基本の基、大問題が残されていました。あらゆるものを動かす燃料はどうしますかね。誰かが「都合」「調達」してくれるんでしょうか。戦車や爆撃機を装備したところで、それを動かす「燃料」は、切羽詰まれば米・中に塩梅してもらって、そういうことがあったとして、さていったいどこと戦うつもりか。馬鹿も休み休みにしてくれませんか、とぼくは言いたくなっています。「頭隠して尻隠さず」というのではなく、日本にとって、「備え(早苗)あれば憂い(国難)あり」ではないですか。再び、三度、「君、国を売りたまふこと勿れ」といいます。

(⁂ Sister Act- I Will Follow Himhttps://www.youtube.com/watch?v=VPpd-6X3tEo&list=RDVPpd-6X3tEo&start_radio=1)(When Jesus spoke again to the people, he said, “I am the light of the world. Whoever follows me will never walk in darkness, but will have the light of life.” John 8:12New International Version) 

                                                                (⁂ Little Peggy March – I Will Follow Him (Audio)https://www.youtube.com/watch?v=zUMqnS_y9kI)                                    (◎ 「愛のシャリオ」(Chariot, 英題:I Will Follow Him 伊語:Sul mio carro)とは世界的にヒットしたスタンダードポップスである。別題で「恋のシャリオ」もある。「フランク・プゥルセルとポール・モーリアが1961年にJ.W.ストール(=プゥルセル)およびデル・ローマ(=モーリア)の変名で発表したインストゥメンタルであり、翌62年に欧州ではペトゥラ・クラークによるボーカル曲「愛のシャリオ」としてヒットし、日本とアメリカではペギー・マーチによるボーカル曲「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」として世界的にヒットした」)(Wikipedia)

I will follow Him
Follow Him wherever He may go,
And near Him, I always will be
For nothing can keep me away,
He is my destiny.
  (Omitted)
There isn't an ocean too deep,
A mountain so high it can keep,
Keep me away, away from His love

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

Pictures speak louder than words.

 【ロンドン共同】ロイター通信は13日、正体不明の芸術家バンクシーについて、英南西部ブリストル出身で50代前半の男性ロビン・ガニンガム氏だと独自調査で特定したと報じた。これまでにも英メディアで名前が挙がっていた人物だが、ガニンガム氏が米国で逮捕された際の捜査資料を入手して裏付けた。後に改名しウクライナに入国、作品を残していたという。
 大衆紙が2008年にガニンガム氏がバンクシーだと報じたが、ロイターはより踏み込んだ報道だとしている。バンクシーの弁護士はロイターの報道の多くを「正しいとは認めない」と回答。正体を明かさないことで「迫害を恐れず権力に対して真実を語れるようになり、表現の自由を守ることができる」と訴えた。
 ロイターによると、バンクシーの元仕事仲間が明らかにした過去のエピソードを基に、バンクシーが無名時代の00年9月に米ニューヨークのビル屋上で広告看板に絵を描き、逮捕されていたことが判明した。
 捜査資料にガニンガム氏の自筆サインがあり「看板にユーモアを加えようと決めた」などと、現在の作風を連想させる内容も書かれていた。(共同通信・2026年03月15日 22時42分)

 (ヘッダー写Banksy in Ukraine, November 2022|Banksy Explained

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」、ことわざなのかなんなのか。暗がりでぬっと立っていたものが、てっきり幽霊だと怖気づいていたが、よくよく見れば枯れ尾花(立ち枯れたススキ)だった、「なあんだ」というばかばかしい次第。こんなのはどうでもいいことで、例の謎の壁画家・バンクシーの「正体」がわかったと大騒ぎしている界隈があります。発端はロイターでしたが、それに飛びついたのが日本のメディアだったから、こちらのほうが「なんだ、やっぱり」と、ぼくはがっかりしている。下手に「正体」などを探さないほうがいいですよ。「殺人犯」でもなければ、「トクリュウ」の一員でもないんですからね。バレそうでいてバレない、バレないものだと誰もが信じているのに、実はすっかり正体がバレていたという、まるで「滓(かす)」みたいなことが多い世の中、あまり無粋なことはしないほうがいいんじゃないでしょうか。バンクシーが世に知られるようになって約20年。その間、何度も「本人」は見つけられたが、しぶとく、今なお「謎の画家」として存在しています。これまでに何人が「バンクシー」と間違えられたのでしょうか。その誰もが「男性」だったというのも、奇妙ですね?(左は岡本一平画)

 その昔、テレビ草創期に大流行した劇映画に「月光仮面」(1958~1959)(左下)がありました。「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている」という、不思議な「内容」の主題歌が歌われていました。まさに、今から思えば、日本における「バンクシー」だったんですね。「憎むな、殺すな、赦(ゆる)しましょう」という「鉄則」を持っていた仏のような「月光仮面」、実は職業は「私立探偵(本当の職業は俳優だった)」だったと、はじめからバレていました。「誰もが知らないけれど、誰もが知っている」という弁証法のような存在でした。バンクシーの正体を変に明かさないでほしいですね。彼の弁護士は「迫害を恐れず権力に対して真実を語れるようになり、表現の自由を守ることができる」と語っています。その通りではないでしょうか。「そっとしておけ、大道絵師」というところ。江戸期の謎として今なお探査されている浮世絵師「東洲斎写楽」の活動期間はわずか十か月だったという。身元が割れそうになっていますが、謎は謎のままで、それが何よりでしょう。

 ぼくは昔(幼少のころ)から、「風刺(satire)」が大好きでした。新聞が読めるようになってから、いの一番に開いたのが「政治漫画」だったほど。数限りなく漫画家の名前を挙げることができます。まずは岡本一平さん(妻は岡本かの子、息子は岡本太郎)、横山泰三、近藤日出造、その他の諸氏。それこそ、政治漫画全盛時代といっていい時代がありました。1960年代だったでしょうか。それ以降、あまり熱心に新聞を見なくなったのでよくわかりませんが、今日では、漫画が漫画ではなく「説明」「解説」になってしまったのはどうしてでしょう。

 この傾向は短歌や俳句にも言えます。「まるで説明」です。一例ですが「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 この歌人を知っていますし(彼女は、ぼくの授業に参加されていた。名前が珍しかったので記憶しています)、彼女の師匠も知っていました。また並みいる国文学研究の大家たちが「べた褒め」しているのを、ぼくはしばしば聞かされました。こんな程度で、大ベストセラーですから、読者の程度もたかが知れていると思った。奈良出身の女性首相を盲目的に支持している圧倒的多数の有権者が存在する現状にも、ぼくは同じ「現象」「はやり」を見ます。実に寒いですな。それこそ「寒心に堪えない」という心地がします。(左:攻撃されたウクライナにあるビルの壁に、本人(バンクシー)が投稿したという)

 それはともかく、バンクシーです。「ヘッダー写真」を見てほしい。ぼくはこれを一瞥して、衝撃を受けました。もちろん、写真でしか見ませんでしたが、目に入った途端に絵の「心」がわかった気がしました。

 「ウクライナ、キエフのボロディヤンカにある破壊された建物の壁画 プーチン大統領は柔道の黒帯保持者であり、この事実が視覚的なインパクトをさらに強めている。ここでは、子供はウクライナのメタファーとなっている。過小評価されながらも、機敏で不屈の精神を持つウクライナを象徴しているのだ。この壁画は権力構造を覆し、鋭い風刺でダビデとゴリアテの戦いを鮮やかに描き出している。ウクライナ郵政公社は後にこの壁画を切手に採用し、国家の誇りであると同時に文化的な抵抗の象徴とした」(「バンクシー解説)

 「(2023年)2月20日、ロシアによる侵攻1周年を記念して、ウクライナ郵便局はこの壁画の複製をあしらった切手を発行した。その1週間後、バンクシーは自身のインスタグラムでこの切手の存在を認めた」(https://banksyexplained.com/banksy-in-ukraine-november-2022/

 その通りであるかもしれないし、見当違いということかもしれません。しかし、「ウクライナなど、数日で潰せるさ」と嘯(うそぶ)いていた「殺人鬼の鼻を明かした(へし折った)」と観たくなるところに、風刺画の真骨頂があるのでしょう。このきわめて鋭敏な「発想」にぼくは降参します。簡単に言うと、誤解されそうですが、「弱い者いじめ」をしているつもりが、実は、「強い者いじめになっている」ところに、正義とか人道などという、抹香臭い言葉を使わないで、一瞬に切り取る、「一寸の虫にも五分の魂」と射貫く、この瞬発力と、そこから弾(はじ)き出される、描画力の凄さ。以来、ロシアの侵略を思うときには、ぼくの脳裏には、きっとこの「壁画」が出てきます。

 左の「議会の図」の解説は、「Devolved Parliament, 2009|Banksy Explained」とあります。「退化した」議会には人間ではなく、「おサル議員」が参列している。世界中で垣間見られる「デモクラシー」の腐敗の現場であります。ただ、この「解説」にぼくは賛成しません。おサルから人間が出てきたのですから、「退化した」のは人間でしょ。「風刺(諷刺)(satire)」とは「[名](スル)社会や人物の欠点・罪悪を遠回しに批判すること。また、その批判を嘲笑的に表現すること」「デジタル大辞泉)などと気楽なことを辞書は述べていますが、「遠まわし」でも「嘲笑的に」でもないところに、バンクシー氏の「誠・真・実・慎・信(まこと)」があるとぼくには思われます。説明は不要です。罵倒するのでもなく、非難するでもなく、もちろん愛情を降り注ぐのでもなく、胡麻をするのでもない、単刀直入、一刀両断、歪んだ「人間精神(退化したサル)」に「カツを入れる」具合です。だからこそ、それを見る人間もまた、大いに覚醒し、「正気を取り戻す」のではないでしょうか。

◎バンクシー=神出鬼没の芸術家。英国南西部出身の男性という説が有力だが、女性説や複数説もある。鋭い社会風刺画で知られ、イスラエルとパレスチナの分離壁に、風船を手に空に昇って壁を越えようとする少女を描いた作品が有名。2005年、ロンドンの大英博物館に自分の作品をこっそり展示し、3日間、誰にも気付かれなかった。作品はその後、正式に展示されることに。昨年10月、ロンドンでの競売で自分の絵が約1億5千万円で落札された直後、額縁内にあらかじめ仕掛けておいたシュレッダーで絵を細断し「アート史上最も大胆ないたずら」と話題になった。(共同通信ニュース用語解説)

 右の絵はどうでしょう。「爆弾愛(Bomb Hugger)とあります。今や戦争は男だけがするものでもなければ、男だけが、大人だけが「爆弾」を投げつけるのでもないのでしょう。こよなく爆弾を愛する乙女がいてこそ、独裁者は安心して「殺戮」に勤(いそ)しむことができるのです。何んとも強烈に過ぎる、人間の深部に隠されている憎悪」が、この絵(少女の表情)に明示されているとぼくには思われます。「爆弾を抱えた(ハグしている)少女」は、多くの人たちには知られていないけれども、実際は「悪の権化(The embodiment of evil)」ではないでしょうか。

 元来、「権化」とか「権現」とは、人間救済のために仏が仮の姿を取ってこの世(人間界)に現れること(仮現)を意味します。さらに付加すると、「悪の権化」は、この時代にあっては「爆弾」であり「ミサイル」である「核爆弾」であって、それは、換言すれば、人間の悪心の具現化でしょう。それが今日、日常的に見せつけられている「阿修羅(asura)」、つまりは鬼神(悪魔)の傍若無人に振る舞う世界ではないですか。この「爆弾愛」を見ていると、なぜだか、ぼくは涙をこらえられないのです。ぼくたちはたくさんの無動・非道な「悪魔」とハグしているんですね。「目を覚ませと、呼ぶ声あり(Wachet auf, ruft uns die Stimme)」(バッハ・カンタータ BWV140)(オルガン作品、コラール前奏曲(BWV645)が、ぼくの耳元でなっています。

⁂ J.S. Bach: Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 140 VII. Chorale. Gloria sei dir gesungen Münchener Bach-Orchester · Karl Richter · Münchener Bach-Chor:VII. Chorale. Gloria sei dir gesungen:https://www.youtube.com/watch?v=X4FGY6SvDo4

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 「今は笑え(Laugh Now, 2003|Banksy Explained)」と左の絵にはあります。世界中で生じている、大人たち(規制・既存の仕組み・体制)の抑圧に耐えている若者の姿だと思われます。ネット時代に「堰を切ったように溢れ出る若者のエネルギー」、それが、一部では「老人は邪魔だ、そこをどけ!」「集団自殺しろ」という、極端な排除になるのでしょうか。「今は笑え、いつか俺たちが支配する」と、まるで「予言(予告)」のような言葉が首からかかっている。ここにも「おサル」が登場するというのは、いかにも暗示的だという気がします。「サルからヒトが進化した(evolved)」のは嘘(誤解)であって、実際は「サルから生まれて、ヒトが退化した(descended)」という歴史の逆説(パラドック)が描かれているんですよね。(「バンクシーの絵の意味は?人気の風刺画について解説」Amalgam ART Gallery・2025/10/30:https://amalgamgallery.com/art_column/banksy-painting/

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 「徒然に日乗」(1032~1038)

◎2026年03月15日(日)終日自宅内に。好天だったが、折からの花粉飛散のために、あまり外には出ないようにしている。気象庁の予報によれば「スギ花粉」の飛散は終わりを見たようだが、代わって「ヒノキ花粉」の飛散が始まるという。自宅の周囲は杉や檜の植林地であり半径1キロ以内もまた、雑木林で、大半が杉のようで、毎年大いに花粉で悩まされている。少し外に出るだけでも目が痛く手痒い、喉も痛い。くしゃみは多発し、時には鼻水までという悲惨なありさま。少しは収まるのだろうか。▼イラン情勢は、さらに混沌としてきたようだ。アメリカに何らの成算もなく、「衝動的に攻撃した」というのが実際で、すべてはイスラエルのN首相の慫慂に、軽々と乗せられたTACOの無思慮というべきか。いよいよ、日本にもホルムズ海峡通貨のタンカー警護の呼びかけがあったが、それ以前に、すでにT首相(警護ための艦船派遣)に話があっただろうし、それを飲んだのかもしれないという気がする。欧州勢を含めて、アメリカの勧誘に消極的な中、日本がアメリカの側に与するとなると、今後のアラブ諸国との関係はおかしなものになるだろう。イラン攻撃の合間にも、イスラエルはガザで残虐な殺戮を繰り返している。アメリカに与するとは、残虐そのもののイスラエルの側に立つことを意味するのだが、はたしてこのような「地政学」を知らしめる取り巻きは首相の傍にいるのだろうか。(1038)

◎2026年03月14日(土)「こうなるだろう」というように事態は悪化しているが、何らかの政策を政府は打てるという気がしない。危機意識がないこと甚だしいというべき。円安、物価高騰に輪をかける「石油危機」の到来、もちろん「長期金利」も上がり続けている。にもかかわらず、122兆円という膨大な「次年度予算」の審議時間を削ってまで衆議院を強行突破した理由は、首相の「見栄」だけだったと思う。自己都合で解散を打ち、自己都合で予算審議を端折ってしまう。どこに「国民の生活と安全・安心の政治」があるのだろうかと、怒りすら覚える。この先の参議院の審議の行方はどうなるか。▼「寒の戻り」というのだろうか、日差しはあったが、風が強く、体感温度はかなり低く感じられた。▼数日前から、パソコンの調子がよくない。Aptio Setup Utility の表示が出て、スムーズに立ち上がらないのだ。時間を置くと、やがて起動はするのだが。(1037)

◎2026年03月13日(金)午前中に買い物で茂原まで。街道沿いのGSではレギュラーは1㍑187円との表示に驚愕もし、疑惑も抱いた。今販売しているガソリンは、かなり前からのものであるはずなのに、どうして昨日今日のタンカー滞留状態が値上げに反映するのだろうか。▼「イラン戦争の出口戦略、トランプ政権内で路線対立=関係筋 [ワシントン 13日 ロイター] – イラン戦争の行方を巡るトランプ米大統領の発言が揺れている背景には、ホワイトハウス内で複雑な駆け引きが繰り広げられていることが関係者の話で明らかになった。いつどのように勝利を宣言する​かを巡って、側近らの間で議論が続いているという。/トランプ氏は昨年、「愚かな」軍事介入を‌避けることを公約に掲げて政権に復帰した。しかし、イランへの攻撃で世界の金融市場が動揺し、原油価格が高騰したことで極めて大きな政治的リスクに直面している」(Reuters・2026/03/13)▼円は160円直前まで下落し、インフレはますます昂進し、加えて、史上最大の次年度予算が強行採決で衆議院を通過したという。未曽有の「財政破綻」が確実にやってくるだろう。(1036)

◎2026年03月12日(木)昼前に、陽気の良さに誘われて、少しドライブをしてきた。少しばかりの遠出であるが、リッターあたりの走行距離が目に見えて伸びている。本日は概(おおむ)ね、8.8㌔を記録していた。まったく信号がないので、さらに伸びるだろう。こうなれば、リッターあたり10㌔まで伸びるのを見てみたい。乗っている車は登録後23年過ぎで、11回の車検を受けたばかり。レギュラーではなく、ハイオクを給油している。帰り際にGSの看板を見みると、なんと187円/㍑、先日給油した時のレギュラーは141円、ハイオクは150円ほどだった。さらに値上がりしそうな勢い。これをきっかけに、インフレは狂乱的に昂進する予感がしている。(1035)

◎2026年03月11日(水)本日は「東日本大震災」から十五年が経過した日です。各地で追悼式が行われていた。福島原発事故(原子炉の爆発)から十五年が経過する中、原発廃止という機運はどこに行ったのか。この国の政治家の感覚がマヒしすぎているのだが、そんな政府や政治家をなぜだか、多くの主権者(有権者)は支持しているのだ。まじめで、誠意のある「国会審議」もどこへ行ったのか、ほとんど議論を封じて、独善政治が突き進んでいるのだが、この先にはとんでもない事態が生み出されると思う。▼自衛隊の海外派遣(派兵)が近々挙行されるだろう。そのイラン戦争は「泥沼」にはまり込んでしまった。「ヴェトナム戦争」の経過を思い出している。泥沼だから、簡単には抜け出ることはできそうにはない。この国は、さてどうするのか。「(CNN) トランプ米大統領は7日、戦争初期にイランの小学校を攻撃し、多数の子どもを死亡させたのはイランだと主張した。/9日になってトランプ氏は、その発言当時、話している内容についてほとんど知らなかったことを認めたうえで、その学校に命中したとみられる巡航ミサイル「トマホーク」はイランを含む他国も使っていると示唆した。イランはトマホークを保有していない。/なぜ政権内の他の人々はイランに責任があるという同様の主張をせず、調査中だとしているのかと記者会見で追及されると、トランプ氏は「私はその件についてよく知らないからだ」と述べた。/トランプ氏は、調査結果を尊重すると付け加えた」(CNN・2026.03.11 Wed)なんという「狂気」か、といいたい。(1034)

◎2026年03月10日(火)午前中に町役場まで「確定申告書」提出に出向いた。昨日下書きをしておいたので、清書して、そのまま出すだけ。もう何十年も続けているが、面倒な作業。給料は入ってこないで「納税」と「社会保険料」「介護保険料」等の出費ばかり。なけなしの財布から「納税」しているのだから、丁寧に正しく税金を使ってもらいたいが、この点に関してはもう、長年にわたって絶望している。役人や政治家に「公費」「税金」というものに対するまともな「意識」「感覚」がないと思うばかり。そもそも「公僕」「公務員」という自覚が甚だ欠場している人間が、政治や行政の世界に屯(たむろ)するのだろう。(1033)

◎2026年03月09日(月)昼前に「確定申告」に必要な書類を作ってもらうために役場へ。帰宅後、申告書の作成にかかる。税制改正が昨年の国会で議論されていたが、その反映か、かなり変更点が出ているのに気が付いた。呑気な話といえばその通り。控除の種類と控除額にいくらかの変更があった。できれば明日中に提出しておきたい。▼中東情勢が一段と緊迫化したことを受け、週明けの9日朝(米東部時間8日夕)、米国産WTI原油の先物価格が一時、1バレル=110ドル台に急騰した。前営業日から2割超の上昇で、約3年8カ月ぶりの高値だ。この水準が続けば、国内のガソリン価格が1リットルあたり200円を超す可能性が出てきた」「WTIの先物価格は、米国・イスラエルによるイラン攻撃前は65ドル前後で推移していた。すでに1.5倍以上値上がりしたことになる。/国内のレギュラーガソリンの平均店頭価格は、昨年末に旧暫定税率(25.1円)が廃止されたこともあり、直近の2日時点で1リットルあたり158.5円と約4年半ぶりの安値をつけている。ただ、これは高騰前の原油価格が反映されたものだ。/ニッセイ基礎研究所の上野剛志・主席エコノミストによると、原油価格が1バレル=110ドルで推移した場合、為替が現状並みの1ドル=158円で変わらないと仮定すると、ガソリン価格は1リットル=205円になる見通しだという。旧暫定税率廃止の効果が帳消しになるばかりか、過去最高価格の186.5円を超えることになる。/原油が100ドルならガソリンが194円、原油が90ドルだと183円になる計算だという。」(日経新聞・2026/03/09)―「円安」は加速し、中期金利上昇し、株価は暴落する。「破局は待ったなし」ということだろうか。(1032)

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「世界は彼(の正体が暴かれるの)を待っている」

 「…覆面ゆえに、『彼はいったい誰なのか?』という探究心と出たがりでない人間性も後ろ盾となり、その人気に拍車がかかる一方…そんな折、2017年12月12日(現地時間)にとうとう驚きの一報(すでに噂にはなっていましたが…)が届けられたのでした。/なんと、作品を描き終えたばかりのバンクシーの姿が、バッチリと写真で捉えられたのです。そして、その直後から世界各国のメディアで報じられていました(日本のメディアはアートに疎いのでしょうか、あまり…)。それがこちらです!./ストリートアートを代名詞的な手書きタイポグラフィーが描かれた石造りの建物の入口、その前に一人の男が立っています。/帽子こそ深めに被っていますが、その顔立ちはくっきりと…。右手にはスプレー、左手にはステンシルの型紙らしき思えるシートが! 自分の背後に人の気配を感じ、さっと振り向いた瞬間のご様子。それを予想外の方向、彼の左斜め90度の位置から撮影した男がいたわけです…。/この表情は明らかにストリートアーティストの振る舞い、そう誰もが感じるはず。で、問題はその男性の背後にある扉に描かれた作品に注目してほしいのです!! そこに書かれている文字は…

「Peace on Earth Terms and conditions apply(地球に平和を 規約と条件付)」

 これはなんと現在、バンクシーのオフィシャルサイトのTOPページに配置してある最新作だったのです(2017年12月14日~は、次の作品に変わっています。なおInstagram@banksyには掲載中)。現在の国際情勢を、アイロニカルに表現したものではないでしょうか…。/これはinstagramの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。(以下略)(「あのBanksyの正体発覚!?…喜ぶべきか喜ばざるべきか 描き終えた直後の姿が激写されました)(By エスクァイア編集部 and Kazushige Ogawa公開日:2017/12/19)(https://www.esquire.com/jp/culture/art/a207628/culture-art-banksy17-12142/

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別の現実の中にいるように見える

⁂「週のはじめに愚考する」(110)~ 先週の「愚考」は「君死に給うふこと勿れ」を捩(もじ)って、「君(たち)、国を売りたまふこと勿れ」と東西の権力者に向かって、明々白々の空砲を打ち、日米の両首脳の「判断力欠如」に大きな危機意識を持っていることを公然と明かしました。今回の「イラン爆撃」がどのような理由でなされたかについて、様々な言説が飛び交っていても、驚くべきことですが、いっかな判然とはしてこないのです。おそらく、当事者においては、そのことは一層顕著だと思われます。米国にはイランを打擲する理由は差し迫ってはなかった。ひとえに極悪非道のネタニヤフの「野望(イラン撲滅)」に乗せられたということでした。それでも、他国からは「攻撃(invasion)」の大義を求められるだろうから、表向きは「イランの核開発の防止」などをもっともらしくでっち上げてはいたが、イランのあらゆる核施設はすでにアメリカが「バンカーバスター《Bunker Buster)」等を使って破壊したと、自らが大々的に宣言していたのに、です。第二期目の大統領の言動は著しく錯乱(confusion)しているとぼくは見ています。もちろん、一期目も「まとも(reasonable)」でなかったのは言うまでもありません。二期目の最初から、あるいは認知能力が相当にダメージを受けていると思われるとも書いてきました。人間の認知能力全体の1%が損傷したとしても、時には、その人の判断力や行動に大きな危機を示すのです。99%の認識行為が正常の範囲にあっても、残りの1%が、破壊的な行動を起こすとするなら、彼は「病者(patient)」だというべきでしょう。

 米国大統領の言動は「常軌を逸している」というほかありません。誰が見ても(といいたいところですが、「誰が見ても」でないところが、実にもどかしい)、彼が正常な判断力を失っていると大多数が診たとしても、「大統領、あなたは気が狂っている(Mr. President, you are insane.)」とは誰も言えないのだから、大統領自身は「自分はまともだ」と思い込んでしまう。しかし、事は重大で、世界の最大野蛮国の権力者がしでかすことは、一国一地域に収まらないから厄介なのだ。彼一人が異常であるのではなく、いわばアメリカ社会のかなりの部分が、彼同様に病んでいる、「同病相憐れむ」という、一つの現象の表れが「TACOが大統領だ」という現実です。再選を狙った大統領選挙に敗れた際に、彼は、岩盤支持者を煽りに煽って連邦議会を襲撃させ、あろうことか「(時の)P 副大統領の殺害」まで叫び出した、その状態は、どう考えても「正常」「健全」ではなかったが、しかし、アメリカ国民(有権者)は、彼を「大統領」に選んだ。すなわち、アメリカ国民の多くもまた「病んでいる」ということだったでしょう。端的に言うなら「彼らはファシズムを病んでいる(They are suffering from fascism.)」んですね。「MAGA」という標語そのものが「アメリカン・ファシズム」の隠れなきアリバイ証明(所在)で、いわば「偉大病」「独善病」「独尊病」を病みに病んでいるのです。

 数日後にこの国の首相が訪米するとされている。彼女も「劣島を強く豊かに」と、「強い」ことへの病的哀訴(偏執)を隠さないでいます。この人間も「言葉の描く世界」にひたすら沈潜しているように思われます。軍備・国防をさらに強固にし、いったいどこと「先端を交えるの」か、ぼくにはよくわからない。まわりまわって、「アメリカと戦う」という蓋然性はあるとは思いますが、そのためには両国をめぐる事態が何回転もしなければ、そういうところにはいかないと思う。しばしばいわれる「中国」が敵国だと、首相やその取り巻きが空想(「満州事変」の再現で、この国が勝利するという「空想」)しているだけで、現実味が満分の一でも、あるのかどうか。一匹のアリがガリヴァーに敵対するようなもので、これまた、「狂っている」「病んでいる」としか思われない。そして、大いに危惧するのは「狂人」と狂人」が相対面すると、いかにも当人たちには「まとも」な話し合いができるという、これまたより深い錯覚の世界にはまり込んでしまう、そのことを恐れます。ともに、「偉大(になりたい)病」「独善(的でありたい)病」「唯我独尊(なんだという妄信)」を病みに病んでいます。

 最もあり得ないことですが、今次のイスラエル・アメリカ両国の「イラク侵攻(攻撃)」は、あからさまな「国際法」違反であり、この国の基本方針でもある「武力による現状変更は認められない」という「国是」を堂々と(あるいは遠慮ししながら)、アメリカ大統領に宣言すべきです。首相は「ロシアウクライナ侵略」に際して出された国家決議に賛成したはず。ロシアは非難するが、アメリカに対しては「力による現状変更」を容認するというのですかな。アメリカに「下卑(げび)る」という、「 問うに落ちず語るに落ちる」とは、かかる不義をいう。かかる醜態を世界に向けて晒してまで、自己保身を図るんだろうか。いかにも醜いね。

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 ぼくは「夢想」しています。<take1>になるか<take2>になるか。言うまでもないことですが、「一矢報いる」ということもあるかもしれないと、夢の中で、さらに「夢」を見ているのです。ありそうもないけれど、国際法違反の側に加担できますかという、この国の遵法精神を旨とする国会議員の「矜持(pride)」も棄てられないじゃん、と総理は考えておられるでしょう。ぼくの予感というより「直観」であり、それは実に明晰です。すでに米国から命じられて、首相は約束(返答)したというのです。「是非、お役に立ちたい」とね。ホルムズ海峡に自衛隊は「出かける」ほうに「賽は投げられた」のではないですか。(総理大臣に成り代わって見た、ぼくの「夢」、その夢の中のお告げ(anticipation)のようなシナリオを、以下に披露しておきます)(satoshi yamano)

(Take One) I am your servant. I will obey any command you give me. Therefore, please, I beg you, employ me for the long term. For example, if you order me to go to the Strait of Hormuz and provide escort for a tanker, I will risk my life and absolutely obey that order.

(Take Two) Please, I'm sorry, this bombing is clearly a violation of international law, so even if you ask me to escort a tanker, I cannot comply. To avoid chaos, the first priority is to halt the attack. As a representative of Japan, I wish to convey this to you, Your Excellency.

* Note:In the sentence above, "I" is <SACO> and "you" is <TACO>. It is an abbreviation for "Trump Always Chickens Out". The name originated from the "TACO theory" proposed by Robert Armstrong, a columnist for the Financial Times. "TACO trading" is actually becoming popular. It is an investment method that aims to profit by timing the fluctuations in stock prices caused by P.T.'s careless remarks. The Trump family is also said to be very keen to make "profits".(S.Y.)

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* 決議 第208回国会  ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議案
 ウクライナをめぐる情勢については、昨年末以来、国境付近におけるロシア軍増強が続く中、我が国を含む国際社会が、緊張の緩和と事態の打開に向けて、懸命な外交努力を重ねてきた。
 しかし、二月二十一日、プーチン・ロシア大統領は、ウクライナの一部である、自称「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」の「独立」を承認する大統領令に署名し、同二十二日、ロシアは、両「共和国」との間での「友好協力相互支援協定」を批准した。そして、同二十四日、ロシアは、ウクライナへの侵略を開始した。
 このようなロシアの行動は、明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり、国連憲章の重大な違反である。
 力による一方的な現状変更は断じて認められない。この事態は、欧州にとどまらず、日本が位置するアジアを含む国際社会の秩序の根幹を揺るがしかねない極めて深刻な事態である。
 本院は、ロシア軍による侵略を最も強い言葉で非難する。そして、ロシアに対し、即時に攻撃を停止し、部隊をロシア国内に撤収するよう強く求める。/本院は、改めてウクライナ及びウクライナ国民と共にあることを表明する。
 政府においては、本院の意を体し、ウクライナに在住する邦人の安全確保に全力を尽くすとともに、国際社会とも連携し、制裁を含め、事態に迅速かつ厳格な対応を行い、あらゆる外交資源を駆使して、ウクライナの平和を取り戻すことを強く要請する。
 右決議する。(令和4年3月1日)

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 ⁂「なぜこの戦争をしているのか分からない」(https://www.bbc.com/japanese/articles/c3094d5e4pjo

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【分析】トランプ氏、イランで何が起こっているかさえ知らなかった? (CNN) トランプ米大統領は7日、戦争初期にイランの小学校を攻撃し、多数の子どもを死亡させたのはイランだと主張した。/9日になってトランプ氏は、その発言当時、話している内容についてほとんど知らなかったことを認めたうえで、その学校に命中したとみられる巡航ミサイル「トマホーク」はイランを含む他国も使っていると示唆した。イランはトマホークを保有していない。/なぜ政権内の他の人々はイランに責任があるという同様の主張をせず、調査中だとしているのかと記者会見で追及されると、トランプ氏は「私はその件についてよく知らないからだ」と述べた。/トランプ氏は、調査結果を尊重すると付け加えた。

 要点を明確にしよう。トランプ氏は、状況をほとんど知らなかったようであるにもかかわらずこの主張を展開し、この戦争でおそらく最も物議を醸している攻撃についてあまり知らないと言っているのだ。/この攻撃は、トランプ氏が言及した時点ですでに世界中で大々的に報じられており、米国に過失があったとすれば戦争遂行に重大な打撃を与えかねないと一部の共和党議員でさえ懸念するものだった(CNNと専門家による証拠分析と新たに浮上した映像によれば、米軍に責任があった可能性が高い)。/だが、トランプ氏は蚊帳の外だったようだ。(中略)

 トランプ氏はしばしば、精巧に作り上げられた別の現実の中にいるように見える。/だが、国内政策の場合と、極めて激化しやすい地域で戦争を遂行しているさなかにこれほど現実から切り離されているように見えるのとでは、話が違う。/それでもそれが現状のようで、トランプ氏の意思決定が近々、現実に根ざしたものになる兆しは見えない》(CNN・2026.03.11 Wed)(https://www.cnn.co.jp/photo/l/1326525.html)(ヘッダー写真 トランプ米大統領=9日/Mark Schiefelbein/AP)

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イランとの戦争、終結はいつか 「終わると直感したとき」とトランプ氏 (CNN) 米国のトランプ大統領は、イランとの戦争がいつ終結するのかについて、「終わると直感したとき」に分かると述べた。紛争に終止符を打つタイミングが個人的な基準に基づいていることを改めて示した。/13日にFOXラジオの番組で放送された電話インタビューで、戦争が終わったと分かるのはいつかと問われたトランプ氏は、「終わると直感したときだ」と答えた/インタビューの少し前の部分では、紛争がそれほど長くは続かない可能性も示唆。「終わるまでそう長くはかからないと思う」と口にしていた。/米国とイスラエルは、2月28日の攻撃開始以来、イランに対する軍事作戦を現在も継続している。作戦が始まって以降、トランプ氏は紛争がどれくらい続くかについて、様々な見解を示唆してきた》(CNN・2026.03.14 Sat)(https://www.cnn.co.jp/usa/35245041.html

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The world is for the two of us

【金口木舌】問われる「自分ごと」 「自分ごと」。物事や課題を自分のものとして捉える意識で、ビジネスシーンで使われ始めたと言われている。今では各所で多用されているが、耳にするたびにひっかかる▼世界を揺るがす米国とイスラエルのイラン攻撃。日本政府は、トランプ大統領が主導し国際法違反が指摘される先制攻撃への法的評価を避け続ける。共同通信の世論調査では、5割が政府対応を「支持する」。まるで「人ごと」のように▼やりたい放題のトランプ氏、反政府デモを鎮圧し、圧政が指摘されるイランの双方に異を唱えてしかるべきだ。自分とは関係なくとも、苦しむ人々のことを「自分ごと」と考えたい▼だが、国内で不安の声が大きくなったのは、原油価格が急騰し、日経平均株価が歴史的な下げ幅を記録してからだ。その時になって、イランの出来事が国民にとって「自分ごと」となった。これでよいのか▼イランでは米軍の誤爆で小学校が攻撃され児童や職員ら170人超が死亡した。イランによる周辺国への報復攻撃も看過できない。戦禍で傷つく人々に思いを寄せることができるか。私たちの「自分ごと」が問われている。(琉球新報・2026/03/14)

 What happens to the world when there are so many people who only care about their own interests (reputation, status, honor)? You might think it’s someone else’s problem and remain complacent, but before you know it, the fire is burning right at your feet. Even if you realize it, it might be too late, and sacrifices may be unavoidable.

 The world is being harmed and destroyed at will by people who mistakenly believe it revolves around them. So-called “climate change” is a prime example. Self-centeredness means thinking of things in terms of “my house,” “my company,” “my school,” “my community,” “my country,” “my nation”—that’s the order in which things are considered.

 Many people fail to realize that “self” means “one’s own interest,” and that this is a trap that foolishly leads people to believe is irrelevant to others. There was once a popular song called “The World Is for Two,” and indeed, the world is being polluted, destroyed, and harmed by madmen who believe it exists “for themselves (or their own).” At that moment, most people fail to realize that what is “defiled,” “destroyed,” and “harmed” is “their own body,” “their own mind,” and their own rights. They feel unfoundedly secure, believing that they alone will be alright. Let’s begin by acknowledging how foolish we are, unable to even comprehend that “the other side” is seamlessly connected to “this side.”(satoshi yamano)

(⁂ 佐良直美:『世界は二人のために』                                                            (https://www.youtube.com/watch?v=XATUhTNTuzM&list=RDXATUhTNTuzM&start_radio=1)                                    (ぼくにはとても口にできない、「耽溺」「惑溺」の境地を謳っているのでしょうか。困ったものだと、曲の発売当時から思い続けています。「愛・花・恋・夢」だって、ね。 

verse
愛 あなたと二人
花 あなたと二人
恋 あなたと二人
夢 あなたと二人
chorus
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの
(中略)
chorus
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの
outro
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの
歌:佐良直美 (1967年発表)
作詞:山上路夫 作曲:いずみたく
明治製菓「アルファチョコレート」のCMソング。

 ひょっとしたら「世界は自分だけのために」と信じている人がいるかもしれません。でも、間違いなく、その人は「狂人」だというべきでしょう。「朕は国家なり」と言い放ったのはルイ十四世だとされます。「〈フランス〉L’État, c’est moi.》私は国家そのものである。ルイ14世の言葉で、17世紀フランスの絶対主義を象徴する」(デジタル大辞泉)

 権力を握るものは、誰彼なしに「私は国家だ」といいたいでしょうね、ぼくには全くわからない欲望ですが。「自分は国家」だといって、いったい何がしたいのでしょうか。なにがしたいかという、はっきりした内容があるのではなく、自分は絶対権力者だという感情・錯覚意識に浸りたいだけ、そんな気もします。実につまらないというほかに、ぼくには言葉がない。この権力欲に取りつかれると、男女無関係に、一段も二段もギアが上がり、血圧も高まるでしょう。いくら「権力者」であったところで、せいぜいが一年、あるいは四年、無理に無理を重ねても五十年といったところ。なにが悲しくて「他者を支配したいのか」という、その脳細胞の動きは、おそらくご当人にも理解不能だと思う。なぜならば、その時は本人もまた、一個の細胞(情念を支配する神経系)になってしまっているからです。

 「欲望の塊(A bundle of desires)」と名指しされる人たちには、自分がそうであるという自覚はない。「政治」という支配の哲学を隠れ蓑に、独裁を旨として、「自分を偉ぶらせる」ことに奔走するのでしょう。この「欲望の塊」の連想で、学生時代に読んで、その小説のうまさに驚嘆した作品であった、モーパッサンの「脂肪の塊(Boule de Suif)」 (1880年発表)を想起しています。これは彼のデビュー作で、フローベルに激賞された。幼稚だったぼくは、この小説で描かれている「大人」「男と女」「戦争」という、未知の世界に、誤解されそうですが、目を開かれました。もう一つ「港( Le Port.)」、これにも度肝を抜かれました。「脂肪の塊」の背景は普仏戦争時代。「1870~1871年、ドイツ統一をめざすプロイセンと、これを阻もうとするフランスとの間で行われた戦争。スペイン王位継承問題をきっかけに、プロイセンの挑発に乗ったフランス側から開戦したが、プロイセンが圧勝、統一を完成してドイツ帝国の成立を宣言した。敗れたフランスは、アルザス‐ロレーヌを割譲、第二帝政が崩壊して第三共和制が成立した。独仏戦争」(デジタル大辞泉)いくつかの条件が重なって、人間の魂というより、欲の皮の厚さばかりが、気になるような作品でした。

 今も地球上で、戦火・戦禍は絶えません。そして加害が繰り返され、被害者の多くは無辜の民です。どこがどう狂えば、「自分は王様だ」「自分は万能である」と自己偽称できるのでしょうか。「戦争犯罪」を眼前にして、世界は沈黙を守るというのはどういうことでしょう。日本でも、「欲望の塊」は蠢いています。戦争へ、余すところ「一歩」です。

「ホルムズ海峡付近で損傷したマユリー・ナリー号(3月11日)Royal Thai Navy」(Bloomberg・2026年3月13日 )

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