Et tu, Brute?

 別のテーマで駄文を綴ろうとしていました。いつものことですが、これをぜひ書いてみたいというものはない、その時に思いついたテーマで、時のニュース(コラム)記事に合うものがあれば、まあこんなことについて感想みたいなものをひとくさり書いてみるか、その程度のいい加減さで一貫しています。こんな「主張」を天下に知らしめたいという気迫もなければ、義務意識もないのでありまして、もう相当な年回りになって、あまり見苦しいことはしたくない、恥晒しはしたくないという気遣いだけはあると、勝手に自己判断している。

 本日も、二、三の話題らしいものがあったのですが、結局はこの「腐敗」「不正」に触れておこうかという気になりました。自動車会社の「認証検査に関わる不正」は今に始まったことではありません。それこそ半世紀以上も同じことの繰り返しです。許認可する側の「行政」が足元を見られているのですから、強くはでられないし、メーカーは、誠に嫌な姿勢ですけれど、官僚たちの弱みを握っていると、端から相手にしていないという風にみえます。詳しく調べればいいのでしょうが、要するに自動車産業は国の背骨・根幹という自己意識はかなりなもので、国土交通省や経産省の停年組の面倒を見ているのは誰だ、という話でしょうか。

 それはともかく、昨日の「筆洗」氏の書きぶりに異な感じがしました。「花瓶を割ったものは誰だ?」という教師の詰問に、「あの子も、この子も次々と手を挙げる。そんな寂しい場面を想像する」という部分、ぼくにはよくわかりませんでした。実に正直に「ぼくが、私が、割りました」と白状したのだから、褒めることはないだろうが、嘘をつかない子たちの、その過ちを諭せば済む話。ところが、コラム氏は、これを「自動車二輪車メーカーの不正」に結びつける。あそこも、ここも、この国を代表するメーカーがすべて関わっていたとなれば「寂しい場面」と言いたくなるのは理解できる。しかし、ガキが花瓶を割るのと、検査をごまかし、不正に認可・承認を得ていたのとは、土台話しの筋も規模も影響力の大きさ、つまりは悪さの程度は比較を絶しているではありませんか。新聞記者そのものが、今時のメーカー全体が関わっていた「不正」を、小学生か中学生がいたずらして花瓶を割った程度の話としか受け取っていないフシがありあり。それこそ「「そんな寂しい場面」と言いたくなるのです。

 「5社は申請に不正はあったものの、安全・環境基準は満たしていると説明している」というが、語るに落ちるとはこのこと。ちょっとした不正はしたが、致命的な不正ではないどころか、基準よりも厳しい検査を施していたのだから、なんか問題があるかと開き直っている。みっともないというか、見苦しいし、かわいそうというか、この程度のさもしい国に成り下がったことをぼくは、わがことのように嘆きたくなる。「さてもう一度、5社を『教室』に呼び、厳しく問わねばなるまい。なぜ不正を、再発防止にどう取り組むかを」と、コラム氏はいかにも不正を裁くべしという強がりを書いているのでしょうが、教室に誰を呼び出すんですか。報道によると、呼び出しをかけるほうが会社に「赴いている」のではないですかな。「今回は見逃しますが、もう少しバレないようにしてくださいよ。お願いします」と調査に入った官僚は企業関係者に言っているみたい。「今回はお目溢(こぼ)しします。我が身の県もよろしく、ね)といいたかったんでしょうな。

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【筆洗】教室の花瓶が割れたとする。学校でこの手の問題が起きた場合、担任の先生がクラス全員に目をつむらせて割った者に手を挙げさせるということが、昔はよくあった。「割った者は正直に手を挙げなさい」。今ではコントのネタだろう▼「不正を行っていたのは誰ですか」。その問いかけにあの子も、この子も次々と手を挙げる。そんな寂しい場面を想像する。自動車・二輪車メーカーの「型式指定」を巡る不正申請である▼昨年発覚したダイハツ工業と豊田自動織機の不正を受けた国土交通省の調査に対し、5社が「実はうちも」とデータの虚偽記載や試験車両の加工などの不正を認めた。これが高い品質で世界の信頼を勝ち得た日本の自動車メーカーの実態とは情けないではないか▼販売台数は世界トップで「成績優秀」、「不正はない」と胸を張っていた「トヨタ君」も申し訳なさそうに手を挙げているのをみればユーザーはショックだろう。2016年に発覚した三菱自動車のデータ改ざん以降、これで国内すべての乗用車メーカーが品質不正をしていたことになる▼5社は申請に不正はあったものの、安全・環境基準は満たしていると説明している。言い訳にはなるまい。守るべきルールが勝手な理屈で破られた▼さてもう一度、5社を「教室」に呼び、厳しく問わねばなるまい。なぜ不正を、再発防止にどう取り組むかを。(東京新聞・2024/06/05)

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 「教室の花瓶」で思い出しました。戦後すぐのことだったか、あるいは戦前の話だったか。ある学校で生徒たちが教室でふざけていて、窓ガラスを割ってしまった。それを知った教師は飛んできて「誰がガラスを割ったか」といかにも詰問調で怒鳴り散らしたという。普段からこの教師の偉そうな振る舞いを快く思っていなかった生徒たちは、「だれがわったか、手をあげろ!」と怒鳴られて、「ぼくがやりました」と、なんと全員が挙手したという。遊び盛りの生徒が騒いで一枚のガラスを割ることなんかどうということもない、むしろ「怪我はなかったか」と、逆に生徒の身の無事を心配するのが当たり前だと、ぼくはとっさに思ったことでした。

 「検査不正」摘発のことですが、「不正はいけないが、検査には時間がかかりすぎ、余計なことまでやらされている」というような、メーカー側の不平や不満があったと言われています。だったら、それを主張すればいいではないかと、ぼくなどは思う。「認証不正問題を起こした子会社のダイハツ工業の立て直しに取り組んでいたトヨタ自動車で、類似した不正が発覚した。3日に会見した豊田章男会長は自社の過ちについて『ブルータスお前もかという感じ』と述べる一方、認証プロセスのあり方に疑問を呈する場面もあった」(朝日新聞・2024/06/04)

 「【ブルータス、お前もか!】今回の不正発覚に対して、トヨタ会長である豊田氏は、会見後半に行われた質疑応答で『正直、残念な気持ちと、ブルータス、お前もか! という感じじゃないでしょうかね』と心中を説明した。 また、『再三、申し上げているように、トヨタは完璧な会社じゃないんですね。今回の、国交省のリーダーシップのもと調査に全面協力させていただく中で、トヨタからも問題が出てきたことは、ある面、私自身は、ありがたいことだと思っております』」「今回の問題に対して、トヨタは『TPS自主研究会』を立ち上げ、認証業務の見直しを実施したという。そこでわかったのが、認証業務とは非常にリードタイムが長く、そして内容があいまいで属人的であることであった。 そこで、今後に向けて業務の標準化やプロセスの明確化を、本年中を目標に進めてゆくことにしたというのだ。 『ぜひともこれをグループ全体の共通の物差し、共通のカイゼン思想の風土づくりに結び付けるいいチャンスが到来したと思っておりますので。ぜひとも、もうちょっとお時間をちょうだいしたいと思っております』と豊田会長は述べる」(AUTOCAR・2024/06/03)

 どうでもいいことで、わざわざこんなことを取り上げる必要も義理もないのですけれど、トヨタ会長が話した「ブルータス、お前もか!」の次に続く「…という感じ」って、どういうこと?そこにぼくの注意・関心が向けられた。どういうことでしょうか。「ブルータス、お前もか」と言ったのは歴史の上では「カエサル(シーザー)」ですから、素直に受け取れば、「お前もか」と発したのは「トヨタ会長」になります。気になるのは「…という感じ」という付言というか、余韻です。歴史問題としてはシーザーはたくさんの友人知人を含めた政敵に暗殺されたことになっている(紀元前44年3月15日)。暗殺団の中にかつての盟友だった「ブルトゥス(ブルータス)」がいて、「お前もか」となりました。その脈絡でいうで言うなら、「会長は暗殺(辞任)」の運命にあることを会長自身は知っていることになりますが。どうでしょう。そんな芸当のできる会長ではなさそうにもみえます。

 この先も尚、会社では独裁体制を敷き、業界にあっても天下を睥睨するつもりだと推定されます。自分は「シーザー」であることを自認していたかどうか、ぼくにはとても怪しく思えます。もちろん「トヨタよ、お前もか!」と言いたかったのかもしれないとは思う。「世界のトヨタよ、お前までもが」という意味だったとするなら、奢りや昂(たか)ぶりは手に負えないほどのものというほかないでしょう。世界の目指す方向である「EV車」の流れを止め、これまで通りに、ガソリン車製造販売持続の方向に、アメリカも巻き込んで突き進むと、巷間でトヨタについては囁かれているのです。今回の「茶番劇」(で終わるかどうか、今後の観物です)で、茶番劇の主役を演じた独裁会長、ひょっとして「一人二役(シーザーとブルータス)」ではなかったかという疑問がぼくの中では消えないのです。落語に「二人羽織」という噺があります。

 「袖に手を通さずに羽織を着た人の後ろから、もう一人が羽織の中に入って袖に手を通し、前の人に物を食べさせたりする芸。見当違いの動きを楽しむ。寄席や宴会の余興などで演じられる」(デジタル大辞泉)

紀元前44年3月15日、独裁官ガイウス・ユリウス・カエサルは自らの古い友人であり、腹心でもあった元法務官・元老院議員マルクス・ユニウス・ブルトゥスや、部下でブルトゥスの従兄弟デキムス・ユニウス・ブルトゥス・アルビヌス、かつての敵だったガイウス・カッシウス・ロンギヌスら閥族派によって暗殺された。カエサルは暗殺の際にブルトゥスの姿を認めるとひどく落胆し、トーガで自身の体を覆う仕草を見せて "Et tu, Brute?" と呟いたという。
カエサルがブルトゥスへの揶揄を呟いたという伝承自体はシェイクスピアの史劇以前から存在し、一から完全に創作した場面ではない。最も古い伝承では帝政ローマ初期の歴史家スエトニウスの『皇帝伝』(LXXXII)があり、古代ギリシャ語で「息子よ、お前もか?」"καὶ σὺ, τέκνον;"(Kaì sỳ téknon?/カイ・スュ・テクノン)と書かれている[2]。カエサルに限らず教養ある古代ローマ人は古代ギリシャ語を流暢に話したと伝えられることから、こう言い残したとしてもさほどの不自然さはない。
シェイクスピアは『ジュリアス・シーザー』にこの伝承を取り入れる際、「ブルータス、お前もか? もはやシーザーもここまでか!」(Et tu, Brute? Then fall, Caesar!)という言い回しを用いた。この影響で、西洋では"Et tu, Brute?" が親しい者からの裏切りを意図する格言として定着した。なお、シェイクスピアは同作以外にも似た場面と台詞を使用している。(wikipedia)

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 トヨタはデカくなりすぎました。自らの始末さえも出来ないくらいに大きくなりすぎたのです。純利益は約五兆円。この不景気の中、一人勝ちとも言えます。それもこれも、円安株高という「破廉恥な」経済施策を取り続けた政府・日銀の歴史的愚策の恩恵を最大限で受けてきたのです。まるで、トヨタ会長の「朕は国家なり」という得意満面が見えるようです。「トヨタ栄えて、人民沈む」という図ですね。この先も、何かと厄介なことが続くのが気がかりです。無能な政府なら、むしろないほうがいいし、よりによって、その無能政府の寄生虫よろしく、脆弱を覆い隠すようにして、無能権力に活力を与えている(酸素マスクや人工呼吸器になっている)のがマスメディアだとするなら、お先は真っ暗ですね。

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学ぶ(learn)と学び直す(relearn)

【日報抄】窓を開けて寝た朝方、鳥のさえずりで目を覚ました。特に関心もなかった野鳥に、こつ然と興味をそそられた。年を取ってきたからだろうか。5時過ぎに目覚めるのもそうか▼鳴き声を聞いても、何の鳥か全く分からない。花の名も樹木の名も、詳しくなれたら暮らしは豊かになるだろうに。素養のなさを寝床で悔いていたら、鳴き声で鳥を探り当てられる便利なサイトをスマホで見つけた▼音声サンプルを聞き比べた。声の主はおそらくオオルリだ。夏鳥として渡来する。姿は見えないが、雄は鮮やかな青い羽を持つという。きっと鳴き声はこれまでも耳に届いていた。ただ関心がなかった。それは聞こえないのと変わりない▼アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した「関心領域」を新潟市の映画館で見た。ナチスのアウシュビッツ強制収容所と塀を挟んで暮らす所長家族の日常が描かれる。実在した所長をモデルとする▼家族の屋敷では広い芝生の庭に花々が咲き、子どもたちがプールで歓声を上げる。妻は優雅に「夢に見た暮らし」を謳歌(おうか)する。塀の向こうからは絶えず叫び声と銃声が聞こえ、火葬場らしき煙突の黒煙が見える。100万人以上を虐殺したとされる収容所と満たされた家族の営み。隔絶が寒々しい▼自分や家族にとって切実だと思えるか否かで、人間の五感は敏感にも鈍感にもなる。心の感度も変化する。あの朝、オオルリの声はたまたま聞こえた。聞こえない声、聞こえなかった声がどれほどあるのかを考えてみる。(新潟日報・2024/06/05)

 二日ほど前、買い物に出かけようと自宅を出たところで、一羽の雀雉(キジ)が県道を渡ろうとしていた。身のこなしは慣れたもので、車は速度を緩めてくれるとでも思ったのだろうか。でも、一旦渡りかけたのを止めて、草むらに入っていった。当地に来た当座、雉が連れ立って庭先で餌を啄(ついば)んでいるのを見て、なんという田舎に来たものかと一驚したほどでした。今でも、雉は頻繁に家の周りにやってくる。コラム氏ほどに鳥の鳴き声に神経を使う人間ではありません。でも、年中それこそ自分たちの縄張りのごとくに何種類もの鳥たちが飛び交っているのを見るのは、それなりに鳥にもいい環境だという証拠にもなるのだから、人間にだって、という気にはなります。年々、囀(さえず)りが遠のくようで気になっているのが鶯(うぐいす)。このところ、家の直ぐ側で長々と啼き続けているのを耳にすると、異変でも起きているのかと却って心配になる。ときには郭公の激しい啼き声にも気を引かれます。

 どれくらいの種類の鳥が近くへ来ているのか、改まって数えようとは思わないままで暮らしています。それでも十種類以上はいるはずです。いずれ、どこかで丁寧に記録をしてみたいと思う。「鳴き声で鳥を探り当てられる便利なサイトをスマホで見つけた」ので、これは「オオルリ」と察しが付いたとコラム氏は勉強の成果を誇ります。二年ほど前に自宅に来た卒業生たちと近所を散歩していて、「この花はなんですか?」と尋ねたら、一人が迷わず、スマホをかざして「これは◯◯です」と答えました。なんだか、肩透かしを食ったような味気なさを感じたことでした。遠くない将来に、たくさんの他人の顔写真がファイルされたソフトが出回り、「この人はだれ?」と訊かれて、スマホをかざし、「私の娘です」と母親が答える場面に出くわすかもしれない。その横には(娘」がいるのです。

 物を知る方法はさまざまにありますが、一番確実なのが、生活の中で経験しながら覚えることです。見習いとか聞き覚えなどという言葉が示しているように、教科書やスマホなどのない時代は、自らの感覚を働かせて体得していったのです。しかし、学校教育が始まると、いわゆる「疑似体験」万能になり、教えられ習ったことが「経験」と併置(等価)されるようになりました。ゲーテも源氏物語も、プラトンもルターも、試験に出るから「暗記」したもので、それが何であるかは問われない、そんな恐ろしい時間が長く続いたのです。物を知るというのは、「暗記する」ことではないし、言葉を棒暗記して済む話でもないでしょう。自らの体験がより豊かになるための学習ならいざ知らず、です。

 「いのちは尊い」「他者を尊重せよ」と教えられて、現実にそれができるかどうかは別の問題です。昔から「知行合一」とか「知徳合一」などと言われ、知ることが行うことにつながって初めて、知ったことに意味が与えられる。また「百聞は一見にしかず」というのは、どれだけ耳学問をしても駄目で、何よりも自分の目で見ることが大切だというのでしょう。確かにそのとおりです。でも、その自分の目が「節穴」だったらどうか。どれだけ目を凝らしても何も視ていないということにもなりますね。ぼくは「百聞」という学習があって初めて、「一見に価値あり」となると言ってきました。

 学校教育(学習)を否定するのではありません。でもそれが万能だとはまったく思いもしないことです。「学力が高い」という意味は「学校の成績」が優れている、つまり試験には強いというだけのことなら、それは大した値打ちはないはずで、学校秀才や偏差値優等生が政治や経済などの分野でどれほどの愚かしいことをしているか、見るまでもありません。「スマホでオオルリ」から、エラク遠い所まで来たようですが、何時までもスマホや先生(教えてくれる存在)に頼り続けていていいんですかというところに問題が移っていきます。十歳や十五歳で、誰かから教わるのは間違いではないでしょうが、五十、六十になってもまだ、他者から諭されなければならないのは、シンドイですね、ご本人も社会も。

 この先にも大事なことをいくつか指摘しなければならないのですが、面倒なので端折ります。急いで一、二のポイントだけを。学校で教えてもらう、つまりは「学ぶ(learn)」というのはのはいいけれど、それを何処かで(卒業後)、「学び直す(relearn)」ことがなければ、当人も集団も、学校教育のもたらすものによる被害を被ります。この作業を怠る人が多すぎる気がします。それは、例えていうと、お店で「既製服」を買ってきて、早速着るのですが、体に合わなくなったら。別の「既製服」を買うようなもので、何時だって既製品に自分を合わせているのです。その昔は既製品を買うのは同じですが、それを自分(の身の丈)に合うように縫い直すということをしていた。洋服でも着物でも、一回り大きなものを買って裾上げなどをしておき、、背丈の寸法に合わせて裾下ろしをしていた。学習もそうであってほしいとぼくは願ってきた。ゲーテやシェークスピアは試験用に名前は覚えたところで、仕方がないではないですか。彼らがどんな作品を残したか、学び直す(relearn)することで、ぼくたちは彼らを「体験する」のでしょう。モニターで訓練されただけで、実地の体験(経験)のない自動車運転手が、どんなに激しい事故を起こしているか、そんなたぐいのさまざまな事件や事故を、毎日のニュースで嫌になるほど知らされています。

 何事にも端緒や入口は必要ですし、それは多様であってほしいもの。しかし、その次の段階からは「百聞は一見にしかず」「見る・聞くより慣れろ」〈Learnig by doing〉に切り替える必要があります。八十になっても「先生に頼る」のは、なんとも不自由じゃないでしょうか。いまでは、AI 搭載の「ロボット」が不可欠の仲間(友人・知人)だという介護施設が増えています。寒い、寒い冬景色ですね。人智の到達点が、それではなあ。

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温故知新という生活の思想

【小社会】ルブランさんの憂い フランスの月刊誌「ズーム・ジャポン」が3月号で高知県を特集した。絵本作家の柴田ケイコさんや日高村のトマト農家、田舎ずしなどを取り上げ、高知の人や食を世界に発信した。▶編集長のクロード・ルブランさん(60)は映画「男はつらいよ」の大ファンで、山田洋次監督に関する著書もある知日家だ。「人々の営みと豊かさが残る日本の田舎を広く知らせたい」とたびたび来日して全国を歩いている。中でも高知はお気に入りだといい、取材で訪れた昨年に続き、先月も来高していた。▶その際、筆者に日本への愛着を語ったルブランさん。人口減に苦しむ地方に心を寄せ、JR予土線が存廃論議の対象になっていることに落胆した。「外国人観光客が田舎の魅力に気付くのはこれから。日本有数の美しいローカル線を廃止するなんてナンセンスだ」▶フランスはかつて日本と同じ中央集権国家だったが、1980年代のミッテラン政権から地方分権にかじを切った。2003年には憲法に分権を明記。その頃から農村の暮らしが再評価され、人口の田園回帰が進んだという。▶片や日本。安倍政権が地方創生を打ち出して10年になるが、東京一極集中は変わらぬまま。国会の分権論議も下火になっている。▶「日本の政治家は過疎化を嘆く一方で、過疎を加速させるあらゆることを行っているのでは」。地方の価値をめぐる日仏の違いに、ルブランさんは肩をすくめた。(高知新聞・2024/06/04)(ヘッダー写真:https://www.nhk.jp/p/ts/B4WPW86GQ5/

 ぼくは日本社会の釣瓶(つるべ)落としのような、急激な劣化や凋落の主たる原因は「東京(都市)一極集中にある」と常々思っていたし、それを正直に綴っても来ました。今も尚、その感想は変わっていない。それを別の表現に変えると、「昔は良かったが、今は駄目になった」というのではないつもりです。昔も今も、この社会(土壌)であることに変わりはないのですから。「日本の政治家は過疎化を嘆く一方で、過疎を加速させるあらゆることを行っているのでは」と、一人のフランス人は指摘されます。仰せの通りというほかありません。なぜこういう仕儀に立ち至っているのか。理由や原因はたくさんあるでしょうが、卑見によれば、「歴史を尊重しない」「歴史に興味を持たない」という、時代の根無し草精神(流行主義)かもしれないという気がしています。

 ぼくはこれまでに、自分の意志で転居したのは三回ばかり。もちろん結婚してからです。約半世紀の間に三度ばかり引っ越しをし、今のところが終着駅になりそうです。転居するにはそれぞれに理由があった。もっとも大きかったのは、居住環境が自動車等の騒音でうるさくなったからでした。「便利さ」と取引して、多くの人は騒々しい環境を選んでいるのかと言いたくなるほどに、都市環境は騒音と公害に痛めつけられているこにとぼくは耐え難くなった。とどのつまりは、房総の山の中だったが、そこは不便が取り柄のようで、徒歩圏内には交通機関はない。路線バスは通っていない。過疎そのものだと言っていい。小さな町だったが年々、その規模はさらに小さくなっている。いずれ早晩消えてなくなる運命にあるだろうと、無責任にも考えている。それもまた一つの運命ですから。生まれたら死ぬ、それはどんな物事にも不可避です。「古い日本」「昔の生活」は、こんな田舎で探しても見つからない。その点は殆どの地域でも同じでしょう。それでもなお、ルブランさんのような奇特な外国人がやってきて、その「不便な良さ」を発見されている。同じような「外からの眼」は、ぼくたちのような、この社会にずっと生きている人間にも「再発見」の機会を与えてくれるのかもしれません。

 江戸後期から明治初期にかけて、多くの外国人が来訪し、たくさんの「記録」「見聞録」を残しています。「今日の日本」などというような問題を考えようとするとき、ぼくはいつも一冊の本を思い出します。渡辺京二さんの「逝きし世の面影」です。その著書の文庫本(初版は2005年)の「あとがき」で渡辺さんは次のように書いている。「因縁はなつかしくもうとましい。私は北京・大連という異国で育った人間である。そういう私にとって、日本は桜咲く清らかな国であった。大連にも桜は咲く。しかし桜より杏の方が多くて、…」「私は十八歳のとき結核療養所に入って、四年半そこにいた。熊本市から北東へ十キロばかり行ったところにあって、周りは御代志野という高原状の林野だったが、私はそこで初めてこの国の自然の美しさを感じた。しかし、それは宮沢賢治のイーハトーブ風の美しさで、この国の自然一般とはかなり異なった情趣であったかもしれない」

 つまり、多くの人が好む日本の「自然」というものに渡辺さんは入り込めなかったというのです。「だから私はこの本を書いたとき、この中で紹介した数々の外国人に連れられて日本という異国を訪問したのかもしれない。彼らから視られるというより、彼の眼になって視る感覚に支配されていたのだろうか。私は一つの異文化としての古き日本に、彼ら同様魅了されたのである」(渡辺「平凡社ライブラリー版のあとがき」)外国人として、渡辺さんは「古き良き日本の再発見」を果たしたと言ってもいいでしょう。忘れられた日本に出会ったのです。

 ここまで書けば、この社会の「近代化」「現代化」の妄信(盲信)の正体がわかろうというもの。今でも至るところで見られる風景ですが、築二十年や三十年の建物を壊し、更地にして新しい住宅を立てる。樹齢何十年、何百年という森や林の樹木を伐採し、近代都市を構築する。この営みが近代・現代であると錯覚しているとするなら、言うまでもなくいろいろな意味における「歴史」の否定であり、冒涜でさえあるでしょう。よく使われる表現に「温故知新」があります。文字通り、「歴史を学ぶ」、あるいは「歴史に学ぶ」ということです。過去には未来が含まれている・潜んでいると言ってもいい。古いから捨てるのではなく、古さの中にある「新しさ」を発見することこそが、温故知新の真義だと思うのです。「近代の呪い」と渡辺さんは言われる。呪われているのは、言うまでもなく我々です。その理由は?

 今日は「インバウンド(inbound)の時代」などと持て囃され、至る所に外国人観光客が詰めかけ、ついには「オーバーツーリズム」などと文句を言う羽目にも陥っている。罰当たりと言うか、天に唾する愚かな振る舞いと言うか。観光客はそれ、物見遊山が目的ですから、視られる側(観光される側)がとやかく言う筋合いのものでもないでしょう。ところが、普段見過ごしていたり、見失ってしまった「生活の良さ」「環境の美点」は、外からの眼によってしか再発見されなくなっているとも思わされます。奇特であるとぼくがいうのは、この極東の島国に足を運んで、しかも、社会の現状に示唆に富む意見を指摘される人々がいるという、そのありがたみに感謝してもいいのではないでしょうか。

 この時代に欠けているのは「温故知新」という姿勢です。あえて言うなら、温故知新というのは「生活の思想」「生活態度」、つまりは〈way of life〉でもあるでしょう。それが失われてしまえば、根無し草(floating grass)であるほかない。誰とも繋がりを持たず・持てず、世間を漂流しているとするなら、孤独な話で、元気も出ないでしょうね。この何十年にもわたってぼくが、日本社会のあらゆる部分が萎(しぼ)んでいくことを痛感するのは、歳を重ねたからばかりではないでしょう。「浮草」や「根無し草」のような漂流が生活の本体になっているように思われからです。未来を知るには過去に学ぶということ、それこそが、漂流の帰着点、立ち寄る場所(寄留地)ではないかとも思うのです。過去に学ぶことが出来ないなら、お手本のような存在がたくさんあります。渡辺京二さん流に「外国人の眼」になって、「外国人に習って」、この日本の現在という「時代や社会を視る」こと、そんな姿勢が求められているとも言えます。

 外国の観光客が日本に求めているのは「車」や「家電品」、あるいは「スマホ」や「ゲーム機」などではないでしょう。つまり、機械文明、科学文明と言われるものがもたらすものは内にも外にもあって、彼我のその差は無です。外国の人々が「日本発見」というのは「この社会の文化」であって、自国にもある文明ではないのです。どこまで行っても、人間は土から離れることが出来ないように生きてきた。海洋動物でも空中動物でもなく、土(カルチャー)に根ざす生活を重ねてきたのです。今の時代に激しく損なわれているるのは「文化」そのものだと言ってもいいでしょう。そんな中に、尚「生きた文化」があるとするなら、貴重なことだと思わないわけにはいきませんね。

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● 渡辺京二(わたなべ-きょうじ)(1930-2022)= 昭和後期-平成時代の日本近代史家,評論家。昭和5年8月1日生まれ。書評誌編集者をへて,河合塾福岡校講師,のち河合文化教育研究所特別研究員。昭和54年「北一輝」で毎日出版文化賞。平成12年「逝きし世の面影 日本近代素描 I」で和辻哲郎文化賞。23年「黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志」で大仏(おさらぎ)次郎賞。京都府出身。法大卒。著作はほかに「小さきものの死」「評伝宮崎滔天」「神風連とその時代」「江戸という幻景」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

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人は右、車は左、動物は真ん中?

 昨日(6月2日)の「日乗(diary)」にも書いたが、UNHCR(The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees)の日本事務所から電話がありました。いろいろな事情・理由で避難を余儀なくされた人が、世界中で一億数千万人だと言う。日々その数は増大している。ついては、難民支援のために「さらなる寄付(募金)をお願いしたい」ということでした。電話をされてきた方によると、ぼくはもう二十年以上も「貧者の一灯」を灯し続けているそうでした。自分では何年続けているのか、ほとんど記憶しないままで、やれる範囲の寄付をしているまで。こんなことは公言すべきことではないので、余計なことは書かない。

 自然災害や戦争・紛争などの結果、国(国籍)や地域(住居)を奪われ、安住の場(privacy)をも奪われてしまう人々、そんな不本意な「避難民・者」を見るにつけ、「それは自分だ」と思ってしまう。その感覚は、まるで「わが習性」のようです。どこで、いつ生まれるか、それはまったくの偶然事だと思うからです。たまたま、これまでのところ、自分は難民にならなかったが、それは偶然で、ぼくの替わりに「あの人」「この人」が不自由を強いられていると感じるからこそ、なんとかしたいと考える。しかし、そのための余暇も微力もなければ、已む無し、どうしても「貧者の一灯」となるのです。「もっと光」をと、まるでゲーテのように叫びたいのに、仕方なく小さな蠟燭(ろうそく)を、あちこちに灯し続けて二十年、場合によっては三十年。「塵も積もれば山となる」のかどうか。昨日の電話で「ぼくは、まるで笊(ザル)で水を掬(すく)っているようなもの」と白状してしまったが、、それは自嘲などではなく、大きく言えば、人間の賢・愚の競争にいささかも打つ手なしという「慨嘆の弁」でもあったと思う。ミサイルで人命を破砕するものがいれば、壊されたいのちを救おうとする人もいる、ぼくは少なくとも壊す側に立ちたくないと念じているのです。

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 「UNCHR」問題の直後にこの話題は適切ではないという判断はありますが、当初はこの問題を駄弁る予定でしたので、あえて取り下げることはしません。また、この問題は、きっと一本の線上にあって、まっすぐにつながっているとも考えられるものです。だから、あえて二つのテーマを並べてみるのです。山陽新聞のコラム「滴一滴」(昨日付け)が「ロードキル」に触れていました。毎週のようにとは言いませんが、田舎道を車で走っていますので、それこそ頻繁に「事故被害者」に遭遇します。数年前までは車のトランクに段ボールやスコップなどを準備していて、事故に遭った動物(主に猫や犬、あるいは狸など)を「回収」し、埋葬などしていました。流石に今は行動も鈍って、こちらがやられそうですので、「回収」はしませんが、時には自宅に電話がかかり、「車の下で死んでいるので」「近くの道で轢かれている」と依頼されることがある。もちろん、駆けつけて、丁寧に埋葬することにしている。

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【滴一滴】ロードキル防げ シカ、サル、タヌキ、ウサギには標準のデザインがある。黄色いひし形の警戒標識に登場する動物たちだ。山道を運転していてよく見る▼設置のルールにのっとってさえいれば、国や都道府県などの道路管理者は標準以外を描いてもいい。シカの角の向きが逆だったり、親ザルが子を連れていたり。ウシ、カルガモなどのご当地標識もある▼こうした野生動物が車と衝突して死ぬ「ロードキル」を防ごうと研究する数少ない専門家が、岡山理科大の辻維周教授である。沖縄の石垣島で暮らしていたとき、天然記念物のワシやカメが多く犠牲になる惨状に遭遇したのがきっかけだ▼動物は嫌がるが、人間にはほとんど聞こえない高周波の音に注目した。山梨県の自動車部品メーカーによる音の発生装置の開発に協力。実証実験を重ね、効果的な周波数や音のパターンを確かめた。車のフロント部分に取り付け、進行方向にいるシカなどとの衝突を防ぐ▼装置は線路への侵入防止や、田畑の獣害対策にも使われる。人間と動物がすむ場所を明確に分け、うまく共存していくことが目標という▼ロードキルは、利便を求めた人間が動物の生活圏に道を造ったのが主な原因とされる。動物の行動を変えるのは容易ではないが、人間は心がけ一つでもある。標識を見かけたときは速度を抑えて慎重に通過したい。(山陽新聞・2024/06/02)

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 当地にで事故に遭うのは「猫」「狸」が多いですね。事故注意ではないが「イノシシに注意」という標識は至るところに見られます。多くの動物達からすれば、元々は自分たちの住処だったのだから、人間は後住者らしくしていればいいのに、まるで「わがもの顔」で傍若無獣ブリです。人間の仲間としても、勝手に過ぎると思ってしまう。いくら「標識」を出しても、平気の平左でいのちを「蹴散らす」悪行のし放題。どこかで見たのですが、様々な動物が轢死する(事故死する)数は、三百万はいるという。どこかが正式に認めた数だけだろうから、放置されたままがどれくらいか、聞くだけでも恐ろしくなる。

 こんなことを言うと、「お前だって、知らないで無数の昆虫類などを轢いているのだ」と言われるでしょう。だから、車に乗らないのがいいのだ、と。それこそ「無辜の獣」が命を落とすのは、落とすほうが悪いと言わぬばかりです。ところが、「カルガモ親子の横断歩行」を官憲がかりで誘導・補助(サポート)するのがニュースになったり、怪我をして渡りの季節に間に合わなくなった燕などを、飛行機で運ぶなどという、「動物愛護」のみせびらかしとの極端な違いは、これも人間の持つ「残虐性」の、他面の顕現だと思うことがあります。

 下に見られる看板(標識)の殆どは、侵略・侵入者の出したもの。先獣者の安住地を奪ったという意識がまったくないのは、自分ながら情けない気がしてしまう。各地に「動物が出没」という報道を見るにつけ、かつての生地(聖地)を取り返すための反乱に出ていると思えなくもないのです。劣島のあらゆる場所で、「先獣民」の反乱、一斉蜂起が起きる前兆がみえているようです。

 ぼくが住んでいる地域の至る所に「電気柵」が設けられています。その数が年々増加しているのは、侵略者(人間たち)の恐怖心の現れのように思われます。それはまるで、「サファリパーク」「安全地帯(TAMAKI KOJI)」というべき「柵の中」「塀の中」に囲われて、ぼくたちは住んでいるような錯覚に襲われる。しかし決して「錯覚」ではないという「錯覚」も消えないままです。人間は至ることろで「難民」を強いられているのだというのでしょうか。「ヒトに注意!」という看板が、どこかに出ていないのでしょうか。

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「徒然に日乗」(579 ~585)

◯2024/06/02(日)夕方までは曇りがちながら、時々は日も差し、適度に風もあって、洗濯物がよく乾いた。四時ころに一雨あり。この後はどうなるか。梅雨前線やら低気圧やらが劣島を取り囲んだ格好で、梅雨入りも遠くなさそうだ。▶四時ころだったか、国連難民高等弁務官事務所(UNHC)事務局(日本本部)から電話があった。「更に支援をよろしく」という話だと直感した。電話では、世界中で、(難民)支援を必要とする人々が一億を超えたと言う。ぜひとも支援を、これまで以上にお願いしたいと言う。ぼくはもうかれこれ二十年以上もサポーターを続けているらしいということだった。具体的な活動は出来ないから、月々に支援(寄付)でお茶を濁すばかり。微力にもならないが、継続だけは中断したくない。「難民になっているのは自分だ」という思いがあればこそ。事務局の人にも感謝を伝えた。▶夜の七時ころから雨が降り出した。かなり強い雨だが、明日まで続くと言う。(585)

◯2024/06/01(土)午前中の買い物。天候は悪くはなかった。台風の影響もほとんどなく、まずは快晴だったと言える。午後三時頃だったか、京都のT氏から電話。過日の訪問以来の電話。同郷のMさん(一切年長)が電話に出たいと言うので、ということだった。Mさんとは幼馴染。嵯峨在住時代、近所に住んでいた。父上は関西電力のお偉いさんだったと言う。とても元気だった。今は福井県の高浜か敦賀かに住んでおり、関西電力関連の仕事をしていると聞いている。会いたいね、ということだった。十年ほど前に少しばかり顔を合わせたことがあったきり。(584)

◯2024/05/31(金)台風1号の影響が心配されたが、まず事なきを得て、一安心。午後からは日も出てきた。本日は終日自宅に留まる。何をするでもなく、パソコンの前に座っている。心配された「線状降水帯」も、それほどではなく、大きな被害が出なかったのは幸いだった。しかし、油断は禁物。早速台風第2号が生まれたそうだ。▶本日で五月が終わり。これまでの各駅停車が、いまや途中停車駅もなく、ひたすら終点に向かって全速力で疾走する超特急の速度感を感じる。今こそ、各駅停車が必要なのにと想いながら、光陰矢のごとく過ぎ去る時間に、ただ呆気にとられているのだ。(583)

◯2024/05/30(木)午前中、かなり溜まっていた燃やせるゴミ、特に段ボール類は毎日のように増える。(買い物用の入れ物にしたり、宅配便で自然に増えて、相当な量になる)除草した草類も。明日から台風の影響で雨が予想されているので、区切りのいいところまでは処分したいと、2時間くらいはかかったか。▶その後に買い物に。(582)

◯2024/05/29(水)最近はめったにないことだが、朝6時前に近所のコンビニに。朝食用のパンを買いに。いつもは前日に買うのだが。大量生産される「食パン」類は、いくつかの点で安全な食品ではないと言う。そうだろうか。安全だと折り紙付きの「パン」はどこで手に入れられるのか。▶終日自宅内に。台風の接近と、梅雨前線の揃い踏みで、西日本は「線状降水帯」が発生している。数日後には、当地あたりにも降雨が続くのだろうか。屋根や樋(とい)に溜まった枝葉の掃除はまだ済んでいないので、少しの雨で垂れ流し状態になる。本格的な梅雨の期間が来る前にはなんとか終わらせておきたい。▶しばらく中断している間に、庭の草が勢いよく伸びている。何本かある「立葵」も花を付けてきた。中には2メートルを超える背丈になるものもある。なかなか庭の除草が終わらないのが、歯がゆいしなさけない。(581)

◯2024/05/28(火)午後、猫の食料を買い出しに、土気のHCまで。缶詰ではなく、おやつ類や煮干しなど、人間で言うなら「副食」だ。たくさんの猫がいるので、どれも同じものを好むようにはならない。いくつかの種類を揃えておかないと、偏りが出てしまう。好みを聞くわけにも行かず、猫に選ばせたいが、そうも行かず。まずは、いろいろなものを物色し、種類を揃えては、好みそうなものを与えていくことになる。面倒極まりない(580)

◯2024/05/27(月)沖縄の梅雨入りは一週間ほども前。それでも例年より十日以上遅いという。やがて、当地にも梅雨がやってくるというのか、梅雨になるというのか、今週は快晴の日が続くとは行かないようだ。本日も雨模様の、曇り空が続いている。▶庭作業はすっかり遠のいている。いずれ再開しなければと思うが、はっきりしない天候に身体が言うことを利かぬ。▶午後二時ころに買い物に。何を買うでもないのに高額になる。相変わらず物の値段が高騰している。どこまで続くのか。今月いっぱいで「電気料金」「ガス料金」「ガソリン代」の時限補填が終了するから、さらに生活費の高騰が続くことになる。田舎にいてさえ、生活は大変だという実感があるのだ。(579)

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Many a true word is spoken in jest.

週のはじめに愚考する (第弐拾壱)~ ヘッダー写真のスローガンは「AI画像」によって作成されたものが、たちまちに世界中に拡散されたものです。いわば、世界の民衆のある感情に訴えたのは「架空の難民キャンプと〈ALL EYES ON RAFAH〉」画像(⏩️写真)が含んでいたとみなされた「真実」だった。ことの経過や詳細はBBCの報道に拠ります。(この報道記事によって、ことの是非善悪の判断を下すという読者の行為も、同じような事態のうちにあることを忘れるわけには行かないでしょう)イスラエルの空爆により「難民45人が死亡、数百人が負傷した直後に」、この画像は広められた。イスラエル首相が〈悲劇的な誤り〉としたのも、この画像が関わっていたかもしれない。画像作成の動機や拡散の経緯がどうであれ、結果がよければ(ラファ攻撃反対)、それでいいではないかということになるのかどうか。

 これと似た「偽造された真実」が、ネット時代・ネット社会の至るところで生じています。仲間内の楽しみやたわいない遊びの道具になるだけならまだしも、ことは、今や世界規模の戦争になっている事態に「一石を投じた」格好ですから、その是非善悪を判断する基準を設けるのは簡単ではないでしょう。これとまったく同じということは出来ませんが、よく利用されている「ネット署名」問題。短時間のうちに膨大な署名を集めることが出来、場合によっては、現実の政治・政策決定に影響が出ているとされてもいます。ぼくのところにも頻繁に署名依頼が届く。メールで「署名すべき事柄」の是非善悪、理非曲直、あるいは署名への可否、賛否を示すだけで、署名者の意思が認められるのですから、これを善用するも悪用するも、問題定期下側の自在だと思われます。「動機がよければ、結果よし」と言っていいのか、にわかに判断できない問題です。「だれにとって」「動機よし」なのかが問われなければならないからです。

人工知能(AI)が生成した、パレスチナ自治区ガザ地区の難民キャンプと、「All Eyes on Rafah(みんなの目がラファを見ている)」というスローガンの画像が、ソーシャルメディアで幅広く拡散されている。
インスタグラムでは、このAI生成画像はこれまでに4700万回以上、共有された。英歌手デュア・リパ氏、レーサーのルイス・ハミルトン氏、パレスチナ人の父親を持つ米モデルのジジ・ハディッド氏とベラ・ハディッド氏といった著名人も、この画像を拡散した。
この画像とスローガンは、イスラエル軍が26日、ガザ南部ラファにあるパレスチナ人避難民キャンプを空爆し、大規模な火災が発生した後に広まった。
イスラム組織ハマスが運営するガザ地区の保健省は、この出来事で少なくとも45人が死亡し、数百人が負傷したと発表した。イスラエルは、ハマスの司令官2人を標的にし、致命的な火災は二次的な爆発によって引き起こされた可能性があると主張している。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「悲劇的な誤り」と呼んだが、この攻撃に対する国際的な非難が広がっている。
BBCアラビア語の調査では、この出来事の後にマレーシアの青年が自身のSNSアカウントにこの画像を投稿したことをきっかけに、拡散し始めたことが判明した。
では、この画像はどのようにして生まれたのだろうか?(以下略)(BBC・2024/06/91) (英語記事 All Eyes on Rafah: The post that's been shared by more than 47m people)

 「難民キャンプ」と「スローガン」を組み合わせた「架空の映像」によって、多くの人々が動かされたのは事実。戦争反対の狼煙になったのが、AIによって作成された「架空の映像」であっても、目的は「(皆さんがどう思うにしても)今はラファ問題を軽視するのではなく、彼らが震え上がり、私たち全員による拡散を恐れるよう、この画像を広めてほしい」作成者が述べている動機の正当性を受け入れるかどうかでしょう。

 この主張に反対する理由はなさそうに思えますが、逆に、これとは異なる主張が「AI画像」で作成され、現実に広げられてもいる。問題の所在はどこか、それを探ることに汲々として、ことの真相を見失う恐れもあると、なかなかに問題の是非を論じ尽くせないままの状態が続いているようにみえます。(ウクライナで攻防(興亡)が続けられている「ロシアによる侵略戦争」でも同じような「情報合戦」がおこなわれているとみられます)(AI万能化時代だから、このような問題が起こったと言ってはならない。「事実の偽装」「事実隠蔽」の上手下手に無関係に、このような「訴え」はいつの時代でも行われていました。

画像には、広大な砂漠とテントキャンプが描かれ、「All Eyes on Rafah」という文字が書かれているが、実在する場所やラファの街は描かれていない。
何より、遺体や血の写真、実在の人物の写真、名前、悲惨なシーンがないのが特徴だ。
これを批判する意見もある。
英グラスゴー大学でコミュニケーション・メディア・民主主義の上級講師を務めるポール・ライリー博士によると、この画像が現地の真実を示していないと懸念する活動家もいるという。
この批判に対して、この画像を制作したマレーシア人アーティスト(ユーザー名「shahv4012」)は、米誌「タイム」が引用したインスタグラム・ストーリーでこう述べている。
「この写真とテンプレートに満足していない人たちがいます」
「私が皆さんに間違ったなら謝ります」
一方で「shahv4012」は、「(皆さんがどう思うにしても)今はラファ問題を軽視するのではなく、彼らが震え上がり、私たち全員による拡散を恐れるよう、この画像を広めてほしい」とも述べた。
しかし、この画像はラファの現状を「きれいに整えた」ものではあるが、デジタル活動家の立場からすれば、共有しやすいという利点があると、ライリー博士は指摘する。
この画像には、インスタグラムの利用規約侵害で削除される可能性のある生々しい内容が含まれていない。他方、この画像によって、活動家らが注目を集めようとしている問題の認知度を高めることができる。(同上記事)

 問題の可否を測る判断基準はどこにあるのでしょうか。何が「表現の自由」なのか、「表現の自由」はどこまで認められるのか。時には「政治問題」はタブーであると即断できないからこそ、この「AI画像」が写している景色の背後(事実および歴史を認識すること)にまで、ぼくたちは注意を払う必要があるのではないでしょうか。「映像」「画像」だからどうだというのではありません。それが示す「真実」をこそ、ぼくたちは把握する必要がありそうだということ。

 (〈Many a true word is spoken in jest.〉「冗談の中にも真実はあるのだ」ということか。今は下戸になりましたが、大酒を呑んでいた頃は盛んに「酒中に真あり(In vino veritas)」とほざいていたものです。「嘘から出た実(まこと)」ではなく、「瓢箪から駒」でもなく、「迫真の像」が語る「真」にどう向き合うか、それがぼくたちに問われているのではないですか)( “In vino veritas, in aqua sanitas”「酒に真実あり、水に健康あり」)(中国語では《酒後吐真言》だそうです)

(冗談 官憲から取り調べられる際、めったになかろうが、酒が出されても、飲んではいけないということになるのだろうか)(あらぬ方向に行き過ぎました。筆者は酒は飲んでいません)

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恐れ入谷の鬼子母神(南畝)

【明窓】柘榴の花 わが家はアパート住まいで、隣家の庭木を「借景」としている。フェンス越しに柘榴(ざくろ)の木が半分ほど見えるだけだが、四季折々の姿は日々の癒やしだ。この時季は鮮やかな緑葉と赤い花に元気をもらっている▼詩人・三好達治(1900~64年)は<柘榴の朱は格別の趣きがあつて、直接な生命の喜びとでもいふやうなものが、ふさぎ勝ちな前後の気持を押のけて、独自の逼(せま)り方で強く胸に逼つてくる>と、随想『柘榴の花』に記す▼発表したのは戦時中。<兵馬倥偬(こうそう)を極める時局下に、無慙(むざん)な閑談を試みたとがめを蒙(こうむ)るかもしれない>と控えめだが、戦地からの若い友人たちの手紙にも常にこうした閑談があり、それが<日本人としての彼らの心情に微妙に誇張なく調和している>という▼以前、取材した古老に「自分」とは「自然」の「分身」だと諭された。自分の考えや行動が周囲の自然、環境に関わるのだと解釈した。それも踏まえれば三好が作中に記す<自然はあらゆる美の手段をつくして、沈滞する人の心をつねに眠ざめしめようと、人人の心に向つて不断に好機を捉へようとして待ちかまへているもののやうにさへも思はれる>という感想は、今の自分に必要なメッセージが、あちこちにあるということだろう▼あすから6月。祝日がない月で、「海の日」(7月の第3月曜日)まで連休はない。個人的には柘榴に背を押してもらい気張るとする。(衣)(山陰中央新報・2024/05/31)

 大学在学中、都内文京区本郷に住んでいて、しばしば上野や浅草方面に出かけました。あるいはその近くにあった鶯谷や入谷などにも足を伸ばした。その入谷には「鬼子母神」があり、なかでも朝顔市が有名でした。ぼくは、そこで朝顔を買ったことはなかったが、その時期になると、方々の電車やバスの中にまで「朝顔」が持ち込まれて、梅雨時の季節を思わせました。また、後年には、勤め先の近くに雑司が谷鬼子母神があり、何度か境内に足を入れたことがあります。別に信仰心からではなく、「鬼子母神」という禍々しい名前に惹かれてのことでした。

 その鬼子母神、今は安産や子育ての女神と崇められていますが、もともとは魔性の母親が元型。(由来は辞書参照)その鬼子母神像の右手には柘榴(ザクロ)の花が握られています。なぜだろうと不思議に思ったことでした。その理由もいくつかの説がありますけれど、大方は辞書に書かれています。仏教では柘榴は「吉祥果」と書く。この女神は「吉祥天」を生む。吉祥天の夫は毘沙門天。(こんなことを綴っていけば際限がありません)言いたいことは「鬼子母神」の右手には柘榴があるという一事です。さすれば、柘榴は「神聖」な、あるいは「摩訶不思議」な利益(りやく)があるとされているという証拠にもなるでしょうか。まだ小学校に入る前、ぼくはほんの数回ですが、柘榴の実を食べた記憶があります。うまかったという印象は残らなかった。今はもう廃れてしまった能登半島の家郷にあった専通寺というお寺の境内にあった。それ以来、そもそも柘榴の木を見ることがなくなりました。なぜだろうか。

 東京でも千葉でも柘榴は見かけなくなりました。物の本には曰く因縁がある樹だから、庭木などには適していないとも記されているのですが、さてどうでしょう。食用に供されるさまざまな果実があり、木の実もありますから、わざわざ柘榴などを食べることもあるまいと言ったところでしょうか。近年では、ジュースやザクロ酢として重宝されているようです。従前は、この樹皮や実は生薬としても使われていた。

 ぼくにとっては、とても懐かしい樹木であり、今では縁の遠くなった樹でもあります。真っ赤に燃え立つ紅色と「子殺し」を繰り返した鬼子母神のイメージが重なり、爽やかな木や花という受け止め方が出来難くなったきらいがあります。

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● ザクロ(ざくろ / 石榴・柘榴)(pomegranate)([学] Punica granatum L.)= ザクロ科(APG分類:ミソハギ科)の落葉小高木。観賞用の1変種ヒメザクロvar. nana hort.は樹高20~30センチメートルの低木。一般に分枝が多く、葉は対生し短柄がある。花は両性花と雌性の退化した雄花とがある。萼(がく)は筒状、多肉質で5~7裂する。花弁は6枚で橙赤(とうせき)色を基本とし、そのほか白色、赤色に白色の絞り、橙黄色などがある。果実は花托(かたく)の発達したもので、ほぼ球形となり、宿存萼がある。果皮は厚く、中に薄い隔膜で仕切られた6個の子室があり、多数の種子が隔膜に沿って配列する。熟果の果皮は黄白色または紫紅色となり、不ぞろいに開裂し、白色、淡紅色あるいは濃桃色の多汁な外種皮をもった種子を現す。(⤵️)

 (⤴️)外種皮は甘酸っぱく特殊な風味があり、生食用とするほか、グレナディンgrenadineなどの清涼飲料とする。原産地はイラン。アフガニスタン、パキスタン、インド北西部には種なしの果実を結ぶよい品種がある。アメリカではフロリダ、ジョージア、ルイジアナの地方で、生食用、ジュース用として栽培される。日本へは平安時代に中国を経て入ったと推定されており、花木として重んぜられた。そのため、花はもちろん、果実も熟して割れる美しさを観賞してきた。また、根や茎の皮、果皮を薬用とした。本州以南なら栽培は可能であるが、暖地でよく育つ。繁殖は挿木、取木、株分けなどによる。なお、果樹用品種としては、果皮の割れない形質が重要視される。実のなる実ザクロに対し、八重咲き種は結実せず、花ザクロとよぶ。(日本大百科事典ニッポニカ)

● きしぼ‐じん【鬼子母神】[ 1 ] 仏教で、女神の名。経典によって多少の相違があるが、鬼子母経によれば、千人の子があり、五百は天上、五百は世間にあり、最小の子を愛奴(経によって嬪伽羅という)と名づけ憐愛した。鬼子母は性質邪悪で、常に他人の子どもを殺して食べたため、仏はこれを教化しようと愛奴を隠したので、鬼子母は探し求めることができず、悲嘆にくれた。そこで仏は、汝は千人中ただ一子を失うにさえ悲嘆懊悩するのに、汝に子を食われた親達の胸中はいかばかりか、と説いて、子を返した。以後鬼子母は、仏に帰依し、誓願を立て、産生と保育の神(ときには盗難除の守護)となる。手に吉祥果(ざくろ)を持つ天女の姿をとる。律宗、特に日蓮宗が信仰する。きしぼ。きしも。きぼ。きちもじん。きしもじん。鬼子母善神。( [梵語] Hārītī (訶梨帝)の意訳 )(精選版日本国語大辞典)

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 (おまけのような。 三好達治「柘榴の花」)

 私は毎年この花をはじめて見るたびに、何か強烈な生命的な感銘を覚えるといつたが、そのやうな場合、私は路上にあつて、その花にむかつて同じやうな感銘を覚えた去年のその同じ季節のある日から、今日のこの日まで、まる一年間の間の生活の要約、その風味とでもいつていい、何か圧縮された鮮明なしかしまた名状のしがたい感懐を覚えるのである。
「ああまた柘榴の花が咲いた、この私の好きな花が今年もまたここに咲いた。ああさうだ、去年もこの橋の袂でこの花を見て、丁度今日のこの時と同じやうな感慨を覚えた。その時私はこの橋を渡つて去年も今日と同じやうな用足しに出かけたのではなかつたらうか。それから早くも一年がたつた。その間に戦況はますます苛烈を極め、私の身辺からも多くの若者たちが出征した。その若者たちは遠い極地の東西南北から交々こもごも私に事情のゆるすかぎりの通信を送つてくれる。その度に私はいつも胸をしめつけられるやうな集注した心持をもつてそれらを読んだ。私自身は病気といふほどの病気もせず、家内の者もまた至極無事に、この平穏ではない世界のさなかに、私の生涯の間に於ても比較的無事平穏な期間に属する静かな生活を送ることができた、さうして一年がたつて、さうしてまた柘榴の花が咲いた。海は毎日同じ声でこの美しい日本の国土に戯れかけてゐる。沖の方に見える伊豆の島は初夏のおぼろめく霞の奥にいつも変りのない姿で浮んでゐる……」
 そんなことを考へるともなく考へ感ずるともなく感じながら私は路を急いでゆく。さうして私の心もまた何ものかに促されるやうにその路を急ぐのである。まことに、一つの強い感懐は、いつもこのやうに一つの方角にむかつて私の心を促したてる。さうしてともすれば鈍り勝がちな私の心の重い歩みをせきたてて、前方にむかつて私の背中を押しやるのである。自然はこの時、一つの鮮明な強烈な色彩を藉かりて、突然鋭く私の心の隙間に、一閃の光明を投げ入れた。それは思ひ設けないさまで意味もないただふとした一些事にすぎなかつたが、私の心は初夏のあざやかな朱花に対して既にめざめ「実は、私はいつまでもぼんやり、かうもしてはゐられなかつたのだ」といふ強い不意の驚き――何か悔恨の風味をもつた驚きを覚えないではゐられない。
 いつもきまつて、初夏の来るごとに柘榴の花は私の心をせきたてる。いやこれはひとり、柘榴の花のみにかぎつたことではない、自然の繊細な美しさ、例へば山の端に落ちかかる三日月のやうなもの、或は林の小径で拾つた小鳥の羽、或はまた風にあがつて青空の中に見失はれてゆく蒲公英たんぽぽの綿毛、さういふ軽微な微妙なものも、また重々しい大輪の日まはりの花や、はじめにのべた柘榴の花の強烈な色彩と同じく、私の心を促して一つの方角に駆りたてるやうに思はれる。(「柘榴の花」「三好達治全集 第一〇巻」所収 筑摩書房(1964)

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