別のテーマで駄文を綴ろうとしていました。いつものことですが、これをぜひ書いてみたいというものはない、その時に思いついたテーマで、時のニュース(コラム)記事に合うものがあれば、まあこんなことについて感想みたいなものをひとくさり書いてみるか、その程度のいい加減さで一貫しています。こんな「主張」を天下に知らしめたいという気迫もなければ、義務意識もないのでありまして、もう相当な年回りになって、あまり見苦しいことはしたくない、恥晒しはしたくないという気遣いだけはあると、勝手に自己判断している。

本日も、二、三の話題らしいものがあったのですが、結局はこの「腐敗」「不正」に触れておこうかという気になりました。自動車会社の「認証検査に関わる不正」は今に始まったことではありません。それこそ半世紀以上も同じことの繰り返しです。許認可する側の「行政」が足元を見られているのですから、強くはでられないし、メーカーは、誠に嫌な姿勢ですけれど、官僚たちの弱みを握っていると、端から相手にしていないという風にみえます。詳しく調べればいいのでしょうが、要するに自動車産業は国の背骨・根幹という自己意識はかなりなもので、国土交通省や経産省の停年組の面倒を見ているのは誰だ、という話でしょうか。
それはともかく、昨日の「筆洗」氏の書きぶりに異な感じがしました。「花瓶を割ったものは誰だ?」という教師の詰問に、「あの子も、この子も次々と手を挙げる。そんな寂しい場面を想像する」という部分、ぼくにはよくわかりませんでした。実に正直に「ぼくが、私が、割りました」と白状したのだから、褒めることはないだろうが、嘘をつかない子たちの、その過ちを諭せば済む話。ところが、コラム氏は、これを「自動車二輪車メーカーの不正」に結びつける。あそこも、ここも、この国を代表するメーカーがすべて関わっていたとなれば「寂しい場面」と言いたくなるのは理解できる。しかし、ガキが花瓶を割るのと、検査をごまかし、不正に認可・承認を得ていたのとは、土台話しの筋も規模も影響力の大きさ、つまりは悪さの程度は比較を絶しているではありませんか。新聞記者そのものが、今時のメーカー全体が関わっていた「不正」を、小学生か中学生がいたずらして花瓶を割った程度の話としか受け取っていないフシがありあり。それこそ「「そんな寂しい場面」と言いたくなるのです。

「5社は申請に不正はあったものの、安全・環境基準は満たしていると説明している」というが、語るに落ちるとはこのこと。ちょっとした不正はしたが、致命的な不正ではないどころか、基準よりも厳しい検査を施していたのだから、なんか問題があるかと開き直っている。みっともないというか、見苦しいし、かわいそうというか、この程度のさもしい国に成り下がったことをぼくは、わがことのように嘆きたくなる。「さてもう一度、5社を『教室』に呼び、厳しく問わねばなるまい。なぜ不正を、再発防止にどう取り組むかを」と、コラム氏はいかにも不正を裁くべしという強がりを書いているのでしょうが、教室に誰を呼び出すんですか。報道によると、呼び出しをかけるほうが会社に「赴いている」のではないですかな。「今回は見逃しますが、もう少しバレないようにしてくださいよ。お願いします」と調査に入った官僚は企業関係者に言っているみたい。「今回はお目溢(こぼ)しします。我が身の県もよろしく、ね)といいたかったんでしょうな。
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【筆洗】教室の花瓶が割れたとする。学校でこの手の問題が起きた場合、担任の先生がクラス全員に目をつむらせて割った者に手を挙げさせるということが、昔はよくあった。「割った者は正直に手を挙げなさい」。今ではコントのネタだろう▼「不正を行っていたのは誰ですか」。その問いかけにあの子も、この子も次々と手を挙げる。そんな寂しい場面を想像する。自動車・二輪車メーカーの「型式指定」を巡る不正申請である▼昨年発覚したダイハツ工業と豊田自動織機の不正を受けた国土交通省の調査に対し、5社が「実はうちも」とデータの虚偽記載や試験車両の加工などの不正を認めた。これが高い品質で世界の信頼を勝ち得た日本の自動車メーカーの実態とは情けないではないか▼販売台数は世界トップで「成績優秀」、「不正はない」と胸を張っていた「トヨタ君」も申し訳なさそうに手を挙げているのをみればユーザーはショックだろう。2016年に発覚した三菱自動車のデータ改ざん以降、これで国内すべての乗用車メーカーが品質不正をしていたことになる▼5社は申請に不正はあったものの、安全・環境基準は満たしていると説明している。言い訳にはなるまい。守るべきルールが勝手な理屈で破られた▼さてもう一度、5社を「教室」に呼び、厳しく問わねばなるまい。なぜ不正を、再発防止にどう取り組むかを。(東京新聞・2024/06/05)
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「教室の花瓶」で思い出しました。戦後すぐのことだったか、あるいは戦前の話だったか。ある学校で生徒たちが教室でふざけていて、窓ガラスを割ってしまった。それを知った教師は飛んできて「誰がガラスを割ったか」といかにも詰問調で怒鳴り散らしたという。普段からこの教師の偉そうな振る舞いを快く思っていなかった生徒たちは、「だれがわったか、手をあげろ!」と怒鳴られて、「ぼくがやりました」と、なんと全員が挙手したという。遊び盛りの生徒が騒いで一枚のガラスを割ることなんかどうということもない、むしろ「怪我はなかったか」と、逆に生徒の身の無事を心配するのが当たり前だと、ぼくはとっさに思ったことでした。

「検査不正」摘発のことですが、「不正はいけないが、検査には時間がかかりすぎ、余計なことまでやらされている」というような、メーカー側の不平や不満があったと言われています。だったら、それを主張すればいいではないかと、ぼくなどは思う。「認証不正問題を起こした子会社のダイハツ工業の立て直しに取り組んでいたトヨタ自動車で、類似した不正が発覚した。3日に会見した豊田章男会長は自社の過ちについて『ブルータスお前もかという感じ』と述べる一方、認証プロセスのあり方に疑問を呈する場面もあった」(朝日新聞・2024/06/04)
「【ブルータス、お前もか!】今回の不正発覚に対して、トヨタ会長である豊田氏は、会見後半に行われた質疑応答で『正直、残念な気持ちと、ブルータス、お前もか! という感じじゃないでしょうかね』と心中を説明した。 また、『再三、申し上げているように、トヨタは完璧な会社じゃないんですね。今回の、国交省のリーダーシップのもと調査に全面協力させていただく中で、トヨタからも問題が出てきたことは、ある面、私自身は、ありがたいことだと思っております』」「今回の問題に対して、トヨタは『TPS自主研究会』を立ち上げ、認証業務の見直しを実施したという。そこでわかったのが、認証業務とは非常にリードタイムが長く、そして内容があいまいで属人的であることであった。 そこで、今後に向けて業務の標準化やプロセスの明確化を、本年中を目標に進めてゆくことにしたというのだ。 『ぜひともこれをグループ全体の共通の物差し、共通のカイゼン思想の風土づくりに結び付けるいいチャンスが到来したと思っておりますので。ぜひとも、もうちょっとお時間をちょうだいしたいと思っております』と豊田会長は述べる」(AUTOCAR・2024/06/03)

どうでもいいことで、わざわざこんなことを取り上げる必要も義理もないのですけれど、トヨタ会長が話した「ブルータス、お前もか!」の次に続く「…という感じ」って、どういうこと?そこにぼくの注意・関心が向けられた。どういうことでしょうか。「ブルータス、お前もか」と言ったのは歴史の上では「カエサル(シーザー)」ですから、素直に受け取れば、「お前もか」と発したのは「トヨタ会長」になります。気になるのは「…という感じ」という付言というか、余韻です。歴史問題としてはシーザーはたくさんの友人知人を含めた政敵に暗殺されたことになっている(紀元前44年3月15日)。暗殺団の中にかつての盟友だった「ブルトゥス(ブルータス)」がいて、「お前もか」となりました。その脈絡でいうで言うなら、「会長は暗殺(辞任)」の運命にあることを会長自身は知っていることになりますが。どうでしょう。そんな芸当のできる会長ではなさそうにもみえます。

この先も尚、会社では独裁体制を敷き、業界にあっても天下を睥睨するつもりだと推定されます。自分は「シーザー」であることを自認していたかどうか、ぼくにはとても怪しく思えます。もちろん「トヨタよ、お前もか!」と言いたかったのかもしれないとは思う。「世界のトヨタよ、お前までもが」という意味だったとするなら、奢りや昂(たか)ぶりは手に負えないほどのものというほかないでしょう。世界の目指す方向である「EV車」の流れを止め、これまで通りに、ガソリン車製造販売持続の方向に、アメリカも巻き込んで突き進むと、巷間でトヨタについては囁かれているのです。今回の「茶番劇」(で終わるかどうか、今後の観物です)で、茶番劇の主役を演じた独裁会長、ひょっとして「一人二役(シーザーとブルータス)」ではなかったかという疑問がぼくの中では消えないのです。落語に「二人羽織」という噺があります。
「袖に手を通さずに羽織を着た人の後ろから、もう一人が羽織の中に入って袖に手を通し、前の人に物を食べさせたりする芸。見当違いの動きを楽しむ。寄席や宴会の余興などで演じられる」(デジタル大辞泉)

紀元前44年3月15日、独裁官ガイウス・ユリウス・カエサルは自らの古い友人であり、腹心でもあった元法務官・元老院議員マルクス・ユニウス・ブルトゥスや、部下でブルトゥスの従兄弟デキムス・ユニウス・ブルトゥス・アルビヌス、かつての敵だったガイウス・カッシウス・ロンギヌスら閥族派によって暗殺された。カエサルは暗殺の際にブルトゥスの姿を認めるとひどく落胆し、トーガで自身の体を覆う仕草を見せて "Et tu, Brute?" と呟いたという。
カエサルがブルトゥスへの揶揄を呟いたという伝承自体はシェイクスピアの史劇以前から存在し、一から完全に創作した場面ではない。最も古い伝承では帝政ローマ初期の歴史家スエトニウスの『皇帝伝』(LXXXII)があり、古代ギリシャ語で「息子よ、お前もか?」"καὶ σὺ, τέκνον;"(Kaì sỳ téknon?/カイ・スュ・テクノン)と書かれている[2]。カエサルに限らず教養ある古代ローマ人は古代ギリシャ語を流暢に話したと伝えられることから、こう言い残したとしてもさほどの不自然さはない。
シェイクスピアは『ジュリアス・シーザー』にこの伝承を取り入れる際、「ブルータス、お前もか? もはやシーザーもここまでか!」(Et tu, Brute? Then fall, Caesar!)という言い回しを用いた。この影響で、西洋では"Et tu, Brute?" が親しい者からの裏切りを意図する格言として定着した。なお、シェイクスピアは同作以外にも似た場面と台詞を使用している。(wikipedia)


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トヨタはデカくなりすぎました。自らの始末さえも出来ないくらいに大きくなりすぎたのです。純利益は約五兆円。この不景気の中、一人勝ちとも言えます。それもこれも、円安株高という「破廉恥な」経済施策を取り続けた政府・日銀の歴史的愚策の恩恵を最大限で受けてきたのです。まるで、トヨタ会長の「朕は国家なり」という得意満面が見えるようです。「トヨタ栄えて、人民沈む」という図ですね。この先も、何かと厄介なことが続くのが気がかりです。無能な政府なら、むしろないほうがいいし、よりによって、その無能政府の寄生虫よろしく、脆弱を覆い隠すようにして、無能権力に活力を与えている(酸素マスクや人工呼吸器になっている)のがマスメディアだとするなら、お先は真っ暗ですね。
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