
【三山春秋】▼作家の大佛(おさらぎ)次郎は大の猫好きだったらしい。常に10匹以上と暮らし、生涯で関わったのは500匹に上るとか。「生活になくてはならない優しい伴侶」「来世は猫に生まれてくる」と語っている▼一方、無類の愛犬家として知られるのは川端康成である。最初に飼った犬が死んだ時は今でいう「ペットロス」に陥り、別の犬が盗まれた時はひと月ばかりぼんやりして仕事が手に付かなかった、とエッセーにある▼猫派にしろ犬派にしろ、それほどまでに溺愛していたと知ると、名だたる文豪にも親近感が湧く。ペットの概念を超え、「家族」として接する人はさらに増えているだろう。ホテルの高級ディナーに専用アイス、服の仕立てと広がる商機を見て実感する▼子や孫同然に愛される犬猫であるが受難もある。高齢の飼い主が施設に移ったために自宅に取り残されてしまうケースがあったり、モラルやマナーの欠けた人によって劣悪な環境に置かれた事案は県内でも少なくない▼一時の気まぐれや戯れで買ったりもらったりしない、数を少なく質を良く-。川端が書いた「愛犬家心得」は、ペットの種類を問わず今も十分参考になる▼毎月12日は民間企業が提唱する「わんにゃんの日」。愛護の意識を高めてもらう狙いがあるという。動物たちがより良い環境で過ごせるよう考えるきっかけにしてはどうだろう。くれぐれも心得違いのないように。(下野新聞・2024/06/12)(ヘッダー写真は豪徳寺・https://gotokuji.jp/manekineko/)

時々、嬉しいことに卒業生や友人・知人が来宅される。その際は、必ず、初めての方には拙宅に「たくさんの猫がいる、アレルギーなどは大丈夫ですか」と尋ねることにしている。以前なら、宿泊OK、大歓迎だったが、今ではいくつもない部屋を猫たちが占領しているので「どうぞ、ゆっくりとお休みください」といえないのが残念。先日も京都からわざわざ夫婦で来てくれた高校の同窓生がいたが、帰路(新幹線の時間)の関係で、ほんの小一時間ばかりの滞在で帰ってゆかれた。「猫がいなければ」と思っても仕方がない。現実にいるのだから。かみさんと二人住まいだけれど、両方で留守にすることはめったにない。必ずどちらかが家にいる、そんな生活を、もう五年以上も続けている。一番年上の子は五歳か、その後には年子で、なかには一回で八子もいたのだから、もっと早くに、母親を医者に連れて行くべきだったと。今からでは間に合わぬが。

幸いなことに隣り近所が離れているので、なんとかたくさんの猫たちと暮らしていけているが、都会ではとんでもないと「クレーム」がつくレベルです。自宅前の家の敷地内に多くの猫たちが堂々と侵入し寝転んだり、駐車中の車上に乗ったりと、気が気でないことばかりをしてくれるが、そのつど「謝罪」「お詫び」を言うしかありません。今のところは大きな問題にはならないので助かっているが、さてどうなるか。本日のコラム氏は二人の作家の犬・猫好きぶりを紹介されていた。大仏さんの猫好きはよく知っていたが、常時十匹以上もいたとは知らなかった。文豪は本当に猫の好きな人で、いかにも顔つきまでが猫になっていると感じたことがある。
大仏さんほどではないが、我が家でも、これまでにおそらく百以上の猫たちと暮らしてきました。ときには犬や小鳥混じりで。そのすべてが野良猫(保護猫)だったし、避妊の手術・怪我・病気に医者通いは欠かせなかったが、なんとかここまで来ました。なぜそんなことをするのと訊かれても答えることは出来ません。飢えて、凍えて、病に苦しんでいる、そんなのが近くにいれば「放置しておけないから」、そう言うしかありません。ぼくは大仏さんの作品はそれなりに読んでいるつもりですが、仮に彼が物書きでなかったとしても、猫たちとこれだけ長く深く付き合っていたというだけで、尊敬に値すると思います。何をする人か、それも大事だけれど、路頭に迷う猫や犬の世話をするという行為自体が、すでに何者かではあると思うのです。

川端康成さんの犬好きも文壇では知らない人がいなかったほど。相当に「病膏肓に入る」の口だったようです。残念ながら、大仏さんほどにぼくは川端さんの作品も読んでいないので、彼の犬好きのあり様を書けないのが残念です。ただ、どこかで犬に関する含蓄を述べられていた文章を眼にし、なかでも「犬を飼ふというよりも、犬を育てるといふ心持をどこまでも失はないのは、愛犬家心得の一つである」とあったのは、我が意を得たり、もちろん猫を育てる人間にも欠かせない態度だろうと思いました。
飼う(買う)という表現は、ぼくには出来ない。その言い回しには「ペット」「愛玩」の気味が濃厚に感じられるからです。「たくさんの猫がいます」というと、きっと「ネコが好きなんですね」と言われる。もちろん嫌いではないのは当然ですが、好きであるから、たくさんの猫の面倒を見るのではないと言いたいけれど、それは言っても始まらないので、黙っています。毎日の世話、病気などの医者通い、その他、あれこれ気になるのは人間の(子ども)といっしょです。要するに、付き合うことが何よりだと思うけれど、時には薬を飲ませたり無理に医者に連れて行ったりと、猫が嫌がることをせざるを得ない。一、二匹ならなんのそれしきと考えられますが、二十匹程もいると、その都度、泣き叫びながら連れられていく猫の様子を、他の猫が、遠くから近くから観察している。だから、ぼくは、要注意人物になり、徐々に嫌われるようになるのです。また、月に一回当ての「防ダニ・ノミ」の薬を体に点ける役目も段々と大仕事になってきます。

というわけで、貧乏人の子沢山ではないけれど、実態は同じような「火の車」状態が続いているので、それを見るにつけ、お二人(以外の作家さんたちも含めて)の大作家たち、中小作家たちの犬や猫との「同居生活」はどうだったかと、垣間見たくもあり、流し目で見たくもなるんですね、つかの間の息抜きに、です。
(表題の句は漱石の作、明治四十一年。「吾輩は猫である」のモデルの墓標に「鎮魂の句」として記されたものだそうだ)
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