賢愚得失の境に居らざればなり

週のはじめに愚考する (第弐拾四)~ 「澆季(ぎょうき)」あるいは「澆季溷濁(こんだく)」という。「澆」は「軽薄」、「季」は「末」、つまりは道徳衰え、人心乱れて、世も末にあることを指す。仏教で言う「末世(まっせ・まっせい)」です。お釈迦さんが亡くなられた後の仏法の教戒が忘却された世の中のさまを表しているのでしょう。ぼくは仏教の徒ではありませんけれど、阿弥陀経や法華経は少しは齧ったことがある。そのいくつかの箇所に「五濁悪世」(「五濁濁世(pañca kaṣāya)」)という表現が出てくる。その意は辞書(後掲)に譲る。

 また親鸞聖人の「正信偈(げ)」には「五濁の悪時」なるものがあります。「五濁悪時群生海 応信如来如実言」と記されている。その言わんとするところは「五濁(ごじょく)にまみれた時代・時節に庶人は生きている。そんなときだからこそ、阿弥陀如来の真実の言葉を信じて生きる事が大事だ」と、大意はそうです。乱れに乱れている時代にあってなお、釈迦が説いた「阿弥陀の真言」を信じて生きる、それこそが釈迦の求めたものだったというのです。ここで気がつくでしょうか。悪世といい五濁というが、それは今に始まったことではなく釈迦存命の時期にあっても、まさに「五濁悪世」であったということを明かしています。もちろん親鸞聖人が生きた時代でもやはり「悪世」「五濁」の末法だったということになります。

 その心(こころ)は、人の世は何時だって、「五濁悪世」でないときはないというのです。だから、釈迦の教え(阿弥陀への帰依)を忘れてはならない、怠ってはならないというのです。

 古来、仏教の教えや言説は大袈裟で、人間の器量からは遠く離れているという感想を持ってきましたし、大概はその通りだったとも言えます。しかし、この時代の汚濁された空気に窒息死寸前の境遇に置かれている凡愚(不肖、筆者のことです)にすれば、仏教の教えは大袈裟どころか、まだまだ指摘し足りないところがあるのだと実感させられもするのです。「煩悩濁」「衆生濁」「見濁」「命濁」という数多の「汚れ」がまとまって生じる時代の「劫濁」、まさしく、ぼくたちは、こんな汚れきった時代に生きているのだというほかありません。最後の「命濁」が「寿命が短くなり、最後には十歳になる」というのは、ぼくごときにはやや腑に落ちませんが、これも、本当に人間の性にふさわしい充実したときというのは、おそらく寿命の十分の一もあるかどうか、そういうことではないでしょうか。「長く生きれば、恥多し」ということを、ぼく自身は強烈に実感している。

● 正信偈 (しょうしんげ)=真宗の宗祖親鸞の撰述。正しくは〈正信念仏偈〉という。親鸞の著した《教行信証》行巻の末尾に収録され,七言百二十句より成る。内容は浄土三部経の意を述べ,インド,中国,日本の7高僧を賛嘆している。蓮如のころよりこの〈正信偈〉は,同じく親鸞の著した《三帖和讃》とともに,朝夕読誦する習慣が始まり,現在に至っている。蓮如は越前吉崎に在住した1473年(文明5),この〈正信偈〉と《三帖和讃》とを開版した。また《正信偈大意》《正信偈註解》等の注釈書も著している。なお親鸞の著した《浄土文類聚鈔》のなかに,〈正信念仏偈〉に対し〈念仏正信偈〉と呼ばれる七言百二十句の偈文がある。本願寺ならびに末寺では,親鸞の報恩講に同じくそれを読誦している。(改訂新版世界大百科事典)

「ごじょく-あくせ【五濁悪世】=末世。末法の世。五つの汚れに満ちた悪い世の意。▽仏教語。「五濁」は五つの汚れ。劫濁(こうじょく)(時代の汚れ。以下の四濁の起こる時代)・煩悩濁(ぼんのうじょく)(貪むさぼりや怒りなど人の浅ましさがはびこる)・衆生濁(しゅじょうじょく)(心身が弱く苦しみが多く、人の資質が低下する)・見濁(けんじょく)(誤った悪い思想・考え)・命濁(みょうじょく)(寿命が短くなり、最後には十歳になる)をいう」(「新明解四字熟語辞典」)

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 性懲りもなく、また兼好さんを呼んできました。「名利に使はれて、静かなる暇無く、一生を苦しむるこそ愚かなれ」と、まるで親鸞さんの「正信偈」のようではありませんか。余計な解説は不要でしょう。繰り返し読んでみます。そうすれば兼好さんもまた、「五濁悪世」に塗(まみ)れ、翻弄されて生きたという、彼自身の告白の辞だと受け取れる一節だと、ぼくには読めるのです。富を得たい、名を得たい、そんなはかない願望で人生を無駄にするなど「愚か」そのものと、兼好さんは言う。彼自身がそうはならなかった(立身出世が叶わなかった)から、だから、この言があるといえるでしょう。(右写真は兼好さんが生まれた京都吉田神社)

 世の誉を残したいと言うけれど、「誉を愛するは人の聞(きき)を喜ぶなり」、他者の評価(評判)を求めているに過ぎないではないか、と褒める人も譏る人も、同じ穴の狢(むじな)であって、すべては消える。死後に「誉」が残ったところでなんとしよう。愚かなことだ、と。賢くありたいと人は念じますが「才能は、煩悩の増長せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、真の智にあらず」と、まるで学校優等生は本物の人物ではありえず、人から教えられて勝れていたとしても、それがどうだと言うばかり。可も不可も同じ線上にある。善悪も、言ってみれば世間の約束事に過ぎませんね、と甚だしくラディカルです。

 だから「真の人は、智も無く、徳も無く、功も無く、名も無し。誰か知り、誰か伝へん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より賢愚得失の境に居らざればなり」と。ここまで来ると、まるで中国の初期禅僧のような境地に兼好さんは足を下ろすが如く、ぼくには映ります。真実に生きる人、それは善悪、賢愚、徳不徳、更に功も名も越えたところに生きている人。人間らしい人間(真人間)は「本より賢愚得失の境に居らざればなり」とまで言うのです。

 「すべてこの世は、あるがままに生きるがよろしい。強いて願いこの世に生きる意味を求めるなど虚しいこと(「言ふに足らず(言う値打ちもない)、願ふに足らず(願う値打ちもない)」)(この部分は、(徒然草」の段中でもぼくの最も好む箇所。兼好さんは諦念を吐露したのでもなければ、迷妄に陥ったのでもないでしょう。世の価値判断(評判に心奪われること)に右顧左眄する「人生」に居たたまれない感情を来したのではなかったか。「徒然草」が後世に残されるなど、兼好さんは思っても見なかったことだったと言いたいのですが、どうでしょう。

 「名利に使はれて、静かなる暇無く、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。
 財(たから)多ければ、身を守るに貧(まど)し。害を買ひ、累(わずらい)を招く謀(なかだち)なり。身の後には金(こがね)をして北斗をささふとも、人の為にぞ煩(わづら)はるべき。愚かなる人の、目を喜ばしむる楽しみ、また、あぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉(きんぎょく)の飾りも、心有らん人は、うたて、愚かなりとぞ見るべき。金(こがね)は山に捨て、玉は淵に投ぐべし。利に惑ふは、勝れて愚かなる人なり。
 埋(うづ)もれぬ名を永き世に残さんこそ、あらはほしかるべけれ、位高く、やんごとなきをしも、勝れたる人とやはいふべき。愚かに拙(つたな)き人も、家に生れ、時に遇へば、高き位に昇り、奢りを極むるも有り。いみじかりし賢人・聖人、自ら賤しき位に居り、時に遇はずして止みぬる、また多し。偏に高き官(つかさ)・位を望むも、次に愚かなり。
 智慧と心とこそ、世に勝れたる誉も残さまほしきを、つらつら思へば、誉を愛するは人の聞(きき)を喜ぶなり。誉(ほ)むる人・譏(そし)る人、ともに世に留まらず。伝へ聞かん人、またまた、速やかに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られん事を願はん。誉は、また譏(そし)りの本(もと)なり。身の後の名、残りて更に益なし。これを願ふも、次に愚かなり。
 ただし、強ひて智を求め、賢を願ふ人のために言はば、知恵出でては偽(いつわり)有り、才能は、煩悩(ぼんのう)の増長(ぞうぢやう)せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、真(まこと)の智にあらず。いかなるをか、智と言ふべき。可・不可は一条なり。いかなるをか、善と言ふ。真(まこと)の人は、智も無く、徳も無く、功も無く、名も無し。誰か知り、誰か伝へん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より賢愚得失の境(さかひ)に居らざればなり。
 迷ひの心を以(もち)て名利(みょうり)の要(よう)を求むるに、かくの如し。万事は皆、非なり。言ふに足らず、願ふに足らず。(「徒然草 第三十八段」)(文献:島内既出)

 本日、六月二十三日は、「沖縄慰霊の日」(沖縄戦から七十九回目の夏)です。「愚か」と兼好さんが繰り返し言わんとする人間の「空虚」「空疎」の中でも「戦争したい」「他者を殺戮したい」いう「愚」の「愚」の「愚」はいささかの弁明も許されない、人間及び人間性への裏切りにほかならない、そのことを、改めてここに強く銘記しておく。「縁なき衆生」はいつの世にも「我が物顔」で跳梁跋扈しているが、そのような傍若無人の振る舞いは断じて許してはならない、と。「縁なき衆生は度し難し」と行ってみても、何事も変わらないのも運命でしょうか。

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美しやさくらんぼうも夜の雨も

 昨日は「夏至(げし)」でした。一年で最も昼の時間帯が長い日とされます。「太陽の南中高度(一日の中で太陽が一番高くなるときの高さ)が一年で最も高い日」ということです。反対に、夜の時間が最短の日でもあります。ときを同じくして関東地方も「梅雨入り」という。季節の変化であれば、どうということもありませんけれど、「梅雨」と聞いた途端に「激しい雨」に見舞われるのはどうしてでしょうか。各地で「線状降水帯」が発生して、すでに小さくない被害をもたらしています。降れば大雨、そんな恐れを抱いてしまうのは、時節柄の異常気象のしからしむるところか。

 本日のコラム「談話室」に山形県の名産「サクランボ」の不作を嘆く生産者の声が出ていました。何もサクランボに限らず、異常気象の影響はさまざまなところに打撃を与えていることに胸が痛みます。果物は何に限らず、よく口にします。先頃までは「夏みかん」でした。もっとも好きなのは「みかん」で、それこそ嫌になるほど食べるのですが、夏みかんも同じように好んで食べます。近年はさまざまな種類や味覚が年中揃っているようで、ゆっくりと季節感に浸ることもなくなってきたようです。当地では「メロン」が名産品になりつつ、そのために努力されていますが、あまりにも糖度が高すぎて、ぼくの口には合わないようです。それにしても高価な果物ですね。やがて、これらも「不作」を託(かこ)つことになるのでしょうか。

【談話室】▼▽山形は今、一年で最も賑(にぎ)わう季節と言っていい。サクランボが大勢の観光客を引き寄せる。昨日の昼前、村山地方の産直施設を訪ねると、駐車場は県外ナンバーやレンタカーでいっぱい。店内では会計待ちの列だった。▼▽一方、陳列台には空きが目立つ。客は少ない中から、色づきや粒の大きさなどを見比べて、購入する商品を選んでいた。良品は“争奪戦”の様相だが、今年はその人気を喜んでばかりはいられないようだ。旧知の生産者は、異例の早さでシーズンが終わったと嘆息していた。▼▽6月以降の高温が、着色や熟し度合いを一気に進めたらしい。懸念された双子果の多発に加え、熟れ過ぎて売り物にできない果実が多かったそうだ。現場の声を反映するように、県は今季のサクランボ収穫量について、当初予想の1万2100トンを下回るとの見解を示した。▼▽例年なら晩成品種の紅秀峰が盛期なのに、もう雨よけのビニールを外している園地もある。温暖化でサクランボの出来や時季が大きく左右されるようになった。今週末も多くの人が産地を訪れるだろう。希少価値が高まる背景と農家の苦労にも、思いをはせていただければ。(山形新聞・2024/06/22)

 そのサクランボ、有名なものだと目玉が飛び出るほどの値段がついています。それほど貪り食うということもないもので、さて、この前に口にしたのはどれくらい前だったか、その程度の付き合いです。でも、流石に「温暖化でサクランボの出来や時季が大きく左右されるようになった」ということについては、生産者でもないのに、ひたすら気にかかるのです。仮に地球温暖化という現下の難問が産業革命期以降に端を発しているとするなら、およそ三百年このかた、化石燃料の大量消費によって「温暖化」の傾向はいたるところで繰り広げられたことになります。都市への人口集中と相まって、今日の世界的課題のほぼすべてが、この光輝遍(あまね)く「産業革命」が、工業化や機械化による大量生産と軌を一にしてもたらされてきたのですから、なにごとによらず「度を越す」ことは怖いですね。

 サクランボの不作は山形県に限定された地域問題なのではなく、比喩を使えば、この列島全体が「熱帯」や「亜熱帯」へと気候帯が変動してきた結果でもあるのでしょう。とするならこの先、食料などの農産物は、地域を移さざるを得ないか、あらたな品種改良によって「温暖化に強い」品種が、今以上に求められるでしょう。やがて、あらゆる産物は北海道以北地域に依存するようにならないとも限りません。素人の気の迷いでないことを恐れます。

 自宅の近所で畑作を営んでいる農家の作業を、時に及んでつぶさに眼にしていますが、昨年は収穫前の野菜類などが早々に除去・投棄されている場に何度か遭遇しました。世界規模の産業革命は、一面では食糧増産や工業製品の拡大生産と地球規模での普及に貢献しましたが、それもたかだか二、三百年程度のものだったとするなら、その弊害は、想像を絶して激しいものがあったと言わざるを得ません。

● 産業革命(さんぎょうかくめい)(Industrial Revolution」= 通常は 18世紀後半から 19世紀前半にかけてイギリスにおける技術革新に伴う産業上の諸変革,特に手工業生産から工場制生産への変革と,それによる経済・社会構造の大変革を産業革命と呼ぶ。広義にはこのイギリスにおける産業革命が 19世紀から 20世紀初頭にかけて他の欧米諸国や日本に波及したので,特にイギリスに限らず資本主義確立期にみられる生産技術,社会構造上の大変革一般の意味として用いられる。さらに最近ではより拡大解釈して,発展途上国の工業化問題などとの関連で (特に資本主義化とは結びつけずに) ,技術革新に伴う工場制生産の大規模な導入とそれに呼応する社会構造面での大変化の意味として用いられることもある。イギリスにおける産業革命は J.ケイの飛杼 (とびひ) の発明 (1733) に始り,J.ハーグリーブズのジェニー紡績機 (64~67頃) ,R.アークライトの水力紡績機 (69) ,S.クロンプトンのミュール紡績機 (79) ,E.カートライトの力織機 (87) という相次ぐ発明によって飛躍的に生産力を高めた新興の木綿工業を中心に発展した。さらに J.ワットの蒸気機関 (69) や 18世紀初頭の A.ダービーのコークスを燃料とする製鉄法,H.コートのパドル式練鉄法 (83,84) ,J.ウィルキンソンの中ぐり盤 (74) などの開発に伴う機械工業への移行,マニュファクチュアの発展による資本の蓄積,市場の準備を背景とした工場制度への移行,さらには農業革命と第2次エンクロージャーによる大規模な自由労働力の創出などのほか,著しく発達した交通機関,政治的条件を基礎に発展し,これによって近代資本主義経済が確立した。イギリスの産業革命は表面上は軽工業中心であったが,19世紀中期以降は重化学工業や電力,運輸,内燃機関などにも技術革新が続出し,それに伴って後発国の産業革命は必ずしも軽工業主導の古典的なイギリス型をとらなくなる。その形態は種々あるとしても,通常フランスでは 1830~60年頃,アメリカでは 40~70年頃,ドイツでは 48~70年頃,ロシアや日本では 90年以降に産業革命が起きたとされている。なお場合によっては軽工業中心 (60~1830) の産業革命を第1次産業革命,19世紀の第4四半期頃から欧米で起きた重化学工業面での大変革を第2次産業革命,そして第2次世界大戦頃から起りはじめた生産技術や経済面での変革を第3次産業革命と呼ぶこともある。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 余談ですが。都知事選挙が公示されたのは二日前。ぼくは東京都民ではありませんので、投票権はありませんけれど、告示日当日以来生じている現象は、この国の民度・民主主義の程度がいかほどかを世界に知らしめたという意味では、画期的な出来事が起こったとも思えます。選挙掲示板は無用、いや無駄(浪費)だからという、その主張を拡散させるために一気に「掲示板」を占拠し、方々からの批判や非難を呼び起こして、逆手から「掲示板無用論」へ導こうという主張者は、いまのところ意気軒昂です。「学歴詐称」なんか些少な問題だとばかり、その事情を知りながら、多くの支援・支持を得て、現職知事の三選が早々と伝えられる始末。これをなんと形容すべきか。「民主制の断末魔」か。それとも、新生(再生)への苦しみの一つか。「大罪は評価され、微罪は厳罰に」という、あたかも「牛は嘶(いなな)き、馬は哮( ほ)え」、「車は海へ船は山へ」という驚天動地が罷(まか)り通っているのです。

 公職選挙法に違反しているなら、その非を咎めればいい。それが出来ないなら、選挙法を変えることでしょう。「全裸」のポスターはいかにもまずいと、当局に指摘されて候補者は撤去に応じたという。何事も法に基づいて行われて、集団社会の秩序を保つのが「法治社会」の建前ですから、現行法に瑕疵があろうがなかろうが、違法でない限りは許され、見逃されるという、法の危うさを多くの人が指摘しています。でも、直前に「政治資金規正法」「所得税法」の違反問題、あるいは当該法の不備を詰り騒いだばかりです。法律に違反していない(と検察が判断する)限り「裏金」「闇金」自由自在と、懲りない面々の厚顔さに選挙民は悔しさの臍を噛んだばかり。「脱法」「脱税」行為を働いた政治家の大半は、当局のお咎めなしだというのですから、この「掲示板買収」事案の首謀者を法網にかけることが出来ないなら、さてどうしますか。地方の「当局」は身内の犯罪を「見て見ぬふり」して、公益通報者を逮捕起訴するという、鹿児島版驚天動地も輝いている。

 今回の都知事選とば口の「醜態」が何事もなく見逃されれば、「無投票当選」まちがいなしの選挙でも、あらゆる選挙ポスター掲示板が占拠され、たった一人の「実名候補者」とその他候補者(正体不明)のポスター群によって、マス目いっぱい彩られた選挙掲示板風景が方々で見られることになるかもしれません。それもこれも、愚かしさの底なし沼現象で、すべからく「地球温暖化」「異常気象」が関係しているのでしょうか。つまるところは「熱中症(heatstroke)」という次第。「119番ですか、110番ですか」「いいえ、177番(イイテンキニナレナレ)ですよ」

・いろいろに羽目を外して夏至すぎて(飯野無骨)
・美しやさくらんぼうも夜の雨も(波多野爽波)

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己れを約やかにし、奢りを退けて…

 しばらく前の高知新聞のコラム「小社会」に評論家・谷沢永一(たにざわえいいち)氏の著書「人間通」(1995年刊)が紹介されていました。もちろん、谷沢氏自身が名うての「人間通」として知られた人で、ぼくも人並に彼の著書を何冊も読んでは、感心したり、ここまで辛辣なのかと肝をつぶしたり。また、谷沢さんは開高健氏の友人としても知られた人で、開高さんその人を「人間通」と受け止めていた人でもありました。もちろん、「人間通」の受取り方はさまざまで、一筋縄ではいかないことでもありますので、あんなでたらめな「人間通」もあるのかということになります。変な喩えですが、「詐欺師」「政治家」などは、時には名代の「人間通」「人誑(たらし)し」と言えなくもないのですから、同じ「通」でもそれぞれだという感想を抱いてしまうのです。

【小社会】人間通にあらず 日々、悩みの多い小欄のような凡人では、なかなかこうはいかない。「四十代あるいは五十代に至って人生に関する若干の知見を得ました」。そう表紙に記した随筆集「人間通」を、国文学者の故・谷沢永一さんは66歳で出版した。▶評論家としても知られただけにその視線は説得力にあふれる。表題となった一文。組織の要や世の礎となる人の唯一の条件は「他人の心がわかること」で指導者には必須とした。▶現実とのずれを感じなくもないが、その答えは「倫理感」と題する文章に用意されていた。あらゆる試験制度は記憶力を試すことで知力を測るとした上で、「倫理感の程度を観察する企てだけは完全に放棄されてきた」と。▶政治資金パーティー裏金事件を受けた政治資金規正法の改正案がきのう、衆院を通過した。だが、政策活動費の公開ルールは先送り。10年後の公開でも黒塗りの可能性が残る。このままではまた、ザル法と評されかねない。▶審議で目立ったのも条件闘争と混乱ばかり。事件の当事者である自民党もこの期に及んであるべき論を語れないようでは反省ぶりが疑われる。有権者による試験といえる選挙も、やはり「谷沢理論」の例外ではないらしい。▶毎日の暮らしにあくせくする市井の人々には、国会の現状は世の礎どころか、浮世離れして見えるのでは。人間通とまではいかなくとも、せめて有権者の心を知ろうとする姿勢は求められよう。(高知新聞・2024/06/07)

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● 谷沢永一 (たにざわ-えいいち)(1929-2011)= 昭和後期-平成時代の書誌学者,文芸評論家。昭和4年6月27日生まれ。関西大在学中から同人雑誌「えんぴつ」を主宰し,開高健(たけし),向井敏(さとし)らと知りあう。昭和44年から平成3年まで母校の教授。近代文学の分析と評論,書誌研究で知られ,昭和55年「完本―紙つぶて」でサントリー学芸賞。平成16年「文豪たちの大喧嘩」で読売文学賞。平成23年3月8日死去。81歳。大阪出身。著作はほかにに「谷沢永一書誌学研叢」「書物耽溺」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

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 「人間通」とは何か、誰のことかと問われれば、まず第一に「人間観察の行き届いている人(モラリスト)」とされるようです。この人間像の先駆者は洋の古今東西に数知れずいたことでしょう。フランスの「モラリスト」たちは「人間観察家」ともいわれて、縦横無尽に人事万般に通暁している人とされていました。名前だけを出すと、モンテーニュ、パスカル、ラ・ロシュフコーなどでしょう。でもこの国で、果たしてそんな(フランス風にいう)人がいる・いたのかどうか、ぼくには判然としないという以上に、大いに疑わしいのです。コラム氏が引用されていた谷沢氏の言、「組織の要や世の礎となる人の唯一の条件は『他人の心がわかること』」とされた意見には疑問の余地はないでしょう。組織の要や世の礎になろうかという人だけに求められる「炯眼」「賢慮」という特質などではなく、人間の多くもそうあってほしいと、ぼくなどは願ってしまいます。

 「他人の心がわかる」というのは「他人」の位置・立場に自分を据えられる人ということでしょう。そんなことは容易(たやす)いのだと言われるかもしれませんけれど、まず、ありえないことと、ぼくは思ってしまいます。その「惻隠(そくいん)の情」「思いやり(tender-heartedness)」「共感(compassion)」といった感情が欠ければ、社会は、やがて「無法地帯」となるのは避けられない。この島国の現実は、あるいは大袈裟だと非難されるかもしれませんが、一部、局所的には「無法地帯」「無間地獄」が現出していると見られるのではないですか。

 昨日、東京都都知事選が公示されました。有象無象、54人が立候補届を出したと言う。その一々には触れないけれど、なんという「醜態」が演じられていたことか。候補者の質を問わない「選挙法」など、まるでルール無視の「椅子取りゲーム」と同日の談の酷さを醸しています。そこに「民主主義」の大きな落とし穴があることは否定できないのです。そんな事態を許すことが「公選法の抜け穴」だと批判されていますが、法は「大綱」です。その埒(らち)・枠を外れない心がけこそが「道義」とか「倫理」でしょう。人間性の裡に倫理・道徳があってこその「法律」だということを忘れたくない。だが、現実は、その遥か手前の「人間であることの条件(二足歩行だけではない)の欠如」こそが問われているのです。そんな「悍(おぞ)ましい」事態が深く騒々しく進行しています。

 その理由や原因はいくつもあるでしょう。コラム氏が引用する谷沢氏の「あらゆる試験制度は記憶力を試すことで知力を測るとした上で、『倫理感の程度を観察する企てだけは完全に放棄されてきた』」という部分。この見解に、ぼくはまったく同感します。長年の不良教師経験からも、口を開けば、賢くなることを「名を獲る」「名が出る」「裕福になる」ことと混同してはならないと、それこそ「馬鹿の一つ覚え」のごとくに口を酸っぱくして吠えていました。名を獲る(それは、ぼくにすれば交通事故に遭遇することでもあった。不注意の結果です)、だけならまだしもというか、それ以上に悪いことは「利権」「利欲」を求めることに血道を上げる輩が簇出(そうしゅつ)する事態を招いていることです。

 ぼく自身の足りなかった教育経験の過ちからいうことですが、今日のような世情の堕落・退廃の直接間接の原因は「学校教育」の不備・不毛だったと思う。現場にいる頃から、それこそ、嘲笑の的になりながら「慎ましく生きる」「注意深くなる」ことの大切さを教室で語り、なお各地の学校での授業でも話してきたことでした。「人間が人間の敵」になるような「競争原理」がどれほど人心を狂わせ、惑わせてきたか、自らも、それを強いられても来たから、嫌になるほどわかることでした。受験競争、点取競争は、一人の人間の生涯に大きな禍根(トラウマ)を残しますが、社会集団にも修復不能の打撃を与えるのです。現行の教育制度によって生み出される結果、そこには「勝者」も「敗者」もいないのであって、ただ未熟や不熟の成れの果てが存在するばかりです。

 *余談 「通」は「つう」で、物事に詳しい、あるいは精通していること、あるいはその人を指す。               [ ある領域の趣味・道楽について精通していること。特に花柳界の内情に詳しいこと。また、その人や、そのさま。「芝居の—だ」「相撲—」 人情に通じ、人柄がさばけていること。特に、男女間の機微に深い思いやりのあること。また、その人や、そのさま。「—な計らい」「—をきかす」](デジタル大辞泉)

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 ここに兼好法師に登場してもらいます。兼好さんは、世に言われるような「人生の達人」とは、ぼくには考えられませんが、少なくとも、ここで言おうとしている「人間通」であったらしいことは認められるでしょう。「徒然草」一巻が「人間通学のテキスト」だと言えなくもありません。彼の面白さ、人間臭さは、孤高の人ではありえない、弱い、脆い部分を隠しきれないままで生きていたというところにありそうです。自分には欠けたところがあるという自覚があればこそ、兼好法師は「矛盾」を脱しきれなかった、その人間性にこそ、ぼくは魅力を感じているのです。以下、こういう生き方ができればいいなあという兼好調の一節です。「約(つづま)やかに」は「質素に」です。「世を貪らざらんや」とは、「利欲」「利権」に身も心も奪われないこと。

 「昔より、賢き人の富めるは、稀なり」というのは本当でしょうね。もちろん、ぼくの如き愚か者で「富める」はなお稀ですけれどね。「許由」「孫晨」はいずれも中国古代の賢人。質素そのものの生活人を「唐土の人は、これをいみじと思へばこそ、記し留めて、世にも伝へけめ」、「いみじ」とは「素晴らしい」という意味。しかるに、この邦家(この国・つまりは瑞穂の国)では「これらの人は、語りも伝ふべからず」、むしろ、その反対に「栄耀栄華」を誇って、地に沈んだ「貴人」「英雄」「殺戮の猛者」ばかりが名を残しています。

  人は、己(おの)れを約(つづま)やかにし、奢りを退けて財(たから)を持たず、世を貪(むさぼ)らざらんぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるは、稀なり。
  唐土(もろこし)に許由(きょいう)と言ひつる人は、更(さら)に身に従へる貯へも無くて、水をも手して捧げて飲みけるを見て、「生り瓢(なりひさこ)といふ物を、人の得させたりければ、或(あ)る時、木の枝に掛けたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、囂(かしかま)しとて捨てつ。また手に結びてぞ、水も飲みける。いかばかり、心の中(うち)、涼しかりけん。孫晨(そんしん)は、冬の月に衾(ふすま)無くて、藁(わら)一束(ひとつか)有りけるを、夕(ゆうべ)にはこれに臥し、朝(あした)には収めけり。
 唐土(もろこし)の人は、これをいみじと思へばこそ、記し留めて、世にも伝へけめ、これらの人は、語りも伝ふべからず。(「徒然草 第十八段」)(参考文献:島内・既出:ちくま学芸文庫版)

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手元不如意でも、泥棒に追い銭

 「ひどすぎてどうにも手がつけられない」ことの例えを「箸にも棒にも掛からぬ」という。程度の低さは、前代未聞と言うべきか。以下に、本日のコラム三題。適当に選んだだけで、他意ない。この社会の「政治と政治家」の為体(ていたらく・「ざま」)を遺憾なく示しているという他に、なにか一読すべき値打ちがあるのかどうか。申し訳ないが、この程度の「政治感覚(センス)」「政治家批判(クリティック)」の筆運びで何をしようというのか、読む側にはいささかも伝わらない。それでいいという書き手の惰性や習性だけが虚しくぼやけて、届いているみたいです。

【編集日記】清濁あれこれ 芭蕉は弟子たちに「(俳諧では)濁音を清音で読んでも問題はない」と話していたらしい。それを知ってか知らずか、政界では濁点を削る動きが目立つ▼きょう告示の都知事選では、このところ負け続きの自民党が、党の名を前面に出さず、別組織に参画する形で現職を支援する。自民党から濁点を取ってしまえば党派色の薄い市民党の一丁上がりというわけである▼参院でようやく可決、成立と相成った改正政治資金規正法を巡っては、日本維新の会が自民党に反旗を翻した。旧文通費を巡る公党間の約束をほごにされたというのがその理由。ほこを向けられて文句は言えまい▼自民党の中からは、他党の要求を次々と丸のみするリーダーに対して、身内への配慮に欠けるとの不満が噴出。外からも内からも批判を浴びるのに疲れたか。党総裁の任期切れを待たずして、レームダック(死に体のアヒル)の気配が漂う▼次のリーダー候補の名が飛び交うものの、現リーダーは当然聞かざるの構え。今後の焦点は、首相が大好きなサプライズを繰り出すことなく、ザルともいわれる改正法を置き土産に、そのまま去るのかどうか。それで濁りが澄むならば、どちらに転んでも問題ないのだが。(福島民有新聞・2024/06/20)

 「編集日記」で都知事選に触れています。現職の3選出馬を期して「告発」がありました。元側近が礫を投げたが、各メディアの反応は皆無に近い。選挙民も含めて、誰もが現知事が「学歴詐称」(公職選挙法235条)を侵していることを知っている。そしてそのうえで「それがどうした」「どうだっていい問題」と殆どが高を括(くく)っている、その括り方は「自殺行為」に等しいと考えないのですね。「大なり小なり、学歴に限らず、政治家たるもの、詐称はしているだろう」、けれど、それがどうしたというのです。この世にには「おかしいこと」「許せないこと」があるけれども、そんなのにいちいちメクジラ立てていて、どうなるもんでもない。そういう無関心の装い方です。問題は「学歴詐称」に限りませんね。「それがどうした」「どうでもいいじゃないか」という、そんな「無関心」ばかりで、政治家は安心して、利権を貪り、国を滅ぼすことに専念できる。まるで「満州事変」の再来のようです。

 立候補をする側も、それを支持する側も大お互いに自らの「弱み」「悪行」を相手に握られているのです。だから、「相身互い身」なんでしょう。学歴詐称なんか、小さいこと、そんなことにがたがた言うばかりでは話にならないと、それぞれが嘘を嘘と知って庇い合っている三条です。それを根っこで支えているのがメディアであるのです。

 「無関心」という、恐ろしい感染症がこの社会と時代を併呑し尽くそうとしている。

【日報抄】雪に閉ざされる北国の冬、農家の代表的な仕事の一つに、ザルなどの竹細工があった。この季節の風物詩でもあり、本紙をさかのぼると何本も記事が出てくる▼ある作り手は竹のザルの特長について、水切れがよく、においがつきにくいことだと語った。この人の場合、なたを使って竹を幅5ミリほどに割き、長細い材にする。直径60センチのザルを作るには、この材が150本ほどいるという▼別の作り手は「竹は呼吸し、生きている。梅干し作りや野菜の保存に最適なんだ」と言った。金属やプラスチック製が主流になり作り手は激減したが、近頃は独特の風合いや機能が見直されている。熱々のおにぎりをのせれば適度に水分を逃してくれるからべとつかない▼そんな優れものにとっては、不本意かもしれない。ザルの目から水が漏れるように、抜け落ちるものの多い例えとしても使われる。抜け道の多い「ザル法」とも指摘される改正政治資金規正法がきのう成立した▼政策活動費は10年後に領収書を公開すると付則に記したが、法案を提出した自民党の担当者は「(公開が)なじまないものも考え得る」と答弁した。公開されても黒塗りばかりという事態も考えられる▼「いわゆる連座制」については、会計責任者が虚偽の説明をしていたなどと言い張れば処罰されない可能性がある。むしろ立件のハードルが上がったとの声さえある。この法改正が国民の目にどう映るか。与党に求められる想像力も、ザルの目から抜け落ちてしまったか。(新潟日報・2024/06/20)

「日報抄」は「ザル法」を出汁(だし)にしています。規正法の改正は現行法よりも悪い改悪だと書きたいのでしょうが、中途半端。「この法改正が国民の目にどう映るか。与党に求められる想像力も、ザルの目から抜け落ちてしまったか」という結びが泣くね。そもそも国民は「愚民」だとどうして言わぬか。「笊(ざる)」の利点を強調した割に、この「ザル法」の落ちはなんとも締まりがありません。「そんな優れものにとっては、不本意かもしれない。ザルの目から水が漏れるように、抜け落ちるものの多い例えとしても使われる」

 切りたい水と、法律の眼目(核心)を同列に論じるのは乱暴じゃないですかな。むしろ、法は網(あみ)なんですね。法網などといいます。むしろ、ここでは「天網恢恢(てんもうかいかい)、疎(そ)にして漏らさず」と言ってほしかったね。「天が張りめぐらした網は広く、目が粗いようだが、悪人・悪事は決して取り逃がさないということ。天道は厳正であり、悪は早晩罰を受けるということで、悪事を戒める言葉」(デジタル大辞泉)だって、泥棒が泥棒を(逃がすための方をせ呈する」、それが国会なんですからね。ここでいう「天道」とは「人間の直観」を指します。誰彼にもある、ある種の「正義」「道徳性」への直観です。

【天風録】抜け穴 英国首相を10年務めた論客のブレア氏が回顧録に記した。「当日の朝は全く食べられない」。野党党首と激論を交わす議会の「クエスチョンタイム」は、それほどの緊迫感で臨む。国家観も人物も国民の目にさらされる▲モデルにした日本版の党首討論がきのう3年ぶりにあった。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受け、改正政治資金規正法を成立させた直後だ。ところが、岸田首相が聞かれていないのに熱弁したのは、憲法改正の議論を進めたいという話▲裏金の温床になった企業・団体献金や政策活動費に手を付けず、法改正は抜け穴だらけ。野党党首が国民に信を問う解散総選挙や首相の辞任を求めたが、どこ吹く風と決めたよう▲25年前に試行した初回の党首討論が頭をよぎる。小渕首相が問いただされた議題は、政治とカネの問題だった。政治家個人への企業・団体献金を禁じる改正法案を巡り、野党党首が自民党内で出た声をこう指摘した。「抜け穴があるから大丈夫だ」▲党は変わらないが、時代は変わる。物価高や伸び悩む賃金にあえぐ国民の目線に耐えられる政権なのか。政治とカネの問題に時間が費やされ、国家観を聞けないのが口惜しい。(中國新聞・2024/06/20)

 「天風録」は「抜け穴」を直撃してます。「法改正は抜け穴だらけ」と直言しています。一転して、「党首討論」で「岸田首相が聞かれていないのに熱弁したのは、憲法改正の議論を進めたいという話」だったと呆れ返っている。これが首相地元紙の「援護射撃」だとするなら、広島はどうしたと首が傾く。カープファンは「贔屓の引き倒し」の代名詞のようですから、それにあやかったのかどうか。コラム氏には直言してほしかったな、「ソーリ、出番は終わった」「早くお引き取りを」と、ね。聞かれもしないことを滔々とシャベルのは「時間稼ぎ」「目眩まし」「法の不備」を知悉しているからです。何と言われようロ「御身可愛さ」などという「色気」「スケベ根性」があるにも関わらず、総理を務めているんですから、政治ができるはずもなかろうに。彼に代表される政治家は、現代「学校教育」の犠牲者ですね。

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 どこからどう見ても、この島国の大半の政治家は「箸にも棒にも掛からぬ」類でしょう。「ひどすぎてどうにも手がつけられない」という見本。でも、そんな輩を時間を重ねて育てあげてきたのがこの社会の「選挙」および「選挙民」でしたから、「物言えば、唇寒し」、まるで「天に唾する」の類(たぐい)です。育てた側が悪いに決まっています。その育ての親たちは、いささかの例外はあっても、大方は「手元不如意」です。「不如意は「意の如くならず」の意》家計が苦しく金がないこと」(デジタル大辞泉)で、かろうじてその日を暮らしている始末です。それなのに、ああそれなのに、選挙民と身分が変われば「優しく変身」で、身の不自由を考えないのだから、あな不思議です。来る日も来る日も「泥棒に追い銭」を欠かさず、与え続けてきたのですから。

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 この社会の住民・民衆にとっては、一蓮托生というのでしょうか。運命共同体の一員であるという強い自覚があるとも言えそうです。住民という自覚と民衆であるという感覚は、必ずしも同じではない。民衆(一国民・一都民)であっても、国会議員選挙や知事選なんてどうでもいいと無関心を取り続けることは出来ますが、一住民として水道や電気の問題、あるいは家賃や物価問題には無関心ではおれないし、自分の利害に直接降り掛かってくるから、どうでもいいという感覚になれないでしょう。実は、両者は同じものなんですがね。相違(民衆」が相手だと侮っているから、政治家は「破滅の日を迎えるまで」、安心して庶民の権利を軽視し、そのなけなしの懐(金)を貪ることに専心できるのでしょうね。

 いつも通りで、この駄文に結論はない。政治や政治家の現状がこうなった理由や原因はたくさんあるでしょう。最も基本は「本人」の意識のありようです。でも、少なくとも学校教育の「通称優等生」(道徳的には欠陥人間)を大量に拡大再生産してきた学校教育の罪は、とてつもなく深いですね。偏差値重視、学歴偏重などという符牒を(合言葉)にして、来るべき将来の「沈没」「墜落」に力を尽くしましょうという、意味のない、いや悪意のある「努力」や「精進」の慫慂は、どなたにとっても、悔やんでも悔やまれないでしょうね。(それがどうした、と言われるか)

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Do not stand at my grave and weep

【明窓】お墓に還る 「墓石にカエル」というタイトルを付けた5月26日の当欄に多くの反響を頂いた。墓参りに行った際、墓石の「墓」の文字の一部に、小さなアマガエルが身を潜めるようにすっぽり収まっていたという内容▼新聞の当欄に写真は載せていないが、代わりに同日の「読者ふれあいページ」で紹介したこともあり「ほっこりした」「カエルくん、いい場所を見つけたね」といった声のほか、「人は最後はお墓に〝還(かえ)る〟ものだと、しみじみ思った」との感想も。そんな哲学的な意味を込めたつもりはなかったのだが▼同じように「墓石にカエル」を経験した人も多いようだ。ある女性は母親を亡くした後、墓参のたびにカエルの姿を見つけ「もしかしてお母さんが…」と思ったという。当方の場合、2年半前に亡くなった父親だったのだろうか。ただ先日、1カ月ぶりに足を運んだ際は、もう姿はなかった▼墓石にカエルを見つけた11日後、父親の葬儀にも参列してくれた新聞社の仲間が闘病の末に旅立った。56歳だった。駆け出し時代に2人で高校野球鳥取大会の取材を担当。「何か面白いことをやろう」と、走者が三塁を回る瞬間など、ボールが写っていない写真ばかり掲載し続けた。遊び心は今も忘れていない▼訃報を受けて、ライバル紙に追悼文が載った。社内外を問わず慕われていた証しだ。人は最後は「お墓に還る」ものだろうが、あまりに早すぎる。(健)(山陰中央新報・2024/06/17)

 もともと、「式」と銘打たれたものは概して好きではなかった、いや、正直に言うならとても嫌いでした。長年の職業柄、入学式や卒業式を初め、長く生きていると、さまざまな「式」にお呼びやお声がかかる。なぜ嫌いか、理由は単純、かつ明快だと思う。それぞれの「式」には「主役」がいるはずですが、どうもそうではない「式」が圧倒的に多いのです。「主役顔負け」と言うか、「俺が主役だ」という手合が「式」を乗っ取っている、そんな風潮が蔓延していて、ぼくにはとても馴染めなかった。卒業や入学は当事者が大事にされるのですが、その大事にされる仕方がぼくに言わせれば、「場違い(その場にそぐわない)」であり、「お門違い(尋ねるべき家が違うこと)(見当外れ)」であるのです。事例は腐るほどあるけれど、面倒だから挙げません。結婚式やお葬式も、例外ではない。まるでお祭り騒ぎ(演出過多)と見紛うような雰囲気が露出しすぎていたのではないでしょうか。「コロナ禍」によって、少しは従前に戻ったのかもしれないし、少しは、本来の面目を取り戻しつつあるように思われます。

 結婚式はまず参加しないことにしていましたが、お葬式だけはそうは行かない。でも可能な限り出ないようにはしてきました。今日は「家族葬」などと称して、身内だけ、少人数で行われる傾向にありますが、いい傾向ですね。お葬式に坊さんが出てくる事自体、「場違い」という気もしていました。それは、でも、人それぞれですからお好きなように、でしょうね。

 変な話になりそうですが、二日前のコラム「明窓」に刺激されたというわけ。コラム氏は同じ新聞の5月26日の「明窓」を引き合いに出しておられます。ぼくもその「コラム」は読みました。そして駄文を綴ろうとしたのでしたが、別の駄文を書いてしまいました。だから、仕切り直しというつもりで再掲したのです。「墓石にカエル」はシャレのつもりだったのでしょうか。元々墓石は誰かが「置いた」もの。遥かの昔からその場にあったわけでもないし、人は、そこから生まれたのでないのですから、「墓にカエル」はちとおかしい、そんなことを考えたりしていたら、今回は記者の「父上」と「同僚」だった方がお墓(鬼籍)に入られたお話があった。「カエル」は「亡き人の化身」か、というのですか、いかがでしょうか。「化身(けしん)」とは仏語。仏がこの世の人間たち(衆生)を救うために「人間になって・身を変えて」現れた(応神)とされますから、「カエル」は化身ではなく、本物のカエルだったと言うばかり。いや、そうは言っても、時と場合に神仏はいろいろな姿に身をやつして現れるとも言いますから、「カエル」は「母」「父」「同僚」と言ってもおかしくないのかもしれません。

 こんなことを書いているのも、頭の中ではよく流行った「千の風になって」が流れているからでした。「私はお墓にはいませんから」、「どうか、墓の前に立って、泣かないでください」と。この歌の原詩はアメリカの一夫人の手になるものだったそうです。「Do not stand at my grave and weep」その人は「Mary Elizabeth Clark(1905~2004)」で、オハイオ州生。彼女はある時時代、Margaret Schwarzkopf(マーガレット・シュワルツコップ)という女性と同居していた。その女性の母親が亡くなった。その死を悼んで書いたのが〈Do not stand at my grave and weep〉だったという。しかし、原詩がそっくりそのまま、今日のものになったのかどうか、それを作家の新井満さんが訳したのかどうか、その経緯を含めて、相当に入り組んだ事情がこの「千の風になって〈I am in a thousand winds that blow〉」には混在しているのですけれど、ここでは一切、触れません。いずれの御時に。今では、お葬式当時に、この歌が流れるそうです。BGMですかな。大変な時代になったものです。                                                                        (Mary Frye’s (attributed) famous inspirational poem, prayer, and bereavement verse・BusinessBallshttps://www.businessballs.com/amusement-stress-relief/do-not-stand-at-my-grave-and-weep/

Do not stand at my grave and weep,
am not there, I do not sleep.
I am in a thousand winds that blow,
I am the softly falling snow.
I am the gentle showers of rain,
I am the fields of ripening grain.
I am in the morning hush,
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight,
I am the starshine of the night.
I am in the flowers that bloom,
I am in a quiet room.
I am in the birds that sing,
I am in each lovely thing.
Do not stand at my grave and cry,
I am not there. I do not die.(Mary Elizabeth Frye.1932)
新井満さん

 ヒット曲「千の風になって」の訳詞と作曲などを手掛けた芥川賞作家の新井満(あらい・まん、本名・みつる)さんが昨年12月、 誤嚥 性肺炎で亡くなった。75歳だった。/万能の人だった。広告会社員として環境映像を多数制作し、1988年に小説「尋ね人の時間」で芥川賞を受賞した。CMソング「ワインカラーのときめき」を歌いヒット。98年長野五輪では開・閉会式のイメージ監督も務めた。/その人生は、死と生を強く意識していた。代名詞といえる作品で、「自由訳」と作曲を手がけた「千の風になって」が生まれたのは、必然だったのかもしれない。(以下略)(読売新聞・2022/02/27)(https://www.yomiuri.co.jp/culture/music/20220224-OYT1T50204/

 人は死んだら、「風になる」「星になる」「月になる」「蛙になる」、もちろん「仏になる(成仏)」と、いろいろな物語が、それぞれの故人に関わって編まれてきました。ある仏教関係者に言わせると「千の風になって」あちこち吹きまわり、「お墓にはいませんから」と言うのは「営業妨害だ」と言われたそうです。それはともかく、「お墓」を巡る逸話には際限がないようです。墓参とか墓参りと言うけれど、ぼくなどは遥か彼方の墓地に出かける元気もない。自室には「両親の位牌」があるので、毎朝、そこにお茶(水)とお線香を上げるようにしているばかり。個人を偲ぶ縁(よすが)はいろいろで、こんな駄文を綴っているのも、時には「供養」とも、「悼み」とも重なるような機会があればこそです。

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 ヘッダー写真は京都の「化野(あだしの)念仏寺」の参道への階段です。このお寺は「無縁仏」をお祀りしています。このお寺の所在地は京都市右京区嵯峨鳥居本化野町17。この近くに小学校時代の友達がいて、ぼくはしょっちゅう通っていました。彼は鳩(伝書鳩)大好き人間で、しばしばみとれていることがあった。その友人の家に行くにはどうしてもこのお寺の前を通らなければならなかった。愛宕山や清滝の入口で、今から七十年前は実に陰気な雰囲気が充満していて、昼なお暗鬱な空気を小学生ながらに感じ取っていました。

 この地は都の東西の墓地として古くから存在していた、そのひとつ。念仏寺は空海や法然が建立や再建に深く関わった寺です。墓所にはおよそハ千体の無縁仏(野ざらしの遺骸)が懇(ねんご)ろに葬られている。今では名だたる観光地で、時には大層な観光客が来るそうです。一体何を観るのでしょうか。あるいは無縁墓地が「見世物」になるのでしょうか。「墓の前で立って、泣かないでください」「私は眠っていない」「私は死んでいない」と、往時の「御仏」も同じように、千の風になって、観光客の頬をなでているでしょうか。なお、この念仏寺の本尊は阿弥陀如来ですよ。

 「爾時仏告。長老舍利弗。従是西方。過十万億仏土。有世界。名曰極楽。其土有仏。号阿弥陀。今現在説法。舍利弗。彼土何故。名為極楽。其国衆生。無有衆苦。但受諸楽。故名極楽」(「仏説阿弥陀経」)

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● 阿弥陀如来(あみだにょらい)= 阿弥陀はサンスクリットのアミターユス(無量の寿命の意)とアミターバ(無量の光明の意)の音訳。西方にある極楽浄土の仏で,日本では,浄土教の隆盛にともない諸仏のなかでも最も多くの信仰を集めた。さまざまな経典に記されているが,とくに浄土三部経とよばれる「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」は阿弥陀に対する信仰を中心として書かれている。10世紀に源信(げんしん)が「往生要集」を著し,同じ頃民間に空也(くうや)が現れて称名念仏を唱え,阿弥陀に対する信仰を勧めた。この頃から浄土信仰は盛んになり,12~13世紀には豊年(ほうねん)・親鸞(しんらん)・一遍(いっぺん)などが教理と実践の両面をいっそう純化させ,それぞれ浄土宗・浄土真宗・時宗教団の基礎を作った。(山川日本史小辞典)

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漢字も書けないくせに

【有明抄】父の思い出 作家の木内昇(のぼり)さんが子ども時分の苦い思い出を書いている。父親は中学を卒業後、あんこを作る工場で働いていた。家でよく小豆の選別や火加減の難しさを語ってくれた◆中学生になった娘はある日、食卓にあった父の手帳をのぞいた。書かれていたのは平仮名だけ。あんこの配合か、「あずき」の文字の下に大きなマル、「さとう」の横に小さなマルがあった。〈こんな落書きで仕事をまかなっているなんて、と呆(あき)れた〉◆それから父にしかられると、「漢字も書けないくせに」と口答えをした。父は家で仕事の話はしなくなった。〈随分年月が経ってから、その荷物の中に小さな漢字辞典を見つけた。身がすくむような心持ちになった〉と木内さんは振り返る◆歌人の小高賢さんにこんな一首がある。〈鷗外の口ひげにみる不機嫌な明治の家長はわれらにとおき〉。文豪のように口ひげをたくわえ威厳のあった昔と違い、現代の父親はやさしい。家庭での役割を見つけられない不器用な世代もある◆父を亡くした後、木内さんは同僚からその仕事ぶりを聞かされた。ちょっと味見をしただけで砂糖の分量がわかる職人だった。〈父が、ひとつずつ手で触って確かめて、切り開いてきたものの上に、自分たちの暮らしが成り立っていたことを思い知った〉。明治の家長に遠い、こんな人生もあった。(桑)(佐賀新聞・2024/06/15)

 六月の第三日曜日が「父の日」だったそうです。「母の日」は五月の第二日曜日だとか。ぼくにはまったく馴染みがありませんせした。そんな日があるということ自体、実に鬱陶しいと感じるばかりでしたね。「敬老の日」だとかいうのは、まるで老人に対する嫌がらせのようで、どうしてそんな「祝日?」「記念日?」を作るのか、いずれは商売(金儲け)のためにしようという魂胆で、敬老も敬母も敬父も、名称そのものがお座なり(手抜き)ではないですか。愚劣ではあっても利には敏(さと)い政治家が法律を作るのですから、大体、動機が不純であるに決まっています。ぼくには、毎日が「父の日」だったし、「母の日」もそうでした。

 この駄文を書いてきて、「おふくろ」についてはしばしば言及しているのに対して、「親父」には殆ど触れてこなかったことを、ずっと気がついていました。触れなかったのは、「深い理由があったから」、そんなことがあるはずもない。ただ、書きづらいだけのことでした。親父は三十五年前に亡くなった。七十九歳だった。今、ぼくは親父の年齢にさしかかっている。彼は長生きだったとは思いませんでしたが、短命でもなかったでしょう。今考えても、「仕事とお酒」の人だった。今風の表現を使えば、仕事(刺繍)の力量は抜群でしたね。早くから才能を開花させ、大きな展覧会でいくつもの賞を得ていた。彼自身はそんなことは一言も口に出さなかったから、若い頃からの仕事ぶりや作品の様子はすべておふくろから聞いたものです。

 いわば、名誉や顕彰に類することはことごとく嫌っていたという印象を、ぼくは持っている。もちろん他人に誇れる学歴はない。高等小学校卒だったと思う。それでも、親父に読めない・書けない漢字があるとは、ぼくには想像できなかったほどに、その読解力には驚嘆していたものでした。この点では作家の木内昇さんの尊父とは真反対でしたね。土佐の生まれで、小さい頃から漢文は嗜(たしな)んでいたと言うか、素読を徹底させられていたのでしょうか。学歴が高いということと、読解力の有無とは無関係とは言わないが、あまり結びつきはないと言いたい。また、漢字が読めるから、読めないからという比較もあまり有効ではない。これも木内さんの父親の例によく示されている。字では表されない微妙な「ニュアンス」と言うものは、どこの世界(仕事)にもある。反対に、どんなものも「マニュアル化」された途端、それは「便法」にはなっても、極めるべき「術」ではなくなりそうな気がする。その点では、時代は平板(平準)化してきました。

 「漢字も書けないくせに」「漢字も読めないのか」という軽侮の言やそれをもたらす感情は、学校教育が植え付けた大きな弊害だと思う。書ける・読めるが「優」で、書けない・読めないが「劣」だという抜きがたい感情を植え付けてしまうからです。読み書きができる環境にありながら、それが不十分であったならば、少なくともその部分については批判は受けてしかるべきでしょう。でも、そのような環境に恵まれなかった父母世代は、今でもかなりいた・いるでしょうし、なにかの理由から、学ぶ機会を奪われていた・いる人は必ず、いつの時代にもいるのです。それを知ろうともしないで「漢字も書けないくせに」という「一撃」は、他人を傷つける立派な武器としての機能を持ったでしょうね。

 木内さんに限らず、最近の小説類はまず読まない。もちろん読まず嫌いということです。だから、木内さんがどんな小説を書いておられるかまったく知らない。その小説に「父親」の影響(形見)があるなら、とても幸いだと思う。もちろん、優れた書き手であることは言うまでもないこと。

〈随分年月が経ってから、その荷物の中に小さな漢字辞典を見つけた。身がすくむような心持ちになった〉、その「心持ち」が、いまでも木内さんの作品に流れているかどうか、それを読みながら味わいたい気もします。

 いわゆる「国民の祝日」と言われるものが年に16回あると言う。その大半は、ぼくには不要です。「年中祭日祝日ノ休暇日」というのは、昔風には「旗日」「祭日」だったもの。合わせて「祝祭日」といわれてきました。その後も、時の政治や経済、世相の都合で安易に設けられたもの、さらに,勝手に暦を動かせるというでたらめさも加わっている今日、「休日・祝日」は、要らないものがほとんどだと、ぼくは考えています。「名称」はあってもいい(「春分の日」とか「文化の日」などなど)。でも大半が「天皇制度」との結びつきで作られているという以上は、いずれ変えたほうがいいと思う。「父の日」に騒ぎ立てるのは一部だけで、「父親不在」の人も無数にいるのですから。よほど考える必要があるんじゃないですか。

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 当地(長柄町)も、昨夜来雨が降り続いています。昨日は無理をしてまでも「雨樋」(一部だけ)を掃除しておいてよかった。(只今、18日、午前八時)(六時半には「生ゴミ」を出してきました)

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