
◉ 週のはじめに愚考する (第弐拾四)~ 「澆季(ぎょうき)」あるいは「澆季溷濁(こんだく)」という。「澆」は「軽薄」、「季」は「末」、つまりは道徳衰え、人心乱れて、世も末にあることを指す。仏教で言う「末世(まっせ・まっせい)」です。お釈迦さんが亡くなられた後の仏法の教戒が忘却された世の中のさまを表しているのでしょう。ぼくは仏教の徒ではありませんけれど、阿弥陀経や法華経は少しは齧ったことがある。そのいくつかの箇所に「五濁悪世」(「五濁濁世(pañca kaṣāya)」)という表現が出てくる。その意は辞書(後掲)に譲る。
また親鸞聖人の「正信偈(げ)」には「五濁の悪時」なるものがあります。「五濁悪時群生海 応信如来如実言」と記されている。その言わんとするところは「五濁(ごじょく)にまみれた時代・時節に庶人は生きている。そんなときだからこそ、阿弥陀如来の真実の言葉を信じて生きる事が大事だ」と、大意はそうです。乱れに乱れている時代にあってなお、釈迦が説いた「阿弥陀の真言」を信じて生きる、それこそが釈迦の求めたものだったというのです。ここで気がつくでしょうか。悪世といい五濁というが、それは今に始まったことではなく釈迦存命の時期にあっても、まさに「五濁悪世」であったということを明かしています。もちろん親鸞聖人が生きた時代でもやはり「悪世」「五濁」の末法だったということになります。
その心(こころ)は、人の世は何時だって、「五濁悪世」でないときはないというのです。だから、釈迦の教え(阿弥陀への帰依)を忘れてはならない、怠ってはならないというのです。

古来、仏教の教えや言説は大袈裟で、人間の器量からは遠く離れているという感想を持ってきましたし、大概はその通りだったとも言えます。しかし、この時代の汚濁された空気に窒息死寸前の境遇に置かれている凡愚(不肖、筆者のことです)にすれば、仏教の教えは大袈裟どころか、まだまだ指摘し足りないところがあるのだと実感させられもするのです。「煩悩濁」「衆生濁」「見濁」「命濁」という数多の「汚れ」がまとまって生じる時代の「劫濁」、まさしく、ぼくたちは、こんな汚れきった時代に生きているのだというほかありません。最後の「命濁」が「寿命が短くなり、最後には十歳になる」というのは、ぼくごときにはやや腑に落ちませんが、これも、本当に人間の性にふさわしい充実したときというのは、おそらく寿命の十分の一もあるかどうか、そういうことではないでしょうか。「長く生きれば、恥多し」ということを、ぼく自身は強烈に実感している。
● 正信偈 (しょうしんげ)=真宗の宗祖親鸞の撰述。正しくは〈正信念仏偈〉という。親鸞の著した《教行信証》行巻の末尾に収録され,七言百二十句より成る。内容は浄土三部経の意を述べ,インド,中国,日本の7高僧を賛嘆している。蓮如のころよりこの〈正信偈〉は,同じく親鸞の著した《三帖和讃》とともに,朝夕読誦する習慣が始まり,現在に至っている。蓮如は越前吉崎に在住した1473年(文明5),この〈正信偈〉と《三帖和讃》とを開版した。また《正信偈大意》《正信偈註解》等の注釈書も著している。なお親鸞の著した《浄土文類聚鈔》のなかに,〈正信念仏偈〉に対し〈念仏正信偈〉と呼ばれる七言百二十句の偈文がある。本願寺ならびに末寺では,親鸞の報恩講に同じくそれを読誦している。(改訂新版世界大百科事典)
「ごじょく-あくせ【五濁悪世】=末世。末法の世。五つの汚れに満ちた悪い世の意。▽仏教語。「五濁」は五つの汚れ。劫濁(こうじょく)(時代の汚れ。以下の四濁の起こる時代)・煩悩濁(ぼんのうじょく)(貪むさぼりや怒りなど人の浅ましさがはびこる)・衆生濁(しゅじょうじょく)(心身が弱く苦しみが多く、人の資質が低下する)・見濁(けんじょく)(誤った悪い思想・考え)・命濁(みょうじょく)(寿命が短くなり、最後には十歳になる)をいう」(「新明解四字熟語辞典」)
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性懲りもなく、また兼好さんを呼んできました。「名利に使はれて、静かなる暇無く、一生を苦しむるこそ愚かなれ」と、まるで親鸞さんの「正信偈」のようではありませんか。余計な解説は不要でしょう。繰り返し読んでみます。そうすれば兼好さんもまた、「五濁悪世」に塗(まみ)れ、翻弄されて生きたという、彼自身の告白の辞だと受け取れる一節だと、ぼくには読めるのです。富を得たい、名を得たい、そんなはかない願望で人生を無駄にするなど「愚か」そのものと、兼好さんは言う。彼自身がそうはならなかった(立身出世が叶わなかった)から、だから、この言があるといえるでしょう。(右写真は兼好さんが生まれた京都吉田神社)
世の誉を残したいと言うけれど、「誉を愛するは人の聞(きき)を喜ぶなり」、他者の評価(評判)を求めているに過ぎないではないか、と褒める人も譏る人も、同じ穴の狢(むじな)であって、すべては消える。死後に「誉」が残ったところでなんとしよう。愚かなことだ、と。賢くありたいと人は念じますが「才能は、煩悩の増長せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、真の智にあらず」と、まるで学校優等生は本物の人物ではありえず、人から教えられて勝れていたとしても、それがどうだと言うばかり。可も不可も同じ線上にある。善悪も、言ってみれば世間の約束事に過ぎませんね、と甚だしくラディカルです。

だから「真の人は、智も無く、徳も無く、功も無く、名も無し。誰か知り、誰か伝へん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より賢愚得失の境に居らざればなり」と。ここまで来ると、まるで中国の初期禅僧のような境地に兼好さんは足を下ろすが如く、ぼくには映ります。真実に生きる人、それは善悪、賢愚、徳不徳、更に功も名も越えたところに生きている人。人間らしい人間(真人間)は「本より賢愚得失の境に居らざればなり」とまで言うのです。
「すべてこの世は、あるがままに生きるがよろしい。強いて願いこの世に生きる意味を求めるなど虚しいこと(「言ふに足らず(言う値打ちもない)、願ふに足らず(願う値打ちもない)」)(この部分は、(徒然草」の段中でもぼくの最も好む箇所。兼好さんは諦念を吐露したのでもなければ、迷妄に陥ったのでもないでしょう。世の価値判断(評判に心奪われること)に右顧左眄する「人生」に居たたまれない感情を来したのではなかったか。「徒然草」が後世に残されるなど、兼好さんは思っても見なかったことだったと言いたいのですが、どうでしょう。
「名利に使はれて、静かなる暇無く、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。
財(たから)多ければ、身を守るに貧(まど)し。害を買ひ、累(わずらい)を招く謀(なかだち)なり。身の後には金(こがね)をして北斗をささふとも、人の為にぞ煩(わづら)はるべき。愚かなる人の、目を喜ばしむる楽しみ、また、あぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉(きんぎょく)の飾りも、心有らん人は、うたて、愚かなりとぞ見るべき。金(こがね)は山に捨て、玉は淵に投ぐべし。利に惑ふは、勝れて愚かなる人なり。
埋(うづ)もれぬ名を永き世に残さんこそ、あらはほしかるべけれ、位高く、やんごとなきをしも、勝れたる人とやはいふべき。愚かに拙(つたな)き人も、家に生れ、時に遇へば、高き位に昇り、奢りを極むるも有り。いみじかりし賢人・聖人、自ら賤しき位に居り、時に遇はずして止みぬる、また多し。偏に高き官(つかさ)・位を望むも、次に愚かなり。
智慧と心とこそ、世に勝れたる誉も残さまほしきを、つらつら思へば、誉を愛するは人の聞(きき)を喜ぶなり。誉(ほ)むる人・譏(そし)る人、ともに世に留まらず。伝へ聞かん人、またまた、速やかに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られん事を願はん。誉は、また譏(そし)りの本(もと)なり。身の後の名、残りて更に益なし。これを願ふも、次に愚かなり。
ただし、強ひて智を求め、賢を願ふ人のために言はば、知恵出でては偽(いつわり)有り、才能は、煩悩(ぼんのう)の増長(ぞうぢやう)せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、真(まこと)の智にあらず。いかなるをか、智と言ふべき。可・不可は一条なり。いかなるをか、善と言ふ。真(まこと)の人は、智も無く、徳も無く、功も無く、名も無し。誰か知り、誰か伝へん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より賢愚得失の境(さかひ)に居らざればなり。
迷ひの心を以(もち)て名利(みょうり)の要(よう)を求むるに、かくの如し。万事は皆、非なり。言ふに足らず、願ふに足らず。(「徒然草 第三十八段」)(文献:島内既出)

本日、六月二十三日は、「沖縄慰霊の日」(沖縄戦から七十九回目の夏)です。「愚か」と兼好さんが繰り返し言わんとする人間の「空虚」「空疎」の中でも「戦争したい」「他者を殺戮したい」いう「愚」の「愚」の「愚」はいささかの弁明も許されない、人間及び人間性への裏切りにほかならない、そのことを、改めてここに強く銘記しておく。「縁なき衆生」はいつの世にも「我が物顔」で跳梁跋扈しているが、そのような傍若無人の振る舞いは断じて許してはならない、と。「縁なき衆生は度し難し」と行ってみても、何事も変わらないのも運命でしょうか。
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