「渡辺について話すことを禁ずる」

 久しぶりの「筆洗」でした。このコラムともずいぶん長く付き合ってきた。かれこれ四十年ほどでしょうか。結婚してから、それまで購読していた新聞を止めて、新たに読み出したのが東京新聞。結婚した当時、千葉県に住んでいた。ぼくには「千葉都民」の意識はなかったが、新聞のページ数が少なかったのと、その分だけ購読料が割安だったこともあって、以来三十年も購読を続けていたと思う。この新聞のいくつかのコラム類はとても面白く、ずいぶん教えられ、楽しませてもらったりしたものです。夕刊の名物は「大波小波」でした。ネット時代に入っても、いつでも「筆洗」は読んでいました。どなたが書かれているのか知りませんけれど、才気や諧謔、あるいはユーモアに欠けていない分、ぼくには格好の読み物でした。(しかし、学校教育・受験教育の弊害が遍くいきわたるにつれ、その犠牲者たちが書く新聞のコラムもすっかり貧弱なものになりました)

 昨日のコラムで紹介されていた「一行怪談」、初めて知りました。早速ネットを通して調べてみて、この手の書き物がかなり流行しているのを知って、大いに興味を持った次第です。俳句や和歌のように「厳密な字数制限」はなく、一行という核心(句点が一つ)を外さない限りの物語。その展開は、まさしく「怪談」「ミステリー」にふさわしい様式なのだと感心します。字数はいくらかはともかく、情報量が極めて少ないからこそ、かえって妄想・邪推する余地が残されている分、読者は、推理や解釈に容易に走ります。この「一行怪談」がそれとして、怖いもの知らず、怖いもの見たさという人間の性癖をうまく突いているのは、それが現実にあるようでいて、実は非現実だからでしょう。いわば「バーチャル」の無限展開性、です。仮に、この一行に「現実」を書き込めばどうなるか、それは怪談になるより、扱われる主題によっては、「怒り心頭に発する」とか「怒髪天を衝く」という激しい感情を刺激することになります。

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【筆洗】<転校先で渡された生徒手帳にある『渡辺について話すことを禁ずる』という校則について尋ねてみても、みんな苦笑いするだけで何も話してくれない>-。吉田悠軌さんの『一行怪談』にあった。なるほど怖い▼「一行怪談」はひと続きの文章による怪談。怖さの秘密は一行という情報量の少なさにあるかもしれない。「渡辺」に何が起きたのか。なぜ口をつぐむのか。ひょっとして学校の全員で「渡辺」を…。短い文章が謎を深め、かえって恐怖や不安をかき立てられる▼<許せない事件が相次いだのに警察と外務省は何も話してくれない>-。事件の悲しさと「なぜ」の疑問に怒りと不安がないまぜとなった一行が浮かぶ。沖縄県で米兵による性的暴行事件が相次いで発覚した問題である▼2件の事件について、沖縄県警は報道発表を控え、事件を把握していた外務省も県側に伝達しなかった。理解に苦しむ▼外務省は被害者のプライバシー保護などを理由にしているが、沖縄県民が当然知っておくべき事件である。なぜ伝えなかったのか、なにかの理由で意図的に隠したのではないか-。不可解な対応に県民が怒りと不信感を覚えるのは当然であり、こうしたやり方は県民の反米軍感情を高めるだけだろう▼2件の他に県警が報道発表していない米軍関係者の性的暴行事件が3件あるという。「なぜ」の不安にまた背筋が凍る。(東京新聞・2024/07/04)

 「筆洗」氏の<許せない事件が相次いだのに警察と外務省は何も話してくれない>の「一行」はどうでしょう。確かに情報量は少ないどころか皆無。何があったかなかったが、外部にはまったく漏らされないのだから、怒りも感想も湧きようがありません。しかし、これは実際にあった「犯罪」なのだから、きっと「秘密」は明かされる。加害者も被害者も存在する。時間がかかろうが、いずれ表沙汰になる。米兵の「性犯罪」が立て続けに発生したにも関わらず、米軍も米国駐日大使も、沖縄県警も、時には那覇地裁(検察)も、さらには日本国外務省までもが、口裏を合わせて、沖縄県当局には一切知らせていなかった。なぜか、その理由は単純でしょう、政治的に重要な案件(日程)が続くから、少なくともそれをやり過ごすまでは隠し通そうという腹づもり(魂胆)だった。県民の人権が著しく蹂躙されようと、それ以上に重要な政治課題があると言うのでしょうか。隠蔽の理由に「被害者の人権のため」と御託を並べるのです。巫山戯るのもいい加減にせよといいたい。「日米安保」を盾に、国民の生命財産が脅かされても、この国の官僚は米国に追従するためにはどんな卑怯なことをも引き受けるのです。

 沖縄県議選や「沖縄戦終了記念日」などが間近に控えていたのだ。しかし、ある「性暴力事件」は昨年の段階で起こっていた。にも関わらず、関係当局は、事件を隠蔽してきた。「沖縄県警は報道発表を控え、事件を把握していた外務省も県側に伝達しなかった。理解に苦しむ」とコラム氏は疑問を呈しているようですが、「理解に苦しむ」必要はないでしょう。「不都合な真実」は隠す。もちろん、不都合は米軍にとってであり、結果的には「日本国」にとってということになる。なにしろ「一蓮托生」であり、「宗主国」と「被植民地」なんですから。米兵の性犯罪が米軍にとって不都合であるのは、殺人事件でもあるまいし、こんなことで大騒ぎされるのは愉快ではないというだけの感情問題だと思う。今でもなお、米軍には沖縄県民への蔑視があるのは否定できないが、その蔑視の根底には日本国家・国民の沖縄県と県民に対する「蔑視」があるからでしょう。抜きがたい「差別感情」が渦巻いているのは、政府の沖縄県当局に対する高圧的な態度や姿勢を見れば明らか。その政府及び、二おhん国民そのものが、米国からはいつでも「差別」されているのを感じないとは、見苦しい限りです。

 もっとあからさまに言えば、アメリカは戦後一貫して沖縄を「駐留米軍基地の中核」とする意図があったし、歴代日本政府も、米国の意図を受け入れ、それによって自らの政権維持の担保としてきたのです。政権が非米はおろか、反米であれば、たちまちのうちに米国によって「叩き潰される」のが落ち。鳩山由紀夫政権はそのあからさまな事例でした。そして、沖縄県政が「本土保守政権」の意向に背いたり、反米に傾くのは許されないことだと思われたのは、二十の抑圧でありました。それこそが「日米安保条約」の肝だった。これ以外に、沖縄に利用価値はないとまで考えていたでしょう。

【天風録】核抜き・本土並み 気骨あふれるTVドラマだった。NHK・BSで先日放送された「ふたりのウルトラマン」。沖縄出身の脚本家、金城(きんじょう)哲夫と上原正三(しょうぞう)両氏が昭和時代の東京で特撮番組作りに苦闘する。その姿を再現し、本土に寄せる沖縄人の複雑な思いを伝えた▲今月15日は、その沖縄が本土に復帰して半世紀の節目となる。「核抜き・本土並み」は当時の日米両政府が合意したキャッチフレーズだった。核抜きは文字通り、沖縄の全ての米軍基地から核弾頭を完全撤去すること▲そして本土並みは、沖縄に日本の法・経済制度や日米安保条約を適用し、例えば自動車は道路の左側を走るということ。だが抽象的な「本土並み」の言葉に、過密な米軍基地を本土と同水準に減らすという意味は含まれなかった▲こうして本紙がおとといの1面で紹介した全国世論調査では、沖縄の基地負担を「不平等」と感じる人が約8割に上った。また自分の住む地域への基地移設に「反対」する人はほぼ7割に。これが復帰から50年の現実▲くだんのドラマには上原氏が復帰に白ける半世紀前のシーンも。「支配者がアメリカから日本に変わるだけ」。本土並みは中途半端に終わるとの予言に聞こえた。(中國新聞・2022/05/07)

 沖縄返還(密約)交渉を巡る、いくつもの「一行怪談」のうちのひとつ、です。

 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、我が国の戦後が終わっていない」(佐藤栄作総理大臣・1965/08)・・・・、ということは、今もなお「我が国の戦後が終わっていない」という、恐ろしい事態がすでに、「沖縄返還」の時期に明示されていたのでした。

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When you get old, listen to your children.

 大方、聞き悪(にく)く、見苦しき事、老人(おいびと)の若き人に交はりて、興有らんと物言ひ居たる。数ならぬ身にて、世の覚え有る人を、隔て無き様に言ひたる。貧しき所に、酒宴好み、客人(まれびと)に饗応(あるじ)せんと、燦(きら)めきたる。(「徒然草 第百十三段」)

 他国の大統領候補者の「討論」報道を聞いていて、ぼくは「齢(とし)はとりたくないものです」というフレーズを思い出していました。「齢はとりたくない」と、誰だって願うのでしょうが、ぼくが想起したのは、日本の文学者の「老壮対決」に現れた言辞でした。時は昭和二十六年六月。片や広津和郎(59)、一方は中村光夫(40)の両文学者間で始められたカミユの「異邦人」を巡る対論(論争)。広津氏の「(異邦人の主人公)ムルソー」批評・非難(東京新聞・昭和二十六年六月十二日)に対して、中村さんは、広津のかつての精神の柔軟性に触れつつ、今や凝り固まった「既成道徳」という武器を振り回しているばかりで、青年ムルソーの思考や行動に対し得ていないと悪態をついて吐き出した言葉が「齢はとりたくない」だった。

 「かつての『神経病時代』の作者の『神経』も、今ではこういう常識道徳の代弁者になり下ってしまったとしたら、
 はとりたくないものです。カミュがこの小説を書いたのが、まさしくこうした既成の人間関係のワクにたいする反逆のためであり、 それはちょうど若いころの広津氏が『神経病』や『性格破産』に苦しむ青年たちを描いて、大人の世界、虚偽に対する疑惑を投げつけたのと同じことではありませんか」(いずれも当時の東京新聞・昭和二十六年七月二十一~二十三日)     

 その論争の二十年後、大学生だったぼくは、この中村光夫氏の批判を読んで驚くと同時に、氏の評論や文学作品へと一気に傾斜していった。思い切ったことをいうものだという感想は、その通りだったが、今から思えば、広津氏は六十歳前。それでも、思考力の退化は、若い中村さんの眼には「老害」と写ったし、捨て置けない罪障に思われたのかも知れない。「隔世の感」とは、これを言うのでしょうか。

 はしなくも、そこで使われていた「齢はとりたくない」という「非難の言葉」は考えるまでもなく、実年齢を指すのではなく、高齢であっても柔軟性を失わないで生きていたいという願望の裏返しだったと思う。当の中村光夫さんだって、やがて「すっかり齢をとって、衰弱してしまった」ことをぼくは知っています。彼は七十七歳で死去(1911~1988)。広津さんも同年齢で亡くなっているのは奇遇ですね(1891~1968)。

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● 異邦人(いほうじん」(L’Étranger)= フランスの作家アルベール・カミュの中編小説。1939年ごろから執筆され、42年に出版。アルジェの平凡なサラリーマン、ムルソーが、養老院で死んだ母の葬式からしばらくして、友人の女性関係のいざこざに巻き込まれ、殺意がないのに「太陽のせいで」偶然アラブ人を殺してしまう第1部。ムルソーが実際の殺人罪よりも、「母親の葬式のときに泣かなかった」ことに代表される反社会的なモラルのために裁判で死刑判決を受けるが、何にも頼らず独力で死の恐怖を乗り越え、ついに「世界のやさしい無関心に心を開く」第2部。独白とも日記体ともつかぬ独特の一人称の語り、徹底して感情を排除した「中性の文体」の新鮮さもあって、若き作者の出世作となったばかりでなく、20世紀フランス小説の代表作とみなされている。わが国でも、51年(昭和26)、この作品をめぐって広津和郎(ひろつかずお)、中村光夫の間に『異邦人』論争が交わされるなど、話題になった。(日本大百科全書・ニッポニカ)

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 世の中には「世代論」というものがあります。あくまでも観念(抽象)的議論でしかないのは言うまでもない。中(あ)たらずといえども遠からず、という程度。年齢による思考や体力の有無は、あくまでも個人による。若いから老人だからという議論で片付けられないものがあります。「体力」と言う武器は若者の特権でしょうが、いかんせん「経験」が伴わない怖れがあります。もちろん、その反対もある。経験と体力は、元来が性質の異なるもので、どちらか一方だけでは何かが足らないということになるでしょう。

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 アメリカの大統領候補者は「老老対決」だと気楽なことをいうけれど、現実には八十の老人、それも元気矍鑠(かくしゃく)かどうかが怪しい二人からしか選ばれないという、恐るべき危機に陥っている。ぼくは他国ながら、早い段階から現職は再選は無理、あり得ない選択だと、最善の方法は、本人の判断において立候補を辞退すべきだと考えていたし、きっとそうなると以前から思っていました。前職が大統領としてふさわしいかどうか、ぼくの判断では「言うを俟たない」と考えてきました。彼自身による数十に上る「犯罪事実」が裁判にかけられている。かかる人物を「大統領」にしようとするアメリカの選挙民は、と不審に思ったし、それだけ当時の相手候補(ヒラリー・クリントン)が嫌われたということだったでしょう。誰がなっても構うものかと呑気でいられない事情が当方にはある。なにせこの島国は「米国の植民地」だから、です。「被植民地」の帰趨・動向・運命を決めるのは宗主国であるのは歴史の教訓です。

 繰り返しますが、老人だから「候補者」になってはいけないというのではない。気力も体力も、そして何よりも判断力も一定の水準を維持しているか、それが条件になるでしょうから。いやいや、だれがなっても大した違いはないという「無関心」「無責任」は、よくない結果を米・日両国にもたらすに違いない。反対に「若いのがいい」と言って(何歳までが若いか、それは単純なメモリでは測れない)、この国の現実はどうでしょうか。現首相は六十六歳。若いのか、老人なのか。両方の要素はあろうが、強いて言えば、私欲は極めて旺盛だが、知力はすでに老化がかなり進んでいるか、最初からなかったか。つまりはブレーキの故障している自動車のようなもの。危険極まりないのは先刻証明済みでしょう。

 米国下院の前議長は「トランプ氏もバイデン氏も、何らかの認知検査を受けてもいいのでは」「精神状態や健康に関して、いずれの候補者も世間が望む検査を受ける義務がある――二人ともだ」と述べています。笑い話ではなく、真剣に心配されての忠告でしょう。ぼくに言わせれば、大統領になろうかという人物だけではなく、少なくとも、この島国にあっては、国会議員になろうというものにも「認知機能検査」を義務付けるべきでしょう。それが実現されたら、実に異様な光景が世界中に拡散されるに違いない。

 問1:今日は何月何日ですか。問2:裏金作りは違法・脱法行為ですか。問3:嘘をついてはいけないと思われますか。問4:馬鹿と阿呆が絡み合うと、世の中はどうなりますか。問5:あなたは「国会議員になる資質がある」と考えられますか。(以下省略)

 ぼくの考えでは、国会議員選挙こそが「政治家の認知機能検査」に当たると思っていたのですが、どうも結果はそうではないという事実を示しています。そうであるなら、なかなか困難な問題ではありますけれども、選挙(投票)の前には、有権者にも「認知機能検査」を、ということになるでしょう。

 (米国の選挙は前大統領と現副大統領の対決になると、ぼくはかなり前、四年前からみていました。さてどうなりますか)

【水や空】老老対決 とても仕立ての良さそうなダークスーツをスラリと着こなしてステージへ。鮮やかな青と赤のネクタイはそれぞれの党のイメージカラーだ。2人とも見た目はしゃきっとしている。ただし“年齢を考えれば”の注釈付きで▲昭和17年11月生まれの81歳と、同21年6月生まれの78歳。激しく議論を戦わせた“後期高齢者”の2人。日本の元号で書いたのは彼らの年齢がより伝わりやすいか、と考えたからだ▲「うそつき」「史上最悪」の応酬が「議論」と呼べるかどうかはひとまずおく。11月の米大統領選に向け、再選を目指すバイデン大統領と、返り咲きを期すトランプ前大統領が先週、テレビ討論に臨んだ▲優勢を印象づけたのはトランプ氏だったようだ。のどに痛みがあった、と明かしたバイデン氏は弱々しく声がかすれ、討論の途中で言葉が上手く出てこない場面もあった。小さな言い間違えも多く、退場時には妻の手を借りて演壇を降りた▲バイデン氏の選挙戦継続を危ぶむ声が噴出しているという。ニューヨーク・タイムズには撤退を促す社説が載ったそうだ。「国のためにレースを降りるべきだ」▲“老老対決”の大統領選は米国の政治と社会の行き詰まりを象徴している…と何度も指摘されている。外野席の日本でも、きちんと不安を感じておきたい。(智)(長崎新聞・2024/07/02)

 米民主党の恐れる「MAGA三冠」、バイデン氏が上下院の足引っ張れば実現も (CNN) 米国のジョー・バイデン大統領の適合性をめぐり、民主党の面々が慌てふためいている。一番の焦点は、バイデン氏がドナルド・トランプ前大統領を打破できるかどうかだ。/だが議員やストラテジストの不満の声から、別の事実も透けて見える。11月には米連邦議会上下院の選挙も行われるのだ。有権者がバイデン氏に背を向ければ、全米に波紋を呼び、共和党に連邦政府の完全支配を許すことにもなりかねない。(中略)
 「余計なことはせず、ありのままの自分で」/ 数十年にわたって下院での過半数獲得と維持に専念してきたナンシー・ペロシ前下院議長のような重鎮でさえも、バイデン氏はまだまだやれることを民主党員と有権者に証明するべきだと語った。ペロシ氏はバイデン氏に、一連のインタビューやタウンホール集会への出席を勧めた。/ペロシ氏は2日、MSNBCとのインタビューに応じ、「余計なことはせず、ありのままのジョーでいればいい」と発言した。「自分の価値観、知識、判断力を示すのだ」
だがペロシ氏も討論会でのバイデン氏のパフォーマンスについては、「病気の症状なのか、それとも体調の問題なのか、疑問に思うのは当然だ」と述べた。その後すぐ同氏はこうした疑問がトランプ氏にも当てはまると続け、理由としてトランプ氏が討論会でたびたび嘘(うそ)を繰り返した点を挙げた。とはいえ、決して大統領としてのトランプ氏の技量を安易に支持しているわけではない。トランプ氏もバイデン氏も、何らかの認知検査を受けてもいいのではとペロシ氏は発言した。/「精神状態や健康に関して、いずれの候補者も世間が望む検査を受ける義務がある――二人ともだ」(ペロシ氏)(CNN・2024.07.03 )(https://www.cnn.co.jp/usa/35220989.html

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ふるさとは遠きにありて思ふもの

【有明抄】ふるさと納税の返礼品 ふるさと納税が始まって間もない頃、県の担当課に「返礼品」を取材した。当時の担当者は手作りのしおりなどを検討していた。温かみはあったが、これで納税額が増えるとは正直思えなかった。それから十数年がたち、ふるさと納税は多くの自治体の貴重な財源になった◆仲介サイトによる寄付金控除手続きの利便性向上と、インターネット上で引きつけるための過度な返礼品競争が要因だ。ふるさと納税にビジネスチャンスを見いだした企業努力は素晴らしいものの、古里や縁を感じる自治体を寄付金で「応援」するという趣旨がいつの間にか、お得な「ネットショッピング」になった気がしてならない◆本来の形に少しでも戻そうと、総務省が改めて制度の見直しを発表した。今回は自治体が仲介サイトを利用する際、寄付した人に特典ポイントを付与する業者の利用を禁止することが柱。人は「特典」や「限定」「先着」といった言葉に弱い◆ふるさと納税には、自治体のやりたい事業に賛同した人が側面から支えるという意味合いもある。返礼品を考えていた冒頭の担当者のように「お金」が目的ではなく「思い」が出発点であってほしい◆仮に資金不足で諦める事業があったとすれば、思いが届かなかったのだと思う。事業の成果こそが「返礼」と考えるのは理想論に過ぎるだろうか。(義)(佐賀新聞・2024/07/03)

 国や自治体があれば、そこに欠かせない制度やインフラを整備するのに多額の資金が必要になる。そのために、一定の割合で、国民や住民には、それぞれの収入に応じて「納税(義務)」が課されている(憲法三十条)。だが、その課税を逃れるために、あの手この手で納税拒否する人や企業が後を断たないのは、それだけ「税金逃れ」を欲している人間が多いからでもある。しかも、何事にも「蛇の道は蛇」という、その道、裏世界があるもので、この社会にどれくらいの「政治家」を自称・他称・詐称している「歴々」がいるか、数えてみないからわからないが、はっきりしているのは、政治家(政治活動)と称する限り「相続税」はかからないという事実です。何千何億の相続財産があろうと、「相続税は無税」。白昼堂々と「憲法違反」を企てるのが政治家という、凄い国だ。

 これは著しく「法の下の平等」(憲法十四条一項)を侵害しているというほかない。(「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」)おそらく、いろいろな策略を弄して、政治に金がかかる、政治家の遺産には相続税は課さない、というような「八百長」が繰り広げられてきたのです。つい最近も、裏金を自らの政治団体に「寄付」して「還付金」をせしめた議員が何人も見つかっているが、「合法」の廉で、佳きに計らわれています。大手を振って「脱税」した裏金から、あろうことか「還付金」を国家からくすねとるという卑劣さ。

 そして、この「ふるさと納税」という胡散臭い「寄付金」制度、これを生み出したのは元総理で、元総務大臣のS氏(秋田県選出)。制度設計・導入当時、側近の通産官僚が「これは税制ではなく、寄付金の問題です。こんな制度は間違い」と大臣に抵抗し、直ちに左遷されたのは誰もが知っている公然の事実。「俺の政策に反対するとは、不届き千万」と怒髪天を衝いだのだろう(大臣当時は、黒髪いっぱい)。2008年に制度創設し、昨年度で(ふるさと納税)総額は一兆円に達しました。(制度の仕組みは、下の事典を参照)

● ふるさと納税【ふるさとのうぜい】= 日本国内において任意の自治体に寄付すること。また,寄付した額に応じて所得税と個人住民税から一定の控除が受けれる寄付金控除制度をいう。日本では進学や就職により,都市部に人口が集中する傾向がある。これにより都市部の自治体は多くの税収を得るが,地方自治体は税収を得られないといった現象が起こっている。この格差を是正するため,自らの意志で納税できる制度があっても良いのではないかという議論から始まった。ふるさととは,生まれ育った場所と捉えられがちであるが,お世話になった地方への恩返しや,応援したい地方など,各人の価値観により選んで寄付することが可能である。自治体によっては寄付金の使われる事業を選択することもできるため,これに賛同する寄付者もいる。寄付者の所得などに応じて寄付金の一部が控除対象として戻ってくるため,寄付者は小さな負担で寄付をすることが可能である。各自治体では寄付金額に応じて,その土地の名産品などを特典として設けることで,寄付者の拡大を図っている。近年これが過熱化し,寄付者にとってより良い特典を得るための制度の傾向が強くなり,税収が大きく減った自治体も見られている。(百科事典マイペディア)

 たった一度だけ、この「寄付」制度を利用したことがある。ごく創設初期の頃だった。制度の内容はわかっていたつもりだったが、「納税」したところから「返礼品」が送られてきた。群馬県の小さな村の名産の「ハム」だった。それをなぜだかまったく口に入れないままで、捨てたことが思い出される。(食べもしなかったのに)後味が悪かったのだ。ぼくは、他者よりも、少しは「寄付」をする人間だと思っている。大半はNPOの人権擁護や貧困対策に関して活動する団体に対してです。年間では、年収の一割は越えていると思う。寄付する理由は単純。助けを求めている人がいるなら、できる範囲で寄付しよう、それだけです。もう、かれこれ三十年を超えて続けている。

 いつも自分に言い聞かせているのは「貧者の一灯」という心持ちです。誤解されると嫌だが、「情けは人の為ならず」で、「相身互い」ということだ。寄付して、返礼品をもおらうという心算は皆無。「鯛で海老を釣る」、いや「海老で鯛を釣る」だった。そんな言い伝えがありました。「わずかの負担を元手にして多くの利益を得る。また、わずかな贈り物をして多大の返礼を受ける意のたとえ。いぼでたいつるおもい。えびでたい。えびたい」(精選版日本国大辞典)

 この制度は「節税」、場合によっては脱税にもつながる、抜け穴「寄付制度」だと思う。「ふるさと納税」に全面的に反対するのではなく、その趣旨を活かすなら、もっと別の税制・寄付制度の工夫があってもいいし、それは可能だと思うからです。今日、制度創設から十五年を過ぎると、制度そのものが骨抜きになり、「当初の目的」は消えてしまったと取られかねない事態になっている。詳細は省きますけれど、本来なら居住地への納税金が、「ふるさと」という、耳あたりのいい修飾語で飾られることで、他自治体に「寄付」という仮面を被った「税金」として逃げているのが現状です。「納税して返礼品」とは極めて悪辣な冗談だと言えるでしょう。まさに「エビタイ」か。他国では〈To throw a sprat to catch a herring.〉とある。どこにもいるんですね、このような手合が。

 「ふるさと納税にビジネスチャンスを見いだした企業努力は素晴らしいものの、古里や縁を感じる自治体を寄付金で『応援』するという趣旨がいつの間にか、お得な『ネットショッピング』になった気がしてならない」という、コラム氏の疑問かつ指摘は当たっていると思う。本来は「ふるさと」応援(支援)という趣旨がが正道であったものが、「返礼品」といういかにも「当たり馬券」のような手品の仕掛けが、ついには、各自治体間の配当金(払戻金)競争で、いつとは知れず「邪道」に嵌(は)まり込んだのだ。ぼくにとっては「なけなしの一万円」だとして、それを社会のために有効に使ってほしいという願いがあればこその納税意欲です。片一方で同じく課税されるべき税が免税・無税となり、もう一方で、有り余る金の節約のために、まやかし納税である「寄付制度」を有効活用(悪用)するという矛盾が放置されてきました。まず、このまやかしを是正することがなければ、この「悪辣寄付制度」の不備は手に負えない、公平であるべき税制度の破綻をもたらすきっかけとなるに違いありません。

 (今年度から「森林税」とかが始まる。「復興税」改め「森林税」か。とにかく、手を変え品を変えても、人民から金を絞り取る・搾取する(exploit)のが国家だ。そんな物はいらないと言いたいほど)

 もっともっと決めの細かい「地方交付税」を追求してほしいと願うばかり。寄付は寄付、納税は納税と明確化すべきであって、まぎらわしく、かつややこしい「税制」は、即刻、改めるべきであり、いつでも息絶え寸前にある庶民の納税意欲を削がないような「政治」「政策」を、無理は承知で、政治家諸侯に願っておく。ケチくさい「ふるさと納税制度」を天下の良策などと自負する人間(政治家)が存命である限り、それは空想であり妄想かもしれぬが。

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当時の官僚からは、税の根幹を揺るがす、と当初猛反対をされました。消防や救急、教育、福祉、ゴミ処理といった行政サービスを受けられるのは、現在住んでいる住民であり、その方々が税を負担するという受益と負担の原則から外れると反対されたのです。/しかし、大きく社会が変わったなかで、そうした戦後すぐのシャウプ勧告に基づく税制の考え方も当然変えていくべきです。人生を通じての受益と負担という考え方があってもよいのではないかと。/また「ふるさと」の定義ができない、法制局に認められない、とも言ってきました。納税する人が故郷だと思ったところならどこでもいいだろう、と反論しました。そうした議論を積み重ね、官僚が主張するできない理由をことごとく打ち返し、制度創設に向けて動き始めました。研究会を作り、どういった制度にするか専門家に検討していただきました。自分の選んだ自治体に寄附をして、一定の上限はあるものの、寄附額のうち自己負担5,000円(現在は2,000円)を除いた額が原則として住民税と所得税から全額控除されるという制度の仕組みができあがりました。(「ふるさと納税制度の創設者の菅義偉前首相にインタビューしました!」:https://furusato-nippon.com/column/detail/164

「いじめは風化しない」って?

 教師・教育を巡って、コラム二題 全国的に学校教師不足が続いています。理由はいくつもあるでしょうし、地域事情も加わるとなると、悲しいかな、問題解消の目処も立たなくなるような思いに駆られます。コラム「海潮音」の指摘にあるように、鳥取県の昨年度採用は、採用予定数に対して6割確保がやっとだった。少子化現象が何処においても生じていることを考慮すれば、この危機的状況は「学校教育」の現状維持すらが極めて困難であることをはっきりと想定させる。(左横・右下図表は、いずれも2022年・文科省調べによる。読売新聞掲載)

 どうして若い人たちが教師(教職)を志望しないのか。この理由は単純。教員職場が極めて魅力に乏しいからです。乏しいという以上に、避けたい仕事と若者に判断されているのが「教員」「教職」だと思う。そこには「競争」はあっても「教育」が存在しないし、文科省等の教育行政政策はそれに輪をかけて、「競争という名の非教育」を煽っているからです。いっそのこと、学校を「競争解放区」にするとどうなるか。「海潮音」氏は「風がさやかで、山々が緑あふれるこの季節になると、山の学校で育った子どもの頃を思い出す」「先生は偉大で、特別の存在であった。何でも相談でき、一緒に遊んでくれる。時には厳しく、兄や姉のようでもあった。一人一人の顔が今でも鮮明に浮かぶ」と書く。ぼくにはまるで悪い冗談、白昼の「夢想」に思われてます。「本当に素晴らしい学校時代を送られたか」と、実はぼくの中に、大きな疑問が膨らむのを止められませんでした。その真偽の程は問わないにしても、何十年も過ぎてもなお、このように「記憶の核」に一人ひとりの教師が位置しているというのは、とても「さいわい」な学校時代を過ごしたと言えるでしょう。

 教員不足と少子化は事情が似ているようにも思えてきます。教師の働く環境が輝いていないことと、子どもを産み育てる環境の貧困は、あるいは同心円内にある、現下のこの社会の問題そのものではないかとさえ思ってしまう。教師志望者を増やすことに懸命になるのはいいとして、位階や上下関係にガチガチに固められている、窒息するばかりの職場に魅力を感じる人がいるとは、ぼくにはとても考えられない。まず、そこを変えようとしないと。出産・育児・教育という一連の「生長・成長」が求められる人間の環境の劣悪さを考えれば、多くの若い人たちは、子どもを生むこと(同じく、教職につくこと)に躊躇せざるを得ないのでないか。

 今でも「監獄」「軍隊」「工場」などと「学校」を捉える子どもは少なくないでしょう。規則・管理ずくめの学校は、まるで「子どもには判断力は無用」とみなしているのでしょうか。同時に、それは教師に対しても同じような物差しが当てられているのです。個人の判断は無用というより、むしろ御法度だという、目に見える「規矩準縄(きくじゅんじょう)」が至るところに張り巡らされている。そんな不自由な場所・空間に勇んで出向く酔狂な人間がいくらもいるとは考えられもしないのです。

【海潮音】「先生はふるさとの山 風薫る」(日野草城)―。風がさやかで、山々が緑あふれるこの季節になると、山の学校で育った子どもの頃を思い出す◆先生は偉大で、特別の存在であった。何でも相談でき、一緒に遊んでくれる。時には厳しく、兄や姉のようでもあった。一人一人の顔が今でも鮮明に浮かぶ。「将来は先生に…」と作文に書いたことも。高校時代は青春ドラマの“熱血先生”に憧れたものだ◆全国的に教員が不足し、かつては狭き門だった鳥取県でも事情は同じ。昨年度は採用予定270人に対し、採用者は161人にとどまり、3年連続割り込んだ。特に小学校は深刻だ。合格しても辞退者が多く、県外に流れている現実がある◆6月県議会でも鳥取大の教育学部復活問題や教員確保対策、教育現場の働き方改革などに議論が集まった。少子化対策は県にとって最優先の課題。鳥取大でも教員になれることを知らない人が多い。県と大学が連携し、何とか地元に残って先生を目指す学生が増える方策を考えられないものか◆手元に1冊の本をいただいた。元高校教諭の片山長生さんの『闇の中に灯りを』。昭和時代の一高校教師の思いに共感を覚えた。せめて孫の世代に“ふるさとの山”のような先生を残してあげたい。(寺)(日本海新聞・2024/07/02)

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 以下のコラム「斜面」を読んでいて、その趣旨は理解しますが、小見出しとして「いじめは風化しない」とある、その意味がよくわからなかった。放置しておいても「風化しないいじめ」ってなんですか。自動詞が働くのは「いじめの当事者」であって、その大半は「被害者」です。しばしば、ぼくは聞いたものです。「足を踏んだものは、その事を忘れる(風化する)けれど、踏まれた人はずっと忘れない(風化させられない)のだ」と。被害者の胸の内や記憶の中では「いじめ(られたという事実)は風化しない」というのなら、辛いけれど、それは認める。精神科の臨床医だった中井久夫さんの「戦時中の小学生の頃に受けたひどいいじめ」「(その記憶は)62歳の私の中でほとんど風化していなかった」というのは、ぼくも何処かで触れたように、その「いじめ被害体験」は、中井さんの、ある意味では医師になるべき出発点となる経験だったと思う。

 中井さんを含め、いじめを経験した人の(だれもの)「経験は風化しない」のは当然でもあるでしょう。いじめや震災などの激しい被害を受けた、その記憶はつねに記憶内にとどまり続け、時には「PTSD」として生活の安寧を大きく阻害するからです。しばしば、「事件(被害)を風化させてはいけない」といわれる。他者から見れば信じられないような「悲惨な経験」も、しかし、時間が経てば、他者の記憶からはいつかは消えてしまう、諸々の記憶の一つにすぎません。だから、「周年」を期して「被害・被害者」の過酷さや痛みを想い起こす必要があるし、あったのでしょう。それが歴史を生きるということの証でもあります。でも、広島の惨禍は、かくして忘れられつつあるのです、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と。それをいうのは「お前たちか?」と、犠牲者は、いつの世にも存在する「生者」に問いかけている。

 「北海道旭川市で3年前に凍死した中学2年の女子生徒は、いじめによる自殺だったと認定された」と報道されている。この問題についてもこの駄文集録では触れています。数え切れない「いじめ・自殺」問題(事件)の中でも、学校や教育委員会当局の対応の拙劣・非教育的な振る舞いは、きわめて常軌を逸したものがあったと思う。いまなお、その非人道性が「第二次被害」を被害を受けた関係者に与え続けている。これもどこかで触れましたが、長崎の私立学校における「いじめ・自殺」問題に関係する当局者たちにも、この反教育・反倫理的姿勢が認めれる。自らの責任逃れとして「死人に口なし」論の一点張り、「いじめは風化しない」どころか、そもそも風化しようがない、「いじめはなかった」論に終止し、問題の責任を他に転嫁しているという、言葉にならない「学校・教育」の退廃の渦に身を潜めるという寒々しい風景が遠望できます。

【斜面】いじめは風化しない 阪神大震災で心の傷を負った被災者にさまざまな症状が目立ち、海外の研究書をひもといていた時のこと。精神科医の中井久夫さんは、半世紀前の体験がふつふつとよみがえるのを覚えた。戦時中の小学生の頃に受けたひどいいじめだ◆読書や芸術が好きで体が強くない「文弱の徒」と非難され、上級生から繰り返し暴力を受けた。代わりに宿題をしてやることで生き延び、自らは誰にも暴力を振るわないことで誇りを保った。その記憶は「62歳の私の中でほとんど風化していなかった」◆子どものいじめも心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こすのではないか。そう気づいてまとめた論考が1997年発表の「いじめの政治学」だ。その過程を人間の奴隷化と捉え、被害者は孤立化、無力化、透明化を経て出口のない絶望へ追い詰められていくと分析した◆北海道旭川市で3年前に凍死した中学2年の女子生徒は、いじめによる自殺だったと認定された。クラスから疎外され、先輩らにもいじめられて自殺未遂をする。転校したが、PTSDを発症し、亡くなる直前まで自尊感情の低下などに苦しんだという◆いじめではなく加害生徒の問題行動とした学校と市教委は、遺族と信頼を築けなかった。再調査でようやく前進した。先の論考はいじめ対策の糸口も示す。被害者の安全を確保し、孤立感を解き、孤立させないと言葉をかけ実行する―。悲劇を防ぐのは、大人の意思と行動だと教えている。(信濃毎日新聞・2024/067/02)

 「被害者の安全を確保し、孤立感を解き、孤立させないと言葉をかけ実行する―。悲劇を防ぐのは、大人の意思と行動だ」という中井さんの示唆が被害(悲劇)防止の第一の条件だとコラム氏は書くが、そもそも、「悲劇」「被害者」などという認識は問題の当局者には見当たらないのだから、手のうちようがないとも言えます。この学校の教頭(事件当時)は公言・広言している。みなさんは「被害者の人権」を言われるが、「死んだ人間の人権」より「生きている生徒たちの人権」のほうが大事…といったのだ。こいう言葉を人前で口に出す人間もまた、「教師の仮面」を被って生きている、教育を踏みつけている人だと、ぼくは言いたくもなる。

 教師不足は大問題だろうが、それを克服する方途はいくらもあるとぼくは考えています。ここではそのいくつかを述べるつもりはない。「ない知恵を絞って」困難を超えてゆくのもまた、現場の仕事です。地域の教育界という極めて狭く陰気な環境にあってなお、「立身出世」を希(こいねが)う、それだけが生きがいかと思われるような志の小さい教師(おとな)たちが幅を利かせているんのが学校だったとするなら、そんな学校はいらないさ。顰蹙を買うことを承知で言う、教育の根本義も、目標とする方向も、結局は「自己教育」に尽きる、と。学校や教師(もちろん親も含まれる)の、子どもに対してなしうる最良の貢献は「補助」「介助」であると思う。自転車に乗り始め、どの自転車にもついている「補助輪」、それこそが、教師に仕事(役割)です。いづれは「取り外される」、無用になるのが運命。その「補助輪」の分際が、何を出しゃばるかという、大人に対する「不信の念」が、あろうことか、ぼくをこんな人間にしてしまったのです。それを嘆くのでも悔いるのでもない。補助に頼り切りにならなくて幸いだった、そう言いたいのだ。

 ぼくは自分で「補助輪」を外したのではなく、最初から大人用の自転車(補助輪なし)で、何度も転びながら、怪我をしながら、近所の店の入口の大きなガラス戸に倒れ込んで、ガラス代を弁償させられながら(とても高くついた)、そして親に叱られながら、いつかしら一人前に自転車に乗れるようになっていたのでした。むしろ、補助は無用だったのだ。補助輪の助けで「自分で乗れる」と錯覚させられた馬鹿大人が、どんなにこの社会を息苦しく、薄汚いものにしてきたことか。                                                                        (参考資料:中川七海「保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~」・https://tansajp.org/investigativejournal_category/hoshin/

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電車とバスの運転手、どっちが?

 本日から七月。作夜来の雨が残り、強風が吹いています。(只今は朝五時)周りの道端にはさまざまな草が勢いよく伸びているし、わが庭にもその勢いは及んでいる。一ヶ月ほど前には苦労して刈り込んだつもりでしたが、今はすっかり新たな草々が、それぞれに「我が世の夏」を謳歌している風情です。梅雨とはいうものの、その規模を遥かに超えた大雨・豪雨の洗礼を受ける地域が出ています。能登半島震災から、半年経過。復興は遅々として進まず、いよいよ、復興ではなく移転・移住の選択の余地しかないというのが現実です。その現地の姿は、このところ特に注意して観ようとしてる「福島原発爆発事故」被災地の「復旧・復興」のあられもない軌跡をたどっているように、この二つの被災地が重なって見えてきます。

(ヘッダー写真は日本気象協会「7月2日は半夏生(はんげしょう)。七十二候の一つ「半夏生(はんげじょうず)」で、夏至の第三候にあたります。サトイモ科の烏柄杓(からすびしゃく)という毒草の漢名である、「半夏(はんげ)」が生える時期の意味です」:https://tenki.jp/suppl/miyasaka/2018/07/02/28241.html

 内外いずれも多端というほかないような、混乱と対立の時代が佳境に入った感があります。「辛酸入佳境」とは足尾鉱毒事件に対峙した田中正造(1841~1913)の「狼煙」の言でした。鉱毒事件の元凶であった明治政府に迫るも、見事、一敗地に塗れた存在の遺言でもあったでしょうか。この国では、長年政権を占め続けている政党の政治腐敗が隠しきれないまま、更にそれを加速させる勢いで、グロテスクな政治闘争が始まっています。現下の政治的蒙昧境の「元凶」と思しき故元総理が凶弾に倒れたのが約二年前の七月。この亡国政政治家の衣鉢を嗣いだ現政権の「金権政治」も留まるところを知らないよう。首都の知事選も終盤を迎えてなお、現職候補が長年に蓄積された「詐称履歴」をものともせず、いや、むしろ「ものともさせない」愚昧選挙人の支持を受けて、その三選は「盤石」と、御用報道機関は伝えている。各地・各所の権力末端組織(警察・検察等)は「人権蹂躙」の犯罪累積事実を隠蔽・糊塗しつつ、さらにその横暴三昧・傍若無人の振る舞いを止める気配はない。

 宗主国たる米国は自らの「植民地」において、いまもなお各地域住民の「生命・人権」を脅かしつつ、「被植民地国」権力の鉄壁の防御に守護され、犯罪においても恣(ほしいまま)の愚挙に出ています。ぼくは何々宗の信徒にあらず、単純素朴を旨とする、「弱者故に、弱者の側に立つ」というささやかに過ぎる人生観に生き死にしたいと念じているものです。そんな「小人」であっても、見て見ぬふりが出来ない事々があまりにも続きすぎます。命からがら、生き絶え絶えにあることを自覚しながらの、にもかかわらず(nevertheless)、「人権尊重」に殉じたいと、命を投げ出す覚悟ばかりは出来ている(つもり)。

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 数日前の東京新聞コラム「筆洗」で、現下のこの劣島国現実の「醜状一面」が暴露される風でした。世に「世襲」に関する議論が、特に政治方面で喧(かまびす)しい。その根っこには、過半を占める「持たざる者たち」の「羨望」「怨嗟」が仄見(ほのみ)えるのは当然でしょう。なに、羨ましく思う必要など、何一つないですよ、とぼくは言いたいね。貧乏に生まれてこそ、金持ちや富者の「薄汚れた根性」「守銭奴魂」がどれほど人間性を貶めるかがわかろうというもの。加えて、貧者の悲しさ、苦しさが身に備えられているからこそ、「惻隠の情」もまた、湧いてこようというもの。そういうことがないと言うなら、育ちや環境に左右されるだけの、まるで川に浮かぶ腐葉のごときもの。どこにおいても「表」があれば「裏」もある。「表入学」の横側には必ず「裏入学」あり。表であれ、裏であれ、入ることに意味・価値があるのではないと知ることは大事だとぼくは経験から学んだ。

 「大学」など、その気になれば何処にだってある。看板ばかりが仰々しいのは、その実は「大学」なんかではないと知ることも大切ですね。「政治家三代」と持て囃されつつ、実際に人民や国民のためにどんな政治をしたか、しなかったか。彼らがいてもいなくても、この社会は同じように続いていただろうし、いやいなければ、もう少しまともな方向に進んだかも知れぬと思うばかりです。ぼくには、言うまでもなく「銀の匙」もなければ「三塁ベース」に恵まれもしませんでした。それだから、駄目人生を歩かされれた、と思う理由は何処にもない。

 「水清ければ、魚棲まず」というのはどういうことか。常用の辞書には「水が清冽 (せいれつ) すぎるとかえって魚は住まないものだ。人格が清廉にすぎると、かえって人に親しまれないというたとえ」(デジタル大辞泉)とあります。ぼくはそうは考えませんね。人に親しまれない「清廉にすぎる人格」とはどういうものか。ぼくにはそんな人間がいるとは思われない。まるで、「少々汚れた人間のほうが他人から親しまれる」と諭しているようでしょ。アホ臭い。「清廉」とは「心が清らかで私欲がないこと。また、そのさま。廉潔」(同前)と出ている。またしても、そんな人間が何処にいるんですかと、尋ねたいね。生きている限り「欲」は出るし、「清らかならざる心境」に陥ることもある。欲ばかりあって、「清らかでない心」でしか生きられない人もいないでしょうに。要は「加減」「程度」の問題。

 泰西の一高校教師が言った、「鳥は焼き鳥になって落ちてこない」と。「棚から牡丹餅」は無精者の寝言のように、若いぼくには聞こえました。「清廉」であろうとする、それが生きることの姿勢です。また、この高校教師は生徒に質問した。「電車の運転士とバスの運転手の、どちらがしあわせか?」と。さあ、どうでしょうか。

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【筆洗】英語の「銀のさじをくわえて生まれてくる」とは親の富や地位に恵まれている子どもの意味だが、スウェーデン語のこの妙な表現も銀のさじに近い。「エビサンドにのってすべっていく」。親の力などで「働かずに安楽に暮らしている」という意味だそうだ▼日本語ならば「おんば日傘」が近いか。米国にはもっと皮肉な表現がある。「(野球の)三塁生まれ」。自分で苦労することなく、生まれたときから三塁という得点(成功)しやすい場所にいる人を指す▼東京女子医大の推薦入試を巡る疑惑が持ち上がっている。三塁上でさじをくわえ、日傘で守られつつ、エビサンドにのっている人。疑惑を聞いてひどい絵が頭に浮かぶ▼大学同窓会組織が推薦枠を決める際、この組織への寄付金額を判断材料にしていたとの指摘がある。文科省は学校法人や関係者が入学に関して受験生側から寄付金を受け取ることを禁じているが、疑惑が事実ならば、寄付次第で推薦が決まる不公正な制度とみられても仕方なかろう▼推薦枠の対象は卒業生と在校生の3親等以内の受験生。受験生に非はなけれども、公平に実力が試される受験で銀のさじや三塁生まれがはなから有利になる同窓会組織の推薦制度も聞いていて、どうも釈然としない▼事実解明を急ぎたい。同窓会組織や寄付とも無縁で、夏の暑さにも黙々と机に向かっている受験生がいる。(東京新聞・2024/06/28)

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「徒然に日乗(607~613)

◯2024/06/30(日)好天が続く。本日も終日自宅内に。このところあまり歩かなくなったせいか、足取りがもたつくのはどうしたものか。一定の時間をかけて、それなりの距離を歩かなければならないということ。庭作業が続いていたのと、高温が災いして、無理をしないことを心がけていたが、テキメンで、「足腰の弱り」の兆候が出始めた感がする。自分の想定している以上に老化が進んでいるのだろう。(613)

◯2024/06/29(土)昨日とは一転、朝から快晴。昨夜の雨もあまり大降りにならなかったのは幸いだった。▶午前中に買い物に茂原まで。極端に暑い日ではなかったので、帰宅後、少しは庭作業でもと思ったが、自重した。ようやく「異常に高い数値」の血圧もやや落ち着いて、この一週間ほどでは初めて140台がで、午後には120台が出るようになった。そうなると、不思議と言うか、血圧測定器がおかしいのかも、などと疑い出す。しかし、実際に頭の重さも取れたように感じられ、以前ほどフラフラはしなくなったのは確か。だからと調子に乗って何かをやりだすと碌なことにはならないので、今少し慎重に判断したい。(612)

◯2024/06/28(金)終日降雨が続いた。間断なく、時にはかなり激しく降った。夜半になっても変わらずに降っている。本日も静岡あたりで「線状降水帯」が発生、豪雨による被害が出た模様。▶沖縄で、米軍将兵による女性に対する性加害(性被害)が発生していたし、それを米軍も日本警察も知っていながら、沖縄県庁に対して報告をしていなかった事件が発覚。米軍はもちろん、日本政府や外務省の許しがたい情報操作に関して、この先、どのような落とし前をつけるのだろうか。▶米大統領選挙前の討論会が行われ、事前に予想(危惧)されていた事態が発生した。バイデン大統領の「健康問題」だ。この件に関して、早い段階から「大統領職は無理」、候補者の交代が行われるだろうと、素人なりにぼくは考えていたが、その通りになる様子。共和党の大統領が当選すると、予期せぬ事態が起こる危険性が生じることも大いに考えられる。(611)

◯2024/06/27(木)本日は比較的凌ぎやすかった。梅雨の間隙のような天候だった。▶午前中に猫缶の買い出しで土気に。毎月のフロントラインの点滴は、大方はなんとか終わったが、4匹はまだ未実施。いずれも同じ時期に同じ親から生まれた八つのうちの4つだ。この時は「やつ子」だったので、食事をやるのに大童で、ゆっくりと一つずつと付き合うことが疎かだったと反省している。だから、成長するに応じて、猫本来の気性を出して、なかなか懐(なつ)いてくれないのだ。中には二回連続でフロントラインを忌避しているものもいて、近日中には何としても実施したい。▶梅雨入りはしたというが、それらしい天気が長続きはしない。沖縄あたりは「梅雨明け」のようだし、今夏の梅雨は、あるいは、もう関東地方でも梅雨が開けたのかもしれない。(610)

◯2024/06/26(水)本日も終日自宅内に。このところ連日、真夏日や猛暑日が続いている。すっかり体力に自信が持てなくなった今、可能な限りで、体力が消耗しないように気を使っている。昨日よりは風もあり、やや凌ぎやすかったとはいえ、少し動けば汗ばむので、水分補給もこまめに。お茶なども含めれば、少なくとも水分を一日1㍑以上は摂取している計算。激しい暑さは始まったばかりで、この先の「猛暑」が気遣われる。▶庭を含めた敷地内の除草を(含めた清掃)作業は、このところの暑さで一休み状態。かなり刈り込んでおいたところが、すっかり新しい草類で密集している。まさしく「胸のすく想いだ」と言ったところか。本格的な「梅雨」の様子が気になるところ。天気と体力に相談しながらの猛暑下の野外作業に腐心中である。(609)

◯2024/06/25(火)朝、6時半ころに生ゴミ出し。今日も暑くなりそう。「梅雨入り」の報道を聞いて数日間、かなりの雨が降った後、昨日は猛暑日(市原市)で、本日もそれに迫る暑さだと言う。ここに来て、暑さと湿度の二つの数値で体が萎えてしまいそう。年齢による衰えを感じるのだ。▶昼過ぎに買い物に、茂原まで。あまり暑い時には外出は控えたいが、やむなくの用件。▶血圧は少しずつ落ち着いてきている様子。ほとんどが140台。時間帯によっては160台に上がることもある。このままで急激な上昇がなくなると幸いだが。まだ油断できない。暑さも加わって、今夏はなかなかに要注意の毎日になりそう。▶数日前に燃やしきれなかった段ボールを少しばかり片付けた。まだ若干は残ったが、無理をしない。外に出ているだけで、日陰に入っても体に堪えるのがはっきりと分かる。(608)

◯2024/06/24(月)午前中からどんどん温度が上昇しているのがわかるほど、大変な暑さが襲ってきている。今夏、もっとも暑い日だった。隣町の市原市では猛暑日(35度超)だった。仕事をしている自室は、早くから三十度を越え、湿度も60%超えを記録していた。そんな暑さの中、ほとんど外に出ないで、室内で過ごしていた。午前と午後の二度ばかり血圧を測定したが、二回とも140台だった。数日前のような頭痛が軽くなっただけでも助かる想いがする。(この記録を書いている時間、夜の九時半過ぎでも、室内は二十九度を記録している。おそらく、今晩は「熱帯夜」であることは間違いないところ。(607)

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弱きを挫(くじ)き、強きを助ける

◉ 週のはじめに愚考する (第弐拾五)~ 「強気を挫き、弱気を助ける(suppress the strong and help the weak)」が、官憲(the authorities)の生命線(存在根拠)だったという昔話を聴いたことがる。誰からだったか、残念ながら記憶にない。あるいは「大岡越前」や「長谷川平蔵(鬼平)」らの捕物や裁きに魅せられていた、若い日のぼくの錯覚だったかもしれない。大岡越前や長谷川某が活躍する社会や時代には「普遍性」がある。それほどいつの時代でも「悪が蔓延(はびこ)る」こと夥(おびただ)しかったから、作り物であれなんであれ、「勧善懲悪」を為政者は看板として掲げておく必要を感じていたのだ。その「看板」を庶人に見せたかったのかもしれぬ。肝腎なのは「看板」そのもの、でも、やがては「看板倒れ」になってゆく。いずれにおいても、その実「勧善懲悪」ならぬ「勧悪懲善」というのが実相だったのは否定できないのだが、腐っても「看板」、朽ち果てても「暖簾(のれん)」なのだ。(ヘッダー写真は「腐っても検察庁」の腐った看板。内部の回路は巡り巡って内閣府に通じているらしい)

 いつの時代でも「悪(菊)は栄える 正義(葵)は枯れる」のが相場であって、もっともいけ好かないのは「正義の仮面をかぶる悪」であることもまず真実と言えるかもしれぬだ。石川五右衛門(1558?~1594)は「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」と言ったそうな。不勉強の祟(たた)りで、五右衛門の実人生の詳細は不分明だが、彼の「遺言」は確かだった。盗人、つまりは「悪人」は湧いて出るという次第で、時間を要して徐々にしか育てられない「善人」など、「悪」の前では物の数ではなかっただろうから。五右衛門が義賊であったかなかったかはさておくも、悪を懲らしめて、弱者・貧者を救恤(きゅうじゅつ)する、一種のヒーローは庶民から拍手喝采されたはず。だが、権力の側に身をおいて「月光仮面」を偽装する悪の手先もまた「尽きぬ種」の類で、その生命繁殖力は抜群だったろう。

 小心者のぼくからすれば、この手の「悪代官」はある種の連鎖状をなして蔓延(はびこ)っていると、考えるだに空恐ろしい。各地県警や地検などに決して限ることなく、仲間内の「犯罪」に目溢(こぼ)しが働く理由は何か。言うまでもなく、組織防衛といえば聞こえはいいが、要するに組織のトップの意向であって、在任中の「醜聞」が我が身に跳ね返ることを極度に恐れるからだ。全国至るところの「官庁(役所)」・企業では同様の「組織防衛」、その実態は「組織の無能トップの自己保身」に汲々とするさまが手に取るように見えている。ということは、各組織の頂点を目指す能力(他者をしのいで立身する欲望)は、学校教育でも養え、強化し得たかも知れぬが、悪に奔る己の「弱さ」を矯(た)める自制心・注意力はついに育てられなかった。

 昨日付け山形新聞のコラム「談話室」は、これまた、どこにでもいるだろう「職業倫理」に裏打ちされた正義派の「証拠をいじるとは信じられない」という純真無垢な「検事」の存在を明かしてくれる。もちろん、そんな検事や警察官がどこにも存在しないとは考えられないから、当人たちやブンヤさんにしてみれば、いかにも「証拠いじり(改竄)」は「腰を抜かす」ような、「荒唐無稽」の芸当だったと言えるでしょう。しかし、「証拠いじり」など朝飯前で、「別件逮捕」が「別人拘束」になり、それがきっと「冤罪」に変貌する事態は枚挙に暇(遑)なし、いかんとも否定できない現実です。そのための「証拠隠滅」など、いとも軽々しい振る舞いではあった。方々の国々の政情を一瞥すれば、「悪は栄える 正義は枯れる」実態があからさまですな。

 元大阪地検検事正が自ら陣頭指揮していた事件捜査の最中に「性犯罪」を重ねていたが、その犯罪の事実や捜査・拘束(逮捕)等の情報は、世間の眼には伏せられていた。今回の沖縄県の事件と同様「被害者への配慮」が表向きの理由だ。笑わせるんじゃないと行っても、彼らや彼女らは、そうしながら笑っているんだね。「盗人にも三分の理」もまた捏造されてきた。官公庁に蔓延している「呆れた行状」は「トップの自己保身」からの工作だったはずで、いわば、「恥の上塗り」とぼくたちは言うけれど、「悪の上塗り」は見えないところで繰り返されていたに違いない。

【談話室】▼▽2010年9月の朝。まだ布団の中にいたある検事は妻にたたき起こされた。「検事が証拠改ざんだって」。朝から何を言ってるんだよ、そんな荒唐無稽な話-。嫌々起き出して寝ぼけ眼(まなこ)で見た新聞に、腰を抜かした。▼▽1面トップで特報されていた記事は大阪地検特捜部の証拠改ざん疑惑。妻の話は本当だった。「証拠をいじるとは信じられない」。山形地検に勤務していた検事が、当時受けた衝撃をこう語ってくれたことがある。後に改ざんの組織的隠蔽(いんぺい)も発覚し、検察の信頼は失墜した。▼▽実直な人だったから、今回の不祥事にも大きく肩を落としただろう。元大阪地検検事正が準強制性交の容疑で逮捕された。同地検トップとして各事件の捜査を指揮していた時期の犯行とみられ、二重の衝撃である。逮捕した大阪高検は容疑の内容を一切明らかにしていない。▼▽性犯罪であるが故に、被害者への配慮は必要だ。だが何ら説明がないのは腑(ふ)に落ちない。事案は5年前。なぜ今、立件されたのか。検事正在任中に把握されていたのか。同じ捜査機関である鹿児島県警が“隠蔽”を巡り揺れている。どうしても、うたぐり深くなってしまう。(山形新聞・2024/06/29)

 時の総理大臣が「自己保身」のために検察人事を私物化し、閣議決定を以って「(気に入り)(お抱え)検事総長」を誕生させようとしたことがあった。(載せられる方、乗る方の双方に大いなる利権ならぬ「特権」がついていたのだ)数日前に、その経緯の実態が大阪地裁「判決」で明かされた。史上最長の在任期間を誇った「史上最低の悪辣・無能・虚言首相」は自らの犯罪行為の追及を恐れての「手下」作りに内閣全員が手を貸して(汚して)いたのだった。ぼくは、この屑総理に対して、その就任直後から、いや、それ以前の「北朝鮮による日本人拉致問題」に関わっている段階(官房副長官時)から、ひたすら「自己拡大」「自己保身」「自己防衛」に専念・狂奔していたと、口汚く罵っていたし、それを理由に何人もの「善意の人」たちから、ばくは激しく非難されていました。「凶弾に倒れた」挙げ句の「国葬」にも「死者に鞭打つ」かのような発言・批判を繰り返しました。今から顧みれば、この人物が「神輿に載せられた」結果、どれほど国勢腐敗、民心惑溺が昂進したか。「載りたがった奴」も悪なら、「載せたがった奴」もお粗末な「悪代官」だった(その底のところでは、この悪代官どもの「傀儡(かいらい)だったのが「屑総理」だったことは偽れない事実)。

 「汝自身を知れ」とギリシアの賢哲が語りました。反対に「自らに対して無知(無恥)」な輩は、それを野放しにしておけば、時にはとても迷惑なことになります。己の身に即した地位につける、つくなら幸いですが、そうでないほうが圧倒的に多いし、そうなれば、たくさんの不幸や不義が生み出されるでしょう。故元総理など、その典型だったと思う。身に添わない地位について、狂わないでいるのは至難の業。大半は有頂天になり、身も世も誤るのです。その「迷惑」「不誠実」には言語を絶するものがある。ぼくたちは、いま「なんとかミックス」を筆頭にした彼らがなした積年の悪政・恣意政治の「落とし前」を付けさせられているのだ。

 黒川氏の定年延長、文書開示判決 法務省協議の記録で大阪地裁 東京高検検事長だった黒川弘務氏=辞職=の定年を延長した2020年1月の閣議決定前に、法務省内で協議した記録などを不開示とした国の決定は違法として、神戸学院大の上脇博之教授が決定の取り消しを求めた訴訟で大阪地裁(徳地淳裁判長)は27日、一部の決定を取り消し文書の開示を認める判決を言い渡した。/徳地裁判長は判決理由で「合理的に考えれば(国家公務員法の)解釈変更は黒川氏の定年延長を目的としているほかあり得ない」と指摘した。/訴状などによると、政府は長年「国家公務員法の定年延長制は検察官に適用されない」との見解だったが、20年1月に法務省が検察官にも適用できると解釈変更。当時の菅義偉官房長官に近いとされた黒川氏の同2月だった定年が延長され、野党などから次期検事総長に就かせるための「官邸の意向だ」と批判が出た。/黒川氏は20年5月、新聞記者らと賭けマージャンをした問題が発覚し、訓告処分を受けて辞職。その後賭博罪で罰金20万円の略式命令を受けた。(東京新聞・2024/06/27)

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 「腐っても鯛」という。よく理解できない「言い草」です。多くは「すぐれたものは、いたんでもそれなりの値打ちは保っているということのたとえ」(デジタル大辞泉)とする。そうだろうか?「腐っても鰯(いわし)」とも言えるのに、ことさらに「腐っても鯛」とばかり言い触らされた理由は何か。活きがよくても、腐っものなら「腐った鯛は腐った鯛」、それだけではないでしょうか。ぼくは勝手に「腐っても鯛」と言い出したのは「腐った鯛」自身だと思っている。「腐っても、元総理」と他人が言うのではなく、元総理だった人間が絶叫するのだから、なんとも醜悪ですな、と思ってしまうのだ。「腐っても男だ」と当人が言いたいのではないですか。でも、正確に言うと「腐った男だ」となるはずで、これなら、自他ともに口にできるでしょう。

 「腐っても、(元)何々」と口に出すかどうかは別で、そんなケチな根性も人間を軽侮したくなる「プロバーブ(proverb)」だと言いたいのです。「痩せても枯れても、薔薇(バラ)だぜ、俺は」と叫ぶのはバラ。なんとも気の毒、と思う。「腐っても」「痩せても枯れても」組が多すぎますね、この社会には。「元⚫️✖️」を名乗る心境は、ぼくには、幸か不幸か、まず見られないのです。つまりは「名乗る」ほどのものではないという自覚が先に立っているんだ。

 現役のバリバリだった大阪地検幹部の「エース検事」が「性犯罪」に染まっていた、それが今では弁護士開業していたというのですから、世の中は甘いと言うか、「腐ってもニッポン」というべきですかねえ。「強きを挫き、弱きを助ける」のは実際にカッコいいし、望ましいが、そんな難しい、いや野暮なことに挑戦するほどの勇気も正義も根気もないのが「出世したがり」ではないかと見ている。何よりも「御身大事」が先立つから、大半の野心家は「弱きを挫き、強きを助ける」のでしょう。立身とか出世というのは「弱者を踏み台」にして伸し上がることの謂。「弱者」を踏み台にするのは、誰にもできる芸当ではありません。腹に一物、手に荷物を持っている輩に限ると言いたいね。

 目下蔓延中の「弱い者いじめ」「寄らば強い者の影(へ)」は、その趨勢が一向に衰えない。まるでボヤから発した大火の如し、大炎上中であります。しかし、いかなる「大火」もいつかは消える。「風前の燈火」「偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ」というではないか。問題はどこまで行ったら燃え尽きるかという話です。ここで言う「弱い者」は庶民、いかにも寄る辺ない個人でしょうし、反対に「強い者」は大小の権力にありついている輩です。この強いものには階級があって、下は小役人から、果ては総理大臣に至るまでとするなら、その「小国の総理大臣」は「大国」の手下・郎党になり下がっている次第ですから、結局は「弱き(瑞穂の国)」を踏み台にして、「強き(アメリカ)」に躙(にじ)り寄るという醜悪劇を「現代日本史」は展開しているのでしょう。ぼくたちも、そこでは「弱い者」の一人として「端役の端役」を振られている。可哀想なのは誰でしょうか?

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