毎日のように買い物に出かける。家を出て県道を走り、国道を走ってスーパーに行く。その間およそ10㌔。コンビニが三、四軒。その他、様々な種類の商店や店舗が軒並み林立している。この約10㌔の道程で、一体どれほどの「監視・防犯カメラ」があるのだろうか。数えたことはないが、おそらく百台を遥かに越えているのではないか。よく利用する中程度のスーパー内では方々にカメラが据えられている。これを「防犯カメラ」と称しているが、むしろ「監視カメラ」のほうがその用途(機能)を性格に表しているようだ。フーコーが「監視と処罰 監獄の誕生 (Surveiller et punir, Naissance de la prison)」を公刊したのが1975年。中でもよく知られるようになったのが「パノプティコン(一望監視装置)」だった。
それはまるで、今日の監視社会の到来を予言(確言)する著書でもあり、一読、現代社会の一画期になるような指摘にぼくは衝撃を受けました。監獄内で大勢の収容者を個別に監視するために発明された装置で、囚人からは監視者は見えないが、その行動は逐一監視されているというもの。今の監視カメラの性能や役割がどのようになっているのか、その詳細に関しては知識がない。しかし、刑事の専売だった「聞き込み」が不要になるほどに、カメラは刑事(警官)の役割を四六時中担っているのだ。おそらく、学校の教室にも、あるいは知らないだけで、各家庭にも監視カメラは設置されているのだろう。至るところに監視の目が光っている社会は、紛れもない今日の社会の現実なのだ。それは「安心」で「安全」な社会なのだろうか。とてつもなくイヤな社会だ。
法律が整っていて、それに照らして、犯罪に関わる何事かが「処罰」されるのは当たり前の社会機能だろうから、それに異を唱えるのではない。だが、この社会の現実(いつの時代もそのような「現実」があったろう)は、「小さな悪」は厳罰に処され、「大きな悪」は見逃されるのが通例だとするなら、それは実に奇怪な社会だと言うべき。「五輪選手が飲酒喫煙で出場辞退」はあまりにも厳しいという「優しさ」が社会に溢れるが、悪徳政治家の脱税や闇金問題には大甘の態度が社会全体に通底しているのはどうしてだろう。「規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい『処罰社会』の方こそ心配だ」とコラム氏は生意気かつ中途半端な感想を書いているが、権力者の犯罪には目も向けない、そんな自らの姿勢には痛痒を感じないという鈍感さもまた「心配だ」という一線を、とっくの昔に通り越している。社会倫理という箍(たが)が外れ、弱気を挫(くじ)き、強きに靡(なび)く現状、然るべき立場にあってほしい社会のセクターが、まるで「天に唾する」ような記事を冗談にもせよ、書いているうちは、まともに「法治国」だと胸を晴れる時代はいつまで経ってもこないでしょう。
「不失正鵠(ふしつせいこく)」という表現がある。その意とするところは、物事の中核を射抜くこと。これを疎かにして、新聞が新聞でありますか、たとえそれが「コラム」のような脇役の仕事であっても、だ。「破邪顕正(はじゃけんせい)」という仕事は「社会の木鐸」を任じていた新聞メディアの何より背骨になる仕事だった、そんな時代を今更に思い出してる。「強気を挫(くじ)く」、そして倒れて後已む。(信濃毎日新聞だけを槍玉に上げているのではありません)(*元信毎主筆・桐生悠々「辞世の句:蟋蟀(こおろぎ)は 鳴き続けたり 嵐の夜」)
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【斜面】処罰社会を憂う 校時代の過ちを温かく振り返ることができるのは幸せなことだとつくづく思う。昭和57年のある日。部室に隠した灰皿を先生が見つけた。緊急ミーティングにそろったのは心当たりのある者ばかり。みな下を向き、叱責(しっせき)を待っていた◆「僕もヘビースモーカーだから、偉そうなことは言えないんだが…」。顧問の先生は困ったような、切ないような顔で言葉を継いだ。「君ら、たばこがないと、青春を楽しめないかい」。軽薄な背伸びをグサリと突かれ、ワルどもは恥ずかしくなった―◆ルールを破ったと責めるのではなく、処分を科すのでもない。10代の貴重な日々のありようを問われた一言はとてもこたえた。今も思い出す。当世から見れば、生ぬるい「昭和あるある」話だろう。けれど、若気の至りに寛容で、本人の成長を待ってくれた社会は生きやすかった◆五輪代表だった19歳の学生選手が喫煙と飲酒の発覚で出場を辞退した。それとは別の学生選手の「事件」も、きのうの本紙で読んだ。飲酒などを叱られて、部のルールを60ページものノートに書き写すように指示された末、命を絶ったと、遺族が訴えている◆罪と罰はバランスが肝要だ。ルール違反を容認するのかとお叱りを受けるかもしれぬが、若き過ちは程度によって、もう少し柔らかく受け止めていいと筆者は思う。規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい「処罰社会」の方こそ心配だ。なにゆえ広がっているのか。時の流れを顧みる。(信濃毎日新聞・2024/07/25)
「中央大学フェンシング部」部員が自殺 パワーハラスメントが原因だとして遺族が当時の上級生3人と大学を提訴 5000万円の損害賠償を求める 東京の中央大学で、2年前にフェンシング部の男子部員が自殺をしたのは上級生のパワーハラスメントが原因だとして、青森県むつ市の遺族が当時の上級生3人と大学に、あわせて5000万円の損害賠償を求めて提訴したことがわかりました。/青森地裁へ提訴したのは、当時、中央大学フェンシング部に所属していた男子部員のむつ市に住む遺族です。/訴状によりますと、男子部員は1年生だった2022年6月に、上級生から飲酒をしたことや寮の掃除をしなかったことなどを叱られ、ノート1冊分ある部のルールを書き写すように指示されたということです。/男子部員は、5日後にノートを提出しましたが、上級生からノートが1ページ破れていることを指摘されたことでパニックになって外出し、東京都内で電車にはねられて死亡したとされています。/遺族らは上級生の行為が精神的、肉体的に過度な苦痛を与えるパワハラにあたり違法だとしたほか、大学はパワハラを防ぐための教育や指導がなく、安全配慮義務違反にあたるとして、あわせて5000万円の損害賠償を求めました。/中央大学は青森テレビの取材に対し、「係争中の案件であり、他の当事者のプライバシーに関わる事柄であることからご対応はいたしかねます」とコメントしています。(ATV青森テレビ・2024/07/24)
以下のような話題を伝えるニュースが先日来、問題視されている。「性犯罪歴のある選手は五輪出場を認めない」という世論、あるいは、過去のこと、いいじゃないか」とIOC。これをどう受け止めますか、「斜面」さんを初めとする新聞紙各位は。「規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい『処罰社会』の方こそ心配だ」と言うことでいいのでしょうか、それとも…。「白」と「黒」の間には、無限・無数の「白黒」「黒白」があります。何事においても、単純に二分化はできないのではないでしょうか。
性犯罪歴の選手、五輪出場が物議 男子ビーチバレーのオランダ代表 【パリ共同】パリ五輪の男子ビーチバレーに未成年者への性犯罪歴があるオランダ代表選手が出場し物議を醸している。IOCは過去の出来事だとして参加を擁護。しかし大会が「ジェンダー平等」の理念を掲げる中、女性支援団体から非難の声が上がっている。/選手はステフェン・ファンデフェルデ(29)。英メディアなどによると、19歳の時にソーシャルメディアで知り合った12歳の英国人の少女を強姦した罪で2016年に英国の裁判所から禁錮4年の判決を受けた。約1年間服役した後、オランダに移送され、間もなく釈放。17年には試合に復帰したという。/IOCのアダムス広報部長は27日の記者会見でオランダ・オリンピック委員会と協議を重ねてきたと強調し「10年前の犯罪だ。更生措置がなされ、強力な安全対策も講じられている」と述べ、出場を認めたのは正当だと訴えた。/28日、ファンデフェルデが初戦で会場に登場すると観客からブーイングが起きたが、得点で喝采も浴びた。/五輪出場禁止を求めるオンライン請願には9万8千人以上が署名している。(東京新聞・2024/07/29)(左写真:パリ五輪の男子ビーチバレーの試合に出場したオランダ代表のステフェン・ファンデフェルデ=28日、パリ)(ゲッティ=共同)
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「徒然に日乗」(635~641)
◯2024/07/28(日) 痺れるような酷暑が続く。隣町の市原牛久では39.8 ℃だったという。当地でも連日の夏日。庭のコンクリートと石畳上では五十℃を軽く超える。それにしても地球の軸がかなり狂ってしまったという気がするほどで、まだしばらくは酷暑が続くらしい。▶午後四時過ぎから、庭木の剪定や枝落とし。かろうじて日が陰った隙を狙っての作業だった。南天の木を三本ほどと紅葉を一本。いずれも大胆に剪定をし、すっかり明るくなった。庭の表面を埋め尽くしている草を刈り取りたいのだが、まともに日差しを受けるので、なかなか作業にかかれないでいる。裏庭では水遣りすらできないで三日も四日も過ぎた。▶選定した枝などを焼却したいのだが、焼却炉そのものが古い灰でかなりいっぱいになっているので、焼却灰などの始末から始めなければならない。裏庭も草が茫々だ。枝落としや剪定を待っている木々もたくさんある。いつになれば、ゆっくりと作業ができるのだろうか。(641)
◯2024/07/27(土) 連日の酷暑。山形や秋田方面では大変な集中豪雨に見見舞われていると言うのに、当地には全くの音沙汰がない。幸いなことかどうか。▶午前中に買い物。医療保険の1期分の支払い(八期まで、総計約三十万。まず医者に掛からないのはいいことなのか)。猫のドライフードなど。▶四時ころだったか、植木の枝落とし(剪定)をする気にまった。まずは、金木犀。思い切り枝を落とした。ずいぶんと丈夫な木であり、深く選定してもたちまちのうちに回復する。次に、苗木の段階から育てた「侘助(白椿)」。もう2㍍を超える大きさになった。これも思い切り枝を落とした。さらに南天。これも小苗からのもので、今では毎年のように思い切り背丈をつめてもすぐに伸びる。もう一本、紅葉(もみじ)を選定しようとしていたが、もう限界。体から汗が吹き出し、少しクラクラしてきたので、本日は作業中止。直ちに風呂場に飛び込んで、シャワーを浴びた。なかなか汗も引かなかったが、事なきをえた。▶夜の九時過ぎていたろうか。後輩のTくんから電話。三月に来ていただいて以来だったか。多忙な教師生活を送っているようで、声をかけるのも気兼ねする。酷暑に負けないで一学期を乗り切ったようだ。いつも長電話になるが、今日は特に長かった。時計を見ると十一時前だった。(640)
◯2024/07/26(金) 終日自宅に。酷暑を通り越えて、今や災厄の暑さで、「災暑」「厄暑」という言葉を使いたくなるほど。それでも足りないくらいの熱射状態である。連日、気の遠くなるような高温と多湿。おそらく家の外は40℃を遥かに超え、湿度は80%を越えているだろう。座っているだけで汗が吹き出してくる。流石に、このところ、短時間ではあるが、エアコンを使うようにしている。おそらく、近年にはないこと。かみさんともども「後期高齢者」、とても痩せ我慢するどころの気候ではないのだ。猫たちにも、それなりに異変が生じているのが分かる。森や林の中の涼しい場所を探して熱射を避けているのだろうし、夜になっても帰ってこない。これが習慣になるとどうなるのか。食餌だけを摂りに家に来るが、それ以外は、外暮らしになるかも。いくつかはこのところ顔を見ないのもいるようだ。(639)
◯2024/07/25(木) 午前中に買い物。車で走っていても、焼け付くような暑さが伝わる。クーラーは使わないから、なおさらに深刻な暑さだと実感する。午後8時を過ぎてお湿り程度の小雨が二、三回は続いたが、その程度だったからか、余計に蒸し暑さが募る。午後11時を過ぎて室温30℃超で、湿度は75%。文字通りの酷夜。▶9時過ぎに京都から電話。Y氏。かみさんはまだ帰らないという。すっかり目(視力)が悪くなって、年内に手術をするらしい。何かと孤独を託つのはいつもどおりで、それを嘆いている様子でもなく、むしろその境遇を弄んでいるようにも思われる。内心はいろいろなことを憂えているはずだと思うが。とりとめもない話ですっかり長電話。気がついたら一時間十五分も経過していた。(638)
◯2024/07/24(水) 気が遠くなりそうな暑さが続く。各地で雷雨が暴走しているが、当地ではひたすら灼熱地獄状態が続く。終日自宅内に。このところルーティンになりかけていた庭の散水も取り止め。おそらく40℃超の猛暑が当たり前になっている。さらに8月もかなり暑いと気象庁。(637)
◯2024/07/23(火) 朝七時過ぎに「生ゴミ」を集積所に。そこで、近所のTさんに出会う。彼女は日課の朝のジョギング中。午前と午後の二回に分けて8千歩を歩くという。すでに汗がびっしょり。ご苦労なことではある。早朝から猛暑の予告。昼すぎには隣りの市原市では39℃だとか。今夏、市原市が高温地域として常に上位に並ぶようになる。拙宅は、市原市と長柄町の境にある。毎日が「最高温度」を更新している気がする。▶お昼前に猫缶購入のために土気へ。いつもの缶詰とオヤツ類を買って、総計1万7千円余り。夏バテ気味の子が多くいるが、それでもなんとか食欲だけは維持している。家の中の方々に吐いている子もいる。夜中に外で寝ているので、体が冷えるのだろうか。風邪気味なのかも知れない。▶日課になったが、夕方の散水。いつも通り、およそ一時間。本日は裏庭にまでは手が回らなかった。(636)
◯2024/07/22(月) 強烈な酷暑。お昼ころに買い物に出るが、車の中は34℃。エアコンはまず使わないので、窓を開けて走行している。その時の道路からの照り返しが半端なものではないのが分かる。今年一番の猛暑だろうと思った。帰宅後も、家の外に出ないでいた。夕方四時過ぎには庭に散水。一昨日の豪雨もすっかり乾燥しており、いくらでも水が吸い込まれていくようだった。▶アメリカ大統領選の民主党候補者が現職大統領から現副大統領へと変わった。(まだ正式に交代したわけではないが、ほぼ確実か)どの程度の戦いになるか、予断は許さないが、ぼくの予感ではかなりの均衡状態が続くだろう。(635)
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