Kは死んでも椅子を放さなかった

 とても暑苦しい話になるのは避けられない。近頃の防衛省やその管理下の自衛隊(員)に不祥事が目白押し(それは決して「近頃」だけではないのは歴史が示している)。いわば「不正・不祥事の波状攻撃」です。その一々を例示しません。問題は、ほぼ死語になった「文民統制」とやらを、問題を巡る興亡の武器にして、与党(当事者)と野党が一戦を交える風があるかと想いきや、ほとんどが不戦敗であり、不戦勝でありました。ぼくは政治や政治家に何一つ期待もしないし、注文も付けません。それだけの値打ちのある政治でもなく政治家でもないからです。(「制服組は背広組を舐めきっている」のは何も、自衛隊に限らないでしょう。あらゆる官庁官吏(それを「制服組」と仮称)は背広組(政治家)を虚仮にしているのが、明治期以来の、この小島の伝統だったろう。

 酷暑の涼を得るのに「葛餅」があり、ぼくは時々賞味します。それに比して、今どきの政治や政治家は疾うの昔に「賞味期限」が切れた腐り者、いや、端から賞味期限など付与仕様のない「下手物(ゲテモノ)」「屑物」だったと言うべきでしょう。一昔前なら、政治家に失点があれば「陳謝」は愚か、「即、辞任(辞職)」していたと思われた。悪(不謹慎)の限りを尽くし、挙句の果てに秘書給与を横領していた弁護士兼国会議員が所属政党を離党(正しく離島かな)したというのがニュースになる時代です。辞めないんですね。厚顔無恥が政治家の代名詞か。政治家も落ちたが、弁護士も品性下劣になりましたね。

 防衛省や自衛隊の数え切れない不祥事に「文民統制官」たる防衛大臣も三軍の最高司令官たる総理大臣も辞めるという話は金輪際出てこない。辞めたからどうなるものでもないけれど、けじめを付けるだけでもいなくなってほしいと思うのは、選挙民や国民の寸志だとしても、そのささやかな願いさえ汲もうとはしない輩です。国防だの、集団的自衛権だのと御託を並べて、米国の尻馬に乗っている限りは「馘首」は免れると計算しているだけのこと。責任とは、責任を取るとは、そんな埒もないことを言うのも馬鹿らしくなるほどに、ここまで政治家の堕落を重ねてきて、ついに国民の期待を無にする(期待しても無駄だと思わせる)ことに成功したのだから、屑たちの腐敗の程度は一級品だと言いたいね。

【天風録】南極の氷 氷で喉を潤し、涼を取りたい。同じことを古代の人も望み、王朝貴族は氷室から運ばせた。氷を浸した酒が日本書紀に見え、「源氏物語」にも氷水などが出てくる。庶民は到底口にできなかった。だが冷蔵庫のある現代でも特別な氷はある▲例えばロマン漂う極地の氷。海上自衛隊の砕氷艦が南極から持ち帰った氷を、防衛副大臣が自らの選挙区で展示し、砕いて子どもらに配っていた。「金品でない」「その場で解けた」。公選法違反との指摘に釈明する▲自衛隊と防衛省で不祥事が相次ぐ。海上自衛隊は潜水手当の不正受給で逮捕者を出したのに防衛相に報告していなかった。「文民統制の観点で問題があった」と防衛相は陳謝した。文民統制はシビリアンコントロールとも。政治家など文民が軍事力を統制する原則のことだ▲さて南極の氷を、副大臣はどうやって入手したのだろう。自衛隊に対し、立場を利用したのではないか。ならば「シビリアンコントロールの発揮」を間違っている、と言わざるを得ない▲各地の学校に寄贈されてもいる南極の氷。子どもたちは興味津々という。選挙区で配れば、政治利用に当たる恐れを考えないか。氷山の一角でないといいが。(中國新聞・2024/08/01)

● ぶんみん‐とうせい【文民統制】= 職業軍人でない文民が、軍隊に対して最高の指揮権を持つこと。軍部の政治への介入を抑制し、民主政治を守るための原則。シビリアンコントロール。[補説]日本では、常勤の自衛官が在職のまま国会議員選挙に立候補することはできない。また、内閣総理大臣や防衛大臣・その他の国務大臣は、非議員からの任用であっても自衛官在職のままでは就任できない。(デジタル大辞泉)
● ぶんみん‐とうせい【文民統制】=〘 名詞 〙 ( [英語] civilian control の訳語 ) 文民が軍人を統制すること。軍の政治関与を防止するための策で、日本では自衛隊法内閣総理大臣が自衛隊の指揮監督権を持つと規定されている。(精選版日本国語大辞典)

 仮に防衛大臣が職を辞したら、当然その上司たる首相も雁首を出さねばならぬ。そんなことは「断じてあってはならぬ」ので、どんな失敗や不祥事を重ねても防衛大臣を初めとする各大臣は「重く責任を受け止めて」絶対に辞めないことが条件となって任命されているのだ。南極の氷を見せびらかし、選挙区の保護者や子どもたちに砕いて配ったという愚かしい防衛副大臣の身の処し方もしかり。彼が辞すれば、上司の防衛大臣も詰め腹を切らされる。かくして、馘首の連鎖が続くはずだが、この姑息因循な連中は、それ以前の歴代内閣の悪戦苦闘ぶりを学んでいるのだ。死にものぐるいで選挙に当選し、晴れて国会議員となった暁にはいずれ大臣に。その希望が満たされた以上、「木原は死んでも大臣の椅子を放さない」という決意で、地位を死守しているのです。「国防」などなんですか、それに比べれば。

 支持率一桁がなんだ、総理の覚悟は、防衛大臣のそれに数倍するものだろうと推察するが、それだけ「頑張れば頑張るほど、国民は迷惑するばかり」ということがわからないのですから、医者も匙を投げるはず。「頑張る」という単語が本来決していい意味では使われてこなかった、格好の見本ですね。カルト集団から選挙応援などの政治活動の支援を受けていたのにシラバクレル大臣がまだ居座っています。この防衛大臣も癒着組。こんな輩ばかりが屯している内閣で、国民の生活や暮らしがよくなる気遣いはないとはこのことですね。まるで覚めるときのない「真夏の夜の悪夢」ですな。

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観たくないものが飛び込んできた

 よほどでない限り(大災害が発生したとか)、ぼくはテレビを見ない。ただしかみさんはテレビ人間です。朝や夜の食事時にはいっしょだし、ニュースを見るためにテレビをつけるが、それ以外は全くテレビには目を向けることはない。このところ、とても嫌なのは、否応なしに五輪の映像がのべつに放映されているので、時間を構わずいろいろな競技の場面が目に入る。今回、柔道の試合で日本の選手が負けて「号泣」「慟哭」したということが大いに取り上げられ、賛否交々に論議されているようです。ぼくはほんの一瞬ですが、試合の映像が流れている時にテレビの前にいて、観るともなくみてしまった。詳細には触れない。観るべきでなかったと、深く悔いている。

 何が起こったかわからないまま、彼女は競技場を降り、やがて負けたことに愕然として「我を失った」のでしょう。場所をわきまえずに「泣きじゃくり」「号泣し続けた」。それにもぼくは深い違和感を持ったが、さらに嫌な気分になったのが、その場面を直近で、撫でるようにカメラで撮影していたもの(日本人だったろう)がいたこと。実に気味が悪い感情が走りました。まるで撮ってはいけないものを「盗撮」しているような、そんな不謹慎な撮影だったと思う。これは撮る側の暴力だと思いました。

 もちろん、これはぼくの全く個人的な感想です。それは、いま社会問題になっている「盗撮」行為ではなかったかといいたいほどでした。その後、各種新聞のコラムを見ても、同情おく能わざる書きっぷり。じつに嫌な気分の連続でした。似たような中から、たった一つ。「あぶくま抄」を挙げておく。 「残り1分。わずかなすきをつかれ、一本負けを喫した。きまぐれな勝負の神様のいたずらだろう。熱暑の列島の夜を『まさか』が覆った」というから、勝ったほうが悪いのだと言わぬばかりの、依怙贔屓。勝負は時の運ではあるが、弱いから負けるということでもあるだろう。「負けたことが許しがたい」と怒り、「負けるはずがないのに」と自己陶酔があったとしたら、それは明らかな勘違い。戦う前に負けているとも言えます。(どうして、記者氏はここに「原発事故」を持ち出すのだろうか)(「わが県民が優しく背中を押す」という部分も、どういうことですかと伺いたいもの)

 繰り返します、勝って嬉しく、負けて悔しいのは分かるが、他者を憚(はばか)らず「泣きじゃくる」のは、「傍若無人」の振る舞いであり、赤子のむずがるのに等しいといいたい。そんな「赤ん坊」の泣きぶりにいとも簡単に誑(たぶら)かされる記者や観衆もまた、実に困った腑抜けだといいたい。ぼくは運動は好きだし、一瞬の勝負にかける戦いを観るのは好きですよ。しかし、負けて悔しく、これみよがしに泣きじゃくる、あるいは審判の判定に文句(クレーム)をつけるのは、勝負を汚す行為だと思う。もちろん勝ちを信じて勝負に挑むのだろう。しかし勝ち負けは時の運、勝つときもあれば負けるときもある。それだけだ。勝つことしか考えない勝負というのはどういうものなんでしょうか。今回のこの一事だけではない。なんだか、五輪の勝負が、安っぽい「お涙頂戴」の猿芝居にだんだん近づいてきているようで、見せられる側が恥ずかしい。(見たくてみているのではない。ラジオも同様。いきなり五輪放送になっているのは、驚きであります)

【あぶくま抄】明日へ まさかは「目の前」を指す。打ち消しや反語を伴うと、「よもや」「いくらなんでも」の意味に。目先の出来事がにわかに信じられない。呆然の心持ちか▼柔道史に残る大番狂わせと報じられた。パリ五輪女子52キロ級で、東京大会に続く「金」を目指した阿部詩選手。絶対的な優勝候補は2回戦で技ありを奪い、有利に試合を進めていた。盤石と映ったのだが…。できることなら、時間を巻き戻したい。残り1分。わずかなすきをつかれ、一本負けを喫した。きまぐれな勝負の神様のいたずらだろう。熱暑の列島の夜を「まさか」が覆った▼一瞬にして目の前の世界が崩れる。13年前の震災と原発事故は、世のはかなさを教えた。安穏な暮らし、いとしい故郷、絆をつむいだ友…。あの日。「14時46分」の打刻が奪い去った宝は大きすぎて、いまだに言葉では表し切れない。日常はあっけなく途切れる。常に備えを。災厄の教訓を何度もかみしめる▼阿部選手は「勝ち切れなかった私がすごく弱い」と悔やんだ。4年後にはロス大会が待っている。きょうだいで手を取り、再び前へ。一歩の積み重ねこそ、揺るぎない明日を築く。そう証明した、わが県民が優しく背中を押す。(福島民報・2024/07/30)

 この事を考えているとき、ぼくは五十年以上も前の大相撲の勝負を思い出していました。1969年3月、大阪場所。横綱大鵬と平幕戸田の一戦。大鵬はその前日まで45連勝。勝負はあっけなく決まった。押しの一手で、戸田が勝った。物言いがついたが軍配通り。大鵬の連勝が止まったのです。ビデオでは横綱の足は土俵内に、戸田の足は土俵外に。行司差し違え(誤審)だった。

 その時、記者から「勝っていましたよ」と聞かされた大鵬は言った。「物言いのつくような相撲を取るほうがいけないのだ」と。ときに大鵬は二十九歳。番狂わせとか、予想外の負けなどというニュースを見る・聴くたびに、ぼくはこの時の横綱大鵬の発言を思い出す。負けるのは論外で、物言いがつくような相撲を取るのは弱いからだというのです。この横綱の言葉を、今回の二十二歳の柔道家に求めるのではない。勝つときもあれば負けるときもある。勝負は時の運、結果が出れば、潔くそれを受け入れるのがスポーツ精神じゃないんですか。あまりにも勝負にこだわりすぎ、想定外の結果が出れば、それを受け入れない態度があからさまなのは、実に醜悪だと思う。(その醜悪さの一部には「日の丸」が加担していないだろうかと、ぼくは嫌な気持ちで考えるのです)(大相撲で言うなら、この醜悪の極北だったのが、白鵬という横綱。審判の行事裁きに納得せず、土俵に上がらなと言う「抗議」をした。実にみっともない態度を見せたもの。それでも協会からお咎めがなかったのは、白鵬を未熟の横綱にした原因でもあったろう。「傍若無人」を看過・放置していたからだ)

 この柔道選手は、思わぬ敗戦を喫して、無性に悔しかったのでしょう。それならば、洗面所にでも行って泣いたらどうですか。その洗面所にまで入り込んで写真を取るような「盗撮行為」(だとぼくには思われます)は断じて排除すべき。それにしても、どうしてこんなに泣くんですか、勝って泣き、負けて泣く。泣くのは勝手です。それを見せつけられるのは、ぼく個人としては、断固拒否したいね。泣くなら勝手に、でも、他人に見えないところで、ね。それにしても、柔道でも体操でも、なんでも泣いたり号泣したりする「姿」に国旗がついて回るんですか。「お国のために」なんでしょうか。

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「長期休みは給食がないので恐怖」

【日報抄】〈まだかなぁ あと一か月 夏休み〉。2年前の8月、小学6年生のこんな川柳が本紙ジュニア文芸に載った。当時は新型ウイルスの感染が第7波を迎えていた▼大人も子どもも汗だくのマスク顔。外出しても周りとの距離を気にしていた。夏休みは始まったばかりなのに、満足に外遊びができない。早く休みが終わり、学校で友だちと会いたいな。そんなつぶやきが聞こえる一句だ▼プールや虫捕り、お盆に花火…。一生の宝ものになる思い出ができるのが夏休み。でも、それが当たり前などと思わないで-。そう思い知らされる調査があった▼認定NPO法人「キッズドア」の調べで、小中学生のいる困窮家庭の6割が夏休みは「短い方が良い」「なくて良い」と答えた。調査対象は約1400世帯で大半が母子世帯だった。主な理由は物価高騰による生活苦である▼寄せられた声は切実だ。「長期休みは給食がないので恐怖」「家族旅行に行った友だちをうらやましそうにしている」。旅行をはじめ、夏休みならではの体験を巡る格差も広がっているらしい。こうした格差が成長に影響する可能性も指摘されている▼この夏は新型ウイルスの流行が第11波を迎えたとされ、手足口病の感染も増えている。猛暑による熱中症の恐れも高まる。子どもの健康を心配する保護者も多いだろう。一方で、困窮世帯の夏休みを支援しようという輪も広がっている。「まだかなぁ」。夏 休み明けを待つ保護者や子どもに少しでも笑顔が増えますように。(新潟日報・2024/07/30)

 酷暑を突き抜けた灼熱の夏。遠く仏の地では「平和の祭典(詐称)」が開かれ、メダル争いで熾烈な国家間の戦いが続けられている。この島国のマスコミは、これ(邦人選手のメダル獲り)しか報道の価値がないかのように、パリからの「吉報」を繰り返し繰り返し垂れ流している(と、テレビを見ないぼくには思われる)、その異様な雰囲気に視聴者は日の丸の旗を振りながら、煽られ毒され、朦朧としているのかも知れません。余りの暑さに、この社会のマスコミはとうとうイカレてしまったのかと、ゾッとしている。ゾッとしたその直後にドット汗が流れる塩梅に、老人は息も絶え絶えの心地がしています。早く終わらないか「五輪狂詩曲」、と言う気もします。

 スポーツはするのも見るのも、ぼくは好きですから、世界のアスリートが記録を超えて競い合うことに問題があるとは想いません。しかし、どうして金メダルに国歌と国旗がついているのか、ぼくには腑に落ちないのです。これを観て「五輪とは国家の競い合い」だということがわかりますが、何故そうなのか、その根拠はいつまでもわからないままです。例えば日本選手なら、背中に日の丸を背負って、走り飛び泳ぐというのは、奇っ怪なことではないでしょうか。スポーツ精神は愛国心とは無関係だと、改めて主張したい気もありますね、余計なことですけれど。

 本日の「日報抄」、熱風・熱波に侵されて、上も下も乱痴気騒ぎのその裏側では、一日の食事もまともに摂れない子どもたちの実態の、ごく一面が書かれていました。「キッズドア」、ぼくはかなり早い段階からこの団体のサポーターの末席にいて、例によって、ささやかすぎる「貧者の一灯」ですが、ほとんど効力(光力)のないもどかしさを覚えながら灯し続けてきました。だからこそ、小さな声で語るのですが、このような母子・父子家庭の子たち、あるいは故あって貧困に襲われている子どもたちへ向けての大変な支援援助に心を砕いているNPO団体のいくつかに対して、それこそ恥ずかしいくらいの寄付(寸志)を続けています。余力があれば喜んでと言いたいところですが、われもまた貧者の喘ぎを隠さない、わが貧困生活の中から、短い蠟燭を捧げ続けているありさま。以下に、毎月届けられる、ある団体理事長からの最新のメールの一部を引用しておきました。

 かくも貧しい状況に追い込まれているたくさんの家族や子どもたちに、自発的な精神旺盛にして、奇特とも言うべき多くの支援を行っている方々に、それこそ頭の下がる思いをぼくは抱き続けてきました。とてもぼくにはできない、それらの活動に寄せて、責めてもの罪滅ぼしの如き、あるいはその隊列の末端につながっているという感情を持ちたいがために、我ながら足掻いているのかも知れないと自分では思うことがあります。口を開けば「自助努力」と言われ、「公助」を求めるなと切り捨てる政治や福祉政策の現状は現状。だからこそのヴォランティア活動が貴重に思われてくるのです。

多くの家庭で猛暑の夏休みが始まりました。先週、スタッフや協力企業の皆様とエアコンのない倉庫で汗だくになりながら、心を込めて箱詰めし、昨日より食料品の配送を開始しました。/最終的に申し込みがあったのが2,921世帯。昨年夏に比べて500世帯以上も増えており、当初の想定を大幅に越えていますが、申し込みのあった全世帯に食料品を届けます。/「学校の内科検診で、体重の減少でひっかかりました。満足な量を食べさせてあげられていないので申し訳ないと思っています」/「子どものオムツ、ミルクも中々買ってあげられないのでミルクは薄め、オムツはなるべくそのままにして 変える頻度を少なくしている。が、衛生面も良くなく、肌荒れしてしまいます」(ご家庭へのアンケートより)/子どもたちにとって、手元に届く食料支援は命綱です。/体験格差も深刻です。/夏休みのアクティビティの予定を聞くと、地域の夏祭りやバザーでも25%。海水浴やキャンプが8%、家族旅行は7%、水族館や美術館は5%で、「特に予定しているものはない」が52%と最も多いのです。/「地域のお祭りも小遣いを渡せないので、子どもも行きたいと言わなくなった」/「長期休みが明けると、家族旅行に行った友達の話を聞いて羨ましそうにしている」/という切ない声も多く届いています。/食料支援の世帯数も増え、必要な経費も増えています。ただそれだけでなく、皆様からのご寄付や応援のメッセージを見て、「自分たちは一人じゃないんだ」と勇気づけられている、という声もたくさん届いています。/夏休みの子どもたちに食料と学習支援・体験活動を届けるために、私たちが目標とする3,000万円まで、あと約100万円。どうか夏休みの子どもたちに食料と学習支援を届けるため、あと少しお力をお貸しください。(中略)理事長・渡辺由美子(認定NPO KIDSDOOR:https://kidsdoor.net/about/outline.html)

 同じようなNPO団体(ぼくも支援者の一人)で、先頃職員による「横領」事件が発生したという連絡が入り、法人認定を取り消されたことがあった。NPOだから、すべてが信用できるし、それは善意のかたまりで活動がなされているということはありえない。中には心得違いをする人間も紛れ込んでいると考えても不思議はない。心得違いをする人々は決して少なくないいのかもわかりません。法人の認定を受ければ、寄付金の税額控除が適応される制度が、一部の不届き者によって、法律の趣旨が踏みにじられるのは、いかにも許しがたいことだが、それでも支援や援助を求めている人々がいる限り、自発的な活動(ヴォランティア)を止めようとはしない人たちもいる。自分が何もできないのですから、この問題について「したり顔」で何かをいうのは大いに躊躇(ためら)われる。

 政治行政の出番はどこにでもあるが、どこにもあるというのは、一面ではどこにも出番がないということかも知れません。選挙のときだけ、甘いスローガンや優しい笑顔を振りまきはするが、それも済んでしまえば、大切な問題には背中を向けるのが落ちでしょう。「こども家庭庁」という官庁は作ったが、魂は入っていないのは先刻承知の事実。この国はどうしてこんなに貧困家庭や子どもが多いのかという嘆きはごく一部にしか届かないのでしょう。でもその「一部」が存在する限り、貧困や孤立化を防ぐための社会的網の目も途切れることなく続くでしょう。「困っているのは私だけではない」と想い、「自分も苦しいのだ」という状況意識が他者とつながる契機となるのではないかと考えている。

 社会(集団)が社会(集団)として成り立ちうるのは、構成員の裡に「相身互い身」という惻隠の心情があるからでしょう。その発端は家庭・家族でしょうが、その最初の一歩に躓く人が多いのも事実です。だからこそ、「相身互い身」は、偶然にしろ、「助けを求めている人」とつながる意思を持っているものには、避けてはいられない出会いの場への参加票(資格)なのだろうと思う。いろいろなニュアンスがありますが、当たり前に生きる、ごく平凡な人生を送るというのは、ある意味では「奇蹟」なのかも知れないと、時に深く考える(もちろん、愚考する、です)ことがあります。

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「監視」と「処罰」はだれのため?

 毎日のように買い物に出かける。家を出て県道を走り、国道を走ってスーパーに行く。その間およそ10㌔。コンビニが三、四軒。その他、様々な種類の商店や店舗が軒並み林立している。この約10㌔の道程で、一体どれほどの「監視・防犯カメラ」があるのだろうか。数えたことはないが、おそらく百台を遥かに越えているのではないか。よく利用する中程度のスーパー内では方々にカメラが据えられている。これを「防犯カメラ」と称しているが、むしろ「監視カメラ」のほうがその用途(機能)を性格に表しているようだ。フーコーが「監視と処罰 監獄の誕生(Surveiller et punir, Naissance de la prison)」を公刊したのが1975年。中でもよく知られるようになったのが「パノプティコン(一望監視装置)」だった。

 それはまるで、今日の監視社会の到来を予言(確言)する著書でもあり、一読、現代社会の一画期になるような指摘にぼくは衝撃を受けました。監獄内で大勢の収容者を個別に監視するために発明された装置で、囚人からは監視者は見えないが、その行動は逐一監視されているというもの。今の監視カメラの性能や役割がどのようになっているのか、その詳細に関しては知識がない。しかし、刑事の専売だった「聞き込み」が不要になるほどに、カメラは刑事(警官)の役割を四六時中担っているのだ。おそらく、学校の教室にも、あるいは知らないだけで、各家庭にも監視カメラは設置されているのだろう。至るところに監視の目が光っている社会は、紛れもない今日の社会の現実なのだ。それは「安心」で「安全」な社会なのだろうか。とてつもなくイヤな社会だ。

 法律が整っていて、それに照らして、犯罪に関わる何事かが「処罰」されるのは当たり前の社会機能だろうから、それに異を唱えるのではない。だが、この社会の現実(いつの時代もそのような「現実」があったろう)は、「小さな悪」は厳罰に処され、「大きな悪」は見逃されるのが通例だとするなら、それは実に奇怪な社会だと言うべき。「五輪選手が飲酒喫煙で出場辞退」はあまりにも厳しいという「優しさ」が社会に溢れるが、悪徳政治家の脱税や闇金問題には大甘の態度が社会全体に通底しているのはどうしてだろう。「規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい『処罰社会』の方こそ心配だ」とコラム氏は生意気かつ中途半端な感想を書いているが、権力者の犯罪には目も向けない、そんな自らの姿勢には痛痒を感じないという鈍感さもまた「心配だ」という一線を、とっくの昔に通り越している。社会倫理という箍(たが)が外れ、弱気を挫(くじ)き、強きに靡(なび)く現状、然るべき立場にあってほしい社会のセクターが、まるで「天に唾する」ような記事を冗談にもせよ、書いているうちは、まともに「法治国」だと胸を晴れる時代はいつまで経ってもこないでしょう。 

 「不失正鵠(ふしつせいこく)」という表現がある。その意とするところは、物事の中核を射抜くこと。これを疎かにして、新聞が新聞でありますか、たとえそれが「コラム」のような脇役の仕事であっても、だ。「破邪顕正(はじゃけんせい)」という仕事は「社会の木鐸」を任じていた新聞メディアの何より背骨になる仕事だった、そんな時代を今更に思い出してる。「強気を挫(くじ)く」、そして倒れて後已む。(信濃毎日新聞だけを槍玉に上げているのではありません)(*元信毎主筆・桐生悠々「辞世の句:蟋蟀(こおろぎ)は 鳴き続けたり 嵐の夜」)

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【斜面】処罰社会を憂う 校時代の過ちを温かく振り返ることができるのは幸せなことだとつくづく思う。昭和57年のある日。部室に隠した灰皿を先生が見つけた。緊急ミーティングにそろったのは心当たりのある者ばかり。みな下を向き、叱責(しっせき)を待っていた◆「僕もヘビースモーカーだから、偉そうなことは言えないんだが…」。顧問の先生は困ったような、切ないような顔で言葉を継いだ。「君ら、たばこがないと、青春を楽しめないかい」。軽薄な背伸びをグサリと突かれ、ワルどもは恥ずかしくなった―◆ルールを破ったと責めるのではなく、処分を科すのでもない。10代の貴重な日々のありようを問われた一言はとてもこたえた。今も思い出す。当世から見れば、生ぬるい「昭和あるある」話だろう。けれど、若気の至りに寛容で、本人の成長を待ってくれた社会は生きやすかった◆五輪代表だった19歳の学生選手が喫煙と飲酒の発覚で出場を辞退した。それとは別の学生選手の「事件」も、きのうの本紙で読んだ。飲酒などを叱られて、部のルールを60ページものノートに書き写すように指示された末、命を絶ったと、遺族が訴えている◆罪と罰はバランスが肝要だ。ルール違反を容認するのかとお叱りを受けるかもしれぬが、若き過ちは程度によって、もう少し柔らかく受け止めていいと筆者は思う。規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい「処罰社会」の方こそ心配だ。なにゆえ広がっているのか。時の流れを顧みる。(信濃毎日新聞・2024/07/25)

「中央大学フェンシング部」部員が自殺 パワーハラスメントが原因だとして遺族が当時の上級生3人と大学を提訴 5000万円の損害賠償を求める 東京の中央大学で、2年前にフェンシング部の男子部員が自殺をしたのは上級生のパワーハラスメントが原因だとして、青森県むつ市の遺族が当時の上級生3人と大学に、あわせて5000万円の損害賠償を求めて提訴したことがわかりました。/青森地裁へ提訴したのは、当時、中央大学フェンシング部に所属していた男子部員のむつ市に住む遺族です。/訴状によりますと、男子部員は1年生だった2022年6月に、上級生から飲酒をしたことや寮の掃除をしなかったことなどを叱られ、ノート1冊分ある部のルールを書き写すように指示されたということです。/男子部員は、5日後にノートを提出しましたが、上級生からノートが1ページ破れていることを指摘されたことでパニックになって外出し、東京都内で電車にはねられて死亡したとされています。/遺族らは上級生の行為が精神的、肉体的に過度な苦痛を与えるパワハラにあたり違法だとしたほか、大学はパワハラを防ぐための教育や指導がなく、安全配慮義務違反にあたるとして、あわせて5000万円の損害賠償を求めました。/中央大学は青森テレビの取材に対し、「係争中の案件であり、他の当事者のプライバシーに関わる事柄であることからご対応はいたしかねます」とコメントしています。(ATV青森テレビ・2024/07/24)

 以下のような話題を伝えるニュースが先日来、問題視されている。「性犯罪歴のある選手は五輪出場を認めない」という世論、あるいは、過去のこと、いいじゃないか」とIOC。これをどう受け止めますか、「斜面」さんを初めとする新聞紙各位は。「規則違反への厳罰ばかりが迫られる息苦しい『処罰社会』の方こそ心配だ」と言うことでいいのでしょうか、それとも…。「白」と「黒」の間には、無限・無数の「白黒」「黒白」があります。何事においても、単純に二分化はできないのではないでしょうか。

 性犯罪歴の選手、五輪出場が物議 男子ビーチバレーのオランダ代表 【パリ共同】パリ五輪の男子ビーチバレーに未成年者への性犯罪歴があるオランダ代表選手が出場し物議を醸している。IOCは過去の出来事だとして参加を擁護。しかし大会が「ジェンダー平等」の理念を掲げる中、女性支援団体から非難の声が上がっている。/選手はステフェン・ファンデフェルデ(29)。英メディアなどによると、19歳の時にソーシャルメディアで知り合った12歳の英国人の少女を強姦した罪で2016年に英国の裁判所から禁錮4年の判決を受けた。約1年間服役した後、オランダに移送され、間もなく釈放。17年には試合に復帰したという。/IOCのアダムス広報部長は27日の記者会見でオランダ・オリンピック委員会と協議を重ねてきたと強調し「10年前の犯罪だ。更生措置がなされ、強力な安全対策も講じられている」と述べ、出場を認めたのは正当だと訴えた。/28日、ファンデフェルデが初戦で会場に登場すると観客からブーイングが起きたが、得点で喝采も浴びた。/五輪出場禁止を求めるオンライン請願には9万8千人以上が署名している。(東京新聞・2024/07/29)(左写真:パリ五輪の男子ビーチバレーの試合に出場したオランダ代表のステフェン・ファンデフェルデ=28日、パリ)(ゲッティ=共同)

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「徒然に日乗」(635~641)

◯2024/07/28(日)痺れるような酷暑が続く。隣町の市原牛久では39.8 ℃だったという。当地でも連日の夏日。庭のコンクリートと石畳上では五十℃を軽く超える。それにしても地球の軸がかなり狂ってしまったという気がするほどで、まだしばらくは酷暑が続くらしい。▶午後四時過ぎから、庭木の剪定や枝落とし。かろうじて日が陰った隙を狙っての作業だった。南天の木を三本ほどと紅葉を一本。いずれも大胆に剪定をし、すっかり明るくなった。庭の表面を埋め尽くしている草を刈り取りたいのだが、まともに日差しを受けるので、なかなか作業にかかれないでいる。裏庭では水遣りすらできないで三日も四日も過ぎた。▶選定した枝などを焼却したいのだが、焼却炉そのものが古い灰でかなりいっぱいになっているので、焼却灰などの始末から始めなければならない。裏庭も草が茫々だ。枝落としや剪定を待っている木々もたくさんある。いつになれば、ゆっくりと作業ができるのだろうか。(641)

◯2024/07/27(土)連日の酷暑。山形や秋田方面では大変な集中豪雨に見見舞われていると言うのに、当地には全くの音沙汰がない。幸いなことかどうか。▶午前中に買い物。医療保険の1期分の支払い(八期まで、総計約三十万。まず医者に掛からないのはいいことなのか)。猫のドライフードなど。▶四時ころだったか、植木の枝落とし(剪定)をする気にまった。まずは、金木犀。思い切り枝を落とした。ずいぶんと丈夫な木であり、深く選定してもたちまちのうちに回復する。次に、苗木の段階から育てた「侘助(白椿)」。もう2㍍を超える大きさになった。これも思い切り枝を落とした。さらに南天。これも小苗からのもので、今では毎年のように思い切り背丈をつめてもすぐに伸びる。もう一本、紅葉(もみじ)を選定しようとしていたが、もう限界。体から汗が吹き出し、少しクラクラしてきたので、本日は作業中止。直ちに風呂場に飛び込んで、シャワーを浴びた。なかなか汗も引かなかったが、事なきをえた。▶夜の九時過ぎていたろうか。後輩のTくんから電話。三月に来ていただいて以来だったか。多忙な教師生活を送っているようで、声をかけるのも気兼ねする。酷暑に負けないで一学期を乗り切ったようだ。いつも長電話になるが、今日は特に長かった。時計を見ると十一時前だった。(640)

◯2024/07/26(金)終日自宅に。酷暑を通り越えて、今や災厄の暑さで、「災暑」「厄暑」という言葉を使いたくなるほど。それでも足りないくらいの熱射状態である。連日、気の遠くなるような高温と多湿。おそらく家の外は40℃を遥かに超え、湿度は80%を越えているだろう。座っているだけで汗が吹き出してくる。流石に、このところ、短時間ではあるが、エアコンを使うようにしている。おそらく、近年にはないこと。かみさんともども「後期高齢者」、とても痩せ我慢するどころの気候ではないのだ。猫たちにも、それなりに異変が生じているのが分かる。森や林の中の涼しい場所を探して熱射を避けているのだろうし、夜になっても帰ってこない。これが習慣になるとどうなるのか。食餌だけを摂りに家に来るが、それ以外は、外暮らしになるかも。いくつかはこのところ顔を見ないのもいるようだ。(639)

◯2024/07/25(木)午前中に買い物。車で走っていても、焼け付くような暑さが伝わる。クーラーは使わないから、なおさらに深刻な暑さだと実感する。午後8時を過ぎてお湿り程度の小雨が二、三回は続いたが、その程度だったからか、余計に蒸し暑さが募る。午後11時を過ぎて室温30℃超で、湿度は75%。文字通りの酷夜。▶9時過ぎに京都から電話。Y氏。かみさんはまだ帰らないという。すっかり目(視力)が悪くなって、年内に手術をするらしい。何かと孤独を託つのはいつもどおりで、それを嘆いている様子でもなく、むしろその境遇を弄んでいるようにも思われる。内心はいろいろなことを憂えているはずだと思うが。とりとめもない話ですっかり長電話。気がついたら一時間十五分も経過していた。(638)

◯2024/07/24(水)気が遠くなりそうな暑さが続く。各地で雷雨が暴走しているが、当地ではひたすら灼熱地獄状態が続く。終日自宅内に。このところルーティンになりかけていた庭の散水も取り止め。おそらく40℃超の猛暑が当たり前になっている。さらに8月もかなり暑いと気象庁。(637)

◯2024/07/23(火)朝七時過ぎに「生ゴミ」を集積所に。そこで、近所のTさんに出会う。彼女は日課の朝のジョギング中。午前と午後の二回に分けて8千歩を歩くという。すでに汗がびっしょり。ご苦労なことではある。早朝から猛暑の予告。昼すぎには隣りの市原市では39℃だとか。今夏、市原市が高温地域として常に上位に並ぶようになる。拙宅は、市原市と長柄町の境にある。毎日が「最高温度」を更新している気がする。▶お昼前に猫缶購入のために土気へ。いつもの缶詰とオヤツ類を買って、総計1万7千円余り。夏バテ気味の子が多くいるが、それでもなんとか食欲だけは維持している。家の中の方々に吐いている子もいる。夜中に外で寝ているので、体が冷えるのだろうか。風邪気味なのかも知れない。▶日課になったが、夕方の散水。いつも通り、およそ一時間。本日は裏庭にまでは手が回らなかった。(636)

◯2024/07/22(月)強烈な酷暑。お昼ころに買い物に出るが、車の中は34℃。エアコンはまず使わないので、窓を開けて走行している。その時の道路からの照り返しが半端なものではないのが分かる。今年一番の猛暑だろうと思った。帰宅後も、家の外に出ないでいた。夕方四時過ぎには庭に散水。一昨日の豪雨もすっかり乾燥しており、いくらでも水が吸い込まれていくようだった。▶アメリカ大統領選の民主党候補者が現職大統領から現副大統領へと変わった。(まだ正式に交代したわけではないが、ほぼ確実か)どの程度の戦いになるか、予断は許さないが、ぼくの予感ではかなりの均衡状態が続くだろう。(635)

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「臥薪嘗胆」は時を新たにらせせる

▣ 週のはじめに愚考する (第弐拾九)~ 正直にいえば、五輪大会には、ある点では、興味があります。この国がいくつ金メダルを獲るか、どの選手がどんな活躍をするかということに全くの関心がないわけでもないけれど、それは大したことではありません。この五輪という「平和の祭典」は、ぼくはこれまでにも何度も見てきたある種の景色や風景に瓜二つだから、そこにぼくの歴史意識(そんなものがあるとすれば)が釘付けにされるのです。今も高らかに絶叫されている「臥薪嘗胆」、それは紛れもない狂気の発露ではないかと、ぼくは感じているのです。

 誰でもが思い出すかどうか、ぼくにはわかりません。作家の杉本苑子さんがぼくの抱いた「既視感」の内容を明確に書かれています。杉本さんは前回の東京五輪(1964年)の開幕日に五輪会場にいたと言う。そして、その時から二十一年前の「同じ場所で見た出陣学徒壮行会」(1943年10月21日)を重ねられていた。(いま、その出陣式が挙行された場所は面目を一新され、怪しさ満杯の「再開発」が強行されつつあります。「学徒出陣」という汚れた歴史を消し去り、それを無にしようという謀略でもあるでしょう。名付けて、「神宮外苑再開発事業」という)

 もちろん、「学徒出陣」の段階で、ぼくはまだ生まれていなかった。出陣式の翌年生れだから、その記憶は、すべてが残された記録によるものです。これまでにも、ぼくは事あるごとに、この「壮行会」なるものを凝視してきました。早く生まれていれば、確実にぼくはこの「(神宮ではなかったかも知れないが)出陣式」にいたであろうという感慨を深めながら、国家の愚(おろ)かきわまる「意思」というものにやりきれない感情をたぎらせてきました。杉本苑子さんが開会式当日におられた「国立競技場(旧)」。もちろんぼくは上京して間もない大学一年生。いわばテレビ桟敷で観察していた記憶があります。「五輪聖火」を掲げて競技場を駆け抜け、聖火台で点火したのは大学の同級生。彼は陸上部だったが、広島生れの被爆二世ということで聖火ランナーの最終走者に選ばれた。そのS君は、数年前に亡くなられた。

 また、この開幕日から十年以上も経過した後に判明したことだったが、かみさんは五輪会場に「合唱隊」の一人として参加していたと言う。事あるごとに、その時の様子を語る。聖火ランナーのS君が「わたしたちの横の階段を登って」と何度も聞かされた。もう六十年前のことになっています(もちろん、彼女は「学徒出陣」を知る由もないから、それについて語ることは一度もない)。そのような仰々しい出来事をしばしば見るにつけ、ぼくは「平和の祭典」にはもう一つの容貌があることに次第に気がついてきました。

 「音楽は、あの日もあった。軍楽隊の吹奏で『君が代』が奏せられ、『海ゆかば』『国の鎮め』のメロディーが、外苑の森を煙らして流れた」「あの雨の日、やがて自分の生涯の上に、同じ神宮競技場で、世界九十四カ国の若人の集まりを見るときが来ようとは、夢想もしなかった私たちであった。夢ではなく、だが、オリンピックは目の前にある。そして、二十年前の雨の日の記憶もまた、幻でも夢でも ない現実として、私たちの中に刻まれているのだ」と、杉本さんは書かれる。「きょうのオリンピックはあの日につながり、あの日もきょうにつながっている。私にはそれが恐ろしい」とも。神宮の森で、同じ青年たちの晴れ舞台が国家の意思の発動のもとに挙行されたことの歴史の含む意味を忘れたくない。

 今回のパリ五輪派遣選手「結団式」や「壮行会」(こういう歴史の汚点を染み付かせている表現はなんとかしないかという配慮は、主催者には一切ない、それは「学徒出陣式」そのものだからでしょう。これらの派遣選手たちの映されている画像をつぶさに見たわけではありません。そうではあっても、ネット上に揚げられているいくつかの記録・画像などから、実に嫌な気分を味わわされている。「日章旗」とそれに刻された「寄せ書き」。そのいちいちを見るまでもなく、郷土の名誉や国家の威信のために尽くせよ、そんな趣旨の壮途への希求が、歴史を知らない若者たちによってけばけばしく、仰々しく書かれているのだ。それを求めたのは教師や地域の有力者だったかも知れません。メダルを獲ることは国や地域の名誉であり、それを果たすことがすべてに優先されるという「悲壮な表明」がなされているのです。百メートル誰よりも速く走り、空中をより高く飛ぶことに、あるいはより速く泳ぐことが、どうして国家や地域の威信に結び付けられるのか、結びつくのか、ぼくには理解できない、理解してはいけないのだと思う。五輪は「国家単位」で参加することを条件とする、その理由はなんでしょうか。金メダルにどうして、国歌・国旗がついて回るのでしょうか?「平和の祭典」という裏には「戦争の祭典」が隠されているのです。

 これ以上書く必要をぼくは見出さない。「国家の威信」「国威発揚」とは、眼前の敵を倒し、自らの勝利を確信することで生まれるとしたら、間違いもなく、柔道でメダルを手にすることは「国威発揚の達成」であり、「国家威信の発露」でもあり、当事者には限りない名誉に思われるのでしょう。「金メダル」は「金鵄勲章」に重なる。この酷暑の夏空に、どこからともなくぼくの耳には「勝ってくるぞと勇ましく 誓って国を出たからは 手柄たてずに死なれよか」(「露営の歌」)と、やりきれなくもの悲しい歌声が聞こえてくる。幸いにして幾ばくかのメダルを手にした元五輪選手は「手柄をたてて祖国に凱旋」し、国家枢要の人士として国や地方の政治に献身されている。具体的にはさまざまな方面で、と言うべきでしょが、裏金を懐に入れ、闇金で私腹を肥やす、実に健気な五輪精神の健在ぶりを示す人が後をたたないのは何故でしょうか。(「露営の歌」https://www.youtube.com/watch?v=lzpjBdxz5io&ab_channel=slhs0083

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【有明抄】五輪という矛盾 1896年にアテネから始まった近代五輪は当初、スポーツだけでなく芸術競技もあった。日本が初参加した1912年のストックホルム大会では、文学部門で「スポーツに寄せる詩」を書いた詩人が金メダルに輝いた◆〈おおスポーツよ、神々の喜びよ、生命の本質よ〉…詩はこう始まる。〈おまえは人びとの幸福なつながりを後押しするとともに、人びとを団結させ、一つの力に献身させる〉。五輪の掲げた理想そのものである。それもそのはず、詩人は近代五輪の創始者クーベルタン男爵のペンネーム◆男爵がIОC会長を退く花道として故郷パリで大会が開かれたのは1924年。以来100年ぶりにともされた聖火である。「愛の讃歌」が流れるなか、舞い上がった気球のほのおを眺めながら、男爵が記した詩句をあらためて思い返す◆国連総会での「五輪休戦」決議をよそに、ウクライナやパレスチナ自治区ガザで戦火が続く。開会式直前には高速鉄道網が大がかりな破壊行為で大混乱した。肥大化する商業主義、次々に発覚する汚職、スキャンダル…。「平和の祭典」は矛盾に満ちている◆男爵自身、平和と友好をうたいつつ、女性選手の参加を終生拒み続けるなど、矛盾を抱えた人だったらしい。理想を現実にするのはむずかしい。今ほど五輪の持つ意味を考えさせられるときはない。(桑)(佐賀新聞・2024/07/28)

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 平和の祭典 出征の記憶重ね【悲しみのオリンピアン 戦場に散った静岡県勢 プロローグ/五輪開会式と学徒壮行会】 故杉本苑子さんエッセー 「あすへの祈念」抜粋 色とりどりの衣装をまとった各国の選手たちが次々通り過ぎた。1964年10月10日、東京・国立競技場。前夜までの雨がうそのように晴れ渡った東京五輪の開会式を、スタンドから眺める女性がいた。小説「孤愁の岸」「マダ ム貞奴」などで知られ、2017年に91歳で亡くなるまでの約40年間を熱海市で暮らした作家杉本苑子さんである。/その日、杉本さんの脳裏に一つの光景がよみがえっていた。戦時中の21年前、同じ場所で見た出陣学徒壮行会だった。雨でぬかるんだグラウンド。銃剣を担いで進む制服姿の若者たち。杉本さんは華やかな五輪開会式との強烈なコントラストを「あすへの祈念 」と題したエッセーに記した。(中略)(⤵️)


 (⤴️)二十年前のやはり十月、同じ競技場に私はいた。女子学生のひとりであった。出征してゆく学徒兵たちを秋雨のグラウンドに立って見送ったのである。(中略)/音楽は、あの日もあった。軍楽隊の吹奏で「君が代」が奏せられ、「海ゆかば」「国の鎮め」のメロディーが、外苑の森を煙らして流れた。しかし、色彩はまったく無かった。(中略)
 あの雨の日、やがて自分の生涯の上に、同じ神宮競技場で、世界九十四カ国の若人の集まりを見るときが来ようとは、夢想もしなかった私たちであった。夢ではなく、だが、オリンピックは目の前にある。そして、二十年前の雨の日の記憶もまた、幻でも夢でも ない現実として、私たちの中に刻まれているのだ。
 きょうのオリンピックはあの日につながり、あの日もきょうにつながっている。私にはそれが恐ろしい。祝福にみち、光と色彩に飾られたきょうが、いかなる明日につながるか、予想はだれにもつかないのである。私たちにあるのは、きょうをきょうの美しさの まま、なんとしてもあすへつなげなければならないとする祈りだけだ。(原文まま) <1964年10月10日、東京五輪開会式に記す>(静岡新聞・2019/08/07)

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臥薪嘗胆 (がしんしょうたん)=元来は中国の《史記》〈越世家〉などに見える〈復讐(ふくしゆう)するため艱難(かんなん)辛苦する〉ことを意味する成句であるが,日本史上では,日清戦争後ジャーナリズムを中心に流布したスローガンとして知られている。戦後,国民は戦勝気分にひたっていたが,1895年5月10日,遼東半島還付の詔勅がだされ,三国干渉に日本が屈したことが明らかになると,〈勝って驕らざるのみならず,前後の事情を忖度(そんたく)するときは,所謂胆を嘗め薪に坐して大いに実力を培養するの必要あることは,此際国民一般の感ずる処〉(《東京朝日新聞》同年5月15日,社説)などと主張され,〈臥薪嘗胆〉の声が国民の間にも広がった。この標語は,政府が挙国一致の維持をはかり,軍事力の強化をめざす戦後経営で増税,公債発行などに国民の協力をもとめるうえで,うってつけの言葉となり,国民にロシアへの報復という思想をひろめる役割を果たした。(改訂新版世界大百科事典)

● がしん‐しょうたん〔グワシンシヤウタン〕×臥薪×嘗胆】=[名](スル)《「史記」越王勾践世家にある故事から》復讐を心に誓って辛苦すること。また、目的を遂げるために苦心し、努力を重ねること。
[補説]中国の春秋時代、呉王夫差が父のかたきの越王勾践(こうせん)を討とうとして、いつもの上に寝て身を苦しめ、またその後夫差に敗れた勾践が、いつか会稽の恥をそそごうと苦いめて報復の志を忘れまいとしたという。(デジタル大辞泉)

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 Et puis, Paris brûle-t-il ?

【少社会】パリは燃えているか 古今東西数ある劇伴音楽の白眉は、NHKのドキュメンタリー番組「映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」だと思う。戦争の記録映像にこの音楽が重なる時、相乗効果で圧倒的なスケール感が胸に迫る。作曲した加古隆さんは、人間の持つ愚かさと素晴らしさの二面性を表現したかったそうだ。
 前世紀にさんざん繰り返され、こりごりのはずの愚行が今また現在進行形で展開されている。ロシアのウクライナ侵攻を報じる映像は、武器の近代化を除けば既視感があるものばかり。破壊される町並みも、逃げ惑う市民のおびえた表情も変わらない。
 武力による現状変更がもたらすのは恨みと憎しみでしかないことは、歴史が教訓として幾度となく示してきた。強権で知られる指導者は大きな犠牲を払い、そこにもう一つ教訓を積み重ねようとする。これを愚行と言わずして何が愚行か。(⤵️)


(⤴️)「パリは燃えているか」は第2次世界大戦のパリ解放の際に、ヒトラーが発したというセリフだ。「敵に渡すくらいなら灰にしろ。跡形もなく燃やせ」とドイツ占領軍司令官のコルティッツ将軍に命じた。
 しかし彼は無視して降伏。結果、パリを救った男として後世に名を残す。同名の映画では、無人となった司令部の受話器から、命令を執行したか確認する独裁者の声がむなしく流れる。
 パリをキエフに置き換えてみる。人間の愚かさは重々よく分かった。今はもう一面を見たい。(高知新聞・2022/03/02)

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「パリは燃えているか」ラリー・コリンズとドミニク・ラピエールの原作を、ゴア・ヴィダルとフランシス・フォード・コッポラが共同脚色、フランス語追加台詞をマルセル・ムーシー、ドイツ語追加台詞をグレーテ・フォン・モローが担当、ルネ・クレマンが監督したパリ解放の2週間を描いた大戦裏話。撮影は「悪徳の栄え」のマルセル・グリニョン、音楽は「ドクトル・ジバゴ」のモーリス・ジャールが担当した。なおサウンドはウィリアム・R・サイベル、第2班監督はアンドレ・スマッジ、第2班撮影監督はジャン・ツールニェ、装置・美術はウィリー・ホルト、セットはロジャー・ボルパー、衣裳はジャン・ゼイ、編集はロバート・ローレンス、特殊効果はロバート・マクドナルドがそれぞれ担当した。出演はジャン・ポール・ベルモンド、アラン・ドロン、ブリュノ・クレメール、ゲルト・フレーベ、レスリー・キャロン、オーソン・ウェルズ、ピエール・ヴァネック、カーク・ダグラス、クロード・リッシュ、ロバート・スタック、グレン・フォードほか多数。製作はポール・グレーツ。

1966年製作/173分/フランス・アメリカ合作
原題:Is Paris Burning? Paris brule-t-il?
配給:パラマウント
劇場公開日:1966年12月21日(映画.com:https://eiga.com/movie/48156/

「NHK 映像の世紀OPテーマ:パリは燃えているか」https://www.youtube.com/watch?v=6QdCsxw16Tg&ab_channel=%E7%82%B9%E7%9C%BC

②加古隆クァルテット『パリは燃えているか」                                           (https://www.youtube.com/watch?v=HLEKnAGQalI&ab_channel=TakashiKakoOfficial

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(追記 このyoutube、特に①のコメントの多くは、ぼくにはとても刺激的であったし、今読んでも、映画「パリは燃えているか」が明らかにした歴史の痕跡をしっかりと受け止めているという印象を持ちました。くわえて、言う必要もないことですが、加古さんが音楽に表現した、静謐さの中の抵抗や怒りの泉のようなものが感じられてきて、ぼくには忘れられないものとなっています。今また、あらたな、ぼくたちには正体不明の「総統(Führer)」がIOC本部に「パリは燃えているか」と「作戦の成功」を確かめる電話(メール・X)をかけているに違いありません。五輪は「平和の戦争」だというべきではないでしょうか。「平和」を口実にした「銭ゲバ(経済闘争)」であり「金(メダル)を巡る死闘」、国家間の権力闘争だという意味です。三年前の東京五輪の「銭ゲバ戦争(内戦)」の落とし前は未だについていない。この東海の小島の大資本・大会社のことごとくが「五輪事業」に集(たか)りに集っていたことを覚えています。この五輪戦争は、偽りのない、正真正銘の戦争への序章・除幕であり、前奏曲でもあるとぼくは耳を攲(そばだ)て、目を見開いている。

 巴里五輪が開かれるその瞬間にも、東ヨーロッパやアラビア半島地域を戦場にして熾烈な戦いが続いています。「殺戮(侵略)戦争」と「平和(を口実にした民族間)戦争」は表裏一体の織物だとぼくには感じられます。どちらの戦いにおいても、勝者は勝ち誇り、敗者は嘲りや蔑みを受けるのは避けられないのです。そのうえで、「真の勝者」は「平和の使者(例えば、ノーベル平和賞受賞者)」然として、「わが世の春」を謳歌しているかもしれない。それもほんの一瞬の間だけですが。

 「人間の持つ愚かさと素晴らしさの二面性」を表現したと作曲家の加古隆さんは、テーマ音楽「パリは燃えているか」について語られたという。1944年8月7日から、8月25日のパリ解放までの攻防。八十年を閲(けみ)した「パリ攻防」の二面性は、あからさまな形相で今も顕示されているのではないでしょうか。強いて言うなら、八十年前は「人間性の愚かさの敗北」だったろう。今は、反対に「人間性の素晴らしさの勝利」だと、確信を持って断言できないのは、「素晴らしさの裏(背後)」に「愚かさ」は必ず寄宿しているからです。

 「いま、またパリは燃えているか(Et puis, Paris brûle-t-il ?)」

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