
本日は「立秋」です。誰が決めたか、昔々からそう呼ばれています。「さあ秋が始まりましたよ、みなさん」という呼びかけでしょうか。とは言え、盛夏のさなかとも言えるような酷暑だ。世間ではこの日以降は「残暑」と、それぞれにご機嫌を伺うという習慣が根付いていました。ぼくも人並に、「残暑見舞い」を戴いたり、返信したりしていましたが、今はほとんど絶えてしまったようです。気分も実際も「残暑どころ」ではないからです。
昨日は、まる一年ぶりに元同僚と、外房線土気駅前で再会しました。(昨年同時期には茂原駅近くで)宗教学の研究家であり、ドイツの神秘家エックハルトの紹介者でもある人。毎年のように、房総の大原の地で宿泊施設を開いているドイツ人のところに遊ぶことを常とし、今回も家族総勢九人だったかで来られたそうで、その帰路、一人だけ別行動で、小生に声をかけてくれたのだった。かれこれ三十五年の交流。彼は大学卒業後、細君ともどもドイツに留学。通算で七年か八年の苦学に及んだと言う。ぼくには及びもつかない努力の人だったでしょう。帰国後、都下の大学に職を得て、その後に出身大学に来られた。(右下はT氏の編集翻訳による岩波文庫)

なかなか癖のある人で、ぼくには、どちらかと言うと、とても「苦手の部類」に入る御仁。どういうわけだか、そんなぼくに親しくしてくださるのだから、選り好みをしてはいけないということか。彼の特質は、どんな話をしていても、いつしか自分のこと(自慢話)になっているという特技の持ち主です。この手の人物に、もう一人ぼくの先輩がいました。彼は自分を高く見せるために他人を引き合いに出すという、嫌な性分のタイプで、ぼくはそんな先輩に不信の念を隠さなかった。世間的には偉い学者になられ、全国学会の会長職にも就いていた。これもまた、及びがたしというほかない先輩だった。その筋では名が知られたが、人間的には余り褒められない存在だったと、ぼくは思う。天気の話でも、映画や世間話をしていても、いつも最後には自分の自慢話、そんな特技を持っている人など、どうしてもぼくは好きになれなかった。
では、Tさんはどうか。似たようなもので、やはりぼくは苦手。彼のことをよく知っているつもりのぼくに対しても「自慢したがる」というのはどういうことか。誰よりも彼のことを理解しているだろう、かみさんや子どもたちに対してもそうだろうかと気を回してしまう。それでも、ぼくに声をかけてくださるのだから、贅沢を言ってはいけないと自重・自嘲はしている。あるときなどは面と向かって「ボクハ・キミガ・スキではない」と言ったのに、凄いものでそれを反対に受け止めた。こういう人は、幸せだろうなあと思う。地球が自分中心に動いていることを疑わないのですから。数年前に癌が発見され、手術をされたそうです。その後の経過は良好で、健康維持のために水泳や筋トレに励んでおられると言う。ご健勝を祈るや切、です。

彼は高校生の時に出会った恩師(漢文の教師でもあったそうです)の影響を受けて、早くから鎌倉円覚寺に出入りしている。座禅も長く続けられている。その割には「世俗臭」が紛々とするのは円覚寺派のせいであるかどうか。その事情はぼくはわからない。早く(明治二十七、八年頃)に夏目漱石は、やはり円覚寺に赴き、釈宗演師(右下写真)から指導を受けたという話を何処かで書いている(小説「門」にもその経験が書かれている)。この釈宗演の弟子筋に当たるのが鈴木大拙さん。「大拙」の号を贈ったのも釈宗演氏でした)座禅を積めば積むほど、世間が恋しくなるのか、世間臭が濃すぎる身を始末をしようとして座禅を組むのか。ぼくはそんなものには一切興味のない人間で、禅がどうこうと語りそうな人物はいつでも敬遠している。禅を積めば、積むほど、何事についてであれ、語らない・語れなくなるのではないですか。
「真言(mantra)」とは、ついには「不立文字(ふりゅうもんじ)」であるとも言うでしょう。「禅宗の根本的立場を示す語。悟りの内容は文字や言説で伝えられるものではないということ。仏の教えは師の心から弟子の心へ直接伝えられるものであるという以心伝心の境地を表したもの。ふりつもんじ」(デジタル大辞泉)言葉(文字)は便利だけれども、邪魔になることも大いにあるということですね。だから、「カントの言葉」「ブッダの語り」はあるでしょう。しかし、「カントの思想」や「ブッダの哲学」というものは存在しませんでしょう。あると思っているだけ、錯覚に過ぎない。「思想」というものは語ったり、書いたりするものではなく、その人の「態度」「姿勢」だとぼくは考えてきたのです。

これはTさん、その人の悪口ではない。人間の癖の話です。そんな生意気を言うぼくにも、誰もが眉をひそめる悪癖・習癖があるでしょう。それを隠して生きてはこなかったから、いささかなりとも世に憚ることができたのかも知れません、不幸なことでしたが。年に一度、わざわざ、都心から出向いて、その帰り道とは言え、小生に声をかけてくださるのだからありがたいこと、感謝感謝と言うべきでしょう。これが年に何度にもなるなら、少々、いや大いに閉口はするに違いない。彼も、そう思っているでしょうね。昨日も抱えていたカバンから取り出したのは「華厳経」をまとめた文庫本でした。ぼくより三歳下の学者にして、今もなお、この執着・執心のあることにぼくは驚きもし感心もしました。釈迦の事蹟を丹念にたどると、おそらく、普段生きている世間とは別乾坤にあることになるはずですが、それをいとも簡単・容易に果たせるのは、ぼくには真似のできない才能だと思ってしまうのです。
(表題句は島村元氏の作。若く「ホトトギス」同人、将来を嘱望されるも夭折(1893-1923)。

【少社会】立秋 宵に散歩していて、ユウガオの花を見つけた。日が沈んだ後も、まとわりつく暑さに悩まされる毎日。清らかで、気品さも漂う白花に出合い、しばし足を止めたことだった。▶夕方に開花し、朝にはしぼんでしまう花でもある。毎年育てていたという随筆家の故白洲正子さんは、著書に「名月の晩などは、そこはかとない花が闇の中に浮き出て、えもいわれぬ風情」だとつづった。想像するだけで涼しくなる。▶ユウガオに「源氏物語」の登場人物「夕顔」を連想する方もいるだろう。光源氏と過ごした夜、もののけに取りつかれ急死する女性である。紫式部ははかない一夜花を彼女に重ねたのだろう。こちらも切なく、少し背筋が寒くなる話ではある。▶暦の上では夏は終わったのだから、暑さの実感も少しは和らいでくれるとよいのだが。立秋を迎えた。気象庁の統計によると、高知市の気温が一年で最も高くなるのは8月2~12日。なんと立秋は一番暑い時季らしい。▶しかも、その最高気温は平年値で32・4度。ことしは毎日超えており、この先も厳しい残暑になりそうだ。よさこい祭りやお盆も控える。引き続き熱中症に注意を。▶ユウガオを見つけた翌日、自宅前でツクツクボウシが鳴いた。秋のセミの代表格。猛暑でも暦と同様に出番はやってくるらしい。ただ、こうも日差しが強いと、土に戻りたい気分だろう。〈鳴きはじめたる法師蝉(ぜみ)も熱の中〉野見山朱鳥。(高知新聞・2024/08/07)(ヘッダー写真「暦生活」:https://www.543life.com/content/shun/post20210710.html」
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