風鈴の一つ残りて秋に入る 

 本日は「立秋」です。誰が決めたか、昔々からそう呼ばれています。「さあ秋が始まりましたよ、みなさん」という呼びかけでしょうか。とは言え、盛夏のさなかとも言えるような酷暑だ。世間ではこの日以降は「残暑」と、それぞれにご機嫌を伺うという習慣が根付いていました。ぼくも人並に、「残暑見舞い」を戴いたり、返信したりしていましたが、今はほとんど絶えてしまったようです。気分も実際も「残暑どころ」ではないからです。

 昨日は、まる一年ぶりに元同僚と、外房線土気駅前で再会しました。(昨年同時期には茂原駅近くで)宗教学の研究家であり、ドイツの神秘家エックハルトの紹介者でもある人。毎年のように、房総の大原の地で宿泊施設を開いているドイツ人のところに遊ぶことを常とし、今回も家族総勢九人だったかで来られたそうで、その帰路、一人だけ別行動で、小生に声をかけてくれたのだった。かれこれ三十五年の交流。彼は大学卒業後、細君ともどもドイツに留学。通算で七年か八年の苦学に及んだと言う。ぼくには及びもつかない努力の人だったでしょう。帰国後、都下の大学に職を得て、その後に出身大学に来られた。(右下はT氏の編集翻訳による岩波文庫)

 なかなか癖のある人で、ぼくには、どちらかと言うと、とても「苦手の部類」に入る御仁。どういうわけだか、そんなぼくに親しくしてくださるのだから、選り好みをしてはいけないということか。彼の特質は、どんな話をしていても、いつしか自分のこと(自慢話)になっているという特技の持ち主です。この手の人物に、もう一人ぼくの先輩がいました。彼は自分を高く見せるために他人を引き合いに出すという、嫌な性分のタイプで、ぼくはそんな先輩に不信の念を隠さなかった。世間的には偉い学者になられ、全国学会の会長職にも就いていた。これもまた、及びがたしというほかない先輩だった。その筋では名が知られたが、人間的には余り褒められない存在だったと、ぼくは思う。天気の話でも、映画や世間話をしていても、いつも最後には自分の自慢話、そんな特技を持っている人など、どうしてもぼくは好きになれなかった。

 では、Tさんはどうか。似たようなもので、やはりぼくは苦手。彼のことをよく知っているつもりのぼくに対しても「自慢したがる」というのはどういうことか。誰よりも彼のことを理解しているだろう、かみさんや子どもたちに対してもそうだろうかと気を回してしまう。それでも、ぼくに声をかけてくださるのだから、贅沢を言ってはいけないと自重・自嘲はしている。あるときなどは面と向かって「ボクハ・キミガ・スキではない」と言ったのに、凄いものでそれを反対に受け止めた。こういう人は、幸せだろうなあと思う。地球が自分中心に動いていることを疑わないのですから。数年前に癌が発見され、手術をされたそうです。その後の経過は良好で、健康維持のために水泳や筋トレに励んでおられると言う。ご健勝を祈るや切、です。

 彼は高校生の時に出会った恩師(漢文の教師でもあったそうです)の影響を受けて、早くから鎌倉円覚寺に出入りしている。座禅も長く続けられている。その割には「世俗臭」が紛々とするのは円覚寺派のせいであるかどうか。その事情はぼくはわからない。早く(明治二十七、八年頃)に夏目漱石は、やはり円覚寺に赴き、釈宗演師(右下写真)から指導を受けたという話を何処かで書いている(小説「門」にもその経験が書かれている)。この釈宗演の弟子筋に当たるのが鈴木大拙さん。「大拙」の号を贈ったのも釈宗演氏でした)座禅を積めば積むほど、世間が恋しくなるのか、世間臭が濃すぎる身を始末をしようとして座禅を組むのか。ぼくはそんなものには一切興味のない人間で、禅がどうこうと語りそうな人物はいつでも敬遠している。禅を積めば、積むほど、何事についてであれ、語らない・語れなくなるのではないですか。

 「真言(mantra)」とは、ついには「不立文字(ふりゅうもんじ)」であるとも言うでしょう。「禅宗の根本的立場を示す語。悟りの内容は文字や言説で伝えられるものではないということ。仏の教えは師の心から弟子の心へ直接伝えられるものであるという以心伝心の境地を表したもの。ふりつもんじ」(デジタル大辞泉)言葉(文字)は便利だけれども、邪魔になることも大いにあるということですね。だから、「カントの言葉」「ブッダの語り」はあるでしょう。しかし、「カントの思想」や「ブッダの哲学」というものは存在しませんでしょう。あると思っているだけ、錯覚に過ぎない。「思想」というものは語ったり、書いたりするものではなく、その人の「態度」「姿勢」だとぼくは考えてきたのです。

 これはTさん、その人の悪口ではない。人間の癖の話です。そんな生意気を言うぼくにも、誰もが眉をひそめる悪癖・習癖があるでしょう。それを隠して生きてはこなかったから、いささかなりとも世に憚ることができたのかも知れません、不幸なことでしたが。年に一度、わざわざ、都心から出向いて、その帰り道とは言え、小生に声をかけてくださるのだからありがたいこと、感謝感謝と言うべきでしょう。これが年に何度にもなるなら、少々、いや大いに閉口はするに違いない。彼も、そう思っているでしょうね。昨日も抱えていたカバンから取り出したのは「華厳経」をまとめた文庫本でした。ぼくより三歳下の学者にして、今もなお、この執着・執心のあることにぼくは驚きもし感心もしました。釈迦の事蹟を丹念にたどると、おそらく、普段生きている世間とは別乾坤にあることになるはずですが、それをいとも簡単・容易に果たせるのは、ぼくには真似のできない才能だと思ってしまうのです。

 (表題句は島村元氏の作。若く「ホトトギス」同人、将来を嘱望されるも夭折(1893-1923)。

【少社会】立秋 宵に散歩していて、ユウガオの花を見つけた。日が沈んだ後も、まとわりつく暑さに悩まされる毎日。清らかで、気品さも漂う白花に出合い、しばし足を止めたことだった。▶夕方に開花し、朝にはしぼんでしまう花でもある。毎年育てていたという随筆家の故白洲正子さんは、著書に「名月の晩などは、そこはかとない花が闇の中に浮き出て、えもいわれぬ風情」だとつづった。想像するだけで涼しくなる。▶ユウガオに「源氏物語」の登場人物「夕顔」を連想する方もいるだろう。光源氏と過ごした夜、もののけに取りつかれ急死する女性である。紫式部ははかない一夜花を彼女に重ねたのだろう。こちらも切なく、少し背筋が寒くなる話ではある。▶暦の上では夏は終わったのだから、暑さの実感も少しは和らいでくれるとよいのだが。立秋を迎えた。気象庁の統計によると、高知市の気温が一年で最も高くなるのは8月2~12日。なんと立秋は一番暑い時季らしい。▶しかも、その最高気温は平年値で32・4度。ことしは毎日超えており、この先も厳しい残暑になりそうだ。よさこい祭りやお盆も控える。引き続き熱中症に注意を。▶ユウガオを見つけた翌日、自宅前でツクツクボウシが鳴いた。秋のセミの代表格。猛暑でも暦と同様に出番はやってくるらしい。ただ、こうも日差しが強いと、土に戻りたい気分だろう。〈鳴きはじめたる法師蝉(ぜみ)も熱の中〉野見山朱鳥。(高知新聞・2024/08/07)(ヘッダー写真「暦生活」:https://www.543life.com/content/shun/post20210710.html

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円安是正に早急な利上げの勇み足

 「史上最大下げ」投資家に動揺 証券会社、問い合わせ殺到 5日の東京株式市場は日経平均株価(225種)の下げ幅が史上最大となった。投資家には動揺が走った。東京証券取引所に近い日本橋にある証券会社の前では、株価の表示を心配そうに見つめる人や、写真に収める人の姿があった。今年1月に税優遇措置が拡充され、口座数や株式などの買い付け額が急増した少額投資非課税制度(NISA)利用者からも不安の声が上がった。/岩井コスモ証券の東京コールセンターでは、朝から職員が顧客の電話対応に追われた。平均株価が下げ幅を広げた午後には「今、株式を売った方がよいのか」といった問い合わせが一段と増えたという。職員の一人は「前週からあまりにも下げたので、不安になったお客さんが多かった」と話した。/日本橋の証券会社前。20年近い投資経験があるという千葉県船橋市の会社役員の男性(60)は「思ったよりひどい下がり方で、そろそろ底値になると思っていたのに落ちる一方だ。含み益が半分になってしまい、どうなるか不安」と語った。(2024年8月5日 22時11分 (共同通信)(東京新聞・2024/08/05)

 先週末から昨日に至る東証株価大暴落に関して、さまざまな議論や評価・解釈が出回っている。単純な理由ではなく、いくつもの要因が重なった結果であるのは確かだが、日本独自の直接的原因もあるでしょう。ぼくは金融や財政に関してはズブの素人だし、まして株価に関してはなんの知識も実際経験もないのですから、これについて何かをいうのは笑止千万だと、自分でも思っています。それを承知で、一言だけ言うなら、今回の連日の株価大暴落は政府日銀の短兵急な「極度の円安」是正策の導入のために前のめりの「利上げ」政策導入だったと思う。もともと、日銀は少し時間をかけて「利上げ」を考えていた。しかし、「円安」が極地に近い状況にあるのを目の当たりにして、自らの再選を間近に控えた現総理が、大蔵省や日銀を唆(そそのか)して、「利上げ」を強要したとも言える、そんな不純かつ唾棄すべき自己保身が背景があるところに、この国のこんちの不幸があります。と同時に、自国の景気後退の兆しを見た米金融当局の焦りが極東の小国の政策決定過程を偏頗なものにしたとも受け取られるでしょう。

 端的に言うなら、一ドル160円を超えるような超円安を是正するために焦りすぎ、いささか勇み足の政策変更を余儀なくされた日銀の「利上げ」の時期の見誤りが、今回の直接的な背景だったと思う。「超円安」は輸出大企業を大儲けさせたが、反面では物価高騰を招いている、その両面の緊張状態が破綻寸前だったのかも知れない。更に加えれば、株価が4万円を超えているというけれど、実体の裏付けのない日本経済活動の空洞化が限界を超えつつあったのを、少し劇的に過ぎたけれど、世界の投機筋が日本市場を食い物にした、それに巻き込まれた素人筋が入り混じって演じられた修羅場の情景、それが今回の東京証券取引所を舞台にして発生したのではなかったか。

 中身のない経済膨張見せかけ(偽装)、着実な成長の道筋を描けない日本社会の「バブル(水膨れ)」現象の象徴が「円安と株高(元凶はアベノミックス)」だったと言えるなら、性急に過ぎる(儲け確保と、損切り覚悟の投げ売りの)嫌いはあったが、今回の株価大暴落が強烈な薬になった・なるかも知れません。いずれにしても、投機筋の東京株式の秒速単位の株売買(ダイレクト・マーケット・アクセス(DMA)あるいはアルゴリズム取引)は、思わない勢いでとんでもない方向に独走していしまい、それに素人新規加入組(新NISA購入者等)が煽られて「売りが売りを呼んだ」たという構図、コンピュータの画面上の売買は利益があるなしに無関係に暴走してしまうという恐ろしさを孕んでいたのが、図らずも顕現したのです。東京発の「ブラックマンデー」でした。

 本日以降しばらくは株式市場の状況を観察する必要があります。(「五輪と翔平」に現(うつつ)を抜かしている場合じゃないですぜ。ひょっとすると「破局(catastrophe)」の始まりだったかも)

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燐寸(マッチ)一本火事のもと?

 同一人の正反対の役回りを示す俗語に「「マッチポンプ」というのがあります。あるいはよく似た表現には「一人二役」があり、「自作自演」もある。ここで語りたいのは「マッチポンプ」で、火付けと火消しを同じ人間がするという不埒・不届きについて、です。長谷川平蔵(鬼平)ならどう処罰したでしょうか。

 何度か駄弁りましたが、ぼくはテレビはまず見ないし、まして「パリ五輪」は、自分からは見ることも(ラジオで)聞くこともない。だが、かみさん(テレビ人間)と一緒の食事時にはどうしてもテレビを点ける。このところどこの局も、脳なしで、「五輪放送」に明け暮れている感じがして、甚だ気分が悪い。朝夕の食事時間は合計しても一時間程度か。その際に、できればニュース番組があればいいと思うが、それがニュースなのかお笑いなのか、ぼくには区別がつかない代物が大半なのだから、テレビはぼくには邪魔者になっている感がある。それにしても、マスメディアは「病膏肓(やまいこうこう)に入る」で、もう直しようがないほどに壊れてしまった。まるで、壊れるのも「自作自演」の恥さらしだ。落ちるところまで落ちたという意味では、箸にも棒にも掛からぬ最低(それ以下がない)の水準ですね。

 その短時間のテレビ観戦を通して感じるのは、メディアが全面的に「日本(ニッポン)」を表に引き出しては、アオリにアオっている殺伐とした景色です。ある番組では「日本、キ~ン」と絶叫し、挙げ句に泣き出している、それがアナウンサーとくるから始末に悪いのだ。放送法があったなら、即刻、追放。テレビがそうなら新聞も、ご同様なのだから、何をか況や、です。ほんの一例が「産経抄」です。「疑惑の判定」に次いで「疑惑のルーレット」まで出たと甚くお冠。産経だからではなく、他紙も同じ、ネットではそれこそ大炎上しているというのだから、酷暑のせいばかりではなく、ここまで来ると「許しません、勝つまでは」という国威発揚一点張り、必勝精神全開ではないかと思ってしまう。戦う・競うのは選手なんだけど。ぼくには「たかが柔道」「たかが五輪」でしかないのだが、多くはそうではないらしい。何に限らず「たかが…」を踏み越えたら、ろくなことにはならないんですよ。たかが人生、だと思うよ。

 ルーレットにさえ八百長があったと言うのだから、大阪で計画されている「カジノ」は外国企業(製)だから、日本人はまるで「鴨ネギ」状態ということも起こるだろう。こんな不正は「国辱ものだ」と言いたい人がたくさんいるのは、それが「スポーツ」だからなのか、「五輪」だからなのか。多分、二つが一つに絡み合っているから生じているのだ。男と女しかいないという「性(ジェンダー)」を前提にして開かれてきた五輪。それも怪しくなっている。ボクシングでも水泳でも、同じような疑問の声が上がっている。ぼくなどは、やがて性差(性の区別)のないスポーツが流行るだろうと確信しています。未だに「男子水泳」「女子柔道」と書いたり言ったりして、なんの痛痒も感じない人々に、大事なのは「勝つこと」。それも「日本が勝つこと」しか念頭にないとしたら、実に愚かしい。念を押しておくが、ぼくはスポーツ(運動)を貶めるのではない。それを商売にしたり、国威顕現の道具にしている事自体がスポーツの冒涜だと映るのです。

【産経抄】「リネール確定ガチャ」から透けて見えるもの バスケットや柔道で相次いだ「疑惑の判定」に続いて今度は、「疑惑のルーレット」のお出ましだ。連日、パリ五輪に未明まで付き合っていると、どうも寝覚めが悪い。▼柔道混合団体決勝は、日本とフランスの顔合わせとなったが、6試合を終えて3勝3敗。ここで決着をつける第7戦を戦う階級を決める「デジタルルーレット」が登場し、なぜかフランスが絶対有利の90キロ超級のところでピタリと止まった。▼中継でご覧になった読者の皆さんも「やっぱり!」とため息をつかれたのではないか。同級は、フランスの英雄であるテディ・リネールが控えており、この時点で勝敗の帰趨(きすう)は決まった。▼いくら「デジタルルーレット」は公正だ、と言われてもねぇ。ネットでは「ズルーレット」だの「リネール確定ガチャ」だのと喧(かまびす)しい。ホンモノのルーレット台を置き、モナコから腕利きディーラーを呼んでリネールのところに球を落としてもらった方がまだましだった。(以下略)(産經新聞・2024/08/04)

 勝つか負けるか、それがスポーツだと考えたら、大間違いです。「引き分け」があるし、あっていい。勝ち負けを争わないスポーツもある。本来はそうであったと思われます。そして、「勝負」には勝つときもあれば、負けるときもある。勝つことしか考えていないから、負けたり負けそうになると「ホンネ」が顔を出し、それがついには「何が何でも勝たねばならぬ」と、行き着くところまで行くのだと思う。前回(1964年)の東京五輪の後、次の五輪でもメダルを期待されていたマラソン選手は、その宿願(国家の期待)を果たせず、自死に至るという痛ましい出来事もあった。ああ、痛ましい勘違い。スポーツにはスポーツ精神で、といくら言っても仕方がないのかも知れません。国旗を振り回して応援すること事態が、敵(国)意(識)の暴露だと気が付かないんですね。

 最初に指摘しましたが、今やっている五輪に文句をつける(つけたいけれど)と言うより、新聞テレビなどのマスメディが、驚くべき、実に軽薄な「扇動(agitation)」をしていること、それが大間違いの源泉なんです。昼夜を問わず、あらゆる放送局が、あろうことかNHKも含めて、この死ぬような暑さの中で「五輪夢中」であり(加えて「大谷翔平命」なのだから)、とにかく貧相かつ嫌な時世になったというのでしょうね。「日の丸」でなければ日も夜も開けぬというのは、いつの時代の話だったか。

 「マッチ一本火事のもと」と洒落たことを口走りながら、実はそのご当人たちが「マッチポンプ」に自己実現や社運を賭けているというのだから、世も末。いっそのこと、無観客、実況放送なしで実施したら、どうでしょう。まず、IOCが音をあげるね。大いに上げるさ。それに引き換えて、静かな夜が戻ってくる。夜は寝る時間でもありますからね。

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「徒然に日乗」(462~468)

◯2024/08/04(日)終日自宅に。三十℃は越えたが、それほど酷暑という感じがしなくなったのは、それだけ、季節が動いたということ。午後三時前から小一時間、昨日の続きで、裏庭の草取り。ここもかなり面積があり、日当たりもかなりいいので、草類は延び放題。法面はうっかり踏み込むのを躊躇するほどに鬱蒼としている。いずれ、この場所も除草等をし、しばらく放置していたタケ(孟宗竹)をも整理したい。何本かある、背の高い木々(柑橘類・杉・樫など)の枝おろしも残されている。老人には厳しい作業だ。(468)

◯2024/08/03(土)このところ、日の出とともに、蜩(ひぐらし)が一斉に泣き出す。ほぼ四時過ぎ。今朝も四時起床。実に正確で、日の出時間が来ると鳴き出す。このところに「日の出」は世時半過ぎ。もちろん、夕方、日が堕ちる頃にも鳴き出す。よく聴いていると、早朝の鳴き声と夕方の鳴き声が違うように聞こえる。気のせいだろうが。▶例によって、午前中に買い物。気温は少し高いが、酷暑というほどではない。ただ湿度は高い。▶午後三時ころから裏庭の除草。鎌で刈り取る。かなり面積があり、日当たりもいいので、一気に草取りというわけにも行かない。日が陰るのを待って、陰った部分を刈進める。踏み石が見えないくらいに草茫々だった。なんとか、歩けるようにはなった。まだ植え込みの中や斜面には全く手が付けられないままだ。後日、もう少し陽射しが弱くなったら、始めようか。孟宗竹の伐採や杉の大木の枝の整理も残されている。それでも、くたくたになりながら、二時間近くは作業を続けたろうか。(467)

◯2024/08/02(金)午後に茂原まで買い物。帰宅後、少し午睡。四時頃から少しばかり庭作業。草とりなど。▶福岡のOさんから戴き物。農家兼何でも屋さん。四十年来の付き合い。七月の末に当地に来る予定(A.ビナード氏を伴って)だったが、先方の不都合で延期。八月にでも、と言ってきているが、「もう少し涼しくなってから」という返事を出しておいたところ。彼女の娘さんをJ学園に紹介したことも。▶昨日、日銀が金利を少しばかり上げた、その影響で日経平均が2000円超の値下げ。この数日で最高値から6000円も「暴落」した。円安と低金利で長い間誤魔化してきた株価操作もここへ来て終りを迎えたようだ。ここが底値という観測が多いが、どうももっと下げる気配は濃厚と、素人は見ている。「大団円」の反対(破局)が近づいているようだ。さらに不審に思うのは「通貨政策」「金融政策」においても、実はアメリカの意向を伺っているフシがあること。独自で反できることは、政治的にも経済的にも軍事的にも、何一つないという「独立国」の為体(ていたらく)だ。この国にいることに、ほぼ絶望している。(466)

◯2024/08/01(木)比較的過ごしやすい一日だった。一昨日の雷雨が気圧の配置を変えるかも知れないと思っていたら、その通りになった。おそらく30℃を超えるほどの気温ではあったと思う。▶昼前に買い物。帰宅後は、二度、三度と庭作業。昨日の続きのような具合で、入口の小庭の「茱萸(グミ)」の剪定。数年前に一度枯れたが、「蘖(ひこばえ)」から大きく成長したもの。今回は思い切り剪定した。さらに小庭の石周りの除草など。汗だくで、何度か休憩しては続けた。そのために、今日は、計三度ばかりシャワーを浴びることになった。(465)

◯2024/07/31(水)本日は、なんと午前一時過ぎに起こされた。「熱帯夜」だったからか、外に出たがる猫がいくつもいたので、仕方なく、外に出す(猫は夜行性でもあるという)。そこから再び寝るということはしない。だから、このところ昼前後には「昼寝」をすることもしばしば。でなければ身が持たないのだ。午後三時過ぎには少し曇り空が続いていたので、剪定と除草作業。門横の「沙羅(夏椿)」と「木香茨(モッコウバラ)」、さらには「李(すもも・プラム)」など。思い切りの枝落とし。さらに、「槇(まき)」(生け垣用)をやりたかったが、とても体力が持たないので、一時間余で中止。作業で出てくる枝や草類の焼却をしなければならないのだが、焼却炉内の掃除がまだ済んでいないので、新たに燃やす量が増えるばかり。(464)

◯2024/07/30(火)昼前に買い物。牛乳その他。帰路には「猫砂」を。▶異様な暑さで猫の生活にも異変が起きているようだ。家に帰らなくなる子がいくつか出ている。食事時には帰る子もいるけれど、帰らないのもいる。以前のようにみんなが揃うということはなくなった。▶昨日の続きで隣地の草刈りをと思っていたら、雷鳴がとどろき、雨がかなり降ってきた。生き物には恵みの雨だ。草類も喜んでいるだろう。作業は明日以降に遅らせる他ない。かくして、除草や剪定作業は遅れに遅れる。(463)

◯2024/07/29(月)(朝8時、気温30.1℃、湿度77%)(夜9時、気温30.9℃、湿度72%)昨日よりは微妙に凌ぎやすかったか。▶お昼前に猫缶購入のために土気へ。駐車場は満杯。店内はそれほどでもなかったのは、どういうことだったろうか。早々に帰宅。▶四時過ぎに、隣地の除草(刈払い機使用)と、植え込み前の草刈りを少々。陽射しが弱まったのを見計らっての作業だったが、小一時間もすると倒れそうになるくらいの暑さ。そのため、膝ががくがくするのだ。筋肉痛もまた、強力な熱射・日射の影響だと思う。あるいは体内水分の大量発散かも。早々に中断して、ゆっくりとシャワーを浴びる。くたくたになるほど作業をした実感はないが、体調が音を上げるのだ。もちろん、年齢のせいでもあろう。決して無理をしないで、気長に庭掃除を続けていく。(642)

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街を出て、田舎で暮らそう

▣ 週のはじめに愚考する (第參拾)~ 今ではほとんど使われなくなった「疎開(evacuation)」という語。今では歴史の一頁に残されただけのようになっている。元々は、「疎」は「まばらにする」という意。たくさんの語義を持つ言葉ですが、「疎開」となると独特の色合いを帯びてきます。「 空襲・火災などによる損害を少なくするため、都市などに集中している住民や建物を地方に分散すること。「工場を—する」「学童—」「強制—」戦況によって、前進中の軍隊の距離・間隔をひらくこと」(デジタル大辞泉)もっとも多用されてきたのが「学童疎開」でした。

 本日の<あのころ>は「集団疎開第1陣」。80年前の8月4日とあります。ぼくは同年の9月生まれですから、まるで、「疎開」と同時に生まれた子どもだった。この学童疎開(集団疎開)に関してはたくさんの資料が残されています。当たり前ですが、実際に集団疎開を経験した「児童」の多くはかなりの高齢になった。これもまた「歴史の一コマ」としてしか語られない出来事になったのだろう。集団疎開、学童疎開という言葉を聴いて、いろいろなことを想起したり、想念を遊ばせたりするのも、ぼく自身が高齢になった証拠。「国」というものは、誰も文句を言わなければ、「国民を煮て食い、焼いて食う」魔物である。いざという時には一言も二言もあって然るべきなのだが、なぜだか、まるで家畜化されたかのように、国民の多くは従順と言うか、自分らしく生きていきたいとは思わないのかも知れぬ。その重苦しさは、何も戦時下に限ったことではない。

 <あのころ>集団疎開の第1陣出発 空襲避け地方へ 1944(昭和19)年8月4日、空襲を避ける集団疎開の第1陣として東京の国民学校初等科3年生以上の児童が上野駅から群馬県に出発した。集団疎開は東京だけで約23万人、名古屋、大阪、神戸、北九州地域などでも実施され、全国で計約40万人の子どもが親と離れて疎開生活を送った。親戚を頼る縁故疎開もあった。(共同通信・2021年08月04日)(ヘッダー写真も)

● 学童疎開【がくどうそかい】=太平洋戦争末期に,大都市の国民学校初等科の児童を農村地帯に,個人的(縁故疎開)または集団的(集団疎開)に移動させたこと。1943年から実施し,1944年夏から政府は攻撃の予想される東京都のほか12工業都市の国民学校初等科3〜6年の児童を学校単位で集団疎開させた。1945年春疎開児童は45万人に達した。軍事技術が著しく発達した第2次世界大戦期には,日本ばかりでなくイギリス(evacuation,1939年)ドイツ(KLV,1940年),ソ連(1941年)などでも実施された。(百科事典マイペディア)
● 疎開【そかい】= 災害・敵襲に備えて,都市・密集地域の住民・施設・資材などを分散すること。日本では第2次大戦中の1943年12月,都市疎開実施要綱により京浜,名古屋,阪神,北九州の都市疎開が決定され,1944年3月一般疎開促進要綱が閣議で決定され,軍事施設,工場,鉄道,重要道路の周辺や密集地域の建物が取りこわされた。同年7月には学童疎開が行われ,本格的組織的な人員疎開が開始されたが,勤労動員の対象になっている青壮年の人々の疎開は許されなかった。1945年までに約1000万人の住民が疎開した。(同上)

 八十年後の現実。都会を脱して、何処かにはある、人間の住める土地へ。

 残された記録や証言にまつまでもなく、軍事体制下の政治家による「集団疎開」がさまざまな悲劇や不幸を生んだのは事実です。国の犯した戦争という最悪の過ちの犠牲にされたという意味では、かかる理不尽な強制移動・集団移住は再び生じさせてはならないのはいうまでもない。酷暑のさなか、この「学童疎開」の記録と記憶が蘇ってきた瞬間に、これは以前から愚考していることだが、「都市部への一極集中」の打開を図るためには、地方への移住こそが、この時代のこの社会の窮地を脱する一方策だと強く思われたのだ。つまりは「現代版家族疎開」である。

 だからこそ、この禍々しい「疎開」の記憶を一新するような地方移住の一大計画(政策)を今こそ、具体化すべきではないかと愚考する次第。政治や行政に期待するものはなにもないが、少なくとも納税者の立場からは、国家の危難救済の一助にと、一極集中の打破を具現化すべく、まず地方や納税者が声を上げる必要があるだろうと思うばかり。大都会に「アンテナショップ」は、発想が貧しい。

 全国で「空き家」は約900万件もあるという。その数は年々増えている。いずれこの現実にぼくら夫婦も含まれるかも知れない。「人生、百年時代」の偽りのない姿だし、未来でもあろう。ぼくが住んでいる町でも「空き家バンク」のような仕組みを持っているらしいが、それがどのように進展しているか全く知らされないし、この町の課題(高齢化と人口減少)として取り組んでいるとは思われないことも事実。行政が本腰を入れて取り組むべき課題にならないのがぼくには不思議に思われてくる。今は、異様な少子化時代、その少ない子どもを抱える家族を巡って、各自治体が「パイ(移住者)の奪い合い」をしているのだ。

 学童疎開は、なにかの先見性があったり、未来の展望があっての処置ではなかった。戦争遂行の邪魔になる、それだけの理由からだったろう。今、過疎に悩み、消滅の危機を迎えている町村は少なくない。学童だけではなく、親子ともども、一家をあげて「都市部」から脱出し、住みたくなるような地方に移住する、はっきりした時代を切り開くべきではないだろうか。政治や行政がすべきことは、強制でも命令でもなく、住みやすい環境を整えるべく、足らざるを補うような財政的補助や援助の仕組みを国全体で作ることであろう。少ない人口を各自治体で奪い合うのは、愚の骨頂。移住する側に対して、いくつもの選択肢を準備することが主要な仕事となるはず。

 都市化がピークを迎えると、やがては衰退を迎えるのはこれまでの歴史が証明している。世界の「四大文明」の栄枯盛衰は、端的に言うなら、「過度の都市化」によるものだとされている。この国は短期間で近代(文明)化を遂げたとされますが、もっとも速く衰退する国になるとされていたが、その通りの道をたどっている。その近代化が、結果的にもたらしたのは「少子高齢化」と「都鄙の異常な格差」だった。この隘路を脱出する道(方途)はそれほど多くあるのではない。その第一は、都市化からの方向転換、他地域への分散移住。これをどのように実現してくかが、国や地方の政治の主題だろう。ありもしない、できもしない「戦争」を吹聴し、無用で無駄な武器を買わされ、軍備を図る愚は、この小さな国の自滅を一層早めるだけ。つまりは、要路にある人間たちは、莫大な税金を投じて「墓穴」を掘っているのが分からないのか、ということ。ぼくの迷夢でないことを願うが、この社会(国)は、間違いなく「破局(catastrophe)」「破滅(ruin)」を迎えつつあるのだ。

【雷鳴抄】わが家の終活 宇都宮市の自宅から通勤途中、「入居者募集」の文字が入った看板やのぼり旗のある一戸建て住宅をよく目にする。先日も自宅近くを散歩すると、庭木や雑草が伸び放題で明らかに住人のいない民家が数戸あった。十数年前にはほとんどなかった光景である▼国の最新調査で県内の空き家は16万4千戸、国内では900万戸とともに過去最多を更新した▼単身高齢者らの死亡や介護施設入所後に家屋が放置されるケースが全国的に多いとされる。「敷地に入り込んできた木の枝を伐採しない」など空き家を巡る苦情は各地で絶えない▼県内市町は空き家バンク制度で対応しこれまで計1887件が成約したが、それ以上に空き家は増加を続けている。対策の支援に取り組む栃木市のNPO法人「スマイル」の野田精一(のだせいいち)理事長(60)は「空き家を発生させない事前の準備がとても重要」と語る▼市の委託で空き家発生予防セミナー講師も務める野田理事長は、県住生活支援協議会が昨年発行した「わが家の終活ノート」の活用を勧める。住まいの現状や将来どうしたいのか、そのために何が必要なのかを確認できる▼離れて暮らす卒寿の両親と実家の今後について話すきっかけが見つかった。ノートは冊子のほか県ホームページからダウンロードできる。備えが大切なのは災害だけではない。(下野新聞・2024/08/03)

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「勝つためのスポーツ」ってなんですか

 今朝も「蜩(ひぐらし)」の三部合唱、あるいは輪唱で耳を楽しませてもらった。早朝四時から暫時ではありした。数日前の雷雨がもたらした気象の変化と言うか、気圧配置の転換のせいか、このところ頓(とみ)に涼しい朝を実感しています。「初秋」というのが、こういう冷気を含んだ気候のことでしょうか。ただいま七時、生ゴミを出してきたところです。室温27℃、湿度81%。もちろん、すぐに30℃を越えるでしょうから、蒸し暑い一日、体力消耗を強いられる一日となりそうです。(ヘッダー写真は:射撃の混合エアピストルで銀メダルを獲得したトルコのユスフ・ディケチュ(51)選手)(FNNプライムオンライン・2024/08/02)

 本日は「コラム二題」で、「他者」と競う功罪の「今昔物語」を愚考してみます。「金口木舌」では「全国学力テスト」の実施の意義そのものを疑う、真っ当な指摘でした。この「学テ」導入時から、ぼくはなんのため、誰のための「テスト」かと激しく疑ってきました。現行の仕組みでは実施は、ほとんど無意味だと。テスト業者を儲けさせるだけの、一種の教育(学校)版公共事事業だと言ってきました。「17年を経過して導き出された答えは、点数や順位を付けると競争が過熱することと、競争しても大きな地域差は生まれないということかもしれない」というのはその通り。実施時の文科大臣の「競い合う気持ちが大事と分からせたい」というのもふざけた話ですが、さらに言えば、このテストの目的が「全国学力・学習状況調査」だというのなら、一律にすべての参加を求めるのではなく、サンプルテストで十分に状況は把握できるはず。つまり、タテマエは学校教育への配慮があるようん見せかけながら、ホンネは各地域の学校教育の支配管理を徹底する教育行政の狙いあっての話で、まさに「衣の下の鎧」でした。

 この手の「一斉テスト」を文部省時代から何度か実施してきましたが、その結果の考証についてはほとんど詳らかにしないまま、この「学力テスト」も実施されたのでした。義務教育諸学校を全国レベルで順位付ける、都道府県単位の「学力テスト化」でもありました。各地区の教育委員会は管轄下の学校の成績を上げるためにさまざな「信賞必罰」のような愚策を工夫しましたし、各学校は平均点を上げるために、本末顛倒を思わせる逆さま指導を行ったりした。成績の振るわない子には受験を避けさせたり、監督中の教師が正解を教えたり、事前に試験対策に多くの時間を費やしたり、と。

 そして、十七年が経過しました。この国(社会)の学校教育の何が変わり、何が変わらなかったか。課題となっているのはんだろうという、「学力・学習調査」の本来の狙いがどこまで達成されたかはまったく不問に付され、相も変わらぬ(成績重視」「学力偏重」教育の実態には手を付けられないまま、全国的に学校教育の本来の目的である能力の伸長と人間性の涵養は日の目を見ず、ますます「教育」は地盤沈下を続けているのです。少なくとも、戦後教育の再開から八十年。「学力テスト実施」からも二十年弱、学校教育の成果・結果(問題)は、義務教育に限定されないままで、受験一辺倒の斜道をひたすら走ってきたという側面は否定できませんし、その結果は、今日の社会情勢全体の「不穏」「危機的」な実情に明らかに顕現しているとぼくには思われます。

 己(おのれ)の賢さ愚かさは、己一個のものであって、他者との比較においてであっては意味をなさない。自分が正しいのは自分の内面の正しさによってであって、誰かとの比較によって決まるものではないでしょう。学校教育が決定的に間違ってきたのは、この「自分一個の正しさ・賢さ」の捉え方がなっていなかったからです。なんでも感でも「点数化」「見える化」というのは、馬鹿の見本で、目には見えない賢さ、測り難い正しさをこそ、子どもたちが育てるのを阻害しないことですよ。教育とスポーツ(勝負)の違いはここにあります。

【金口木舌】学力競争の行く末は 今年も全国学力テストの結果が発表された。全国各地のメディアの報道を見ると、それぞれの都道府県が全国平均より高いか低いかに関心があるようだ▼正答率を比べて一喜一憂するが、全国平均との差は上も下も10ポイント以内に収まる。正答数にすると1問程度の差だ。都道府県別の結果について国立教育政策研究所は、全教科で「大きな差は見られない」と分析する▼中山成彬文科相(当時)が「競い合う気持ちが大事と分からせたい」と訴え、2007年度に復活した現在の学力テスト。17年を経過して導き出された答えは、点数や順位を付けると競争が過熱することと、競争しても大きな地域差は生まれないということかもしれない▼学力テストの正式名称は「全国学力・学習状況調査」という。国語と算数(数学)のテストというイメージが強いが、普段の生活や学習意欲も併せて調査する。「学校は好きですか」「夢や目標はありますか」など、児童生徒に心境を尋ねる▼しかし、その回答に対し返事をする仕組みはない。誰が何のために競い、その結果、誰を置き去りにしているのか。問い直す時期に来ている。(琉球新報・2024/08/03)

 余話として 人見絹枝選手のその後。昨日、アムステルダム五輪の織田幹雄氏の金メダル、人見絹枝氏の銀メダルについて駄文を綴りました。織田さんは晩年の一時期、ある大学の教員を勤められており、その職場にぼくも末席を汚していた関係で、織田さんからいろいろなお話を伺うことができました。(これについてはどこかで触れています)大変な紳士で、「大人」というのはこういう人を指すのかと、ぼくは感心したことをはっきりと覚えています。スポーツが人間を育てるということの一典型だったかも知れません。

【天地人】きょうは「金銀の日」。96年前のアムステルダム五輪、織田幹雄が男子三段跳びで日本初の金、人見絹枝が女子800メートルで日本女子初メダルの銀を獲得した日だ。人見は日本初の女子五輪選手でもある。▶女子が肌もあらわに走るなど言語道断という時代。幾つもの世界記録を持つ人見とて五輪の重圧は大きく、本命の100メートルで敗退。追い込まれて挑んだ800メートルで力を出し切り、ゴール時は意識がなかった。▶2年後、チェコで開かれた国際女子競技大会。人見は走り幅跳び優勝、三種競技2位など好成績だったが、期待が高かった分、母国の反応は厳しかった。「世間の人々はまだ満足してくれなかった」「傷つけられた心はもとのようにならない」。人見は自著に苦悩を刻む。▶選手への過度な期待は誹謗(ひぼう)中傷に転じかねない。熱戦続くパリ五輪も柔道や陸上で心ない投稿が相次ぐ。交流サイト(SNS)普及や生成AIの進化で偽画像など悪質な投稿が増す恐れもあり、関係機関は対策に追われる。▶銀メダル獲得から丸3年の8月2日、24歳の人見は病で世を去った。生涯の友だった八戸市出身の藤村テフさん(故人)の手厚い支援に感謝し、同じ墓で眠る事を願った。遺骨は分けられ、八戸の藤村家の墓にも納められた。不世出の陸上選手と、最期まで励まし寄り添った友。二人は現代の五輪選手を取り巻く社会をどう見ているだろう。(東奥日報・2024/08/02)

 人見さんについては知るところは殆どありませんでした。彼女の伝記(自伝)などを読んだ限りで、その生涯の苦悩を知ることはできなかった。それはあまりにも短い生涯を送られたことが第一であったでしょう。それにしても、百年前のアスリートとして、しかも女性のアスリートとしていかなる苦労があったか、今からでは想像すらできません。たまたま東奥日報が「秘伝」に相当するような記事をコラムに書かれていたので、一読、「人に歴史あり」を如実に実感した次第でした。大変な万能選手だったことは明らかですが、それでもなお、彼女自身の苦悩を理解しない「国民感情」が当時もあったということ、その性質には今昔の差はないこともわかります。

 スポーツ精神は選手個人の精神でもあります。他人が、選手の成績や記録に一喜一憂することを禁じることはできないにしても、その一喜一憂には、少なくとも「スポーツ精神」が欠かせないのは言うまでもありません。繰り返し言うことです、勝つも負けるも時の運。その「時の運」をよく掴むためには端倪すべからざる、普段の精進が必要なのは言うまでもありません。水上を泳ぐ鴨の姿を美しいと、ぼくたちは見ます。でも、目に見えないところではどんな動きがなされているかを知ることはほとんどない。

 ぼくは、スポーツ大好き人間であリました。まるで遊びのようなものだったけれども、高校時代には野球とラクビーに熱を入れていたし、大学時代には柔道と器械体操や、テニスを齧ったりしました。それなりに、それぞれのスポーツの面白さや難しさを経験したつもりです。もちろん、「勝つための」ではなく、「楽しむための」スポーツに徹底したのは言うまでもありません。日の丸と癒着するような、あるいは「刺し違える」ようなスポーツは、本来のスポーツではないとぼくは考えているのです。「勝つための」という意味は、「負けることを考えから除外する」ということでしょう。「必勝主義」は、ぼくにとっては美しくないし、スポーツの範囲から逸脱していると感じてしまう。

 その意味では、毎夏に感じることですが、「高校野球」も、願わしい方向からどんどん逸れていっているような気がして、この何十年は、まず見ることはなくなりました。スポーツ全体が、だんだんに「味気なく」なっているように感じるのです。勝ちに拘(こだわ)りすぎるからか、あるいはスポーツ以外の「何か」を背負っているからか。(面倒なことを言えば、「スポーツ」と「(勝ち負けを)競う」は根本において異なるものです。いずれ、これに関しても駄弁ってみたい)

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残された写真は何を語る?

 今朝も蜩(ひぐらし)の輪唱を部屋いっぱいに浴びながら、猫たちに給餌です。午前四時。しばらくして「選手交代」、鶯(うぐいす)が鮮やかなソプラノ独唱を響かせている。曇りがちな空模様。あるいは草取りもできるかと、作業衣に着替えかけたが、これで汗ぐっしょりになれば、「駄文」を書くのが遅れてしまう。いや、書くのが嫌になるだろうと想い直し、やおら、お茶を淹(い)れて、一呼吸。

 このところずっと愚考し続けている「五輪徒然」を、もう少し詰めてみたい気もして来たのです。目新しいことはなにもない。年寄りの僻目(ひがめ)ですね。戦時中、盛んに「一億一心」「進め一億 火の玉だ」「欲しがりません 勝つまでは 大政翼賛会」などと豪壮なことを、それこそ「大言壮語」しては自他を叱咤・鼓舞していた時代を、ぼくは未経験ながら、さまざまな史・資料で学んできました。国という箍(たが)が嵌められてしまうと、いつの時代のどなた様も、考えたり口にしたり、あるいは行動したりすることは、なぜだかよく似てきます。今もそんな風潮が方々に溢れているように思う。「ガンバレ!日本(にっぽん)」合唱・唱和現象の出現です。

 ほとんどが、一点に固着されてしまうというか、自由な発想や行動を失う。また自由な考えや意見を公言することは著しく憚られるようになります。ある種の監視社会状態ですね。ネット時代の暗い一面でもあります。これを称して「大政翼賛」「国民報国」であり、一億一心の心がけとでも言ったらいいでしょうか。そんなこと(「一億一心」「一致団結」)は断じてありえないのに、「あるべし」という錯覚に陥ります。幻想の中で生き生きするのは可笑しくもあり怖くもある。ぼくはいつからか、「五輪」が好きではなくなった。いや、あえて言うなら嫌いになった。細かいことは言うまい。個々の選手の意識はそうではないとは想いますが、「国(日の丸)を背負って」という様相がありありなのが鼻につく。スポーツだからと言いたいところですが、国に貢献する「スポーツ精神」もあるのでしょう。もっとも厭(いと)うべきは「五輪商売」が画然として成り立っているということ。五輪誘致から大会開幕まで、そして選手育成等など、一体どれだけのの国費を、好き放題に濫費しているか。前回(22021年)の「東京五輪」の決算は明らかにされていないが、総額数兆円を要したという。金の亡者の集会場、いや集金場です。これは洋の東西を問わない、みるからに醜悪な現実ですよ。

 ヘッダー写真は1928年開催のアムステルダム五輪の三段跳びで「金メダル」を得た織田幹雄選手の跳躍の場面です。これが「金メダル、日本人第一号」とされます。さらに下のカラムには人見絹枝選手(800㍍)の銀メダルの場面が出ています。この二人が胸につけている旗印がなんであるか、まだ調べがついていません。日章旗や旭日旗でないことは確か。その後、五輪選手の着衣には日章旗(国旗)が付けられます。五輪憲章では選手は国単位で出場することが決められている。文字通り、国別対抗(競争)が求められてきたのですね。その「精神」こそが時代遅れになっていませんか。自分でも「金メダルを確信」と疑わなかった選手が、よもやの敗戦を喫した。とてつもない衝撃を受けたと言われたし、「もしこれが五輪でなかったら、(衝撃は)それほどでもなかったろう」と述べていた。勝って泣き、負けて号泣するのも、全て「五輪」だからなのだとは言いませんが、記録や勝ち負けを競うという運動スポーツ精神には「国家」は魔物でしょうね。メダル獲得は、「一等国民確定候補」というのが相場です。

 十四歳や十五歳の「スケーボー」選手までもが「国旗」です。「私ら少国民」ということでしょうか。あくまでもぼく個人の愚見です。もう「国家単位の五輪」は幕を下ろしたらどうですかと、言いたいんですね。「平和の祭典」といってはいます。しかし実情は、「平和を口実にした国家間の競争」でしょう。「戦時休戦」というものを一顧だにせずに、同じ欧州大陸で「戦争と平和」という両面の戦いが同時期に展開されているのは、いかにもグロテスク。以下のカラムに二枚の写真を出しました。五輪には「綱引き」が競技として認められていたのです。木登りも出したらどうですか。やがて「早食い」「大食い」も種目になるかも知れません。ストリートダンス(すでに種目は公認済み)やストリードピアノがあってもいいでしょう。あるいは日本でいうなら「阿波おどり」なども素晴らしいものだと思う。国ではなく、県や町村単位の参加があると面白い。(右は人見絹枝さん)

 という具合に、今の五輪はとっくに終わっているべき「遺物(異物)」だとぼくは考えています。莫大な税金を使って選手強化することに異論は持ちますが、それに真っ向から反対はしない。けれども、両手を上げて賛成もしない。人見絹枝さんはすごい選手だったが、ごく一部を除いては誰も騒がなかった。何故でしょう。さいわいなことに、あまり知らされていなかったからです。「前畑 ガンバレ」などという雄叫びや絶叫は、戦時下のものでした。嫌な時代が、今も幻のごとく選手や関係者、さらには国民の意識までも覆っているのは薄気味悪いし、戦時中の「一億一心」や「武運長久」が持っていた意味を知らないままでも、同じ意識に馴致されてしまっているのは、国家の軛(くびき)と言うべきか。

 「進め一億火の玉だ」「一億一心」。今聞けば、気のめいる戦争中の標語などには「一億」の表現があふれている。「国民こぞって」という意味をその数字で強調しているのだろう。「一億」と聞くと国の強さを想起させ、いくさへの決意をあおられるところもあったか▼<ああ一億の胸は鳴る>は奉祝国民歌「紀元二千六百年」の歌詞。当時の生活苦を皮肉った有名な替え歌がある。<ああ一億は困っている>▼<胸は鳴る>ではなく<困っている>の方の歌詞が浮かぶ人口一億の行く末である。有識者らでつくる人口戦略会議が提言した「人口ビジョン」。人口減少に歯止めをかけることで、2100年に8千万の維持を目指すよう求めている▼現在1億2200万余の人口は2056年に1億人を下回り、2100年には6300万にまで減るという推計がある。その数では社会保障など社会、経済システムを現在のまま守るのは困難で、会議としては「8千万人」をぎりぎりの数字とみて、目標としたのだろう▼目標達成に欠かせぬのが出生率の向上というのはわかりきった話だが、半減への危機意識を共有し、8千万人維持に向けて効果ある少子化対策にたどりつきたい▼漢字の「億」には「考えをめぐらす」という意味もある。「一億一心」とは言わないが、知恵を広く集める必要がある。2100年は遠い未来ではない。(東京新聞・2024/01/15)

<あのころ>「前畑ガンバレ!」 ベルリン五輪、女子初の金 1936(昭和11)年8月11日、ベルリン五輪の女子200メートル平泳ぎで前畑秀子が五輪史上日本女子初の金メダルを獲得。「前畑ガンバレ!」「勝った、勝った」の絶叫が深夜のラジオで届いた。前畑は表彰台で頭を下げた。右端は0秒6差まで追い上げ2位になったドイツのゲネンゲル」(共同通信・2020年08月11日)

 今朝も朝食時にテレビを点けたら、全てのチャンネルが「五輪関連放送」中。狂っているとしか言いようがありません。積年の悪政・悪行政がもたらした「円安」も、いよいよ変更を余儀なくされ、金利を上げた途端に、急激に円高が急亢進。円安と物価高でひたすら「増税」を図り、大企業の輸出経済に未曾有の利益をもたらせてきた「×××ミックス」も終焉を迎えた今、この先、この社会の経済・財政にどんな「奈落」(narakaの音写、「奈落迦」)が待っているか、そんなことにはお構いなしに、「前畑 ガンバレ」一点張りの能天気です。五輪以上に大事な事柄、課題・難題がこの小島には山積しています。それを一切放棄して「五輪に夢中」「ガンバレ!日本」はないでしょう。

 「勝ち負けは時の運」、五輪は「参加することに意味がある」とは、一体誰がどういうつもりで言ったことなのでしょうか。勝つことではなく、参加すること、参加して他国の選手と友好を結ぶこと、それが五輪のもたらす平和の意義だと言ったのは、イギリスのキリスト教会の主教だとされます。1906年ロンドン五輪開催時、英米対決に心を痛めていたクーベルタンが、この発言に注視して、これを近代五輪精神の礎に据えたとされます。そこからは、ずいぶんと隔たったところで覇権が競われているのは、五輪精神のあからさまな否定ですね。スポーツは好きです。だから国と結びつけて勝負を競うのは「スポーツ精神の否定」だと言うばかりです。それ以外に、嫌いな理由はありません。あえて言うなら、今ある「五輪」は、即刻廃止すべきでしょうね。

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