
本日は荒天なり、風雨、やや穏やかなれども、台風の襲来を伺わせる。当初の報道にあった房総半島直撃は避けられましたが、なお、その風雨の程度は警戒を要すると言う。五年前の九月、台風19号の直撃を受け、当地も大変な影響を受けました。まずは度々の停電、そして断水に及び、生活に支障をきたす。繁華街(といってもたかが知れていますが)への道路が二方向で寸断(がけ崩れ)され、危うく孤立化を免れました。普段から「孤立」しているような生活をしているので、なんとも痛痒を感じなかったが、房総半島の被害は大変なものがありました。
これを経験しているがゆえに、劣島各地の被害には敏感にならざるを得ないし、いつでも被害の多からぬことを願うばかりです。今回の台風7号の当地への本格的影響は本日夕刻からのようで、まだ安心もできませんが、なんとか、これまで通りの「プチ孤立」状態で済むことを願うのです。午前九時現在の室温28,5℃、湿度86%。実に湿っぽい気候で、この駄文を書いたら、直ちにシャワーに。それまで停電がありませんように。
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昨日は七十九年目の「敗戦記念日」。各地でしめやかに戦争犠牲者の「慰霊」の一日、ひたすら犠牲者の霊の安らかなることを祈るのみでありました。何年経とうと、戦争によって命を奪われた人々の霊は、どうあっても安息の時を過ごすことはできないのです。「再びの過ち」を断じて犯さぬという誓いによってしか、犠牲者の霊が浮かばれることはないのでしょう。政府主催の「戦没者慰霊の日」はいつまで続けるつもりでしょうか。「国」がある限り、その必要はあると思うのです。もちろん、「あらたな戦闘」を始めるなど金輪際許されないことです。「慰霊の儀式は、いよいよ偽装だと白状するようなもの。
その前日(14日)、国民の大半が首を長くして待ち望んでいた「首相退陣」の一報が飛び出し、なぜだか、五輪の金メダル獲得よろしく、各地で「号外」が配られた。「花火」が上がったという報道はなかったと想いますが、どうだったか。次を狙う議員さんの地元では打ち上げられたかも知れない。ぼくにとっても「号外の喜び」であり、ある意味では「号外ホームラン」(とは、大袈裟ですけれど)級の念願の一報だった。自らの才能に対する自覚が著しく欠如している人間が政治(にかぎらず)のリーダーになると、国民がどれほど迷惑を被り、挙げ句には数多の苦しみを味わうことを余儀なくされるか。この三十年、あるいは半世紀に及ぶ能天気政治家の出現がこの国の屋台骨を破損してしまったことを見てもわかります。この国は「回復不能」の事態に喘(あえ)いでいると、ぼくには見えてしまう。

本日のコラムは退陣首相の選挙区の地方紙でもある中國新聞の「天風録」です。無能ではあっても、権力欲ばかりが旺盛な総理大臣に「天誅(てんちゅう)を」加えてくれるかと期待していたが、天誅とまでは行かずとも、「天罰覿面(てんばつてきめん)と言った風情で退陣劇を揶揄していました。「(責任を)痛感ではなく、責任は取るもの」と「政治のイロハ」の諭しです。繰り返された自党や内閣諸大臣の不祥事に「任命責任を痛感」と、ゴム印を推すがごとくの陳腐な言い訳でやり過ごしてきたものの、ここへ来て、自分がどれほどひどい品質の政治家であるかを思い知らされたのか、神妙にも「党の派閥による政治資金パーティー裏金事件の引責だと言い切った」と、表向きは取り繕っているが、誰もそんな虚言を認めもしないでしょう。盗人猛々しいとは、このこと。
つまりは、8月14日は、K総理大臣の自壊辞職の日であり、「裸の王様」にようやく気が付いた、無知蒙昧の姿を自ら葬らざるを得なくった「敗戦記念」の日となったのでした。断言できることです、この国では総理大臣の椅子を巡る「権力争い」(コップの中の「戯れ騒乱」)こそが、政治そのものになっているんですね、そのための「合従連衡」とか、「昨日の友は今日の敵」という茶番劇に人生を賭ける老若男女の離合集散劇場の、ぼくたちは観客に過ぎないと心底わかれば、もう少し我が身の処し方が違ってこようというもの。

ハト派と目されてきた首相には、戦後日本が掲げた平和主義に基づく外交や、国民の幅広い合意形成というリーダーシップが期待された。/ところが防衛力の強化や武器輸出基準の緩和、原発活用などを国会での議論抜きに進めた。基本政策の大転換を閣議決定で済ませてしまう。そんなあしき政治手法を安倍政権から引き継いだのは、自民1強のおごりともいえよう。/政権発足時に掲げた「聞く力」は影を潜め、物価高などに伴う生活不安を拭えなかった。会見で見せた実績への自負を、国民はどう受け止めただろう。最後まで世論との溝を埋められなかったのが残念でならない。(一部抜粋)(中國新聞「社説」・2024/08/15)
要は四面楚歌というか、自らを神輿に担ぐ人間(朋友)がほとんどいなかったというお粗末に、遅まきながら気付かされただけ。あの人も、この議員も、誰も自分にいい顔・返事をしてくれないというのは、普段から、いい悪いは脇において、彼自身が全く、仲間にすべく数多の議員の面倒を見ようとはしなかった報いだったろう。前任者の首相もそうだった。自分では死んでも辞めたくなかったが、誰も応援をしてくれない、見向きもしないと気がついたときはもう手遅れ。そんなことなら、もっとうまく手懐けてておくべきだったと悔いてみても始まらない。いよいよ、ここで「腹切」という段に追い込まれて、ようやく放った言葉が「党を変えるには自分が辞めることだ」と、首相になる時に気がついているべきだった言葉を最後に持ってきたのは、嘘も方便、そういうことでもあったでしょう。最後の最後まで、「自分を可愛がる」のは愛嬌と言うよりは、児戯に等しい思い切りの悪さだといいたい。69歳にして「老害」というのかも知れない。

彼の残した「功罪」と問われれば、「功なくして、罪ばかり」で、もっともやりきれないのは「国会を無視」「議論を空洞化」したことでしょう。この「罪」は、現下の国の将来に致命的な損害を与えたのです。次々に総理の首がすげ替えられるという茶番政治劇が続いているが、盤石の足腰を持たない政治家が望むのは強大国の傘下に囲われることでしかないのです。この数代の首相の「米国一辺倒」はそれを示しています。この後に続く、代わり映えのしない「総理」も、当代よりもさらに格下が来ることは必死で、またまた大国の影に身を潜めることしかできない政治が続くと考えると卒倒しそうです。無償で「傘」に匿ってもらえるのではないのは、先刻承知。政治破綻は経済の弱体化をもたらすのは、どうしても避けられないのです。
(勇気も無ければ知恵もない、凡庸でもない半端な連中の「椅子獲りゲーム」。まるで三年B組の「学級委員長」選挙の様相を帯びていると言えば、褒めすぎですか。あるいは永田町の「町内会長選挙」か。戸別訪問、誘拐脅迫、買収饗応、何でもありの、実にフシダラな選挙になるのは誰の目にも明らか)

【天風録】痛感でなく、責任は取るもの 永田町ではご無沙汰だった言葉を、やっと聞けた気がする。「責任を取る」。岸田文雄首相が次の自民党総裁選に出ないと決め、党の派閥による政治資金パーティー裏金事件の引責だと言い切った▲1強をよいことに憲政史上最長の7年8カ月に及んだ第2次安倍政権以降、中ぶらりんの扱いを強いられ続けたのが「責任」である。閣僚が不祥事で辞任しようが、「任命責任を痛感する」止まりで説明責任も果たされない。肩身が狭かっただろう▲引責退陣への話がしかし、きれいごとで進んだとは思えない。権謀術数が渦巻く政界である。麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長の支える「三頭政治」が崩れたのも水面下では、あれやこれやがあったはず▲何より「政治とカネ」問題に、けりがつくわけではない。35年前の伊東正義元外相の言を思い出す。未公開株の贈収賄で政官界を揺るがしたリクルート事件で退陣に追い込まれた首相の後継に目されながら、そのいすを蹴る。「表紙だけ変えても、中身を変えなければ駄目だ」と▲組織の長が責任を取ったのだから、裏金事件に絡んだ中央、地方の当事者たちにも身の処し方があるだろう。1票を握る国民はじっと見ている。(中國新分・2024/08/15)
広島選出の岸田総理が、来月行われる自民党総裁選への不出馬を表明しました。地元でも驚きの声が上がっています。/岸田総理は午前の記者会見で、来月の自民党総裁選に出馬しないことを表明しました。
岸田総理・「自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことであります。私は来る総裁選には出馬いたしません」/岸田総理は派閥の裏金事件が起きる中、「組織の長として責任を取ることにいささかの躊躇もない。私が身を引くことでけじめをつけ、総裁選に向かっていきたい」などと、理由を説明しました。(以下略)(RCCテレビ・2024年8月14日)

余話ながら 昨日は、横浜から娘親子がやってきて、千葉市内にあるかみさんの母親(ぼくには義母)の墓にお参りをしていった。ぼくは猫たちのお守りのために留守番。明けて、本日はお盆の最終日。「送り火」の日です。各地でいろいろな伝統や習わしに彩られた「霊送り」行事が行われることでしょう。あいにく、房総半島は台風接近の影響で風雨ともに強くなってきました(朝9時半)。ゆっくりと「送り火」を焚くゆとりもない日になりましたが、心の内で、先祖の霊への感謝とお礼を密かに唱えようと思っています。
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