
今では「夏休み」そのものが、いろいろな意味で関係者には「重荷」になっているようにも見受けられます。その存在は、それなりの理由によります。農繁期に必要とされる「働き手」としての児童・生徒という、往時の役割はほとんど皆無でしょう。あるいは夏季の暑さに十分に対応するために、各家庭において児童生徒を保護するためという理由も、いまでは主たるものではない。休暇明けが「児童生徒の自殺特異日」などと言われるようになっているなら、それこそ夏休み不要論が主張されてしかるべきです。ぼくは、日本の学校(小・中・高)は、授業時間が多すぎる、それがために「詰め込み」教育が学校教育の本筋だと錯覚されてしまっている感があります。もちろん、教員や職員にも夏季休暇は必要ですが、それも業務や職務と混在していては、十分に休養を取り、かつ授業研究を施す余裕すら失われかねません。また、長期の休暇では「給食」がない分だけ、困窮家庭では子どもの食事に配慮することが困難になるという大きな社会問題も浮上してきています。

「ましてや学業や進路について深い悩みを抱える子どもにとってはつらい時期となる。もし、いじめを受けていれば、子どもは重い気持ちを引きずるようにして登校せねばならない▼文部科学省は「児童生徒の自殺は学校の長期休業明けの時期に増加する傾向がある」として関係者に通知を出している」このような自殺を準備するような「夏季休暇」などなくしてしまえと言いたくなるし、そこまでして子どもを守らなければならない、そんな危険な学校など廃止したらどうかと言いたくもなります。小手先の、その場しのぎの施策や目眩ましでは、問題はより深刻になる外ないでしょう。

いろいろな課題を抱えながら、今年もまた「夏休み」が開けました。
「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に残された 私の心は夏模様」(井上陽水「少年時代」)まるで「夢の跡」のような歌詞が続きます。その意味を詮索する必要はないのでしょう。問題は今は昔の「少年時代」、「目が覚めて 夢のあと 長い影が 夜にのびて 星屑の空へ 夢はつまり 想い出のあとさき」、いつまでも「少年時代」は「思い出のあとさき」という、手繰り寄せられない幻影に、作者は酔いしれているとも見られます。こんな「少年時代」を誰も彼もが経験するのではないことは確かです。
記憶の中で「心の夏模様」を発酵させる何か(酵母菌)がなければ、「青空に残された 私の心は夏模様」など描けるはずもないのです。人と遇うことが辛くなったら、あるいは、登校するのに疲れたたら、いつだって、自分だけの「幼年時代」「少年時代」に立ち帰ればいいではないか、と手招きしてくれる何者かがいないものでしょうか。
(「少年時代」井上陽水:https://www.youtube.com/watch?v=dNS4rE2dKJA)

【いばらき春秋】「席替え」という言葉をロマンスの辞典(遊泳舎)で探したら「恋愛という舞台の結末を左右する神様のキャスティング」とあった。小学生の頃、夏休み明けの席替えで、憧れの子の隣になれないかとワクワクした、甘酸っぱい記憶がよみがえってくるようだ▼夏休み明けは待ち遠しい半面、その日が近づくにつれて焦りもあった。久しぶりに会いたい友達はたくさんいるが、宿題がまだ終わっていない。うれしさも半分かな、といった気分だった▼ましてや学業や進路について深い悩みを抱える子どもにとってはつらい時期となる。もし、いじめを受けていれば、子どもは重い気持ちを引きずるようにして登校せねばならない▼文部科学省は「児童生徒の自殺は学校の長期休業明けの時期に増加する傾向がある」として関係者に通知を出している▼いまの時期は教職員だけでなく、周りにいる大人たちが、子どもたちの心や体調の変化を見逃すことなく、細心の目配りをする必要がある。腹痛や頭痛、だるいといった異変はないか。十分な食事を取れずに痩せた子はいないか。虐待を受けて体にあざのある子はいないか▼大切な命を守るため、子どもたちが抱える悩みや困難に大人が親身に寄り添いたい。(智)(茨城新聞・2024/09/02)

● 夏休み(なつやすみ)= 学校において授業を行わない日(休業日)のうち、夏季の長期休業のこと。学校教育法施行令第29条「学期及び休業日」の規定により、公立学校(大学を除く)の学期ならびに夏季、冬季、学年末等における休業日は、当該学校を設置する市町村または都道府県の教育委員会が定めるとされている。/ 夏休みの日程は全国一律ではない。たとえば、東京都の場合、都立中学校では東京都教育委員会の管理運営に関する規則、市区町村立小中学校では各市区町村教育委員会の管理運営に関する規則において、それぞれ夏季休業日が7月21日から8月31日までとされている(都内でも市区町村によって日程は異なる)。しかし、豪雪地域では冬季休業日を長くし、その分だけ夏季休業日を短く設定している(たとえば、2022年度の北海道札幌市立小学校の夏季休業日は7月26日から8月19日まで)。そのほか、さいたま市では、7月21日から8月31日までの間で、各学校長が教育委員会と協議のうえで、授業日を十分に確保できる形で定めるとしており、同じ市区町村内で学校によって夏休みの日程が異なる場合もある。(精選版日本国語大辞典)
IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII
「徒然に日乗」(491~497)

◯2024/09/01(日)今にも降り出しそうな天気が続く。大丈夫かと思うと、降ってくる。熱帯低気圧に変容した台風10号の余波だ。この稀有な迷走台風は、今なお各地に大きな豪雨の被害を及ぼしている。▶昼前に買い物で茂原まで。人出は閑散としている。台風襲来中の中休みといったところか。▶一番小さい猫(1歳半・♀)、とにかく生き物が大好きで、動くものなら何でも捕まえてくる。本日はなんと、生きたままのヘビ(多分、「やまかがし」とかいう)、生まれて間がないか、それを咥えて家に入ろうとしたところを止めた。咥えていたものを横取りし、処分したが、おそらく口に咥えようとして少し噛まれたかも知れない、大量の泡を吹いていた。口中を噛まれていたら大変と、「化膿止め」を飲ませて様子を見ていた。暫く経つも特別の変化がないので、大丈夫だったか。家の中にはムカデも入ってくるし、この数日は、大量の蝿が飛び交っている。近所でなにかあったか。出入り自由にしているので、何が飛び込んでくるか、何を持ち込んでくるかわかったものではない。網戸はもちろん、ガラス戸でも猫は自分たちで開け(閉めはしない)る。(497)
◯2024/08/31(土)台風10号の影響、あるいは余波が当地にまで及んだ一日、降ったり止んだりの不安定な天気だった。終日自宅内に。▶本日は「二百十日」で、八月の晦日でもある。もう新学期が始まっているところも、明日からのところもあるようで、なかなかご苦労なことだと、勤め人時代を思い起こすこともある。▶福岡のOさんから、川越のT君からメール。それぞれ、台風10号の被害がなかったかどうか問い合わせていたのに対する返信。両者ともに「事なきを得ている」ということで、一安心。▶この国、あるいは社会は歯止めのない下り坂を転げ落ちているような気がしている。いろいろな面で、戦後八十年のツケが回ってきたのだと思う。もっと言えば、明治以降の百五十年余の、身の丈を忘れた背伸び・拡張路線が大きな間違いを犯してきた、その総決算をする羽目に陥っている時代であることを痛感するのだ。「歴史を忘れる」「歴史を改竄する」「歴史を冒涜する」という、過去への悔恨や反省のない時代の諸相が、少なくともこの三十年間、実に顕著に続いて来たことを思うと、さまざまなことが「反逆」の狼煙のようにこちらに向かってくるように感じてしまう。(496)

◯2024/08/30(金)昨夜来、かなりの雨量があった。朝方はすでに止んではいたが、九州地方に上陸した台風10号の強烈な影響を受ける地域が関東・中部地方では相次いだ。当地でも時に中断を含めて、雨が続いた。総雨量はかなりのものだったろう。▶晴れ間を選んで裏庭でゴミの焼却をしたが、あちこちにイノシシの掘り起こした穴がいくつも、それもかなり大きなものがあった。斜面際にも深く掘った後が残っている。雨が降り止んだら、ていねいに埋め戻しておかないと、斜面の土砂崩れが気がかりとなる。それにしても、各地で集中的降雨による被害が出たようだ。九州方面、四国、関西、中部、とりわけ岐阜や静岡、そして関東地方など。まだしばらくは続くと言う。それにしても珍しく緩慢な速度で進む台風だった。(495)
◯2024/08/29(木)台風10号の接近の影響なのか、いつ降り出しても不思議ではない曇り空。お昼すぎまでは持ちこたえたが、午後からは降り出した。▶以前から気にかかっていた「フジ」「藤棚」を剪定・修理しようと、着変えて庭に出た。少しばかり、フジの枝を剪定。思い切り樹形を整えるつもりで、古い幹を切り取り、蘖(ひこばえ)としてかなり伸びているものを軸に立てるつもりだった。この木に付着していたか、体中を刺された。我慢して続けていたが、痛みもあり、折から本格的に降り出しても来たので、作業は中止。▶一旦は止んだが、夜に入り、更に激しく降り出した。九州各地で集中豪雨(線状降水帯)の襲来で大きな被害がでている模様。(494)

◯2024/08/28(水)午前中に買い物のために茂原まで。このところスーパーの店内にある「百円ショップ」をよく利用する。当初は殆ど行かなかったが、最近は商品の作りがしっかりしている、あるいは乾電池などもそれなりに使えるなど、利用したくなるのだ。この数年、ゴミ袋(生ゴミ用その他)などは、さまざまなサイズが揃っているので、大変重宝している。本日も、台所の生ゴミ用(水切り)、その他いくつかのサイズのナイロン製を求めた。面倒ではあるけれど、まとめて整理できるので、助かっている。猫砂用のものも、今はそれほどでもないが、最初から大いに便利に使ってきた。「生ゴミ」として捨ててきた▶台風10号の影響か、とても涼しい風が吹いている。庭作業をと、一瞬考えたが、このところ寝不足と疲労もあって、本日は休憩に。それにしても「超大型台風」の先行きはどうなるのか、大いに気になる。(493)
◯2024/08/27(火)時にザーッと降ることはあったが、蒸し暑い一日。午後三時ころ、庭作業。除草はもちろんだが、隣の竹藪から、竹の根が侵入し、二㍍以上も高低差のある庭に小笹を一面に繁茂させている。ときには、びっくりするような孟宗竹が庭に出現することもある。いわゆる「伐根」をする必要があるのだが、とても人力では無理。土を掘り起こさなければならないが、今のところは目立つところだけ、根っこを見つけては切り取っている。こんな作業をもう何年も続けているのだ。▶成人して以来、米の飯はあまり食わなかった。代わりに酒を飲んでいたから。二十歳ころから、生意気にも「酒を嗜む」ことを始めたわけ。同時に、ある時期からぼくは朝夕の二食派になった。勤め人時代、昼飯時はいつも店が混んでいて、ゆっくりと食事する気になれなかったのが、それがいつか、昼抜きが習慣になった。というわけで、このところ、朝はパン食、夜は蕎麦にしている。以前は、蕎麦(多くは乾麺)に旨いものがなく苦労していたが、近年市販のものでもそれなりの蕎麦類が売られているようで、いまのところはそれを試しながら、食べている。ある時期まで日本蕎麦粉のかなりの程度は外国産が主たるもので、蕎麦粉にしたり蕎麦にするのが、日本の各地(名産地)だとされていた。今もそうかどうか、はっきりしないが、とにかく、夕食は「笊蕎麦(ざるそば)」にしている。酒類は一切駄目、もっぱら「ノンアルコールビール」で満足している。(492)

◯2024/08/26(月)昼前にJR外房線・土気駅へ。Kくんを迎えるため。おそらく7、8年ぶりくらいの再会。相変わらずの元気印だ、と思った。少しは「蓄積するストレス」で体重は増えていたかもしれないが、世田谷区立小学校で五年目だという。「子ども好き」というのか、子どもたちが彼女を「好んでいる」というべきか。なかなかに珍しい、貴重な資質を有していると思う。学生時代には見られなかったものだし、本人も驚いていると自白していた。常に「保護者」とぶつかっている」と明言していた。いつだって、子どものためにとの発言が親たちを刺激しているのだ。今週の水曜から二学期が始まるという。いろいろと課題を抱えているだろうが、ていねいに歩くことを大いに期待している。▶土気駅前のレストランで軽い食事を取った後、どこかへドライブにでも、と思ったが、ごく近所に「ホキ美術館」があることを思い出して、そこに出かけた。初めてだった。徹底した「写実」絵画の収蔵が核であり、その200点ほどを展示していた。ぼくには久しぶりの絵画鑑賞だったが、一目して、半世紀も時間が止まっているような感覚に襲われた。「写実絵画」の現在位置が、ぼくにはわからないが、おそらく、この展示作品がそれなのかも知れないと思った。こういう絵を描く画家がいて、こういう絵を好む愛好家がいるということは否定しないが、そこになにか新しいものが生まれる気遣いはないように思う。▶四時前に土気駅に戻り、Kくんと別れた。(491)
___________________________























