健康で文化的な最低限度の生活

「アルバイト募集、時給◯◯◯円」、「好きな時間だけ、パートタイムで働きませんか、時給×××円から」こんな広告やチラシを見ない日はありません。残念ながら、ぼくは若い頃、時給換算で働いたことがなかった。デパートの商品配送をしたことはあったが、それは配達個数でアルバイト代(給金)が決まっていた。時給がいくらというのは、ある人々にとっては死活問題であることは承知しています。一昨年だったかにようやく、全国平均が千円台に乗ったことが話題になりましたが、今年度の最低賃金改訂期を迎えて、いろいろと報道が飛び交っています。

 本日のコラムは二件。いずれも最賃問題を扱っていた。現在は、全国一律ではなく、各自治体によって「最低賃金」が決められる仕組みですので、自治体同士のそれなりの駆け引きや裏をかく作戦など、実に多彩です。それであっても、結局はこの社会の色彩を色濃く映し出しているのですから、あまり褒められたことではない。いわく「後出しジャンケン」「抜け駆けの功名」「ビリにはなりたくない」「横並べでけっこう」などなど、多くの人々の生活がかかっている「賃金」を決める側の姿勢としては誠に残念と言うか、恥ずかしいと言うか。

 高知新聞の「小社会」氏は嘆く。「最賃は国が示した目安額を参考に地方の労使が決めるが、今回は(徳島県)知事が大幅増を求め、官製色が濃くなった」「それに伴い目安額も形骸化した。本県など下位集団は、目安額を念頭に、単独最下位にならないことを優先して額を探る展開になりがちだ。こうした決まり方がこれから変わっていくかもしれない」と、まるで、ビリでなければ安いほうがいいという行政の消極的姿勢の暴露になっているのは、なんともいただけないと言うべきでしょう。秋田魁新報の「北斗星」氏曰く、「本年度の最低賃金改定を巡る他県の動きに、後出しじゃんけんが思い浮かんだ」と。他県に先駆けて、それなりの高賃金を狙ったつもりだったが、蓋を開けてみれば、「引き上げ額」は全国で最低だったと。「先に決めた秋田を超えておけば最下位は免れる。そんな意識が働いたようにも見えてしまう」と、秋田より一円高を狙った他県を詰(なじ)りたそうな気配です。

 問題の本質はどこにあるのか。それを語るにはこの駄文では荷が重い、いや駄弁る材料にはならないのです。要は東京一極集中の直接・関節の原因・根拠でもあるということでしょう。さまざまな生活条件や環境を考慮すれば、時給額が高いか低いかだけをもって、その是非を決めることはできないと思います。ぼくにはそんな経験はないのでなんとも言えませんが、就活の際にもっとも注目されるのは「初任給」や「年収」などではないかとも思う。それならば、多くの人には短期決戦の勝負でもあるアルバイトなら「時給」が一円でも高い方に惹かれるということになるのかも知れません。

 どこで働こうと、一律賃金であってほしいと願うのも当然です。でも、それぞれの地域の事情や生活環境の違いを考慮すれば、一律はおかしいということにもなるでしょう。それにしても、時給最高額のA地域と、最低額のB地域で格差が「一時間あたり43円」というのは妥当であるということはできないようにも思われます。「地域別最低賃金は、中央最低賃金審議会から示される引き上げ額の目安を参考に、地域の実情を踏まえて地方最低賃金審議会が審議・答申し、異議申し出などの手続きを経て決定される」(知恵蔵)もちろん、生活保護支給水準と比較してそれなりの金額が保証されるべきであることは当然で、雇う側の都合だけで、人材確保のためになりふり構わぬ、手前勝手の金額攻勢は認められないのは当然です。

 本来ならば、世界の主要国における「最低賃金」水準との比較が欠かせないのですが、ここではそれは省略します。この三十年の政治・経済運営の偏りから、この社会のさまざまな指標は右肩下がりを続けていることだけは間違いありません。例えばニューヨーク市の「最高時給」と、この社会の「最低時給」を並べても何も語ったことにはならないし、並べること自体にそれほどの意味があるとは思えません。それでも、時々ネットなどで見ると、ニューヨークの街の、天ぷらうどん一杯が4千円とか5千円、ラーメンが3千円などと言われたり、アルバイトの月収が五十万、六十万などと聞かされるとと、彼我の差を歴然と見せつけられたように感じてしまうのも事実です。あるいはこのところの「インバウンド」の増加は、一体この社会の何を表しているかを考えてみる必要があるはずです。

 ことは単なる「アルバイトの時給」なのではない、生活を維持するにふさわしい最低賃金(時給)の妥当性如何の問題です。人間らしい生活を維持するに足るだけの水準に達しているかどうかが問われる「最低賃金」という問題です。

日本国憲法(昭和二十一年憲法)第25条
第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

【小社会】「84円上げ」の風 台風10号が本県にのろのろと近づき、身構えつつ何とかやり過ごした先月末、実は隣県の徳島で強烈な「風」が起こっていた。今年の最低賃金(最賃)の改定で、全国でも過去に例のない「時給84円上げ」を決めた。▷確かに徳島では経済状況の割に最賃が抑えられてきたようだ。県民所得などの指標は全国中位以上なのに、2023年最賃は下から2番目。それが若者流出の一因なら看過できないのは当然だ。▷しかし、急激で大幅な賃上げは経営者も困る。その中で今回、他都道府県を25~34円上回るアップに踏み切り、時給980円は四国トップ、全国中位になった。この異例の対応を、ある全国紙は1面トップ記事で扱った。▷異例なのは額だけではない。最賃は国が示した目安額を参考に地方の労使が決めるが、今回は知事が大幅増を求め、官製色が濃くなった。▷それに伴い目安額も形骸化した。本県など下位集団は、目安額を念頭に、単独最下位にならないことを優先して額を探る展開になりがちだ。こうした決まり方がこれから変わっていくかもしれない。▷その意味でも、今夏の「徳島発・最賃台風」は台風10号に劣らず記録的なものになりそうだ。「84円上げ」の風は、特に四国で強く吹くだろう。なにせ地域の若者が「徳島で働こう」となりかねないのだから。最賃四国一の座を譲った香川、県内総生産四国トップの愛媛は黙っていまい。さて、その中で本県は―。(高知新聞・2024/09/07)
【北斗星】本年度の最低賃金改定を巡る他県の動きに、後出しじゃんけんが思い浮かんだ。本県の審議会は同水準の他県より早く54円引き上げて時給951円にすると決めた。国の審議会が示した引き上げ目安に4円上乗せしたが、引き上げ後の額は結果的に全国で最も低かった▼前年度最も低かった岩手は59円引き上げの952円で本県を1円上回った。本県と同額だった高知と宮崎も本県より1円高く引き上げて952円とした。先に決めた秋田を超えておけば最下位は免れる。そんな意識が働いたようにも見えてしまう▼本県では県外への労働人口流出を懸念する声がある。1円の差でも最下位の影響があるとすれば大変だ。日程を遅らせて他県の額を見て決めればよいとする考えもあるかもしれないが、制度の趣旨に照らすとどうだろう▼最低賃金を都道府県ごとに決めるのは、必要な生計費や企業の賃金支払い能力など地域の実情に合わせるためだ。よその額が結論に影響すれば労使の主張がむなしくなりはしないか▼最低賃金が最も高い1163円になる東京は家賃が高く、多くの生計費を要する印象がある。だが本県などでは車が必要な家庭がほとんどで冬用タイヤも欠かせない。暖房費だってばかにならない。地域差がある制度自体、是非が分かれるところだ▼県内市町村議会ではこれまで、最低賃金を全国一律とすることを求める意見書の可決が相次いでいる。現行制度への疑問が広がってきているのではないか。(秋田魁新報・2024/09/06)
● 最低賃金= 最低賃金法(1959年公布)に基づき、労働者に保障された賃金の最低額。労働条件を改善し、労働者の生活の安定や労働力の質的向上を図ることなどが目的。都道府県ごとに定められる地域別最低賃金と、特定の産業について設定される特定最低賃金の2種類がある。/地域別最低賃金は、産業や職種に関係なく、パートタイマーや学生アルバイト、外国人労働者などを含めた全ての労働者に適用される。派遣労働者には派遣先の最低賃金が適用されるため、例えば派遣元の企業が埼玉県にあっても、東京都にある企業に派遣されて働く場合には、東京都の最低賃金が適用される。最低賃金を支払わない場合には、罰則が定められている。/最低賃金額は、賃金や物価などの動向に応じ、ほぼ毎年改定されている。地域別最低賃金は、中央最低賃金審議会から示される引き上げ額の目安を参考に、地域の実情を踏まえて地方最低賃金審議会が審議・答申し、異議申し出などの手続きを経て決定される。また、最低賃金による収入が生活保護の給付水準を下回る「逆転現象」がしばしば起きており、2007年にはこの解消を目的として法改正が行われた。/15年度の改定では、地域別最低賃金の全国加重平均額は798円となり、引き上げ額は18円と単純比較できる02年度以降で最大の上げ幅となった。最高額は東京都の907円、最低額は鳥取など4県の693円で、引き上げ額は20円(愛知県・大阪府)~16円(24道県)となっており、都市と地方で大きな開きがある。(知恵蔵)

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男もすなる日記といふものを

 右利きと左利き、その割合はどれくらいでしょうか。いろいろな調査や研究がありますが、ぼくの調べた範囲では(もう十数年前になりますけれど)、圧倒的に左利きは少数者であるという事実は変わらないものの、その比率にはいくらかのばらつきがありました。「平均すると」という表現もおかしいものですが、ぼくの実感ではだいたい2:8くらいではなかったかと思う。ぼくは勤務していた学校で「人権問題」を取り扱う授業を、およそ三十年ほど担当していました。きっかけは、どこかで触れておきましたが、一人の非常勤講師(*)が宗教学の授業で「部落差別発言」を繰り返した。その「差別性」「人権侵害」を受講学生から指摘されても、教員はそれを認めなかったので、問題が教室の外に出て、大学全体の差別問題として大きな事件・事案となったのでした。その差別事件の代償(と大学は考えたでしょうか)として、民間団体から、反差別意識の涵養を目的とする「特別授業(講座)」の設置が求められ、その授業(講座)の準備役を振り当てられ、やがて、それが通常の授業形態に変わった際に、その担当者となったというわけでした。

 (*当該教員は千葉県長生郡在住の寺の住職だった。当地に越してきて、役場の吏員から「町の歴史」を表した一冊を頂いたが、その著者が当の住職でした。彼は、自らが居住する地域の近在の村を名指して「差別発言」をしたのでした。役場の職員は、そんな差別事件を起こした「先生」だとは知る由もなかったようでした)(ヘッダー写真は「右手の優越 ──宗教的両極性の研究」 (ちくま学芸文庫) ロベール・エルツ (著),吉田禎吾 (翻訳),内藤莞爾 (翻訳),板橋作美 (翻訳)) 

 それはともかく、授業に当たって「人権とはなにか」という根本の課題を自問している中で、この社会では「人権」は〈human right〉の訳語であることから、いろいろな暗示や明示が与えられました。事の始まりは「男の右〈human right〉」でした。よく矛と盾になぞらえて説明されます。盾は防御の武器で、左手に持ちます。矛は攻撃の武器として右手に持つ。つまり、右は攻撃、左は防御、両手には、そういう役割が、多くの社会集団では与えられていたとされます。ここから、男は攻撃、女は防御、そんな役割も分担させられ、固定されてきたのでした。多くの民族集団でも、この傾向は変わらなかった。「右手の優越」ということです。やがて、右(right)は「正しい」とされ、左(left)は「間違い」だとされて、それが右利きと左利きと言う「利き腕」の関係に持ち込まれたのでしょう。

【雷鳴抄】左利きと女性活躍 米大リーガーの大谷翔平(おおたにしょうへい)選手が昨年、日本全国の全小学校に三つずつ寄贈したグラブのうち、一つは左利き用だった▼グラブもはさみもスープ用おたまも、身の回りの物はたいてい右利き用にできている。左利きの不便さを、多数派の右利きが気付く機会は少ない。「男性中心の社会で、女性の立場は左利きと似ている」と、あしぎん総合研究所の野内比佐子(やないひさこ)主任研究員は言う▼管理職への女性登用には「数合わせ」「逆差別」といった批判がつきまとう。だが左利きの選手に右利き用のグラブを与えて、同じようにプレーしなければ戦力外と見なすのが従来の慣習だったとしたら、どうだろう▼県内の企業で、こんな話があったという。「夫や子どもに迷惑がかかるから」と、管理職になることを断った女性がいた。打診した上司は「本当にそうなのか、話し合ってほしい」と求めた。結果、家族は女性の背中を押してくれた▼女性が自信を持つ必要もある。県は本年度、女性リーダー育成事業を始めた。民間の管理職候補の女性10人が、マネジメント経験のある社外の女性から助言を受け、スキルを身に付ける▼フルタイムで働く男女の賃金格差は、本県が全国で最大となった。右利き用のグラブでは、左利きは力を発揮できない。男女共に活躍できる地域には何が必要か、考えよう。(下野新聞・2024/09/05)

 英語の辞書で「右」を引いてみます。たくさんの語彙があります。「1〈人・事が〉(規範に照らして)正しい1a〈人・事が〉(基準に照らして)適切な1b〈答えなどが〉正解の,正しい,〈数値などが〉正確な。2〈人が〉正常な2a〈機械などが〉正常な状態の。3【右の】(身体の)右側の3a〈政党・思想などが〉右翼の,保守派の」(以上はデジタル大辞泉)

 しかるに、この辞書に限らず、右がどうして正しいのか、説明はない。「強いから正しい」ということになっていったのでしょうか。「力は正義」という飛躍した理屈ですね。

 参考までに「左」を引いてみます。「1〔限定〕左の,左側の,左方の。1a《数学》左方の。2〔しばしばL-〕(政治上の)左派の,左翼の。(語源[原義は「弱い,価値のない」])とあり、さらに〈left-handed〉をみると「1左ききの;左手による;左手用の,左きき用の。1a左手にある;《機械》左回転の;〈歯車・ねじなどが〉左巻きの;〈糸・ロープが〉右撚よりの。2((略式))無器用な3あいまいな;疑わしい;不誠実な;陰険な;((略式))にせの,いかさまの;同性愛の3a〈結婚が〉身分違いの;合法でない3b不吉な,縁起の悪い」(デジタル大辞泉)と、実におぞましい「左の忌避思想や行動」が続いています。

 「右は正しい」、それに対して、「左は無器用な、疑わしい、不誠実な、いかさまの、同性愛の、不吉な、縁起の悪い」と、さんざんな扱われ方をしています。どうして右と左でこれほどの是と非が生まれたか。淵源は曖昧なままですが、おそらく東西に起こった「宗教」(「信仰」)が関係している。「男のあばら骨から女は造られた」というのもありますよ。面倒だから、細かいことは省きます。男の右は「攻撃」力を有しており、それに反して、女の役割は、男を支える意味でも「守り」「防御」が割り当てられたのでしょう。右手・左手の関係にも一考を要しますね。

 今日ではそれほど極端ではなくなったでしょうが、比率的には圧倒的に「右利き」が多いし、そのためにあらゆる用具・機器や社会システムなどは右利き用を中心に作られています。左利きは今も昔も「肩身が狭い」のです。「男性中心の社会で、女性の立場は左利きと似ている」「左利きの選手に右利き用のグラブを与えて、同じようにプレーしなければ戦力外と見なすのが従来の慣習だったとしたら、どうだろう」(上掲コラム)この問題が、今になっても、従前と殆ど変わらないままで、初歩段階の議論がなされている風に見えるのはどうしてでしょうか。昔から、「男は度胸」「女は愛嬌」と、しばしば言われてきました。夫唱婦随とも。今はどうでしょう。

 でも、「LDBTQ」の曙を迎えている現代、それでも「男は度胸」で通じますか、「女は愛嬌」だと、旧来同様に構えていていいのですか。ぼくは五輪を含めて、運動競技(スポーツ)は男女差なしの競技(試合)に、いずれはなるだろうと、昔から期待しています。パリ五輪でも、男女峻別を越えるような方々の活躍が(否定的な意味を含んで)話題になっていました。この劣島社会は、地球規模で見ても、気の遠くなるような「時代遅れ」で一貫しているのでしょうか。都知事選の男性候補者の一人が、「少子化」対策としては「一夫多妻もあり得るでしょう」という意味のことを話していた。女性を見る視点としては、返す言葉もないような、愚かさ加減です。四十すぎの男性だった

 「男性中心の社会で、女性の立場は左利きと似ている」と指摘されていましたが、その女性が「左利き」だったら、二重の不利益を被ることになるでしょう。その昔から、生まれた子どもが「左利き」なら、右利きに矯正したと言われます。無理矢理にでも、右手が使えるようにと言うのは「親心」だったのでしょうか。「左」への忌避感情は、社会的に作られた「人権のジェンダー」でした。幼児の段階で左利きだわかると、その手が使えないように紐で縛って直したというある民族集団の記録もあります。

 この社会では「女人禁制」が、いまもって有形無形に存置(そんち)されているのではないかと、時には驚くことがあります。その点では、既存の宗教諸派の役割も罪作りだったというほかありません。その反面において、必要以上に男女差を「格差」と捉えるのは行き過ぎだとも思う。でも、ぼくはほぼ確信しているのです、男ができることは女だって必ずできるのですよ。その反対は真であるとは言えませんが。(以下は「土佐日記」一巻。紀貫之作。承平五年(935)ごろ成立)

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雨後の筍?食物にはならぬ面々だ

 まるで「たけのこ」に気を悪くされそうな「雨後の筍(たけのこ)たち」ではないか。長年の政権党の「総裁選挙」の候補者のこと。我も我も、というのでしょうか、誰も彼もというのでしょうか。手を上げ、足を上げるのは悪いことではありません。しかし、聴くところによると、推薦人になってもらうために、あるいは党員から投票をしてもらうために、一候補者で、総計数億円の金が動いているとも言われる。ある候補者の推薦に名を出したはいいが、実際には別人に票をいれると(本人が喋っているのか、噂か)、なんとも面妖な議員さんもいる政治の世界。

 清濁併せ呑むという表現があります。でも永田町の住人は濁しか飲まないのではないか。この政権党がこれまで何をしてきたか、いや、何をしてこなかったか、それを真面目に問いただす素振りは少しも見せず、誰になれば、次の総選挙で自分(議員になりたがり)が当選しやすいか、それが唯一の判断基準、選挙目当ての総裁選びだと言ったら、奴(奴)たちはどう応えるか。お説のとおり、と宣うに違いない。

【卓上四季】雨後のたけのこ 春先の竹林は不思議な空間だ。落ち葉でふわふわの地面から、何かがにょっきり顔を出す。三角あたまのたけのこ。雨でも降れば、あちこちで伸び上がり、みるみる背丈を超してしまう▼「雨後のたけのこ」とはうまく言ったものだ。似たようなものごとが次々と続いて出てくる例えである。だれが使い始めたのか、情景が目に浮かぶ▼この夏は全国の平均気温が観測史上で最も高かった。もはや異常気象のレベルという。そのせいなのかもしれない。永田町では季節外れの雨後のたけのこが生じている。自民党の総裁選のことである▼岸田文雄首相が退陣表明したと思ったら、出るわ出るわ。総裁選へ出馬表明ラッシュが続いている。何度も挑戦を重ねた重鎮、要職を歴任してきた現職閣僚、若手のホープ議員…。これから表明予定の人もいる▼各人各様の政策や理念が打ち出される。多様性の表れと見えなくもないが、「刷新感」という統一スローガンが聞こえる。古い看板を掛け替え、新しい自民党をめざすそうだ。そうは問屋が卸すまい▼自民党の信頼が地に落ち、首相が追い込まれたのはなぜか。政治資金パーティーの裏金問題や旧統一教会問題が根本にある。正面から向き合わないまま前に進めるはずがない。刷新感という煙幕を張っても、組織の劣化は隠せない。国民は見ている。(北海道新聞・2024/09/05)

 一党の「総裁選び」は、いわば私党の組長選挙。後顧の憂いもなく、司直の監視も恐れるものか、とにかく好き放題に嘘八百を並べて、「総裁山」に駆け上る競争をしている。名乗りを上げたものが十数人、一人当て、推薦人は20人だから、それだけで二百人を越えます。一旦候補者に名を貸す約束をしたものが「引き剥がされ」て、他候補に寝返りを打つ・打たされそうなものまでいるという始末。乱暴狼藉、下剋上の限りを尽くして、さて、本筋の政治はどこにいってしまったのか。

 言うに事欠いて、「雨後の筍」だと。何のことはない、それならば、地下茎でみんなつながっているから、親・兄弟・姉妹、つまるところは家の子郎党ではないでしょうか。今のところ、総裁は総理大臣に直結しているから、それになるためには、どんなことでもするし言う。こんな無節操、厚顔でと思いたくもなりますが、それがこの国の現実です。また、こんな輩、有象無象たちで、国家予算百兆円以上を恣(ほしいまま)にしているのだと思えば、腸(はらわた)が煮えくり返ります。総理大臣に任命された各大臣や政党役職者が、自らを抜擢してくれた総理大臣に「弓を引く」ということに関しても、誰もなんの疚しさも痛痒も感じていないのは、無神経を絵に書いたような無恥厚顔どもだから当然だろうか。

 どこかの新聞記事をネットで見ていたら、「こいつは明智光秀か」とありました。現幹事長が総裁候補に名乗りを上げた、その第一声が「増税ゼロ」と言ったそうな。あるいは軍事費倍増のために、屁理屈を捏ねて大幅に増やした張本人の片棒担ぎが、「軍事費増」はしません、と。また「政党活動費は廃止」と、ぬけぬけと言ってのけた、どの口開けてという以上に、何故、候補者になる前に言わぬかと、人間性の下劣・下卑を思う。上に対しては右顧左眄を厭わず、と問われれば、直ちに開き直るという卑しい根性の持ち主。そんな手合は、断じて「雨後の筍」ではない、「団栗(どんぐり)の背比べ」でもない。下衆・下種の椅子取り合戦。喰わわせ者だが、とてもじゃないが、食物(くいもの)にもならぬ。

 もっと複雑なパズルを解こうとしているのが、この党に何人もいるとされる「自称・キングメーカー」の「老練たち」の戦術・戦略でしょうか。党内に影響力を維持したいという「典型老害」が神出鬼没、まるで、面の割れている「百鬼」たちの夜行、くんずほぐれつ、付いたり離れたりの醜態を世間に晒しています。相関図というものが書けるなら、いたるところに矢印は重なり縺(もつ)れて、収拾がつかなくなっている状態。表向きの「総裁選び」以上に、老害連の「死闘」は血気盛んと言うべきか。死を前に、生き残りを賭けた決闘そのものですね。

 人口減少、都市一極集中、政治と金(裏金問題)、円安と物価高、財政再建問題、などなど、どれ一つとっても致命的に困難な問題を放置して、永田町内の秋の「ダービー、いや「ブービー」の行方。ぼくには大いに関心があるのではないし、むしろ無関心を貫きたいが、世間に片足を着いている身としては、指を加えていることはできない相談。投票権はないし、どうしようもない観客の一人を決め込んでいるが、密かに、これならと思わぬ候補がいないわけではない。

 それは団栗の一つであり、図体はでかいし、歳は食っている。まともなことは言うけれど、泥をかぶらないという気弱さがある。つまるところは、毀誉褒貶半ばしているのです。そして、「亀の甲より年の劫(こう)」なる俚諺もある。良いも悪いも、火中に栗を拾う、その事態に処する経験はあると見る。この「党首」選び、まるで隣県の会社の社長を選ぶようなものだが、その会社は生活諸物資を抑えているのだから、その是非善悪は、当方の生活に直ちに響く。

 と、言っては見るが、狭い国土に多数の人口。だれがなろうが、たちまちのうちに破綻が将来するのは避けられないのだから、誰にせよ「まずは、やってみなはれ」と言う他ない。ただし、嘘や誤魔化しで生きているやつ、親の七光りで減らず口をたたいているもの、あるいはまだ「襁褓(むつき)(おむつ)」が外れていないのは無資格。女性だから、誰でもいいなどということはありえないと、選り好みしていたら、だれもいなくなってしまうんですね。この国や社会の貧しさは行き着くところに来ているという、愛想もクソもない話。

 「醜悪奸邪(しゅうあくかんじゃ)」という語をつらつら思い起こそうとしている。あわせて「奸佞邪智(かんねいじゃち)」という語も。とにかく金を手にするなら、どんな悪知恵でも働かせる高尾tに物怖じしないのだ。

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学校に行かない人にも、陽は昇るよ

 毎朝、起きがけにお茶を飲む。日本茶に限ります。もう十年来のルーティンで、日の出を見る間の安息(rest)でもあり、雨天であれ、曇天であれ、いつも眠気覚ましにお茶を一杯、静岡のお茶農家の自家飲み用(?)という触れ込みで市販されています。もう何十年も、同じお茶を飲み続けている。ぼくは多くのものは、飽きたからという理由で変えることはしないで、使い続けたり、飲食し続けたり。その代表格は「かみさん」で、もう五十年も付き合っています。

 どんなに暑い朝でもきっと急須(万古)で注ぎ、湯呑みで2杯。ところが、数日前からか、急須でお茶を入れ替えて二回。つまりは肌寒くなり、淹れたての日本茶が恋しく、かつ美味しいと思うようになったのです。と同時に、あれほど大きく合唱を聞かせてくれていた「蜩(ひぐらし)」の声が聞こえなくなったように思われ、一入(ひとしお)、「夏は去り置いていかれて我一人」(無骨)を感じさせられている。明日以降はまた暑さがぶり返すでしょうが、さすがに「酷暑」は来ないだろうという見切りがあります。「いつか死のありて今日ある夏の果 」(佐藤希世)、この句からもまた、まるで「やがて死ぬけしきは見えず蟬の聲」(芭蕉)を人の振る舞いに似せたような、重ねたような、うら寂しい瞬間を感じさせられています。

 (ヘッダー写真は「サンライズ九十九里」:https://www.sunrise99.jp/news/detail.php?id=682

 本日の「金口木舌(きんこうもくぜつ)」氏の記事を一読、遥かの昔の自分のことのように、胸の痛さを覚えたのでした。いまでは覚束(おぼつか)ないのですが、高校生の頃、学校に行きたくないと思ったことはしばしばだったでしょう。でも、よほどの理由(病気など)がなければ休まなかった。こと登校に関しては生真面目ではなかったにせよ、休むことはなかった。遅刻は目立って多かったが。休まなかったのは、もちろん学校が好きだったからではない。学校(教室)には居るけれど、実態は「不在」の感覚だったと、今からでも思う。何よりも学校や教師には必要以上に距離をとっていた。近寄りすぎないというのがぼく流の方法だった。要するに、学校というものが見せびらかす、価値や評価というものに、端(はな)から関心を抱かなったのです。

【金口木舌】新学期のゆううつ 夏休み明けの新学期前日、高校生の息子が「学校に行きたくないな」とつぶやいた。人づきあいが苦手だと言う。行き渋りがたびたびあり、頭を痛めている▼生徒が学び合い、部活動や行事を通して友情を築くことのできるのが学校の良さ。一方でいじめや、なじめないなどの理由で不登校になる生徒もいる。不登校の小中学生は22年度全国で約30万人、高校生は約6万人に上る▼大切なのは子どもにとって学校が安心できる環境かどうか。かつて不登校だったジャーナリストの石井しこうさんはインタビューで「まず本人の話をじっくり聞き、受け止めてあげてほしいです」と語る▼親は学校へ行きたがらない子どもを見ると不安にかられる。それも自然な感情。「そして道は一つだけではない、苦しさからはなれてもいいんだよと伝えることが大事です」。石井さんの言葉は親が視野を広げる大切さを説く▼息子は翌日、登校した。疲れたのか、帰宅後ぐっすりと寝た。夜に起きて「はら、すいた」と一言。晩ご飯をほおばった。べたなぎの日があれば荒波の日もある。あせらず、じっくり。自分に言い聞かせた。(琉球新報・2024/09/04)

 コラム氏は書かれています、「(息子は)人づきあいが苦手だと言う。行き渋りがたびたびあり、頭を痛めている」と。「人づきあいが苦手」は、誰にだってあるのではないですかと、我が身に即して思ってみます。人づきあいが得意という人がいるのでしょうか。ぼくにはよくわからない。つきあいの上手下手を言うなら、それはあるでしょうが、上手というのは「調子がいい」「要領がいい」「器用な」ということかも知れないし、下手とか苦手というのは「他人と調子を合わせられない」「不器用な」ということかも知れないでしょう。誰にも、この両面があるのであり、ときには「うまくつきあえる」人に出会うかも知れないし、うまくつきあえていたのが、どうも立ち行かなくなることもあります。要するに、どちらかに「決めつけないこと」ではないか。

 自分が親になり、子どもが学校に行くようになったとき、腹の中で温めていたことがあった、「学校へ行く、行かないは子どもが決めるのだ」ということだった。それは、高校や大学に行く・行かないこと(受験する・しない)にも当てはめていた。彼女たち(双子)は小学生の頃、しばしば「ドラえもんはいいなあ」とか「猫はいいね」、「学校へいかなくていいからさ」と言っていた。朝になってもなかなか起きてこないので、見に行くと布団をかぶって寝ている。「どうしたの?」「頭が痛いから、今日はお休み」と当たり前に言っていた。学校のいいところを上げるなら、たった一つであり、「かけがえのない友だちに出会うかも知れない」という可能性です。その反対もあるのは言うまでもありません。彼女たちの気持ちをていねいに聞いたことはなかったが、どうだったのか。もちろん学校にも「当たり外れはある」のは当然で、人生においては、「禍福」は隣り合わせ。文字通りに「糾(あざな)える縄」です。学校時代にただの一人も親友に出会えないということがあるのかどうか。(徹底した「不登校」なら、それはあるでしょう)

 この記事を読んで、まず感じたのは記者氏の「告白」でした。このような紙面に「辛い悩み事」を書くことはあまりないのではないか。まして「家庭の悩み」なら尚更、そうではないかという、そんな偏見がぼくにはあったから、よくぞ書かれたなという意外の感に打たれ、次いでこの記事を息子くんが読まれるなら、どういうことを感じ取るだろうかということでした。親子の機微に踏み込まないようにしますが、これを読んで直ちに、元気に通学する気になるとも思われません。親の子を思いやる気持ちもそれぞれだし、それを受け止めるのも台本通りには行かない。「学校に行くのは当然だ」という抜きがたい、ぼくに言わせれば「偏見」「通念」を誰もが持っている・持たされている。しかしこの偏見や通念も、社会に蔓延し出して、たかだか「百年ほど」だとするなら、恐れるに足りずと言うべきかも知れないのです。学校制度が出来あがり、誰もが当たり前に「通学」するようになったのは、いつからでしょう、百年も経ったかどうか。就学期が長くなったのは、戦後も戦後、高度経済成長期以降でしょう。

 「6・3・3・4」制度が社会の大勢を占めるようになって、まだ半世紀も経ていないし、それが現時点では飽和点に達しているのは、「不登校者数」の数を見れば明らかです。(大学生の退学者数や不登校者数を文科省が公表しないのは、あまりにも多すぎるからではないですか)もちろん、どの子どもも物事をわかっていて判断したり行動したりしているとは限らない。一時の感情や反発。反抗から、壁に突き当たっている、前途に積極的に希望を託せない、そういうこともあるでしょう。その時、親としてできることも限られている。要するに、自分の価値観や「世間体」を子どもに押し付けないこと、ついで大事なのは、いかなる場合でも子どもの側に立ち尽くすと覚悟を決めることです。

 「(心密かに)子(自分)を想う」親の姿勢や態度が子どもに受けとめられれば、きっと新しい何かが、子どもの中に生まれると思う。「道は一つだけではない、苦しさからはなれてもいいんだよと伝えることが大事です」というアドバイザーの助言は、子どもに向けて発するというより、親自身が噛みしめるべき「道標」だと、自分の経験を想いながら痛感しているのです。物事にはいろいろな側面があり、同時に、生き方にもさまざまな方法(流儀)があると、心底思っていることが子どもに伝えられるかどうか、親の試金石になりませんか。

 正直に言うと「学校なんて、なんぼのもんですかいな」という気概が、学校との関係に新たななにかを、親にも子にも生み出してくれるかも知れないのです。「不登校」とか「登校拒否」をする子には、まるでこの先にいささかの展望もないという風に周りも当人も思い込んでいるのでしょうか。世の中には、学校を拒否したり、学校から拒否された人はごまんといる。だから、そんな人々には「朝日が登らない」かというと、そんなことは断じてない。就学してもしなくても、登校してもしなくても、誰でもが何かしらを自分で学んでいくのです。その「学び方」が大事じゃないですか。ものすごく時間がかかる人もいるでしょう。「生きる」というのは、自分の納得の行く歩き方を探す道程(みちのり)だと、八十直前の爺さんは思い当たっているさ。人生は競争(勝ち負け)などという薄っぺらなものじゃありませんね。

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だれが農業を殺してきたのか

【雷鳴抄】食の安全保障 「農政の憲法」とも称され、5月に改正された食料・農業・農村基本法に基づく国の基本計画づくりが始まった。食料安全保障の強化へ自給率をカロリーベースで2030年度に45%とする目標を掲げるが、達成は容易ではない▼農林水産省は先日、23年度の食料自給率が3年連続の38%だったと発表した。農水省によると諸外国の自給率はフランス121%、米国104%、ドイツ83%で日本の低さが際立つ▼東京大大学院の鈴木宣弘(すずきのぶひろ)特任教授は、そんな日本の食と農を取り巻く現状について各地で講演を行う。本県でも昨秋に小山市で開かれ、「食料や飼料を海外に過度に依存すれば有事に国民の命は守れない」などと訴えた▼鈴木特任教授の近著「世界で最初に飢えるのは日本」を手にした。作物の種子と肥料の海外依存度を考慮すれば、「日本の食料自給率は10%にも届かない」と説き、「国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要」と強調する▼同省は22年度の都道府県別食料自給率も公表し、本県は全国12位の68%だった。ちなみにトップは北海道の218%、最下位の東京都は19年度から0%が続く▼鈴木特任教授は、多少価格が高くても、地域で実った作物の種からつくる循環型食料自給システムに活路を見いだす。消費者も食の安全保障に正面から向き合う時である。(下野新聞・2024/09/02)

  軍事面における国防は国家の一大事と大騒ぎしてきたのが、戦後政治の「大筋の歩み」だったでしょう。手を変え品を変え、日米安保条約を国防の看板に、その内容もどんどんアメリカ一辺倒の防衛体制に変えてきました。凶弾に倒れた元首相は「戦後政治の総決算」を唱導しながら、結果的には旧敵国の軍門に下ることを受け入れた。自らの地位を維持する保証を得るもらうためです。これをして「売国の徒」と言わずして、…。気が付けば、アメリカの指令・司令なしでは何一つ出来ない国になってしまった。この事情は食糧問題でも変わらない。しばしば「食糧(料)安保」と大合唱されてきましたが、気がつけば、多くの分野における食料自給率は惨憺たる状況に追い込まれてしまっています。

 数年前の「TPP」問題に際して、さまざま角度から問題点の指摘をしてきた鈴木宣弘さん。今なお、日本の危機的な食料問題に就いて、積極的な発言を続けておられます。「食糧危機」の実態はどこにあるか。ぼくたちは、スーパーに行けば、簡単に食品を手にいれられると安心しているのでしょうが、その現実は驚くべき危機に瀕していると言うべきです。簡単に鈴木氏の発言を引用しておく。

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 「(自給率の計算にカウントされている飼料を除く)生産資材の自給率を考えると、実際にはもっと低いわけですよね。種の自給率も低く、野菜の種は1割くらいしか国内で作っていません。野菜の自給率は80%といっているけれど、種が手に入らなければ8%しか作れないということです。化学肥料が止まったら生産も半減します。それも含めると実質的な食料自給率は1割くらいしかないかもしれない。それほど私たちは海外からモノがはいってこなくなったときに命を守れないような、とても脆弱(ぜいじゃく)な、砂上の楼閣(ろうかく)に生きているということを今こそ認識しなければいけないと思います」

 「安いからと輸入品に頼っていたらいざというときに命を守れません。だから消費者が今やるべきことは自分が買うもの、外食や中食、加工品も含めて国産に切り替えるということです。国産を使用した商品、販売しているルートをしっかりとみんなで確認する、そして国産をちゃんと使っている食べ物を選択する」

 「安全保障というのは、武器以前にまず食料を考えるべきです。いざというときに食料をしっかり国民に供給できるかどうか。国内の生産コストが少々高いように思えても、普段からみんなで支えて危機に備えるということは安全保障につながります。そのためのコストを負担することはとても重要になります」(「皆で考えよう 日本の食料安全保障 東京大学大学院農学生命科学研究科 鈴木宣弘教授に聞く」:https://www.zennoh-weekly.jp/wp/article/19642

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 ほとんど毎日のように買い物に出かけます。大したものを買うためではなく、その日の食材を求めて、です。このところの物価高は異常と思えるほどで、あらゆるものが高騰している。それもこれも「円安」が引き起こしている、輸入大国のリアルな事態です。つまりは食料品の原材料も含めてあらゆる段階の商品調達が輸入に依存している結果、気が狂(ふ)れるくらいに物の値段が上がっている。輸入商品は食料品に限りません。石油や天然ガスなども含めれば、この社会で流通している商品の、ほとんどすべてが外国産(製)に依存しているということになります。今、コメ不足が大騒ぎされています。しかし、不足しているのはコメではなく、物流商品が誰かの意図した方向に流されているという事態に、注意が働かないということ、つまりは注意不足です。コメの備蓄は十分ある。しかし政府はそれを市場に出さない。出さない理由はなんですか。市場価格が下がるから、と言う。一体、政府は誰の意向に斟酌して「政治」をしているのでしょうか。

 多くの政治家や官僚は「食糧(料)安保」などと気の利いたふうなことを公言しています。僕は昔から、いくつかの商品に関しては「輸入品」は選ばないことにしている。一例は「肉類」です。自国では禁止されている添加物や防腐剤、あるいは、この国では禁止されている「農薬」が他国では自由に使用され、その食料品が輸入され、どんどん市場に出回っています。「食糧(料)安全保障」の掛け声がどれほどいい加減なものであるか、わかろうというものでしょう。この国の農業の衰退は目を覆うばかりです。食料は輸入、軍備品も輸入。これで一国が自立(独立)しているとは、口が裂けても言えない。

 次年度の農水省関係の概算要求額は以下の通り。

 「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」を踏まえ、食料安全保障の強化、環境対応、人口減少への対応の3本柱を中心に、新しい資本主義の下、若者や意欲ある農林水産業者が夢を持って農林水産業に取り組めるような環境整備、元気で豊かな農山漁村の次世代への継承等を実現するための農林水産予算を要求」「総額 2兆7209億円」。(ちなみに防衛省の「概算要求総額8兆5千3百億円」です)

 先の対米戦争時、日本は燃料の多くを米国に依存していました。その事実を承知で「宣戦布告」したというのですから、無謀な戦争だったことは火を見るより明らか。今日、輸入全体のどれほどを、どの国に依存しているのか、それを知らないで「先制攻撃」「敵基地攻撃能力」などと叫んでいるのでしょうか。承知していて、なお「先制攻撃」「敵基地攻撃」を言っているとしたら、それらは亡国の徒であり、売国の走狗だと言うべきではないでしょうか。

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青空に残された 私の心は夏模様

 今では「夏休み」そのものが、いろいろな意味で関係者には「重荷」になっているようにも見受けられます。その存在は、それなりの理由によります。農繁期に必要とされる「働き手」としての児童・生徒という、往時の役割はほとんど皆無でしょう。あるいは夏季の暑さに十分に対応するために、各家庭において児童生徒を保護するためという理由も、いまでは主たるものではない。休暇明けが「児童生徒の自殺特異日」などと言われるようになっているなら、それこそ夏休み不要論が主張されてしかるべきです。ぼくは、日本の学校(小・中・高)は、授業時間が多すぎる、それがために「詰め込み」教育が学校教育の本筋だと錯覚されてしまっている感があります。もちろん、教員や職員にも夏季休暇は必要ですが、それも業務や職務と混在していては、十分に休養を取り、かつ授業研究を施す余裕すら失われかねません。また、長期の休暇では「給食」がない分だけ、困窮家庭では子どもの食事に配慮することが困難になるという大きな社会問題も浮上してきています。

「ましてや学業や進路について深い悩みを抱える子どもにとってはつらい時期となる。もし、いじめを受けていれば、子どもは重い気持ちを引きずるようにして登校せねばならない▼文部科学省は「児童生徒の自殺は学校の長期休業明けの時期に増加する傾向がある」として関係者に通知を出している」このような自殺を準備するような「夏季休暇」などなくしてしまえと言いたくなるし、そこまでして子どもを守らなければならない、そんな危険な学校など廃止したらどうかと言いたくもなります。小手先の、その場しのぎの施策や目眩ましでは、問題はより深刻になる外ないでしょう。

 いろいろな課題を抱えながら、今年もまた「夏休み」が開けました。

 「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に残された 私の心は夏模様」(井上陽水「少年時代」)まるで「夢の跡」のような歌詞が続きます。その意味を詮索する必要はないのでしょう。問題は今は昔の「少年時代」、「目が覚めて 夢のあと 長い影が 夜にのびて 星屑の空へ 夢はつまり 想い出のあとさき」、いつまでも「少年時代」は「思い出のあとさき」という、手繰り寄せられない幻影に、作者は酔いしれているとも見られます。こんな「少年時代」を誰も彼もが経験するのではないことは確かです。

 記憶の中で「心の夏模様」を発酵させる何か(酵母菌)がなければ、「青空に残された 私の心は夏模様」など描けるはずもないのです。人と遇うことが辛くなったら、あるいは、登校するのに疲れたたら、いつだって、自分だけの「幼年時代」「少年時代」に立ち帰ればいいではないか、と手招きしてくれる何者かがいないものでしょうか。

 (「少年時代」井上陽水:https://www.youtube.com/watch?v=dNS4rE2dKJA

【いばらき春秋】「席替え」という言葉をロマンスの辞典(遊泳舎)で探したら「恋愛という舞台の結末を左右する神様のキャスティング」とあった。小学生の頃、夏休み明けの席替えで、憧れの子の隣になれないかとワクワクした、甘酸っぱい記憶がよみがえってくるようだ▼夏休み明けは待ち遠しい半面、その日が近づくにつれて焦りもあった。久しぶりに会いたい友達はたくさんいるが、宿題がまだ終わっていない。うれしさも半分かな、といった気分だった▼ましてや学業や進路について深い悩みを抱える子どもにとってはつらい時期となる。もし、いじめを受けていれば、子どもは重い気持ちを引きずるようにして登校せねばならない▼文部科学省は「児童生徒の自殺は学校の長期休業明けの時期に増加する傾向がある」として関係者に通知を出している▼いまの時期は教職員だけでなく、周りにいる大人たちが、子どもたちの心や体調の変化を見逃すことなく、細心の目配りをする必要がある。腹痛や頭痛、だるいといった異変はないか。十分な食事を取れずに痩せた子はいないか。虐待を受けて体にあざのある子はいないか▼大切な命を守るため、子どもたちが抱える悩みや困難に大人が親身に寄り添いたい。(智)(茨城新聞・2024/09/02)
● 夏休み(なつやすみ)= 学校において授業を行わない日(休業日)のうち、夏季の長期休業のこと。学校教育法施行令第29条「学期及び休業日」の規定により、公立学校(大学を除く)の学期ならびに夏季、冬季、学年末等における休業日は、当該学校を設置する市町村または都道府県の教育委員会が定めるとされている。/ 夏休みの日程は全国一律ではない。たとえば、東京都の場合、都立中学校では東京都教育委員会の管理運営に関する規則、市区町村立小中学校では各市区町村教育委員会の管理運営に関する規則において、それぞれ夏季休業日が7月21日から8月31日までとされている(都内でも市区町村によって日程は異なる)。しかし、豪雪地域では冬季休業日を長くし、その分だけ夏季休業日を短く設定している(たとえば、2022年度の北海道札幌市立小学校の夏季休業日は7月26日から8月19日まで)。そのほか、さいたま市では、7月21日から8月31日までの間で、各学校長が教育委員会と協議のうえで、授業日を十分に確保できる形で定めるとしており、同じ市区町村内で学校によって夏休みの日程が異なる場合もある。(精選版日本国語大辞典)

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「徒然に日乗」(491~497)

◯2024/09/01(日)今にも降り出しそうな天気が続く。大丈夫かと思うと、降ってくる。熱帯低気圧に変容した台風10号の余波だ。この稀有な迷走台風は、今なお各地に大きな豪雨の被害を及ぼしている。▶昼前に買い物で茂原まで。人出は閑散としている。台風襲来中の中休みといったところか。▶一番小さい猫(1歳半・♀)、とにかく生き物が大好きで、動くものなら何でも捕まえてくる。本日はなんと、生きたままのヘビ(多分、「やまかがし」とかいう)、生まれて間がないか、それを咥えて家に入ろうとしたところを止めた。咥えていたものを横取りし、処分したが、おそらく口に咥えようとして少し噛まれたかも知れない、大量の泡を吹いていた。口中を噛まれていたら大変と、「化膿止め」を飲ませて様子を見ていた。暫く経つも特別の変化がないので、大丈夫だったか。家の中にはムカデも入ってくるし、この数日は、大量の蝿が飛び交っている。近所でなにかあったか。出入り自由にしているので、何が飛び込んでくるか、何を持ち込んでくるかわかったものではない。網戸はもちろん、ガラス戸でも猫は自分たちで開け(閉めはしない)る。(497)

◯2024/08/31(土)台風10号の影響、あるいは余波が当地にまで及んだ一日、降ったり止んだりの不安定な天気だった。終日自宅内に。▶本日は「二百十日」で、八月の晦日でもある。もう新学期が始まっているところも、明日からのところもあるようで、なかなかご苦労なことだと、勤め人時代を思い起こすこともある。▶福岡のOさんから、川越のT君からメール。それぞれ、台風10号の被害がなかったかどうか問い合わせていたのに対する返信。両者ともに「事なきを得ている」ということで、一安心。▶この国、あるいは社会は歯止めのない下り坂を転げ落ちているような気がしている。いろいろな面で、戦後八十年のツケが回ってきたのだと思う。もっと言えば、明治以降の百五十年余の、身の丈を忘れた背伸び・拡張路線が大きな間違いを犯してきた、その総決算をする羽目に陥っている時代であることを痛感するのだ。「歴史を忘れる」「歴史を改竄する」「歴史を冒涜する」という、過去への悔恨や反省のない時代の諸相が、少なくともこの三十年間、実に顕著に続いて来たことを思うと、さまざまなことが「反逆」の狼煙のようにこちらに向かってくるように感じてしまう。(496)

◯2024/08/30(金)昨夜来、かなりの雨量があった。朝方はすでに止んではいたが、九州地方に上陸した台風10号の強烈な影響を受ける地域が関東・中部地方では相次いだ。当地でも時に中断を含めて、雨が続いた。総雨量はかなりのものだったろう。▶晴れ間を選んで裏庭でゴミの焼却をしたが、あちこちにイノシシの掘り起こした穴がいくつも、それもかなり大きなものがあった。斜面際にも深く掘った後が残っている。雨が降り止んだら、ていねいに埋め戻しておかないと、斜面の土砂崩れが気がかりとなる。それにしても、各地で集中的降雨による被害が出たようだ。九州方面、四国、関西、中部、とりわけ岐阜や静岡、そして関東地方など。まだしばらくは続くと言う。それにしても珍しく緩慢な速度で進む台風だった。(495)

◯2024/08/29(木)台風10号の接近の影響なのか、いつ降り出しても不思議ではない曇り空。お昼すぎまでは持ちこたえたが、午後からは降り出した。▶以前から気にかかっていた「フジ」「藤棚」を剪定・修理しようと、着変えて庭に出た。少しばかり、フジの枝を剪定。思い切り樹形を整えるつもりで、古い幹を切り取り、蘖(ひこばえ)としてかなり伸びているものを軸に立てるつもりだった。この木に付着していたか、体中を刺された。我慢して続けていたが、痛みもあり、折から本格的に降り出しても来たので、作業は中止。▶一旦は止んだが、夜に入り、更に激しく降り出した。九州各地で集中豪雨(線状降水帯)の襲来で大きな被害がでている模様。(494)

◯2024/08/28(水)午前中に買い物のために茂原まで。このところスーパーの店内にある「百円ショップ」をよく利用する。当初は殆ど行かなかったが、最近は商品の作りがしっかりしている、あるいは乾電池などもそれなりに使えるなど、利用したくなるのだ。この数年、ゴミ袋(生ゴミ用その他)などは、さまざまなサイズが揃っているので、大変重宝している。本日も、台所の生ゴミ用(水切り)、その他いくつかのサイズのナイロン製を求めた。面倒ではあるけれど、まとめて整理できるので、助かっている。猫砂用のものも、今はそれほどでもないが、最初から大いに便利に使ってきた。「生ゴミ」として捨ててきた▶台風10号の影響か、とても涼しい風が吹いている。庭作業をと、一瞬考えたが、このところ寝不足と疲労もあって、本日は休憩に。それにしても「超大型台風」の先行きはどうなるのか、大いに気になる。(493)

◯2024/08/27(火)時にザーッと降ることはあったが、蒸し暑い一日。午後三時ころ、庭作業。除草はもちろんだが、隣の竹藪から、竹の根が侵入し、二㍍以上も高低差のある庭に小笹を一面に繁茂させている。ときには、びっくりするような孟宗竹が庭に出現することもある。いわゆる「伐根」をする必要があるのだが、とても人力では無理。土を掘り起こさなければならないが、今のところは目立つところだけ、根っこを見つけては切り取っている。こんな作業をもう何年も続けているのだ。▶成人して以来、米の飯はあまり食わなかった。代わりに酒を飲んでいたから。二十歳ころから、生意気にも「酒を嗜む」ことを始めたわけ。同時に、ある時期からぼくは朝夕の二食派になった。勤め人時代、昼飯時はいつも店が混んでいて、ゆっくりと食事する気になれなかったのが、それがいつか、昼抜きが習慣になった。というわけで、このところ、朝はパン食、夜は蕎麦にしている。以前は、蕎麦(多くは乾麺)に旨いものがなく苦労していたが、近年市販のものでもそれなりの蕎麦類が売られているようで、いまのところはそれを試しながら、食べている。ある時期まで日本蕎麦粉のかなりの程度は外国産が主たるもので、蕎麦粉にしたり蕎麦にするのが、日本の各地(名産地)だとされていた。今もそうかどうか、はっきりしないが、とにかく、夕食は「笊蕎麦(ざるそば)」にしている。酒類は一切駄目、もっぱら「ノンアルコールビール」で満足している。(492)

◯2024/08/26(月)昼前にJR外房線・土気駅へ。Kくんを迎えるため。おそらく7、8年ぶりくらいの再会。相変わらずの元気印だ、と思った。少しは「蓄積するストレス」で体重は増えていたかもしれないが、世田谷区立小学校で五年目だという。「子ども好き」というのか、子どもたちが彼女を「好んでいる」というべきか。なかなかに珍しい、貴重な資質を有していると思う。学生時代には見られなかったものだし、本人も驚いていると自白していた。常に「保護者」とぶつかっている」と明言していた。いつだって、子どものためにとの発言が親たちを刺激しているのだ。今週の水曜から二学期が始まるという。いろいろと課題を抱えているだろうが、ていねいに歩くことを大いに期待している。▶土気駅前のレストランで軽い食事を取った後、どこかへドライブにでも、と思ったが、ごく近所に「ホキ美術館」があることを思い出して、そこに出かけた。初めてだった。徹底した「写実」絵画の収蔵が核であり、その200点ほどを展示していた。ぼくには久しぶりの絵画鑑賞だったが、一目して、半世紀も時間が止まっているような感覚に襲われた。「写実絵画」の現在位置が、ぼくにはわからないが、おそらく、この展示作品がそれなのかも知れないと思った。こういう絵を描く画家がいて、こういう絵を好む愛好家がいるということは否定しないが、そこになにか新しいものが生まれる気遣いはないように思う。▶四時前に土気駅に戻り、Kくんと別れた。(491)

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