地球虐待は老人虐待に通ず 

 「徒然に日乗」(505~511)

 「年を取る」というのと「歳を重ねる」というのでは、やや意味合いというか印象が違うようにぼくは感じる。どっちでもいいようですが、年齢というのは積み重ねるという意味合いが強いのではないでしょうか。昔から「亀の甲より年の功」と言いました。「年功序列」というのも、年の功(経験や技量、才能)に応じて処遇するということでしょう。「生涯現役」という表現も好まれています。ぼくにはよくわからない「生き方」です。数年前に亡くなった野球の野村克也さんは「生涯一捕手(キャッチャー)」と、46歳まで現役で活躍した。「生涯一書生」という禅の古言を自らに重ねたのでした。その野村さんでも、捕手の生涯は46歳まででした。その後、彼は四十年を生きられた。

 年ごとに人間の寿命は伸びてきました。でも、それに対応する社会の体制が十分に整っていない嫌いがあるのではないでしょうか。「人生百年時代」が叫ばれているのに、老人の居場所が社会に準備されていないとしたら、それは掛け声倒れであり、その分だけ、長生きは「惨め」という悲哀を与えるだけだとも言えます。政治家は口癖せのように「誰一人、取り残さない」という。そうでしょう、「全員を置いてけぼり」にするのだから。高齢者の問題とは意味合いが違うかも知れませんけれど、「走っているからこそ考える、手や足を動かしているからこそ思いつくのかも知れない」という、右下写真の「折々のことば」は、老齢になっても「そうでありたい!」という、一つの蝋燭の光のような明るさを与えています。ぼくは、なんとかの一つ覚えのように「自分の足で立つ」といい続けてきました。そんなことは当たり前と思いがちですが、年齢を問わず、「自分の足で立つ」というのはかなり難しい。第一、自分の足で立っているつもりでも、実はそうではないことのほうがほとんどで、その証拠は学校教育の「与え続ける知識」教育の弊害にはっきり見て取れます。自分の足で立ち、自分の足で歩こうよ!

 「教師が教え(与え)たもの」を「子どもが暗記する」、その「与えられた知識」「借り物の知識」は決して自分の足を鍛えてはくれないのです。同じ「折々のことば」「時は金なり」にも、ぼくは同じような印象を持ちました。「時間を無駄にするな」というのは効率主義、これは今でもあらゆるところで幅を利かせています。迅速に、スピード感を持って「政治を遂行」などと、いい気なものですが、なんのことはない「俺の言うままにしろ」という一人勝手、あるいは独裁の主張でしょう。これは競争原理がその根っこにあります。そうではなく「大切な時間を他者に分ける」という視点をもてと言われるのは、「育児でも介護でも」、もちろん「教育でも」、その仕事の本質に該当するのではないでしょうか。「ケアの本質には、他の人に、自分にとってもっとも大事なもの、つまりは時間をあげるということがある」という、そのことを省いて、なんのための効率化、経済性かといいたい。「時間を省く」というのは、時間を捨てるに同じです。大事なのは、時間をかける、ですよ。「時間」というのは「生命の活動」の証(あかし)です。

 政治でも経済でも、教育でも、「時間が勿体ない」と、さも時間を大切にしている風を装って、実際は「時間を浪費」しているだけという実感をぼくは強く持っている。時間を割く・使うというのは、生命を削ることを指しています。いのちの中に時間は内在しているのですから。ところで、佐賀新聞の「有明抄」氏は「暑い秋」を恨んでおられる様子(ようす)です。日本の四季というのは今は昔の物語。今日は暑い夏と寒い冬の「二季」ですね。ヴィヴァルディが現代日本に蘇ったとしても、決して「四季」というコンチェルトは作れないでしょう。余談ながら、その昔は「二季払い」などと言って、借金を盆と暮のニ回で支払う習慣(慣習)がありました。ぼくなども「ツケ」で物を買った経験がありました。今で言う「月賦」とか「年賦」で、いわゆるローンの支払です。日常生活必需品を借金で購入し、それを「盆暮れ」に精算していたのでした。

 いずれ、地球上の人口の何割かが、異常高温のために今住んでいるところには住めなくなるという、怖いデータがあります。日本の海岸線は年々侵食され、砂浜が奪われています。当たり前に収穫できていた季節の野菜や果物も、これまで通りというわけには行かないとなると、まるで「地球そのものが高齢化・老齢化」したというほかなさそうでしょう。端的に、それは「地球の虐待」だったといいたいですね。人間の老齢化というのは、これまでの所要時間の二倍三倍の時間が必要だということでもあるでしょう。効率化、経済合理主義が齎(もたら)した、時間に追いかけられるような生活環境こそが、根本から捉え直されねばならない課題であるのではないですか。「老人の日」とか「敬老の日」というのは、これまでの価値観や常識(惰性)を捉え直し、変更させるべき機会でもあるでしょう。

 若い頃に読んだ本で「収奪された地球」(ヘルベルト・グルール著、辻村誠三・辻村透訳。東京創元社、1985年刊)という書名を持ったものがあました。これについては、どこかで触れています。石炭・石油などの化石燃料を掘削し、それを蕩尽して地球環境を痛めつける工業化社会、資本主義社会の危険性を大局的に論じたもので、その内容は今もなお古くなっていないと思われます。経済発展のために「地球虐待」が延々と継続されてきた、その終局段階にぼくたちは生きています。その地球の悪化しきった衰退状況を見ていると、この社会における老人、高齢者の姿に重なってきます。「虐待された老人」「老人の虐待」というのは、表現がドギツすぎますが、医療費や年金制度の「エセ改革案」は、老人を切る政策で、それが政権の中枢から聞こえてくる時代。「医療費自己負担三割化」「年金受給開始八十歳」など、おいそれと歳を重ねられない時代でもあるでしょう。嘆かわしいこと夥(おびただ)しいね。

【小社会】波平さん54歳 漫画「サザエさん」一家のお父さん、磯野波平さんは54歳の設定だそうだ。あの風貌、振る舞い。もっと老人かと思っていた。いまのスター、歌手の福山雅治さんより年下だから驚く。▶連載初期の昭和20年代、企業は55歳定年制が主流だった。日本人男性の平均寿命もようやく60歳を超える時代。波平さんの描かれ方はなるほど、そうなるか。「今は年齢は7掛けだよ」。そんな先輩の言葉から、現代なら「波平の実年齢は77歳」と推計した本もある(近藤昇著「もし波平が77歳だったら?」)。▶きょうは敬老の日。「ハルメク 生きかた上手研究所」の調べでは、初めてこの日を祝われたのは平均63・1歳。イメージする対象年齢は73・7歳で3年前よりも2、3歳上がったとか。これも昔と比べ高齢層が若々しい証左だろう。▶政府が、75歳以上で医療費窓口負担が3割となる人の対象を広げる方針を示した。「老後2千万円」だと騒がれたのは5年前。いまとこれからの高齢者の将来不安は増えていく。▶政府は同時に70歳まで働ける企業の割合を高めるという。若々しく、生きがいを求める人にはいい。ただ、高齢になると健康面や仕事への意欲は個人差が大きくなる。本人が柔軟に選択できる社会になっているのかどうか。▶福山さんと同世代の筆者も、いつの間にか波平さんの年齢を追い抜いた。よく老後を想像する。心身の若さはどちらに近いだろうと考えながら。(高知新聞・2024/09/16)

 【有明抄】暑い秋 「言うまいと思えどきょうの暑さかな」。そんな古句を思い浮かべてしまう。暑い! 9月ももう半ばなのに、である◆1年を四季で均等分すれば春は3~5月、夏は6~8月、秋は9~11月、冬は12~2月。そんなイメージだが、近年は春と秋を短く感じる。というより夏が5~9月と長くなった気がする。特に今月は本格的な暑さだ◆県内の最高気温は連日30度を超え、ほとんどが猛暑日。朝夕はいくらか涼しさを感じるが、昼間が暑すぎるからだろう。国連のグテレス事務総長が昨年使った「地球沸騰化」という表現は大げさではない。気象庁によると今年6~8月の国内の平均気温は平年を1・76度上回り、昨年と並んで「最も暑い夏」となった◆猛暑の原因の一つは海水温の上昇という。海面は地表に比べると温まりにくいが、一度熱されると冷めにくい。台風が大型化する一因でもある。熱は循環する。西日本は猛暑日なのに東日本は豪雨という極端な天気も増えた。「実りの秋」への影響が少ないことを祈るばかりだ◆このままでは史上最も「暑い秋」になりそう。冷房は欠かせないものの、地球沸騰化を考えると他にいい手だてはないかと考えてしまう。とはいえ、人は自然を制御できない。暑いと口にするから暑さが増す。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を信じ、秋を待つ。(義)(佐賀新聞・2024/09/16)

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「徒然に日乗」(505~511)

◯2024/09/15(日)昼過ぎに買い物。朝からすでに30℃を越えていた。車で走っていても焼け付くような、ほてりの中にいる気分。どんなに暑くても、一人で乗っているときにはエアコンは付けないから、車内も三〇℃を越えている。窓を開ければ、暑さはしのげるが、それでも熱風が飛び込んでくるので、このところの暑さにはやられる。9月の半ばであるにも関わらずと言うか、連日の猛暑日で、加えて湿度も高い。中々体力が回復しないし、庭に出て作業をするイトマも気力ない。▶日米の「親玉」選びが展開している。方や「親方候補選び」であり、一方「大統領」選挙。だれがなっても、日米関係という歪(いびつ)な「主従」体制は変わらない。変わる気遣いがないのが悔しいね。(511)

◯2024/09/14(土)九月半ばになっても「酷暑」「灼熱」地獄は終わらない。季節は降ってますます盛んと言うべきか。耐風13号は沖縄奄美方面を遅い、北上中。さらに次の台風発生も予想されている。まだまだ海水温が高く、台風発生条件は整っている。▶それにしても、まるで地球は燃えているような塩梅で、外に出れば火傷をする恐れを感じるほどの灼熱の気候だ。只今、夜の十一時過ぎ。室温29.2℃、湿度78%。(510)

◯2024/09/13(金)昼過ぎに茂原まで買い物。気が遠くなるほどの暑さ。すでに朝の早い段階で30℃を超えていたが、更に温度は上昇している。帰路には、いつものH.C.で、常食している猫のドライフードを四袋買う。計五千円弱。細かく計算したことはないが、主食の缶詰と間食用のペットフードを合計すると、一月には相当な額になるだろうし、キャットフードの値上がりは人間用の食量品の比ではない。買う側の足元を見ているのか、驚くほどの高騰ぶりだ。一気に50%もの値上げをする商品(企業)もあるのだ。ひどいというほかない。夫婦の消費よりもかかっているかも知れぬ(509)

◯2024/09/12(木)朝から高温多湿の一日。▶お昼過ぎに猫缶の買い出し。いつものH.C.だったが、普段利用する地下駐車場が満杯。仕方なく屋上にまわった。野天が暑すぎるから、多くは地下に潜ったということだろうか。いつものように缶詰と煮干しやその他の間食(おやつ)を購入。色々と試して見るが、いつもの缶詰が合うらしい。▶昨日の米大統領選挙の討論会の余韻が冷めない。現地のテレビなどでは「K候補が素晴らしい仕事をした」と称賛。もちろん、そうではないテレビ局の番組もあったろうが、印象からすれば、副大統領の「圧勝」という評価だと思う。それ以前のアメリカのマスコミのK氏に対する評価はかなり厳しいもので、「彼女は全然準備ができていない」「彼女が何者であるか、よく理解されていない」という、自らの職業上の怠惰を棚に上げて、消極的評価で固まっていたと思う。それが一夜明ければ、様変わり。「能ある鷹は爪を隠す」と言うではないか。投票まで、まだ一ヶ月半もある。何が起こるかわからない。注目したい。▶翻って、劣島の政権党の「総裁選挙」の候補者受付があり、九人が届け出たと言う。掃き溜めか、泥沼の世界における政治をしてきた政権政党の議員たち。何を語っても「嘘だ」と顔に書いてあるのが丸見えだから、実に虚しい限り。注目のしようがない。▶只今、午後九時過ぎ。室温29.2℃、湿度77%。気温の上では、掛け値なしの「熱帯夜」だ。(508)

◯2024/09/11(水)当地の西隣・市原は36℃超、東隣・茂原は35℃超。熱帯地の両方に挟まれて、当地も凄いことになっている。九月半ばで高音の新記録か。室内に座っているだけで玉の汗、ついに昼過ぎにはシャワーを浴びた。少しは体力回復かと早とちりしたよう。この先も超高温超多湿が続くらしいし、颱風も続々と発生しているので、なかなか心身ともに油断はできないのだ。▶米国大統領選挙の討論会をネット配信で視聴。相変わらずD候補は無茶苦茶な「独裁者」風で、しかし、一気に衰えた姿がそこにはあった。一方のH候補、事前の合宿が効いたか、心配されていた準備不足はカヴァーできていただろう。そうではなく、彼女本来の能力が少しばかりでてきただけ、これまではその機会がなかったのだ。この両者の現段階の支持率はほとんど同率。ということは、どんなに悪質な犯罪を重ね、虚偽を重ねている人間でも「国民の半分の支持」が得られる国、それがアメリカだということ。その多くは選挙制度によるだろう。翻って、この劣島社会はどうか。政権党の派閥や議員個人がどんなに悪質な(政治)行動を取ろうが、政権交代がないというのだから、彼の国よりも救いがたいということかも知れぬ。(507)

◯2024/09/10(火)朝一番に(6時半)に生ゴミ出しに。▶午前中、駄文を弄っている時に、福岡から電話。9時ころだったか。彼女から来たメールへの返信を一週間も放置していたので、その催促と言うか、お叱りの電話。「11月20日に伺いたいが、どうか」と問い詰められる。飛行機の切符も手配したとも(まさか、ね)。2ヶ月先に息をしているかどうか怪しいのだから、返事のしようもないが、とにかく「予定」を受け入れることにした。さて、どうなることか。O君とはもう四十年来の付き合いだと言う。▶それにしても酷暑は続く。これまでに消耗した体力が回復しないままで、痛めつけられるほどの暑さ。屋外に出るのは危険だと感じるのだ。いったい、いつになると「秋冷の候」となるのだろうか。(506)

◯2024/09/09(月)お昼すぎに買い物で茂原まで。なんでもない品物を買っただけで、会計は6.500円だと。驚くとはこのこと。めったにないことだが、家に帰り、改めて計算してみた。よほど気をつけて買い物をしないと、物価高で足元を救われ、生活を破壊されかねない。▶九月初旬に台風が劣島に近づいたために、やや気温は下がったが、その反動というか、ぶり返しがすごい。感覚的には連日、猛暑日を息絶え絶えに凌いでいるという格好。日増しに気温が更新しているのではないかとさえ思ってしまう。九月半ばになりながら、酷暑に責められているのだ。▶本日は重陽の節句。何をするでもないが、若い頃は菊酒を嗜むという遊びをした記憶がある。菊にはまだ早いが、京都時代の菊の季節が懐かしい。(505)

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「敬老の日」って、なんですか?

▣ 週のはじめに愚考する (第參拾六)~ 「今日は何月何日何曜日」は、每日のように記憶に刻んでいるつもりでも、その日が「敬老の日」だと指摘されなければ気がつかない。「有明抄」を読んでいて、そうか、明日は「敬老の日か」と思い至った次第。それがどうしたという感情も湧きました。コラム「有明抄」で書かれている沢村さん(おていちゃん)の映画はあまり観なかったが、テレビドラマは時々覗いたことがある。多分、テレビの全盛期(というものがあったとしたら)だったでしょう。なかなか気が強く、言うべきことはづけっと言う。江戸下町生れの女性というのは、こういう人を指すのかと思ったほどでした。

 芸能一家の出身で、生涯を映画やテレビ、舞台で活動された。九十歳近くまでお元気で、生活の拠点を熱海に移されて、なお旺盛な執筆活動も展開された。その間に書かれた殆どの本を読んだことになります。文才というものがあるとはこういうことを言うのかと、ほとほと感心しながら読んだものです。映画人、あるいはテレビタレントと言うより、一人の女性、それもかなり高齢の方・女性の生き方というものを示されたと思っている。たしか生まれも育ちも浅草だったと記憶している。これはどの本に書かれていたか、ある時、テストで百点を取って意気揚々と帰宅した。「お母さん、隣の◯◯ちゃんは、テストができなくて残されているんだよ」と得意げに言ったら、母親は、「なんという嫌な子だろ、〇〇ちゃんはずっと家の手伝いをしている。あんたよりよほどしっかりしているよ。少し点数がいいくらいで、いい気になるんじゃないよ」とピシャリと叱られた。このようなエピソードを書くこと自体、沢村さんは母親の教えを身に付けたということでしょうし、自分の持っている欠点を忘れないで生きてきたということだったと、ぼくは関心したのです。

 沢村さんの書かれたものを読むようになって気づいたのは「この人はどうしてこんなに記憶力がいいのだろう」ということでした。日記はもちろん、家計簿や料理惣菜の類も記録に残されていたのでしょうか。次々に書かれるものが、彼女の性格そのままに整然と簡潔に要を得て書かれていたのに驚いたのでした。このように(ものを書くというのではなく)、歳を取れたらいいね、歳を取りたいものと思ったのは確かでした。ぼくは、もう一週間もすれば「傘寿」、つまりは八十のお爺さん。「元気でデジタル機器も難なく使いこなせるシニア」ではもちろんないし、「趣味や食べ物の好みなど、若い世代と似通ってきている」風は微塵もありません。「消齢化」などと異なことを言われる。年齢をごまかしているだけの話ではないでしょうか。人によって年相応、歳より若く見えたり、あるいは老けて見られることはいつでも、だれにも起こります。第一、「年相応」という表現の意味するところは、基準も見本もないのですから、全く個々人の姿勢や振る舞いに俟(ま)つ他ないでしょう。

 「若く生きる価値ばかりが語られ、老いていくことの値打ちは見向きもされない」という傾向は、残念で悔しいけれども、たしかにあからさまにありますね。歳を重ねるのは自然(必然)であり、同時に諸々の機能や能力が衰退するのは不可避です。ところが、この社会の現実を見ていると、まるで「年を取るのは悪い」「老人は目障り」と言わぬばかりの、年寄退治の趨勢は否定できないでしょう。老人ホームや介護施設の報道には、何重ものバイアスがかかって、年寄り忌避・老人撲滅の雰囲気が漂っているようにも映る。じつに悍(おぞ)ましい。

 これまでにも何度か触れたことで、今も多いに気になっていることがあります。二十年程前だったか、帰省した折り、おふくろが何気なしに(だったと、ぼくは聞いたのだが、実は深い悲しみがあったのかも知れない)「私は長生きしすぎた」と口に出したのです。ぼくは驚いたが、彼女には何も言わなかった。ぼくの心中では、「こんな風に自分の晩年を見ているのか」という驚きは大きかった。衝撃でさえあった。「わては、ちょっと長生きしすぎたわ」というわが母の心情は、当時のぼくにはよく理解できなかったが、今は何となく分かる。さらに歳を重ねれば、もっとわかるかも知れないし、そうなれば、あるいは、ぼくは生きることを止めるか発狂するか。

 山の頂上に留まるのはほんの一瞬。急いで登ろうが、いやいや登ろうが、とにかく人それぞれに見合った頂上がある。その頂上に、一瞬間だけ立って、後はひたすら下るばかりです。これも人それぞれで、高い頂上に登った人は時間を掛けてゆっくりと、とは行かないで下るのでしょう。頂上への道と下山の道は同じではありません。この数年、富士山への「弾丸登山」が問題視されています。その無謀な登山とも言えない暴走・暴挙は、ぼくにはある種の「人生」の送り方にそっくりの気がするのです。息もつかずに「頂上」や「ご来光」を目指し、その目的を達したなら、一目散に下降する、今日、この社会の学校教育が第一に推奨する「価値ある人生行路」にそっくりに映ります。「一流」「名門」「難関」と世評に高い上位校(名山)を目指すのは、まるで高山への早駆け競争。人よりも早く昇ることが目的。ぼくなどには、なんとつまらない「登山」、登山とも言えない「暴走か」と言いたくなります。「五輪」への参加やメダル獲得競争も、どうやら「弾丸登山」のように、ぼくには見えてきます。

 ぼくも若い頃は何度もアルプスに昇りました。でもその昇り方はいつだってマイペース。天候が悪くなれば、迷わず引き返す。周辺の景色、高山植物や雷鳥などの貴重な植物・生き物に出会う喜びが主な目的であって、昇ることそのものに重きを置くのではありませんでした。人生も同じような足取りで歩いてきました。誰かと競うというのはもっとも唾棄すべきこと、人生は競争ではない、自分の足取りで歩くという、いわば虚仮の一念でここまで歩いてきたと言えます。それが良かったか悪かったか、答えは持っていない。自分の思いのままに自分流に生きて来たというばかりです。

【有明抄】老いていくことの価値 やや険のある脇役が多かった女優沢村貞子さんは81歳で引退した後、いやな夢をみた。あまり気の合わないスター女優とドラマで共演していた。カメラが止まった瞬間、沢村さんは彼女の耳元でささやく。「私あなたの、あの秘密、よく知っているのよ」◆相手はギョッとしている。「大丈夫よ、誰にも言わないから」と得意げに笑って…目が覚めた。沢村さんは若い時分、先輩女優にそんな意地悪をされた。年を重ねて角も取れ、物わかりがよくなったつもりでも、同じ思いを味わわせたい邪心が消え残っていたのかと驚いたという◆たしかに年齢によって価値観が変化するとは限らない。元気でデジタル機器も難なく使いこなせるシニアが増え、その傾向は強まっている。趣味や食べ物の好みなど、若い世代と似通ってきているとか。年齢ごとの際立った違いがない「消齢化」が進んでいる、との分析もある◆そんな時代だからか、政府も年齢だけで「支える側」と「支えられる側」を分けない高齢化対策の指針を打ち出した。働き手や社会保障の担い手が求められる社会で、「年相応」などという言葉はいつか死語になるかもしれない◆若く生きる価値ばかりが語られ、老いていくことの値打ちは見向きもされない。あすは「敬老の日」。いかに老人らしく老いるか、たまには考えてみてもいい。(桑)(佐賀新聞・2024/09/15)

● 1908‐1996年、東京都出身。父が狂言作者、兄と弟が役者という芸能一家に生まれた。日本女子大学在学中に新築地劇団へ入り俳優に。日活、東宝を経て戦後はフリーとなる。粋で品のあるたたずまいと確かな演技力で、300本を超える映画に出演。幅広い役柄を演じ、名わき役としての地位を確立。またエッセイストとしての活動も知られる。NHKではドラマスペシャル『冬構え』『父の詫び状』、ドラマ人間模様『花へんろ 風の昭和日記』などに出演。(NHKアーカイブス「人物」:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009070038_00000

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嫌なことは忘れ、前だけ向いて

 四日前の「米国大統領選挙討論会」を(ライブで)観ました。感想というか、おおよその評価は現地テレビやネットに流れているのと変わりません。「討論会」での勝ち負けは投票結果にそれほど影響しないというのは、本当かも知れません。T 元大統領はかなり分が悪かった。アタリマエのことで、要するに、手ぶらで舞台に上がって、それで相手を撃ち負かせるという「ハッタリ」だけ、その点では素のままだった。2016年に当選したときも今とは変わらない「出任せ」「ハッタリ」だったけれど、それでも勝利に結びついたのは相手がよほど悪かったからだと思う。とは言え、どっちが勝っても不思議ではない投票結果だったから、いい例えではないが、マラソンの勝敗を決めるのは「最初の一歩」だったというおかしなことが起こったのかも知れない。「握手」を求められた段階で、要するに、T は「手玉に取られた」といえる。その後は、相手にのみこまれたままだった。

 今回はどうか。他国の大統領選を占うのも芸のない話だが、何、結果はこの島国の根幹に関わるのだから、いささかなりとも関心は維持していたい。H 現副大統領が勝つだろうと、ぼくはすでに早い段階で(彼女が候補者になる際)で、判斷していた。もちろん、高齢の現職大統領が候補者としてふさわしくないのはわかっていて、交代するのは時間の問題だと見ていたから、このまま行けば、KLA氏が大統領だ。(アメリカは暴力横行社会で、しかも銃所持容認、何が起こるかわからないが)(米に限らないが、多分、多数決を争うとき、殆どの場合に圧勝はない。60対40は先ず生じないのだ。今回もそうだろうと思う。つまりは51対49というように。どんなにいい加減で下劣な候補者(30以上もの事件の犯罪者であっても)泡沫候補にならないのは大統領選挙制度と、ひょっとすると今日の社会状況の反映かも知れないと思う。暴力の崇拝者であって人種差別主義、そしてミソジニー、などという最低最悪の特質を備えた候補者でも、そこそこの勝負になるというのは、「分断社会」という現実の反映だろう。賛成、でなければ反対。どちらとも言えないという曖昧派はまず存在しない。それと正反対なのは、この劣島で、その優柔不断さは希有なもの。

【斜面】忍耐が要る総裁選 反省。改革。成長。安心。適切に。全力で。しっかりと―。個々の政策や力点にいくつか違いがあっても、判で押したような同じ単語、フレーズを聞き続けるのには忍耐が要る。自民党総裁選の演説会や共同会見を見ての率直な感想だ◆政治家であれば、いずれトップに立って国政を動かしたい。その志やよし。若手からベテランの史上最多9人が名乗りを上げた。派閥の力で絞り込まれるよりも健全に見える。9人が実現する政治を演説から想像してみた…。像が結べぬのは筆者だけか◆「地方」という言葉もよく出る。過去の総裁選では全国知事会が各候補にアンケートをして公表してきた。が、今回は見送っている。「回答できない」という候補がいて、党が各候補に対応自粛を求めたという。語りはするが、答えはしない。地方に向ける意識はその程度ですか◆「ザル」といわれる改定政治資金規正法を生んだ面々だ。「政治とカネ」の問題も深入りすれば自己矛盾に陥る。「終わった話」を蒸し返すような「出る杭(くい)」は党内で支持されない。期待もしなかったが、歯切れの悪い言葉を繰り返し聞くのにも忍耐が◆決選投票の公算が大きい。その時は既に敗退した候補の得票が勝敗を左右する。一度負けても勝ち馬に乗れれば発言力は増す。党内地図を描き直す総裁選は内向きの派閥構造が再生してゆく過程と見ることもできる。政治家の志でなく「政治屋」の志の持ち主はいないだろうな、と見回す。(信濃毎日新聞・2024/09/14)

 さて、その極東の小島のボスになるための前哨戦が始まった。あろうことか有象無象、9人の候補者が出た。ぼくはこの「選挙」には関心はない。目や耳に入れるのもムカつくのだ。裏金問題、カルト集団との付き合い、軍事力の天井なしの拡大、その他あれこれ、この有象無象がどうにかする気力も、できる能力もないのだから、まず「候補」と言うだけで、話は終わる。一体どこを見て話しているのかと、聞き耳を立てれば、ことごとく「親方米丸」に向けての発言と聞こえる。これまで以上に追従し、服従し、言いなりになり、迷惑は掛けないで、金は国民を犠牲にしても出し続けますと言っている。どうですか。かかる連中が、「一人も取り残さない」「みんなのために」などと言ってのけるのは、T 元大統領が「移民は猫を、犬を食っている」という以上にありえない、荒唐無稽な作り話なんですよ。堕ちろ、堕ちろ!

 どうにも止まらない惰性政治の結果、この社会が陥っている泥沼からの脱出は不可能だと断言したい。「政治家にモラルを求めてはだめだ」というのはどこかの党の憲法に書いてあるのかもわかりません。裏金のどこが悪い、脱税、結構じゃないか、カルト集団、それのどこが問題だ、等々。「悔しかったら、議員になってみろよ」と、バカ丸出しの鉄面皮。まるでなんとかの面に小便(しょんべん)です。厚顔の上に無知が加わらなければ、白々しくも「日本再生」などとは言えない科白。世襲四代目が「社会の活性化」を宣うとは「シャレ」にもなりません。場末の侘しい夜店の「叩き売り」のような、寂れた乱痴気騒ぎ、憲法を改正し、でも脱税議員は許さないとは死んでも言わないけれど、国防には金は惜しまない、この国は独自の文化(淳風美俗)をひたすら守ると、「時代遅れ」「時代錯誤」宣言を悪びれずに囃すのだから、付き合ってはいられない。とにかく、滓と屑と泡沫ばかりの賑わいです。国家はいらないね。だから、国会も国会議員もいらないさ。ぼくは、いつでも言いたい、町内会だけで十分だと。「掃き溜め」に住んでいて、そこに居続けて(抜け出さないで)、この社会をより清く、よく清々しくできるもんかね。(右下表も東京新聞)

 「百年河清を俟つ」という。「自民党」という濁った沼沢が「澄むことはあるだろうか」と問うのは、裏金を懐に入れていて、「法的には処分は終わっている。党内処分も決まった。(それにもかかわらず)何かを言うのはおかしい」とヌケヌケという輩がいなくなることを意味しますから、そんな事はありえないこと、身辺に埃が立たない人間が「自民党」に来なくなることはいつまで経っても起こらろないでしょ。裏金を貯めこみ、脱税している議員共が、ある候補者の推薦人になって、「新しい政治」「金のかからない政治」を叫んでいるという、悲しいほどの頽廃の構図が永田町で起こっている。「口から出任せ」ではなく、奴らがしてきたこと、していることの中にこそ「政治家の思想」がある。思想は言葉ではなく、ふだんの姿勢や態度のことなんだ。

 「[由来] 「春秋左氏伝―
じょう
こう
八年」に引用されている、中国の古い詩の一節から。紀元前五六五年、春秋時代のこと。
という大国に攻められた小国、
てい
で、降伏するか、以前から縁がある大国、
しん
の援軍を待つかが議論になりました。このとき、降伏派のある人物が、「河の
むを
つも、
じん寿
じゅ
いく
ばく
ぞ(いつも黄色く濁っている黄河が澄むのを待つとはいっても、人間の寿命はそんなに長くはない)」という古い詩を引用して、待っていても晋が助けてくれるあてはないことを述べたので、楚に降伏することになったのでした」(故事成語を知る辞典)(ヘッダー写真は「黄河」:https://so.vjshi.com/9253049.html

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高市早苗氏の出陣式に出席した衛藤晟一氏=9月12日、国会内で(由木直子撮影)

 裏金議員への批判「おかしい」 高市早苗氏推薦人の衛藤晟一氏が反論 「法的に処分は終わっている」 自民党総裁選が12日、告示された。立候補した高市早苗経済安全保障担当相(63)=衆院奈良2区、9期=の推薦人20人のうち13人は、派閥の政治資金パーティー裏金事件に絡んで裏金を受け取っていたと党本部が公表した議員だった。/高市早苗氏の出陣式に出席した衛藤晟一氏=9月12日、国会内で(由木直子撮影)/そのうちの1人、衛藤晟一元沖縄北方担当相(参院比例)が高市陣営の出陣式後に報道陣の取材に応じ、「法的には処分は終わっている。党内処分も決まった。(それにもかかわらず)何かを言うのはおかしい」などと反論した。野党などからは、裏金議員が総裁選候補者の推薦人になることに批判の声も上がっている。(以下略)(東京新聞・2024/09/12)

● 一事不再議(ちじふさいぎ)= 議院において一度議決した案件については、同じ会期中に重ねて審議することをしないという原則をさす。訴訟法上の「一事不再理」と区別してこうよばれる。すでに決定した問題について、重ねて審議することは、議決を不安定にするばかりでなく、会議の能率を低下させて議事の運営上好ましくない。会期制と結び付いている原則であるが、会期が異なる場合はこの原則の適用はない。明治憲法は「両議院ノ一ニ於(おい)テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス」(39条)としてこの原則を認めていた。現行憲法では明文はないが、これは法律案の議決について、衆議院で可決し参議院でこれと異なった議決をした法律等は衆議院で再議決することができる(憲法59条2項)という規定との矛盾を避けるためと考えられる。しかし、この原則は合議体の議事運営上の条理ともいうべきもので、国会両院および地方議会において運用されている。例外として、事情が変わったため、目的・手段が異なったり、あるいは新たな理由が生じた場合は、同じ問題でも問題が変わったとして再議に付すことがある。(日本大百科全書ニッポニカ)

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米ばかりが穀物の主にあらず

 臥龍山近くで赤ソバの花見頃 広島県北広島町 広島県北広島町八幡地区で、赤ソバの花が見頃を迎えている。住民グループが約4ヘクタールで栽培し、今月末ごろまで楽しめる。/臥龍山近くの畑では、直径1センチほどの愛らしい花が一面を赤や濃いピンク、白に染める。11日早朝には、朝焼けをバックに幻想的な雰囲気を醸し出していた。霧に包まれて映える様子や澄んだ青空との対比など、時間によってさまざまな光景を楽しめる。/地区内の11軒でつくる住民グループ「赤そばの里 八幡高原」が2015年から栽培。高木茂代表(69)は「今年は台風の被害もなく生育は順調」と手応えを口にする。/10月中旬に刈り取り、昨年並みの約1トンのソバの収穫を見込む。近くの芸北高原の自然館内の食堂では、昨年産の実を使ったそばを販売中。11月には新そばが味わえそうだ。(与倉康広)(中國新聞・2024/09/11)(ヘッダー写真も)

 蕎麦再論。劣島各地に「そばの名産地」があります。それは何を示しているのでしょうか。北海道から沖縄まで、いたるところに「そば処」があるというのは、蕎麦が育つ環境は土地柄や土質を選ばない、むしろ荒れ地や痩せ地に名産地があると言ったほうがいいくらいに、手もかからず、年に二回は収穫が期待できる、そんなところから、「そばは何処でも名産地」ということの証明になっているのでしょう。

 それでは、どうして蕎麦が「常食」にならなかったのか。いくつかの理由があるでしょうが、やはり稲畑耕作の普及が、そしてやがて「敷島の稲穂」がこの国を表す象徴として持て囃されてきたからでしょう。加えて、食に供するまでの手間暇は、米に比べて格段に面倒でした。しかるに、その一方で蕎麦は、米や他の食糧の不作や凶作を克服(補填)する重要な食料として、常に準備されてきたのも事実です。

 今夏の異様な熱波・酷暑の中で、ぼくは改めて「蕎麦」の効用・栄養価などについて、每日のように考えてきました。もう一ヶ月以上、每日夕食は夫婦で「笊蕎麦(ざるそば)」です。一昔前よりも、品質の良い蕎麦(蕎麦切り)が市販されるようになりました。また、各地の名店がオンラインで「生蕎麦」の通販も行っています。米を食わなくなった人間(小生)の「主食」になりそうな蕎麦についての、愚にもつかない「そば考」ではあります。

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● そば(蕎麦)= そば粉を主原料にした食品。一般にはそば粉を水でこねて薄く伸ばし、細く切った麺(めん)(そば切り)をさす。ソバは中国が原産地で、朝鮮半島を経て日本へ渡来し、各地で栽培されるようになった。渡来の時期は古く、縄文晩期ともいわれる。現在では世界中で広く栽培されている。ヨーロッパへの伝来は14世紀以降で、パンなどにそばの粉を混ぜて用いられた。日本では奈良時代すでにそばが用いられていたことが記録にみえる。『続日本紀(しょくにほんぎ)』養老(ようろう)6年(722)条に、夏、干魃(かんばつ)で大飢饉(ききん)になったため、晩禾(ばんか)(晩稲)や大小麦とともにソバを植えることを命じた、とあるのがそれである。また、『続日本後紀(しょくにほんこうき)』承和(じょうわ)6年(839)条にも、非常の作物としてソバを植えるようにとの命が出たとあり、ソバは古くから救荒として栽培されていた。日本におけるソバの最初の栽培地は滋賀県の伊吹山付近といわれ、ここから順次東へ広がった。そして、岐阜、長野、山梨の各県などで栽培が盛んになり、今日では信州が名産地として有名である。このほか、各地に数多くのソバの産地があり、土地の名を冠したものが食べられているが、五穀のように常食はしていなかったようである。そばは粒状のむきそば、およびそば粉が食用として用いられる。(日本大百科全書ニッポニカ)

● そば= 《栄養と働き》そばには5月中旬から6月中旬にかけて種が蒔かれる夏そばと、7月中旬から9月上旬に蒔(ま)かれる秋そばとがあります。新そばといわれるのは、秋そばのことで、香り、味ともに夏そばに勝っています。/非常に丈夫な作物で、やせ地や寒冷地でもよく生育し、しかも50~70日と短期間に収穫できる利点があります。そのため、飢饉(ききん)に備える作物として、古くから重要視されていました。(⤵️)

栄養成分としての働き  栄養的には、他の穀類には少ないアミノ酸のリジンやトリプトファンが多く、たんぱく質の栄養価が高いのが特色です。コレステロールを排出してくれる食物繊維も豊富なので、便秘(べんぴ)改善や動脈硬化予防に有効です。/そばには毛細血管を強くするルチンが含まれているのも大きな特色です。ルチンはそばの実の殻(から)に多く含まれている栄養素で、フラボノイドの一種。欧米では薬として用いられているといいます。/その働きとしては、毛細血管を強化するほか、血圧降下作用、膵臓(すいぞう)機能の活性化、また記憶細胞の保護や活性化にも関係しているといわれています。その結果、心臓病や脳血管障害の予防、糖尿病の予防と抑制、記憶力の向上などに有用です。/最近では、そばに含まれるたんぱく質が体脂肪の蓄積を抑える働きをすることがわかっています。/ルチンの働きとそばたんぱくの働きで、動脈硬化予防に強い効果を発揮する食品といえます。(⤵️)

《調理のポイント》 そばは麺(めん)として食べるのが一般的です。もりそばやかけそば、また、ゆでた麺をのり巻きにしたそば巻きなど、くふうしだいでいろいろと利用できます。/そばを食べる際に注目したいのは、薬味の存在。薬味はそばの効能を引きだす役割もになっているのです。たとえば、刻んだネギは、アリシンという物質を含んでいるので、そばのビタミンB1の吸収を高め、疲労回復、冷え症などに効果を発揮します。/ワサビは辛み成分のシニグリンが代謝を高め、冷えを改善するので、体を冷やす食品といわれるそばとの組み合わせは理にかなっています。/また、ルチンやビタミンB群は水に溶けやすいので、ゆでると、ゆで汁の中に溶けでてしまいます。ゆでた汁は、捨てずにそば湯として飲みましょう。このとき、つけそばの汁に入れて飲むときは、食塩のとりすぎにならないよう、十分注意してください。/また、そばがきにすれば、成分を丸ごととることができます。ダイコンおろし、ワサビ、ノリ、ゴマをそえて、そばつゆをかけて食べます。(食の医学館)

 そばが健康やダイエットに効果的な食品ということをご存じですか?/そばは、ルチンをはじめとしてビタミンB群やミネラルが豊富に含んでいる体に良い食品です。/また、白米と比較をすると、カロリーが低く、タンパク質を豊富に含んでいる食材です。/カロリーや炭水化物も量も少なく、太りやすさを示す指標にもなるGI値は54となっていて、白米の84と比較すると低い数字となっています。このことから、そばは、ダイエットに向いている食材ともいうことが出来ます。(以下略)(「和食の旨味」参照:https://www.kobayashi-foods.co.jp/washoku-no-umami/soba-nutrition

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 米の飯を食べなくなったのは、お酒を飲みだしてから。もう半世紀近くになるでしょうか。もちろん、酒を飲んだら、同時にご飯は食べないという意味で、朝飯には米飯をという習慣は、しばらくはありましたから、まったく米なしの生活を一貫して来たのではありません。しかし、ここ十年ほどは朝はパン食(小麦)、夜は米抜き(酒抜き)で、おかずだけ。そして、夫婦でノンアル(350㎎)ヒト缶、時には飲み切れないことも。そして、今夏の酷暑に体力を消耗しつくして、ようやく始めたのが蕎麦食でした。もともと、蕎麦が大好きだった。昔から、酒の友に、そんなことでした。従来から、市販の蕎麦(そば切り・乾麺)は時々は購入はしていましたが、口には合わなかった。だから常食にはならなかったのでした。いろいろと試してはいたのです。

 今夏の異様な暑さに、ぼく自身が「穀類の華」とも評価している蕎麦、一体どれくらいのもの(品種か・品揃え)があって、どの程度食味に満足できるか、それこそ時間をかけながら、毎夕試食を重ねてきたのです。「これだ!」という決定版があったとはいいません。でも何種類か、市販商品でも十分に美味しいと言えそうなものに巡り会えた。まだ探求中ですが、これなら、常食に叶うだろうと考えているところまで来ました。もちろん、今のところは「乾麺」です。それでも、米飯よりはカロリーはやや落ちますが、その他の栄養価では遜色ないどころか、大いに推奨に値する食物だということは以前から知られていた。細かいことは省きますが、蕎麦は穀物であり、ある時期のある地域の人々は常食していた歴史もある。ぼくは、毎晩のように、自分で茹でて(「そば湯」も取れる)、好みの硬さにして食している。まるで「カップラーメン」ほどの手軽さですよ。

 年老いたせいもあり、血圧が高く、血管の衰えがかなり進んでいると思う。蕎麦には、他の穀物にはないルチン(rutin)が含まれている。(「フラボノイドの配糖体。淡黄色の粉末。ソバ・エンジュなど広く植物中に存在。毛細血管の透過性を軽減する作用があり、血管補強薬として用いる。ビタミンP」デジタル大辞泉)その他、諸々の栄養価が、老化に伴い、必然的に衰退し、衰弱した体質・体力を改善してくれるかも知れない。何より、太らない(肥満防止)ためには格好の食物です。また食物繊維がふんだんにあるので腸の健康を保つには勝れているし、ビタミンB1・B2なども多く含有されているので、疲労回復や脂質の代謝には必要な栄養素には事欠かないのであります。また「笊蕎麦」には体を冷やす効果もあると言いますから、酷暑の砌(みぎり)、ぼくには最適の食材だと思えてきます。

 もちろん、いいことずくめというわけには行かないが、米よりは、むしろ常食に向いているのではないかとさえ考えているのです。まるで縄文人(当時は米を食っていたかどうか)になったような気で、都会の喧騒や混乱から逃れてきた人間にはお誂えむきの食材かもしれないと思っている。現下の米不足や米価高騰の折りだから、ぜひ蕎麦をというのではありません。ぼくの好みに合っているから、それだけの理由で蕎麦を選んでいるだけ。しかも、結果的にはいろいろな健康上の効果が期待できるなら、食卓に載せない手はないでしょう。最近気が付いたのですが、猫がそばを食べるんですね。特に「ざるそば」が好みのよう、なにせ好物の海苔がついていますから。

 「GI値とは食品に含まれる糖質の吸収度合いを示し、摂取2時間までの血液中の糖濃度を計ったものです。/GI値が高い食品は急激に血糖値を上げます。反対に低い食品は血糖値を上げにくいのです/急に血糖値が上がると、インスリンが分泌され血糖値を下げようとします。そうするとすぐにお腹が空いてしまい、間食をしやすくなってしまうのです。反対に低い食品は腹持ちが良く、満腹感が長く持続されるのです。このことから、GI値が低い食品ほど太りにくいと言われています」(前出「和食の旨味」)

 今日の常識からすれば、蕎麦は穀物の仲間には入れられていません。不当な扱いだと、ぼくには思われます。蕎麦は土地を選ばず、栽培期間は短く、多くは年に二回(春蒔き・秋蒔き)の収穫が期待されます。大昔から、そのために蕎麦は「救荒食物」として、飢饉や大災害などの機会に、この島社会の生命をつなぐのに大きな役割を果たしてきました。穀物の仲間であろうがなかろうが、栄養価が高く、常食にも適しているとするなら、それに食指が動かないほうがどうかしていますね。

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● 穀物(こくもつ)= 子実を収穫するために栽培される一年生または二年生草本作物、およびその子実(穀実)の総称。穀物は主食あるいはその代用とされ、主食とするものを主穀、そのほかのものを雑穀とよぶ。最近は食用のほかに、デンプンや油をとったり、アルコール原料など加工原料としての用途も増え、また家畜などの飼料としての用途も多い。穀実の特徴は貯蔵性に優れ、物理的衝撃に強く、長距離の輸送が容易なことである。また穀物は農業機械による大規模栽培に適し、そのため生産費を安く大量生産できるなどの特長もある。/イネ科の穀物を禾穀(かこく)類とよび、イネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、トウモロコシ、モロコシ、アワ、ヒエ、キビ、テフその他が含まれる。マメ科の穀物は菽穀(しゅくこく)類とよび、ダイズ、アズキ、リョクトウ、インゲンマメ、ササゲ、ラッカセイ、エンドウその他がある。そのほかタデ科のソバ、アカザ科のキノア、ヒユ科のセンニンコクなどがある。(日本大百科全書ニッポニカ)

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駄文も「ソナタ形式」「序破急」で

 倦まず弛(たゆ)まず、每日駄文を書き殴っています。よく飽きないねと、自分でも感じることはありますが、まあ、朝飯や夕飯を食べる如く、何食わぬ顔をして、書いたり食ったりするのですよ。駄文書きの時間は、ぼくには朝飯(あるいは朝飯前)の一刻、誰にも迷惑もかけず(たぶん)、老化防止の一助にと、この惰性・習慣は、まるである種の「サプリメント」になっている、そんな趣きがあります。

 できるだけ簡潔に、しかし要点を外さず。それが我が意であります。例えれば「序破急」のように、または「ソナタ形式」で、このような流れが文章に出るならとても嬉しいし、読んでくださる方はどうかわかりませんが、書き手、いや書き殴り手としては、そこを狙っているのですけれど、目も悪くなり、的が見えづらいし、つい横道に入り込む(遊びが過ぎる)始末になっている。なんとも恥ずかしい限りです。だから「駄文」であり、「雑文」というほかないのです。自虐でも自己採点でもなく、見た・読んだとおりの姿であり、形です。

 以前にも触れたこと、中日新聞のコラム「夕歩道」が、ぼくには格好の見本でした。内容そのものではなく、その形式が気になっていました。以下に引用した昨日の「夕歩道」、全体は三部構成。一部、二部、三部にそれぞれ88字を費やして、全部で264字。いいですね。これだけの字数で、主題(A)(序)があり、展開(B)(破)があり、再現部(A’)(急)があって、一文には、はっきりした主張(文意)が含まれていて、それはそのまま読み手に意図が伝わる。書き殴りてとしては、もちろんそうなることは、ぼくには「期待」であり、「願い」です。いつもそうなればという思いを持ちながら、書いているかと問われれば、どうもそうでないことのほうが遥かに多いと、言うばかり。ぼくの関心の揺れもあり、あるいは文弱の陥(おちい)る罠(わな)でもあるでしょう。弁解がましくなるが、書こうとする「主題」が悪すぎて、非難や叱責、あるいは小言や悪口を思う存分投げつけたくなるのですから、思い通りには行かないのでしょう。

 引用した「夕歩道」はどうでしょう。「職業的常習犯行」という政党派閥会計責任者の犯罪を問い、それが一会計責任者の一存でできるものかと問い、政治家はすべからくみずからの「職業的常習犯行」に厳しく自省(自制)を果たすべしと、その政治姿勢を糾(ただ)す。そういう趣旨の一文で、いい悪いという評価ではなく、この限られた字数の中でも「言うべきことを言う」「書かねばならぬことを書く」という、新聞記者の、あるべき精神活動を常に練磨されていることにぼくは感心もし、感動もする、そん時もあるのです。「文章は要を得て、簡に」終わるべき、ですね。

 この社会には伝統芸能にいくつものジャンルがあります。その中にも物事や事柄の展開のさまを表現する原理として「序破急」なる形式がありました。もちろん今だって存在しています。その範囲は広く深く古い、以下の辞典の述べるとおりです。該当する分野は「雅楽」、「芸能(能・浄瑠璃・講談など)」、「連歌」「連句」、その他に及びます。「すべては物事の、はじめ・なか・おわり。物事の展開のさまをたとえていう語」(下掲辞典)とあります。すべてがこういう具合に展開すると、なかなか風通しがいいのでしょうね。でも現実にはそうは行かないのがほとんどですから、音楽やや芸能における「形式尊重」に一度は被(かぶ)れ、次いで飽きるということなのかも知れません。また、あまりにも「形式」に囚われすぎると、退屈でありきたりの感を覚えてしまう。実になかなか厳しい「技術」であり、技術を超えた「才能」ということになるのでしょうか。

「職業的常習的犯行」という、あまり聞いたことのない強烈な表現が使われていた。自民党派閥の裏金事件で東京地裁が昨日、自民党二階派の元会計責任者に有罪を言い渡した。その判決文の話。
一連の裏金事件で、公開の法廷で審理する正式裁判で判決に至った初めてのケースだが、「職業的常習的犯行の一環」と指弾された振る舞いが会計責任者個人の判断だけで続いていたはずはない。
「政治とカネ」の問題が炎上するたび「刷新」「改革」を掲げる次のリーダーにバトンタッチ、という歴史が繰り返されてきた。今回はどうか。「職業的常習的」という判断に正面から向き合え。
 (中日新聞「夕歩道」・2024/09/11)
じょ‐は‐きゅう‥キフ【序破急】
〘 名詞 〙
① 雅楽の楽曲構成上の三区分。洋楽の楽章に相当する。「序」は最初の部分で、拍子にはまらないのが特徴。「破」は曲の中間の部分で、音楽は拍子にはまるがゆるやかな速度で奏される。「急」は最後の部分で、序や破にくらべると少し急テンポ。舞楽のときは、序は登場音楽で、破と急は舞の伴奏音楽となる。序破急の三つが完備している曲が理想のようにいわれるが実際には少ない。破は延拍子、急は早拍子で奏される。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
[初出の実例]「夫楽者、以二序破急三曲一為レ具也」(出典:楽家録(1690)一三)
② 芸能における速度の三区分。「序」はゆっくり、「破」は遅くもなく早くもなく、「急」は早く。浄瑠璃、講談などの話のテンポや、声音の緩急などにもいう。
[初出の実例]「此二にたどり侍ば、万道の序破急、諸経・諸論の序正流通・因縁・譬喩の所にまどひ侍べしとなり」(出典:ささめごと(1463‐64頃)下)
「まづ三味線の調子を大切に合はせての上、うたひはじむる事肝要にして、序破急(ジョハキウ)のくらゐ、浮き沈み」(出典:歌謡・松の葉(1703)五・哥音声)
③ 能や浄瑠璃などで、脚本構成上の三区分。速度と一致する、しないにかかわらず、「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
[初出の実例]「昔の作家は落ちを考へた。序破急などといふことも考へた」(出典:描写論(1911)〈田山花袋〉四)
④ 演出上の三区分。「序」はすらすらと平明に、「破」は技巧をつくし変化にとませ、「急」は短く躍動的に演ずる。能では開始から終結までの進行の原理として、一日の番組から、一曲の能、所作の一挙手一投足に至るまでこの原理が適用されるべきだとする。
[初出の実例]「能に、序破急(ジョハキフ)をば、何とか定(さだむ)べきや」(出典:風姿花伝(1400‐02頃)三)
⑤ 連歌・連句で、一巻の進行の三区分。最初は穏やかに無事に、次に波瀾曲折を尽くし興味があるように、終わりはさらさらと軽く付けて運ぶべきだとするもの。
[初出の実例]「楽にも序破急のあるにや。連歌も一会紙は序、二会紙は破、三・四の会紙は急にてあるべし」(出典:筑波問答(1357‐72頃))
⑥ すべて物事の、はじめ・なか・おわり。物事の展開のさまをたとえていう語。(精選版日本国語大辞典)

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「琴瑟相和す」と「夫唱婦随」と

 本日の「産経抄」を読んで、いくつかの感想というか偶感が湧きました。なんでもないことですが、まず「琴瑟(きんしつ)相和(あいわ)す」という表現。琴も瑟も琴(箏)の一種で、小さい琴と大きい琴の合奏のさまを指します。例えればヴァイオリンとヴィオラのごとく、あるいはチェロとコントラバスの合奏のごとく、それぞれの持ち分を発揮して調和を保つこと、そこから夫婦の中の睦まじいことを意味するとされる、「詩経」を出典とする言葉。それに符合するかのように、ぼくは「夫唱婦随」なる表現を並べたくなりました。読んでのとおりで、夫が導き婦(つま)が従う、それが夫婦円満の秘訣だと言わぬばかりの言で、これもまた中国文献にある表現。漢字に由来する殆どは中国から、つまりは「唐来もの」だということ、それをしみじみ感じているのです。「産經抄」氏は、今日の「中国国家」はお好きではないでしょうが、古代の中国はそうではないのかしら。(ヘッダー写真は伊勢志摩 観光ナビ:https://www.iseshima-kanko.jp/photo/325)(伊勢湾二見浦の「夫婦岩」、小学校時代の伊勢神宮への遠足の折り、この地に連れてこられた。教師は子どもに何を教えようとしたのですかね)

 結婚期間の長短を問わず、離婚する夫婦が多いのは周知の事実ですが、コラム氏は「姻族関係終了届」を出して、配偶者死後に義理の親たちとの縁切りを実行する人が増えているという報告です。「『死後も連れ添う』が、いつの時代も理想であることに異論はあるまい。昨今はしかし、配偶者の死後に義理の親らと縁を切る〝死後離婚〟が見られるという」、コレは何を示唆しているのでしょうか。原敬夫婦のようなケースは今では貴重かつ稀有な種類で、死んでまで「連れ添う」のは金輪際御免被るという人が多くなった時代であることを指すでしょう。「残された配偶者の意思表示で相手方との姻族関係を終わらせることができる。義父母の介護などへの負担感から、夫の死後に女性が届け出るのが大半だという」が、そこまでするのなら、どうして結婚したのですかと皮肉りたくもなります。結婚はしない、結婚しても子どもは産まない、嫌になればいつでも離婚する、そんな風潮瀰漫の種を撒いたのは誰だったかと問われれば、ぼくは答えに窮します。

 コラム氏は言う、「死んで終わり」じゃない、「結婚は『家と家』の間のもの」とされるが、そうですかと、ぼくは言いたいのだ。旧民法の古色が色濃く残るのは産経新聞の特質(サンケイカラー)でしょうが、婚姻、家族・夫婦などと、ことば遣いは同じではあっても、その内容はどうしようもなく変わってきているのです。「『家族』の足場は、いつからこうも脆くなったのだろう」と疑問投首ですが、先刻ご承知じゃないんですか。理由はいくつかあります。言わずもがなですね。先ず第一に、「琴瑟相和す」とか、「夫唱婦随」などという男尊女卑的、男中心の関係を前提にして成り立つ結婚、それはまた「家中心」だったでしょうが、それが崩れてしまったことです。なぜ崩れたか。女性の中に、いろいろな面での社会性が育ってきたからです。この傾向はに日本だけのものではない。離婚率(千人当たり)の値は、ロシアを除けば、各国では遜色はありません。ことにこの社会では、女性の権利を尊重したうえで、結婚や家制度や、多くの社会構造が出来上がっていないことの当然の帰結だったと、ぼくは愚考している。

 少子化は結婚しない人が増えたことと無関係でないのは当たり前。さらには産んだとしても、一人っ子家庭の増大がみられるのは、女性の社会性の発現だと言えるでしょう。働く、稼ぐ、それが権利の主張に結びついているのですから、この傾向は更に続くでしょう。従来型の家族観や結婚論に縛られている人は、この事態を困った事態、ああるいは危機的状況と見るでしょう。でも反面では「女性解放」の一面なのだと見られなくもないのです。

 「君はこの先、離婚しないと言えるか」と問われれば、即答はできないが、「多分しないでしょう」といっておきます。それでは「死後離婚はどうか」と訊かれれば、「ぼくはしないだろう。でもかみさんはどうするか、わかりません」と答えます。この「破(わ)れ鍋に鍋に綴じ蓋」夫婦は、ただ今、結婚五十一年目を迷走中です。

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【産経抄】揺れる家族、〝死後離婚〟 「平民宰相」と呼ばれた原敬と妻の浅は、琴瑟(きんしつ)相和す仲だった。大正10年秋、首相にして立憲政友会総裁の原が、東京駅で暗殺された日の挿話がある。遺体が政友会本部に運ばれようとするのを、現場に駆けつけた浅が制した。▶「原が生きている間はお国のものですが、こうなったら私だけのものです」。夫の乱れた衣服を整え、自宅に連れ帰ったと聞く。原の墓碑は郷里岩手県の菩提(ぼだい)寺にあり、その横には浅の墓が仲良く並んでいる。「偕老同穴(かいろうどうけつ)」を地でいく夫婦だった。▶「死後も連れ添う」が、いつの時代も理想であることに異論はあるまい。昨今はしかし、配偶者の死後に義理の親らと縁を切る〝死後離婚〟が見られるという。先日の産経ニュースが報じていた。政府統計によれば、令和5年度の「姻族関係終了届」の提出は、3千件を超えた。▶民法などの規定では、残された配偶者の意思表示で相手方との姻族関係を終わらせることができる。義父母の介護などへの負担感から、夫の死後に女性が届け出るのが大半だという。夫婦間の子供はしかし、義父母の孫であることに変わりはない。▶一方的に縁切りしたことで、子供が板挟みになったこともあると聞く。夫婦間の日頃の話し合いが、いかに大事かを物語る事象と言えよう。どちらかが「死んで終わり」ではない。結婚は「家と家」の間のものでもある。「家族」の足場は、いつからこうも脆(もろ)くなったのだろう。▶原敬の葬儀を無事に終えた浅は、遺骨の埋葬に立ち会った人たちにこう懇願した。自分が亡くなったら、夫の横で同じ深さに安置してほしい。お墓の中で「あなた」と呼びかけるのに困らないために、と。夫の死から1年4カ月後、浅の願いはかなっている。(産經新聞・2024/09/11)

● 琴/箏 (こと)=広義には弦楽器の総称。平安時代には〈きんのこと〉(琴(きん)),〈そうのこと〉(箏(そう)),〈やまとごと〉(和琴(わごん)),〈びわのこと〉(琵琶),〈くだらごと〉(百済琴),〈しらぎごと〉(新羅琴)のように構造の異なる弦楽器をすべて〈こと〉と称した。狭義には琴箏類(長胴のチター属楽器)をいい,最も狭義には箏を〈こと〉と呼び,琴の字をあてることが多い。朝鮮でも弦楽器に〈琴〉の字をつけ,とくに長胴チター属の玄琴(げんきん),伽倻琴(かやきん)を〈コ〉と呼ぶ。(改訂版世界大百科事典)
● きんしつ【琴瑟】=相和(あいわ)す[=調(ととの)う]=( 琴と瑟とを合奏してその音がよく合うところから ) 夫婦の仲がむつまじいことのたとえ。(精選版日本国語大辞典)
● ふしょう‐ふずいフシャウ‥【夫唱婦随】=〘 名詞 〙 ( 「関尹子・かんいんし‐三極」の「天下之理、夫者唱、婦者随、牡者馳、牝者逐、雄者鳴、雌者応、是以聖人制言行、而賢人拘之」による ) 夫が言い出して、妻がこれに従うこと。夫妻がよく和合していること。(精選版日本国語大辞典)(「夫が言い出して妻が後に従い、牡が走って牝追い、雄が鳴いて雌が答えるというのは、天下の道理である。それで聖人は言葉や行動を 整えたが、賢人はこれに拘泥する」)

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 本日は「9.11テロ事件から23年目」です。いくつかの新聞などをも目を通しましたが、ことさら、それに触れようとはしていないのが、大方のマスコミ。確かに20年目は大量の報道が繰り返されていました。「9.11を忘れるな」と、誰も彼もが言います。二十三年目という節目、ぼくはいくつかの記録や記事を見ながら、事件の犠牲者に思いを届けたいと念じています。事件から23年、何千何万の人々が、大きな喪失感を抱きながら、それぞれの「9.11以後」を生きておられる。それを思うにつけ、言いようのない悲しみと、かすかな希望のようなものを感じられるかも知れないと、日々の明け暮れに齷齪しているのです。加えて、いまなおウクライナや中東で尽きる予兆もない「戦争」の悲惨・残虐の地獄絵図、だからこそ、その一刻も早い停止を求めたいと、房総半島の僻地で「切歯扼腕」しているのです。

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