The path this nation once walked

 思い出のアルバム写真から。ヘッダー写真を含め、レアなものばかりです。AIによる偽造写真ではありません。いずれも真正、米国ホワイトハウス公表のものばかりです。海外では、米大統領の「真珠湾攻撃」発言を含めて、日本首相の「反応・無反応」が大々的に(でもありませんが)報じられ、方々で「嘲笑」「侮蔑」の的になっていました。この世界の反応に、真逆の報道をして、日本側メディアは「首相の訪米、大成功」という大本営発表を繰り返しました。「いつか見た記事」<A path we’ve traveled before>のように、ぼくには思われ、いささか毒気に充てられた。

「もうすぐ みんなは 一年生 ♫ 」

 (* 「おもいでのアルバム」「思い出のアルバム」は、日本の歌。作詞:増子とし(1908年 – 1997年)、作曲:本多鉄麿(本多慈祐、1905年 – 1966年)[2]。/テレビ朝日の子供番組『とびだせ! パンポロリン』やNHKの歌番組『みんなのうた』で放送された」(Wikipedia)

 「無事に乗り切った」というのは賛辞ですか。「無理難題をかわした」という意味は何だというのか。中には「怒られなくて(怒らせなくて)よかった」と言う論評までありました。この程度の「滓」「塵」をつかむためにタイマイの国費をかけて「参勤交代」するほどの余裕はこの国にはなかったと思うのですが。「武力による現状変更は許されない」「(我が国は先例を作ったから言えるのだが)宣戦布告のない戦争は間違いです」「この攻撃は国際法違反」「これ以上の無益な殺戮は止めてほしい」ということを相手にぶつけるのが「首脳会談」「外交交渉」でなくて、何が問題になるのでしょうか。「屈辱」を浴びせられ、いささかの反応もできない「卑屈」な姿勢で怯(ひる)んだまま、それは後顧の憂いを残すことはもちろん、現下のこの国の斜陽傾向にこそ弾みがつくことはあっても、隷従に安住するという「属国根性」ばかりが自他に認められてしまったという、醜悪な事態を深めたとぼくには思われる。

 (やがて明らかになる「約束事」、現段階では表面に出されていないが、隠された約束、つまりは「密約(Secret Agreement)」で、事は訪米前に終わっていたと、ぼくは考えていましたよ。歴代の内閣総理大臣と官僚のお得意芸でしたからね。国民を誑(たぶら)かす総理大臣とは何者でしょうか)(今回の訪米は、数ある中の日本外交史汚点中の汚点だったというほかありませんね)(It was the worst stain on history.)

「真珠湾攻撃(があった)から原爆投下(の災禍に至る道)へ」、そしてその歴史的遺恨(怨毒)は、双方の側にあっては、今に続いているのです。それにしても、米大統領(とその取り巻き)の「日本に対する嘲り笑い」にいささかの反論もなしえなかったのは、誰かの何が狂っていたんですか。「卑怯なり」のお手本は日本じゃないかという図星を指されたのでしょうか。「真珠湾攻撃」はループ(loop)を描いて留まるところはないのでしょう。「戦前」があれば「戦中」がある。そしてやがて悲しくも「(敗)戦後」に至るのですが、ぼくの感覚からすれば、いつだって「戦前」であり「戦中」であり「戦後」です。時代のどこを見て物事を判断するか、与えられた(所与)条件は変わらない、どこを見て判断するかという視点の違いだけでしょう。その意味では、ぼくたちは間違いなく「戦前」ではなく「戦中」にあるといっても間違ってはいない。さらに言うなら、「戦中」には戦前も戦後も含まれているのです。攻守所を変えて、というべきか、昨日の敵は今日の友であり、今日の友は明日の敵でもあります。こんな余儀ないことを明示してくれた、今次の「日米乱人首脳会談」には意味はあったというべきです。(*「乱人」とは<A person who is out of the ordinary>の謂いです)

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米国連大使「日本の総理が自衛隊による支援を約束」と主張 ホルムズ海峡の安全な航行の確保で イランが封鎖を宣言している石油輸送の要衝・ホルムズ海峡をめぐり、アメリカの国連大使は高市総理が航行の安全確保への支援として、「自衛隊による支援を約束した」と主張しました。 アメリカ ウォルツ国連大使 「日本の総理が海上自衛隊による支援を約束したばかりだ。ペルシャ湾の原油の80%はアジアへ向かっている」 アメリカのウォルツ国連大使は22日、CBSテレビの番組に出演し、ホルムズ海峡での石油タンカーの安全な航行のための日本の協力についてこのように述べた上で、「同盟国が本来あるべき姿を取り戻しつつある」と主張しました》(以下略)《TBS・2026/03/23)(あくまでも日英のというよりは、日本側の要請で「密約」とされたものですから、表面化しても「そんなことは言っていません」と白を切るばかり。これもまた日本外交の習い性(habit)であります)

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 「テヘランタイムズ」(2026/03/09付け)(100名の殺害された子どもたちの遺影)

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「徒然に日乗」(1039~1045)

◎2026年03月22日(日)朝から好天が続き、各地の桜の開花が一気に進んだ模様。拙宅の桜はまだまだで、ようやく蕾がやや膨らみかけたという程度。▼午前中に買い物で茂原まで。物価高騰の傾向はいささかも変わらず、さらに多くの物品の値上げラッシュが続くらしい。もちろん、「石油」危機が直原因だが、それ以上に質の悪い「便乗値上げ」も少なからずあると思われる。▼日米首脳会談が終わったが、何のための訪米だったか、改めて問い直すべきだと思う。この国の大半のメディアは、今次の「屈辱外交」を、手放しで評価しているが、実態は恥ずかしい限りの「お粗末ぶり」「卑屈根性丸出し」だったと、どうして正直に報じないのだろうか。「真珠湾攻撃」然り、「抱き着き」の醜悪さ然り。総理大臣は、全力を挙げて、この国の「(米国に屈服する)実態」を世界に晒したという点では「史上最悪の首相」「最低の日米会談」だと評価されると思う。「大政翼賛」体制が出来上がっている現実を痛感する。自前の石油が一滴もないのに、どうして「戦争」に参加できるのだろうか。(1045)

◎2026年03月21日(土) 朝6時半にごみを出すために門を出たとたんにタイヤの空気が一瞬にして抜けた。「パンク」だった。ゴミ出しをし、パンクしたままの車を運転し家に戻り、工具を使ってタイヤ交換を試みようとしたが、スペアタイヤは積んでおらず(最近の車はほとんどがそうらしい)、もう一台の交換用タイヤを使おうとしたが、ナットの数が異なり、使い物にならず。漸くにしてパンクしたタイヤを外し、自動車工場に持参し、ホイールを入れ替えた新品タイヤと交換し、自宅に帰って装着。来週の火曜日に残り三本を交換する予定。何年振りかでタイヤを交換したが、普段やりなれていないのでスムーズにはいかず、半日潰れてしまった。(1044)

◎2026年03月20日(金)午前中に卒業生来宅の準備で、あちこち回った。▼帰宅後に訪米中の首相の数度に及ぶ記者会見を、ネット番組でみる。それにしても「論外」の「国辱外交」の展開だったと思う。▼本日は「春分の日」で、昨年に続き、ごく初期のゼミ卒業生が(当初の予定は8名、1名欠席)午後3時過ぎに来宅、夜の8時前に散会。不思議なもので、卒業後20、30年が経過していても、在学時のままの表情だったと、変に懐かしく、かつ興味が湧く。それぞれが生きてきた歴史がある。▼訪米中の首相の発言をいくつかのメディアを通じて聞いた。「論外」「恥辱」「媚態」などというまともではないことを表す言葉が列をなして出てきた、もちろん小生の唇から。国辱というべきだし。さらに言うなら「あいつは国賊だ」といいたいほど。相手国の大統領に飛びついて身を投げ出したのを見て、ぼくは反吐が出たほど。醜悪を世界中にばらまいた感があるのだが、悲しいかな、それほど世界のマスメディアは彼女の媚態を報じてはくれなかった。ひたすら「真珠湾攻撃」と罵倒・嘲笑されながら、いささかの切り返しもできないままでの、彼女のはしたない表情(百面相)に嫌悪感が湧いてきた。それに呼応して、訪米同行記者団の報じる「首脳会談」模様(紙面)は、属国根性丸出しの卑屈な姿勢を(大成功と評価・賛辞)しているものばかり、ぼくの体内では虫唾が走った、おぞましい報道だった。最低以下だったと思う。(1043)

◎2026年03月19日(木)曇り空から、時には雨も。やがて、昼頃までには天気が回復してきた。▼昼前に市原まで、先日注文しておいたプロパンガスコンロの部品(バーナーキャップ)が届いたとの連絡が入った。それを取りに出かけた。そのついでに、銀行などにも出かけた。▼昨日、卒業生のK君からメールが入り3月末に尋ねたいとのこと。四月からは大田区の小学校に移るとのことだった。都内の公立小学校の教員を続けているが、教職にうまくはまってくれているような気がしている。▼首相が米訪問で、明日未明(日本時間20日)に首脳会談が予定されている。狂気が混じった大統領が何を言い出し、それにみえっぱりで虚言癖のある首相がいかに反応するか。(1042)

◎2026年03月18日(水)午前4時に起床。日課となっている猫たちへの食事提供をしながら、パソコンをいじっていた時、アッと気づいたのは「本日は瓶・缶の回収日」だということ。何かと雑用に追われていて、すっかり失念していて、準備もしてなかった。6時過ぎに、回収袋を取りに行き、空き缶を納めた。分量はやや少ないかと思っていたが、満杯になるほどだったから、いつも通りということだ。ペットボトルもトータルで20本を軽く超えていたから、1日一本(2ℓ)ということになる。こんなことを当地に越して以来、続けてやっている。▼気温はそれほど上がらなかったが、それでも15度ほどはあったろうか。予報によると、この先も徐々に気温は上昇安定で、寒さが戻ることはないだろうという。桜の開花も20日前後とされている。▼昼頃だったか、大阪のS君から電話。20日の参加者は8名だという。あるいは増えるかもしれないが。再開が楽しみ。▼首相の訪米前の参議院の委員会審議を少し見ていたが、相変わらずの「不遜な答弁ぶり」というか、訊かれたことにまともに答えていない、驚くべき「傲慢」な態度に呆れもし、一種の怖さ(何をするかわからないという不気味さ)を感じたほど。詰まりは必要以上に「強がっている人間の弱さ」の裏側を見た思い。相手からやられる前に、やってやれという「恐怖心の戦い」が起こっているのだと思う。最も嫌うべき人種だと感じている(1041)

◎2026年03月17日(火)終日自宅に。気温は高くなく、やや寒い日だった。▼自衛隊派遣がほぼ決まったような感がある。参議院の審議における首相の答弁を聴いていると、ほぼ確信に似た印象を持つ。▼日米会談はまともに対面することは無理。米大統領は、「朝の発言と夕べの発言が明らかに異なる」、そんな不安定な人間と重要な話ができるだろうか。発言の軽さ比べでは、日本の首相もそれほどまともだとは思われないから、会談が実現すればとんでもないことになるのを危惧している。国際法違反行為をしている国の側に立つのは、共犯の誹りを受けることは間違いないのだ。「高市首相、米国産原油輸入拡大を伝達意向 トランプ氏に首脳会談で」と報じられている。そうだとするなら、「石油は渡そう。だからホルムズ海峡への警護(エスコート)をやってくれ」(大統領)となり、二つ返事で受け入れるだろう(首相)。両方ともが「国賊(traitor)」だといいたい。(毎日新聞・2026/03/17)(1040)

◎2026年03月16日(月)午前中に市原のHCまで。10年近く使用しているガスコンロのバーナーキャップ(三個口の一つ)が破損(火力の強さで)してしまい、交換部品を依頼するために、いつも利用している住宅関連会社に行った。カタログで部品を探し、注文する。次いで、同じ店内にあるペットショップで、猫用の缶詰め(主に外猫用)と猫の「おやつ」などを購入。さらに同じ敷地にあるスーパー(数日まえにテレビ番組で安さ最高と放映されていた同じ企業の支店)で食品を買う。安くて量が多いと評判だったが、当方は高齢者二人、大量は不要なので、きわめて少量を買って帰宅。▼ホルムズ海峡安全航行問題で、米国から「タンカー警護」の要請が来ているのだが、そして「要請に応じる」と返事をしているのだが、首相は、「要請は来ていない」と虚偽答弁を繰り返している。アラブ諸国との会食の日程を「風邪」でキャンセルしたのも「仮病」かも。テレビ討論会の「ドタキャン」も「仮病」だったらしい。と来ると、ほとんど、やることなすことが「嘘」ということになりそう。こういう人間が「首相」であってはたまらない。いつ辞めることになるのだろうか。(1039)

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⁂ 余話ながら ぼくは政治的人間ではないし、現実の「政治」や「政治家」にほとんど興味を抱いたことがありません。そんな人間が「季節外れ」の脳震盪を起こしたみたいに、執拗に「政治」談義に時間を取られてきました。実に不本意だったと思う。自今以後、よほどのこと(この国で「戦争が始まる」とか、そんな「有事(emergency)」が起こらない限り、政治向きの話は一切慎みたいと思います。ただでさえ腐っている「脳味噌」が、汚れ切った政治問題に思考力を拉致されれば、ますます激しく腐敗すること請け合いで、ぼくにとっては死活問題となりますので)

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Being carefree endangers the planet.

【金口木舌】最強のバディの行方 3月もあと1週間余となり、人事異動や定年退職など別れの季節を迎えた。送別会でワイワイしたり、しんみりしたり。苦楽を共にした仲間だからこそ、本音もこぼれる▼この人の発言は本音か。日米首脳会談に臨んだ高市首相だ。トランプ大統領をファーストネームで呼び「世界に平和をもたらせるのは、ドナルドだけ」と持ち上げた。会談後の夕食会では「われわれは最強のバディ(相棒)だ」とも。聞いていて恥ずかしい▼思い浮かぶのはドイツのメルケル元首相。2017年、1期目のトランプ氏との初会談で移民・難民政策などで対立があらわになった。報道陣に握手するよう求められ、手を差し出したもののトランプ氏に無視された▼「アメリカ・ファースト」を掲げ、国際協調主義に背を向けるトランプ氏。メルケル氏の評価は厳しい。昨年発刊の回顧録で「つながり合う世界に向けた協力は、トランプ相手では望めない」と断じた▼トランプ氏との外交交渉は一筋縄ではいかない。高市首相が言う「最強のバディ」は国民をどこへ連れて行くのか。トランプ氏の言動を見る限り、「平和」ではなそうだ。(琉球新報・2026/03/22)

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#⃣At the beginning of the week, I’m thinking foolishly.(111)

Many Japanese media outlets reported the Japan-U.S. summit as a great success. However, to me, it was nothing more than a shameful example of “flattery diplomacy.” The most blatant example of this flattery was the Prime Minister’s “sycophancy” and “various expressions (fake smiles).” The “hugs” and “Donald” were also forms of flattery. I have never seen or heard of such a ridiculous diplomatic scene as openly and familiarly calling a foreign head of state by his “first name.” It was a manifestation of the “servility of the weak.”

Her inability to respond to the fact that the “attack on Pearl Harbor” led to the “atomic bombings” was probably due to her lack of historical awareness. She may not even have known that “Japan and America were at war in the past.” That’s why she had no choice but to cover it up with her usual “various expressions” and “fake smiles.” From what I saw on video, the Prime Minister was “truly hideous.” These “servile negotiations” will likely continue. In the end, even if they shaved off not only their nose hair but also their butt hair, would the Japanese government and its cronies still call it a “great success”?

In the United States, Japan is perceived as a nation that will pay if threatened. No matter how unreasonable the demands, Japan will not defy the US. Japan’s reputation in America is far less favorable than we might imagine; it is very low and certainly not seen as an “ally.” We must not forget that we are seen as the people of a “servile country.” This kind of treatment has happened many times since the Meiji era.(satoshi yamano)             

(⁂ https://www.bloomberg.com/jp/news/videos/2026-03-20/TC6WGGKGZANC00?srnd=jp-homepage

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【ワシントン=野一色遥花】トランプ米政権は24日、ホワイトハウスに新しく並べた歴代大統領の肖像を披露した。バイデン前大統領は顔写真でなく、本人のサインを複製するために使うオートペン(署名機)の写真を掲げた。/トランプ大統領はバイデン氏が認知力低下を隠蔽していた証拠だとして、署名機の利用を非難していた。(以下略)(左写真:日経新聞・2025年9月25日)

 昨年9月に新しくなった歴代大統領の壁に掲示された肖像写真の「バイデン大統領」分が、トランプの悪意・「破廉恥行為」によって「署名機」になっているという、現大統領の「侮辱」(バイデン氏と「認知症」患者への)の証拠写真に対面して、日本の首相もまた「嘲笑」した一瞬。この動画も、米国はもちろんのこと、世界に発信されて、大きな「驚き」「非難」「嘲笑」を浴びているといいます。首相自身もまた、T 大統領と同じ穴の「悪者」で、前首相を「こき下ろし」「侮辱」することを、国内の大きな新聞社(メディア)を使って(共謀して)やったばかりだったから、彼女は大いに「相棒」に同調した、そんな「差別主義者」「独善気取り」を圧倒的に支持した有権者ともどもに、その恐るべき「能天気(Carefree)」ぶりがはしなくも映像に映し出されていたと思う。

 少し気を付けて考えれば、同時刻にも、ガザで、イランで、ウクライナで、その他の多くの地域で、「無辜(むこ)の民」(innocent people)」が、あたかも「虫けら」のように爆殺されているのです、しかもその殺人行為・戦争犯罪の一方の「主」の面前で、数々の「嬌態」をさらしていた(とぼくは受け止め、眼底に焼き付けている)「日本国首相」は、間違いなく戦争の加担者(共犯者・accomplice)でもある、といってみたくなる。平和を願う世界中の人々に、消し難い汚点を残してしまった「(racistたちの)首脳会談」だった。直ちに戦争行為をやめるべきだ。そして、理由なき「戦死」を強いられた「犠牲者(Victims)」に哀悼の心を伝えたい。

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「傲慢内政」と「卑屈外交」の不埒

【新生面】最高の相棒 劇画『ゴルゴ13』の主人公デューク東郷は握手を嫌う。「利き腕を人に預けるほど、俺は自信家じゃない」。謎と闇に満ちた「超A級」狙撃手だけに、そう簡単には懐に入らせない。的を外さぬ仕事は用心深さがあってこそ▼握手を交わすより先に相手の胸に飛び込むなんて、ちょっと芝居じみていた。せりふを当てるなら「会いたかったわ、ドナルド」「サナエ、私もだよ」。高市早苗首相が就任後初めて訪米し、トランプ大統領と5カ月ぶりに再会した▼2月、衆院選の遊説中に握手で右手を痛めた。それ以来着けていた黒いサポーターを外し、会談に臨んだ。二人の握手が「がっちり」というより「そっと」だったのは、トランプ流の気遣いだったか。親密な関係はさらに深まったようだ▼米国とイスラエルによるイラン攻撃後、トランプ氏の首脳会談は初めて。事実上封鎖された中東ホルムズ海峡の安全確保に向け、日本が各国に先がけて無理な要求を突きつけられる事態は避けられた。首相は一安心だろう。夕食会では「最強の相棒」と自画自賛した▼トランプ氏に尋ねるのはかなわないが、ひょっとして「サナエ推し」かとも思わせる。わが物顔で国際秩序を揺さぶり、いつも口をとがらせているのに、隣にサナエがいると穏やかな大人に見えるのは気のせいか▼首相は「世界の真ん中で咲き誇る外交」を掲げる。トランプ氏の懐に入るばかりでは足りず、これからが正念場。世界をゆがめる相棒をどうなだめ、いさめるか。用心深くいきたい。(熊本日日新聞・2026/03/21)

(ヘッダー写真「トランプ米大統領(右)の訪日時、横須賀に停泊中の米原子力空母『ジョージ・ワシントン』上の首相」(2025年10月)(註 これは他国の艦船上に身をあずけた、一国の首相の「媚態・嬌態(coquetry)」「醜悪な姿態(hideous appearance)」ではないかと思いました。しかも米軍基地内の見たくもない姿態でした。同じ人物の国会における他党議員への答弁は、「傲慢(arrogance)」「無礼」(rudeness)」そのものだったと思うから、なおさらの「媚態」に反吐(へど)が出ました。国内における態度が横柄で無作法であるに反して、他国の元首には「嬌態」を惜しげもなくさらしている。これを何といえばいいのか。ぼくは「政治(politics)」の初歩・初心は「丁寧さ(polite)」であると学んだものです。詰まりは<politics>も<polite>も根は同じところから育つという意味です。もちろん<politeness>には「おざなり」という含意があることも知っています。しかし、元来は他者への振る舞いにおいて「丁寧」「礼節」があって初めて「政治」の意味や価値が認められると考えています)

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 《アメリカのドナルド・トランプ大統領は19日、日本の高市早苗首相と米ホワイトハウスで会談した。/大統領執務室で行われた会談の中で、トランプ氏は記者から、なぜイラン攻撃の計画を同盟国に伝えなかったのかと質問された。/これに対しトランプ氏は、第2次世界大戦中の日本の真珠湾攻撃に言及し、「不意打ちのことは、日本が一番よく知っているだろう」と述べた。/米・イスラエルによるイラン攻撃後、イランが石油輸送の要衝ホルムス海峡を事実上封鎖していることから、トランプ氏は日本などを複数の同盟国を名指しして、海峡警護の艦船派遣を要請していた。/これに対し、日本はイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダと共同で19日、イランが船舶を攻撃しているホルムズ海峡について、「安全な航行の確保を目的とした適切な取り組みに貢献する用意がある」との声明を発表した。 トランプ氏はホワイトハウスの執務室で高市氏と並んで記者団に向かった際、日本は「プレートの前に進んでいる」と発言。これは野球で打者が打席に入る様子などからの慣用句で、日本が進んで事態に取り組んでいると評価した。具体的な内容は示さなかった。/高市首相は「中東情勢も含め、世界中の安全保障環境が厳しい状況にある。世界経済もかなり厳しい影響を受けつつある」と述べた上で、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ。私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」と述べた》(BBC NEWS JAPAN・2026/03/20)(https://www.bbc.com/japanese/articles/cpqxjnq9j4vo

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 首相をはじめとする日本の政府関係者や多くのメディアが関心を持って見守る中、アメリカ大統領の「真珠湾攻撃」発言は極めて侮蔑的かつ日本・日本人への愚弄を込めて発せられた。予想通りに、多くの参加者から哄笑・失笑を誘い、大統領は満足したでしょう。これを「侮辱」「屈辱」と受け止めた日本の政府関係者はいなかったのだろうか?首相の面前でなされた「国辱もの」の寸劇に、首相は一言も発することができなかったのは、彼女が「真珠湾攻撃」というものがなんであったかという「歴史認識」をまったく欠いていたからです。歴史に対する無知・蒙昧・無関心ぶりは、彼女の十八番(売り)であります。これは別の意味で、日本の歴史とそこに登場する人間(我が国人)への「侮辱」を表しているというべきでしょう。一国の総理を「手籠め」「凌辱」するかのごとき相手国大統領と、その手負いの首相が自国民を「貶めて」なお恬として恥じない、一場の狂言を見ていて、これは喜劇可否激化と、ぼくは言いようのない辱めを覚えた次第でした。

 我が国の存立危機事態(A situation threatening the very existence of our nation)」とは、この程度の愚昧な人物が首相であること、そのことがもたらす「亡国」への危機を指すでしょう。今次の「国辱外交(national humiliation diplomacy)」を持ち上げて、したり顔で政治を語る輩たちもまた、愚昧教の信者だと言っておきます。

 加えて言っておかねばならないのは、ぼくたちが考えているように、海外のメディアは「極東小島の首相」の訪米と日米会談に関して、幸か不幸か、ほとんどまともな関心を持っていないことは、忘れるべきではない。初めて日本に生まれた女性首相が、怪しげな「英語」(だろうと、現地ではいわれている)を操り、米大統領を「煙に巻いたとか、まかなかったとか」、そんなことはどうでもいいじゃないか。それよりも国債や自国通貨の値打ちにこそ大きな関心を寄せている風情です。(弱小国」の首脳などにかまけておられぬというのも一理あるでしょう。

 それにしても、いつまで続けるのか「強圧内政姿勢」と「卑屈外交戦術」。遠からず、自己分裂は咲けらない運命にあると思う。ようするに、「ハッタリ」では当たり前の感覚の人間には通じないということ。反対に、当たり前でない人間の支持を得ているといったところで、そんなものは「春先の通り雪」であって、「犬の小便」で跡形もなく溶けるでしょうよ。

 飛行機に乗る時までつけていた黒のサポーター、一夜明けて、みられなくなっていたのは結構なことと思う。アメリカには名医がいるのか、それともサポーターはファッションだったのか。彼女にはこれまでにもしばしばの「仮病(Feigning illness)」という病症・病歴がありましたから。快癒されたのなら幸いだし、帰国時にはまた復旧しているのかもしれませんが。多くの報道では「米国の無理難題を交わした」とか言って「褒めそやす」お銚子報道がありますが、なんということはありません。訪米前に「無理難題」に「過分の応答」を差し出し済みだったと、なぜだか誰も、その経過すら報じません。米国大統領の日本侮辱発言の端々に「過分の贈り物」が訪米前に、日本国首相から届いたといっているではないですか。「事実上封鎖された中東ホルムズ海峡の安全確保に向け、日本が各国に先がけて無理な要求を突きつけられる事態は避けられた。首相は一安心だろう」(「新生面」)とコラム氏は能天気なことを書いておられる。

 こんな手合いばかりが、結局は新聞社に残ってしまったのではないかと、ぼくは残念に思う。「やれることとやれないことがある」と大統領にきっぱり報告するといったから、「日本は NATO より大事な同盟国」とい大統領はリップサービスをしたのだ。前例はある。(調査・研究」のために海上自衛隊の船を出した。詳細は避けるが、この日本の状況で、狂人大統領の要求を拒絶するはずもないし、拒絶する気もないことはわかっている。詰まりはお得意の「密約(Secret Agreement)」、これこそが「国辱外交」の肝になってきたことをどうして忘れるんですか、忘れたふりをなさるんですか。「裏書(endorsement)」された事実(証拠)はいくらでも出ていますぜ。

 確実に自衛隊は派遣されるでしょう。(もちろんすんなりとはいかないでしょうが、「数は力」です。驚くべき「屁理屈(国内向けには)」をつけて、ね。国民もまた、「騙し」「詐欺」にあっているんですけれど。それでも、「どこまでもついてきます サナエの後を」なんですかあ。こんな無様な醜態をさらし続ける「首相」を持ち上げ、忖度し、「早苗最高」といわねばならぬ「国民」もまた寂しいし悲しいですね。ぼくも好き好んでなりたいわけではありませんが、「一人の国民」です。この現実を、まともに受け止めるほかないと思っている。

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春分の日なり雨なり草の上(林翔)

                          

【小社会】花待月 今の時季にぴったりの言葉に出合った。花待月―。詩人の牧羊子さんの随筆で見つけた。さまざまな花が出番を待つ3月。寒さに耐えてきた人々も野山の彩りを待ちわびている。◆陰暦12月の異称、春待月はよく知られている。手元の辞書に花待月は載っていない。花を求める気持ちを牧さんは一言に込めたのだろう。◆きょうは「春分の日」。全国最速、16日に開花したソメイヨシノの話題には心が弾んだ。しかし、春の役者は桜だけではない。モクレン、ユキヤナギ、トサミズキなど少し背の高い樹木に加えスイセン、ビオラ、パンジーなど小さな主役も散歩の途中に見かける。◆先日訪ねた香南市の「かがみ花フェスタ」も盛況だった。チューリップの種類の多さにまず驚いた。長年行事を続けてきた地域の人の努力があってこそだろう。花の前で笑顔で写真を撮る家族連れ。見ているこちらの頬も緩んだ。◆美しい花は時に人を惑わせる。17世紀のオランダではその球根が投機の対象となった。年収の何倍もの値で取引されたこともあった。だが、大暴落して熱狂は収束する。バブル経済のはしりだ。その後何度も歴史は繰り返される。〈明日ありと思ふ心の仇(あだ)桜…〉。古歌の一節と歴史をついつい重ねてしまう。◆花待月。牧さんはこんな計画を立てた。友人を自宅に招いた手料理とお茶の小さな会。陽気の中、弾む会話と笑顔…。いろいろな花々が見守ったことだろう。(高知新聞・2026/03/20)

 本日は「彼岸の中日」です。昔、お年寄りからは「お中日」などという「粋な表現」を耳にしたことがありました。一週間ある「彼岸」の中日(なかび)。大相撲でいうなら「8日目」でしょうか。1948年までは「春季皇霊祭」といって、皇室の先祖祭り・祀りで、国民の「祭日」だった。今でも皇室ではいろいろな行事(先祖祀り)が行われるように、民間でも多くは「お墓参り」をする特異日でもあるのでしょうか。ぼくは、もう何十年も「お墓参り」をしたことがないほどに「先祖」に対する尊崇の念が欠けた人間ではあります。とは言いながら、家においてある両親の位牌(仏壇に安置)に茶菓を上げて、それこそ毎朝、「お参り(参拝)」するのが日課ですから、ある意味では、些末とはいえ、ぼくのなじんだ習慣行為といってもいいでしょうか。(ヘッダー写真はカタクリの花「長野県発信ブログ」:https://blog.nagano-ken.jp/kamiina/other/40424.html

ぼ‐さん【墓参】〘 名詞 〙 墓にもうでること。はかまいり。《 季語・秋 》◎ 墓参り〘 名詞 〙 墓所にもうでること。はかもうで。展墓。ぼさん。《 季語・秋 》(精選版 日本国語大辞典)

◎ 林翔(はやししょう)は1914年1月24日、長野県長野市に生まれた。本名は林昭である。生後10ヶ月で母と死別し、5歳まで祖母に養われた。國學院大學に進学し、在学中に能村登四郎と知り合う。登四郎とともに短歌雑誌「装填」の同人となったが、同誌の廃刊後、ともに俳句に転じた。/1939年から1982年まで旧制私立市川中学(現・市川高等学校)に勤務した。登四郎も同じ学校に勤務しており、職場でも俳句の道でも生涯の同志となった。1945年に東京大空襲を受けて市川市八幡に転居し、1979年に同市大野町に転居した/2009年11月9日、膵臓癌により死去。95歳であった。(https://www.haikudatabase.com/haijins/1824)他に、「さくら咲き心足る日の遠まわり」など。小生の後輩で、林さんの授業を経験された人が、何人かおられる。それだけでも懐かしいですね)

 それはともかく。朝からどんよりと曇り空で、今にも降り出しそうな空模様です。コラム氏が書かれている「花待月」、あってもよさそうなものですが。梅のことを「花待草」とも言うようですから、おおよその季節や、そこに漂う人の心持はわかりそうです。「春の役者は桜だけではない。モクレン、ユキヤナギ、トサミズキなど少し背の高い樹木に加えスイセン、ビオラ、パンジーなど小さな主役も散歩の途中に見かける」とコラム氏。ぼくは性分として、いわゆる草花というものをあまり好まない。しかし、季節に合わせて蕾(つぼみ)が膨らみ、やがて開花する、そのような自然の歩みは大歓迎する人間で、狭い土地でも、いくつかの植物を植えてはいます。見る分にはいいのですが、ぼくのような不精な人間には「手入れ」「世話」をすることが苦手というか、とても億劫で、その分、草花を丁寧に扱う人を見ると、無条件に尊敬してしまう。これは長く、小さいころから見ていたおふくろの影響だろうと思う。母は、実にマメに手入れを怠らず、感心するほどに草花を愛していたことがよくわかる。そうなりたいとは思うものの、なかなか母親のようにはいかないのは、どうしてだろうかと、我ながら呆れもします。

 以下、春分の日の句をいくつか。すこし意外に思ったのですが、「春分」を詠んだ句数が、予想外に多くない理由は何でしょう。それに比して「秋分」は過剰なほどにあるのです。「彼岸」の本番は秋なのだ、ということだったからでしょうか。

木々の芽に春分の日の雨軽し(市ヶ谷洋子)
春分を迎ふ花園の終夜燈(飯田蛇笏)
正午さす春分の日の花時計(松岡ひでたか)
観音のいらか見やりつ花の雲
花の雲鐘は上野か浅草か
さまざまのこと思ひ出す櫻哉
行く春や近江の人と惜しみける

 すぐ上の「四句」は言うまでもなく、芭蕉。桜よりも梅を愛したかに思われる俳聖でしたが、この桜の句も、ぼくは好んでいます。はじめの二句は深川の芭蕉庵に病臥していた際のもの。そこからは上野や浅草の遠望が利き、鐘の音も聞こえていたという。三句目は三重(藤堂家での句会)にいた折の作だという。いかにも「古人無復洛城東 今人還對落花風」「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」に通底していますね。 「遥かの昔(古人)のなじみはすでに亡く、今人もまた花びらを散らす風に相向かっている。毎年咲く花は同じ花に似ているけれど、それを愛でる人々は常に同じではないのだ」(「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わりて)」劉廷芝、あるいは奇夷、七世紀の人の作)

 四句目は、ぼくのもっとも愛唱するものです。《先師曰く、『尚白』が難に、近江は丹波にも、行く春は行く歳にも振るべし、といへり。汝いかが聞き侍るや。」去来曰く、「尚白が難あたらず。湖水朦朧として、春を惜しむに便有るべし。殊に今日の上に侍る。」と申す。先師曰く、「しかり。古人も此の国に春を愛すること、をさをさ都におとらざるものを。」去来曰く、「此の一言心に徹す。行く歳近江にゐ給はば、いかでか此の感ましまさむ。行く春丹波にいまさば、本より此の情うかぶまじ。風光の人を感動せしむること、真なるかな。」と申す。先師曰く、「汝は去来、共に風雅を語るべきものなり。」と殊更に悦び給ひけり。》(「去来抄」)芭蕉四十七歳、元禄3年3月作。「肝胆(心の奥の奥)相照らす」というべきでしょうか。「尚白」という門人が、師匠の「行く春や」を難じた・難癖をつけたが、そうじゃないと、去来は師の作を評価するくだりです)(琵琶湖は、ぼくの曽遊(そうゆう)の地、それだけに、なおさら、この一句に想いが募ります)                

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いのちを飾り立てたり弄んだりするな

【夕歩道】
 NHKEテレ「no art、no life(ノーアート、ノーライフ)」。わずか5分間のテレビ番組だが、どの回も制作者の力がこもっている。日曜午前の放送で水曜深夜に再放送がある。
 繊細な人たちが作るアートの紹介番組。野花に顔を寄せて感嘆したり、障害のある人の施設で一心に自分の内面を見つめたり。人の価値を生産性で測ると置いてきぼりにされそうな静かな人たち。
 先日、謎の作家バンクシーの正体を特定したと海外通信社が報じた。氏についての本は、どこにでもいそうな「普通の、控えめな」英国人とかねて紹介していた。ひっそり暮らしているだろうか。(中日新聞・2026/03/18)

 何の脈絡もなく、「ノーアート、ノーライフ」と石垣りんさんの「詩」と「樹齢1200年の桜」を並べてみました。普段通りに、思いつくままです。拙宅には何本か桜の木があります。それぞれがまさにこれからだと、「蕾(つぼみ)」を膨らませている。その中で、ひときわ早く開花するのが「啓翁桜(けいおうざくら)」という品種。(ヘッダー写真。拙宅ものではありません)当地に越してきてから苗木から育てた。このところの杜撰(ずさん)な手入れ(手抜き)のせいで、かなり樹勢が衰えてきている。あまり選定したりするのは好きではないので、自然に任せるのですが、植えたところがよくなかったのかもしれません。桜花爛漫もいいでしょうが、ぼくには少しずつ成長している(「花なら蕾とか)、その経過(葉桜)を見るのが何よりです。それは人間でも同じではないでしょうか。満開(出世)が最高だという人が多いでしょう。でも、そこに至る前段(出走前)と、後段の落花(出走後)の経過をこそ見るのが、植物(競馬)好きではないかという気もしているのですね。

 右に引いた石垣さんの詩「落花」(一部)。不思議といえば、「落花」はよく使われるけれど、「散華・散花(さんげ)」はあまり見ません。当然なんですか。高橋和巳さんに同名の小説「散華」があるのは知っていましたが(未読)。「散華」とは「1 花をまいて仏に供養すること。2 四箇の法要の一。梵唄(ぼんばい)のあとにシキミの葉あるいは花を散布すること。また、紙製の蓮華の花びらを花筥(けこ)に入れ、散布すること。3 《花を散らす意から》死ぬこと。特に、若くして戦死すること。「南方洋上に—する」(デジタル大辞泉)石垣さんは「散華」という名の「戦死」の美化を忌み嫌ったのです。「おちるがいい / 花びら / 涙 / いのち / 死の灰」石垣さんは、見るからに華奢(きゃしゃ)な方だったが、その「芯」には強靭なものがあった人だと思う。強がっているのではなく、はったりでもなく、「おかしいことはおかしい」とはっきりと自分の言葉でいった人として、ぼくは尊敬しています。「桜の花びらのように」「美しく散るいのち」、しかもそれは「国のために捧げたいのち」だなどと、なんという虚飾。詭弁であろうかという思いは、ぼくにもある。

 国って、なんぼのもんです? そんなぞんざいな口をきいてみたくなります。「お国のため」「国が第一」「七生報国(しちしょうほうこく)(楠木正成の科白(せりふ)だとされます、彼はずいぶんと持ち上げられたり、踏み付けられたり。命を差し出す「主君(後醍醐天皇)」がいてこその「報恩」でしたが)」という嘘の嘘。言っている本人でさえ、そうはいっても「まずは、わが命」と信じているはず。だから軽々しく「お国のために」といえるのでしょう。「国が何より」という意味はどういうことだろうか。祖国の名誉って何ですか。

 どなたが「赤線」「青線」を引かれたか。再び石垣さんの引用です。「昔々 立身出世という言葉がありました。それはどういうことですか 意味はさっぱりわかりません」(「花のことば」)強烈な言葉の逆襲ではないでしょうか。「生きている」だけで精一杯の明け暮れ。それ以上に何を願い望むことがあろうか。欲ボケもいい加減にしてほしいという露わな反感があります。

 「咲いている花が 尚その上にお化粧することを考えた / そんな時代の言葉です」今、この国では、狂気に襲われている一人の女性が首相になっています。何の因果でしょうか。「国を強くしたい」「世界の中で咲き誇りたい」と叫び続けている。「国」に存在している「民」はどうでもいいとでもいうような乱暴さがあります。「国盛んにして、民衰えたり」、なんというグロテスクな発想でしょうか。そのような狂い咲きの「徒花(あだばな)」(実を結ぶことなく、無情に散り終わる花のこと。開花はしても、結実しないという意味)のような「宰相」を四方八方から盛り立て、盛り上げる権力周辺の有象無象が引きも切らない。そのまた周りには数限りない「無辜(罪のない)・無知の民・民草」がいます。なぜ、こんな変異が生じているのか、ぼくにはよくわからないのです。なにもかにもが「ネットの時代」だということにはしたくない。ネットの時代であれ、テレビの時代であれ、戦争の時代であっても、「いのちを飾り立て」「いのちを弄んだり」することを潔くしないで、地道に生きることを放棄しない人もまたいるのです。あまり好きな言葉ではありませんが、「一所懸命」、ぼくはここ(一所)に精魂を籠めて、秘(ひそ)かに生きていたいという、そんな生き方をこそ。

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 最初に「夕歩道」を出した、他意はありません。まず「no art、no life(ノーアート、ノーライフ)」という番組、ぼくは未見です。少し丁寧にみてみようと思いました。次いで、そこに「バンクシー」が顔を出していたから、それだけでぼくは嬉しくなった。「氏についての本は、どこにでもいそうな『普通の、控えめな』英国人とかねて紹介していた。ひっそり暮らしているだろうか」(「夕歩道」)その通りでしょう。でも、「普通の、控えめな」というところが肝(きも)です。誰だって、我に返れば「普通の、控えめな」という生き方を念じているのではないでしょうか。外から毒の混じった教育を授けられるから、「普通はだめ」「控え目なんて暗い」と、歩く道を間違えるんでしょうね。「咲いている花が 尚その上にお化粧することを考えた」、そんな人間がごまんといる社会になりました。それもこれも、ぼくは多くは、長い長い学校教育の唆(そそのか)しのせいだったと、経験から学びました。

 世が世なら「咲くだけで(生きるだけで)せいいっぱい」「開くことに懸命な」、そんな人に学校教育は「もっと美しく咲け」「もっときれいに開け」と強いたんでしょうね。ぼくは「現首相」に、悪しき学校教育の一典型を見る思いがします。つまるところ、「立身出世(career advancement)」「出しゃばり(arrogance)」ということです。「身を立て世に出る」、狭い故郷を離れ(出世間)、都会(世間・世の中)で、ひたすら成功を求め、それが成った暁には故郷(ふるさと)に錦を飾る」という人間像が、様々なヴァリエーションを生みながら今に続いてきました。「一極集中」の淵源・嚆矢・発端でした。それを強力・強引に推進してきたのが近代学校教育(制度)だったのです。「こころざしをはたして いつの日にか歸らん 山はあをき故郷 水は清き故郷」(唱歌「ふるさと」高野辰之・詞 岡野貞一・曲、1914年発表)

◎ 立身出世(りっしんしゅっせ)= 社会移動には水平的移動と垂直的移動があるが,立身出世は後者のうちの上昇過程をさす。立身出世は,封建社会や村落社会といった身分社会においては,身分秩序を破壊するものとして否認された。社会分化の進んだ流動的な近代社会においては,逆に社会変動の要因として積極的にすすめられ,能力のある人間は競争によって階層上昇 (立身出世) が可能となった。日本でも,明治以降,国家的な欧化政策のもとで盛んに立身出世が奨励されたが,実際には能力主義に反する私的な人的関係も無視しえなかった。立身出世の方法としては特に教育が用いられ,学歴主義の悪弊を生み落した。また立身出世主義には,社会的不満のはけ口としても機能する側面がある。(ブリタニカ国際大百科事典)

*「ふるさと」https://www.youtube.com/watch?v=p1eZ8sIDF1A&list=RDp1eZ8sIDF1A&index=1

ふるさと

兎追ひしかの山
小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷

如何にいます父母
恙(つつがなし)や友がき
雨に風につけても
思ひいづる故郷

こころざしをはたして 
いつの日にか歸らん 
山はあをき故郷 
水は清き故郷

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 ここで場面が変わります。日本三大桜などと「あだな(渾名・綽名)」をつけられて、散々な目にあってきた桜たちがいます。ぼくは、それぞれの「名桜」には会ってはいますが、いずれも時期を外しての見物、しかもたった一人での観桜だった。根尾などは山中深く、誰もいなところで遠くから眺めただけ。山梨の「山高」はたまたま通りかかったときに目に入った按配でしたが、なんと狭いところに閉じ込められていることかと悲しくなりました。福島三春は遠望するばかり。それが先般の豪雪の重みで大きな枝が折れたというニュースに、「そっとしておいてください」という気がしました。

 それぞれが樹齢千年を過ぎたといわれますが、その大半の時間、誰もが見物に出かけることなく、ひっそりと咲いて、散って…。そのくり返しだったでしょうに。宇野千代さんの「薄墨」に賭けた熱意はぼくも早くから知っていましたが、ひそかに「余計なことを」という気がしないでもありませんでしたね。宇野さんの紹介で小林秀雄氏が「薄墨は…」などと書いたりしたものですから、物見遊山が大群衆になり、桜の根っこを踏みつけるような仕儀に至り、樹勢をさらに弱めることになったのです。「人に知られる」「名を成す」というのは人でも物でもろくなことはない。それこそ<Le It Be>ですよね。(下写真は岐阜県本巣市の「薄墨桜、三日前のもの)(https://www.city.motosu.lg.jp/0000000038.html

【余録】「樹齢1200年という老樹に、若木の根を何百本も継いで蘇生させたという話は、老人の私には興味のあることだった」。明治から平成まで1世紀近くを生きた作家、宇野千代さんの小説「薄墨の桜」の一節だ▲岐阜県本巣市の国の天然記念物「根尾谷(ねおだに)淡墨(うすずみ)桜(ざくら)」がモチーフ。知人の勧めで現地を訪れ、保存運動にも関わった。主人公の言葉は本人の思いでもあったのだろう。継体天皇が植樹したという伝説が残る巨木の樹齢は1500年超ともいわれる▲山梨県北杜市の「山高神代(やまたかじんだい)桜(ざくら)」、福島県三春町の「三春滝(みはるたき)桜(ざくら)」と合わせた「日本三大桜」は長寿ランキングでもトップ級。いずれも日本固有の野生種、エドヒガンの仲間である▲淡墨桜、神代桜の見ごろは3月下旬から4月上旬、滝桜は4月前半というが、本来、名のとおり彼岸の頃に開花する早咲きの桜。関東地方ではソメイヨシノの開花より1週間程度早いとされてきた▲ところが今年はソメイヨシノの開花も早い。彼岸の入りを前に高知や岐阜、甲府で開花宣言が出された。2月に暖かい日が続いたことが一因らしい。彼岸明けまでには東京や福岡なども続きそうである▲エドヒガンとオオシマザクラを親に持つというソメイヨシノの寿命は60~80年。長寿の遺伝子が引き継がれなかったのは残念だが青森・弘前公園には樹齢100年を超えるソメイヨシノの木も多いらしい。リンゴ栽培に倣った剪定(せんてい)法が秘策というからぜひ広めてもらいたい。<尼寺や彼岸桜は散りやすき/夏目漱石>(毎日新聞・2026/03/19)

 (右上写真は「山高の神代桜」)(「満身創痍」というのは人間だけではないのです。あまりにも痛々しいと、ぼくは感じてしまう)

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「目立たないことは超能力である」

謎の芸術家バンクシーは英ブリストル出身の男性、 「デービッド・ジョーンズ」とも [13日 ロイター] - 世界各地に作品を残している謎の芸術家バンクシー。ロイターは関係者への取材や資料に基づき、バンクシーは英南西部ブリストル出身の男性ロビン・ガニンガム氏だと結論づけた。/バンクシーの弁護士マーク・スティーブンス氏はロイターに対し、書面で「(バンクシーは)貴社の問い合わせに含まれる詳細の多くが正確であるとは認めていない」​と述べた。バンクシーの正体について肯定も否定もせず、取材内容を公表すればバンクシーのプライバシーを侵害し、芸術活動に支障をきたし、危‌険にさらすとして、公表を見送るよう要請した。
ロイターは、プライバシー侵害というバンクシーの主張、彼のファンの多くが匿名性の維持を望んでいるという事実を考慮した。報道活動で適用するあらゆる基準に照らしつつ、文化、アート業界、そして国際的な政治的議論にも深く永続的な影響力を持つ人物の素性や経歴を理解することについて、公衆が深い関心を持っていると判断した。(以下略)(ロイター・2026年3月16日)

(ヘッダー写真:「ロイター通信は、バンクシー本人と噂される人物たちの写真列をホーレンカの住民に見せた。左から順に、ティエリー・ゲッタ、ロビン・ガニンガム、ロバート・デル・ナジャ。ロイター/イラスト/キャサリン・タイ。出典写真:イブニング・スタンダード紙のジェイセン・ヴィンロブ、ロイター/ピーター・パブロウスキー」(https://www.reuters.com/investigates/special-report/global-art-banksy/

 「ロイターの調査 バンクシーを探して  このイギリス人ストリートアーティストの正体は、何十年にもわたり議論され、厳重に秘密にされてきた。ロイター通信は、この謎を解き明かすべく、爆撃を受けたウクライナの村からロンドン、そしてマンハッタンのダウンタウンへと取材を進め、名前以上の多くの事実を明らかにした」サイモン・ガードナー、ジェームズ・ピアソン、ブレイク・モリソン著 2026年3月13日午前10時(グリニッジ標準時)に提出

「浴槽で背中を洗う男性を描いたバンクシーの壁画は、2022年にウクライナのホレンカ村の廃墟となった建物の壁に出現した。この壁画はロイターの記者の興味を引き、謎に包まれたこのアーティストの正体を探る試みが始まった。ロイター/グレブ・ガラニッチ」(右写真)(https://jp.reuters.com/life/entertainment/JB2PQGTO3ZOPXJIANCLWUCVNDE-2026-03-16/

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 バンクシーの「箴言録(maxim)」のようなもの。(以下は「ロイターの調査 バンクシーを探して」より)

 「私はアートを使って異議を唱えているつもりだが、もしかしたら異議を唱えることで自分のアートを宣伝しているだけなのかもしれない。魂を売ったという罪は否認する。だが、以前住んでいた家よりもずっと大きな家からそう主張している」(バンクシー タイムアウト・ロンドン、2010年)(註 彼は相当に賢明な人だと、ぼくは判断している)

 「私がやっていることが『芸術』だと美術界の人々に納得させることにはあまり興味がない。それよりも、私がやっていることが実際には破壊行為だとグラフィティコミュニティの人々に納得させることの方がよっぽど重要だ」(バンクシー LAウィークリー、2010年)(註 彼が「エスタブリッシュ」から評価されることは「侮辱を受ける」に等しいと考えているでしょうね)

 「私はカミングアウトするつもりは全くありません。ただでさえ、自分の醜い顔を人々の前に突き出そうとする、自己中心的な嫌な奴らが十分すぎるほどいるからです」(バンクシー タイムアウトNY、2010年) (註 自己宣伝(自惚れ)はしない。世の中には「デシャバリが多すぎる」のではないですか、と)

 「芸術には、大げさで、下品で、露骨な表現があってもいいと思う。怒れる思春期の若者のわめき声のように見えても、何が悪いんだ?パンクの何が悪かったんだ?」(バンクシー ディズマランドのウェブサイト、2015年)(註 ノンセンスというのは、センスを笑いのめすということです。それを世間(常識)は「馬鹿なこと」という。「センス(常識)」なるものを否定するのが真意です)

(☝ ニューヨークでの看板破壊事件で逮捕された後、バンクシーは警察への自白書の中で、広告を汚損したことを認めた。この自白書はこれまで報道されていなかった)

 「私が誰なのかを知らない人になるまでは、誰も私の話に耳を傾けてくれなかった」(バンクシー 壁とピース、2005年)(「自分らしく生きる」と、しばしば自他ともに慫慂しますね。それがまるでいいことのようですが、最も「自分が何者か、わからないのは自分なのだ」だと気が付くのは大事なことですよ)

(「バンクシーはパレスチナとイスラエルを隔てる分離壁に「Balloon Debate(バルーン・ディベート)」をスプレーで吹いています。2005年のことです。/また、バンクシーはこの作品を残した後、次のようなメッセージを残しています。

 「イスラエル政府はパレスチナ自治区を取り囲む壁を建設している。この分離壁はベルリンの壁より3倍も高く、完成すると全長 700キロメートルにも及ぶ。これは、ロンドンからチューリッヒまでの距離と同じだ。この分離壁は、国際法上では違法。パレスチナを世界一大きな刑務所に変えた」バンクシーhttps://youtu.be/umas99F_z6U

(「バンクシーの芸術」・https://theartofbanksy.jp/banksy-girl-with-balloon-rundown/

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 ぼくはまだ見ていないが、ガザでもイランでも「バンクシー(実は「破壊者」)」はパンク「punk」しているのだと思う。ぼくは以前から、バンクシーはパンクシーだと考えていました。つまり、体制側(既成派)からみれば、文字通りに「不良・チンピラ・壊し屋・ならず者」に映るし、そう映ることが大事(本望)なので、辺に承認・賞賛されることはあり得ないと考えているはずです。深いところでは「大勢(体制)派って、クズなんだ」という徹底した反抗心、それ以上の反骨精神があるのもまたパンクする人の特徴でしょう。もう一説。車のタイヤに釘(くぎ)などが刺さって空気が抜ける状態を「パンク(cf puncture)」というでしょう。バンクシー(パンクシー)が狙っているのも、体制順応派の「はち切れそうな満腹(の空気)」(満足・満杯・傲慢・慢心・満点)を鋭く刃物で毀損することなんですね。「パンク(punk)」は「くだらないもの、不良」などと、世の中順応・肯定派から忌み嫌われている、そんな存在の側に身を置くことに意味があるんですね、きっと。

 彼は、例の「Beatles」ではないところが大切です。言わずもがなのことながら。彼らは1965年に英女王から「大英帝国勲章(MBE)」を授けられ、レノンは1969年に「反体制派」の矜持からでしょうか、勲章を返上しましたが、さらにポールは1997年に、リンゴ・スターは2018年に「ナイト(Knight Bachelor)」の称号を授与されている。これをめぐり、軍人さんたちからは「勲章の権威を汚す」と反発された。理由は「たかがポップじゃないか」というものでした。彼らは「パンク」ではなかったというわけでした。この島の「嵐」というグループが文化勲章を受けるというのは、相当に面白いんじゃないですか。あるいは、「スマップ」だって資格はあるでしょう、いろいろな意味において、ね。「褒章」「勲章」というものは、何であれ、欲しい、貰いたいという人には、どうぞ、ぼくはいつだってそういう気分でした。でも、自分は貰うのはいや、とね。(次いでだから、もっとつまらないことです。比べるのも変ですが。ぼくは希望もしないのに、「学位を授けます」といわれて心底情けなくなったし、「名誉教授」の称号も、本人に断りなく、所属機関から「授与する」と聞かされて、「それは人権侵害でしょ」と断った。驚くべき頽廃(decadence)だと、ぼくは感じだものでした)

 時代の寵児とか、現代の鬼才などと崇め奉られることは万死に値するほどに、「パンク派」には情けないこと。「世に評価される」ヒトやモノには、間違いなく「迎合」の卑屈さがあることを「パンクたち」は直感しているからです。「阿諛(あゆ)」「阿世(あせい)」といってもよろしいでしょう。「相手の気に入るように振る舞うこと」「おもねる・へつらうこと(諂諛・てんゆ)」ですから、「阿諛迎合」とはどこまで行っても「あなた次第」「他者の評価」が大事なんです、という屈折した心がなせるわざでしょう。「私を評価してください」「ぼく勲章(メダル)をもらう権利(価値)があるのだ」などという、今どきも、まだまだ大流行の「愚劣連」の時代であり、社会です。

 そんなご時世にあって彼は、「私はカミングアウトするつもりは全くありません。ただでさえ、自分の醜い顔を人々の前に突き出そうとする、自己中心的な嫌な奴らが十分すぎるほどいるからです」と、なんも言えない心意気というべきでしょうか。ぼくは、恥ずかしくて言いたくないのですが、(バンクシーが「出現」するはるか昔から)ひそかに「バンクシー」(島的にいうなら「鼠小僧次郎吉」)になりたいと思っていたことがあります。「世に知られることは、交通事故に遭遇するようなもの」と早くから、ぼくは思いこんでいました。自分から進んで事故に遭いたいと念願するほど、ぼくはバカではないという腹積もりで生きていました、今もなお。

 どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている ー 月光仮面のように、バンクシーは東奔西走、神出鬼没。彼のあらわれた、いたるところで物議を醸し、賛同の嵐を巻き上げ、非難の礫(つぶて)を受けるのです。「毀誉褒貶(きよほうへん)」、いや、「非難囂々(ひなんごうごう)」かもしれません。そして彼はそれを遠くから、あるいは近くから、黙って凝視しているのです。くどいようですが、彼の「肺腑の言」(と受け止めたいですね)、を。

 「目立たないことは超能力である」 

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 *ぼくの推論 ー 「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている」というように、「月光仮面」は確かに「実在」しましたね。いつの時代、いつの世にも「きっといました」と、誰もが待ち焦がれた存在でした。まあ、「青い鳥」のようなものではなかったか。そして、今日この時代の「月光仮面」である、「バンクシー」は「月光仮面」のように「正義の味方よ よい人よ」でもなければ「誰でも好きに なれる人」でもなければ、「この世の悪に かんぜんと」ではなく、絡(から)めてから、戦いいどんで消えてゆくらしい。それを必死で探し求める「追っかけ」もまた、たくさんいそうです。たぶん、多くの人は彼がどんな「おじさん」(おばさんではなさそうだ、というのは確からしい)かは、見当がついています。彼の友人だったり、隣人である人もたくさんいます。

 しかし、やはり彼は「謎の壁画家」でいてほしいと、誰もが望んでいるのでしょうね。もちろん、ぼくもその一人、なぜだか、ロイターは相当に入れ込んで「バンクシーというおじさん」探索を続けてきて、ほぼ「正体」を突き止めたようです。けれども、「正体見たり 枯れ尾花」ではないにしても、「なんだ、あんな男だったか」とならないことを願うばかり。しかし「謎」はいつまでも「謎」であり続けるんじゃないですか。「君が謎(バンクシー)だったか」と問われて、「そうなんだ、ぼくは、いまも謎(バンクシー)なんだ」ということなんですね。(因みに、1958年に流行した「月光仮面は誰でしょう」という主題歌(作詞・川内康範、作曲・小川寛興)にある通り、当時の月光仮面はホンダの250CC(ドリームC71) にまたがって、「正義の味方」をやっていました。ぼくは京都にいたころ、「(月光仮面をつけていない)すっぴんの月光仮面」の家に行ったことがあります。「映画スター探訪」と称して勝手に、俳優の家に行く遊びでしたが、O さんは俳優であり、妻も俳優だった高千穂ひづるさん。たくさんの俳優さんの家に行きましたし、同級生にも俳優の息子たちがいた時代。(右上は素顔の月光仮面こと、O さん)

 そして、今でもまだ、「月光仮面」がいるんですね。同じバイクに乗って、横浜方面にいるらしい、某氏(左写真)。こんな格好で街中を疾走すると、逮捕されませんかと、気になります。要するに、世の中には謎が多いし、第一、人間は人間にとって「謎」なんですね。

 (*「月光仮面は誰でしょう」近藤よし子&キング小鳩会 歌)((*近藤よし子&キング小鳩会 歌)
https://www.youtube.com/watch?v=uAjuhZRG6i8&list=RDoHpN4QuGc-U&index=2


 月光仮面は誰でしょう

1 どこの誰かは 知らないけれど
  誰もがみんな 知っている
  月光仮面の おじさんは
  正義の味方よ よい人よ
  疾風(はやて)のように 現れて
  疾風のように 去ってゆく
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

2 どこかで不幸に 泣く人あれば
  かならずともに やって来て
  真心(まごころ)こもる 愛の歌
  しっかりしろよと なぐさめる
  誰でも好きに なれる人
  夢をいだいた 月の人
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

3 どこで生まれて 育ってきたか
  誰もが知らない なぞの人
  電光石火(でんこうせっか)の 早わざで
  今日も走らす オートバイ
  この世の悪に かんぜんと
  戦いいどんで 去ってゆく
  月光仮面は 誰でしょう
  月光仮面は 誰でしょう

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◎ パンク(punk)= 1970年代中頃に生まれた若者の風俗現像。発祥は英国で,髪を染める,逆立てる,一部分あるいは全体を剃る,ぼろぼろの服を着る,耳や鼻孔,口などに穴をあけ安全ピンを刺す,露骨で卑猥な言葉を吐くなどが特徴。不況による失業と階級意識の強い社会に閉塞感を抱く英国の若者の間で広まった。元来パンクとは与太者,不良などの意味だが,ロック・グループの〈セックス・ピストルズ〉が上述のようなスタイルで,反社会性を歌ってデビューしたときから,反社会・反通念がパンクの共有概念となった。彼らの音楽はパンク・ロックあるいは単にパンクと呼ばれた。金がないゆえのパンクのスタイルだったが,その後ファッションとしても流行した。(百科事典マイペディア)

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