2週間で台湾から長崎へ(1400 ㌔)

 海を渡るチョウ「アサギマダラ」 伯耆町の花畑に今シーズン初お目見え 海を渡るチョウとして知られるアサギマダラが21日、フジバカマが咲く伯耆町丸山の花畑に今シーズン初お目見えし、待ちわびた愛好家らが写真に収めた。/アサギマダラは羽を広げた大きさが10センチほどで、茶色に縁取られた薄水色の模様が特徴。初夏にかけて日本に飛来し日本列島を北上、秋に南下して台湾など南方に渡る。2千キロを旅するチョウともいわれる。/花畑は、大山ブナを育成する会(吉岡淳一会長)が2019年から旅の休息地にと整備。昨年はフジバカマが連作障害で枯れ、今年はダンプカー5台分の土を入れ替えてフジバカマとヨツバヒヨドリを植えた。/この日は5匹前後が吸蜜しながら花の間をふわりふわりと舞った。今月初めから楽しみにしていたという同町内の男性(72)は「色合いがきれいでロマンを感じる」と目を細めた。/吉岡会長(82)は「心待ちにしていた。例年より2週間遅れ。しばらく飛んでほしい」と話した。(日本海新聞・2024/20/21)(ヘッダー写真も:https://www.nnn.co.jp/articles/-/409705

「“旅する蝶”と呼ばれる…『アサギマダラ』が三重県御浜町に飛来 秋になると北から南へと1000km以上移動」東海テレビ・2024/10/21)(https://www.youtube.com/watch?v=3LEowb6vKAs&ab_channel

⦿ アサギマダラ(Parantica sita)= 鱗翅目マダラチョウウ科の大型のチョウで,開張は10cm前後に達し,翅は非常に横長である。和名は浅黄色(丹青色)をしたマダラチョウの意である。淡青色の斑紋は前・後翅ともにあるが,地色は前翅が黒色,後翅は栗色である。インド北部,マレー半島をはじめ,東アジアの温暖な地域に広く分布し,日本全国で採集されている。年3~5回の発生。1981年に成虫の長距離移動の実例が確認された。すなわち,キジョランなどガガイモ科の常緑植物の豊富な暖地林で発生し,ここを根拠地とし,ここでおもに1~2齢幼虫が越冬する。5月ころ羽化した成虫の一部が北地,寒地へ移動を始め,おもにガガイモ科のイケマに産卵する。9~10月にかけて,北地や高地の成虫は南下し,根拠地へ向かうものと推測される。近縁種にリュウキュウアサギマダラIdeopsis similis,ウスコモンアサギマダラTirumala limniaceがあり,迷チョウとして九州などで採集されるが,アサギマダラより小さく,斑紋が細かいことで区別される。(改定新版世界大百科事典)

 2週間で長崎から台湾へ 旅するチョウ「アサギマダラ」 バイオパーク・伊藤園長 飛行ルート調査 長距離を渡り「旅するチョウ」として知られるアサギマダラ。長崎バイオパークの伊藤雅男園長(62)が10月に長崎市野母崎樺島町から放った1匹が、2週間後に約1400キロ離れた台湾西部の離島、澎湖(ほうこ)諸島で見つかった。研究者や愛好家らの間では、長崎県上空を飛ぶ「日本海ルート」の存在が知られており、伊藤園長は「澎湖諸島に到達か中継地点とされる説が強まってきた」としている。/アサギマダラは羽があさぎ色(薄い藍色)で体長約10センチ。日本や台湾、韓国などに生息しており、春に北上、秋に南下する。長野県など本州からの飛行ルートは、関門海峡を通る「日本海ルート」のほか、四国などの海岸沿いから台湾へ向かう「太平洋ルート」があるとされている。/伊藤さんは1997年から計8万5千匹超のチョウの羽に印を付けて飛行ルートを調査。今年は県内の山中から約1600匹を放った。今月9日に台湾の調査員によって再捕獲されたチョウは、10月26日に印を付けた130匹中の1匹。今回を含み台湾で見つかった12匹のうち11匹が澎湖諸島という。/伊藤さんは「羽を傷つけながら飛んでいる姿を想像すると感動する。今後もルートについて詳しく解明したい」と話した。(長崎新聞・2023/11/23)

 世界(地球上)には驚くべき事々があります。自然現象(存在や現象)、言ってしまえばそれだけですけれど、その「自然」のほんの表面に一部に住みだしていくらも経たない人間が、あたかも「地上(世界)の王」のような振る舞いを何時から始めたのか、それも、十分に歴史的には解明されてはいません。今でも、都会のど真ん中に「旧石器jん」や「縄文人」が住んでいるともいえますし、そのような祖先とはおよそかけ離れた「凶悪無二」の新石器人が生息しているという錯覚を持っています。

 ぼくは、毎年この時期になると、とても気になる「現象」「存在」がいくつかあり、それを楽しみに、あるいは恐ろしいものと待ち構えながら、待望したり、忌避したりして生活しています。「自然環境」と一口に言っても、ぼくたちには謎だらけ、それを解明しようという悪戦苦闘が人間の探求心の為せる業だということもわかりそうです。どれだけ解明できたのか、ぼくには皆目見当もつきません。しかし、少なくとも政治や経済の面においては、すべては「手の内」だという狂った感情で動いているという禍々(まがまが)しい事実を否定できはしないのです。無辜の民がクラス譲許や病院、学校や公共広場に、それこそ無差別にミサイルを撃ち込む。まるで広島や長崎の原爆投下が今も繰り広げられているのだと、底なしの凶悪をぼくたちは、同時代人として目にしています。どうして人間はおろかなのか、故人としても集団としても。この解き明かせない難題に挑戦し続けるのもまた、人間以外にはないのです。

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 しかし、どこまで行っても謎は残ります。その謎こそが、人間存在の在り方を幾重にも決めて来たのではないでしょうか。この小さな蝶々の生態や生活圏にかかわるすべてがわかっていません。極東の狭い範囲での軌跡にようやく光が当てられかけてはいますが、この地域以外ではどうなっているのか、まだまだ解明されない部分が残されています。長崎新聞(昨年11月の記事)が紹介している伊藤雅男さんは、このチョウの生態を調べるべく三十年近くにわたり、なんと8万5千匹の翅(はね)に標・印にをつけて、その飛翔範囲を追及されているという。このチョウにして、この研究者あり。それが「人類の平和」にどんな貢献をしているのかとは問うまい。人間が人間である限り、何かをしたい、まるで山登りよろしく、「そこに謎があるからだ」というその探求心が、いい意味でも悪い意味でも、今ある地球の状況を齎してきたのです。

 ぼくにはたくさんの「生物学」研究者の友人がいました。同じ学校の別の科に所属していた人たちです。彼や彼女から、ぼくは無知な人間として、たくさんの疑問や愚門を投げかけては失笑されていました。また、アメリカの生物学者のエドワード・O・ウィルソン(Edward O, Wilson:1929 – 2021)の著書から、語り尽くせないほどたくさんの学習をしてきたと思っている。この人は「生物多様性」、「アリの生態」その他、とても広い範囲に及ぶ研究を達成され、斯界(しかい)に限らない範囲に何かと刺激を与えてきた人です。「この昆虫に、この研究者あり」というテーマでたくさんの書物が出来上がっている、そのうちの一人です。

 この地球上にどれくらいの生物が生息(存在)しているか、まったくわかっていません。数百万種類と言われていますが、それは人間の手・目の届く範囲を類推しただけの数字です。あるいはその数十倍はいるかもしれないし、新たな新種がぼくらの知らないところで誕生しているかもしれません。よく「レッドリスト」だとか「絶滅危惧種」などと叫ばれます。それもこれも、人間が知る範囲に限定されているのですけれど、膨大な数の生物が、人間の知りうる範囲から姿を消しているのも現実でしょう。人間の生活が、どれほど多くの生物の存在を脅かし、「絶滅」に手を貸してきたことか。(そもそも、人類はそのリストに入らないのか)

 一枚の写真に誘われて、よしなしごとを愚想してしまいます。一匹の蝶の生態を調べ、一匹のアリの生態を調べるのに、当事者は生涯を費やしても惜しくはないというでしょう。そのような研究の成果は、どこにその価値を見出されるのでしょうか。もちろん単純な事柄ではないのは分かりますが、結局は、この人間という不可思議なものの来し方行く末を確かめることにつながるのだとも言えます。乱暴な表現をすれば、ぼくたちのDNAの中には、アリやアサギマダラの痕跡が入っているかもしれないのですから、生物多様性の解明は、究極には人間の多様性に結びついていくのだろうとおおよその見当(direction)はつけている。ぼくの年中行事のひとつとなった感のある、アサギマダラの「飛来」に甚(いた)く心が騒ぐのも、どこかで「旅するチョウ」への憧れ(類縁意識)が潜んでいるからかもしれません。

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行くも地獄、行かぬも地獄か

 

 二日ほど前に町役場から衆議院議員選挙の「投票所入場整理券」が届きました。投票日まで一週間ほどですから、ぎりぎりの配達です。役所が悪いわけではなく、とにかく「臭いものに蓋を」と目くらましを計った政権与党が、青臭いことばかりを呟く現首相の馬鹿たれを「羽交い絞め」にして、短期決戦に逃げ込んだ結果です。いつも通りの「常套手段」として選挙を使う。山の中に住んでいますから、近くには候補者のポスターを張る掲示板もないし、もちろん「選挙公報」も届きません。「必要ならば、役場まで取りに来てください」という姿勢で一貫しています。この町に選管はあるようなないような、そんな仕事ぶりです。

 そのくせ、同じころに「あなたは高齢者でありながら、医者にもかからなければ、介護保険の世話にもなっていない。どうしているんですか」という、世話焼き(興味本位)で、いかにも心配していますと「前口上」を述べた上で、事細かな「アンケートに応えろ」という文書が届きました。(「⦿×町にお住いの高齢者で健診や介護保険サービス・通院等の履歴がみられない方を対象として、健康状態を把握したくアンケートを送らせていただきました」問合せ先 ⦿×町やくば健康保険課 健康推進係 A井・T﨑) 

 アンケート項目のすべてを紹介したいくらいで、はなから、高齢者(住民)を「痴遇者扱い」しています。ぼくは何かの用事で役場に出かければ、きっとあれこれ「文句」を言います。だから、そんなところとは関わりたくないのですが、まるで幼児に訊くような質問を並べて、該当する項目に「●」をつけろという。「手足は自由に動かせますか」「食事は一人で食べられますか」「一人でトイレに行けますか」「一人で着替えができますか」「玄関から外の庭や隣近所に出かけられますか」「××などからお金を一人でおろせますか」と、こういう「問診表」「長谷川式」みたいなのが34項目。(こう尋ねるのなら、最も大事な質問が欠けているのは役場仕事ですね。「この質問の文章が読めますか、理解できますか」)「親切」が悪いわけではない、しかし、高齢者をどうに見ているか、それが役場(行政)の眼鏡(偏見)というもので、この年寄(高齢者)観は、すべて間違いとは言えないでしょうが、どうも「偏見」「先入観」に類する発想が、根っこにある。

 親切というか、要らぬお節介というべきか。まるで「無病息災」がよろしくないような、高齢者はすべからく「認知症的種族」だという予断と偏見がある、そんな問い合わせであり、「アンケート」の強要でした。高齢者から、税金を取るな、と政府にも言いたいね。年を取るというのは、心身面でいろいろな不都合が生じること。それを示したからと、介護や施設に入れましょう、役場に届け出ることという、隔離政策は、なんというか、適切な言葉がないような「厄介者扱い」の色彩は濃厚です。もう少し、同じことをいうにしても、別の捉え方ができないか。いつも、ぼくはそのように考えています。

 役場の吏員にして、かかる意識・感覚ですから、中央省庁の官僚たちに至れば、高齢者の存在など歯牙にもかけないというべきでしょう。まして政治家にあって、誰かが困っているぞと訴えても、「それがどうした」という、人間の風上にも置けない輩が大半だと、何時にもまして腹が立ってくるのです。

*拙宅に「選挙公報」が送られてこないのは、高齢者(「住民で、健診や介護保険サービス・通院等の履歴がみられない方」)は読解力がないからだと判断しているからではないかと、嫌なことだが、ようやく気が付きました。選挙公報を読んで投票する人がどれほどいるか、要は、公正・公平の原則が阻害されているところに問題があるのです。

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 そして珍しく東奥日報の「天地人」、めったに引用はしないのですが、本日は、ここに出したくなるような事柄が書かれていたので、というと失礼に当たりますけれど。いまごろ、こんな能天気な「お説」を紹介するんですかと、茶化したくなりました。まるで町役場の吏員並みといえば、両者を虚仮にしていると受け取られますでしょうね。地方の首長や議員選挙の投票率が低いのは周知の事実です。それに輪をかけるような国会議員選挙の投票率の低さです。高きがゆえに尊くはないし、低いから大騒ぎするに当たらないと、ぼくは言います。「選挙権」「投票権」に関して、どうも記者氏は誤っているのではないですか。

【天地人】衆院選の期日前投票を済ませた。小選挙区で1票。比例代表で1票。最高裁裁判官の「国民審査」もある。投票先は自分なりに事前に吟味した。票を投じるその一瞬は「しっかり頼みますよ」という投票先への願いと「権利を行使している」という緊張感が交じり背筋が伸びる。
 もっとも衆院選の投票率は近年50%台まで低下。前回2021年は全国が55.93%、本県が52.93%と、半分近くが投票に行っていない。10代、20代はさらに落ち込む傾向がうかがえる。「自分の1票で世の中が変わるとは思えない」「投票先を決めるのが難しい」。本紙連載「衆院選・わがまち投票率」ではそんな声も聞こえる。
 「選挙とは、端的にいえば『ひいきのチーム』や『ひいきの候補者』に一票を投じる行為です」。文芸評論家の斎藤美奈子さんが、著書「学校が教えないほんとうの政治の話」で「ひいき」という自分に近い政治的立ち位置を見つけるポイントを解説している。
 なるほど今風に言えば「推し」を見つけるようなつもりで、候補者や政党を取り巻く情報と向き合うことで、政治との距離が縮まるのかもしれない。
 テレビやラジオ、ネット、選挙公報、もちろん新聞も活用して。きょうまでの新聞週間の標語には「流されない 私は読んで 考える」とある。それはよりよい社会をつくるため。投開票日まであと6日。(東奥日報・2024/10/21)

 投票率が低いのは、それなりの理由があります。第一、政治や政治家に無関心。「自分のこと(利害得失)だけに興味がある」と、まるで政治家のような国民が著しく増えたということ。第二に、それは自己中心になった理由みたいなもので、「自分の1票で世の中が変わるとは思えない」「自分が投票(棄権」しても、現実は同じだ」「世の中はなるようにしかならない」などというものです。その通りでしょう。有り体に言うなら、選挙は、一面では儀式です。無投票で議員や首長を選ぶことがないとは限りませんが、今のところ、国会議員になりたがる好事家が多数いるので、当然選挙となる。候補者が一人なら、選挙は無用。いずれ、今のような状態で、政治や政治家が愚かしいことばかりしていれば、選挙に出ようとか、議員になりたいなどという寝言を言う人はいなくなるでしょうから、無投票時代が来るはずです。いまだって、「選びたい候補者がいない」というのは相当にあるし、選挙に行かない人はおよそ半分です。

 仮に、投票率が三割を切ったら、どうななるのでしょう。野球なら二流バッターです。国なら、三流か四流か。何流でもかまわない、大事なのは自分流、ですね。

 例を挙げます。有権者が一万人だとして、投票率が5割、その十分の一の得票で当選というような事例はざらに見られます。投票者が5千人。その十分の一は500人。全体の二十分の一で投票です。得票率は5%。これで選挙が成立するんですか。問題は得票率にあるのではないでしょうか。当選させたい人、出したい人がいないような選挙でも、勝った人間が議員になるのが今のやり方です。細かいことは抜きにして、得票率が有権者数のいくらか、そこに焦点を当てて、選挙の仕組みを考えるべきでしょう。(現行規則では、衆議院議員選挙では「有効投票総数の6分の1以上」なければ当選者とはしない。仮に有効投票数が500票だったら、その6分の1以上が必要で、つまり84人以上で当選)となる)民主主義はとっくに壊れているのに、選挙の時だけ、「民主主義」云々と騒ぐのは、奇怪至極です。ぼくはしばしば「出したい人より、出したくない人を」、それが選挙の鉄則になるといいなあと愚考もし、口にもしてきました。従来は「出たい人より、出したい人を」でした。「出したい人」はいるんですか。「出たい人」「出たがり」ばかリはよくないといいながら、「出したい人」もまた、結局は「出たい人」になってしまっている、それがこの国の、言うところの政治における民主主義の現状、程度なんじゃないでしょうか。

 「選挙とは、端的にいえば『ひいきのチーム』や『ひいきの候補者』に一票を投じる行為です」と然(さ)る評論家の言ですが、何時の時代のことを言っているのか。有権者の多くに「贔屓(ひいき)」の候補者」がいないから投票率が低いという現状認識が消えていますな。「なるほど今風に言えば「推し」を見つけるようなつもりで」と、コラム氏も、同病相哀れむで、頓珍漢なことを恥ずかし気もなく書いている。マジか? 「贔屓」や「推し」がどう探したって見当たらないから、投票なんかに行きたくなくなるのですよ。でも、投票率が低いことはそんなに悪いことですか。「陸・碌(ろく)でもない候補者」ばかりだったら、選びたくなる人がいないなら、まともな人は棄権します、それもまた一つの判断であり、投票にかかわる行為であって、非難されるべき筋はないといいたい。「棄権」も選挙につきもの、選挙権の範囲にある。それを徒(いたずら)に辱めるように、選挙に行かないのは「社会を悪くする」「民主主義の原理に悖(もと)る」と、いかにもかしこぶって、まことしやかに仰せでしょうが、それ(棄権という権利)も含んでの「民主主義」ではないですか。反対に「裏金」や「汚職」が判明していながら、六候補者として「投票する」選挙民には何の非難も及ばないというのは、どうでしょ。問題はないと、あえていうか。

 「きょうまでの新聞週間の標語には『流されない 私は読んで 考える』とある。それはよりよい社会をつくるため」と、十年一日の意識のマンネリ化、まさしく退化ですね、この思考は。「兵庫」通りになっていないことを不問にしていて、何か言うんですか。第一、「新聞を買わない、読まない、見たくない」住民が急増している、新聞の発行部数が急減している、その理由はどこにあるか、それを問題にしないで、有権者に対して説教を垂れるといういつもの振る舞い、はたして如何なものですか。すべては連動している、それを見ないと「天に唾する」ですね。ブーメランはぼくのも返ってくることを知っていながら、そんな悪態をつきたくもなります。

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百年前もデリバリーの時代

 手入れの行き届かない荒れた庭にも三本ほどの金木犀があり、それぞれにかなりの花を咲かせている。この花はまず香り(臭い)が強烈で、立て込んでいる住宅地では植えることが避けられるともいわれます。反対に、この木を植えこみ(生垣)にしているお宅もある。中国伝来の植物で、元来は銀木犀(ギンモクセイ)が始まりだったらしい。彼地では「桂花」と名付け、それを原料にお茶(桂花茶)やお酒(桂花陳酒)に用いられている。「桂花酒」、ぼくも何度も喉を潤したことがある。強いお酒だった。ことに、慶州だったかの「桂花酒」は旨かった記憶が残っています。「金木犀(キンモクセイ)」はその亜種で、「丹桂」と名付けられており、その強い香りから「千里香」ともいわれています。お線香によく配合されています。

 山陽新聞の「滴一滴」氏は「フジバカマ」の開花報告をされています。この花にはきっと「アサギマダラ」が組み合わされ、この時期になると、各地方紙で素敵な写真が掲載されるようです。各地で、地域を挙げて「アサギマダラの郷」よろしく、フジバカマを植えているのも目につきます。その「フジバカマ」と「アサギマダラ」を見なくなって、どれくらいになるでしょうか。能登半島時代にはどこにでもその可憐な花が咲き誇っていた記憶・印象があります。そこにアサギマダラがいたかどうか、たくさんの蝶類がいたから、いちいち気にしなかったのかもしれない。渡り鳥に、ぼくたちは感心しますが、このアサギマダラも大変な長距離飛翔をします。中には2000キロも(海上経由で)飛ぶものがいるらしい。どなたかが撮影したフジバカマに飛来しているアサギマダラの動画、それを観るだけでぼくは堪能しています。

【滴一滴】フジバカマの開花 自宅で育てているフジバカマが咲いた。秋の七草の一つだ。胸の辺りまで背丈が伸び、淡い藤色の小さな花がたくさん付いている。昨年、兵庫県佐用町を訪ねた際に道の駅で鉢植えを購入した▼町の人によると、地域を挙げてフジバカマを育てているとのことだった。その花を好むチョウを呼ぶためだ。アサギマダラという大型のチョウで、黒地にあさぎ色(薄い青緑)のまだら模様が美しい。訪れた日もフジバカマの周りを優雅に舞い、さかんに蜜を吸っていた▼アサギマダラは「渡りをするチョウ」と言われる。秋には日本列島を南下し、南西諸島や台湾へ千~2千キロも旅をする。ひらひらと舞うチョウが海を越えるとは驚きだ。長い道中でフジバカマを見つける能力も驚異的というほかない▼渡りの時期には岡山や広島にも姿を現す。本紙で時々、アサギマダラが飛んで来た、と記事になっている。庭にフジバカマを植えている人もいるようで、飛来を喜ぶ読者の投稿が載ることもある▼かつて、フジバカマは河原などに多く自生していたそうだ。コンクリート護岸が広がり、今では環境省のレッドリストで準絶滅危惧種とされる。育てる人が増えれば、きっとアサギマダラも喜ぶだろう▼うちも1鉢ながら、力になればと思う。道の駅のようにふらりと寄って、羽を休めてもらえたら幸いだ。
(山陽新聞デジタル・2024/10/20)

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 もう一題。佐賀新聞の「ラストスマイル」。そして「📰とスーパーカブ」。毎朝三時過ぎに一台のスーパーカブが、家の前を通ります。近くのMさんの家に新聞を配達しているのです。拙宅では新聞購読はしていませんから、早朝のスーパーカブのエンジン音には郷愁を掻き立てられます。ぼくは新聞配達はしたことはないが、兄貴がやっていた微かな記憶があります。おそらく七十年以上も前のこと。雨の日も風の日も、台風や豪雪時にも休まなかったという話を誰かから聞いた覚えがあります。もちろんスーパーカブがまだ走っていなかった大昔。自転車すらなかった頃。毎日徒歩で配達する、街路灯も何もない真っ暗な田舎道、ぼくには遠く及ばない兄貴の偉さだと思っています。いわば「賢兄愚弟」の典型のような兄弟だった。

 スーパーカブは土・日・祭日を除けば、ほぼ毎日のように我が家にも来る。郵便配達です。いづれ遠くない日に、この「〒カブ」も姿を消すことでしょう。そもそも「配達(行商を含む)」という職業は、何時の時代にもあったはず。ただ、配達する品物と、その足になる乗り物が変遷を重ねてきただけとも考えられます。いずれ、「配達(Delivery)」や「行商(Peddler)」はいたるところで復活するに違いありません。いわば五十年前、百年前の「暮らしぶり」に戻るのでしょう。今でも細々と(失礼)続いているでしょう、「富山の薬売り(行商と宅配を兼ねたもの」」、その昔は江州(近江商人)の反物売りがありました、それが今日の「三越デパート」です。

 いやすでに、新たな「デリバリー」の時代を迎えているのかもしれない。都会の話ではない。超高齢化社会、人口減少時代、百貨店やスーパーに代表される「大店主義」は終焉を迎え、個々のつながりにおいて成立する「注文取り」「御用聞き」「出前」、それを「配達」する、あるいは品物を売りに歩く「行商」の時代、それは、ぼくにとっては七十年前の生活の復活にも思われてきます。「カブ」は姿を消し、「新聞」や「郵便」配達もやがて消えていく運命にあります。それはまた、何かの新たな「復活」「再生」を意味しているとも、ぼくは愚考しています。なんでも「独り勝ち」するような商行為は、いずれ競争相手が出てきて、破綻をきたす。個人とつながる「商い」こそ、何時の時代にも廃れない人間同士の行い(商行為)なんですね。

【有明抄】ラストマイル 深夜、いつも決まった時間にバイクの音が聞こえる。それが新聞配達だと気づいたのは、夜勤のある仕事に就いてから。ひろば欄でそんな、25歳の女性からの投稿をうれしく読んだ。学生時代には知らなかったその音が〈最近では時計代わりで楽しみ〉と書いてあった◆何不自由のない豊かな日常は、顔も知らない大勢の手に支えられている。それは同じような立場に身を置いて、初めて見えてくるのかもしれない。スマホやパソコンでポチっとするだけで、欲しい物が届く時代だからこそ余計に◆かつては身近に、いろんなバイクの音があった。郵便に出前に酒屋…。いつの間にか改革や時代の流れで業務は変化し、個人商店は姿を消していく。配達に活躍した原付バイク「カブ」も歩調を合わせるように、50cc以下が来年、生産終了になるという◆物流の世界で、荷物を客の元に届ける最終区間を「ラストマイル」と呼ぶ。ヒット中の同名映画では、ラストマイルを担う個人ドライバー父子が、厳しい労働環境の中でも社会を支えようとする矜(きょう)持(じ)が胸を打つ◆きょうは新聞配達の日。そんな現場の努力に応えるような紙面を日々届けられているか、胸に問いかけてみる。誰もがスマホの画面にくぎ付けになり、ウソや中傷で心がむしばまれていく不安な時代。ひとの手が届ける情報の価値を信じたい。(桑)(佐賀新聞・2024/10/20)

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「徒然に日常」(540~546)

◯2024/10/20(日)ただ今、午後9時。室温19.2℃、湿度56%。▶朝から快晴。陽射しもあり、かなり暑くなった。昼過ぎに買い物。牛乳や食パンなどと、いつもの品物を購入。▶帰宅後、久しぶりに庭作業。貯まっていた段ボール類などを燃やし、ついでに裏庭の除草。腰を据えた庭仕事は後日からになるが、とにかくこれまで「庭作業」実施の間隔がもっともあったので、草も植木類もかなり伸びている。それと敷地西側の檜や杉の枝が屋根にかぶさってきているので、それを何とか処理したい。購入しておいたチェーンソーを試しに使ってみる。小枝や竹類を切るのに重宝するかと購入しておいた。これまでは手動ですべてをしていたが、さすがに、高所の鋸をつかう作業は疲れるし、危険。使い慣れしていないので、注意を要する。数本の竹や檜の枝を切り落としてみる。また、道路側の槙の垣根も長く手付かずだったので、かなり伸びており、形が崩れてしまった、それを手始めに揃えてみた。かなりの枝落としをしたが、その後始末には時間や労力を取られるだろう、たくさんの焼却物が出るはず。(546)

◯2024/10/19(土)ただ今、午後9時半。室温26.6℃、湿度79%。日中は真夏日だったと思う。夜に入って、少し雨が降った。それにしても、十月も後半になるのに、いまだに真夏日が各地で続出しているという異常さ加減。これが、何年も重なると、その気候が常態化する。当地域でも、まだ夏が続いているという気がする。雨が降るか、気温が高くなるか、交互にそんな日が続いている。なかなか外作業に乗り出すきっかけ(手がかり)がないのが困る。▶米国大統領選挙、異様な言動が続いている元大統領候補は、このまま選挙運動が続行できるのだろうか、そんな報道がなされて、いよいよ、選挙戦終盤になって、さらに騒ぎが大きくなっている。にもかかわらず、彼が再選される可能性が高いという報道(期待・危惧の両面)がある。二大政党の枠組みが張り巡らされているので、候補者が犬や猫でも当選の可能性があるという個とか。政党に群がる構造がアメリカを動かしている。(545)

◯2024/10/18(金)朝方は雨模様。昼前からはかなりの雨が降った。低気圧(秋雨前線)の影響か。そのせいで、気温は25度を超えないまま推移し、湿度はかなり高く80%ほどもあった。▶今日は午前中、かみさんの免許更新講習日。一人で出かけて行った。三年前にも試験会場になった教習所だったので、安心したのかもしれない。雨天の中、実地運転もあったと思う。結果は何も言わないけれど、問題はなかったのだろう。これが最後の「更新」だったかもしれないが、とにかく、無理をしない運転を心掛けてほしい。車の外部はは傷だらけだが。▶物騒な時代社会になったと思うことは、いろいろな面で感じるが、このところ特に震撼させられるのが「押し込み強盗」だろう。複数人で深夜窓ガラスを割るなどして侵入し、金品を奪取する、被害者を殺傷するという乱暴ぶり。用心するに越したことはないが、それにしても「、多くの若者が「強盗」「強奪」しては金を稼ぐという、その心境には驚くほかない。この先も、強盗をし続けるほかない人生が待っている。(544)

◯2024/10/17(木)終日自宅内に。曇りがちの天気で、時には日も差していたが、どんよりとした天気だった。▶米国大統領選挙報道を見ている。やることもなすことも大掛かりで、国を二分して、それこそ「天下分け目の戦い」の渦中にある理由がよくわからない。どちらが大統領に選ばれるかという問題ではなく、何が何でも権力をつかみ取れるなら、手段を選ばないということだろう。元大統領が「再選」されれば、彼の発言通りとなれば、それはまた大変な粛清の嵐が吹くだろうし、当選できかったら、おそらく前回の国会襲撃のレベルではない、本格的な暴動(内乱)につきすすむかもしれない、そんな波乱含みの選挙戦終盤だ。(543)

◯2024/10/16(水)朝、6時半に「ビン(ペットボトル)・カン」を集積所まで運ぶ。月に一回(第3水曜日)当ての回収日。もう何年、こんな作業をしているだろうか。缶詰の量は半端ではない。業者が用意してくれる収納袋(どれくらい入るのか)が満杯になる。ペットボトルは天然水がほとんどで、これはそれほどの分量にはならない。夫婦二人分の飲食用が主だ。ラベルをはがして中身を出し切って回収に出す。これが終わると、少しは気分がすっきりする。▶終日曇り空。雨にはならなかった。昼過ぎに買い物。ネコが思い切り破ってしまった張替え用に、障子紙を品定め。いろいろと便利に(簡単に」なっていて、糊の不要なものもあるが、値段は通常の二倍以上。地道に、寸法を測って、のり付けで張り替えるしかない。▶米国大統領選挙の元大統領の振る舞いがだれの目にも異常をきたしているとわかる段階に入っている。このままで、11月5日までなだれ込むのか、それとも誰か「レフェリー」が登場するのだろうか。「狂気のファシスト」、中秋のアメリカに出現という構図である。そんなに(心身の)健康状態が危惧されていてもなお、彼が再選されるかもしれないという選挙戦。(542)

◯2024/10/15(火)本日はかみさんの誕生日。ぼくよりも五歳年長だ。果たして彼女にその自覚(自分が十分に年を取っているという)があるのかどうか。何歳だという自覚はあるだろうが、年相応の振る舞いというものを忘れているのだろうか。元気だし、何よりも気力が充実しているというか。「物忘れ」は嵩じているのは確かだけれど、そんなもの、「どこ吹く風」という塩梅だ。じつはいろいろと記憶があいまいなままだということに関しては、彼女はよく知っているのだが、それを他人から指摘されたくない、言われれば、意地でもそれを求めないという具合で、このところ気丈に振る舞っているのかもしれない。なかなか「本音」を知ることは難しいし、「本音」を明かしてくれないのが困る。▶昼も過ぎてから、買い物に。近所のすし屋にでも出かけて「美味しい寿司」を食べたいのだが、猫たちをそのままにはできないので、魚屋の作る「握り寿司」の上等のものを仕入れてきた。夕食はこれで「お祝い」か。珍しく「ワイン」も。ぼくはもちろん飲まないので、かみさん用に小瓶を一本。国産だ。▶明日は定例の「ビン・カンおく。基本は「ペットボトル」と「(猫缶の」空きカン」、ほぼいつも通りの分量だった(541)

◯2024/10/14(月)本日は「スポーツの日」だとか。「休日」決定などの背景にはとんと無知である。その昔は、東京五輪(1964年開催)の初日が10月10日だったので、それを「体育の日」にしたという記憶があるから、どうも、その後釜が「本日」になったのだろう。それにしても、やたらに「休日」が増えたのも、政治家の企みだといえそう。▶一日中、すごしやすい天気で、久しぶりの「秋日和」であった。朝夕の寒さはさすがに、盛夏の比ではない。これで睡眠が取れれば言うことなしだが。▶昼前に猫缶購入であすみが丘まで。同じ種類の缶詰を買い続けているが、何とか、食べている。たまには飽きるのだろうが、いろいろな「おやつ」類を混ぜて与えているので、それで胡麻化されて続くのかもしれない。食事時がすっかりバラバラになってしまったが、それぞれが好みの時間に食事をするので、その面倒を見るのが大変。缶詰は夕方だけにしているが、中にはそうはいかないのもいて、計画はすんなりと受け入れられていない。▶夕食後、米国大統領選挙のニュースを見る。三週間後に迫っているが、情勢は混とん。通常の選挙運動の枠外の言動が、かえって選挙戦を面倒なものにしているように感じられる。陰謀論や虚言などが、繰り返されていくと、信憑性(しんぴょうせい)を持ってくるらしいのだから、実に奇天烈な事態にある思とわれる。(540)

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他人に勝つ、自分は何を得るのか

▣ 週の初めに愚考する(第四拾壱)~ 無為に過ごす日々でも、気が付けば一週間が経ち、一か月が過ぎている。「週初愚考」と題した「駄文録」も四十回を超えました。もちろん、愚考するのは「週初」に限らないのは、お読み戴いた通りです。当たり前に考える(世論の側に与して)のがまともであるなら、ぼくは「まともでない」こと、つまりは常識外れなことしか考えられないようになっています。「常識外れ」というけれど、「みんなが考えるように」というのもおかしな話で、誰だって、自分流に物を考えていけば、どこかできっと他者とは違う考えに到達するはずで、それは面倒なことだから、「みんなと同じ」と言って済ませているにすぎないのでしょう。それをして「常識がある」としているのです。

 ここで脳裏に浮かんできたのが「端正」「礼儀正しさ」「謙虚」などと訳される<decency>という英単語です。この語をよく聞いたのは、まだ二十代のころ、ある高名な作家の「授業」のようなものに参加していた時でした。しばしば彼(ノーベル文学賞受賞)は話の中でこの語を口にしていました。彼はどのような意味で使っていたか、おそらく「繊細」とか「上品」とでもいった方が当たっていたかもしれません。今となれば、ぼくなどは「礼儀正しさ」「思いやり」(<politeness>といいたい言葉です。人間の付き合い、それが夫婦や親子関係においてすら、この「思いやり(ディーセンシー)」が欠けていれば、そこには砂を噛むような、実に味気ない交流(とも呼べないような)しか生まれないだろうと思う。

 要するに、他者への気遣いです。著しく失われているのが、今日の社会ではないでしょうか。他への配慮をしたところで金が要るわけでもなければ、体力を消耗するわkでもありません。ぼくはこれを、しばしば「笑う」という動作で言い換えてきました。犬や猫に対しても「笑う」だけで、互いが近づいた気になるのですよ。彼や彼女も微笑み返しをしてくれる。

 自分でも、暇な折に駄文を読み返して気が付くことはいくらかあります。悪いところばかりが目につきますけれど、時には、繰り返して使う言葉があります。中でも「思いやり」「惻隠の情」「尊敬心」などという言葉が多用されている点、自分でも驚くのです。いささかの敬意がお互いの間に欠ければ、人間の付き合いは、白けたもの、」よそよそしいものになり、場合によっては、得失利害が先立ってしまうようになるでしょう。「あの人と付き合えば得をする」「付き合うだけ無駄」などという付き合い方は、人間の交際の中でもあまり褒められたものではないでしょうし、それが極端に嵩じると、すべて他人は競争相手、付き合いは「取り引き」としか見られなくなるような気がします。

 今でもよく覚えていますが、ある「音楽コンクール(concourscontest)」の予選から決勝に至る「勝ち抜き戦」の記録を見たことがあります。今はロシアと呼ばれる国の作曲家の名を冠したコンクールだった。たくさんの出場者が次々に篩い落とされ、ある演奏家が「優勝」したのですが、参加していたピアニストたちは、まるでアスリートよろしく、すべてがライバルであるように見なしていました。当然といえば当然、コンクールとは競い合いですから、負けられない、勝たねばならない、まるでオリンピックの参加者のように、勝負(金メダル)に拘っていた。何年か後に、その「優勝者」の演奏をなんどかライブで聞きましたが、ぼくには十分にその音楽性が伝わらなかった。もちろん、ぼく自身の音楽受け入れ能力の不足・欠如が問われるべきなのでしょうが、それでもピアノやヴァイオリンを弾くことが百メートル走を競争するように理解されていて、はたして「音楽」にかなっているかと思うと、はなはだ疑問が沸くのでした。

 以来、コンクール優勝者などと勝ち誇るような演奏家には近づかないようになりました。何が言いたいか、偶然隣にいる人が、まるで自分の競争相手のようにしか見られない、そんな集団や社会の在り方は間違っている、それだけのことがいいたいのです。まさに「愚考」です。親子や夫婦関係においても、まさか競争相手だとは見ないだろうが、その間に「思いやり」「礼儀正しさ」が介在しなけれ、文字通り「他人の関係」でしかないでしょう。「親しき中に礼儀あり」「男は辞儀に余れ 女は会釈に余れ」などといいます。面倒は言いません。親子夫婦でも「礼儀」が欠かせない、それならなおさら、他人に対しては「遠慮」や「会釈」は不可欠ではないでしょうか。

 どうすれば、そのような資質は生み出され、育てられるか。どこにおいても、というほかありません。ぼくは学校教育の最悪の病弊・不治の病は「点取り競争」に子どもたちを駆り立てることだったと、自らの経験から思い知らされました。だから、とても早い段階でそんな競争からぼくは降りた。点取り競争は、他人より速く走るのと同じような評価基準に基づくものです。一点でも、一ミリでも他者より多ければ、高ければ、それが「勝ち」、あるいは「価値」という、何とも味気のないものではありませんか。教育の実態が「勝ち負け」に重きを置くなどというのは、ぼくには我慢できないことでした。要するに、自分が少しでも賢くなる、注意深くなること、そこに教育の値打ちがあるのだと、これは譲れないところだと断言できます。

 自分は怠け者である、根気がない、不注意な人間である、そんな自分を矯(た)める(正しく直す)、鍛える、そのための「教育」「学習」なのだという意識は小さいころから、ぼくの中にはありました。怠け者だという自覚、これはいつかは直さなければと、長い間思い続けてきました。残念なことだったが、ついにそれは学校教育の時代(期間内)には間に合わなかった。その後、どう間違ったか、ぼくは教師の真似事を始めた。それから、ひたすら、教育は「不注意な人間が注意深くなるため、自分で自分を鍛えるための機会」だと、繰り返し、その課題を自他に課してきたのでした。半世紀近く、ある意味では「徒労」だったと思うこともあります。それほど、人間は他者の評価が欲しいのですね。

 他者より優れていたいという「優越感情」「優越感」に基づく教育が、どれほど個々人を傷つけてきたか、今なお、ほとんどの関係者にはその反省はないのかもしれないし、学校という場所は、勝ち負け、優劣を自他に明らかにする闘技場(アリーナ)であってどこが悪いという風潮は、この社会の骨髄にまで達しているのでしょう。だからこそ、自分を生かすためには他者を足蹴にしてもいい、何をしても得すればいい、悪いことをしてもみつからなければいい、そんな悍(おぞ)ましい機運が、社会のあらゆる方面に充満している。うまくやるためには、得をするためには「嘘八百」でもなんでもつけばいい、まるで手段を選ばない、そんなブレーキ(自制心)のない、故障した機械人間が跳梁する社会になってしまったのでしょう。他者に勝って、他者から何かを奪って、それで、自分は何を得たことになるのでしょうか。常に買ったり、奪ったりしていなければ、満足できない、屑みたいな人間になるのがせいぜいですね。ディーセンシーが著しく欠けているというほかないですね。

【産経抄】「治安」はどこへ、首都圏で相次ぐ強盗 いまは亡き辞書編纂(へんさん)者の見坊(けんぼう)豪紀(ひでとし)さんが、こんな趣旨のことを述べていた。世の中で使われる言葉の意味は、辞書の世界から無遠慮にはみ出すものだ―と。それが耳になじんだ言葉でも、不思議な用法に出合うことは確かに多い。▼一例をあげれば、「防犯のための対策」を縮めた「防犯対策」である。定着した観のある表現ながら、辞書の意味に従えば「防犯」を打ち破るための「対策」、いわば犯人側の視点だろう。さりとて誤用と言い切れないことは、このところ首都圏で相次ぐ強盗事件が示している。▼施錠した家の窓ガラスを割り、強引に侵入する手口からは粗暴な犯人像が浮かび上がる。一方で、抵抗を受ける恐れの少ない高齢者や女性の住まい、それも周囲の目が届きにくい戸建てが多く狙われていると聞く。防犯への策を講じた犯罪だろう。▼横浜市の住宅では75歳の男性が亡くなった。手足を縛られ、暴行された痕があるという。千葉県白井市では民家の女性2人が襲われ、現金と軽乗用車を奪われた。血の通いが感じられぬ凶行に、肌の粟(あわ)立ちを禁じ得ない。SNSで実行役を募る闇バイトとの関連も疑われている。▼防犯カメラを設置する。厚みのあるフィルムで窓ガラスを覆う。自衛の策を施さねばならないのはむろんのことだが、罪のない人々がおびえ、悪党が高笑いする図は受け入れ難い。逮捕に勝る防犯はないのも事実だろう。徹底した捜査を望みたい。▼近頃は、「体感治安が悪くなった」との嘆きを耳にすることも増えた。「治安」は本来、国家・社会の秩序と安全が保たれていることを意味する言葉である。かつて安全を売り物にした国で、「治安」と「悪い」が折り合う矛盾をこのまま許してはなるまい。(産經新聞・2024/10/18・金)

 (ヘッダー写真は「杜鵑草(ホトトギス)」です。 とても地味で、しかも端正な佇まい、決して派手ではないのがいいですね。花の色合いが「ホトトギス(時鳥)」に似ているからとの命名です。そこで、花に因(ちな)む一句を。「あるじなき後のつくばひ時鳥草 」(佐藤鬼房)

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蟋蟀は鳴き続けたり嵐の夜(承前)

 11月5日投票のアメリカ大統領選挙の報道を飽きもしないで見ています。理由は単純で、この島社会の命運を握っている国の最高権力者選びだから、だれがなるかによって、ぼくたちは有形無形の影響(支配力)を受けるからです。また、大統領選挙は単純に得票多数派が勝つのではなく、場合によっては過半数の得票率を得たとしても負けることがあるという、複雑な選挙法が採用されていて、これがまた、時代おくれの、それでも変えられなかったのは、いわば「党利党略」によるということだったかもしれない。いずれにしても、とんでもない選挙(立候補者の「虚言」「捏造」などが満載)運動が展開されていて、とても大国の植民地(島国)の酋長(the chief)選び、悠長な「演説(おしゃべり」」など聞いていられないという気になるのです。

 そんな対岸の選挙キャンペーンから見えてくるのは、どんな悪徳候補者でも、支持者は必ずいるのだし、それが党を挙げて応援するなら、二大政党制の悲しいところ、悪徳候補者が勝利を得ることもあるのです。今アメリカが、いろいろな意味で危機にあるのは、長年の「大国意識」の帳尻合わせをしなければならない羽目に陥っているからでしょう。ウクライナやガザの戦禍も、この旧大国の存在感喪失の表れです。もちろん、大統領候補者として、名代の犯罪者が候補者になる・するしかなかったという、この現状に、大きな危機がもたらした「ひび割れ」が生じている。

 多数の「犯罪」によって起訴されている重罪刑法犯が、あるいは「大統領」に帰り咲くかもしれないという、前代未聞の「醜聞」前夜にある、それを遠くから息もつかずに眺めているのは、何とも滑稽だと、我ながら思う。いかにも奇妙なことだと思わないでもありません。しかし、それが否応なしにこの島国に甚大な影響を及ぼすのですから、固唾を飲まずにはいられないのです。さらに指摘したいのは、彼の国にみられるあからさまな偏向報道の激しさです。新聞やテレビの報道機関が自らの推薦・応援候補者を隠さないこと、それはそれで、自らの位置の表明ですから、けっして悪いことではないでしょう。しかし、ある候補者を貶めるために、事実無根の記事や録画内容を報道するに至っては、それはすでに「報道機関」の役割から逸脱しているというほかない。そのようはあからさまな報道番組が堂々と流されている、そこにもアメリカ社会の病んでいる深刻な症状が顕れているのでしょう。(少し前に触れたことですが、ここにきて、元大統領は仲間から、選挙運動から引きずり降ろされる恐れが出てきています。判断能力を失っている候補者を晒(さら)しものにするわけにもいくまいというわけです)

 もちろん、極東の島国においてはそれ以前の問題で、ほとんどのマスメディアは「政府」「権力」の手先(tool)となって、恬として恥じるところがないのですから、いうべき言葉もありません。「その筋の検閲」や「自己検閲」が罷り通ていると思う。けっして「対岸の火事」と彼の国の「偏向選挙」を拱手傍観している時ではないのです。民主主義を標榜するところにあってなお、「選挙」は件(くだん・くだり)の如しです。何があっても「清なる候補者」を選ぶべき選挙も、結果的には「濁を選ぶ」ことは往々にしてあるが、それは偏(ひとえ)に伝えられるべき情報が歪められた結果であることがほとんどです。

 昨日に続いて、ここに再び桐生悠々を出す寸意は、他なし。メディアに携わる報道陣(人)はすべからく、自らの意のあるところを報ずべし。昨日、少し触れておいた東京新聞の「桐生悠々を偲んで」という「社説」(全文)を引用しておきます。今を去る九十年前の「筆禍」「舌禍」事件を被った孤高の新聞人は、それでもなお「吠え」続け、「鳴き」続けた。ここに、孤独に見舞われ、憂愁に襲われた一新聞人、一言論人の「哀しみの深さ」を思うばかりです。そうであってなお、守るべき「大事」が彼にはあったのです。

<社説>桐生悠々を偲んで 言論の覚悟を新たに
九月十日は私たち記者の大先輩で反軍、抵抗のジャーナリスト、桐生悠々(きりゅうゆうゆう)=写真=を偲(しの)ぶ命日でした。世界を見回すと、悠々が活動していた時代同様、戦禍が絶えず、新たな戦争も始まりました。戦争の犠牲者はいつも、何の罪もない「無辜(むこ)の民」です。こんな時代だからこそ、悠々の命懸けの警鐘に耳を傾け、言論の覚悟を新たにしなければなりません。
      ◇
 本紙読者にはおなじみだと思いますが、桐生悠々について、おさらいをしてみます。
 悠々は、本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ「新愛知」新聞や長野県の「信濃毎日新聞」などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた言論人です。
 明治から大正、戦前期の昭和まで、藩閥政治家や官僚、軍部の横暴を痛烈に批判し続けました。
 新愛知時代の一九一八(大正七)年に起きた米騒動では、米価暴騰という政府の無策を新聞に責任転嫁し、騒動の報道を禁じた寺内正毅内閣を厳しく批判。社説「新聞紙の食糧攻め 起(た)てよ全国の新聞紙!」の筆を執り、内閣打倒、言論擁護運動の先頭に立ち、寺内内閣を総辞職に追い込みました。
 信毎時代の三三(昭和八)年の論説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」では、敵機を東京上空で迎え撃つ想定の無意味さを指摘しました。日本全国が焦土と化した歴史を振り返れば正鵠(せいこく)を射たものですが、在郷軍人会の抵抗に新聞社が抗しきれず、悠々は信州を離れます。

◆発禁処分を乗り越えて
 それでも悠々は、新愛知時代に住んでいた今の名古屋市守山区に移り、三四(同九)年から個人誌「他山の石」を月二回発行します。当局からたびたび発売禁止や削除の処分を受けながらも、四一(同十六)年に病で亡くなる直前まで、軍部や政権への厳しい批判を続けたのです。
 他山の石が最初に発禁となったのは三五(同十)年の「広田外相の平和保障」という論文です。
 当時の広田弘毅外相による「我在任中には戦争なし」との議会答弁を「私たちの意見が裏書きされた」と評価しつつ、アメリカやロシアとの戦争は「国運を賭する戦争」であり「一部階級の職業意識や、名誉心のため」「一大戦争を敢(あ)えてすることは、暴虎馮河(ぼうこひょうが)(無謀な行為)の類である」「戦争の馬鹿(ばか)も、休み休み言ってもらいたいものだ」と軍部の好戦論を批判しました。
 これが反戦を宣伝扇動したとして発禁処分になったのです。
 悠々の研究者、太田雅夫さんの著書によると他山の石の発禁・削除処分は二十七回に上ります。このうち二十五回は三五〜三八年の四年間ですから、この間に発行された四分の一以上が発禁・削除処分を受けたことになります。
 その後、悠々は発行継続のため不本意ながらも愛知県特高課による「事前検閲」を受ける方針に切り替え、指摘された箇所を自主的に削除することで発禁を免れました。ただ、その筆勢は衰えず、政権や軍部批判を続けました。
◆言わねばならないこと
 それらは悠々にとって「言いたいこと」ではなく「言わねばならないこと」でした。他山の石にはこう書き残しています。
 「私は言いたいことを言っているのではない」「この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ」
 そして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり「義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う」とも。
 悠々が残した記者としての心構えは古びるどころか、今の時代にも通じる、いや、今だからこそ胸に刻むべき至言なのです。
 今、新聞にとって「言わねばならないこと」があふれています。
 法的根拠を欠く国葬実施や旧統一教会と政治との深い関係、平和憲法を軽視する安全保障政策への転換や防衛費の増額などです。
 国外に目を転じれば、国際法無視のロシアの振る舞いや、核兵器使用の可能性も看過できません。
 新聞が言わなくなった先にあるのは、内外で多大な犠牲者を出した戦争であり、それが歴史の教訓です。言論や報道に携わる私たちに「言わねばならないこと」を言い続ける覚悟があるのか。悠々の生き方は、そう問い掛けます。(東京新聞・2022年9月14日分)

 「書きたいこと・言いたいこと」ではなく、「書かねばならないこと・言わねばならないこと」を書き、言ったために、悠々は筆を折ることを強いられる。それでも彼は立ち上がるのです。「他山の石」の発刊は、彼の遺言記録でした。書いても書いても、「発禁処分」の嵐が彼を吹き飛ばします。前後二十七回、うち二十五回は1935年~38年に集中しています。戦時の渦中にあって、権力側には一匹の蠅程度の小物であったかもしれないし、踏み潰すのに一丁の銃器も必要なかったでしょう。検閲に次ぐ検閲は、ついに彼を追い込んでいく。

 書かねばならぬ記事を書いて、検閲に引っ掛かる、さらには事前検閲を受け入れてもなお、発刊の意思を全うしようとしますが、折悪しく「病魔」が彼を瓦解させます。内(癌)外(軍)の「宿敵」に挟撃されながら、彼は最後の最後まで書き続けた。「辞世」とされるのが「蟋蟀は鳴き続けたり嵐の夜」だった。

 (今、この社会は「嵐の前夜」なのでしょうか、それとも「嵐の渦中」なのでしょうか。いずこからも「蟋蟀の鳴き声」は聞こえてこないようです。鳴かない蟋蟀ばかりが闊歩しているというのは、どういう世の中なのでしょう)

⦿ 桐生悠々(きりゅうゆうゆう)(1873―1941)= 新聞記者。本名は政次(まさじ)。明治6年5月20日金沢生まれ。1899年(明治32)東京帝国大学法科卒業。博文館、下野(しもつけ)新聞社、大阪毎日新聞社、大阪朝日新聞社などを転々としたのち、1910年(明治43)『信濃(しなの)毎日新聞』主筆となる。1912年(大正1)9月、乃木(のぎ将軍の殉死を陋習(ろうしゅう)として社説で批判し、非難攻撃を受ける。1914年『新愛知』の主筆として名古屋へ行くが、1924年退社。1928年(昭和3)ふたたび『信濃毎日』に主筆として迎えられるが、1933年8月11日付けの社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」が軍関係者の間で問題化し10月退社。以後、名古屋郊外守山町に移り、名古屋読書会を組織、かたわら個人雑誌『他山の石』を毎月発行して時局批判、軍部攻撃を続ける。発禁を受ける回数が増えるとともに喉頭癌(こうとうがん)が悪化、1941年(昭和16)8月「廃刊の辞」を友人、読者に発送したのち、9月10日死亡。反軍ジャーナリストの壮絶な最期であった。(日本大百科全書ニッポニカ)」」

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舞台裏など知ったことか…

 五時過ぎから雨が降り出した。ぼくの予想では昨日にも降るはずだったが、外れた。一日遅れたが、久しぶりの雨。植木などの植物類には恵みの雨かもしれない。もちろん、それは人間にとっても同じ。近所の農家が丹精を込めて育てている野菜の苗、昨日通りかかったら、葉が枯れて萎んでいるのが見えた。成長を止めたのだ。昨年も、この農家で苦労して仕立てていた野菜を、すべて引き抜いて除去している場面に出会った。酷暑のためだった。他人事ならず、なんともつらい光景に遭遇したものだと思いました。それを考えると、今朝の雨は、育ち盛りの野菜類には願ってもない「慈雨」になるでしょう。(ただ今、午前六時過ぎ。室温24℃、湿度75%)

(ヘッダー写真は「東京新聞「社説」・2022/09/24)(https://38300902.seesaa.net/article/202209article_27.html)(*後掲)

 小さいころ、誰から聞いたか、伯母からだったように記憶しているが、「天気に不服は言うな」と。今のように「異常気象」が大きく問題視される前のこと、春夏秋冬がかなりはっきりと感じられた時代でしたから、雨や雪の多さに不平を言うとは何事だということだったかもしれません。おふくろが、どこかの土地を借りて、あるいは自分の家の土地だったか、小さな野菜畑を作っていた。その野菜への肥料(肥し)や水やりを、覚束ないなりに手伝わされたことがありました。ジャガイモや、サツマイモなどを育てていたのをよく覚えています。戦後の食糧難時代、飢えをしのぐのに、サツマイモの蔓や葉を煮て食べていた時代です。そのような経験があるから、飽食の時代というか、目の当たりに食べ物を粗末にするような番組や場面に出会うと、ぞっとするのです。

 貧乏性なのかもわからないが、一人で三人前も五人前も食べることを競うような、ある種の頽廃文化(慣習)が、どこにでもあるというのではありませんけれど、あまり褒められた話ではないでしょう。この時代、毎日の食事に事欠く家庭が少なくないという事実を突きつけられるにつけ、ほどほど、そう「腹八分目」という身嗜み(腹嗜み)をこそ、です。

 本日は「コラム」を二つ。一つは「夕歩道」であり、他は「水や空」です。表面的には内容に関連はなさそうですが、その底のところ、深い部分ではどうでしょうか。どちらも、昨日付のものでした。

【夕歩道】訪日客の勢いが大変なことになっているらしい。今年の訪日客は9月までで2688万人を数え、早々と前年の年間累計を突破。消費額は既に5・8兆円を超え、早くも年間最高記録を更新とか。
 関係業界に広く恩恵が及んでいれば「観光立国」を掲げただけのことはある。が、話には続きが。観光庁の宿泊旅行統計調査によると、日本人宿泊者数は5月以降、前年比マイナスが続いている。
 要するに、物価高で家計に余裕がなく、円安ニッポンを謳歌(おうか)する訪日客に競り負けて国内旅行もままならぬ、ということらしい。何やら途上国のような。国民置き去りの「観光立国」とはねぇ…。(中日新聞・2024/10/17・木)

 「夕歩道」は最短文のコラムとして、ぼくは毎日のように目を通すものです。二百字余り。昨今の「外国人観光客」隆盛の一面を切り取っています。観光立国、このキャッチフレーズは好きではない。好き嫌いは仕方がないのだが、昨年以上に外国人観光客が押し寄せているのは、ひとえに「円安」のせいでしょう。コラム氏は嘆きます、「要するに、物価高で家計に余裕がなく、円安ニッポンを謳歌(おうか)する訪日客に競り負けて国内旅行もままならぬ、ということらしい。何やら途上国のような。国民置き去りの「観光立国」とはねぇ…」というように。確かにその一面はありますが、「何やら途上国のような」という表現はいただけないなと、ぼくは率直に指摘したいのです。

 「途上国のような」ではなく、「途上国、そのままの」と考えておられないらしい。徒(いらずら)にGDPや個人所得の多寡を競うのは賛成しかねるが、現実は現実、「円安」「日本売り」が世界の現下の流行ですから、その波に乗って外国から人がやってくるのです。ニューヨークの街中で「天ぷらうどん」一杯が3000円も4000円もする、ラーメンも同じような値段だと見たり聞いたりして、ぼくたちは驚くが、ドル払いをする側からすれば、高くないどころか、なんとも安いのです。島国では、物価高が続き円安が続く、こんな経済状況で気軽に、気楽に海外旅行ができるのはよほどの「お金持ち」か。そんなことはどうでもよろしいが、先進国とか途上国などという「古い定規」をなお捨てかねている在りようにこそ問題なしとはしないのです。いかにも元金持ち、今は落ちぶれてしまっている、そんな貧しい心持が、コラムから透けて見えるのは、いかにも美しくないと思う。

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 長崎の「水や空」、ぼくが今のところ最も好む「コラム」で、特に(智)さんの書かれることごとくは、読んでいて大いに教えられています。つまりは「お気に入り」、「いいね!」マークを付けたいのです。何度か、このコラムの感想を電話で伝えたことがあります、「房総山中の一老人です。素敵な文章、ありがとう」というような具合に。三日前(十五日)から、本年度の新聞週間が始まっています。この「週間(習慣)」もあとどれくらい残されているのか、そうなった暁には、その「新聞週間が、とても貴重な「お祭り」だったと思い出すことでしょう。ずばり「プロの仕事は、舞台裏を見せてはいけない」、その通り、と大きく肯(うなず)きたくなります。手の打ちというか、舞台裏というか、こんなに苦労しているのだとか、何とも気楽なものよとか、人それぞれに「手の内」「舞台裏」があって初めて、表芸が値打ちを持つ・持たないのですね。それが裏表なし、腹に一物もないなどと、あっけらかんとしていたのでは、なんだか興ざめしませんか。

 種明かししながら「手品」をするようなもの。「種も仕掛けもありません」というから、手品は成り立つのに、種を見せれば、それは単なる見世物。文章を書くプロにもいろいろあります。今日は AI が勃興してきたのでお手上げだという「プロ」もいるでしょうし、お手上げなどはしません、初めから AI 任せですという偽プロもいよう。もう何年も、他人様(玄人・プロ)が書いた文章を飽きもしないで読み続けています。その余得は何かというなら、少しぐらいは「読み上手」となったかもしれません。いつまでたっても「書き上手」にはなれないのは、ぼくがプロではない証拠。文章を書いて飯を食う(生業・なりわい)のではないからです。

【水や空】新聞週間 〈…優れた調理人はひとり厨房(ちゅうぼう)でこつこつ研究するものだと思います〉-新しい料理のレシピの話ではない。佐世保市出身のトップ棋士、深浦康市九段が将棋の新手研究についてこんな表現で語ったことがある(梅田望夫著「羽生善治と現代」中公文庫)▲より抜きの才能がしのぎを削る世界だ。水面下の研究合戦の厳しさには素人の想像など及ぶまい。ただ、何年も前に読んだ本の一節をいつまでも忘れずにいるのは、こんなふうに言われた気がするからかもしれない。プロの仕事は、舞台裏を見せてはいけない-と▲15日からの新聞週間に合わせて、本紙の記者たちが記事や取材、新聞への思いを綴(つづ)る連載が昨日から始まった。きょうの紙面には雲仙支局長の率直な告白がある▲紛れもない“舞台裏”の話である。記者の仕事は紙面に載った記事が成果物で、それが全てだ。もし熱い思いがあるのなら、それが伝わるように書けばよいのだ、舞台裏など知ったことか…という意見はあり得るだろう▲それでも、悩んだり迷ったり失敗したり、悲しかったり喜んだりしながら前に進む記者たちの姿が、新聞への興味や関心や親近感や共感につながってくれたら▲と、欲張りな願い事をしながら、実は楽しみに読んでいる。お見せできないわが身の舞台裏を思いつつ。(智)(長崎新聞・2024/10/17)

 (智)さんは言われる。「記者の仕事は紙面に載った記事が成果物で、それが全てだ。もし熱い思いがあるのなら、それが伝わるように書けばよいのだ、舞台裏など知ったことか」という「啖呵」はその通りです。そううまく問屋が卸してくれれば言うことなし。「それでも、悩んだり迷ったり失敗したり、悲しかったり喜んだりしながら前に進む記者たちの姿が、新聞への興味や関心や親近感や共感につながってくれたら」と書くのも、さすがに新聞人。宮勤めの記者氏の本音かもしれません。仲間も「舞台裏」を知っていればこそ、ですね。ぼくの敬愛おく能わざる往年の新聞人は、「書くべきこと、書かねばならぬこと」を書くのであって、「書きたいこと、書いて楽しいこと」を書くのは新聞記者の務めではないと、戦時中に「肺腑の言」として開陳しました。その記事が「コラム」であっても、「寸鉄人を指す」ような力が備わっていてほしいと、一読者は願う。

 いわば「一寸の虫にも五分の魂」です。権力からすれば、「新聞」など虫けらです。その虫けらにも「矜持」があるのであって、一寸の虫には五分の、五寸の虫には二分五厘の魂があってほしい、いやなければならぬとぼくなどは言いたくなります。また「痩せ腕にも骨」とも言います。「蟷螂の斧」でなどとも言う。矜持や誇り、新聞人としての証をどこで示せるか、それを改めて考えるのが「新聞週間」か。それは記者にとっても読者にとっても同じことかもしれません。ぼくは「ごまめの歯軋(ぎし」り」という言葉が好きです。あまり好意的な意味では使われないのでしょが、自分はごまめ(干した片口鰯」であるという自覚があればこそ、誰彼は嘘をついている、あるいは傲岸だ不誠実だと、盛んに「歯軋り」できるのです。あまり歯軋りしすぎて、すっかり歯はなくなりましたが、だからこそ「奥歯に衣を着せる」必要も感じないんですね。

 宅配新聞制度は、いまや風前の灯火です。しかし、当分は消えることはないでしょう。それを必要とする人がきっといるからです。ぼくもその一人。今は僻地に住していますので、近隣に新聞配達をしてくれるお店はありません。仕方なしに「ネット」という新聞、時には旧聞にありつけるのが嬉しい。足元も暗くなる時節、そんな時代の波間に、右に左にひたすら漂っている。

 朝ご飯を食べるように、夜になると瞼がくっつくように、ぼくは何の抵抗も、義理もなしに「駄文」「雑文」を書き散らしています。身の程を知りつつ、応分の節度を失わないで「蟷螂(とうろう・かまきり)」であり続け、「一寸の虫」の分際を一歩も出られないまま、小さな、ささやかな「己の領分(my territory)」を守護しつつ、ごまめの特権・得意技たる「歯軋り」を止めないでいます。

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 昨日、「世に従はん人は、まず、機嫌を知るべし」という兼好法師のお得意の言を紹介しました。「機嫌」とは「時宜」、頃合いのことです。「潮時」「good time」とも言うのでしょう。何事にも、取り決めや約束事があります。それを習慣(慣習)とも習俗とも常識ともいいましょうか。世の中でうまく立ち回るには、その「頃合い」を計りなさいと、兼好さんは教えてくれた。しかし、そんなことより、自分は「あれをやりたい」「これをやりたい」というものがあるなら、右顧左眄などしていてはだめで、断固、一貫してやり遂げなければならぬ。

 しかし、そうはいっても「生老病死」という思わない状況に陥ることもあるから、なかなか、思い通りにはいかないのが「人生」というものと、まるで振出しに戻るような愚論に終始しました。そんな中でも、ぼくが言いたかったことは、どんな生き方をする・せざるを得ないにしても、わが身は「一寸の虫」であり「蟷螂(かまきり)」であり、「ごまめ」であるという、わが身の程を忘れない、そんな生き方をするんだぞと、改めて教えられたのです。ぼくには「舞台裏」など、どこを探しても見当たらないのです。(左写真は桐生悠々・きりゅうゆうゆう) 

*付録:<ぎろんの森>桐生悠々の「筆の力」 私たち新聞記者の大先輩で反軍、抵抗のジャーナリスト桐生悠々を偲(しの)ぶ社説「桐生悠々を偲んで 言論の覚悟を新たに」(十四日付)に、今年も読者から多くの反響をいただきました。心よりお礼申し上げます。/その一部を紹介します。/「新聞が先頭に立って社会や政治のために『言わねばならないこと』を発信する大切さをかみしめました。国民は新聞を読んで、社会をより良く生きるために努力しなければならないと思いました」/「軍部の検閲がありながら言論で戦ってきた悠々の姿に感銘を受けました」/「ジャーナリズムの役割が真に問われる今だからこそ、意義のある社説でした。悠々を知らない若年層には特に読んでほしい内容です。ネットで話題になるためにも、高齢者がもっと発信していかねばならないと感じています」/「立憲主義が破壊されつつあるとき、私たちも黙っていては、賛成したことと同じだと自覚しています。『言論の覚悟』があって紙面を作る限り東京新聞を応援します」/こうした反響を読んで、東京新聞への励ましがうれしいのはもちろんですが、今年は読者自身が声を上げたり、行動する「決意の表明」が多く寄せられたことに、特に感銘を受けました。/私たちは、悠々が書き残したように「言いたいこと」ではなく「言わねばならないこと」を、堂々と書く新聞でありたいと考えますが、新聞がいくら「言わねばならないこと」を書き連ねても、読者の共感を得られなければ、社会を動かすには至りません。/悠々を偲ぶ社説を読んでいただき、声を上げる、行動することの大切さに気付いていただけたとしたら、それは言論弾圧に抗して書き続けた悠々の「筆の力」にほかなりません。/多くの国民が反対する中、故安倍晋三元首相の国葬が来週行われます。自民党と旧統一教会との不透明な関係も解明に至らず、ロシアによるウクライナ侵攻やコロナ禍も終わりが見えません。/こうした山積する問題に、私たちの社説は「言わねばならないこと」を書き続ける。読者の声を励みに決意を新たにしています。(と)

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