「強い日本経済」という虚言専一

【新生面】四万六千日 縁日と聞けば、屋台が出る夜店や催しを思い浮かべる人も多かろう。本来の意味は「神仏と縁を結ぶ特別な日」。東京・浅草の浅草寺は7月10日を1年のうちで最大の功徳を得られる縁日と位置付けている▼この日の参拝は江戸時代に定着した。「われ先に訪れたい」という人で前日9日もにぎわった。両日に開かれる「ほおずき市」は今も変わらぬ夏の風物詩。朱色が鮮やかなホオズキの露店が並び、風鈴の涼やかな音色も心地よい▼両日は「四万六千日[しまんろくせんにち]」とも呼ばれている。年に換算すれば人間の寿命の限界とされる126年。1日お参りするだけで一生分の御利益が得られるというから、何と太っ腹なことか▼こちらも気前の良い話である。政府が2040年度までに官民で370兆円超を投資する成長戦略を打ち出した。人工知能(AI)や半導体、航空・宇宙、造船など成長が期待できる17分野に重点投資して「強い日本経済」を目指すという。だが、総花的な印象は否めない。メリハリのない過度な支出は財政不安を招き、一層の円安や長期金利の上昇につながりはしないか▼政府が直接関わる産業支援には苦い記憶がつきまとう。電機大手の半導体事業を統合したエルピーダメモリは経営破綻。「日の丸液晶」のジャパンディスプレイは債務超過に陥り、官民ファンドのクールジャパン機構も多額の損失に苦しむ▼ここは一つ、浅草寺の観音様から頂く四万六千日の功徳に願を掛けてみたい。今度こそ政府が、かじ取りを間違えませんように。(熊本日日新聞・2026/07/10)

 善男善女、倹(つま)しく生きて、時には善根を積む、そのうちにお天道様のお目にとまり、思わぬ「功徳(神仏の恵み)」に恵まれないとも限らない、そんな素朴かつ誠実な生き方が信じられた時代が長く続いたと思いたいですね。三日前の熊日新聞コラム「新生面」の主題は「縁日」について、でした。夏のみぎり、各地各所で縁日が開かれ、それこそ、普段にみられない賑わいだったでしょう。何度か、ぼくも縁日に連れられて言った記憶がありますが、不思議なことに、東京に住んで以来、ただの一度もでかけたことがありません。上野や下谷、あるいは浅草の縁日は、ことさら知られていましたが、人混みが嫌いな質で、いささかもそこに足を向けようとはしませんでした。もちろん、近所の人々が、浴衣がけで縁日に出かけて、「縁起物」の「朝顔」や「酸漿(ほおずき)」を買ってきたのを見せてもらった記憶だけははっきりと残っています。

(*「縁日」=「ある神仏に特定の由緒ある日。この日に参詣(さんけい)すれば特に御利益があると信じられている。毎月の、5日は水天宮、18日は観世音、28日は不動尊など。有縁(うえん)の日。結縁(けちえん)の日」(デジタル大辞泉)

 「東京・浅草の浅草寺は7月10日を1年のうちで最大の功徳を得られる縁日と位置付けている▼この日の参拝は江戸時代に定着した。『われ先に訪れたい』という人で前日9日もにぎわった。両日に開かれる『ほおずき市』は今も変わらぬ夏の風物詩。朱色が鮮やかなホオズキの露店が並び、風鈴の涼やかな音色も心地よい』とあります。事に7月10日は最大の功徳日とされ、別名「四万六千日」とも称された。その日にお参りすれば、なんと「126年分」の御利益があるとされたものでした。いずれ、お寺さんの商魂のなせる業というべきで、それこそ「善男善女」は言うまでもなく、「悪男悪女」も、いそいそと馳せ参じるのは今に変わらぬ「夏の風物」となっていたのでしょうか。

 ここで止めておけば「功徳」もあるのでしょうが、やはりコラム氏の悲しさか、どうしても「政府批判」をひとくさり。

 「政府が直接関わる産業支援には苦い記憶がつきまとう。電機大手の半導体事業を統合したエルピーダメモリは経営破綻。『日の丸液晶』のジャパンディスプレイは債務超過に陥り、官民ファンドのクールジャパン機構も多額の損失に苦しむ」とコラム氏。官民共同で事業を起こし経済を成長させるというのは表向き。その核心は「公共事業」という名の「公金横流し」システムですね。「強い経済」とか「日本劣島を強く豊かに」と叫ぶたびに、「赤字国債」を含めた公金が民間に流れるという「功徳」の積み重ねだったでしょう。「何とかミクス」はその絡繰りの詐称でしたな。

 加えて、「皇室典範」改正の強硬。先日の国会審議で「どうして女系・女性天皇は駄目なんですか」と問われて、担当大臣は答弁に窮していました。恥さらしそのものだったと思う。「男尊女卑」が「本邦天皇制の稀有な伝統」「正当性の根拠」なのだと、なぜ答えなかったんでしょう。さらに「126代、2680年続く、万世一系」ということを、世界に誇るべき、我が国の特質であると声高に述べはしますが、どこからが史実で、どこまでが神話なのか、その境目を曖昧にしたままでの、「天皇制の価値」を世界に誇ろという醜悪な態度は見ていても美しくないですね。「古事記」や「日本書紀」を少しでもお読みになれば、天皇制が「天照神」と、「天孫降臨」から始まる「神話」「物語」だという読解が成り立つと、国語国文科の卒業生であった官房長官だったらわかろうというもの。美しい表現では「神話」、ありていに言えば「空想・作り話」、それが天皇制のイロハのイじゃないですか。

◎ 神武天皇(じんむてんのう、正字体:神󠄀武、庚午年1月1日[1] – 神武天皇76年3月11日[2])は、日本の初代天皇(在位:神武天皇元年1月1日 – 神武天皇76年3月11日[2])とされる人物。日本神話(『古事記』・『日本書紀』(記紀))における神話・伝説上の人物とされることが多いが、確定していない。/諱は彦火火出見(ひこほほでみ)、あるいは狭野(さの、さぬ)。『日本書紀』記載の名称は神日本磐余彦天皇(かみやまといわあれひこのすめらみこと)。/天照大御神の五世孫であり、高御産巣日神の五世の外孫と『古事記』『日本書紀』に記述されている。奈良盆地一帯の指導者長髄彦らを滅ぼして一帯を征服(神武東征)。奠都した畝傍橿原宮(現在の奈良県橿原市)にて即位して日本国を建国したと言われる。(Wikipedia)

◎ 『皇統譜』に基づくかぎり、歴代天皇は、初代神武天皇から今上徳仁まで、126代が挙げられる。この126代のうち、第37代斉明天皇は第35代皇極天皇の、第48代称徳天皇は第46代孝謙天皇の、それぞれ重祚(一度譲位した天皇が再び位に就くこと、再祚)であるため、総数は124人となっている。/ただし、南北朝時代に、北朝(京都)で即位した天皇のうち、後小松天皇を除く光厳天皇、光明天皇、崇光天皇、後光厳天皇、及び後円融天皇の5代、5人は、明治時代に歴代天皇から除外されたため、この126代の天皇には数えられないものの、宮中祭祀等においては天皇として扱われる。このため、現在に至る天皇の総数は129人と数えられることもある。/また、皇統譜以外にも様々な皇室の系譜が過去に作成されており、様々な歴代天皇の数え方があった。例えば、後小松上皇の命令で編纂され、明治以前の一般的な皇室の系譜となった『本朝皇胤紹運録』では、後醍醐天皇を除く南朝天皇を天皇と認めずに北朝天皇を歴代天皇に数え、弘文天皇および仲恭天皇を歴代に数えず、神功皇后を歴代に数えている/なお、「天皇」(てんのう(てんわう)、すめらみこと、すめろき)という名称は、7世紀後半に在位した第40代天武天皇の頃に、それまでの「大王」(おおきみ)に代わって用いられ始めたと考えられている。また冷泉天皇(在位967年 – 969年)以後、光格天皇(在位1779年 – 1817年)の時に諡号が復活するまで、安徳天皇と後醍醐天皇を例外として、天皇号は生前も崩御後も正式には用いられなかった。例えば後水尾天皇や明正天皇は崩御後「後水尾院」「明正院」と呼ばれ、これらを一律に「後水尾天皇」「明正天皇」とすべて置き換えたのは明治維新後のことである。(同前)

◎ 皇統譜= 皇統譜(こうとうふ)とは、天皇および皇族の身分に関する事項を記載する帳簿。形式等は、皇室典範および皇統譜令(昭和22年政令第1号)に定められる。/天皇・皇后に関する事項を扱う大統譜(たいとうふ)、その他の皇族に関する事項を扱う皇族譜(こうぞくふ)の2種があり、皇室の身分関係(家族関係)、そして、皇統を公証する。一般国民の戸籍簿に相当する。/なお、皇統とは、皇位継承が代々なされてきた系統のことである。天皇・皇族(臣籍や民間から入内した后妃を除く)は、系図を辿れば神武天皇を経て 皇孫である瓊瓊杵尊(ニニギ)を通じ、皇祖神の天照皇大神まで遡る事が出来る。(同前)

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「四万六千日・ほおずき市(しまんろくせんにち)7月9日・10日」~ 平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。
 四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、われ先に参拝しようという気持ちから、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至る。(↷)


 四万六千日にともなうほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。四万六千日の縁日は浅草寺にならって他の寺社でも行なわれるようになり、芝の愛宕神社では四万六千日の縁日にほおずきの市が立った。「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間信仰があり、ほおずきを求める人で賑わったそうである。その愛宕神社のほおずき市の影響を受け、四万六千日の大本である浅草寺にもほおずき市が立った。ちょうどお盆の季節でもあり、ほおずきを盆棚飾りに用いる方も多い。
 かつては、四万六千日の縁日に赤とうもろこしを売る屋台もあった。これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間信仰により、文化年間(1804〜18)頃に境内で売られるようになったという。ところが明治初年(1868)頃、不作によって赤とうもろこしが出回らないことがあった。これに困ったご信徒が浅草寺に雷除けのお守りを求めた縁から、浅草寺では竹串に挟んだ三角形の守護札を授与するようになった。これが今も四万六千日に授与されている雷除札である。
 9日・10日の両日、いなせな恰好の売り子たちが声をあげてほおずきを売り、境内は朝から晩まで参拝者で埋まる。観世音菩薩の功徳に感謝して参拝し、ほおずき市を散策して江戸情緒を味わいたい。(浅草観音・浅草寺:https://www.senso-ji.jp/annual_event/13.html)(ヘッダー写真「歌川広重・江戸高名会亭尽「柳ばし夜景」奥には万八楼がみえる」・https://asakusa-bashi.tokyo/hunatoku/

(⁑桂文楽「船徳」(1956年):https://www.youtube.com/watch?v=jsSJ2qBOPAs)今どき落語といっても、とんと弾まないのではないでしょうか。寄席の数も減り続けているし、有望な落語家が数多輩出しているとも思われません。ぼくは、昭和38年東京に出てきて以来、何よりも「落語」に足元を掬われました。以来、60数年、来る日も来る日も落語を聞き続けてきました。もちろん、歩いて通える上野「鈴本」にも足繁く通いました。ま当時は若手株の談志や三平の話を聞いたり、圓生のくすぐりに大笑いをしたものです。その段階ではすでに物故者となっていた志ん生や文楽など、昭和の名人上手は、録音などで浴びるように聴きまくったものです。本日は、「船徳(ふなとく)」。暑い盛りに浅草お参りの段ですが、その前段階での落とし噺です。京都にいた時代にも「四万六千日」という言葉をきいたし、そのときはおそらく7月の何日かに愛宕山に上ってお参りすると、一生分の御利益があるということだったと記憶しています。それにしても、落語を聞いて、日常とは隔絶された別世界に入り浸ることも全くできなくなった時代、世知辛い世相に心塞がる思いがします)

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「徒然に日乗」(1151~1157)

◎2026年07月12日(日)日差しはなかったが、高温多湿状態が終日続いた。午後5時現在、室内温度28.7℃、湿度77%。風もなく、座っているだけで、じっとりとしてくる。拙宅では、滅多にエアコンは点けない(年間に1~2度あるかどうか)。幸いなことに「寝苦しくて睡眠不足」ということもまずありえない。それだけが僻地居住の取り柄というべきか。▼「イランがホルムズ「封鎖」 船舶損傷、米も攻撃【カイロ、ワシントン時事】イランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」は、原油輸送の要衝ホルムズ海峡で「無許可の航路」を通航しようとした船舶を攻撃し、海峡を封鎖したと主張した。同隊に近いタスニム通信が12日伝えた。米軍によれば、キプロス船籍のコンテナ船が被害に遭い火災が発生。米軍はこれを受け、8日以来のイラン攻撃に踏み切った」(時事通信・2026/07/12)まだまだ、石油の安定供給は見通せないままだ。(1157)

◎2026年07月11日(土)本格的暑さが始まったか。一気に高温の坩堝に叩き込まれた感がある、日本劣島。▼お昼前に茂原まで買い物。▼帰宅後、燃やせるゴミの焼却を始める。驚くほどの分量が毎週吐き出されるので、自作の焼却炉には大助かり。それにしても、猛烈な暑さだ。水分補強は必須だし、作業は無理をしないで、頻繁に休憩を取ることが何より。「1太宰府福岡39.3℃15:28 2日田大分38.3℃15:08 3久留米福38.1℃15:22」(WN・2026/07/11)(1156)

◎2026年07月10日(金)とても蒸し暑い一日。▼午前中に茂原まで買い物。▼最終盤の国会で、「皇室典範」改正法案が衆議院を通過。この「法案」で「象徴天皇制」が維持できるのだろうか。それにしても、国会もまた破壊されている。(1155)

◎2026年07月09日(木)高温多湿でうんざりするような一日だった。本格的な「高温」時代に突入した感がある。▼ベネズエラの地震被害者は3800人超との報道あり。さらに増えるのは確実だと思う。まだ不明の人が3万以上といわれる。「日経平均67,743.85 +924.80 NYダウ52,348.39 -576.76 ドル円162.45-47 +0.24円安 NY原油74.00 +0.48 長期金利2.875 +0.010」(日経新聞・2026/07/09)(1154)

◎2026年07月08日(水)暑い一日だった。「梅雨の狭間」というのだろうか。▼お昼前に、久しぶりに自宅から長柄役場横を過ぎて長南町に入り、少しドライブを楽しんだ。ついこの前に終わったばかりと思っていた稲の生長が驚くばかりに早く、街道筋の両側は一面が緑なす水田で埋められている。昨年の「コメ騒動」が一転して、今は値下がりが著しいのはどうしたことか。まさに「濡れ手で粟」ならぬ「米」で、一獲千金を狙った商売人が慾をかいて大慌てしている、そんな図が方々で見られるのだ。いつも通りに茂原のスーパーで買い物をして帰宅。▼「日経平均66,819.05 -1437.91 NYダウ52,925.15 -130.76 ドル円162.47-48 +0.51円安 NY原油73.48 +3.04 長期金利2.865 +0.025」(日経新聞・2026/07/08)(1153)

◎2026年07月07日(火)劣島南海上に居座る梅雨前線と台風9号の影響で、すっきりしない天気が続き、九州北部などには今なお「線状降水帯」が猛威を振るっている。この先、沖縄本島や石垣島を直撃するコースをたどっている台風9号の行方に注意している。▼「日経平均68,256.96 -1480.73 NYダウ53,055.91 +155.84 ドル円161.88-90 -0.28円高 NY原油69.30 +0.75 長期金利2.845 +0.015」(日経新聞・2026/07/07)(1152)

◎2026年07月06日(月)静かに「日本(国債)売り」が続いていると思う。もちろん、株高については外国投資家の思惑もあって、こちらは「日本買い」である。一進一退の「綱渡り」(マネーゲーム)が行われているのである。「日経平均69,737.69 -6.38 NYダウ52,900.07 +594.83 ドル円162.35-36 +1.58円安 NY原油68.28 -0.41 長期金利2.830 +0.060」(日経新聞・2026/07/06)(1151)

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再び、「後は野となれ山となれ」だな

【金口木舌】首相のいう「静謐」とは 皇室典範改正案が10日に審議入りしたかと思ったら、その日のうちに衆院本会議で可決、参院送りとなった。高市内閣の暴走列車に、国会が同乗しているかのよう。まともに審議したのだろうか▼男系男子の皇位継承にこだわる高市早苗首相は国会で「静(せい)謐(ひつ)な環境の下で議論を進め、結論を得るよう期待している」と呼びかける。「早(は)よ通せ」が本音だろう。ここはじっくり構えたい。参院では時間をかけ、堂々と審議すべし▼過去にも「静謐な環境」の連呼を聞いた。教科書検定で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の記述をゆがめた2007年のこと。専門的で中立な教科書検定は「静謐な環境」での審議が必要というのが文部科学省の言い分▼記述回復を求める訴えに苦慮したのだろう。しかし、混乱の元をたどれば官邸が教科書記述に難癖を付けたことに行き着く。「静謐な環境」を壊したのは官邸のほう。今回もそうだ▼辞書によると、「謐」には「しずか」に加え「つつしむ」の字義もあるそうだ。慎みをもって、慎重に物事を進める態度は高市内閣に最も欠けている。「謐」の一字をお返ししよう。(琉球新報・2026/07/12)

⁂「週のはじめに愚考する」(127)~ 一昨日の委員会審議の中で、与党議員だったと思いますが、「静謐な環境で」という箇所で、二回までも「せいひんな」と棒読みしていました。つまり、こんなバカな議員を盾にして、「何が何でも決めねばならぬ」ということだったと思う。この「皇室典範」改正問題では官房長官が担当大臣だとして、総理大臣は背後に控えていたのは、どうしてだろうか。自民党大会での「演説」で、「126代にわたって、『男系』で皇統が継承されてきたという世界でも比類がない歴史的事実こそが、天皇の権威と正統性の源だと考えております」と、「事実」であると、誰も証明できない「空論」を「天皇の権威と正当性」の根拠にしている。お粗末限りないというほかない。天皇制は「お伽(とぎ)話(fairy tale)」では、断じてありません。

(ヘッダー写真「令和初の新年一般参賀で、手を振られる天皇陛下と皇后さまと皇族方(2日午前、皇居で)=稲垣政則撮影」読売新聞・2020/01/02)

 この首相は、「天皇制」は大賛成でしょうが、「今上(きんじょう)天皇」は好きではないらしいし、ましてや、その長子である「愛子内親王」(敬宮・としのみや)は好かれてはいないようです。象徴天皇制を云々しつつ、強引に禁じ手とされてきた「養子縁組」をしてまで、「男系男子」を天皇に据えるという、非合理な画策を弄しているのです。「自民党としては、『皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする』案を第一優先として、国会における議論を主導してまいります。そして、迅速に『立法府の総意』がとりまとめられる。そのように努め、静謐な環境で『皇室典範』の改正を行うことを目指します」と、嘘八百を並べ立てて、その恣意的な、誤った方向性を選択するという政策判断を訴えていました。

 詳細は喋りたくありませんが、この「36親等から38親等」と遠く離れすぎている元皇族の男性を養子とし、その子を天皇の後継者にするという「謀略」は、衆議院議長とその親玉であるA副総裁の間でそれなりに謀られていたいたことがわかります。(ある情報によれば、すでに旧皇族の内の「どなた」が「寬仁親王妃信子」家の養子に入るかも決定されているという)「天皇」の政治利用を図り、それで、いったい何を望んでいるのでしょうか。

*《宮内庁の緒方禎己次長は(7月)10日の衆院議院運営委員会で、皇室典範改正案に盛り込まれた「旧11宮家の男系男子の養子縁組」に関し、1947年に皇籍離脱した旧11宮家の皇族男子と天皇陛下には「36親等から38親等の隔たりがある」と明らかにした。共産党の塩川鉄也氏への答弁》(毎日新聞・2026/07/10)

◎ しん‐とう【親等】= 〘 名詞 〙 親族関係の遠近を示す単位。親子の関係を一親等とし、祖父母・孫は二親等となる。傍系親族傍系親族の場合は、同じ先祖までたどるので、兄弟姉妹は二親等、いとこは四親等となる。(精選版日本国語大辞典)

 仮にこの「皇室典範」が政府の目論見通りに改定されれば、少なくとも現憲法に規定されている「象徴天皇制」は終焉を迎えます。あくまでも、「戦前・戦中」時代の時の権力者の手駒としての「玉(ぎょく)」として動かされることは必至でしょう。(繰り返し述べる気はありません)ぼくは「天皇制」の存続は望んでいません。しかし、深く日本国民に受け入れられている現行制度が続く限りは容認するものです。現段階ではここまでしか述べたくありません。時には「お家断絶」(いわゆる跡取りなし状態)、止むなしということです。(拙宅には二人の子ども(女性)がいますが、一人は既婚、もう一人は未婚。このままでは、文字通りに我が家の跡取りは無です。それでいいのではないですか)

 「万世一系(unbroken imperial line)」は「神話(myth)」に類します。男系一統が126代・2600年余も続いたという「神話」、あるいは「寓話(Ffable)」、それを事実と、誰が証明しますか。また女系は駄目だと、どうしていえるのでしょうか。「初代の神武天皇から126代にわたり、様々な過程を経ながらただ一度の例外もなく、男系で継承されてきた。世界に唯一無二の伝統と重みを謙虚に受け止める必要がある」(K自民党政調会長談)と真面目に話す、マジかよ、と言うばかり。「成立の起源が神話に遡(さかのぼ)る」というのは、どういうことですかな。「事実であるとする、その根拠が虚構」だというのですから、話になりません。そんな怪しい「万世一系」を誇るのが「天皇制」なんですか。「皇室と皇族」に対する、もっと真面目な敬愛の念をもたれたらどうか。ぼくは天皇制反対の立場に立っていますが、こと天皇や天皇家の人々への敬愛の念は等しく堅持しているつもりです。

 「嘘で始まる天皇制」をでっちあげる限り、この国は浮かばれないでしょうね、だから「あとは野となれ山となれ」という悪口を吐き出すほか仕方がないように思っているのです。そして、またまた、一から出直しですね(We have to start all over again.)。

 第93回党大会 高市早苗総裁演説 《(前略)さて、立党以来、自由民主党は「保守政党」としての歩みを続けてきました。保守主義における重要な態度は、良き伝統と秩序を保持した上で、進歩・変革を実現させていくことだと考えます。日本の歴史を貫く支柱が天皇です。私たち日本人は、天皇とともに歴史を紡いできました。/現在も、国民統合の象徴であられる天皇陛下及び皇室は、多くの国民の皆様からの敬慕を受けています。他方で、現行制度の下では皇族数の減少が避けがたいことを踏まえますと、皇族数の確保を図ることが喫緊の課題であり、「皇室典範の改正」が急がれます。その際、126代にわたって、「男系」で皇統が継承されてきたという世界でも比類がない歴史的事実こそが、天皇の権威と正統性の源だと考えております。/自民党としては、「皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする」案を第一優先として、国会における議論を主導してまいります。そして、迅速に「立法府の総意」がとりまとめられる。そのように努め、静謐な環境で『皇室典範』の改正を行うことを目指します。(後略)》(第93回党大会 高市早苗総裁演説・2026年4月12日)(https://www.jimin.jp/news/press/212972.html

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アトハノトナレヤマトナレ

 国会は国権の最高機関であるといわれているらしいし、その「立法府」は、時に首相や誰やらの「都合」で開いたり閉じたりする、まるで手前勝手な「自動ドア」のような仕組みになっているらしい。ぼくもいつの間にか、反射(反社)神経が鈍麻してきて、自分では大丈夫だと思いつつも、泥沼にはまり込んだり、小石に躓いたりすることが多くなりました。そう、まるで魔が差したように「国会審議」視聴に時間を割いてしまっているのです。不発弾化した「地雷」を踏んだような、お風呂の中で「おなら」をしたような、なんともこそばゆい感覚を通り越して、自然に、怒りよりも涙が出るような仕儀に至っています。こんな国に誰がした、ってね。本当にボケたもんだなあ、と我ながら悲しくなります。

 先日(07/06)、参議院の決算委員会中継を、何を血迷ったか見てしまった。冒頭に政権与党のやくざ議員でもあるN委員長が、驚くべき荒唐無稽な「国債発行論」「日銀(政府の)子会社論」「借金(国債発行)無限可能論」を開陳していました。見てはいけない、聞いてはいけないものに鉢合わせをしてしまった。この国ではどんなに馬鹿な国会議員たちが偉ぶっているか、小学生が聞いても呆れる「借金=資本論」を京都選出の税理士議員が滔々と述べ始めました。その昔、ぼくは京都に住み、たった一度だけだったが、N議員と同じ場で講演をして、実に嫌な気分にさせられたことを今回も思い出しました。彼は「自分は偉い、誰よりも偉い」という証明不能の話をいかにも「さもありなん」と述べる悪癖の持ち主。

 国の借金である「国債」は無際限に発行できる。どんなに借金が増えても国債発行(借り換え)で帳消しにできる(借換債)し、その国債は企業や個人投資家が買うので、その財布(資産)は豊かになり、国にはその分の税収が入るという。どんな経済学・インチキ財政学か知らないが、出鱈目(でたらめ)の限りを開陳している、その演説中にも「長期金利」は上がり(一時3%超えも)、円安は加速し(一時163円超えも)、と外国の投資家たちは、わけのわからない亡者に付き合えないと自己資金を確保し出したのでした。いったい何処で勉強したのか(たぶんS大学卒、琵琶湖のある県です)、埒もない狂った話を委員長として披瀝し、あろうことか、これもまた嘘吐きが真珠で飾っている首相に「賛意」を求めたのです。政治も政治家も終わっているというほかない事態です。国の借金は「国債発行」で帳消し(チャラ)にできるなら、どうして国債の金利が一気に上がるんですか。円安がさらに激しくなって「日本売り」が加速するのは、国の借金残高が膨らんで、返済の当てもない、つまりは国家財政の破綻が近いと読むからでしょう。

 こんなところでいっても無意味ですが、それでも言っておく。国会の議席を占める政党の数は実にたくさんありますが、要は「与党」が圧倒的多数を占めているということ。看板は「野党」かと思わせながら、やることなすこと、まさに「与党(権力者界隈の住人)然」、そんな偽物ばかりです。だから、どんな嘘吐き首相でも脱税裏金議員でも、いっぱしの口を利くのでしょう。なにが「重要法案」かなどわかりもしないで、贔屓筋の支持をつなぎとめることなら、どんなことだってし遂げてみせるという、そして「あとは野となれ山となれ」というばかりの無責任、不誠実です。いうまでもありませんが「贔屓筋」とは「旧統一教会」という似非宗教(カルト)団体や『日本会議」を名乗る右翼集合体等々のライトウィングです。

 「皇室典範」改正法案が衆議院で可決されました。参議院でも可決される見通しという。以前にもどこかで触れましたが、現首相は「石橋湛山」を出汁(だし)に使っているようです。その湛山氏は息子を戦死させた父親でもあり、「靖国神社」廃止論者。また、首相は天皇制絶対支持論者だそうですが、昭和天皇以降の歴代が靖国参拝を「拒絶」されている事実(A級戦犯郷氏を理由とされる)を知っていて、恒例の祭祀・例大祭には「参拝」してきたし、今もなお、参拝の意志を隠さない。権力奪取のために偽装した、自分の俄か仕込みの教条のため、また苦心の末に入手した「首相の地位」を固守するためには多くの国家主義的教条の持ち主たちの支持を得たいがために、たったそれだけで、「似非右翼」「俄か国家主義者」を偽っているんですね。「参議院で皇室典範」改正法が提案通りに可決された、その時を以て、「象徴天皇制」が潰えた日と、後に、歴史事実として後世は知らされことになるでしょう。あくまでも「堕ちろ、墜ちろ」と、ぼくは唱えている。

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旧統一教会の韓鶴子総裁に懲役13年求刑 政界への金品提供巡り 政界に不正な金品を贈ったとして政治資金法違反罪などで起訴された世界平和統一家庭連合(旧統一教会)総裁の韓鶴子(ハン・ハクチャ)被告(83)の論告求刑公判が10日、ソウル中央地裁で開かれた。特別検察は懲役13年を求刑した。韓国メディアが伝えた。 韓被告は最終弁論で「私は金で権力をむさぼることはしない」と訴えた。弁護側は無罪を主張し、結審した。判決は8月31日。(以下略)(毎日新聞・2026/07/10)

(ヘッダー写真は「I Love いしがき2月20日 ·朝日新聞2026年2月19日付に載った中村和史さんの投稿 「『心はどこにある?』と問われて」 の切り抜きコピーです」を借用させていただきました)

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AIが奪うのは仕事ではなく電力だ

【天風録】AIと電力 ネット検索すると、いつしかAIが真っ先に答えてくるようになった。頼んだ覚えはないのに。受信したメールを勝手に要約されることもある。ほら便利でしょう、と言いたげだが「お気持ちだけで十分」といなしたくなる▲うんざりする人が少なくないのだろう。「AI検索」と打ち込むと、関連キーワードに「消したい」と出てくる。AIを使わない設定にしても、何かの折に復活する。なかなか手ごわい▲新技術を毛嫌いするつもりはない。むしろ進んで試したいぐらいだが、気になるのだ。AIが膨大な電気を消費することが。5秒の動画を作るのに、電子レンジを1時間使い続けるのと同じだけの電気が要るという▲中国地方は梅雨が明け、暑さが本番に。地球温暖化が改めて注目される。脱炭素の基本は省エネだ。生活や仕事でAIを使いこなす工夫は大切だが、人類が生きる環境の維持が大前提だ▲今の便利さばかり求めて、将来への影響を見落としていないか。カナダにある国連大学の研究所が、警鐘を鳴らす報告書をまとめた。AIに「ありがとう」や「お願いします」といった入力をやめるだけで、かなり節電できるらしい。気持ちだけで十分なのだ。(中國新聞・2026/07/10)

 AIが奪うのは仕事ではなく電力?生成AIのエネルギー事情

 生成AIの流行で、データセンターの消費電力量が過去最高に 人工知能(AI)を使ったチャットサービス「ChatGPT」など、自動で文章や画像を生成する「生成AI(Generative AI)」が普及しつつあります。/この生成AIでは、「プロンプト」と呼ばれる指示をAIに送ることで、文章や画像が生成されますが、それらの生成物は、AIが過去に学習したデータから生み出されます。そのため、より多くのデータを学習したAIほど、生成物の精度も高くなることが期待されます。/AIがデータを学習するためには、大規模なサーバーが必要です。

 特に多くの生成AIでは、演算処理を高速で行う高性能の装置「GPU(Graphics Processing Unit)」を使って学習するため、大容量のサーバーが必要になります。サーバーを大量に設置するためのデータセンターも確保する必要があり、必然的に消費電力も高くなります。/IEA(国際エネルギー機関)が2024年1月に発表した電力に関するレポートによると、世界の多くのデータセンターでは、生成AIなどの影響で電力需要が伸びているといいます。2022年には消費電力量が世界全体で約460TWh(テラワット時)だったのに対し、2026年にはその倍以上の約1,000TWhに達する可能性があるとしています。この数値は、日本全体の総消費電力量に匹敵する数字といいます。/つまり、生成AIが増えれば増えるほど消費電力量も多くなり、発電の際に排出されるCO2の量も増える恐れがあります。生成AIの流行が、巡り巡って地球温暖化など環境に悪影響を及ぼすことになるかもしれません。(以下略)(NTT EAST:https://business.ntt-east.co.jp/column/bizdrive/ai-energy-demand-challenges.html

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 「生成AI」がとんでもない「電力大食い機器装置」だという、現下の大問題の前に、それに比肩しうる、人間の生き死にに直接関わる大きな問題について、一言です。

 欧州では猛烈な熱波が襲って、ドイツやフランスなどを含めて、数万人が死亡したという。「[ベルリン 9日 ロイター] – ドイツの公衆衛生機関のロベルト・コッホ研究所(RKI)は9日、​熱波襲来で暑さによる死者数が5120人に‌上ったとの推計値を発表した。大半は週平均気温が摂氏20度を大幅に上回った6月下旬に発生し​た」(Reuters・2026/07/10)ドイツはけっして例外ではありません。フランスもイタリアも、スペインもポルトガルも、欧州諸国では軒並み、「超過死亡」の急増が報道されている。欧州ではわずか2週間の間に急激な温度の変化で、多くの人々は体温を調節する機能を正常に維持できなくなり、多くの犠牲者が出てしまったとされます。

超過死亡率(英: excess mortality rateexcess death rate)、超過死亡とは、特定の母集団の死亡率(死亡者の数)が一時的に増加し、本来想定される死亡率(期待値)の取りうる値(信頼区間)を超過した割合のことである。超過死亡の増減は、平均寿命に影響を与える。高リスク群が予測よりも早い時期に死亡した後に、平均以下の死亡率になる現象は、「死亡率の移動」(Mortality displacement)と呼ばれる。/超過死亡は通常、感染症(特にインフルエンザやCOVID-19のパンデミック)、熱波や寒波などの異常気象、災害、戦争、喫煙や大気汚染、肥満などによって引き起こされる。超過死亡は、例年から予測される死者数と、実際に報告された死者数を比較した場合の増加分であり、特定の感染症や災害による直接・間接的な死者数を予測することができる。超過死亡は推計手法によって様々な数字が出てくる。高齢化が進んだ国では、年々死者数が増えているため、予測死亡数の推計に年ごとの傾向を考慮しないと、超過死亡を過大に見積もる可能性がある。予測死亡数の予測値に幅があるため、超過死亡にも最小と最大の値がある。(Wikipedia)

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 面倒なことは言うつもりはない。地球温暖化、あるいは気候変動が早くから指摘されているにもかかわらず、地球上で、温暖化を確実にもたらす経済活動や人間の生活水準の変化が、さらにその傾向を加速させているのです。だれにも明らかなように、化石燃料の大量消費による生活環境が自然環境に莫大な負荷をかけてきたのは事実であり、それを止める手立ても、十分に施されないままに、地球規模で、一気に「温暖化」シフトが駆動し続けているのです。

 左の図は欧州における記録的な高温の驚異的な変動の様子を示したものです。この事態を鎮静化させる手段は、誰も持っていません。ひたすら「熱波」や「異常高温」の日々を、素朴な方法でやり過すほかないのです。そうしている間にも海面水温の異常高温化による、強烈な台風やハリケーンの異常発生、あるいは「線状降水帯」による集中豪雨による環境破壊が否応なく起こっています。

 日本社会も例外ではありません。早くからスーパーエルニーニョの発生が指摘されていました。今夏、すでに日本近海では10個の台風が生じていますし、現在も強烈な台風9号が南西諸島を通過中です。被害の僅少であることを願うばかりです。

 本日の中国新聞コラム「天風録」は、AIの普及というよりは「侵略」「襲撃」がもたらす危機がどれほど深く個々の生活領域に生じているかに触れています。「新技術を毛嫌いするつもりはない。むしろ進んで試したいぐらいだが、気になるのだ。AIが膨大な電気を消費することが。5秒の動画を作るのに、電子レンジを1時間使い続けるのと同じだけの電気が要るという」事例を出されています。世界中に自称・他称のユーチューバーがどれくらいいるのでしょうか。ネット上では長短動画が溢れかえっています。面白そうなものは見たくなるのが道理でしょうが、このところ、急激にAIを用いた動画が急増中です。「5分動画」が電子レンジ一時間分の電力消費と同じであると聞くと、大きくもないぼくの肝が潰れそうになります。

 つまり「AI」はこの先、行き止まりの「技術」の解放だったことがわかります。小さな日本国内においてもあちこちで、「データセンター」建設がすすめられ、加えて、各地で「半導体工場」の稼働が目指されています。そうなると、夏に限らず年中、この小さな島々は「ヒートアイランド」であることが一層明確になります。人間の生命を脅かすながらの「AIの普及」は、私たちに何をもたらすんですか。「AI」開発の鳥羽口に立ったばかりで、この先、もっと「AI」に手を出していいかどうか、考えあぐねている人々が無限に出ています。空腹の猫の前に置かれた「魚」の皿、我慢できますか、喰い散らしますか。国会審議から逃げ回っている、首相の地元事務所では各種選挙で、「AIによる、他候補中傷動画」をあまた作成拡散していたという疑いがかけられています。それは事実なら、大量の電力を粗油も・消費していたでしょう。嘘をつくのみにきゅうきゅうとするばかりではなく、電力ひっ迫の大きな要因なっている、この問題を少しは考えたらどうか。加えて、新たなsきゃんだるが報じられています。まさしく「醜聞の女王」の様子を挺してきました。

 「地球温暖化が改めて注目される。脱炭素の基本は省エネだ。生活や仕事でAIを使いこなす工夫は大切だが、人類が生きる環境の維持が大前提だ」(「天風録」)という指摘はご尤(もっと)もです。でも、だれかれなく、官民例外なく、闇雲に「半導体」と「AI」分野にのめりこんでいる現状をどうするのでしょうか。今のうちに手を打たなければ、いずれお手上げ状態になるのが目に見えているにもかかわらず、「国旗損壊罪」だ、「男系男子のみが天皇」だの、「副首都構想案」などという、それこそ「不要不急」の悪法に血眼(ちまなこ)になっているのを見るに、つくづく、この国は「自滅したがっている」と思ってしまうのです。その前に、あるいは、米国が攻撃するでしょうか、にっくき「日本イスラム共和国」を、です。

*蛇足 6月24日に政府は「骨太の方針」という「成長戦略」とやらを発表しました。素人のぼくが見ても、「絵に描いた餅(画餅)(impractical idea)」にも及んでいないのが一瞬でわかります。不真面目極まりない作文。論評に聊(いささ)かも値しない代物。明日、明後日の「AI」の姿が描けない時代、十五年先をだれが見通せるんですか。「馬鹿も休み休みにしろ(Stop being so stupid.)」、でしょう。

 (「日本列島を、強く豊かに。世界を見渡せば、政府が一歩前に出て、官民が手を取り合って重要な社会課題の解決を目指す新たな産業政策が大きな潮流となっている」(「日本成長戦略」(案)内閣官房)(註 官民共同事業で、何か成功したものがありましたか。あったら教えてくれ)(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kaigi/dai6/shiryou1.pdf

 愚かしい政府家・官僚のやることです、AIの凄まじい消費電力で、供給逼迫が避けられないとなった時、きっと命じられるのが「灯火管制」というあの愚かしい、戦時下における電力使用統制だと思う。どなたもご存じないかもしれませんが、一かに5Wの電球一個のみが許されるというような、強制的穴倉生活ですよ。「欲しがりません、勝つまでは」とか「贅沢(ぜいたく)は敵だ」とか、

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盛るのは「そば」であって、ですね

【天声人語】みそラーメンに消えた相談 中学1年の男子生徒だった。1学期のちょうど、いまごろの季節のことである。彼は担任の先生のところに来て、言った。「先生、相談があるんです」。少し心配そうな顔をしていた。「よし、ラーメンを食べにいこう」と先生は言った▼彼はきょとんとして、でも「ラーメンは嫌いか」と尋ねると首を振る。週末、2人でラーメン屋に行った。先生はみそ味を注文し、彼も同じものにした。小学校のころの話をした。家族や故郷のことも話した。彼はニコニコして楽しそうだった。ああ、おいしかったと2人は店を出た▼先生は思った。あれ、何の相談だったかな。不思議なことに、彼の不安げな表情は消えていた。歳月が流れ、卒業式の後、短い伝言があった。「お世話になりました」。彼のお礼の言葉だった▼松山市にある愛光中学・高校の校長、中村道郎(みちろう)さん(79)は学校のサイトにコラムを連載している。すでに800回を超える。この話も、そのうちの1本の内容で、30年以上も前の自らの経験を記したものだ▼どうして彼に尋ねなかったのですか。不躾(ぶしつけ)な質問をさせてもらうと、中村さんは笑顔で答えてくれた。「とても明るく、楽しい雰囲気だったからですよ」。大事なことは、ときに言葉にならない。大切なことは、ときに言葉でないから、心にとどく▼立派な大人に彼はなっているそうだ。卒業の後も、会う機会はあったが、みそラーメンの話はしていない。それでいい。いや、それがいい、と中村さんは思っている。(朝日新聞・2026/07/03)

 一週間前の「天声人語」です。こんな話はいたるところにあるんですね。まして、「先生の、ちょっといい話」「師弟、秘話」みたいなことになると、多くの読み手は飛びつくんじゃないでしょうか。この国の学校や教師が、決して幸福ではないだけに、「いい先生だな」「心温まる話だね」と、受け入れたくなるんでしょうね。そして、この校長先生の「30年以上も前の自らの経験(談)」を読んだ途端に、四十年近く前に、劣島中で大騒ぎ(ブーム)になった、「一杯のかけそば」という「童話」とその作者のことを、ぼくは思い出しました。あるいは、それは「醜聞(スキャンダル)」の類だったかもしれません。(ぼくにはとても変な性癖があって、世の中が大騒ぎすると、そんな話題から目をそらす、背中を向けるという偏屈じみたところがありました。今だってそんな悪癖は直っていません。あえて言うなら、断じて「付和雷同」に与しないということでしょうか。だから「一杯のかけそば」はついに未読のまま)

 当時、ぼくはこのブームには決して乗らなかった。そうこうしているうちに、「実話」建て(つくり)の外壁が剥がれてきて、作者はとんでもない「食わせ者」というような次第になり、「大晦日」の素敵な話が、何処にでもある「作り話」だったことが明かされ、おまけに作者への人身攻撃までがはじめられたというお粗末な展開が繰り広げられました。

 それはともかく、「ちょっといい話」には「眉唾が多いのだ」という直感がぼくにはありますから、この作り話を「実話」と銘打ったところが致命傷でした。これが童話だったら何の問題もなかったでしょうね。でも、この手の「施し・親切ものの話」にはいくつだって類似話がありますので、「盗作」「剽窃」という問題にならないとも限りません。だれだって話を面白おかしくする癖(「盛る」という)があるでしょうし、だから「彼の言うことは話半分」という評判が立つのでしょう。「話の半分程度はうそや誇張であること。半分ぐらい割り引いて聞いてちょうどよいことこと。『―に聞いておく』」(デジタル大辞泉)ところが、「一杯のかけそば」は「真っ赤な嘘」でしたから、著者は大いに叩かれました。

◎「一杯のかけそば」= 1972年の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。店内に入ると母親が「かけそばを1杯頂きたい」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。そして母子は出されたかけそばをおいしそうに分け合って食べた。この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。子供たちは就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。(Wikipedia)                                         (『一杯のかけそば』(いっぱいのかけそば)は、栗良平による日本の童話、および同作を原作とした日本映画作品。実話を元にした童話という触れ込みで涙なしには聞けない話として、1989年に日本中で話題となり、映画化されるなど社会現象にまでなったが、実話としてはつじつまの合わない点と、作者にまつわる不祥事でブームは沈静化した)(Wikipedia)

◎ 「一杯のかけそば」劇場公開日:1992年2月15日(東映)(「映画.com:https://eiga.com/movie/34800/

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 一週間前の「天声人語」にある「みそラーメンに消えた相談」と「一杯のかけそば」には何の関係もありません。「天声人語」を読んで、その昔、この社会で大騒ぎになった事件を思い出しただけです。だから「二つを並べる」のはよくなくない書き方だといわれるかもしれません。誤解があるといけないので、あえてお断りをしておくまで。ぼくはこの「ラーメン」の先生とは一面識もない。だから、彼はなかなかの教師だとか、さぞかしいい先生だったんだろうという、想像が働くだけのことです。

 ぼくも、世間でいうところの「教師稼業」に、それも半世紀近くも就いていましたから、学生たちとの付き合いの思い出は腐るほどあります(表現は美しくないが)。そんな話(「みそラーメンに消えた相談」)でいいなら、いくらだって駄弁れそうですが、ぼくはそれはしないことにしている。あくまでも「個人(間)の問題」ですから、誰かに語る必要はないと考えるからです。いや、「(面白おかしくしないでも)そんな話」を語ることを、自分に禁じているところがありますね。「それを喋(しゃべ)ってどうするんです」という、もう一人の自分の内なる声が、いつだって囁くんだね。盛るのは「そば」であって、「話」ではないんじゃないですか。聞いていると、自然と「自慢話」めいてくる、それが嫌なんだな。これはぼくの個人の感想であって、「ラーメン」の校長さんのことを言っているのではありません。念のため。

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こんにゃくに煉瓦に座布団だって、さ

【春秋】隠語で「煉瓦」とは? 「レンガ」を手に持った経験はあるだろうか。童話の子ブタが家を造った、あの赤い塊ではない。政界の隠語では1千万円分の紙幣の束をそう呼ぶという。最近のテレビドラマ「銀河の一票」にも出てきた。政治には素人の女性が都知事選に挑む物語。選挙には莫大(ばくだい)な金がかかり、札束が飛び交う現実を示す小道具としてレンガが使われた▼福岡県政への不信を招く問題が次々と明らかになる中、県議会のポストを巡って多額の現金授受に絡む証言が報じられた。正副議長を務めた県議2人が、自民党県議団の幹部に計2750万円を現金で渡していたという▼証言によれば「汗をかく気はあるか」と県議団幹部に問われ、ゴルフ代名目で大金を要求された。汗をかくとは、カネの支払いを意味する内輪の隠語らしい▼550万円、1千万円、400万円…。ゴルフ代や車代に幾度も現金を渡したそうだ。カネを受け取ったと名指しされた県議は「事実無根」と否定している▼国会では政治とカネを巡る改革は停滞したままだ。足元の県議会まで、ゴルフや料亭通いの傍らで札束をやりとりする前時代的な慣習があるとすれば、もはやどの政治家に思いを託せばいいのか▼多くの人にとって、帯封の紙幣の束を手にする場面など、そうそうない。つましく真面目に暮らす庶民の落胆と怒りは伝わっているか。隠語の汗ではなく、県民のために流す汗を見せてほしい。(西日本新聞・2026/07/08)

 これは福岡県議会内だけの問題であって、他県ではそんな破廉恥は絶えて見られないというのなら不幸中の幸いというべきか。「そんなわけねえだろう」という声がこだましているようです。これとは別に、県庁の幹部職員らが県議たちの政治資金パーティのパー券購入を長年続けていたり、県議たちの海外視察旅行に多額の公金・ポケットマネーが動いたりと、まさに「金塗(まみ)れ」の政界地獄ではあります。かかる慣行(悪習)が何十年と継続してきたことに、ぼくは一興を禁じ得ません。ぎかいのしごとをしらないわけではありませんから、なおさら、愚連隊もどき議員たちが行う「政治」というものが、どの程度のモノか、ほとんど察しが付くというもの。(右は1000万円の束(2つ)=煉瓦2枚分(らしい)。こんにゃくは100万で座布団は1億円だってさ。政界隠語・符牒・符丁というらしい)

 これが「政治」というものかこんなことを日常的にしているのが政治家なんだという社会通念が出来上がっているがゆえに、政治家は通念に従ったまでというのでしょうか。政治家と書いて「金へんに袋」「私腹を肥やす」と読ませるというほかないのでしょうが、それにしても「酷いものですね」と嘆いていても始まりません。各県にある日刊新聞は、深く長く地域と密接にかかわりを持ってきたがゆえに、お膝元の「スキャンダル」に切り込みがたいというハンデがあることは否定できません。(その典型と言えるかどうか、ぼくの印象では近畿地方にある「 N 新聞」などが権力に与しているというか)

 それ故に、ぼくは福岡県に本社のあるこの新聞社の健闘を評価しますが、だからと言って、どうなるものでもないでしょう。(仄聞するところ、この社は経営が盤石だとは言えないという)事は県議会議員の目に余る醜聞、事件性のある問題ではありますが、果たして、いずれは告訴や告発に至るかどうか。県警の監督は県知事の仕事であり、県知事は、多くは県内与党の支配(指示・支持)の下にあると思われますから、いわば「三すくみ(知事・議会・県警)というのか、どこかが絶大な権力を行使するということが極めて困難な事態にあるのがほとんどでしょう。そして、「人の噂も75日」というように、時間経過とともに醜聞も事件も「消化不良」のままでいつしか消えてゆく。

 日本の組織は、何処も「ピラミッド型」をなしています。各種議員の支持組織でいうなら、三角形の底辺は有権者(支持者)でしょう。だから、この層が賢明な判断ができなければ、いつだって、何処にだって同じような醜聞は発生します。この社社会の「伝統」といってもいい、権力と金(政治に金がかかる、という)、です。政治の正常化とか、政界の浄化という「念仏」が事あるごとに叫ばれ、唱えられてきました。一例ですが、県知事が賄賂(わいろ)をもらって政治を歪めていた、その結果、辞職に追い込まれて、知事選挙が行われる。新たな知事は、政治の改革などと有権者に訴えて、無事に当選を果たし、二期・三期と続けるうちに「前例踏襲」よろしく、きっと金塗(まみ)れになって追及を受ける羽目に陥ります。(右上は福岡県議会棟)

 いたるところで、このような『賽の河原の石積み」が繰り広げられてきました。福岡県議会の現議長は、現下の劣島政権与党 A 副総裁の最側近とされます。おそらく、政界地獄というところは、いつだって「金に物を言わせる人物」が絶対支配権を掌握するんでしょうね。今まさに、いたるところの地方政治も壊れています。その歩みは永田町の進み行きと軌を一にしているでしょう。(「浜ノ真砂」と「盗人の種」、同じように「政界汚職」の「種も苗も幹も枝葉」も、同じように尽きることはなさそうです。かくして「まともな政治」とは、「日暮れて道遠し(The sun is setting and the road is long.)」です)

◎ 賽の河原さいのかわら)= 親に先だって死んだ子供が苦を受けると信じられている冥土(めいど)にある河原。西院(さいいん)(斎院)の河原ともいう。ここで子供が石を積んで塔をつくろうとすると、鬼がきてそれを崩し子供を責めさいなむが、やがて地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が現れて子供を救い守るという。このありさまは、「地蔵和讃(わさん)」や「賽の河原和讃」などに詳しく説かれ、民衆に広まった。賽の河原は、仏典のなかに典拠がなく、日本中世におこった俗信と考えられるが、その由来は、『法華経(ほけきょう)』方便品(ほうべんぼん)の、童子が戯れに砂で塔をつくっても功徳(くどく)があると説く経文に基づくとされる。また名称については、昔の葬地である京都の佐比(さい)川や大和(やまと)国(奈良県)の狭井(さい)川から出たという説、境を意味する賽から出たという説などがある。(日本大百科全書ニッポニカ)

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