なんで「体育館で雑魚寝なんだ」と…

【新生】天狼の眼 学生時代のサークルの後輩に、損害保険会社の社員がいる。東日本大震災など長年、全国の被災地を回ってきた災害対応のエキスパートである。10年前の熊本地震の際も、現地社員の支援に来た、と訪ねてきた▼「君のところは、これまでの経験が蓄積されていろんなノウハウがあるんだろうな。こっちはこんな大地震は初めてだから大変だよ」とこぼすと、「いやー」と首を振る。「起きた環境や時間、季節などによって、被災の様相はだいぶ変わってきますよ。これまでの経験がそのまま当てはまると思っていると間違えます」と▼今あらためて、その言葉を思い出している。イオンモール熊本での大規模爆発や日本製紙八代工場での煙突倒壊事故など、10年前にはなかったような形で大惨事が起きた▼続く余震と猛暑の中で、各所での安否の確認は困難を極めているようだ。肉体的にも精神的にも作業に当たる人たちの負担は大きいだろうが、何とか一刻も早い救出を願う▼生存率が急激に低下するとされる「72時間の壁」が迫るけれども、その経験則が当てはまらない事例が少なからずあったことを希望としたい。2004年の新潟県中越地震では、2歳の男の子が92時間後に土砂の中から助けられた▼<天狼[てんらう]の眼も守りしか土なかに生きゆくりなく幼児[をさなご]還[かへ]る>。上皇后美智子さまが救出劇を詠んだ歌である。天狼とは恒星シリウスのこと。その星は今の季節、日中の空にあって見えないが、生還を祈る全国の人々の眼とともにきっと見守っている。(く熊本日日新聞・2026/07/31)

(ヘッダー写真は「約700人が身を寄せる八代トヨオカ地建アリーナ(八代市総合体育館)= 西日本新聞・7月30日)

 これまでに一度だって「避難所」暮らしの経験はありません、とても幸運だったと思っています。何人かの経験者から話を伺ったことはあるが、異口同音に、その「生活」の、驚愕するような非日常性が語られ、そして「二度とごめんだ」と同じように言われていた。この島では、毎年、必ず「自然災害」は起こっています。それは単なる「自然災害」などではなく、明らかに「人災(人的要因)」も加わってのものででしょう。台風や豪雨、あるいは地震や津波などは、それ自体、大部分は「自然災害」ではあろうと思われますが、人間の生活環境や生活条件が深く関与しているという点では、立派な人為災害であるといえる性質のものです。まして、いったん被害に遭遇すると、大多数の人々は「避難」を余儀なくされます。当然のことです。

 しかし、何十年経とうが、「避難所」は「体育館」がお定まりとは、これこそ、「大災難」でしかないでしょう。こんなことで、いったい「災害劣島」の名に恥じないといえますか。(右写真「土佐湾台風で避難所となった旧新堀小学校体育館。仕切りもなく被災者が床に寝転ぶ光景は半世紀を経ても変わっていない」(1970年、高知市はりまや町2丁目):高知新聞・2025/04/10)

 他国の事例を持ち出すまでもなく、「定番避難所」からの「避難」をこそ、行政は目指すべきです。「すわっ、地震」とくれば、体育館へ直行という、何十年も改善されてこなかった、この無策こそ、世界に関たる「地震王国」の名折れであり、恥辱だと受け止める官僚も政治家もいないのですから、話にならない。何年目ごとではなく、毎年、大災害は必ずこの劣島を襲うのを「歴史」としてきたのです。「体育館で雑魚寝(ざこね)」というのは、政治不在(腐敗)、行政の不作為そのものでしょう。(*ざこね(雑魚寝・雑居寝)=1 大勢の人が雑然と入り交じって寝ること。2 節分の夜などに、村の老若男女が神社などに集まって共寝した風習。《季 冬》(デジタル大辞泉)

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 <2026年熊本地震>停電、断水…「車中泊しか選択肢ない」 避難所外の被災者多く 専門家が警鐘を鳴らすのは… 余震や酷暑が続く熊本地震の被災地では、30日も停電や断水が続いた。多くの被災者が車中に泊まり、公共施設などの駐車場や自宅敷地で「軒先避難」を続ける。高齢者や子どもがいる世帯は避難所行きをためらい、公民館や学校が被災して避難所を開設できない地域では「車中泊しか選択肢がない」との声が上がる。防災の専門家は「被災者の孤立を防ぐ支援が必要だ」と指摘する。(中略)/ 熊本県災害対策本部の集計では、30日午前6時時点で30市町村の指定避難所約400カ所に約4千世帯約1万人が身を寄せる。/ ただ、車中泊や在宅避難は含まれず、実際はさらに多いとみられる。氷川町や宇城市など大きな被害を受けた地域では、避難所となる学校や防災センター、公民館が被災。停電の影響もあり、開設が遅れている。(以下略)(熊日新聞・2026/07/30)

 <2026年熊本地震>東京通信大の松尾特任教授「避難所からの避難を」 提言の理由は? 猛暑の熊本を襲った最大震度7の地震。過酷な気候の中、厳しい避難生活が続けば、体調悪化や災害関連死の恐れが高まる。防災行動学が専門で、災害時の行動計画を事前に決める「タイムライン」の重要性を提唱する東京通信大の松尾一郎特任教授(70)は「災害関連死を防ぐには『避難所からの避難』を進めるべきだ」と訴える。(聞き手・東寛明)◇◇ 地震の際、建物の倒壊や火事による「直接死」をなくすには、発災前の準備が肝要だが、避難先の環境に伴って発生する「災害関連死」をゼロにするには発災直後からの努力が必要。国と熊本県、自治体が連携して実現できるのは、被災者を避難所から安全で快適な宿泊施設に移す「避難所からの避難」だ。/「避難所からの避難」は「広域避難」「2次避難」とも呼ばれる。2024年の能登半島地震では、被害が大きかった石川県の輪島市の住民が100キロほど離れた金沢市の宿泊施設に移った実績がある。/今、被災者は猛暑の中での避難を強いられている。避難所は停電すれば冷房は止まる。空調が稼働しても冷房が十分に効かなかったり、逆に寒すぎたりすることもある。入浴もままならず、トイレ一つ取っても不安だらけだ。/避難所ではプライバシーを完全に保てず、ストレスがたまる。それを避けて車中泊をすると、エコノミークラス症候群が怖い。劣悪な状態が続けば、高齢者や障害がある人は一気に体力が低下する。/そこで「避難所からの避難」という発想が大事になる。災害関連死を確実に減らせる方策だ。(同上)

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 「体育館で雑魚寝」なんかいやだと文句を言う、それなら自分勝手に工夫しろと突き放される。そこで生み出されたのが「車中泊」という、とんでもない苦行でした。一時間や半日程度なら我慢もできるが、先の展望が見えない状況下で、手足を伸ばして寝られないという悲惨な状態を、これまた行政・政治は、横目で見ながら放置しているのです。「明日は我が身」「困ったときは相見互い身」ということを考えれば、いかなる無能政治家にも、どうすればいいか、とっさの「知恵らしきもの」は沸きますぜ。その教訓を多く示したのが「能登半島地震」の発生当時の多様な「避難の状況」「避難生活の在り方」でした。細かい事情を考慮すれば、一事が万事で、容易に物事は動かないでしょう。でも、差し当たっての「ストレス」「緊張」、あるいは「体調不安」などの解消のために何が可能か、必要か、そんなことが考えられないようでは、政治家も役人も、即座に辞めたほうがいい。いるだけ目障りですから。

 いろいろな点で、自衛隊という大所帯には、様々な状況に対応できる「ノーハウ」「インフラストラクチャー」があります。臨時の風呂場の設定も、お手の物でしょう。野営のテントも数多くあるでしょう。「仮設住宅」が出来上がるまでの急場しのぎには、何でもとは言わないが、多くの不便を克服するだけの装備や経験の蓄積があります。また、いくつかの行政単位が共同して、いざというときの「協力体制」も、今以上に作っておけるはずです。細かいことは言うつもりはありませんが、のべつに災害が発生しているこの国の現実に即して(照らして)、普段から整える事柄は無数にあるといえませんか。

 「ヘルメットに防災服」がに合うとは思われませんけれど、イヤリングやネックレスをつけて「救命」「復旧」に夜を徹してと、首相は檄を飛ばしているのでしょうが、心から人命尊重をという「言葉」が信じられないとはどういうことでしょうか。国をつぶすことにしか関心がない人間に、人命尊重や生活支援の感情が濃厚にあるとは考えられません。国家大事で、国民を苦しめるような総理大臣が、今の時代にいるというのはどういうことなんですかと、言わなくともいいことを、繰り返したくなるのです。自身が女性でありながらの「ミソジニー(Misogyny)」を主張する心持は、どういうものでしょうか。(mysoginy=dislike of, contempt for, or ingrained prejudice against women. she felt she was struggling against thinly disguised misogyn)(google translate)(右写真「熊本県の地震に関して記者団の取材に応じる高市首相=29日午前、首相官邸」下掲・東京新聞)

 「首相、地震早期復旧へ対応指示 被災地にプッシュ型支援 政府は29日、熊本県で最大震度7を観測した地震を受け、救助活動に全力を挙げると同時に、早期復旧に向け被災地支援を強化した。高市早苗首相は同日午後に開いた第2回の非常災害対策本部会議で、被災自治体への普通交付税の繰り上げ交付を迅速に実施するよう対応を指示。地元の要請を待たない「プッシュ型支援」を進める考えを示した。/ 対策本部会議では、救助活動や被災地支援の対応を協議した。首相は被災者に車中泊が多い状況を踏まえ「ガソリンの供給に万全を期す」と述べた。2016年の熊本地震ではエコノミークラス症候群の発症者が相次いでおり、保健師の巡回などを継続する重要性を訴えた」(東京新聞・2026/07/29)

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… 年経にし後は、言葉にかけて云々

【新生面】10年後の地震 工業都市の象徴だった煙突は無残に折れ、爆発した大型商業施設は痛々しい姿をさらす。民家の倒壊も相次ぐ。被災現場の本紙記者から届く写真は地震の威力をまざまざと伝える▼今度も最大震度7に奪われたのは古里の原風景であり、笑顔があふれる大切な日常の時間だ。そして、かけがえのない命も。酷暑の中で続く救助作業を祈るような思いで見守るしかなく、被害の数字は増えていく。言葉にならない怒りが込み上げる▼私たちは決して、10年前の熊本地震を忘れていたわけではなかった。悲劇を検証し、体験を語り継ぎ、少しずつ喪失を受け入れてきた日々だった。なぜ、また熊本で-。交流サイト(SNS)では「心が折れそう」とつぶやく人も▼三陸出身の作家・柚月裕子さんは東日本大震災の津波で両親を亡くした。震災の後、明治から昭和の時代に起きた津波の記録を読んで「自然を前にして、人間には現在も過去もない」と思った。どの時代の災害も、人々の嘆き、悲しみ、やり場のない怒りは変わらない、と▼今回の地震は、もちろん「現在進行形」である。被災地では余震が続き、停電や断水などで過酷な避難生活を強いられている。災害関連死が多発した10年前の反省を生かし、きめ細かな支援が欠かせない。歴史に刻まれる被害をできる限り小さく▼冒頭に紹介した写真には車中泊で本紙を読む姿があった。嘆きも、悲しみも、怒りも分かち合いたい。穏やかな時間を取り戻す日まで長い道のりになる。みんなで歩いていこう。(熊本日日新聞・2026/07/30)

 この劣島に住んでいる以上は、地震による災害は避けようがないでしょう。それはまるで運命のようなもので、地球が生きて(動いて)いる限り、地盤のの隆起や沈没は、いわば自然現象ですから、少なくとも、そういう自然現象(人間の側からすれば、生存を脅かされる災厄ととらえられるでしょう)は、否応なく受容するほかに手はないものだと思う。「砂上の楼閣」という形容がありますが、少なくとも地震多発地帯に生活しているものからすれば、どんなに頑丈に作ろうとも、結局は「砂上の楼閣」をわざわざ作っているようなものです。八十年以上も生きてきて、ぼく自身も大小さまざまな災害・災難の経験がありますが、地震の夜「大災難」は、幸運なこととして、これまで避けられてきた言うべきでしょう。だから、遠近いずれ後における「地震発生」にも、ぼく自身には「明日は我が身」という執拗な感覚がこびりついているのです。と同時に、そのような感覚が嵩じて、「災難に遭遇したのはぼくだ」という、奇妙な経験(感覚擬似経験)がぼくの中に生じてきます。

 今次の熊本地震もそうでした。当たり前の感覚として、犠牲になられた方々には新人の哀悼の想いを抱きますし、被害を受けられた方々にも、同じような悲しみや悔しさの念が湧き出てくるのです。そして、「いったい、ぼくには何ができるのか」という一点に、ぼくの関心は移ります。一か月ほど前に発生したベネズエラ地震にも、ぼくは「貧者の一灯」を点そうとしたばかりで、まだまだ、さらに「小灯」と点け続けなければと思っていたところでした。熊本地震の全体像はまだ見えてきません。有形無形の被害はさらに大きくなるものと気をもんでもいます。

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 いささか悠長な趣味と罵られそうですが、かかる自然災害(かなりな部分は人為的部分が加わっています)が起こるたびに、あるいは鴨長明の「方丈記」の文章が直ちに想起されてくる。まるでぼくの悪しき習慣のようでもあります。今回もまた、悪癖が萌していました。今から八百数十年前の「元暦の大地震」が「方丈記」で綴られています。

 「地の動き、家のやぶるる音、雷(いかづち)にことならず。家の内に居れば、たちまちにひしげなんとす。走りいづれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや雲にも乗らむ。おそれのなかにおそるべかりけるは、ただ地震(ない)なりけりとこそ覚え侍りしか。(右は「平家物語絵巻」(巻12)「元暦の大地震」))

 かく、おびただしく振る事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二、三十度振らぬ日はなし。十日、二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四、五度、二、三度、もしは一日まぜ、二、三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。

 四大種の中に、水、火、風は常に害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡(さいこう)のころとか、大地震(おおない)振りて、東大寺の仏の御首(みぐし)落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほ、このたびにはしかずとぞ。すなはちは、人みなあぢきなき事をのべて、いささか、心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけていひ出づる人だになし。(中略)(左は「方丈記絵巻」)

 … 世に従へば、身、苦し。従はねば、狂せるに似たり。いづれの所を占めて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身を宿し、たまゆらも心を休むべき」(「徒然草」(「元暦の大地震」ほか)(参考文献「方丈記」浅見和彦校訂・訳 ちくま学芸文庫、2011年刊)(註 伝暦の大地震は1185年2月発生。斎衡二年五月、大仏の御首…、文徳天皇の御代、855年五月のころ)

【斜面】危険な地上に生きて 「大地震あり地裂け家破れ死傷数多なり其の後時々震動一般驚怖今尚ほ露宿す」。1889(明治22)年、熊本で地震が起きると本紙は現地からの短い電報を急ぎ欄外に載せた。情報が少ない中で電報を待ち、翌日に続報を届けている◆おとといは137年前と同じ日付だった。地震直後からすさまじい映像を送る上空のヘリ。橋が落ち、建物が壊れて、煙が上がる。駅で貨物列車が脱線、横転するほどの揺れは「立っていられず、投げ出されたような衝撃」。本紙が伝えた現地の肉声だ◆息をのんだのは、爆発し、一瞬で廃虚と化した大型商業施設の映像。これほどの大爆発が引き起こされると誰が想像しただろう。がれきから早く助け出してほしいと、祈るように見た。ただリアルタイムの映像も被災地の現実を伝え切れてはいまい。きめ細かな情報がさらに要る◆断水で水がない。暑くても停電でクーラーが動かない。家に戻れず、車中泊が続く―。人々の苦境や願いを丁寧にすくい取る報道を、早くて息の長い支援につなげたい。真夏の震災だ。関連死を何としても防がねば。恐ろしい爆発の「正体」も見極めて◆物理学者の寺田寅彦は90年余前の随筆で指摘した。地震を研究している者から見れば、日本は国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなものだと。そんな危うい地面の上で私たちはどう生きればいいか。大事なのは命を脅かされている遠い誰かのことを知って、手を携えることだ。(信濃毎日新聞・2026/07/30)

 地震発生の一時間ほどの後、県下の一大商業施設が「大爆発」を起こして一瞬のうちに瓦礫と化しました。おの爆発事故で、何人かの安否が不明となっています。その「大惨事」のさまを見ていて、ぼくは、2011年3月の福島「原発爆発」を直ちに想起しました。事故がなければ、現代社会の科学技術や文明の象徴(粋=essence)に見られる「成果物」が、時には、想像を絶する災厄の原因となるのだと、つくづく思い知らされたのでした。

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災害は忘れる間もなくやってくる

【新生面】不意打ち 28日午後4時27分ごろ、緊急地震速報が鳴ることもなく、不意打ちのような激しい揺れに襲われた。その後も繰り返し強い揺れが続き、しばらくはその場で身構えるほかなかった。最大震度は宇城市と氷川町の7。熊本市でも6強を記録した。泣きたくなるような不安な時を、居合わせた人々と分かち合った▼10年前の熊本地震を思い出した人も多かっただろう。県南地域では「あの時より強い揺れだった」との声も上がった。住家の室内では家財がめちゃめちゃに散乱し、高齢者施設では転倒するお年寄りが相次いだ▼あちこちで火災が発生し、大型商業施設では爆発が起きた。復旧の途上にあった熊本城でも石垣が崩れるなどの被害が出た。どうして熊本を再び“狙い撃ち”するのか。恐ろしさと憤りで、皆が体と心を震わせた▼最優先したいのは、とにかく身の安全を確保すること。大きな揺れのしばらく後に、より大きな揺れに見舞われる恐れもある。10年前の災禍を経験した人は誰もが知っているはずだ。周囲と声をかけ合い、助けが必要な人を見落としていないかも確かめたい▼SNSの不確かな伝聞をうのみにしてはならない。確かな情報源を確保し、冷静かつ速やかに最善の安全策を選ぶことを心がけねば▼ライフラインやインフラを含め被害の全容が明らかになるのはこれから。「この程度なら」という素人判断は被害を拡大させかねない。熱中症予防にも心を配り、しばらくは警戒の度合いを最大級に引き上げて沈静化を待つほかない。(熊本日日新聞・2026/07/29)

 地震発生直後から、各種報道に釘付けになっていました。「ラジオ深夜便」も終夜、地震発生後の様々な情報を報じる、まさにライブ番組のようでもありました。友人が熊本にいましたが、今では千葉住まい。隣県の福岡にも一家が居住しています。地震直後に電話を入れましたが、応答なし。被害が隣県に及んでいるという報道もなく、大丈夫だと思って、その後は電話をしていない。

 それにしても、十年前の傷跡も癒えないうちに、再び、三度の大きな地震の急襲でした。まだまだ、全容が判明しない段階にありますが、被害の少なからんことを願うのみ。報道によれば、自衛隊が総勢3600人態勢で、救援活動に入っているという。熊本と自衛隊はいろいろな結びつきがあり、現下の「防衛力増強」でも物議を醸している、にもかかわらず、救命・救難への応接には頼もしいものがあるといっておきたい。国土保全、人命救助のための「自衛隊」であってくれと、ひたすらその威力に縋(すが)るものです。

 今次の地震発生を伝える報道の前に、自衛隊の民間人への「諜報活動」を報じる熊日新聞記事に、ぼくは強い関心をいだいていました。この「人権侵害」を含めた憲法違反行為報道に対して、防衛大臣や官房長官の記者会見には、「国民の知る権利」にいささかの斟酌もしないという、驚くべき高圧的かつ不遜な姿勢が一貫しているのを見せつけられるにつけ、この国の「現在地」のきわめて危うい立ち位置を知り、背筋の凍る思いをしたばかり。「文民統制(civilian control)」という「鉄則」がどこかに置き忘れられている事態を危惧するばかりです。今の防衛大臣だろうと思われますが、ことあるごとに「制服」着用に及んでいるのは、どういうことだろうか。自らは「文民」であるという自覚が皆無だというのでしょうね。(この問題に関してはいずれ、改めて愚論を述べてみたい)ともかく、自然災害は防ぎようがない、可能なことは、できるだけ犠牲を被害を小さくすること、それが最大の備えだろうと思う。いかなる備えがあっても憂いをなくならないのですから。

 いつどこで、どんな災厄が発生するかは人智(科学技術)では測りがたいといっておきたい。地震予知や集中豪雨、あるいは台風の襲来も、以前とは比較できないほどの予測・予知態勢が整えられてはいますが、しかし、被害を無にすることは不可能でしょう。人智や人事を尽くしてもなお、被害は避けられないと思うべきだと、ぼくは考えています。ぼくたちは「安全地帯(safety zone)」に住んでいるのではなく、まさに一寸先は闇のような世界に住んでいるのです。(各地における球磨の出没)一つを考えても、人間による自然界の独占はあり得ないことを知るべきでしょう。事故といい事件といいますが、それですら防ぐことは至難の業です。いつでも「危険と隣り合わせ(living on the edge of danger)」で生活しているということでしょう。数年に一度というどころの話ではなく、地震に関してさえも毎年のように各地で頻発し、多くの被害をもたらしています。台風や集中豪雨の被害たるや、もはや日常の出来事になっているとさえ思われてきます。純粋な自然災害というものはありますが、それによる被害の多寡には、少なからず「人為」も加わっているのです。

 熊本地震の余震はまだまだ続きそうですし、猛暑の砌(みぎり)、避難生活を強いられる人々の健康維持には、ことさらに気にかかるものがあります。命を大事にする、尊重し合う社会にこそ、ぼくたちは喜んで住んでみたいものです。

 「災害は忘れる間もなくやってくる(Disasters strike before we even have time to forget them.)」

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やがて墓穴となる蟻の巣を掘る蟻食ひ

【三山春秋】▼梅雨明けとともに猛暑日が続き、夏本番を迎えている。汗をかいた後に冷たい飲み物を口にすると、生き返る思いがする。水分補給にアルコールは適さないが、喉を鳴らしながら飲む冷えたビールは格別だ
▼晩酌が唯一のぜいたくという人もいるだろう。しかし、最近は飲酒そのものがぜいたくになりつつあるという。高崎経済大の公開講演会で聞いた内容に衝撃を受けた
▼厚生労働省が毎年実施している「国民健康・栄養調査」を基にまとめた飲酒習慣の推移がグラフで示された。週に3日以上、清酒で1日1合以上飲酒する男性の割合は、30年前の約6割から3割まで落ち込み、20代の男性に限ると1割未満まで下がっている
▼背景に「非正規労働者の増加」があると講師は指摘する。低所得の人ほど酒離れが進んでいる別のデータもあり、コロナ禍を経てさらに格差が進んだ。「日本の酒文化は危機的状況にある」とし、それを守る重要性と貧困対策を訴えた
▼もちろん、飲酒には負の側面もある。飲み過ぎは健康を害し、酔って暴力を振るったり暴言を吐いたりして酒のせいにする人もいる。取り返しのつかない痛ましい事故を引き起こす飲酒運転などもってのほかだ
▼一方で、適度な飲酒は人の距離を縮める作用がある。おいしい酒を囲んで話が弾み、立場や肩書に関係なく「素の姿」で向き合える。そんな場所が失われてしまうのは寂しい。(上毛新聞・2026/07/28)(表題句は鶴昭作)

 はや晩夏消え去るばかり蝉の声(無骨) 今朝も4時には起きて、猫たちに食事を与え、パソコンの前に座って三時間ほど、無為に過ごしていました。本日は曇り空で、気温も低く、25℃前後で、その分湿度が70%を超えています(ただ今、午前九時)。実は、一時間以上も前に、本日の「駄文」を書き終え、アップする寸前だった。ところが何をどうしたというのか、その「駄文」が、忽然と消えてしまいました。慌てふためく理由はどこにもない、また初めから駄文を書き殴るだけのことと、またパソコンに向かいだしました。消えた駄文の材料は、三年ほど前から始められた朝日新聞の「あの日の『天声人語』」という連載物で、ぼくが引用しようとしていた「あの日」は1986年8月18日、テーマは「反骨精神と大勢順応」というものでした。朝日新聞は、もちろん「大勢順応」派でしょうか。

 こんな回想とも回顧とも受け取られかねない新聞記事を連載するということは、朝日新聞の「老衰(創作力の枯渇)」はすでに始まっていたのではないか、そんな感想をもちながら読んでいますので、いっそう「アサヒハシズム」という思いを強くいだいてしまうのです。そこで登場させられていたのが鶴彬(ツルアキラ)さんという川柳作家でした。彼については何度か、この駄文収録でも触れていますので、あまり語ることもありません。石川県出身の肉体労働者でありつつ、反戦姿勢を貫く「川柳」を紡いで、そのことを理由に検挙・有罪、獄中で亡くなられた。享年28。おりしも、熊本日日新聞で自衛隊の「情報収集」が違憲・違法を疑われながら行われたいたのでは、という記事が出た段階でもあり、いろいろとぼくにも歴史の軌跡への思いが募るのでした。

◎ 鶴 彬(ツル アキラ)= 昭和期の川柳作家,社会運動家 生年明治42(1909)年1月1日 没年昭和13(1938)年9月14日 出生地石川県河北郡高松町 本名喜多 一二(キタ カツジ) 学歴〔年〕高松小高等科〔大正12年〕卒 経歴17歳で川柳に興じ、新興川柳で社会批判をする。昭和3年上京し、川柳を通して非合法活動に入る。5年入営し、金沢第七連隊で無産青年読書会を組織、赤化事件をおこし衛戌監獄に2年入る。8年除隊、以後プロレタリア川柳人として雑誌「川柳人」「川柳時代」などに、時流に立ち向かう作品を発表しつづけた。12年12月反戦川柳によって治安維持法違反容疑で検挙され、13年9月野方刑務所で、赤痢にかかって死去した。「鶴彬句集」、「鶴彬全集」(全1巻 たいまつ社)がある。平成10年「鶴彬全集」(増補改訂版)が復刻出版された。(20世紀日本人名辞典)

 天声人語  川柳人口がふえているようだ。新聞、雑誌はほとんど読者投稿の川柳欄を設けるようになったし、テレビやラジオにも川柳の番組がある。団地新聞、社内報などにも俳句、短歌と並んで川柳の投句欄がある。結社は海外のものまでふくめて五百を超すという▼川柳には、同じ五・七・五の俳句に比べて低級だとする奇妙なイメージが強い。「川柳にもならない駄句でして」とか「昔はこれでも俳句をやったんだけど、どうも才能がなくて」とか、川柳を卑下するものいいがよくある▼本紙「朝日せんりゅう」(東京本社版)の選者、神田忙人さんによると、駄じゃれ、ごろ合わせなど、ただのことば遊びを川柳だと考えている人が多い。日常卑近の、少々げびた題材を面白おかしくまとめたもの、と思っている人もいる。時事川柳となると、怒りにまかせて作るだけの、スローガン的な作品がめだつという▼鶴彬(つるあきら)という川柳人がいた。明治四十二年、石川県生まれ。高等小学校を出て大阪の町工場労働者となり、十五、六歳から川柳を作りはじめる。反戦色の濃い句が多いので、昭和十二年、日中戦争開始後まもなく治安維持法違反で逮捕された。そして翌年、留置場で赤痢のため死んでいる。二十九歳の若さだった▼手と足をもいだ丸太にしてかへし 代表作の一つである。赤紙(召集令状)一枚で戦地に駆り出され、あげくは手足をもがれて送り返される。戦争の非情さへの命がけの抵抗である▼金沢市の旧制四高本館にある石川近代文学館に、近く鶴の資料コーナーが生まれる。郷土にゆかりの文学者や思想家を顕彰しようというもので、泉鏡花、室生犀星、鈴木大拙、西田幾多郎らと並んでできる▼鶴の句にこんなのもある。タマ除(よ)けを産めよ殖やせよ勲章をやらう 稼ぎ手を殺してならぬ千人針 胎内の動きを知るころ骨(こつ)がつき 四十一年目の熱い夏が過ぎていく。(朝日新聞・(1986年8月18日)(あの日の天声人語㉟「反骨精神と大勢順応」(朝日新聞・2024年8月18日 5時00分)
・高粱の実りへ戦車と靴の鋲
・屍のゐないニュース映画で勇ましい
・出征の門標があってがらんどうの小店
・万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
・手と足をもいだ丸太にしてかへし
・胎内の動き知るころ骨がつき
(「川柳人」(第281号)昭和十五年十一月)

 参考文献・鶴昭全集 たいまつ社、1977年刊。

 昨夕、ネットで現首相の「記者会見」なるものを暇つぶしに見ていました。この首相のやることなすことの逐一が国を滅ぼし、国民を疲弊させる元凶であることをこれでもかと見せつけられた一場でした。記者会見とは何か。問えばそれこそ様々な正解というか見解がありうるでしょうから、あの悪夢のような「媚態会見」も、記者会見の一つであることをぼくは認めるけれども、それは最低・最悪の一つというほかないものだったと思う。質問事項はあらかじめ首相側に提出されているので、安心して首相は、官僚による作文回答(台本)を読むだけの仕事。そして、相変わらず能天気に「自己売り込み」に励んでいた。今どきの「記者」という存在は、書くべきこと、聞くべきことを避けて、当たり障りのない、あるいは提灯記事を「新聞」と名付けられたメディアに載せて、読者を誑かして商売を営んでいるいかれ者ということでしょう。いい気なものだし呑気な商売ですね。これなら、どんな馬鹿でも無能でも「首相」や「記者」は務まるし、「記者会見」に、安心して臨めるでしょう。

 「高市首相、特別国会に「反省点は特にございません」 閉会受け会見 特別国会の閉会を受け、高市早苗首相は27日午後、官邸で記者会見に臨んだ。/首相は冒頭の発言で、2月の衆議院選で掲げた公約について『着実に実現していくことこそが使命との思いで、特別国会を走り抜けた』とし、『政府提出法案64本をすべて成立させることができた。戦後4回目のことだ』と成果を強調した。/各メディアの世論調査で、支持率の下落の原因の一つとされる『物価高対策』に関して、首相は『政権発足以降の最優先課題だ』とし、『米国によるイラン攻撃をきっかけとして中東情勢が不安定化し、ホルムズ海峡の封鎖により世界、我が国の物資供給に混乱が生じた』との認識を示した。『以下略)」(朝日新聞・2026/07/27)

 「つける薬はどこにもございません」という呆れた会見(もどき)でした。鶴昭さんの「川柳」の断片でも投げつけてやりたいくらいの、阿保くささでしたね。この首相が「ヒロシマ」「ナガサキ」に出かけるのはいいとして、さて、何を騙(かた)るか、とにかく、冗談はやめてほしい。

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やがてしぬ けしきはみえず せみのこえ

【凡語】民主主義の影絵
 洛北の自宅が近かったせいか、晩年に柔和なたたずまいを何度かお見かけした。11年前に亡くなった反骨の哲学者鶴見俊輔さんが、言い残している。「民主主義のうしろを全体主義が影絵のようについてくる」▼それを実感するような国会が閉幕した。就任後に「政治とは独断ではなく、共に語り共に悩み、共に決める営みです」と演説した高市早苗首相の所信はどこへいったか▼自民党総裁選や衆院選で大量に投稿された誹謗(ひぼう)中傷の動画に、首相の公設秘書が関わった疑いが持ち上がるや、国会質疑や記者会見を避ける姿勢が強まった▼「国会に呼ばれれば来ている」と繰り返す高市氏に、自民内から「だったら10日間も審議が止まらない」との声がもれたのは当然だろう。2月の衆院選で大勝したとはいえ、具体的に中身を語らなかった「国論を二分する政策」を、有権者が首相の一存に委ねたわけではない▼殺傷兵器の輸出を閣議決定だけで全面解禁したのに始まり、象徴天皇制を突き崩しかねない皇室典範改正、不要不急の国旗損壊罪創設を圧倒的な議席数で押し通した▼「アクセル役」という日本維新の会とともに、右へならえといわんばかり。高市さん、せっかく得た民意の力の使い方を間違っている。まともな議論を封じる巨大な影を、国会に見た。(京都新聞・2026/07/26)

 「民主主義」の父親は「独裁」であり、母親は「衆愚」です。何度も何度も同じことを繰り返しているような、悲惨で滑稽な歴史を重ねてきたのが「民主主義」であるといってもいいでしょう。民主主義は一瞬も立ち止まることはないのです。それは、いわば「方円の器」のようで、どんな場所にもその芽生えはありますが、いつだって動き変わろうとするものです。もとは「( 水は容器の形によってどんな形にでもなるところから ) 人は、交友や環境しだいで善にも悪にも感化されるというたとえ。水は入物に従う」(精選版日本国語大辞典)とありますが、それは民主主義でも同じこと。独裁制にも君主制にも「民主主義」の欠片(かけら)はある。でも、その姿は一瞬にして消える運命にある、まるで泡沫(うたかた)のようでもあります。

 政治形態の一つに「共和制」があります。いろいろな解釈があり得ますが、ぼくはおおよそのところを、以下のように理解しています。「共和制【きょうわせい】= 一国を代表する象徴あるいは元首が,人民の中から一定の任期間選ばれる国家の体制。英語でrepublic,君主制の対主権が人民にあることから民主制と同義語に用いられる場合があるが,実質的には独裁的統治が行われる場合も少なくない。多くの国が共和制の形態をとっている」(百科事典マイペディア)

 果たしてこの国は「共和制=民主制」かどうか、にわかには判断できかねますね。あえて言うなら、「衆愚政治」に近いというべきかもしれません。「衆愚政治(しゅうぐせいじ)(mobocracy・ochlocracy)= 腐敗した民主政治の形態の一つ。古代ギリシアにおいて,大衆の参加する民主主義は結局愚劣で堕落した政治に陥ると考えられた。なお,近代においても貴族主義者やエリート主義者は同じように考えてきた」(ブリタニカ国際大百科事典)「主権在民」というのは、一種の「諸刃の剣」であって、いつだって自らを損傷する危険性は避けられないのです。

 現首相の率いる政治、圧倒的多数の有権者の支持を得て行われてきた政治の手法はどんなものだったか、だれの目にも明らかであるはずですが、そうではないところに、「衆愚政治」の所以(理由)があるでしょう。この国の現首相は「独裁者」なんかではなく、衆愚に祭り上げられて「巫女」みたいなもので、「 神に奉仕して、神楽(かぐら)などをする者。また、祈祷を行ない、神託を告げたり、口寄(くちよせ)などをしたりする者。未婚の女性が多い。かんなぎ。ふじょ。いちこ」「ふ‐じょ‥ヂョ【巫女】〘 名詞 〙 ( 古くは「ぶじょ」とも ) 神につかえてその託宣を人に告げる女。かんなぎ。みこ」(精選版日本国語大辞典)

 一応表面的な体裁はそうなっているように見られますが、彼女自身が「極め付きの衆愚」の一人で、その取り巻きの支持を失わないように、それだけを政治の要諦にしているのですから、勢い、「衆愚迎合」政治になるのは不可避でした。彼女に政治的定見や見識があるはずもなく、捕まえた獲物(総理・総裁の椅子)を後生大事に守り抜く、そのためなら矢でも鉄砲でも辞さないという、驚くべき暴力主義の権化であるのでしょう。衆愚に迎合する「痴愚」そのものであるでしょう。覆い隠しようのない痴愚ですね。

 彼女自身、これまでの政治家稼業を営む根本方針は、「寄らば大樹(有力者)の陰」「親方(大将)日の丸」という徹底した「日和見主義」でしたから、だれよりも支持者の関心を失う事がどういう運命をもたらすかを知っているつもりだったと思う。だから、「神話」の世界の「巫女(みこ・ふじょ)に徹しようとした結果が、眼前で繰り広げられてきた政治の実態だった。怪しい政治手法を取りつつも、脅しや賺(すか)しで、乗り切ろうとしてきたのです。国益を守るとか、国民の生活苦を克服するなどというまともな政治感覚は皆無だというべきで、我々の日常生活を壊すためにこそ、自身の政治活動の目的があったというべきでしょう。

 京都新聞のコラム「凡語」には鶴見俊輔さんの「民主主義のうしろを全体主義が影絵のようについてくる」という言葉を紹介されていました。全体主義とは「英語totalitarianismなどの訳。個人の生活や意見は国家全体の利害に従うべきだという思想あるいは政治体制。大衆社会において,マスコミや大衆組織(大衆操作)を通じて,個人生活のすみずみまで国家権力が浸透し得る状況の下で生まれる。古典的独裁や専制と違い,思想や生活についても徹底した統制を行う。民主主義を否定する原理として,特に第1次大戦後のファシズムやナチズムがその典型」(百科事典マイペディア)とありますように、今日ただ今の国の状況が「全体主義」であるとは考えられませんが、その方向に引きずられているのは事実です。一方では極めて強引な手法で、強行突破を図りつつ、他方では、目に余る「媚態」や「微笑」を振りまき、衆愚をいたぶるのでした。

 知的にも感覚的にも、彼女は中身に著しく欠けるものですから、ひたすらの身体言語を駆使し、口を開けば、いつも虚言が飛び出すという、驚くべき才能を発揮してきましたが、おそらくここまででしょう。連立を組むハングれ政党の正体もまた、半端ではない愚連隊で、その本年のやくざ性は明らかにされてきました。その意味では、まあ、この国は一瞬ではあっても、もっともあってはならない「衆愚」に政治を乗っ取られていたというのでしょう。でも、気に病んでも仕方がありません。俳聖も「やがてしぬ けしきはみえず せみのこえ」と、生者必衰の断りを詠んでいる。気が狂うほどの酷暑ですが、その一端には、すでに盛夏の衰えも始まっているとぼくには感じられるのです。

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「徒然に日乗」(1165~1171)

◎2026/07/26(日)酷暑の一週間だった。本日も、やや風があったとはいえ、とても蒸し暑い一日だった。▼お昼前に茂原まで買い物。昨日と同じSCに行く。日曜日だったが閑散としていた。▼午前中と午後に分けて、たまっていた燃やせるごみなどを焼却した。通販で用いられるダンボール類をはじめ、常に多くの燃やせる後もがたまりにたまるので、日時を限って処分することにしている。とても暑い炎天下だったが、何んとか予定分は処分できた。▼都内や近県ではものすごい雨が降ったが、当地は全く空振りだった。予報では明日は何とか一雨ありそうだが、酷暑の「中休み」になるような一雨がぜひとも欲しいものだ。▼午後8時から、ネット番組を見た。「NHKの『歪曲』を問う/私が映画「開戦前夜』を差止請求したわけ/総力戦研究所の真実」(Arc Times・https://www.youtube.com/watch?v=VHHV4FJeKEU))(この「NHK偏向」問題に関しては、後日「ブログ」で少しは丁寧に考察をしてみたいと考えている)(1171)

◎2026/07/25(土)日差しは強かったが、常に風があった分、比較的涼しい日だった。▼お昼過ぎに茂原まで買い物。いつもとは違うスーパーに行く。比較的閑散としていたのは、猛暑続きのせいだったか。▼国会閉幕。前代未聞の暴力的かつ猿芝居国会だったが、与党提案法案はすべて通過とは、いったいどういう国会だったのかという問題。日本の政治制度が音を立てて損壊していくさまが目に見えるようだったというべきだ。「ご破算でで願いましては」という、一言に尽きる。(1170)

◎2026/07/24(金)当地は昨日までとは異なり、やや気温も低く、それなりにしのぎやすい日となった。▼午前中に、市原のHCまで、猫の食料を買い出しに。帰宅した段階で、いつものネット通販の缶詰が届いた。(三巻セット×4(種類)×7(個数)=12,124円)猛烈な暑さの中、猫の食欲もやや落ちているかも。それでもコンスタントに生命維持に必要な分は食べてる。▼イラン戦争は出口が見えない長期戦になっているようだ。この先も混迷をさらに深めるだけだが、重油輸入国の日本経済は致命的な打撃を受けていくだろう。▼【独自】陸自情報部隊が「愛国心」など調査か 国内有識者ら対象に個人情報収集 数千人分、シビリアンコントロール逸脱も(熊本日日新聞 2026年7月22日 22:30)なんということか。やっていないはずはないと考えていたけれど、それにしても目に余る「治安維持」体制維持の違法作戦。ここまで野放図に戦前回帰に邁進している「軍部」とは何者なのだろうか。変わらないおかみ根性丸出しの、「敗戦後の憲法体制」を土足で踏みにじる行為とは。「陸上自衛隊中央情報隊(東京・埼玉、朝霞駐屯地)の対外情報部門「現地情報隊」が、日本人の大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、『愛国心』や『対自衛隊感情』といった思想信条の情報を組織的に調査・収集しているとみられることが22日、元隊員らへの取材や関係資料で分かった。本来は海外でのインテリジェンス(情報活動)を任務とする部隊が、明確な法的根拠なく国内での人的情報収集活動(ヒューミント)を担い、集められた情報は数千人分に上る可能性がある。活動内容は、防衛相をはじめとする政治家や官僚らにも知らされていないとされ、シビリアンコントロール(文民統制)を逸脱している恐れがある」(同新聞記事)(1169)

◎2026/07/23(木)劣島の燃焼は更に火勢を強めて燃え盛っている。本日は5地域だったかが40℃を超えたという。その一歩手前に至っている地域は数知らずといいたくなるほどの高熱劣島である。熱中症の疑いで搬送され、亡くなる人も出ている。不思議というか、何んということかと思うのは、こんな時期に、「祭り」「祈り」とは無縁になっている「祭礼」に血道をあげている地域があることだ。決して日本だけの現象ではなく、世界規模(グローバル)の問題となっていることに、政治家や経済人はもっと関心と責任を感じるべきだと思う。▼「日経平均66,422.60 +307.00 NYダウ52,218.58 -6.06 ドル円163.53-54 +0.60円安 NY原油91.03 +4.20 長期金利2.770 +0.035」(日経新聞・2026/07/23)(1168)

◎2026/07/22(水)劣島は燃えている。容易ならざる酷熱地獄がこの島を急襲している。連日40℃超が続くという異様な事態に、ぼくたちはなすすべを持たない。▼「日経平均66,115.60 -116.59 NYダウ 52,224.64 +385.38 ドル円163.06-08 +0.47円安 NY原油87.30 +2.96 長期金利2.735 +0.015」(日経新聞・2026/07/22)▼いよいよ国家の末期に来たようだ。経済財政破綻が目前に見えているのに、何ひとつ有効な政策が打てない(打たない)ころにまで追い込まれた。マーケットの信認はとっくに吹き飛んでいるにもかかわらず、「責任ある積極経済」という呪文を唱え続けている、能天気政権の命運が付きかけているのだ。(1167)

◎2026/07/21(火)命名して初めての「酷暑日」で、岐阜と愛知の三地域で40℃超え。めったにないことだったが、一日中エアコンをつけていた。朝方、少し触ってから、夜までパソコンを触らないままで過ごす。猛烈な暑さに、PCもしてやられた一日。ただ今、夜9時過ぎ、室温30.5℃、湿度67%。▼「日経平均66,232.19 +2091.07 NYダウ51,839.26 -307.16 ドル円162.72-74 +0.44円安 NY原油84.60 +1.37 長期金利2.720 +0.015」(日経新聞・2026/07/21)(1166)

◎2026/07/20(月)ほぼ酷暑水準に達していた一日だった。何もしないでいるだけで、心身が火照ってくる。▼朝パソコンをいじって以来、午後7時過ぎまでほぼ触らないでいた。こんなことは初めての経験。パソコンも罹患したと思われる「熱中症」の危機は、昨日からまったく触らないままで過ごしたことでもよくわかる。あるいは、これで何とか無事に復旧していくれるといいのだが、まずそんなことはあり得ないだろう。▼「日経平均64,141.12 -2694.42 NYダウ52,146.42 -406.55 ドル円162.39-40 +0.01円安 NY原油82.35 -0.14 長期金利2.705 -0.005」(日経新聞・2026/07/20)(1165)

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なにがなんでもなさねばならぬ

 【独自】陸自情報部隊が「愛国心」など調査か 国内有識者ら対象に個人情報収集 数千人分、シビリアンコントロール逸脱も 


 陸上自衛隊中央情報隊(東京・埼玉、朝霞駐屯地)の対外情報部門「現地情報隊」が、日本人の大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、「愛国心」や「対自衛隊感情」といった思想信条の情報を組織的に調査・収集しているとみられることが22日、元隊員らへの取材や関係資料で分かった。本来は海外でのインテリジェンス(情報活動)を任務とする部隊が、明確な法的根拠なく国内での人的情報収集活動(ヒューミント)を担い、集められた情報は数千人分に上る可能性がある。活動内容は、防衛相をはじめとする政治家や官僚らにも知らされていないとされ、シビリアンコントロール(文民統制)を逸脱している恐れがある。
 現地情報隊は、2003年からの自衛隊のイラク派遣で現地の情報が乏しかった教訓を踏まえ、海外で活動する目的で07年に新設された。朝霞駐屯地を拠点とし、関係者によると約50~60人の隊員が所属する。しかし実際は、隊員の大半が国内で市民の個人情報を収集しているという。
 熊本日日新聞が入手した資料などによると、調査対象とした大学教授らの氏名や経歴に加え、「対日本感情」「対自衛隊感情」「思想・信条」などが「個人BSD(ベーシックソースデータ)」という報告書に詳細にまとめられ、朝霞駐屯地内で少なくとも数千人分が保管・共有されているとみられる。元隊員の1人は「対象者に同意は取っていない。部隊内で活動の目的や法的根拠が示されたことはない」と証言した。
 収集された情報は個人の内心に踏み込むものだった。NPO法人代表の男性の報告書にあった「愛国心」の欄には、海外で中国人と間違えられた際に「徹底的に口論する」などと具体的な言動が記録されていた。
 調査対象は、海外事情に精通した有識者が多く、その人物が情報源として利用可能かどうかを見極めるため、現地情報隊が思想的な選別を実施していたとみられる。調査対象となった男性大学教授は熊日の取材に「自衛隊員と名乗る人物が接触してきたことはあるが、まさか個人情報が収集されていたとは想像しなかった。情報収集には全く同意していない」と話した。
 防衛省は「(熊日の)取材の前提となっている市民の個人情報収集については把握していない。事実確認に時間はかかるが、何らかの対応は行いたい」とした。
 東京都立大の木村草太教授(憲法学)は「収集される情報の利用目的が特定されていない上に、センシティブな情報を適正に管理できているかも疑問だ。内心を探ることは思想弾圧にもつながり得る。探知の段階でコントロールをかける必要がある」と指摘した。(植木泰士、小山智史、迫田真帆)(熊本日日新聞・2026/07/22)(https://kumanichi.com/articles/2016458)

*【独自第2弾】「性的嗜好」や「異性関係」の項目も 陸自部隊による情報収集 日本人大学教授ら対象(熊日新聞・2026/07/24)(https://kumanichi.com/articles/2016919)                                                                *【独自第3弾】陸自部隊、身分隠し情報収集か 開示程度4段階で運用 国内有識者ら対象 愛国心など調査(熊日新聞・2026/07/24)(https://kumanichi.com/articles/2017413

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⁂「週のはじめに愚考する」(130)~ 対米従属国家体制をもって国策(国体・国柄というらしい)と任じている政治家には、何よりも「米国による承認(米から◎をもらうこと)」が不可欠の自己存在証明になる。早く、自衛隊の海外派遣に関しても、米国の強力な圧力を日本政府にかけるように外務省が要請していたことが判明しています。米国の威を介りて、国内抵抗勢力を抑え込むということだったでしょうが、今回の熊日報道には、それらと通底する売国奴根性がにじみ出ていると思います。現段階では、熊日の「独走」ですが、おそらく、この情報源は極めて信頼に足るものとみていいでしょう。国を守る(国民を守るのではない)ための防衛・攻撃組織が、国民の思想信条をフィルターに欠けるように収集していたということに、さして驚きはないといえば、どうでしょうか。この時代にあって、そんなことは許されないという人がいるかもしれませんが、秘匿されるべき情報を盗むのがかかる機関の任務とあれば、いついかなる状況下であっても「個人情報」の収集は確実に行われていた・行われているでしょう。(「公序良俗」の維持という醜名の下、公安庁なる組織は、昼夜を問わずに暗躍しています)

 熊日新聞報道を受けて、防衛大臣は「現地情報隊の情報収集の詳細については、情報収集能力を明らかにする恐れがあるためお答えを差し控えますが、現時点で不適切な活動を行なったことは確認されておりません」と閣議後の記者会見で(作成された答案を読んで)述べた。(07/24)また、官房長官は「個人データをまとめた報告書の存在についてですが、報道にある文書が防衛省から公表されているものではないと承知しております。そういった報道を前提としたご質問について、お答えすることは困難ですが、小泉大臣は今日の会見で、現時点で不適切な活動を行なったことは確認されていないと述べておりますので、それ以上の詳細については防衛省でぜひお尋ねいただければと思います」(同日)と、極めて無責任かつ不誠実な無回答答弁をしています。卑劣(cowardliness)ですね。「憲法違反」の疑いが極めて濃厚であるとされる情報収集活動の実在をつきつけられて「現時点で不適切な活動を行なったことは確認されておりません」というしか言いようがなかった防衛大臣の記者会見が、ことの深刻さを示しています。いわゆる「文民統制(シビリアンコントロール)」をコントロール(骨抜き)する手法が確立され、それに関して「文民」は一指も触れられないままであることが明らかだからです。

 事態がどのように推移するのか、現時点では断定的なことは言えませんが、確実にこの国も社会も、あらゆる局面で「タガが外れている」ということだけは指摘できるでしょう。「日本劣島を強く豊かに」という現内閣のキャッチコピーは、一朝事あれば、果敢に立ち上がり、相手国を完膚なきまでに倒すことによって、国家の力を世界に見せつけるというもの(願望図)だったという、笑うべき構図が透けて見えます。こんなことを言えば「荒唐無稽」と笑われるでしょうが、「ある国と一線を交える」ことを、アメリカも認めているのだという「確信(夢想)」が権力者の中にあるのでしょう。戦争(殺戮・殺傷)武器を生産・輸出してまで「戦争」への執心をにじませながら、様々な画策を講じているのが、現内閣をはじめとする諸権力の姿態(実態)でしょう。この時、最も有力な補完勢力になるのが「マスメディア」であるのは否定できません。「戦時体制」は、ある日突然敷かれるのではなく、何気ない「平常時」にひそかに、あるいは声高に準備されているのです。(ヘッダー写真は「二・二六事件当日の一景色(場面)」)

 「皇紀2686年」を期して、もろもろの「先祖帰り」法案が同時に成立したのは偶然ではないでしょう。「男系男子による皇位の継承」を実現するための皇室典範の改正、国旗損壊罪法、その他の「報本反始*」的体制づくりに資すると権力者が考える目途は、法的な面では揃えられたといえます。さらには防衛力の格段の強化のための諸整備も、米国の使嗾(しそう)による総額20兆円になろうとする防衛費の増額に突き進んでいる現状に照らせば、あとは「兵力の充足」を満たす一歩が残されているのみといえます。

*「《「礼記」郊特牲の「本に報い、始めに反(かえ)る」から》自然や祖先の恩恵に報いるという道徳観を示す語。日本では幕末より第二次大戦まで、祖先信仰と国家神道推進のため政府により盛んに鼓吹された」(デジタル大辞泉)

 つまりは「徴兵制」の導入です。AIやドローンによる戦争時代といえども、最終局面は人海戦術が不可欠だとするなら、あるいは「18歳以上60歳未満の成人男女」の招集は、もう一歩のところまで来ているとも言えます。つまりは、「何んとかに権力」というべきか、まじめに「戦争できる国」を目指してシャカリキになっているのが、現実の政治だというべきです。その半面で、とても正気(本気)だとは、ぼくには思われないのも事実いです。「大政翼賛会」体制は、すでに出来上がりつつあります。残るは、政治に背中を向ける不満分子の追跡・追捕であるでしょう。(「少子高齢化」問題は横においては置けないんですが)

 明治維新があり昭和維新も叫ばれました。今日では、待望久しい「令和維新」が企図されているのです。「邪魔者は消せ」とばかりにもろもろの「旧体制づくり」が急がれている。「バカも休み休みに言え」というほかありません。

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