All’s well that ends well.

 昨日の国会審議を聴いていて、「あれっ、誰も何とも云わないな」「気が付かなかったのかな」「それとも何も問題がないと思っているのかな」、そんな疑問が一気に湧きました。皇室典範改正問題の「まやかし・マヤカシ」を問われた首相が「今上天皇は云々」と語った時、ぼくの耳には、はっきりと「こんじょう(今上)天皇」と聞こえた。この人はこれまでにも「こんじょう」と発音し、何かと話題にされていました。「こんじょう」が間違いだというのではありません。それは果たして、特定の主義や思想的立場に独特の読み方なんでしょうか。同じようなことかどうか、この首相は「日本」を、あえて「ニッポン」と発音します。誰も彼もが「ニッポン」派ではなかろうし、むしろ「ニホン」という読み方が定着しているような、そんな感想をぼくは持っている。

 西暦を忌み嫌って、「元号」で押し通す一派があります。ぼくは、いつもは「西暦」派です。その昔、「元号」を使っていて、批判(非難)されたことがありました。今でも概ね役所は「元号」を強いるようですが、了見が狭いですね。これらは「天皇制」支持派と固く結びついているのかどうか、調べたことはない。でも、同じ「事柄」を指すのに、いくつかの呼び方があってもおかしくはありませんけれど、どういう読み方・使い方をするかで、今の場合でいうなら、「天皇制」支持派だとか、反対派だとか言うのも、いかにも不便だし、不自由であると、ぼくなどは考えてしまいます。

 「今上」を「きんじょう」と読もうが、「こんじょう」と読もうがどうでもいいようなものですね。でもその読み方には、ある種の「価値観(implication)」「世界観(worldview)」が入っているとするなら、読み方の問題を超えて、別の次元の問題(政治的)を呈するのではないでしょうか。この問題に関しては、いずれゆっくりと愚考を披歴していきたいと思っています。微妙な問題であると同時に、歴史上の経緯を踏まえれば、単純な話でもあるといえそうです。こんな例はいくつだってありますよ。(ヘッダー写真は「終わりよければ全てよし」の表紙。「『終わりよければ全てよし』(おわりよければすべてよし、All’s Well That Ends Well)とは、ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲である。1603年から1604年ごろに書かれたと推測されている」Wikipedia)

 それはともかく、いくつかの疑惑が掛けられていた首相が国会審議の場から逃げ回っていたかに見えましたが、会期も詰まってきて、いよいよ逃げ回れないと観念したか、国会の場に戻ってきて、その審議の場面を、昨日聴いたのですが、逃げ回っていた割には、疑惑解明の方策を練っていたとは見えない答弁ぶりだったのには、改めて、「一日も早い辞任を」というほかありません。ごちゃごちゃ質問攻めに遭うのは嫌だから、奈良の秘書の「陳述書」で回答に代えたいと国会で明確にに答弁していた(6月22日)にもかかわらず、「陳述書」を出して、それで国会の質疑を逃れるつもりはないと昨日は語っていた。前言を翻すというのですね。「陳述書」という、考えようもない愚策・奇策に対して、無理筋だと「目が覚めた」のだったかどうか。それにしても頭も悪いし、根性も悪いと、ほとほと感じ入ってしまいます。

 以下、久しぶりに「天声人語」を読んでみました。(もちろん、月々なにがしかの代価を支払って、です)そして、「それは昔のそれならず(It is not the column what it used to be.)」でしたね。長い長い時間が確実に流れていたのですから、それをどうこう言いませんが、最近(この二十年ほど)の「天声人語」はほとんど、「人声人語」に近くなっていると、ぼくはほとほと痛感するのです。「天声」とは「1 天が人に伝える声・言葉。天の声。2雷鳴。転じて、大声。また、名声」(デジタル大辞泉)とあります。コラム「天声人語」の場合は、どれに当たるでしょうか。また「人語」は「1 人間の言葉。2人の話し声」(同前)と解説されています。これもまた、どれに当たりますか。

 いずれにしても「皇室典範」改正論の経緯とその帰結は「お粗末に過ぎる」という指摘は確かであって、この点では「天声人語」氏にぼくは同調します。各党の意見を集約し、得た結論は「立法府の総意」とまで語りつつ、出てきた案はそれとはまったく趣旨を異にしていたし、その「(偽物の)立法府の総意」を受けて閣議決定された「政府案」もまた、勝手な文言や付録を点けている始末で、やることなすことが「最低・最悪」の域を出ていないのですから、話にならない。

 「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」(日本国憲法)、「改定案は、ここに抵触し違反しているのは明らかですから、議案としてはふさわしくないとしなければならないでしょう。首相は「立法府の総意」として受け取った、それを尊重して法案提出を決めたと、おかしなことを言う。「立法府の総意」ではないと、公開の場で明かされているのに、「立法府の総意」であると(勝手に)誤読するのは、どう考えてもよくないでしょう。まして、それは「国民の総意」ではないことは明らか。首相は「今上天皇の意見」をも完全に無視しています。彼女は「天皇制」は大賛成ではあるというものの、「天皇個人」は無視している風が明確にみられます。それは「国家」は重んじるが、その姿勢は、「国民」を軽視・無視するのに重なります。それを何というのでしょうか。「形式主義」、あるいは「観念主義」とでも言っておくか。国会議員は有権者によって選ばれる「国民の代表」ではありますが、その国民には様々な意見や批判がある、その国民の「代表」ですから、一色ではないし、異見が存在するのは当たり前の話。

【天声人語】丙午と天皇ご一家 丙午(ひのえうま)の2026年も半ばを過ぎた。「この年生まれの女性は気性が荒い」などの迷信も過去の話で、少子化に歯止めがかかればいいと願う。だが出生数はまだ下がるのではないか。そんな暗い気持ちになるのは、皇室典範改正を巡って聞こえてくる発言がどれも時代錯誤だからだ▼盆や正月に親族が集った時のような居心地の悪さを感じる。「跡継ぎは女じゃダメだ」「いなければ養子をもらえ」。とにかく男、男、男▼改正案をまとめた議員は、一般家庭の話ではないと言うだろう。ただ戦後の皇室の姿が、国民の家庭観に影響を与えてきたのは事実だ▼皇太子(今の上皇さま)は1959年、旧華族ではない美智子さまと恋愛結婚した。「ミッチーブーム」をみた政治学者の松下圭一は、皇太子を「新憲法のシンボルとなった」と論評した。皇室が畏怖(いふ)の対象から大衆の憧れになったとして、家父長制ではなく夫婦同権の家庭こそが存在理由になるとも指摘した▼かたや86年の男女雇用機会均等法施行の後に新卒入社した女性たちは、同年代の雅子さまに、家庭か仕事か選択を迫られる自らを重ねた。女性だけに忍従を強いる家族像のほころびを見いだす識者もいる。だが国会の議論はむしろ復古に逆回転している▼皇室は、象徴のあり方を模索してきた。憲法を守り、平和を祈るご一家の姿に、国民の多くが敬愛の念を寄せる。皇室典範改正を急ぐ政権にはその歩みを方向修正させたいとの底意もあるのでは。勘ぐりすぎだろうか。(朝日新聞・2026/07/07)

 今の政治家に「天皇制」を弄(いじ)らせるとろくなことにはならない、ということだけははっきりしたと思います。「男系男子」以外は、罷りならぬと、どうして君たち(法案の提案者)が言えるのか。この時代に、あからさまな「男尊女卑(male domination of women)」を押し通す、その無神経には赤面するほかない。恥ずかしいことです。

 (ぼくは「天皇制」には反対する人間です。理由は単純。「第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。②華族その他の貴族の制度は、これを認めない。(以下略)」(同上)、現行天皇制においても、この視点を重視することが何よりでしょう。「天皇」と雖(いえど)も、人権(自由に発言する権利)は尊重されなければならないし、その名誉もまた尊重されなければならないのは言うまでもありません。現行「天皇制」下の「皇族」には、憲法で規定されるもろもろの「権利規定」が及んでいないので、(憲法や皇室典範において)それを変えることが何より優先されるべき事項でしょう。

 今回の「皇室典範」改正法案は、ともかく無条件に廃案とすべきですね。

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 昨日付「素粒子」の「第三項目」の「松下政経塾云々」は、言う必要のない文言ではないでしょうか。学ばなかったのはこの人(首相)の方だったかもしれないと、ぼくは思う。あるいは「嘘のつき方」も同政経塾のカリキュラムに入っていたとは思われません。この塾出身の政治家や、その界隈の人間を幾人かは知っていましたが、誰もが嘘つきだったり、物事の優先順位の付け方を知らないとは思われませんでしたから。ひとえに人物の「性格」「性情」「知性」「愚鈍性」によると、ぼくには思われるのですよ。疑惑追及に窮して、逃げ回るのに疲れてかどうか知りませんが、ついに国会に出て来る羽目になっても、相変わらず「嘘吐き」のままでしたから。「少数意見の尊重は教わっているといいけれど」と、野暮なことを言うのが「素粒子」さんです。もっと単刀直入に、「引き際の美学」を提示されたらどうでしょうか。「つべこべ(四の五の)言わず、お辞めなさい」とか。

【素粒子】
大学生向けの塾がある、とデジタル版の記事にある。幼児教育の塾はとうにある。就活塾や、社会人向けの英会話教室もある。最後には、終活セミナーの用意まである。一生塾行く、塾育ニッポン。
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 塾に通うと安心なのはわかる。けれども大学の4年間くらい、わからなさを味わうのも悪くない。
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 松下政経塾では優先順位の付け方を学ばなかったのか。寝る暇もないからと答弁を避けた人が、宝石が似合う著名人の表彰式には喜々として出席する。少数意見の尊重は教わっているといいけれど。(朝日新聞・2026/07/06)

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インフレ増税も、一つの政治だって

【卓上四季】円安を写す 若年層を中心に人気が再燃しているという。使い切りカメラの「写ルンです」のことだ。スマホなどに押されていた時もあったが、現像までのわくわく感やデジタルにない画質が受けているとか。富士フイルムが20年ぶりに新商品を売り出すというから驚きだ▼ちょうど40年前の1986年7月に発売された。カメラではなく世界で初めての「写真の撮れるフィルム」という発想で開発され、17億本を売る大ヒットに(「日本のものづくり遺産Ⅱ」)。国立科学博物館の未来技術遺産に登録された▼40年前と現在は円の水準が同じである。先週は162円台をつけた。もっとも80年代後半は日本経済が強い時代で円高が進行している時だった▼その後バブル景気に突入し、はじけてからは長期低迷に陥った。残念ながら今は下がっている局面で行き着いた円安である▼高市早苗政権は「強い経済」をしきりに訴える。だが弱い円のままで実現できるだろうか。近く決定する骨太方針では人工知能(AI)や防衛産業など17分野に、官民で370兆円投じる目標を掲げる。財政規律なきバラマキとみなされれば円安はさらに進み暮らしへの打撃はますます深刻になる▼強くなくても、無理に最先端を追わなくてもいい。得意のものづくりを伸ばす環境を整えることこそ成熟国家にふさわしくないか。(北海道新聞・22026/07/06)

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 ほぼ毎日のように買い物に行く。好きだからではありません。何かと買うものが出て来るからで、そのつど街中のスーパーに出向く。圧倒的に多いのは毎日の食料品であり、これも一日も欠かせない猫の食料品です。事、食料品に限ってみても、一年前よりもかなりの値上げになっていることを実感しますし、猫の缶詰類に限って言えば、おそらく軒並み、5割以上の値上げということになっていると思う。ぼくもかみさんもどちらもマメな方ではありませんから、いわゆる「家計簿」の類は一切付けたことはないので、細かい数値は出せないけれど、肌感覚で、物によっては2倍などというものもいくらもあります。

 ぼくは日本茶が大好きで、それも何十年と同じ銘柄の同じ種類の商品を買っています。買い出したのは二十年も前くらいですから、この間の物価上昇も平均すれば大したことはないのでしょうが、少なくとも、この1~2年に限定してみれば倍になっていると思われます。仮に他の商品も同じような値上げがされていたとするなら、毎日の食糧費負担増は大変なものになるはずです。また、猫の缶詰類なども、この2年間で、軽く2倍に値上がりしています。なけなしの生活費が、あっという間に底をつく、そんな明け暮れを余儀なくされているのです。

 国家の財政・予算などに興味を持ったところで、当方で如何ともできないわけですから、端(はな)から無関心かというと、けっしてそうでもありません。当然のことですが、納税者の意識がぼくにはありますから。たとえば、本日の北海道新聞コラム「卓上四季」に描かれていることに関して、ぼく自身も普段考えている通りのことが指摘されていると読めました。「高市早苗政権は『強い経済』をしきりに訴える。だが弱い円のままで実現できるだろうか。近く決定する骨太方針では人工知能(AI)や防衛産業など17分野に、官民で370兆円投じる目標を掲げる。財政規律なきバラマキとみなされれば円安はさらに進み暮らしへの打撃はますます深刻になる」という、無能政府の大風呂敷ぶりです。いかなる成算もなく、机上の空論を作り上げて「2040年までに、17分野320兆円」を積み上げただけでしたが、はたして官民一体事業で成功の見込みがあるのでしょうか。これまでにあったでしょうか。ことAIに限定してみると、米国GAFAだけでも投資額は年間で50兆円、次年度は80兆円と言われています。数年先も読めない、様変わり分野に、十五年先の見取り図が書けるはずもない、これまた出鱈目ぶりというほかありません。

 最近の円安と長期金利の上昇は、この国の経済をさらに窮地に追い込むばかりです。つい数日前には円安は163円近くに下落し、長期金りは2.8%まで上昇しました。また、少なくとも食料品の物価上昇率はおそらく、ぼくの肌感覚では10%近くに上っているように感じます。ことさらに「増税」を実施しなくても、物価高騰による消費増税が顕著になっていますし、政府はそれをいいことに「物価抑制」の方向を探ろうとはしないままで、増税分の水増しで、対GDP比率で国債残高の割合が減少していることを最大の成果のように見せつけています。まさしく、詐欺師の手法。

 25年度の税収84・2兆円、6年連続で過去最高に…物価高や賃上げで消費税・所得税増える 2025年度の国の一般会計税収が84・2兆円程度となり、初めて80兆円を超えたことが2日、政府関係者への取材で分かった。物価高や賃上げなどによる影響で、消費税や所得税の税収が増加した。
 政府が補正予算案を編成した昨年11月時点では、25年度の税収を80・7兆円程度になると見込んでいたが、3・5兆円程度上振れした。24年度の75・2兆円から9兆円の増で、6年連続で過去最高を更新した。
 毎年度の税収は、3月期決算企業の法人税などが入る5月分までが集計対象となる。財務省は近く25年度分を発表する予定だ。
 所得税は、24年度から4兆円増の25・3兆円となった。基礎控除などの見直しで「年収の壁」が103万円から160万円に引き上げられ、多くの人にとって減税につながる一方、減収分を賃上げなどによる増収分が上回った。堅調な企業業績を背景に法人税収も前年度を上回り、21・7兆円に上った。消費税収は26兆円となった。(読売新聞・2026/07/02)

 24年度と比較して25年度の税収増は9兆円とされます。上掲の読売新聞記事によると、「25年度の税収84・2兆円、6年連続で過去最高に…物価高や賃上げで消費税・所得税増える」とあります。経済成長が著しく進んだ結果の「税収増」でないことは明らかでしょう。「積極財政」という、税金の使いまわしによる「税の迂回」を繰り返しているだけではないでしょうか。いずれ、このような「からくり」がだれの目にも通用しなくなる時が来る、その時期は直前にまで迫っていると、ぼくなどは感じています。日銀は、従来、「物価の番人」と称されていましたが、今では「株価の番人」という、中央銀行の成れの果ての無残です。故元総理は「日銀は政府の子会社」と嘯(うそぶ)いたことがありましたが、事態はさらに深刻の度を加えているように見えます。「金利を上げるな」と政府から脅されているとしか考えられなような、無責任な「財政運営」ですし、このままでは日本の国債は、さらなる投げ売りに遭うでしょうし、円安は170円はおろか、200円まで行くだろうという恐ろしい予想を隠さないアナリストが一人や二人でないことは何を意味しているのでしょうか。

 「強くなくても、無理に最先端を追わなくてもいい。得意のものづくりを伸ばす環境を整えることこそ成熟国家にふさわしくないか」と「卓上四季」氏は虚しいことを言われます。もうその時期はとっくに過ぎたでしょう。どう転んでも、あるいはいかに逆立ちしても「経済再生」は、この島国ではありえないことを認めるべきです。「夢よもう一度」という、その「夢」は、ぼくに言わせれば「悪夢」の再来にしか思われないんですね。ぼろぼろになった、素寒貧状態から、果たして立ち上がれるかという、その可能性・選択肢はありません。否も応もなく、「泥をかぶって再出発」するほかに道はないようです。そんな危機そのものに置かれているのに「国旗損壊罪」だの「皇室典範」だの、「副首都法案」など、なんという寝言を言うものかは。「少子高齢化」というのは、いわば自然現象です、仇やおろそかな人為的手法で何とかなるようなものではないでしょう。

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「徒然に日乗」(1144~1150)

◎2026年07月05日(日)梅雨前線が劣島南海上に張り付いているせいもあって、九州熊本・長崎地方では「線状降水帯」発生。このところ、台風(9号、10号)が連続発生し、今のところ、劣島への影響は限定的だそうだが、台湾などへの直撃コースをたどっている。▼本日は終日自宅に。ほんの少し敷地の外部分の除草をやった。新しい刈払い機は、どうやら不十分(貧弱)なものだったようで、少し草深い場所では一気にバッテリー電源が落ちるのだ。(1150)

◎2026年07月04日(土)終日、曇天。台風9号が急激に勢力を強めて西進中。劣島への影響は避けられそう。▼長期金利が高騰。円安も160円近くに張り付いたまま。物価高騰は進行中。詰まりは「インフレ増税」という経済運営ならぬ、惰性政治をしている政府財務省の政策に大問題あり。石油不足と相まって、一気にか、徐々にか、経済破綻が生じるだろうと思う。(1149)

◎2026年07月03日(金)曇りがちの一日。新たな台風も発生。九州方面では「線状降水帯」が続発し、その被害が方々で生じている。▼午前中に茂原まで買い物に。毎日のように感じるのだが、「インフレ増税」が勢いを失わないで促進している。聞くところによれば消費物価の高騰による増税分を含めて、前年度より9兆円も水膨れしたという。見せかけのGDP拡大によるまやかしを本格的に採用している亡国内閣だ。一日も首相辞任の早からんことを。「日経平均69,744.07 +1010.92 NYダウ52,900.07 +594.83 ドル円161.13-14 -0.30円高 NY原油68.21 -0.48 長期金利 2.780 ±0.000」《「骨太ショック」国債揺らす 長期金利3%視野、財政リスクに市場警鐘 日本の債券市場が動揺している。長期金利は節目の3%が視野に入る。「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案をきっかけに、積極財政に傾く高市早苗政権へ市場が警鐘を鳴らしている》(日経新聞・2026/07/03)(1148)

◎2026年07月02日(木)終日、曇り時々小雨の一日だった。▼午前中に買い物で、あすみが丘のスーパーに出かける。これまでは猫缶購入に出かけていたが、品物が売られなくなったので、行かなくなった、本日は久しぶりの買い物。相変わらずの雰囲気で、何処も同じ物価高。こちらの方が深刻に思われた。▼国会は末期症状を見せている。国旗損壊罪、皇室典範改正案、その他、重要法案が目白押しだが、与党だけの審議(ではないのだが)が進んでいる。▼「日経平均68,733.15 -1741.81 NYダウ52,305.24 -13.96 ドル円161.15-21 -1.52円高 NY原油67.20 -1.38 長期金利2.775 +0.075」(日経新聞・2026/07/02)(1147)

◎2026年07月01日(水)今年も半分が過ぎた。また台風が同時に二つ発生したという。梅雨前線の影響もあり、とても蒸し暑い一日。▼午前十時に自動車のバッテリー交換のために修理工場に行く。およそ一時間足らずで終了。近年のバッテリーは2~3年で寿命だとか、よくわからない理屈。▼ただ今、夜の9時過ぎ。室温26.4℃、湿度80%。▼「日経平均70,474.96 +412.64 NYダウ52,319.20 +136.46 ドル円162.69-70 +0.44円安 NY原油69.16 -0.34 長期金利2.705 +0.025」(日経新聞・2026/07/01)物価高と円安のコンビネーションを財務や日銀は放置したまま、それが内閣の方針だとして、米国は横目で見るだけなのか。(1146) 

◎2026年06月30日(火)本日で6月は終了。1年の前半の終わりだ。この国の政治にほとんど見るべきものがないままで、だんだんに国の形が崩れてゆくのを目の当たりに見ることになっている。こんなに無能なのに、開き直り、虚言を吐き、民衆の人権を大事にしないどころか、ほとんど歯牙にもかけない総理大臣、こんなのを国民は望んだのだとすると、「マゾ」の世界を見るばかり。選挙に失敗はつきものだからこそ、そのための民主主義教育だったにもかかわらず、その逆を行くことになってしまったのだ。▼午後には、昨日予約しておいた車のバンパーの修理のために工場に。希望通りに修復してもらったが、その際に、今搭載しているバッテリーが寿命だといわれた。明日、新しいバッテリーと交換の予定。現在の走行距離が9万4千キロ。次回の車検時にはおそらく10万キロを超えるだろう。その段階では廃車にするかも。「「日経平均70,062.32 +594.21 NYダウ52,182.74 +306.63 ドル円162.41-42 +0.59円安 NY原油70.96 +0.21 長期金利2.670 +0.040」(日経新聞・2026/06/30)(1145)

◎2026年06月29日(月)すっきりしない天気で、きわめて湿度は高かった。▼茂原まで買い物に行く際に、拙宅前の舗道に一本の笹竹が垂れ下がり、道をふさぐ格好だったので、竹を切る道具を取るためにバックしていた際に、道路わきのブロックにバンパーをひっかけ、外れてしまった。不注意ミスで、早速修理の問い合わせをし、明日の昼過ぎに予約を入れてもらった。大事にならないように依頼したが、さてどうなるか。▼家の猫に毎月のフロントラインを服用させているのだが、まだ5匹ばかりが残っている(6月分)。マダニの被害が各地から報じられているので、気を抜くわけにもいかない。他所の猫が3匹、朝夕食餌を取りに来る。なんとか、喧嘩をしないでくれるといいのだが。▼「日経平均69,468.11 +107.23 NYダウ51,876.11 -44.51 ドル円161.88-89 +0.26円安 NY原油70.07 +0.84 長期金利2.635 +0.040」(日経新聞・2026/06/29)(1144)

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風鈴の夜陰に鳴りて半夏かな

【春秋】梅雨空の新宿御苑の水辺で、ハンゲショウの群生がかわいらしい花をつけていた。いま時分、葉の半分ほどが白みを帯び、緑との涼やかなコントラストをみせる。名の由来はその白が半身の化粧のようだからとも、色を変えるのが7月初旬の半夏生の頃だからともいう。▼去年は6月のうちから記録的な暑さが続き、東京では半夏生も待たずに史上最も早く梅雨が明けた。今年はうってかわってこの時期らしい空模様と思っていたのだが、この先は暑さが勢いを増してくるようだ。気象庁によると近畿や東海、北海道などでは「この時期としては10年に1度」の著しい高温の恐れがあるという。▼異常な熱波が襲ったのが欧米だ。スペインやフランスでは千人単位の死者が出ている。高気圧が暖気をとじ込める「ヒートドーム」が元凶という。名前だけで熱が伝わる気がする。建国250周年を祝う米国でも屋外イベントの中止などが報じられ、人工知能(AI)と冷房が電力を奪い合うような構図も指摘されている。▼昨今の日本でも多い年は2千人超が熱中症で命を落とす。異常が日常になりつつあるのだろう。半夏生は田植えを終える目安で、疲れた心身を休める風習が伝わる。「朝の虹消えて一ト雨半夏生」酒井黙禅。今年は40度以上の日の新呼称「酷暑日」も登場する。冷却グッズでも探しに出かけてみようか。炎夏はすぐそこだ。(日経新聞・2026/07/05)

⁂「週のはじめに愚考する」(126)~ 「風鈴の夜陰に鳴りて半夏かな」(飯田蛇笏)半夏(はんげ)とは多年草植物「からずびしゃく」のことである、と同時に七十二候の一つ。面倒だから「半夏、生(しょう)ず」を「半夏生」と言ってすましたようで、なんとも煩わしい次第です。加えて、「半夏」は仏教語でいう「夏安居(げあんご)」とされ、僧が夏の一定期間、修行のために一所に籠り続けることを指して言う。ヘッダー写真「ハンゲショ」というドクダミ科の多年草です。拙宅にも白い顔をのぞかせています。別名は「かたしろぐさ」「みつじろ」などなど。

 拙宅の荒れ庭は、自称、「蕺苑(どくだみえん)」と勝手に名づけていますから、ドクダミもハンゲショウも今を盛りに咲き誇っています。その昔は、この花が咲くころには「田植え」は終わっているとされていましたから、一種の暦(目安)の働きでもあったでしょう。近所の田んぼでは早苗(奈良出の悪女ではない)が成長し、色濃く背丈も伸びて風にそよいでいます。昨日が第一回目の「小型飛行機・ドローンを使った農薬散布の日」だったようで、さらに半月後くらいにもう一度行われると、田んぼわきの看板が知らせていました。「危険につき、近寄らないで」とありました。

 猛烈な熱波襲来、台風の突撃を直前に控えて、「風鈴(ふうりん)の夜陰に鳴りて半夏(はんげ)かな」と詠んだ蛇笏先生は、いつの時代の、何処の地域の人だったんでしょうか。

◎ 飯田蛇笏(いいだだこつ)(1885―1962)= 俳人。本名武治(たけはる)。別号山廬(さんろ)。山梨県東八代郡境川村(現、笛吹市)生まれ。1905年(明治38)早稲田大学英文科に入学。早稲田吟社に参加し、『ホトトギス』や『国民新聞』俳壇に投句した。在学中に若山牧水との交友を保ち、後年『創作』に作品を寄せた。1909年一切の学業を捨て家郷に帰り、田園生活に入る。1912年(大正1)高浜虚子が俳壇に復帰するや『ホトトギス』雑詠欄に出句し、「芋の露連山影を正しうす」等の句により巻頭を得る。1917年『キラヽ』を改名した俳句雑誌『雲母(うんも)』を主宰し、没年まで選句した。『山廬集』(1932年、雲母社)、『白嶽(はくがく)』(1943年、起山房)等の句集を通じて格調高く雄勁(ゆうけい)重厚な句風を展開した。随筆集や評論・評訳の著書も多い。第二次世界大戦で長男と三男を失い、次男も病死という逆縁の悲しみを背負いつつ俳文学の精神を貫き、その遺志は四男の龍太(りゅうた)によって継承された。(日本大百科全書ニッポニカ)

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 世界のいたるところでは「危険ですから近づかないでください」と停止線が張られている場所ばかりの状況にあります。この国では、国会は「審議なし」の状況が続いています。各種委員会審議から首相が逃げ回っているのは、理由があるからで、疑惑満載の議員活動を続けながらの首相務め。最後の尻めくりは、前代未聞の、秘書が書く「陳述書」を答弁に替えると、もう通常国会は終わった気分になって「ベストドレッサー賞」だとか。「馬子にも衣装」というのでしょうか。大した「売国の徒」というほかない「食わせ者」ではないですか。自分では盟友と片思いしている米大統領は「建国250年」は自分がもたらしたという、歴史の改ざんを堂々とやっては一人で気を吐いているのですが、国民にしたら、たまらない瞬間の連続だろうと思う。(右写真「金曜日、ワシントンDCのナショナル・モールで開催されたグレート・アメリカン・ステート・フェアで、「イベント延期」の看板が掲げられた」:https://www.bbc.com/news/articles/cevlkzer7vdo

 コラム氏が書かれているように、フランスなど、欧州では「余りの高温」で死者が驚くばかりの数に上っているらしい。ひと夏ではなく、わずかばかりの期間で千人、二千人を数えるというのは、まさに狂気の沙汰でしょう。科学・技術文明の頂点を誇る時代に、熱波で人命が奪われるというのはどういうことでしょうか。いよいよ地球そのものが大気圏も含めて、恒常性を維持する機能を失っているという証拠になりませんか。地球温暖化、気候変動、表現はさまざまですが、必要以上に人間の諸活動が地球圏の自然環境を破壊している、偽りのない現象の表れ、それが異常気象となって人間をはじめとする地球上のあらゆる生命の危機を呼び込んでいるということです。(写真左「熱波のためワシントン記念塔が閉鎖」:https://www.bbc.com/news/articles/cevlkzer7vdo

 《フランス、イギリス、スペインで記録的な高温を観測、西ヨーロッパは熱波に見舞われる 西ヨーロッパを襲った熱波により、前例のない気温上昇が相次ぎ、フランスでは観測史上最も暑い日を記録し、イギリスでは6月の記録的な暑さとなり、スペインでは1950年以来最高の平均気温を記録した。/数千万人が猛暑に苦しんでおり、パリでは気温が41度近くまで上昇し、ヨーロッパ大陸の広範囲で猛暑警報が発令されている。/フランスの全国気温指標(数十か所の昼夜平均気温)は水曜日に30℃に達し、1947年の観測開始以来最も暑い日となった。/国土の半分以上が依然として猛暑警報(赤色警報)下にあり、西部では数万世帯が停電している。》(BBC・2026/06/25)(https://www.bbc.com/news/articles/c78y4102n1zo

 たぶん、各国・各地の今夏の高温はこれまで以上になることが早くから予想されていた、その通りになるでしょう。もちろん、我が国も例外ではありません。イラン攻撃に始まった戦争の終結は見いだせないままで、石油高騰と、その不足が大いに懸念されている中で、ぼくたちは「暑い、暑い、暑い夏」を迎えています。地球はまるで「高温で熱せられたフライパン」状態にあり、無辜数千万、数億の民衆が、そのフライパンの中で炙(あぶ)られ、炒(いた)められ、また、大釜の熱湯の中で煮沸されているんですね。果たして、かかる絶体絶命の危険な罠(トラップ)から逃れることができるのでしょうか。

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◎ はんげ‐しょう‥シャウ【半夏生】〘 名詞 〙① ( 半夏(カラスビシャク)が生える頃の意 )七十二候の一つ。夏至の第三候。夏至から一一日目で、今の七月二日頃にあたる。この日には毒気が降るといっていっさいの野菜を食べず、また竹節虫を生じる時だといって竹の子を食べないなどの俗習がある。はんげ。《 季語・夏 》 ドクダミ科の多年草。本州から沖縄にかけての低湿地に生え、観賞用または薬用に栽培されることもある。高さ〇・六~一メートル。全体に一種の臭気がある。葉は長楕円形で基部はやや耳形になり長さ約一〇センチメートル。七月、茎の上部に下半部が白い葉を二~三枚つけ、そのわきから淡黄色の花弁のない小さな虫媒花を密生した花穂をたれる。茎・葉を胃腸・袪痰(きょたん)薬に用いる。和名は、半夏生の頃に白い葉をつけるからとも、また、葉の半面が白いのを半分化粧したという意味からともいう。漢名、三白草。かたしろぐさ。かたじろ。みつじろ。おしろいかけ。はんげしょうぐさ。〔物品識名(1809)〕(精選版日本国語大辞典) (左写真「フランスで熱波が襲う中、トゥールーズで48度を表示する薬局の温度計(2026年6月24日撮影)」)(AFP:https://www.afpbb.com/articles/-/3642538?cx_part=latest)                                        

◎ 半夏= 1「半夏生(はんげしょう)1」の略。《季 夏》2 カラスビシャクの漢名。また、その根茎を、外皮を取り除いて乾燥したもの。漢方で去痰(きょたん)・鎮嘔(ちんおう)・鎮吐薬などに用いる。《季 夏》3 仏語。夏安居(げあんご)の中間にあたる45日目の称。(デジタル大辞泉)(註 「夏安居(げあんご)」とは「仏語。僧が、夏(げ)の期間、外出せずに一所にこもって修行すること。夏籠もり。夏行(げぎょう)。《 夏》→安居=「[名](スル)《(梵)vārṣikaの訳。雨季の意》仏語。僧が、夏、1か所にこもって修行すること。陰暦4月16日から7月15日までの3か月間で、この期間を一夏(いちげ)という。雨安居(うあんご)。夏安居(げあんご)。夏行(げぎょう)。夏籠(げこもり)。あんきょ。《 夏》(デジタル大辞泉)

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すべては「仮庵(かりほ)」の宿り

【春秋】つかの間の管理人とは <米国という所は、人間社会の善悪の両極端を見る事の出来る所なのですから、人はどちらへなりと随意に好む方へ行く事が出来ます>。明治の文豪、永井荷風が発表した小説「あめりか物語」の一節は今にも通じる評である▼7月4日、米国は1776年の建国から250年を迎える。英国の茶税に怒った植民地の人々が、大量の茶箱を海に捨てたボストン茶会事件も契機となり、13の植民地は結束し、独立戦争に至った▼独立宣言の起草者は、後の第3代大統領ジェファソン。宣言は世界に影響を与えた。「全ての人は平等に創られ、生命、自由、そして幸福の追求という譲り渡すことのできない権利を創造者から与えられている」▼実際は「全ての人」ではなかった。宣言は先住民を「無慈悲な野蛮人」と記して、奴隷制や人種差別の矛盾を長く抱え続けた。間違いを正しながら、進んできた国でもあった▼半世紀前、建国200年に際して、当時のフォード大統領は演説した。「忘れてはならない。われわれは皆、この偉大な国を預かるつかの間の管理人に過ぎないことを。他者の自由を広げる者ほど自らも自由になることを。法なくして自由は存在し得ないことを」。紙幣や旅券に顔を載せたがる第47代大統領に聞かせたい▼この先、星条旗は善へ向かうのか、悪へと流されるのか。つかの間の管理人である自覚を問われているのは、米国だけではない。(西日本新聞・2026/07/04)

 (ヘッダー写真は「野萱草(ノカンゾウ)」=ノカンゾウは、ワスレグサ科ワスレグサ属の多年草。夏に花を咲かせる野草)

 本年五月、北京で行われた米中首脳会談で、ぼくはとても印象的な、あるいは強烈な皮肉とも受け取れるような場面に出くわしました。中国 S 主席が、アメリカの建国250年を寿(ことほ)いだ際に、それこそさりげなく、「我が国には5000年の歴史がありますが」と、言葉を挟んだ。この瞬間、間違いなしに中国は米国をいろいろな面で凌駕したという表白を世界にむかって宣言したのだと思いました。アメリカが、たった一人の性悪な「暴君」の常軌を逸した振る舞いで、それこそ「世界の警察官」という『名誉ある」地位から、あからさまに引きずり降ろされたという感覚を持ったアメリカ人も多かったかもしれません。

 アメリカ独立宣言には崇高な人権思想が述べられていました。しかし同時に、拭いがたい、あるいは隠しおおせぬ反人権イデオロギーも同居していた「宣言(declaration)」だったとぼくは考えてきました。それが250年たっても、いささかも変わらないどころか、むしろ激しい「人種差別」「人権侵害」が横行する社会・国家になってしまっています。そこから立ち直ることは容易ではないと思われます。

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 《1776年7月4日、大陸会議におけるアメリカ13連合諸邦すべての一致した宣言:われわれは以下のいくつもの真実を自明のものと考える。すなわち、すべて人は平等に造られ、創造者によって、生命、自由、および幸福の追求を含む奪うことのできない一定の権利を与えられている。これらの諸権利を確保するため、人々の間でその正当な権限が被治者の合意に由来する政府が形成されることになったのである。いかなる形態の政府であれ、この目的に有害なものになるときには、これを変革ないし廃止し、新たな政府を形成し、安全と幸福を最も良く実現するような原理の基盤を築き、安全と幸福を最も良く実現するような権力を組織することは人々の権利である。もちろん、慎重な見方からすれば、長きにわたる政府は軽微な一時的な理由によって変革されるべきでない。したがって、これまでの経験からすれば、人類は、悪が耐えられるかぎり、これまで慣れ親しんだ政体を廃止することによって自らの状況を正すよりも耐え続けるという性質をもってきた。しかし権力の乱用や権利の侵害が継続的かつ一貫して行われ、人々を絶対的専制のもとにおく意図が明白となるとき、そのような政府を打倒し、未来の安全のため新しい政治体制を設立することは、人々の権利であり、また義務である。これこそが、われら植民地が耐え忍んできた苦悩であり、これが、いまやこれまでの政治体制を変革することに向かわせる必要なのである。現在の英国国王の歴史は、繰り返される傷害と強奪の歴史であり、われら諸邦に絶対的暴政を確立することを直接目的としてきた歴史である。これを証明するため、公正な世界に対し以下の事実を提示する》(以下略)」(データベース「世界と日本」https://worldjpn.net/documents/texts/pw/17760704.D1JX.html

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 この「宣言」で厳かに謳われている「すべて人は平等に造られ、創造者によって、生命、自由、および幸福の追求を含む奪うことのできない一定の権利を与えられている」文言の中に「先住民(indigenous people)」は含まれていませんでした。「実際は『全ての人』ではなかった。宣言は先住民を『無慈悲な野蛮人(the merciless Indian Savages)』と記して、奴隷制や人種差別の矛盾を長く抱え続けた。間違いを正しながら、進んできた国でもあった」とはコラム「春秋」氏の指摘です。確かにその通りでしたが、事態はより深刻な方向に進んできたのも事実だったでしょう。よく「アメリカはコロンブスによって発見された」と言われますが、それはどういう意味だったかを熟考すべきです。実際は「侵略(invasion)」「略奪(plunder)」だったというに等しいのではなかったか。この事態は、当時よりもさらに拡大強化されたかたちで、差別国家(アメリカの社会)を席巻していないでしょうか。

 「1492年10月12日、クリストファー・コロンブスがヨーロッパから大西洋を横断し、アメリカ大陸周辺の島であるサン・サルバドル島に到達した。コロンブスを契機として、多くの航海者がヨーロッパからアメリカ大陸へと渡り、ヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸の植民地化が進んだ。ヨーロッパ世界にとっては、コロンブスのアメリカ大陸周辺諸島への到達は新世界の発見にほかならず、その後のアメリカ大陸の帰趨を決定付ける象徴的な出来事であったことから、長らく「アメリカ大陸の発見」という言葉で語られてきた。/一方で、コロンブス以前からアメリカ州の先住民族が定住していたことは動かぬ事実であるから、全人類の中で最初にこの大陸を発見した人物がコロンブスでないことは言うまでもない。先住民族らからは、「アメリカ大陸の発見」はヨーロッパ中心主義に基づいた不適切な言葉であるとたびたび批判されてきた。さらに、先住民族以外にもさまざまな文化圏の人々がコロンブス以前にアメリカ大陸に到達していた可能性が指摘されるようになっている」(Wikipedia)

 50年前の、当時の大統領の「忘れてはならない。われわれは皆、この偉大な国を預かるつかの間の管理人に過ぎないことを。他者の自由を広げる者ほど自らも自由になることを。法なくして自由は存在し得ないことを」という自己規定の姿勢は、今や見る影もないほどに、この国は惨憺たる状況に喘いでいると、ぼくには見えます。アメリカ社会は分断され、瓦解しているとさえ思われます。250年記念行事の醜悪なさまを垣間見るにつけ、ぼくはつい最近行われた「昭和百年記念式典」の俗悪極まりない醜態を思い出して、ゾッとする。時の権力者は、国家は自分のものという、あり得ない錯覚を抱くものなんですね。まともな人間なら、ほんの一瞬だって、そんな荒唐無稽な観念に取りつかれないのに。「私はニッポンコクを背負っている」と、そんなことを、いったいどこの誰ができるのでしょうか。

 とにかく、国家もまた、長い歴史の中で「滑った、転んだ」と流転を重ねて、年を取る・歳を重ねる。国家といえども「老衰」も「耄碌」も避けられません。さすれば、アメリカは若年性老化現象に苛(さいな)まれているのでしょうか。この極東の劣島は「認知症(痴呆症)」に罹患していることは紛れもない事実。果たして回復できるのでしょうか。あるいは、重症化した自傷行為に狂ってもいるようです。いずれも、権力者の「知性」や「姿勢」に大きく影響されることは避けられないんですね。少なくとも、政治家は賢(かしこ)くなければ、ね。

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Nothing but bold statements.

 ここにきて、ようやく現首相が未曽有の「食わせ者」であることに、大概のメディアは気が付いた。もちろん、一蓮托生で、「どこまでもついて行きます下駄の雪」はいるものです。でも、少なくとも、多くの国民(民衆)が目にするメディアが「彼女は偽物」であり、飛んだ「空砲」であることを暴き出していることは、遅まきながら、悪いことではありません。最大の国営的メディアだけは、相も変わらずですが。それも時間の問題でしょう、右に倣えするのは。(ヘッダー写真は月刊誌「正論」(産経新聞社刊・平成30年10月号)

 果たして、日本の大瓦解・大崩壊を止められるかどうか、ぼくにはわかりませんが、よしんば、経済・財政的に破綻しても、それは、自らが選んだ道、自業自得なんですから、誰に文句を言う筋もないでしょう。「一から出直し」でしょうね。ぼくは投げやりになっているのではありません。こうなることは十分にわかっていたことと、ぼくは言っているだけです。「口先の人(someone who is all talk)」、「言葉は勇ましいが、責任が伴わない人間(Someone who speaks boldly but takes no responsibility.)」、そんな埒もない輩の一人だったということでしょう。行くところまで行こうではないかと、国民が望むなら、それはいやだからと、ぼくは国民であることを止めることはできない相談。抵抗しつつ滅びるまで、です。

 国会は会期末は7月17日。閉幕まで二週間を切って、なんとたくさんの「国家損壊」を来す法案が国会に出されるのでしょうか。❶皇室典範改正案、❷国旗損壊罪、❸再審法改正案、❹衆院議員比例代表の45議席削減案、❺その他安保法制等の改正などなど。すべての法案を真面目に議論して国会に提案したとはとても思えない。閣議決定や与党だけで審議を装うなぢ、国会軽視、ではなく無視しなければ、まともにこんな法案を真面目に準備しないままで提案するなど、とてもできない相談。それを平気でするのですから、内閣総大臣じゃ「国会はいらない」、「審議は時間の無駄」としか考えていない証拠です。

 繰り返しますが、奈良の宰相は「ガラスの天井」を破って、初の女性宰相になったと騒がれましたが、本当に「女性」なんですかと問題発言をしたくなります。皇室典範改正で、側近議員を使って「女性天皇」はあり得ないとまで言いふらしています。この改正劇は「以前から図られてきた企み」の実現を目指すもの。自分を総理大臣にしてくれた大恩人の野望に与しただけのもの。以前から「私は、女性天皇には反対をしていません。女系天皇に反対しているのです」と言い募ってはいましたが、本音は「女性天皇」反対だったことが今にして明らかになります。なぜですか。神武以来の「直系男子の皇統が続いている、それは日本(ニッポン)の世界に冠たる伝統の墨守を果たすため、そこでもまた虚偽答弁を厭わない人物です。

〔天皇の地位と主権在民〕
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
〔皇位の世襲〕
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。(日本国憲法)

第一章 皇位継承
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。(皇室典範)

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【有明抄】国旗に寄せる感情 喜怒哀楽の見えない相手はつきあいづらい。近ごろ感情を表に出さないひとが増えているらしい。リモコンのミュート(消音)ボタンでテレビの音をすっと消すみたいに、「感情ミュート社会」と呼ばれる◆感情でもの言えば「ハラスメント」と騒がれる。自分と合わない他人と話しても摩擦が生まれるだけ。喜びも怒りも胸にしまっておいたほうがマシ…。博報堂生活総合研究所の調査では、職場でも家庭でも、そう考える傾向が目立った◆国会では「国旗損壊罪」法案が衆院を通過した。日の丸を公然と破いたり、燃やしたり、落書きしたりすれば処罰されるという。感情を表に出さない時代に、取り締まるべき深刻な被害がそうそう起こるとも思えない。なぜ法律が必要なのか、推進する側のほんとうの胸の内は見えない◆戦争など暗い時代の記憶も背負ってきた日の丸。いまや国際的なスポーツイベントなどを見る限り、多くの国民が愛着を持ち、傷つけられれば不快に思うだろう。それなのに歴史をさかのぼって「敬意」まで強制されているようで戸惑う◆この国が好きだから、国の旗も愛せる。高圧的で息苦しい社会では、そんな自然な感情も表に出せなくなる。こわもてな法律の旗を振るより、日々の暮らしに直結する政策に力を注いでほしいものである。と、つい感情的になってしまった。(桑)(佐賀新聞・2026/07/03)

【斜面】空回し 「空」という漢字には意味や読み方が多い。手元の漢和辞典を引くと訓読みには「そら・あく・から・うつろ」など。意味には「あおぞら」「むなしい」「中身がないさま」「うつけ」などのほかに、仏教でいう「悟りの境地」がある◆野党が欠席したまま野党の質疑時間を消化する「空(から)回し」という光景が繰り広げられた国会の惨状は、どの意味がふさわしいか。与党は時間が過ぎるのを黙って待つだけだ。審議を拒んだ野党への批判は筋違いだ。原因は高市早苗首相の答弁拒否にある◆首相は中傷動画疑惑で質問にまともに答えず、秘書の書面提出で答弁に代えたいと主張。集中審議や党首討論にも応じていない。それなのに少数党の存続にかかわる衆院の定数削減法案の審議を強行する。数を背景にした暴走ぶりはもはや「国会軽視」ですらなく「無視」である◆衆院の森英介議長が仲裁に乗り出したものの、今度は政府が国会議論をないがしろにしてまとめた皇室典範改定案を優先審議するという。典範も定数削減も日本のありようを左右する重要な法案。熟議を欠いたまま、早期成立させる理由はどこにもない◆高市首相は「誠実に答弁してきた」と外遊前に笑顔で語り、これまでの対応を正当化するばかりだ。空回しなどを見て国民が「むなしさ」にとらわれ、「悟りの境地」になってしまえば、それこそ巨大な与党の思うつぼになりかねない。誰ももの言わぬ社会ほど「空恐ろしい」ものはない。(信濃毎日新聞・2026/07/03)

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 国旗損壊罪法、衆院通過 全野党欠席、異例の採決 日本の国旗を傷つける行為に刑罰を科す日本国旗損壊罪法案が30日、衆院本会議で可決され、衆院を通過した。一部野党は法制化の根拠となる「立法事実」や処罰対象の行為が曖昧で、憲法が保障する「表現の自由」に抵触する恐れがあると懸念を示している。 与党の強引な国会運営への反発から、自民党と日本維新の会と共に法案提出に加わった国民民主、参政両党を含め全ての野党が欠席する異例の採決となった。衆院を通過しても参院では少数与党のため、成立には野党の協力が不可欠となる。 国民民主の玉木雄一郎代表は30日の記者会見で、欠席する理由に関し「法案どうこうではない。冷静に与野党が議論できる環境を回復してほしい」と与党側に求めた。 法案は、処罰対象を「人に著しく不快、嫌悪の情を催させる方法で公然と国旗を損壊、除去、汚損した者」と規定。対象者には2年以下の拘禁刑、または20万円以下の罰金を科す内容だ。 衆院内閣委員会の採決では、共同提出した4党に加え、チームみらいなどが賛成。中道改革連合と共産党は反対した。(共同通信・2026/06/30)

 この首相はどこ(だれ)を見て「政治」をしているつもりですかと、ぼくは言わずもがなのことを言う。国民に向けた、国民のための政治をしているとはとても考えられません。彼女は保守でもなければ、超保守でもない。ましてや右翼ですらないでしょう。これまで、重ねて「右旋回」はしてきたらしいけれど、正当な右翼主義者でないことは確か。以前にも指摘したことがありますが、彼女は石橋湛山を尊敬するといってはばからない。でも、湛山氏の姿勢がどんなものかを考えたことはないでしょう。彼は息子を戦死させた父親でもありますが、現下の「靖国神社」廃止論者です。また、運悪しく「病魔に襲われ」志半ばで首相を退いたのち、湛山氏は中国との真っ当な関係を結ぶことに政治生命をかけていたのでした。もちろん「日中戦争」反対では東洋経済誌でしばしばの白金にもめげないで、主張し続けた人でもあった、「列島を強く」なんかではない「小国主義」の主張者。

 湛山さんは、戦後の吉田内閣の大蔵大臣就任中、GHQの差し金で公職追放にあってもいます。その発端は「政敵・岸信介」のGHQへの内通だったとされます。おそらく、多くの政治家は読みもしないで「石橋湛山」を政治家の鏡のように言いふらすが、いい加減なことは言わないほうがよろしい。現首相が「石橋湛山」の書かれたものを何一つ読んでいないことは明らかでありながら、そんな「未知の人」を尊敬していると出任せを言う人物です。彼女が師匠と仰ぐ、故元首相は国会の委員会で、「憲法」のある条文を尋ねられて、烈火のごとく怒りました。読んでいない証拠だったでしょう。そんな出鱈目一流の故首相は「高市は嫌いです」と本当のところを隠さなかったし、アメリカのWHの高官の言によると「T大統領は、日本の首相を好んでいない」と述べている、といいます。可哀想というか気の毒というか。「辞めることに躊躇しないでください(We don’t want you to hesitate to quit.)」という、主権者の声が日増しに大きくなってきました。

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煙草ふかして… こんな女に誰がした

 虚言と一夜漬けと逆切れと ~ 「その三題、いただきましょう」とひきとって、「整いました」と粋な「オチ」をつければまさに「笑点」、「座布団一枚」なんでしょうが、不幸にして、ぼくには気の利いた頓智(機知)も洒脱の風も、何処を叩いても出てきませんので、まさに天を仰いで「切歯扼腕(せっしやくわん)」するばかりです。「本邦初の女性宰相」と鳴り物入りで迎えられた感のあった現首相。驚くべき、醜悪・怪異な言動をまき散らして、向かうところ敵ばかりの迷走ぶりで、彼女の登場を待っていたかのように、この国の弱体・瓦解が一気呵成に昂進したのは何の因果だったか。

(ヘッダー写真は「日本人の暮らし向き」・https://ameblo.jp/japanism2020/entry-12587724730.html

 ぼく自身の実感からすれば、想像していた通りの「食わせ者」だったというほかありません。実に魂消(たまげ)た御仁でした。「見かけはよいが、実質はよくない物。偽物」あるいは「表面はさりげなく見せて、実は油断のならない者」(デジタル大辞泉)と正・逆両用の説明がありますが、この御仁の場合は間違いなく「偽物」。この程度の「偽装好き・虚言癖」に手もなく騙されるのですから、彼女に投じた選挙民・党員方には無能・無知という言葉(レッテル)がふさわしいでしょう。選ばせる方も選ばせる方だが、選んだ方がもっと罪深いと、今になれば言えるでしょう。(にもかかわらず、支持率があまり落ちない不思議、そのわけは「調査に仕掛け」があったという、笑えない調査側の作為でしたね。これも早くから指摘されていましたが、やはり、でしたかね。ここまでくると「常軌を逸している」というほかなし。(潰れるべき運命にある国柄だ)

 「鼻先知恵(はなのさきぢえ)」という表現があります。あるいはそんな「知恵」ならぬ「知恵」の持ち主をも指す語といえばいいでしょうか。「しったかぶり(一知半解・半知半解)」でもなく「訳知り顔」でもなく、文字通りに「一夜漬け(寝ないで)」で仕入れた、その場しのぎの、借り物(偽物)の「知識」です。辞書には「 目の前のことだけの考え。一時のがれの知恵。あさはかな知恵。鼻の先の知恵。鼻の先」(デジタル大辞泉)と出ています。「知恵」という語を使っているが、そんなものは「知恵」なんかでないことは明々白々。要するに自分をだまし、他人をだますための「口から出まかせ」を指す。こんな「借り物」「偽物」ばかりが口をついて出て来る人間が一国の首相だとしたら、可哀想なのは、その国の「国民」ということになる。まさしく、われわれの姿を言い当てられているのです。彼女は口を開けば、「寝てない」などというのは、いわゆる「一夜漬け」の受験生の勉強みたいなもので、その場が終われば無用の「ガラクタ」の仕込みに夢中で、それで「一国の宰相」と来るんですか、寝言は寝てから、ですね。だから、間違って覚えていても修正が効かないから、傍(はた)が迷惑するという仕儀になる。「台湾有事は日本有事」、「米国が支援」というのはどこ国の話か。この御仁が類まれな「能天気」なのは「間違い」を指摘されても(気が付いても)、訂正できないし、謝れないという点にあります。「誤魔化し一辺倒」の道を歩てこられたんですな。

 物の順序からすると、もちろん、国民全体が彼女を「総理大臣」に選んだのではない。その前に「政党の代表」を選出する「党員選挙」がありました。単純化していうなら、党員票を二百程度も獲得できれば「党総裁」になれるし、そうなれば自動的に「総理大臣候補」となる。国会では首班指名がありますが、ここでも比較多数を獲得すれば「首相」に選出される(今回は、衆議院は237票、参議院は125票)。もちろん、その前に「議員」になる必要がありますから、衆議院選挙で当選することが必須条件となる。(いずれにしても、きわめて伯仲した票数で戦われた総裁選であり、首班指名選挙でした。それ故に「他候補の中傷動画」が拡散され、大きな成果を挙げた、という疑惑が出てきたのでしょう。「火のないところに煙は立たぬ」という。しかし、疑惑の本丸は「仮想通貨」「サナエトークン」でした。多分、これは首相本人も「中傷動画」拡散疑惑同様に、事前に知っていたはず。だから、「肉を切らして骨を断つ」類の芸当(綱渡り)で逃げ切りを図っているんですな)

 (それにしても、嘘か真か、「私は寝ていない」などということを国会で臆面もなく発言する、その時、権力者に求められる「危機管理」はどうなっているんですか。「スパイ防止法」云々とやかましいことを言っていますが、怪しい詐欺師に、いともたやすく手玉に取られるような首相自身の拠点(事務所)に、白昼堂々と(スパイ)が入り込んでいるのも同然、とにかく「聞いた風な寝言」を止め、首相を辞めて、顔を洗って出直してほしいね。それこそが失われた国益をこれ以上増やさない、責めても行動選択でしょう)

【春秋】フキハラ 世の中にはいろんなハラスメントがある。パワハラやセクハラという言葉はすっかり定着。例えばアルハラは無理に飲酒を勧めること。リモハラは在宅勤務中やリモート会議での嫌がらせを指す▼ではフキハラは。ため息、舌打ち、ふてくされ、いら立ち…。不機嫌な言動を重ね、相手に精神的苦痛を与える行為だ。昨年12月には警視庁が警視正を処分した。日常的に不機嫌な態度で部下と接し、職場環境を悪化させたという▼ハラスメントとまではいかずとも、このところの高市早苗首相の不機嫌さが気になる。自民党総裁選に絡む中傷動画作成疑惑を巡り、野党から作成者と秘書の関係を追及されている▼首相はため息をつき、うんざりした口調で「私の総理としての業務時間も残念ながら確保できなくなっている」。的確に答弁しないことで時間を浪費しているにもかかわらず、質問する側に非があると言わんばかりだ▼フキハラの要因は大きく2種類あるという。一つは過労や寝不足、ストレスによって感情が抑えられないこと。もう一つはわざと不機嫌に見せて気を使わせる狙い。相手への支配欲が根底にある▼まさか後者とは信じたくない。首相は週末もほとんど眠らず、疑惑への答弁準備について「毎晩毎晩そんなことをしている時間はない」と言い切る。国会答弁は首相の大事な仕事。しっかりと寝て「そんなこと」ではない、と気付いてほしい。(西日本新聞・2026/07/02) 
【新生面】寝てない首相 作家の色川武大は「ナルコレプシー」という病気に終生悩まされた。突然の睡魔に襲われ、時間と場所を問わず寝入ってしまう睡眠障害の一つ。その苦しさは本人にしか分からないとエッセーに書いている▼〈ものぐさ太郎という民話は、ナルコレプシー患者を描いたものであろう〉。色川の仮説である。うつらうつらしてばかりで働かない太郎に〈好んでそうしていたわけではないので、弁明のしようもなくて辛[つら]かっただろう〉と心寄せた▼こちらは寝る間を惜しんで働いておられる。高市早苗首相は先週の衆院予算委で、答弁の準備に忙殺されて「ほとんど睡眠も取っていない」と訴えた。疲れた表情でいら立つ様子は、確かに寝不足っぽい。体調が心配▼ただ、その一因は自民党総裁選での中傷動画疑惑だ。首相の公設秘書が関与を疑われ、野党に追及されている。準備の割に答弁は歯切れが悪く、秘書の国会招致にも応じようとしない。しまいには「陳述書を提出する」ときた▼質疑を嫌う理由を知りたい。まさか、弁明のしようがないわけではあるまい。終盤国会は再審制度の見直しなど重要法案の審議が控える。首相が堂々と速やかに疑惑を晴らせば、実のある論戦につながる。眠れぬ夜も減らせそう▼ちなみに、手元の辞書で「ものぐさい」を引くと①物事をするのがいやで気が進まない②気分がすぐれない。からだの具合が悪い③うさんくさい。疑わしい④とるに足りない-とあった。失礼ながら、首相は「ものぐさ」かも。働き者なのに。(熊本日日新聞・2026/06/28)

 ともあれ、彼女は「首相」に選出された。なったら最後、「わたしは総理」とばかりに「箍(たが)が外れた」というほかないようなはしゃぎぶりであり、強面(こわもて)と泣き脅しのくり返し(強・弱の使い分けというあほな芝居)。これらの一連のパフォーマンスを「媚態(coquetry)」「逆切れ(losing my temper)」と言わずして何と言うか、となります。「ハラスメントとまではいかずとも、このところの高市早苗首相の不機嫌さが気になる」「首相はため息をつき、うんざりした口調で『私の総理としての業務時間も残念ながら確保できなくなっている』」「的確に答弁しないことで時間を浪費しているにもかかわらず、質問する側に非があると言わんばかりだ」とは「春秋」氏の指摘。「私はニッポンコクを背負っている」と、これも口から出まかせとは言いませんが、できもしないことを仰る「酩酊」「酔狂」ぶりです。(右は高知新聞・2026.03.06 19:04)

 びっくりするような「悪い冗談」を真顔で話すのですから、「アンタ、大丈夫か」と言いたくなります。真夜中に秘書に何度も電話をかけていると、世間に口外するなど聴いたこともない。「しまいには『陳述書を提出する』ときた」わけですが、これで乗り切れると、歴々面々との相談づくなんですから、一巻の終わり。「質疑を嫌う理由を知りたい。まさか、弁明のしようがないわけではあるまい。終盤国会は再審制度の見直しなど重要法案の審議が控える。首相が堂々と速やかに疑惑を晴らせば、実のある論戦につながる。眠れぬ夜も減らせそう」とは「新生面」氏の優しい援護射撃の言です。彼女がやっていることは、まさしく「乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)」そのもの。決して一国を代表する権力者のやることではないでしょう。そして、いよいよ首相の「独裁ぶり」が指摘され出しました。「独裁」とは「独断で物事を決める」ありようを言います。深夜、誰もいない部屋で、それこそ「脂(やに)に塗(まみ)れて」の朦朧状態を連日連夜繰り返しているとは首相の言です。ホントかね。(早い段階で、財務大臣から「(仮想通貨は)まずいことになっている。注意するように」という忠言を得ていました) 

 首相の孤独な、かつ淋しい「独裁ぶり」を見ていて、まったく脈絡もないままに、耳の奥からある曲が流れだしていました。今のこの状況に相応しいかどうか、大いに疑問を感じながら、やはり「こんな女に誰がした」と、自他ともどもに尋ねたくなるのです。もちろん、還暦を過ぎた御仁ですから、誰でもない「自分がした、自分でなった」というべきでしょうが、ご本人の語るところでは、厳しい家庭教育を施され、「教育勅語」を諳んじたという来歴にも疑問符が付く。それって、ホントかね。はたして両親は、「教育勅語」を幼児教育の核心として彼女に与えたのでしょうか。それからそれから…。「教育勅語」を知っているとは思われない振る舞いですからね。 

 戦後焼け跡闇市は、運命を翻弄(ほんろう)された、明日をも知れぬ運命に弄ばれた人々で満杯状態、否も応もなく、各地各所で「屯(たむろ)」することを余儀なくされました。その中の一人の女性の「戦後の闇」を謳ったのが「星の流れに」でした。当初は「こんな女に誰がした」という題名でしたが、「反米感情を煽(あお)る」と、GHQから注文が付き変更して、「星の流れに」となりました。ぼくはこの歌も、小学生時代からよく歌いました。(後年には教室で)学生諸君の前で披露したこともありました。ここにもまた、一つの歴史があると感じたからです。(現首相に相応しいかどうかは、ぼくにも疑問。この曲の醸しだす「表面」の雰囲気だけのことで、深い仔細はありません)

⁑❶ 星の流れに 菊池章子https://www.youtube.com/watch?v=Xa0Jl71N7ag&list=RDXa0Jl71N7ag&start_radio=1)                         (⁑❷ 星の流れに 美空ひばりhttps://www.youtube.com/watch?v=RzjW2__S8xI&list=RDRzjW2__S8xI&start_radio=1)                              

(一)
星の流れに身をうらなって
どこをねぐらの今日の宿
荒む心でいるのじゃないが
泣けて涙も枯れ果てた
こんな女に誰がした

(二)
煙草ふかして口笛ふいて
あてもない夜のさすらいに
人は見返るわが身は細る
町の灯影の侘しさよ
こんな女に誰がした

(三) 
飢えて今頃 妹はどこに
一目逢いたい お母さん
ルージュ哀しや 唇かめば
闇の夜風も 泣いて吹く
こんな女に 誰がした

(作詞:清水みのる 作曲:利根一郎
歌唱:菊池章子 昭和22年(1947年)
東横映画「こんな女に誰がした」主題歌)

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