パレスチナ人が解放されない限り…

【春秋】「最高の武器は…」 先日、散歩で通りがかった福岡市中央区の寺の山門脇に手書きの掲示があった。「最高の武器は座って話し合うこと ネルソン・マンデラ」▼南アフリカのマンデラ元大統領。いろいろ調べてみた。ノルウェーのノーベル平和センター前には「The Best Weapon(最高の武器)」と題したベンチ型彫刻があるという▼「現代詩手帖」(思潮社)2024年5月号にはマンデラのこんな言葉も。「パレスチナ人が解放されない限り、私たちの自由は不完全である」。今年の灘中の入試問題に使われた詩が話題になったパレスチナの特集に出てくる▼パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にはマンデラの銅像があるそうだ。13年の没後も南アはパレスチナ連帯を発信し続け、イスラエルのガザ地区攻撃をジェノサイド(集団殺害)として23年に国際司法裁判所に提訴した▼マンデラという人を少しおさらいしておこう。人種隔離政策に抵抗して捕らえられ、27年間の投獄を経て、隔離政策を撤廃させた。憎しみをとがらせたりはせず、大統領就任式には看守も招待した▼「世界の指導者には誰がふさわしいか」。英BBC放送の05年世論調査(グローバル選挙)で1位はマンデラだった。軍事兵器にものをいわせる指導者が複数かっ歩する世界の現況は荒涼としている。言葉を最高の武器とした指導者を思い出させるものに時々出合えるのは、一つの救いだ。(西日本新聞・2026/06/08)

 “Our freedom is incomplete without the freedom of the Palestinians.” この言葉がいつ、どこで語られたのか、調べがついていないので分かりません。しかし、少なくとも「自由(=人権=他者に向けて発言する権利)」の問題を、このようにパレスチナ人(の自由)と結び付けて語る・問題にするような政治家がいる(いた)ということを知るだけで、ぼくはある種の勇気のようなものを奮い立たせるのです。悪名高い人権侵害でもあった「人種隔離政策(apartheid・アパルトヘイト)」実施国の政治家として、長く獄中にあったことは知られていたし、そこから生還し、なお自らの信念に基づいて政治活動をつづけたという、その一貫した精神に対してもぼくは深く敬意を払うものです。もちろん、どんな人間にも「毀誉褒貶(きよほうへん)(public criticism)」はついてきます。さまざまに汚染されている時代や社会に生きていると、思わない害毒に感染することがあります。無菌室ではない限り、それは避けられません。他人による一人の人間の評価は単純ではありませんから、マンデラ氏にも悪評はつきまわっているでしょう。(註 「南アフリカの故ネルソン・マンデラ元大統領がアパルトヘイト(人種隔離)時代に逮捕され、27年間に及ぶ獄中生活を強いられることになったきっかけは、米中央情報局(CIA)のスパイが当時の南ア当局に提供した機密情報だった」と、Sunday Times(2016/05/15)によって報道されていました)

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◎ アパルトヘイト=〈隔離〉を意味するアフリカーンス語で,とくに南アフリカ共和国の極端な人種隔離・人種差別の政策と制度全体をさす。同国では少数の白人(517万)が,黒人(3036万),カラード(白人と非白人の混血,344万),アジア人(主としてインド系,103万。以上1994年推計)を政治的,経済的,社会的に差別してきた。白人優越主義に基づくこの人種差別は,17世紀半ばのオランダ人の入植開始以降徐々に制度化されていったものである。そして1948年のアフリカーナー(ボーア人)を基盤とする国民党単独政権成立後,より徹底した人種隔離・差別政策・制度へと再編成され,アパルトヘイトと呼ばれるようになった。アパルトヘイトのねらいは,少数白人の絶対的優位の維持であり,そのために政治・経済・社会,文化など人間生活のあらゆる分野で非白人を差別し(部分的アパルトヘイト),最終的には非白人を人種グループごとに別個の社会へと隔離してしまう(全面的アパルトヘイト)ことであった。(↷)

 1970年代半ばまでは非白人の参政権の否定(有権者分離代表法など),白人と非白人の結婚や性交渉の禁止(雑婚禁止法,背徳法),人種差別居住区の設定(集団地域法),非白人の移動の自由の制限(パス法)など人種差別的制度の拡充に力点が置かれていた。しかし1975年のポルトガル植民地解体などによりアフリカ南部における南アの孤立が深まると,差別を緩和しながら人種隔離を急激に推し進める方向へ転換し,かねて黒人自治地域として設定されていたバントゥー・ホームランドに次々に独立を付与し始めた。しかし内外の非難,抵抗運動が強まるなかで,1983年憲法によりカラード,インド系人にも参政権を認め(人種別三院制議会),1985年以降雑婚禁止法,背徳法,パス法などの差別法を廃止していった。さらに内外の圧力が一層高まるなかで,1991年6月デ・クラーク大統領はついにアパルトヘイト全廃に踏み切った。1994年4月に初の全人種選挙で成立したマンデラ政権のもとで,ポスト・アパルトヘイト社会の構築が開始された。(百科事典マイペディア)

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 しかし、彼自身の歩いてきた道を遠望した時、そこには大本で「人権抑圧」に対する一貫した「戦いの姿勢」があったことは否定できないと思う。「最高の武器は座って話すこと」というこの言葉は、彼自身の経験から生み出された「信念(belief)」だったでしょう。これまでにも何度も繰り返し、地上から抹殺を図るような、度重なる攻撃が加えられてきたパレスチナ。もとをただせば、欧米諸大国の帝国主義がもたらした歴史的過誤・植民地政策(暴政)だったと思う。その過ちに手を染めたにもかかわらず、今日の惨状に沈黙を決め込んでいる「先進」諸国の政治判断にも大きな責任があると、これまでも誰彼となく指摘してきたところです。

 ロシアの大統領やアメリカの大統領が「ノーベル平和賞」を授賞することは、これまでの敬意を見ても、大いに、ではなくともあり得ます。仮にそのような事態が生まれたなら、「平和への大変な侮辱(An insult to peace)」と受け取られるでしょうが、問題は「ノーベル平和賞」にあるのではありません。「侵略戦争そのものが、平和への侮辱以外の何物ではないのですから。それとは無関係に、強圧政治の足元でも、誰かの生存が脅かされる状況や事態に果敢に挑戦する人々はいたるところにいるはずです。たった一人の政治家や活動家の動静によって「平和」や「人権」が左右されるものではありません。文字通り、ネルソン・マンデラ氏は27年間の獄中生活を強いられました。南アという国家(社会)における自らの存在を否定され、社会に向けて「発言する権利」を奪われていました。まさに「口を封じられた人」だった。その「(奪われていた)発言する権利(「自由」という権利)」を回復することが、人権の名において、いわば「要請」されていたのでした。(一人のマンデラ氏が存在したということは、無数のマンデラ氏が存在していたし、これからも存在することを示しているでしょう)

*「スノヘッタによる、ノルウェー・オスロの、ノーベル平和センター前に設置された彫刻「The Best Weapon」。マンデラの歴史的言葉“最高の武器は座って話すこと”に由来する作品名をもち、弧のデザインが人々を引き寄せ対話を促すことを意図、加えて環境に優しいアルミで造られる」(https://architecturephoto.net/)(ヘッダー写真を含めて)

ネルソン・マンデラ氏(Nelson Mandela)= 南アフリカの白人支配体制によるアパルトヘイト(人種隔離)撤廃に尽力した同国初の黒人大統領。1944年にアフリカ民族会議(ANC)青年同盟創設に参加。64年に反逆罪で終身刑を宣告され服役したが、90年に釈放された。南アの民主化進展に伴って日本との関係改善が進み、92年に両国は外交関係を再開した。93年に当時のデクラーク大統領とノーベル平和賞を共同受賞。94年、大統領に就任し、99年に政界引退。2013年12月に95歳で死去した。(共同通信ニュース用語解説)

マンデラ氏の1962年逮捕、米CIAが情報提供 英報道 南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策への反対運動を主導した故ネルソン・マンデラ氏が1962年に逮捕された際、米中央情報局(CIA)による情報提供が決め手になっていたと、英紙サンデー・タイムズが伝えた。元CIAのドナルド・リカード氏が亡くなる少し前に、同紙に明らかにした。/マンデラ氏は逮捕後の27年間を獄中で過ごし、1990年に自由の身となった。1994年には同国の大統領に就任した。/今年初めに亡くなったリカード氏は、これまでCIAとの関係を明らかにしていなかった。1970年代末に退職するまで大使館員として南アフリカで働いていた。/サンデー・タイムズによると、インタビューは英国の映画監督ジョン・アービン氏によって行われた。アービン氏はマンデラ氏がゲリラ活動に身を投じた時期を描いた映画『Mandela's Gun(マンデラの銃)』を監督している。
マンデラ氏は当時、非合法化されていたアフリカ民族会議(ANC)の抵抗運動を主導。逮捕時には同国の最重要指名手配者だった。しかし、何度も拘束を逃れ、「黒いピンパーネル」のあだ名が付けられた(訳注:フランス革命時に貴族亡命を支援した英国の秘密結社「スカーレット・ピンパーネル(紅はこべ)」が由来)。/マンデラ氏は1962年に、運転手のふりをして南アフリカ東部ダーバン近郊を通行しようとしたところ、検問所で警察に拘束された。/リカード氏は、「彼がいつ、どういう形でやって来るかを事前に知った。(中略)私が関与したのはそこで、そこでマンデラ氏は捕まった」と述べている。/ANCの報道担当者ジジ・コドワ氏は、「今回発覚した内容は、前から承知していたことを裏付けた。CIAは前から敵だったし、いまだにそうだ」と語った。/「幼稚な陰謀論ではない。今に始まったことではないのだと確認されたわけだ。歴史は繰り返す」(後略)(BBC・https://www.bbc.com/japanese/36299749)

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 バンクシーとパレスチナ  バンクシーが初めてベツレヘムで作品を発表したのは2003年のことです。/ベツレヘムの分離壁に、有名な《Love is in the Air》(愛は空中に)を描きました。/これは手榴弾の代わりに花束を投げるテロリストを描いて平和を訴えるもので、バンクシーのアイコンとして非常に有名です。/2011年に日本語版が出版された自薦作品集『Wall and Piece』(壁と平和)の表紙も《Love is in the Air》でした。(中略)

 バンクシーのパレスチナへの関心は深く、旅は一度にとどまりませんでした。/2年後の2005年にもパレスチナを訪れて、分離壁にいくつかの作品を残しました。/その一つが、バンクシー作品にたびたび登場する《Girl With Balloon》(風船を持った少女)です。/数多くの風船を持った少女が宙に浮いていく絵は、壁の撤去と移動の自由を求める住民の願いを反映したものです。/絵柄こそ異なりますが、オークション落札直後のシュレッダー事件で有名になった《Love is in the Bin》(愛はごみ箱の中に)も、元の題名は《Girl With Balloon》(風船を持った少女)でした。


 2005年のバンクシーによる分離壁へのストリートアートは、世界中のニュースにとりあげられました。/イスラエルとパレスチナの問題に知識人が関心を持っているところに、それをわかりやすくデフォルメして、大衆に広めてくれる格好の素材がバンクシーのアートでした。
監視塔のイスラエル兵に狙撃される危険を冒しながら描いたとバンクシー自身が宣伝したことでも話題になりました。/イギリスのローカルアーティストだったバンクシーが、政治的なメッセージを発するストリートアーティストとして、世界的に有名になったのはこれがきっかけです。(「バンクシーとイスラエルとパレスチナの関係 ~ ベツレヘムの壁画に込めた思い」翠波画廊:https://www.suiha.co.jp/column/bankusitoisuraerutoparesuchinanokankei/

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 マンデラさんとは全く趣も生き方の流儀も異なる一人の画家がいます。「バンクシー(Banksy:本名および生年月日は未公表)」です。この人は早くからパレスチナ問題に大きな関心を寄せていたし、多くの作品を残してきました。彼は政治家ではありませんが、その行動は極めて政治的です。ぼくはバンクシーの「壁画」に関心を寄せてきました。おそらく二十年以上も前から。ある意味では、生命の危険に晒(さら)されながらのパレスチナ行だったろうし、壁画制作だったと思う。当時の制作進行中のヴィデオが残されています。それを見るにつけても、ここにも一人の「アムネスティ」の活動家がいるという実感を強くするのです。一人のバンクシーがいるということは、無数のバンクシーの存在を示していると、ぼくは考えるものです。(*https://www.youtube.com/watch?v=996lIk-04lA

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 「“神出鬼没”で知られるバンクシーだが、その活動初期からもっとも力を入れてきたのは〈パレスチナ問題〉であることは、どれだけの人に知られているのだろうか。英国を拠点とするバンクシーはこれまで約20年間、何度もパレスチナを訪れて現地で作品制作をして直接支援を続けてきた。そして、代表作の多くがパレスチナの地で生まれている。(↷)

初期の代表作《花を投げる人(上掲)》は今から約20年前の2003年頃、パレスチナのベツレヘム郊外に描かれた。そして、2019年に筆者が『Casa BRUTUS』の取材のために現地入りしたときには、まだ現存していた。上書きも上塗りもされず、20年以上も作品が残っているのは奇跡的で、地元の人たちに大切にされていることがわかる。この作品が描かれたのは、英国でもまだバンクシーの存在が一般的には知られていなかった時代で、当時はまだ今現在のように新作が発見されると世界各国が一斉に速報ニュースを流すというような状態ではなかった頃の話だ」(↷)

 「そのバンクシーが国際的に有名になったきっかけもまた、パレスチナだった。バンクシーが再びパレスチナを訪れた2005年、「現代のアパルトヘイト・ウォール」と批判されながらもイスラエル政府が建築を強行する「分離壁」に9点の作品を残したのだった。バンクシーはグラフィティライターとして“世界一危険な壁”をボムしたのだ。「現在のパレスチナは世界最大の野外刑務所であり、グラフティライターにとって究極の活動ができる旅行先だ」と世界中のライターに共闘を呼びかけながら。」(* casa brutus:https://casabrutus.com/categories/art/385192

 「(2014年のイスラエル軍による)ガザ侵攻では死者は2300人にも上り、その7割が民間人だった。この地上侵攻は各国のテレビや新聞で大々的に報道されたが、イスラエルの国際法違反や戦争犯罪を追認する動きまでには至らなかった。バンクシーはその爆心地に残した作品について「地元の男性がやって来て“この作品はどういう意味なんだ?” と聞いてきたので、こう答えた。俺は自分のウェブサイトにガザ地区の写真を掲載して、この惨状を訴えたいと思っている。けどインターネットの人間は、子猫の写真ばかりしか見ないんだよ」という皮肉と憤りが入り混じったコメントを発表している」(* casa brutus:https://casabrutus.com/categories/art/385192

* Banksy in Gaza City, Palestinehttps://www.youtube.com/watch?v=wimAC71FYx8

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連綿と保持される「特権意識」の正体は?

【新生面】みんなで渡れば 毒舌漫才で1980年代に一世を風靡[ふうび]したツービートのギャグに「赤信号みんなで渡れば怖くない」がある。禁止されていることでも、大勢なら抵抗感が薄れるという集団心理を皮肉った▼そのギャグを地で行くようだ。大手電力8社が長年、当事者となった裁判で法廷のやりとりを裁判官に無断で録音していた。不正と知りながら「正確な社内報告」を優先したらしい。原発の安全性を巡り住民から裁判を起こされる境遇は同じ。みんなで示し合わせていたとは思いたくないけれど▼ささいな違反と見過ごせないのはルールを軽視する業界の体質が透けるからだろう。原発の審査でも不祥事が後を絶たない。耐震データの捏造[ねつぞう]や審査資料の無断書き換え-。テロ対策の不備が相次いで発覚した社もあった▼そんな折である。経済産業省が廃炉となった原発を建て替える数値目標を初めて示した。人工知能(AI)の普及で電力需要の急増が見込まれ、2040年代までに2~5基の建て替えが必要だという▼政府が前のめりに旗を振る背景には、電力会社が将来的な見通しを立てて人材確保や投資をできるようにとの思惑があるようだ。とはいえ、いざ原発を造るとなれば巨額の事業費もさることながら、地元の同意が不可欠となる。真っ先に取り組むべきは業界の信頼回復だろう▼原発はひとたび事故が起きれば、深刻な被害をもたらす。安全性が何より優先される国策を、旧来の体質を引きずる業界に委ねて大丈夫か? そうツッコミを入れたくなる。(熊本日日新聞・2026/06/08)

 もう二十年近く経つでしょうか。ぼくが担当していた授業(ゼミ形式)の受講学生が、同時に二人(男女)、東京電力に就職することになりました。ぼくの記憶では「福島原発事故」の直前(一年前くらいだったか)でした。就職内定の報告を受けた時、「大きな企業の内部で、どんなことが行われているか、見られる範囲でよく観察するといいですね」ということを話した。地震と原発事故が同時に発生した直後に連絡があり、「社内では隠蔽工作が必ずやられている。注視していてください」と、ここでも、ぼくは余計なことを言いました。本当は、もっと余計なことを、「就職が決まりました」と聞いた時、「どうしてそのような企業に勤める気になりましたか」と水を差すようなことを言ってしまいましたよ。ほとんど例外なく「大企業」はよからぬことをしているもの、それもまた、ぼくの「偏見」ではあります。です。(右図は産経新聞・2026/01/21)

(ヘッダー写真:高さ22メートルの防波壁に囲まれた中部電力浜岡原発=2018年1月11日、静岡県御前崎市)(朝日新聞・2024/06/28)

 大きな企業、世間でもてはやされている企業(に限りませんね)は、そういう評判が立つのはそれだけの理由があるからで、その多くは「張りぼて」「看板倒れ」であって、ある意味では「世間に対して、自らを偽っていることが多い」のだから、できれば、別のところに就職した方が…、とぼくは誰彼なく、世間的に評価の高い企業(役所についても同じ)への就職組には進言してきました。「大きいことはいいことだ」というのは、どこかに無理があってのことだし、「名門」とか「一流」と偽称されるところは、その「看板」を維持するためにはわりない(理屈や道理の合わない)こともしているはずだという、ぼくの「偏見」「直観」がありましたから。その後、二人からは連絡はありません。会社の欺瞞を他人に伝える人はそんなにいるものではないでしょうから、当たり前だといえるかもしれないですね。あるいはすでに退職されたかもわかりません。(左図は産経新聞・2024/11/14)

 ぼくは偏見を持っている人間であることを隠しません。世間を睥睨(へいげい)するような風貌をもつ個人や団体には、どこか「尊大」「無礼」なところがあります。あるいはこれくらいのことをして当たり前だという、呆れた「特権意識」とでもいうようなケチ臭い傲慢さがあるものです。平気で嘘をつくというのも、この類の人種には独特の特質でしょうか。加えて、大きな企業(民間)であれば、それだけで、官と一体化しがちです。官から民への「天下り」はいつの時代にも横行しているのは、その表れでしょう。電力会社の非行・犯罪等を見ていれば、その傍若無人ぶりが鼻につくほどに、ぼくには腐臭としか思われません。それが「一流」の証(あかし)なんでしょうか。

 法廷にカメラや録音機を持ち込むこと自体が、規律を乱すことになるでしょうし、まして無許可で写真や録音をとることが、そもそも「偉ぶっているが故の横暴」「故意の無知」としか言いようがない振る舞いであると思います。もちろん、一社だけでやっていたはずもないので、相談しないでも、連中の脳味噌の程度は同じような「悪」を思いつくものでしょう。つまり、「自分たちは偉い」と感違いをするのは勝手ですが、それをかさに着て世間をのし歩く、その馬鹿さ加減というものは、たとえてみれば、「自分たちは下々と違うのだ」から「電車賃はタダ」、「新幹線も飛行機代も」当然、無料に決まっているという不遜な扱いがこの馬鹿どもの感覚を鈍らせているんですね。(もちろん例外はある、まともな人もきっといる。顕微鏡で探さないと見つからない程度には、ね)

 要するに「原子力村」と揶揄されるような「村民意識」が連綿と流れている、どうしようもない「仲間内」の悪弊は、限りなくこれからも続くでしょうね。その「ツケ」は必ず利用(消費)者に回ってきます。電気料金の決め方自体に、驚くべき「絡繰(からく)り」が施されている。あらゆる項目を投げ込んで「給料」は決まるというのは、どうでしょう。「給料」の額まで、先に電気料金に含まれているのです。これを「殿様商売(Lordly business)」というのでしょうか。これこそ「国家・国民を食い物にする」輩(怪物)というべきですよ。あの鬼平や鞍馬天狗は、とっくに死に絶えています。(右上写真・2026年1月6日(火)の中日新聞の第一面です。)

「東電柏崎刈羽6号機、15基目の再稼働 不祥事や不合格…2040年度「原発2割」は遠く」 東京電力柏崎刈羽原発6号機(新潟県)の再稼働により、廃炉を決めた24基を除く36基(建設中3基)のうち再稼働した原発は計15基になった。国は原発の電源構成に占める割合を2040年度に2割程度とする目標だが、24年度は9・4%にとどまる。足元では不祥事による審査の白紙化などもあり、目標達成の見通しは立っていない。
柏崎刈羽原発は、先に予定されていた7号機の再稼働がテロ対策施設の設置遅れで延期され、6号機の再稼働が先行した。7号機の対策施設が完成するのは29年8月の見込みで、再稼働はその後にずれこむ。
北海道電力泊原発3号機(北海道)は、原子力規制委員会の審査合格を経て昨年12月に鈴木直道知事が再稼働に同意。27年早期に再稼働される予定だ。
一方、状況が厳しくなったのが中部電力浜岡原発3、4号機(静岡県)だ。再稼働申請に際して提出した、想定される最大の揺れ「基準地震動」のデータに、揺れを小さく見せる不正操作が行われていたことが判明した。規制委は今月、12年に及ぶ審査の白紙化を決定。見通しは立たなくなった。
日本原子力発電の敦賀原発2号機(福井県)は24年11月、直下に活断層がある可能性を否定できないとして、審査不合格となった。現在、再度の再稼働申請に向けた追加調査を行っている。(織田淳嗣)(産経新聞・2026/01/21)

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「徒然日乗り」(1116~1122)

◎2026年06月07日(日)日中は曇りがちだったが、夕刻からは雨が降り出した。気象庁は関東地方の「梅雨入り」を発表。特定の地域における「線状降水帯」の多発する梅雨とならないことを願うばかり。▼本日の午後にほんの少しばかり、植木の手入れ。残念ながら、梅雨入りまでにと考えていた、庭などの清掃作業・整理は間に合わなかった。(1122)

◎2026年06月06日(土)午前中に庭木の剪定を進めた。3時間ほどもかかったか。庭作業もほんの始まりだった。梅雨入り前には面倒な作業は終わりたいとは考えている。▼お昼過ぎに茂原に買い物に。帰宅後にも、庭作業を続けるつもりだったが、体力に自信がなかったので、本日は中止。(1121)

◎2026年06月05日(金)曇天の一日だった。いくばくかの被害をもたらした台風6号の後に続いて「梅雨入り」が劣島の西部(九州方面)から始まっている。▼今月予定されている「高校の同窓会」への出欠の返事を数日前に出しておいたが、今回の幹事役のY氏に電話で、欠席の理由を伝えた。一度も出席したことがない同窓会だったが、この先に出られることがあるだろうか。この少し前にTさんにも電話。彼は、小生が出なければそれに合わせるということだった。全体の同期生(昭和38年卒業生)の中で、すでに物故された人がおそそ40人ほどだという。▼いよいよ、日本沈没が始まったようだ。補正予算3兆1千億円の全額が特例国債(赤字国債)である。円安は160円に届いて、この先もさらに円安は続く。長期金利も高くなりつつあるのだから、「日本売り」はさらに進むだろう。そのような危機に対して、まったくの無反応の政治界経済界。重油不足にナフサ不足は、不景気に拍車をかけている。「日経平均66,588.12 -882.57 NYダウ51,561.93 +874.86 ドル円159.88-89 -0.01円高 NY原油92.88 -0.16 長期金利2.665 -0.005」(日経新聞・2026/06/05)(1120)

◎2026年06月04日(木)台風一過、快晴の一日。それにしても雨量も風力もいささかの衰えもなく、劣島を縦断し、終わってみれば、多くの被害を残して去って行ったという感想しか残らない。どれくらいの「線状降水帯」が発生したのだろうか。気候変動の影響であろうか、年々、著しい強雨風の影響力を増しているのだ。▼午前中に市原のH.C.へ、猫のおやつ類を買うために。相変わらずの混雑ぶりだった。いったん帰宅し、午後には茂原まで、いつものように食料品を買うために出かけた。▼日経平均67,470.69 -931.44 NYダウ50,687.07 -620.72 ドル円159.87-88 +0.17円安 NY原油95.06 -0.96 長期金利2.665 +0.025(日経新聞・2026/06/04)(1119)

◎2026年06月03日(水)夜来の雨が間断なく降り続く。お昼前後からは一段と雨・風ともに強くなったようだ。夕方まで雨は残ったが、当初心配していたほどの被害がなかったのは幸いだった。もちろん、各地の風雨被害は小さくはなかったし、道路の陥没等も重なって、後を引く被害があったのも事実。台風6号が、ある地域には梅雨を連れてきた按配に。今回の台風6号の特徴は、いたるところで「線状降水帯」を齎(もたらし)し、記録的な豪雨を記録したこと。時間の経過とともに、さらに多くの「被害」が明かされるであろうか。▼首相陣営の「中傷動画」問題に、週刊誌文春が第5弾。これまで否定してきた問題の「オンライン会議」の録音が出てきた。面識はなかったという「主張」が敗れた格好。この先どう言い逃れをして、有耶無耶にしてしまうのだろうか、「嘘つき総理」よ。▼日経平均68,402.13 +1667.89 NYダウ50,825.91 -481.88 ドル円160.00-02 +0.32円安 NY原油96.01 +2.25 長期金利2.640 +0.075(日経新聞・2026/06/03)(1118)

◎2026年06月02日(火)午前中に買い物で茂原へ。帰路には猫缶などを買うために近所のH.C.へ。▼帰宅後、前日に積み残した満天星(どうだん)の剪定等を続けた。また、裏庭の除草を少し進めた。新しく買った刈払い機を使ってみた。バッテリーを使っているので、一度で30分程度が精いっぱい。これでいいのかもしれないとも思う。▼6月に入ったが、物価上昇は留まるところを知らないようで、秋口までにこれまでの記録を塗りかえると予想されている。▼台風6号は間違いなく房総半島を直撃するコースをとっている。強烈な雨風が来るといわれるが、今のところどのような準備が取れるのだろうか。(1117)

◎2026年06月01日(月)終日、好天が続いた。気温も高かった。天気予報では3日から4日の間に台風6号が直撃しそうだという。沖縄における猛烈な風や強烈な雨の様子を見ていると、この後の方向(進路)が大いに気になる。▼午前中に茂原まで買い物。帰宅後にも、午前中に引き続いて、段ボール類や燃やせるゴミの焼却を進めた。かなりの量だったが、明日以降の雨の前に処分することができた。昨日に続いて、本当に少しずつだが、除草も進めている。本格的な猛暑の来る前には何とか庭の清掃や屋根樋の掃除も終わらせたいものだ。(1116)

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「国旗損壊罪」より「国家損壊罪」を

⁂「週のはじめに愚考する」(122)~ 「国旗は社会通念上、国旗の用に供していると認識される有体物と定義」とあります。だれが「認識するのか」と問いたいですね。「罰則の対象は国旗を『人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法・状態』で『自ら公然と損壊、除去または汚損する行為』」と規定しています。これも実に曖昧で、「公序良俗」に悖(もと)ると、誰かが判断したら、罰則の対象になるというのでしょね。「おお、こわっ」と叫びたいところですが、そもそも、正式に「国旗」の規定がある以上、それ以外は国旗と認定しないはずですが、どうなんでしょう。国旗紛いもまた国旗と言いくるめるのなら、これは憲法違反になるでしょうね。「ニセ国旗使用罪」とか何とか。

 (その昔、敗戦時までに「国定教科書」というものがありました。これはまさに「自ら公然と(隠れてやっても)損壊、除去または汚損する行為」に当たるものは罰せらました。「国家公民」の教科書でしたからね。国家公認の「国旗」というものは、至るところに存在するんでしょうか)

 その昔、四十年以上も前に、福岡県内の公立高等学校の音楽担当教師が、卒業式当日に「国歌・君が代」をジャズ風にアレンジして演奏し、教育委員会によって処分されたことがあります。「『君が代」ジャズって免職』」(朝日新聞・1979年5月10日朝刊)これは別の事案でしたが、やはり音楽教師が音楽の授業で「ビートルズ」を演奏して処分されたこともあった。今なら「ビートルズ」は大歓迎ですが。「君が代」を「起立・斉唱」しなかったといって、処分された教員は数知れません。また、「君が代伴奏」を宗教上の理由で拒否した音楽教師も何人もいました。これまでは教育現場においてだけ生じていた「無理筋」が広く日常生活の場面で展開されるとなると、突如この世に『痴愚神礼讃』(ちぐしんらいさん)(希臘: Morias enkomion、羅甸: Stultitiae Laus)」の「慫慂する」「愚行」や「馬鹿騒ぎ」、あるいは愚劣な催事などなどの嵐が吹き荒れるか。でも、そうなるためには、いわゆる「旗日(国民の祝日)」における「国旗掲揚」を強いる法律がないといけないでしょうに。余りにも馬鹿げているので、これを論評する元気が出てこない。

 (⁑Shin’ichiro Koya – Kimigayo for piano (1979):https://www.youtube.com/watch?v=6YgKq2-J4pA

 「国旗損壊罪」よりも、もっと重要かつ緊急を要する法案があると思う。まずは「国家(憲法・経済・外交・軍備・道徳等を備える機関としての)損壊罪」を制定するべきでしょう。政治家を対象にした「限定・制限法」ですね。「国家」というのは一種の入れ物(傘のようなもの)、それよりも人間を大事にするべきなんだがね。

 拙宅には「日章旗」はありません。法制定後は、多分、役場か何かを通じて配られるのでしょうか。お金を払って「購入させる」のでしょうか。国旗不保持(不所有)罪も作られるかもしれません。スパイ防止法も目論まれています。いよいよ「治安維持法」時代の「ダイニッポン」に逆流するんでしょうね。エラスムスの書いた「痴愚神」の名は「モリア(モリアエ)」という女神です。「人間のあらゆる営為の根源にその(痴愚なる)働きがあること」を喧伝し、現実世界の「硬直した価値観(イデオロギー)」を罵倒するのです。

 ぼくたちの現実社会には「女神・痴愚神」その名も「SANAE」が君臨して、自らの愚かさに起因する悪事の誤魔化しに悪戦苦闘している有様ですが、その痴愚神が、「痴愚の屋上屋(痴愚の上塗り)」を重ねて、悪事方面なる「悲願達成」を果たそうとしているのです。まるで「完壁の馬鹿(莫迦・破家)」の如くであります。

 (「馬鹿」はあて字。梵語の moha =慕何(痴)、または mahallaka =摩訶羅(無智)の転で、僧侶が隠語」として用いたことによるという」精選版日本国語大辞典)

痴愚神礼讃 (ちぐしんらいさん)(Moriae encomium)= エラスムスのラテン語風刺文学(1509執筆,1511刊)。《愚神礼讃》とも訳される。親友T.モアのラテン名モルスからモリア(痴愚女神)なる存在を着想,人間のあらゆる営為の根源にその働きがあることを聴衆を前にした女神の自画自讃の長広舌という形式で証明しようとした戯文。ルキアノスやテレンティウスを愛した著者は,古代ギリシア・ローマに関する深い素養を縦横に駆使し,軽妙滑稽また寸鉄人を刺す警句を用いて硬直した公式文化の価値体系を逆転させ,王侯貴族や教皇から神学者や哲学者・文法家など,いわゆる権威者の痴愚への隷従ぶりを描き,逆にこの世における愚者こそ神の前には英知の人であることを暗示している。宗教改革前夜に出現した本書は爆発的売行きを見せ,各国語に翻訳されて今も風刺文学の傑作として広く読まれているが,発表当時はその大胆な批判のためカトリック教会や神学者からは異端視されて,しばしば発禁処分を受けている。(改定新版世界大百科事典)

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【日報抄】都内のJR新宿駅の東南口広場に、ほぼ毎日現れる32歳の男性がいるという。「いつもいる」と話題になり、道行く人が写真を撮ったり、話しかけたりする。彼は差別や戦争に反対を訴えたくて、路上での対話を試みる▼主張が異なる人たちに絡まれることがある。ネットで炎上するほど嫌がらせも受ける。そんな自分がひるまず、あえて公共の場に居続けることに意味があると配信動画で語っていた▼在日外国人への差別行為にあらがおうと、昨秋から街頭に出ているという。ヘイトスピーチ解消法が施行され今月で10年を迎えたが、外国人への差別的な発信はなくならない。男性は高市政権が進める外国人政策の強化を「官製ヘイト」と表現する▼解消法は不当な差別は許されないとうたう理念法であり、禁止規定はない。おのずと限界がある。国や地方自治体に差別解消に向けた施策を求めるが、聞くに堪えない罵詈(ばり)雑言を発し、人間としての尊厳を傷つける言動に対しても、罰則はない▼片や、深刻で緊急性のある被害はほぼないにもかかわらず拘禁刑などの罰則を定めるべきだと、今国会で審議されようとしている法案がある。自民党がその骨子案をまとめた日本国旗損壊罪である。「国旗を大切に思う国民感情を保護するため」だという▼国を象徴する国旗を大切にしたい心性は尊重されてよいが、差別を疎み、非人道的で狭量な言動は決して許さぬ国を目指すと掲げる方が、よっぽど自国への誇りや愛着を高めると思えるのだが。(新潟日報・2026/06/07)

国旗損壊罪を新設 法案を了承 内閣第一・国旗損壊PT合同会議                                                    法案の名称は「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」。「国旗を大切に思う国民感情」を保護法益としました。/国旗は社会通念上、国旗の用に供していると認識される有体物と定義。「お子さまランチの旗」や「絵画の一部として描かれた旗」、アニメ・マンガ・ゲーム・生成AI(人工知能)等による創作物等は対象外とします。/罰則の対象は国旗を「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法・状態」で「自ら公然と損壊、除去または汚損する行為」とし、外国国章損壊罪と同様の「2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金」とします。/罰則の適用に当たり、侮辱を加える目的の有無等個人の内心は詮索せず、外形的・客観的に判断します。不特定または多数の人が認識できる場合に限定し、自ら損壊等をしている状況をライブ配信することは罰則の対象になりますが、国旗を損壊している様子を報道したり、リポスト等をする行為は対象外とします。(自民党)(https://www.jimin.jp/news/information/213369.html

平成十一年法律第百二十七号
国旗及び国歌に関する法律
(国旗)
第一条 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。
附 則
(施行期日)
1 この法律は、公布の日から施行する。
(商船規則の廃止)
2 商船規則(明治三年太政官布告第五十七号)は、廃止する。
(日章旗の制式の特例)
3 日章旗の制式については、当分の間、別記第一の規定にかかわらず、寸法の割合について縦を横の十分の七とし、かつ、日章の中心の位置について旗の中心から旗竿ざお側に横の長さの百分の一偏した位置とすることができる。
別記第一(第一条関係)
日章旗の制式

一 寸法の割合及び日章の位置
縦 横の三分の二
日章
直径 縦の五分の三
中心 旗の中心
二 彩色 地 白色 日章 紅色

君が代の歌詞及び楽曲   
一 歌詞
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
こけのむすまで

二楽曲(右楽譜等)

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「貴耳賤目」と「以耳代目」と「百聞一見」

 昨日(6月5日)の昼過ぎだったか、京都の友人に電話をしました。今月の11日(木)に、高校時代の同窓会を開くので出席を求められていたのに、かみさんのことも猫のことも心配で、出席を見合わせるという連絡を、数日前に「幹事」のYさんに連絡したので、それを報告するつもりでした。たまたま、Tさん(製材所経営)は、自宅近くのJAで「補聴器」の即売会を行っていたので、そこに来ていて、電話を受けられなかったという。このところよく聞こえなくなっていたので、補聴器の世話になっており、それも新規のモノ(AI搭載)に替えるつもりで来ていたということだった。同窓会への不参加を伝えたところ、自分も数日前に幹事に「(筆者が不参加なら)自分も不参加」と伝えたばかりということでした。ところで、その補聴器はとても性能がいいし、当然値も張るという。高いものは100万を超えるとも。それくらいに高価なものなら「話されていないことも聞こえるでしょうな」と余計なことを言っておいた。

 その電話を受けて、今回の幹事役(Yさん=建築設計士)に、電話で改めて欠席の理由も含めて近況報告をした。彼とは小学校以来の同窓生だったと思う。奥方もまた高校の同級生。夫婦ともども元気との由。高校時代の奥方はおべんちゃら抜きで、「若くて美しかったね」と伝えたら、彼女は「今でも(今だって)十分に綺麗よ」と厚かましいことを言う(車に同乗の様子)。もう八十を超えているのに、とも思うが、「自分で思っている分にはいいでしょう」という気もします。京都人って、結構厚かましいと、遠くに住んでいる人間は考える。それはそれ、これだけ元気で言いたいことが言えるのだから、それはそれでいいことなんでしょうね。

 「補聴器」は、今のところ、ぼくには無用ですけれど、いつ何時必要となるかわかりません。連れ合いはかなり「難聴」気味だと思う。実際は、よくわからない。「勝手●●●」かもしれない、テレビなどの音量はかなり大きくしているようだ。目も耳も悪くなるというのは、一種の「病気」だろうが、それは老化に伴う現象であって、とするなら老化もまた、病気であるということにもなりますが、可笑しいですね。身体機能の衰えには個人差がありますから、何を基準にするかというのは、せいぜい年齢くらいでしょうし、それでもあまり確かな基準にはならないのではないでしょうか。老化や老衰にも「遅い早い」があるのも当たり前ですから、自分の「衰え」は素直に受け入れる用意だけはしておきたいもの。正直に言いますと、ぼくは「メモ耳も」やや悪くなりつつありますが、何よりも「口が悪い」と自他ともに認めている。

 眼や耳が悪くなるというのは、たぶん、世間の基準でいうなら「障碍者」でしょう。老化は「ハンディキャップ(handicap)」を持つということでもある。それを機器や器具に支えられて生きようとするのもまた、人生です。トルストイだったか、「生まれた時は四本足、成人して二本足、老いては三本、それはなあに」と(ロシア語で)書いている。言うまでもないでしょう。元気に年をとるということは、誰か・何かの支えがなければ大変であるという意味です。可能な限り「自分の頭で考え、自分の足で歩く」、これが人生の歩道であり大通りだという気もしますが、何であれ、助けを借りながら生きているのもまた、人生。だから、「補聴器」は人生行路の一つのシンボル(道標)でもあるのしょう。

【三山春秋】▼「都合の悪いことは聞こえないふりをしたい」と思う瞬間は、誰でもあるだろう。興味のない話であればなおさらだ。できることなら耳をふさいでしまいたくなるのが、人間の素直な気持ちかもしれない▼そんな人間の本質をユーモラスに描いたのが落語の「寝床」。下手な義太夫を無理やり聴かせようとする旦那に対し、集められた長屋の住人や店の奉公人は全く聴く気がない様子でその場をやり過ごそうとする一場面がある▼だが、居眠りや不作法の態度が旦那の怒りに火を付けた。不都合なことから逃げようと耳を覆えば、事態は悪化する。現代の私たちにも通じる手厳しい教訓のようでもある▼きょうは「補聴器の日」。日本補聴器工業会によると、数字の「6」を二つ向かい合わせにすると人間の耳の形に見えることなどにちなみ、業界団体が制定した。器具への理解を深め、多くの人が抱える「きこえ」についての悩みが改善されてほしいとの願いが込められている▼補聴器が音をきれいに届けるように、私たちも都合の悪い言葉を遮らずに受け入れる「心の耳」を持ちたい。不都合な話を雑音として聞き流していては、周囲との信頼関係は築けない▼時には耳が痛い話や、受け入れがたい意見もあるだろう。それでもまずは耳を傾けてみるのはどうだろうか。立場や肩書は関係ない。他者の言葉を受け止める心の耳を常に澄ませておきたい。(上毛新聞・2026/06/06)

 ここまで書いてきて、本日は「補聴器の日」ということを知りました。上毛新聞のコラム【三山春秋】は書いていました。そうであっても、「寝床」をここに持ち出すのは適切ではないように思います。旦那とありますが、要するに「大家」のことで、それをいいことに「下手な義太夫」を聴けという、今ならさしづめ「パワハラ」でしょう。「店子」は「まだ死にたくはない」とか何とか、散々に理由をつけて逃げようとすると、頭にきた大家は、そんなに嫌なら、「出て行ってくれ」と本領を発揮する。下手どころではないんですね、これが。

 ぼくは桂文楽さん(八代目)で繰り返し、飽きるほど聞きましたが、やはり面白い落語ですね。「居眠りや不作法の態度が旦那の怒りに火を付けた。不都合なことから逃げようと耳を覆えば、事態は悪化する。現代の私たちにも通じる手厳しい教訓のようでもある」とコラム氏は書かれるが、どうでしょうか。漬物が腐るというほどに酷い「義太夫」を強制的に聞かされ、「俺はそんなに悪いことはしていないのに」などといいたくなるのも頷けます。それは「暴力」ですからね。我慢なんかする必要はないですよ。親の因果が子に報い、と言いたくもなるような仕儀です。

 この落語を聞くたびに、ぼくは学校の授業を思い出していました。まさしく苦行でしたね。聞き惚れる授業など、一度だってなかったと思う。ある時期から、学校の授業とは「拷問(torture)」に近いと悟ったし、身を入れることは一切なくなったものでした。考えるまでもなく、いろいろな興味や関心、あるいは能力差のある子どもたちを寄せ集めての一斉授業ですから、教師の苦労も並大抵ではないと同情することもありましたが、それでも何年経っても「味気なさ」には変わりなかったといっていいでしょうね。だから「素晴らしい授業」に遭遇するのはある種の奇跡でもあったし、それは今まで全く聞こえなかったのが素晴らしい「補聴器」に出逢ったみたいに、嘘のように聞こえだすのに似ていませんか。

 「不都合な話を雑音として聞き流していては、周囲との信頼関係は築けない▼時には耳が痛い話や、受け入れがたい意見もあるだろう。それでもまずは耳を傾けてみるのはどうだろうか」とコラム氏。ぼくは嫌ですね。そんなときには「馬耳東風」と決め込んでいたと思うし、「聞く耳を持たない」態度を一貫したものです。「「世人之を聞けば皆頭を掉(ふ)り、東風の馬耳を射(い)るが如き有り」(李白)心地よい春風も、馬には何の感慨も催させないという通り、この手の俚諺は無数にあります。「犬に論語」「牛に経文」「兎に祭文」「糠(ぬか)に釘」「豆腐に鎹(かすがい)」「暖簾(のれん)に腕押し」「石に灸」「月夜に提灯」「闇夜の錦」などなど。世間では立派な教訓であるとされる物事でも、時宜を得たものでなければ、物の役には立たないものが多すぎます。

 「貴耳賤目(きじせんもく)」とも「以耳代目(いじだいもく)」とも、ともに似たような諺(ことわざ)とされますが、要するに「耳を大事に」「目を信じないように」ということで、耳に入ったことよりも自分の目で見たものを信じられないという意味でしょうし、耳が目の代わりになる、つまりは「耳学問」(「受け売り」)ということです。早い段階から、学校の勉強はほとんどがこれでしたね。何よりも教師の話すことを懸命に聞くという姿勢を叩きこまれたのです。今だってそうでしょうか。そんな風潮に対して、ぼくはあえて「百聞は一見に如かず」ということを突き出してきました。「一〇〇回聞くより一回見るほうがよくわかる。何度繰り返し聞いても、一度実際に見ることに及ばない」(精選版日本国語大辞典)とあります。確かにそのようではありますが、ぼくはこれを「一見してよくよくわかるためには、百聞は不可欠だ」と捉えてきました。「百聞があって、初めて一見が意味を持つ」と、ね。

 「耳聞目見」、「耳もて聞き、目もて見る」という。耳で聞くのも経験なら、目で見るのも経験。「百聞は一見に如かず」に通じませんか。当たり前のことですが、経験の大切さをぼくは考えてきました。あえて言うなら、ぼくは根っからの経験主義(empiricism)を通してきたといえます。それ故に、耳が聞こえなくなり、目が見えなくなるというハンディを負いつつ生きるというのも、なかなかにしんどいことですね。「経験」「体験」の範囲が極端に狭まるからです。それでも生きていくとなると、さて、どうしますか。

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ほかに言い方があるだろうに

 三日前の北海道新聞の「社説」の指摘がそのまま、本日でも有効であります。昨日(6月4日)の国会中継を聴い(見)ていて、この女性宰相は、国家や国民のことにはいささかの関心も持っていないことを、改めて確認できました。もちろんそんなことは以前から分かっていたことでしたが、ここにきて、一層明確に「自己本位(selfishness)(self-centered)」であるとしかいいようのない人間だと、深く傷つきながらも、片方では感心してもいるのです。もっともなってはいけない人間が「総理大臣」になるというのは、この国の「麗しくない伝統」になっていませんか。もちろん、即刻辞任しなければならない状況にあるのですから、これ以上、ぼくはとやかく言いたくはないのも事実です。閣僚の中から、あるいは国会議員(特に与党議員)の中から、「一言あってしかるべき」だが、それもないのですから、万事休す、でしょう。ここまで来てもなお、この腐った恥辱を振りまく「総理大臣」に何かを言うのは、つまらない人間(ぼく自身のこと)の「沽券(こけん)」「矜持(きょうじ)」(「一寸の虫のもあるであろう五分の魂」)に腐臭が付くので、この先、これ以上は、この最悪・最低総理大臣に関しては、自ら発言を封じたいと思う。

 (ヘッダーを含む三コマの絵は「かくなび」:https://kaku-navi.com/idiom/idiom00267.html

 「首相は疑惑について『私が証明できない限り、あったかのように印象づけられるのは大変心外だ』と訴えたが、疑念を増幅させているのは首相自身だ。/削除した過去のブログで首相は『問題が起きた時に『秘書が勝手にやったこと。私は知りませんでした』とだけは言いたくない」と記した。ならば説明と調査から逃げてはならない」(「卓上四季」) 

 「言うに事欠いて」と同じ意味合いで、「ほかに言い方があるだろう」という表現があります。現首相は「言い換え」の相当な使い手ですが、それにしても、「あったこと」を「なかったこと」にするのはなかなか常人にはできない相談(芸当)。それを強引に(無理にでも)やろうとするのは有権者の一人としては、「まことに心外(I am truly offended.)」です。また、「語るに落ちる( let the cat out of the bag)」という表現もありますね。正確には「問うに落ちず、語るに落ちる」で、「問い詰められるてもなかなか本当のことは言わないが、かってに話させると秘密(本音)をしゃべってしまう」さまをいう。ぴったりはまっていませんか。昨年11月の「台湾有事」発言などもその典型でしたね。何かを隠したいために、あえて強弁して、結果として「墓穴」を掘っているのですが、それをだれも指摘しません。なかなかの「意志の人」などと、やってはいけない持ち上げをするばかり。だから、この人間は図に乗るんですよ。

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 <社説>中傷動画疑惑 首相が調査し明らかに 高市早苗首相の陣営が、今年の衆院選や昨年の自民党総裁選で他候補を誹謗(ひぼう)中傷する動画の作成や投稿に関わった疑惑が浮上している。首相は国会で自身や、依頼したとされる秘書の関与を否定する一方、論点をそらすような答弁が目立つ。/事実であれば公正な選挙という民主主義の根幹を揺るがし、公選法違反に問われる可能性もある。首相としての信頼に関わる問題だ。党総裁就任の正統性にも疑問符が付きかねない。/週刊誌では秘書と、動画を作成したという男性とのメッセージのやりとりも報じられた。首相は「確認できない。記録もない」とするが、根拠とするのは事務所内の調査で、客観性を欠く。疑惑解消にはほど遠い。/まずは首相自身が国会などの場で説明を尽くし、第三者も入れた調査で事実を徹底的に明らかにしなければならない。
 疑惑は週刊文春が報じた。/動画は交流サイト(SNS)に投稿され、衆院選では落選した中道改革連合の枝野幸男氏を「プロのクレーマー」などと批判し、岡田克也氏らも中傷したという。公選法は落選させる目的で虚偽や事実をゆがめた公表をすることを禁じている。/総裁選でも動画で小泉進次郎防衛相を「無能」と断じ、林芳正総務相も中傷したという。/動画が結果に影響した可能性もあり、看過できない。/首相は「事務所から一切行っていないと報告を受けた。私は秘書を信じる」と述べた。だが問われているのは事実関係だ。/当初は外部に依頼したかは答えず、2週間後にようやく「第三者に依頼したこともない」と述べた。記事は捏造(ねつぞう)かどうか、法的な措置は取る必要がないのか。言及を避けている。/秘書は男性に「旧立憲民主の害獣を沢山駆除できました」と感謝するメッセージも送ったとされる。首相は、男性と秘書は「会ったことがない」としたがオンライン上の接点は「確認するのは困難」と言葉を濁した。/一方、男性は秘書とオンライン上でやりとりしたことを認めている。首相の説明は納得しがたい。秘書の国会招致も検討する必要がある。
 首相は疑惑について「私が証明できない限り、あったかのように印象づけられるのは大変心外だ」と訴えたが、疑念を増幅させているのは首相自身だ。/削除した過去のブログで首相は「問題が起きた時に『秘書が勝手にやったこと。私は知りませんでした』とだけは言いたくない」と記した。ならば説明と調査から逃げてはならない。(北海道新聞・2026/06/02)

 「面相は口以上に物を言う(A person’s face speaks louder than words.)」そういうことですね。(yamano)

⁑高市総理「有料会員になろうとは思いませんでした」音声公開で野党追及「虚偽の答弁になるのでは」 誹謗中傷動画の作成報道めぐり|TBS NEWS DIG:https://www.youtube.com/watch?v=Ike9EVavY20

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「人権の館」は火宅だったんだ

 国際人権組織「アムネスティ日本」でパワハラ疑惑、職員「罵倒された」と訴え 労組が事務局長らの解任を要求 国際的な人権擁護組織である公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本(本部・東京都千代田区)の労働組合は、田嶋俊博事務局長と内藤裕子理事長の辞任を法人に求めている。田嶋氏が怒鳴るなどのパワーハラスメントで職員を休職させたためで、内藤氏については有効な労働環境の改善策をとらなかったことを理由とした。(畑間香織)
◆事務局長が大声で「何やってんだよ」
 労組などによると、職員6人が田嶋氏からパワハラを受けたと訴えている。そのうち、大福美穂さん(42)には、業務中に「何やってんだよ」と大声で怒鳴ったり、他の職員のいる前で「わかっていない」「説明不足だ」と否定し続けたりした。大福さんは昨年9月から休職している。
 労組は、厚生労働省の指針でパワハラの典型例として示されている、精神的な攻撃や過大要求に該当すると主張。理事会との団体交渉で、ハラスメント再発防止の研修や、不明瞭な業務指示を慎むことなどを求めた。だが、改善は見られないとして労組は今年3月、2人の更迭などを求める通知書を法人に出した。/労組には法人の東京・大阪事務所で働く12人の職員のうち9人が加入。大福さんはX(旧ツイッター)で被害を告発した。東京新聞などの取材には、人権擁護の活動団体で職員の人権を巡る労働争議が起きたことを「悲しく、つらい、怒りもある。職場が改善されるのであれば戻りたい」とし、「二度と同じような被害者を生まない組織づくりを望む」と話した。労組によると、大福さん休職後に職員1人が退職し、別の職員1人も一時休職した。
◆「調査には全面的に協力している」
 理事会は先月、独立した弁護士による調査中と、労組と交渉中であることを公表した。東京新聞の取材に、田嶋氏は法人の代理人弁護士を通じて「第三者の弁護士による調査が行われており、現段階で個別のコメントは差し控える。調査には全面的に協力している」とした。/労組が内藤氏の更迭も求めていることについては、法人は代理人を通じて「理事長の人事について、現時点で決定している事項はない」と回答した。(東京新聞・2026/06/04)

 朝方、このニュースを見て、すぐに、当財団法人の事務局に電話を掛けました。ぼくは、この団体が1970年に創立された段階から関心を持っていたし、ある時期からはサポーターの一人として会員に名を連ねてきました。人権を徹底して擁護する組織の幹部が複数の職員に「パワハラ」を長期間にわたり加えていたという報道の「事実」に関して、電話に対応してくださった職員の一人の意見からも、事実の否定はできなものとぼくには思われました。(⇚ 事務局長から怒鳴られるなどのパワーハラスメント被害を告発した大福美穂さん=東京都内で)

 「人権の砦(とりで)(Human rights stronghold)」という表現があります。だから、「人権侵害はもっての外」というのではなく、どんな組織にも「その地位に就くのは間違い」という人物が必ずと言っていいほどに存在します。問題は、かかる人物が組織の枢要なポストに、間違って(当事者からすれば、幸運にも)就くことにあるのではなく、問題が発覚した段階でいかなる処方を組織として取りうるかという点が問われるのだ思う。現段階では、報道を超えての詳細は分かりませんが、内部職員の情報によると、ある男性職員が、昨年1月に事務局長に就任し、その直後から「パワハラ」が発生したという。以来、一年以上、しかも複数の職員が被害にあっているとも言います。つまるところ、「看板は人権擁護団体(Human rights organizations)」だったが、内部の実態は、少なくともこの一年余は、「人権侵害団体(Human rights abuse organizations)」であったことになります。

 電話をしている間にも、ぼくは怒りを超えて「笑い」がこみ上げてきました。まるで「お笑い」です。「人権の砦」が「人権侵害の牙城」だったということでしょう。理事会は第三者からなる「調査委員会」を作り、6月中に報告書を出すという。ここにも、「人権侵害の牙城」たる所以があるでしょう。組織そのものが人権に真っ向から反する組織であることを晒したようなもの。(この組織は、これだけではなく、他にも問題を抱えています)

(ヘッダー写真=アムネスティのロゴには、ろうそくと有刺鉄線が用いられています。これは何を意味していると思いますか?実は、有刺鉄線は「自由を奪われた人びと」を、そして、ろうそくは暗闇を照らす「希望」を表現しているのです。/アムネスティの創設者であるピーター・ベネンソンが、「暗闇を呪うより、1本のロウソクをともそう」という中国の格言から、イメージしたといわれています。/このロゴマークには、「どんなに解決が困難に思える人権侵害を目の前にしても、私たち一人ひとりが希望を抱き、行動し続ければ、状況を打ち破ることができる」というメッセージが込められています)(https://www.amnesty.or.jp/about_us/who_we_are/

⁑火宅(かたく)=仏語。煩悩(ぼんのう)や苦しみに満ちたこの世を、火炎に包まれた家にたとえた語。法華経の譬喩品(ひゆぼん)に説く。現世。娑婆(しゃば)。(デジタル大辞泉)

 冗談ではなく、「アムネスティ日本」の多くの職員は「人権擁護」とはどいうことなのかを日々実践(体験)しておられる、自らの心身を賭して、そういう事態が今回明るみに出たんです。公表されたこと自体に、ぼくは大いなる賛意を示しておきます。大変であろうけれども、これを乗り越えた暁には、貴重な経験となって、さらに、人権擁護のために前進できるでしょうし、そうなっていただきたいですね。その昔、ぼくはしばしば「人権屋」と揶揄され、「正義の味方=月光仮面」と嘲笑罵倒されていました。それがどうした、というささやかな気概のようなものがぼくにはあったんでしょうね。この国は、総理大臣の陣営が「他者を貶める」人権侵害行為を堂々と行っているのです。その犯罪行為を指摘されて、当の首相は「知らぬ、存ぜぬ」と白を切る。そんな国なんですね、悲しいかな。足元の「人権抑圧」を見逃したくない、そんな思いをいつでも忘れないようにしてきました。

 とにかく、この組織は現有勢力(職員)で徹底して問題を剔抉(てっけつ)するように行動してほしいとお願いをしました。場合によっては、一会員としてできることがあるなら、それを躊躇しないとも付加しました。もう十歳も若ければ、ぼくは(刃物を忍ばせて、まさか)現場に飛び込んでいたでしょう。今は老人の身、それ相応に賢明な行動をとり、かつ「一本のろうそく」の灯を絶やさないように、やれることを見つけたいと念じている。

 声を奪われないために、声を挙げよう! : Amnestos(英語) Αμνηστός(希臘語)=「忘れられた」、「口を封じられた」、つまりは「囚人」として社会集団から隔離・抹殺された人々の「発話の権利」を回復するための「標識(しるし)」になったのです。奪われた権利の回復を図る活動が、アムネスティの出発でした。

◎資料

国際人権NGO 公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本 事務局長による複数の職員へのパワーハラスメント、ハラスメントを放置した理事会の安全配慮義務違反に関する告発

私は国際人権NGO 公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本 職員の大福美穂と申します。会員や寄付者の皆様のサポート業務(会員管理)を担当しております。
タイトルの通り、アムネスティ・インターナショナル日本の事務局長より私を含めた複数の職員がパワーハラスメントを受けてきたこと、使用者である理事会が職員からのハラスメントの申し立てへの対応を長期間にわたり怠っていることを告発いたします。
本件については、2025年9月より東京事務所の職員全員が加入する労働組合が理事会に働きかけてまいりましたが、2026年4月26日時点においても誠実な対応がみられないため、個人の判断で公にすることにいたしました。
なお、ここで記載する内容はあくまで私個人の意見や要望のため、記載内容の責任は全て個人で引き受けます。予めご理解いただけると幸いです。
パワハラや安全配慮義務違反の内容については、2026年3月21日(土)22日(日)に開催した団体の年次総会で労働組合から会員配布したチラシを参考資料として添付いたします。
チラシに記載の通り、2025年4月頃から事務局長からパワハラと不適切な業務指示が繰り返され、理事会にハラスメントの対応を放置されたことで、私は2025年9月に適応障害と診断され、現在も休職しております。
私はこの1年間、労働の権利を虐げられ続け、助けを求めても誰にも助けてもらえないという絶望感と強い憤りを持ってきました。心身ともにこれ以上耐えられません。
目の前にいる人に人権侵害をし、救済を求めている声を聞き入れない人たちが世界的に人権擁護を謳う団体のトップにいることが私は許せません。
事務局長も理事会も現在も責任逃れをしています。団体交渉を重ねても話は平行線を辿り、職員と理事会の溝は深まるばかりです。
団体の理念に賛同し、5年間働いて成長させていただいた場所でもあるので、このような形で告発をするのは本望ではありませんが、致し方ない選択です。
ハラスメントをしたこと、放置し続けた事実を認め、事務局長と理事会にまずは謝罪を求めます。
今現在支援してくださっている会員や寄付者の皆様だけではなく、社会的責任のある公益社団法人であることから、できるだけ多くの方に知っていただきたいです。

2026年4月28日
アムネスティ・インターナショナル日本
会員管理担当
大福 美穂

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