被害者の絶望や苦しみを描くことで…

 数日前に「戦争と画家」に関して「アッツ島玉砕」(藤田嗣治)について触れました。戦時中は絶賛を博した「アッツ」製作者だったが、戦後は「戦争協力画家」との批判の対象にもなった。それに対して藤田氏は「国のために戦う一兵卒と同じ心境で描いたのになぜ非難されなければならないか」(「手記」)と、不本意な日本での扱い(評価)に不平を隠さなかった。(「芸術を戦争の具にする」という芸術家がいるというのも、ぼくには深く驚き、傷付きました。銃剣を画筆と引き換えにするんでしょうか)「戦意高揚」「銃後の守り」どころではない「参戦」「応戦」の姿勢は藤田氏の中に大きく育っていたのでした。父親は森鴎外の後任の軍医総監まで務めたし、親類縁者にも軍関係が多かった藤田は、ある時期には「陸軍美術協会理事長」を受け入れていたほど(右写真)。彼自身の中に「戦争」に向かう(加担する)素地があったのだという気もします。パリ在住時代にはピカソとも交流を重ねていたこともあった。

 二人(PとF)の「戦争画」を比較をするつもり(意図)はありません。しかし、同じ戦争を題材にした二人でしたが、絵を描く動機や目的、あるいは心持ちは決定的に異なっていたことは忘れるべきではないでしょう。画家とは、題材は何であれ、絵を描くのが仕事といえばそれだけですが、それで終わりではないのはいうまでもありません。本日の西日本新聞のコラム「春秋」は、この「戦争」と「画家の責任」について、ピカソの語った、きわめて強烈な逸話を述べられています。「ドイツ占領下のパリでゲシュタポの将校がピカソのアトリエを訪れた。机の上にゲルニカの写真を見つけ、尋ねたという。『これはあなたの仕事?』『いや、君たちのやったことだ』また、「見るだけの画家や聴くだけの音楽家は愚かだ」とも。

 ある時期、やむを得ない事情からであったとしても、戦争への積極的な姿勢を示したことを隠しも否定もしないで、堂々と「告白」した人がどれほどいたでしょうか。「戦時」が「平時」であるかのように文筆や絵筆をとり、音楽を演奏したり作曲したりした人材(芸術家)はきりがないくらいに、この国には数多くいました。その人たち自身の「戦争責任」を問わないで、その仕事や作品に向き合うことはぼくにはできない相談でした。

 ここでたくさんのことを駄弁りたいのですが、ピカソの「ゲルニカ」の反戦思想の深さを感じ取るだけで十分だとも思われます。ぼくは、家にあった一冊の画集で、飽かずに「ゲルニカ」を観て育ってきたといってもいいほどに、心を打たれてきました。それはまた、この国の丸木位理・俊さんの画業に重なります。広島の「原爆の図」や「沖縄戦の図」の前に、ぼくは繰り返し立ってきました。「反戦」というにはあまりにも惨い経験を画家は描き続けてこられたのだ。「芸術家は、この世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ。無関心は許されない」(ピカソ)それは芸術家に限ることではないでしょう。ぼくたちもまた、理不尽な暴力のもたらす悲劇や災厄に無関心であってはならないのだ。ましてや、最悪の暴力である「戦争」を意図しようとする政治家たちのも、ゆめゆめ気を許してはならないのではないでしょうか。

【春秋】1937年6月4日、「ゲルニカ」は完成した 泣き叫ぶ女、死んだ子供、いななく馬、振り向く牡牛、力尽きて倒れる兵士。それは、禍々(まがまが)しい力に満ちた、絶望の画面-。原田マハさんの小説「暗幕のゲルニカ」は20世紀を代表する反戦画をこう描写している▼ピカソの「ゲルニカ」は縦3メートル半、横8メートル近い大作だ。三十数年前、スペインの美術館で防弾ガラス越しに見た時、モノトーンの世界から悲鳴が聞こえそうな迫力に立ちすくんだ▼絵は1937年6月4日に完成したとされる。ナチス・ドイツは4月26日、スペイン北部の町ゲルニカを無差別爆撃。大勢の市民が犠牲になり、憤ったピカソは1カ月足らずで仕上げた▼ゲルニカと同じサイズの絵を子供たちが描く「キッズゲルニカ」は戦後50年の節目に日本で生まれた。取り組みは今、世界各地に広がっている。昨夏は長崎の爆心地に12枚の絵が並んだ。本家と対極をなすカラフルさに希望が託されていた▼ドイツ占領下のパリでゲシュタポの将校がピカソのアトリエを訪れた。机の上にゲルニカの写真を見つけ、尋ねたという。「これはあなたの仕事?」「いや、君たちのやったことだ」。後にピカソは語っている。「見るだけの画家や聴くだけの音楽家は愚かだ。芸術家は、この世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ。無関心は許されない」▼ウクライナにガザに、色のない絶望の街が増えていく。いまだ世界は、ゲルニカを止められない。(西日本新聞・2026/06/04)

●作家名:パブロ・ピカソ(Pablo Picasso;1881-1973) 作品名:ゲルニカ(Guernica) 制作年:1937年 使用された素材・画材:油彩・カンヴァス サイズ:349.3cm×776.6cm 所蔵場所:ソフィア王妃芸術センター(スペイン、マドリード)(ヘッダー写真・株引用のモノも含めて:https://www.pablopicasso.org/guernica.jsp)* 題名の「Guernika」は、ナチスに爆撃されたスペインの街「ゲルニカ(Gernika)」に、「戦争(Guerra)」の意味をかけて造語された。

ゲルニカ(絵画)げるにか(Guernica)= スペインの画家ピカソの大作(349.3センチメートル×776.6センチメートル)。スペイン内戦中の1937年4月26日、フランコ側を支援するナチス・ドイツの空軍が、バスク地方の自治と統一を象徴する町ゲルニカを爆撃した。同年夏のパリ万国博スペイン館の壁画を共和政府から依頼されていたピカソは、この事件に強烈に反応し、5月1日に構想を練り始め6月4日に完成した。しかしピカソは、ゲルニカには直接言及せず、この、愛する祖国の惨禍を、スペイン人の深層心理に根ざした闘牛の象徴性に託し、キュビスムが可能とした破壊的なフォルムと、黒、白、灰色という悲劇的な色調で描き、『ゲルニカ』に時空を超えたヒューマニスティックなメッセージを与えた。闘牛の象徴性に関しては、牡牛(おうし)をファシズム、馬を抑圧される人民とするアングロサクソン系の解釈と、前者を人民戦線、後者をフランコ主義ととるスペイン系の解釈がある。この作品はその後ニューヨーク近代美術館に展示されていたが、81年、63点のデッサンや関連作とともに初めてスペインに帰り、ピカソの遺言に従って、マドリードのプラド美術館付属の19世紀館に展示されたが、92年ソフィア王妃芸術センターに移った。(日本大百科全書ニッポニカ)

****************

⁑ゲルニカに描かれているもの                                                                       普遍的なメッセージ 《ゲルニカ》は、ゲルニカが負った悲劇を直接的に写しとったものではありません。背景や図像が単純化され、シンボルとして描かれたこの作品は、現実に起こった爆撃の告発というよりも、「戦争」や「暴力」などの本質的で普遍的な問題を訴えるものといえます。/パリ万博での公開時は、作品の評価は芳しくありませんでしたが、それゆえに、多くの批評家や知識人たちの間で論争が繰り広げられました。特に牡牛と馬の象徴性については、国際的な議論へと発展しています。ピカソ本人は、描かれた動物たちにについて、象徴的な意味があるとだけ述べ、具体的なことは明言しないままこの世を去りました。主題や図像の象徴性について議論が深まるなかで、《ゲルニカ》は反戦と平和のシンボルとしての名声をいっそう高めていきます。                                                     

シンボルが示すもの 《ゲルニカ》に描かれた象徴的なモティーフのなかで、「牡牛」と「馬」は45枚におよぶ習作のほとんどに描かれています。特に牡牛は、もっとも多様な解釈がなされてきました。野蛮な力で自由を阻むものの象徴であると論じられる一方で、災厄を見届け、そこから身を遠ざけようとするピカソ自身であるとの見方もあります。また馬は、犠牲者である人民や、共和制のスペインの象徴であるとする一方で、フランコ政権の崩壊であるとの考えもあります。/また画面には、灯火を捧げる、死児を抱く、建物から落ちていくなど、さまざまな女性が描かれています。さらには死んだ兵士、太陽、鳥、といったモティーフがあり、それらすべてをながめてみても、画面には攻撃する側が描かれていません。被害者側の絶望や苦しみを描くことで、戦争の愚かさが普遍的に表現されています。/《ゲルニカ》に描かれたモティーフは、ピカソの個人的なイメージに基づくものですが、ヨーロッパ美術史において長い歴史をもつものでもありました。このことから、研究者の間では《ゲルニカ》を古典古代の正統な絵画として位置づけようとする試みもなされています。 

ゲルニカが白黒で描かれた理由 《ゲルニカ》がピカソ作品のなかで異彩を放っている理由のひとつに、白黒で描かれていることがあげられます。厳密には、白と黒のほかに、紫や青みがかった灰色など、さまざまな色調が使われています。色彩心理学の観点からも、黒は死や悪、恐怖をイメージさせる色であり、本作を白黒で描いたことは、作品の表現効果をより高めることにつながりました。/ピカソがなぜ白と黒を選択したのか、ということについては、ゲルニカの爆撃を視覚情報として伝える媒体が、唯一新聞だけであったからという説があります。また、写真家であり愛人でもあったドラ・マールの「ピカソは写真スタジオや暗室の白と黒の世界に影響されていた」という証言も残されています。/ピカソは制作の過程を詳細に記録しました。習作にはナンバーと日付を記し、カンヴァスの制作段階では、完成時を含めてその過程を8枚の写真に収めました。この記録によると、ピカソは途中、色彩のある生地でコラージュを試みましたが、多くの習作と検討を重ね、白と黒、そして灰色による《ゲルニカ》の誕生に至りました。(以下略)(Artelier:ttps://media.artelier.co.jp/column/161/  

  IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII       

しのぶれど顔に出にけりわが嘘は

 朝の3時ころから机の前に座って、ネット上の気象情報に目を向けて「台風6号」の行方を眺めています。当地(房総半島の中央部)も、もちろん台風の進路に当たっており、昨夜来の雨が徐々に強まってきました。幸いというか、今のとことろ(午前6時ころ)、風はそれほど強くはありません。雨・風がこれからピークに達するという予報です。当地も含めて、災害の起こらないことを祈るのみです。(ヘッダー写真「参院予算委員会で、立憲民主党の石垣のりこ氏の質問を聞く高市早苗経済安全保障担当相=2023年3月24日午前10時16分、国会内」、上田幸一撮影)

 このような気象状況ですから、気分が晴れないのは当然でしょう。でも不快指数が上がるのは「天気」のせいばかりではなく、やはり、この国の為政者の不誠実な政治姿勢のもたらす「災厄」によるところが大であると言っておきます。「石油」も「ナフサ」も「大丈夫」と言い張り続けて、この国の経済は物価高騰の直撃を受け、今や円安とインフレでスタグフレーション直前といった有様です。数日間の報道を見る限り、秋にかけて物価上昇(値上げラッシュ)は際限もなく、まさに政治の不作為が万般に及んでいるという惨状です。

 【景気が後退していく中でインフレーション(インフレ、物価上昇)が同時進行する現象のこと。景気後退(Stagnation)とインフレ(Inflation)との合成語】

 加えて、首相事務所が直接関係する「各種選挙妨害」事件が新展開を見せようかという状況にあります。将棋でいうなら、だれの目にも「投了」は明らかなのに、「参りました」「負けました」と言えないバカさ加減が、コマの役割を変えようとする、「禁じ手」を平気でうとうとするんですね、このご仁は。そして、一層醜い事態を齎(もたら)そうとしているのです。首相の公設第一秘書が悪巧(わるだく)み(対立候補や野党候補者への誹謗中傷動画の制作・拡散に関与)に手を染めていたことは、「文春報道」で明らかだし、それを首相が関知していないことなどありうるはずもない。にもかかわらず、「私はやっていない」「(証拠などの記録類など)ないものはない」「知らないのにどうしろというのか」「やってもいないことをやったといわれるのは心外」と、怪しい・苦しい弁解を、震えながら展開しています。一人の有権者であるぼくには「ここまで嘘をつき通すとは心外(unthinkable)」といいたいですね。この国にとって、まさに「疫病神(jinx)」の一人狂言という始末でしょう。

 中傷動画巡る週刊誌報道、高市首相「まるであったかのように印象づけられるのは大変心外」 高市首相(自民党総裁)は28日の参院厚生労働委員会で、昨年の党総裁選と今年の衆院選で自身の陣営が他候補を中傷する動画をSNSに投稿したとする週刊文春の報道を巡り、「まるであったかのように印象づけられるのは大変心外だ」と強く反論した。
 立憲民主党の石橋通宏氏に答弁した。首相の秘書と動画作成者とされる男性がオンラインでやりとりしていたとする同誌報道については、「確認もできなかったし、記録もない」と改めて否定した。
 石橋氏は「答弁が違うことが判明した時の責任は極めて重く、責任を取るか」と追及し、首相は「記録がなくても、秘書に記憶があれば正直に私に言う」と述べ、「秘書から『信じていないんですか』と怒られた。誠実に答弁している」と強調した。(読売新聞・2026/05/28)

 週刊誌の中傷動画報道、高市首相「一切行っていないと報告を受けている」と再否定…動画作成に「政治団体からの支出はない」 高市首相(自民党総裁)は13日の参院本会議で、昨年の党総裁選と今年の衆院選で自身の陣営が他候補を中傷する動画をSNSに投稿したとする週刊文春の報道について「一切行っていないと報告を受けている」と改めて否定した。
 立憲民主党の小西洋之氏の質問に答えた。首相は、動画作成や発信に関し「私の政治団体からの支出はない」と説明した。報道が事実だった場合の責任の取り方を問われると、「仮定の質問に答えることは控える」と述べた。(読売新聞・2026/05/13)

 細かいことは言いません。「首相否定」と、多くの新聞は首相の「(根拠のない)言い分」だけを報じるが、新聞社は、そのネタをどれだけ調べようとしているのか。首相は「一切行っていないと報告を受けている」という秘書の「否定」発言だけが根拠といえば、本当にそれだけですかと、問いたいものです。何とも言えぬ、子どもじみた、お粗末加減です。「やってもいないことをやったといわれるのは心外」というだけ。この「負けず嫌い」の人とは思われません。ならば、「名誉棄損」となぜ言わないか。そうなれば、「藪蛇(やぶへび)」だからでしょう。「『藪をつついて蛇を出す』から》よけいなことをして、かえって自分にとって悪い結果を招くこと」(デジタル大辞泉)がわかっているから。首相陣営が「名誉棄損」で週刊誌等を告訴しないで、時間稼ぎをして「人の噂も七十五日」を狙っているのなら、場合によっては、ぼくが「告発」をやるかもしれません。その理由はいくつもありますよ。「しのぶれど 顔に出でにけりわが嘘は ものや思ふと人の問ふまで」(本歌は「しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで平兼盛・『拾遺集』恋一・622)(右写真は毎日新聞・2026/5/29)

 公設第一秘書が公職選挙法違反を問われるなら、連座制で首相にも「累は及ぶ」のです。だから、「文春などを名誉棄損で」訴えられないというのは、陣営にとっては全くの窮地でしょう。これ(逃散)に手を貸すのが与野党の国会議員であったり、マスメディアだとすると、この国の「誠実」はどうなりますか。「最低の政治家の国家とその国民」という意味では、。世界の除け者となります。もちろんアメリカは突き放す(離れる)ばかりでしょう。この「中傷動画事件」、いったい総理陣営が無関係なのかどうか、どなたか、「対話型 AI」に聞いてみないか。

 《「週刊誌記事が証拠なのか」「確認したのか」高市首相が立民・石橋氏に反論 中傷動画巡り 「…首相は、『今、『証拠』と言った。週刊誌の記事が証拠なのか。しっかりと(石橋)委員の方で確認したのか」と訴えた。一連の報道について『私の名誉にも関わる、そして秘書の名誉にも関わる、信用にも関わる、政治の安定にも関わる重大な問題だ』と不快感を示した」(産経新聞・2026/05/29)(「週刊誌記事が証拠」ではいけないんですか。週刊誌の記事ごときで辞めた議員は数知れず。もう充分に大きな「墓穴」を掘られたと思う。俚諺に「人を呪わば、穴二つ」と言います。それこそ平安の昔から伝えられてきた箴言でもあるでしょう。「どんぐりコロコロ」という童謡は、ぼくのバックボーとなっているものです。「墓穴にはまって、さあ大変」と、何時だって、穴に落ちる覚悟はしているつもりです。この首相なら、最後は「あれは秘書がやったこと」「私は知らない」と必ず言い逃れようとするでしょう。かわいそうに。

 よくぞ「大見得を切った」と言いたいところですが、「窮鼠、猫を噛む」の、いうべからざる発言の瞬間でしょうね。自民党の「裏金問題」を暴いたのはどこだったか。現文科大臣の「不倫」を報じたのはどこだったか。週刊誌の類を見下している、その姿勢こそが「墓穴を掘る」行為であることを知ってか知らずか、そういう言い方(開き直り)しかできないほどに「手」がない証拠。いい加減に「認めたらどうか」と思う。「日本劣島を弱く貧しく」するばかりではないか。それでも、ぼくは構わないけれど、ね。

 「嘘にも種が要る」と言いますね。その「種」とやらを「どうぞ、お示し下さい」な。「瓢箪から駒(馬)が出る」とも、「嘘から出た実」とも言います。(左下の似顔絵:https://ameblo.jp/togusan1960/entry-12869277950.html

【新生面】シンギュラリティー 「シンギュラリティー」という言葉がある。人工知能(AI)の処理能力が人の処理能力を上回り、社会や生活に予測不能な変化をもたらす分岐点のことだ。米国の未来学者レイ・カーツワイル氏が2045年ごろに到来すると予測した。ただ、近年の生成AIの飛躍的な進化を踏まえると到来はもっと早い、との指摘もある▼プロ野球巨人の監督だった阿部慎之助さんの騒動を知った、知り合いの若者はこう言った。「これってシンギュラリティーの始まりですかね」。うがちすぎだろうか、それとも…▼阿部さんは長女への暴行容疑で逮捕された。翌日未明に釈放されたが、同日中に監督を辞任した。きっかけは、長女が対話型の生成AIに相談し、回答に沿って児童相談所へ電話したことだった。児相は警察へ通報。自宅へ駆け付けた警察官が阿部さんを現行犯逮捕した▼児相や警察の対応を「過剰」と批判する声もある。だが、安全優先の行動と考えれば迅速かつ適切だったとみることもできる。AIの助言も的外れだったとは言い難い▼けれど、事後に公表された手紙にもあった通り、一連の急展開に最も驚いたのはAIに相談した長女自身だったようだ。しぐさや表情に表れる「心のサイン」を読み取れない中での対話は、時として予測不能な事態を引き起こす▼暴力は許されないが、今回の騒動は、そのこととは異なる「危うさ」も明らかにしたように思える。近い将来、AIにつぶやいただけで警察官が駆け付ける日が来るのかもしれない。(熊本日日新聞・2026/06/03)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

今こそ、この戦争を撮って 世界に…

 世界の多くの地域では、オイルショックやナフサ不足で、活計(たずき」の算段に心を奪われている隙に、いささかの間断もなく、日夜急襲する爆裂弾で、ガザは消滅寸前の地獄を経験させられています。アメリカとイスラエルが結託してイランを侵略するという許されざる「平時暴力」は、世界の耳目を「石油」問題に引き付けるための手段だったと後に悔やまれるのだろうか。多分、イスラエルとアメリカの悪鬼軍団は「ガザ住民の皆殺し(ホロコースト)」を図っている。イランの核保有は断じて許さず、イスラエルとアメリカは核保有をわが物にしているのです。そして、この極東の島国の権力者もまた、米イの悪魔どもと手を結んでもいるのだ。25歳で虐殺された若い女性カメラマンの記録。イラン人監督のセピデ・ファルシさんが作られた映画「手に魂を込め、歩いてみれば」が完成した段階でも、ぼくは、この問題に触れました。今なお、ガザでは「皆殺し」が続いているのだと、心から訴えたいという衝動に駆られています。ガザでは毎日のように「人間が殺されている」のです。人は殺戮されるために生まれてきたのではないことを、世界の「人間たち」に向かって証明したい。

【明窓】ガザのためにできる一歩 まず、われわれは苦しんだ人間の前で、歴史の前で絶句することだ。ひとたび絶句して語り始めた言葉と、頭で知った言葉では、意味の力がまるで違う。どこかに書いてあることをなぞるだけでは伝わらない。心から出た言葉は心に届く-。/ 公開中の映画『手に魂を込め、歩いてみれば』を見て、批評家・若松英輔さんの言葉を思い出した。作品はイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が続く中、イラン出身の監督がパレスチナ人の若き写真家ファトマ・ハッスーナさんと1年にわたって重ねたビデオ通話を記録したものだ。
 はじけるような笑顔の背後で、荒廃した街に爆撃の煙が上がる。封鎖による深刻な飢えにも見舞われる中、彼女はシャッターを切り続け、破壊された街に生きる人々の色と現実を写し取った。作中に差し込まれる一枚一枚が訴える力は強い。
 2025年4月16日、25歳の命は空爆で奪われた。ガザでは攻撃開始から7万2千人以上が死亡したとされ、昨秋の停戦後も攻撃が続く。/出雲市内で先日あった上映会では、監督と交流を続ける配給会社の代表が「出発点は知ること。知って誰かに伝えることは行動になる。声は決して無力ではない」と語った。上映会を企画した市内の雑貨店「フェアトレードfuku-mimi」が14日までハッスーナさんの写真展を開催中だ。ガザから遠く離れた私たちにもできる一歩がある。(衣)(山陰中央新報・2026/06/01)

「今こそ、この戦争を撮って
世界に見てもらわなければ。
他に誰がやるの?」—— ファトマ・ハッスーナ

■ 映画『手に魂を込め、歩いてみれば』 廃墟のガザで撮影を続けるフォトジャーナリストと、彼女を見守るイラン人監督との1年にわたるビデオ通話で紡がれた比類なきドキュメンタリー。空爆や飢餓、不安にさらされながらも、街の光景や人々の力強さを写真に収め続けたファトマ・ファッスーナ。監督が「彼女は太陽のような存在」と称賛したファトマはしかし、カンヌ映画祭での上映が決まった直後の2025年4月16日、家族とともに空爆で命を奪われます。残された彼女の映像と言葉は、今も「声をあげることの意味」を私たちに問いかけています。12月5日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。

登場人物:セピデ・ファルシ、ファトマ・ハッスーナ
監督:セピデ・ファルシ
プロデューサー:ジャヴァド・ジャヴァエリー
製作:Reves d‘Eau Productions、24images Production
配給:ユナイテッドピープル
2025年/フランス・パレスチナ・イラン/113分(https://www.unicef.or.jp/news/2026/0004.html

+++++++++++++

⁑ガザのフォトジャーナリスト、イスラエルの空爆で死亡 生前に「反響呼ぶ死」望む(CNN) パレスチナ自治区ガザ地区での紛争を1年半現地取材していた戦争ジャーナリスト、ファティマ・ハスナ氏が、イスラエル軍による今週の空爆で家族7人と共に死亡した。/「もし死ぬのなら、反響を呼ぶ死を望む。緊急ニュースで流れたくないし、ただの人数で表されたくもない」。ハスナ氏は昨年8月、インスタグラムへの投稿にそう書き込んでいた。さらに「その死を世界中が耳にして欲しい。影響が何年にもわたって続き、イメージとしていつまでも残って欲しい。時間にも空間にも埋もれることなく」と付け加えた。/イラン出身の映画監督セピデ・ファルシ氏は、ハスナ氏を取り上げた新たなドキュメンタリーを制作していた。作品は来月のカンヌ国際映画祭で上映される予定。/ハスナ氏の訃報(ふほう)を受けてファルシ氏は18日、ハスナ氏と自身が写った写真をSNSで共有した。写真の中のハスナ氏は満面の笑みを浮かべている。ファルシ氏は写真に「私が最後に彼女に抱いたイメージは笑顔。今日も頭から離れない」とのメッセージを添えた。

ガザ保健省は18日、CNNの取材に答え、ハスナ氏の両親が16日の空爆を生き延びたと明かした。しかし両親は共に重傷を負っており、現在は集中治療室に入っているという。/現地の監視団体「パレスチナ人ジャーナリスト保護センター(PJPC)」は、ハスナ氏を追悼。当該の空爆はガザ市内にある同氏の自宅を標的にしたとの認識を示した。こうした攻撃はジャーナリストに対する「犯罪」であり国際法違反と非難した上で、ハスナ氏によるこれまでの力強い写真報道は、戦闘が人々にもたらす苦しみに光を当てたと称賛した。(左上写真「イラン人映画監督セピデ・ファルシ氏が共有した笑顔のハスナ氏(中央)の写真」Sepideh Farsi)(右写真は映画監督・ゼビデ・ファルシさん)

イスラエル国防軍(IDF)は16日、空爆についてイスラム組織ハマスの「テロリスト」を標的にしたと説明。複数の措置を講じ、民間人に危害が及ぶリスクを最小限にしていたと主張した。IDFは当該のテロリストがIDF兵士とイスラエル市民に対するテロ攻撃を計画、遂行していたと声明で述べたが、詳細は明らかにしなかった。/ハスナ氏が写真を投稿していたインスタグラムとフェイスブックのフォロワーは3万5000人を超える。写真はガザで日常生活を送る困難や、イスラエルの空爆を受けながら生きる脅威を題材としている。/PJPCによれば、2023年10月7日のハマスの奇襲以降、ガザ地区で死亡したジャーナリストの数は212人となった。これは前例のない数字だと、多くのジャーナリスト団体が指摘する。/PJPCは国際社会に対し、すぐに調査を開始してジャーナリストの死亡に関与した人々の責任を問うよう求めている。(CNN:https://www.cnn.co.jp/world/35232024.html

「もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。」4月16日でファトマ・ハッスーナの死から1年」https://unitedpeople.jp/put/blog/archives/338

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 半世紀以上も前に何度か通った、堀切菖蒲園。懐かしさのあまりに、写真に見惚れてしまいました。大学生だった青年は、今ではすっかり老人になり切りましたよ。花はいいですね。花とおじさん、おばさんと花と。花には何でもよく似合う。もちろん、ガザにもたくさんの花々が咲き誇りますように。

 「少しずつ色が違うのが素晴らしい」葛飾・堀切菖蒲園で紫やピンク、白などのハナショウブが来園客を癒やし ハナショウブの名所で知られる東京都葛飾区の堀切菖蒲(しょうぶ)園で、約200種6000株が見頃を迎えた。1日は日差しが照り付ける中、多くの人が日傘や帽子で暑さを避けながら、紫やピンク、白などのハナショウブを楽しんだ。/江東区から友人と訪れた稲増淳子さん(74)は、「暑くて驚いたけど、来て良かった。たくさんの種類があって、少しずつ色が違うのが素晴らしい」と喜んだ。管理事務所によると現在は八分咲きで、今週いっぱい楽しめる。予想される台風については、水路の水を抜くなどの対策を考えているという。/ 同園と都立水元公園では14日まで「葛飾菖蒲まつり」を開催中。堀切菖蒲園では5、6両日にライトアップなどが行われる。ともに入場無料》(久野千恵子)(東京新聞・2026/06/01)(ヘッダー写真も)

 都内に住んでいたころ(昭和38年春~昭和47年夏)、何度か通ったのが堀切菖蒲園。京成電車で上野から30分もかからなかったか。この近辺には向島の百花園もあったので、頻繁に足を延ばしては、一服の清涼剤としていました。徒歩圏では六義園や古河邸(バラが主でした)、小石川(礫川)公園(菖蒲園もあった)、文京区の江戸川公園などなど。それこそ四季折々で植物の旬を楽しむことができました。我が拙庭にも、アヤメ(菖蒲)が幾株か、つい先だってまで花の盛りを見せていました。なかなかに色鮮やかな花をつけてくれますね。今思い出しましたが、明治神宮にも「花菖蒲」が育っていました。ここにも何度か足を踏み入れました。都内のいずれの公園も、広大な土地は望めなくなりました。堀切菖蒲園も、狭隘といっていいような園内に、それこそ人混みができるような雰囲気では、おそよ「花菖蒲」に相応しくない気もします。

 (しばしば、ショウブ(菖蒲)・ハナショウブ(花菖蒲)・アヤメ(菖蒲・纐纈)・カキツバタ(燕子花・杜若)などの区別がわかりにくいとされます。いろいろと解説が施されていますが、何よりも自分で育ててみるのが最も確実に、それぞれの区別がつきます。大まかに言っておくと、乾いた土地、湿った土地、水のあるところで、それぞれ成長するという違いがあります。あるいは、花の模様や色による区別もあるでしょう。昔から、いろいろと取り違えられてきた経過もあり、とにかく自分で触れてみることが最も大事でしょうね。昨日は「ドクダミ」、本日は「ハナショウブ」、花の色は移りにけりなゐたずらに…。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

なにがなんでも 勝たねばならぬ

 「何が何でも勝たねばならぬ」と、この女性はいつの時代にも人を出し抜いてきたでしょう。坂田三吉が「吹けば飛ぶよな将棋の駒」に命を懸けたのは事実でしたが、それは嘘の通用しない世界の出来事。この女性宰相は、そんなもの(本当のこと)は歯牙にもかけなかったと思う。なにがなんでも勝たねばという心意気は、そこだけをとってみれば心地いいし、時には美しくも勇敢にも見られるでしょう。しかし、この宰相はどうでしたか。ぼくは、かなりは早くから知っていましたが、好かない御仁という印象は消え去らなかった。いわば「口八丁手八丁」というのではなく、あえて放言するとするなら「嘘八百(a whole pack [all sortsof lies)」「嘘も方便(A lie can be a necessary evil.)」という主義ではなかったでしょうか。「あれこれとうそを並べたてて言うこと。まったく、うそばかりであること。はっぴゃく」(精選版日本国語大辞典)そんな世界があるんですね。

 今、火が付きかかっている「相手候補、他党候補への中傷動画」拡散問題。だんだんに追い詰められている状況を見ていると、これまでの彼女のウソがばれた時の「弁明」「釈明」を思い起こします。実にこの手の術に長(た)けているのがわかります。「図星」を指されても、「馬脚」を現しても、白を切るのです。この人の身体・根性は「弁解・言い訳・弁明・申し訳・言い開き・申し開き・言い逃れ・言い抜け・逃げ口上・遁辞・陳弁・断る・言い分・言いぐさ・言い条」で出来上がっているというべきで、いうならば「お見事」と、当方が降参すべきところか。これがお笑いや、お芝居なら「結構毛だらけ、猫灰だらけ」なんでしょうが、はたせるかな、小なりと雖も、一国の宰相です。

 京都新聞のコラム氏は品がいいのでしょうか、煮え切らないのでしょうか。あるいは大人(紳士)というべきか。「当代の最高権力者は、世間に問うてきた施策や信条に後ろめたさがあるのだろうか。高市早苗首相は日記のごとく、公式ホームページで20年以上書き続けたコラムを2月に全て削除してしまった」、要するに、あの手この手の「御用済み(の嘘)」ということだったでしょう。だが、悲しいかな、情報時代の情報機器の仕組みには疎かった。消去してしまったから、もう大丈夫ではないのですね。今回の「誹謗中傷動画」も然(しか)り。記録はすべて消しました。だからもう大丈夫なんですか。パソコンにドリルを突き刺した議員がいました。

【梵語】日記が伝える歴史 平安の世、藤原道長が詠んだ一首はよく知られる。<この世をばわが世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思へば>。権勢の絶頂に開いた宴で和歌を唱和したと、「御堂関白記」につづった▼現存する世界最古の自筆日記といわれ、政務の日々に、源氏物語を育んだ宮廷サロン、病へのおびえ、仏への帰依も記す。史実に加え、摂関期の文化や思想がにじむ▼道長は破却を望むも伝世され、ユネスコの世界記憶遺産に登録された。日記は多くの公家、近現代の政治家も書き残し、日本史を編む重要史料とされる▼当代の最高権力者は、世間に問うてきた施策や信条に後ろめたさがあるのだろうか。高市早苗首相は日記のごとく、公式ホームページで20年以上書き続けたコラムを2月に全て削除してしまった▼SNSで代用できるというが、過去のアーカイブとして併存することはできたろう。自らも昨秋に国会で「あえて政治家の歩みや進歩を見てもらう」として、撤回した主張を含め載せているとしていたのに▼ネットではコラムが復元され、衆院選での「消費減税は悲願」は読み取れないとの分析が示される。他にも平和主義を掲げた憲法前文を「おめでたい一文」と吐き捨てた国会発言の映像も残る。欠けたる記録ならば、自らの口で説明してはどうか。(京都新聞・2026/05/31)

 この人は心底からの「歴史嫌い」「歴史音痴」なんですね。詰まりは「過去を消し去りたい」というばかり。過去を有しない人でしょう。あるのは「今」だけ、「自分」だけ。そして、その信条は「なにがなんでも勝たねばならぬ(I must win no matter what.)」ですから、手段も行儀もなんのその、です。一日居座れば、一日この国は滅びに近づくんですね。だから、「最後までやりなはれ」という気はぼくにはありませんが、ね。「嘘つきは泥棒の始まり(Lying is the beginning of theft.)」司馬遼太郎さんが居合わせていたなら、令和版の「国取り物語」「くの一忍法(「新・梟の城」)」を書いたことでしょう。下卑た作品になったことは請け合いますよ。因みに、司馬さんの母方の出は奈良の竹ノ内街道沿いだったそうです。

 まだ、首相は追い込まれたとは思っていない(いたい)でしょうか。相当に焦っていると、その物言いや表情からありありとわかる、ぼくにはそう見えますが。おそらく「あの手この手の思案を胸に」あくなき闘志を滾(たぎ)らせているのでしょう。この先の醜態は断じて見たくないですね。これまでさんざんに、自分を偉く見せてきたでしょう、もう充分ですやん。潔く辞めなはれ。(「脅しと賺(すか)し」の二刀流ですが、ぼくはもう見飽きたし、聞き飽きました。下卑た微笑は「媚笑」ですか、見るのもつらいですね)

(ヘッダー写真はPlantia:https://www.hyponex.co.jp/plantia/plantia-16423/

 王将
(詞・西条八十 曲・船村徹)

吹けば飛ぶような将棋の駒に
かけた命を笑わば笑え
うまれ浪花の 八百八橋
月も知ってる 俺らの意気地

あの手この手の思案を胸に
やぶれ長屋で今年も暮れた
愚痴も言わずに 女房の小春
つくる笑顔が いじらしい

明日は東京に 出て行くからは
なにがなんでも 勝たねばならぬ
空に灯がつく 通天閣に
おれの闘志が また燃える(1961年発表)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「徒然に日乗」(1109~1115)

◎2026年05月31日(日)快晴。はじめは公道両側の除草をして終わるつもりだったが、ついはずみで庭の植え込みの剪定に取り掛かってしまった。午前中2~3時間はかかったろうか。満天星躑躅(どうだんつつじ)を数年ぶりで選定したが、まだ作業の半分が残ってしまった。明日以降に。さらにった。紅カナメモチ一本。これも虫食いにあって弱っていたが、故俊はずいぶんと持ち直し、ずいぶんと樹勢が出てきていたので、思い切り剪定。さらに、進めたかったが、かなりの高温と陽ざしに恐れをなして、作業は中断。▼来週の半ばあたりには、台風6号が当地付近を襲うという予報が出ている。いまのところ、劣島近海の海水温がそれほどの高温になっていないので、大きく勢力が発達する危険性はなさそうだが、何が起ころかわからないのも気象状況。大過なく過ぎることを祈るばかり。(1115)

◎2026年05月30日(土)終日晴天。各地で真夏日が続出している。世界規模では欧州、ことにフランスでは歴史的な猛暑に襲われている。劣島でも、この先の猛暑が思いやられる。▼報道によると、ナフサ不足に発する物価高騰が目白押しで、ものみな高騰する時代をいかにして凌ぐことができるだろうか、大きな課題だ。▼台風6号が、気象庁予想では3~4日ころに関西から関東に進路を取るという。梅雨入り前の最初の直撃になるかどうか。今から気を揉む。(1114)

◎2026年05月29日(金)蒸し暑い、梅雨時のような天気具合。30℃には届かなかったが、それでも湿度(室内)は70%近くまで上がっていた。珍しく、朝シャワーを浴びたほど。本日も終日自宅内に。▼「日経平均66,329.50 +1636.38 NYダウ50,668.97 +24.69 ドル円159.21-23 -0.25円高NY原油87.54 -1.36 長期金利2.655 -0.040」(日経新聞・2026/05/29)(1113)

◎2026年05月28日(木)本日も終日自宅内に。このところの肩などの痛みはやや治まった感がある。完全に痛みがなくなっているのではないが、これまでとは違う感覚だ。このまま大過のないことを願うばかり。もう一週間もすれば関東地方も「梅雨入り」だろうか。それまでに庭の手入れをと思っていたが、どうも無理のようだ。仕方なし。(1112)

◎2026年05月27日(水)曇り空の一日。終日自宅に留まる。▼「政府のインテリジェンス(情報活動)機能強化に向けた「国家情報会議」創設法が27日の参院本会議で成立し、「スパイ対策」が本格化する見通しとなった。国会前で「市民監視が強まる」などとプライバシーや思想の自由の侵害を懸念する抗議活動が連日開かれるなど、不安も広がっている」(共同通信・2026/05/27)この後には「スパイ防止法」が続く。自分の事務所の情報管理すらできない首相が何をする気でいるのか、狂っているな。▼ドル円159.33-34 +0.14円安 NY原油91.31 -2.58 長期金利2.685 -0.035(日経新聞・2026/05/27)(1111)

◎2026年05月26日(火)終日快晴。午前中に茂原まで買い物。▼庭の除草作業をしなければと思いながら、とても作業に取り掛かる元気がない。右肩周辺の痛みが、少しは和らいだかどうか、はっきりとは分からない。痛みをはっきりと感じ出して、本日で三日目か四日目。もう少し様子を見たい。▼現首相事務所のスキャンダルにやや方向の変化が出てきたと感じる。新聞の論調も、石油(ナフサ)不足問題の捉え方がこれまでとは異なるように思われるのだ。この先、はたして醜聞や虚言をどこまで掘り下げるようになるだろうか。ある歴史家に言わせると「昭和が戦争の時代」に堕していったのは、マスメディアが変節し、言うべきことを言わなくなり、それに同調するように、国民も沈黙を貫いたからだという。まさにそういう事態が現実に生まれているのだ。(1110)

◎2026年05月25日(月)昨日とは打って変わり、終日快晴。▼右肩周辺の痛みが続く。鎮痛消炎発布剤を使いだしているが、まだ痛みは残る。肩こりなのかどうか、よくわからないところがある。▼昼前に茂原まで買い物に。帰路、猫のドライフードをいつも通りにコメリにて購入。(1109)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII