十薬や母には会へぬ世に生きて

【天風録】ドクダミと梅雨 広辞苑の編さん者で知られる新村出(しんむら・いずる)は戦後間もなくつづった随筆で、ある雑草を〈あっぱれの美花〉と称賛している。梅雨の今時分、日陰に群生するドクダミのことだ▲ハートの形をした緑の葉が頂くのは、通称「白十字」。花と思われがちだが、学術的には4枚の葉が白く形を変えたものだという。新村は花瓶に生け〈どこからどこまでも愛すべき雅致(がち)に富む〉と記した。忘れてならないのは強烈な臭いだ。根を広く張り、むしっても毎年生える。庭先で見つけると、ため息も▲広辞苑を引くと、名前の由来は〈毒を矯(た)める〉とある。体に悪いものを抑え、正常な状態に整えるという意味だ。古くから和漢の万能薬として重宝され「十薬(じゅうやく)」と呼ばれる▲「健康マニア」だった徳川家康は煎じて飲むよう、身内に勧める文を残している。利尿作用が高く、美肌につながると愛飲する人も。生の葉をすりつぶせば腫れ物や虫刺されの妙薬になると、お年寄りから以前聞いた▲梅雨の晴れ間、庭掃除で集めたドクダミでお茶をこしらえた。軒先でしっかり干して煮出すと、ほのかな甘みと土の香りが口に広がる。先人の知恵に「あっぱれ」と賛辞を贈るとともに、薬効も信じたい。(中國新聞。2026/06/12)
(ヘッダー写真:http://www.yanagidou.co.jp/syouyaku-yakusou-jyuuyaku.html

 どうでもいいことです 数日前の「駄文」に「ドクダミ」について書きました。拙宅の庭のいたるところに、今を盛りに白い花を咲かせて、生き生きと茂っているさまを見るにつけ、生命力は旺盛だなと、ほとほと感じ入ってしまいます。3日前の「天風録」(中國新聞のコラム)に面白い記事が出ていました。広辞苑の編者だった新村出さん(1876~1967)とドクダミの抱き合わせでした。新村さんはドクダミのことを「あっぱれの美花」と称賛していたという。物好きもいればいるものだと感じてしまいました。かくいう小生も、この草とは馴染みが深い方だと思っている。ある時期までは「薬草」の効能を日常的に試用してさえいたのでした。また、ある時期からは、いかにも身近な草花という「親近性」さえ感じているのです。「ドクダミ」は「毒を矯める」が由来だとか。ご本人が担当(解説)されたのかどうかわかりませんが、広辞苑にはそう出ている。

 「広辞苑」には、「毒を矯める・止める、の意。江戸時代中頃からの名称」、「全草を乾したものは生薬の蕺葉(しゅうさい)で、消炎・利尿剤などとして用い」「葉は腫物に貼布して有効という」ともあります。「矯(た)める」は「矯正」という熟後にあるように、悪い性質などを直す、元通りにするという意味があります。「毒を矯める」とは「毒(性)を取り除く」ということでもあるでしょうか。「新村は花瓶に生け〈どこからどこまでも愛すべき雅致(がち)に富む〉と記した」という。ぼくはそこまでは「物好き」ではありそうではありませんが、昔のように忌み嫌うということはなくなりました。かといって、それを育つがままに放置するほどの「物臭(ものぐさ)」に徹することもできないでいます。いずれ、時期が来たら、除草することになるはずです。

 ドクダミを好んだ新村さん。ぼくはこの新村さんと息子の新村猛さんの親子からは、長きにわたり多くのことを学びました。それはそれとして、新村出さんについて、近年になって驚いたことがありました。どこかで触れましたが、なんとぼくが卒業した京都府立 S 高校の「校歌」の作詞をされていたというのです。在学中、何度か歌わされたはずですが、その記憶は全くありません。もちろん歌詞も曲調も覚えていません。作曲は、まだ三十代だったか、團伊玖磨さん(1924~2001)だったといいます。その事実を本当に、最近知って驚いたのでした。子の国か、まったく記憶にないのですから、ぼくは、果たしてこの高校を卒業したのだろうか、と時には気になったりします。卒業アルバムや卒業証書もありません。

 先週の木曜日(6月11日)、京都の嵐山で高校の同窓会が開かれました。早くに誘われていて、ぼくも参加するつもりだったが、かみさんだけ残して家を空けることを躊躇していました。同窓会が開かれる数日前にかみさんは具合が悪くなり、夜中に廊下で倒れて唸っていました。しばらく様子を見ていて、苦しみも治まり事なきを得ましたけれど、やはりこのままでは出かけられないと判断して、同窓会には参加しないことにしました。これまで一度も出席したことはない。今年で卒業68年目でした。当時の同級生の顔も名前もほとんど忘れたといっていいほどの時間が経ちました。この先、果たして同総会が開かれることがあるかどうか。考えるまでもなく、はるかにたくさんの時間が流れてしまったことを痛感しています。(右は同窓会会場だといいます)

さからはず十薬をさへ茂らしむ(富安風生)
どくだみを可憐と詠みし人思ふ(浅井青陽子)
引きぬきし十薬の根の生白さ(横山房子)
どくだみの香にたつ土の薄暑かな(西島麦南)
十薬のそこら咲きみち梅雨宣言(山口青邨)
十薬や母には会へぬ世に生きて 上田五千石

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「徒然に日乗」(1123~1129)

◎2026年06月14日(日)快晴とはいかなかったが、まずまずの天気。それにしても湿度が高かった。70%は超えていたかもしれない。▼終日自宅に。庭作業を進めようとも考えたが、体が言うことを聞かない、やりだせばきりがない作業になるのはわかっているので、いささか怖気づいているのかもしれない。(1129)

◎2026年06月13日(土)終日、曇天が続いた。▼昼頃に茂原まで買い物。取り立てて高価なものを数多く買ったわけでもないのに6千円超だった。相変わらずの物価高騰が続いている。円安は160円越えで、連休時期の為替介入では米国国債を売り出したことが判明。この先の「円安」阻止をどうするつもりなのだろうか。長期金利がさらに上昇、いよいよスタグフレーションに突入したというべきだろう。(1128)

◎2026年06月12日(金)午前中、市原のH.C.へ、猫の食料購入に。▼夕刻、久しぶりにT君から電話。旧帝国大学付属学校の国語科の教員。かなり間が開いたが、相変わらずの精勤ぶりで健闘されている様子がわかるよう。授業の深掘り、要は生徒自身が教室の主人公でなければならないという、当たり前の授業の創造を試みているという。思い切り授業の可能性を開いてほしいものだ。▼「首相は同11日の参院決算委員会で「(男性は)私も秘書も面識のない方だ」と明言したが、19日には「私も秘書も会ったことがない」と表現を変えた。高市事務所がオンライン会議を認めたとする別の週刊誌報道では、6月5日の参院予算委で「事実と違うと(秘書が)言っていた」と否定したが、10日の衆院法務委で「改めて確認したところ、事務所から回答した内容だった」と訂正した」(読売新聞・2026/06/12)実に不真面目で不謹慎な「舐めた態度」に終始している。即刻辞任してくれろ。(1127)

◎2026年06月11日(木)好天の一日。午後に茂原まで買い物に。▼「天皇陛下は11日、オランダとベルギー公式訪問を前に記者会見された。現在進む皇族数確保の議論を巡り『制度への言及は控える』と断った上で『国民の理解が得られるものとなることを望んでいる』と述べた。」(共同通信・2026/06/11)▼「国民の理解が得られるもの」を望んでおられると言明した意味は?現内閣で「勝手な思い付きで触るものではない」という意味だろう。「君側の奸」という表現を思っている。天皇制台地であっても、生身の天皇の存在など意に介さないという破廉恥だ。(1126)

◎2026年06月10日(水)朝、9時半頃に近所のH.C.へ。猫の缶詰や洗剤や、トイレットペーパーなどを購入。▼「首相秘書『音声、確信持てない』 中傷動画疑惑巡り高市氏 高市早苗首相は10日の衆院法務委員会で、自民党総裁選での中傷動画作成疑惑を巡り、作成者とされるIT会社代表男性と公設第1秘書との会話を録音したとされる音声データを秘書に確認したところ『自分の声に似ているように思うが、内容も含め確信を持てない』との回答があったと説明した」「音声データが秘書の声と一致していれば、男性と首相陣営側に面識があったことを裏付けるものとなり、『面識がない』としていた首相の答弁との整合性が問われる。」(共同通信・2026/06/10)▼ことここに及んで、なおも往生際が悪いというのを、ぼくは「醜聞」といってきた。醜悪というか、醜いというほかない姿だ。(1125)

◎2026年06月09日(火)凌ぎやすい一日。▼午前中に買い物で、茂原まで。▼首相陣営の「中傷動画」などのスキャンダルが大手のマスコミも扱うようになったのは、いろいろな意味で、永田町政治の状況が変わるだろうか。▼「国旗損壊罪」でいう、国旗は誰のものか。「皇室典範」改正問題には、言わずもがなの異議あり。皇族の判断が無にされて、物事が進行するというのはどういうことだろうか。要するに「天皇制」も「国旗の捉え方」もきわめて「恣意的」で「場当たり的」に思われる。今、急いで取り上げる必要のない政治課題だと思う。あるいは、この「首相」にその資格は全くないものだといいたい。▼「日銀利上げ静観の高市首相 背景に2つの風圧、問題は「次の次」 日銀が6月利上げに大きく傾いている。その理由として高市早苗首相が静観姿勢をとってきた点も大きい。首相のスタンスの背景にありそうなのは市場と米国という2つの方向からの風圧だ。問題は市場参加者が早くも関心を寄せる「次の次の利上げ」も高市氏が静観するかだ」(日経新聞・2026/06/09)(1124)

◎2026年06月08日(月)曇天、時には雨が降るような天気だった。▼本日の午前8時40分にフィリピンでマグニチュードは8.2の大きな地震が発生。日本近海への津波警報が出た。被害の全貌がまだ見えないが、相当な犠牲者が出るだろう。▼「日経平均64,024.60 -2563.52 NYダウ50,866.78 -695.15 ドル円160.18-19 +0.24円安 NY原油94.72 +4.18 長期金利2.715 +0.050」(日経新聞・2026/06/08)(1123)

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首相になった道化、「人間失格」ですね

⁂「週のはじめに愚考する」(123)~  誰でもとは言えませんが、かなりの人は、いろいろな面から作り上げてきた「自画像」を持っています。「根はやさしくて力持ち」というような「根」を持っていながら、地表に現れた枝葉や幹は、なかなかに強面(こわもて)がしたり、近寄りがたい威厳を持っていそうだったり。あくまでも自分流に「娑婆」で生きてくのに必要な「面相(countenance)」をひねくりまわしていると、やがて、「これで行こう」という、自分が求めていた「自分像」に出逢うのでしょう。

 だから、当人が何か凶悪な事件を起こしたりすると、「そういうことをする人とは思わなかった」「信じられない」「悪夢のようだ」と、一様に他人は驚いてしまう。でも、最も驚いているのは「当人」ではないかとぼくなどは考えてしまう。自分は「気弱な」人間であることをだれよりも知っているが、時世・時節に合わせているうちに、自分でも止めようのないくらいの異質(性悪)な人間になってしまうことがあります。そして、いったん偽りの「自画像」が出来上がってしまい、それを世間は「その人自身」と(嘘臭いと知っていても)、虚像を持て囃すようになると、ご本人もそれを受け入れてしまう、それがつまりは「道化」、あるいは「トリックスター(trickster)」というものです。

 「神話や民間伝承に現れるいたずら者。秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、善と悪など矛盾した性格の持ち主で、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす」(デジタル大辞泉)と解説されますが、この人はどうでしょう。生まれも育ちも「ノンポリ」だったが、やがて、何の因果か「政治家(為政者)」を目指す。ここから「道化」が動き出し、ついには「偽装右翼」としての自分像(トリックスター)を作り上げ、どう転んだものか、「一国の総理大臣」にまで上り詰めた。そのためには嘘も毒もばらまいたはずです。「靖国参拝」「中国敵視」などはその典型。この人物にとって「英霊」はそれこそ「政争の具」でしかないということになるでしょう。自分にとって「有利・不利」が判断基準であり、それに応じて「戦争犠牲者」を上げ下げする人物です。これも一種の「芸当」で、「トリックスター」の所以でしょう。「天皇制」は表看板であっても、生身の天皇は敬愛しない、「国家」は好きでも、国民には関心がなく、だから大事にしない、なんとも恐ろしい「観念右翼・かつ「国家主義者」なんですね。

 最近の国会質疑を聴いていて、トリックスターは自分で自分の首を絞めているとぼくは思いました。「偽装極右」ですから共産党は不倶戴天の敵、質問に立った山添拓さんを無意味に忌み嫌い、その不遜で無礼千万な姿勢・態度は彼女自身でも自制できない「道化」の情念がとらしめているのでしょう。それはそうだとしても、「人に対する態度」ではあるまいし、共産党議員を「世を欺く、建前上から嫌う」のは浅はかな振る舞いだと気が付かないところが、「人間失格」の理由です。醜悪そのものというべきでしょう。一人の議員の背後に有権者である国民の支持があるでしょう。一質問者に無礼極まりない態度をとるということは、有権者の声(願いや支持)を踏みにじることになるというばかり。政治の代議制政治の意義を冒涜する以上に、政治家失格のはるか以前に、彼女は「人間失格」と言わざるを得ないとぼくは考えました。  

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◎ロキ(古ノルド語: Loki)は、北欧神話に登場する悪戯好きの神。その名は「閉ざす者」「終わらせる者」の意[1]。神々の敵であるヨトゥンの血を引いている。巨人の血を引きながらもオーディンの義兄弟となってアースガルズに住み、オーディンやトールと共に旅に出ることもあった。変身術を得意とし、男神であるが時に女性にも変化する。自身が変身するだけでなく、他者に呪文をかけて強制的に変身させたこともある。 美しい顔を持っているが、邪悪な気質で気が変わりやすい。狡猾さでは誰にも引けを取らず、よく嘘をつく。「空中や海上を走れる靴」(「陸も海も走れる靴」または「空飛ぶ靴」とも)を持っている。(Wikipedia)                                                                 (⁑山添拓:【国会質問】・2026/06/05) (https://www.youtube.com/watch?v=okCQOxrTXZQ&list=PL7hdKyrr8CyRcTuNrxCVWow4b_8xFw8MP)(14:18 ~) (この場面は、誰が見ても、人間性に大きく欠けたところがあるとみるんじゃないでしょうか。人を見て「顔色」や「眼付」を変えるというカメレオン人間は、まずは信用できない部類の人間だと、相場は決まっている。大人としてもとても恥ずかしいことですね)  

 高市首相、動画作成者側と秘書の「会議」認める これまでは「面識ない」と説明 中傷動画問題 高市早苗首相は10日、昨年の自民党総裁選や今年の衆院選を巡る対立候補らの中傷動画作成・拡散疑惑に関連し、地元事務所の秘書と動画作成者とされる男性側がオンライン会議を行っていたことを認めた。会議に関する報道を否定してきた国会答弁を訂正した。これまでの国会審議などでは、秘書と男性の面識はないと繰り返し、関与を事実上否定していた。                                     ◆「改めて秘書に確認したところ…」
 衆院法務委員会で、中道改革連合の西村智奈美氏の質問に答えた。
 首相は5日の国会審議で、男性が幹部を務めるとされる企業と秘書がオンライン会議を開き、首相の事務所もその事実を認めた、とする週刊現代の記事に「事実と違う」と説明していた。だがこの日は「改めて秘書に確認したところ、記事に引用されているのは高市事務所から回答した内容だった。訂正する」と述べた。
 事実と異なる答弁となったのは「秘書が勘違いした」ためだとした。「深夜から朝にかけて秘書に電話をかけ、一部が引用された記事を私が読み上げた。(秘書は)『回答文の全体の趣旨とは違うと思った』ということだった」とも語った。
 週刊文春電子版が公開した、秘書と男性の会話とされる音声記録について「自分の声に似ているが、編集されて発言も細切れになっているため、確信は持てない」との回答が秘書からあったとも明らかにした。(↷)


 首相は「信頼できる方から紹介を受けた企業とのグループオンライン会議に参加し、国民の声を広く聞くために検討しているという企画の紹介を聞いたことはある」と秘書が話していることも明かした。その場に男性がいたかなどは言及しなかった。/疑惑を巡っては、男性が週刊文春などに対し、秘書と打ち合わせた上で動画を作成したと説明している。(大久保謙司(東京新聞・2026/06/10)(左写真:衆院法務委で答弁する高市首相=10日、国会で)(木戸佑撮影)

 あからさまな「虚偽答弁」をしたにもかかわらず、首相はその事実を認めないし、認めたといいながら、国民に向けての「虚偽答弁」に対する「謝罪」が一切ないのはどうしてでしょう。また、そんな首相の礼を失した姿勢や行動を、どうして多くのメディアは報道しようとはしないのでしょうか。壊れゆく国家の惨状を目の当たりにしていて、言い知れぬ憤怒の情と悲嘆の思いが、ぼくのなかで錯綜しています。「外面(げめん)似菩薩(じぼさつ)内心(ないしん)如夜叉(にょやしゃ)」と、仏教では言われます。その意とするところは「顔は菩薩のように優しいが、心は夜叉のように険悪で恐ろしいの意。女性が仏道の修行の妨げになることをいった言葉。外面如菩薩(にょぼさつ)内面如夜叉」(デジタル大辞泉)という。では、この「傲岸不遜な(裸の)女帝」は、なんと形容できようか。「弱気を挫(くじ)き、強気に媚びる」と。媚びて媚びて媚びて媚びて、その嬌態はまともに見られないものです。「内弁慶の外地蔵」いいますが、どう見ても「弱い者いじめ」しかしない人のようですね。。

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 (余談です。ここに「人間失格」という太宰さんの小説の「あとがき」の一部を引用した理由は特にない。余りにも無礼な総理大臣の「振る舞い(behavior)」を見聞きしていて、思わず「人間失格(Disqualified as a person with normal sensibilities)」という事情の含んでいる仔細を考え込んでしまったというだけのこと)(「余談」の中の「蛇足」です。太宰氏のこの作品は、雑誌「展望」に(三回に分けて)連載されましたが、そのさなかに彼は、都下多摩川に入水自殺を遂げた。1948年6月13日このこと。その一か月の後に「グッド・バイ 人間失格」が単行本として、筑摩書房から公刊された)

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  あとがき(太宰治「人間失格」)
 この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない。けれども、この手記に出て来る京橋のスタンド・バアのマダムともおぼしき人物を、私はちょっと知っているのである。小柄で、顔色のよくない、眼が細く吊つり上っていて、鼻の高い、美人というよりは、美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひとであった。この手記には、どうやら、昭和五、六、七年、あの頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが、私が、その京橋のスタンド・バアに、友人に連れられて二、三度、立ち寄り、ハイボールなど飲んだのは、れいの日本の「軍部」がそろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから、この手記を書いた男には、おめにかかる事が出来なかったわけである。
 然るに、ことしの二月、私は千葉県船橋市に疎開している或る友人をたずねた。その友人は、私の大学時代の謂わば学友で、いまは某女子大の講師をしているのであるが、実は私はこの友人に私の身内の者の縁談を依頼していたので、その用事もあり、かたがた何か新鮮な海産物でも仕入れて私の家の者たちに食わせてやろうと思い、リュックサックを背負って船橋市へ出かけて行ったのである。
 船橋市は、泥海に臨んだかなり大きいまちであった。新住民たるその友人の家は、その土地の人に所番地を告げてたずねても、なかなかわからないのである。寒い上に、リュックサックを背負った肩が痛くなり、私はレコードの提琴の音にひかれて、或る喫茶店のドアを押した。


 そこのマダムに見覚えがあり、たずねてみたら、まさに、十年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった。マダムも、私をすぐに思い出してくれた様子で、互いに大袈裟おおげさに驚き、笑い、それからこんな時のおきまりの、れいの、空襲で焼け出されたお互いの経験を問われもせぬのに、いかにも自慢らしく語り合い、
「あなたは、しかし、かわらない」/「いいえ、もうお婆さん。からだが、がたぴしです。あなたこそ、お若いわ」
「とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し」/などと、これもまた久し振りで逢った者同志のおきまりの挨拶を交し、それから、二人に共通の知人のその後の消息をたずね合ったりして、そのうちに、ふとマダムは口調を改め、あなたは葉ちゃんを知っていたかしら、と言う。それは知らない、と答えると、マダムは、奥へ行って、三冊のノートブックと、三葉の写真を持って来て私に手渡し、/「何か、小説の材料になるかも知れませんわ」/と言った。(↷)


 私は、ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちなので、すぐにその場でかえそうかと思ったが、(三葉の写真、その奇怪さに就いては、はしがきにも書いて置いた)その写真に心をひかれ、とにかくノートをあずかる事にして、帰りにはまたここへ立ち寄りますが、何町何番地の何さん、女子大の先生をしているひとの家をご存じないか、と尋ねると、やはり新住民同志、知っていた。時たま、この喫茶店にもお見えになるという。すぐ近所であった。
 その夜、友人とわずかなお酒を汲くみ交し、泊めてもらう事にして、私は朝まで一睡もせずに、れいのノートに読みふけった。/その手記に書かれてあるのは、昔の話ではあったが、しかし、現代の人たちが読んでも、かなりの興味を持つに違いない。下手に私の筆を加えるよりは、これはこのまま、どこかの雑誌社にたのんで発表してもらったほうが、なお、有意義な事のように思われた。(太宰治「人間失格」新潮文庫版・初出は「展望」。筑摩書房 1948年6~8月号)

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そぞろに長生して武運の傾んを見んも

 (ヘッダー写真:「栃木県那珂川市馬頭の特定社会保険労務士菊地雄一(きくちゆういち)さん(72)は14日までに、父の故克雄(かつお)さんの遺品の中から出征時に贈られたとみられる日章旗を見つけた。生前の克雄さんは戦争について語らず、日章旗の存在を親族は誰も知らなかった。菊地さんは「大切に保管していたのは意外だった。当時を伝える資料として反戦のために使ってほしい」と願っている」)(下野新聞・2024年08月15日)

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【梵語】国旗を遠ざける法 京乙女が血書の鉢巻き-。81年前、1945年6月20日付の京都新聞に、こんな見出しの記事を見つけた。京都市内の神社に、20代の女性工員が「鮮血で染めた日の丸」に必勝の文字を入れた鉢巻きを納めた。「特攻隊の勇士の方を励ますため」とある▼時はまさに凄惨(せいさん)な沖縄戦の末期。県民の3割近くが犠牲になったことは報道統制されようとも、「沖縄の憂慮すべき情勢」は伝わっていたらしい。敗退続く戦地には、亡きがらと血まみれの日の丸が野ざらしされた▼そんな記憶から時を重ねて、国旗が平和な暮らしに溶け込んだ今、なぜなのか。「国旗損壊罪」という新たな刑罰を作る法案が、近く国会に提出される▼被害が目につく実態はなく、あっても器物損壊罪が適用できる。自民党内の必要がないとの声も無視されたのは、高市早苗首相の持論だからという▼外国旗の損壊罪があるから日の丸にも必要と主張するが、それは外交上の配慮であり、次元が違う。でも、頑(かたく)なさを強さと混同しているかに見える首相である。手錠を振りかざし、国旗を傷つけるな、愛せと脅すような法が、逆に親しみを損ねるとは思わないのか▼お子さまランチの旗は良いなどという説明に寒気がする。二度と日の丸を血に染めないはずの平和国家を、どこに引っ張る気だ。(京都新聞・2026/06/12)

(承前)国旗・日の丸・日章旗、どうい具合に呼ぼうが、それは「国」そのものを表すと考えられています。「日の丸」の中(背後)には「天皇」が居られると、今も考えている人はそれほど多くはないと思います。しかし、逆説的に聞こえますが、観念的には「国旗」とはそういうものだとみなしている国民はたくさんいるんじゃないでしょうか。国の旗は「日章旗」であり、それは徒(あだ)や疎(おろそ)かに扱ってはならないのだという、ある種の「観念主義」がはびこっているようにぼくには感じられます。そんな多くの国民の矛盾した感情に付け込んだのが「国旗損壊罪」制定問題でしょう。だから、そのような「旗」にはぼくは背中を向けたい。我が家の子どもたち(双子)が小学校に入ったころ、何の折りだったか、ぼくは小学校の講堂の演壇に乗せられ、挨拶をさせられたことがありました。四十年以上も前のことでしょう。演壇(講談)に上がる人たちは、すべて、小さな階段を登りきったところでしきりに前方に向かって頭を下げている。誰に対してと、ぼくはわからなかったが、何人かの様子を見て、「あっ、『日の丸』に挨拶しているのだ」と分かった。ぼくの番になったが、前例に倣わず、ぼくはいきなり「挨拶」だけをして降壇しました。不評を買ったらしいのは、後でわかりました。

 旗の効果(役割)は何でしょうか。おそらく集団を一つにまとめる魔力を持たせているのでしょう。学校の校旗、会社の社旗、あるいは自治体の旗・旗・旗…。それぞれの集団(団体)が「心を一つ」にという、ある種の呪(まじな)いなんでしょうね。話せばきりがなくなりますので、本日は詳細は省きますけれども、要は個人を集団の一員に化すという旗の役割を否定することはできないようです。西洋でも同じような効果や役割を国旗に持たせているのは、それだけ、国というものが人為・人工・作為的な集まりであり、それを野放しにしておくと、規律や統制が乱され、国の機能が果たせないというのでしょう。最もその「集団力」を求めるのが「国の威信(存亡)をかけた戦争」の場合です。下に、「日の丸の寄せ書き」を掲げました。そのどれにも「武運長久を祈る」というようなことが大書されています。「武運」とは「戦いの勝ち負けの運命。また、武士・軍人としての運命」(デジタル大辞泉)とされます。

 この語の初出は「太平記」と研究者はいいます。「太平記」は室町時代に成立を見た、鎌倉時代末期から南北朝時代、室町時代初頭の動乱を記述した軍記物語でした。署名に籠められた願いは「平和」、あるいは戦乱の終焉だったでしょう。この中「そぞろに長生して武運の傾んを見んも」(巻六)と出てきます。「いたずらに長生きして、武家の滅亡を見るのもどうだろうか(長生きしたくない)」といって、後醍醐天皇反乱の行く末、忠臣楠木正成の尚武を惜しんでいる風が見えます。ずいぶん昔に吉川英治さんの小説「私本太平記」を読んだ記憶がありますが、内容はすっかり忘れています。

 「武運長久」の「寄せ書き」が生まれたのは日清・日露戦争からだといわれています。遅れた近代国家・極東の小国日本、が欧米の帝国の後塵を拝しながら、国運を賭け、国力の増強・拡大に腐心した時代です。その時代の「旗印」となったのが「日の丸」だったというわけです。「国旗との一体化」は、天運を扶翼しているという意識において現れたというわけです。明治期の国語学者は、「国語」は皇室の藩屏だと明言しています。国家と国語と国史は、いずれも「天皇のもの」であるということでしょう。詰まりは、「醜の御楯(しこのみたて)」という一語が盛んに唱えられた時代でもありました。「天皇の楯」となって敵を打ち破るもの、あるいは、「武人」が自らを卑下して使う語です。「皇楯」という字が右下の一枚の写真に見えます。「天皇を守る楯(たて)となろう、なれ」というのでしょう。「国」にいろいろなものを入れて、最後はにっちもさっちもいかなくなる運命にあった、その「近代」の歴史を学ばないのは、実に頽廃しているというほかありません。

 それぞれの「寄せ書き」をつぶさに読んでみると、国家というものはなんという暴力装置であろうかと、ぼくは痛感します。戦争に駆り出されて「おめでとう」などと、心にもないことを言わせる圧力は想像を絶するものがあったと思う。ここまでくると、国旗とは国民に「無理難題を強いる」暴力装置の典型でもあるとぼくは言いたいですね。敵兵を殺戮する戦いに駆り出されることがなぜ「めでたい」のでしょうか。多くの招集兵は無念の思いを嚙み殺し、飲み込んで戦地に赴いたと思われます。「国旗」というもので、ぼくが思い描くのは、このような「負の側面」ばかりです。「国旗損壊罪」の制定を急ぐ理由はどこにあるのでしょう。この馬鹿げた法案を求める勢力は何を考えているのか、ぼくには恐ろしく軽薄な理由しか見られないのですが、その軽薄さこそが、最も危険な「罠」であることに、驚くなかれ、当事者たちは気づいていないようです。

(参考「けわだつみの」)

*(外国国章損壊等)第92条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処する。                                                                      前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。

日の丸の旗

白地に赤く
日の丸染めて、
ああ美しや、
日本の旗は。

朝日の昇る
勢ひ見せて、
ああ勇ましや、
日本の旗は。

『尋常小学唱歌 第一学年用』(1911年)
(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)
ヒノマル

アサヒノ ノボル
イキホヒ ミセテ、
アア、イサマシイ、
ニホンノ ハタハ。

アヲゾラ タカク
ヒノマル アゲテ、
アア、ウツクシイ、
ニホンノ ハタハ。(1941年改訂)
ひのまる

ひのまる
白地に赤く
日の丸染めて
ああ美しい
日本の旗は

青空高く
日の丸揚げて
ああ美しい
日本の旗は(1947年改訂)

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今日よりは顧みなくて大君の醜の御楯と

<射程>『國之楯』の多義性 闇の中、カーキ色の軍服姿で陸軍将校の遺体が、あおむけに横たわっている。頭部は寄せ書きされた日章旗が覆い、ちょうど日の丸の部分が顔面にはりつくようにかかる。背景の黒との対照でその赤はひときわ鮮やかで、遺体からしみ出た血で染められたような印象を受ける。従軍画家として数多くの戦争画を残した小早川秋聲[しゅうせい]の代表作『國之楯[くにのたて]』(1944年)である。
 この作品は陸軍省が制作を依頼した。ある陸軍幹部は完成間近の『國之楯』を前に圧倒された様子で深々と頭を下げたという。また搬出の手伝いに来た女性が目にしたとたん、その場で泣き伏したとの挿話も残る。それだけ見る人の心を動かす傑作でありながら、いや、それがために不適としたのか。陸軍省は結局、受け取りを拒んだ。
 秋聲自身は『國之楯』の制作意図について、戦後も沈黙を守った。英霊を礼賛する戦争プロパガンダか。厭戦[えんせん]の情を催させる反戦画か。見る人によって解釈は分かれるが、その多義性こそが、この作品の深みを支える重要な要素だろう。
 こうした表現行為の持つ自由さを尊重する観点から、今国会に近く提出される「日本国旗損壊罪」を創設する法案に危うさを覚えている。
 自民党の条文案によれば「人に著しく不快、嫌悪の情を催させる方法」での損壊に刑罰を科すと規定。絵画は外されたが、行為の映像の提供・公開は処罰対象としている。
 『國之楯』のように死と国旗を連関させ、人によっては不快を覚えるようなパフォーマンス行為の映像はどう判断されるのか。国がその表現の解釈に介入し、一方的に規定することにつながりかねない。
 「表現の自由」「内心の自由」を保障する憲法に照らしても許される法か。審議は「お子様ランチの旗は対象外」などという浅薄な論議で済ませてはならない。(泉潤)(熊本日日新聞・2026/06/12)

 この作品は「軍神→大君の御楯→國の楯」と、三度「題名」が変更されています。言うまでもないことで、この作品には、画家は並々ならぬ情熱をもって制作にあたったと思われます。今日観ることができる「國之楯」は、戦後(1968年)に改作されたもので、それによってはじめて公開されたという曰く付きのもの。制作依頼があり「天覧に供するため」と陸軍から請われたという。しかし、これを「陛下」にお見せするのはあまりにも「畏れ多い」と考えたのか、あるいは「生々しすぎる」と見たのか、いずれにしても陸軍は受け入れることをしなかったという。ある時期、小早川氏は藤田嗣治氏とともに「戦意高揚」の講演などをしています。「戦争を描いた画家」という点では、やはり藤田さんが言われたように「一兵士と同じ意気込み」を有していたことは疑われません。23歳で戦死した詩人が謳った「戦死やあわれ」(竹内浩三「骨の歌う」)とは対極にあった画家の仕事ではなかったか。(ヘッダー写真「軍神」と題された最初の作品)左は「下絵」とされる、1944年)

 この遺体の顔に「国旗」、それも寄せ書きが施された国旗が被(かぶ)せられています。最も効果的な国旗の使われ方だといえば、どうでしょうか。早くに、この「國の盾(戦後の改作)」を見て以来、なんともいえない感情にぼくは囚われ続けてきました。今もその心持ちは変わらない。先日触れた藤田嗣治の「アッツ島玉砕」に描かれた多くの死者は、すべて米軍兵だったことを思えば、この「軍神」は、作者の端倪すべからざる「忠臣」「臣民」意識の表れだともぼくには思われます。戦後のある時期まで、小早川さんは自らが「戦犯」に指定されることを疑わなかったといわれています。彼に限らず、自らが「戦犯」に擬せられることに恐怖を抱いた著名人を何人も知っています。その多くは、その後の人画性にあっても、それを語らなかった。当然だったかもしれません。

 昨夜、あるネット番組を見ていて、ある女性ジャーナリストがいみじくも言われていたこと、「ヘイトスピーチを叫んでいる人たちが振る日の丸の旗」、それには「言葉にできない不快感(あるいは恐怖感)を覚える」、と。この死んだ兵士の顔の蔽いになっている「日章旗」はどうでしょうか。コラム「射程」氏は「英霊を礼賛する戦争プロパガンダか。厭戦[えんせん]の情を催させる反戦画か。見る人によって解釈は分かれるが、その多義性こそが、この作品の深みを支える重要な要素だろう」と書く。誤評・誤解でしょう。確かに、制作事情を知らなければ、見る人によって分かれる、この作品の価値(効果)だとは言えそうですが、この作品を書いた画家の意図は明らかでしょう。陸軍の依頼・委嘱には「厭戦・非戦(反戦)」の含意があろうはずもないのですから。それはピカソの「ゲルニカ」のようではなかったのは確かです。「靖国神社」に祀られるべき「英霊」と捉えていることは疑われません。初期作品名が「軍神」であるというのですから、いかなる動機で描かれているか、多言を要さないでしょうに。

 (「壁画の制作が進む段階で、ピカソは『スペインの闘争は、人々に対する、自由に対する反動の戦いです。芸術家としての私の生涯は、反動と芸術の死に対する絶え間ない闘いにほかなりませんでした。私が反応と死に同意できると一瞬でも考えられる人がいるだろうか…私が取り組んでいるパネル(ゲルニカ)と、私の最近のすべての芸術作品において、私はそれに対する嫌悪感をはっきりと表明している。スペインを苦痛と死の海に沈めた軍人カーストだ。』」(Wikipedia)

 (「国旗損壊罪」に関しては、ぼくはすでに触れています。これを言い出している連中(国会議員)は、自分たちは国家に対して絶大なる「愛国心」を持っているというのでしょうか。間違いなく、その程度の愛国心のすることといえば、おそらく「国家損壊」に至る道を摂るに違いないでしょう。国民の首を絞め、息を詰まらせるような「悪法」を作るしか能がないのです。今、そんなことにうつつを抜かしている時節かよ、とぼくは言いたい)

(駄文の表題歌は「祁布与利波可敝里見奈久弖意富伎美乃之許乃美多弖等伊埿多都和例波 右一首、火長今奉部与曽布」(「今日よりは顧みなくて大君の醜のみ楯と出で立つ我は」「右の一首は、火長今奉部与曽布(いままつりべのよそふ)」万葉集・巻20-4373)(「今日からはすべてを顧みず、天皇の御楯の末となろうと、出発する。私は。」)(万葉百科 奈良県立万葉文化館

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 「《國之楯》1944年、1968年改作 京都霊山護国神社(➡)(日南町美術館寄託) 天覧に供するために陸軍省の依頼で描かれたと伝わるが、完成作は同省に受け取りを拒まれた。絵の裏にはチョークで「返却」と記されている」「鳥取県にある光徳寺の長男として生まれた秋聲は、9歳で東本願寺の衆徒として僧籍に入ります。その後、京都で谷口香嶠、山元春挙といった日本画家に絵を学び、文展、帝展を中心に活躍しました。しばしば中国に渡り東洋美術を研究、欧州を旅し西洋美術を学ぶなど、旅を多くした画家でもあります。やがて、従軍画家として戦地に派遣されるようになります。代表作《國之楯》は陸軍に受け取りを拒否され、長く秘匿されていましたが、戦後、改作され公開されるに至りました。」(京都文化博物館)(https://www.bunpaku.or.jp/exhi_special_post/kobayakawashusei/

● 小早川秋声 (こばやかわしゅうせい)(1889ー1974)= 大正-昭和時代の日本画家。明治22年9月26日生まれ。京都市立絵画専門学校を中退し,谷口香嶠(こうきょう),山元春挙(しゅんきょ)にまなぶ。大正3年文展に初入選。昭和6年以降,従軍画家として中国,東南アジアで戦争画をかく。戦後は宗教画を手がけた。昭和49年2月6日死去。84歳。兵庫県出身。本名は盈麿(みつまろ)。作品に「寂光の都」「ヴェニスの宵」など。(デジタル版日本人名事典+Plus)

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子曰、民可使由之。不可使知之。

 中央地方を問わず、議員の不祥事に事欠かない理由はどこにあるのでしょうか。たぶん、最終的には不祥事を起こす(犯す)議員個人の資質の問題だといってしまえば、それで済みますね。しかし、それが一人や二人ではなく、次々に同じような「不逞の輩(unruly people)」が続出するに及んで、あるいはこれには極めて「特別の事情・理由」があるのでは、と考えこんでしまいます。本日の西日本新聞のコラム「春秋」では、福岡県議会の並み以下の政治意識の面々の行状に、張り手を食らわせている趣がありました。これは福岡県議会議員の「悪乗り」で済ませられる問題ではなく、この国に広くかつ深く蔓延している、一種の「選良意識(elite mentality)」の懶惰(らんだ)(=政治的怠慢)の故ではないでしょうか。政治家だけではなく有権者も含まれる「政治頽廃」でもありますね。

 どこの議員であれ、選挙で選ばれたという「議員意識」が屑人間を一層屑人間にするということでしょう。「屑の肥大」現象がいたるところで確認できる。これとよくにたことは「学歴」に関しても言えるかもしれません。どんな学校であれ、競争試験で合格したという「選良意識」が、その人間(合格者)を舞い上がらせることになりがちです。たとえば、旧帝国大学の頂点と目される学校に入学しただけで、「有頂天(ecstatic)」になることが止められない人が数多くいるのは、まぎれもない事実ですし、その学校から官僚や政治家になるものが多ければ多いほど、屑人間の屑が一段と蓄積して、コラムに書かれれるような「阿保」に成り下がっても、まだ「自分はパンツをはいていない」という不始末に気が付かないんですね。もちろん当人が最悪の主因でですが、こんな屑を選んだ有権者も、あるいは「共犯者」として咎(とが)を受けないまでも、反省して選挙権を放棄してもらいたいほどです。(高齢者で、自動車事故の危険性が高くなった人が運転免許証返納を慫慂(しょうよう)されるように)

 この汚れた関係が福岡県議会と福岡県庁職員だけに限らないところに、この国の、戦後八十年の到達点があるのでしょう。(多くは、「こんな筈ではなかったに」という思いを持たれるかもしれない)「きのうの本紙は、県職員が自民党県議団に他会派の質問を横流ししてきた実態を伝えた。高額かつ不透明な県議の海外視察、政治資金パーティー券の組織的購入、講演料の高額算出、議会棟での取材制限の検討…。県政のおかしな姿が次々に明らかになった」「一連の報道は、ゾウを見た人が尻尾を『細長い綱』、耳を『平べったくてベニヤ板のよう』と説明するようなもの。事実から遠く離れ、本当のゾウの姿を伝えていないと主張している」と、鳴きたくなるような低すぎる意識を開陳されています。大小問わず、自らの権限の強大さだけを誇示するための政治活動だというほかない「為体(ていたらく)」です。「為体」とは「ののしったり自嘲をこめたりして、好ましくない状態にいう」(デジタル大辞泉)餅ロ㎜、自分でみずからを批判などしませんから、この連中は。だから、他者からの「罵(ののし)り」にほかなりません。でも、厚顔の歴々ですから、びくともしない。有権者を舐め切っているし、そうされても仕方がない有権者が多いといこと。

【春秋】福岡県政の歪んだ関係 本当のゾウの姿とは 福岡県民は地元愛が強く、故郷への肯定感が高いとされる。住みやすさ、おいしい食、豊かな自然。一県民として同感だ▼ただ、この件ばかりは「福岡よかでしょ」という言葉をのみ込むしかない。福岡県庁と県議会の歪(ゆが)んだ関係である▼きのうの本紙は、県職員が自民党県議団に他会派の質問を横流ししてきた実態を伝えた。高額かつ不透明な県議の海外視察、政治資金パーティー券の組織的購入、講演料の高額算出、議会棟での取材制限の検討…。県政のおかしな姿が次々に明らかになった▼先日、県議会だよりの最新号が届いた。正副議長の所信表明全文が県議会サイトで読めるとの案内があり、開いてみた。かなりの長文だ▼蔵内勇夫議長は2度目の議長として目指すこと、海外視察の必要性を説き、「某地方紙」の報道は偏っていると不満と反論をつづる。一連の報道は、ゾウを見た人が尻尾を「細長い綱」、耳を「平べったくてベニヤ板のよう」と説明するようなもの。事実から遠く離れ、本当のゾウの姿を伝えていないと主張している▼所信表明は4月にサイトに掲載された。その後も某地方紙を含む地元メディアは、県政の理解しがたい実態を報じてきた。蔵内議長はきょう、記者会見を開く。ゾウの姿が正しく伝わっていないと今も考えているならば、正しい姿を説明してほしい。会見に集まる記者のためではなく、カメラの先の県民のために。(西日本新聞・2026/06/11)

 どうしてこうなるのか、理由は単純でしょう。「親を見て子は育つ」というように「直属の上司然とした代議士を見て地方議員は育つ」からでしょう。「子は親の鏡」というらしい。あるいは「親の背中を見て子どもは育つ」とも。地方議員と国会議員は、いわば親子のような関係に見られますから、親のどこを見るかは別として、まあ似たようなもの(低俗政治屋)になるのはごく自然であるとも言えます。では福岡県議会議員の何某の「親」に当たるのは誰でしょうか。もちろん、子どもも複数だし、親も複数であれば、親子関係を特定しなければならないのは言うまでもありません。衆議院議員の福岡選挙区には名だたる国会議員がおられますから、大方はその議員たちの「子ども」であろうと推測はします。いちいちは名前は挙げません。もし挙げれば、大方は納得されるでしょう。

 地方議会の議員で、これほど横着で傍若無人な振る舞いを有権者に対してとれるのはこの人とこの人と…、というほかない。いや、親はなくとも子は育つともいわれますから、地方議員と雖も独自の育ち方をしてみれば、何処にでもいる「鼻持ちならない屑」になっていたということもあり得ます。「K議長は2度目の議長として目指すこと、海外視察の必要性を説き、『某地方紙』の報道は偏っていると不満と反論をつづる」と某紙コラムは書いている。この「議長のあいさつ(所信表明)」を読みましたが、何処を見て政治(仮にそれを政治だとするなら)をしているのかが実によく理解できる御仁だと思われました。「報道機関に対しては、こうした不公正な社会風潮を助長することがないよう、改めて公正、公平な報道を、そして、問題の全体像を捉えた報道を、是非、お願いしたいと思います」(福岡県議会HP:https://www.gikai.pref.fukuoka.lg.jp/soshiki/2/statement-of-beliefs.html) 県議会を一つの大きな「リンゴ箱」に例えるなら、そのなかに腐ったリンゴが一個あったとして、やがて、他のリンゴも腐敗菌に汚染されて崩れていくのは自然現象でしょう。さて、どうしますか。

Children Learn What They Live

If children live with criticism, they learn to condemn.
If children live with hostility, they learn to fight.
If children live with ridicule, they learn to be shy.
If children live with shame, they learn to feel guilty.
If children live with encouragement, they learn confidence.
If children live with tolerance, they learn to be patient.

If children live with praise, they learn to appreciate.
If children live with acceptance, they learn to love.
If children live with approval, they learn to like themselves.
If children live with honesty, they learn truthfulness.
If children live with security,
they learn to have faith in themselves and others.
If children live with friendliness,
they learn the world is a nice place in which to live.

 どういう環境で子ども(議員)は育つか、それを見事にドロシー・ロー・ノルトさん(Dorothy Law Nolte)(1924~2005)は挙げられています。とてもよく読まれたものですから、そのさわりだけを上に掲げました。当たり前の育て方と育ち方だといってもいいでしょう。あるいは「教育の根本義(原理)であるともいえそうです。

 この「原理」に加えて、もう一つ、昔から指摘されてきた大切な政治哲学といっていいものがあります。それが「論語 泰伯第八 9」に出てきます。「子曰、民可使由之。不可使知之。」(子曰く、民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず。)いろいろと勝手な解釈が横行してきた部分ですが、おおよそは「(政治の要諦は)民衆には方針・政策などの大筋を示してそれに従わせることはできるけれども、政策や方針の理念・価値までも知らせることはできない、むずかしい」、そんなところでしょう。でも大方は「民は従わせる」ことはあっても、「そのいちいちを知らせる必要はない」というように、都合よく政治家は受け取るのかもしれません。熊本日日新聞のコラム「新生面」は真っ当すぎる指摘をされていました。「『政策などに民衆を従わせることはできても、その意義まで理解させることは難しい』との意という。だからこそ為政者は理解してもらうための説明責任を負う-というむしろ民主的な戒めを読み取ることもできる」と。今日のはやりは「説明は控えさせていただく」という、傲岸不遜と陰部例の双子の政治家の排出です。まるで雨後の筍(たけのこ)のように、野放図に増えています。

<新生面>「知らしむべからず」 論語に「民は由[よ]らしむべし。知らしむべからず」という言葉がある。「民衆には何も知らせず、ただ従わせればよい」との、いかにも封建的な解釈があるが、それは誤読であるようだ▼ここでの「べし」「べからず」は可能、不可能を表す助動詞で、本来は「政策などに民衆を従わせることはできても、その意義まで理解させることは難しい」との意という。だからこそ為政者は理解してもらうための説明責任を負う-というむしろ民主的な戒めを読み取ることもできる▼刑事裁判の再審制度を見直す刑事訴訟法改正案が衆院で審議入りした。世論の後押しを受けた見直しではあるけれども、政府案がその民意に沿った内容であるかには疑問を覚える▼マスコミとしてとりわけ気にかかるのが、再審手続き以外での証拠使用を一律に禁じる規定だ。検察から新たに証拠が開示されても、報道は制限されることになりかねない▼静岡県一家4人殺害事件で再審無罪となった袴田巌さんの再審請求審では、犯行時の着衣とする5点の衣類の画像が開示され、報道にも供された。味噌樽[みそだる]に1年間漬かっていたはずなのに、シャツは白さを保って、血痕は鮮やかな赤色のまま。一見して矛盾が分かる証拠の公開は、再審制度自体の在り方にも国民の関心を集める役割を果たした▼「反省すべき点について手当てを講ずる必要がある」(平口洋法相の趣旨説明)としながら、その反省をもたらした手段を封じる政府案の意義とは何なのか。「知らしむべからず」である。(熊本日日新聞・2026/05/28)

 現総理は、凶弾に倒れた元首相を「師匠」と仰いだといわれる。まったくよく学んだものであると感心します。肝心なことは説明しないし、訊かれたことにはまともに答えないで、はぐらかす、ごまかす。そのうちに逆切れして「開き直る」のが常、でした。どちらも「それ一本鎗」という傾向が激しかったと思う。どちらも「政治家」になるべきではなかったといいたいほどの不出来な人物だったと、ぼくは思い続けていきました。なによりも「嘘つき」だという、彼や彼女に天性の資質が、堕落した政治家向きだったろうが、それは「望ましい政治家」とは正反対のものだったと思う。ぼくたちは屑政治家に舐められ切っているんですね。それもこれも、大破局(big catastrophe)の一歩手前まで来てしまっています。後戻りはできないでしょう。

 故元首相で、現首相の「師匠筋」は、疑惑追及の網を逃れるべく、最後は「秘書」を持ち出して、彼に罪を擦り付けて辞任に追い込まれた。秘書は有罪(100万円の罰金)でした。現首相もまたぞろ「秘書は…」と言い出し始めました。不真面目なうえに往生際が悪い、要は始末に悪い、醜悪な政治家ですね。一秒でも早く辞するべきでしょう。この手の屑ばかりが政治家だとは思いませんが、「屑も積もれば山となる」で、なかなか政治家の本領を持った御仁に出逢わないのは、政治家の不始末でもありますが、同時に、われわれ有権者の「不見識」「無分別」でもあるということを考えれば、「日暮れて途遠し(The sun is setting and the road is long.)」の感が強くします。いやそもそも「(彼や彼女らには)政治家の歩くべき道はないのだ」というべきでしょうか。(「隠しきれない わたしが悪い♫」「永田町しぐれ」)それこそが、「民主主義」の道のりなんでしょうね。

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次は五爵(公・侯・伯・子・男)制定へ

【筆洗】国会議事堂の中央広間には3人の政治家の像がある。設置は1938年で板垣退助、大隈重信、伊藤博文の3人。もうひとつ台座があるが、この上に銅像は置かれていない▼空席なのは4人目を誰にするかを決めかねて先送りにしたという説と、空の台座で政治の不完全さを示し、その完成に向けて取り組みなさいという願いを込めたという説がある▼なるほど、政治に完成や完全はなけれども「立法府の総意」として取り組んできた以上、この件については先送りやあいまい決着は避けたかった。衆参両院で協議してきた皇族数確保のための取りまとめ案である▼女性皇族が結婚後も身分を保持する案と旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案に対し与野党7党がおおむね賛同したが、どうもはっきりしない点が多い▼結婚した女性皇族の夫と子を皇族とするかどうか。旧宮家から養子を迎えた場合、その養子がもうけた子に皇位継承資格があるのか。大きな論点だったが、いずれも結論がない。「空の台座」が多すぎるのである▼意見の分かれる問題は先送りにして、与野党をひとまず同じ船に乗せたい-。その気持ちは分からないでもないが、これではこの先、船は座礁しかねまい。国民世論には支持の多い女性・女系天皇の可能性も議論し、堂々たる「立法府の総意」を目指す道はないものか。あきらめるのが早すぎる。(東京新聞・2026/06/10)

 天皇制の永続的な保持を図るために「皇室典範」改正の動きが急である。急いで何かいいことがあるのでしょうか。今国会(会期は7月17日まで)での改正を見るべく、議論されたおおよその素案が報じられています。この議論の推移をみていると、どうにも言いようのない「時代錯誤」が満載です。詳細は簡単な資料を出してあるので、それを見ていただきたい。ぼくははるか昔から政治制度としての「天皇制」には賛成していません。幾つかの理由がありますが、それも省きます。要するに、長く続けられてきたから、何が何でも持続させなければという「無理筋」が働いているのでは、この先も同じような関門(難問)が立ちはだかるはずです。現行の皇室制度があまり不自然でない形で機能する段階を維持すればいいのであって、そこに政治的な作為を加えることになるならば、果たして国家国民の利益になるだろうかという疑問は残るでしょう。

 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。(日本国憲法第一条)

 皇室にも少子化と高齢化の波は襲っているのですから、それを人工的に無理を重ねるて、存続を図るのはどうかと思う。天皇は男系男子に限るとか、女性天皇はダメであるという発想自体は論外ではないですか。長く皇籍離脱していた元皇族を性別年齢に限定して現皇族のいずれかの「養子(adopted child)」として迎えるという奇抜な発想もまた、ぼくには理解できない代物です。当事者以外の、いったい誰がそれをやるのですか。「皇族」の権利、「元皇族」の人権をいかなるものと捉えているのでしょうか。

 まさか「マッチングアプリ」を使うのではないでしょうに。皇位継承者を産むために「誰と誰を結婚させる」というのも「鴇(とき)の人工孵化」「人工繁殖」のようで、実に人権無視のはなはだしいものと断じていいでしょう。男尊女卑といい、法の下の平等の無視といい、野蛮に逆戻りするという愚劣を考えないんですね。要委sになるならないに関して、当事者の判断や選択にどうして委ねないのでしょうか。

 この先を書き続ける気力もないほどに、この国の政治家の暗愚には底無しの恐ろしさを感じてしまう。現下の皇室と深い関係(縁戚)のある国会議員(主として政権与党の副総理A氏と現衆議院議長M氏)が強引に「皇室典範」改正を目論んでいるのも、ぼくに言わせれば、笑止千万でしょう。この「改正」事項を経済問題に擬するなら、まさに「利益相反」にあたる犯罪行為であり、世が世なら「不敬罪」に該当する行為であると思う。この愚か者たちのなすが儘に放置しておくなら、いずれ近いうちに「華族制度復活」も言い出されかねないでしょう。

 君は侯爵、ぼくは男爵など、まさかジャガイモじゃあるまいしと、激しく非難したいのですが、今の流れを看過していると必ずそこに行きつきましょう。国家情報局を作り、スパイ防止法を作り、国旗損壊罪を制定し、すべての国民を監視し、国家予算の3分の1を国防費に計上し、何処とも知れぬ「敵対国」と一線を交えるとして、兵隊確保のために、早速に「徴兵制」を敷かねばならぬとなれば、そこまできて初めて、政治家同様に愚かな有権者も目が覚めるのでしょうか。怒涛の勢いで少子化が昂進している現段階で、さらに人口を激減させる愚を犯すのでしょうか。

 皇室が栄えるというのはどういうことですか。大本営が復活し、君側の奸が跳梁跋扈し、そして国を亡ぼす、かつての歴史を、再び三度繰り返したいというのでしょうね。まるで、ぼくは夢のなかでジョージ・オーウェルの「一八九四年」を読んでいるような錯覚を覚えています。

◎ 皇室の構成=天皇とそれ以外の皇族で構成する皇室は、三笠宮妃百合子さまが亡くなり16人に減った。高齢化が進み、上皇さまと上皇后美智子さまはいずれも90歳、常陸宮ご夫妻は80代となっている。未婚の女性皇族は、天皇、皇后両陛下の長女愛子さま、秋篠宮家の次女佳子さま、故寛仁親王の長女彬子あきこさま、次女瑶子ようこさま、高円宮家の長女承子つぐこさまの5人。皇室典範は、天皇や皇族以外と結婚した場合、皇族の身分を離れると規定する。皇位継承資格者は継承順1位の秋篠宮さま、2位の秋篠宮家の長男悠仁さま、3位の常陸宮さまの3人。更新日:2024年11月15日 。(共同通信ニュース用語解説)

皇室典範
第一章 皇位継承
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫
② 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
③ 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。(以下略)(平成31年4月30日 施行 

〈社説〉皇位継承の安定
 「見切り発車」許されぬ 安定的な皇位継承に向けた皇族数の確保策を巡り、衆参両院の正副議長が「取りまとめ案」を各会派に提示した。女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ案と、旧宮家から男系男子を養子に迎える案を併記する内容だ。
 憲法は天皇を「日本国民統合の象徴」とし、その地位は「総意に基づく」と定める。現行制度の大幅な変更には国民の幅広い支持が必要だが、両案とも多くの課題が残る。慎重に審議すべきだ。
 女性皇族が結婚後も身分を保持する案では、夫と子にも皇族身分を付与するか否かが焦点だったが、取りまとめ案は夫と子の身分に関する結論を先送りした。
 また、養子案は皇籍を戦後離脱した旧11宮家の男系男子を対象とし、養子の年齢や養親の範囲、養子は皇位を継承しないことなど慎重な制度設計を求めている。必要に応じた見直しも盛り込んだ。
 衆参正副議長は全会派の合意を目指し、文案調整してきた。8日の会議では多くの会派が賛同する一方、両案にはそれぞれ反対する会派もあった。賛否が分かれる状況では「総意」とは呼べない。
 正副議長は10日に取りまとめ案を「国会の総意」とすることを決定し、政府側に提示。今国会で皇室典範改正を目指すが、強引に決着を図れば禍根を残す。
 皇族数が減る中、女性皇族が結婚後も皇室に残るのは妥当だが、夫と子の身分が不透明では結婚の障害になりかねない。自民党などの主張通り、夫と子に皇族の身分を与えないことになれば、家庭内に皇族と一般国民が共存する事態になるなど多くの懸念も残る。
 一方、養子の対象となる旧宮家は現皇室との共通の男系祖先が室町時代にさかのぼり、近縁関係とは言い難い。憲法擁護や平和への願い、社会的弱者に寄り添う姿勢など皇室が大切にしてきた価値観を受け継げるかは未知数だ。
 皇室の養子制度は、門地による差別を禁じる憲法に違反するとの指摘もあり、皇室に対する国民の敬愛が揺らぐ恐れもある。
 世論調査では女性・女系天皇を容認する意見が多い。自民党などは男系男子による継承に固執したため、議論は皇族数の確保策に終始し、皇位継承の安定を巡る議論が尽くされたとは言い難い。
 国会は「見切り発車」せず、女性・女系天皇の可能性も含めて検討し直すよう求めたい。(東京新聞・2026/06/09)

◎ か‐ぞくクヮ‥【華族・花族】〘 名詞 〙① 身分の高い家柄。貴い家柄。貴族。 (「かそく」とも ) 平安時代以来、公家の家格の名で、清華(せいが)の別称。摂関家に次ぐ家柄で、大臣、また大将を兼ね、太政大臣を極官とする。英雄。かしょく。 明治時代に設けられた、身分制度の称の一つ。明治二年(一八六九)六月、江戸時代の公卿、諸侯をこれにあて、同一七年の華族令により、公、侯、伯、子、男の爵位を授けられ、国家に勲功のあった政治家、軍人、官吏、実業家なども列することができるようになった。皇族の下、士族の上に位置し、種々の特権を受けた。昭和二二年(一九四七)廃止。(精選版日本国語大辞典)

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