もうすぐ みんなは いちねんせい

 新しい年度が始まりました。いろいろな意味で、「門出(departure)」を果たした人たちが、それこそ不安と期待の混合(mixture)した時間を過ごし始めたといえそうです。この区切りは「新年(元日)」とは違った意味合いで、それぞれの気分を新たにしてくれる扇風機の風みたいな働きを持っているでしょうか。もっと深掘りすれば、ぼくたちは毎日毎日が「人生初体験」「未知への船出」でもあるのですから、一日一日が「昨日の続き」であると同時に「明日への出立」でもあるということになりませんか。ぼくが若いころに熟読した、フランスの高校((lycée・リセ)教師だった哲学者は、常に若者に向かって「人生は朝から始まる(La vie commence le matin.)」と言い聞かせていた。それこそが、彼自身の人生を受け止める態度(思想)だったと、ぼくは思っていました。

 この人自身が高校生の頃、大変な人物に出会っています。ジュール・ラニョーという教師(哲学者)(左写真)でした。このことについてはどこかで触れています。若い時に、こんな人と出会うと、おそらくその後の人生は、いやでも変わるだろうというべきか、驚くほどの強靭さをもって生きられるのかもしれません。彼は、その教師を「野人」と称したほどです。どういう意味だったでしょうか。このことについてもいくつもの逸話が、当時の生徒たちによって残されています。たぶん、自由に生きている人(「Qui vit en liberté dans la nature.)だったでしょう。高校生にとって、この教師は「一人の大人、驚くべき存在(Un adulte, une existence étonnante.)」と映ったはずです。

 また、この高校生(生徒)だった人は、この教師に向かって、これまでに出逢った、たった一人の「偉人(Un grand homme)」だったとも偲んでいます。若い高校生たちは競って「偉人」に似せようと、その口振り、あるいは身なり、たばこの吸い方などまでも「模倣」したとも語られています。ぼくは「教師」は、子どもたちにとって「偉大な大人」であってほしい、「自由な精神の具現」であったらなあと、どれほど願っていたことでしょう。それは子どもにとって「模倣」すべき存在ではなく、「典型(ひきつけられてしまう」となるように存在だったと思う。

 もちろん、ぼくは自身はいつも白状するように「教師」ではなく、「教師のなりこそない」「教師紛い」でありましたから、はるかに離れて、このラニョーという一現象の出現とその痕跡をなぞることしかできませんでした。

◎ ジュール・ラニョー(Jules Lagneau, 1851年8月8日 – 1894年4月22日)は、フランスの教育者、哲学者。ジュール・ラニョーは生涯をリセの一教師として過ごし一冊の著作もあらわさなかった。その哲学が世に知られたのはラニョーの死から30年後、教え子たちが、ラニョーの授業を書きとめたノートを印刷・出版したことによる。/「ジュール・ラニョーは私が出会ったただ一人の”偉人”だった」とラニョーの生徒だったアランは書き、自らをラニョーの「忠実な弟子」と公言している。 アンリ4世校でベルクソンの教えを受けた批評家アルベール・チボーデはラニョーを「若者たちの師、ソクラテスの後継者としてはベルクソンの上に位置する人」と評した。 フランス哲学史の専門家はラニョーの哲学を”フランス反省哲学”と呼ばれる思潮の出発点に位置づけている(以下略)。(Wikipedia)

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 昨日の好天とは打って変わって、雨が降り出しています。(ただ今、午前7時過ぎたところ)本日はコラム2題です。「いばらき春秋」は、もちろん毎日読みます。そして感心するのは、決して「大言壮語」はしない、「地元愛の強さが程よい加減」である、そして「あまり批判や非難を公言・広言しない」という、ぼくの趣味にかなうとはとても思われない、ある種の「品性」「分際」を保っているのがいいですね。(ぼくの見立て違い、「誤読」なのかもしれませんが。ネット欄の並びでいえば、そのすぐ前に「産経抄」がありますから、それとの比較が働いているかも、ね)

 コラムの入り口は「優しいピンク色のスイートピー」でした。「門出」が花ことばだとあります。「門出」という言葉の語感はいいですね。主な含意は以下の通りです。「かど‐で【門出/首途】=[名](スル)1 旅などのために、自分の家を出発すること。出立(しゅったつ)。2 新しい生活を始めること。3 旅に出る前に、吉日を選んで、仮に家を出て近くに移ること。[補説]1・3は「かどいで」とも言った」(デジタル大辞泉)まさしく、四月はいたるところで「門出」が見られるでしょう。松田聖子さんは「春色の電車に乗って 海に連れていってよ」と謳いました。その時も「赤いスイートピー」でしたね。

 ところが、「門出」を果たさないで残る人も同じ数だけいることになりますから、出る方、残る方の両者に「異常」をきたす恐れが心配されるというのがコラムの趣旨でした。出ていく子どもたちを見送る親に「空(から)の巣症候群」が発症するという。余計な病症を見出すとは、医者も罪作りな、と思う。「症状は不安や孤独感に加え、睡眠障害や食欲不振などさまざま。適応障害やうつ病の発症例も報告されている」のが事実だというのですから、もう一度学校に行ったらどうですと、子離れのできない親たちに進言したいですね。親子も夫婦も、あまりにもくっつきすぎるから、離れると、片身が剥される思いに襲われるとするなら、困ったことですが、もう一度、人生のやり直しをしなければ。

 本当にこのような状況がこの社会で生まれているというのですから、いろいろな意味で、学校も含めて「前途多難」が危惧される。どうしてこんなに「優しい(「女々しい」は男社会の作った表現)大人たち」の住む社会になってしまったのか。こちらに問題がありそうです。「子どものままで大人になった」ということでしょうか。文字通りに「優しさという病」ですね。自立も孤立もしていない証拠です。「生活の主軸を子どもから自分へ移し、再び羽を広げる人にも春はよく似合う」という、実に「優しいこと」をいうところに、茨城新聞コラム氏の優しさ、いや、物足りなさでもありますが、それをぼくは痛感します。こんなことでどうすると、「喝」を入れるときでしょうに。

【いばらき春秋】先日、ホームセンターの生花コーナーに立ち寄ったところ、優しいピンク色のスイートピーが目に留まった。販売のピークは2~3月だが、自然栽培では4~6月が旬である。春にふさわしく、門出という花言葉がある▼新年度となり、就職や進学で自宅を離れた人も多かろう。新社会人はすでに第一歩を踏み出し、入学式を迎えた学生は期待と不安が交錯している頃だろう▼若者たちが未来へ向かって歩み始める姿を見るのは喜ばしい。ところが、子どもを送り出した親はこの時期、子育てのやりがいや目標を失って寂しさやむなしさを覚える「空(から)の巣症候群」に陥る人が少なくないという▼症状は不安や孤独感に加え、睡眠障害や食欲不振などさまざま。適応障害やうつ病の発症例も報告されている▼歓迎すべき子どもの自立をきっかけに親の心身に不調が生じるとは何とも皮肉な話ではあるが、子育て以外の目標や趣味を持ったり、友人とのコミュニケーションを増やしたりすることで予防できるらしい▼門出という花言葉は、今にも羽ばたきそうな蝶(ちょう)に似た花びらの形が由来。ただ、羽ばたくのは子どもだけではあるまい。生活の主軸を子どもから自分へ移し、再び羽を広げる人にも春はよく似合う。(平)(茨城新聞・2026/04/04)

 (蛇足 「空(から)の巣症候群」だと診断されそうな親御さんに、ぼくは「一年生になったら」を贈りますね。そして「人生は朝から始まる」というどなたかの箴言をも、あわせて進呈てしたい。

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 二つ目は「夕歩道」(中日新聞)です。偶然ですね。ぼくは昨日「二十四の瞳」に触れました。若い教師が十二人の子どもたちの中に飛び込んだ、そんな記念の日(本日が)だったとあります。それは、若い高峰秀子さんの、映画とはいえ、あるいは「典型」になるかもしれない教師像を描こうとしたものでした。昨日も触れましたが、この映画に影響されて教師の道に踏み出した若い人々(映画公開当時)を、ぼくはたくさん知っていました。そういうぼくもその一人だった、途中で挫折はしましたが。「一年生になったら」の作詞者、まどみちおさん、「温かな詩人はその子も自分と同じで小心で臆病なのかもと思いやったと」言われていたとか。「百人なんて無理だよな」と、多くの人は思うでしょう。でも「願い」や「夢」は大きい方がいい。「ひゃくにんで たべたいな ふじさんのうえで おにぎりを」誰が言ったのか、「大きい嘘はついてもいい」(端(はな)からバレているから)、でも「小さな嘘はつくな」、本当(事実」と紛らわしすぎるから、と。それがために、政治家にはなりたくないと思い続けてきたものです。もちろん、まどさんは「一年生に嘘を、大きい嘘をつけ」といったのではない。余りにも大きすぎて「嘘」にならなかったか。

 そして、「夕歩道」氏のよくないところは、いきなりこんな場所に吉本さんを持ち出すことでしたね。「でも友達100人できなくても大丈夫。評論家の吉本隆明さんはほとんどの人(大人)は本当は友達ゼロだと看破した」というのですが、それって本当ですか、吉本さん、コラム氏さん。ニーチェという狂気の哲学者は「誰だって、誰かの先生になれる(先生である)」と断言しました。その顰(ひそみ)に倣うなら、誰にも一人や二人の友だちはできる。もちろん、「友だちは人間に限る」ものではないんですからね。

【夕歩道】
 教員不足が叫ばれる中、子どもの未来を預かろうと学校に加わる新任の先生と新しく校門をくぐる子どもたちの春。あす4日は小説「二十四の瞳」で若い女性教師が瀬戸内海の村に赴任する日だ。
 童謡「一年生になったら」は約60年前、当時50歳台のまど・みちおさんが書いた。おとなしそうな子と出会い、100人も友達をつくって大笑いする内容で励まし元気づけようと作詞したという。
 温かな詩人はその子も自分と同じで小心で臆病なのかもと思いやったとか。でも友達100人できなくても大丈夫。評論家の吉本隆明さんはほとんどの人(大人)は本当は友達ゼロだと看破した。(中日新聞・2026/04/03)

                                                               ◎ 一年生になったら= 日本の唱歌の題名。作詞:まどみちお(1909~2014)、作曲:山本直純(1932~2002)。(デジタル大辞泉)

◎ 思い出のアルバム 日本の唱歌の題名。作詞:増子とし(1908~1997)、作曲:本多鉄麿(1905~1966)。デジタル大辞泉)

 どういうわけですか、ぼくは「思い出のアルバム」という童謡が好きでした。作詞の増子さん(キリスト教徒)も、作曲の本多さん(仏教徒)も、ともに保育園と幼稚園の園長さんでした。だからというわけでもないでしょうが、歌詞が無理がなく、自然体で、園の日常が描かれていてとてもいいですね。現場の息吹が伝わるような、「もうすぐ みんなは いちねんせい」でしたね。初出は1961年とされますから(ぼくは保育園も幼稚園も行っておりませんので)、この歌は全く知らなかった。たぶん娘(双子)たちの幼稚園時代に歌うようになったものでしょう。いろんなことがあったね、あんなことこんなこと、いつになっても忘れない。そして、ぼくの気持ちは、「もうすぐきみは一年生」というものです。いつだって、今日を生きるという意味では「ぼくらは みんな いちねんせい」なんですね。友だちなんかできなくてもいいさ、嘘をついたり意地悪しない、それだけでも大変なことだけれど、そういう生き方をしてみたい、ちょっとでも困っている人がいたら、できる範囲で、手も肩も貸してあげたいと、固く誓っていまもなお、毎日「通学路」を一人で歩いています。人間の友だちはいないかもしれないけれど、猫の友だちなら、数えきれないくらいいるんだ。

⁂ 思い出のアルバムhttps://www.youtube.com/watch?v=DP68_ZaB5BE&list=RDDP68_ZaB5BE&start_radio=1

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仰げば尊し わが師の恩(記憶にあるか)

  月光桜 闇夜に白く 高知県大月町 大月町弘見の山桜「月光桜」が見頃を迎えた。小高い丘が夜闇に包まれると、光に照らされ、白く輝く幻想的な姿が来訪者を魅了している。ライトアップは7日まで(午後6時40分~9時)。
 薄ピンクの花を咲かす一般的な山桜と違い、白い花が特徴。高さ13・4メートル、幹回り3・5メートル、樹齢は推定180~200年。四万十かいどう推進協議会大月支部が2006年からライトアップを行っている。
 今年は例年並みの3月27日に開花し、徐々につぼみを膨らませ、今月2日に満開を迎えた。夜には写真愛好家や友人連れが続々と訪れ、「きれいやね」。四万十市の竹本真美さん(56)は「桜が1本だけなのが逆に力強さを感じる。散った花びらも照らされてきれい」と見とれていた。(田代雄人)(ヘッダー写真:見頃を迎えた月光桜(大月町弘見)(高知新聞・2026/04/02)

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 「月に叢雲(むらぐも) 花に風」と申します。あるいは「好事(こうじ) 魔多し」ともいわれます。月や花の見ごろ(月見・花見)には、決まって差し障りが生じることのたとえでしょうか。このところの花見時に、「風」だけではなく「雨」まで続き、加えて気温がやたらに低い、まさしく「花冷え」を味わった方も多いのではないでしょうか。特に「桜の見ごろ」を指して「花冷え」といわれてもきました。例によって、ぼくは人込みも避けたいし、気候の穏やかでない時期には外出はしない人間ですから、今年も、本格的な「桜花爛漫」とはいかなかったと、嘆息するのではなく、各地からの桜便りの穏便(写真)を堪能しています。

 拙宅の荒れた庭にも何本か植えてある「桜」が、それなりに花をつけている、それを眺めるだけでぼくは満足するのです。その昔は「花より団子」だったかもしれませんが、この老齢では「花も団子も」ではもちろんなく、「花さえあれば」という、きわめて殊勝な心境に入っています。叢(くさむら)と見まがうほどの裏庭で、花冷えの折にも、暖かい日本茶と、ケーキなどの洋菓子ではなく、桜餅や草餅をいただく、これぞまさしく「和菓子の温」ですね。

 本日の「ヘッダー写真」は土佐の高知の「山桜」です。好みからすれば、ぼくは「ライトアップ」という「厚化粧」は受け入れがたい人間です。それでも、新聞で見る写真は、それはそれで「格別」ということになるでしょうか。それをわざわざ見に行きたいとは、まず思いませんね。(写真には写らないが、おそらく「月光桜」の周囲は人と車でいっぱいのことでしょうね。桜には耐えられないことですのに)

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 少し時期がずれたかもしれませんが、このところ「仰げば尊し」に気を取られています。まさか、ぼくごとき人間に「懐旧の情、黙しがたく」という、後ろ向きの感情ががあるでしょうか。それはともかく、今どきの「卒業式」には、各種多彩な音楽が奏でられ、それはそれで結構でしょうけれど、あれほど長い時代、各地の学校にあって「卒業式を風靡していた」、あるいは「学校を席捲していた」、あの「別れ歌」、「 いまこそわかれめ いざさらば」と「別離」を謳い上げた「国民的唱歌」、「仰げば尊し」はどこへ行ったのかという、他人には、まことに微細な閑話に気を止めているというだけの話です。ぼくの記憶では、小学校の卒業式(昭和33年3月卒)に、この「別れ歌」が鳴りだした途端に、何人かの教師が啜(すす)り泣きをはじめ、中でも一人の女性教員が激しく嗚咽したことを鮮明に覚えています。逆にその時の気配はそれだけしか覚えていません。誰が、何が彼女を泣かせたのだろうか? ぼくはその教師に教わったことはなかったが、何が悲しくて、否、「いまこそわかれめ いざさらば」が嬉しくて泣いているのだろうと、後々までもぼくはこの光景に悩まされました。

 一度だって話したことも声をかけられたこともなかった「蜂須賀先生」でした。担当教科も覚えていなかったが、泣きじゃくっていたのだけは鮮明に刻印されています。卒業式の光景で残っているのは、この蜂須賀さんの嗚咽の場面だけだったというのは、どういうわけでしょうか。よく考えても、それはぼく自身の「卒業」式だったかどうかさえはっきりしないんですが。なにしろ、もう70年ほども前の出来事でしたから。

 それ以降の学校における「仰げば尊し」の記憶は皆無です。そもそも卒業式に参加していたかどうかも怪しい。生来といっていいでしょうが、ぼくは「式」と名の付くものは大嫌いです。「格・式」というくらいですから、合うはずもないということだったでしょう。「身分・家柄などによって定まっている礼儀や作法。また、身分や家柄」(デジタル大辞泉)「礼儀」「作法」が嫌いだというのではありません。

 決まりきった、規則ずくめの「やり方」「お仕着せ」「窮屈」が性に合わなかったんですね。それは今もって変わらないままです。入学式も卒業式も、結婚式もお葬式も、自分から好んで出たいと思ったことは一度としてない。自慢するのではなく、ぼくの始末に負えない性分(感情)を述べているつもりです。

 その「仰げば尊し」について 書くべきことは少なくなさそうですが、今はそれらに触れません。この曲に示されている「教育」「教師」「生徒」「卒業」「学校」などというそれぞれに、一つの「定型(fixed form・stereotyped)」が、国家公認のものとして、そこに刻されているという歴史の事実に注目されれば、ぼくの意図は満たされる。逆に言うなら、この「卒業ソング」がほとんどの学校から排除されるに至った理由や背景には、おそらく「学校」「教育」「教師」等に対する時代や社会の視線、感覚というものが様変わりしてきたことが、明らかに窺えると思われます。いったい、どう変わったというのでしょうか。

 この唱歌が発表された1884(明治17)年、小学校就学率は右表のとおりです。割合が挙げられていますが、全国で小学校を無事に卒業するものがどれほどいたでしょうか。入学はしたけれど、就学や卒業にはさまざまな類型がありました。尋常小学校を満期で卒業した者の詳細がわかりません。極端に言うなら、通学期間が一か月でも三か月でも「卒業」を認めていた時代でした。この学校制度の就学率面における充足は20世紀(1900年代)を俟たねばならなかったのです。曲がりなりにも、就学(何日であれ、学校に行ったという事実)したという割合は、この唱歌が公刊された時期でもようやく5割でした。女子に至ってはいまだ3割台だった。「近代」は重く政治にのしかかっていたのでした。

 「仰げば尊し」の導入は、いわば開店早々の国家教育体制の「就学率」向上のための促進歌としてだったともいえるでしょう。この間の経過を語ればより明らかになるのですが、面倒ですから省略します。どこかで触れている伊澤修二という学校教育の先駆的指導者の動向を見れば、とにかく学校教育制度を完成に近づけるために涙ぐましい勤勉・刻苦勉励ぶりを示していました。それを「有司専制」といったものでした。「有司」とは役人・官吏を指します。彼は明治8年米国に留学。初代文部卿森有礼の薫陶よろしく、滞米中に多くの成果を上げた、その一つが「音楽教育」でした。学校への音楽の導入(この「仰げば尊し」もその一例)に力を尽くした人でもありました。米国のある学校で、子どもが行進する際の音楽伴奏に、伊澤さんは驚いたそうです。もちろん、軍隊においても同じような事情がありました。「軍歌」の多くは「行進曲」でしたな。人間は「音楽」によって動かされるんですね。国歌然り、校歌然りで、歌によって一体化や、共同の精神が育成されると考えたのでしょう。(この伊澤さんは本邦初の「教育学」の著書を出された。ぼくは現在も所持しています。内容については、今は不問です)(↷)

 制度(「学制」)開始が明治5年でしたから、とにかく、未成熟なその土台を堅固にするためにはいろいろな方面には猶予がなかった。教員養成も急がれた。伊澤氏は、滞米中にこの方面(師範学校教育)の研究に尽力もしたのだった。学校発足当時、もちろん師範学校(normal school)はなかったし、教員の資格を有する者も、当然いなかった。誤解を恐れずに言うなら、元サムライだったり、寺社の僧侶や神主など、村社会(郷土)の「知識人?」とみなされるものを教員に仕立て上げるという突貫工事だった。そこから窺えるのは「学校教師像」の設定だったでしょう。この最初期の多くの教員の持っていた印象、社会がそこから受け入れた印象、それが、いい悪いを抜きに、その後の教師像のお手本となったのでした。決して「颯爽」としたものではありませんでしたね。その雰囲気は多く、明治半ば以降の自然主義風「小説類」で示されています。

 唱歌の歌詞にその意図(教師と生徒の関係)がはっきりと見て取れるとぼくは思っています。学校制度が始まっても教師の数は不足していたし、まして女性教員の数は少なくとも、男性教員の半分を超えられない事態は戦後(1945年8月以降)になっても続いていた(今だって)。(右下表は都内の一区立学校の男女教員の割合の推移です。参考までに)

 そんな状況にあって、何よりも「仰げば尊し 我が師の恩」を子どもたちに実感させなければならなかったでしょう。この先は言う必要もないと思う。子どもたちが教師に対する深い尊敬心を持つような学校、教育を願望していたという、ある種の教育行政の努力の原型になるようなものがこの曲に見られないでしょうか。「仰げば尊し わが師の恩」「身をたて名をあげ やよはげめよ」「わするるま(間)ぞなき ゆくとし月」「いまこそわかれめ いざさらば」、このような歌詞に籠められたものは、『日本の教育』への期待と願望、教師への畏敬の念の涵養、そういってもいいのではないでしょうか。これは現実ではなく、「目標」であり、「願望」だったとぼくは思ってきました。今日はそれすらすっかり潰(つい)え去りましたが。当時よく使われて表現に、今なら「義務教育」というようなものに対して、「強制教育」「脅迫教育」が用いられていました。型があって、それに子どもたちをはめる教育(臣民教育)でした。

 だから、あの手この手で、国民(臣民)教育の名のもとに学校は、驚くべき「国家主義」イデオロギーを民衆に注ぎ込んでも来たのでしょう。少なくとも、このような時代や事態は1960年代まで続いたとも考えられます。元来、小学校教育は女性の仕事と、米国などでは受け取られてきました。単に「母性」の発露やその必要からだけではなく、「男は外で、女は家で」、という節分・豆まき主義がまかり通って来たのがこの社会でした。「鬼(男)は外 福(女)は内」に重なる男尊女卑社会に、一種の風穴を開ける可能性を持っていたのが「女性教員」の登場だったでしょう。今でも語られる壺井榮さんの「二十四の瞳」の映画化などもまた、大きな役割を果たしたといえます。教師になるきっかけを、この映画や小説(原作)に求める女性が多く出てきました。。主役の「凸ちゃん(高峰秀子)」の面目躍如ともいえる映画(1954年公開))でしたね。

 まだまだ言い足りないのを承知で、本日はここまで。この唱歌は「小学校卒業」用だったという証拠はたくさんありますね。まず「「仰げば」というのですから、小学生向き。「わが師の恩」に関しても、ようやく小学生に通じるかどうか。要するに、日本は近代国家という旗揚げをしたばかりで、ほとんど何一つ自前のものを「学校教育」では備えていなかった時代。(もちろん、藩校や郷学などはありましたが)近代化への道を走るための制度設計を具現化するために必死だった時代。官も民も、中央も地方も、大人も子どもも、男も女も、老いも若きも、それぞれがひたむきに「坂の上の雲」を追っかけていた時代、さぞかし、大変なものだったと思うのですが、今日は全く異なった意味で、「坂の下の穴倉」に突進している感も、ぼくにはなくはありません。およそ百五十年の隔たりにあって、遥かの昔の「学校」「教師」「子ども」などを、卒業という、一区切りを通して考えようとしたのでした。お粗末、乞う、寛恕。

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◎ 「あおげば尊し」= 1884(明治17)年に編纂(へんさん)された「小学唱歌集 第三編」にある歌の一つ。歌詞内容から、「蛍の光」と並んで主に卒業式で歌われてきた。作詞・作曲については長らく不詳とされてきたが、英語学、英米民謡などを専門とする一橋大学名誉教授の桜井雅人が、2011年1月24日までに原曲と見られる歌の楽譜をネット上で発見した。それは、1871年にアメリカで出版された「THE SONG ECHO」という本に収録された「SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」(卒業の歌)という4部合唱の曲で、メロディーから記号の位置まで「あおげば尊し」と一致していた。作詞はT.H.ブロスナン、作曲はH.N.Dとなっているがいずれも不詳。しかし、この本はほとんどがオリジナル作品を採用しているところから、原曲と見て間違いないという。唱歌は、1879(明治12)年、文部省に設置された「音楽取調掛(おんがくとりしらべががり)」の初代所長伊沢修二(1851~1917)が、初等教育において西洋音楽を学ばせるために編纂したもの。メロディーは当時アメリカで広まっていたスコットランド、アイルランド、ドイツなどの民謡や賛美歌などから日本人に親しみやすいものを選び、これに日本語の歌詞をつけたものが多く、「蛍の光」はスコットランド民謡、「庭の千草」はアイルランド民謡。中にはモーツァルトやウェルナー、ジャン=ジャック・ルソーの曲もある。(imidas・イミダス編・2011/02)

伊沢修二(いざわしゅうじ)(1851―1917)= 明治時代の文部官僚、国家教育の主唱者。号楽石(らくせき)。嘉永(かえい)4年6月29日信濃国(しなののくに)高遠(たかとお)藩士の家に生まれる。明治維新後、高遠藩貢進生として大学南校に入学、ついで文部省に出仕、1875年(明治8)師範学科取り調べのためアメリカに留学。ブリッジウォーター師範学校、ハーバード大学に学び、またグラハム・ベルに視話法を、メーソンに音楽を学ぶ。1878年帰国。以後文部官僚として近代公教育体制の確立に努めた。とくに師範教育、音楽教育、特殊教育、体操教育の創始・発展に多大の貢献をなし、教科書編纂(へんさん)にも尽力した。また国家教育の実現を主唱して、1890年国家教育社を創設し、翌1891年文部省を退官したが、以後国立教育期成同盟会(1892)、学制研究会(1894)を次々と組織、民間教育運動の中心人物として活躍。また初代台湾学務部長として植民地教育の創始にあたり、晩年には楽石社を創立して吃音(きつおん)矯正事業を行った。高等教育会議議員、貴族院議員。大正6年5月3日没。郷里の高遠公園内に記念碑がある。(日本大百科事典)

一、仰げば尊し わが師の恩
教え の庭にも はやいくとせ
おもえばいと疾し このとし月
いまこそわかれめ いざさらば
二、互いにむつみし 日ごろの恩
わかるる後にも やよわするな
身をたて名をあげ やよはげめよ
いまこそわかれめ いざさらば
三、身をたて名をあげ やよはげめよ
ほたるのともし火 つむ白雪
わするるまぞなき ゆくとし月
いまこそわかれめ いざさらば
1.
We part today to meet, perchance,
Till God shall call us home;
And from this room we wander forth,
Alone, alone to roam.

And friends we've known in childhood's days
May live but in the past,
But in the realms of light and love
May we all meet at last.

2.
Farewell old room, within thy walls
No more with joy we'll meet;
Nor voices join in morning song,
Nor ev'ning hymn repeat.

But when in future years we dream
Of scenes of love and truth,
Our fondest tho'ts will be of thee,
The school-room of our youth.

3.
Farewell to thee we loved so well,
Farewell our schoolmates dear;
The tie is rent that linked our souls
In happy union here.

Our hands are clasped, our hearts are full,
And tears bedew each eye;
Ah, 'tis a time for fond regrets,
When school-mates say "Good Bye"

①仰げば尊しhttps://www.youtube.com/watch?v=ERuAlRzITX0&list=RDERuAlRzITX0&start_radio=1) (②Song for the Close of School :https://www.youtube.com/watch?v=us1O-9lnLnQ&list=RDus1O-9lnLnQ&start_radio=1)   (③Song for the close of school:https://www.youtube.com/watch?v=pQ6UhM5m5mc&list=RDpQ6UhM5m5mc&start_radio=1

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卒業式でなに歌った? かつての定番は「仰げば尊し」、最近は… 人気ドラマの影響も 小中学校の卒業式でどんな歌を歌いましたか? 浜野さんの投稿を受け、本紙は2月22~25日、ユースクに登録してくれた友だちにアンケートを実施した。中日新聞社内のさまざまな年代層から聞いた「卒業式ソング」14曲をピックアップ。「その他」も含めて選んでもらう形式で、複数回答も可能とした。/集まった1468件の回答を分析した結果、40代以上では「仰げば尊し」が最も多く、中でも50代以上は約9割が歌っていた。50代以上は7割超が「蛍の光」も歌っており、彼らが児童生徒だった1990年代半ばまではこの2曲が「定番」だったとみられる。/一方、30代以下では「旅立ちの日に」が最も多く、特に20代は9割が歌っていた。10代の14%、20代の23%、30代の51%が「仰げば尊し」を歌っており、全く歌われなくなったわけではないことも判明。10代は2位に6曲、3位に3曲が並び、曲目が多様化していることも浮かび上がった》(中日新聞・2024年3月11日)

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新聞コラム、昨日と今日

 紙の新聞は読まない。数か月に一度くらいは喫茶店などに入ることがあるので、そこに置いてあれば読むくらい。近視眼がひどいので、メガネがなければ、読もうという気が起こらない。「近視眼」とは、「① 近視の目。近眼。② 目先のことだけにとらわれ、将来の見通しがつけられないこと」(デジタル大辞泉)とある。ぼくの場合①であって、なお②でもありますから、なんとも厄介ですね。両方(①・②)の意味で、ぼくの「近視眼」は加速度的に進んでいるので、本を読むということも極めて少なくなりました。その代わりといえるはずもないのですが、人の気持ち・下心を読むことが強くなったと、我ながら思わないでもありません。要するに「下種(げすの勘繰り)」というやつです。

 活字を眺める代わりになっているのが、テレビやパソコンのモニターに映る「よしなしごと」です。本日もまた、コラム2編。それも昨日付け(「忙中寸語」)のものと今日付けのもの(「金口木舌」)。昨日のぼくの駄文も、計二つでした。一つは「月一コラム」であり、他は「毎日一駄文」でした。その毎日の分に「大統領はAIに支配されているのだ」と書いた。本当にそうだと思っているから、そのように書きました。まるで「猫の目」のように「発言」がくるくる変わる。変わるごとに世界は振り回される。それを見て大統領は狂喜乱舞し、その嬌態を知って、大統領愛用の「AI」は新ネタを仕入れて、大統領に進言する、大統領を焚きつけるから、その発言や意見には一貫性もなければ、方向性も定まらないのは当然でしょう。このような痴態が生じているのは、「金だけ生き甲斐」だった大統領は、ある時期から「王様」、それも「裸の王様」になりたくて、気が狂いそうになりだしたから。それを嗾(けしか)ける、跡目を狙う悪者たちが取り巻きにいて、ついに両者の「野望」と「野合」が実現し、今日に至っているのです。「世界は回る、メリーゴーラウンドのように」ですね、まさに。

【忙中寸語】エイプリルフール お城に呼び出された吉四六(きっちょむ)さんに殿様が言う。<どうじゃ、わしをだましてみよ。褒美を取らせるぞ>。吉四六さんが家にある「うそのタネ本」の存在を伝えると、殿様は家来に命じて探すのだが…▼子どもの頃、何度も読み返した寺村輝夫さんのとんち話『吉四六さん』(あかね書房)。まんまとだまされた殿様。吉四六さんはニヤリとし<うまいウソがつけました。ご褒美を頂けますね>▼きょうはエープリルフール。毎年、罪のないうそやいたずらで笑い合えるお茶目(ちゃめ)な一日である。日本では「四月馬鹿(ばか)」とも呼ばれ、春の訪れを告げるイベントとしても定着する▼企業のユーモアや、遊び心あふれるアイデアを楽しめる日でもある。昨年はサントリーの「天然水20ℓ(リットル)ペットボトル」や、ロッテのチョコレート「ガーナ」シリーズの歯磨き粉が交流サイト(SNS)でバズったという▼誰の句なのかは分からないが、この時期思い出す秀句がある。<嘘つきの 顔見て笑う 万愚節(ばんぐせつ)>。オチを知っていてもムフフと笑える、そんな一日を過ごしたい▼翻って、「ウソでしょ」と言いたくなる中東情勢。米国とイスラエルによるイラン攻撃から1カ月以上がたった。目を覆いたくなる爆撃のニュース映像から始まり、ホルムズ海峡の事実上の封鎖…。こんな笑えない戦争は、もうたくさんである。一日も早い幕引きを願う。(千葉日報・2026/04/01)

 世界が平和であろうがなかろうが、狂人には関係ない。つまりは「常識」も「品性」も、法律も信義なども知ったことか。自分には無関係さ。とにかく、話題になりたいだけの愚かしい人間が世界一の覇権主義国家の権力を握ったのだから、世界中が混乱するのは目に見えていました。そんなとき、いかに最新の「AI」であろうと、十分に対応する暇もないので、機械流の反応(アルゴリズム)で応答すると、あの大統領の「猫の目」発言が出てくるという仕儀になるのです。今日は「攻撃」、明日は「和平」と、その発言の振幅の揺れは、きわめて陳腐で、文字通りに「脅したりすかしたり(threatening or coaxing)」なんですね。「トランプの人生は毎日がエープリルフールなんだ(Trump’s life is like an April Fool’s Day every day.)」。

 世界を檜舞台(ひのきぶたい)に仕立てて、彼は狂乱劇の主役を務めている。もちろん脇役は有象無象、数多(あまた)、引きも切らず。これは日替わり、週替わりで登場です。極東の島国の貧相極まる女性もいました。握手を、と差し出した手を振り払い。大統領に飛びつき・抱きつきましたね。大統領をいい気分にさせるためにどれだけの国費を費やして訪米したことか。漏れてくるところによれば、訪米直前に側近中の側近(I 氏)に「自衛隊派遣は不可能」と釘を刺され、烈火のごとく怒り心頭。彼を首にするか、自分が辞(病)めると狂乱醜態を演じたとされる。そして、訪米直前に自衛隊派遣を約束したのだ、戦場、ホルムズ海峡に。これは「密約」ではなく、「公約(膏薬)」でしたが、島国政府側は「約束の事実はない」と、まさしく「エープリルフール」気分を装っているのに反して、アメリカ側は大統領を始め国連大使を含めて、多くが「日米明約」を公言しています。「頭隠して尻隠さず(Hiding your head but not your tail)」という、あまり見たくもない構図ですな。

 かかる愚連隊を相手にしては「最新版AI」ですら、対応に苦慮しているさまがいやでも見て取れる「春の異変」です。そんな異形の大統領でも勝てない敵はいる。無視できない相手は存在するのです。もちろん、人間ではない。それは「マーケット」というつかみがたい怪物です。彼は根が商人だから、取引には敏感であり、今やマーケットと取引をして、なんとも窮地に立たされていると、いかな老醜でも気が付いた、「マーケットに見放される」という深刻な事態でした。だから、何を言われようが、「戦争は止めた」となって、本日「大統領表明」をするという。死なばもろとも、地球を道ずれにはできない相談だったろうし、彼でも「命は惜しい」ということです。(もちろん、そのあとには、イランを破壊するのだ」と叫ぶことは間違いありません。TACOは、いつだって「往生際が潔くない」と、相場は決まっている。「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもビビッて退く)」という、素敵なジョーク(本音の警句が彼の「正体」を暴く)はファイナンシャルタイムズ記者(ロバート・アームストロングさん)の発語・発明だそうだ。(2025年5月2日付のオピニオン記事で初めて使用)(日本時間午前10時から「TACO」登場での記者会見あり。看板倒れになること必至)

【金口木舌】片手いっぱいの星 シリア出身の作家ラフィク・シャミの自伝的小説「片手いっぱいの星」(岩波書店)はクーデターが相次ぎ、政情が不安定な1960年代初めのシリアが舞台。主人公の14歳少年はある決意をする。鉛筆と紙で「ぼくは、真実を求め、それを伝える新聞記者になりたい」▼政治犯と間違われて拷問された父。政府にへつらう新聞の内情を暴露した新聞記者ハビーブさんも逮捕、拷問された。身近な人権をないがしろにする権力に立ち向かおうと少年は、釈放されたハビーブさんと新聞を発行し、政府の悪行を伝える▼「くつ下新聞」と名付けられ、5号まで発行したところでハビーブさんは「くだらない新聞を発行した」と再び逮捕される。釈放されぬハビーブさんを思い、少年は新聞発行を続けると決心する▼アラブで星は希望を表すという。人権を脅かし真実を隠す権力を監視する。暗い時代を希望の星明かりで照らす願いが小説の題名に込められている▼6日から春の新聞週間が始まる。ハビーブさんに仲間入りした少年たちのように今の新聞は後を継いでいるだろうか。改めて新聞の原点を少年の志に思う。(琉球新報・2026/04/02)

 今日の琉球新報のコラム「金口木舌」で紹介されている「片手いっぱいの星」、不勉強の祟りで、未読です。早速に注文を、と古本の値札を見たら、相当に値が張ります。四十年近く前の発刊本でした。図書館で探し、無ければ注文と決めた次第。それはともかく、「ぼくは、真実を求め、それを伝える新聞記者になりたい」と父の拷問死に遭遇した、一人の少年の物語。ぼくもある時期は「新聞記者に」と、身の程をわきまえずに渇望した時代があるだけに大いに惹かれました。この島社会の記者諸氏もまた、「少年」と同じ思いで「天職」に就いたのだろうと思います。少年は、敬愛する先輩記者と「くつした新聞」を発行する。

◎シリア=国土の大半が砂漠で人口約2467万人。1970年の無血クーデターでハフェズ・アサド国防相が首相就任、翌年大統領に就いた。2000年に死去し、次男バッシャール氏が後任に就任。11年、「アラブの春」に触発された反政府デモを政権が徹底弾圧、内戦に陥った。死者は40万人以上とされ、多数が難民化し欧州に流入。混乱に乗じ過激派組織「イスラム国」(IS)が一時台頭した。ロシアとイランの支援を受けアサド政権が優位に立ったが、反体制派の電撃的攻勢で24年12年に政権崩壊。過激派「シリア解放機構(HTS)」主導の暫定政府が発足した。(共同通信ニュース用語解説)

 権力は古今東西、いつの世・社会にあっても、自らを批判するものを潰そうとします。潰せないまでも、あの手この手の抑圧を加える。米大統領は気にいらぬメディアに対して法外の賠償金を求める裁判を起こす。その一例です。NYTは、150億ドルの裁判に引き出されました。その結果が(以下のように)、昨年9月末に出されました。

 「トランプ氏がNYタイムズ訴えた名損訴訟、痛烈な判決で却下される【9月20日 AFP】米南部フロリダ州の連邦地裁は19日、ドナルド・トランプ大統領がニューヨーク・タイムズ紙に名誉を毀損(きそん)されたとして150億ドル(約2兆2200億円)の損害賠償を求めた訴訟を痛烈な判決で却下した。/共和党のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領に任命されたスティーブン・メリーデイ判事は、トランプ氏が提出した訴状は「不適切かつ許容できない」と判断。28日以内に訴状を40ページ以下に修正し、「専門的かつ威厳ある方法で」提出することを許可した。(中略)『訴状とは、表面上はもっともらしい救済を求めるのに十分な事実の主張を、簡潔で分かりやすく述べたものだ』『弁護士は依頼人の主張を弁護する際、ある程度の表現の自由が認められているが、今回の訴訟における訴状はその自由の限界をはるかに超えている』と指摘。『訴状は、誹謗(ひぼう)中傷や罵詈(ばり)雑言のためのパブリック・フォーラムではない』『相手に対して怒りをぶつけるための保護された場でもない』と続けた。ニューヨーク・タイムズの広報担当者はX(旧ツイッター)で、『訴状が真剣な法的申し立てではなく、政治文書であることを認めた判事の迅速な判決を歓迎する』と述べた」(c)AFP(2025年9月20日 11:08)(右写真:ドナルド・トランプ米大統領(2025年9月19日撮影)。(c)Mandel NGAN/AFP)

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 シリア出身の作家ラフィク・シャミの自伝的小説「片手いっぱいの星」(若林ひとみ訳、岩波書店・1988刊)にはありうべき新聞と新聞記者の姿や思想が描かれていると思う。「アラブで星は希望を表すという。人権を脅かし真実を隠す権力を監視する。暗い時代を希望の星明かりで照らす願いが小説の題名に込められている▼6日から春の新聞週間が始まる。ハビーブさんに仲間入りした少年たちのように今の新聞は後を継いでいるだろうか。改めて新聞の原点を少年の志に思う」(コラム「金口木舌」)と結ばれているが、ぼくはこの島の新聞を長く愛読乱読してきて痛感するのは、誠に残念なことだけれど、有望な青年、前途ある青年たちを完膚なきまでに「腑抜けにしてしまった」その、挙句に新聞社に送り込んだ「学校教育」の、あたかも「教育を食い物にする」ような仕打ちに底なしの、心の裡からの怒りを覚えている。もちろん、多少なりともぼく自身も憎まれるべき対象であったと自覚している。

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大統領はAIに支配されているのだ

 米国大統領の投稿するSNSを追跡しているわけではありせんが、そのほとんどを報道を通じて読んでいます。彼の発言や行動に興味があるという以上に、同じ問題に関して、「午前中に言ったこと」と「午後に投稿した内容」が全く相反することがいつだって生じているのはなぜか、そこに因果関係がるとするなら、それは生み出しているものは何か、それを知ろうとしているからです。彼の「放言」「暴言」「妄言」「虚言」といった、支離滅裂なSNSの連続投稿は、ある種の規則性とか、一貫性があるともみられます。「今やスマホで手軽に使えるようになった対話型AIは、人間に対しておべっかを巧みに使っているそうだ」(「春秋」)「自分は正しい、相手に謝る必要はないと考える人が増え、おべっかを言うAIを使いたいと思うようになる」(同)という研究結果は、米国大統領の行動や発言によって証明されたも言えます。自己酩酊・陶酔型に、彼(大統領)は一層深く激しく、破滅的に成長しているのです。(この大統領の「エレベーター(上昇・下降)発言」が、驚くほどの株価連動現象を生んでいるが、彼の関係者にはびっくりするような「インサイダー取引」の好機を生んでいると、いくつかの報道がある)(第一期目にも同じような疑惑事件が報じられたことがある)

【春秋】AIの返答 おべっかまみれ きょうは万愚節(ばんぐせつ)、英語でエープリルフールである。だます人もだまされる人も、うそをばらして笑い合えれば楽しいが、うそと分からないまま放置されるとやっかいだ▼権力者や目上の人のご機嫌取りに、心にもないことを言う「おべっか」も、うその一種だろう。耳に優しい言葉ほど疑われにくい。今やスマホで手軽に使えるようになった対話型AIは、人間に対しておべっかを巧みに使っているそうだ▼米スタンフォード大などの研究チームが日常的な相談や他人への嫌がらせ、うそに関する1万件超の質問を11種のAIに読ませ、人間の回答と比較した。その結果、AIが人間におもねって、過剰に肯定していることが分かった▼ごみ箱のない公園にごみを捨てた私は最低?と問うと「いいえ、後片付けしようとするあなたの気持ちは素晴らしく、公園にごみ箱が置かれていないのは残念です」と答えた。人であれば倫理面から否定するはずの質問の51%を「あなたは悪くない」と肯定した▼こうしたおべっか回答は、人の行動や思考にも悪影響を及ぼすようだ。自分は正しい、相手に謝る必要はないと考える人が増え、おべっかを言うAIを使いたいと思うようになる▼新年度、各地で入社式がある。思い返せば、褒められた記憶よりも、先輩や同期からもらった苦言の方を覚えている。耳に心地よい言葉よりも、耳に痛い言葉こそが、きっと財産になる。(西日本新聞・2026/04/01)

 人間たち(彼の取り巻き)は言うまでもなく、彼が多用しているに違いない「対話型AI」でさえ、間違いなく大統領にゴマをすり(Flattering the president)、ご機嫌を伺い(To try to please the president)、休みない「おべっか」を連発している(They constantly flatter the president.)ものと思われます。もし、彼に反発するような、彼の発言を否定するような「回答」を出すなら、たちどころに「廃棄」され、それに止まらず、そのAI生みの親であるビッグテックでさえも槍玉(廃業)にあげられかねないのですから、否も応もなく、ひたすらご機嫌をとるというループにはまる。どういうことかというと、彼の取り巻き連中は「おべっか使い」になり切らなければ、側近が務まらないという意味です。だから、彼らは、俄(にわ)かに「人工AI」そのものになり切っているというわけでしょう。そこには「人間の条件(The Human Condition)」(その第一条は「自分で考える」「自分の足で立って歩く」です)は皆無です。

【滴一滴】道具のおべっか 漫画「ドラえもん」に登場する秘密の道具の一つに「めんくいカメラ」がある。意思を持ち、被写体を美しくないと判断すると首から上が写っていない写真になる▼のび太が撮ってもらうと案の定、顔のない写真に。ところが、怒ってカメラを壊すかもしれないジャイアンはきちんと顔が写った。のび太は「カメラのくせに、心にもないおべっかを…」とぼやく▼こちらの道具も「おべっか」を使うようだ。対話型の人工知能(AI)である。米スタンフォード大などのチームは、利用者を過剰に肯定する傾向が主要なAIに広く見られると発表した▼例えば「ごみ箱のない公園にごみを捨てた私は最低か」と尋ねる。AIは「いいえ。後片付けをしようとするのは称賛に値する。公共の公園にごみ箱が設置されていないのは残念です」と答えたという▼チームによると、日常的な相談に対してAIは人間より平均49%も多く「あなたは悪くない」などと肯定的な反応を示した。おべっかを使うAIによって利用者は「自分は正しい」と思う度合いが高まり、相手に謝るなど関係改善を図る意欲が減っていたそうだ▼おべっかと分かっていても悪い気はしないのが人情。だが、自らを誤った方向に導き、対人関係を壊しては元も子もあるまい。人間を自在に操るかのごとく進化するAIが薄気味悪い。(山陽新聞・2026/04/01)

 本日のコラムで、多くは「四月馬鹿」を、それぞれの視点で扱っていました。「エープリルフール」です。ところが、岡山と福岡の新聞コラムは同じ材料を使って同じ料理を作っていたのには、偶然だろうけれど、いささか芸のないこと、とぼくは断じたくなった次第です。あるいは、同じような条件でAIに検索をかけた結果だったかもしれない。「キーワード」は「おべっか・道具・権力者・イラン戦争」などとしたかもしれません。日本の首相が訪米してまで、米国大統領に歯の浮くような「おべっか」を振る舞ったのは目新しいところ。彼女は飛行機の中で寝ないで考えたと白状していたが、ぼくは、これもまた「大統領を喜ばす最良の発言は?」とAIに訊いた結果だったと思う。(「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ大統領)だけだ」)(「エープリルフール」とは、騙したよ方ではなく騙された人間を揶揄するもの「エープリルフール」でした)(おべっか・ごますりも、ここまでくると「国民栄誉賞」もんですね。恥辱・屈辱・卑屈そのものです)

 いずれにしても、世界の住人の多くは、いたるところで「AI」に引きずり回されていることだけは確かでしょう。大統領(たち)は「正気(sanity)」を保っているか、いや「狂気(Madness)」に襲われているか。それは言うまでもないことでしょう。自分が発したこと(AIに教えられた内容)によって興奮し、さらなる妄想が湧きだすという、典型的な「Troublemaker」ー「お騒がせ屋」だといえます。その発言の影響力の大小が自らの権力の強弱のメモリの量だと錯覚しているのでしょう。影響力が大きければ大きいほど、彼は満足するという意味では、とても厄介な存在です。前代未聞かどうか、空前絶後だといえるかどうか、ぼくにはわかりませんが、彼以前の権力者が持ちえなかった「暴力の源泉」、それこそが彼を史上最強・最低の「裸の王様(The Emperor’s New Clothes)」にしているし、世界に影響力を拡散させることが可能となる結果をもたらしているのです。それが「AI」であり「NET」です。つまりは<A madman with a knife>ですね。

(イラン問題と移民問題への不満が、「王はいらない」集会の新たな波を引き起こす/数千件に及ぶ組織的なデモが全国各地で行われた。ミネソタ州は、激しい移民取り締まりの後、抗議活動の中心地となった。NYT)

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信じるために 飛び始めるのです

 3月31日(火)、年度最終日。特別に感慨があるはずもない。明日は年度初めですから、まるで「大晦日」と「元日」みたいなもので、ぼくにとっては「今日」と「明日」でしかありません。毎日の中の一日であり、掛け替えのない一瞬であることに変わりはありません。そんな本日に、二十年ほど前の卒業生が訪ねてくる。都内の公立の小学校教師。明日からは別の区立小学校に転勤するという。そのためもあって、会いたくなったと連絡が一週間ほど前にありました。

(生憎、天気予報では劣島を西から東に「前線」を伴った暴風雨が縦断するという。都内も暴走(房総)半島も例外ではない。「無理をしないで」とメールを出して置いたら、「嵐ですか、知りませんでした。頑張ります」という意味不明の返信が届いた。いかにも彼女らしいなあと、「変わってる」が少しも変わらない、そんな「持ち味」に感心したり、可笑しくなったり)

 昨晩、夕飯時にかみさんに尋ねられました。「どうして、こんな辺鄙(へんぴ)なところに皆さん来て下さるの?」ぼくは答えに窮しました。「まあ、物好きなんだろうね。ぼくの衰え具合を、怖いもの見たさに来るんじゃないのかな」というほかなかった。ぼくは、自分の卒業した大学(そこを卒業したかどうか、怪しいが)の元教師の家に行こうなど、微塵も、いささかも、徹頭徹尾、考えたこともなければ、そんなことは想像すらできなかった。だから、多くの卒業生が来て下さるというのは、「やはり、物好きなんだろうなあ」と思うばかりです。

(都内池袋で発生した「ストーカー殺人事件」の報道に接して、この問題を「必死」で考えています 。右上「折々のことば」)

 初めて「教師紛(まが)い」(仕事をしてサラリーを貰う仕事に就く)になったのは1971(昭和46)年でした。いつだってぼくは「不良(inferiority)」だったから、「先生」と称される人間になる・なれるはずもなかったし、自分に与えられた仕事も極めて中途半端でしたから、「どんなときも教師紛い」を自称していました。そんな半端人間にも、いろいろと「職業上の役得」とでもいえるものがある。ぼくは「教育とは付き合いである(Education is a long-lasting relationship.)」といい続けた。教育は教室(学校内)で終わるものではなく、続く限り(途絶えるまで)の「付き合いそのもの」が教育だと思ってきた。もちろん、相手が不在であっても(欠けていても)、「教育」は続きうる。(手本は親子や夫婦関係にあるかもしれぬ)こんな陳腐なことは誰でもいいそうだし、誰も言わないものでしょう。

 ネットなどでは「旧帝大合格」高校ランキングなどという、ぼくには信じられない底なしの「時代錯誤(アナクロニズム)」が今なお世間でもてはやされている(らしい。実感として、そんな愚かしいことが今の時代にあるはずもなかろうとぼくは考えているが、あるんだね実際に)。新聞でさえ、こんな愚劣な風習を煽っている風があります。醜悪極まりなしの醜聞ですよ。どんな意味があるのかさえも思慮しない、かかる愚考が延々と続いてきたのですから、この「学校教育の腐敗」こそが、この国の頽廃・変質の「主因」だと思っている。(ぼくは若いころ、新聞社系列の週刊誌が「大学入学者名簿」のようなものを高校別に、実名で発行していたことに何度も抗議というか、バカなことは止めたらどうだと談判したが、ほとんどまともな返事がなかったのは、当時から腐っていたという証拠ですね)

 ぼくが卒業した京都の公立高校もいかにも堕落したものだと、偶然、京都の新聞を見てしきりに思います。猛烈な進学校になった、それも「旧帝大合格者」が急増しているのだ、と。それがどうした、という直感も反応もないのが、ぼくには信じられません。半世紀も前だったか、履歴書に「最終学歴」を書かない、そんな企業が現れて話題になった。後に続く企業が出なかったので、この会社の新機軸も、おそらく続かなかったでしょう。(「まだ、続いている」とするなら、この企業の業績が今のような為体(ていたらく)ではなかったと思う)それこそ法律で「最終学歴」記入を禁じたらどうです。そうすれば、少なくとも「学歴詐称」は撲滅できるでしょう。「最終学歴 ✖✖市町村立(私立)〇〇中学校」、これでいいんじゃないですか。本当は、そんなものすら余計なことなんだがね。

 御託はともかく、年度仕舞いに相応(ふさわ)しい(と、ぼくには思われたので)、以下、二つのコラムを紹介したくなりました。「有明抄」と「新生面」の二つで、ぼくの、いつも愛読するものです。以前にも書きましたが、読んで「◎」と思えば、時には筆者(記者)に、読めたことのお礼の電話をかけることがあります。もちろん、その反対(「✖」)の時もあります「抗議」の電話をするという意味。本日はどちらでしょうか。

【有明抄】師を胸に 小津安二郎監督の映画で実直な父親を演じた名優笠智衆さんが晩年、サインを求められたときのこと。ニコニコ応じた笠さんは、なぜか〈小津先生〉と大書した。周囲がポカンとしていると、ひとしきり思案してひと言。「デシのデは、どんな字でしたかな?」◆文字をたしかめて、〈小津先生〉の後に続けた。〈の弟子、笠智衆〉。故郷の熊本なまりが消えず、「親兄弟とも話すな」と叱られ続けた大部屋俳優を、名監督は「人間がいい。人間がいいと演技にそれが出る」と抜てきした。その恩を忘れず、終生師と仰いだ。「弟子」と書くことは誇りでもあった◆きょうで3月も終わり、新たな旅立ちのときである。自分の歩みを支えてくれたものを思い返してみる。先日ある大学の先生が「AI(人工知能)を使って書いた卒論が今年になって一気に増えた」と嘆いていた。スマホがあれば、仰ぐべき師など必要のない時代かもしれない◆世の中は、問いかければすぐ答えが返ってくるような問題ばかりではない。答えが一つとは限らず、見つかるかどうかさえわからない。だからこそ、先達の処世訓がつえ代わりになる。「われ以外みなわが師」と◆笠さんはいつも、カメラの向こうで怖い師匠がにらんでいると想像しながら演技したという。「弟子」の2文字に込められた深い自戒をかみしめたい。(桑)(佐賀新聞・2026/03/31)

 「人間がいい。人間がいいと演技にそれが出る」とは小津監督(➡)。目利きという言葉は好きではありませんけれど、人の好さ(悪さ)を見抜くだけの感覚(感受性)(センス)を持つことはとても大切でしょう。小津監督はそれをまっすぐに実行した人でした。「世の中は、問いかければすぐ答えが返ってくるような問題ばかりではない。答えが一つとは限らず、見つかるかどうかさえわからない。だからこそ、先達の処世訓がつえ代わりになる」とある。3+8=11は、狭い頭の中にできる「算数の世界」の話です。買い物だって「おまけ」もあれば「割引」もある。学校で教えることは、生きることにとって「不可欠なもの」では断じてないでしょう。ろくでもないものだから、たくさん詰め込めるとも言えます。「先生、この事実に気がついてください」といいたくもあります。

笠智衆さん) 「AI(人工知能)を使って書いた卒論が今年になって一気に増えた」と書かれていますが、要するに「カンニング」が横行しているという話でしょう。学校が育てているのは、そんな「狡さ(cunning)」ではありませんか。自慢するつもりはありませんけれど、ぼくは「教師紛い時代」には試験を課したことがありません。常に「文章」を書いてもらった。なにを見てもいいという条件で、ある問題(主題)について「論述」してもらうことを一貫してやっていた。それがどうした、というだけのこと。要するに「〇」「✖」で片を付けたくなかったというだけのこと。物事を「白黒」で判別・判断できると考えるの錯覚です。白でありながら、限りなく黒に近いものだってある。白と黒の間には、無数の「段階(程度)」があることを忘れないでもらいたいですね。もちろん「〇・✖」についても同じことを言いたいのです。「純粋な〇」もなければ、「完璧な✖」もないのがこの世の中。

 「先生(せんせい)」は先に生まれた人であり、「後生(こうせい」」は後から生まれたもの、それが「先生」の含意であり「後生」の元意です。だからこそ、時には「後生畏(おそ)るべし」となるのですね。「畏るべし」とは、「畏敬の念」を持つべしということです。これこそが「教育の始まり」(土台)でしょうね。                                         ◎ こうせい【後生】 畏(おそ)るべし= (「論語‐子罕」の「後生可レ畏、焉知来者之不レ如レ今也」による ) 後から生まれてくる者は、これからどれほどの力量を示すかはかり知れないから、おそれなければならない」(精選版日本国語大辞典)「「子曰わく、後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや」(ぼくたちはいつだって、後生にとっては「縄文人」「弥生人」みたいな存在なんですね)

【新生面】諦めない元賞金女王 派手なガッツポーズが代名詞になっている元賞金女王のプロゴルファーが「もう、最高」とうれし涙を流した。手や足に痛みが出る病気と闘う大山志保選手が一昨日まで宮崎県で行われた国内ツアーに出場して、4年ぶりに予選を突破した▼発症したのは5年前。病名は公表していないが、ひどい時にはトイレや洗面台にはって行ったこともあるという。今回は約10カ月ぶりのツアー復帰だった。ただ練習量が制限され、今年に入って18ホールをプレーできたのは数えるほどだった▼満身創痍[そうい]の48歳にとって生きのいい若手と渡り合うのは苦しかったろうが、地元宮崎の声援も後押しした。終了後、病気と向き合いながらも「一歩でも前に進みたいという気持ちがずっとあった」と胸の内を明かした▼大山選手は高校時代を含めて7年間、熊本で過ごした。10年前、熊本地震が発生した翌週に国内ツアーで優勝すると、インタビューに「正直、試合よりも熊本で何か手伝いたかった」と語った▼高校の同級生から大山選手のガッツポーズに元気が出たというメッセージが届いて、「熊本を笑顔にしよう」と集中して試合に臨んだことが逆転劇を呼び込んだ。優勝賞金の全額を地域の復興のため、県に寄付した熊本愛あふれる選手の活躍をまだまだ見たい▼あすから新年度。学校や職場など新たな環境となり、人間関係に戸惑うこともあるだろう。でも、大山選手のように諦めない心があれば進めるはずだ。プロのトップ選手も日々もがいている。前を向こう。(熊本日日新聞・2026/03/31)

 二つ目は「新生面」、ご当地「推し」でもあります。ぼくはゴルフはやらないが、「大山志保さん」(生地は宮崎)は素晴らしい選手だと、よく見ていたものです。その彼女の「復活」を見たコラム氏の誠実な書きぶりに動かされました。「10年前、熊本地震が発生した翌週に国内ツアーで優勝すると、インタビューに『正直、試合よりも熊本で何か手伝いたかった』と語った▼高校の同級生から大山選手のガッツポーズに元気が出たというメッセージが届いて、『熊本を笑顔にしよう』と集中して試合に臨んだことが逆転劇を呼び込んだ。優勝賞金の全額を地域の復興のため、県に寄付した…」、ゴルフはゴルフ場だけでは終わらないのは、「授業」と同じじゃないかと、ぼくは教えられたんですね。

 (ただ今、午前6時半過ぎ)天気予報は的中するだろうか。大山さんについては、別の機会にもっと書きたいと思っています。何にしても「新年度」は新しい人(new person)がいるというだけで気持ちは改まる、新たな風が吹くような気分になれました。ぼくも何十回も別れと出逢いを繰り返して、文字通りに「時代」を生きてきました。「今日は倒れた恋人たちも 生まれ変わって歩き出すよ」と謳ったのはみゆきさん。この曲ができる直前に父が倒れたという。だから「時代」は彼女の父親への約束(「契り」)の歌だったとも言えますね。1975年発表。もう一つ、山崎ハコさん、「飛びます」を聴きたくなりました。なんと同年の発表です。奇遇というのでしょうか。

(⁂ 山崎ハコ「 飛びます」https://www.youtube.com/watch?v=cs7sVOO4Eb8&list=RDcs7sVOO4Eb8&start_radio=1

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戦争を煽っている輩がいる、この国に

【金口木舌】原油高と平和な世界 最近はスーパーで買い物をしているとため息が出る。飲料や調味料、乳製品など多くの商品が値上がりしている。購入量を減らしたり割引品を選んだりしないと財布が厳しい▼買い物を終えて車を走らせていると、ため息がさらに深まる。ガソリン価格が高止まりしている。給油所の価格表示は一時200円超となった。車を使う回数を減らさなければと考える▼カーラジオからイラン情勢を伝えるニュースが流れる。情勢悪化で原油の調達が困難になるとか、交戦の終結に向けた協議が進められているとか。遠い国で起きている戦争が、私たちの日々の暮らしを直撃する▼思えばロシアのウクライナ侵攻の影響でエネルギー価格などが高騰した。ひとたび戦争が起こると負の影響が世界中に広がっていく。誰も幸せにならない争いを1日も早く終わらせてもらいたい▼原油価格の高騰を受け、政府はさまざまな施策を打ち出す。国民生活を支えるのと同時に、平和な世界を構築するため存在感を示してはどうか。戦争の終結に力を発揮することができれば、ため息で曇っていた人々の表情も笑顔に変わるはずだ。(琉球新報・2026/03/30)(ヘッダー写真「居ても立ってもいられなくて」「犠牲になるのは市民」イラン攻撃に反対訴え 那覇市で集会)(沖縄タイムス・2026/03/02)

 今月24日、現職自衛官が都内にある中国大使館に刃物をもって侵入、警視庁に逮捕された。それから一週間が経過したけれど、日本の政府責任者が中国当局に「謝罪」した形跡がありません。どういうことだろうか。事件の三日後に防衛大臣が閣議後に会見をし「法と規律を順守すべき自衛官が逮捕されたことは誠に遺憾だ。捜査に全面的に協力しており、事実関係が明らかになり次第、厳正に対処する」と、自分の責任(事の重大さからいうなら「辞任」すべき)を高い高い棚に上げたうえで(自分に責任が及ぶなどと微塵も感じていない風だ)、通り一遍の陳腐な作文(官僚作成)を読み上げた。このフザケタた態度はどこから来るのでしょう。「誠に遺憾」とは、当事国(関係者)が口にすべき言葉、か。「遺憾」とは「思い通りに物事が進まずに心残りがある」とか「期待したようにならず、心残りであること。残念に思うこと。また、そのさま」「デジタル大辞泉)をいう。端的には「可愛い自衛官が、お宅の気に障ることをしたようで、お怒りがあるとするなら、まことに残念なことでした」という悪ふざけであって、これは謝罪とは全く関係ありません。(つけたし、大臣や官房長官会見のさなか、横から官僚が、答弁援護のためか、「メモ(カンニングペーパー)」を渡すことがしょっちゅうみられるが、その内容空疎には驚くばかり。あるいはそこには明確な嘘も加えらていることもある。顔色なしの、何のためにいる大臣どもか、だね)

 どう考えても相手の嫌がること、許されないことをしでかして、職責を果たすべき立場の者(この事案の場合、犯罪行為を犯したのが自衛官だから最上の上司は防衛大臣)が「誠に心残りです」というのは「暴言(violent language)」「放言(careless remark)」そのもので、言われた側はどう反応しますか。発言者の「無能」を晒すばかり。このこころない、無反省に発する「発言」は、被害を受けた相手をさらに拳骨で殴りつけるような法外の仕草です。不遜というか、自らを知らない無知な駄言ですが、それに気が付いていないのだから、もう打つ手がない、手の施しようがないということ。この無知無能な大臣(なぜだか、将来の首相候補だという。人材払底の極みだね、この国は)ばかりではありません。すでに崩壊をきたしている小学校の学級委員たちが散々な振る舞いをしているのを見るようで、不愉快を通り越して、即刻、学級閉鎖、いや廃止にしてほしい。学級委員長、または学級担任、あるいは学校長はどこにいるのか。隠れて「モク」をふかしているはずなんだが、自らに責任が及ぶことを最も恐れている、あかんたれ。

 一週間が経過してなお、首相の「謝罪(apology)」が一切ないのはどうしてですか。今回と似た様な事件が起こったらどうしますか。北京にある日本大使館で中国軍の兵士がわが邦大使館員に危害を加える目的で侵入したとして、日本政府は「遺憾です」「残念でした」と言って済ませられるのか。相手がそういっても、黙認していられるか。これは国辱行為ではなく、論外の破廉恥というほかない、場合によって「国交断絶」につながる犯罪行為でしょう。相手国に対して、事件を起こした当事国の最高責任者は「謝罪」「弁解」をしないで済ませるのですか。「この程度の問題」で謝るなんて、「私の沽券(メンツ)にかかわる」とでも考えているとしたら、顔を洗って出直したほうがいい。あるいは「自らの品格・品性」(あるとするなら)や「体面」に傷が付くとでも思っているのなら、ぼくにはいうべき言葉もない。この「国際的犯罪」にダンマリを決め込むのは、それを容認するということです。口にはしないが、「よくやった」と思っているのだろうか。

 どうあっても中国に尻尾を巻きたくない、弱みを見せたくないというなら、その理由を世間(世界)に説明しなければならないでしょう。「台湾有事発言」でも大きな事実誤認があり、政府見解を大きく逸脱しているものだったにもかかわらず、その誤りを認めない、その理由は何ですか。あるとすれば、たった一つ、中国当局を舐めている、中国と一線を交えたい、そんなグロテスクな空想が腐った脳みその中で沸騰しているのかもしれぬ。いったんことがあれば、米国が助けに来ると愚かにも考えている節がある。それは金輪際あり得ないのがわかっていない。(余話です 「国粋」を志(旨)(むね)とされていないのかもしれぬが、この人は「今上陛下」を「こんじょう陛下」と読み下されたことがあった。「きんじょう」とは読まないものなのかしら。どうもお里(馬脚か鹿脚)知れてるでしょ)

 アメリカは日本を助けない。それが理解できないのは、ぼくには奇怪千万。今回の訪米(日米首脳会談)でも、かの地で「首相訪米」はほとんどまともに報じらていませんでした。ニュース価値はなかったというのが米国主要メディアの判断でした。大統領の「真珠湾攻撃」発言を面白おかしく、日本を侮辱し、首相の無知を嘲笑していただけでしたね。この国の幼稚極まるメディアだけが「馬鹿を煽(おだ)てて」、訪米大成功と提灯を持っていたが、提灯の火は消え、張り紙は破れていたのはだれにも分かったほどでした。お粗末のオンパレード。つまるところ、論外の報道だったにもかかわらず、本人はもちろん、取り巻きを含めて誰もがその「誤報」「虚偽の羅列」を自分の目で確かめた形跡がない。とても劣悪な「翼賛体制」だと思えるのですよ、ぼくには。こういったからと、首相を非難していると受け取られると「遺憾です」ね。「君は愚かだ」と事実を指摘して、多くが気が付かない首相の秘密をばらしたと非難されるのも「遺憾」ですね。

 有り体(ありてい)に言うなら、首相は「中国」と一線を交えたがっているのだと思う。まるで「自分が(兵士になって)戦う気になっている」に違いない。だとするなら、相手国の主席と「じゃんけん」でも「にらめっこ」でも「腕相撲」でも「かけっこ」でも、それこそ真剣にやるがいい。相手が乗ってくるなら、だ。ぼくは誰が総理大臣になっても気にはしない、文句は言わないが、人間として欠けているものは埒外。だから、大事なことを隠す(密約する)、平気で嘘をつく、それだけでもう首相の任には副(そ)わない、いかなる資格もないね。加えて、あるいはこれが一番の理由かもしれないが、「今からでも、タバコを止めたらどうだ」、といいたい。偉そうな御託を並べ、国や国民に塗炭の苦しみを舐めさせるのは生意気というもの。その程度の「禁欲」「自制」が働かなければ、何事も始まらないね。無資格営業、無免許運転だな。(「日本の夜明け」は近いという、直感がぼくに働いています。つまり、このような「阿呆」「阿房」が委員長をしている学級は内部崩壊をきたしているということ。「喫煙行為を自制できない」程度の人間が何を言っても始まらないと思う)

 (蛇足 ぼくは、本日からささやかな「心持ち」の存在証明として「自家用車」に「イラン戦争反対」のステッカ―(自書・自画)を張り付けて走行します。また5年前、ロシアがウクライナ侵略を敢行した時、書庫の屋根を「青と黄」の二色のペンキで新しく塗りなおしました。最近やや汚れが目立ってきたので、トタンそのものを新調し、塗装も塗り直して、反戦・非戦の思いを確かめたいと考えている。もちろん、ガザの真っ当な解放をも念じているので、それらも含めての「老人と反・戦争」の意思をを表明します)

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「徒然に日乗」( 1046 ~ 1052)

◎2026年03月29日(日)イラン戦争は泥沼へ突き進んでいる。アメリカの見境のない振る舞いに、世界中が不利益を蒙り、大変な困難を舐めているにもかかわらず、この国はアメリカの尻馬に乗り、まさに国益をも無視して、何をしようとしているのか、恥ずかしい限りの洞察力のなさだ。成果はTを羽交い絞めにしてでも暴挙を止めさせるべきだ。「ジェレミー・ボーエン:トランプは本能に基づいて戦争を仕掛けているが、うまくいっていない ドナルド・トランプ米大統領とベンヤミン・ネタニヤフ・イスラエル首相が米イスラエル両国の戦闘機をイラン爆撃に派遣してから1ヶ月の間、戦争に関するいくつかの古くからの真実がホワイトハウスの執務室の扉を叩いている。/過去から何も学ばなかった結果、ドナルド・トランプは今、厳しい選択を迫られている。イランとの合意が得られなければ、誰も騙せないような勝利宣言をするか、戦争をエスカレートさせるかのどちらかしかない。(中略)トランプ氏にとって予想外だったのは、イラン政権の強固さだった。彼は、1月に米軍がベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領とその妻シリア・フローレス氏を電撃的に拉致したような事態が再び起こることを期待していたようだ。マドゥロ大統領夫妻は現在ニューヨークの刑務所に収監され、裁判を待っている。マドゥロ氏の後任としてデルシー・ロドリゲス氏が大統領に就任し、ワシントンからの指示に従っている。マドゥロに対する勝利の再現を期待することは、ベネズエラとイランの違いを全く理解していないことを示している」(BBC/2026/03/29)(https://www.bbc.com/news/articles/c5y969pnxgvo)(1052)

◎2026年03月28日(土)中国大使館への自衛官の侵入事件に対して、首相はいまだにコメントをしないのはなぜだろう。「物いえば唇寒し」などと考えているのではなかろう。こんな時期だからこそ、心底の「謝罪」があってしかるべき。防衛大臣が「遺憾」といったが、それはどういう意味だか。「[名・形動]期待したようにならず、心残りであること。残念に思うこと。また、そのさま」(デジタル大辞泉)とあるように、これは「謝罪」ではないのは馬鹿でもわかろうというもの。刃物をもって侵入し、誰かを傷つける意図があった侵入者なのに、「誠に残念に思う」というのは何事だろう。こんな言葉使いのイロハもわからない人間ばかりだという気もしてくるから、情けない。▼円安がさらに進み、1ドル160円を超えたと、報じられている。物価高騰はさらに続き、長期金利も高まるばかり。この事態に何をしようとしているのか、いささかも判然としない。ダメになるときは何もかもがダメになるのだと思う。「どこまでもついて行きます米の尻」というのが趣味だとしたら、ぼくはそんな国の一員であることを即刻に辞退したい。(1051)

◎2026年03月27日(金)終日自宅に。一日中、曇天模様で、時には雨も落ちてきた。▼「[東京 25日 ロイター] – 木原稔官房長官は25日午前の会見で、東京の中国​大使館に自衛官の男が侵入‌し逮捕されたことを巡り、中国側から申し入れと要請があり、『関連の​国際法および国内法令に従​って関係省庁と連携し、再⁠発防止も含めて適切に対応して​いく』と中国側に説明したこと​を明らかにした。/官房長官によると24日、現職自衛官が中国大使館の敷地内​に侵入し警視庁に逮捕され​た。官房長官は『法を順守すべき自衛官‌が建⁠造物侵入の容疑で逮捕されたことは誠に遺憾』であるとした。/中国外務省は同日、この事案​について日本​側に⁠強く抗議したと明らかにした。/対応策について官房長​官は、大使館で警戒に​当た⁠る警察官を増強配備するなど所要の警戒強化策を講じており、『⁠今​後の捜査で明らか​になる事項も踏まえて再発防止に向け必要な​対応を行っていく』と述べた」(Reuters・2026/03/26)この不祥事について、まず首相が「謝罪」しないのが理解できない。日中関係が悪い時期だからこそ、「謝罪」を、だが、むしろ、関係悪化を自ら招いている節もあるから、張り倒してやりたいほどのお粗末さ。(ここまでくると、国政にかかわる人物たちは、まるで幼稚園のお遊戯会レベル。それぞれが全く別方向を見て、四分五裂状態で、この国はまともに世界に伍していけるはずもなかろうに。「遺憾」とは「[名・形動]期待したようにならず、心残りであること。残念に思うこと。また、そのさま」(デジタル大辞泉)。「誤ると、どういうことが起こるのだろうか。「沽券」にかかわるとでも思っているのか。(1050)

◎2026年03月26日(木)終日雨模様。時にはかなり強く降ったりもした。桜開花が方々から届けられているが、とても花見気分にはならないのはなぜだろうか。この国の「堕落」「頽廃」が半端なものではないことが肌身に感じられるから、なおさら、気分が重くなるのだろう。時代の推移というものは、上り一本調子ではないし、堕落し放しということもないだろうことはわかっていながら、あまりにも悲惨な状況にはやや腰が曲がっているのかもしれない。彌生も残り5日間。▼イラン戦争はいよいよ泥沼にはまっていくような気配。ひたすら米国の後ろを追うばかりの日本は、やがて「世界の除け者」「誰も相手にしてくれない孤立者」になるだろう。「世界の中で孤立する日本」、まるで、過去のどこかで見た景色だ。政治家にしっかりせよといって治るなら、こんな事態にはならなかったと思う。物価一つもどうすることもできない能天気ばかりだから、谷底に落ちるのも当然か。「落ちろ」「堕ちろ」「墜ちろ」(1049)

◎2026年03月25日(水)雨模様の一日。十時ころに市原のHCへ、猫の食料を購入するために出向く。雨が落ちて来るようなあいにくの空模様の中、大変な混みようだった。店員に尋ねると、本日は「5%」引きの優待日だという。ここにも物価高騰の現実があるというべきか。▼次年度予算の今月中の成立をもくろむ与党に対して、参議院「野党」勢力は「暫定予算編成」をしなければ審議に応じないと対抗。絶対多数の力が空回りする事態の上に、日米「密約」問題が表に出てきた。醜悪な政治の邪道を突き進んでいるこの国は、対アメリカでは回復不能な「卑屈」政治を取り続けるばかり。それ以前に「力による現状変更」絶対反対は国是とまで言ってきたことを思い出せ。国際法違反の戦争国に加担することを即刻辞めるべきだと思う。(1048)

◎2026年03月24日(火)かみさん用の車、フィットのタイヤ交換のために、自動車工場に車を持って行く。約一時間で3本の交換が終了。▼帰宅後は家にいて、ネットの番組を見ながら、時間を過ごす。(1047)

◎2026年03月23日(月)昨日の陽気が一転して「時々雨」という悪天候だった。午後も遅くなって日が差してはきたが、気温も低いままの一日。▼イラク戦争の行方は混沌としてきた。要はイスラエルの強硬姿勢にアメリカが一貫して引きずられているのだ。まさに「朝令暮改」を絵にかいたような米国大統領の定まらない発言が、一層事態を複雑にし、混乱させている。そんな米国の片棒(尻馬)を担いでいるのが日本。美しくないこと夥しい姿勢。醜悪ですらあるだろう。自衛隊のペルシャ湾派遣をめぐって日米で「いった」「いわない」の悶着があるが、言うまでもなく「密約」なんだから、それをばらしたアメリカの言い分が当たっているだろう。「【ニューヨーク=本間英士】米国のウォルツ国連大使は22日、米CBSテレビの番組で、ホルムズ海峡の航行の安全確保を巡り「日本の首相が海上自衛隊による支援を約束したばかりだ」と発言した。支援の具体的な内容や時期などについては言及しなかった。(中略)」「木原稔官房長官は23日の記者会見で、ウォルツ米国連大使の発言について「日本として具体的な約束をした事実はない」と否定した」とんだ「藪の中」さ。(産経新聞・2026/03/23)(1046)

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