
新しい年度が始まりました。いろいろな意味で、「門出(departure)」を果たした人たちが、それこそ不安と期待の混合(mixture)した時間を過ごし始めたといえそうです。この区切りは「新年(元日)」とは違った意味合いで、それぞれの気分を新たにしてくれる扇風機の風みたいな働きを持っているでしょうか。もっと深掘りすれば、ぼくたちは毎日毎日が「人生初体験」「未知への船出」でもあるのですから、一日一日が「昨日の続き」であると同時に「明日への出立」でもあるということになりませんか。ぼくが若いころに熟読した、フランスの高校((lycée・リセ)教師だった哲学者は、常に若者に向かって「人生は朝から始まる(La vie commence le matin.)」と言い聞かせていた。それこそが、彼自身の人生を受け止める態度(思想)だったと、ぼくは思っていました。

この人自身が高校生の頃、大変な人物に出会っています。ジュール・ラニョーという教師(哲学者)(左写真)でした。このことについてはどこかで触れています。若い時に、こんな人と出会うと、おそらくその後の人生は、いやでも変わるだろうというべきか、驚くほどの強靭さをもって生きられるのかもしれません。彼は、その教師を「野人」と称したほどです。どういう意味だったでしょうか。このことについてもいくつもの逸話が、当時の生徒たちによって残されています。たぶん、自由に生きている人(「Qui vit en liberté dans la nature.)だったでしょう。高校生にとって、この教師は「一人の大人、驚くべき存在(Un adulte, une existence étonnante.)」と映ったはずです。
また、この高校生(生徒)だった人は、この教師に向かって、これまでに出逢った、たった一人の「偉人(Un grand homme)」だったとも偲んでいます。若い高校生たちは競って「偉人」に似せようと、その口振り、あるいは身なり、たばこの吸い方などまでも「模倣」したとも語られています。ぼくは「教師」は、子どもたちにとって「偉大な大人」であってほしい、「自由な精神の具現」であったらなあと、どれほど願っていたことでしょう。それは子どもにとって「模倣」すべき存在ではなく、「典型(ひきつけられてしまう」となるように存在だったと思う。

もちろん、ぼくは自身はいつも白状するように「教師」ではなく、「教師のなりこそない」「教師紛い」でありましたから、はるかに離れて、このラニョーという一現象の出現とその痕跡をなぞることしかできませんでした。
◎ ジュール・ラニョー(Jules Lagneau, 1851年8月8日 – 1894年4月22日)は、フランスの教育者、哲学者。ジュール・ラニョーは生涯をリセの一教師として過ごし一冊の著作もあらわさなかった。その哲学が世に知られたのはラニョーの死から30年後、教え子たちが、ラニョーの授業を書きとめたノートを印刷・出版したことによる。/「ジュール・ラニョーは私が出会ったただ一人の”偉人”だった」とラニョーの生徒だったアランは書き、自らをラニョーの「忠実な弟子」と公言している。 アンリ4世校でベルクソンの教えを受けた批評家アルベール・チボーデはラニョーを「若者たちの師、ソクラテスの後継者としてはベルクソンの上に位置する人」と評した。 フランス哲学史の専門家はラニョーの哲学を”フランス反省哲学”と呼ばれる思潮の出発点に位置づけている(以下略)。(Wikipedia)
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昨日の好天とは打って変わって、雨が降り出しています。(ただ今、午前7時過ぎたところ)本日はコラム2題です。「いばらき春秋」は、もちろん毎日読みます。そして感心するのは、決して「大言壮語」はしない、「地元愛の強さが程よい加減」である、そして「あまり批判や非難を公言・広言しない」という、ぼくの趣味にかなうとはとても思われない、ある種の「品性」「分際」を保っているのがいいですね。(ぼくの見立て違い、「誤読」なのかもしれませんが。ネット欄の並びでいえば、そのすぐ前に「産経抄」がありますから、それとの比較が働いているかも、ね)
コラムの入り口は「優しいピンク色のスイートピー」でした。「門出」が花ことばだとあります。「門出」という言葉の語感はいいですね。主な含意は以下の通りです。「かど‐で【門出/首途】=[名](スル)1 旅などのために、自分の家を出発すること。出立(しゅったつ)。2 新しい生活を始めること。3 旅に出る前に、吉日を選んで、仮に家を出て近くに移ること。[補説]1・3は「かどいで」とも言った」(デジタル大辞泉)まさしく、四月はいたるところで「門出」が見られるでしょう。松田聖子さんは「春色の電車に乗って 海に連れていってよ」と謳いました。その時も「赤いスイートピー」でしたね。

ところが、「門出」を果たさないで残る人も同じ数だけいることになりますから、出る方、残る方の両者に「異常」をきたす恐れが心配されるというのがコラムの趣旨でした。出ていく子どもたちを見送る親に「空(から)の巣症候群」が発症するという。余計な病症を見出すとは、医者も罪作りな、と思う。「症状は不安や孤独感に加え、睡眠障害や食欲不振などさまざま。適応障害やうつ病の発症例も報告されている」のが事実だというのですから、もう一度学校に行ったらどうですと、子離れのできない親たちに進言したいですね。親子も夫婦も、あまりにもくっつきすぎるから、離れると、片身が剥される思いに襲われるとするなら、困ったことですが、もう一度、人生のやり直しをしなければ。
本当にこのような状況がこの社会で生まれているというのですから、いろいろな意味で、学校も含めて「前途多難」が危惧される。どうしてこんなに「優しい(「女々しい」は男社会の作った表現)大人たち」の住む社会になってしまったのか。こちらに問題がありそうです。「子どものままで大人になった」ということでしょうか。文字通りに「優しさという病」ですね。自立も孤立もしていない証拠です。「生活の主軸を子どもから自分へ移し、再び羽を広げる人にも春はよく似合う」という、実に「優しいこと」をいうところに、茨城新聞コラム氏の優しさ、いや、物足りなさでもありますが、それをぼくは痛感します。こんなことでどうすると、「喝」を入れるときでしょうに。

【いばらき春秋】先日、ホームセンターの生花コーナーに立ち寄ったところ、優しいピンク色のスイートピーが目に留まった。販売のピークは2~3月だが、自然栽培では4~6月が旬である。春にふさわしく、門出という花言葉がある▼新年度となり、就職や進学で自宅を離れた人も多かろう。新社会人はすでに第一歩を踏み出し、入学式を迎えた学生は期待と不安が交錯している頃だろう▼若者たちが未来へ向かって歩み始める姿を見るのは喜ばしい。ところが、子どもを送り出した親はこの時期、子育てのやりがいや目標を失って寂しさやむなしさを覚える「空(から)の巣症候群」に陥る人が少なくないという▼症状は不安や孤独感に加え、睡眠障害や食欲不振などさまざま。適応障害やうつ病の発症例も報告されている▼歓迎すべき子どもの自立をきっかけに親の心身に不調が生じるとは何とも皮肉な話ではあるが、子育て以外の目標や趣味を持ったり、友人とのコミュニケーションを増やしたりすることで予防できるらしい▼門出という花言葉は、今にも羽ばたきそうな蝶(ちょう)に似た花びらの形が由来。ただ、羽ばたくのは子どもだけではあるまい。生活の主軸を子どもから自分へ移し、再び羽を広げる人にも春はよく似合う。(平)(茨城新聞・2026/04/04)
(蛇足 「空(から)の巣症候群」だと診断されそうな親御さんに、ぼくは「一年生になったら」を贈りますね。そして「人生は朝から始まる」というどなたかの箴言をも、あわせて進呈てしたい。
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二つ目は「夕歩道」(中日新聞)です。偶然ですね。ぼくは昨日「二十四の瞳」に触れました。若い教師が十二人の子どもたちの中に飛び込んだ、そんな記念の日(本日が)だったとあります。それは、若い高峰秀子さんの、映画とはいえ、あるいは「典型」になるかもしれない教師像を描こうとしたものでした。昨日も触れましたが、この映画に影響されて教師の道に踏み出した若い人々(映画公開当時)を、ぼくはたくさん知っていました。そういうぼくもその一人だった、途中で挫折はしましたが。「一年生になったら」の作詞者、まどみちおさん、「温かな詩人はその子も自分と同じで小心で臆病なのかもと思いやったと」言われていたとか。「百人なんて無理だよな」と、多くの人は思うでしょう。でも「願い」や「夢」は大きい方がいい。「ひゃくにんで たべたいな ふじさんのうえで おにぎりを」誰が言ったのか、「大きい嘘はついてもいい」(端(はな)からバレているから)、でも「小さな嘘はつくな」、本当(事実」と紛らわしすぎるから、と。それがために、政治家にはなりたくないと思い続けてきたものです。もちろん、まどさんは「一年生に嘘を、大きい嘘をつけ」といったのではない。余りにも大きすぎて「嘘」にならなかったか。
そして、「夕歩道」氏のよくないところは、いきなりこんな場所に吉本さんを持ち出すことでしたね。「でも友達100人できなくても大丈夫。評論家の吉本隆明さんはほとんどの人(大人)は本当は友達ゼロだと看破した」というのですが、それって本当ですか、吉本さん、コラム氏さん。ニーチェという狂気の哲学者は「誰だって、誰かの先生になれる(先生である)」と断言しました。その顰(ひそみ)に倣うなら、誰にも一人や二人の友だちはできる。もちろん、「友だちは人間に限る」ものではないんですからね。

【夕歩道】
教員不足が叫ばれる中、子どもの未来を預かろうと学校に加わる新任の先生と新しく校門をくぐる子どもたちの春。あす4日は小説「二十四の瞳」で若い女性教師が瀬戸内海の村に赴任する日だ。
童謡「一年生になったら」は約60年前、当時50歳台のまど・みちおさんが書いた。おとなしそうな子と出会い、100人も友達をつくって大笑いする内容で励まし元気づけようと作詞したという。
温かな詩人はその子も自分と同じで小心で臆病なのかもと思いやったとか。でも友達100人できなくても大丈夫。評論家の吉本隆明さんはほとんどの人(大人)は本当は友達ゼロだと看破した。(中日新聞・2026/04/03)
◎ 一年生になったら= 日本の唱歌の題名。作詞:まどみちお(1909~2014)、作曲:山本直純(1932~2002)。(デジタル大辞泉)
◎ 思い出のアルバム= 日本の唱歌の題名。作詞:増子とし(1908~1997)、作曲:本多鉄麿(1905~1966)。(デジタル大辞泉)
どういうわけですか、ぼくは「思い出のアルバム」という童謡が好きでした。作詞の増子さん(キリスト教徒)も、作曲の本多さん(仏教徒)も、ともに保育園と幼稚園の園長さんでした。だからというわけでもないでしょうが、歌詞が無理がなく、自然体で、園の日常が描かれていてとてもいいですね。現場の息吹が伝わるような、「もうすぐ みんなは いちねんせい」でしたね。初出は1961年とされますから(ぼくは保育園も幼稚園も行っておりませんので)、この歌は全く知らなかった。たぶん娘(双子)たちの幼稚園時代に歌うようになったものでしょう。いろんなことがあったね、あんなことこんなこと、いつになっても忘れない。そして、ぼくの気持ちは、「もうすぐきみは一年生」というものです。いつだって、今日を生きるという意味では「ぼくらは みんな いちねんせい」なんですね。友だちなんかできなくてもいいさ、嘘をついたり意地悪しない、それだけでも大変なことだけれど、そういう生き方をしてみたい、ちょっとでも困っている人がいたら、できる範囲で、手も肩も貸してあげたいと、固く誓っていまもなお、毎日「通学路」を一人で歩いています。人間の友だちはいないかもしれないけれど、猫の友だちなら、数えきれないくらいいるんだ。
(⁂ 思い出のアルバム:https://www.youtube.com/watch?v=DP68_ZaB5BE&list=RDDP68_ZaB5BE&start_radio=1)
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