事の是非善悪を判断するための知恵をこそ

【大弦小弦】琉球新報記者の質問 残念ながら、記者の中には横柄な人が一定数いる。今は記者会見がオンライン配信され、職業倫理に反する言動は非難されるようになった▼名護市辺野古沖の転覆事故で亡くなった高校生の遺族による会見も、全体がネットで見られる。様子がよく伝わっているはずなのに、琉球新報記者の丁寧な質問がなぜか批判を浴びている▼内容は、文部科学省による教育基本法違反の認定と平和学習が萎縮する恐れについて、それぞれ考えを聞くもの。事故でまな娘を奪われた遺族への配慮はもちろん必要で、記者も回答を強いたりはしなかった▼それでもネットでは「鬼畜」などと不釣り合いな誹謗(ひぼう)中傷が吹き荒れる。琉球新報社は法的措置を検討すると声明を出した。報道の第一歩である質問への理不尽な攻撃は、同業者としても見過ごせない▼攻撃している者たちは「沖縄」「平和」というキーワードに反応しているだけなのだろう。当初は新基地への抗議活動中だったと誤認し、事もあろうに亡くなった高校生を「自業自得」などと罵倒していた▼ネット世論の動向は今や無視できないが、一貫性も正確性もない暴論は原因究明や責任追及の妨げでしかない。誰がどう間違えて悲劇が起きてしまったのか。関係者全てが、地道に質問と回答を交わしていくほかはない。(阿部岳)(沖縄タイムス・2026/08/03)

 さまざまな角度から「事件」の検証がなされなければならないのは言うまでもありません。悲劇が起こって五か月、いくつもの「過誤」「見逃し」「不注意」が重なっていたことは事実でしょう。まずは学校側の立ち場とその責任、乗船を受け入れた船主(船長を含む)側の責任と法令違反の有無。その他、もろもろの条件・背後関係などを考慮に入れてもなお、事件の解明には十分でないのかもしれません。現段階で、まず指摘されなければならないのは、学校側の「安全配慮義務違反」という根本の問題でした。ほとんど、自らの責任において「平和学習」に取り組んでいたとは考えられない無責任体制が存在していたと思われます。

 「平和学習」の意義は言うまでもありません。しかし、今回のもんだいでは、文科省が教育基本法に定める「政治的中立性」に違反していると、学校に注意勧告をしました。昭和22年成立の教育基本法では初めてのほうの帝王だったが、その妥当性について大いに異議がありました。法の趣旨を曲げての適応だったことは否定でしませんし、同じお由奈政治的中立性を疑われたケースではまったく問題になれなかったのに、反政治的な事柄(辺野古基地建設反対)に足しては、思い切った政治判断を下すなどと言う勇み足をしるしたというべきでしょう。今後、この事件の法的・道義的責任を問われる事態が進行すると思われます。いささかなりとも関心を持ち続けて、ことの理非を判断していきたいと念じています。(冒頭に掲げた「大弦小弦」の指摘されている問題もまた、現実には至る所で認められるネット社会の松外れ現象ともいうべき筋のものですが、それを全く無視することもできなくなった、ネット上の無責任な人身攻撃からも、ぼくたちは目をそらしてはならない課題です。

 コラム氏の言われる通りですね、「誰がどう間違えて悲劇が起きてしまったのか。関係者全てが、地道に質問と回答を交わしていくほかはない」のは当然ですが、読者もまた、ことの是非・曲直の判断において、偏向や無責任な姿勢は許されないのは言うまでもありません。十分に心して、事態の経過・推移を見ていきたい。(亡くなられた方のご冥福を祈るばかりです)(合掌)

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(参考資料) 辺野古沖で船転覆、高校生ら2人死亡 「大波」原因か 海保、業務上過失往来危険の疑い視野に捜査 16日午前10時10分ごろ、米軍普天間飛行場移設に伴う新基地建設が進む沖縄県名護市辺野古の辺野古崎付近の沖合で、研修旅行中の同志社国際高校(京都府)の生徒18人が乗船していた小型船舶「平和丸」と「不屈」の2隻が転覆し、乗組員3人を含む21人が海に投げ出された。平和丸に乗っていた同校の生徒(17)=京都府=と、船長(71)=南城市=が死亡した。
 第11管区海上保安本部は転覆について「大きな波を受けたことが原因とみられる」とした。業務上過失往来危険や業務上過失致死傷の容疑での立件を視野に詳しい原因を調べている。
 ほかに、複数の高校生が骨折や打撲などのけがを負っている。(↷)


 11管によると、2隻は不屈、平和丸の順に縦列で航行しており、辺野古崎東側約1・5キロで転覆した。新基地建設に伴い設定された臨時制限区域の外側。先に不屈、2分後に平和丸が転覆した。「平和丸」(総トン数5トン未満、長さ7・63メートル、定員13人)に乗組員と生徒合わせて12人、「不屈」(同1・9トン、6・27メートル、10人)に同9人が乗船していた。生徒は全員、救命胴衣を着用していた。教員は同乗していなかった。
 転覆した2隻は、新基地建設に反対する「ヘリ基地反対協議会」が工事の監視や抗議に使用してきた。関係者らによると、転覆事故当時は平和学習のために生徒を案内していて、抗議行動は行っていなかった。両船ともに10年以上前から使用され、船の検査などは受けていたという。(↷)


 16日夜に会見を開いたヘリ基地反対協議会の共同代表らは「心からおわびを申し上げたい」と謝罪した。
 当時の現場海域の波の高さは約3メートルだった。11管は白波がたっていたことから、海上で2隻に注意を呼びかけていたとしている。
11管によると、辺野古の臨時制限区域外での転覆事故は2015年4月に1件発生しているが、死亡事案は初めて。(琉球新報・2026/03/17)(左写真「平和学習中に転覆した平和丸=16日、辺野古崎付近の沖合」)(琉球新報・2026年03月17日 05:00)

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「徒然に日乗」(1172~1178)

◎2026/08/02(日)「日米が15年ぶり協調介入、円安阻止で思惑一致 3日に共同声明で調整 日米両政府が7月31日の外国為替市場で円買いの協調介入を実施したことが2日分かった。協調介入は2011年の東日本大震災の直後以来15年ぶりとなる。対ドルの円相場は7月下旬に1ドル=164円に迫り、およそ40年ぶりの安値水準にあった。歴史的な円安阻止で思惑が一致した。/日本政府関係者が協調介入を認めた。円買いの日米協調介入はアジア通貨危機を受けた1998年の介入以来、28年ぶりとなる」(日経新聞・2026/08/02)▼果たして「円高」状況はどこまでつづくか。次週始めのマーケットの動きが注目される。協調介入を呼び込んだ理由(原因)はどこにあったか。独自の財政政策がなかったということだろう。「赤字(特例)国債」頼みは、成果経済に大きな混乱要因となっているのだ。ここにきて、日本政府の経済財政運営までもが「自立性」を奪われたことになるのだから、この先の日本経済はとんでもないことになると思う。▼台風13号の進路は、まだ未確定だが、日本劣島直撃は避けられそうだが、沖縄県諸島はかなりな危険水域に入るだろう。(1178)


◎2026/08/01(土)「日米の通貨当局が円安・ドル高阻止の共同歩調を鮮明にしている。政府・日銀による円買い・ドル売りの為替介入にあわせ、米国当局による積極的な動きが相次ぎ伝えられた。円相場が歴史的な水準に下落するなか、市場の警戒を呼ぶ異例の対応が続く。/7月31日のニューヨーク外国為替市場で円相場は対ドルで急伸し、一時1ドル=157円20銭近辺と5月中旬以来の円高・ドル安水準をつけた」「日経平均64,362.02 +2494.59 NYダウ52,485.03 +276.97 ドル円157.65-67 -6.08円高 NY原油86.80 +3.21 長期金利2.790 -0.005」(日経新聞・2026/08/01)▼経済的破綻にさらに近づいたのか。それを回避するために、日米が協調して「為替介入に」踏み込んだが、はたして、この国の経済財政政策は変更することがあるのだろうか。「責任ある積極財政」などと言う掛け声だけ、インフレ頼みの経済運営、まさに「無策」と「愚策」そのものを変質させなければ、いつだって「日本売り」は発生する。これまでの放漫財政で蓄積した膨大な借金経済に、さらなる「消費税減税策」は「英国トラスショック」の再来であろう。内閣が交代しなければ、マーケットの今の評価はかわらないだろう。(1177)

◎2026/07/31(金)「31日の外国為替市場で円が対ドルで一時、1ドル=158円台に急上昇した。円は前日にも水準を大きく切り上げており、市場では政府・日銀が連日の円買い為介入に踏み切ったとの観測が広がっている。/日本時間31日の午後6時前に急騰した。直前に円は160円10銭台で推移していた」(日経新聞・2026/07/31)▼被災地の熊本では酷暑が続いている。地震発生から3日が経過したが、あからあさまに被害の規模が拡大している。大規模避難所を避けて、車中泊に変える人が大勢出ているのに、ガソリンの品薄状態が現出している。こういう事態が予測されているにもかかわらず、あらかじめの準備がなされていない。(1176)

◎2026/07/30(木)熊本地震の被害の様子が徐々に明るみになってきた。おそらく想像を絶する甚大な被害が生み出されたのだろうと思う。酷熱の下、避難する人もとてつもない苦しみの下で一日を送られていると思う。この先、何よりも健康第一にと、願うほかになにもできない辛さを感じている。(1175)

◎2026/07/29(水)とても暑い一日だった。お昼ごろに茂原まで買い物。いつものSMの店内は閑散としていたのは猛暑のせいだったか。▼熊本地震の続報をネットなどで確かめるが、被害はさらに広がると思われる。度重なる地震の発生で、多くの家屋やインフラが限界を迎えていたものと思われる。現下、最初の地震発生以来、有感地震は200回を超えているようだ。当たり前のことであるが停電・断水の発生中の避難生活の苦悩が推し量られる。現地は猛暑日の連続だという。被害と被害者がこれ以上増えないことを祈るばかり。(1174)

◎2026/07/28(火)「熊本・宇城市と氷川町で震度7 嘉島の商業施設で多数閉じ込めか 気象庁『1週間は注意必要』 28日午後4時27分ごろ、宇城市、氷川町で震度7の地震があった。熊本市南区、八代市、宇土市、美里町、益城町で震度6強など広い範囲で強い揺れが続いた。消防庁などによると、嘉島町のイオンモール熊本で2階部分が崩落し、多数が閉じ込められているとみられる。広域で建物の倒壊や火災が起き、懸命の救出作業が続いた。/震源地は熊本地方で震源の深さは約16キロ。地震の規模はマグニチュード(M)7・1(速報値)と推定される。/気象庁は『令和8年熊本地震』と命名した。県内で震度7の地震が発生するのは、2016年4月の熊本地震以来。10年前の熊本地震では4月14日の前震の2日後に震度7の地震が発生しており、気象庁は「今後1週間は震度7程度の地震に注意が必要」と呼びかけた」(熊本日日新聞・2026/07/28)▼天災が途切れなく、劣島各地を急襲するのをなんというか。熊本は10年前の震度7に続いて、以来、いささかも断絶することなく、自然災害が発生し続けている。その歴史事実を知りながら、災害前後の「対策」を政府は何もしてこなかったに等しい。それにしても、こんな馬鹿な政治家たちが支配する国にしてしまったのが、われわれ「主権者」だということだが、「主権在民」の当事者意識を忘却した国民。その一人として、物を言う元気を失うばかり。▼「日経平均62,364.92 -2566.27 NYダウ52,210.08 +262.83 ドル円163.87-89 +0.35円安 NY原油81.08 -1.53 長期金利2.775 +0.005」(日経新聞・2026/0728)(1173)

◎2026/07/27(月)終日、これまでとは基調が変わったと思われるような気温(陽気)だった。たぶん、当地では30℃に届かなったのではないか。気候(季節)が一変する予兆のような気もする、いや、それどころか、さらに酷暑が再現されるのだろうか。はるか南方海上で新たな台風13号(猛烈な強さ・最大風速80mという)が発生。この後の進路はまだ未確定。▼「日経平均64,931.1 +320.04 NYダウ51,947.25 +235.60 ドル円163.62-63 -0.14円高 NY原油83.20 -6.11 長期金利2.780 -0.035」(日経新聞・2026/07/25)(1172)

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「騒動」にして、それで終わりですか

⁂「週のはじめに愚考する」(131)気の遠くなるような(意識が消えてゆきそうな)酷暑の時間が続きます。今夏は、初めてのこと、拙宅でも日中にエアコンを点ける日が続いています。この地に来てこんなに暑い日を経験するのはこれまでになかったことです。熊本地震のその後の経過を、いろいろと気にかけつつも見続けています。よりによって、酷暑続きの中での「避難生活」の現実に、まるでわが事のように心が萎(しお)れそうになります。それでも、次々に援助に入られる方々の尽力にも、頭が下がる思いがします。(右写真「小川防災拠点センターで過ごす被災者ら=1日午前10時20分ごろ、宇城市小川町(岩崎皓太)」熊本日日新聞・2026/08/01)

 「明日は我が身」というのはいかなる心境・境地を言い当てているのか、一時期、東日本大震災の時には、至る所で「絆(きずな)」「頑張ろう」という叫びが発せられました。十五年後の今日、まるで盛夏の「セミの鳴き声」のようだった、この「絆結び大合唱」は聞こえなくなりました。ぼくには望ましい傾向だと思っている。誤解されると困りますが、だれもかれもが「合唱」の輪に入らなければならない、そんな同調しない人間はだめだという「圧力」が至る所でかけられていたものでした。それがいけないというつもりはないけれど、「絆」や「頑張ろう」の中に、ぼくは、悪いけれど入りたくありません、そんな気持ちがしていたものです。応援や支援の在り方も多様であっていいと思うばかりです。

 細かいことを言えばきりがありませんが、それぞれが、できる範囲で、「助けを必要とする」人たちに応える方途を、自分流に見つけ出せばいいのであって、それがまるで強制力を持って「絆」に参加しろとか、「ガンバレ ニッポン」の声を上げるべきだという風潮に、ぼくには「少し勘弁してほしいな」と、その流れに単純に載せられたくないという意識がありました。被害を受けた人も、その被害者を励ます人たちも「ガンバレ」「ガンバレ」といい続けるのはしんどいことです。そんな呪文(incantation)と唱えたところで、何とかなるものでもないでしょうから。

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【日報抄】過去の自分の恥ずかしい記憶が夜中に突然よみがえり、布団の中で「アアッ、アーッ、アアッ」と思わず大声を立ててしまう-。作家の遠藤周作によるそんなエッセーの一節に深く共感する▼「それがないようなやつは、友として語るに足りぬ」とも書いている。中国の古典荘子(そうじ)には「寿則多辱(命長ければすなわち恥多し)」の言葉もある。恥の記憶にまみれた身には大いなる励ましになる▼忘れたい記憶ほどいつまでも残るもの。本人が気に病むほど他人は関心を持っておらず、「覚えていない」と言われてほっとすることもあるが、心の内の情けない思いが消えるわけではない▼記憶のあるなしは第三者には分からない。だから方便にもなる。答えにくいことを問われたとき、事実に反することを言ってしまえば虚偽になるが、「記憶にない」と答えれば確かめられようがない▼かつて国会の証人喚問で連発された「記憶にございません」は流行語になった。近年では旧統一教会の選挙支援が報じられた大臣が「記憶にない」と否定し、追及が強まると「うすうす思い出してきた」などと発言したことがあった。なんだかうそくさいが、そこまでである▼高市首相の秘書による中傷動画作成依頼の疑惑追及は、沙汰やみになりそうだ。秘書は動画作成者とやりとりした詳細は「記憶にない」そうで、音声データについては「私の声に似ているが確証を持てない」らしい。ニュースが日々あふれる中で騒動は世間の記憶から消えていくのか。(新潟日報・2026/08/02)

 自分の音声録音を聞かされても、あるいははっきりと写された自分の写真を見ても、「自分だと、はっきりとはいえません」という、その振る舞いに、ぼく反吐が出ます。「違います」とか「そうです」とどうして言えないのかという弱みが、疑われた側にあるでしょう。「ないことをあったこと」として記事にされ、名誉を著しく傷つけられたというのなら、訴えればどうでしょう。そんなことをいちいち訴えていたらきりがないから、そんなものは無視しますという姿勢に、いったいどんな意味合いが込められているのでしょうか。人権を侵害されているのに、そんなことを気にしていたらきりがありませんと、首相たちは言っているようですが。どこかで大きな間違い(ごまかし)を犯していませんか。

 「日報抄」の記者に代表される、当節の風流な姿勢は「高市首相の秘書による中傷動画作成依頼の疑惑追及は、沙汰やみになりそうだ」という第三者的な態度をとることのようです。「秘書は動画作成者とやりとりした詳細は『記憶にない』そうで、音声データについては『私の声に似ているが確証を持てない』らしい」と、多くの新聞は足並みをそろえている。ぼくには不可解でならないところですね。「ニュースが日々あふれる中で騒動は世間の記憶から消えていくのか」と、コラム氏は「公選法法」違反や「憲法違反」すら疑われる事案に対して、これを「騒動」ととらえて、まるで「どこ吹く風」とばかりに、無関心を装っている。繰り返しますが、これはこの新聞だけではないところに、日本のメディアが置かれた「退廃の極み」が見て取れると思う。ひどいものですね。

 政治家の違法行為も、震災などの大災厄も、すべては一時の「騒動」と片付け、人々の記憶の消えるがままにしていておいても構わないんでしょうか。かくして、この国の衰退は目を覆うばかりになりつつありませんでしょうか。

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「象徴天皇制」は断固排除すべし

【海潮音】日中戦争が長期化していた1940年は、日本書紀の神武天皇即位を起点とした「紀元2600年」の節目だった。講談社の絵本として発刊された一冊が「皇紀二千六百年奉祝記念」を冠した国史絵巻である◆天皇家の祖先とされる天照大神に始まり、豊臣秀吉の朝鮮出兵、大日本帝国憲法の発布、日清戦争の黄海海戦における日本圧勝の様子も描かれている。愛国童謡と紹介された「輝く二千六百年」の挿絵は日本国旗を手に万歳する男児、女児の姿。これが絵本だろうか、と思うが、当時の人たちにすれば真剣だったのだろう、とも思う◆国家総動員法を背景に内務省は「児童読物改善ニ関スル指示要綱」を出版社に通達した。つまり、児童書も国民の戦争協力体制を構築する道具として利用されたのだ◆戦後81年の夏。若桜町の若桜郷土文化の里たくみの館で開催中の企画展「戦時下の女性と子供」に講談社の絵本が並ぶ。表紙の女性から笑顔が消えていく雑誌『主婦の友』もある。出品した清水章宏さんいわく「国民を戦争に動員する大きな力を発揮した」のがメディアだった◆なぜ、歯止めの役割を果たせなかったか。いま、戦前回帰的な国家主導の国造りが進んでいないか。メディアに携わる一人として自戒を込め、目を凝らす。(深)(日本海新聞・2026/08/01)(左は樫原神宮)

 わずか3時間の審議(とは言えないものでした)で「改正案」が参議院を通過しました。改正を巡ってはいろいろなことが取りざたされてきましたが、単刀直入に指摘するなら、「現行象徴天皇制」には断固反対、この一点に尽きるでしょう。目論見通りに事が運ぶかどうか、なお予断は許さないでしょうが、権力側の狙いはそこにあって、そこにしかない。象徴天皇制に変わって、「戦争できる国」の大元帥閣下である「天皇」が考えられますが、それ以上に悪質なのは、「天皇」という存在を好きなように操りたいということでしょう。誰を天皇にし、だれをしないかは、「われら」が決めるのだ、ということ。(左写真は 「天皇陛下の66歳の誕生日を祝う一般参賀で、訪れた人々に手を振られる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女佳子さま、長男悠仁さま=2月23日午前、皇居」(時事通信・2026/07/28)

 なぜ「象徴天皇制」は認められないのか。慰霊や慰安を旨とする、反戦思想の持主である天皇の存在は、断じて「国家元首」としての道に外れていると考えるからです。男系男子の皇統は、「万世一系」であり、その存在は強力な国家の長にふさわしい「統帥権」の持ち主でなければならないと考えているからです。もちろん、これは「驚くべき時代錯誤」であり、荒唐無稽であることは承知しているのでしょうが、それでもその「全軍の長」である「天皇」をこそ、この国は「戴いてきた」という、譲れない時代誤認が支配しているのです。もちろん、現首相には「天皇制」についての造詣というか見識があるとは微塵も思われません。自らの地位を維持するために必要なら何でもするという、そのための「道具」の一つでしかないのでしょう。だから、彼女には皇室(皇族)に対して、もちろん天皇個人に対して、いささかの尊敬の念も持っていないのは明白です。 「反省」「慰霊」を義務と考える、そんな象徴天皇制は一刻も早く消し去ってしまいたい、そういう「企み軍団」に阿(おもね)っているだけの話です。文字通り、右翼を公言している連中に膝を屈し、操を捧げているというわけ。

 「男系」固執、「女性・女系」の道封じる◆皇室典範改正で揺らぐ象徴天皇制  旧宮家へ皇統移る可能性も 皇族数確保を狙い、改正皇室典範が可決、成立した。象徴天皇制を定めた現憲法下での実質的な改正は初で、女性皇族が結婚後も皇室に残ることや、戦後間もない1947年に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子が養子として皇室に入ることを認めた。養子の子が男子なら皇位継承権を有し、仮に秋篠宮家の長男悠仁さま(19)が結婚後に男子に恵まれなければ、皇統が旧宮家に移り、戦後築き上げられた象徴天皇制の根幹が揺らぐ可能性もある。女性 ・女系天皇の議論は封じられ、安定的な皇位継承への道筋は見えないままだ。(時事通信社編集委員 佐藤広淳) 家庭内で身分違い
 改正典範は10月24日に施行される。女性皇族が一般人と結婚した際の皇籍離脱を定めた現行典範の12条を削除。ただ、夫や子の身分に関する記載はないため 、皇族の妻と一般人の夫と子が家庭内で混在することになる。女性皇族は結婚後も姓はなく、身分事項は宮内庁が管理する「皇統譜」に、夫 と子の身分事項は戸籍に記載される。
 皇族と一般人が同居して生活を送る上で便宜を図るため、女性皇族にも住民基本台帳法を適用。同世帯の家族全員が載った住民票を取得できるようにするが、選挙権は持たず、国民投票の投票人名簿からは除外する。この点については、「皇族ではあるが、一般市民と同じような扱いを受ける「二流の皇族」を生み出す」(河西秀哉・名古屋大大学院教授)との指摘もある。(時事通信・2026/07/28)

◎ 紀元二千六百年式典(きげんにせんろっぴゃくねんしきてん)= 1940年(昭和15)11月10日,この年が「日本書紀」にある神武天皇即位の紀元元年から2600年にあたるとして挙行された記念式典。すでに前年から橿原神宮整備・万国博開催・神武天皇聖蹟調査・国史館建設など多くの記念事業が計画されたが,日中戦争勃発のため大規模事業の多くは中止された。そのなかで政府の奉祝式典が皇居前広場を会場として実施され,当日は天皇をはじめ約5万2000人が参加,道府県・市町村などでも奉祝行事が行われた。戦時下の重苦しい気分を転換して,戦争協力への気運をもりあげるねらいもあった。(山川 日本史小辞典 改訂新版)

◎ 大元帥(だいげんすい)= 本来は,中国の軍隊の最高統帥者をさす称号であったが,日本では,明治建軍以後 1945年に陸海軍が解体されるまで,明治憲法により天皇の称号として用いられた。天皇は,軍によって「大元帥陛下」と呼ばれた。外国でも元首である最高統帥者を大元帥 generalissimoと呼ぶ場合がある。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 「大日本帝国憲法」体制のもとに、もう一度「国柄」を整える、それがさしあたっての政治課題だと、多く「右翼」と称される人々は主張しているのでしょうが、そこにもいろいろな立場上の差異があると思われます。何よりも不可解なのは、「右翼」を唱えて「親米」「嫌中」であるという矛盾というか、教条としても成り立ちようのない主義を唱えているのです。国家自立(自存)を言うなら、何よりも「従米」一辺倒の現実から脱却すべきですが、それを言わないのが今風の「右翼」だとするなら、それは旧統一教会並みの破天荒というべきでしょう。

 例えは悪いが、自らの生活における自由を国民が身に覚えた以上、それを剥奪することは不可能とぼくは見ています。「治安維持法」体制に、よくこの国の民は迎合しうるか、それはあり得ないこととぼくは見ています。国の姿・形を一政権や一党一派の権力行使で左右できるものではないでしょう。愚かといえども、「権利」や「自由」を体験した人間たちですよ、国民は。「先祖がえり(Atavism)」をしたところで、この衰退の一途をたどる国の再生は断じてあり得ませんな。

 <You  can  take  a  horse  to  the  water, but  you  can’t  make  him  drink.> 

 現政権与党は結党時以来、現行憲法の改正が「党是」でした。だから、憲法そのものを変えたいのでしょうが、実際どのように変えるかがまともに議論されないと可笑しなことになるでしょう。憲法に基づく皇室典範一つも変え方によっては、「笑いもの」にしかならない、その好個の見本が「改正皇室典範」に如実に見て取れます。「世界の笑いもの」であっても構うものか、気にいらない中国をやっつけるぞと、言葉は勇ましいが、戦うエネルギー源はどうしますか。米国は強力・参加してくれますか、海底油田を、これから発掘しますか。

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