【産経抄】
楽屋話めいたことを書くのは気が差すものの、お許し願いたい。「コラムのテーマはいつ決めるんですか? 前の夜から?」。こんなことを知人からよく聞かれる。いいえ。早くて当日の朝、遅いときだと正午を過ぎても決まりません。▼包まずに言えば出たとこ勝負だ。そう答えると意外な顔をされる。決まった枠の中に、決まった字数を収める。特殊な体裁だけに、書き手の抜かりない準備を読む側は想像するらしい。この手の話で思い出すのは、「釈迢空(しゃくちょうくう)」の名で歌を詠んだ民俗学者の折口信夫(しのぶ)である。▼通りかかった地で元教え子が亡くなったと聞き、追悼の歌を墓前に捧(ささ)げた。<紀伊の国の関を越え来てあはれなり/思ふことみな君にかかはる>。即興と思えぬ哀調が胸にしみる。実は<思ふこと―>以下は孕(はら)み句、用意しておいた句なのだとか。▼上の句をご当地に即した形で詠めば、体裁が整う計算である。便利な〝小道具〟には違いない。当方も応用できればいいのだが、コラムも新聞記事の一つ、できれば熱々のニュースを取り上げたい。花鳥風月を書くにしても、季節を違(たが)えたくない。▼コラムも四季の巡りの中で呼吸をする生き物だからだ。それゆえ「何かの時に備えて一本用意しておけ」と言われると困る。確かに、当方が事故やトラブルに遭い筆を執れなくなったとき、あわてなくて済む。問題は、そんな状況がいつ訪れるか予見できないことである。▼晴れの日か、雨の日か。暑いか寒いか。哀歓苦楽の何を書くのか。感情の乾湿を、どこに合わせるのかも難しい。「夏炉冬扇」のごときズレた文章を、お目にかけるのも恥ずかしい。というわけで、引き出しから何の小道具も取り出せぬまま、締め切りが迫ってくる。(産経新聞・206/08/08)

産経新聞のコラム「産経抄」には、硬軟両派があると思う。言い換えると、武闘派と軟弱派です。本日はもちろん「軟弱派」の日でしょう。この両派は、同一人物が担当しているとはとても思われません。そして、言うまでもなく、ぼくは「軟弱派」を好む。こよなく好むものです。本日も一読、嬉しくなって、書かれた当人にメールを送ったほど。「楽屋めいた」ではなく「楽屋落ち」というのではないですかってね。懐かしい名前が出てきました。釈迢空(折口信夫)さん。若いころ、ぼくは柳田國氏を調べていて、その関係で折口さんもよく読みました。それで驚いたことがありました。柳田さんはしばしば「折口信夫」筆名での論考を読んでいた。面識はない時期でした。この名前や書きぶりからすると、民俗学の相当な「大家」であるに違いないと、その論文の内容ともどもに、ある種の畏敬・畏怖の念を持っておられた。(ヘッダー写真「金子みすゞ記念館公式オンラインショップ)(https://misuzu.store/item/432/)
機会があって面晤(めんご)された際に、折口さんがあまりに若かったので驚いたという。あるいは「いささか競争意識」が芽生えていたかもしれない。その後、いろいろな面で、民俗学上の意見の相違も生まれ、やがて柳田さんは「私を甚く嫌うようになられた」、「意地悪をされる」ようにもと、折口さんは書かれている。柳田氏には実に卑屈な「いじめの」ような振る舞いがあった。碩学・泰斗たる柳田さんも、とても嫌な一面を見せられたものですね。(そのこともあって、一冊の単行本を書いただけで、ぼくは柳田論の続編を書くのを止めてしまった。気力が失せたんだね)

もう何十年も前、ぼくは小さな業界紙に「コラム」(月一)を書いていたことがあります。事務所の中で、職員に急かされて、その場で書かされていたことを思い出します。もちろん、プロと比較する気は毛頭ありませんが、この駄文コラム(おそらく、この7~8年間で、駄文・雑文「三千編」くらいにはなるでしょう)を、飽きもせずではなく、徐々に飽きつつ、毎日書き続けてきたうえでの感想をいえば、ぼくはいつだって「書き下ろし」、いや「書き殴って」いますので、コラム氏の言う「包まずに言えば出たとこ勝負だ」は本当でしょう。下手な鉄砲も数撃ちゃ中(あた)るというと、誠に失礼になりますが、そんなものですよプロだって。野球でも3割を打てば、それで「一流」なんですからね。
詩人の三好達治さんが、あるときに芥川の書くものは「百発九十九中」だが、そこへ行くと室生犀星は「百発一中」だといいつつ「石蕗(つわ)の花」の詩を上げていたと、三好さんの友人の石川淳んさんがどこかで書いておられた。面倒をいとわず「石川淳全集」を調べるとありました。「また三好が酣中よくはなしてゐたことに、芥川龍之介は百發九十九中、室生犀星は百發わづかに一中だが、のべつにはづれる犀星の鐵砲がたまにぶちあてたその一發は芥川にはあたらないものだといつて、これにはわたしも同感、われわれは大笑ひした。つち澄みうるほひ、石蕗の花咲き……といふ室生さんの有名な詩は三好が四十年あまりにわたつで「惚れ惚れ」としつづけたものである。「つち澄みうるほひ」はまさに犀星の一發。このみがき抜かれたことばの使ひぶりは詩人三好が痩せるほど氣に入つた呼吸にちがひない。」石川淳「三好達治」、「夷斎小識」所収)石川さんも大好きでしたね。よく読みましたよ。文豪という以上に「碩学(profound scholar)」だった人ですね。

寺の庭
つち澄みうるほひ
石蕗の花咲き
あはれ知るわが育ちに
鐘の鳴る寺の庭
(『抒情小曲集』)
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【天地人】
古今和歌集には春夏秋冬、季節を追って歌が並んでいるが、夏の歌の数はさほど多くない。いにしえの人も暑さは苦手だったのだろう、と勝手に想像してしまう。夏の歌の最後に置かれたのは次の1首。<夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへ涼しき風や吹くらむ>凡河内(おおしこうちの)躬恒(みつね)。
去ってゆく夏とやって来る秋とが大空の通路ですれ違っていく。秋が通る側だけ涼風が吹いていることだろうか-。季節を擬人化して、その推移を捉えた歌という(鈴木宏子「『古今和歌集』の創造力」)。
続く秋の歌の最初は<秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる>藤原敏行。よく知られた1首だろう。こちらも風が登場する。秋がやって来たと目にははっきり見えないが、風の音で秋だと気づかされたという。「秋立つ日よめる」と前書きがある。
きょうは立秋。暦の上では夏が去ってゆき、秋がやって来た。とはいえ、県内は3日前にやっと梅雨明けしたばかり。昨年より17日も遅かった。気温が上がり、ようやく夏本番の趣だが、吹く風には時折涼しさも感じられる。
<そよりともせいで秋たつ事かいの>。江戸期の俳人・鬼貫(おにつら)は、そよりとも秋風が吹かないのに、これでもきょうから秋なのかと詠んだ。厳しい暑さがなお続いている熊本などの人たちはそんな気持ちだろうか。早く秋風を感じられればいいが。(東奥日報・2026/08/07)

実に久しぶりの「天地人」です。ぼくの偏見ですが、新聞コラムにも「西高東低」の趣・傾向があるのではと、よからぬ偏見を持っているので、なおさらに、「立秋」(昨日)に合わせたコラムに、一時は気も休まるほどでした。立秋二十四節気(8月7日~22日):七十二候 涼風至(すずかぜいたる):第37候(8月7日~12日)寒蟬鳴(ひぐらしなく):第38候(8月13日~17日):第39候(8月18日~22日)蒙霧升降(ふかききりまとう)。今や、新旧歴もあったものではなく、ひたすら猛暑に厳寒という、極めて味気なくも厳しい季節に成り代わりました。この先も「四季折々」などと入っておれない時代を、地球上の日本劣島は迎えそうです。暑いか、寒いか、それだけ。
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「広島平和記念式典」、その様子は見ることは見ましたが、複雑な印象を持ちました。この場に、子どもを登場させるのは止めてほしいね。さらに「平和」という表現も、「唯一の被爆国」という看板も降ろしたらどうでしょう。八十年超、このままでは「平和」「被爆」という言葉の原義に照らして、ごまかし、無理が隠しおおせなくなるのは目に見えているのですから。首相は、想定通りに「やがて破る、非核三原則を堅持している」などど、多くの犠牲者・遺族の前で「虚言」を、堂々と吐く。「官製の式典」「官製の記者会見」を見せつけられましたね。また、多くの被爆者や国民への冒涜に加担する新聞社にも、ぼくは批判の矢を向けてきました。戒厳令下における軍都広島でこそ、ファシズムの足音は高らかに轟いていると、ぼくは感じていました。
マスメディアの敗北は、何をもたらすか、「素粒子」さん。 新聞紙面で書かれているのは、「ごまかしでしょうか」「いいえ、本音です」
【素粒子】
非核三原則を堅持しますかと聞くと、政府としては堅持しておりますと言う。9条を守りますかと聞くと、憲法の定めで憲法尊重擁護義務がありますと言う。こだまでしょうか。いいえ、すりかえ。
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現在形か未来形か。自分が主語か一般論か。それが問題な高市話法。徹夜で原稿にペン入れをして念入りに表現をぼかしているか。
♭
戦争を「反省なんかしておりません」。若いころの発言は過去形に直しては。過去の過ちに学び、現在・未来の紛争に加担しない。今を生きる首相と私たちの責任。(朝日新聞・2026/08/07)

(⁑H△G「 こだまでしょうか 」Music Video( 配信シングル「 こだまでしょうか 」収録 )
(https://www.youtube.com/watch?v=723ShV3rZ8s&list=RD723ShV3rZ8s&start_radio=1)
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