「裏表がない」は、「空っぽ」か?

  国会の予算委員長も加担して、あの手この手の「腐敗首相・延命作戦」が終幕が近くなった通常国会舞台裏で繰り広げられています。ぼくが予言していた通りの前代未聞の「醜悪な」全裸露出であり、最悪の18歳未満鑑賞禁止に値する景観です。現首相の行く末(仕事ぶり)は誰にも明らかだとは思われませんでしたが、きっとこうなるだろうという「予想(気配)」「直感」はぼくには働いていました。何せ、「頂点」を極めるためには、どんな手段をも辞さないという「闇雲」に突進する覚悟はあったと考えられたからです。「雌伏」三十年、ようやくにして「頂上に立った」途端に足元が崩れ(かかっ)ているのです。「(雌伏とは)雌鳥が雄鶏に従う意から》人(註 特に男性でしょう)に屈服して従うこと。また、実力を養いながら活躍の機会ををじっと待つこと」(デジタル大辞泉)この辞書の解説は、文字通り「現首相」の挙措・履歴をそっくり言い当てているようにも読めます。

 彼女自身はご存じだったとは思いませんが、「雌伏雄飛(しふくゆうひ)」という成語があります。「雌鳥が雄鳥に逆らわずに従うということから」生まれた熟語であり、と聞いたらば、雄鶏の飛ぶがごとくに飛翔するという意味でありことにもきがつくでしょう。いざ、飛び立とうとした途端に、どこかに故障・支障があったのか、あるいは高く飛ぶことができない性質(無能)でもあったのでしょうか。その跛行(平衡感を失ったままで「右行」に傾き過ぎた)ぶりは、見るも無残なものでした。これはすべてが「偽装」でしたから。

 きつい表現ですが、「雌鳥(めんどり)」が「雄鶏(おんどり)」に従うがごとく、この女性宰相は常に従うべき「雄鶏」を求め続けて今に至ったと思われます。その間に、その「媚態」専一の努力の甲斐あって、実力を貯めて、ついに一国の宰相の地位を射止めたのでした。その武器の第一は「懸想(けそう)」という目くらましだったでしょう。いちいち「雄鶏」の名を挙げませんが、手もなく「捻(ひね)られた面々」の顔が浮かびます。第二に、こちらが本領だったと思われますが、「虚言(lie)」の自在な駆使でした。余りにも誰もがこの「虚言」に足元を掬(すく)われるものですから、ついにこれが、彼女の「皮膚言語」(「身に備わった」第2の天性)になり、皮膚が呼吸するたびに、本人も知らないうちに「嘘」が排出されてきました。今次の問題が報じられ、それをもとに国会で追及されるたびに、彼女は答弁を実にこまめに変えています。よく言う、「ボタンの掛け違い」だったか、早い段階で間違いを訂正しておけばよかったにもかかわらず、彼女の皮膚言語は主の言うことを聞かないので、間違いの及ぼす影響は実に大きなものになりました。

 この先、もはや掛け違えるべき「ボタン」がないところまで来て、さてどうしますかというのが現状でしょう。国会閉幕まで三週間余、果たして逃げ切れるかどうか。与党の多くも一蓮托生を、心から望んではいないでしょうから、どこかで「泥舟」から海中にダイビングするのでしょうか。現首相サイドの広報誌たるY.S. 両紙の論調が待たれるところです。はたして、前首相を引きずり下ろしたような荒業(虚報)に出るのか出ないのか。大いに気になるのが、今どき呑気に時間つぶしをやっている余裕が、この国にあるのかという問題です。昨秋、「首相に選出」された際に「義理の息子」である福井県県議が粋なコメントを出していました。「義母」は「裏表がない、気遣いの人。自分らしく頑張って」と。言い得て妙ですね。

 「裏もない、表もない」という意味でしょうか、つまりは空っぽ、義理の息子さんが言い当てているのですから間違いではないでしょう。その空っぽを埋めていたのが「嘘八百」だったとは出来過ぎた話で、誰かに座布団一枚というところか。「本当に仕事で睡眠不足でも『寝てない自慢』は多くの場合、能力や生産性が低いと受け取られるのが世の風潮らしい」というどころの話ではないでしょう。彼女はまさに「不眠自慢ノイローゼ」に罹患しているんですね。まるで「夜光虫(noctiluca)」みたいですね。国益を損なわないためにも、ゆっくりと静かな、禁煙必死の環境で「入院」されるべし、ですよ。

 彼女は、意外なことに、いや驚くべきこととして、石橋湛山を尊敬されているという(ホントかね)。あるいは、彼女の言う「石橋某」と、ぼくが尊敬置く能わざる「湛山氏」は同一人物でない可能性が高い。仮に歴史上の「元首相」その人のことでしたら、彼にまつわるエピソードを一つ。湛山氏は高齢になって首相の座に就いたが、折あしく「肺炎」か何かに罹患して入院を余儀なくされた。彼自身はしばし休養の後にカムバックするつもりだったらしいが、側近(石田博英氏)が「国会審議に穴をあけることはどうか」といって、首相辞任を決断させたという。国会答弁を忌避するというのは、首相の資格はおろか、国会議員の義務さえ果たせないということ。現首相は湛山氏を尊敬しているといいましたが、彼には「靖国廃止の議」なる文章があるのを知らないんですね。だから「尊敬云々」は嘘ですよ。事程左様に「靖国」までも、薄汚れた「政治の道具」にして、恬として恥じない人間であります。

 靖国神社廃止の議 難きを忍んで敢て提言す(石橋湛山) 甚だ申し難い事である。時勢に対し余りに神経過敏なりとも、或は忘恩とも不義とも受取られるかも知れぬ。併し記者は深く諸般の事情を考へ敢て此の提議を行ふことを決意した。謹んで靖国神社を廃止し奉れと云ふそれである。/靖国神社は、言ふまでもなく明治維新以来軍国の事に従ひ戦没せる英霊を主なる祭神とし、其の祭典には従来、陛下親しく参拝の礼を尽させ賜ふ程、我が国に取つては大切な神社であつた。併し今や我が国は国民周知の如き状態に陥り、靖国神社の祭典も、果して将来これまでの如く儀礼を尽して営み得るや否や、疑はざるを得ざるに至つた。殊に大東亜戦争の戦没将兵を永く護国の英雄として崇敬し、其の武功を讃へる事は我が国の国際的立場に於て許さるべきや否や。のみならず大東亜戦争の戦没者中には、未だ靖国神社に祭られざる者が多数にある。之れを今後従来の如くに一々調査して鄭重に祭るには、二年或は三年の日子を要し、年何回かの盛んな祭典を行はねばなるまいが、果してそれは可能であらうか。啻に有形的のみでなく、亦精神的武装解除をなすべしと要求する連合国が、何と之れを見るであらうか。万一にも連合国から干渉を受け、祭礼を中止しなければならぬが如き事態を発生したら、却て戦没者に屈辱を与え、国家の蒙る不面目と不利益とは莫大であらう。(以下略)(『週刊東洋経済新報 第二一九三号 社論』昭和二十年十月十三日発行 東洋経済新報社)(註 湛山の次男は昭和19年年2月、マーシャル諸島で戦死している)

 Let come what may.(「後は野となれ山となれ」)

 それでも「首相」を続けたいというなら、どうでしょうか。再度、衆議院選挙をして「私が首相でいいかどうか」を問いたいと言わせたらどうでしょう。この国の有権者のことですから、「あれだけ寝ないで頑張っているのだから、続けてもらいたい」となるかもしれません。もちろん、その時にも、お手の物の他候補の中傷動画がふんだんに拡散されるでしょうが。あるいは選挙をするまでもなく、秘書の「陳述書」なるものの提出を以て、この疑惑に蓋(ふた)をしたらどうでしょう。ただ、この弁解だけは醜悪すぎます。「残念ながら首相としての業務時間が確保できなくなっている」という、言うに事欠いた、「言い分」にもならない出鱈目は辞めてほしい。湧いて出た「疑惑」を晴らすのも大事な「首相としての業務(時間)」です。勘違いしてはダメですね。この程度の自覚がないままでは、いずれ、また躓(つまず)きますから、大きくならない前に「ボヤ」は消しておくがいいでしょう。もう、「ボヤ」の段階はとっくに過ぎましたけれど、ね。ここに秘書を持ち出すのも、何のことはないんですね、「疑惑は事実です」と白状しているんですよ。こんな見え透いた「嘘」をつくのは彼女の「性(さが)」、だから、許してやったらどうでしょう、とぼくは言いたい。

 Let nature take its course.(「なるようになれ」)

 義理の息子氏は適切なことを言っている、「自分らしさを出しながら頑張ってほしい」と心のこもった言葉を送った。「自分らしさ」を精一杯出して頑張ったから、こうなったんですね。「内閣が潰れるか、国の経済が潰れるか」、まさに「瀬戸際(critical moment)」にありますね。どこのどなたか「Speaking words of wisdom」を!。

(⁑Let It Be – Music Travel Love & Friends (Al Wathba Fossil Dunes in Abu Dhabi)https://www.youtube.com/watch?v=KzqoSeVMGrQ&list=RDKzqoSeVMGrQ&start_radio=1


Let It Be

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom, let it be
And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom, let it be
Let it be, let it be
Let it be, let it be
Whisper words of wisdom, let it be
……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 参考資料として❶❷❸と挙げておきました。❶と❷について、若干のコメントを。総裁に選出された際、「働いて…」と6回繰り返した人です。それだけハードワーカーかと勘違いした人がほとんどだったでしょう。国会答弁でも「二日も三日も寝ていません」と平気でいう御仁ですから、要するに、それが「口癖(嘘)」であることはだれにもわかります。じつのところ、総理大臣の器では全くなかったことを白状しているに他ならないのですが、世間の誤解はやばすぎます。この半年、首相は何をしたか、何もしなかったとは言わないけれど、国益を増やすべき仕事は何一つしていないも同然でしょう。

【小社会】寝てない自慢 二十数年前の雪印乳業による集団食中毒事件は、いまだに危機管理の失敗事例として語られる。説明を求める記者団に、社長が「私は寝てないんだ!」。懸命に対応しているアピールのはずが、反発を増幅させて炎上した。/ビジネスの世界には「寝てない自慢」なる言葉がある。つい「仕事、仕事であまり寝てないよ」と口にしたことがある方も少なくないのでは。結局は、自分がいかに激務であり、会社や周りの人から必要とされているかの自慢だという(唐沢明監修「社畜語辞典」)。/ただ、不眠不休で働くことが熱心さの証しと尊ばれたのもいまは昔。本当に仕事で睡眠不足でも「寝てない自慢」は多くの場合、能力や生産性が低いと受け取られるのが世の風潮らしい。/高市首相ほど「睡眠時間」が話題になる宰相も記憶にない。昨秋の国会では自ら2時間から4時間と語り、「肌にも悪い」。今春も自民党の関係者に「睡眠をもうちょっと取りたい」と漏らした、と記事になった。/激務は分かるが、今回はどうだろう。党総裁選などでの中傷動画作成疑惑。国会質問に備え、「ほとんど睡眠も取っていない」。渦中の秘書による陳述書の提出で答弁に代えたいと願い出た。自民党内にも「筋が悪い」の声があるのは、国会質疑の重みにも関わるからだろう。/疑惑は政権の正統性が問われる可能性も取り沙汰される。ここはしっかり寝て、きっちり説明を願いたい。(高知新聞・2026/06/25)

首相、中傷動画で陳述書提出意向 「秘書がしっかり作る」 高市早苗首相は22日の衆院予算委員会で、首相陣営による自民党総裁選や衆院選での中傷動画作成疑惑を巡り「近日中に奈良の秘書の陳述書を予算委理事会に提出させてほしい」と述べた。疑惑への対応により「残念ながら首相としての業務時間が確保できなくなっている」とも訴えた。/野党は、動画を作成したという男性とのオンライン会議に参加したとされる公設第1秘書の参考人招致を求めている。首相は予算委で「秘書がしっかりとした陳述書を作る。それをもって何とか答弁に代えさせてほしい」と呼びかけた。/22日の衆参両院予算委での答弁に備え、19日金曜日の夜から22日朝まで「ほとんど睡眠も取っていない。一生懸命に仕事している」と説明。「週刊誌の記事などを切り抜いたものをばらばら頂いても、確認して答弁するのはなかなか困難だ」と強調した。/中道改革連合の後藤祐一氏への答弁。(共同通信・2026/06/22) 

高市新首相に「裏表がない、気遣いの人。自分らしく頑張って」義理の息子、山本建さん祝意 高市新首相に「裏表がない、気遣いの人。自分らしく頑張って」義理の息子、山本建さん祝意 自民党の高市早苗総裁(64)が21日、衆参両院での首相指名選挙で女性初の首相に選ばれた。夫の山本拓・元衆院議員(73)の長男で、高市氏にとっては「義理の息子」にあたる福井県議の山本建さん(41)が産経新聞の電話取材に応じた。建さんは高市氏の人柄や政治スタンスを「裏表がない」と讃え、家族の視点から「自分らしさを出しながら頑張ってほしい」と心のこもった言葉を送った。(以下略)(産経新聞・2025/10/21)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

沖縄、いくさ世は未だ終息を見ず

【日報抄】沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」だった一昨日、糸満市摩文仁(まぶに)の式典会場の映像を、ニュースで何度も目にした。いつかは現地を訪ねたいと、あらためて思う▼画面の向こうでは、100基を超える刻銘碑に木漏れ日が差していた。新潟県人を含め、沖縄戦などで亡くなった24万2659人の名前が刻まれている。統計数字だけでは伝わらないメッセージが迫ってくる▼イスラエルにはホロコースト犠牲者を慰霊する「名前と記憶」という名の記念館がある。ここでは未来を奪われた150万人もの子どもの名前が、一人ずつ読み上げられているという。唯一無二の命に対する敬意の表し方なのだろう▼沖縄の式典では中学2年の亀谷琉奈(るな)さんが、沖縄戦を生き抜いた曽祖母に寄せた詩を朗読した。曽祖母は血まみれの道を必死に走って逃げ、死への恐れから、石で自分の足を血だらけになるまでひっかいたという▼亀谷さんはその傷を「生きたいと願った証」と表現した。曽祖母という一人の生身の人間を通して、81年前の戦争をわがことにしようとしたのだろう。長い詩は全文をそらんじていた▼政治の場では今、防衛力の強化へ勇ましく旗が振られているが、乾いた正論に寄りすぎてはいないか。「力には力」で対抗することで高まるリスクがある。その最前線に身を置くのは、恐らく防衛力強化を論じている人々ではない。摩文仁の刻銘碑に彫られた名前に、自分や最愛の人の名を重ねてみる。過去に学ぶとは、そういうことだろう。(新潟日報・2026/06/25)(ヘッダー写真を「いくさ世を生きて」真尾悦子・ちくま文庫)

 「沖縄慰霊の日」が過ぎれば、ほとんどの人にはいつも通りの「日常」が戻るのでしょう。当たり前のことであり、それに関してとやかく言うことはできません。ぼくの個人的な資質の問題であるとも考えられますが、日が改まったかr、もう過去にはこだわらないという態度が取れないのだから、我ながら面倒なことであると思ったりします。時にはずっと「尾を引く」のです。でも、官府が得るまでもなく、どんな人間でも「過去」からできているともいえるわけで、口では過去は過去、といっても心身がそれを受け入れないでしょう。

 現首相が、ある政党の「総裁」に選ばれ、そして、一国の「首相」に選ばれた(いずれも汚い手段を使ったとされる)、その逐一を、だれに頼まれたわけでもないのに、ぼくは記憶に留めている。最初から「虚言の連続」だったことを、異形な「女性首相」の登場として、記憶に留めているのです。好き好んでそうしているのではない、この場にいてもらっては困る、なるべきではない人がなったという、著しい違和感がぼくに物を言わせるのです。その「違和感(incompatibility)」もまた、なぜだか日増しに強くなってきました。(ヘッダー以外の写真はすべて琉球新報より)

 こんなことを書いてもあまり信じてもらえないかもしれませんが、ぼくは生来、非政治的人間であると思っています。その非政治的人間が、ある事柄にこだわると、それはとんでもない政治性を帯びてしまうということなのでしょうか。執拗に問題に関して発言を重ねるのは、ぼく自身がおのれの「直感(Intuition)」に突き動かされているからです。そして、その直感は、おそらく外れていない。この女性宰相にとっては、なによりも「国家(入れ物)」第一であって、その構成員である「国民」という存在にはほどんど関心を示さない。もちろん選挙によって選ばれる「議会制民主主義」を、この国では政治原理としていますから、自分に投じてくれる人はことさらに重視はしますが、それに反対する人間は、あるいは「忌み嫌う」ということかもしれません。一昨日の「慰霊の日」の「挨拶(全文)」を、苦痛をこらえて、繰り返し読んでいて、この国を強くしたい、負ける戦争はしたくないという、「独りよがりの国家観」(selfish nationalistic views)は読み取れますが、沖縄の地で無念の死を遂げた人々への思いは驚くほど希薄であることに、ぼくは改めて驚いている。この人は「薄情な人(heartless person)」という印象をぬぐえないのです。

 彼女に欠けているのは「歴史意識」であり、歴史を受け止める資質(想像力)です。ありていに言うなら、彼女の記憶の襞(ひだ)には「過去」は刻まれていないのでしょう。あるのは「今」と、隣り合う「未来(将来)」だけ。これを「刹那主義(ephemeralism)(momentaryism)」といっても間違いではないと、ぼくは判断している。「過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方。また、一時的な快楽を求めようとする考え方」(デジタル大辞泉)であります。ここには自らの行動や選択に対する「責任意識」は伴わないのが普通でしょう。その場をしのげれば、それで事足れるとする、一国の首相の生活信条が「刹那主義」であるのは、国民にとっては驚き以外の何物でもないでしょう。間違った発言をしても、決して「取り消さない」「誤らない」というのは、この刹那主義の得意芸でもあろう。

 「刹那」(「非常に短い時間」「瞬間」)に生きる限り、今こそが大事であって、過去の歴史に関心が湧くはずもないでしょう。首相が「自分のまだ生まれていなかった過去」に対して、いかなる責任も有しないと言い切ってこられたのは、まぎれもなく「刹那主義」に生きているからだと思われます。一昨日の「挨拶」、余り引用はしたくありませんが、一か所だけ引くとするなら、この件(くだり)です。

 「多くの夢や希望を抱きながらも、国を、家族を守ろうと戦って斃れた若者たち、我が子の無事を願いながら息絶えたお父様・お母様。
 全ての戦没者の皆様の無念と残された御遺族の方々の悲しみを思うとき、本当に胸が締めつけられる思いです。
 今日私たちが享受している平和と繁栄は、この地で命を落とされた方々の尊い犠牲と、沖縄の歩んだ筆舌に尽くし難い苦難の歴史の上に築かれたものです」

 すこし「沖縄戦」の記録を読めば、彼女がこともなげに述べているようなものではなかった、沖縄住民の犠牲がいかなる性格のものだったかが、一目瞭然です。歴史を無視する、いともたやすく歴史を改ざんする人には、「沖縄の問題」を捉える能力も資格もないとぼくは言っておきたい。沖縄住民の少なくない犠牲は『日本軍』による殺戮だったし、 日本軍による支援などではなく、むしろその反対の、強制された「集団自決」の「必然性」だったことをこそを、沖縄の地で、首相として正面から受け止めるべきだった。「尊い命」を「犠牲」にせざるを得なかった、その理由は、あるいは「沖縄の苦難の歴史」をもたらした主犯は、いったい誰だったか、それを語らずずして、「沖縄慰霊の日」に何を語ろうというのか。この首相の姿勢は、まれにみる無礼さ、厚顔さでした。口を開けば、「靖国参拝」を論う、その姿勢には、死者を鞭うつ、心ない仕打ち、政治的利用のために「英霊」を口にするその卑しさ。何日も不眠不休で、いったい何をしているのでしょうか。口を開けば、いかにも働いて働いてという、その中身は何だったのか。およそ、リーダーである資質・資格は、彼女には微塵もないと、繰り返し言っておきたい。

+++++++++++++++++++

◎ 沖縄戦【おきなわせん】= 太平洋戦争末期,沖縄で行われた地上戦。米国軍は1945年3月,約55万人の大艦隊をグアム島から発進し,4月に本島中部西海岸に上陸。日本軍の兵力は現地召集の防衛隊と学徒隊2万人余を加えても約10万人であった。3ヵ月に及ぶ戦闘は多数の住民を巻き込んで行われ,6月23日,牛島満司令官は最期まで戦えと命じて自決。ここに日本軍の組織的な抵抗は終わるが,沖縄の日本軍が降伏調印したのは9月7日であった。沖縄戦の犠牲者は日本軍9万人余,一般住民9万人余,米国軍1万3000人弱とされる。沖縄県民の犠牲者は12万人以上と推定され,その中には鉄血勤皇(てっけつきんのう)隊とよばれた男子学徒隊,ひめゆり部隊などの女子学徒隊の犠牲者も含まれている。沖縄戦の最大の特徴は,非戦闘員に対する配慮が全くなされず,正規軍よりも一般住民の犠牲が大きかったという点にある。精神的にも退路を断たれた中での住民の集団自決,日本軍によるスパイ取締りに名を借りた住民虐殺,食料強奪,壕(ごう)追出しなどが,悲劇を一層深刻なものにした。なお,6月23日を沖縄では〈慰霊の日〉として1965年以来独自の祝日と定めている。(1962−1964年は6月22日であった)。(百科全事典マイペディア)

◎ 【太平洋戦争】より …その後連合国軍は,45年6月までにフィリピン全島を奪回,45年3月17日には硫黄島守備隊を全滅させ(硫黄島作戦),4月1日には沖縄本島へ上陸した。約3ヵ月にわたる沖縄戦では,多数の県民や学生が義勇隊,防衛隊,鉄血勤皇隊,ひめゆり部隊などに組織され,戦闘に参加して死傷し,多くの県民が戦闘の巻添えにされて死傷した。また日米両軍による県民虐殺事件が多発し,約800名(1000名以上とも言われている)が日本軍によって殺害された。…(世界大百科事典旧版)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

困難を乗り越え、希望を紡ぎ出していく

【金口木舌】かき消せない声 早朝の糸満市摩文仁。「平和の火」の正面から昇る朝日が「平和の礎」を照らす。礎が除幕された1995年の慰霊の日、日米の代表に加え朝鮮半島の南北の民間代表も参列した▼「このことが『村山談話』につながったのでは」と礎の建設に関わった石原昌家さん(沖縄国際大名誉教授)。この年、村山富市首相は植民地支配と侵略により、アジアの人々に痛切な反省と心からのおわびを表した▼日本政府の姿勢はその後著しく後退した。あの手この手で沖縄を黙らせようとする。教科書でもアジアや沖縄への加害性を薄めようとしてきた。今度は平和学習を巡る文部科学省の指導だ▼1982年、教科書から日本軍の住民虐殺が消されようとした。糸満市真栄平では沖縄語を話した女性が日本兵に首をはねられ、子どもも殺された。食料強奪、壕追い出しも相次いだ。この体験から「軍隊は住民を守らない」という教訓を得た▼沖縄語を使えば殺せとした日本軍。そんなことは、もうできない。摩文仁に響く嘆き、辺野古断念を求めるウチナーンチュの訴え、アジアの人々と共に平和を求める声もかき消すことはできない。(琉球新報・2026/06/24)(ヘッダー写真も)

 およそ一時間余の「式典」の中継をぼくは見ていました。なににせよ「式典」というものは形ばかりの、内容の伴わない「儀」だと心得ていましたから、歴々の「心のこもらぬ作文(挨拶)」を覚悟していました。驚きも感慨もなく、こんなことを何百回繰り返しても、何の足しにもならぬということを、ぼくは肝に銘じているつもりでした。その通りの成り行きになりつつある矢先に、首相登場、その瞬間に会場から「戦争するな」「九条守れ」「沖縄に来るな」という、怒りを含んだ罵声が飛び交いました。会場内には警備陣が準備万端で、「怒号」の主たちを特定し、式場外いに連れ出していた。その間も、首相は「心のこもらない挨拶(棒読み)」を続けていました。

 これは人型ロボット「サナエトークン」だと、ぼくは断じていました。ヤジや怒声に、一瞬たじろいだかに見えましたが、作文朗読は続けられた。その時、この首相と思しき人物は、どうして国会の委員会のように「怒りをあらわにしないのだろうか」と不審に思いました。言い訳や嘘を振りまくのがお得意の「サナエトークン」でしたから、ある意味では、それ以上の醜態は晒さなかったが、ぼくには気の毒にも見えてきたのだから、この御仁はここに来るべきではなかったのだ。言いたいことが言えない(「沖縄は防衛の砦にするのだ」)、その「身の上」に同情はしませんが、こんな「茶番」を演じ続けて国の行方がどうなるものではないという気もしました。会場にどれほどの参加者がいたのかわかりませんが、その中の三百人ほどが「戦争するな」「九条を守れ」と、それぞれに声を挙げたらどうなっていたでしょうか。沈黙を守って座していた人の中にも、同じように声を挙げたかった人もいたと思う。もちろん、その反対もいたでしょうけれど。(「式典」終了後、質問を受けた首相は「今は、戦争をしていない」と答えた。さらに「平和を守るために、国民の皆様の命を守るために、防衛力はしっかりと、自主的に強化をしたいと考えております」と、語るに落ちた「作り話」を語った)

 ぼくの正直な感情を吐露すると、この「首相(日本国政府を体現)」は土足で「平和の礎」に眠る「御霊」を踏みつけたのだ。そして、心にもない空虚な作文を読み上げ、読み棄てて、そそくさと(逃げるように)帰って行ったということだったでしょう。今や、内外のいたるところで「醜悪な場面(醜態)」を展開するだけの首相になっているのですから、とても恥ずべきことでしょう。列席していた防衛大臣は《「(氏はSNSで、)…「次世代に平和な世の中を引き渡していく。これからも平和でありますように、その願いは皆同じはずなのに、あいさつ中の高市総理に対するヤジは残念なものでした」と指摘した。/さらに、追悼式で中学生が平和の詩を朗読したことを挙げ、「静かな祈りをささげる場を抗議活動に使う大人と、曽祖母の戦争体験を平和メッセージとして心を込めて静かに強く披露した中学生。共感を広げたのがどちらだったかは明らかでした」と投稿した》(毎日新聞・2026/06/23)この指摘は当然だ、という声が出そうです。しかし、これこそが「沖縄の現実」だという認識を持たない、無知な国会議員(防衛大臣)だともいえるのですから、ぼくは首相に抱いたのと同様の感想しか持てないのです。どちらにも「寒心に堪えない」というばかり。

 「式典」だから、厳かに、粛々にというのは当たらないと思う。その具体例は「昭和の日」に見られるでしょう。天皇夫妻の臨席のもと、口封じ。しかも自分たちは「昭和歌謡のカラオケ大会」並みのはしゃぎようだった。ぼくはこれまでにも述べてきましたが、この首相やその毒牙に充てられた連中は「お国大事」「天皇制(国体)護持」は叫び散らすけれど、生身の天皇や皇族を尊敬しないどころか、政治の道具にしている風が否定できない。「国体(国柄)」を生意気にも云々するけれども、国民の一人一人をいささかも尊敬していないのは、これまでのさまざまな「言動」で明らかに見て取れます。二か月先がどうなっているかぼくには予想できませんが、「終戦記念日」(8月15日)までに在任していたなら、この首相はどんな「挨拶」をするのでしょうか。まさか、「天皇のお言葉」は拒否(口封じ)しないでしょうが。

 「日本政府の姿勢はその(「村山談話」)後著しく後退した。あの手この手で沖縄を黙らせようとする。教科書でもアジアや沖縄への加害性を薄めようとしてきた。今度は平和学習を巡る文部科学省の指導だ」「摩文仁に響く嘆き、辺野古断念を求めるウチナーンチュの訴え、アジアの人々と共に平和を求める声もかき消すことはできない」という琉球新報のコラム「金口木舌」の訴えは切実(serious)に過ぎます。防衛大臣の顰(ひそみ)に倣うと「静かな祈りをささげる場を抗議活動に使う大人と、内容空疎な作文で『平和メッセージ』を偽装する首相。共感を広げたのがどちらだったかは明らかでした」、と言わずもがなのことをぼくは提示しておきます。「口先三寸から。平和は生まれない」と、八十を超えた老人もまた抗議の声を上げ続けたい。

 「困難を乗り越え、希望を紡ぎ出していく」(首相「挨拶」) 「先の大戦においては、ここ沖縄の地は、凄惨な地上戦の場となりました。罪もない民間人や、県内外出身の兵士の方々など、20万人以上もの尊い命が失われ、沖縄の美しい自然、豊かな文化は容赦なく破壊されました。」(首相「あいさつ」)これをして「役目済まし」というのではないですか。

 なぜ、この「地上戦」が沖縄で起こり、どうして「民間人や兵士(沖縄在住民の「4人に1人」となぜ明示しないのか)」が20万人以上もが命を落としたのか、それを語らない、語れない「挨拶」をもってして、ぼくは「空疎(くうそ)」というのです。「歴史」の無視でしょうか、無知でしょうか。まるで「台風」や「地震」に因る被害の如くに言い換えないでほしい。犠牲者や被害者への冒涜(profanity)になるのですから。(「首相あいさつ」全文は官邸HP・https://www.kantei.go.jp/jp/105/statement/2026/0623okinawa.html

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

香れや香れ 月桃の花 永久に咲く身の…

【近口木舌】小さな手で織った千羽鶴 小さな手で折った千羽鶴が手向けられた。名護市屋部地区の平和祈願祭。風の子保育園おおぞら組の園児たちが「世界が平和になりますように」と願いを込めた▼屋部中3年の荻堂志音さんは、ウクライナや中東で「私たちと同じような子どもたちや罪のない人々の命が毎日のように奪われている」と訴えた。81年前にこの島で起きた悲劇と同じ苦しみが、今も世界のどこかで繰り返されている、と▼金武町の戦没者追悼式では、「平和の誓い」を読み上げる児童生徒の頭上を、米軍ヘリが重低音を響かせて横切った。命の尊さを伝える言葉に、沖縄の現実が覆いかぶさる▼世界は危うさを増す。力の支配、勇ましい言葉。県平和祈念資料館の「むすびのことば」を思う。「沖縄戦の実相にふれるたびに 戦争というものは これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです」「この なまなましい体験の前では いかなる人でも 戦争を肯定し美化することは できないはずです」▼慰霊の日に、沖縄戦の教訓と子どもたちの願いを胸に刻む。次の世代に残すべきは誰も戦に巻き込まれない未来である。(琉球新報・2026/06/23)                              

 (ヘッダー写真は「千葉県国府台女子学院6年生」・https://www.konodai-gs.ac.jp/blog-elementary/diary-elementary/45788/

 沖縄戦、八十一年の後。世界においてはいささかも変わらずに、言語道断の暴力が蔓延し、惨憺たる殺戮を繰り返し、昼夜を問わずに、無辜の民の頭上でミサイル弾を破裂させている。「屋部中3年の荻堂志音さんは、ウクライナや中東で『私たちと同じような子どもたちや罪のない人々の命が毎日のように奪われている』と訴えた。81年前にこの島で起きた悲劇と同じ苦しみが、今も世界のどこかで繰り返されている、と」「金武町の戦没者追悼式では、『平和の誓い』を読み上げる児童生徒の頭上を、米軍ヘリが重低音を響かせて横切った。命の尊さを伝える言葉に、沖縄の現実が覆いかぶさる」戦争反対を祈念・祈願する民の声を圧殺する戦争への意志、この相対峙する戦いのさなかで、ぼくたちは、偽りのない反戦と言われなき参戦の間の「戦いの事実」をいかにして受け止めるか。受け入れるのではなく、この非情極まりない「現実」を自分はどう受け止めるか、それが問われています。

 毎年、総理大臣が沖縄にやってきて「型通りの挨拶」を読み上げかつ読み捨てて本土へと帰る。広島と長崎の原爆慰霊祭には時の総理大臣が同じ「言葉(コピー)」を臆面もなく読み上げたこともありました。死者への「冒涜と侮辱」の極みでもありました。もちろん、生きている人々にも最悪の侮蔑を見舞ったものでした。沖縄に来たある内閣の官房長官は、「私は沖縄の歴史はよく知らない」と、来沖の事情を語らなかった、いや語れなかったし、語ろうとはしませんでした。これもまた人をして、語る言葉を失わせる、こころない仕業だった。だれであれ、政権の座に就くと、「沖縄戦」(に限らず)からは、できれば目を背(そむ)けたい、歴史の事実としてはなかったことにしたいという、驚くべき姿勢をあからさまに見せつけてきました。自分が生まれていない時代の戦争だから、責任の取りようがないという趣旨の発言を繰り返す首相がいました。その当人が、本日の「慰霊の日」、式典に参加するという。過般にあった「昭和の日」の呆れ果てた振る舞いの、まさか「二の舞」になるのでしょうか。

 醜態をさらし続けている彼女のことですから、そんなことはあるはずもないと、断言することがぼくにはできない。とにかく「戦争ができる国」へと、この国の現状を変貌・変質させることが自らの政治権力に託された使命だとはなはだしい誤解を抱き、それを強引にも敢行しようとしている、どの面を下げて「(在沖縄)平和の礎」にいかなる向かい方をするというのでしょうか。

 もう何年前になるか。今は亡き友人と一緒に沖縄訪問を果たし、方々の戦跡や慰霊の場に足を運んだことを、いまさらのように思い出しています。その際、各所を案内してくださったKさんやその母上にも感謝の気持ちをいっぱい持ちました。案内してくれた女性は、米軍人と母との間に生まれた方だった。以来、交流は途切れていますが、皆さんお元気でおられるでしょうか。「慰霊の日」にはきっと、その姿を思い浮かべるのがぼくの習慣になりました。平和公園には何時間いただろうか。随筆家の岡部伊都子さんは「沖縄の骨」という本の中で、沖縄の地にはいたるところで「骨が埋まっている」と早くに書かれていました。

 その「埋もれて、忘れ去られてしまった骨たち」を40年の時間をかけて「掘り起こしている人」がいます。具志堅隆松さん。今月の17日、国会内で「政府交渉」を行い、その場で記者会見が開かれました。「具志堅さんは歴代首相が6月23日に沖縄を訪れ、追悼式に出席してきたことを踏まえ『日本を戦争に巻き込むような発言をした人が、沖縄戦の戦没者に手を合わせるべきではない。発言を撤回しないのであれば(高市首相には)慰霊の日に沖縄に来ないでほしい』と訴えた」と報じられました。

 口を開けば「平和のために」と言いつつ、もう一方の口では「存立危機事態」などという珍言を弄して「ある国と一戦を交える」と公言する、そんな人間が総理大臣であること自体が、「平和」にとっての最大の障害ではないでしょうか。「沖縄返還」に際し、核抜き本土並みと表明しながら「核持ち込み」を密約をしていたのがこの国の政府でした。時の総理大臣は、やがて「ノーベル平和賞」を受け取る。平和賞委員会のメンバーの一人は「彼に授けたことは委員会の最大の過ちだった」と、後年語りました。米軍基地がある限り、いつでも戦争への危機・加担は絶えないのです。今次の「イラン爆撃」にあっても在沖縄米軍は出陣しています。

 壮絶な犠牲を払って(払わされて)、対米英戦争(第二次世界大戦)は終わった。沖縄に多大(過大)な犠牲を強いていた事実は消せません。にもかかわらず、再び同じ過ちを犯そうと、前のめりになっているのが現政府です。「慰霊の日」が、再度の「聖戦の日」への突破口にならないことをひたすら祈るばかりです。(首相の「挨拶」のおおよそは予想が付きますが、実際にそれを聴いた上で、なお書くべきことがあると判断した段階では「追記」をするつもりです)

 (特筆大書すべきこともなく。でも、この場に臨んだことは間違いだったと、ぼくは指摘しておきたいですね。この女性宰相は「歴史」には無到着という以上に、無関心、いや、歴史意識がないのだということです。「沖縄慰霊の日」に語るべきものを持たないでは、語るべきではなかったと思いました。有り体(ありてい)に言うなら、お持ちの持病である「仮病」を理由に欠席されればよかった)(追記 午後 3 時に記す)

 ♫ 「月桃ゆれて 花咲けば 夏のたよりは 南風 緑は萌える うりずんの ふるさとの夏」「香れよ香れ 月桃の花 永久(とわ)に咲く身の 花心 変わらぬ命 変わらぬ心 ふるさとの夏」♫(「月桃」海勢頭豊作詞作曲)(海勢頭さんは、ある時期、ぼくが担当する授業に来てくださった。沖縄問題にかかわる数々の話と、自作の歌を披露してくださった。一別以来、何年になるでしょうか。お元気であることを祈念しています。しばしば、彼は沖縄の「ボブ・ディラン」と称されています)                                                               (⁑「月桃」(沖縄の歌):https://www.youtube.com/watch?v=HQkQmixSMqM&list=RDHQkQmixSMqM&start_radio=1

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「発言撤回しないなら、高市首相は沖縄に来ないで」具志堅隆松さんが「慰霊の日」を前に国会で訴え 太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者を悼む23日の「慰霊の日」を控え、遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(72)や遺族らが16日、国会内で政府交渉を行った。「沖縄を二度と戦場にしない」という平和への思いから、高市早苗首相の台湾有事発言の撤回などを求めた。(松島京太)
◆「存立危機」発言は沖縄を再び戦場にするということ
 「このような要請をするのは、戦没者に対する最大の慰霊が二度と戦争を起こさないことだと思っているからだ」
 具志堅さんは内閣官房と防衛省、警察庁の各担当者に要請書を手渡す際、厳しい表情で訴えた。

 ガマフヤーの活動の中で、沖縄戦の遺骨が混ざる本島南部の土砂を名護市辺野古の新基地建設などに使わないよう、これまでも政府に求めてきた具志堅さん。
 今回の交渉で特に問題視したのは、高市首相が昨年11月、台湾有事が「存立危機事態になり得る」と発言したことについてだ。
 具志堅さんはこの発言に対して「沖縄を再び戦場にするということにほかならない。日本が攻撃されているわけではないのに、中国と戦争をする必要があるのか」と政府側に問いかけた。
◆戦没者の遺骨混じる土で辺野古埋め立てしないよう訴え
 内閣官房の菅野理彩主査は、政府が説明してきた存立危機事態の定義を繰り返し「高市首相の発言は、政府の立場に沿った発言だ」と述べた。(写真左上:政府交渉に臨む沖縄戦の遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表=16日、国会内で(中村千春撮影)

 具志堅さんは歴代首相が6月23日に沖縄を訪れ、追悼式に出席してきたことを踏まえ「日本を戦争に巻き込むような発言をした人が、沖縄戦の戦没者に手を合わせるべきではない。発言を撤回しないのであれば(高市首相には)慰霊の日に沖縄に来ないでほしい」と訴えた。
 この日は、遺骨が残る本島南部の土砂を米軍基地建設に使う計画を巡っても「戦没者に対する冒瀆(ぼうとく)だ。この計画を撤回していただきたい」とあらためて求めた。
 祖父を沖縄戦で亡くした千葉県の米本和歌子さんもマイクを握り、「遺骨に触らないで。あの一帯(本島南部)は私たちのお墓だ」と非難した。
 防衛省整備計画局の上野耕平防衛部員は、本島南部の土砂はこれまでに使っていないと否定した上で、「今後の埋め立て土砂調達先は決まっていないが、このような歴史のある沖縄において、ご遺骨の問題は真摯(しんし)に受け止める必要がある」と繰り返した。

◆「慰霊の日は遺族と戦没者が向かい合う日」
 近年の慰霊の日には、追悼式会場となる糸満市の平和祈念公園の「平和の礎(いしじ)」周辺での「過剰警備」も問題化している。警察官が大勢で立ち入ってお供え物などを調べた事例もあったという。
 具志堅さんは「平和の礎の中は祈りの場だ。そこに入らないでくれというのが私たちの願いだ」と警察庁に求めた。米本さんも「入られたときはものすごく怖かったし、不愉快だった」と振り返った。
 この日の交渉で要望が受け入れられなかったとして、具志堅さんは6月20日から沖縄県庁前で抗議のハンガーストライキを行うという。
 「慰霊の日は遺族と戦没者が向かい合う日だ。落ち着いて慰霊ができるよう政府は考えてほしい」(東京新聞・2026/06/17)

【春秋】「平和の礎」に名を刻む 沖縄県本部町に住む根路銘シズさん(85)は父の記憶がほとんどないという。福岡県内の炭鉱で働いていた父は出身地の沖縄で召集され、1944年に戦死したとされている。詳しい状況は不明だ▼沖縄戦などで亡くなった人の名前を刻む「平和の礎(いしじ)」に今月、95人が加わった。父の松川清助さんもその一人。根路銘さんは3年前に礎を訪れ、父の名がないことに気付く。追加刻銘は、戸籍の表記が乱れていて家族の証明が難しく、今年になって実現した。「ようやく沖縄でお父さんのそばにいられる」。地元紙の取材に目を潤ませ、そう語っている▼きょうは沖縄戦の組織的戦闘が終わったとされる「慰霊の日」。礎がある平和祈念公園で追悼式が営まれる。戦後81年、刻銘は24万2659人になった▼地上戦に住民が巻き込まれた沖縄では、あまたの命が根こそぎ奪われた。「鉄の暴風」と呼ばれるすさまじい砲爆撃で、そして追い詰められた集団自決で。一家全員が亡くなり、存在を証明できる人がいない例も多い▼聞き取りやわずかな資料を手掛かりに、沖縄の人々は国籍や軍民の立場を問わず一人一人の名を刻んできた。その人の存在をなかったことにしない。決意の作業は続く▼礎はびょうぶの形をして幾重にも並ぶ。鉄の暴風という荒波が、平和の波となって大海原に折り返す-。そんな思いが込められている。世界にその波は届いているだろうか。(西日本新聞・2026/06/23)
【筆洗】面倒で気の進まぬことを【億劫(おっくう)】という。「劫(こう)」とはサンスクリット語の「カルパ」の音訳で、仏教では極めて長い時間の意味である▼やはり仏教に「芥子劫(けしこう)」という言葉がある。巨大な城の中に芥子を満たし、100年に1度、1粒ずつ持ち去って全部がなくなったとしてもまだ「劫」は終わらない。それほどの長い時間である。目的を果たすには【億劫】の時間がかかるとなれば、気も進まなくなるか▼【永劫(えいごう)】。この言葉にも「劫」があり、果てしなく長い時間を意味する。元兵士はその事件についてこう書いた。罪は「永劫に許さ(れ)るべきものではない」。1945年、太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍部隊が久米島の住民を虐殺した事件である。事件に関し、元兵士が書き残した手記が見つかった▼島に駐屯していた部隊が住民を米国のスパイと一方的に見なし、20人の命を奪った。犠牲者には子どもも含まれている▼手記を残した男性は久米島出身で見張り兵だったという。同じ日本人、同じ久米島の人間が日本人の手で殺害される。その事実を知ったときの絶望と苦しさが、罪は【永劫】に許されないと書かせたか▼本日は沖縄戦の戦没者を追悼する「慰霊の日」である。戦後81年。「芥子劫」の時間でいえば、まだ1粒の芥子さえ拾っていないというのに、時代は戦争のむごさも狂気も忘れかかっていないか。(東京新聞・2026/06/23)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

You can’t ignore the AI’s instructions.

【日報抄】とんち小僧の「一休さん」がごろりと寝転んで「慌てない、慌てない。一休み、一休み」。テレビアニメのこんなシーンを覚えている方もいるだろう。主人公のモデルは室町時代の禅僧、一休宗純(そうじゅん)だ▼その名には〈煩悩と悟りのはざまで一休みするように、何かを求める心を捨ててこそ真実の世界が見える〉という教えが込められているとの説がある。「休」という字には「やすむ」のほか「やめる」という意味もある▼「一休みしよう」という呼びかけか。人工知能(AI)開発競争で先頭集団を走る米アンソロピックが「開発を遅らせたり、一時停止したりする選択肢を持つことが世界にとって有益だ」との提言をまとめた▼AIが人間の手を借りずに自ら性能を高める段階に近づいており、暴走して制御不能になるのを防ぐためという。AIの性能が向上するスピードは空恐ろしいほどだ。このままではSFのように暴走し、人間を支配する事態も起こり得るのではないか▼もちろん、一企業だけが一休みしたところで意味はない。アンソロピックは、先端AI規制の国際的な枠組みが整い、競合他社も同調すれば開発の減速や停止に踏み込む用意があるとしている▼巨利を生み出し、世界の覇権争いにも関わる分野だ。国際的な枠組みづくりは容易ではない。とはいえ、こうしている間にもAIは人間の手から離れ、自ら成長しようとしている。一休みしてこそ得られるものがある-。そんな理知を、人間は手にすることができるのか。(新潟日報・2026/06/22)(ヘッダー写真は「シモツケ」)

 もう半世紀にもなるかという驚きがあります。今でいう「動く電話(mobile phone)」の普及の年月のことです。ごく初期は「自動車電話」で、友人が使っていた。やがて、それこそ、小型の持ち運べる電話が開発普及され、周囲の人々(特に学生諸君)が大いに産業規模拡大に一役買っていました。そして、今では「進化しすぎた」ともいわれる開発状況が、ある種の災厄(困難)を人間たちにもたらしているのかもしれません。この半世紀、ぼくはただの一度も「携帯電話」に興味を示したことはなかった。勤め先から、仕事の関係から是非所有するようにと専用の一台を宛(充)がわれたが、ついに持つことはなかった。(一貫して自分を縛るようなものは所持しませんでした。「手帳」「腕時計」、そして「携帯電話」などなど。おちおち、お酒を呑んでいられないという、その一点から、ぼくは束縛からの解放を念じ続けてきました。(もちろん、それがために犯した間違いや失敗は数限りなくありましたよ)

 「持たない」理由は、単純といえば単純で、必要以上に「世間」とつながることを求めなかったからです。その必要性をいささかも感じませんでした。「明日には会えるから」「手紙やはがきがある」という人間関係から、「時間」「余裕(ゆとり)」が排除され、「即座につながる」ことが、恣意的に強制的に受け入れられさせられるからでしょう。産業的に携帯電話発展途上のある時期、「これからの世界・産業(経済)」は「携帯(スマホ)」にかかっている」という、当事者たちの発言を耳にして、やはり「そうなるのか」と、ぼくは、かなり批判的に感じ取ったものでした。世界経済のさらなる進化(拡大・発展)は「携帯(スマホ)」開発の一本足に依存しているいうことだったでしょう。今では「猫も杓子も」どころか、「馬も鹿も」スマホの時代なんでしょうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「人工知能(AI)開発競争で先頭集団を走る米アンソロピックが『開発を遅らせたり、一時停止したりする選択肢を持つことが世界にとって有益だ』との提言をまとめた▼AIが人間の手を借りずに自ら性能を高める段階に近づいており、暴走して制御不能になるのを防ぐためという。AIの性能が向上するスピードは空恐ろしいほどだ。このままではSFのように暴走し、人間を支配する事態も起こり得るのではないか」(コラム「日報抄」)という疑念は現実のものになりつつあると思われます。

 「AI搭載」の自家用車に乗った途端に、何処に行き、何をするかまで、すべてが「人工知能」に主導権を右られてしまう、そんな事態が生じているのではないでしょうか。「ねえ、チャッピー、教えて」といっているうちはかわいい魚屋さんで、すっかりお株を奪われ、人間そのものが「ロボット」に成り代わる(成下がる)時代の入り口に立っているのでしょう。琉球新報のコラム氏が書いているように、「AIはインターネット上の膨大な情報から瞬時に答えを導き出す。うまく活用すれば頼れる友人のような存在になる」などという呑気な話では止まらないでしょう。「情報が間違っていたり、偏っていたりする危険性があることも忘れずにいたい」という助言はその通りでしょうが、すでに「偏っていたり危険性がある」ことにかまわないで、それに囚われてしまった人間たちが世界のいたるところに存在しているではありませんか。あるものが「道具(ツール)」であると思っていたら、とんでもない、道具そのものが持ち主に命じたり禁じたりと、まるで『手下(てした・てか)」か従者のように、その立場が逆転しているのです。鋭い刃物が口を利くような時代ですね。「これで、あいつをやれ」って。

 単純化していうと、材料さえあれば、だれだって(三歳の幼児にだって)、「核爆弾」を作って落とせるようになる時代、結果的には敵・味方ともに「共倒れ」になる世紀に、人類は、もうすでに入っているんですよ。人間の受動性(passivity)は、一面では完璧ですから、「前に倣え」「右向け右」と言われ、「起立」「着席」などと命令されることが、やがては心地よくなるのではないでしょうか。面倒な考えごとも判断もしなくて済むのですから。「責任も免除されるかも」、ですね。アメリカあたりの裁判を見ていると、スマホ・AI を使った側ではなく、それを作った側が責任を問われています。「起きなさい」「顔を洗って」程度ならまだしも、「あの人間とは付き合うな」、「今日はこうしなさい」などと命令され指示されることが「習い性になる」のはわけもないことで、やがて、自分に備わていたはずの思考力がすっかり奪われていることに気が付くのかどうか(気が付ないでしょね)。  

 「トクリュウ」などという凶悪犯罪や詐欺事件の反乱は、「AI」なしでは考えられないのではないでしょうか。あるいは「SNS」などという「言葉曾美」に類する「道具から武器」が飛び出す時代でもあります。イラン戦争、浮くラナイ侵略などもまた、人間が「AI」にそそのかされたことによって引き起こされたんじゃないでしょうか。もはや、後戻りができない地点に来ているように、ぼくには思われます。「AI」を通じた情報は、すべてが「当局」に管理されるという、空恐ろしい事態にぼくたちは無感覚になっています。ぼくはパソコン(メール)を使っていますから、特定のエージェントによる「情報の一元管理」には痛く傷ついています。それを逃れるには、一切情報機器を使わないことに限るでしょうね。もう少しで、ぼくはその領域に到達するつもりです)(国民・市民の個人情報をとことん収集したいという魂胆は、そもそも権力の不法行使に突き動かされているからでしょう。権力の腐敗は、刃を自分に向けるのではなく、他者に向けることで、実効支配をつづけようとします。根っこから間違った姿勢ですね)

【金口木舌】心を許せる関係性 幼い子どもが生み出す空想上の友人を「イマジナリーフレンド」と呼ぶ。大人の目には見えないが、いつも子どもと一緒にいて喜びを分かち合い、さみしさを紛らわしてくれる大切な存在だ▼困りごとをイマジナリーフレンドに相談することもあるはずだ。きっと子どもたちに寄り添い、心を落ち着かせる答えを伝えるのだろう。そして成長に伴い姿を消すという▼大きくなった子どもたちは困りごとを誰に相談しているのか。2025年度沖縄こども調査「高校生調査」によると約2割の生徒が人工知能(AI)と回答した。親や学校の友人が多数を占めるが、AIも存在感を示している▼AIはインターネット上の膨大な情報から瞬時に答えを導き出す。うまく活用すれば頼れる友人のような存在になる。しかし情報が間違っていたり、偏っていたりする危険性があることも忘れずにいたい▼これからの時代、AIの活用は欠かせない。それでも人間にしかできないこともある。互いに心を許せる関係を築き、子どもたちと一緒に悩みながら答えを探す。時間はかかるけど、その方が子どもたちの心に深く刻まれる。(琉球新報・(2026/06/22) 

「徒然に日乗」(1130~1136)

◎2026年06月21日(日)午前中は曇天、午後遅くからは降雨もあった。湿度の高い一日。▼終日、自宅に留まる。▼米イ覚書に続く交渉が早速延期。イスラエルがレバノンを攻撃するという、出鱈目。この先いかなる展開になるのか、その帰趨が全く読めない。円安は161円台を超えている。日銀は金利を1%に上昇させたが、「円高」の効果は見られないのは、かなり深刻な状況だと思う。(1136)

◎2026年06月20日(土)朝から雨模様、午後からは本格的に雨。▼午前中に買い物で茂原へ。いつものSCで、昨日代金を支払う際に、小銭入れをレジの上に忘れたことに、なんと夜になって気が付いた。それでさっそく店内の「カウンター」で尋ねたとが、届いていないとの由。念のために、「催事場のインフォメーションセンターで尋ねてみたら」といわれ、早速に出かけてみたら、「ぴったりのものがありました」とのこと。身分証を示して無事に戻ってきた。この店内では2度目のこと。いよいよ焼きが回っているなという実感がある。前回は、車検の支払い費用を準備した金の入った財布を同じようにレジ台に忘れ、直接茂原署から電話で「忘れ物が届いてますよ」と、教えられた。抜けていると、自分でも思う。▼午後に、アムネスティ事務所から連絡があり、間違えて寄付の引き落としができなかったのを、先ごろ直した、その際余分に一か月分を多く引き落としたので、処理をどうするかと尋ねられた。「そちらに任せる」と返答。ついでに「事務局長によるパワハラ問題」のその後の様子はどうかと尋ねた。曖昧なこと返事をするばかりで埒が開かなかったが、とにかくしっかりと調査結果を報告してほしいと念押しをしておいた。電話の主は「新人です」というIさんだった。(1135)

◎2026年06月19日(金)暑い一日、30度を超えたようだった。久しぶりに、長南町あたりをドライブ。長南町のHCで猫のドライフードは缶詰などを購入。いつもの店と同じチェーン店なので、価格は変わらない。▼帰路には茂原市内のいつものSCで買い物。▼「日経平均71,250.06 +196.57 NYダウ51,564.70 +72.15 ドル円161.25-26 +0.66円安 NY原油77.03 +0.43 長期金利2.645 +0.030」(日経新聞・2026/06/19)▼イランと米国の「覚書」調印、本格的な交渉がこれから。果たして交渉(和平)がまとまるのかどうか。極めて入り組んだ、困難な状況はいささかも変わらないままだ。▼原油高、物価高、円安も収まるどころかその反対。日本経済の断末魔のような状況がしばらくは続くのか。(1134)

◎2026年06月18日(木)気温はそれほど上がらなく、凌ぎやすい一日。時には小雨も降ったり。▼お昼過ぎに買い物で、茂原まで。帰宅後はパソコンいじり。▼「日経平均71,053.49 +1151.24 NYダウ51,492.55 -507.12 ドル円160.92-94 +0.74円安 NY原油75.52 -1.27 長期金利2.615 +0.015」(日経新聞・2026/06/18)▼《米・イラン、19日に対面協議 トランプ氏「戦闘続けば経済大惨事」(同上)アメリカとイランの和平交渉の「覚書」に調印。なにも決まっていない状態からの交渉が開始されるわけだが、おそらく前途は多難という思いがする。交渉妥結が先か、石油がこれまで通りに日本の港に入ってくるのが先か、予断は全く許さないだろう。進展までには「年単位」の時間がかかるかもしれない。(1133)

◎2026年06月17日(水)終日快晴。家の中に閉じこもっていた。▼世間にいながら世間に背を向けるような生活をしていて、痛感するのは、この年齢になっていよいよ「時代が悪くなる」ということである。正確に言えば、人間そのものが性悪にできているからという意味でもあろうし、それを拡大強化するような教育に毒されてきたからだという意味でもあろう。スマホだAIだと、まさしく「何々に刃物」蔓延の時代であってみれば、世相がまさしく競争時代、闘争時代そのものだということでもあるだろう。「万事につけ、金がなくては始まらない」とでもいうような嫌な時代だ。「生産年齢人口」の、特に若年層(二十代前後)が近県犯罪に妄想しているのだから、この先の展望は暗いと思う。(1132)

◎2026年06月16日(火)昼前に買い物で茂原まで。快晴の一日だった。▼午後、日銀が政策金利を1%に引き上げ。物価高が収まらず、円安も160円に張り付いたままの段階、果たして、この金利値上げはどう出るだろうか。同時に日経平均株価は一時、7万円台を超えた。経済を牽引する材料がほとんど見られないのに、この株高は何を意味しているのだろうか。単に米国の「AIバブル」への投機的勢いのなせるものであろうか。▼午後7時40分過ぎに地震発生。かなり大きな揺れを感じたが、報道では最大で震度5弱だった。震源地は茨城南部とか。各地で、それこそ満遍なく地震が生じている。大過なければいいのだが。(1131)

◎2026年06月15日(月)小雨が降ったり止んだりの一日。いかにも梅雨入り後の天気模様で、当地はそうではなったが、房総半島南部には豪雨注意報が出る始末。▼米イランの和平交渉開始に「合意」に到達するという。今後二か月をかけて本格交渉に入る前提ができたともいえるが、決して予断は許さない状況は続いていると思われる。加えて、イスラエルの好戦姿勢が和平交渉に水を差す状況も排除されていない。仮に「和平交渉」が始まるとして、2015年の和平交渉(オバマ合意)ここが違うといえるものになるのか。ここにきて、改めて、米国がイランを攻撃する根拠はどこにも見出されないというべきだろう。(1130)





IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

「日の丸」に敬意を示さぬ輩は非国民だ

【金口木舌】「寄せ書き」の国民性 サッカーのFIFAワールドカップで国中が盛り上がる。こんな時、ネットで頻繁に登場するのが寄せ書きをした日の丸の写真だ。勝利への願いを国家の象徴に託す。寄せ書きが好きな国民性なのかもしれな▼民衆の願望を表現する手段にもなった。例えば沖縄の復帰運動。寄せ書きをした日の丸を集会やデモ行進で掲げた。復帰への願い、米統治への抵抗のシンボルだった▼戦争にも使った。沖縄戦で戦利品として日の丸を持ち帰った米兵の関係者が持ち主を探しているという記事が本紙に時々載った。多くは出征兵士の名と共に「武運長久」などの勇ましい文字が並んでいた▼ふと思う。日の丸に「生きて帰ってこい」「戦争は嫌だ」と書きたかった人もいたはずだ、と。時代の空気はそれを許すまい。日の丸の寄せ書きは民衆を統合し、戦争を支えた▼自民など4党が国旗損壊罪法案を国会に提出した。「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる」方法で日の丸を傷つける行為を断罪する。寄せ書きは罪に問わないそうだ。「日の丸を守る」という名目で民衆の心を縛るその先に何があるか。刑罰以上に怖い。(琉球新報・2026/06/21) 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

⁂「週のはじめに愚考する」(124)~ すべからく「国旗考」再論、三論です。国旗損壊罪」という法律を制定して、いったい何をどうしようというのでしょうか。今から二十年ほど前までは、何が国旗・国歌であるかさえ定められていなかった。もちろん「日の丸」(「日章旗」)が国旗であり、「君が代」が国歌だという、暗黙の理解あるいは了解はあったし、それで不自由・不便はなかった。ところが、高校の卒業式における「国旗掲揚」をめぐって、一人の県立高校校長が死亡するという事件が発生し、それを「奇貨」として、政府は「国旗国歌法」を制定した(1999年8月)。その際、国旗や国歌を、時に強制・強要することは断じてないというのが政府の公式見解でした。

 その後のある時期から全国の公立諸学校では入学式や卒業式では「国旗掲揚」「国歌斉唱」が強制され、それに従わない教師や生徒たちは処分されてきました。今次の「制定」にも同じような経過が見られます。「立法事実(*)」がないにも関わらず、(あったとしても他の法律でいくらでも対応可)制定を急ぐ理由はどこにあるのでしょうか。

 (*)「ある法が存在する合理性の根拠となる社会的事実。各種の統計や世論調査、専門家の諮問など、さまざま」(デジタル大辞泉)

 ぼくは「悪法」制定に断じて反対します。もちろん、国旗や国歌の強制にもぼくは反対してきました。少なくとも「内面の自由」に触れる限り、それを規制することは法律になじまないと思うからです。仮に、国が決めた宗教は「旧統一教会系」であり、それを信仰しないものは断固処罰するといえますか。言える国にしたいというのですか。それとそっくり同じとは言えませんけれど、それくらいに愚かしい、立法行為であるとぼくは考える。少なくとも、(国旗を権力者の意にそわない利用方法であったとしても、その行為自体を処罰の対象にすることが)「信仰」「表現」等の自由に著しく抵触する(conflict)ものだと考えますので、かかる「悪法制定」に、ぼくは反対を表明します。

 (物事には順序というか、段取りがあるのであって、「国旗(日の丸)・国歌(君が代)」の強制と違反者の処罰の次には、当然「国旗・国歌」への無条件の従属(敬意)を求めるでしょう。あるいは「日の丸」に頭を下げない行為は、「国旗損壊罪」に類似する行為というのかもしれない。それにしてもはなはだしい勘違いを「法律」で正当化しようとしているんですね)

 (蛇足、もう何年前になりますか。まだ横綱貴乃花が健在だった頃でしたー横綱引退は2003年ー。ある出版社の経営者に誘われて、大相撲見物に出かけました。両国国技館、千秋楽。土俵から少し離れていましたが、マス席(四人)に陣取って楽しく歓談をしていました。すべての取り組みが終わり「優勝力士表彰式」が始まろうとしていました。その前に「ご起立願います」とアナウンスがあって、「国歌斉唱」が始まりました。ぼくたちは座ったままで盃を傾けていた。しばらくすると、近くからイヤーな視線を感じました。「千代に八千代にさざれ…」くらいまで来たところで、罵声(怒声かも)が飛んできました。「非国民」という、たしかに怒声・罵声だったと思う。(あるいは「国賊(こくぞく)」とも言われたかもしれません。いささか酩酊していたので、記憶が定かではない。「起立」「国歌斉唱」をしないからという理由だったでしょう。何んというバカ者どもと、ぼくは思いましたね。今なお、このような「表現」「物言い」が、民衆の中から出て来るんですからね。なにごとに限らず、ぼくは理不尽にも「強制」「無理強い」されることは嫌ですね)

 (左写真はBSN:https://newsdig.tbs.co.jp/articles/bsn/1885131?display=1

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII