余りにも美しい景色に思われましたので、写真を使わせてもらいました。「お見事!」と、図らずも声を上げてしましました。(くどいようですが、本当に素晴らしい写真だったとぼくには思われたので、新聞社に電話をかけて、写真を撮影された方に「いい写真を見られたことのお礼を伝えてください」と頼んだほど)一方では、乱獲や理屈をつけて害鳥退治などと称して、ついには絶滅、そして貴重な卵を育て、雛を孵(かえ)し、一人前のコウノトリ(学名はCiconia ciconia)に育てる。それを天然記念物に指定し、大事に保護して、大いに繁殖が進み、…。

またまた、増えすぎたといって乱獲、絶滅。こんな愚かしい、悪魔的な愚行のくり返しをしてきたのが人間だったかもしれません。人口減少も、それによく似た足跡をたどってきたと思う。絶滅にいたる道は戦争ですよ。産んで育てて、殺して絶滅寸前。考えるまでもなく、人間という種族は残酷でもありますね。その一員であることをぼくたち自身は忘れてならないでしょう。コウノトリの神秘的美しさは、本来、人間種族にも備わってるんでしょうがね。(キリスト教の一派に、人類の誕生から破滅までのくり返しの歴史、おそらく数百回を数えるのだという説を唱えるものがあるほどに、人間の愚かしさには極まりないのですね)
いすみにコウノトリ飛来 1年半ぶり、2羽確認は初めて いすみ市に5月、国の特別天然記念物コウノトリ2羽が飛来した。23日は田植え後の水田に一緒に入り、餌を探すなどの姿が見られた。離れた位置から住民らが静かに見守っていた。市によると、市内飛来は約1年半ぶり。一度に2羽が確認されたのは、市の把握する2014年以降で初めて。
市農林課などによると、1羽は個体識別の足環(あしわ)の情報から、25年4月に茨城県行方市の人工巣塔で生まれ、同6月に巣立った雄。もう1羽は足環が付いておらず、性別も不明。5月上旬から場所を変えて同じ個体とみられる2羽が目撃されている。
いすみ市は自然と共生する里づくりを掲げ、有機農業などの取り組みを推進している。担当者は「貴重な野生生物が飛来してくれるのは喜ばしいこと。2羽が雄雌のペアかは分からないけれど、このまま居着いてくれたら」と期待を示した。
同課によると、14~24年の飛来は全て1羽。前回は24年11~12月ごろに確認された。(橋本ひとみ)(千葉日報・2026/05/24)(ヘッダー写真も)

◎ こう‐の‐とりこふ‥【鸛】〘 名詞 ① コウノトリ科の鳥。全長一一〇センチメートル、翼開張二メートルに達する。体は純白で翼の大部分は光沢ある黒色。カエル、魚などを主食とし、マツその他の高木の樹頂に営巣。古来「松上の鶴」と表現されるようにツルとしばしば混同されるが、あしが赤く、頭頂部は赤くないことで区別できる。鸛鶴(こうづる)ともいう。アジア東部に分布し、日本ではかつては各地で繁殖していたが、明治以降に激減し、いまは冬季に大陸から渡来するのみ。特別天然記念物。ヨーロッパ産の亜種はシュバシコウといい、子を守る愛情の深い鳥とされ、また、人間の赤ん坊を運んでくるという伝説がある。鴻(こう)。〔書言字考節用集(1717)〕② コウノトリ科の鳥の総称。脚と頸が長く、比較的頭と嘴の大きな、大形の鳥。水辺や草原にすみ、小動物を主食とする。アフリカ、アジアの熱帯に最も多く、世界に一七種を産する。日本にはコウノトリのほか、稀にナベコウが渡来。(精選版)日本国語大辞典)

◎ 鴻巣(こうのす)の地名の由来と鴻神社 「こうのす」という地名は、古代に武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)である笠原直使主(かさはらのあたいおみ)が現在の鴻巣市笠原のあたりに居住したとされ、また、一時この近辺に国府関連の施設があり、荒川や元荒川などを利用した水運も盛んだったと推測されることから、「国府の洲 こくふのす」が「こうのす」となり、後に「こうのとり」の伝説から「鴻巣」の字をあてるようになったと思われます。
国府のことを「こう」と呼ぶのは、他の地名(国府台[こうのだい]、国府津[こうづ]など)からも類推され、国府のお宮を国府宮(こうのみや)と呼ぶのは、愛知県稲沢市にある尾張大国霊神社、別名国府宮(こうのみや)など、全国でも例があります。
このことからこうのとりのお宮「鴻の宮」は「国府の宮(こうのみや)」であったのではないでしょうか。※笠原直使主(かさはらのあたいおみ)6世紀に活躍した豪族で行田市の埼玉古墳群の中の稲荷山古墳にまつられています。そこから出土した大和朝廷から拝領したとされる金象眼銘の鉄剣は国宝に指定されています。鴻神社は氷川社・雷電社・熊野社をはじめ、多くの神々をまつる鴻巣総鎮守で社殿の脇にそびえる大いちょうの下、四季折々に様々な祭りが行われます。(鴻巣総鎮守 鴻神社)(https://www.koujinja.or.jp/legend/)

兵庫県豊岡といえば、今では「コウノトリの里」としてよく知られています。時々、ぼくはこのサイトに寄り道して、しばし見惚れていることがあります。佐渡の鴇(とき)と双璧をなす、鳥の町でもあります。今もおられるかどうか、数年前に、この施設にロシア人の女性が働いていました。彼女は熱心に鳥の世話をし、その心優しさに打たれたことがありました。ある日の夕食、子どもと一笑に夕飯を食べようとして、「お母さん、今日はどんな料理なの」と子どもが尋ねたところ、彼女はもじもじして堪えづらそうんしていましたが、買ってきたたものを見ると、なんと「焼き鳥」でした。「こんばんは、ヤキトリがおかずです」と言った、その時の彼女の表情が忘れられません。(豊岡市H.P.:https://www.city.toyooka.lg.jp/)
*表題句は矢島渚男さん作(1934~ )。長野県丸子町まれ。県内高校教師などを務めた。ぼくは、この俳人の全貌を全く知らないままで生きて言いました。大学時代には作家の大江健三郎さんと同期だったという。句中の「明け易き」は「明易(あけやす)」、「明け易し」で、夏の季語。「短夜(みじかよ)」に同じか。
・そばがらをこぼす枕の明け易き(山口青邨) ・みしか夜のにわかにあけるけしき哉(子規) ・短夜の寺ただ白き花ばかり(飯田龍太)などなど。
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