「政治と文化は切り離して考えてほしい」

 気分が浮かない日が続いています(ぼくだけだとは思われません)。世界(地球)は、決して「ウクライナ戦争」一色であるはずもないのですが、入ってくる情報のかなりな部分が「プーチンの戦争」の行く末や如何(いかん)と、いかにも今次の戦況の「予想屋」ばりで、まるで水を得た魚のように、テレビ局を泳ぎまわっている、そんな異様な事態が今もなお続いています。(これはもう数年も変わらない「コロナ禍」に関する、十年一日のような「解説」というか、それ以下の心もとない(信用できそうにない)、その道の「権威」と自他ともに任じている面々の「当たり障りのない」予想と同じです)こんな状況に業を煮やしているのは当方ではなく、まさに「戦禍」にさらされ、縁者の命を強奪された当地の人々なのでしょう。避難できる人はまだしも、そこに留まらざるを得ない方々のことを考えると、わがことのように、ぼくは身も心も疲労困憊の状態に陥っています。いずれ終わる時が来るといって、それまでの犠牲者は打ち捨てるのでしょうか。(NHK NEWS WEB:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220413/k10013578341000.html:2022年4月13日 17時16分)

 「ロシア研究」専門家や「軍事・防衛研究」者が、出現してきて後を絶ちませんが、ロシア研究というが、この無法国家(権力)の何を研究していたのかと、八つ当たりしたくなるところです。彼や彼女に文句を言う筋合いはないのですが、次はこうなる、プーチンの次なる作戦はかくなるであろう、核のボタンが押されるかもしれない、などというのではなく、いかにして「戦争を止めさせるのか」「戦争を止める手立ては、どこにあるのか」そういう議論(提案)をしてもらいたいね。まるで明日や明後日の「天気予報」よろしく、爆弾は雨霰(あられ)と降るでしょう、地域によってものすごい「ミサイル」が飛んでくるかもしれませんから、それぞれで十分に警戒してください」というような、ばからしい予想を聞きたくはないんですね。

 これはすでに、ぼくの「拙論・愚論」として述べたところです。ロシアの燃料輸出額は年間で七十兆円とか言います。その大半は欧米や日本などの諸国が購入してるのです。太平洋戦争の「わが帝国軍隊」のようで、アメリカから大量の石油を輸入している、その国に対して戦争を仕掛けるのですから、開いた口はふさがりません。今次は、事情は異なる、ウクライナを除いて、他の諸国はロシアと一線を交えているのではないのです。この先、数か月、ロシアからの化石燃料に依存することを中止すれば、即座に「ロシアは戦争を中止・放棄」するに決まっています。確かな根拠を持った見通しをロシアの元大統領経済問題担当顧問(アンドレイ・イラリオノフ氏:https://www.cnn.co.jp/world/35186429.html)が述べていました。経済制裁をすれば、ブーメランのごとく、火の粉を被るのは当たり前です。

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 ゼレンスキー氏、ロシア産エネルギーめぐりドイツとハンガリー批判 BBCインタビュー ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は14日、BBCの単独インタビューに応じ、ロシア産原油を買い続ける欧州諸国について「他人の流血」でビジネスをしていると非難した。/ BBCのクライヴ・マイリー記者は、欧州がロシアにエネルギー供給のため1日10億ドルを払い続けている一方で、2月末以降に欧州がウクライナに提供した軍事援助は総額が10億ドルだと指摘。これをどう思うかゼレンスキー氏に質問した。/ これに対して大統領は、「いったいどうやったら他人の流血で金もうけができるのか、理解できない」と答えた。/ 続けてゼレンスキー大統領はドイツとハンガリーを名指しし、ロシア産エネルギーに対する禁輸措置の実現を両国が阻止したと非難した。 /エネルギー輸出によるロシアの年収は、最大2500億ポンド(約41兆2000億円)に上るとされる。(BBCNEWS JAPAN・(2022年4月15日))

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 こんなえげつない人殺しを「戦争の名において行う国」に金儲けの源を求めていたのは誰だったでしょう。この島の「世界に冠たる企業群」でした。自動車をはじめとした基幹産業は、戦争終了後に、再びロシアに市場を求めるんですか。ウクライナの人々の「塗炭の苦しみ」を思えば、電気もガスも水道も、現在の水準の半分であっても暮らしに不自由はしない。二か月か三か月、あるいは長くて半年、無駄の上に無駄を重ねている、今日の生活を見直せば、なんということはないのです。一日も早く、「野蛮で凶気に襲われた人倫破壊」の暴挙を止めるためにも、その方法を選ぶべきではないですか。

 (いつも通りの「調子」になりかけています。場面(気分)を健全に保つための余裕を失いたくないのです)

 ぼくは早い段階から「フラッシュモブ」という「遊び」を好んでみていました。今でも各地で行われているでしょう。以下に、ぼくがこれまでに何十回、何百回とみてきたものの一部を紹介しておきます。「ペンは剣より強し」という「ペン」に当たるものだと、ぼくは愚考しています。これがウクライナでもロシアでも、行われていることを願っているし、まぎれもなく、この「フラッシュモブ」は「デモンストレーション」そのものです。この程度の「遊び」を取り締まりの対象にするような国に、ぼくたちは生息しているのです。

🔴Copenhagen Phil playing Peer Gynt.:https://www.youtube.com/watch?v=gww9_S4PNV0

🔴 Arlésienne de Bizet:https://www.youtube.com/watch?v=1F74gOxUNeAss

🔴Grease, Centraal Station Antwerpen:https://www.youtube.com/watch?v=s_hlvRNgGOQ

🔴Sound of Music :https://www.youtube.com/watch?v=7EYAUazLI9k

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 不倶戴天の「敵」だよ「報道機関」は

【小社会】ろうそくの炎 もうかれこれ20年前のことだ。取材旅行で地方紙の仲間と北欧デンマークの首都・コペンハーゲンに着いた。夕食まで時間があり、一人でホテルを出て、夜の市街地に散歩に出た。◇市庁舎前の広場に来ると、急に前が開け、そこに圧倒されるような、だが美しい光景が広がっていた。数え切れないほどの市民が、大きなろうそくを持って集まっている。揺れる炎の海は、夜遅くまで増え続けた。◇この前夜、米英軍が米中枢同時テロへの報復としてアフガニスタンを空爆した。集会はそのことに抗議するためだ。プラカードの「War is Terror(戦争はテロだ)」の文字が、目に焼き付いている。本当にそうだと思う。◇日本の陸上自衛隊が2年前に記者向け勉強会で配布した資料に、「新たな戦いの様相」として「反戦デモ」が例示されていることが、先日報じられた。「暴徒化したデモ」と修正したが、陸自の反戦デモを敵視する認識が透けて見えるようだ。われわれ報道もそうした「グレーゾーン」の中にいることにもぞっとする。◇ウクライナ情勢一つ取ってみても、戦争がテロであることは疑いようがない。各地で頻発するテロも、同じように罪なき市民の命を奪う。◇20年前大きな声も張り上げない静寂の中で見つめた炎の海は、人々の寛容の心を信じる祈りだった。理不尽な暴風に吹き消されることのないよう。こちらも信じ、祈っている。(高知新聞・2022.04.16 08:00)(ヘッダーは産経フォト:2016/02/09)

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 新たな戦いに「反戦デモ」を例示 陸自、不適切と指摘受け修正 陸上自衛隊が2020年2月に実施した記者向け勉強会で配布した資料に、「予想される新たな戦いの様相」として、テロやサイバー攻撃と共に「反戦デモ」を例示していたことが分かった。記者から不適切だとの指摘を受け回収し修正。資料は公文書管理法に基づく行政文書だが、保存期間を経過する前に誤って廃棄していたことも判明した。防衛省が30日の衆院外務委員会で、共産党の穀田恵二氏の質問に明らかにした。/ 資料は陸自の今後の取り組みを紹介するもので、陸上幕僚監部が作成。反戦デモやテロが、武力攻撃に至らない手段で自らの主張を相手に強要する「グレーゾーン」事態に当たるとしていた。(共同通信・2022/03/30)

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 もう数十年も前のことです。国会で「三矢(みつや)事件」というものが起こり、大問題になったことがありました。一旦緩急あらば、自衛隊はそれにいかに対処するか、仮想敵を想定し、様々な状況を仮定して、それぞれに自衛隊の配置から武力行使の実施までを計画したものでした。昭和三十八年でしたから、ぼくはまだ政治に何の興味も関心もない「蛹(さなぎ)のような時期」であったが、当時の社会党代議士・岡田春夫氏の国会での追及(質問)だけはよく覚えています。ちなみに「三矢(みつや)」とは昭和三十八年と、毛利元就の故事に言われる「三本の矢」に由来するとされます。自衛隊が「一致団」して、結集するということだったでしょうか。何が問題だったのか。とんでもない「戦争」状況を想定しているのは許されざる行為であるということだったでしょう。

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● 三矢研究(みつやけんきゅう)=正式には昭和38年度統合防衛図上研究といい、同年2月から6月末にわたって行われた自衛隊の大規模な図上演習。研究は、統合幕僚会議事務局長を統裁官として、当時新たに確定されたアメリカ新戦略のもとで、朝鮮半島に武力紛争が生起した場合を例題に「自衛隊としてとるべき措置」「とらるべき国家施策の骨子」を検討するために実施された。制服からは「集めうる最高のスタッフ」が参加、当時の防衛庁内局、在日米軍司令部からも少人数が参加した。場所は主として市ヶ谷が使われたが、秘密保持は厳重を極め、参加者全員が腕章をつけ、他の者の立ち入りは禁止された。研究終了後二つの作業が行われた。一つは、実際の作戦計画づくりで、米軍と別途作業に入り作成された。「フライング・ドラゴン」「ブルーラン」というニックネームでよばれた日米共同作戦計画(秘密区分「機密」)がそれである。もう一つは「今後における防衛及び警備の年度計画の整備並びに有事における諸施策の遂行に資することを目的」とした文書づくりで、研究中作成された資料は5分冊1419ページの文書(秘密区分「極秘」)にまとめられた。この一部が1965年(昭和40)に衆議院議員岡田春夫(1914―1991)らによって暴露され国民を驚かした。それはごく一部とはいえ、目下進行中の日米共同作戦をめぐる作戦・指揮・情報・後方支援や、総動員、有事立法などの諸問題を検討するうえで貴重な資料や手掛りを提供している。(ニッポニカ)

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 しかし、自衛隊(という名称の「軍隊」)であるからには、国防(専守防衛 ⇒ どこまでが「専守」で、どこからが「攻撃」かはあいまい極まるもので、防衛の土俵なるものがあって、その外に出てはいけないというわけにもいくまい)の任に当たるわけで、あらゆる事態を「想定」しておくのは当たり前のことではないか。あるいは「自衛隊では、今こんな事態を想定して、朝鮮半島有事に対処すべく、アメリカと共同でさまざまなシミュレーションを実施している」と言われて、そんなことを一切していないことのほうが、自「専守防衛」の役割放棄になるでしょう。自衛隊(に限らず)が「有事想定」をするのは当然であり、それを「秘密裏に、恐ろしい想定をしてるのは許せない。すべてを国民に明らかにしてすべきである」とでもいうのかしら。

 「反戦デモ」も「報道」も、国防の観点からは「テロ行為」と同等とみなしていたのが、明らかになったから、それは「怪しからん」というだけのこと。隠されていては、いったい何をしているか知れたものではないというべきでしょう。ぼくは「自衛隊」とはいえ、軍隊を持つのは賛成できないが、ロシアのようなとんでもない規則違反・国際法逸脱を「朝飯前」のように行う国があれば、それに備えるのは致し方ないというより、当たり前です。一軒の家が戸締りや防犯カメラを備えるようなものとは意味が違うかどうか、ぼくには断じがたいのです。現実に「無法国家」があるのですから、戸締りの備えは不可欠。それ以上は、この小さな国では手に余る。だから「日米安保」というのでしょうけれど、アメリカは自らの国益に資する限りで「日米共同行動」をとるでしょうが、利害がなければ、まず「安保条約」を守るとは思われません。いつのことか、「国際軍」というのか「国連軍」というのか、世界政府が樹立された暁には、必ず必要になる軍事力というものは想定されます。(この「世界政府」の問題や構想などに関しては、別の機会に丁寧に考えてみたい)(上の写真は「ロシア・モスクワ中心部で、拘束されるウクライナ侵攻に抗議するデモの参加者(2022年3月13日撮影)。(c)AFP)

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 本日の「小社会」のコラム氏の反応は、おそらく今日、この島の新聞報道関係者の大方の反応であるとみていい。「われわれ報道もそうした『グレーゾーン』の中にいることにもぞっとする」と言っておられますが、大変な心得違いだといわねばなりません。自衛隊(権力側)にお気に入りの新聞や報道機関というのは、ぼくたちにとっては不要です。なぜなら、自衛隊(防衛省)は自らの広報宣伝機関を持っているからです。おしなべて、今日のマスコミ報道機関が「歯のないうさぎ」みたいになって、ひたすら権力の「ペット」よろしく、つまらぬ「ピン芸」をして餌をもらっている図は、いかにも報道機関の頽廃(墓所)です。現在のテレビは、報道機関ではありませんから、お笑い芸人が入れ代わり立ち代わりしてもなんということはないのですが、そんなテレビに存在意義があるかとなれば、一言のもとに「なし」となるでしょう。「言わねばならぬことをいう義務」を追っているのが報道機関であり、それゆえに「権力に嫌われる」し、そのためにこそ報道機関は社会的認知を受けているのだということを理解していない記者が、おそらくほとんどではないでしょうか。それは国家にとっても人民にとっても「百害あって一利なし」ですね、遺憾ながら。

 数日前に亡くなられたと報じられていた原田宏二さんについて、思い出すことがあります。原田さんは、北海道警の№2の職責を任じられていた方でした。道警を退職後、北海道警の「裏金問題」を告白され、自身も加わっていたから、その内情告発は大変な反響を呼び、道警はいろいろと秘策を練ったそうです。(右の写真 ➡(2021・02・15 東洋経済オンライン)

 ある時期、彼と二人で夜遅く人気のあまりない地下鉄のホームを歩いていると、「気を付けてくださいよ、電車が来る寸前に線路に突き落とされるかもしれないから」と言われた。だから「自分はいつも、身辺を注意深く見守るのです」と、権力の側にいた人間だからこそ、権力側は「許しておけなかった存在」ということです。いっしょに歩いていると、「君も巻き添えを食うよ」という注意でした。原田さんとばかりではなく、ぼくは在職中に、いろいろな機会に「人権問題」に関する授業や講演会を開いてきました。その際には、何度も「普段見かけない顔」が会場にいたことを知らされ、「その筋だ」ということを教えられたのでした。ぼくは何の力もない素浪人でしたから、無事ここまで生きてきました。しかし、戦後に限っても、「権力の側に不都合・不利益」な報道に身命をかけた新聞人やジャーナリストは数えられないほどいたことでしょう。その中の何人もが、解雇されたり、裁判にかけられたり、人生の大事な時期を拘束されるような時間を送ったのでした。(機会があれば、そんな人(記者)たちについて書いてみたいですね)

 いずれの国家権力においても「治安維持」というのは金科玉条であり、錦の御旗です。穏やかであろうが過激であろうが、デモンストレーション(示威行為)に寛容な国家権力はまずありません。それはデンマークであろうと、スイスであろうと変わりはないといえます。ぼくはこれまでに何度も「デモ」に参加したし、ひとり「デモ」もしたので、その辺の事情はわかるのです。軽トラに「おみこし」を載せて行列するのとわけが違うのです。第一、権力の側は、人民を信用していないというか、疑ってかかるのです、それは商売だから、仕方がないのでしょう。その権力の「お気に入り」であるとは、どういうことでしょう。報道に従事している記者が「権力」に気に入られないというのは、間違いを見逃さない権力監視の役割を担っていると権力側が認めていればこそです。「われわれ報道もそうした『グレーゾーン』の中にいることにもぞっとする」と、寝言は寝てからにしてほしいと、ぼくは言いたいね。検察のトッポと「賭けマージャン」をしたり、政権中枢と「会食」して、それを「金星」のごとく、見せびらかしている報道機関のトップどもが横並びで、恥ずかしげもなく、ふんぞり返っています。(午後にでも、この記者さんに電話して聞いてみたい。「夢の中でコラムを書いたのですか」って)

 権力にとって、言わねばならぬことを言い続ける報道は、看過できない「不倶戴天の敵」であって、仲間じゃないぞ。だから「新聞(報道)のない政府を権力は願う」のさ。劣島の近況は、それにかなり近づいている。ぼくはどちらかというなら、政府のない新聞(報道)を取りたいですな。この島は、気が付けば、報道(新聞)のない政府(権力)に大きく入り込んでいます。その際の「報道」は御用新聞であり、政府広報という看板をつけています。看板を複数枚あるのであって、表向きを外せば「本看板」が現れてきます。報道は「第四の権力」であるというのは「三権(司法・立法・行政)」を批判する力(「言論の自由」を行使する勇気)を有しているからです。「ペンは剣より強し」だ。

 (二月二十四日以来、ほとんどの駄文は「穏やかではない、反戦一色」になっています。「プーチンの戦争」が終息(収束)するまで、この問題に触れ続けるといいましたが、それは勢いでも、場当たりの言でもなく、「人命を蹴散らす」ことが許せないと思えばこそでした。ロシアは悪で、ウクライナは善というのではありません。「侵略」そのものが認められないし、侵略の理由が嘘八百(ロシア系住民が虐殺されているから、それを防ぐための攻撃だと「P」は言った)だったということも、世界中の人民(もちろんロシアの民衆も入ります)を愚弄したことになっている、そのことをぼくは放置できなかったからです。「お前さんがなにを言っても無意味」、そんなことにはいっさい構わずに、「言わなければならないこと(と、ぼくが判断した事柄)」を小声で叫ぶ、「ミミズの戯言(たわごと)」であったって、まったく構わない。「だから「戯言」は、まだ続きそう)

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約束は破るために結ぶという、国家がある

<あのころ>日ソ中立条約調

 モスクワで松岡外相(上写真】 1941(昭和16)年4月13日、モスクワで日ソ中立条約に調印する松岡洋右外相。右端にはスターリン書記長。南進を図り背後の脅威を除きたい日本と、ドイツに備えるソ連の利害が一致し、お互い相手の戦争に中立を守ると規定した。しかし、第2次世界大戦末期の45年8月8日、ソ連は対日宣戦を布告し条約を破棄。(共同通信・2022/4/13)

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 「人間は約束しうる動物である」といったのはニーチェだったと思います。若いころには、こんな言い草でも、おそらく哲学的な深みのある表現として、おそらく後生大事に記憶していたのだろうと思います。ニーチェに限らず、大したこともない事柄を針小棒大に言い募ることが、あるいはわかりにくく表現することが「哲学」の代名詞だったように見えてくるのですから、どうかしていたんですね。確かに犬や猫は「約束」はしないでしょう。だから「約束する」のは人間の特質だといっても、空約束はお手の物だったりする人もいますから、そんな手合いなど、犬や猫にも劣るとも言えます。「針千本飲ま」しても平気なんですから。約束は「守るかどうか」が問われるのです。持った大事には「自分に(と)約束する」ことですね。

 個人同士でも「約束」を「する」と「果たす」に大きなギャップがあることは、いつでも認められます。どんな約束でも必ず守るというのは、たぶん、とても稀なことなのもかもしれません。「国と国」同士ではどうでしょう。これも、個人間における場合と似たり寄ったりで、信用できたりできなかったりするのです。物を買うとか売るという程度のことならともかく、「戦争」に関して二国間で「約束」をして、それを互いが守ると、国家代表がサインし、条約・協定は発効します。それは「破棄されるまで」は、順調に遵守されているんです。このような事例は歴史を覗いてみるときりがありません。今回のウクライナ侵略にかかわらせて、旧ソ連(現ロシア)の結んだ「条約」に限ってみると、一つは「日ソ中立条約」(1941年)があり、もう一つは「独ソ不可侵条約」(1939年)です。そのどちらも、ソ連は白昼堂々と「条約破り」を敢行しました。条約破棄は、ロシアの昔からの「しきたり」「伝統」、つまりは「お家芸」であるともいえます。困ったものですよ。

 日ソ中立条約の内容は、以下の「解説」にある通り。しかし同条約は一方的な破棄通告がなされ、ソ連は第二次世界戦争にぎりぎりで駆け込み参戦し、今に至る「領土問題」の基礎を築くことになりました。第二次世界大戦中のことでしたから、この「条約」は、両国とも「自国の利益」という一点でのみ結ばれたものでしたが、利害得失のバランスが崩れれば、条約は弊履のごとく捨てられるのです。初めから支払いの気持ちなど持たないのに、「約束手形」を結び、それが明らかに「空手形」であったと、「臍を噛む」のは、より大きな利益を、身の程もわきまえずに狙う輩であるといってもいいでしょう。日本の場合、後悔は先に立たずで、ソ連と手を結ぶこと自体が奇怪であったのです。

 日ソ条約の扱われ方もどうしようもないものでしたが、それに輪をかけていたのは(時間的には、こちらのほうが先でしたが)独ソ不可侵条約です。前後関係から言えば、独ソ戦は避けられないとみていたスターリンは、形式的には「独ソ不可侵条約」を結んだうえで、ドイツとの不可避の戦争に専念できるように日本をコケにしたという体でした。この「不可侵条約」でヒットラーとスターリンは、他国の「分割」「割譲」(手前勝手な「山分け」)を図っていたのですから、実に「火事場泥棒」というほかありません。その際には、ポーランドやフィンランド、バルト三国などをソ連領土と目論んでいたのです。

 今回、フィンランドとスェーデンがNATOに加盟する方向で動いていることも、このような「略奪」「侵略」の前科者が闊歩しているのを見れば当然であるというべきでしょう。核攻撃を武器にして、加盟阻止へ圧力をかけているのが「P」です。お里が知れるとはこのこと。ぼくは落語の「らくだ」という話を、これまでどれくらい聞いたか。おそらく百回では足りないでしょう。いろいろな噺家で聞きましたが、やはり志ん生でしょうね。そして、元気な時代の松鶴さん。図体がでかく、のそのそしているが、やることが乱暴だという、人呼んで「らくだ」、通称うまさん。話の内容については触れません。とにかく手に負えないならず者が町内に越してきて、家賃は払わない八百屋・魚屋などの品物も好きなだけ持っていくのに、料金は一銭だって払わない。こんな「悪」がいるものだと感心するほどの「無法者」がいるものです。きっと江戸の長屋にも、この手の「やくざ」はいくらもいたし、その始末に困っていた庶民は、落語の中とは言え「らくだを殺し」(死因は「フグに中(あた)ったとされる)、積年のうっ憤を晴らしたのではないでしょうか。果たして今日のラクダは「ロシア」でしょうか。

 「らくだがくたばった」と、赤飯でも炊いて祝おうじゃないかという大家をはじめとする長屋の住人。そこに、ラクダの兄貴分、人呼んで「くまさん」がやってきて、ラクダ以上にでたらめの限りを尽くし始める。この悪友に取っ捕まるのが「くずやさん(きゅさん)」。商売に出かけた途端に、らくだの家の前に来ると呼び止められ、くまさんから無理難題を背負わされ、仕事に行けずしまいになるのです。町内から「香典(不祝儀)」を集めろ、お通夜のための「料理」を大家からもらって来い、死体を焼き場に運ぶのに樽がいるから、八百屋の「菜づけの樽」を借りてこいなどと言いつけるなど、さっぱりでしたが、その用事を済ませて、さて商売に戻ろうとすると、大家からお通夜の品が届き、その中でお酒があったので、くまさんは、屑屋さんに、「まあ、一杯」と盃を突き付けるが、仕事があるのでと、申し出を断る。「清めの酒だから」と、勧める。ところがきゅうさんは、仕事があるのでと断る。ついに、うまさんは怒り出す。…結局、このくず屋さんの働きで、らくだの通夜も済ませて一段落。(もとは上方のネタでした。最も得意としていた近代の噺家は、六代目、笑福亭松鶴さん(右上)。鶴瓶さんの師匠でした)(「松鶴「らくだ」:https://www.youtube.com/watch?v=u4nvboV1cPQ

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 悪い冗談ですが、「ラクダ」の登場人物をたどると、「らくだ」は手におえない乱暴で無法者の「ロシア」で即決ですが、悪友の「くまさん」は中国、いやベラルーシか。そして問題のくず屋のきゅうさんですが、適当な存在が見当たらないのが実際で、今日の暴力の拡大進行も、ここに原因がありそうです。一パイ酒が入ると、らくだの兄貴分も腰を抜かすほどの「啖呵」を切り、相手(ならず者)をへこませてしまう存在です。あるいは「インド」あたりが、とも言いたくなりますが、なかなかそうでもなさそう。思いもつかない人物や国が「きゅうさん」にならないとも限りません。八方手を尽くしてもいなければ、もう世界中の人や国が「(酒癖の悪い)くず屋のきゅうさん」になるほかないでしょうね。昔からよく言いましたね、「酒中に真あり」と。大好きなモットーでしたよ。

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● 日ソ中立条約(にっソちゅうりつじょうやく)Japan-USSR Neutrality Pact=日本とソ連が 1941年4月 13日松岡洋右外相とスターリン首相の間で調印,締結した条約。4ヵ条から成り,両国間で平和友好関係を維持し,相互の領土保全不可侵を尊重すること (1条) ,締約国の一方が第三国によって軍事行動の対象とされた場合には,他方はその紛争の全期間,中立を守ること (2条) ,有効期間は5年,期間満了の1年前に予告をもって廃棄通告しうること (3条) などを規定している。本条約は,日本にとっては北方からの軍事的脅威を弱め,南進に力を注ぐことができ,ソ連にとっては対独戦にのみ集中することができる効果をもった。その後ソ連は 45年2月のヤルタ会談の「秘密協定」で対日戦参加を決め,同年4月5日に廃棄を通告,日本は延長を希望したが拒否された。ソ連は中立条約の有効期間満了に先立つ8月8日に日本に対し宣戦布告した。(以下略)(ブリタニカ国際大百科事典)

● 独ソ不可侵条約(どくそふかしんじょうやく)Russo-German Nonaggression Pact 英語 Deutsch-sowjetischer Nichtangriffspakt ドイツ語=1939年8月23日モスクワで調印された独ソ間の条約で、秘密付属議定書が付せられる。条約は全文7か条。両国相互に攻撃せず、両国の一方第三国から攻撃された場合、他方はこの第三国を援助しない(第1条)、共通の利害に関する問題では協議する(第2条)などを約し、期間は10年(第6条)、調印と同時に発効する(第7条)という内容であった。両国は、秘密付属議定書において、東欧の領土的・政治的再編成の際、ポーランドを分割し、ナレウ、ビスワ、サンの各河川を境界として、フィンランド、エストニア、ラトビア、ベッサラビアソ連の、リトアニアをドイツの勢力範囲とすることを確認した。だがこの点は、ドイツの攻撃でポーランド国家が崩壊したのち、39年9月28日モスクワで調印された「独ソ境界・友好条約」の秘密補足議定書では若干修正され、リトアニアはソ連の勢力範囲とされるかわりに、ポーランドの分割線はほぼいわゆるカーゾン線に沿って確定された。(ニッポニカ)

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Defeat? I do not recognize the meaning of…

 【日報抄】本格的な山菜採りのシーズンが近づいてきた。魚沼地域で勤務していたころ、知り合いに連れられて山あいのやぶに足を踏み入れたことを思い出す。地元で「木の芽」と呼ばれるアケビの新芽を夢中になって摘んだ▼草木が生い茂るやぶは、かつては至る所にあった。「藪」とか「薮」の字が入った地名もある。慣用句では「やぶ医者」などに使われる。この場合のやぶは「草深い田舎」を意味するようで、田舎の医者だから腕が悪いとやゆしている。田舎にはずいぶん失礼な言いぐさだが▼「やぶから棒」とも言う。こちらは「見通しの悪い場所」を指し、そんな所から棒が突き出てくる様子から「突然」「だしぬけに」といった意味になる。では「やぶへび」は。やぶをつついてヘビを出す、すなわち余計なことをして、かえって災いを呼ぶとの意味だ▼ロシアにとっては、まさしく「やぶへび」といえるのではないか。北欧のフィンランドとスウェーデンの首脳が北大西洋条約機構(NATO)加盟の意欲を示した。ロシアのウクライナ侵攻が招いた事態だ▼ロシアが侵攻に踏み切った目的の一つは、NATO拡大を阻止することだった。しかし欧州の非加盟国の目には、NATOに加わらないとウクライナのようになりかねないと映ったようだ▼ロシアは強く反発しているが、北欧2国が加盟すればNATOの包囲網はさらに広がり、ロシアにとって脅威となる。力に任せて隣国を踏みにじった行為の代償は、相当に大きくなりそうだ。(新潟日報・2022/4/15 6:00)

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 「藪」という漢字にまつわる言葉のつながりは思いのほか、深いところがあります。「藪は深い」、それが相場です。本日のコラム氏の言うとおり、ロシアの外交(相互互恵関係)無視、国際(共存)協調を一顧だにしない乱暴狼藉・傍若無人ぶりは、まさに「藪蛇(藪をつついて蛇を出す)」で、この先、さらに藪をつつきとおすことしかできなくなったようです。さすれば、いよいよ「蛇は出放題」といことになるほかなさそうだ。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」といいます。この「蛇の道」の「蛇(じゃ)」とは何(だれ)であり、「蛇(へび)」とは何(だれ)のことをいうのか。同じようなたとえで、「餅は餅屋」というのがあります。餅は餅屋さんにおまかせあれというのらしい。それはまあ、筋が通っているから、問題もなさそうですけれど、もう一方は、「蛇(じゃ)の道」は武力攻撃、あるいは問答無用の殺戮をいうなら、「蛇(へび)」は何でしょうか、あるいはだれでしょうか。「ホロコースト」や「ジェノサイド」から「蛇の道」への一直線は、カティンの森やシベリヤ抑留という、昔日の有象無象の「蛇(へび)」の経験に学んだ節がある。あるいは「収容所群島」などという立派な「蛇の道」もあったのです。直近の「蛇の道」の蛇(じゃ)はプーチンであり、「蛇(へび)」は、さしずめ「レーニン」や「スターリン」というのでしょうか。「毒を食らわば皿まで」と、破れかぶれを装っていますが、果たして、この先「蛇の道」はどこに行きつくのでか。(「国際刑事裁判所」の検査官の一人は、「これはナチよりひどい」と、ウクライナの「虐殺現場」で語っていた)

 北欧諸国にまで「蛇の道」は延伸されそうな勢いです。ウクライナやクリミヤに手を出さなければ、おそらく、この先も、危機をはらみつつも、外交や政治的手法で、でたらめな暴力行使は、とりあえずは抑制されたでしょう。しかし、そうはいかなかった。クリミヤが、想定外の上首尾で「わが物」にできたのだから、「ウクライナ」もと、柳の下を狙ったが、そうは問屋が卸してくれなかったのです。反対に「藪蛇(やぶへび)」で、かえって、自らの心中が「武力侵略」「人民殺害」でしかないことを世界に明らかにしてしまった。驚くべき、「非人道」の舞台回し、それも、彼(P)の十八番である「自作自演」で。大義も名分も、こんな輩にかかれば、手もない代物で、なんとでもでっちあげるし、それを世界は(喜んで、ではなかったが)承認してきた、「夢よ、もう一度、もう二度、いやもう三度」と、悪乗りしていたんですね。これを放し飼いにしておいたことが、今となれば、西側の多くが「後悔、臍(ほぞ)を噛む」原因となっているのです。「臍(へそ・ほぞ)を噛もうたって、土台、無理でしょう」、Pには、天下を睥睨する「不遜な高笑い」があったし、そんな不真面目な考察(野心・際限なしの領土拡張欲)も働いていたのです。

 話は変わって、千葉県市川市に「八幡神社」があります。古くて大きなお宮で、葛飾八幡宮という、平安時代の創建といわれる古い神社です。ぼくも何度か、参道を歩いたことがある。その神社の近くに「八幡の藪しらず」と言い伝えられた、なかなかの名所があります。「不知八幡森」「八幡の藪知らず」と称される「不知森神社」(←)です。いわれの内容や歴史は、いまでは詳しくはわかりませんが、言い伝えでは「一度入ったら出てこれない」ほどに深い藪ということのようです(現在は、どうしてか、およそ80坪ばかり。これで出てこれないというのは、徘徊癖の果てのような話でもあります。)これこそ、本当の「迷宮入り」というのでしょう。水戸黄門が出られなくなったと噂されているようでもあります。

 「P」さんは「八幡の藪知らず」に紛れ込んだのでしょう。外に出るにはどうするか。わき目も振らずにまっすぐ行く、ただ直進あるのみといったのはデカルトでした。どうもそんな塩梅ではありますが、あまり面白くもない話題ですね。行きつく先はどこだ、と気づいてみれば、フィンランドとスェーデンだった。少し脅しをかければ、震え上がるだろうという、薄ぎたいなやくざぶりが、身について離れないのだ。国境に「核配備」だという、その薄汚い脅しに腰を抜かしているのは、どこの誰でしょう。

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● 収容所群島(しゅうようじょぐんとう)Архипелаг Гулаг/Arhipelag Gulag=ロシアの作家ソルジェニツィンの記録的文学作品。「1917―56・文学的考察」の副題をもつ。1973~75年にパリで全3巻が刊行され、作者の国外追放の直接の契機となった。スターリン時代のソ連が数百万もの人間を収容所に隔離し、劣悪な条件下で強制労働に従事させ、その多くを死亡させたことは、現在では広く知られている。本書は、作者自身の体験、生き残りの証言、精力的な調査結果を駆使して、想像を越えるその地獄図絵をもっとも具体的、包括的に、しかも強烈な芸術的迫力をもって再現した歴史的文書である。ソ連の社会主義はすでにレーニン時代から収容所体制に支えられていたという立場から、著者は共産主義イデオロギーを完膚なきまで糾弾し、それがいかに人間をゆがめるかを論ずる。単なる反ソの書ではなく、現代における権力、思想、人間の恐るべき関係に文明史論的な思索を促す書といえる。(ニッポニカ)

OOOOOOOO

 まるで「ロシアンルーレット」に強制的に参加させられているような、あるいはロシア以外の諸国が「人質」に取られているような雲行きです。まず、北欧諸国はNATOに入らないどころか、接近することさえしなかったのは、ロシアの機嫌を損ねるのが怖かったからだといわれています。そうですか? 加盟しないのはロシアへの忖度だったという。しかし、加盟していないと、ウクライナのようになるという恐怖心が芽生えてきたのは、ロシアの「権力者」が信用ならないと覚悟したからです。「いいか、NATOに入ろうなんて考えたら、お前ら終わりだぞ」と脅されて、彼奴らの言うがままになっている国が独立国であるはずがない。自立も自足もおぼつかないくせに、大国の枝に寄りかかっていて「核をシェアしよう」などというのは愚の骨頂。

 しかし、政治は空想ではなく現実に対応・対処する方法ですから、現下の「乱暴狼藉」「ジェノサイド」を目の当たりにすれば、どんな平和主義者・国であっても、自らの安全は自己防衛能力だけでは足りないと、先を読むのは当然でしょう。NATO加盟が吉と出るか凶と出るか、それが「ロシアンルーレット」に込められた弾丸一発の発射確率です。誰のところで発射するのか。でも、ロシアの権力者のことですから、弾丸は空砲である確率は極めて高い。「Pはきっと核を使う」という声が内外野に多いのはどうしたことか。あるいは「期待している」というのかしら。使ったら、おしまいではなく、使おうとするだけでもアウトです。しかしロシアに対してそうは言えても、「唯一の被爆国」のこの八十年の対応とみていると、「損して得取れ」「死して生きろ」という見本でもあるのでしょう。まるで勲章のように、あるいは「錦の御旗」のように、「唯一の被爆国」を見せびらかしてきました。被爆された方のだれ一人だって、そんな歴史を無視する姿勢や態度をとらなかったのに、最も厳しい姿勢を堅持すべき、国の権力者もどきが「被爆勲章」「錦の御旗」を振り回しているのです。これもまた、実に奇天烈・稀有な政治行動であります。

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Sanna Marin with Magdalena Andersson

フィンランドのサンナ・マリン首相は13日、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請するか、「数週間以内に」決めると表明した。/ マリン首相はこの日、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相とストックホルムで会談。終了後に共同記者会見に臨み、NATO加盟申請についての決断を遅らせる理由はないと述べた。/ この発言と時を同じくして、フィンランド国会には、NATO加盟によって「フィンランドとロシア国境の緊張が高まる」恐れがあるとする報告書が出された。/ ロシアはこのところ、フィンランドとスウェーデンに対して、NATOに加わらないよう警告している。(右写真はフィンランドのマリン首相(右)、アンデション首相(中)(BBC・2022年4月14日)

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 一国の代表が女性であるか男性であるかによって、何か政治決定に大きな差異があるとは思われません。男女を問わず、代表に選ばれるにはそれなりの、性差にかかわらず、国民(有権者)と交わした、果たすべき約束があったからでしょう。ロシアが北欧二国を舐めている節は大いに感じられます。しかし同時に、さらに舐めているのは、ロシア以外の世界格国をであり、その国民をというべきかもしれません。舐め切っていなければ、武力でもって「問答無用」の攻撃を開始する道理もないのですから。たしかに、Pの腰ひもだか腰巾着などまでもが、首領に追従して、生意気な口をきいています。NATOに入ったら、入ろうとしたら「ただじゃ置かないぜ」とほざいているのです。人間の屑ということがしばしばいわれてきましたが、ただ今の状況下において、他国の領土を、自分の裏庭か車庫ぐらいにしかみなしていない、そこに住んでいる人間の権利を微塵も認めない、かかる悪漢どもは「人間ではない、屑以下」と言ったら、異論が出るでしょうか。ここにきて、二国の首脳は「NATO」に加盟しない選択肢を捨てたということです。入っても地獄、入らなくても地獄、たとえはよくありませんが、同じ地獄なら「仲間」と肩を組んで、ということでしょう。残されているのは、いつ入るか、だけです。もう「ロシアンルーレット」は始まっているのです。ぼくたちは見物人ではなく、参加者そのものです。

HHHHHHHHHH

 北欧二国の宰相を見ていると、ぼくは「鉄の女」を回想する。「英国病」を荒療治し、米ソに伍して、栄光の「グレートブリテン(キングダム)」の再生を図った首相でした。ぼくは好みませんでしたが、国内では長期にわたり「確実な支持基盤」を築いていた人でした。ようするに、個人と同様に、ランキングですべてが競われる時代に見合った政治家こそが、信頼や支持を得るのでしょう。だから、ぼくは政治には近づきたくないのです。ただ、政治の影響で「身に降りそそぐ火の粉」は、自らが払いのけなければという、ささやかな覚悟は持っていたい。この先、Pの「蛇の道」は武力あるのみ、その最たるものが核爆弾であるなら、それも使うことを躊躇しない、そんな賭けをしている気になっているのでしょう。ぼくたちは、彼や彼らとは、決して運命共同体を構成しているとは考えないが、その隣人であったとしても、とんでもない「火の粉」は降りかかってくるでしょう。生死をかけて、払いのけたいね。

(以下は、サッチャーの言葉から)「I am extraordinarily patient, provided I get my own way in the end.」「If you just set out to be liked, you would be prepared to compromise on anything at any time and you would achieve nothing.」「Defeat? I do not recognize the meaning of the word.」「A man may climb Everest for himself, but at the summit he plants his country’s flag.」「A world without nuclear weapons would be less stable and more dangerous for all of us.」(「名言+Quotes」:https://meigen-ijin.com/margaretthatcher/#meigen)

● サッチャー(Margaret Thatcher)=[1925~2013]英国の政治家。1975年、保守党党首。1979年、英国史上初の女性首相となり、1990年まで在任。経済再編のためマネタリズムに基づく諸政策を実施。外交ではフォークランド紛争においてアルゼンチンを退け、ソ連(現ロシア)に対しては強硬路線を貫いた。その強い指導力と保守・強硬の政治姿勢から「鉄の女」と称された。1992年、男爵。(デジタル大辞泉)

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花は咲けども山吹の 実のひとつだに…

 山吹色の涙 このところの陽気で、山々では春が駆け足で進んでいる。桜が散り始めたかと思えば、山吹がやや赤みのある黄色の花を付け始めた。万葉の時代から、和歌にも詠まれてきた▲「春はとかく桜に気を取られがちだが、その後には山吹の花を追い掛ける」。染織家吉岡幸雄さんの本にそんな一節がある。いにしえより四季の彩りを身の回りに引き寄せようと、その色に衣を染め、まとったという。山吹色として今も親しまれる▲別名は「黄金色」。ロシアの侵略がなければ、ウクライナの小麦畑は夏、黄金色の穂が波打つはずだった。青色と黄色の国旗が示すのは、澄んだ青空と「世界の穀物庫」と呼ばれた肥沃(ひよく)な大地。原風景をまとわせた国旗に誇りを感じる▲先ごろ、「NO WAR」の横断幕を掲げた約750人が原爆ドームを囲んだ。残虐の限りを尽くすロシアに停戦や反核を迫り、ウクライナの平和を祈るために。山吹色やレモン色の服で参加し連帯を示す姿もあった。「できることは限られるけれど何もできないわけじゃない」。その訴えは涙声になっていた▲豊かな実りをもたらす大地を、砲弾が飛び交う。踏みにじられ、灰色に染まっていくのがやるせない。(中国新聞・2022/04/14)

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 殺風景な拙庭にも「山吹」が咲いています。それより前は菜の花や連翹(れんぎょう)でした。春に咲く花は色とりどりではありますが、中でも「黄色」が特に目立ちます。春に黄色とは、なぜなのか、原因を調べると、生物学の大きな課題であったりします。このことに関して、不勉強のために、読んだり聞いたりしたことがありません。それにしても「山吹」は質素(清楚)でかつ瑞々しく、そして凛としているのですから、独特の雰囲気を漂わせているところがあります。(ヘッダー写真は:https://bunshun.jp/articles/-/52349)

 数年前、ちょうど今頃でした。近所に散歩に出かけていた時、ある一軒の大きな家の広い庭に「山吹」が咲いていました。家の奥さんでしょうか、庭の手入れをしておられた。「よく咲いていますね」と声をかけた。その際に、ぼくは「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」と、誰に言うことなしに詠みだしたところ、その奥さんが、「道灌ですね」と応じられた。ぼくは驚愕しましたね。こんな田舎にというのは間違いですが、風流なご婦人がおられたことに、ぼくは、ただただ、うれしくなりました。なんと「七重八重…」をご存じだったとは、といまだにその家の前を通るときに、「道灌」を思い出すのです。

 「山吹」と聞くと、ぼくはいろいろな場面を思い出します。中でも、武将太田資長としての存在が、歌詠みに精進する新生面を併せ持つ人として、最も印象深く記憶しています。落語「道灌」は話の格としては「初歩」級、「小話」なんでしょうが、落語らしい「笑い話」としてはなかなか面白い。そんな「小話」でも、誰の話で聞くか、それは決定的ですね。もっぱら、ぼくは志ん生師匠で聞いてきました。(*古今亭志ん生「道灌」:https://www.youtube.com/watch?v=L4_nzf8ecX0)                

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◎ おおた‐どうかん【太田道灌】室町中期の武将。歌人。扇ガ谷(おうぎがやつ)上杉定正の執事。資清(すけきよ)の子。名は持資(もちすけ)、のち資長。江戸城などを築いて関東一帯に勢力を広めたが、山内・扇ガ谷両上杉氏の対立のため上杉顕定の中傷により主君定正に暗殺された。歌集に「花月百首」がある。法名春苑道灌。永享四~文明一八年(一四三二‐八六)(精選版日本国語大辞典)

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 「ある日、道灌が部下と狩りに出かけたところ、突然の雨に見舞われ農家で蓑(みの)の借用を申し出た。/ 応対に出た若い娘はうつむいたまま、山吹の一枝を差し出すのみ。/ 事情が分からない道灌は /「自分は山吹を所望したのではない。蓑を借りたいのだ」/ と声を荒げるが、娘は押し黙るのみ。/ しびれを切らした道灌はずぶ濡れになって城に帰り、古老にその話をした。/ すると、古老は /「それは平安時代の古歌に“七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき”という歌があり『蓑』と『実の』を懸けています。/ 貧しい家で蓑一つも無いことを山吹に例えたのです。/ 殿はそんなことも分からなかったのですか」と言われた。(右は西日暮里駅前の「山吹娘」像。心ない、不細工な仕業ですね)

 道灌は自らの不明を恥じ、その後歌道に精進したという話である。/ これは戦前の教科書に載っており、年配者には知られた話である。/ 実話かどうか不明だが、江戸中期の儒学者・湯浅常山が書いた「常山紀談」に載っており、庶民は好んでこの話を講談や落語で取り上げた。/ 現在、山吹の里を自称する町は関東に十数ヶ所あり、新宿区にも「山吹町」と言う地名がある。/ 因みに植物学的に言えば八重山吹は実をつけずに株分けでしか増えないが、普通の山吹は実をつける」(太田道灌「山吹の娘」:https://www.doukan.jp/about/episode2)

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 新宿の山吹町は、通いなれた町でした。道灌が「狩り」をしたのはどのあたりだろうと、それこそ繁く通いました。少し先には「神楽坂」があります。また、荒川区西日暮里駅の近くに「道灌山」があります。 その地点を「不忍通り」が通じています。この山がどうして「道灌山」と呼ばれたのか、諸説あり、それぞれになんとでもいえるねえ、という気がしますます。それなりの「根拠」があっての命名ですが、なかなか一筋縄ではいきません。この地にも何度か足を運んだことがありますし、この山で記憶の底から浮かび上がってくるのは「子規と虚子」の離別の場面です。命に係わる大病をした子規は、俳句という大事を託すために「虚子」に因果を含めて話を尽くすが、どういうわけか虚子は拒否したのです。この時期、虚子は「小説」で身を立てるつもりであった。虚子の「小説」も読みましたが、低俗な「風俗小説」という印象しか残っていません。もちろん、明治のこの時期の「小説」全体がそうだったとも言えます。だから、虚子は小説の先駆者たらんとしたのかもしれません。結果は、俳句のほうが数段も上だったといえばどうでしょうか。「声涙ともに下る」子規のたっての懇願も拒まれたのでした、その結果は、子規の死期を早めたのかもしれなかった。子弟が「離別」を果たした山上の茶店も、現在は、もちろんありません。子規たちが健在だったころの景観が夢のうちに偲ばれます。

 江戸期には海のそばでもあり、ここからは富士山も眺められたといいます。子規は、日清戦争の従軍記者として大陸に渡るも、喀血して神戸に帰国します。そして松山に帰り、漱石と同宿し、療養に励んだ。やがて回復し、漱石から借金して上京、その途次に奈良に赴き、東大寺前の茶店で柿をたらふく食ったとされる、その時に詠まれたのが「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」でした。当地で詠んだかどうか、諸説があります。それは、ぼくにはどうでもいいこと。(だれが作ったか、傑作だったのは「柿食へば金が無くなり法隆寺」というのがあった。どなたか知りませんが、なんとも粋ですね。(この部分は、すでに触れています)とにかく、子規は柿が大好物だった。(この辺りは、書きたいことが目白押しです。でも本日はやめておきます)

漱石が来て虚子が来て大三十日(子規)  ・柿くふや道灌山の婆が茶屋(子規)

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 数日前に志村ふくみさんの仕事に触れました。本日は染色家吉岡幸雄さんです。三年前に亡くなられました。京都の染色家の大御所だった人でした。ぼくの親父は「刺繍」を生業にしていたので、染色にも織にも経験を重ねていました。ぼくがまだ小学校のころから、染屋さんや糸屋さんに使いに行かされた。京都の街中まででしたから、かなりの距離があった。その当時から、ぼくが品物(糸、染料など)を購入しに行った、それらの商店は当時も、古くからの暖簾を守っていたはず、しかしぼくはそれらにまったく興味を抱かなかった。その中には吉岡さんのお店もあったかもしれない。まったく記憶に残っていないのです。今頃になって、その仕事ぶりが、とてつもなく歴史を感じさせてくれるのを知り、ひたすら愕然としています。吉岡さんの後継(六代目)は三女の更紗さんだそうです。

KKKKKKKK

◎ 吉岡幸雄 よしおか-さちお 1946-2019 =昭和後期-平成時代の染色家。昭和21年4月2日生まれ。昭和48年美術図書出版「紫紅社」を設立。63年生家の「染司よしおか」5代目当主となる。平成4年奈良薬師寺「玄奘(げんじょう)三蔵会大祭」での伎楽(がく)装束,翌年には奈良東大寺の伎楽装束を制作。日本の色を探求し,伝統的な植物染めによる古代色の復元技法探究。平成21年京都府文化賞功労賞。22年菊池寛賞。京都府出身。早大卒。著作に「京都町家 色と光と風のデザイン」「日本の色辞典」「日本の色を染める」「源氏物語の色辞典」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

UUUUUUUU

 ウクライナの情勢は、ここにきて、予断を許さないままで推移しています。いつまでも続くとは考えられもしないこと、この「殺戮」が続く中でも、なお、和平を求める「極小の光」がともっていることを念じています。表向きは情報合戦の様相を呈していますが、あるいは「停戦交渉」が間断なく続けられている風にも見えますが、そんな中にあって、当事者と第三者で、深く静かに潜航して「和平を探っている」のではないかと、そんなことはあり得ないのに、淡い期待をぼくは持っています。「青と黄色」は青天白日の「空」と豊饒な「大地」を示しているというのですが、その大地に向け、空中に向かってミサイルや爆裂弾が雨あられのごとくに投下・発射されています。環境が傷つくだけではなく、人の心身もまた回復不能なまでに痛めつけられています。

 しばしば、「ペンは剣より強し」と言ってきました。ここにおいて、剣は武器であり、人間を殺傷するための戦闘用武具・装置です。それに対してペンは、単に報道に限定されず、記事や写真にかぎらず、武力に対峙しうるすべての人間の営みであると、ぼくはいいたいのです。例えば防空壕から流される「ライブ演奏」しかり、あるいは戦地ではないけれども、文化や芸術がもたらす人間の営み、それらはすべて「ペン(何者かを殺傷するための武器にあらず)」と言えます。暴力が文化(人間の生活。営み全体)を踏みにじるのが許せない、すべての怒りもまた、文化という人間の生活の流儀であり、よく武力に対抗しるのです。大型武器の前で、人間は卑小ではない。人間の歴史や生活を破壊する行為は、人間の破壊にまで達します。それを阻止するのもまた、「ペンのはたらき」なんです。「目には目を 歯には歯を」ではなく「武器よさらば」という決断が、この危機を救う基盤を作るでしょう。破壊の先に何が残るのか、荒廃と頽廃、それしかもたらされないのです。それを放置し、等閑視することは人間に許されるものではない。 

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濡れ手に粟というのは、どういうこと?

【小社会】そうじゃない 昔から政治改革を書く記事によく使う表現というのがある。一つは「お手盛り」。自分の手で好きなように飯を盛る様子が転じ、権力者が自分に都合よく物事を取りはからうことを言う。▲もう一つは「お茶を濁す」。茶道に詳しくない人が茶を濁らせて抹茶に見せかけ、その場をごまかしたのが由来だとか。それに加えて最近はなぜだろう。歌手の鈴木雅之さんがかつて飛ばしたヒット曲の一節〈♪違う違う/そうじゃ/そうじゃない〉が浮かんでくる。▲昨秋の衆院選後、10月は1日だけの在任になった議員に1カ月分の「文書通信交通滞在費」100万円が支払われた問題。世論の批判が高まり、年越しになった協議で与野党が先日、日割り支給に見直す方針で合意した。▲ただ、それだけで改革のお茶を濁すとすれば、世間の反応は「違う違う、そうじゃない」ではあるまいか。日割り支給など一般社会なら当然だろう。使い道の公開や残金返還といった「政治とカネ」の透明化はまとまらぬままだ。▲与野党は文通費の名称を「調査研究広報滞在費」に変えるという。カネを使える範囲を広げ、使い勝手をよくする思惑を疑う目もあるようだ。この辺りも自分に都合がよいように取りはからう「お手盛り」だろうか。▲そういえば、衆院が4月から都心にある議員宿舎の家賃を1割ほど値下げしたと報じられた。庶民が物価高騰に苦しむご時世。これも何か違う、そうじゃない。(高知新聞・2022/04/12)

 国会は「国権の最高機関」というそうです。最高に出鱈目なといえば、角も立つでしょうが、最高うまい商売といったらどうでしょう。議員諸氏から言わせれば、「冗談じゃない、我々は選挙という『洗礼』を受けている」というでしょう。当方こそ(冗談じゃない、これで『選挙』がなければ、どういうことになるのか」といいたい。選挙に金がかかるとか、政治に金がかかるとか言います。それを全否定はできないし、金がかかるのは何も選挙や政治だけに限るまい。こんな「お手盛り」だか、「現場不在(アリバイ)証明」の回避・拒否だか、いずれにしても「都合の悪い金の獲得法」であることに間違いはないでしょう。「必要経費」という費目にいくらでも新規に追加修正すれば、文句があるかというわけです。政治資金規正法という法律が議論された際にも、同じような国会議員の「金の亡者ぶり」が露わになりました。それ以前は、まったく政治と金に関しては「無法地帯」まがいで、要するに税金を材料(餌)にして、いくらでも資金を収奪することが出来たし、「金は権力」と、国会議員のほとんどは、まじめに政治と金に関して「規制」することを望まなかった。 

 「税金」が一人当たりの議員にどれくらい(政治活動の対価として)支払われているのか、気が小さいぼくとしては、計算したくありません。昨年の秋の衆議院選挙後の国会開会当時にも、この「文書通信交通滞在費」に関しては政治家以外から問題指摘され、いかにも「改正」するようなふりをしました結果、ようやくここに来て、その骨子が明かされたという次第です。いささかの「改善」も「改正」もなされていないことは一目瞭然です。現行制度が「出鱈目」すぎるから、少し手を入れた体裁を見せれば、世間は大甘でそれを認めてくれるという、手に負えない(悪質な詐術を弄する)面々だと、ぼくなどは何十年この方あきれ返っているのです。

 「文書通信交通滞在費」から「調査研究広報滞在費」へと看板の塗り替えだけで、「濡れ手で粟」「やらずぶったぐり」の商売内容はいささかの変化もないどころか、もっと手の込んだ「悪乗り」が図られているとも見えます。厚顔に無知とくれば、一切の恥じらいも世間体も目に見えず、身に感じられなくなるのです。

●[解説]「濡れ手で粟をつかむ」ともいいいます。粟をつかむのにわざわざ手を濡らすことは、ふつう考えられませんが、実際にそんなことはしなくても、粟粒が二ミリほどの球形卵形でごく軽いのを実感していると、濡れた手に簡単にたくさん付着するイメージがわいてくるでしょう。簡単に大もうけするたとえですが、そんなうまい話はめったにないので、ふつうは否定的な文脈で使われます。
 粟は、五穀の一つで、古くから山間地などで栽培され、他の穀物不作の年でも収穫できる重要な穀物でした。しかし、今日では、わずかしか栽培されず、日常あまり見かけなくなったため、「濡れ手で泡」と誤解されることも多くなっています。しかし、「泡」と解したのでは、つかんでも何にもならないものなので、比喩的味がわからなくなってしまいます。(ことわざを知る辞典)(上図:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA187NB0Y2A110C2000000/)

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 月100万円「目的外」使用を合法化へ 国会議員文通費で共産除く与野党が合意 専門家「横流しを正当化」と批判 国会議員に月100万円支給される「文書通信交通滞在費」(文通費)を巡り、与野党は7日の協議会で、日割り支給への変更に合わせ、名称と目的を変更する法改正案をまとめた。4月中の法改正を目指す。文通費は議員の国会での活動を支えるための経費だが、今回の改正は議員の選挙活動などにも使われている実態を合法化する内容。識者からは、選挙などの政治活動に文通費を充てるのは目的外の支出で、横流しを正当化するものだとの批判が出ている。(井上峻輔)/ 文通費は現行の歳費法で「公の書類を発送し、公の性質を有する通信をなす等のため」と目的が定められている。しかし、多くの政党は使途を公表しておらず、各議員が仮に私的に使っていても分からないのが現状。関係者や一部政党の公開資料によると、議員が関連する政治団体への寄付や私設秘書の人件費に充てるなど、事実上、選挙活動に使っている例は多い。

 改正案では、日割り支給と合わせ、名称を「調査研究広報滞在費」に変更。目的も「国政に関する調査研究や広報、国民との交流、滞在等の議員活動を行うため」に改める。/ 政治資金に詳しい神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は、文通費を選挙など政治活動に支出することは「目的外」だと指摘。今回の改正案について「政治活動への横流しを正当化しようとしている。名称に『広報』、目的に『国民との交流』などの文言を入れれば、居酒屋での飲食さえ可能になる。日割り支給の議論に便乗した、ご都合主義の見直しだ」と批判した。/ 協議会では自民、立憲民主、日本維新の会、公明、国民民主の各党が賛成。共産党は名称と目的の変更に反対した。協議会事務局は「過去の国会での議論など文通費の歴史的経緯を踏まえた」と説明するが、条文に実態を合わせるのではなく、実態に条文を合わせようとする思惑が透ける。

 文通費見直しの議論は、昨年10月の衆院選で当選した新人議員が在職1日でも満額支給されたことを契機に始まった。与野党は2月に「日割り支給」「使途基準の明確化と公開」「未使用分の返還」について6月15日までの今国会中に結論を得るとしていた。ただ、領収書を公開することに消極的な意見も根強く、使途公開や返還の具体的な検討は今も始まっていない。/ 今月の法改正は、24日投開票の参院石川選挙区補欠選挙で当選した議員への支給に間に合わせる狙いがある。*文書通信交通滞在費 国会法と歳費法に基づき、国会議員に支給される経費。1993年に現行の制度となり、月額は100万円。非課税で領収書添付や使途の報告・公開、未使用分の返還の義務はない。「第二の給与」とも呼ばれる。(東京新聞・2022年4月8日 06時00分)

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 稼ぎに追いつく貧乏なしと、ずいぶん昔から言われてきました。ここまでのぼくの生活は文字通りに「稼ぎ」と「貧乏」の競争で、稼ぎが、半歩くらいは前に行っていたかと思うと、いつの間にか貧乏がはるか先方を走っているという、実に遽(あわただ)しい「ソノヒグラシ」でした。健康(だという自覚に基づき)でさえあれば、なんとか糊口をしのげるという生活思想というものが、いつの間にか身についてしまいました。そんな人間ですから、「他人の財布」に興味があるはずもない。しかし、その他人が「すべては税金で食っている御仁」となれば、話は別です。公務員というのも同じ範疇に入るでしょうね。でも、決定的に他と異なるのは「特別公務員」である政治家は、どんな内容のものであれ、立法行為の主人公だという点です。まして、それが自分たちの手足を縛るかもしれぬ性格の法律である場合、可能な限りで「緩やか」な、「抜け穴」「抜け道」が盛りだくさんの法律を作りたくなるんでしょうね。こういう輩を「厚顔無恥」「悪知恵の働く奴」というのでしょうか。(左図の出所:https://www.news-postseven.com/archives/20211129_1710288.html/2)

 「人を呪わば穴二つ(掘れ)」というようですから、ぼくはいつだって自分用の「墓穴」は用意しています。「墓地」を生前購入しているという意味ではなく、いつどこで死のうが、そこが死に場所だという程度の覚悟で、これは若武者向け風に言うなら「人間到る処青山有り」というのでしょう。「人間」は「じんかん(=世間」」と読みたいですね。「青山(せいざん)」とは身の置きどころ、死に場所を指しています。この詩は、周防の僧月性(げっしょう)の作とされます。(これについては、どこかで触れておきました)少し話がそれましたな。要するに、それはだめですよ、と他人を諫める(呪うのではありません)のは、人間の務めであるとぼくは考えて来たし、それは翻って、己のためにもなるでしょう。他人から非難されるようなことは一切しないというなら、「人間(ジンカン)」に生きて在る、かなりな部分が失われることになります。

 政治家は悪いと決めつけているのではないのですが、きっとそんな悪い輩が政治家だとなれば、どうしても偏見が嵩張(かさば)ってくるのも避けられません。大まかな計算では、議員一人当たり、年額約一億五千万円ほどの国費(税)が投資・投入されているそうです。いかにも安いではないかといえるほど、この島は豊かな財政を誇れるのでしょうか。「ささやかに」がモットーの人間からすれば、今回のような誤魔化し法案は「盗人猛々しい」といいたくなります。あるいは「盗人(泥棒」に追い銭」とも。何時だって、有形無形の政治的迫害を受けているうえに、使い放題の「歳費」を認めるというのですから、人民・国民も人がいいというか、大甘味の輔です。「盗人の昼寝」といい、「盗人に三分の理」といい、変わったところでは「盗人上戸」というのもあります。最後に、月給取り(盗り)の頃の自分を思い出しつつ、「禄盗人」というのもあげておきます。盗人(ぬすびと)にも、いろいろな才覚があるんですね。この島の国会は、実に長い間、「盗人」に乗っ取られています。(今の政治政党を見ていると、一つの党を除外して、他はすべて「与党」です。それは、実に困ったことなんですね)

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