男と女が試合をする時代は遠くないようだ 

 <あのころ>長嶋が4三振デビュー 金田投手にキリキリ舞い 1958(昭和33)年4月5日、巨人・長嶋茂雄三塁手がプロ野球デビュー戦で金田正一投手(国鉄)の剛速球に4打席4三振のキリキリ舞い。東京6大学野球で8本の通算本塁打記録を打ち立て、立大から鳴り物入りでプロ入りした。オープン戦では好成績を残し3番での起用だった。(共同通信・2022/4/5 08:00)

 どんな分野にしろ、ある時期に達成された記録(いいものも、悪いものも含めて)は、かならず後世において破られ・塗り替えられます。「前人未踏」というのは、そのために使われる常套句でしょう。二枚の写真(上と下)を出しました。特別の関心があってのことではなく、また野球の世界がどんな状況になっているのか、まったくわかりません。しかし、「長嶋茂雄」「金田正一」という稀有の野球人の初対決は、今もなお「語り草」になっています。どうした拍子か、ぼくはまだ小学生だったと思いますが、長島さんが東京六大学野球の最後のシーズンで「本塁打新記録八号(当時)」となる打球を神宮球場のスタンドに入れた瞬間を、京都の田舎にあって、友だちと遊びながら、ラジオの実況で聴いていました。「長島」という人がだれで、「東京六大学野球」がどんなものか、そんなことはまったく知らないで、「新記録達成!」と叫んでいたアナウンサーの声を、今なお耳の底から聴きだすことができるのです。後年、一度だけでしたが、後楽園球場で「金田 vs 長島」を観覧したことがあります。デヴュー戦以来、十年は過ぎていたでしょうか。その時もまるで赤子の手を捻(ひね)るように、金田さんは「(後の)ミスタープロ野球」を料理していました。(上の写真の観客席最前列、左から二人目、帽子をかぶっているのは元K総理と、その右隣りは売新聞社社主S力氏、商務省官僚と警察官僚の関係やいかに。その他の面々もまた、野球愛好者だったか)(ヘッダー写真は読売新聞・2022/04/10)

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佐々木朗が完全試合 ガッツポーズの佐々木(下の写真) オリックス戦で史上16人目の完全試合を達成したプロ野球ロッテの佐々木朗希投手。13者連続奪三振の新記録も樹立した=10日、ZOZOマリンスタジアム(共同通信・2022.4.10 17:35 )

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 それから六十五年後、若干二十歳の「若武者」が途轍もない記録を達成したというニュースに、暗い気持ちの日々が続いていただけに狂喜(それは嘘で)、いや少しは「すごい投手だな」と驚きました。とっさに浮かんだのは、彼を指導した「コーチ」は誰だったかということでした。ぼくの記憶が間違っていなければ、Tという「元投手」だと思う。現役時代に、抜群の記録を残した選手ではなくとも、選手を育てる、いわゆる「教育者・指導者」として優れている人はいるものです。「千里の馬はあれども一人の伯楽は無し」という古言が大好きでした。千里を走る馬はもちろん名馬というのでしょう。そして、そんな名馬も世にはいくらもいるでしょうが、その才能を見抜き、育てられる「伯楽」はまずいないものだ、と。「名馬」は「伯楽」によって見いだされ、育てられるのです。「伯楽」とは伝説の人で、馬に関する比類なき目利きであったとされる。育てるより、壊す方が得意な「迷伯楽」は、世に腐るほどいるんですがね。

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〇 はく‐らく【伯楽】[1][一] 古く中国の星の名。天馬を守る神という。※俳諧・類船集(1676)波「(ハクラク)〈略〉伯楽は天の星の名也と古文の注には出たり」 〔星経〕[二] 「荘子‐馬蹄」などに見える、中国春秋時代にいた馬を見分ける名人。姓は孫、名は陽で、秦の穆公に仕えたという。※蕉堅藁(1403)題画「千里雄姿、未覊。伯楽、識者為誰」 〔愈‐雑説〕[2] 〘名〙① よく馬の良否を見分ける者。また、馬や牛の病気をなおす者。博労(ばくろう)。〔伊京集(室町)〕② 転じて、人物を見ぬく眼力のある人。(精選版日本国語大辞典)

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 どんな記録も、かならず破られます。佐々木選手の(驚嘆すべき)「完全試合」も、内容においてもそれを凌ぐ「記録」は、この先、誰かによって作られるのでしょう。それまでは、彼の偉業は「空前絶後」と称賛されるのです。破られるための記録は、それまではいつでも「空前絶後」「前人未踏」なんですね。別の視点からむれば、それはまだまだ人間は「未熟」段階にある証拠だと、ぼくは見ています。もう一つ、ぼくは奇妙な確信を持っています。マラソン(に限らないでしょうが)の新記録は、きっと女性が打ち立てるであろうという「異説・非常識」です。男女が同じレースを走り、女性が男性を余裕をもって記録面で破ることは、今だっていくらもあるのです。今日、多くの分野で、女性は男性を凌ぐ活動をされています。それが可能となったのは、男性優位社会において、女性は、相当長期間にわたり「未解放状態」に留められていた時代が破綻をきたしてきたからです。もちろん、マラソン(一例)で男性に先んじる記録が作られるのは、この先数年ということはあり得ませんが(何世紀もかかるかもしれない)、やがて「アマゾネス到来」となるのでしょうか。楽しみかどうか、それはよくわかりません。その時代には、ぼくは存在していません。

 これとは裏腹に、今次のウクライナ侵略で、ロシア軍があらゆる「悪逆」「非道」を日に新たに展開しています。こんな惨(むご)いことは、この先、どんな「悪鬼」も思いつかないだろうと、ぼくたちに教えたと思われたのは「ナチのホロコースト」でしたが、そこから何年もたたずして、悪逆の新手法が展開されています。(ロ軍が「化学兵器」を使ったという情報が出て来ました)それを前にして、ぼくたちは「前代未聞」という語を使ってきました。新奇な事態が生み出されるまでは、なんだって「前代未聞」だと言われているのです。この後、さらに明らかになるロ軍の「残虐性」もまた、それは、まだまだ、人類史の「悪(破壊)における未熟状態」を明らかにした(そんなことはいささかも望まなかったのに)ことになるのでしょう。空前にして絶後、前代未聞などという言葉を、「あざ笑う」ような、忌まわしい「殺戮史の新段階」をロシアは歩んでいます。悲しみと怒りを交えて、激しく抗議したく、同時に、「停戦」の一刻も早からんことをも祈るのです。

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ソ連の虐殺は「正当化できぬ犯罪」

 ロシアによる「ウクライナ侵略戦争」が終局を迎えていると、(半分は期待であり、残る半分は希望です)ぼくは見ています。その中で、次々にロシア軍による「民間人虐殺」あるいは「数万人単位の誘拐(拉致)?」事件が報道されています。そのような目を覆いたくなり、話す言葉もないロシア軍人の「悪逆非道」といっても足りない惨禍がこれまでのロシアの「戦争」において、いくつも記録されてきました。ここでは、第二次大戦中に起こった「カティン(カチン)の森事件」を取り上げ、この国の軍隊は、戦争をするというより、人間性を辱めること(凌辱)、いや「「人間性の破壊」に躍起になっている、それにしか関心を持っていないことを裏書きしていると言いたいのです。「カチンの森」事件も、もちろん「最高指導者(最悪の殺人鬼・「粛清王」=スターリン)」が指揮したものです。その「カチンの森事件70周年記念」の「追悼式には、当時の首相(実質は「フューラー(総統)」)だった「P」が参加し、ある記事によると「ソ連のスターリン体制が行った虐殺を『正当化できない犯罪』と批判。ただロシア国民に罪をかぶせるのは間違っていると主張し、謝罪はしなかった」とあります。(このブログの最下部を参照してください)

 「侵略」が開始されて以来、ぼくは、繰り返し「P」たちに向けて、全体重を懸けて「非難」を浴びせ、歯に衣着せない「悪態」をついてきましたが、彼は「(自分以外の)人間のいのち」にいささかの「尊厳」「敬意」をも認めない、「鉄面皮」です。それに関しても「証言・証拠」には事欠きません。いっさいの、「殺戮行為」は、「戦争ゲーム」の盤上で起きた「駒の損失・排除」だとしか見てこなかった。「独裁」というだけでは表現不足ですが、かかる「邪鬼」そのものを、世界は「仲間」として認めて来たし、何よりもこの島の、元ソーリは「昵懇の仲」とうそぶき、「信頼関係」を深めたと吹聴していた。国税数百億円を詐取され、挙句に、自らを「虚仮」にされたにもかかわらず、「外交のABE」と自己詐称し、また、その周辺に屯(たむろ)していた多くの要路の存在が、類のない「フール」を持ち上げてきたのでした。恥かしさをはるかに超越して、宇宙にまで突き抜けている気がします、その「愚かさ」が。

 第二次世界大戦終末期に強行された「シベリア抑留」(実質は、「戦争犯罪」あるいは、それ以上の何物でもなかった)を、ぼくは忘れられないし、その上に「カチンの森事件」を重ねると、ロシアという国、その国民が、というのではなく、その国家国民を支配し拉致する「指導者」は、(こんな表現は使いたくないが)類をみない「死体愛好者(necrophilia)」だというほかないと痛感してきました。「記念式典」に参加していた当時の「P」は、同時期にクリミヤ併合を敢行し、さらにウクライナ領土への実質的「侵略」を行っていた。今日においてみられている「悪逆非道」を平然と重ねていたのです。ぼくは、彼が「世界の仲間」として共存してく能力も感情もないということを、もっと早く、多くの政治指導者は洞察すべきだと思うし、洞察しているなら、それを行動に著すことが避けられない時期に来ていると考えている。あらゆるところで「カチンの森」「シベリア抑留」が行われて来たし、今の、この瞬間にも行われていると想像すると、身の毛がよだつどころではないのです。

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◉ カチンの森事件(Sprawa Katynia)=第2次世界大戦中のソビエト連邦によるポーランド将校大量殺害事件。ソ連は 1939年9月にポーランドに侵攻し,約 1万5000人のポーランド将校を捕虜にした。そのうち 400人を除く大部分が所在不明となった。1943年4月13日にドイツ宣伝機関は,ソ連のスモレンスク郊外にあるカチンの森で 1940年4月頃殺害されたと推定される 4443人のポーランド将校の射殺死体を発見したと発表。これに対しソ連は,1941年6月にソ連領内に侵攻したドイツ軍が同年 8月に殺害したものであると主張した。ロンドンのポーランド亡命政府は赤十字国際委員会による真相調査を要請したが,ソ連はそれを拒否し,1943年4月25日に亡命政府との外交関係を断絶した。事件は第2次世界大戦後も両国関係に影を落とし続けたが,1987年4月ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長が両国の歴史の空白について再検討することを約し,両国歴史家の合同委員会でこの問題が検討されることになった。その結論が出る前にポーランド側はソ連犯行説を裏づける資料を発表した。それをうけてソ連は 1990年4月,事件におけるみずからのを認め,公式にポーランドに謝罪した。1992年10月ロシア政府は,ソ連共産党がポーランド人 2万人以上の虐殺を指令し,ヨシフ・ビサリオノビッチ・スターリンが署名した文書を公表した。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 ロシア軍による、人間の「非人間化(dehumanization)」を、その惨劇を、そしてそこに生じている極限の「頽廃」「頽落」を、世界の市民は看過してはいけないのではないですか。「ソ連共産党がポーランド人 2万人以上の虐殺を指令し,ヨシフ・ビサリオノビッチ・スターリンが署名した文書」と同じ内容の文書で、ポーランドがウクライナに、スターリンがプーチンに変わっただけのものを、何十年かの後に「公表」するのでしょうか。ワイダ監督の作品の「予告編」だけでも見ていただきたいですね。まったく同じことを、もっと巧妙に、もっと悪辣に、さらに「頽廃を極めて」、今もまた露軍はやっているのです、それを裏書きも上書きもしてるのが、ロシア以外のメディアが発する「報道」によって知ることが出来ると、ぼくは教えられている。*「カティンの森」(A.ワイダ監督作品)(https://www.youtube.com/watch?v=H3vC90d7GWo

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 ポーランド首相招き追悼式/カチン事件、ロシアの謝罪なし (⇐)7日、ロシア西部カチンで開催された追悼式に参加したロシアのプーチン首相(左)とポーランドのトゥスク首相(ロイター=共同)【モスクワ共同】第2次大戦中にポーランド軍将校ら2万人以上が旧ソ連に虐殺されたロシア西部の「カチンの森」事件から70年を迎えるのに合わせ、ロシアのプーチン首相は7日、ポーランドのトゥスク首相を公式に招き、現地で追悼式を開催した。/ タス通信などによると、プーチン首相はソ連のスターリン体制が行った虐殺を「正当化できない犯罪」と批判。ただロシア国民に罪をかぶせるのは間違っていると主張し、謝罪はしなかった。(以下略)(四国新聞・2010/04/07 22:50)

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 一刻も早く「殺戮」が止む(止める)ことを祈願しています。「戦争犯罪」であることは事実ですが、実態は「人間の尊厳」の破壊であり、その破壊に手を染めている人間たちも「人間の尊厳」を「破壊」されているのです。やがて、この「破壊」はぼくたちを襲うでしょう、いやすでに襲われているのですね。人間が壊れていく、壊されていくのは、何によるのでしょう。「悪について」を書いたE.フロムはまた「破壊について」を著し、名状しがたい(indescribable)、その内面と深層をえぐり出そうとしました。若いころに必死になって読んだ、このフロムを、この年齢になってまたひもとくというのは、ぼくにとっていいことだったのかと思いながら、何度も読んだ本を、まるで初めて手にするように貪(むさぼ)り読んでいます。自分もまた、この「破壊された心情」を持った人間であると認めることは、辛いことですね。「ロシア軍人の「悪の極致」を行こうとする情念、そんな人間の皮をかぶった「破廉恥カント、しかしぼくたちの距離は、歩一歩でしかないことを、何としても失念したくないのです。のです。

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真正な愛国者として、言わねばならぬ…

 【地軸】本屋大賞と戦争 インタビューに答える姿は、受賞の喜びより、悲しみに覆われているようだった。デビュー作「同志少女よ、敵を撃て」が今年の本屋大賞に選ばれた逢坂冬馬さんだ。◆第2次大戦の独ソ戦を舞台に、母を殺された少女がソ連軍の狙撃兵となり、女性だけの小隊で戦う小説。描写される戦争の理不尽さが、当時と立場を逆にしたロシアのウクライナ侵攻と重なる。作品が同時代性を持つのは本来誇りうることだが「悪夢を見ているよう」。◆大戦からおよそ80年。戦争の本質は全く変わっていない。ロシア軍が行ったウクライナ市民への残虐行為が次々と明るみに出ている。泥沼化した戦局の打開へ、生物・化学兵器、核兵器を使用する可能性まである。◆ロシア国内では、生物兵器を使うのは相手側だとする公式プロパガンダが繰り広げられているという。くしくも生物兵器禁止条約が調印されて、あすで50年。調印式の場はモスクワだった。ロシアにとって「撃つべき敵」とは、外交成果などより武力がものを言うと考える内なるおごり。◆「失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない」。戦争から学んだ事実はそれだけだと、小説の主人公は吐露する。言葉によって、人間存在の敵である戦争とたたかう作家の意地を見た。印税の一部は難民支援に寄付したそうだ。◆絶望しない。目を背けない。平和を願う声を上げる。日々のこうした行為もたたかいだろう。(愛媛新聞・2022年/04/09日)

 狙撃兵、いわゆる「スナイパー」。それははっきりした任務を持ち、短くない距離を保って「標的」を射ることに専念するそうです。今次の「ウクライナ戦争」でも、相当数の狙撃兵が任務に就いており、過日「ロシアの女性狙撃兵(イリーナ・スタリコワ)」が拘束されたとの報道がありました。https://youtu.be/mo5I6QBvywE(上の写真右の真ん中)これまでに、四十人余の狙撃に成功したとされています。戦場においても、男と女の「差異」は低くされてきているのは、どういうことでしょうか。上の写真のそれぞれが「名うてのスナイパー」だったし、今も現役である人もいます。それぞれの「戦績」は確かなものですが、それを語る元気が、ぼくにはありません。

 「同志少女よ、敵を撃て」は未読です。おそらく、読むことはないでしょう。理由は単純、ぼくの心が折れかかっていて、少しばかりの「休息」では回復しそうにないのに、それをさらに悪化させるための「読書」はしたくないからです。ぼくの見立てでは、やがて「侵略戦争」は収束を迎えるという想定になっています。いくつかの根拠のようなものはありますが、それは言わないでもいいでしょう。戦争(侵略)を始めた者が、他国の領土から「撤退」することが、その唯一の方法です。狂気に襲われている「P」がそうするとは思われないのは、仕方ありませんが、アメリカをはじめ「西側」が、ここを先途と「P」叩き、「R(ロシア)」潰しに躍起になっています。一理はあるのでしょうが、水に溺れた「犬」よろしく、完膚なきまでに叩き殺すというのでしょうか。まるで「代理戦争」の様相を示してきたのを知るのは、なんともやり切れません。

 武器や物資を送るということは、「長期化」を狙っているからとしか思えない。「停戦」が一日遅れれば、それだけ犠牲者は増える、露軍の悪辣さは、追い込まれている度合いに応じて「歯止め」がかからなくなっているのです。悪逆非道は露軍の「専売」と言って済ましている段階は過ぎた。「国連」にあるさまざまな「機能」「役割」がまったく効果をあげていないのは、一面では当然であり、それにしても、もっと大きな「停戦」「非戦」の声が国連加盟国内から生まれてくるのを、ぼくは首を長くして待つのです。今の段階で「国連改革」もないはずで、試合中に「ルール」を変更しようという、アホな「野球機構」みたいなものですから。

 言わなくてもいいことですが、「スナイパー」が出て来たので、どうしても、もう一人だけあげておきます。この人は史上最強の「スナイパー」と称された「英雄」でもあった人で、生涯(軍役従事中)、五百数十人の「敵兵」を狙撃したとされます。シモ・ヘイヘSimo Häyhäフィンランド語発音: [‘simɔ ‘hæy̯hæ] (1905-2002)フィンランドの人でした。従軍前は狩猟と農業に勤(いそ)しんでいたと言われます。彼が本領を発揮した戦場は、対ソ連の「冬戦争」(1939-1940)だった。「赤軍」は、彼を「白い死神」「災いを成す者」として恐れていた。「近代戦争」全体の構図のなかで、この個人的、一匹狼的な「狙撃兵」がどんな位置を占めるのかぼくにはよく理解できません。しかし、執拗に「敵の命」を狙うのが役割だという、そんな軍人が評価される「戦争」というものが内包している「狂気」「残忍性」「評価」が、実は「平時」においても、それと気づかれることなく(世人は麻痺しているので)「求められている価値」だとすると、いよいよ、平時にもまた「戦争」があることを思い知らされるのです。

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 「言葉によって、人間存在の敵である戦争とたたかう作家の意地を見た。印税の一部は難民支援に寄付したそうだ。◆絶望しない。目を背けない。平和を願う声を上げる。日々のこうした行為もたたかいだろう」というコラム氏の指摘は、まさにその通りです。新聞人も「かつては、「言葉によって、人間存在の敵である戦争とたたかう」のが本職でもあったのではなかったか。

 ここでもまた、ぼくは「引用」しておきたい。新聞人・桐生悠々の「肺腑の言」です。

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 言いたい事と言わねばならない事と         桐生悠々

 人ややもすれば、私を以て、言いたいことを言うから、結局、幸福だとする。だが、私は、この場合、言いたい事と、言わねばならない事とを区別しなければならないと思う。
 私は言いたいことを言っているのではない。徒に言いたいことを言って、快を貪っているのではない。言わねばならないことを、国民として、特に、この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ。
 言いたいことを、出放題に言っていれば、愉快に相違ない。だが、言わねばならないことを言うのは、愉快ではなくて、苦痛である。何ぜなら、言いたいことを言うのは、権利の行使であるに反して、言わねばならないことを言うのは、義務の履行だからである。尤も義務を履行したという自意識は愉快であるに相違ないが、この愉快は消極的の愉快であって、普通の愉快さではない。
 しかも、この義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う。少くとも、損害を招く。現に私は防空演習について言わねばならないことを言って、軍部のために、私の生活権を奪われた。私はまた、往年新愛知新聞に拠って、いうところの檜山事件に関して、言わねばならないことを言ったために、司法当局から幾度となく起訴されて、体刑をまで論告された。これは決して愉快ではなくて、苦痛だ。少くとも不快だった。
 私が防空演習について、言わねばならないことを言ったという証拠は、海軍軍人が、これを裏書している。海軍軍人は、その当時に於てすら、地方の講演会、現に長野県の或地方の講演会に於て私と同様の意見を発表している。何ぜなら、陸軍の防空演習は、海軍の飛行機を無視しているからだ。敵の飛行機をして帝都の上空に出現せしむるのは、海軍の飛行機が無力なることを示唆するものだからである。

 
 防空演習を非議したために、私が軍部から生活権を奪われたのは、単に、この非議ばかりが原因ではなかったろう。私は信濃毎日に於て、度々軍人を恐れざる政治家出でよと言い、また、五・一五事件及び大阪のゴーストップ事件に関しても、立憲治下の国民として言わねばならないことを言ったために、重ねがさね彼等の怒を買ったためであろう。安全第一主義で暮らす現代人には、余計なことではあるけれども、立憲治下の国民としては、私の言ったことは、言いたいことではなくて、言わねばならないことであった。そして、これがために、私は終に、私の生活権を奪われたのであった。決して愉快なこと、幸福なことではない。
 私は二・二六事件の如き不祥事件を見ざらんとするため、予め軍部に対して、また政府当局に対して国民として言わねばならないことを言って来た。私は、これがために大損害を被った。だが、結局二・二六事件を見るに至って、今や寺内陸相によって厳格なる粛軍が保障さるるに至ったのは、不幸中の幸福であった。と同時に、この私が、はかないながらも、淡いながらも、ここに消極的の愉快を感じ得るに至ったのも、私自身の一幸福である。私は決して言いたいことを言っているのではなくて、言わねばならない事を言っていたのだ。また言っているのである。
 最後に、二・二六事件以来、国民の気分、少くとも議会の空気は、その反動として如何にも明朗になって来た。そして議員も今や安んじて――なお戒厳令下にありながら――その言わねばならないことを言い得るようになった。斎藤隆夫氏の質問演説はその言わねばならないことを言った好適例である。だが、貴族院に於ける津村氏の質問に至っては言わねばならないことの範囲を越えて、言いたいことを言ったこととなっている。相沢中佐が人を殺して任地に赴任するのを怪しからぬというまでは、言わねばならないことであるけれども、下士兵卒は忠誠だが、将校は忠誠でないというに至っては、言いたいことを言ったこととなる。
 言いたい事と、言わねばならない事とは厳に区別すべきである。(「畜生道の地球」所収。中公文庫、1989年)

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 右の頬を打つような者には、左の頬も…

【地軸】健康と平和 愛の反対は? 憎しみ? では美は? 知は? ルーマニア出身でノーベル平和賞を受けた米国のユダヤ人作家エリ・ウィーゼル氏によれば、答えはどれも「無関心」ということになる(「ふたつの世界大戦を超えて」)。▲ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)で生き残った体験をもとに、ナチスの人類史的犯罪の背景にはそれを許した人々の無関心があったと訴えた。そんな確信からこう言う。「平和の対極にあるのは戦争ではない。無関心である」。▲世界が複雑な課題に直面する今日、平和でない状態も一様でない。たとえば飢餓や貧困。差別、抑圧、疫病、災害も浮かぶ。戦争は最悪の平和破壊行為だが、平和か戦争かの2択だけでは、はざまにある辛苦が視野に入らない。これも平和をむしばむ無関心の一つと言えるだろうか。▲平和と戦争の関係に似るのが健康である。世界保健機関(WHO)は憲章でうたう。「健康とは肉体的、精神的、社会的に満たされた状態であり、単に病気でないことではない」。さらにこう続ける。「すべての人々の健康は平和と安全を達成する基礎」。▲新型コロナ禍は、地球規模の感染症のもとで人類は運命共同体であることを示した。戦火は衛生状況を脅かす。健康と平和は不可分だとつくづく思い知る当節である。▲ウィーゼル氏にならうなら、健康も無関心が対極にあるものの一つかもしれない。自戒も込めて思う。きょう、世界保健デー。(愛媛新聞・2022/04/07)

 ウィーゼルについてはこのブログでも、少しばかり触れています。たった今の今ウクラナイで企てられている「大量虐殺」という現実。それに対して、ぼく(たち)にはほとんど効果のある行動をとることが出来ないのは、事実です。二月二十四日以来、いや実際上はもう数年も前、ある人に言わせれば、二千十四年(クリミヤ侵略からともいう)、今日あることが想定されていたにもかかわらず、それを、自らの直接的な脅威ちはなり得ずと、「無関心」を決め込んでいたのだともいえます。今次の「侵略」は「P」の個人的野心の発露でしかなかったが、その準備段階において、世の多くの政治家・指導者は関心を払わないままだったのです。ウィーゼルの表現を借りれば、政治的暴力の専断を許してしまったのは、「いかなる災厄・あるいは民衆の不幸」がもたらされるか、それについての関心の欠如が招き寄せた結果だと言えます。

 そして現実に、凄まじい「侵略」が始まると、にわかに「Pの戦争 反対!!」の大合唱が始まり、加えて、「断じて蛮行は許さない」という「政治的・経済的制裁」の一大共演でした。要するに、ウィーゼルが残した「愛の対極には、憎ではなく、無関心が位置している」という警句を、ぼくたちは、逆の意味で、再確認しただけということだったかもしれません。そして、そのあとの「反対」や「制裁」の一列行進の展開は「愛の反対は憎」であるという、一面では当たり前の、「正義」に基づく姿勢であり、態度だと、殆んどの人々は考えたのでしょう。いつでも、どこでも、「正義」をかざして、「戦争」は始められてきたのです。この「愛と憎の絆」は途切れることなく、人間社会で維持されてきたのです。

 しかし、さらに深くその「現実」を受け止めれば、憎しみだけでは問題(戦争)の解決(和平の実現)はもたらされないことを、ぼくたちは、このたびの「戦争」にあっても失念していた(「無関心だった」)のです。「目には目を、歯には歯を!」という掛け声は、いかにも正義に発していると受け止められれば、「戦争は拡大し、被害は拡大する」のはどうしようもなく、かえってlその拡大進化を受け止めかねているのです。それこそが、「正義」の御旗を立てるということのなりゆきではないでしょうか。

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◉ ウィーゼル Wiesel, Elie=[生]1928.9.30. ルーマニア,シゲト [没]2016.7.2. アメリカ合衆国,ニューヨーク,ニューヨーク ルーマニア生まれのアメリカ合衆国のユダヤ系作家。別名 Eliezer Wiesel。第2次世界大戦期のユダヤ人虐殺(→ホロコースト)の,冷静ながら烈々たる証言を示す作品で知られる。1944年アウシュウィッツ収容所に家族とともに送られ,両親ら親族を失った。戦後はパリに移住,1948~51年ソルボンヌ大学で学び,卒業後フランスとイスラエルの新聞に執筆。1956年アメリカに移住し,1963年市民権を得た。1972~76年ニューヨーク市立大学教授を務め,1976年ボストン大学でアンドリュー・W.メロン記念人文学教授に就任。フランスでのジャーナリスト時代,作家フランソア・モーリヤックから強制収容所での体験の証言者となるよう促され,イディシュ語による第一作 “Un di velt hot geshvign”(1956)と,それを縮めたフランス語の『夜』La Nuit(1958)を執筆。『夜』と,『夜明け』L’Aube(1960),『昼』Le Jour(1961)の自伝的三部作で注目を集めた。ほかの著作に『エルサレム乞食』Le Mendiant de Jérusalem(1968),評論『今日のユダヤ人』Un juif aujourd’hui(1977)など。それらの作品は,ホロコーストの生き残りとしての経験や,なぜホロコーストが起こったのか,それが明らかにする人間の本質とはなんなのかという倫理的な苦悩の解決の試みを反映する。作風にはユダヤの民話や瞑想的なハシディズム文学(→ハシディズム)の影響が認められる。1986年ノーベル平和賞受賞。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 ここに来て、ぼくは「目には目を、歯には歯を」ではなく、あえて「武器よさらば」と叫びたいということを繰り返してきました。「P」を葬れば、「平和」は訪れると、ぼくたちは信じているのでしょうか。暴力に対する暴力で得られた状況は「平和」ではなく「常時危機」をもたらすばかりですから。「戦争の反対は平和」であると、どうしても言いたいなら、平和をもたらすものは、どこまで行っても、「武器」ではなく「ことば」だとも言いました。国連は弱いからこそ、武器や武力がなし得ない達成・境地を獲得できる可能性があるのです。敵を武力で圧倒しても、また武力で復讐されるばかりではないか。その復讐戦は終わりがないでしょう。現下の「侵略戦争」は東欧および中欧の数百年にわたる歴史の「継続する、一コマ」でさえあると思われてきます。いったい、どこに、いつ、どのようにして「救い」がくるか、ぼくには見えそうな気がします。その「救い」とは、戦争を仕掛けられた側が「復讐を果たす」、その一瞬の凱歌が、しかし、その後の常時不安・不安定をもたらすでしょう。

 ぼくはキリスト教徒ではありませんが、「山上の垂訓」には早くから親しんできました。十分に分かっているとはとても言えないのは残念ですが、その言わんとするところに一寸でも近づきたいと願っているのです。以下、思いのままに、いくつかの章句を「聖書」から引いておきます。

 「『目には目を、歯には歯で。』と言われた のを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者 に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい 」(マタイの福音書 5章38-39節)

 「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、 肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るので す」(ガラテヤ人への手紙 6:7b‐8) 

 「愛する人たち。自分で復讐してはいけません 。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのするこ とである。わたしが報いをする、と主は言われる」( ローマ人への手紙 12:19)     

 「わたしたちは愛しています。神がまず私たち を愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人 は偽り者です。目に見える兄弟を愛していないものに目に見えない神を愛することはで きません」 (ヨハネの手紙第一 4:19-20

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 「山上の垂訓」などを持ちだして、君は何を言いたのだ、と詰問されるに違いありません。まして、ぼくはキリスト教に限らず「不信心」を隠していないのですから、なおさらです。開き直るつもりはありません。ここに示されている「教え」にあやかりたいという、それだけの寸志を汲んででいただきたい、そう願うばかりです。三月だったか、この「戦争」が激しさを加えている段階で、ぼくはある一人の「賢人」の「プーチンの戦争に対する意見」を知りました。そのときは、こんなことを、この人は言うのかと、いささか面喰いもし、不審に思ったのでした。「その考え」が胸につかえて、すっきりしなまま今日まで来ました。そこで、場違いですが、「山上の垂訓」を引き出して、彼の意見(態度)を見つめなおそうとしていたわけです。その文中に、彼はこんなことを述べています。

 「1960年代の後半、私はヨーロッパで南ベトナム解放民族戦線(元記事註:アメリカで当時「ベトコン」と呼ばれていた )の代表者数人との協議に参加したことがあります。ちょうど、米軍がインドシナで手を染めた恐ろしい犯罪に対し、すさまじい反対運動が巻き起こった時期です。/ 激しく怒った若者の一部は、大通りに面した建物の窓を割ったり、予備役将校訓練(ROTC)センターを爆破したりしました。そうしない者は、悪の片棒を担いでいるといわんばかりでした。

 しかし、ベトナム人の対応はまったく違っていました。彼らはこうした手段すべてに強硬に異を唱え、じつに効果的な抗議の方法を示しました。自分たちの国で殺されたアメリカ兵を埋葬し、その墓の前でベトナム人の女性数人が黙祷を捧げたのです。彼らは、ベトナム反戦を訴えるアメリカ人がこだわる正義や名誉には関心がありませんでした。ただ、生き延びたいと願っていたのです。

 これは、グローバルサウスで恐ろしい苦難の犠牲になった人たちから異口同音に、何度も聞かされた教訓です。彼らは帝国主義の暴力に虐げられた人たちです。私たちはいまこそ彼らの教訓を心にしっかりと刻み、応用しなければなりません」(チョムスキー「プーチンに“逃げ道”を用意しなければ、世界は想像を絶する悲劇を迎える」クーリエ・ジャポン、2022.4.2)

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 チョムスキーのことだから、この程度のことは言うでしょうといえるほど、ぼくは彼を知りません。ことばの正しい意味で、彼は「ラディカリスト」であるという見方は以前からしていました。過激というのではなく、物事の根っこ(root)に戻って、「今の問題状況」を考えるという姿勢を指して、ぼくは使います。「根を掘る・根に帰る」からオリジナルなんです。ラディカルというのは過激派ではないのです。もちろん、チョムスキーにはかなり過激なところがあります。でも、それ以上に物事をとらえる視点が「(オリジンに向かうという点で)オリジナル」だと、ぼくは表したいのです。彼は「(反対運動として、破壊をしないような人々)そうしない者は、悪の片棒を担いでいるとわんばかり」の雰囲気にあった、世上の空気の中で、「ベトナム人の対応はまったく違っていました。… 自分たちの国で殺されたアメリカ兵を埋葬し、その墓の前でベトナム人の女性数人が黙祷を捧げたのです。彼らは、ベトナム反戦を訴えるアメリカ人がこだわる正義や名誉には関心がありませんでした。ただ、生き延びたいと願っていたのです」

 チョムスキーさんのいう「グローバルサウス」とは、以前の表現では「後進国」「低開発国」「第三世界」といった地域のことだと推察していますが、その地域の人々は「彼らは帝国主義の暴力に虐げられた人たちです。私たちはいまこそ彼らの教訓を心にしっかりと刻み、応用しなければなりません」といわれるのです。「目には目を、歯には歯を!」ではない、キリストが求めた方向と合致しているかどうか、ぼくにはまだわかりませんが、攻撃や敵対ではない方向を求めていたのです。あるいは「融和・宥和」というものだったかもしれません。「汝の敵を愛しなさい、あるいは受け入れなさい」と。当時と状況が一変した感が、どうしても拭えません。

 現下の「ウクライナ状況」に照らして、このような指摘が当たっているのかどうか、にわかには判断できないままで、ぼくはここまで来たのでした。正義や名誉に関心を持たず、ひたすら「生き延びたいと願っていた」人々は、敵・味方を超えて、死・死者を弔い、生命に畏敬の念を欠かさなかった、その先に訪れたものは何だったか、改めて、ベトナム戦争の時代を学びなおしつつ、現下の事態に背を向けたくないと、さらに強く感じ入ったのでした。

 「戦争」の対極にあるのは「平和」ではなく、「無関心」であるというウィーゼル氏のことばをもかみしめながら、「ウクライナの戦争」に関心を持つというのはどういうことなのか、またまた深く考えるのです。興味や関心を持つというのは、「問題」や「現実」に自らの意識をつなげることです。それはテレビの画面で移されるもの(映像)を見ているだけでは、決して「関心」にも「興味」にもならない問題です。受け身の反応、姿勢からは何か生まれるのでしょうか。きっと「身につまされる」というところがなければ、「関心」も「興味」も、何時しか消えていくというのです。「わたしたちは愛しています。神がまず私たち を愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人 は偽り者です。目に見える兄弟を愛していないものに目に見えない神を愛することはで きません」 「祖国を愛している」人が「祖国を愛する人」を殺すというのは「悪い冗談」でしかないのです。「愛国者同士の殺し合い」ですね。キリスト教徒同士も、何時だっていのちの奪い合いをやってきたのです。その「情念(正義は我にあり)」は消えないのですか。

 ぼく自身に引き付けて言うなら、キリスト者ではないからこそ、この「山上の垂訓」に示されている「教え」を自らの「問題関心」に結び付けて考えることが求められていると思っています。関心の深まりは、さらにぼくを遠くまで歩かせるようです。チョムスキー氏は次のように、先に引いた文章を続けています。まことに重要な視点だと言うほかありません。

「私たちに残されているのは、好むと好まざるとにかかわらず、「不愉快な選択」しかありません。すなわち侵略者プーチンには「罰」ではなく、「手土産」を与えるのです。/ さもなくば、終末戦争が起きる可能性が高まります。窮地に追い込まれたクマが、断末魔の叫びを上げるのを眺めるのは、さぞ溜飲が下がるでしょう。しかし賢明な選択とは言えません。/ 一方で、冷酷な侵略者から祖国を守ろうと果敢に戦っている人たち、恐怖から逃れている人たち、そして大きな危険を冒して国家の犯罪に公然と反対している何千もの勇気あるロシア人に対して、意義のある支援をすべきです。これは私たち皆が学ぶべき教訓です。

 さらに、私たちはもっと広い範疇における犠牲者、すなわち地球上に生きるすべての生命を助ける方法を見出す努力もしなければなりません。/ 今回の惨事は、すべての大国が、いや私たち全員が、環境破壊という大災害をコントロールすべく、相互に協力しなければならないときに起こりました。この災いはすでに深刻な損失をもたらしており、大規模な対策に早急に取り組まないと、いまよりもっとひどい災害が起こるでしょう。(中略)もっとも必要とされるリソースはすべて破壊へと振り向けられ、世界はいま、化石燃料の使用を拡大する方向に進んでいます。豊富な埋蔵量ゆえに、もっとも手に入れやすくて危険な石炭も例外ではありません。 ここまでグロテスクで危機的な状況は、よほど邪悪な悪魔でさえ、ちょっと考えつかないのではないでしょうか。とはいえ、何もしないわけにはいきません。一刻の猶予もないのです」(同上)

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「幽霊」徘徊中、陰謀論の渦を巻き

 【余録】「4人の警察官」は第二次大戦中にルーズベルト米大統領が唱えた戦後構想である。米英中ソの協調による平和維持体制を指す。のちにフランスが加えられ、国連安全保障理事会の5常任理事国につながった。大戦を止められなかった国際連盟の反省に立った構想だったという▲曲折もあった。問題はソ連が強く求めた拒否権の範囲だった。自らが加わる紛争への拒否権まで認めるか。米英両国は当初、反対の姿勢だったが、1945年2月のヤルタ会談でチャーチル英首相が容認に転じ、ソ連の主張がほぼ通った▲その判断が後々に禍根を残したということか。ロシアのウクライナ侵攻で安保理が「警察官自身の犯罪」にいかに無力かがあらわになった。ウクライナのゼレンスキー大統領が「国連改革が今すぐ必要だ」と訴えたのも当然である▲冷戦時代はソ連が頻繁に拒否権を行使して国際社会の一致した行動を妨げた。米国もイスラエルが絡めば行使をためらわず、近年は国際的影響力を高める中国の行使も増えて安保理の機能不全が指摘されてきた▲日本を含め、安保理の構成や拒否権の見直しを求める国は少なくない。だが、改革の声が高まると、普段は対立している5大国が足並みをそろえて特権を守ろうとしてきたのが現実である▲拒否権は英語で「VETO(ベトー)」。古代ローマで市民を守る護民官に与えられた特権が語源という。身を切る覚悟で安保理改革を主導し、ウクライナの市民を守る決意を示す大国の姿が見たい。(毎日新聞・2022/04/07)
国連憲章(序)「国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサン・フランシスコ市において調印され、1945年10月24日に発効した。国際司法裁判所規程は国連憲章と不可分の一体をなす。」
第1条
国際連合の目的は、次のとおりである。

1.国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
2.人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること。
3.経済的、社会的、文化的又は人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。
4.これらの共通の目的の達成に当って諸国の行動を調和するための中心となること。(以下を参照:https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/)

 「 国際連合へようこそ! 国連のガイドツアーたちがニューヨークにある国連本部の内部、安全保障理事会議場、経済社会理事会議場、信託統治理事会議場、総会議場、そして国連で展示されている展示物について説明します。(2021/09/27)(https://www.youtube.com/watch?v=2YRlOiCtYAc

 ベトナム戦争、アフガニスタン侵略、イラク(湾岸)戦争などの、近年における各地の戦争は、いわば国連の常任理事国である「米英仏中露」の覇権争いの趣を明確にしてきました。それ以外の各地の「紛争」(内乱)なども、構図は変わらなかったのは、当然で、ぼくたちは国連に過大な期待や役割を求めてきたのです。現在の国連がどのような経緯を持って創設されたか、言うまでもなくアメリカのルーズベルトの提唱にソ連のスターリンが乗った形で軌道が敷かれたのでした。ヤルタ会談島でスターリンの「拒否権」提示を、どういうわけですか、ルーズベルトは応諾しました。当時のソ連は与しやすいと踏んでいた形跡があります。その後の朝鮮戦争の経過などを見れば、それは明らかに間違っていたことが判然とします。

 今日に至るまでの国連の政治的役割を評価することは簡単ではありません。どんな重要な問題であって、「四(後に五)人の警察官」(ルーズベルトの言)の誰かが拒否すれば、どんな意見でも、それは通らないのです。その視点から言うならば、国連とは大国(何を持って大国というのか、どこよりも戦争で殺戮を重ねてきた「ワーストファイブ」というべきでしょう)の間の利害調整機関であり、世界地図の「現状維持」を図るための御用機関であると言いたくなるのです。国連軍ということがしばしばいわれてきましたが、実際に作ってみれば、それがA国の指揮下に入るか、それ以外のBCFSなどの意向が強く働くような性格を拭い去れなかったのです。ぼくはこの関連でも、誤解されることを恐れないで、「国連は弱くていい」ということを主張しています。これは、従前からのぼくの愚論です。間違って「武力」など持ってしまうと、それを錦の御旗にして、戦争を有利に導くこと利用することにしかならないからです。その悪例は一・二にとどまらない。

 いかなる紛争や戦争も「平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」、これを貫くのはいうまでもありません。また、さまざまな問題の拮抗対立が国際間で生じる際には、「これらの共通の目的の達成に当って諸国の行動を調和するための中心となること」と謳っています。権利と義務の関連で、このことを考えてみます。日本の憲法で「教育を受ける権利」が明示されています。これは「児童の権利」ですが、子ども自身が権利を主張し擁護することは至難という以上にあり得ないことです。だからこそ「義務教育」という原則を設けて、子どもの権利を支える(支持する)のは「親権者」や「行政機関」の「義務」としたのです。

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 「弱いから折れないのさ」と、今は亡き岡部伊都子さん(随筆家)からしばしば聞きました。岡部さんは「学歴はあらへんけれど、病歴は大変なもんや」とも、自身でいわれていた。弱いから折れない、人生で折れないのは、生来が「弱いから」です。大半は、弱ければ折れるだろうと即断していますが、例えば「柳に腰折れなし」、あるいは「柳に雪折れなし」ともいうでしょう。柔軟ということは、貴重な態度であり、姿勢なんですね。この手の表現は無数にあるということは、それが人生の「真実」に近いからでしょう。これは、個人でも組織でも、大きな団体でも同じではないかとぼくは見てきました。落語の一門に「柳家」があります。よく知られた噺家では小さん、あるいは小三治、あるいは途中で破門の栄誉に遭遇した談志などの各師匠。一門の心は「柳で暮らせ」「柳に受ける」ということだったでしょう。確かに風は吹いているさ、でも止まない風はないし、それを受け流しておけば、必ず治まるのだというものだったと、ぼくは彼らの一席を伺って実感したことでした。

 国連もまた「柳で暮らせ」「柳に受ける」といえば、「お前さん、正気かい」と不審がられそうですが、問題を起こす側自体が「狂気」なんですから、それに対峙する方法というものはきっとあると言いたいのです。「馬の耳に念仏」といい、「釈迦に説法」というのは、わざわざ念仏や説法に及ばないという意味で、恐らく馬だって「念仏」の権威かもしれないのです。「ありがたい念仏であっても、馬なんかに聞かせたって無駄」と勝手に決め込んではいけないんですよ。目には目を、歯には歯を、凶器には凶器を、核には核をといっていたら、生命も地球もいくつあっても足りません。ぼくに特段の名案があるのではありません。あるはずもない。しかし、「武器よさらば」といって、「無手勝流」で極悪非道の「邪鬼」に対峙することは不可能で、まったく勝負になりません。

 今回の「ウクライナにおけるジェノサイド」をもたらしたのは、間違いなしに「ロシアの旗印を掲げた軍隊」でした。戦争犯罪を画に描いたような「殺戮」を、さも誇らしげに全世界に暴露し、しかもそれは「西側の偽装」だとしか言わない彼らの「情念の塊り」に、言葉も失っています。Pから始まり、その手下どもには無言の抗議、無抵抗の抵抗で立ち向かうことしかぼくたちに取るべき方法はなさそうに思うのです。地球上の仲間として、互いに狭い世界でともに共存することを自ら拒否したのが今次の「ジェノサイド」でした。「ペンは剣よりも強し」といい、「力なき者の力」、それはことば以外の何物でないのです。それを胸に収めて、静かに対峙し、反抗し、抵抗することです。

 国連をどうするか。今回の地獄絵図を放置してきたのは、国連というよりは国連加盟国の責任(仕業)です。この劣島の政府は、サハリンの天然ガス開発からは抜け出さないと言っています。「北方領土問題(交渉)は、単なる外交儀礼だ」と言ってのけた現ロシア首相。この何十年、手を変え品を変え、この劣島全体を愚弄してきたのです。それでもまだ、そのやくざな権力に縋り付いていくのか。「武士は食わねど高楊枝」というのは、やせ我慢であり、見栄っ張りであり、根性なしの証拠でもあるでしょう。いいではないか、人でなしの国家政府と,いったいどんな「外交」「交渉」がありえますか。ぼくも、早くから「外交官の引き上げ」を言っていましたが、それも見送るという。こんな姿勢が相手を、必要以上に増長させるのです。

 すでにどこかで、二度三度と名前を出したヴァーツラフ・ハヴェルという劇作家で、チェコの大統領でもあった人の逸話を書いて、駄文を終わります。前年(19891年)末、大統領に就任していた彼は、年明け元日に「新年のあいさつ」を国民に送りました。

 親愛なる市民の皆様、
 みなさんは四十年というもの、この日に私の前任者の口からいろいろ違った形で同じことをきかされてきました。いかに我が国が発展しているか、われわれが何百万トンの鋼鉄を増産したか、われわれがいかに幸福であり、いかに自分の政府を信じ、どのような素晴らしい前途がわれわれの前に拓けているかを聞かされてきました。
 みなさんが私にこの職務につくように提案されたのは、私もまた嘘をつくようにというためではないと信じます。
 わが国は繁栄していません。「新年のあいさつ」(阿部賢一「ヴァーツラフ・ハヴェル 力なき者たちの力」(NHKテキスト2020年2月)

 政治家は、すべからく嘘をつくと言われています。でも、ぼくは違う考えをしてきました「嘘をつくのが政治家だ」と。普段はほんとのことを言うけれど、たまには嘘も言う、それは、誰だってそうです。しかし政治家という職業人は「嘘をつくことが商売」なんです。嘘ではありません。なぜなら、ぼくは政治家ではないからです。フランスの元大統領が、プーチン大統領は「うそが習慣」と昔日を偲んで白状しています。   

 【パリ共同】フランスのオランド前大統領は、在任中にロシアのプーチン大統領と協議した経験を踏まえ「彼はうそをつくのが習慣だ」と明言した。フランス紙ルモンドが5日、インタビューを報じた。プーチン氏と対話するということは「口に出すことは実行せず、したいことは口に出さないと知りながら何時間も話を聞くことだ」と説明した。オランド氏は14年に勃発したウクライナ東部の親ロシア派武装勢力とウクライナ軍の戦闘を巡り、ドイツのメルケル前首相と調停役を務め、ミンスク合意をまとめた。当時、プーチン氏がオランド氏に対し、親ロ派勢力の指導者について知らないふりをしたと明かした。(上の写真は2014年12月、モスクワ郊外の空港で会談するロシアのプーチン大統領(右)とフランスのオランド大統領(ロイター=共同)(2022年4月6日 05時33分) (共同通信)

 政治家の言葉から嘘を引いたら、ゼロだというのは、わかりきったことです。ハヴェルは、当たり前に「嘘をつかない」大統領になったのです。政治は「権謀術数」だと言われるが、それも嘘です。そんな我儘な政治をして、権力を振り回したいというチャラい、卑しい「野心」の発露です。ぼくがことさらに国連を持ちだそうとしているのも、国連の会議には嘘がまかり通っているし、それを参加者は承知したうえで、「美辞麗句」を並べて、盛会を装ってきたのです。ある国連事務総長の「一日」をを追っかけたビデをを見ましたが、秒単位の多忙ぶりです。なぜ忙しいか、各国の政府代表と面会(記念写真)するからで、その数は数日間で百五十組に及んでいた。事務総長は、とても忙しそうでしたし、それ以上に楽しそうでした。これで難問山積の時代の中で、「世界平和」が築けるか、虚飾や虚偽が、国連の会議場や廊下を闊歩しているのです。

 しかし嘘をつかない政治家、まして大統領には、やがて民心(支持者)は倦(う)んでくるのも事実です。もっと派手な、格好いい、容姿のみすぼらしくない、国を誇りあるものにしてくれる大統領を!となります。しかし、国民のレベルに合わせて政治家が生息するとも言いますから、民度とか、賢さがはかばかしくなければ、ちょうど今の、この社会の政治家や総理大臣レベルでしか政治を語れないというのが実際のところです。それもこれも、「選挙民」が選んだのですから、ブーメランは自らに戻ってくるのです。

 「私は力をもたない」という自覚があるか。「本当に自分は弱い」という覚醒があるでしょうか。徹底した弱さ、至らなさの自覚から、何かが生み出されるのです。「力比べではない」交渉。「ことばあそび」や「多数決」を弄ぶのがデモクラシーではない。暴力しか頼るものをもたぬ「殺戮者」に向きあって、なお彼らをして膝を屈するほか方法がないことを教えるのもまた、「言葉の力」なんです。

 (「殺戮」はウクライナの所業だ、同一民族が殺し合っていると、いろいろな角度から情報が混乱して出て来ます。だれがどうだということの「犯人探し」は大事中の大事ですが、何よりも「無辜の民の殺戮」ばかりは、だれもが即中止を求めるに異論はないでしょう。だからこそ、一刻も早い「停戦」をと、願うばかりです。「戦争」は陰謀論の檜舞台です。この島にかかわらせて言うなら、「大本営発表」に始まり、「欲しがりません勝つまでは」に至るまで、情報の錯綜著しく、人心の錯乱は、語るも悲しい「フェイク」博物館であり、博覧会でもあったことを忘れたくありません)(このテーマについては、もう少し、愚考と駄文続けたいですね)

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無力の国連だから、できることがあるんだ

 国連、即時行動なければ「解散を」 ウクライナ大統領、安保理で訴え【4月6日 AFP】(更新)ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領は5日、米ニューヨークの国連(UN)本部で開かれた国連安全保障理事会(UN Security Council)会合でビデオ演説し、ロシアのウクライナ侵攻に対して「即座に行動」しなければ、国連は「丸ごと解散」すべきだと訴えた。/ ゼレンスキー氏は、安保理からロシアを排除し、同国が「自らの侵略や戦争に関する(安保理の)決定を阻止できないようにする」べきだと主張。それができなければ「次の選択肢は自らを丸ごと解散することだ」と断じ、「皆さんは、国連を閉鎖する用意はあるか?」と問い掛けた上で、「その答えがノーなら、即ちに行動する必要がある」と訴えた。/ 同氏はさらに、ウクライナの首都キーウ近郊のブチャ(Bucha)や南東部マリウポリ(Mariupol)でロシア軍が行った残虐行為の証拠として、浅い穴に埋められた子どもを含む犠牲者の遺体や、両手を縛られた遺体を捉えた映像を流した。/ 同氏は、人々が「自宅で殺害された」ほか、「民間人が道路の真ん中にある車の中に乗っていたところを戦車に踏みつぶされた。単なる快楽のためにだ」と指摘。「責任追及は避けられない」と断じたほか、ウクライナから「数万人」がロシアに送られたとも主張した。/ これに対しロシアのワシリー・ネベンジャ(Vassily Nebenzia)国連大使は、ロシア兵による残虐行為の証拠となる目撃証言はないと反論。ウクライナからは60万人が自主的にロシアへ「避難」しており、強制や拉致の事実はないと主張した。(c)AFP(https://www.afpbb.com/articles/-/3398871?cx_part=latest)(ヘッダー:ウクライナの首都キーウ近郊ブチャの通りに立つ犬=4日(AP))

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 ウクライナ大統領の国連演説は、この非常事態にあっても、なお当たり前の状況認識であり、ぼくはこの「侵略戦争」勃発当初から同じことを言ってきました。「ロシアは許せない」「ロシアは非人道だ」「経済制裁(封鎖)の一層の強化だ」と、それこそ、「西側諸国」は危機が及ばないような、安全な要塞に閉じこもって、正義ぶった(自分のことを棚に上げてた)「発言」に終始してきました。(だから、邪鬼そのものの「ロシア」に嘘八百を言い立てられても効き目のある回答が出せないのだ)当然でしょうが、危機事態でただの一人として、心ある政治家は出てこなかった。当然だ、心ないのが政治家なんだからというのでしょうが、それはともかく、「P」に迫って、戦争をやめさせようとする指導者はどこからも出てこなかった。国連をはじめ、各種の国際機関がありますが、それもいわゆる「ならず者大国群」の利害調整機関、あるいは権力の維持装置でしかなくなっているのです。これだけの「殺戮」「ジェノサイド」を世界監視のもとで、あえてして見せるというのは、どういう「両県」であり、いかなる質の「鬼」であろうかと、ぼくなどは、血圧は上がり、腹の虫は収まらず、今すぐに高飛びして、「P」のところに身を投げ出してやろうかとさえ夢想しているのです。

 国際刑事裁判所がどうであるとか、国連人権理事会がどうだと言って、現状では十分な「制裁」ができないことの理由をあげつらっている、そのさなかに「殺戮」は続いているのです。「ロシア」という国は、世界の仲間になって、仲良く(うまく)やっていこうという気がみじんもないことを世界に示しています。冗談のようですが、こんな国が、国連の、それも常任理事国の席を占めること自体、国連憲章に背反するんじゃないですか。くり返すようですが、ぼくは「ロシア」が嫌いで、だから、どうこういうのではないのです。ロシアの国や国民が戦争をやりたがっていたり、ウクライナを亡ぼしたがっているのではありません。(中にいないとも限らないが、困ったものです)「国家権力」という忌々しい武器を掌握して、自らの野心や欲望、あるいは自己顕示の達成、そのためだけに、あらん限りの暴力駆使・行使できる人間こそが、最も悪質な犯罪人であるのです。

 世界中に腐るほどいる政治家の中に、誰一人として現下の惨禍に飛び込んで、相手と刺し違えてでも「戦争を停止させる」、そんな気概のある人がいないのだから、悲しさを超えて、笑いそうになります。ぼくは、後期高齢者であり、絶対平和主義をわが身に刻んで生きてきたものです。その人間でさえ、かかる惨状を看過したままで死を待つわけにはいかないと腹をくくり(「腹を切りたい」ではありません)、闇雲に村雲の中に飛び出そうという、破廉恥をしかねない状況にいます。ロシア正教の神父たちが「ロシアの正義」「わが国民の平和と安全」とか、厚かましい「祈りをささげ」ている映像が流されていました。いつでもどこでも、神や仏は、時の権力の腰にぶら下がって離れないことだけが「祈祷」の眼目なんじゃないですか。かと思うと、何日間も真暗闇の防空壕で「露軍」の砲撃に曝されながら「神に祈ろう」「神様、救ってください」と悲痛な声を出している真っ暗(黒)の映像を見ました。この危機にあって、それぞれの「神」というのは、何をしようというのですか。なにをしないのですか。「殺す側の神」も「殺される側の神」も、同一神であるのなら、それは、神の堕落であり、腐敗であり、退廃であるというほかありません。ぼくには「神」も「仏」も知りあいではありません。だから、どうかぼくを罰してくれといっても、彼らには「無信仰」人間は裁けないでしょ。「教会の外に救い無し」は、キリスト教がある限り効力はきれないでしょ。近年(だけでもなく)の教会は、「教会の中にも救いなし」を唱えている恐ろしさです。

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 ウクライナで軍が住民虐殺と非難され……ロシア政府や教会の反応は ウクライナで、ロシア軍によるものとみられる残虐行為の証拠が次々と明らかになっている。アメリカのジョー・バイデン大統領は4日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を戦争犯罪で裁くべきだと主張。西側の他国もロシア外交官を追放するなど、ロシアに対する非難を強めている。/ ウクライナの首都キーウ(ロシア語でキエフ)近郊のブチャでは、多数の民間人が殺害されたとされ、国際的な怒りの声が高まっている。/ BBCのスティーヴ・ローゼンバーグ・ロシア編集長がこれについて、4日の記者会見でロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相に質問した。/ ラヴロフ外相は、アメリカはまずイラクやシリアやリビアで自分たちがしたことを反省すべきだとして、「アメリカの政治家たちは良心が痛んでいる」のだろうと答えた。/ ロシア政府はこれまで、ブチャなどで住民の虐殺があったという非難に対して、ウクライナや西側諸国のでっちあげだとして全否定している。/ ローゼンバーグ編集長がロシア政府や正教会の反応、さらには政府に反対する市民の反応について報告する。(BBCNews:https://www.bbc.com/japanese/video-60992228

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 国連の無力は今に始まったことではありません。戦後の「軍事大国間」で、揺らぎ続けてきた極めてか弱い存在でした。時には無法大国の傀儡のようにこき使われ、国連は一国の付属機関であるのではと揶揄されてきました。その通りであって、ぼくに言わせれば、「無力である」ことを恥じる必要は微塵もないのです。「国連軍」が強力であるとは、西か東かはともかく、どちらかの陣営の金力と武力によって操作せられているのであって、それを「正義」(人道)の機関に戻すことはあり得ない相談です。ぼくは国連は無力だからこそ、きっとできることがある、「世界の平和」(とそれは、一種の。一瞬の「幻影」であるかもしれません)のために、か細い存在だからやれることがあるのです。それはなにか、とぼくに言わせるのかという、そんな思いが募るほどに、国際連合は焼きがまわっているのでしょう。国連は武力を持たない組織であってほしいし、その組織だから可能なことがあるのです。それはなにか、とぼくに言わせるのかな。

 核廃絶とか、核不拡散とか、あの手この手を使って(嘘八百を並べて)、核所有国は増える一方です。なぜか、どうしてか。国連が大国の手足に成り下がっている状態を見逃してきたからです。この組織や制度が、世界の現状を「固定すること」にのみ、その役割を限定されていることを、まず打ち壊すことではないでしょうか。武器を持たないなら、何をもって「武力」や「暴力」に立ち向かうのか。それをぼくに言わせるのですか。「目には目を、歯には歯を!」(An eye for an eye and a tooth for a tooth.)と、さらにいうのならば、ぼくはヘミングウェイですよ、「武器よさらば」(A Farewell to Arms)と、ね。

 ビロード革命を率いて、直後のチェコ(・スロバキア)の大統領になった、劇作家のヴァーツラフ・ハヴェル(1936-2011)に「力なき者たちの力」という必読の書があります。これについては、どこかでゆっくりと書いてみようと以前から準備はしているのですが、現在の状況ではなかなかそれもできそうにありません。いや、このような事態だからこそ、「力なき者たちの力」が求められているのです。「武器よさらば」といって、力なき者に何ができるのか、いや力がない者だからこそ、できることがあるのです。それはなにか。

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ハヴェルVÁCLAV HAVEL)(1936〜2011)=チェコスロヴァキア大統領。劇作家 チェコの出身。1960年代後半より反体制運動・人権擁護運動を行い,77年には「憲章77」を発表して「人間の顔をした社会主義」の実現を要求。この間投獄を経験したが,1989年にはビロード革命を指導して共産党政権を打倒し,12月に大統領に就任。1992年の総選挙で敗れて辞任した。1993年1月よりチェコ大統領。(旺文社世界史事典三訂版)

〇 「希望とは世界の状態ではなく心の状態である」という言葉をハヴェルは残しています。それを今、ぼくたちは自らのものにしたい、いや、するべきでしょうね。(近日中に「プラハの春」「戦車が奪ったチェコのデモクラシー」そして「ビロード革命」に至った時代状況(歴史)を、いまのウクライナの惨状に重ねて、そのどれにも「ソ連」「ロシア」が土足で、一人一人の民衆の「生活」を踏みにじり、尊厳を葬ったのでした。権力に向き合って、しかも「力なき者」として対峙しえた先人に学びながら、それこそ自分たちの時代の「希望」を思い切り「グリップ」したいのだ。

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