センスってなんだ?

 学生時代に「ナンセンス」は島国中に大流行しました。もう数十年も前の話です。だれかが集会でアジ演説をしていると、反対派は、演者の一言ごとに「ナンセンス」の大合唱でした。演説内容を一瞬のうちに全否定する、一種の呪い(まじない)、呪文としてはやりました。運動家が属する各派は一種の「レリギオ」(宗派)だったから、それにふさわしい呪文(お経)が求められたのだと思う。各宗派の違いは五ミリ程度、その極小のちがいが決定的に重要だった。だが、ちがいを強調しながら、互いが罵りあう掛け声の「ナンセンス」だけはまったく同じでした。各派は同根だという証明になるかも。「学生運動」という大学当局に保護された熱病が蔓延していた時代のケッタイな風景でした。それ以降、運動は悲惨な方向をたどります。

文楽

 ぼくは今も昔もノンポリ(ぼんぼりじゃありません。この「ノンポリ」なる語もどこかに消えた)で、舞い上がるとか、炎上するということはありませんでした。じゃあ冷静だったか、と問われれば、いやいや、なかなか激しかった。何において「激しかった」かはここではくわしく言えませんが、上に触れた活動家諸君のような意味ではなく、自己流の「ナンセンス」にはまっていたのは事実です。ノンポリの熱中したものは(?)「女性」でなかったのは事実です。もしそうだったら、さぞ大変なことになっていたろうと、想像するだけでもぞくぞくします、怖くて。「惚れて通えば千里も一里 長い田んぼもひとまたぎ」と寄席学校でまなびました。

志ん生

 一つは、その寄席。もう一つは文学。さらには音楽。落語家になりたいとは考えなかったが、金を工面して寄席に通いました。たいていは上野「鈴本」、文楽や志ん生は少し前に亡くなっていた。いわば圓生の独り舞台。ぼくは何席か伺いました。談志や円楽(先代)の売り出しの頃でした。同時に学生気分のままに小説でも書こうかという気になっていました。まじめな「ナンセンス文学」が書けないかと思案していた時期もあります。これはその後も続けようとしましたが、事情(無能)があって中断。志を果たさないままで、寿命が尽きようとしています。さらにはあるまじきことでしたが、音楽家(楽器)に挑戦しようと羽目を外しかけたこともありました。音楽(バッハ)論を書いたこともありました。その一方で、ゲルピンでありながら無理を重ねてレコードを買い続け、数えたことはなかったが、ほんの数年でLPはかるく1000枚は越えていたと思います。(後日、古レコードとして売った時に値段と枚数に驚きました。今はなくなったと思いますが、銀座の「ソニーレコード(?)」で、出張買い入れだった)それと同じようなペースで本を買い漁りました。ほとんどが新刊。まだアマゾンやミシシッピがなかった時代です。親戚の二階に居候(つまりは十階・二階+厄介)していたのですが、レコードと本の重みで階下の戸が開かなくなったほどでした。おなじことは結婚後にも繰り返されました。なんとかは死ぬまでなおらない。やまのかみに罵倒されたのはいうまでもない。(ナンセンス!)

圓生

 その他、いくつかの種目に熱中しましたが、結局は途中ですべてを放棄・断念してしまいました。代わって、夢中になったのは、卒業なんかしないで生涯を「学生気分」で暮らす算段をつけることでした。四年で終わらないで、その後も学生生活をつづけた。いまから考えれば、この時期に仕入れたもろもろの「商品」はもちろん売り物にはならなかったけれど、ぼく自身の身を肥やすいい材料(栄養素)になったと、勝手に自己評価していますが、他人の評価はほぼ無視だった。(こんなつまらぬ経験談をだらだら続けても無意味)結局は郷里に帰り「教師」にでもなろうと思い立ち、そのための学習はまったくしていなかったから、さっそくに教職に備えたという次第です。要するに生に対する姿勢は崩れたままだったということでした。(「教職」志望も直後に断念、残念だったと思いますが、半面ではよかったのかもしれない、ひょっとしたらぼくの「未来の教室」に入れられたかもしれない子どもたちにとっては) 

 この項のテーマは「ナンセンス」でした。ぼくのだらしない「騙り」を続けるのも結構「ナンセンス」ですが、もう少しまともな「ナンセンス」に言及する必要がありますね。「ナンセンス」は、似ているようで「滑稽」とは根底でちがうと思います。語義の詮索はしません、ナンセンスですから。面白さとは直接の関係がナンセンスにはなさそうです。一方の滑稽はどうですか。おかしさが滑稽の命のようにも思われます。ともかく、ここで重要なのは「センス」です。この「センス」を無・無化するのが「ナンセンス」の本領なんですね。「センス」をギャフンといわせる。その手法はさまざま。

「(ナンセンスそのものは)何の役にも立たない。何の役にも立たないんだが、センスっていうのは何かっていう問題をナンセンスは提起していると思うんですよ」(鶴見俊輔「センスとナンセンス」鶴見俊輔集10に所収。筑摩書房、1992年刊)

 どかこで触れましたが、それ(センス)は「社会通念・常識・良識・規範・道徳・倫理」などという言葉で示される時代や社会(集団)に優勢な価値観でしょうか。「普遍性」などという言葉を使って説明しても構わないが、意外に時代や地域の制約を受けるのは「よそ(諸外国)」を観れば一目瞭然とします。

(ここで述べないが、個人(私)・社会(公)・国家(官)という区別・区分がほとんど無視され、混同されてきたのがこの島国です。公私混同といい官民一体などといいますが、「私」と「官」だけのように錯覚させられてきた長い歴史があります。「私」と「私」が出会って「私たち」になるという部分が過少に評価され、あるいは無視されたんですね。「官」が「私」に覆いかぶさるのがあたりまえに許されてきました。「公共(社会集団)性」の不在か未成熟の故でした。「社会」が育たなかったのは「国家」が強すぎたからでした。個人生活にいきなり国家が土足で入り込むようなえげつなさで、国家は「私的な部分」を抹殺し来た。この問題はしっかりと考察します)

「センスっていうのは非常に何かの役に立つわけだ。一生懸命勉強して、偉くなって、そして、たとえば、イギリスだったら「サー」になる人ですね。日本だったら、勲一等。正一位にはなれないけども、正三位ぐらいになるからね。そういう序列があるでしょ。そして、その家族、親戚縁者が潤うとかね、そういうものでね。で、それに向かってすべて盲目的になるんだけども、そういうものに役に立たないものはナンセンスだけども、役に立ったとしてですよ、人間は結局何をつかむか。つまり永遠の中でいえば、すべては消えてしまうわけでしょ。そうすると、生きるということはいったいセンスから見て何か。無益なことですよね、生きるってのは。そのことをナンセンスはいったいどういうふうに答えるかっていう問題があるでしょう?センスはその問題を出さないわけだ。よくよく考えてみると、センスはその究極のところで、そのナンセンスにぶつかるわけですよ。ナンセンスはそれを逆に回っていくわけですけどね」(同上)

 この部分の記述はまるで「悪人正機」を述べる親鸞の思想のようにぼくは面白くかつ重要な指摘として読みました。「偉くなってどうする(?)」「金持ちになって何するんだ(?)」「社長にどうしてなりたがるのか(?)」「総理大臣はそんなに凄いのか(?)」(たしかに今のソーリは凄い、花見が税金でやれるんだから)(いやな税務申告の時期になりました)彼はなんと「嘘」の掛け算をしてるんだ。神経がないんじゃないかと思うくらいに図太いっていうのはホントか。大臣連も「右に倣え」だ。 

 「?」の中を問われても意味のある返答はむずかしいでしょう。まず犬・猫たちには通用しないから。当然だよ、そいつらは「畜生」じゃないか、といって胡麻化す。嘘をつく。いい学校だのいい会社だの、いい人生だのって(?)、犬や猫(動物)は学校なんて必要としない。いいや、なかには進学塾や進学校に入るやつもいる。「犬猫の風上にも置けないぞ」とナンセンスは負けていない。

 「存在そのものは無意味なものなんで、海辺に波が打ち寄せてくる、引いてまたうち寄せてくる。その状態なんだ、存在はね。それを意味のなさにおいて受け入れる。そしてその存在の感触を楽しむ、それを子どものときに、ただ、言葉のごろ合わせみたいなもので、これは楽しいじゃないかなんてことが…ていうのは、存在の感触というものを子どもが知る手だてになるわけでしょ。だからそれはいわば、そのことによって生もまた耐え得るものになるってことがあるんじゃないですか(?)もしセンスをそこで教えたんだったら、ある時にセンスの不合理性を考えたらもう、ぜんぜんやる気なくしちゃうわけですよ。で、初めにナンセンスに浸るならば、センスそのものはその後、生きる技術として部分的な正統性を与えるとしてもですよ、全体はナンセンスの中にあるものとして安住できるわけでしょ。…」(同上)

 「ナンセンス」のちからはそこにあると俊輔さんは言う。「ぼく、生まれたら死ぬの(?)」と問われてなんと答えるか。ここでは「センス」は涼み(風送り)の役にも立たない。「余計なことを言わないで、宿題をしなさいよ」とかなんとか、「センス」の権威はこんなもんですな。「ナンセンス」は意味ありげな常識や規範とされるものを破壊する。子どもはみんな「シンラン」だ。

「それが不条理であることを通して、存在そのものの持っているナンセンス性ってのに目ざめて、そのナンセンス性を楽しみ受け入れるという方向にいこうと、その練習をすることになりますね」(同上)

 「優劣なし」だという見方・考え方をうけいれることが大事なんだ。学校は「問答無用」を常用するし、親は権威(暴力)をふりかざす。「どうして子どもを脅迫すんだよ、この親は」と「しつけ」が聞いてあきれています。「躾」とは「身」に「美」だとよ。悪い冗談ですね。本日、千葉地裁で女児を虐待死させた父親の初公判がありました。「泣いて反省」のお父さん。「子どものためにやったことだ」と。哀れなのはぼくたちもふくめてみんなです。この事件では、様相は極端ですが、「センス」の仕組みが透けてみえたでしょ。「センス」の骨組みが、ね。「知ったふりをしない」、それが「英知のある人」です。おいらは無知だけど。

 このテーマを書こうとしていた時、かなり前に読んだ谷川雁さんの文章を想いだしていました。それでありかをさがしたんですが、見つからなかった。その内容は次のようでした。いずれ出典部分を正確に書き写したいと考えていますが、とりあえずはぼくの曖昧な記憶をたよりに。

 「(福岡県のある地方だったか)小学校の4年生くらいの女の子が友達数人がいるところにいったら、一人の男子が「おまえはキタナイ(汚い)から、こっちへ来るな」といわれた。女の子はそういわれてうつむいた(怯んだ)かというと、「キタがないなら、日本はサンカク」と切り返した。うっちゃりですね。男子たちは腰をぬかしたかもしれない。谷川さんがどこかで仕入れたエピソードだったが、それを聞いて雁さんは驚愕したそうです。「キタナイ」と黴菌あつかいをうけていじめられる子どもが後をたない。

 たしかに不潔な服装やふろに入らないでいる子どもは清潔ではない(ぼくは、どうかするといまでもそうですが。だからいつも▲)。「キタナイ、来るな」というのは当たり前の対応(センス)でしょ。ありのままの事実を指摘されたのだから、ショボンとする・うなだれるはずですが、この女の子はちがった。「キタナイ(北ない)なら、東・西・南だけだろ、(◆のはずの)島国は。だから二ホンは▲だ」と。バカな解説をすれば「ナンセンス」のいのちは死んでしまうが、ことの顛末はそうです。センスはナンセンスに、さらに立ち向かえたか。(「ナンセンス」は学校じゃ教えられない。なんでやねん)

 「ありのままの姿見せるのよ / ありのままの自分になるの / 何も怖くない 風よ吹け ♪♪」

 「これでいいの自分を好きになって / これでいいの自分を信じて/ 光をあびながら歩き出そう / 少しも寒くないわ ♪♪ ♭」 (「アナと…」は小1の孫にていねいに「教えられ」ました)(2020/2/21)

センスとナンセンス

 優劣のかなたに

 「センス」ということばがあります。「物事の微妙な感じや機微を感じとる能力・判断力。感覚」(大辞林)とありますが、「あのひとはセンスがいい」「なんともセンスが悪い」というように使われます。また「(感じ取る)意味, 理解,意図,意義,価値;(語句の)意味,語義」など。さらにいえば、コモンセンスという意味で「社会通念」や「常識」をさすこともあります。学校教育で教師がもっとも重視するのはこの社会通念や常識の価値(世間で「有用」とされる考え方)であるともいえます。社会生活を営む上で必要な「センス」というものがあって、それを身につけさせるのが学校・教師の仕事になっているのです。子どもたちが社会に出て困らないように訓練する、それこそが学校の役目で、わかりやすくいえば、この「センス」(常識)をたくさん子どもたちにもたせることです。ごくろうさまです。(ヘッダー写真「校長通信「教育は愛」:https://motobuto-e.saitama-city.ed.jp/blog/i/2931/detail.html

 子どもは社会に受け入れられるためには社会を受け入れなければならない。社会というのは既存の社会集団が備えているもろもろの価値観であり、社会規範の総体ともいえます。面倒ないい方をすると社会規範を「内面化する」ということです。その練習を学校でしているのです。子どもが学校で認められるには、学校の価値観を受け入れる必要がある。理不尽だと思われる校則でも、それを守る。無理な要求でも、教師のいうことにはすなおにしたがう。そうしているうちに、社会のルールを受け入れられる人間になるのです。学校教育は社会に出る前の訓練期間であり、一種の助走のようなものとみられます。社会に出て困らないための練習ですね。

 教育は社会化であるとしばしばいわれますが、基本的には既存社会の価値観や規範を植えつけること(上品にいえば、内面化です)を意味します。教師の仕事は子どもを社会化する点にあるとされる。したがって、どの子もみんなそれぞれにちがいがあり、それを一元的に比較することはできないというのは、社会の常識に対する不届きな挑戦とみられます。ぼくが懇願している「優劣のかなた」などはある種の幻想であり寝言だとされるでしょう。「現実はそんなに甘くはない」のであって、「優劣あり」こそが常識の立場になります。

 たしかに「優劣なし」、「優劣のかなた」は常識の土俵に入りそうにない。だからといって、それをまったく無価値・無意味なものとして無視していいのかどうか。子どもには出来と不出来があるから、成績の差が生じるのは当然だと常識派は主張する。ほんとうにそうかどうか、とそれを疑う柔軟性は常識派にはありません。優劣はある、それのどこが不満なんだ、と。

 「いい子」「優等生」は学校で作られる。「養成」(「栽培」という語を使うと叱られるか)されるといっていい。素直で従順、器用で要領のいい子に仕立てられる。これができれば優等生、これができなければ劣等生というように学校専用の物差しに合う合わないで「優劣」に分けられる。もちろん、学校専用の物差しは既成社会の価値に合うように特注されたものです。いつでも「劣等」だったぼくにはこの物差しの限界は知悉しているつもりです。

「優劣あり」が世の中の実情だし、貧富の差があり、能力の高低がありというように、なにからなにまで序列づけされる。山田さんより田山さんの方が「優れている」という比較の発想はどこから生まれてくるのか。たしかにテストでは点数に差がつく。でもそれで終わりではなく、教師はふたりのなにをどこまで知っているのかという点になると、たちまち点数の差は仮のものだということに気づくはずです。

 「優劣あり」という常識派に対して、いや優劣などはないのだという非常識派にたつ。するとどのようなことがおこるか。成績至上主義、学力一点張りという「センス」(常識)に対する疑いがおこる。それはきっと「常識」でこりかたまっている「センス」を笑いとばすはずです。「ナンセンス!」と。センスに対峙しうるのはナンセンス。仮に「センス」を「意味」とすれば「ナンセンス」は「無意味」です。ということは、「意味あり」という世間の通念を「無意味」だと「無化」する、有効性を奪うというはたらきを持っているんです。

 「犬・猫に権利だと」などいっていた前時代の「人間独善主義」派の現状はどうですか。この島国でも、かなり昔は「犬・猫・畜生」などというのが「センス(社会通念)」(それは男の価値観」だった)でした。あるいは二次大戦の敗戦前には女性に対して「大学の門」は基本的には閉じられていました。(「女に高等教育(?」は不要であるぞ」)(今でも医大では特定の性に差をつけています)いまなお差別を容認する時代でもあるのです。それを忘れたくありません。どうしてそれが許されるのか、「ナンセンス」派はおおいに訝ります。(いずれこれも消えざるを得ないでしょうが)それが時代や社会の(男の)「センス」だからです。その時代の「センス」は「ライト」(権利)でした。現実はどうですか。ぼくたちはそのような「センス」を根底から無意味・無価値・無力なものにする「ナンセンス」の力を知ったといえます。

 「優劣のかなた」は「ナンセンス」だと笑われるけれども、それは「優劣あり」という「センス」を決めこんでいるつもりの取り澄ました「常識」を蹴散らし、笑い飛ばす力を根底に有しているのです。ぼくの若いころ(何年前くらいだったか)、まわりにはそんな(センス気取り)人種が五万といました。非常識の振る舞いの絶えないぼくにいろいろと忠告をしてくれたのですが、反吐が出るほど嫌でした。いつも「クズ」「ゴミ」と面罵したことを忘れません。(人間は図星を指されると、気色ばむんだね)(紳士淑女たちはぼくよりよほど年上だった)そんな連中は「社会的」には立派らしい顔つきをしていました。

 その証拠になるかどうか、ぼくより年上だった大半の「センス派」は国家から勲章を「いただいて」恍惚としていると人伝に聞きました。(正確には「いただく」んじゃなく、「貰いたいです」と申請するようです。どうでもいいことですね)ある御仁はぼくごときに受賞のための「推薦書」を書けと言ってきたこともありました。ぼく個人は何にせよ貰うのは嫌ですが、他人さまが「貰いたい」というのを邪魔はしません。(これでも他人の営業妨害をしないのが信条。理由はぼく自身が妨害されたくないからです)それでも「貰いたい」方の片棒を担ぐのはお断りしました。あるとき電話で「皇居内のおはなし」をぼくは聞く羽目になりました。

 ともかく、人間の社会が前に進むのは「センス」に対する「ナンセンス」のはたらきでもあります。だから「常識」然として前に立ちはだかるものは堂々と(陰に隠れてじゃなく)笑っていいんです。「ナンセンス」が「センス」にとって代わる。それが次の時代の「センス」(常識)になる、それをまた「ナンセンス」が笑い飛ばして、新たなステージを生みだす。デモクラシーの一面でもあります。まるである種の「椅子取りゲーム」のようですな。それで結構。だれも銃器を手にしていないから。

 こういう進み具合が進歩・向上・上達(progress)というものじゃないですか。その意味では、いつの時代どんな社会にも「ナンセンス派」「荒唐無稽君」「(他人から」「笑止千万主義者」(と罵られる人物)はいなければならない。でなければ、時代や社会は前に進まない。もたついていると、その隙間(ニッチ)を狙って、大昔への「退歩・回帰」派が「闊歩」しかねませんね。(まさか奈良時代にではなかろうが)いまの様子じゃ「王政復古」を唱えかねないですよ。「麗しき伝統」とか「醇風美俗」などと時代錯誤の単語を使ってさ。(2020/2/12) 

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「私たちにはもっとできることが」

 政策スピード不足 官僚の壁 一律給付に財務省反対(2020/04/18 00:54産経新聞)

 安倍晋三首相は17日の記者会見で、新型コロナウイルス感染拡大の阻止に向け「国民皆でこの状況を連帯し、乗り越える」と訴えた。2月29日以降、記者会見の回数は5回に上る。だが、都市部を中心に感染者数は増え続け、緊急経済対策に盛り込んだ現金給付では減収世帯への30万円の給付から国民1人当たり現金10万円の一律給付に方針転換するなど迷走を重ねた。首相の思惑とは逆に、政権への批判は強まっている。

 首相官邸の政策決定にスピード感が欠けるのは、前例踏襲を常とする官僚が壁になっているためだ。/ 感染の有無を調べるPCR検査について、首相は再三、1日当たりの検査能力の引き上げを指示したが、厚生労働省は軽症者の入院が増えて重症者支援が遅れれば医療崩壊を起こすと難色を示してきた。新型コロナは感染しても軽症か無症状の人が多い。検査ができないままでは、国民の不安が強まるのは当然だ。/ 新型コロナ感染症に治療効果が期待される新型インフルエンザ治療薬「アビガン」の承認手続きやオンライン診療でも、副作用への懸念から、医師免許を持つ幹部職員らが「立ちはだかった」(政府関係者)とされる。

 現金給付をめぐっては、財務省が国民全員を対象にすれば、「大企業や年金生活者など打撃のない人にも配るのは不公平だ」と主張した。官邸は一律給付が膨大な財源を必要とすることも考慮し、対象を減収世帯に限り、1世帯当たり30万円の給付に傾いた。

 だが、首相が要請した全国の小中高校などの休校や外出自粛による在宅勤務で、家庭では食費など想定外の支出がかさんでいる。企業は先行きへの不安から今後の賃上げに慎重になるのは必至だ。消費税率10%も家計の重しになるだろう。首相はこうした国民感情を重視し、緊急事態宣言の対象区域を全国に拡大したのを機に10万円の一律給付に転じた。17日の記者会見で首相は「もっと判断を早くしておけばよかった」と率直に語った。

 「私たちにはもっとできることがある。目の前の現実に立ち向かうだけではなく、未来を変えることだ」。首相は会見でこう協力を呼びかけた。ただ、5月の大型連休を過ぎても感染者数が高止まりし続ければ、首相が要請した国民の努力も巨額の経済対策も水泡に帰する。来年7月に延期した東京五輪・パラリンピックの開催も危ぶまれる。首相は自らの判断が国家の命運を握る覚悟を持ち、果敢に対応すべきだ。(小川真由美)(https://www.sankei.com/politics/news/200418/plt2004180001-n1.html

 大盤振る舞いというのですか。「減収世帯に30万円」から「国民一人当たり10万円」だと。税金(国庫にある金)はおのれのために有効に使おうと、末法政治屋、過去官僚どもが暗躍している図です。現下の危機をはっきりと見据えている人間はそこにはいない。それぞれが「自利」「自得」だけを狙った狂奔状態にある。火事場泥棒ならぬ、火事起こし泥棒だな。「マッチポンプ」も顔負け、「マッチマッチ、サンキュー・ベリーマッチ」だ。これを奇禍として、という有象無象、魑魅魍魎が蠢(うごめ)いている春の狂乱の舞。

 最近はネットも観たくなくなります。毎度同じ顔が、手を変え品を変え度肝を抜かれんばかりにアップされている。そいつが目に入ると胸糞が悪くなるし、ぼくの持病である「虫唾」が奔走するのだ。「同顔」はこの「危機」を最大限に利用して「選挙運動」をしている。職務に専念するのが選挙運動であり、選挙運動が職務なんだ。金はふんだんにある。使えるだけ、自分の利益になるだけは十分に使い切り、後は野となれ山となれ。「責任」を多言する「無責任」

 10万、30万と聞けば、なんだそれっぽっちかとなるが、それが総額で8兆円だの16兆円だとなると、いったいだれが始末するのだといわねばならぬ。「虚偽ソーリ」は不始末のかぎりをつくしてきた。汚い例えだが、トイレに入って「尻を拭わないまま」なのだ。だれか(人民にか)に尻拭いさせるつもりか。それとも臭いもなにも気にしない(気にならない)質なのか。そんな汚れた手で「マスク」を触るなといいたいね。汚れたマスクが466億円だと。ぼくはいろいろ数字をいじって計算しようとしているが、とにかく金にも汚いし、人品も汚い。気が付けば、劣島には「尻拭わぬ」衆が五万といるようです。にもかかわらず、「献身」や「奉仕」という言葉にふさわしい行為は人知れず、ひそかに行われているにちがいない。

 「一隅を照らす国寶」はほんの足元にいるのですね。目くらましに合わないように。  

 衆生は見殺しにされている。重篤だからと救急車に運ばれて、四十も五十もの病院から診察を断られた人がいる。千葉から八王子まで運ばれた人もいる。医師会はついに「コロナ」らしい患者を「診てやる」となった、オンライン診療をするという名目で金を手に入れた。いつでもできた「検査」を、御為(おため)ごかしでやっと始めようとしている。それもこれも金だ。「医師は医師」以上でも以下でもない、という意味は何ですか。

 テレビやネットを見ればこちとらも「尻拭わぬ病」に感染、いや感電しそうです。それではと「新聞」を開けば、御覧のとおり。「17日の記者会見で首相は「もっと判断を早くしておけばよかった」と率直に語った」と真由美さん。さらに「首相は自らの判断が国家の命運を握る覚悟を持ち、果敢に対応すべきだ」というお節介や提灯もちはやめてくれ、同記者さん。

 「私たちにはもっとできることがある。目の前の現実に立ち向かうだけではなく、未来を変えることだ」と口を拭(ぬぐ)う。「口じゃなく、尻を早く拭いてください」

 君ごときに「未来を変えられてたまるかよ」というのは名もなき、か弱い市民です。

自分のすきな者を優等生にしろ

 総じて学校でする仕事を点にして書き出すからが、不自然きはまるものである。三点の者と五点の者との二点の差の意味はどこにあるか。五つ出来たら五点三つ出来たら三点みな出来たら十点、枡でくみはかるものではあるまいし、二点、三点などと可笑しくは思はないかね。成程量の方ならばそれでもことは足りるかもしれぬ。一体学校の仕事は量は大概きりがある。さきへさきへ、間口ばかりはりつめて行つたとて、仕方あるまい。も少し質の方向を考査する必要がある。(中略)

 「自分のすきな者を優等生にしろ」

 特に好んで奇矯の言を作すものではない。誰でもそれは同じことである。しかし、吾輩はこの論文で吾輩自身の悪口をいふつもり、述べ方も自然杜撰である。だから諸君が若し腹が立てば、吾人も亦同じ程度でこの論文を不快に思ふ筈である。しかし、自分のすきな者をといふこと標準にして飽くまで、自信と責任を以てどしどし児童を篩ひ分け、存分の処置をとりゆくものは、すぐれた人である。万人が万人このまねは出来るものではない。…この吾輩の言に向つて、自分の好きな子ならばどんな人でも優等にしてよいか位の愚問を発する向も更々ないとはいはれない。もしそんな人があつたとすればそれらは到底、度すべからざる手合である。(中略)

 教育を単なる技術の如く考へてゐるのでは、とても、全きを期すことは出来ぬ。

 事実に於て小学校の模範生優等生の後半生が他の者から一頭地を抜いてゐるとは諸君にも恐らく明言する勇気はもつまい。優等生でないものの将来より劣つてゐるとは吾人も申さない。といへば、優等生として諸君の推薦珍重するものが、諸君の手古摺る劣等児などと左程かはりないといふことになるだらう。これらに又しても孤立せる現代教育の悲哀がみちみちてゐる様な気もする。どこまでも小学校の先生はお目出度いかともいひたくなる。(中略)

 学校で実際よかつたから優等にしたのだ。卒業後のことなど寸り知る所にあらずなどと遁れることは出来ぬ。小さい人間の、大事の「若木に爪を立てな」といふ時代をあづかつておきながら、彼等全生涯について責をもたぬとは許される言分ではあるまい。最善をつくしてゐればゐる程、その児童生涯の責任を感じなければならぬはずである。まして、学校で実際出来たというその出来るからが、あやしいものであるではないか。(小砂丘忠義「優等生論」『極北』第四号、1921年) 

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 優等生とはだれのことか。優等生はだれがつくるのか。

  「自分のすきな者をといふこと標準にして飽くまで、自信と責任を以てどしどし児童を篩ひ分け、存分の処置をとりゆくものは、すぐれた人である」という意味はどこにあるのか。計算ができるから優等生で、漢字が書けないから劣等生なら、就学以前はみんな劣等生だし、学校のない時代や社会の人間もまた、りっぱな劣等生でしょう。(右写真の(記念館」を尋ねたことがありました。もう二十年も前のことになるか。すでに当時から常駐の職員はいなかった。その後、間もなく閉館となったらしい)

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 優劣を生みだすのは学校であり、教師ですが、どうしても優等生をつくらなければならないとしたら、「自分のすきな者を優等生にしろ」という小砂丘忠義(1897~1937)さんの啖呵の出所をていねいに考えてみる必要がありそうです。(「優等生」を生み出すのと同じ比重で「劣等生」もつくられるのです)(右下は、小砂丘さんの最初の赴任校岡豊(おこう)小学校)

 蒼 空  

開館数年をおかずに閉館
蒼空をごらんなさい / 蒼いばかりぢやないでせう?/ まぶしいほどに光るでせう
蒼空をごらんなさい / 雲がむくむく出たでせう / 雲もぎらぎら光るでせう
私は蒼空をみてゐると / はづかしいことはできません / かなしいこともありません
私は蒼空を見てゐると / 何もかんにも忘れてしまつて / むくむく心がおどります
も一度蒼空をごらんなさい / どうです、あなた、/ いつまでみてもたらないでせう(文集『蒼空』第一号・1922年8月)

 小砂丘さんの「詩」です。彼は師範学校を卒業して、いくつかの学校の教師・校長を務めましたが、土佐のせまい教育界には居場所が見つからず、東京に出ていくつもの雑誌の編集発行にかかわりながら、教師たちのため子どもたちのために、大きな足跡を残しました。彼の仕事をまとめたものとして、「小砂丘忠義教育論集」(南の風社刊)があります。

 一世紀以上の前の歴史です。土佐の小さな田舎の尋常小学校の若い教師が万感の思いや期待をこめて、幼い子どもたちに語りかけている。「子どもといっしょに歩くひと」が教師だとぼくは言いつづけてきた人間です。二十歳過ぎの小砂丘さんを見て(読んで)いると、涙が出るほどに感心するのです。まさに無手勝流の極北にいた人として、この青年教師にまっすぐにつながりたいと、ぼくも若いころから願ってきたのでした。彼は土佐で教師生活をしたのはたかだか八年間(1917-1925)でした。県や郡の視学(現在の教育委員会)の執拗かつ暴力的な職権乱用で、ついに県外に追放されたのです。(事情は先輩の上田庄三郎さんに同じ)上京後は雑誌「教育の世紀」(1923年に下中弥三郎(左写真)が設立した「教育の世紀社」が刊行)や「綴方生活」(同じく下中の作った会社から出版)の編集責任者として、「生活綴方」教育の流れの中心に位置しつづけました。

生活綴方(せいかつつづりかた)児童・青年,さらには成人に自分の生活に取材したまとまった文章を書かせることによって,文章表現能力または,表現過程に直接間接に現れてくる知識,技術,徳目,権利意識,意欲,広くはものの見方,考え方,感じ方を指導しようとする教育方法,またその作品,あるいはその運動。大正初期に発生以来,時代,指導者の違いにより,どこに力点を置くかが異なってきた。その原型をうちだしたのは芦田恵之助,鈴木三重吉,小砂丘(ささおか)忠義など。昭和初期の小砂丘以後の運動は,秋田県の成田忠久ら東北地方の教師たちの北方教育運動等と呼応,綴方や生活指導を通じて子どもの生活・学習意欲をつちかうことをめざし,生活綴方運動と呼ばれた。1992年(ママ)10月に,運動の母胎となる雑誌《綴方生活》創刊。その伝統は戦後に継承され,1951年3月刊の無着成恭編《山びこ学校》や国分一太郎著《新しい綴方教室》はその再興といわれた。(マイペディア)

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教師は全知で、生徒は無知なんだ

 「銀行型教育(banking concept of education)」について

  「押しつけられる受動的な役割を完全に受け入れれば受け入れるほど、彼ら(生徒たち)はますます完全にあるがままの世界(現実)に順応し、彼らに預け入れられる現実についての断片的な見方を受け入れるようになる」(パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』(Pedagogy of the Oppressed. 初版はポルトガル語版、1968)亜紀書房刊、1979年)

  パウロ・フレイレ(Paulo Freire)( 1921~1997)ブラジル出身の教育実践家・思想家。彼の本領はブラジル北東部のレシフェにおける貧困に甘んじていた農民に対する「識字教育」でした。物言わぬ農民たちが意識をみずからの生活世界に向けだすようになると、それまでの沈黙の世界は一変しました。矛盾や不公正がどんなにむごい事態を強いていたかが明らかになったからです。そのために大資本家の横暴に批判的になったのは当然でした。それがために、六四年のクーデーターに際して、フレイレは国外追放となり、亡命を余儀なくされた。無知から解放されると、体制に対する批判が噴き出てきます。「教育実践」は大なり小なり権力闘争の要素をも含んでいるものです。学校批判や教師批判は、時として「反社会的」と非難されますが、「反社会的」なのはどちらでしょうか、抑圧される側か、抑圧する側(権力を行使する側)か。「反社会的」という態度は非難にしか値しないのか。「抑圧」はつねに暴力を伴うとは限りません。猫なで声やゴマすり風に「抑圧する」暴力もあります。自由の行使を阻害すること、それこそが抑圧です。

 以下は『被抑圧者の教育学』の一節です。まるで「銀行型教育」の核心(定義)のようです。

 1 The teacher teaches and the students are taught.

 2 The teacher knows everything and the students knows nothing.

 3 The teacher thinks and the students are thought about.

 4 The teacher talks and the students listen-meekly.

 5 The teacher disciplines and the students are disciplined.

 6 The teacher chooses and enforces his choice, and the students comply.

 7 The teacher acts and the students have the illusion of acting through the action of the teacher.

 8 The teacher chooses the programme content, and the students (who were not consulted)adapted to it.

 9 The teacher confuses the authority of knowledge with his own professional authority, which he sets in opposition to the freedom of the students.

 10 The teacher is the subject of the learning process, while the pupils are mere objects.

  Any situation in which some men prevent others from engaging in the process of inquiry is one of violence. The means used are not important; to alienate men from their own decision -making is to change them into objects. …
  In the banking concept of education, knowledge is a gift bestowed by those who consider themselves knowledgeable upon those whom they consider to know nothing. …

 The teacher presents himself to his students as their necessary opposite; by considering their ignorance absolute, he justifies his own existence. …(P. Freire)

 銀行型教育において 教師―生徒の関係は「垂直」であり、教師には権威主義が濃厚に認めらます。この垂直関係の秩序を遵守し、教師の預ける「預金」を懸命に蓄える「金庫」に徹すれば、彼や彼女は優等生となれる。ここにいう優等生とは「現にいまある世の中」を素直に受け入れることができる態度や行動を身につけているという意味です。現状に無批判であるという姿勢をとらされるのですね。

 どこかでホワイトヘッドの「子どもはトランクじゃやありません」という教育哲学を紹介しました。フレイレはそれとまったく同じことをさらにていねいに、また過激に「生徒は金庫(コンテナ)」にさせられていると述べています。教師はその金庫に貯金する役目(預金者)です。彼はホルトと同時代に生きた思想家であり、農業指導者であり、「識字教育」の実践者でもありました。何度かこの島社会にも来ています。日本はもっとも「銀行型教育」が成功している社会であるとみていました。(つづく)

*https://www.freire.org/paulo-freire/

弥陀の本願をさまたぐる…

 弥陀の誓願不思議にたすけまひらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まふさんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重、煩悩至常の衆生をたすけんがための願にまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆえにと云々。

 釈迦の第一弟子である阿弥陀さん(法蔵菩薩=無量寿・無量光明)は罪深い衆生がことごとく救われる(極楽浄土に往生する=仏になる)ために四十八の誓願を立てた。『歎異抄』のこの「弥陀の誓願」はとくにそのうちの十八番目の誓願が核心部分になっている。

 「説我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」(『仏説無量寿経』)

 十八の誓願は「もし私が仏になったとしても、衆生たちが心から信心を楽しみ、極楽に行きたいと念仏を十回唱えても、往生しない(仏になれない)なら、自分(阿弥陀)は正覚(しょう‐がく〔シヤウ‐〕《「無上等正覚」の略》仏語。真の悟り。仏の悟り。等正覚)(デジタル大辞泉)に至らない。仏になるつもりはない。ただ五逆(仏語。5種の最も重い罪。一般には、父を殺すこと、母を殺すこと、阿羅漢 (あらかん) を殺すこと、僧の和合を破ること、仏身を傷つけることをいい、一つでも犯せば無間地獄 (むけんじごく) に落ちると説かれる。五無間業。五逆罪)(同上)と正法(正しい教え、すなわち仏法)の排除の罪は除く」というのです。

 ひたすら念仏して仏になる(往生する)ことはできるが、「五逆・正法誹謗」だけは許されないというのが、「正統派仏教」の本義でしたが、法然はこの二つの罪を排除した。人間はどんな罪を犯そうがかならず極楽往生できるとした。時は武士の時代の幕開けでありました。十悪五逆(仏教のことばで、「十悪」は、殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・愚癡(または邪見)のこと。「五逆」は、父・母・阿羅漢(仏道修行者)を殺すこと、僧団の和合を壊すこと、仏の身体を傷つけること)(同上)、の罰当たりでさえも「往生」でき「成仏」できるとしたのです。

法然

 すなわちあらゆる罪を犯したものですら救われるとしたから、法然は大変な目にあいました。時の国立仏教会からは目の敵にされ、悪の権化のごとくに忌み嫌われたはずです。その法然に私淑したのが親鸞でした。「専修念仏」こそが救われる(成仏)ための端緒、「他力本願」とはこのことを指します。

 「この第一条では、他力本願の根本が簡素かつ力強く語られている。中世の民衆は、みずから顧みれば、自分が「罪悪深重、煩悩熾盛(しれつ)」のかたまりであると感じざるをえなかったであろう。天下泰平が四十年近くつづいて、日本人の七〇パーセントが中流意識の生活に安住している現代でさえ、深く省みれば、自分が「罪悪深重、煩悩熾盛」の身以外の何ものでもないなあと、恐ろしくなってくるのではなかろうか。ただ、物質的豊かさや日常生活の安易に馴れて、自分のありかたを見ずにすましているだけなのだ。わたしたちの上等の生活が、発展途上国の農民や漁民の恐るべき収奪、アフリカその他の数百万、数千万の餓死の上に成り立っているという事実にきづいたら、私たちがいかに「罪悪深重」の身であるか、戦慄せずにはいられなぬだろう」(杉浦明平『古典を読む 歎異抄』(岩波書店、2003年)(すぎうらみんぺい 1913-2001、作家・評論家。敗戦後には郷里の愛知県渥美町に定住し、町会議員を経験。『渡辺崋山』『ノリソダ騒動記』『ミケランジェロの手紙』『レオナルド・だ・ヴィンチの手記』など)

 ぼくはこれまでにどれくらいの「お葬式」に出ただろうかと、あらためて想いをたくさんの故人にいたしているのです。この四月にも(昨年同月に急逝した)某氏の三回忌の予定が、コロナ禍のゆえに中止されました。彼とはすでに半世紀以上の知己(親類)でした。

 昨年春の連休を利用して温泉に出かけるといいだし、車で群馬県に出かけた。その晩に中学校の同窓生とお湯につかっているさなかに「大動脈瘤破裂」だったかで一瞬のうちに亡くなった。いまもなお、大声でわが家に来るような気がします。毎春、タケノコの時期になると拙宅にやってきました。儚いのか、運命というべきなのか、人はかならず死にます。人生の意味は「この世かぎり」と考えれば、死はなるべくなら避けたいし、可能なかぎりゆっくりと来てほしいと願う。「命あっての物種」だと思うからこそ、たがいの健康を祈念し、無事を祈るのがぼくたちのあいさつになっているのです。

 ぼくには信仰心がかけているのではなく、「南無阿弥陀仏」と唱える念仏心が皆無なのでしょう。まことに罰当たりです。南無(Namah・Namo)とは「帰命(きみょう)」「敬礼(けいらい)」という意味の当て字で、無条件の信頼を示す語です。つまりは「阿弥陀命」ですね。ぼくにはこれがないのです。阿弥陀さん、死んでもあなたを信じます。ナムアミダブツ、合掌。

 この根っからの不信心は、この先に変わるのでしょうか。はたして、何があれば変わるのでしょうか。