「働・働・働・働・働」という価値観

 全く個人の趣味の問題として、ぼくは「賞」というものは、どんなものにせよ、死ぬほど嫌いです。もちろん、こんな人間でも就学期間中に、意味も分からずに何かと「賞」らしいものを貰ったことがあったが、それを拒否しなかったのは、少年時代といいながら、我が人生の汚点だと考えていました。それ以降、心して、「賞」に近づかないように心構えを明らかにしてきたつもりでした。ところが、その後、25歳ころに自分から好き好んで「お池にはまってさあ大変」という事態を招いたことが、たった一度だったが、ある。音楽好きが嵩じて、ある出版社の懸賞に応募したのだ。詳しいことは略しますが、その結果が半年ほど後に公表された、そのことをすっかり忘れていたのを先輩から知らされ、ぼくは赤面の至りと、実に恥ずかしい想いに襲われた。それ以降、金輪際、汚点は増やさないと覚悟を決めたものでした。 

(ヘッダー写真・高市首相の「働いて働いて…」発言の流行語大賞選出に過労死遺族らが抗議の画像:弁護士JPニュース・https://news.nifty.com/article/item/neta/12382-4769522/photo/

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 なぜ「賞」が嫌いか。理由はきわめて単純。「賞」を授ける側の商売のネタになっているからです。その反対に、偶然であれ何であれ、受ける側そうはいっても、倣い性(癖)になり、賞を取るために何かをするという、奇怪な動機で物事を始めるということになる、その根性がぼくには厭うべものと思われるからです。もらえないのなら、やらないとなりませんか。「金メダル」のために人生を懸けるというのは、あくまでも、ぼくには最悪の選択になる。そんなものは自分は嫌いだが、他者が受賞されることには批判も避難も賛同もしない。この「新語・流行語大賞」と言う年中行事があることは知ってはいましたが、まったく興味はないし、流行語と言うのは、一陣の「疾風」、あるいは俄(にわ)か雨のようなもので、止んでしまえば、降ったことも吹いたこともすっかり忘れるのがオチです。そんなものにあれこれいちゃもんをつけてどうするといわれそうですが、今回の「働いてまいります」という女性政治家の物言いには、率直に言うなら、反吐が出る。「働いて…」を口にしたものも、それを「顕彰」したもの両者ともに対して、反吐が出る。仮に「働いて働いて…」が、自分の覚悟のほどのものだったら、公衆の面前で、これ見よがしに言うべき言葉ではなかったと思う。このような自己中心(self-centered)、他者への思いやりがない人間性こそが最悪の人種(言うまでもなく、政治家としても)だと、ぼくは思っている。

 早速に、「過労死の遺族」の方々が「抗議の声」をあげられたのは当たり前の話。「医師の過労死家族会」共同代表の中原さんの発言。「高市首相が自民党総裁選出後の所属議員向けあいさつで『馬車馬のように働いてもらう』と発言したことについて、夫が生前に残した『馬車馬のように働かされて、病院に殺される』との言葉を思い出し『怒りに震えた』と訴えた」と。この女性政治家の物言いは、ぼくが常々いう「心ない仕業」というものの典型的な事例でしょう。「(受賞に対しては)驚愕した。遺族には最大の侮辱で、深く傷ついている」と語られている。「働いて働いて」という当人の「覚悟」のほどを密かに心中に抱くことは構わないでしょうが、いかにも見せびらかすように「勤勉ぶり」を振りまくのは、実は「自己宣伝」そのものであって、他者への思い遣り(惻隠の情・compassion)」の決定的欠如を表明しているに過ぎないでしょう。この発言自体が由々しいものでしたが、それを持ち上げ、誉めそやし、必要以上に「当人を買いかぶる」顕彰団体は、もっと卑しい、恥ずかしい存在というべきでしょう。このような「ことば」を流行語にしないようにと言う「他山の石」の思いを語るならいざ知らず、先陣を切って、もっと働け、国民の皆さんと言いそうな勢いで、大燥(おおはしゃ)ぎです。自滅寸前(気息奄々)のこの国の息の根を止めたいのでしょうか。「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」と、ファンファーレを吹きならすことに大きな喜びを抱いているのです。

 言うまでもないことですけれど、この政治家のもっとも尊重すべき人生の価値は「一日に何時間働けるか」と言うところにしか見出していていないということです。翻って、「まったく働けない存在」そのものをいささかも認めないということをあからさまに示していないでしょうか。「馬車馬のように」という表現に、ぼくは勤勉や誠実さというものを微塵も認めることはできない。働いて、働いて、国を更に今以上に壊すことだけは御免蒙(こうむ)りたいものです。

 「亡国の道」に、各位・各自挙(こぞ)って一直線…、という悍(おぞ)ましい風景を、ぼくはこれ以上は見たくないですね。

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テサロニケの信徒への手紙二3章6節~18節 (3:6兄弟たち、わたしたちは、わたしたちの主イエス・キリストの名によって命じます。怠惰な生活をして、わたしたちから受けた教えに従わないでいるすべての兄弟を避けなさい。 (3:7)あなたがた自身、わたしたちにどのように倣えばよいか、よく知っています。わたしたちは、そちらにいたとき、怠惰な生活をしませんでした。 (3:8)また、だれからもパンをただでもらって食べたりはしませんでした。むしろ、だれにも負担をかけまいと、夜昼大変苦労して、働き続けたのです。 (3:9 援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした。(3:10)実際、あなたがたのもとにいたとき、わたしたちは、「働きたくない者は、食べてはならない」と命じていました。 (3:11)ところが、聞くところによると、あなたがたの中には怠惰な生活をし、少しも働かず、余計なことをしている者がいるということです。 (3:12)そのような者たちに、わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。(3:13)そして、兄弟たち、あなたがたは、たゆまず善いことをしなさい。 (3:14)もし、この手紙でわたしたちの言うことに従わない者がいれば、その者には特に気をつけて、かかわりを持たないようにしなさい。そうすれば、彼は恥じ入るでしょう。 (3:15) しかし、その人を敵とは見なさず、兄弟として警告しなさい。(3:16)どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。 (3:17)わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。これはどの手紙にも記す印です。わたしはこのように書きます。 (3:18) わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように。(羽生栄光協会・https://www.rcj.gr.jp/hanyueikou/message/bible.php?id=53

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 首相発言の年間大賞受賞に抗議 過労死の遺族「悲痛な声知って」 市早苗首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」との発言が「現代用語の基礎知識選 2025T&D保険グループ新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれたことを受け、過労死遺族らが11日、東京都内で記者会見し、受賞で多くの過労死遺族が傷ついたとして「悲痛な声があることを知ってほしい」と抗議の声を上げた。/小児科医の夫を亡くした「医師の過労死家族会」の中原のり子共同代表(69)(左写真)は、高市首相が自民党総裁選出後の所属議員向けあいさつで「馬車馬のように働いてもらう」と発言したことについて、夫が生前に残した「馬車馬のように働かされて、病院に殺される」との言葉を思い出し「怒りに震えた」と訴えた。受賞に対しては「驚愕した。遺族には最大の侮辱で、深く傷ついている」と批判した。/会見では、受賞に対する過労死遺族らのコメントが紹介され「命を落とす危険もある働き方を称賛するように見え、違和感がある」「怒り心頭で許すことができない。撤回を求めたい」「過労で亡くなった人に対する冒涜」との言葉が並んだ。(共同通信・2025/12/11)

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 高市首相の「働いて」×5 本音のコラム+>前川喜平(現代教育行政研究会代表)
 今年の新語・流行語大賞に「古古古米」や「トランプ関税」を差し置いて高市早苗首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が選ばれた。誰がどう選んだのか知らないが「忖度(そんたく)」の腐臭がぷんぷんする。テレビは高市氏の受賞場面をこぞって報じ、高市人気の向上に貢献した。政権発足から約50日。首相にはもちろん働いてもらわなければならないが、問題は彼女が誰のために働いているのかだ。
 (授賞式で選考委員のやくみつるさんから直筆イラストを受け取り笑顔の高市早苗首相=1日、東京都内で)(右写真)
 第一に、高市首相はアメリカのためによく働いている。アメリカの望み通り防衛費をGDPの2%に押し上げ、アメリカ製兵器を大量に買うことでトランプ大統領から感謝された。わざわざ米軍空母にまで同行してはしゃいで見せたりもした。台湾有事発言ではアメリカを心配させたが、トランプ大統領から電話で釘(くぎ)を刺されたので、しばらくは口を慎むだろう。
 第二に、高市首相は大企業のためによく働いている。円安を放置して輸出企業の増益に貢献し、国債頼みの超大型補正予算で株価を支える。労働時間規制は経営側に都合よく緩和しようとする。武器輸出を解禁して軍事産業を儲(もう)けさせようとする。大企業優先の政策の見返りは、もちろん企業・団体献金だ。
 第三に、高市首相は極右勢力のためによく働いている。彼らは彼女を自民党総裁に押し上げた支持母体だ。選択的夫婦別姓や同性婚には絶対反対。女系天皇も絶対阻止。何事も日本人優先だから、外国人学校や定住が見込まれない外国人生徒は高校無償化から排除する。歴史への反省はなく、加害を非難する近隣諸国を敵視する。台湾有事発言は意地でも撤回しない。最終目標は、大日本帝国に回帰する憲法改正と軍事大国化だろう。
 第四に、高市首相は裏金議員のためによく働いている。萩生田光一氏を幹事長代行に任命して完全復活させ、岸田・石破両内閣では起用を見送った裏金議員たちを、選挙で「有権者から認めていただいた」と言って副大臣や政務官に任命した。選挙を経ずに官房副長官に任命した佐藤啓参院議員については「再起の機会を与えてもらいたい」と開き直った。裏金還流の再開を要求したのが下村博文氏だったという新証言が出ても、裏金問題の真相解明には動かない。
 第五に、高市首相は自分自身のためにもよく働いている。高市氏の政治資金団体「新時代政策研究会」には昨年約2億円もの収入があり、そこから8000万円を超える額を自民党総裁選の告示直前から選挙期間中にかけて宣伝事業費として支出していた。高市氏が代表を務める自民党支部が昨年都内の企業から上限を超える1000万円の寄付を受け取っていたことも発覚した。党首討論で企業・団体献金の問題を「そんなことより」と議員定数削減の問題にすり替えたのは、これからも企業・団体献金で稼ぎたいからではないか?
 高市首相は、アメリカのために働いて、大企業のために働いて、極右勢力のために働いて、裏金議員のために働いて、自分自身のために働いているようだ。そんなことなら働いてくれない方がいい。(東京新聞・2025/12/08)

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SNS は「アルコール類」なのだろうか

【春秋】もしもSNSがなかったら 電話ボックスに入って受話器を取り、「もしも○○だったら」とつぶやくと世界はその通りに一変する。「もしもボックス」はドラえもんの道具の一つだ▼もしもSNSがなかったら-。オーストラリアが壮大な社会実験に乗り出した。ユーチューブ、TikTok、インスタグラム、X…。利用者が互いに交流し、画像や動画を投稿できるSNS10種について、16歳未満の利用を禁じる法律が施行された▼10~15歳の96%がSNSを使うオーストラリアではいじめ、性被害、依存症、うつ病とさまざまな害や病を引き起こし、時には自死を招くとして社会問題となってきた。親が立ち上がり、法制定を実現した▼インターネットがつなぐ世界では同じ悩みを多くの国が抱える。日本での法規制の動きは鈍い。スマホの利用時間に目安を設けた愛知県豊明市の条例が話題になったが、あくまでも理念にとどまる▼オックスフォード英語辞典の出版元が選ぶ今年の言葉「レイジベイト」はSNSの今を映す。直訳で「怒りの餌」。閲覧数を稼ぐため、怒りを引き起こす言葉や画像を、わざと餌のごとくネット上にまくことを指す。そんな環境に子どももさらされている▼もしもボックスがかなえた世界は、たいてい苦い結末を迎えて、元に戻る。現実を簡単に変える道具はない。南半球の禁SNS法はどんな変化をもたらすのか。世界が、子どもたちが注視している。(西日本新聞・2025/12/11)

 今の時代、ぼくたちは、否応なしに「プライバシー」を隠す(失う)時代に生きているということだろうか。あるいは、逆に、プライバシーを世の中に突き出す時代を指して、「SNS(Social Networking Service)」の席捲時代ということになるのでしょうか。これまでぼくは、携帯(mobile phone)を含めて、ただの一度だって「スマホ(smartphone)」を手にした(所有した)ことはない。理由は極めて単純でした。便利よりも、ぼく自身のなけなしの「プライバシー」を、好き好んで晒しものにしたくなかったから、それだけの理由でした。「自分を売り込む」、どんなやり方にしろ、それはぼくにはとてもできない相談でしたね。隠そうが晒そうが、いずれにしても「自分」はあるでしょう。それゆえに、その自分が他者と交わるにも、ある種の「思想(態度)」のようなものが必要だと思った。他者と交わる方法は多様です。いろいろなやり方があるでしょうが、ぼくはいつの場合でも基本は「対話(問答)」であるのが大切であると信じてきました。そうすることで、いらぬ誤解をなくせるものではなく、却って、強烈な反発を招くこともある、でも、それを解く方法もまた、「対話(dialogue・interactive)」だと思ってきましたから、誤解とか、勘違いもまた、お互いの受け止め方だと思うことにしていました。やがて、その誤解や勘違いが溶けるということはいくらもあったし、溶けないままで終わるということもあった。

 もちろん、手紙や電話など、他者との付き合い(交流)の方途はいくらでもあるし、それまでもあった。時と場合に応じて、それを使い分けることは必要ですが、何にせよ「便利」と「効率」と「手軽さ」(「課金」と言う金儲けも加わっている)と言ったような道具性の側面に価値を置きすぎるものには、ぼくの触手(tentacles)はまったく動かなかった。もちろん、ぼくは電話は使いますが、決して好きではありませんし、よほどのことがない限り当方からかけることはない。それほどに、まあ、偏屈ものだということでしょう。これは親譲りであり、自分でもそれを強化してきた嫌いがありますから、いまさら治すのも面倒ということになります。

 スマホ全盛時代、事態は思わぬ展開を示しています。根本には「表現の自由」という権利の根っこに抵触する問題にもなる性質のもので、単純にデメリットが大きいから使用禁止という具合でいいのかどうか。その先鞭をつけるようにして、豪州が「16歳未満のSNS使用禁止」法を成立させました。「中毒性のある仕組みやネットいじめ、未成年を狙う犯罪者などから子どもを守る狙いがある」とされた結果ですが、それは何も16歳未満に限らず、むしろそれ以外の使用の方がはるかに悪質性を帯びているのはいずれの国でも見られることです。だから、これは長い道のりをたどる「人権規制」の第一歩となるのかもしれません。苦労して獲得してきた「人権」の一部が削り取られることになるのかもしれません。スマホ自体は「物」「道具」でしかありません。その良し悪しは、道具を使う側の問題であるのは確実でしょう。

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子どものSNS利用禁止法、オーストラリアで施行 世界中が注目(CNN・2025.12.10) オーストラリア・ブリスベン(CNN) オーストラリアで10日、16歳未満のSNS利用を禁止する世界初の法律が施行された。中毒性のある仕組みやネットいじめ、未成年を狙う犯罪者などから子どもを守る狙いがある。/ここまで包括的な対策を講じている国はほかになく、厳格な新法の施行には世界中が注目している。/禁止対象となるのはインスタグラム、フェイスブック、スレッズ、スナップチャット、ユーチューブ、ティックトック、キック、レディット、ツイッチ、X(旧ツイッター)の10のプラットフォーム。ほとんどは同法に従うと表明しており、年齢確認技術を使って16歳未満のユーザーを特定し、アカウントを凍結する。ただし各社は、これで子どもの安全が高まるとは思わないとの見方を示している。

アルバニージー首相は10日、同法の施行をオーストラリアにとって「誇るべき日」と形容。「オーストラリアの家庭があの巨大IT企業から主導権を取り戻す日が来た。子どもが子どもでいる権利、親がもっと平穏な心でいられる権利を行使する」と公共放送のABCに語った。ただ、「簡単にはいかないだろう」とも認めている。/同法に基づき、SNS各社は「合理的な措置」を講じて16歳未満が使用しているアカウントを凍結し、新しいアカウントの開設を阻止しなければならない。違反した場合は4950万オーストラリアドル(約51億円)以下の罰金が科される。/一方、子どもや保護者が同法を破ったとしても罰則はない。(https://www.cnn.co.jp/tech/35241437.html

 豪州の法律の詳細はまだ未入手で、詳しいことには触れられません。その法制定の主旨はよくわかるつもりです。それを見ていて、即座にアメリカの禁酒法を想起しました。その内容は以下の通りです。「酒精飲料の醸造,販売,運搬,輸出入を禁止した法律」でした。社会道徳の高まりや禁酒運動の高揚によって「禁酒法」は制定されましたが、およそ十三年の後に、憲法における、新たな「禁酒条項無効」の修正が採択され、短期間の禁酒法時代は終焉しました。この時代のFBI(エリオット・ネス)対ギャング(アル・カポネ)の対決(「アンタッチャブル」)はテレビ草創期のドラマとして大好評を博し、その余沢をぼくも味わったものでした。

◎ 禁酒法 (きんしゅほう)=アメリカ合衆国で1920年から33年まで,酒精飲料の醸造,販売,運搬,輸出入を禁止した法律。第1次大戦期に禁酒運動と道徳意識が著しく高まる中で,1917年連邦議会は禁酒を規定した憲法第18修正を可決,19年10月法案提出者の名をとってボルステッド法Volstead Actと呼ばれる禁酒法が制定され,翌年1月発効した。だが〈平常〉に戻ったアメリカ社会で飲酒の習慣を一掃することは非現実的であり,需要が引き続き強く存在したため,アル・カポネをはじめとしてギャングがこれに目をつけ,酒類の密造や密販を手がけて巨利を博し,それにより縄張りの拡大を図った。こうしてきわめて道徳的な政策と不法な世界との共存という奇妙な事態が生じたが,大都市を中心に禁酒法を批判する動きが高まり,1928年の大統領選挙戦ではそれが一つの争点となった。ついで大恐慌が勃発するや,財政的理由からもその撤廃が望ましくなり,33年禁酒条項を無効とする憲法第21修正の採択を経て,同年12月アメリカ社会は正式に禁酒法から抜け出した。(改訂新版世界大百科事典)

 さて、オーストラリアのSNS禁止法です。はたしていかなる展開を見せるでしょうか。法制定の動機は理解できそうですけれど、従順に遵法精神が発揮されるかどうか、おおきな疑問を持つところです。16歳以下の使用禁止も不十分と言うか、問題は残る。しかるに、止むに止まれず禁止したということだけで、所期の効果があるでしょうか。SNSを悪用した「犯罪」は限りなく増加の一途をたどっています。「犯罪」に関しては年齢に無関係で行われています。大人のSNSの使用は許容し、そこから生まれる犯罪(だけ)を取り締まるのは、一理はありますが、スマホがなければ起らなかった犯罪であるなら「スマホ」を正面に据えるべき課題ではないでしょうか。便利一辺倒が、予想外の悪弊を含んで進化したということです。それはまるで「原発問題」のようで、現状では最後の難問の解決(核燃料廃棄物処理)の糸口すら見えていない段階で、新設予定や既存の施設の再稼働にゴーサインを出しています。

 この先、常に「核爆発」の危険性を感じながら、核の脅威と同時存在を余儀なくされている時代です。それと比べればスマホ問題は軽いものだと言えるでしょうか。社会悪の助長、人間の成長や発達に与える悪影響などを考慮するなら、今の段階で、根本的な問題の所在を探るべく官民一体で当たるべき時ではないかと思う。酒も車も、適切・適法な利用の仕方をするなら、それこそ、それらはなくてはならない必要物ではあります。しかし、その適切・適法を順守し得ない存在が無視できないくらいに増加した時、もう手遅れになるということも十分に考えられます。

 ある人にとって、便利な道具は「鬼に金棒」ともいえますが、別の人にとっては「××に刃物」となってしまいます。同じ道具が、どうしてこの違いを生むのでしょうか。その違いが生じるところにもっと焦点を当てるべきで、SNS悪用は(飲酒運転と同様)、紛れもなく一種の教育の問題と捉える必要があるでしょう。(もう少し考えてみたい)

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「備えあれど患いは残る」けれども

【春秋】101回目も必ず逃げて! 地震、津波、洪水、噴火…。この地で過去に何が起きたのか。津波はどこまで到達したのか。災害の記憶を石に刻んだ自然災害伝承碑は、全国各地に立つ静かな語り部だ。国土地理院のウェブサイトには約2400カ所の碑が並ぶ。幾度も津波を経験した東北地方には、海沿いにびっしり碑が続いている▼数年前、宮城、岩手の沿岸を歩いた折、多くの碑を目にした。岩手県釜石市の碑にあった、中学生の言葉が忘れられない。<100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて!>▼おとといの夜、最大震度6強を観測する地震が東日本と北海道の広範囲を襲った。テレビ画面で点滅する津波警報の赤い線に、東日本大震災の惨状がよぎる。深夜の発生に、熊本地震の恐怖を思い出した人も多いだろう▼気象庁は北海道と三陸沖に初の「後発地震注意情報」を発表した。熊本地震では前震の後に大きな本震が起きた。これを教訓として、大きいのは来ないという油断につながりそうな「余震」という言葉を「後発地震」に改めた▼今後1週間程度は3・11規模の「最悪のケース」も想定されるという。その確率は平常時の千回に1回から100回に1回に高まった。警告として受け止めるしかない▼いつか起きるとされる南海トラフ巨大地震を含め、私たちが暮らす日本は地震列島である。過去を教訓として、しっかり備えれば、守れる命がある。(西日本新聞・2025/12/10)

 地震について、これまでの常識では、いきなり「本震」が発生して、その直後に、間を置かずに「余震」が起るというものでした。ところが、コラム「春秋」氏が書かれているように「熊本地震」(2016/04/14)では、「本震」以上に規模の大きい「余震」が発生し、甚大な被害をもたらしたのでした。そのことから、従来の「地震の発生の経過」を捉え直して、今回の注意情報(アラート)は、2022年12月に新設された「後発地震注意情報」の最初の適用でした。地震警報(アラート)がラジオから聞こえた時、ぼくはすでに床についていた。例によって、イヤフォンを耳にながら「ラジオ深夜便」を聴いていたのだったが、このアラートからは、夜を徹して、地震情報や、さらなる地震への警戒あるいは、想定されている津波の襲来に備えて「直ちに避難してください」という、アナウンサーの叫びが延々と続いていました。冬の真夜中、しかも東北・北海道地域です、その寒さを思うだけで、ぼく自身だったら、指示通りに避難していただろうかと、深く考えこんでしまいました。

 いつ何時、災害が発生するかわからない。今回の北海道産力沖の地震発生当時も、群馬県の妙義山では山火事が起っていました。その前には、大分市佐賀関では住宅密集地で火災が発生し、二百戸近くの住宅が灰燼に帰した。また、昨夕からは神奈川県伊勢原市の山間部で山火事が発生しています。文字通りに「(人災を含めた)自然災害」は、いっかな後を絶たない。冬の乾燥期に加えて、この数週間はほとんど降雨がない上に、海からの風によって火勢が強められたという。劣島の自然環境の負の部分かもしれません。その昔から「地震・雷・火事・親父」などと、怖いもののランク付けがなされてきましたが、今どきは「親父」は跡形もなく絶滅し(?)、「地震・火事」が怖さの双璧になった感があります。

 これらはしかし、まったくの「自然災害」ではなく、その上に「人為的要素」も加わった複合的災害であるというべきで、地震など、防ぐ手立ては無に等しかったでしょうが、少しでも人的被害を減少させることは可能で、それをこそ、ぼくたちは心掛ける必要があるのでしょう。しばしば「備えあれば患いなし」とばかりに、軍事装備の爆買いを続けている政府がありますが、40兆円も50兆円も、「人殺し」道具に回すより、その何割かを「防災」に生かせば、いささかなりとも「安心」の度が高まるのではないでしょうか。「人殺し」ではなく、「人助け」こそが、この社会の現実に強く求められているのです。あれこれ言えばきりがありませんけれど、「備えあれども患いは残る」ということを肝に銘じて、しかもなお「備え」「心構え」は強く持っていたいと念じています。

【筆洗】「燈火(ともしび)ちかく衣縫ふ母は 春の遊びの楽しさ語る」。囲炉裏(いろり)端に集まり、語り合う家族の穏やかな顔が浮かんでくる。尋常小学唱歌の「冬の夜」。寒い夜に聞きたくなる▼母が縫うのはお正月の晴れ着か。今の季節の歌だろう。作詞者は不詳とあるが、雪国育ちかもしれない。「囲炉裏火はとろとろ 外は吹雪」。温かな家の中と外の寒さ。その対比に冬の生活の実感がこもる▼午後11時15分ごろといえば、もうおやすみになっていた方もいたはずだ。寒い季節のその時間。青森県東方沖で発生した大きな地震が恨めしい。マグニチュード7・5と聞いて青ざめる▼北海道、青森、岩手、宮城、福島県の約4万5千世帯に避難指示が出た。津波のおそれに「とろとろ」の温かな家を離れ、避難した方は身も心も凍えるような一夜だっただろう。その地域なら2011年の東日本大震災のつらい記憶も残る▼千島海溝、日本海溝沿いの地域では、なお巨大地震が発生する可能性があり、気象庁は「後発地震注意情報」を発表し、警戒と避難経路の確認を呼びかけている。いつ起こるとも分からない地震と津波に身構え続けるのはおつらかろう▼「万歳楽」はいにしえより各地に伝わる地震除(よ)けのまじない言葉で、青森では「マジャラク」というそうだ。穏やかな年の瀬を「マジャラクマジャラク」と願うことしかできないのがもどかしい。(東京新聞・2025/12/10)

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 「8日午後11時15分ごろに発生した青森県東方沖を震源とする最大震度6強の地震を巡り、気象庁と内閣府は9日、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表した。16日午前0時までの1週間、続いて起きる可能性のある巨大地震への警戒を強めることを求めるが、一律の事前避難は求めない。/2022年12月に新設されたこの情報が発表されるのは初めて。/気象庁によると、8日の地震では、規模を示すマグニチュード(M)が7.5だった。だが、断層の長さや形状から推定するモーメントマグニチュード(Mw)は7.4で、後発地震注意情報を発表する基準のMw7.0を超えたという。/情報の主な対象になるのは、北海道から千葉県の主に太平洋側の地域。後発地震で震度6弱以上の揺れ、もしくは3メートル以上の津波が想定されている7道県182市町村が防災対応を取るべき地域とされている。想定される巨大地震の規模はマグニチュード(M)9クラスで、2011年の東日本大震災を超える可能性がある」(朝日新聞・2025/12/09)(左下図も)

*「北海道・三陸沖後発地震注意情報」 は、北海道の根室沖から東北地方の三陸沖の巨大地震の想定震源域やその周辺でMw7.0以上の地震が発生し、大規模地震の発生可能性が平常時より相対的に高まっている際に発表される情報です。この情報は、後発地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する情報ではなく、ましてや発生を予知する情報でもありません。また、大規模地震の発生可能性が平常時より相対的に高まっていると言っても、後発地震が発生しない場合の方が多いこと、その一方、防災対応を呼びかける1週間が経過した後も大規模地震が発生する可能性があることなど、極めて不確実性が高い情報です。/このような背景を持つものの、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表するのは、過去の大規模地震が後発地震として発生している事例が知られているからであり、たとえ不確実性が高くとも警戒レベルを上げることで被害軽減を図ることができると考えられるからです。突発的に発生する地震への日頃からの備えを前提とした上で必要な防災対応を呼びかけ、より多くの人命を守るための取組なのです。/情報が発表されたら、地震発生から1週間程度、社会経済活動を継続しつつ、日頃からの地震への備えの再確認をすることに加え、揺れを感じたり、津波警報等が発表されたりしたら、すぐに避難できる態勢を準備しましょう。(気象庁・https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/nceq/info_guide.html

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旗を振りつつ、異を唱えないのは誰か

 大学生になりたてだった(1965年ころか)、テレビ番組で「国家と戦争をどう考える」というような放送がありました。たくさんの学生が作家の三島由紀夫氏を囲んでの討論会風のものだった。一人の学生がいかなる国とも戦争をしないのだという持論(非戦論)を語ったところ、三島氏はせせら笑って、「徴兵制が敷かれたら、君はどうする」と問い詰められ、『ぼくは断固拒否します」と、その学生が答えたところ、さらに参加者の嘲笑をも誘ってしまった。それを観ていたぼくは、まるで自分が嘲笑されたような感覚に襲われ、それ以来、戦争を考えるとき、何時だって自分自身が、「一兵士」として参戦するか、しないかを抜きにしては意味をなさないように思ってきました。と同時に、三島と言う人は「まさか本気で戦争をするのか」と言う激しい疑問が湧きました。その後の彼の生き方は何だったかと、今もってぼくには理解できないまま」でいます。学生時代、こんな問題に多くの友人と、時間の浪費と知りながら、甲論乙駁、何時だってぼくたちは何処かしら他国の若者の問題ではないかと言う、懐手をしながらの戦争論議だったことを苦々しく覚えています。

 そんな同級生の中に、長崎県五島列島出身のK君がいました。ぼくらよりかなり年長で、彼は元自衛官でもあり、ことのほか「自国防衛」には身をもって体験しているという実感をいつも口にしていました。彼は四十代でなくなったのではなかったか。昨日は「(対英米戦争の)開戦の日」でした。コラム氏も触れている山本五十六の日記のようなものを、ぼくは読んだことがあります。「真珠湾の奇襲」で想定外の「勝利を収めた」けれど、山本は、それはそれだけのことで、後はいつ負けるかを考えなければならぬと言っていた。しかし初戦の奇襲の大成功で、国全体に「狂気」が萌し、国民大衆は、その狂気の熱風で舞い上がってしまった。脇目もふらず「欲しがりません勝つまでは」と「聖戦必勝」を妄信して、ついにそは後の破滅の道を突き進んだ(突き進まされた)。「お国のために死ぬ」というのは、どういう意味があるというのでしょ。

【有明抄】戦争の「始まり」 真珠湾攻撃から84年目のきのう、ハワイで開かれた追悼式に新潟・長岡市長も参列した、と外電が伝えていた。連合艦隊で攻撃を指揮した山本五十六司令長官の出身地というゆかりだそうである◆緒戦の戦果に日本中がわき立った。郷里の盛り上がりはなおさらだった。「市民が祝賀の大提灯(ちょうちん)行列をやったそうでございます」。新聞電報を部下が伝えると、山本長官は不機嫌に「フン」と鼻先で返事をした。「その連中がな、そのうち俺の家へ石投げつけに来るよ」◆戦中派の作家阿川弘之さんが『故園黄葉』に書きとめた挿話である。やってはならぬと唱えてきた戦争の先陣に立たされた指揮官には戦況のゆくえと、熱狂する世論の危うさが見えていたのだろう◆台湾有事をめぐる高市早苗首相の国会答弁をきっかけに中国は反発を強める。自衛隊機へのレーダー照射も明らかになった。偶発的に事態がエスカレートしないか心配になる。高まる緊張を後ろ盾に、防衛費増強やスパイ防止法案が大手を振る。時計の針は「戦前」に逆戻りしているかのようである◆戦後80年の今年、戦争の「終わり」の回顧は盛んだが、「始まり」にこそ目を向けるときかもしれない。同じ戦中派の作家城山三郎さんは自作の詩で警鐘を鳴らした。〈旗振るな/旗振らすな〉。民衆を踊らせ、対立をあおるすべての旗を、と。(桑)(佐賀新聞・2025/12/09)

◎ 山本五十六(やまもといそろく)(1884―1943)= 昭和期の海軍軍人。明治17年4月4日新潟県生まれ。海軍兵学校32期、海軍大学校14期卒業。第一次世界大戦後の3回にわたる在米勤務ののち、いち早く航空機の将来性に着目。1930年(昭和5)航空本部技術部長、1935年航空本部長。航空兵力を主体とした対米迎撃戦を構想し、攻撃力に重点を置いた航空機開発、部隊編制に尽力した。1936年海軍次官。1939年より連合艦隊司令長官としてハワイ・ミッドウェー作戦などを指揮したが、昭和18年4月18日ソロモンで戦死。国葬。元帥。(日本大百科全書ニッポニカ)

  「やってはならぬと唱えてきた戦争の先陣に立たされた指揮官には戦況のゆくえと、熱狂する世論の危うさが見えていたのだろう」という、コラム「有明抄」氏の指摘は当然に過ぎます。今から見えれば、と言う前提を置けば、ですが。初戦の圧勝(実は、騙し討ち=奇襲)も、当時において米国にはみすかされていたことが後に判明しています。無知で無謀な国民大衆を「煽りに煽った」のは誰だったか。昨日のいくつかの新聞には多く「真珠湾攻撃」を記事にしていたし、「奇襲作戦の成功」に沸きに沸く民衆の狂喜乱舞ぶりをいかにも、大時代の錯誤と、その妄動ぶりをたしなめるように回顧したりしていました。しかし、忘れてならないのは、新聞(大本営発表を報道しただけであったにせよ)こそが「大衆扇動」の大旗を振ったのであって、そのことにはほとんど触れようとはしていませんでした。書くだけのことなら、どんな記事も捏造できますが、実際に今日の「政治報道」を見れば、同じことの繰り返しが、それこそ「戦前」「戦時中」と軌を一にしているが如くに報道されているのです。「有明抄」の記事には「同じ戦中派の作家城山三郎さんは自作の詩で警鐘を鳴らした」と書き、「〈旗振るな/旗振らすな〉。民衆を躍らせ、対立をあおるすべての旗を、と」コラム氏もまた、今の時代にあって、軽挙妄動に対する警鐘を鳴らすのでしょうか。「大本営発表」を鵜呑みにした、その盲目ぶりに、メディアは頬かむりを決め込んではいないでしょうか。。

 今日の、総理大臣の無鉄砲・無節操な発言、「台湾有事は日本有事」、「日本の存立危機事態」になるのだから、と言う妄言(nonsense)、そこから引き出されてきたそ「対中戦争不可避」という、驚くべき狂った「風」を一体誰々が吹かせているのでしょうか。あるいは「台湾有事は日本有事」、日本の正義を今こそ、という「旗」を立てたのは誰だったのか。多くのメディアの報道ぶりは、首相に物申すのではなく、その発言を支えるための権力擁護、権力への慮りに満ちています。狂気の風を吹かせ、なおかつその風に吹かれる民衆を諫めるどころか、そこにこそ「正義がある」とばかりの、見下げた報道ぶりです。何度も繰り返しますが、誰が戦争をしたがるのだろうか。いつだって、敵国をつくりだし、その敵の性悪さを取り上げつつ、だからこのままでは「正義は潰(つい)える」とばかりに「戦争への道」(そんな道があるはずもないのに)に駆り立てるのは、政治権力に擦り寄ったメディアではなかったか、昔も今も、同じ嬌態が行われている、とぼくは断言する。(右上写真は、6月、自衛隊機に異常接近した中国空母「山東」搭載のJ15戦闘機=6月8日:防衛省ホームページより)

中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射について 令和7年12月7日 防衛省
第一に、本年12月6日(土)16時32分頃から16時35分頃までの間に、沖縄本島南東の公海上空で、中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、当該機体に対する対領空侵犯措置を実施していた航空自衛隊のF-15戦闘機に対して、レーダー照射を断続的に行う事案が発生した。
第二に、同日18時37分頃から19時08分頃までの間に、沖縄本島南東の公海上空で、中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、当該機体に対する対領空侵犯措置を実施していた上記とは別の航空自衛隊のF-15戦闘機に対して、レーダー照射を断続的に行う事案が発生した。
今回のレーダー照射は、航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為であり、このような事案が発生したことは極めて遺憾であり、中国側には強く抗議し、再発防止を厳重に申し入れた。
なお、自衛隊機及び隊員に被害はない。(防衛省・自衛隊:2025/12/07)

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歴史とは「想い出すこと」であります

<あのころ>太平洋戦争に突入 大本営が発表 1941(昭和16)年12月8日、米ハワイ真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まったことを発表する大本営陸軍報道部長。「臨時ニュースを申し上げます。帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」とラジオが伝えた。37年の日中戦争から8年の間、苦難と犠牲を国民に強いることになった。(共同通信・2021年12月08日 08時00分)

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 今から84年前、勝ち負けを度外視し、已むに已まれず、帝国日本は「対英米戦争」に突入した。間違いなく、その痕跡とそれがもたらした経過が今日のこの国の「形・姿」「現状・現実」にはっきりと刻印されています。「夢よ、もう一度」と、何を望んでか、無体なことを(口先だけでも)叫ぶ人々はいる。「どんな人たちだろう」と考えるまでもなく、自分たちは参戦しないで「旗を振る」「戦争を煽る」ばかりの、まるで野球や相撲の熱狂的ファンのようでもあります。八十四年前、ぼくはまだどこにも存在していなかった。その3年後、ぼくは「虫けら」だったと思う。生まれて三月足らずでした。だから、戦前・戦時中・敗戦直後の記憶は一切ありません。

 それが、ぼくには幸福だったか不幸だったかは判別はつかないが、間違いなしに、ぼくの人生は、この国の敗戦とともに歩いたということでした。そこからぼくに生まれた呪文(incantation)のようなものは「戦後は、いつだって戦前だ」ということでした。「戦後」にはもう一つの顔があって、それはつねに来るべき「戦前」に備えるという顔でした。まるで西洋風の「ヤヌス」のようでもあります。「誕生」のなかに、すでに「死滅」が刻されているのですが、それと同じように、「戦後」には必ず「戦前」が付いて回る。これを避けることは、人間集団の消滅でしかないのですから、不可避の「戦前」をぼくたちはいかに迎えるかということです。「国防」「軍備」を必要以上に厳しいものにしたところで、やがて、それはまた新たな「戦後」を受け入れることになるのでしょう。海に囲まれた小さな島国であることを、ぼくたちは勘違いしてはならない。どんな強国と繋がろうが、それは力関係でしか機能しないのですから、「身の程を知る」ということこそ、忘れてはならない智慧に類するのです。ぼくの呪文はもう一つあります。「戦わないで負ける(lose without fighting)」ということ、つまりは「負けるが勝ち」ではなく、「負けるのも勝つのも愚かしいことさ」という暗示でもあります。

◎ヤヌス(Janus)= 古代ローマの神。本来は門の守護神であるが,軍隊や使節などの一行が儀式用の特別の門を通って出発するしきたりがあったところから,あらゆる物事の始まりをつかさどる神ともされた。このため神々への祈りは彼への呼びかけから始まり,犠牲の分け前もまず彼に捧げられた。また暦の第1月も彼の名を冠してヤヌアリウスJanuarius月と呼ばれ,ここから英語のJanuaryなど,近代西欧語の1月名が来ている。彼はローマ市のフォルムに小さな社をもち,その東西両端の扉は戦時には開け放たれ,平和時には閉ざされる定めであったが,アクティウムの海戦(前31)でアントニウスとクレオパトラの連合軍を破ったオクタウィアヌス(のちのアウグストゥス帝)が,前29年,ローマに凱旋してこれを閉ざしめたときが,建国以来3回目の閉扉であったという。ヤヌスはすでにローマ最古の銅貨に前後に顔をもつ双面神に描かれており,全身像の場合は左手に鍵,右手に笏(しやく)をもつ姿で表現された。(改訂新版世界大百科事典)

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 84年前の「開戦記念日」を祝福する人間は、おそらくですが、いないでしょう。しかし、「終戦」を記念し続けるには「開戦」もまた忘れてはならない、それは、ぼくたちの「歴史の日」であることに違いはありませんから。ある評論家は「歴史は想い出である(History is memory.)」と述べたことがある。「大化の改新」と言う事柄はぼくには「想い出」となる何物もありません。「父母(ぶも)未生以前」の世界です。だからそれはぼくにとっては「歴史以前」、「(ある種の)神話の世界(絶対無我・絶対無差別の境地)」です。少なくともぼくにとって、何物かを媒介して「想い出すことができる」、それが歴史です。例えば、両親の遺品が手近にあるし、それを手に取ると、ぼくは両親を思い出すことができる、それがぼくの歴史です。少なくとも84年前は、ぼくの手の届かないところではありましたが、それは「記憶」を形作ることのできる時代でもありました。その「記憶」を更に豊かにしつつ、それを心に刻むことをおろそかにしない生き方をこそと、ぼくは間違いを犯しながらも、目指してきたのでした。

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 今日の日に因(ちな)んで、以下に三本の「コラム」を引用しました。これ玩味熟読することこそ、ぼくにとっては、84年前(あるいはそれ以前)の歴史への参加でもあるという強い想いがあります。

【小社会】開戦の朝 その朝は、鬼のあだ名で畏怖された教授の英語の授業だった。84年前の12月8日。対米英開戦の臨時ニュースが伝わると、教授は廊下に飛び出して「頓狂(とんきょう)な声で『万歳』を叫んだ」。当時の広島の学生が書いている。◆教授は戦後、原爆慰霊碑の〈安らかに眠って下さい 過ちは繰(くり)返しませぬから〉を考案した人だという(半藤一利著「十二月八日と八月十五日」)。半藤さんも「責めて書いているのではない」。むしろその後、教授が見た戦争の地獄を思う。◆同著は知識人らの当時の日記や手記を編んでいる。開戦の朝は重苦しさではなく、緊張と高揚感が多くを占める。出口の見えない日中戦争。中国を支援する米英への不満。食料や日用品の不足。社会は閉塞(へいそく)感の中にあった。◆17歳だった批評家の吉本隆明さんも「ものすごい開放感でしたね」。かつて当欄で取り上げたジャーナリスト、清沢洌(きよし)の「こういう事にならぬように僕達が努力しなかったのが悪かった」というような後悔は少数派だった。◆戦後80年のいまも閉塞感が漂う。長引く物価高、将来不安。そんな中で今夏の参院選は外国人政策が論じられ、欧米のような排外主義が案じられた。不満のはけ口が「外」に向いているとすれば危うい。◆〈凡(すべ)ての大事件の前には必ず小事件が起(おこ)るものだ〉。半藤さんは夏目漱石の一文を引き、戦争に至る道を説く。開戦の日。むろんメディアも清沢の後悔を肝に銘じたい。(高知新聞・2925.12.08)

【卓上四季】敗戦真相記 「日本は敗(ま)けました。しかも完全に敗けたのであります」。こんな言葉から戦争を振り返った講演が1945年9月に広島で行われた。評判を呼んで翌年に講演録「敗戦真相記」が刊行され、2002年に復刻版が出た▼著者は広島出身の永野護(まもる)(1890~1970年)だ。渋沢栄一の秘書を経て実業界で活躍し、戦後は第2次岸信介内閣で運輸相に就任した▼なにゆえに戦争が起こったか、どうして負けたか―。「最も根本的な原因は、日本の国策の基本的理念が間違っておったということ」。「日本の国の利益のみを目的とせる自給自足主義を大東亜共栄圏建設の名前で強行した」と大日本帝国の過ちを断じた▼戦争の発生要因、つまり「種が腐っていた」のだから「良い樹が育つわけはない」。負けるべくして負けた戦いだったと突き放す。敗戦直後で人々が虚脱状態にある時に、無謀な戦争の本質を的確に突いた分析が語られていたことに驚く▼きょうで日米開戦から84年。永野の結びの言葉を世界の指導者はかみしめてほしい▼日本は武力を失った。武力を持たぬ限り、従来の意味の「大国」として立ち上がることは不可能だろう。だが大戦後も「なお死に物狂いで原子爆弾の研究か何かを続けなければならない、いわゆる大国というものが、それほど幸福であるかどうか、疑う」。(北海道新聞・2025/12/08)

【天風碌】黙って投資しろ 人を食らう巨人たちに城壁の中へ追い込まれた人類。1人の少年が巨人に変身する力に目覚めるが、危険視され軍法会議にかけられる。救世主になれるのは自分だけ。少年は叫ぶ。「いいから黙って全部オレに投資しろ」▲海外でも漫画やアニメが人気を呼ぶ「進撃の巨人」の名ぜりふだ。高市早苗首相が先日、サウジアラビアの投資家に英語で呼びかけて話題になった。首相らしい勇ましさとちゃめっ気に、会場はやんやと沸いたらしい▲資源に乏しい島国の救世主に―。大きな期待を集めた事業が日本にもあった。福井の高速増殖炉もんじゅだ。使った以上の核燃料を生む「夢の原子炉」として1兆円超の国費が投じられた▲つまずいたのは30年前のきょう。試運転中に炉を冷やすナトリウムが漏れ、火災が起きる。批判は事故そのものよりも、うその報告や現場のビデオを隠すといった運営組織の隠蔽(いんぺい)体質に向けられた。その後も事故は続き、廃炉が決まって9年がたつ▲投資にリスクはつきもの。とはいえ、一向に「勝ち筋」の見えぬ核燃料サイクルに政府はいつまですがるのか。もんじゅや福島の事故で失ったものを思えば、黙ってばかりの納税者ではいられない。(中國新聞・2025/12/08)

「徒然に日乗」(936~940)

〇2025/12/07(日)陽射しはあったが、かなり寒い一日だった。▶まだ十分に体調は戻ってきておらず、どうかすると風邪の余波が残っている気がする。すっかり体力の衰えをみせつけられたのが今回の不本意な休養だった。▶必要最低限度の品物を買いに近所の薬屋とHCまで出かけた。陽が沈むと一層寒さが募るかに思われる。深夜には零下の気温が続いている(940)

〇2025/12/05(土)昨日に続き、とても寒い一日だった。▶11月の末頃から、日中、特に寒い時間帯には暖房を使っている(灯油使用)。今年も本格的に寒さが増してきたので、本日、久しぶりに灯油を購入した。1㍑が114円、18㍑は2052円(✖2缶)だった。今春よりもさらに値段が高騰しているのだが、記憶があいまいだ。このところのガソリン代が140円台に下がっているので、灯油も漸次下がってくるとよいが。▶新政権発足一カ月。ほとんど見るべき成果はなく、落第点を悠然とクリアしているというところ。国防問題(非核三原則・存立危機事態)、高物価対策などなど、そのほとんどに何も見られないのは、どうしたことだろうか。明治憲法下なら「位人心を極める」などと他から言われたろうが、少なくとも、国や社会の要路につくには、それなりになるべき人がなるという最低限度の脳力・能力審査は不可欠だと痛感する。日々、崩壊への坂道を転げ落ちている気がするのだ。(939)

〇2025/12/05(金)とても寒い日だった。報道によれば今冬一番の低温だったという。例によって猫缶を買うためにあすみが丘へ。いつも買う缶詰が遂に品切れになった。その理由を聞いても要領を得なかったが、察するに、他の商品に商品棚を譲るらしいと思われた。もちろん、一か所の店の判断ではなく、会社全体での商品揃えの方針があるということだろうと推測した。帰宅して、商品販売元に直接問い合わせたところ、同商品の製造中止などはしていない。今も製造販売中。同社の通信販売専門部門を教えてもらった。品物自体の値段や運送代金問題は残るが、できれば、毎回通販で購入しようと考えている。▶身体回復もそれなりに進んでいるように思われる。無理をしないで、やれる範囲で、仕事にはならないのだが、やるべきことを進めていきたい。(938)

〇2025/12/04(木)風邪ひきが長引いて(本当に風邪であったかどうか、今なおよく分からない)、いろいろなことが滞っていたのを、少しずつ帳尻を合わせなければならないことになってきた。12月1日に期限が締め切りだった後期高齢者健康保険料(3万7千円)(8回分の1回分)を遅ればせながら役場に支払いに行った。ついで、早くに更新を済ませていた運転免許証の交付を本日受けてきた。6月の中頃に「更新講習」をうけていたのに、半年かかって交付されたのだ。今回の、警察署での受け取り締め切りは12月14日だった。危うく締め切りを忘れるところだった。かみさん用の車の車検(来年2月)の事前検査も、体調不良のために再度延期していた。予約日が12月9日(火)に決定。これをやっておくと、約半日程度で本番の車検が終わるのだ。▶何とか体力も持ち直そうとしている段階。熱もすっかり下がっているし、体の節々等の痛みも消えている。あとは異常な乾燥状態が続いていることもあって、喉の痛みがすこしばかり続いている。特に寝起きが厳しい。▶10日程前から、部屋にファンヒ-ターを備えている。温度調整をまめにしながら、日中は時間を限って使っている。▶ただ今、午後9時半過ぎ。室員19,8℃、湿度38%。「湿度」を下げるために水分を蒸発させる必要がありそう。(937)

〇2025/12/03(水)昨日とは打って変わって、肌寒い天気が続く。どうやら、かみさんも「風邪気味」か。早寝をしない悪弊はここでもこたえているのだろう。寒さが厳しい折、たがいにくれぐれも留意したいものだ。本格的な冬型気圧配置を迎えている。(936)

〇2025/12/02(火)今服用している風邪薬がなくなったので、薬局へ。すっかり熱が治まり、後は体力の回復に務めるばかり。▶陽射しまるで柔らかく温かい。当地で20℃を越えたそう。ここまでは暑さ(暖かさ)の限界点で、明日以降は本格的な冬型(「西高東低」)気圧配置になるそう。(935)

〇2025/12/01(月)体調が少しずつだが、戻ってきているのが感じられる。かなり長い体調不良状態が続くし、加えて身体(筋肉か)の各所が痛い。後頭部の鈍痛。約2週間も不調が続いていたのに加えて、身体中に湿疹ができてぞっとしたが、やがてそれも薄まった。家にたくさんの猫がいるので、それらが寒くなると、どうしても布団の上にくる。自由に外出する猫だ。決まっていくつかの猫に限るが、少し油断すると、そこからノミやダニが布団に移動する。この害虫の仕業だったことも確実にあるのだ。たくさんの猫をシャンプーするのは至難の業で、これまで以上に部屋の掃除や害虫駆除を徹底するほかない。(934)

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破るためにある「非核三原則」です

 ⁂「週のはじめに愚考する」(九拾八)~ 竜頭蛇尾(虎頭蛇尾)。「最初は勢いがいいが、最後は気息奄々となる」と言うほどのことでしょうか。(頭は龍のように怖く勢いがありそうだが、最後はまるで蛇の尾のように、細くて弱々しいとなる様子)まだ走り出したばかりですから、こんなことを言うのは縁起でもないと叱られそうですね。それにしても、「買い被り」「買い被られ」も、これほどになると見事です。でも、見損なった御仁が一国の首相とくれば、冗談では済まなくなってしまう。現に、対中関係では「なに一つの、手掛かりがない」、まさに暗中模索、寄り付く島もない状態です。そうこうしているうちに、今朝、「自衛隊機が狙われて、緊急スクランブルをかけた」と言うのですから、事態はあらぬ方向に踏み出している気がします。「中国に厳重に注意した」と防衛大臣が言えば言うほど、なんだかぼくは悲しくなってしまう。(「中国軍機、空自機にレーダー照射 小泉防衛相「安全な範囲超える」―火器管制目的か、強く抗議・防衛省」時事通信・2025/12/07・09時54分)

 防衛大臣は、ついこの間まで「備蓄米」がどうだ「古古古米がどうだ」と働いていたばかりですから、「大臣」と言う椅子のたらいまわしが政治ゲームになっている、この現実をどう見ますか。相手はいつだって「足元」を見透かすのでしょう。北朝鮮が何発何十発ミサイルを日本海や日本列島に向けて打ち上げ、それに対して「厳重に警告」「断固抗議」したというものの、一向に収まる気配がないのが、つまりはお互いが明後日の方を向いていては、「外交」も「交渉事」もないということの明らかな証です。つまりは「足元を見透かされている」ということです。「買い被ったり」「見透かされたり」というのはどうしてなのかとじっくりと考えてみる必要があるのではないですか。

 現首相は「日本の非核三原則」に対して懐疑的で、以前から「見直し」を広言していた。何をどう言おうと勝手ですが、総理大臣になってもまた、その「自論」を滔々と述べるとなると、いろいろと各方面に支障が出て困るということにお気づきにならないのですから、はたと周りは困ってしまう。ところが、どうして、「君のその考えは明らかに間違っている」と、誰一人として進言しないのですか。少なくとも「現行の非核三原則」まやかし(Illusion)であることは誰もが知っている。その「(紛い物)非核三原則」を「国是(national policy)」にするということ自体、いかにもこの国の政治家らしいが、ぼくに言わせれば不真面目の典型です。(ヘッダー写真は西日本新聞・2025/11/15)(https://www.nishinippon.co.jp/item/1423583/

社説】社説:非核三原則 見直しは平和主義を損なう 唯一の戦争被爆国として長年堅持してきた国是を軽んじることは許されない。
 核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」とする非核三原則に関し、高市早苗首相が見直しを検討する考えという。
 「持ち込ませず」の概念が、同盟国の核抑止力の実効性を低下させかねないのが理由とされる。
 戦後の安全保障政策の大きな変更であり、日本が進めてきた「核兵器のない世界」への取り組みに逆行する。さらには、東アジアの緊張を高める要因にもなりかねない。
 非核三原則は1967年、当時の佐藤栄作首相が国会答弁で表明し、71年に衆院が沖縄返還に向け順守を求める決議を採択した。その後も「国是として堅持する」との国会決議を積み重ね、歴代首相も踏襲してきた。
 ところが、高市氏は先週の国会審議で、来年に改定を目指すとした安全保障関連3文書を巡り、非核三原則の堅持を明言しなかった。すでに政府内では見直しに向けた議論を始めているとされる。
 もともと高市氏は、経済安保担当相だった2022年の3文書策定の際、三原則の方針堅持に異議を唱えていた。中国や北朝鮮による核軍拡を念頭に、米軍の核搭載艦の日本寄港が認められない原則を順守すれば、核抑止が骨抜きになるとの考えのようだ。
 核廃絶の理念を掲げる日本が一方では、米国の「核の傘」に依存するという矛盾があることは否めない。
 過去には、10年の民主党政権の岡田克也外相が国会で、核の一時的寄港を認めなければ日本の安全が守れない事態が起きた場合は、「時の政権が命運をかけて決断し、国民に説明する」と答弁。その後の自民党政権でも引き継がれてきた。
 非核三原則との整合性をとる上で、有事の限定的な条件で核持ち込みを認めると解釈される。このため、あえて三原則を見直す必要性はないという指摘は自民内にもある。
 それでも非核三原則が重みを持つのは、被爆の悲惨さを経験した国として、二度と核を使わせてはならないとの信念が込められているからだ。広く国民に定着し、今年8月の全国世論調査でも80%が「堅持すべき」と答えている。
 高市政権は発足以降、防衛費増額や安保3文書改定の前倒し、武器輸出の要件緩和の検討などを矢継ぎ早に繰り出している。その上、非核三原則もなし崩しにすれば、国際社会から「日本は核戦力に与(くみ)する」と受け止められるのではないか。近隣諸国の疑念も膨らみかねない。
 高市氏は、昨年のノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会が確立に貢献した「核のタブー」の意味をかみしめ、非核の理念に現実を近づけることに努めるべきだ。(京都新聞・2025/11/18)

 そもそも「核抑止力(nuclear deterrence)」云々と、この国の為政者は言うべきではない、それがまず第一の間違い。ある国が「核」を持つと、核保有国は一方的に核攻撃ができないのだからというのがその「抑止力」の源泉とされています。事の当否はさておくとして、この国は核保有国でないのは明らかですから、核抑止力云々は「寝言(nonsense)」でしかないでしょう。対中、対北朝鮮、対ロシア相手に「核抑止力」を持ち出しても笑われるだけです。しかるに、そうであっても「抑止力」は有効なカードであると見立て続けるのか。あるいはひょっとして、自分たちは密かに核を保有しているのでしょうか。それはあり得ないとしたら、アメリカの核の傘(nuclear umbrella)を指して、まるで我が国の「核」であるかのように、その威力を言い立てているのですね。

 ということは、核保有国でない限り「核抑止力」は空言であるけれども、最も友好的な同盟国の「核」を頼りに「抑止力」を叫んでいることになる。ここで、とんでもない隘路に突き当たります。まるでこの国はアメリカと一体だと主張しているのですが、果たしてどうでしょう。よく、日本はアメリカの「属国(vassal state)」、あるいは「植民地(colony)」と呼ばれますし、仮に首相自身がそう思っているのなら、少なくとも「核抑止力」の効果云々に関しては外れてはいないでしょう。まさか、一国総理が「我が邦は他国の植民地である」と言って見逃されるとでも考えているのかどうか。核保有国なら「核抑止力」は有効であろうけれど、そうでない限りは成り立たない理屈です。

 「持ち込ませず」という原則はつねに怪しいものと受け取られてきたし、今はその怪しさをもっと鮮明にしようということかもしれない。何か事があるたびに、アメリカの核搭載原子力潜水艦などが劣島領海に入る段階で、「核は持ち込ませない」と言って阻止するのでしょうか。それとも「持ち込んでいない」とアメリカが言うのだから、その言い分を信頼するというのですか。日本の公権力を行使して「検査(臨検)」するとでもいうのか。これまで、少なくとも何度かは「核の持ち込み」をアメリカはやってきたことは知られていますから、この「持ち込ませず」は有名無実でしょう。だから「まやかし」だというほかありません。

 これも、これまで何度も話したことです。アメリカは自国民を犠牲にして「日本を守る」ことは断じてあり得ません。核を使って日本の防衛を果たそうとする塗炭、敵国(?)はアメリカ本土を攻撃するでしょう。最長航速距離1万メートル以上の核搭載ミサイルは何処の保有国も開発しています。また、「核搭載の潜水艦」が「何時何日、横須賀に入港します」と世界に明らかにすることなどありえないでしょう。多くは「原子力潜水艦」には核ミサイルを搭載をしていますから、少なくとも一年は海中深く潜航し、相手国に行方を知られないためにさまざまな装備を凝らしている。「(T 首相は)米軍の核搭載艦の日本寄港が認められない原則を順守すれば、核抑止が骨抜きになるとの考えのようだ」(京都新聞「社説」)けれど、今どき、こんな呑気は空想・妄想もないでしょうに。日本に寄港などしなくとも、何時だって、どこからでも「標的」を攻撃する戦略こそが「核戦争」の現代版です。「戦艦」発言と言い、どうも、首相の頭の中は「第二次大戦」段階で止まっているようです。無知と無能を完備している、今のままで総理大臣であっていいのでしょうか。

 矛盾と空論を満載した「非核三原則」を見直して、はっきりと「我が国は核兵器は作らない(だから、持たないのは当たり前)」という、短銃明快な一つの原理を世界に向けて宣言し、いかなる国の核開発(実験)と核保有にも断じて反対すると、腹をくくって覚悟を示せば、それはそれで立派な態度だと思う。冗談じゃない、死んでもそんなことはできないのは知れていると言うなら、即刻、首相を辞めてもらいたいね。

【国原譜】戦後80年の年の締めくくりとして記憶にとどめたいのが「12月8日」である。1941年のこの日、あの戦争は始まり、4年後に日本は敗戦した。▶県民手帳には、8月15日のところに「終戦記念日」は記されている。でも「開戦記念日」はない。1941年以前に実質的な戦争状態に入っていたからだろう。▶「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」。その年12月12日の閣議決定だ。▶当時「支那事変」と呼ばれた日中戦争は当初、宣戦布告のない戦いだった。まるで、現在のロシアがウクライナ侵攻を指して使う「特別軍事作戦」だ。▶高市早苗首相の国会答弁で注目される「存立危機事態」という言葉に振り回されないようにしたい。戦争はいつも、こういう言葉の浮上から始まるように思うからだ。▶言葉といえば、高市氏が「戦艦」と口にしたことにちょっと驚いた。今夏の映画『雪風 YUKIKAZE』に登場した旧日本海軍の軍艦「雪風」は「駆逐艦」で、戦後に生き残った。戦艦「大和」の沈没も見届けた。(北)(奈良新聞・2025/12/07)

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