【筆洗】百度参りは、特定の寺社に百度参詣し祈願すること。昔から行われているらしい。鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』は、奥州合戦の必勝祈願で北条政子が鶴岡八幡宮で行ったと記す▼百という数は熱意の表れだが、これを上回る千という数に驚く。福井県の杉本達治前知事(63)が複数の女性職員に、セクハラに該当するメッセージを約千通送信していたことが、県の依頼を受けた弁護士の調査で判明した▼総務省出身の杉本氏は今から20年以上前の2004年から3年間、県総務部長を務めたが、送信は07年から確認されている。「キスできたら安心できるかなぁ」「いくら口説いても会ってくれないけど、ずーっと、ずーっと、追っかけをするからね」…▼執拗(しつよう)さが罪深い。総務部長退任後、副知事に登用されたり知事候補にかつがれたりした際、被害者は何を思っただろう▼スカートの中に手を入れて尻を触るなど、接触を伴うセクハラは3件。先月、弁護士の調査が終わらないうちに知事を辞したのは観念したからなのか。官僚として期待され、知事にまで上り詰めた人の残念な終わり方である▼「千日に刈った萱(かや)一日に亡(ほろ)ぼす」は千日かけて刈り取った萱を一日で焼いてしまう意で、長い時間をかけ築いたものを一度に失うこと。前知事の場合、身を滅ぼす炎は約20年くすぶっていたということか。燃やし続けたのはご本人である。(東京新聞・2026/01/08)

「自己顕示」という感情は、強弱を含めてだれにもあります。しかし、中には飛び切り「自己顕示欲(exhibitionism)」の強烈な人がいます。ほとんどの政治家は、この感情が人の何倍も強いはずで、だから他者を支配したり、自己の飽くなき権勢を誇示したがるのかもしれない。本日のコラムには、ぼくは触れたくなかったのですが、久しぶりに東京新聞の「筆洗」に目が留まったので、うかうかと誘われてしまいました。このところ、地方自治体の首長の「不祥事(scandal)」が目に余ります。どうしてそんなことが、というような出来事が方々で起こっている、その理由はどこにあるのでしょうか。知事は痴事で、政治家は性事に特化する、その背景は何でしょうか。何を言おうが、当の首長の「だらしなさ」「不届き千万の勘違い」こそが根っこにあった。
逆に、以前(昔)の地方の首長たちは品行方正(表向きは。こんなのが最も危ない)を装って、ついに住民をだませおおせたというのが実情で、人間が美しかったわけではないでしょう。あるいは、選挙民も大様(おおよう)だったということか。人間として尊敬に値する人は昔もいたし、今もいます。反対に「品性下劣」と眉(まゆ)を思いきり顰(しか)めたくなる輩も、今昔問わずに存在していたし、存在しています。たまたま、さまざまな変化がここにきてようやくにして兆し、「下劣な品性」や「悪徳政治家」が黙認できくなったということではないでしょうか。「筆洗」氏はコラムを「お百度参り」から始めておられるが、その理由は取り立ててなかったわけで、つまらない数字合わせをしたものです。百より千のほうが多いという、ただそれだけで、字数を稼いだというのですかな。その「お百度参り」に、ぼくは深く突き動かされた経験がありました。母親の加護というものが「千丈の滝」よりも高く、「千尋の谷」よりも深いという、そんな思いをぼくは若いころに持たされました。(これについては、どこかで触れています)

「総務省出身の杉本氏は今から20年以上前の2004年から3年間、県総務部長を務めたが、送信は07年から確認されている」「執拗(しつよう)さが罪深い。総務部長退任後、副知事に登用されたり知事候補にかつがれたりした際、被害者は何を思っただろう」と、その惨状をコラム氏は被害者に同情を持ちながら書かれています。それに異論はないのですが、こういう問題が生じた際に、ぼくがいつでも反射的に口にするのは、「これは犯罪です。やめてくれ」と誰一人言わないままだったことに、ある種の恐ろしさを抱いてしまうのです。「知事、こんなことをしていいんですか」と、たった一言が出ない、その理由は何でしょうか。まさか、「セクハラに該当するメッセージを約千通送信していた」とされる、その相手はたった一人だけではなかったでしょう(報告書では4人とされています)。
「卑怯者」とは「勇気のない者。心の卑しい卑劣な者」(デジタル大辞泉)とあります。実際のその通りでしょう。もちろん、自分の弱さを隠すために「地位」を利用するのですから、汚い根性の持ち主でしかないというもので、その小心者の知事が、20年以上にわたって県政の一方の権力を握り続けていたというのも、いわば選挙民の愚劣さにも一因があると思うのです。そんな人物だとは知らなかったという有権者がいたなら、その間違った投票に対して何らかの責任の取り方を表明をすべきだと思う。この国(社会)の政治は「民主主義」が建前ですけれど、内実は「情実政治」がまかり通っているのです。二十数年にわたり「セクハラ行為」を続け、しかも大枚の給料を支給され、おそらく、しこたま「退職金(6千2百万円余)」をせしめたでしょう。「盗人に追い銭(せん)」という表現があります。今からだって遅くはない、告訴・告発もあるでしょうし、退職金を没収し、裁判の末に拘禁刑に処すべき事案だったと思う。

「千日に刈った萱(かや)一日に亡(ほろ)ぼす」というけれど、この色魔知事は、本当に身を滅ぼしたのでしょうか。「知事にまで上り詰めた人の残念な終わり方である」と、コラム氏はあっさり終止符を打たれているが、冗談ではありません。これからですよ、裁判は。アメリカの現職大統領も、「大統領」を辞めれば、拘禁が待っているから、とにかく、今のうちにできることは何でもやろうという、一種の狂気の状態にあると思う。それもこれも、政治というものが持つ、ある種の陥穽に見事にはまってしまった結果でしょう。「自己顕示欲」の塊を政治の道に野放しにすると、どんなことが起こるか、ぼくたちはよく学ぶべきでしょう。この「自己顕示欲」という魔物がもたらす堕落には限りがないし、性別による差異もないのですから、選挙民はよほど気を付けて投票する必要があるでしょう。仮に、間違にきがついたら、直ちに訂正する行動をとるべきです。(これまでに、ぼくはどれだけ選挙に参加したか。国政レベルで、ぼくが投票した人の当選率は10%にも満たないのには、確かな理由があるのでしょうね。それに関しては、稿を改めて)

前知事セクハラ、福井県民「ここまでひどいとは」 被害者ケアの最優先求める声 特別調査委員に認定された杉本達治前福井県知事のセクハラ行為について、県民は「許しがたい」「怖い。ここまでひどいとは」と強い不快感を示し「被害者の苦痛は想像を絶する。今まで通り過ごせるよう、周囲はケアを最優先してほしい」と求めた。「クリーンなイメージだったのでギャップがある」と驚きの声も上がった。
福井市職員の20代女性は「頑張っている職場で被害に遭うことを考えると、(杉本氏の行為は)許しがたい。上司からこんな内容のメッセージが送られてきたら、どうしていいか分からない」、高浜町の無職男性(68)は「杉本氏は『雑談の延長』と会見で語っていたが、度を超えた内容でギャップが大きい。がっかりだ」と憤った。
杉本氏を若狭町の熊川宿に案内したことがある若狭熊川宿まちづくり特別委員会の宮本哲男会長(72)は「想像以上に重い内容。熊川の発展のために熱心に取り組んでくれるいい人という印象だったので、とても悲しい」と語った。
被害者の耐えがたい苦痛に思いを寄せる声もあった。越前市の大学生の女性(21)は「キャリアを捨てるかもしれないという不安と、知事が辞めるまでセクハラが続くかもしれないという思いの中でつらかっただろう」、南越前町の大学生の女性(21)は「福井は狭く、うわさされるのは怖い。同僚や友人から被害者として見られる不安もある」と、人物が特定できないよう十分な配慮を求めた。
報告書には、上司に訴えたにもかかわらず、対応してもらえなかったり、被害自体を信じてもらえなかったりした事例が書かれており、先の福井市職員は「上司は、被害者ではなく、さらに上の立場の人の顔色を見ていただろう。組織には上層部のコミュニティーがあると思うし、相談してももみ消されるのでは、と疑ってしまう」と話した。
県庁という組織の特殊性に関する言及もあった。鯖江市職員の40代男性は、要望活動で県庁に行った際、全て知事の都合に合わせて職員が動く姿が印象に残っており「絶対的権力者としてあがめるような雰囲気さえある。(県庁がある)お堀の中の組織風土は独特」と語った。勝山市の主婦(36)は「ハラスメント防止を民間企業に働きかけるべき県庁は、相談もできないような組織なのか」とあきれていた。(福井新聞・2026/01/08)
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