「私欲政治」とは「撞着」そのものだね

【日報抄】選良といわれる議員にとって、任期とは何なのか。ビジョンや懸案の解決を公約に掲げて選挙を勝ち抜いた者に、その実現のために与えられた時間にほかならない▼衆院議員の任期4年は決して長くはない。「働いて働いて…」と力まなくとも、腰を据えて政治課題に向き合い、有意義に任期を活用してもらいたいものだが、建前でしかないようだ▼高市早苗首相が衆院解散の意向を固めた。前回衆院選から1年3カ月足らずである。内閣支持率が高い今、選挙をしたら自民党に有利だからというだけで、大した大義など見当たらない。問われるものがあるとすれば、高市政権に盤石な政治力を与えることに賛成か否か、でしかなさそうだ▼有権者も暇ではない。各選挙区での前回の投票結果の是非を検証できるほど、現職の働きぶりや活動成果など判断材料の持ち合わせがないだろう。まずは求められる政策を粛々と遂行してほしいというのが偽らざる思いではないか▼衆院解散権の恣意(しい)的な行使は戒めるべきだと、その制約について憲法審査会が議論をし、民間の政策提言団体からも声が上がってきた経緯がある。解散権は否定できないものの、党利党略で安易に「伝家の宝刀」を抜くのであれば、制度の悪用である▼衆院選には600億円前後の費用がかかる。民主主義を成り立たせる必要経費とはいえ、通常国会の論議が頭からすっ飛ばされ、政党本位の政治ゲームに付き合わされることになるのだろうか。なされるがままが口惜しい。(新潟日報・2026/01/14)

 もののいいようにほどがあると思ったが「働いて…」と雄叫びを上げて三か月、通常国会での「冒頭解散」が取りざたされています。どうぞお好きに、というわけにもいかないでしょう。いくつもの新聞の社説やコラムを読んでいて、ほとんどの記事では「党利党略はよくない」などと一応の正論を吐いているように見受けられましたが、本当に「国会冒頭解散」は「党利党略」なんですか。首相の背後霊である副総裁のA元総理も、同じく総理の右腕とされる「自民党幹事長」も、さらに選挙のとり仕切り役と目される「選挙対策委員長」も「解散論」のカヤのソトだったというではないか。

 この問題について書かれた、たくさんの記事を読んだが、この「日報抄」がぼくには妥当な判断をしていると読めました。「衆院議員の任期4年は決して長くはない。『働いて働いて…』と力まなくとも、腰を据えて政治課題に向き合い、有意義に任期を活用してもらいたいものだが、建前でしかないようだ」と図星を指されている。「深夜三時から仕事をし」などと、いかにも働き中毒ぶりを発揮してみたが、何のことは「勤勉な私」を売り込む芝居だったという話。「解散を考える暇がない」ほどに難問・課題が山積していると嘯(うそぶ)いたのは「年初会見」でした。お伊勢さん参りをして後に「抱負」を語ったのだったが、その数日後に「国会冒頭解散」に気分が変わったというのですから、信用もできなければ、舵(かじ)取りを任せるわけにもいかない「嘘つき総理」というほかないでしょう。この女性宰相は極め付きの嘘つき。天照大神にさえ、嘘をかませたんですから。

 自分の発言に責任を持たない人間は「嘘つき」ですし、間違った発言を訂正も誤りもしなければ、やはり「嘘つき」です。要するに自分に不都合な事柄はなかったことにしたいという、手に負えない無責任ぶり。「力強い経済を」論をぶち上げたはいいが、何のことはない円安と物価高の二重苦を国民に押し付けて、増税インフレ大賛成(万々歳)と「自画自賛」(ある種の自虐ですね)のおおはしゃぎという厚顔ぶりです。虚勢を張って「大国」を見せびらかしているけれど、実態はどうでしょう。あらゆる指標が示すところは衰退の一途をたどるばかりの国勢の没落・凋落ぶりです。

 衆議院の解散権は総理大臣(首相)の「専権事項」とされていますが、本当にそうなんすか。天皇の国事行為の「一」項ではありますが、まあ、いろいろと条件が付いているみたいだけれど、「切り捨て」か「四捨五入」すれば首相の「専権事項」と読解してきただけのことではないでしょうか。法解釈はいかようにもできますが、だからどんな解釈も成り立つということではないでしょう。「(首相の)解散権は否定できないものの、党利党略で安易に「伝家の宝刀」を抜くのであれば、制度の悪用である」とコラム氏は指摘します。国会が開かれれば、これまでの自らの「過ち」や「放言」、数々の無責任、あるいは内閣各員に対する責任追及に遭遇するのは不可避ですから、難を逃れ、責任追及を躱(かわ)し、怠慢政治の不作為を指摘されたくないからの「私利私欲解散」としか思われない。やってごらん。先は長いから、さ。

第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

 「衆院選には600億円前後の費用がかかる。民主主義を成り立たせる必要経費とはいえ、通常国会の論議が頭からすっ飛ばされ、政党本位の政治ゲームに付き合わされることになるのだろうか。なされるがままが口惜しい」というコラム氏の嘆きはぼくも同感です。何のために解散するか、艱難辛苦、自分がようやくにして座り得た「椅子」から離れたくないだけのこと。まさしく「私利私欲」の沙汰でしかありません。国家。国民の状況をいささかでもよくしたいというのではなく、一日でも権力の座にしがみついていたいという我欲のなせる業ですね。「自分の利益を第一に考え、それを満たそうとする気持ち」(デジタル大辞泉)です。「我欲」を満たそうとするためだけの「天皇の政治利用」でもあるのですから、「天皇」崇拝論者の首相にあるまじき行為ではないですか。「不敬罪」に当たりますよ。

 <社説>首相が解散意向/「経済最優先」と矛盾する 高市早苗首相が、23日召集の通常国会冒頭で衆院を解散する意向を自民党幹部に伝えた。衆院選は2月中旬までの投開票が想定される。
 通常国会の冒頭解散は極めて異例だ。2026年度当初予算案の年度内成立は困難となり、「経済最優先」を掲げる首相の方針と矛盾する。なぜ解散を急ぐのか、疑問を抱かざるを得ない。
 高市政権は昨年10月、衆参両院ともに少数与党で船出した。衆院では無所属議員を自民会派に取り込み、連立を組む日本維新の会と合わせて過半数を回復したが、過半数に満たない参院の状況に変わりはない。
 発足以来、内閣支持率は70%前後の高い水準を維持している。首相の人気に乗じた早期解散で自民の議席を増やし、政権基盤の安定を図る狙いが透けて見える。物価高騰にあえぐ国民生活を置き去りにした党利党略ではないか。(以下略)(神戸新聞・2026/01/14)

 そもそも政治は、などという言い方はしません、したくありません。見るべきは現実ですから、今あるがままの政治状況しかぼくたちは得られないのです。本来なら、「政治とは…」という愚痴だか、期待などは言うべきではないとは思わないけれど、なるべくしてなった現状から目を逸(そら)していては、いつまでたっても空論・画餅に弄(もてあそ)ばされ、結果的には退廃政治家の思う壺という羽目になるでしょう。どうしてこの「嘘つき首相」の支持率が高いか、この政権が続くうちは「利益」を得られると算段する人が多いということです。もちろん、「女性だから」という支持者が圧倒的だというのも、そのことで、自分の生活や環境が悪くなるとは思わない能天気な支持者がいてくれるおかげでしょう。まあ、いわば有権者の「オウンゴール(own goal)」みたいなもので、この、自分で墓穴を掘る愚かさに気が付かないうちは、この国は危険水域を運航している巨大な船ですね。あるいは「舵(rudder)」のない船、いや、ひょっとしたら「スクリュー(screw)」すらないのかもしれません。車で言うなら、ハンドルもブレーキもない、しかも2馬鹿力(連立)政権ですから、沈没は免(まぬが)れませんね。

 船長は無免許、航海経験なし。乗員(内閣)も好き勝手な行動をとる、そして乗組員もどんな船に乗っているのかにさえ関心がないのです。沈没するか、座礁するか、あるいは難破するのか。例えは不適切が、この日本丸は、現代の「タイタニック号(Titanic)」であるような気がしてならないのです。この巨大客船は「初航海(1912年)」で、大西洋上の氷山に激突し、沈没しました。(4月14日、23時40分、氷山と衝突。約1,500人が亡くなった)船は海上にありますが、この「日本丸」はしばしば地震で揺すられますものの、大陸にあって、あちこちへ自由に動き回ることはできませんから、あえて言うなら「日本丸は陸沈」するというほうが正確でしょう。「陸沈(りくちん)」とは、「滅亡すること」を意味しますよ。もう一つの意味は「ひそかに市井に隠れ住む賢人」のことです。この社会にもきっといるはずですね。「水(海)に沈む」のは道理でしょ、でも「陸に沈む」というのはなかなかのことで、ことにわが社会の政治家など、死んでも「陸に沈まない」ですよ。その昔の「隠居」といっても通じますか。横町の隠居というように。この社会からすっかり絶滅したのが「隠居」ではないかとも思う。「賢人、よくおのが生を持する」、しかも、慌てず騒がずに、です。騒々しいだけの政治家は嫌だし、いらないですね。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

「今日から、うちの子におなり」

【春秋」金馬師匠の湯豆腐 昭和初期、東京の下町で少女は家族の愛情いっぱいに育った。代々、釣りざお職人の家。兄3人と毎日にぎやかに過ごし、年の離れた弟をかわいがった▼戦争は一家の暮らしに影を落とす。少女だけ静岡の親類宅に疎開した。ある夜、空襲警報が鳴り響く。山に逃げると東の空が赤い。数日後、真っ黒に汚れた顔で一番下の兄がやって来る。祖母と両親、兄2人、弟が炎にのまれた、と泣き崩れた▼落語家の初代林家三平さんの妻でエッセイストの海老名香葉子さんは、そんな東京大空襲のつらい体験を繰り返し語った。「戦争の無残さを体の続く限り伝えなくてはならない思いがある」。慰霊碑を建て供養式典を営んできた。不戦を訴え続けた人生。先月、92歳で旅立った▼11歳で戦災孤児となってから、親戚や知人の家を転々とする。たらい回しにされたり、貧しさや居場所の無さにいたたまれず姿を消したりした▼釣り好きで父と知り合いだった三代目三遊亭金馬を訪ねた時には17歳になろうとしていた。「<竿忠(さおちゅう)>の娘か! 生きていたのか! よかった、よかった!」。金馬師匠は湯豆腐を小皿に取り分けて語りかけた。「今日から、うちの子におなり」▼自分が生きていたことをこれほど何度も「よかった」と言ってくれた人は初めてだった、と書き残している。「国中が傷ついているときにも、愛の灯(あか)りは、どこかにぽつぽつとともっていたのです」(西日本新聞・2026/01/13)(右写真、金馬師匠)

 ぼくにしては珍しいことです、二日分のコラム「春秋」です。実は昨日の駄文のネタとして「成人の日」というコラム」を準備していたのですが、少し事情があって脇に置いておきました。若いころ、寺山修司という詩人・歌人・演劇団主宰者には刺激を受けていました。ぼくにはとても身近に感じられたからでした。そして本日のコラム「金馬師匠の湯豆腐」。二日連続の「春秋」コラム氏のセンター前のクリーンヒットだと思いを強くしました。(小さな声で言いますが、ぼくはこの西日本新聞、毎月購読料を収めて読んでいます)福岡中心の新聞で、現首相の「生みの親」でもあるA元首相の動向を知りたいという「のぞき」趣味もありました。

(ヘッダー写真「空襲後の東京をとらえた空撮画像/Mondadori Portfolio/Getty Images」:https://www.cnn.co.jp/world/35150514.html

 でも、実際のところは、どなたが書かれているか存じ上げないが、「春秋」というコラムが時に秀逸、時に鋭利と、本当に短文の妙を教えてもらっている。「金馬師匠の湯豆腐」というタイトルもいいですね。ぼくもかつては無類の「湯豆腐」好きでした。これも何度かだべっていますから繰り返しませんが、毎日毎晩のように決まった町の豆腐屋さんのものを、三十年間も食べていた。豆腐一丁で二合は軽くいけましたね。海老名香葉子さん、先ごろ92歳で天寿を全うされました。いうまでもなく「林家三平」さんのかみさんでした。大学生のころ、上野の「鈴本」で三平さんを何度かうかがったが、とても「落語」とは思えなかった。三平さんが「落語」と僭称していたものは、当時もよく、同時に出ていた立川談志さんのものと比べることすらできない代物(雑芸)だったと思う。その三平さんは香葉子さんと、金馬師匠の仲立ちで結婚された。その経過はコラムにある通り。

 金馬さんは無類の釣り好き。当時の竿づくりの「竿忠」とは長年の昵懇。東京大空襲で、竿忠一家のほとんどが命を失った。行方の知れない兄とはぐれた香葉子さんは、様々な苦労の末に金馬師匠のところにたどり着く。(この話は金馬さんからも、香葉子さんからも繰り返し聞かされたものです。何度聞いてもたまらないですね。実をいうと、金馬さんの落語の良さは、未熟者だったぼには今一つわからないかったが、この「場面」のあることを知って、金馬師匠という人が大好きになった)「釣り好きで父と知り合いだった三代目三遊亭金馬を訪ねた時には17歳になろうとしていた。『<竿忠(さおちゅう)>の娘か! 生きていたのか! よかった、よかった!』。金馬師匠は湯豆腐を小皿に取り分けて語りかけた。『今日から、うちの子におなり』」「自分が生きていたことをこれほど何度も『よかった』と言ってくれた人は初めてだった」

 空襲直後の東京の空の下では、まさに生き地獄・修羅の行状が、至る所で見られていたし、生死の境をさまよう人々が無数にいたはずです。そんな中でも師匠と17歳の香葉子さんの邂逅(かいこう・わくらば)でした。「竿忠の娘か」「生きていたのか「よかった、よかった」「金馬師匠は湯豆腐を小皿に取り分けて語りかけた」たぶん、二人の間には湯豆腐の湯気が充満していたのではないでしょうか。「今日から、うちの子におなり」と、よくぞ師匠は言いましたね。「地獄に仏」というか、「焼け跡に金馬」でした。金馬さんは無類の博識で、いろいろなことを薄層(はくそう)されていた人。同時代の仲間には志ん生さんや文楽さん、さらには円生さんがおられた。いわば「楽屋落ち」に類するような、仲間内の話を時に語られるのでしたが、とても面白かったことを覚えています。あのガラガラの大声が、いまにも聞こえてきそうな噺家(はなしか)でした。

 ⁂ 落語家の初代林家三平さんの妻で、エッセイストとしても活躍した海老名香葉子(えびな・かよこ)さんが12月24日午後8時38分、老衰ため死去した。92歳。葬儀は家族葬で行った。喪主は長男の林家正蔵さん。/お別れの会は2026年1月9日午前11時から東京都台東区上野公園14の5、寛永寺輪王殿第一会場で行う。/1952年に初代三平さんと結婚。落語家一家のおかみさんとして、夫の死後も一門を支えた。/東京大空襲で両親ら家族6人を亡くした。慰霊碑の建立や供養式典の開催など、戦争体験を語り継ぐ活動を続けた。戦中の体験をエッセーなどでつづり、アニメ映画「うしろの正面だあれ」「あした元気にな〜れ!」として上映された。/長女が元女優の海老名美どりさん、次女が元歌手の泰葉さん、次男が二代目林家三平さん。〔共同〕(日経新聞・2025/12/29)

~~~~~

【春秋】成人の日 言葉を友人に持つ、そんな人生を きょうは成人の日。堂々と酒が飲めるようになった二十歳のあなたへ、おめでとうの乾杯を。節目の日、2人の表現者の「対話」を贈りたい▼酒にまつわる唐の五言絶句「勧酒(かんしゅ)」は井伏鱒二の名訳で知られる。酒を酌み交わす相手への一節<花発多風雨 人生足別離>。これを「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」と訳した。人は出会いと同じくらい別れや喪失を経て生きてゆく。井伏は人生の真理を潔く言い切った▼この言葉に激しく心を揺さぶられた青年がいた。19歳で大病を患い、何年も病床に伏した寺山修司だ。まだ何者でもなかった頃。死を意識する孤独に身を置きながら「さよならだけが人生だ」と幾度も口ずさみ、自身の「クライシス・モメント(窮地)を何度のりこえたか知れやしなかった」と回想した▼そして返歌のような詩「幸福が遠すぎたら」をつづる。<さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう><さよならだけが人生ならば めぐりあう日は何だろう><さよならだけが人生ならば 人生なんか いりません>▼別れは終わりではなく、次の春が来て、誰かと巡り合う。通過点の先を目指せばいい。歌人、劇作家として名をはせていく青年の叫びだ▼寺山は、言葉を友人に持ちたいとも書いた。友や家族に囲まれていても、自分はたった一人だと気付く瞬間がある。友となる言葉と出会う、豊かな人生であれ。(西日本新聞・2026/01/12)

 いかにも寺山修司さんらしい「エピソード」を「春秋」氏は書かれました。「勧酒」(于武陵うぶりょう:唐時代の詩人)「勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離」「コノサカズキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトエモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ」(井伏鱒二訳「厄除け詩集」)「酒を酌み交わす相手への一節<花発多風雨 人生足別離>。これを「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」と訳した。人は出会いと同じくらい別れや喪失を経て生きてゆく。井伏は人生の真理を潔く言い切った」と、コラム氏は、まずは「二十歳」の青春に祝杯をあげます。お魚は「勧酒」(「この盃(さかずき)を受けてくれ」)。そしてやおら方向を変えます。

 「別れは終わりではなく、次の春が来て、誰かと巡り合う。通過点の先を目指せばいい。歌人、劇作家として名をはせていく青年の叫びだ」「寺山は、言葉を友人に持ちたいとも書いた。友や家族に囲まれていても、自分はたった一人だと気付く瞬間がある」とはコラム氏の寺山評でもあります。

 ぼくは寺山修司という詩人の生き方に憧(あこが)れもしなければ、羨望の念を持つこともなかった。彼自身が、溢れ来る才能に溺(おぼ)れかけていた節があるのを奇妙な感覚を伴って見ていた。彼と同級生だった作家の山田太一さんを通して、山田さんの書くものを読んで、ぼくは寺山修司という詩人を知った気がしました。ぼくの後輩(女性)が寺山さんの劇団に入ったことにショックを受けたのは、大学三年生だったか。その反動か、寺山ではなく、ぼくは唐十郎の芝居を何度か見ることになった。しかし、ぼくにはよく理解できなかった。状況劇場だか何だか知らないが、ある種の「遊び」が本筋のような気がしたし、それでいいではないかという気分もぼくにはありました。

 「幸福が遅すぎたら」の最後の節で、「さよならだけが / 人生ならば / 人生なんか いりません」と結んだのは、青春の反発だったか。あるいは「大家 井伏」への反抗だったか。

◎ 寺山修司 (てらやましゅうじ) 生没年:1935-83(昭和10-58)= 歌人,詩人,劇作家,演出家,映画監督,競馬評論家。青森県に生まれる。早稲田大学中退。高校時代に俳句を中心とした文学活動を展開,山口誓子,橋本多佳子らの知遇を得る。のち短歌に転進,1954年〈チェホフ祭〉50首で短歌研究新人賞を受賞,詩壇,歌壇の注目を集める。ネフローゼ発病のため数年の入院生活を送るが,代表歌〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや〉(《空には本》)は当時の作品。59年,ラジオ・ドラマ《中村一郎》により民放祭大賞を受賞,劇作家としての才能を示し,《血は立ったまま眠っている》(1960)などの戯曲を次々に発表する。63年,大学祭などで〈家出のすすめ〉を説いてまわり,社会的な話題となる。ボクシング評論,競馬評論なども手がけるが,67年,横尾忠則,東由多加らと演劇実験室〈天井桟敷〉を結成,以後,演劇を中心とした総合的な芸術運動を展開する。はじめ見世物の復権を称えるが,やがて市街劇,密室劇,書簡劇など多彩な実験演劇を試み,代表作《奴婢訓(ぬひくん)》(1978)にいたる。映画《田園に死す》(1974)をはじめ映像作品も多く,その演劇映画活動は国際的な評価を得た。(改定新版世界大百科事典)

「Carmen Maki (カルメン・マキ) – さよならだけが人生ならば 」(1969)(https://www.youtube.com/watch?v=xAsl9J93aXo&list=RDxAsl9J93aXo&start_radio=1

 それでもなお、「言葉」への信頼、あるいは「期待」だけは失わなかったのが寺山さんだったかもしれない。人生は偶然の積み重なりで、その偶然の鎖(つながり)が、きっと「必然」というものなのでしょう。偶然を大いに恃(たの)みにしたいものだと思う。「人を恃むは自ら恃むに如かず」(「韓非子」)といいます。その自己とは「言葉」で成り立つものでしょう。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII 

同時代に生きる不幸と幸福と

 トランプ氏、キューバに圧力強化 「手遅れになる前に取引を」勧告 【ワシントン共同】トランプ米大統領は11日、米国が軍事介入したベネズエラからキューバに供給される石油は「ゼロ」になると主張し「手遅れになる前に取引に応じることを強く勧告する」とSNSに投稿した。ベネズエラと対米共闘で協力してきたキューバへの圧力を強化した。
 トランプ氏はキューバが石油や資金を受け取る見返りに、ベネズエラの「独裁者」に警護要員を派遣してきたと説明。1月の米軍の攻撃でキューバの警護要員の大半が死亡したとし、今後はキューバに代わって米軍がベネズエラを守ると書き込んだ。
 キューバのロドリゲス外相は11日、SNSで「米国からの干渉を受けずに燃料を輸入する権利がある」とした。(共同通信・2026年01月12日 03時12分)

 ことさら、T大統領だけを「狂者」「驕奢」「強者」扱いしているのではありません。1776年の独立宣言以来、市民戦争を含め、この新出来(後発)国家は「戦争」「暴力」を繰り返してきました。国の内外を問わず、まるで「習い性」になったようです。その点では、だれであろうと、大統領になったら「アメリカファースト」を実感することに、たぶん戦慄(旋律)を覚えていたのでしょう。我に歯向かう、自分に従順でないものは、踏み潰すといわぬばかりの「傍若無人ぶり」でした。今、南北アメリカに起こりつつある「騒乱」、開かれつつある「戦端」は、いわばこの、「みせかけデモクラシー」を売り物にしてきた国の「専売特許」だったといえるかもしれません。(左地図は読売新聞・2026/01/09)

 今次の「ベネズエラへの軍事介入」の帰結はどうなるか、それはすでに見えています。「歴史は繰り返す」とは言えないけれど、だれが吐いたか、確かに「歴史は韻を踏む(History rhymes.)」ということであるなら、アメリカは無駄な戦費と人命を失いながら、結局は「一敗地(痴)」に塗(まみ)れ、無残にも、侵略地から「引き揚げ」ざるを得ないのでしょう。朝鮮戦争(休戦状態)、べトナム敗戦、アフガン侵攻失敗、イラク侵攻の竜頭蛇尾、その他もろもろの戦いで「戦場の禿鷹」になるには、一面では、あまりにも「お人よし」すぎていたということです。逆に言うなら、「お人よし」でよかったというわけで、もっとお人よしなら、「負ける戦争(長続きしない植民地化)」はしなかったものですが。戦争というものが残す歴史の教訓は「負けるが勝ちだ」ということをぼくは信じています。負け続けることも、勝ち続けることもあり得ません。

 凡愚で無知、だからこそ権力志向が異常に強い人間が「大統領」になると、だれもがトランプのようになるかというとそうではないでしょう。しかし、往々にして「トランプ現象」は歴史の徒花(あだばな)として、大騒ぎしつつも、実を結ぶこともなく散り敷くものです。だからこそ、犠牲になったものこそ「哀れ・憐れ」に思われます。「歴史は韻を踏む」という表現は、それを指して(言い当てて)いないでしょうか。人も変わり、状況も変わるのですから、まったく「同じことが起こる」ことはあり得ません。でも、人である限り、権力欲も支配欲も同じように持ちたがるものですから、T大統領のような人物は、いつの時代、社会においても、同じような「愚行」「蛮行」「邪道」「邪義」を繰り返す蓋然性が高いのです。同じことではない、同じようなことが繰り返し生じるのは、それを引き起こすのは「人間」だから、というわけ。でも、幸いなことに、あるいはせめても慰めに言うと、「どんな人間も必ず死ぬ」のですから、勇ましく始まった暴力(侵害)は惨(みじ)めに終わる、それもまた「歴史の教訓(The lessons of history)」でしょう。

 それにしても、トランプの時代に「生きる」ことの不幸を、出会い頭に多くの無辜(むこ)の民が味わう、それはあまりにも残酷にすぎますね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「徒然に日乗」(969~975)

◎ 2026/01/11(日)とても風の強い日だった。午前中に茂原まで買い物に出かけたが、スーパーの屋上駐車場では強烈な突風が吹いていた。店の外回りの人曰く「あまりの強風なので、まったく客が来ないんだ」という話。実際にはその通りで、レジで並ぶことはなかった。れ㎜級の谷間ということも影響しているか。▶各地で山火事が発生している。強風と異常な乾燥状態だから、山火事や住宅火災には絶好のの条件。くれぐれも注意したいもの。▽いよいろ国会冒頭解散の可能性が強く出てきた。何も仕事らしい仕事をしないままで、数合わせの末の延命だけの「自己保身解散」をこの首相もしたがるのだから、実に「凡庸」「無能」というほかない。これを誘導しているかの読売新聞、政党の機関紙以下に成り下がっている。円安・物価高だけでも、まじめに「対策を講じてくれよ」と言いたい。(975)


◎ 2026/01/10(土)お昼前に茂原まで買い物。▶帰宅後、S君にお礼の電話。新たなOSを送っていただいたので。容量は何と2TB(現在潮湯中の4倍の容量)、この規模のものは初めてで、何ができるか、じっくりと考えながら「起動」まで進めたい。もちろん、気持ちだけでもお礼がしたいので、十分とは思われないが、それを伝えた。おそらくこの二十年、何かあると彼に助けてもらってきた。随分と世話になってきたものだ。▶新年の通常国会(1月23日開幕)冒頭での「衆議院解散」が報じられた。例によって読売が「先棒を担いで」いるのだが、この新聞社は、どうしても「政局」を動かしたい衝動を抑えられないようだ。解散理由はいくつかあろうが、首相の支持率が下がり始める前にということが第一。対中国問題、物価高騰(インフレ)・円安(本日午後、対ドルで158円を超えた)、長期金利の高騰(2.1%)と、不況のトライアングル。金権政治、統一教会との癒着問題等々、政治課題として眼前に見せつけられている、そのどれ一つとっても言い逃れできない問題を脇において、政権のぼろが出ないうちに解散を、というわけ。とっくに破綻していると、ぼくは見ている。インフレを放置したままの、自己都合解散、あまりにも政治センスが悪いと思う。この程度の政治家だったのは、先刻承知のことだったが。(974)


◎ 2026/01/09(金)午前中に土気まで買い物に。久しぶりに出かける。猫の缶詰をネット通販で買うようにしたために、一か月以上も行くことはなかった。それにしても、あらゆるもの(特に食料品)の値段が留まるところもないほどに、高騰している。現政府に、この高物価を抑制する気がないのだから、悪質極まりない「責任ある積極的経済政策」だ。何のことはない、「インフレ増税で「名目GDP」を膨らませては、国民を痛めつけているだけなのだ。▶帰宅後、大阪のS君からOSが送られてきた。容量は2TBだ。これを手にして、じっくりと必要なデータ移行を済ませて、新しい書き物でも始めてみたい気もしている。▶アメリカ大統領(をはじめとした政権にある者たちの)狂気は半端なものではないことが明らかになりつつある。その結果、あっという間にアメリカはどうしようもない底の抜けた国になってしまったことがわかるが、どうして、このアメリカの暴力を世界は黙っているのだろうか。ロシアのウクライナ侵略もしかり。イスラエルのガザに住むパレスティナ人の殺戮しかし。他国や他者のことはどうでもいいという刹那主義になっているのだろうか。それにしても、まずは、アメリカの狂った判断による狂気じみた行動を非難し、阻止しなければならないのだが。まるで「腫れ物に触る」みたいに、怖気づいているのが、ぼくにはわからない。(973)


◎ 2026/01/08(木)このところ、自分用の車で街中を走ることが多い。せいぜいが30キロ程度だが、バッテリーの充電には欠かせないので、できる限り走行距離を伸ばそうと考えている。登録以来24年も経過した車。今は遠出することもなく、約10万5千キロ程度。全開で終了のつもりだったが、もう一回は車検を受けて見る気になっている。すっきりと決断したいのだが、もう少し時間がかかるかもしれない。理由は単純、不便なところに住み着いているし二人とも高齢者で、どうしても車が必要だけれど、二人が別々に乗ることが多いので、もしもの時の用心のために、である。たくさんの猫たちがいるので、家を空っぽにするわけにはいかないのだ。▶米国は一人の狂人にいいように振り回されている。このままで、だれもが彼の暴走を止める方策を持たないとすると、どういうことになるか。「66国際機関の脱退指示 国連気候変動条約も対象―トランプ米大統領 【ワシントン時事】トランプ米大統領は7日、国連気候変動枠組み条約や国連人口基金、国際貿易センターなど計66の国連・国際機関からの脱退や資金拠出停止を指示する大統領覚書を発表した。『米国第一』の外交政策を追求するトランプ政権の決定は第2次大戦後培われた国際協調の枠組みを揺るがしかねず、波紋を広げそうだ」(時事通信・2026/01/08)なりふり構わず、傍若無人の振る舞いに、だれも何も言えないというのだから、ある種の「暗黒国家(Dark Nation)」「暗黒時代(Dark Age)」というほかない。米国の現職大統領は「狂人」である、「一人の狂人」に翻弄されているのだ、時代も世界も。(972)


◎ 2026/01/07(水)午前中に茂原まで買い物に。帰路、いつものHCで猫のドライフードなどを購入。▶午後3時ころだったか、大阪のS君(卒業生)から電話があった。暮れにパソコンの容量不足問題に関係して「PIN(暗号)」なるものがわからなかったので、伺ったことがあった、それについての再度の問い合わせだった。もちろんパソコンのデータ移行等々についての進捗度も気にされていた。なんとかかんとか新しいOSを立ち上げることができたことを伝えた。この数日、S君はひどい扁桃腺炎に罹患し、40度の高熱も出たと聞いた。くれぐれも留意されることを願うばかり。また、新たなOS(2TB程度の容量・SSD)を贈(送)ってくださるということになったが、重々、感謝するのみ。(971)


◎ 2026/01/06(火)新年最初の「燃えるゴミ収集日」だった。例によって午前6時半に集積場にまで持参。気温はそれほど低くはなかった。▶お昼前に買い物で茂原まで。▶アメリカのベネズエラ攻撃問題について、いろいろと情報を集めた。それにしても、「唯我独尊」という尊大な姿勢がむき出しで示されたわけで、なんとでも理屈をつけて、他国を攻め、あるいは他国の「資産」を略奪するという、なんとも呆れたふるまいだったが、それに対して、何か有効な処置(対応)をアメリカに対して、他国は取ろうととするのだろうか、取れるのだろう。この蛮行に対して、分かり切ってはいたが、この国の「首相」は何ひとつ抗議らしい言葉を吐くことがなかった。属国に甘んじることは、自らの地位を守ることに通じていることを示しているわけ。加えて、中国の対日対応について。「【北京時事】中国商務省は6日、軍事力の向上につながる軍民両用品の日本向け輸出を同日から禁止すると発表した。高市早苗首相の台湾有事発言に激しく反発する中、日本への経済的な圧力を強め、高市氏に発言撤回を迫る狙いとみられる。/中国は、高市首相が昨年11月の国会答弁で台湾有事が日本の『存立危機事態』に該当し得ると語ったことに激しく反発。商務省は『中国は断固として必要な措置を取る』(報道官)と脅しをかけていた。/同省によると、日本の軍事関連利用者向けや、軍事力向上につながる軍民両用品が輸出規制の対象となる。自衛隊や軍事関連機器を製造する企業への半導体やレアアース(希土類)の輸出などが含まれる可能性がある」(時事通信・2026/01/06)中国の態度を非難するばかりなのは、なぜか。なぜこのような「難問が発生したか」「どうして長引くのか」それを指摘しないで、中国非難報道ばかりでは、穏当とは思われないのだ。(970)

◎ 2026/01/05(月)ごく近間に外出した以外は、終日自宅に。▶パソコン作業の残りの処理。いろいろとわからないことだらけであり、なおかつ、ネットを通しての「悪事」「犯罪」が蔓延している、その内情を知るにつけ、なかなかに容易ならざる事態に陥っていることを痛感する。個人情報の管理が徐々に厳しくなるのも、犯罪事情を考えれば仕方がないのだろう。それでも、ネット通販をはじめとする「便利」の隣に大きな陥穽(落とし穴)が設けられていることを思えば、簡単には「ネット社会」礼賛とはいかないことをつくづく知らされるのだ。▶アメリカのベネズエラ爆撃の背景や理由が少しずつ明らかになるにつけ、政治というものの不条理利を思わざるを得ない。もちろん、政治を司(つかさど)る人間たちの仕業によるものなのだが。(969)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

今は昔竹取の翁といふものありけり。

【日報抄】高校生の頃、竹の皮に包んだおむすびを学校に時折持って行った。同級生と違うレトロな雰囲気の弁当を内心、少し誇らしいと思っていた▼佐渡の地元集落にはあちこちに竹林があり、竹の皮も取れた。春はタケノコ掘り、お盆は竹を細工して墓の花立てに、秋は稲を架けるはざにと身近だった。竹加工をなりわいとする家があり、ひごを作り、竹細工もこしらえていた▼いま新潟市での暮らしを見渡してみても竹の製品はほとんどない。ざるも金属かプラスチックだ。竹の皮を手に入れる機会もあまりない。時代の流れでは仕方ないか▼帰省した正月の朝、雪の積もった竹がしなって道をふさいでいた。近くの集落のおじさんが雪をふるい落とし、元に戻していた。繁殖力の強い竹は適度に管理しないとやぶになってしまう。ただ空き家が増えて、高齢化の進む田舎では手が回らない現実がある▼やっかいな竹を活用するユニークな取り組みがある。例えば「美味(おい)しく食べて竹林整備」を合言葉にした「純国産メンマプロジェクト」。普通に思い浮かべるタケノコの大きさではなく、2メートルほどに伸びてもメンマに加工できる技術を広める。田上町など、全国で取り組む団体が増えてきた▼竹やわらでやぐらを組んだどんど焼きも、まだ県内各地で催されている。竹の棒の先に餅やスルメをぶらさげ、あぶって味わうおいしさと懐かしさ。竹に目を向けることが増えれば、現状を考える機会になる。地域の資源を眠らせておくのはもったいない。(新潟日報・2026/01/11)

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百弐)~ 竹で思い出すのは、能登半島時代の冬の楽しみだったスキーや橇(そり)遊びで、兄貴たちの工作を見よう見まねで、竹を使ってスキー板を作り、橇に履かせるスキーのような竹を、火であぶって竹を細工したもので、冬の間中楽しんでいました。竹で作った水鉄砲や弓矢を作っては、時々の遊び道具にしていた。もう七十年以上も前の出来事です。これらの想い出はぼくには、今でも冬の風物詩であり、冬景色というものだったと思う。時代はやや下るが、「日報抄」氏の経験とほとんどが重なるものでした。それほどに、この社会の生活には「竹」は不可欠のものだったという証拠でもあります。「竹」のことを考え出すと、いろいろなところにぼくの想いは飛翔します。

 もともと、この劣島には竹は存在していなかった。それは南方の産物だったからです。「アジア東部の温帯から熱帯モンスーン地帯にかけて広く分布するが,ヨーロッパやアメリカ大陸にはきわめてまれに知られる」(ブリタニカ国際大百科事典)というように、この劣島にも長い時間をかけて「竹」が南洋の人々によって持ち運ばれてきたと思われます。この島に渡来した人々は多彩だったが、南の地域からやってきた人は、「竹」そのものは言うまでもありませんが、「竹の民俗誌」もいっしょに携えてきたといえます。その代表例は「竹取物語」でしょう。このような話はインドネシアやその近隣諸国にもありますし、中国でも確かめられています。竹という植物の有する不思議な「霊力」が、竹取物語の重要な一部を占めています。後に「かぐや姫」と名付けられる女の子を見出したおじいさんは「竹取の翁」と呼ばれている。

 「竹取」のおじいさんは「野山にまじじりて竹をとりつつ、萬(よろづ)のことに使ひけり。名(な)をばさかきの造(みやつこ)となむいひける」つまりは、竹細工を生業にして、作ったものを売って生活をしていたというのでしょう。ここから書き出していくと、何日もかかるほどに、竹にまつわる「文化」「歴史」は、限りなくこの島社会の一部になっているのです。駄文集のぼどこかで、この辺のところを書いたことがありますので、ここでは繰り返しません。その代わりというと変ですが、歴史家の沖浦和光さんの「竹の民俗誌」という書物をお読みになることを強く勧めます。それには、少なくとも今日に及ぶ「竹の文化史」「竹の民俗学」が要を得て実に丁寧に(簡略ながら)書かれています。古いものですが、今でも手に入れることができるでしょう。

 この社会では「箒(ほうき)」の原材料は竹が主でした。箕(み)や籠などの農具類もほとんどは竹製でした。それにははっきりした理由があります。材料として豊富にあり、丈夫であったこともありますが、さらに言うと竹の持つ不思議な霊力を信じていたからだと言ってみたくなります。殺菌用にも防腐剤としても竹や竹(笹)の葉が使われてきました。箒は掃除道具ですが、その意味は、汚れたものや不要なものを吐き出す役割を託されたのでした。竹の成長力はたいそうなもので、拙宅の庭に生える竹でも、一晩で50㎝や70㎝は軽々と伸びます。竹の中から出てきた「女の子」は「三月ばかりになるほど、よきほどなる人になりぬれば」と、たった三か月ほどで一人前になったと書かれています。古の人は、ここに「竹の暦力」を見出していたのでしょう。京都の友人が一昨年、拙宅に来られて、帰り際に、「周りの竹や木を伐採しておかないと、あっという間に埋もれてしまうで」と心配してくれましたし、今年の年賀状にも「竹類や植木の刈込や枝落としはしましたか?」と案じてくれました。彼は長い間、京都の周山近くで製材所を経営されていた。(実のところ、彼の忠告にはほとんど従わなかった。体力がなかったのが最大の理由でした)

~~~~~~~~~~~~~~~~

タケ(竹)【タケ】= イネ科で木質多年生の茎をもつものの総称。タケ科として独立させる考えもある。熱帯〜温帯に多く,約30属500〜1000種。葉身は披針形で葉鞘との間にはっきりした葉柄がある。繁殖は主として地下茎で無性的に行い,何年かたって花が咲くと,たいていは枯死する。ときに全群落がいっせいに開花し,花後に全部枯れること= る。日本では,モウソウチク,マダケ,ハチク,クロチクなどが最も普通に見られ,観賞用とされるほか,茎は建材など,芽は筍(たけのこ)として食用とされる。また,タケの小型のものは一般にササといわれるが,明確な区別はない。植物学的には,ササはたけのこの皮(稈鞘)が生長しても落ちず,茎についているものをいう。(百科事典マイペディア)

タケ(竹) bamboo= イネ科タケ亜科に属する木質で多年生の茎をもつ植物の総称。ササ類 (→ササ(笹)) とタケ類とが含まれる。この類はときにはイネ科から分けてタケ科 Bambusaceaeとされることもある。アジア東部の温帯から熱帯モンスーン地帯にかけて広く分布するが,ヨーロッパやアメリカ大陸にはきわめてまれに知られる。タケ類とササ類との間の区別はあまりはっきりしないが,タケ類は一般に,茎が生長するにつれて竹の皮が脱落するものが多い。タケは観賞用として庭などに栽培されるほか,モウソウチクなどの若芽はたけのことして食用にされる。また割箸,竹細工,釣竿,杖などの多方面に利用されている。日本にあるおもなタケは,マダケ(真竹),モウソウチク(孟宗竹),メダケ(女竹),ホウライチク Bambusa nana var. normalis,ナリヒラダケ(業平竹)などである。タケ類は普通花が咲かず,地下茎でふえるが,花が咲くとそのあと植物体は枯れてしまう。なおマダケは約 100年に1度花が咲くといわれている。(ブリタニカ国際大百科事典)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 竹がいかに身近なものだったかを示す「言葉集」です。少し集めるだけで、この三倍は簡単に見出されるでしょう。本日は荒天で、とても強い風に見舞われています。いろいろとやるべき仕事があるようで、「竹について」、この先に進む元気がなくなり雄です。変竹林ですけれど、本日はここまでで。(どういうわけですか、茂原市内には「辺竹林」という名前の呑み屋があります。また、「珍竹林」というものも。酒は止めましたから、入ったことはありません。この手のお店は各地に偏在していますね)

~~~~~~~~~

竹と人の心の直ぐなのは少ない(たけとひとのこころのすぐなのはすくない)→ 竹は意外に真っ直ぐなものは少なく、人も心が曲がらず正直な者は少ないということ。・竹に油(たけにあぶら)→ 口が達者なこと、よくしゃべることのたとえ。また、若々しくて美しいことのたとえ。 つるつるしている竹に油を塗るとさらによく滑ることから。・竹に雀(たけにすずめ)→ 取り合わせのよい一対のもののたとえ。竹にとまった雀が図柄として取り合わせのよい画であるところから。(ことわざ辞典ON LINE①)   

                                                                               ・竹の子生活(たけのこせいかつ)→ たけのこの皮を一枚ずつはいでいくように、身の回りの物を少しずつ売りながら暮らす生活。・竹の子の親勝り(たけのこのおやまさり)→ (たけのこはすぐに親竹と同じ、または親竹以上の高さになることから)子どもの成長が早く、すぐに親を凌ぐようになることのたとえ。または、子どもが親よりもすぐれていることのたとえ。 「竹の子」は「筍」とも書く。・竹屋の火事(たけやのかじ)→ 怒って、言いたい放題にぽんぽんものを言うこと。竹屋が火事になるとと、竹がはじけてぽんぽん音を出すところから。・竹を割ったよう(たけをわったよう)→ さっぱりしていて、わだかまりのない気性のたとえ。竹が一直線に割れることから。・竹帛の功(ちくはくのこう)→ 歴史に残るような偉大な功績。「竹帛」は昔中国で竹を削った札や帛に文字を書いたことから書物や歴史の意。(ことわざ辞典ON LINE②)


竹馬の友(ちくばのとも)→ 子供のころからの親友や幼馴染のこと。 「竹馬」は一本の竹の棒を馬に見立てたもの。 幼いころから竹馬で駆け回って一緒に遊んだ友達という意味から。・竹林の七賢(ちくりんのしちけん)→ 中国晋代に、俗世間を避けて竹林に集まり、清談を行った七人の隠者のこと。阮籍・嵆康・山濤・向秀・劉伶・阮咸・王戎の七人。・破竹の勢い(はちくのいきおい)→ 止めようがないほどの激しい勢いの例え「破竹」は、竹を割ること竹は始めの一節を割ると、残りが次々に割れてわれていくことから。 ・牡丹に唐獅子、竹に虎(ぼたんにからじし、たけにとら)→絵になる取り合わせの良いものの例え。・藪の外でも若竹育つ(やぶのそとでもわかたけそだつ)藪の外でも竹が育つように、たとえ保護するものがいなくても、子どもはなんとか成長するものだということ。(ことわざ辞典ON LINE③)   

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII                                                                           

受験、二題(案ずるより産むが易い)

【明窓】なぜだろう。今でも時々、大学を受験する夢を見る。もう一度受験生になって挑戦しないといけない状況に焦り、立ちすくむ。何の暗示なのか分からないが、30年以上前の経験が深く記憶に刻まれているのは確かだ。◇実家のトイレの壁に破れて変色した紙が貼ってあるのに気付いた。「三角形の合同条件・相似条件」。数学が苦手だった中学時代に高校受験のために書いたものだった。当時の不安や努力が鮮明によみがえった。◇受験を機に自分と向き合って、将来を考える。それだけでも成長だ。挑戦には挫折と喜びがつきもの。結果より過程が大事だ。テレビドラマ『3年B組金八先生』で、金八先生は「一日一日を確かに努力して身につけたものが、君たちの生涯の財産になります」と生徒に語りかけていた。◇教育を巡る状況は大きく変わった。2024年の大学進学率は58・6%となり、40年前に比べて30ポイント以上増え、少子化を要因に「全入時代」を迎えた。高校は「公立離れ」の懸念がある中で授業料が私立を含めて無償化になる。教育の質を担保し、住む場所や家庭環境に左右されず、誰もが挑戦できる場を整えるのは大人の責務だ。◇年が明け、受験シーズンを迎える。街中でかばんにお守りを付けた中学生や高校生の姿を見ると、心の中で「頑張れ」と声をかける。積み重ねてきた時間は無駄にはならない。冬を越え、桜咲く春は必ずやって来る。(添)(山陰中央新報・2026/01/10)

 年が明け、いよいよ受験たけなわの季節になりました。早い人は小学校から、遅い人は「老人大学」の、それぞれ受験シーズンで、ここぞとばかりに日ごろの精進の蓄積を一気に吐き出す、まるで春の野に咲く「菜の花」のごとく、あるいは「水仙」のごとく、見事に花開くといいですね。ぼくには、受験の経験は人並みにありますが、それにまつわる「秘話めいたもの」など何一つありません。何しろ、人語に落ちることを旨とするような、いたって平凡な生活を送ってきたものですから、致し方がありませんし、それでどうということもなかった気もします。ぼくは就学時期には京都に住んでいましたし、その当時の京都は、公立学校は「学区制」に即して、小中高までは決められた学校に行く規則になっていました。もちろん私立学校はこの限りではなかったのはいうまでもありません。

 高校入試の合格発表(通知)は中学校に届けられましたので、担任の教師から、結果を聞きました。「君は何とか受かっていたが、どうして私立の併願をしなかったのだ」と教師から、まるで詰(なじ)られた気がした。「君よりはるかに成績のいい、だれだれ君たちは私立を受けていたんだぞ」ってね。無邪気なもので、ぼくはその時まで「併願」という言葉を知らなかったし、もちろん「掛け持ち受験」など知る必要もなかった。今でも思うのですが、もし高校受験に失敗していたら、ぼくは自転車屋さんか大工さんの弟子にでもなるつもりだったし、高校へ行きたい、行かなければと、ぼく自身も親も熱心ではなかった。高校卒業する時も気分は同じようなものでした。親は大学へ行けとも行くなとも言わなかったが、京都の狭さに飽き飽きしていたので、その機会にぼくは東京に出た。でも、ここが知恵のない悲しさで、世の中をもっと知っていたら、ぼくは北海道か、あるいは思い切って外国にでも行っていたかもしれないなと、世間知らずを、後年にやや悔いたことがあった程度。大学受験もきわめて平凡で、住まいから歩けるところというので、目の前にあった旧帝大(赤門つき)は忌み嫌っていましたから、その近くの私立大学に入ったというまで。実に消極的人生の覇気のなさだったかもしれません。入らなければよかったと、今は悔いている。

 だから、「明窓」氏のように、「今でも時々、大学を受験する夢を見る」ということは絶えて見られないことです。いつの時代にも、受験競争はあります。人口減少で、「全入時代」を迎えたとは言いますのに、やはり、ある学校には受験生が集まりますから、いつの時代でも「受験競争」はなくならないのでしょう。ぼくの拙い経験から見るなら、受験などないほうがいいと思う。あっても構わないが、その成功と失敗が人生の価値を真逆に変えてしまうという「呪い」にかけられないならという条件付きで。大学までは授業料は無償で、全員が進学するのもいいでしょうし、大学卒では間に合わない、いくつかの職業については、その制約は取り外しておくのは当然でしょう。他者を凌(しの)ぎ、押しのけ、われ先に「いい学校」にという、他者を見下すような「価値意識(観)」というものは、一種の宗教(信仰)みたいなもので、そんなものに興味も関心もない人には「ごみ」のような話でしょう。「いい成績を上げて、いい学校に入り、いい企業に就職する」という、俗にいう「エリート」たちのたどる高速道路も、今となれば、穴ぼこだらけに事故だらけ。世間で「一流」「名門」といわれたいなどと思ってもみないことでありましたし、看板倒れにこと請け合いの「看板」にイカレル、そこまでぼくは落魄(ぶ)れてはいないさ、と今でも強がりを言うだけの元気はある。。

 受験競争、入学試験など、いわば「案ずるより産むが易い」ということではないでしょうか。ある人たちのとって大学などは「通りゃんせ」なのかもしれません。「行きはよいよい 帰りは恐い 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ ♪」

 「 むやみに心配して悩むよりも、思い切って行動するほうが案外うまくいくことのたとえ。[解説] かつては『産は女の大厄(たいやく)』『産は女の命定め』などといい、出産は大きなリスクを伴うものでした。ことわざは、不安にかられ、心身ともに不安定になりがちな妊婦を支え、励ます表現であったと思われます。/しかし、近代の用例の大半は、出産と直接かかわりのない比喩的な用法でで、むやみに取り越し苦労をしないで、ともかくやってみることを勧めるものです。世間を渡っていこうとすると、さまざまなリスクがあり、不確実な要素も必ずあります。しかし、思い悩んで心配するときりがなく、気分も落ち込み、積極的に行動できなくなりかねません。こういう楽観的なことわざは、気分を切り換え、行動に踏み出すうえで大いに役立つといえるでしょう。〔英語〕Don’t cross the bridge till you come to it.(橋に着く前に橋を渡るな)(ことわざを知る辞典)

 (ヘッダー写真〈東京の予備校「代々木ゼミナール」が1万2千人の浪人生を集めてマンモス入学式を開いた。この年、18歳人口は戦後最多(249万人)となった=1966年4月21日、東京都渋谷区の東京体育館)(朝日新聞:https://www.asahi.com/articles/photo/AS20220526001321.html?iref=pc_photo_gallery_prev_arrow

【海潮音】「神はあなたに重い荷馬車を引かせることは決してない」-。この時季になると決まって大学時代の恩師の言葉を思い出す。イスラムの教えの一節らしいが定かではない◆困難は存在自体に気づくことが大事であり、目の前の壁はそれを乗り越えられる人に平等に与えられるものだと教わった。今も折々に心を軽くしてくれる言葉の一つだ◆今年も受験シーズンが巡ってきた。17日にはいよいよ大学入学共通テストが始まる。受験生がいるわが家もいつもとは異なり、少し張り詰めた空気が漂う。志望校を目指して勉強に打ち込む様子は、冬の寒さにじっと耐えて春を待つ木々の姿にも重なる◆年明け早々、地域に大きな地震が襲いかかった。人命に関わるような被害には至らなかったが、激しい揺れに緊張感が走り、まさかの事態が頭をよぎった。その後も体に感じる揺れが相次ぎ、寒さの中、不安な日は続く。災害への対応は受験勉強と同様に目の前の壁に気づき、一つ一つに対処していくことの繰り返しだ。日々の備えの大切さを今更ながら痛感する◆「最善を願い、最悪に備えよ」という金言もある。春はもう少し先だが、必ず誰の元にも平等に訪れる。今年のような厳しい冬をしのいだ花の美しさは、きっとまた格別なはずだ。(川)(日本海新聞・2026/01/10)

 「神はあなたに重い荷馬車を引かせることは決してない」という「箴言」の意味はぼくにはよくわかりません。三歳の子どもの背中に三十歳の大人が背負う荷物を預ける人はいないでしょう。同じ十五歳でも、人それぞれに力も体力も異なるのですから、身の丈に合った「荷物(重荷)」を背負うがいいということなのかもしれない。「困難は存在自体に気づくことが大事であり、目の前の壁はそれを乗り越えられる人に平等に与えられるものだと教わった」とされている部分も、ぼくにははっきりしないのですから、これはぼくの脳細胞の「衰え」がもたらすことなのか、それとも、…。「今も折々に心を軽くしてくれる言葉の一つだ」と、いかにも記者さんには尊い教えだったように思われますが、ぼくにはとんと意味が分からないのですから、困ってしまいます。一例です、百人が同じ受験に挑んだが、3分の1が不合格になった。とするなら、不合格の人には受験という壁は「幻」だったということでしょうか。あるいは、捲土重来を期して翌年再度受験して、何人かが合格した。しかし再び不合格になった人がいる。もう一度次の年に受験してと、…。「目の前の壁はそれを乗り越えられる人に平等に与えられるもの」ということろが、胡散(うさん)臭いですね。

 「年明け早々、地域に大きな地震が襲いかかった。人命に関わるような被害には至らなかったが、(中略)寒さの中、不安な日は続く。災害への対応は受験勉強と同様に目の前の壁に気づき、一つ一つに対処していくことの繰り返しだ」と「海潮音」氏は仰るが、いよいよよくわからない。不安が現実になることはいくらもあります。でも過ぎたことにくよくよしないで、「待てば海路の日和あり」というなら、それはそれでいいのですが。ただいま、このさなかにも「山梨県の山火事」が延焼中(この駄文を書いているのは、10日の午前10時)。自宅にまで延焼することは避けられない勢いです。この「壁(災難)」はどうします。

 「最善を願い、最悪に備えよ」というのは、本当に「金言」ですか。英語では<Hope for the best, but prepare for the worst.>というらしい。それをして「備えあれば憂いなし」と翻訳されています。ぼくはこれもまやかしだと思っています。どんなに備えていても、役に立たない時があります。だから「(いかなる)備えあれども、(つねに)憂いあり」というのが本当ではないでしょうか。あらかじめ準備して、それで間に合うものは多いけれど、そんなものが全く役に立たない事も、時もあるのが人生。理解できない文章を読むと、脳の働きが活発になるのならいいけれど、一気に疲れてしまいますね。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

至る所に「不正のトライアングル」あり

【斜面】仕事に遅れそうな時に車を運転していれば、制限速度を少し超えてもアクセルを踏むかもしれない。「遅刻の罰則」が怖く「誰も見ていない」し「みんなやっている」。動機、機会、正当化がそろうと、人は不正を起こしやすいという◆1950年代の米国の犯罪学者クレッシーが提唱した「不正のトライアングル」と呼ばれる理論。不正を防ぐには、この3要素から対策を立てることが必要とされる。中部電力は全ての面で怠っていたのではないか。浜岡原発の基準地震動を巡る不正だ◆耐震設計の目安として想定する揺れを、中電が意図的に過小評価していた。正しくなければ建物や原子炉が大地震に耐えられない可能性がある。原発の安全性や信頼性を根本から損なう事態だ。再稼働に向けて原子力規制委員会が進めていた審査が、白紙になったのも当然だろう◆「動機」は何か。浜岡は中電唯一の原発で福島第1原発事故後に運転を停止したままだ。想定地震が大きくなれば耐震設計がさらに求められ審査や対策に時間がかかる。審査は中電のデータを信じる性善説が前提で、ばれにくいという「機会」もあった◆事故の深刻な影響は福島事故で明らかだ。関与した社員数人が不正を「正当化」するならその言い分は? 「大地震は起きない」という思い込みか、あるいは「みんなやっている」のか。問われるのは「電力会社は審査の性善説に耐えうるか」。規制委の審査方法を根本的に検証する時だ。(信濃毎日新聞・2026/01/09)

 「自分は嘘をついたことがない」という人は、端(はな)からから自分自身を信用していないのだ。自分を信用しないことを棚に上げて「私を信じてください」というのは「虫がいい話(身勝手)」で、この世には、身勝手極まる「泥棒」の種は尽きないのです。「嘘つきは泥棒の始まり」とは、言いえて妙ですね。「悪いと思わないで嘘をつく人は、泥棒をするのも平気になるということ」(デジタル大辞泉)あるいは、「平気でうそをつく者は、やがて他人のものに手を出すようになる」(ことわざを知る辞典)あるいは「平気で嘘をつけるような人は盗みも悪いと思わなくなるという例え。転じて、嘘をつくのはよくないということ」(Wiktionary この島にはわんさかと「嘘つき」は充満しているし、「嘘をつくのはよくない」という人ほど、嘘をつきたがるものだ。

 これと対極にある「嘘」観として「嘘から出た実(まこと)」というのがあります。「嘘のつもりであったものが、結果的に、はからずも真実となること」(デジタル大辞泉) あるいは「嘘も方便」という言い方がある。「嘘は罪悪ではあるが、よい結果を得る手段として時には必要であるということ」(デジタル大辞泉)嘘には値打ちがあり、時にはつく必要がある場合も生まれるとでもいうのでしょうか。本当のことを言うには忍びないから、当座をごまかすために嘘(偽り)を言ってしまうこともあるというのでしょう。嘘と実、あるいは虚実といいますね、その差は歴然としているとも思われますし、時にはどちらも、入れ替わりうることも考えられるしょう。「嘘が本当」で、「本当が磯」と、ね。つまるところは「詐欺(swindle)」の極意のようなもの。

 有名になりすぎて面白くもなんともなくなった家康の「遺訓」に「真らしき嘘はつくとも、嘘らしき真を語るべからず」があります。解釈はさまざまにあり得ますが、要するに「本当らしい嘘をつけ」、反対に「嘘くさい真は語るな」という。この世には嘘らしい実(まこと)と、実らしい嘘があるだけだと家康は言う。どちらを選ぶかは言うまでもないこと。それが彼の「思想」だったでしょう。ぼくは「嘘つきは泥棒の始まり」という俚諺(俚言)は本当のことだと思う。(この「俚言」の対語は「雅言(がげん)」でしょう。いわば「貴族の使う言葉、あるいは和歌などに用いられる語とも。「洗練された上品な言葉。正しいとされる優雅な言葉」(デジタル大辞泉)もちろん「雅な言葉を使ったな嘘」というものもあるでしょう)ぼくは何人にもの政治家の「泥棒の始まり」をつぶさに見てきました。平気で嘘をつくのにに躊躇しないところまで来ると、それは立派な「泥棒(thief)」ですよね。やがて、その人は嘘しか言えなくなるまでに退化していくのです。名前を挙げてもいいのですが。現首相だって、立派な候補者ですよ。

 さて、中部電力はどうでしょうか。中部電力だけではなく、電力会社はすべて「立派な泥棒」に成長して(なりあがって)いるのです。今回は中電が網をかけられたが、それを裁く側も「嘘つき」「泥棒」の類ですから、もはや終わっています、この国・社会は。「不正のトライアングル」とは「嘘をつく動機、嘘をつく機会、そして嘘を正当化する」、この変ロ長調、または嬰ハ短調(3分の3拍子)が奏でる音楽は、ある人々には調和のとれたメロディに聞こえるのでしょうが、そうでない人には「不協和音」そのものだとしか思われません。クラシックで見るなら、この代表曲はショパンのスケルツォ、第3番op39です。お聞きになられますか。

 中部電力の「不正のトライアングル」の実態は? コラム氏は書かれています。「『動機』は何か。浜岡は中電唯一の原発で福島第1原発事故後に運転を停止したままだ。想定地震が大きくなれば耐震設計がさらに求められ審査や対策に時間がかかる。審査は中電のデータを信じる性善説が前提で、ばれにくいという『機会』もあった◆事故の深刻な影響は福島事故で明らかだ。関与した社員数人が不正を『正当化』するならその言い分は? 『大地震は起きない』」と。コラム氏の記事は、要を得て簡ですね。そして、中電のこの所業をして「悪だくみ」であり、それを許し仕組みこそを「八百長」という。多くの人命にかかわる審査を、単なる「自己申告」で事足れりとしているところが第一だし、第二に、審査する側にも電力会社と気心の知れたものがたくさんいる。第三に、まるで神頼みだが、事故が起こらなければ、中電も規制委も責任を免除される。稼働中、または停止中を含めて、劣島海岸線上に54基の原子炉があります。廃炉が決定ていても、核廃棄物はごっそり残ったまま。とても安全な代物でないのは言うまでもありません。それを「八百長」を承知で看過・黙認するんですか。

~~~~~~~~

 「中部電浜岡原発の不正疑いを批判 木原官房長官「信頼揺るがす」 木原稔官房長官は6日の記者会見で、中部電力が浜岡原発(静岡県御前崎市)で耐震設計の目安として想定する揺れ「基準地震動」を意図的に過小評価した疑いがあることを批判した。「原子力利用の大前提である安全性に対する国民の信頼を揺るがしかねない。あってはならない」と述べた。  安全性に関し「稼働を計画する全ての原発に義務付けられている地震動策定が、正しい評価に基づくことは極めて重要だ」と指摘。中部電の対応について「意図的な方法で地震動の評価が実施された疑いが生じたことは、原子炉等規制法の本旨にもとる」と非難した。中部電に徹底的な事実関係の調査も求めた。(共同通信・2026/01/06)

 (官房長官発言について、「嘘も休み休みにいえ」と言いたくなります。原発政策に対する支持がどれだけあって、原発の安全性に信頼を置く国民がどれだけあるというのでしょうか。また、安全性が確保されないことがわかっている危険極まりないものを使い続けるという、ごり押しそのもが「嘘」で凝り固まっているのです)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII