「財政当局」は米国の管理下にある?

[社説]市場の警鐘に耳傾け財政規律の確立語れ(2026衆院選に問う)
日本の債券市場が財政政策に明確に拒絶反応を示すのは極めて異例だ。高市早苗首相が19日に衆院解散を表明し、食料品を2年間、消費税の対象から外す方針を掲げると、長期金利の上昇が加速し、一時27年ぶりの水準をつけた。
市場の混乱は有権者にも打撃が及ぶ。そろって消費税減税を掲げる与野党は市場の警鐘を正面から受け止め、選挙戦で財政の信認向上と堅実な成長戦略の両立を競うべきだ。
日銀の植田和男総裁は23日、政策金利を据え置いた金融政策決定会合後の記者会見で、長期金利の上昇を「かなり速いスピード」と警戒し、市場の安定を目的にした臨時の国債購入について「例外的な状況では機動的に実施することもある」と語った。
「政府と緊密に連絡しつつ、それぞれの役割を踏まえてしっかりみていくなかで判断する」とも述べた。緊急時に対応するのは当然だが、小手先の対応では根本的な問題解決にはならない。金利上昇の根本の原因を見据えるべきだ。
政府の放漫財政に市場が債券売りで警告を出し、方針転換を迫る。そんな動きを「債券自警団」と呼ぶ。日本では超低金利が続き、財政規律が緩んだ。金利上昇は自警団が動き出した証しだ。
税収が増えていることもあり、現時点で日本国債の格下げ議論が高まっているわけではない。だが、減税が2年で終わる保証はない。社会保障費用に充てる歳入に穴があいたままになれば、やがて財政の持続性が問われる。
日本の金利上昇は海外市場にも波及し、ベッセント米財務長官は米長期金利の上昇に「日本からの波及効果を分離して考えるのは非常に難しい」と語った。世界は日本の財政運営を注視する。
英国では2022年、当時のトラス政権の大型減税策を受けて長期金利が急伸し、退陣を招く「トラス・ショック」が起きた。二の舞いとなって世界に動揺をもたらさぬよう細心の注意が必要だ。
日銀に重要なのは物価の安定と、債券市場の機能回復だ。適切なペースでの利上げと国債保有を減らす金融政策の正常化が欠かせない。安易な国債買いは、為替市場が不安定ななか、かえって円安やインフレを招きかねない。政府には市場の信頼に足る財政規律の確立が何よりも求められる。(日経新聞・2026/01/24)

米当局がレートチェックか NY円相場155円台に、為替介入警戒で急騰 【ニューヨーク=竹内弘文、ロンドン=山下晃】23日のニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=155円台後半まで円高・ドル安が進んだ。米当局による為替介入への警戒感から円が買い戻された。日本時間の23日夕方にも約10分間に2円程度円高・ドル安が進むなど乱高下した。(日経新聞・2026/01/24)

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百參)~ 愚考するのは「週初」ばかりでないのは言うまでもありません。まあ、毎日が「愚考」「愚行」の連発ということろです。その自覚はいささかも失っておらぬつもり。昨年十月の新内閣誕生以来、ぼくは新内閣の政権運営に黄色信号を出し続けていきました。今や黄色は赤に変わりつつある、いや変わったのだいう判断に至っています。「高市総理は(新内閣成立までに時間を要したことを国民のおわびするとともに)、ここからは国家国民のため全力で変化を恐れず果敢に働いていく」と意気込みを語りました。また「この内閣は決断と前進の内閣。国民とともにあらゆる政策を、1歩でも2歩でも前進させていく」と国民目線の政策を展開する意思を示しました」これが自民党が出した新内悪誕生に当たっての号砲(空砲)だった。(https://www.jimin.jp/news/information/211644.html)。以来三か月、その足取りは極めて不安定かつ不穏当なもので、いわば「内弁慶」の引きこもり内閣、あるいは町内会番長的な首相の振る舞いでした。「強い」を強弁するのは「(実際には)弱い」証拠でしょ。

 現下の喫緊の課題は天井知らずの「物価高騰」の抑制であり、その誘因になっている「暴落的円安」への歯止めであり、それと踵(きびす)を接している「長期金利」急上昇の原因をとり除くことです。面倒なことになりますから詳細には立ち入らないが、この内閣が編成した当年度補正予算(18兆円余)の半分以上(11兆円余)が新規国債発行で賄っているし、次年度の予算(概算)も国債発行は30兆円、両予算合わせて40兆円余の特例公債発行で帳尻を合わせています。物価の番人である日銀は、政策金利の現状維持(0.75%)を決定(1月23日)、本来なら金利を1%程度まであげたいところだったが、大量の国債発行による「放漫財政」下にあって、やむなく現状維持にとどめたのが実際のところです。「植田和男総裁は会合後の記者会見で、最近の長期金利の動きについて『かなり速いスピードで上昇している』との認識を示した。金利上昇を抑制するため『機動的にオペを実施することはあり得る』と述べ、政府と緊密に連携した上で『それぞれの役割を踏まえ判断していく』との考えを示した」(時事通信・2026/01/23)。

 上掲の日経新聞の「社説」を一読、これまでも放漫財政主導の財政運営に、ほとんど注文を付けてこなかったにもかかわらず、アメリカ財政当局が「日本の財政政策」のお粗末さ(火遊び)に業を煮やし、伝えられるところによると「レートチェック」を実施したという。日本の長期金利の異常な高騰は世界各国の「金利上昇」を誘発しているとの認識で、日本の財政当局に強い注文を付けたのです。そのような事態を招いて、日経新聞は「アリバイ作り」のように「政府の放漫財政に市場が債券売りで警告を出し、方針転換を迫る。そんな動きを『債券自警団』と呼ぶ。日本では超低金利が続き、財政規律が緩んだ。金利上昇は自警団が動き出した証しだ」との警告らしきものを出しました。経済財政の素人であるぼくにも、この日経の記事は遅きに失したというほかありません。「日本の金利上昇は海外市場にも波及し、ベッセント米財務長官は米長期金利の上昇に『日本からの波及効果を分離して考えるのは非常に難しい』と語った。世界は日本の財政運営を注視する」と柔らかく書かれているが、おそらく米国はもっと激しい口調で日本政府の財政政策をなじったともいわれています。このままでは「日本発」の金融ショックが起きることを恐れたためでしょう。(上の図表はいずれも東京新聞・右上は2026/11/29、左は2025 /12/26)

 「日銀に重要なのは物価の安定と、債券市場の機能回復だ。適切なペースでの利上げと国債保有を減らす金融政策の正常化が欠かせない。安易な国債買いは、為替市場が不安定ななか、かえって円安やインフレを招きかねない。政府には市場の信頼に足る財政規律の確立が何よりも求められる」と、拙劣政策の主因として日銀と政府を明示し、いかにも警告を発しているように思えますが、実情はまだまだ認識は甘すぎるのではないかとぼくは考えます。物価の高騰でインフレ財政を続かせることによって、見せかけのGDP増大を図ろうとする内閣の姿勢にはあきれるほかないにもかかわらず、さらにやるべきではなかった「衆議院選挙」における「消費税廃止」、あるいは「減税」が叫び交わされています。イギリスの首相による「トラスショック」は、極東の小国でも起きる前夜にある、いやすでに始まっているのでしょう。天井知らずの円安や政策金利上昇という事態に、内外の市場(マーケット)からの「NO !」を突き付けられたままでいながら、膨張予算・借金漬け財政策は止められないとしたら、「禁治産」のレッテルを張るしかないでしょうね。

 いたずらに国債を乱発し、後は野となれ山となれという「アベノミクス」の大失敗を検証すらしないで、その「轍(わだち)」に進んではまり込もうとしている、現内閣の愚行、これをなんというべきか。自らを「アマゾネス(amazones)」と称し、敵の位置も能力も見極めないで猛進するという「猛毒宰相」は、現下の国にはまったくいらない存在です。「責任ある積極財政」と表現はまともを装っていますが、実態は「無責任極まる膨張予算」であり、不必要な「過大な軍事費予算」ではないですか。たぶん、金融財政においてもこの国は「米の管理下に置かれた」といっていい事態にあります。

(*禁治産= 心神喪失の常況にある者を保護するため、法律上自分で財産を管理・処理できないものとして、後見をつけること。また、その制度。本人・配偶者・四親等以内の親族・後見人・保佐人または検察官の請求により、家庭裁判所が宣告する。平成12年(2000)民法の改正とともに廃止され、成年後見制度へと移行した。きんじさん。デジタル大辞泉)

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大海に浮かぶといへども、潮なれば飲むこともなし

【有明抄】戦後27回目の衆院解散 衆院が解散した。戦後27回目の解散である。きのう、万歳が唱和されるテレビ中継を見ながら昨年末、この光景を予想した人はどれくらいいただろうと考えた◆約2年9カ月。戦後の衆院議員の平均在職日数だ。任期は4年なのに1年以上も残して失職する。若い時はあまり疑問を感じなかったが、令和に入って3回目、前回の衆院選からわずか1年3カ月余りでの総選挙となると「税金の無駄遣いでは」と思ってしまう◆内閣不信任案の可決なら仕方ない。だが今回も、憲法7条が定める「内閣の助言と承認を受けた天皇の国事行為」としての解散、いわゆる「7条解散」である。実質的に首相が解散権を握っていると解釈されるが、唐津市出身の保利茂氏(1901~79年)が衆院議長時代にまとめた「解散についての議長見解」にあるように、7条解散の乱用は許されるべきではない。だが、現実は…◆自民党と日本維新の会の新たな政権の枠組みについて信を問うという解散理由は分からなくもないが、新年度予算への影響や慌ただしい選挙事務、受験シーズンと重なる選挙日程を考えるとマイナス面が大きい◆保利茂氏の座右の銘は「百術は一誠に如(し)かず」だった。策を弄(ろう)する前に誠を尽くしているか―。今回で戦後23回目となった7条解散に、保利氏も泉下で嘆いているかもしれない。(義)(佐賀新聞・2026/01/24)

 昨日の「おなまえ かいて」がぼくの中でくすぶり続けている。なぜだろうかという疑問を解き明かすのは難しい。同時に、灘高校の国語教師だった橋本武さんの面影が消えないままです。そこで、「折々のことば」に載っていた彼の「箴言」を思い出した次第。「すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなる」と、あまりにも当たり前に過ぎて、ほとんどの人は、その「役に立つ」と「役に立たない」の双子の兄弟姉妹のような結びつきを考えようとはしないのです。当節では、「何の役に立つのか」という「何」に思いが及ぶ範囲は、きっと驚くほど狭いのでしょう。橋本さんの願い、あるいは思いは「自分たちに続く世代の行く末に思いをはせつつ、当面の利益に勝るものが何か、生徒にじっくり探らせようとした」と解説者(鷲田さん)は説く。教師の本道は、とてつもなく遥かなり、です。

(ヘッダー写真は京都大原寂光院)(◎ じゃっこう‐いんジャククヮウヰン【寂光院】= 京都市左京区大原草生町にある天台宗の尼寺。山号は清香山。聖徳太子の開基と伝えられる。平家滅亡後、安徳天皇の母建礼門院平徳子がはいり、高倉天皇、安徳天皇の冥福を祈った。慶長年間(一五九六‐一六一五)豊臣秀頼の母淀君の本願により片桐且元が修造。本尊は六万体腹籠(ふくろう)地蔵尊。(精選版日本国語大辞典)

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 教育、ことに学校教育の要諦はここにあるといえるのですが、今、役に立つという当座の利益をはるかに超えて、自らの先行きの生き方に役立つ何か、それこそが「考える力(思考力)」であると気が付くなら、「すぐに役に立つ」ものやことは、決して「考える力」を育ててはくれないどころか、かえってその力を削(そ)いでいますでしょう。あまりにも便利なので、工夫する余地も、思考する手間も省けると、どうなるか。今日の「コンビニ万能」に思いが及びます。昨日触れた「入試問題」のもたらした怖さ、危険性は、そこにあると思う。つまりは、どんな物事にも正解は一つで、子どもの能力差は、その正解にいたる時間差(長短)にあるという風潮を如実に示している、とぼくは感じたからです。仕方がないことですが、学校(教育)でなされる試験(テスト)には必ず制限時間がある。学校に限らないことで、どんな試験も時間が限られている。そんなときに、能力差(これを学力差といっている)を測る尺度は、可能な限り早く「正解」に至る速度ということでしょう。つまりは試験に対する「テクニック(要領のよさ)」です。

 人間の能力というものは多面的であって、その多面性を狭く限定したところで測るから、必ず「優劣」「勝敗」が付く、いや優劣・勝敗をつけるのです。教育は競争に変じてしまっているんですね。これまでも、超難関中学・高校とされる学校の試験問題を暇に飽かせて眺めてみることがありました。考え込んでも、正解に到達したと思ったことは、まずありませんでした。もう何年も前のことですが、ぼくが書いた本の中の文章(いわゆる駄文)が、ある進学塾の「テスト」に出たことがあります。ぼくのところにその旨を断った連絡が封書で届きました。もちろん「試験問題」が同封されていた。困ったことに、ぼくには「正解」がわからなかった。そんなことは当たり前で、教師の出す問題に正解は一つで、それを決めるのは教師(出題者)だということでしょう。「おなまえ かいて」について問われたいくつもの問題に符合・合致する正解(パズル解き)は教師だけが知っています。なんだか奇妙なことに思われないでしょうか。それ以上に、現下の「戦場」に置かれて、そのいのちを暴力によって、日々刻々と翻弄されている人間(大人も子どもも含めて)の「切迫」「切実」の深刻さを、学力を測る試験の題材にすることの残酷・冷酷を、ぼくは拭(ぬぐ)い切れないままでいるのです。そこに、「すぐに役立つことは、すぐ役立たなくなる」という橋本武先生の言葉が覆いかぶさってくる。

 ここに「新美南吉」を持ち出す深い理由があるわけではありません。単なる思い付きであり、「でんでんむしのせなか」に気づかされただけの話です。でんでんむしである以上、否応なく「からの背中」を背負っています。その中には、しかし、「かなしみがいっぱい」詰まっているという南吉さんの思慮する(想像する)力に脱帽する。一人のでんでんむしは、これ以上は生きていけないと友だちに話すと、「あなたばかりではありません」と諭された。誰彼なく「悲しみを湛えている」からこそ、「いたわりあえる」と、さらに教えられます。一人のでんでんむしは、そこから「わたしは わたしの かなしみを こらえて いかなきゃ ならない」と、覚悟をしたというのです。人間であっても、でんでんむしと同じように、だれもが、きっと「かなしみ」をいっぱいもっている。それを口に出して話すかどうかは別ですが、きっと「かなしみ」に心を溜めている。そこに思い至るからこそ、人同士は付き合うこともできるのです。

 ここで、何かが言いたいのではありません。「超難関」の関門を潜り抜けて、その暁に、そこに兆す心持は何でしょうか。鈍感かつ無能であるぼくにはよくわかりません。きっと飛び切りの「優越感」なのかもしれません。昨日の衆院解散の場面を眺めつつ、この議場にいる「かたつむりたち(選良)」の背中にも悲しみがいっぱい詰まっているのかどうか、ぼくは想像しかけて背筋が寒くなりました。まるで「餓鬼道」のようだと思ったからです。

 「(餓鬼道とは)六道の一。餓鬼の世界。常に飢えと渇きに苦し亡者の世界」「大海に浮かぶといへども、潮なれば飲むこともなし。是れ又餓鬼道の苦とこそおぼえ候ひしか」〈平家・灌頂〉」(デジタル大辞泉)

 「大海《だいかい》にうかぶといへども、潮《うしほ》なればのむ事もなし。是《これ》又|餓鬼道《がきだう》の苦《く》とこそおぼえさぶらひしか。かくて室山《むろやま》、水島《みずしま》、所々のたたかひに勝ちしかば、人々すこし色なほッて見えさぶらひし程に、一の谷といふ所にて一門おほくほろびし後《のち》は、 直衣《なほし》、束帯《そくたい》をひきかへて、くろがねをのべて身にまとひ、明けても暮れても、いくさよばひの声たえざりし事、修羅《しゆら》の闘諍《とうじやう》、帝釈《たいしやく》の諍《あらそひ》も、かくやとこそおばえさぶらひしか」(「平家物語 百九十一 六道之沙汰(ろくだうのさた)」)

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あたしたちのこと あしがしょうげんしてくれる にげばはどこにもなかったって

【春秋】難関校が出した「おなまえ かいて」 今年の大学入学共通テストを最新のAIに解かせてみたところ15科目中9科目が満点だったそうだ。ただ、国語の正答率は9割にとどまった。文脈や行間に潜む機微をつかむのは、まだ人間の方に分があるということか▼共通テストと同じ日、神戸市の私立灘中でも入試があった。国語の読解問題に使われた詩が話題を集めている。パレスチナ自治区ガザで続く惨状を背景につづられたゼイナ・アッザームさんの「おなまえ かいて」だ▼<あしに おなまえかいて、ママ/ママのあしにも/ママのとパパの おなまえかいて/そしたらみんな あたしたち/かぞくだったって おもいだしてもらえる>。詩の一節である▼爆撃で殺されても身元が分かるように、親が子の足に名前を記すことがあるとの注釈を添えた上で、出題者は問う。このときの家族はどんな状況ですか、誰が思い出すのですか。詩を翻訳した原口昇平さんは「出題者が子どもの力も言葉の力も信じ抜いている」とSNSに感銘を記した▼わずか12歳の受験生たち。強烈な詩の言葉に息をのんだ子もいただろう。筆記具の音が響く静かな教室で、はるか遠くの爆撃音を聞いた子もいたはずだ▼受験生が解答用紙に記す名前は明日をつかむための一歩。足に書かれた名前は、明日をも知れぬ命を諦めないための祈りか。遠くにいる他者への想像力を問うテストは、大人に向けられた問いでもある。(西日本新聞・2026/01/23)

 戦禍のなかで、たくさんの人々が生きている。同時に、毎日のようにたくさんの人が殺されている。「ホロコースト」を再現しようとしているとしか思われないイスラエルの、悪意のこもった殺戮である。それをだれも止められないのはどうしてなのでしょうか。今期の灘中入試問題に出題されたとして評判になっている 「おなまえかいて(”so we will be remembered / as a family.”)」という「肺腑の詩」を綴られたゼイナ・アッザームさんについて、ぼくはほとんど何も知りません。この駄文を書こうとして慌ててネットを検索し、いくつかのことに思い当たっただけでした。ゼイナさんはパレスティナ系アメリカ人(二世)。彼女については以下の引用文で知るばかりです。

 ただ、この「おなまえ かいて」の作品のきっかけになったのかどうか、定かではありませんが、子どもが親に向かって「足に名前を書いてほしい」、あるいは親が身元を確認するために子どもの足に名前を書くという出来事を報じたCNNニュースを読んだ記憶はありました。試験問題用紙の該当箇所の末尾に、そのことが書かれています。昨年10月末の国連組織・人道問題調整事務所(OCHA)によれば、攻撃で家を失った人は140万人、避難施設に収容されている人は54万4千人だという。ガザ地区の人口は約2百万人。この途切れなく打ち続く蛮行に、世界は固唾(かたず)を飲んでいるか、手を差し伸べているか。難民支援・救済に当たっている国連関係機関の職員も、殺害の例外ではありません。

 そんな事態を知ってか知らずか、試験問題に出されました。その評判(反応)には、すこぶる高い参道の大波が押し寄せているという気がします。「よくやった、さすが灘中」という君が濃厚でした。ぼくはそれを批判はしないし、賛成もしません。考えられる限りで残酷な事態(おなまえ かいて」)情景をネタにして「国語読解力」を問うという、これまた比較はできない別種の「残酷さ」を、ぼくは痛感しているのです。灘校の出題者は粋なことをしたというのではなく、やはり「おなまえ かいて」というのとは別種の、すこぶる鉄面皮な行為をしたことになったと、ぼくは思うのです。わざわざこの「場面」を試験問題に仕立てるんですか。灘校といえば、先年亡くなった橋本武さん(1912~2013)。橋本さんについては、この駄文収録で触れています。中勘助著「銀の匙」を高校三年かけて読解するという授業がとてもよく知られるようになりました。

 橋本さんの授業と今回の入試問題出題とは無関係でしょう。中勘助を教材にしたのは、それなりの国語教育における理由があったのです。ここでは触れません。しかし、「ガザの子どもの運命」を教材(試験問題)にするというのは、どこに狙いがあったのか、ぼくにはいささかの疑問は残る。この「足に名前を…」という歴史の事実、現在の出来事を知ること、考えることは実に大切なことではあるし、その意味を子供たちが考えることは、この先も成長するにあたっては不可欠な事柄に属するでしょう。「試験問題」として、限られた時間で決められた正解を求めることとは別次元の「教育」の課題ではないでしょうか。

 「おなまえ かいて」を入試問題として出題するのが間違っているというのではありません。ただただ、すごいこと、残酷なことをされますねという疑問を抱いただけです。(CNNが伝える記者の撮影した動画には、想像する限りで息が詰まるような場面が映し出されていました)「動画には死亡した幼児1人と子ども3人が映っており、ふくらはぎにはアラビア語で名前が記されている。4人の遺体は死体安置所とみられる部屋の床に置かれた担架に横たえられており、死体安置所は遺体で満杯となっている。両親も死亡したのかどうかは不明」(CNN以下の記事)(「虐殺」も続いているし、「おなまえ かいて」もまだ進行中です。火災なら今なお延焼中。火事場見物ははしたないどころか、はしたないこと・むごいこととされます)

子どもの足に名前、死亡時の身元確認のため ガザ地区 (CNN) パレスチナ自治区ガザ地区では、一部の親が、自分たちや子どもが死亡した際の身元確認のために、子どもの足に名前を書いていることがわかった。CNNのために働いている記者が撮影した動画で明らかになった。/動画はガザ中部にある病院で撮影された。病院のある地区に対しては21日から22日にかけて一晩中、イスラエル軍による空爆が行われた。/動画には死亡した幼児1人と子ども3人が映っており、ふくらはぎにはアラビア語で名前が記されている。4人の遺体は死体安置所とみられる部屋の床に置かれた担架に横たえられており、死体安置所は遺体で満杯となっている。両親も死亡したのかどうかは不明。/記者によれば、こうした方法は過去数日で、より一般的になってきている。ガザにあるいくつかの病院ではイスラエル軍による空爆後、殺到する患者を治療するための十分なスペースがないほか、死体安置所に遺体を収容しきれなくなるなど、混乱した光景が見られた。/動画によれば、患者であふれている病院の一部では22日午前、子どもを含む負傷者が仮設のベッドやマットレスを敷いた廊下で横たわっていた。/動画には、22日午前、担架で次々と患者が運ばれてくる様子も捉えられている。数十人が安全のために建物の外に集まり、一部は悲嘆にくれている様子が映っている。(CNN・2023/10/23)

<Zeina Azzam is a Palestinian American poet, writer, editor, and community activist. She was selected as the Poet Laureate of the City of Alexandria, Virginia, in April 2022 and served in this position for three years, until April 2025. Her full-length poetry collection, Some Things Never Leave You, was published in 2023 by Tiger Bark Press. Zeina’s chapbook, Bayna Bayna, In-Between, was published in 2021 by The Poetry Box, which nominated one of her poems (“Traveling with the Speed of Light”) for the Pushcart Prize. In November 2022, The KNOT Magazine also nominated  Zeina’s poem, “Death in War,” for a Pushcart./Zeina’s poetry appears in a number of literary journals including Prairie Schooner, The Massachusetts Review, Michigan Quarterly Review, Pleiades, Plume, ONE ART, Vox Populi, Rusted Radishes, Mizna, Sukoon, Passager, Gyroscope, Barzakh, Pensive Journal, Split This Rock, Streetlight Magazine, Cutleaf Journal, Beltway Poetry Quarterly, and Voice Male. 

In addition, Zeina’s poems are published in anthologies and edited volumes such as Bettering American Poetry,Making Mirrors: Writing/Righting by and for RefugeesThe Southern Poetry Anthology, Volume IV: Virginia, The Black River: Death Poems, Resilient Kitchens: American Immigrant Cooking in a Time of Crisis,Making Levantine Cuisine: Modern Foodways of the Eastern Mediterranean, Tales from Six Feet Apart, and Gaza Unsilenced. ​Her poem, “You Birth the Seeds,” was set as a choral piece by renowned composer Melissa Dunphy./In addition to participating regularly in poetry readings locally and nationally, Zeina serves as a mentor for We Are Not Numbers, a writing program for youth in Gaza, and is currently poetry editor for WANN. She volunteers for humanitarian organizations that support Palestinian development. Zeina is also active in Grassroots Alexandria, a local group that advocates for the civil rights of vulnerable communities in Alexandria, Virginia, where she lives. Her educational background includes an M.A. in Arabic language and literature from Georgetown University, an M.A. in sociology from George Mason University, and a B.A. in psychology from Vassar College.>(https://www.zeinaazzam.com/about.html

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◎ 詩の翻訳者からのコメント

🍉Shohei/原口昇平🍉
@ShoheiHaraguchi
灘中学の入試問題に、ガザ地区出身の詩人ムスアブ・アブートーハさんの詩と、パレスチナ人難民二世の詩人ゼイナ・アッザームさんの詩が出たことを、今朝知りました。
そのような利用は望ましくないとする声もすでに聞こえてきていますが、後者を翻訳した私といたしましては、
1/4 2026-01-19 22:06:47
🍉Shohei/原口昇平🍉
@ShoheiHaraguchi
確かに難関中学を取り巻く受験産業が資本主義市場で人間の知性を商品化し優劣をつける差別に関わっているとはいえ、パレスチナの詩が今後何年間にもわたって塾で過去問として読まれ続けること、かつ設問の一部が安易でなく深く考えさせられるものであったことから、プラスの意義も深いと思います。
2/4 2026-01-19 22:06:47 
🍉Shohei/原口昇平🍉
@ShoheiHaraguchi
特に、私は出題に至る経緯を存じませんが、今後AIが高度化するにつれて従来の賢さに価値がなくなる時代が訪れるかもしれない中、パズル問題を解く能力よりも、人間性をめぐる答えを見出しがたい問いに向き合う姿勢を問いたいという出題者の思いが、伝わってくる気がしました。
3/4 2026-01-19 22:06:48 
🍉Shohei/原口昇平🍉
@ShoheiHaraguchi
私も同じように自分の立場から、自分にしかできないことに力を注ぎ続けています。皆さん、どうか改めて、どのような形であれ、パレスチナの声に耳を傾けてください。
私は秋以降、国連報告者の著書をこつこつ翻訳し続けています。もうすぐお知らせできるかと思います。
4/4 2026-01-19 22:06:48

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すべて裁かれたのか、苦い後味が残る

 襲撃事件やその後の裁判、あるいは、昨日下された「判決」について、ぼくにもいくつかの漠然とした感想があります。しかし、ここで、それを述べる気にはならないのは、漠然としたものだが、それなりの理由があるからです。その理由を述べることがうまくできるかどうか、ぼくには見通せない。それを最初に断っておきます。(ヘッダー写真は奈良地方裁判所前景)

 事件発生直後の映像をライブで見ました。おそらく「即死」だったと直感したことを覚えています。その段階では、現職ではなく元首相であったことが、ぼくの衝撃を少しは抑えたかもしれません。(同じ人間の死であることに変わりはないのに)それでも、現場の生々しい場面展開は今もなお記憶に残されている。その後、様々な媒体が、事件の背景、統一教会に関する報道、あるいは被告の家族問題等にかかわって、真偽入り混じった情報などが流されました。ぼくにとって、事件に至る動機はよくわかるものでした。いわばカルト集団の強引な勧誘や寄付強制行為から、自らの属する家庭そのものが瓦解したことにありましたが、その恨みを晴らす対象に「教団そのもの」ではなく、当時の権力者の象徴だった元首相に的が絞られてことは、被告自身が供述しているように「的が外れていた」ということだったと、後から考えれば言えそうです。

 しかし、事件を企図した段階では、その他の狙いは消えて、ひたすら元首相に的が当てられたということだったと思う。今回の裁判の過程で、被告の「生い立ち」について情状を酌量する余地(extenuating circumstance)が大いにあるという弁護側の主張は「一顧だに」されなかったのは、なぜでしょうか。ここは意見の分かれるところかもしれない。ぼく自身にも確たる判断が下せないのは言うまでもありません。

 「事件を機に、自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関わり、信者の高額献金や宗教2世の問題が明るみに出たのは皮肉である」というのは、ぼくには腑に落ちません。それ以前から、このカルト集団は大変な騒動を引き起こしていたからです。ぼくも一時、その渦中に置かれたこともありました。いうまでもなく、この襲撃事件は決して「政治テロ」ではなかった。被告には政治的主張もなければ、党派性もなかった。ただ、母親を奪い、家庭を破壊された、このカルト集団への大きな政治的影響力を持っていたとされた元首相が、いわば家庭崩壊の恨みを晴らす標的になったのでした。もちろん、それは、いわば「逆恨み」であり「的外れ」だったことは被告自身がよく理解していたはずです。もちろん法廷では「政治と宗教」が裁かれることはなかった。それは当然でもあるだろうし、反対に、それこそが事件の核心部分だと思われる節もあったと、ぼくには考えられます。(元首相という)一政治家が「被害者」になったのは事実ですが、その事実を問題にすることはなく、あくまでも「銃撃・殺害事件」の被害者と加害者に限定して判断されたのでした。

 「事件を機に、自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関わり、信者の高額献金や宗教2世の問題が明るみに出たのは皮肉である」とコラム氏は書く。このかかわりは今もなお、隠然かつ公然と続いています。カルト集団の選挙応援を受けた候補者が政党の枢要な地位を占めている現実は、事件とはいささかの関係もないものと認知されたかのようです。この宗教教団の「宗教法人としての認可」取り消しが問われているのに、である。不穏当な物言いをするなら、かかる事件はいろいろな形態をとりながら、起こり続けることでしょう。

【三山春秋】▼20年以上前に取材した少年事件の裁判を時々、思い出す。仲間に暴行を加え死亡させた19歳の少年が傷害致死の罪に問われ、被告人質問で事件に関わった経緯を述べた▼いじめに遭い高校を退学。遊び友達に誘われて不良グループに加わったとき、もういじめられなくて済むと思った。事件当日はリーダーに従って暴行しなければ自分がやられると思った。少年の弁護人は責任を人のせいにしていないかと指摘した▼『次郎物語』や『塩狩峠』、星野富弘さんの著書を読み、毎日成長する花を見て命の大切さを学んだという少年は「死んでおわびしたいくらいの気持ち」と口にした。誰かに相談できていたら、もっと早く命と向き合えていれば…。取材しながら思わずにはいられなかった▼安倍晋三元首相銃撃事件の裁判員裁判で、山上徹也被告に無期懲役の判決が言い渡された。被告の供述を聞いた裁判員も、いくつもの「たられば」が浮かんだのではないか▼一人の命を奪った責任の重さは言うまでもないが、公判で明らかになった生い立ちはあまりにも壮絶だった。事件を機に、自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関わり、信者の高額献金や宗教2世の問題が明るみに出たのは皮肉である▼社会のひずみは弱いところに現れる。誰かが苦しみに気付き手を差し伸べていれば。そんな「たられば」はなくしたい。もう悲劇を生まないために。(上毛新聞・2026/01/22)

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【有明抄】母 生まれたばかりの次女は、へその緒がつながったままだった。詩人吉野弘さんに、そんな体験をもとにした一編「創世紀」がある。〈あれは、たのもしい命綱で/多分/母親の気持を伝える電話のコードだったろう〉。期待も心配も、これを伝って眠るお前に届いていたはずだと◆親子をつないだ電話線が切れたあと、互いの思いが通い合わなくなることもある。安倍晋三元首相の銃撃事件の裁判で、証言に立った被告の妹のことばが胸を離れない◆旧統一教会にありったけの財産をつぎ込み、家族を顧みなくなった母。「この人はもう母じゃない。母のふりをした信者」。そう思おうとしても「母の形をしているから、突き離せなかった」。静まり返った法廷で、妹はむせび泣いたという◆きのう被告に下された判決は、求刑通り無期懲役だった。過酷な生い立ちのために奪われていいいのちも、許されていい暴力も、あるはずがない。ただ、これですべて裁かれたのか、苦い後味が残る。宗教と政治とのもたれ合いを生んだ土壌も含めて◆「母」の字は「舟」に似ている。吉野さんに「漢字喜遊曲」という詩がある。〈母は/舟の一族だろうか/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか〉。重いものを背負い、どこにもつながらない受話器を握りしめている家族の悲運を思う。(桑)(佐賀新聞・2026/01/22)

 「旧統一教会にありったけの財産をつぎ込み、家族を顧みなくなった母。『この人はもう母じゃない。母のふりをした信者』。そう思おうとしても『母の形をしているから、突き離せなかった』。静まり返った法廷で、妹はむせび泣いたという」(コラム「有明抄」)裁判では母親を裁くことも、教団を裁くことも、ましてや銃弾に倒れた元総理を裁くこともありません。それは当然のことと、果たして断言できるのでしょうか。広く深い領域を持った事件の地場は、しかし裁判では可能な限り限定され、被告と被害者の、角突き合わせられるだけの範囲で「判断」されるのです。おそらく裁判とはそういうものでしょう。「裁かれるべきは国」だと書けば、何を寝言を言うかと罵(ののし)られるのがオチでしょう。宗教教団の法人資格を認めた国も、この教団と深いつながりを持って政治的支援を頼みとした政治家や政党も、またその支援の強さを頼みとして大いにカルト集団に加担していたと思われる故元首相も、法廷では一切触れられなかった、裁かれなかったのは、当然だ、といいきれるのでしょうか。

 裁判の帰趨はまだついていないというべきか。しかし、さらに法廷での争いが続くとしても、結局は「量刑」問題に限定されるでしょう。いかなる裁判でも、あらゆる方面に「後味」の苦さというものは残り続ける。それにははっきりとした原因(理由)があります。裁く権限を有するのは国家(権力)にあるという、その一点です。

 (追記 この裁判とは別個の問題として、ぼくたちには、国家権力者のなすほどの「悪」は夢にも及ばないという問題はいつも残されている。そして、情状を酌量する「測り」の目盛りは(ゼロから∞まで)裁判官(員)の数ほど、それほどに多くあるんでしょうね)

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(記事抜粋)安倍元首相の殺害事件、山上被告に無期懲役の判決 生い立ちの影響認めず 「旧統一教会は、韓国で設立され、1960年代に日本に進出した。政治家とつながりを築き、信者を増やしたと研究者は説明する。/安倍氏は会員ではなかったが、日本の他の政治家らと同様、教団関連のイベントなどで教団側と接点があった。祖父の岸信介元首相も、教団とはその反共姿勢から密接な関係だったとされる。/東京地裁は昨年3月、旧統一教会の宗教法人格を剥奪する解散命令を出した。信者の精神的安寧に対する不安につけ込み、高額物品の購入を強要したと認めた。/この教団はまた、数千組のカップルが参加する合同結婚式でも物議を醸してきた。/裁判では、山上被告の妹が弁護側証人として出廷した。母親の旧統一教会への深い関与によって「きょうだいが受けた宗教的な虐待や、悲惨な状況」について涙ながらに証言していたと、鈴木氏は思い起こす。

「とてもエモーショナルな瞬間で、傍聴席で聴いていたほぼみんなが泣いてるようだった」/一方、検察は、山上被告が教団への恨みを安倍氏に向けたとの主張について、「論理的に飛躍がある」と主張した。裁判官らもこの点について、理解しがたいと示唆する質問をした。/被告の個人的な悲劇が、刑を軽くする正当な理由になるかについても、識者らで見解は分かれた。/「安倍氏が山上被告やその家族に直接危害を加えたわけではないという検察側の主張を突き崩すのは難しい」と鈴木氏は言う。/それでも同氏は、山上被告の事件は「社会問題の被害者がいかにして重大犯罪に追い込まれるか」を示す事例だと考えている。/「この連鎖を断ち切る必要がある。なぜ彼が犯罪に及んだのか、徹底検証しなくてはならない」/英クイーンズ大学ベルファストの社会学者の牛山凛氏は、山上被告への同情は主に、「旧統一教会のような議論を呼ぶ宗教に対する、日本社会に広くある不信感と反感」に起因すると説明する。/「山上被告は確かに(旧統一教会によって)引き起こされた親の育児放棄と経済的困窮の『被害者』だった。だが、このことが彼(の行為)を説明するわけではなく、まして正当化するわけではない」と牛山氏は話す。(BBC NEWS JAPN・2026/01/21;https://www.bbc.com/japanese/articles/cd9ezzxpx8eo

 【筆洗】測量士補、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー2級。いずれも相当な努力をしなければ取れない資格だろう。被告は20代後半のわずかな期間にそのすべてを取得している▼被告とは安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した事件で殺人罪に問われた山上徹也被告である。奈良地裁は山上被告に求刑通り無期懲役を言い渡した▼参院選の演説中の元首相を撃った。社会への衝撃は大きく、許されることではない。一方で考え込んでしまう。公判で明らかになった過酷な生い立ち。それを思えば誰もが決してその道をたどらないと言い切れるのだろうかと▼母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に約1億円の献金を行った結果、経済的に困窮し、家庭は崩壊。兄は自殺した。「生い立ちが(犯行に)大きく影響したとは言えない」。昨日の判決はそう述べているが、家庭環境が被告を振り回し続けてきたのは確かだろう▼ままならない人生から抜け出したいと目指したのが資格の数々ではなかったか。45歳といえば、就職氷河期世代でもある。特異な家庭環境、厳しい社会情勢の中、それでも前を向こうとする被告を想像する▼なのに、そこから、被告はなぜ銃撃へと向かったのか。被告を変えたものの「正体」が知りたい。地裁の判決は出たが、カルト教団、宗教2世の問題を含め、見つめ続けなければならない事件である。(東京新聞・2026/01/22)

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「論より証拠」(The proof is in the pudding.)

 1月23日開会の国会冒頭で「衆議院解散」を首相は決断した。その記者会見については、昨日の駄文で「首相と内閣記者会の茶番劇」だったと断じました。いや、もっと言うなら、「茶番」以下の「小学生学芸会」のレベルでした。舞台上で演技する役者に黒子(プロンプター)がいちいちセリフを教えるという、その役回りを新聞記者たちが勤めていたのですから、まったくの「八百長」であり「カンニング」だっとも。要するに、いつものことながら「真剣味」「誠実さ」が著しく欠けていたのです。解散の大義に関して、自ら白状しました。「私が総理大臣でいいかどうか」選挙で判断してもらう、と。国会議事堂で、国民の代表が投票して首相を指名したのが三か月前。国会議決を舐(な)めているし、選挙の権利を私的流用し、かつ愚弄していることに気が付かないのですから、困ったもの。「理屈の合わない」ことを無理にするとどういう結果になるか。火を見るよりも明らかでしょう。「連立与党で過半数をとれなかったら、首相を辞める」といったのか、別の意味を持たせていたのか。

 以下に、二つのコラムを引用しました。一つは雪国長野の【斜面】であり、もう一つは地元奈良の【国原譜】です。何が書かれているか、読めばわかる、そんな程度のことも考慮に入れられない首相なんか不要でしょうね。「会見では、積雪が多く危険が生じかねない真冬の選挙をどう考えるか記者に問われ、地方選の例を挙げて『過去にも実施されている』と述べた。深い雪の悩みや苦労を理解しての発言なのだろうか」(「斜面」)と。ぼくが指摘しているのですが、彼女には「惻隠の情(他者を思いやる事)」が異常に欠けている。「自治体の予算編成や物価高対策の準備とも重なる。なぜ今か、やっぱり分からない」(同前)とも。自分本位は、一面では大事なことですが、他面では「はた迷惑」でもあります。この「選挙」はどっちですか。

 奈良新聞はお膝元の贔屓筋でありますが、その新聞ですら「発足してまだ3カ月の高市政権。なぜいま解散・総選挙なのか、やはり釈然としない」と書いています。「自己都合の解散」など、「これでは旧態依然とした『数と力』の政治ではないか」といいつつ、やはり「記者会見では、高市氏の言葉は踊っただけだった。それでも政治の新たな地平に向け、高市氏には期待する」と精一杯のエールを送るのです。忖度なしに言うなら、「なんと自分勝手なことを…、いい加減にせんかい」といいたいところだったでしょうか。

【斜面】雪の選挙と「自分たち」 1966(昭和41)年の政界は揺れた。自民党の衆院議員が恐喝や詐欺で逮捕され、閣僚の不祥事も続き、佐藤栄作首相は年末の通常国会冒頭で衆院解散に踏み切る。「黒い霧解散」だ。その後、県北部や新潟は正月から大雪になった◆選挙期間に入っても収まらない。背丈を超す雪で掲示板に近づけず、ポスターが貼れない。屋根から下ろした雪で掲示板も埋まった。車が立ち往生し、候補者が演説会場に着けない。選挙公報を配布できず、投票所で初めて有権者の手に渡る地域も出た◆当時は期日前投票の制度がなく、栄村の秋山郷では3日繰り上げて投票が行われた。雪深い中、数時間かけて一票を投じる住民の様子を本紙が伝えている。選挙への関心はあるけれど、候補者の姿がない。「候補者に接し、生の声を聞き、胸に落ちる判断をしたい」と訴えていた◆高市早苗首相が23日の通常国会冒頭で衆院を解散する。会見では、積雪が多く危険が生じかねない真冬の選挙をどう考えるか記者に問われ、地方選の例を挙げて「過去にも実施されている」と述べた。深い雪の悩みや苦労を理解しての発言なのだろうか◆通信や道路の事情は以前と異なるけれど、豪雪を甘くみてはいけない。自治体の予算編成や物価高対策の準備とも重なる。なぜ今か、やっぱり分からない。高市氏が名付ける「自分たちで未来をつくる選挙」の「自分たち」とは一体誰のことなのか。高市氏とその周辺では―といぶかしむ。(信濃毎日新聞・2026/01/21)

【国原譜】高市早苗首相が衆議院解散と総選挙の日程を表明した。発足してまだ3カ月の高市政権。なぜいま解散・総選挙なのか、やはり釈然としない。/まずは新年度予算成立に向けた本格的な国会論戦に挑み、政治の新たな地平を切り開くのではと期待したが…。これでは旧態依然とした「数と力」の政治ではないか。/第2次石破内閣発足直後の一昨年11月、筆者は本紙別欄で、高市氏の動向が「日本の政治を占う鏡になる」と書いた。手前みそになるが、予想は当たった。/根拠の一つは多党化。国民意識の多様化に伴い政治課題も多様化が進んだ。これを背景に、政治集団(政党)も多様化(多党化)せざるを得なくなった。/多党化は時代の必然だと思う。政策も多様化し、論議は長引く。だが、ここで逃げずに論議を尽くすのが、政治家が「働く」ということではないのか。/記者会見では、高市氏の言葉は踊っただけだった。それでも政治の新たな地平に向け、高市氏には期待する。多党化の中での政党の在り方、議院内閣制の問題点など、政治家自身による根本的な政治改革の推進への期待だ。(北)(奈良新聞・2026/01/21)

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 2022年9月、イギリスのトラス首相は財源もないのに、人気取り政策で「大減税策」をぶち上げ、あっという間にポンド安と国債利回りの急騰が生じ、なおかつ株式安も連動していました。いうところの「トリプル安」です。「急激な金利上昇は、イギリスの年金基金にまで波紋を広げました。(中略)資金繰りのため年金基金や運用ファンドが保有国債を次々と売却した結果、市場にさらなる売り圧力がかかり、金利は一段と上昇するという悪循環に陥ったのです。このままでは年金基金が破綻しかねない危機的状況となり、イングランド銀行(英中央銀行)は金融システム安定化のため異例の緊急介入(長期国債の買い入れ)に踏み切りました」「政府の経済運営に対する市場の信認が揺らいだことが、ポンド急落・金利急騰という形で表れたのです」(下掲・Bloomo)マーケットの反応は、時には権力ですら、致命的になるものです。

 ただ今、この日本でも同じような、内閣への経済的不信任現象が生じているのではないでしょうか。詳しくは書きませんけれど、ここに「トラスショック」の日本的出現が経済界隈で予想され始めていることが見て取れます。「責任ある積極的経済財政(運営)」などと、能天気で無意味なことばを吐き出していますが、経済観念を著しく失ったままの人間が総理大臣をしている危険性と、国民の不幸をぼくは感じざるを得ないのです。選挙のために「消費税0%(2年間)」を、いかにも選挙目当てで財源の裏付けなしに持ち出しました。「高市氏は国債の追加発行なしに食料品に対する消費税を2年間ゼロとすることは可能だと主張しているが、投資家は懐疑的だ。2年間なら28年となるが、同年に予定される参議院選挙を前にした消費税の引き上げは政治的に可能性が低いことから、恒久的な措置になるとみるアナリストも一部いる」(以下に引用しているBloomberg)口では何とかごまかそうとしているけれど、現実には「特例国債」を発行するしかないと、ご当人も認めているのです。顔に書いてある。要するに「ない袖は振れない」というのですかね。まさにクラッシュ(crash)直前ですよ。

 「強い経済」だとか「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」などと、御託を並べているけれど、「論より証拠」ということわざもある。「あれこれ論じるよりも証拠を示すことで物事は明らかになるということ」(デジタル大辞泉)三か月の就任期間と、それ以前の行動様式(右顧左眄)を見ていれば、いやでもこの先の帰結はわかってくるのです。

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【日本国債急落、トレーディング現場は「狂乱」-財政懸念が突然広がる】 日本国債下落は緩やかに始まり、急激に加速した。
  東京のトレーディングデスクでは朝方はのんびりとしていたが、その後、「記憶に残る中で最近では最も混乱した相場」に急変したと、数人の市場関係者は話した。数週間にわたってくすぶっていた日本の財政状況を巡る懸念が前触れもなく20日午後に突然広がり、日本国債の利回りは複数の年限で過去最高に達した。
  この急落で、一部のヘッジファンドは損失が膨らんだ取引を慌てて巻き戻す羽目に陥り、生命保険会社は国債を投げ売り、少なくとも一社の社債投資家は数百万ドル規模の取引から撤退した。日本国債の売りの直接的な引き金ははっきりしないままだが、市場の根底にある懸念は明らかだった。つまり、高市早苗首相の減税と歳出拡大案が、世界有数の公的債務を抱える日本の財務健全性に対する懸念を強めていた。
  ステート・ストリート・インベストメント・マネジメントのシニア債券ストラテジスト、ルー・マサヒコ氏は、2022年に英国債が急落した「トラスショック」を引き合いに出し、「本日の急落は、日本で『トラスショック』が発生する可能性を市場が基本的に織り込み始めたということだ」との見解を示した。
  日本政府が20日に実施した20年債入札も低調だった。必ずしも激しい売りを招く結果ではなかったが、入札の不調が高市氏の減税計画に対する懸念と相まって市場心理が急速に冷え込み、売り圧力がスパイラル的に拡大した。(中略)
  財政不安と金利の漸進的な上昇による圧力にさらされている日本国債に対して、世界の債券投資家はますます弱気に傾きつつある。日本国債を売り、利回りが上昇すれば利益が得られる取引は長らく成功せず、「ウィドウメーカー(寡婦製造機)」と呼ばれてきたが、その取引に対する関心が高まっている。
  日本国債の急落で、ポートフォリオに大規模な保有を抱える日本の生保は苦境がいっそう強まる。金利がいっそう魅力的になるとしても、将来の安定に対する懸念が続く中では、生保が日本国債に再び買い向かうのは難しいだろうと、大手生保の投資マネジャーは語った。
  高市氏は国債の追加発行なしに食料品に対する消費税を2年間ゼロとすることは可能だと主張しているが、投資家は懐疑的だ。2年間なら28年となるが、同年に予定される参議院選挙を前にした消費税の引き上げは政治的に可能性が低いことから、恒久的な措置になるとみるアナリストも一部いる。
  ブルームバーグのマクロストラテジスト、ベン・ラム氏は「市場から政策当局者へのメッセージは極めて明確だ。その野心に見合う新たな歳入もなく歳出を拡大しようとするのなら、利回りの大幅上昇を覚悟すべきだということだ」と指摘した。(Bloomberg・2026/01/21)(https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-01-20/T95XY9KJH6V500)(ヘッダー写真も)
トラス・ショックとは何か?米国・日本で同様の金融危機は起きるか徹底解説 ・・・2022年9月、当時のリズ・トラス英首相は、大規模な減税策を柱とする「ミニ・バジェット」と呼ばれる一連の財政政策を発表しました。減税の規模は 「過去50年で最大」 と報じられ、その総額は約450億ポンドにのぼりました。具体的には所得税の基本税率を引き下げる時期を前倒しし、高額所得者に適用される45%の最高税率を撤廃(のちに撤回)し、さらに法人税率の引き上げを凍結するなど、大胆な減税が含まれていました。これらの減税策は財源の大半を国債発行によって賄う「財源なき減税」であり、中長期的な財政悪化リスクを伴うものでした。

市場はこの発表に即座に反応し、発表直後から英ポンド急落と英国債の利回り急騰という激しい動きが起きました。9月23日、ポンド相場は対ドルで一時1ポンド=1.09ドル台まで下落し、約37年ぶりの安値水準となりました。株式市場も影響を受け、FTSE100株価指数が当日2%下落するなどトリプル安(通貨・債券・株式の同時下落)の様相を呈しました。

急激な金利上昇は、イギリスの年金基金にまで波紋を広げました。多くの企業年金基金は将来の給付に備えてLDI(負債主導型投資)戦略と呼ばれる手法で国債を活用しており、金利変動に対するヘッジのためデリバティブ取引を行っていました。ところが金利が急騰すると、これらLDI取引では担保(証拠金)不足が生じ、年金基金は追加の証拠金を差し入れるよう緊急要求(マージンコール)を受けました。資金繰りのため年金基金や運用ファンドが保有国債を次々と売却した結果、市場にさらなる売り圧力がかかり、金利は一段と上昇するという悪循環に陥ったのです。このままでは年金基金が破綻しかねない危機的状況となり、イングランド銀行(英中央銀行)は金融システム安定化のため異例の緊急介入(長期国債の買い入れ)に踏み切りました。

中央銀行による「最後の買い手」としての介入でなんとか市場の連鎖的不安は沈静化しましたが、トラス政権も減税策の大部分を撤回せざるを得なくなりました。結局、発表から1か月も経たないうちにトラス首相は辞任に追い込まれ、在任わずか44日という英国史上最短の政権に終わっています。

この一連の騒動は、一般に「トラス・ショック」と呼ばれます。市場はなぜここまで過敏に反応したのでしょうか。背景には政府債務と英国政府への信頼低下があります。市場参加者は「減税による景気刺激」そのものよりも、「財政規律を無視した大規模減税がもたらす国債増発リスクとインフレ加速」に強い懸念を示しました。実際、米国のサマーズ元財務長官は当時「英国の振る舞いは新興国が自滅していく様子に似ている」とまで指摘し、政策への市場不信が極度に高まっていたことを物語っています。つまり、政府の経済運営に対する市場の信認が揺らいだことが、ポンド急落・金利急騰という形で表れたのです。(以下略)(投資アカデミー・2025.05.28)(https://bloomo.co.jp/learn/library/featured/truss-shock-implication/)

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大寒と敵のごとく対ひたり 

 表題句は富安風生作(1885~1979)。愛知の人。逓信省(郵政省→総務省)事務次官にまで昇りつめながらの句作人生。虚子の門下に入る。この句は何歳のころの作品だったか、パソコンを打っている机のすぐそばに風声全集がありながら、当て推量で、たぶん八十を超えたころのもと記憶しています。「大寒と敵(かたき)のごとく対(むか)ひたり」ある時期、ぼくは風生さんに引き寄せられるようにしてよく学んだものだと思いますが、その後、劣島各地に彼の句碑が林立している事実を知り、やや遠のいた(敬遠した)。それでも、なかなかの俳人という評価は変わっていません。この句などはどうでしょう、「痩せ我慢」というか、「強がり」というか、いずれにしても「怪我の元』というところでしょうか。(左写真は厳冬の嵐山・渡月橋と西山風景、嘗てはぼくの遊び場でした)

 なぜでしょうか。「大寒(だいかん)」の季節には雅句、秀句が多いように思われます。数多(あまた)ある中から、二つばかり。「大寒や転びて諸手つく悲しさ」(西東三鬼) 「働いてゐて大寒もまたたく間」(真砂女) 三鬼さんの句は、わが身に照らしても気を付けたいですねという警告の句です。真砂女さん、暫(しば)しも休まずと、まるで「村の鍛冶屋」さんのようで、忙しさが句中に溢れているようです。それほどに、一年の中での寒さ暑さの分岐点にして、多くの人々は、気分を引き締めたり緩めたりしてきたのが「大寒」だったという思いもします。この時期、方々の海中で「寒げいこ」と称して「我慢比べ」をするのも一つの風物になっています。「大寒」を過ぎれば、一気に「春隣り」となるのでしょうか。

 ぼくは寒さには、いくらかは耐性があると思っていました。能登半島や京都市内の外れに住んでいたので、厳寒の季節は、文句の言いようもないくらいに生活の一部でしたから。京都の冬は、愛宕下ろしも加わり、それは厳しい寒さで、家の中に寝ていた犬が凍死したというほど(老犬でした)。房総半島の真ん中に越してきて十数年、雪を見たのはほんの数回です、九十九里海岸からの海風が適度の湿り気と暖気をもたらしてくれるのでしょうか。もちろん夫婦ともども老齢(馬齢とも)を重ねていますから、「油断大敵」ですね、とにかく風邪をひかないように注意専心です。よく使われる表現に「年寄りの冷や水」があります。その意とするところは、どうも誤解されているようで、その昔は、生水を飲むのはよくない、少しでも沸騰させた「湯冷まし」を飲むようにしなければといったのです。江戸あたりでも生水は雨水(井戸)・川からのものだったでしょう。殺菌されていない水は年寄りには禁物ということでした。(「「冷や水」を冷たい水を浴びることと解するのは誤解です。冷たい飲用水をさし、比喩的には年寄りにふさわしくない行為を象徴しています」ことわざを知る辞典)

◎ 大寒(だいかん)= 二十四節気の一つ。陰暦12月中、太陽の黄経300度に達したときで、太陽暦の1月20日ころにあたる。北半球の温帯地域では一年中でもっとも寒い季節で、極寒に抗して身体を鍛えようとする種々の寒稽古(かんげいこ)が行われるのもこのころである。大寒が明けると立春である。(日本大百科全書ニッポニカ)

△「寒」のあれこれ [意味]①さむい。つめたい。ぞっとする。「寒色」「寒心」「寒冷」 ②さびしい。まずしい。いやしい。「寒煙」「寒酸」「寒村」 ③かん。二十四節気の一つ。立春前のほぼ三〇日間。「寒中」「寒梅」「大寒」 成り立ち 会意。宀と、人(ひと)と、茻(ぼう)(草のむしろ)と、冫(ひよう)(さむい)とから成る。家の中で人がむしろにくるまって寝ていることから、「さむい」意を表す。(漢字ペディア)

【有明抄」寒さしのぎ 歳時記をめくると、むかしの暮らしがほの見えることばに出会う。たとえば「北窓塞(ふさ)ぐ」。断熱が行き届いた近ごろの造りと違い、北風が吹き込んでくるような住まい。冬のあいだ、窓を閉じて寒さをしのいだのだろう◆きょうは二十四節気の「大寒」。1年で最も寒いころ。暦に合わせるように、今季最強の寒波がいすわる予報も出ている。「寒」という字は家の中に枯れ草やワラを積み上げ、蒲団を敷いた様子を表しているのだとか。ここにも防寒対策に頭を痛めた古人の暮らしが透ける◆暖房のきいた部屋でぬくぬくとしていられるいま、寒いのはもっぱら懐具合ということになろうか。きのう高市早苗首相が23日の衆院解散を表明した。超短期決戦の争点として、消費税減税の論議がかまびすしくなっている◆食料品の税率をなくすのは時限的か、恒久化か。「2年限り」だったはずが半世紀も続いたガソリン暫定税率の例もある。消費税を減税しても効果は限定的で、税収の損失に見合わないといわれる。社会保障の財源をどうするか、一見ぬくもりのある「寒さしのぎ」がかえって凍えてしまう不安もよぎる◆季節も寒さの底を抜ければ、少しずつあたたかい春へと近づいていく。「北窓塞ぐ」の対になる季語は「北窓開く」。そんなよろこびを実感できるような政治、政策に目をこらしたい。(桑)(佐賀新聞・2026/01/20)

 昨夕は、ちょうど夕ご飯時だったので、仕方なしに「首相会見」のテレビを見るともなく見ていました。これが「記者会見」ですか、と慣れっこになってしまったが、だれも奇怪に思わない風景に政治の「堕落」を痛感しただけ。そんな「茶番劇」でした。「 底の見えすいた、下手な芝居。馬鹿げた振る舞い」(デジタル大辞泉)会見とは<press conference>、つまりは「an interview given to journalists by a prominent person in order to make an announcement or answer questions.」記者会見と称して、官邸で演じられていたのは「茶番劇(farce)」でした。「a comic dramatic work using buffoonery and horseplay and typically including crude characterization and ludicrously improbable situations.」見るに堪えない、聞くに堪えない「記者会見(ファルス)」だったとぼくは思う。あらかじめ質問する内容を文章で首相側に渡し、首相はそれを横において、官僚に作文させる。まさしく「カンニング」が歴然と国民大衆の面前で行われていました。「出される問題がわかっている(記者はそれを読んでいる)(首相もその質問を読んでいた)」「その問題に対する答案(回答)を首相は読んでいるだけ」、これが会見だとする実態です。つまりは「儀式」でしたね、見え透いた。底抜けの堕落でした。

 問う側(記者)と問われる側(首相)双方の不謹慎で、不真面目な姿勢に、ぼくはこれまでにも何度も反吐を吐きました。実に我慢ならないのです。総理大臣として国民をなめているし、記者諸君も共犯・同罪であると指弾しておきたい。腐っていますね。口から出まかせの「大義」では「大義」が泣くでしょう。取ってつけた理由は、正しい理由にはならない。ここに彼女の真骨頂がある。「嘘で塗り固める」宣伝に、いとも軽々とざまされ、まいってしまう選挙民。なれ合いの関係ですな。やりたいことは「憲法改正」「核保有」「軍事大国化」「治安維持法制定」等々、自分の政治に反するものは弾圧すると、はっきりと宣言すればいいのに、トランプみたいに、さ。

【春秋】大寒に吹く解散風 冷たい風に触れるとヒュルルルルルルンと口ずさみたくなる。1970年代の歌「北風小僧の寒太郎」。1月上旬の小寒を寒太郎と呼ぶ地域があり、当時はやっていた時代劇ドラマ「木枯し紋次郎」にも着想を得て曲ができたそうだ▼きょうは大寒。一年で寒さが最も厳しい頃とされる。先週末の陽気から一転し、今週はグッと冷え込むとか。寒太郎も三度がさを目深にかぶって「寒うござんす」と空を飛び回るかもしれない▼ここへきて、この季節には珍しい突風が吹き荒れた。永田町の解散風。前回の衆院選から1年3カ月しかたっていないのに、高市早苗首相は衆院を解散して総選挙を行うという。きのうの記者会見で表明した▼米国では政権発足後の100日をハネムーン期間と呼ぶ。国民やメディアの評価が甘くなりがちで、高支持率を維持しやすい。高市政権は発足して100日足らず。蜜月期間をどう見るのか、有権者はクールな判断が迫られる▼この期間、さまざまな首相の姿があった。見過ごせないのは「そんなことより」と追いやられた政治とカネの問題。揚げ足取りとの批判もあるが、真意は選挙公約や候補者の顔触れでおのずと明らかになるだろう▼物価高で国民の懐は寒い。各党は競うように消費税の減税案を掲げる。期待がよぎる一方、将来の日本は大丈夫なのか、冷たい雪のように不安が積もる。お寒い政治とならなければよいが。(西日本新聞・2026/01/20)

 「米国では政権発足後の100日をハネムーン期間と呼ぶ。国民やメディアの評価が甘くなりがちで、高支持率を維持しやすい。高市政権は発足して100日足らず。蜜月期間をどう見るのか、有権者はクールな判断が迫られる」(コラム「春秋」)「女性だから支持する」という多くの似非(えせ)フェミニストに支えられて、異様に高い支持率を誇示していたのに、「私が首相でいいかどうか、判断を仰ぎたい」と寝言を言う。理由になっていないのですよ。 「この期間、さまざまな首相の姿があった。見過ごせないのは『そんなことより』と追いやられた政治とカネの問題。揚げ足取りとの批判もあるが、真意は選挙公約や候補者の顔触れでおのずと明らかになるだろう」(同上)政治と金、統一教会、習近平等々、突きつけられている喫緊の課題に関しては「一言半句」も触れようとはしないのは、そこを突かれるのは致命傷になることを知っていたからでしょう。

 「台湾有事発言」に発する、自らの放言・妄言で失った「国富・国益」はどれくらいになるか。計算してごらん。国債の長期金利はどれほど上がったか。円安昂進はどこまで行くのか。特例国債の増発による放漫予算を組むことで、株は爆上がりです。株高・円安・金利高という「経済を委縮・停滞させる三要素(アベノミクスの二番煎じ)」を放置したままで、「信を問う」などと洒落たことを言うものではないですよ。「物価高で国民の懐は寒い。各党は競うように消費税の減税案を掲げる。期待がよぎる一方、将来の日本は大丈夫なのか、冷たい雪のように不安が積もる。お寒い政治とならなければよいが」(同上)と、コラム氏は来るべき災難に事寄せて、「どうか杞憂であってほしい」と書かれています。果たしてどうか。「杞憂」とは「《中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から》心配する必要のないことをあれこれ心配すること。取り越し苦労。杞人の憂え」(デジタル大辞泉)「心配いらないことを心配する」のが「杞憂」、でもこれは確実にやってくる自然災害のように、確実に襲うであろう「人災」に他ならないから、心穏やかではないのです。

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