葬送される側の自己決定権って?

【小社会】海を見るたび 海や山などに散骨する自然葬への理解を進める「葬送の自由をすすめる会」という団体がある。初代会長だった安田睦彦さんが先日亡くなったと知り、25年前の取材を思い出した。◆「高知で自然葬をしたいと言う人がおる。東京の人やが、どうしたもんかと」。知人からそんな問い合わせがあった。自然葬の知識はなかったが、同会高知支部の連絡先を調べて伝えた。◆その東京の男性は、母親から「自分の遺灰は土佐沖に」と遺言されていた。明治生まれの元教員で「しつけは厳しかったが、自由に好きに生きなさいとよく言っていた」。晩年に四国遍路をしていた時、高知の海にと決めたらしい。◆別の家族の自然葬も見させていただいた。白いものが波間にさっと広がり、沈む。ある男性は「これから海を見るたびに母親を思い出す。いつどこの海を見てもね」。高知市の女性は、夫を弔った相模灘の海図を前に人生を語ってくれた。◆自然葬は合法か違法か。法律家の意見も違っていた中、安田さんらは「節度を持って行われる限り問題ない」との国の見解を得て活動してきた。◆墓で眠るにせよ、そうではない道を考えるにせよ、どう葬られたいか、葬送の自己決定権が大事ではないかと安田さんは訴えた。取材当時に思ったほど自然葬は増えていないが、それでもこの30年ほどで同会が関わった自然葬で付された人は5千人に近い。今現在、高知には十数人の会員がいる。(高知新聞・2023/11/12)

 あまり真剣・深刻にみずからの「お骨」の始末を考えたことはないし、他人に話したこともありません。やがて、もうすぐ確実に来る、「その時」のためにも、誰かに思いの外の手数をかけることばかりは忍びないので、可能な限りで淡白かつ軽妙に後始末を託すつもりでいるし、かなり前から願っているところです。ぼくは「葬式」は不要、戒名も無用。もちろん「お墓」はまったく眼中にない。だから、そのことをはっきりと言い遺しておかねばならない、時には書いておこうかと考えたり。そうしたところで、葬式も戒名もお墓も、それをどう扱うかは残され人(家族)の決断にもよるのだろうと思う。葬儀一切は無用のことと言ってみたところで、そうしないかもしれない。つまりは、後事を託すのも、託す人に了解してもらう必要があること。少しばかり、頭の隅にあるのが「自然葬」で、今の時代に「自然葬」が流行りなのか、あるいは新しい祀り方の予兆なのか。

 「ある男性は『これから海を見るたびに母親を思い出す。いつどこの海を見てもね』。高知市の女性は、夫を弔った相模灘の海図を前に人生を語ってくれた」と海への「散骨」(実際は、遺灰を撒くのだが)をされた方の感想というか実感が述べられている。海であれ山であれ、あるいは平地の樹木の根元であれ、それなりに「散骨」は広がっているのでしょう。世上、墓仕舞いとか、無縁仏・無縁墓などという事態が身近に迫っていることを考えれば、これからの方向として「散骨」(「散灰」)は、当然の方法だと思う。ぼくは、あまり仰々しいことはしたくないし、業者に無駄金を払うことも潔しとしない、そんな偏屈人間ですから、許されるなら、自宅の裏庭にでも撒いて、土と混ぜてもらいたいとすら考えている。要するに、跡形もなく、消えてしまいたいというのがぼくの宿願なのだ。(そこにはいくつかの猫の骨も埋まっています。野良もいっしょ)

 「散骨を海で」を見たときに、ぼくは一茶(1763~1827)の一句を思い出しました。彼は三歳の砌(みぎり)、母を亡くします。その後、父親は再婚し、義弟が生まれて、一家は相当に拗(こじ)れた、不和を抱えたまま、十五歳で一茶は江戸へ奉公に出される。(これが俳人「一茶」への道を開いた)やがて父が死に、遺産相続争いが生じ、その解決のために一茶は義母や義弟と一戦も二戦も交えることになる。生母と三歳で死別した、この哀しみ(感覚)はぼくにはわからない。後に、一茶は「亡き母や海見る度に見る度に」という句を詠む(齢五十でした)。俳句というより、亡き母への「供養」(句養)のごとくと、ぼくには思われます。山国の信濃なのになぜ海か。彼は房総の海には親しかったし、その海の広さや深さ、無尽蔵の海そのものが、まるで母親の愛情のように見えていたのかもしれません。上記コラムにある通り、母の遺灰を「海葬」された人は「これから海を見るたびに母親を思い出す」と語られたという。狭い敷地の、なお狭い墓には入れられるよりは、「海は広いな、大きいな」と謳われる、その広大な海を前にして心ゆくまで亡き人を偲ぶことができるということでしょう。

 ついでにもう一句。「ととさんやあのののさんがかかさんか」と一茶。三歳で死別した母の仏前にお参りするたびに、父は「ここにかかさんがおられる」と繰り返し幼い一茶に話しかけたという。「ののさん」とは仏様ということでしょう。仏壇のなかで、仏になった「かかさん」がいると、幼児は固く信じたに違いありません。その母の面影が、意外にも「広大深重(しんじゅう)」な海、その景色は母の恩愛に重なったと、ぼくは勝手に理解しています。

 余談になります。今でも多くはそうですが、墓石に彫られる「〇〇家」などという名付け方は何を意味しているのでしょう。その多くは「先祖代々」「先祖累代」を指すことは否定できません。「家制度」の証明でもあるように思えます。敢えて、お墓に個人名を刻する必要性もぼくは感じませんから、結局は、どこであれ、遺骨・遺灰を撒くか置くか。それが残された問題なのだろうと思われるのです。上に述べたように「無縁仏」「無縁墓」が大きな社会問題になっているのは、家制度の継続なりがたしという大問題の余波でもあると言えます。個々人が考えればいいような事柄でもありますが、逆に、この社会の「淳風美俗」たる「儒教的風土(祖先崇拝)」と仏教的商業主義(葬式仏教)の混在が、この先に行って整理されるきっかけになるかもしれない、それが「自然葬」問題の隠されている課題だとも思えます。

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dogen3

▶この国には「政治」はなく、「政局」ばかり。議会制民主主義の筋をいうなら、現に政権交替がなされて当然の事態にあるとみられるが、弱小を含めた各政党は頽廃の現実を大肯定、かつ心底からの保守頑迷固陋主義派。大同団結といかぬのは「党利党略」が何よりの根本義だとされる故。何が悲しくて「政治」を志し、「政治家」を名乗るかよ。世界の笑いものになるのではない、定見のない「八方美人」には、誰も振り向かないという事実に気がつかないのだ。(2025/04/02)