【卓上四季】音楽の純真 音楽は政治に左右されないと純粋に信じた指揮者がいた。ドイツでヒトラー政権が発足したころ、絶頂期にあった天才フルトベングラーである▼象徴的な出来事があった。ユダヤ系の優秀な音楽家を失えば、オーケストラの質が落ちるとヒトラーに直談判。自身が首席指揮者を務めるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に対し、ユダヤ系団員の在籍を理由に補助金を止めたのはおかしいと抗議した(「戦争交響楽」朝日新書)▼無邪気とも言える姿勢はナチスに政治利用もされた。「良い芸術」の保護を求めたゲッベルスへの書簡は「悪い芸術」の排除なら許されるとユダヤ排斥に悪用された▼ナチス党員らが演奏を妨害し、中止の圧力をかけた時代だ。迫害を恐れて出演要請を断るユダヤ系演奏家の心境に思いが至らなかった「政治音痴」でもある▼それでも、ナチスに入党したカラヤンらとは異なり、距離を置き、もがいた姿を笑う気にはなれない。州政府に差別を禁じる規則を定めさせ、不当介入にはスコアをたたきつけて公演をキャンセルした▼世界三大コンクールの一つ、チャイコフスキー国際コンクールがモスクワで開幕した。ロシアのウクライナ侵攻で昨年、国際音楽コンクール世界連盟が除名にしたが、冷戦下では東西融和の役割も担った舞台だ。日本からも7人が参加する。天才指揮者もきっと、音楽の力に期待することだろう。(北海道新聞・2023/06/22)(ヘッダー写真:https://gendai.media/articles/-/58747?page=3)

このような政治行動は、いつの時代でも起こっています。もちろん、この島社会でも、未だにこのような政治的芸術と芸術家の政治、戦時平時を問わず、それが物議の種になってきました。いろいろと述べようとすると面倒なことになりますから、本日は触れません。コラム【卓上四季】氏が書いているのは、極めて常識の範囲での見解で、「天才フルトベングラー」も、ナチ時代にあっては「政治音痴」だったと。本当にそうだろうかと、若い頃にぼくは随分と考えたものです。その材料を提供したのはトーマス・マンでした。彼は、ナチス時代、祖国に留まることを拒否して(実際は住めなくなって、だったと思う)、アメリカに亡命します。そのマンは、フルトベングラーに対して批判的な意見を持っていました。園マンのとなりにはアドルノという社会学者もいました。(戦後のアメリカ社会は「亡命者、その大半はユダヤ人」によって国の方向が決められた趣がありました)

もう一人、この「政治と芸儒」問題を提供してくれたのは、ユダヤ人指揮者だったブルーノ・ワルターでした。彼は師匠のグスタフ・マーラーのもとで音楽を学んでいたし、最後の最後までドイツで音楽活動ができると考えていた。危機一髪で、友人のはからいもあって、ワルターはドイツを脱出します。やはりアメリカに住んで、彼のために作られたコロンビア交響楽団と組んで、膨大なコレクションを残した。(指揮者の中で、ぼくはワルターの演奏を誰のものよりも愛したと言えます。彼こそは真正の「政治的音痴」であって、それに比べれば、フルトベングラーは、トーマス・マンも、立派な政治家的芸術家だったと、ぼくは断言できます。カラヤンは、今も昔も論じるに足りない演奏家(政治家)だと、ぼくの中での評価は一貫している)フルトベングラーの「不幸」(というだけでは言葉が足りません)は、ナチの絶頂時代に音楽家活動の頂点を迎えたことだったと思う。それは、彼の後塵を拝したカラヤンを見れば、手に取るようにわかります。カラヤンとベルリン・フィルの常任指揮者を競ったチェリビダッケは、帝王・カラヤンのことを、「音楽家の風上にも置けない輩」と公言して憚らなかった。


*ヒトラー生誕記念前夜祭の第九 指揮フルトヴェングラー(https://www.youtube.com/watch?v=zAOKkUnpTac)
*Furtwangler conducts Die Meistersinger in 1942(https://www.youtube.com/watch?v=3rM96_RS1Os)
上京して初めて買ったレコードはシュバイツアーが演奏した「バッハのオルガン曲」でした。録音はモノラルだったし、とても優れた演奏というのではなかったろうが、ランバレネの聖者と謳われていたシュバイツアーに触手が動いたのは、大学生にになった年の九月に彼が亡くなったこととも関係するかもしれません。レコードを買ったのは九月以前だった気もします。その時同時に買ったのがフルトベングラーでした。何番のシンフォニーだったか忘れました(五番だったか)が、ベートーベンだった。たまたまレコード店の帰りにでかけた耳鼻科の医者が、「何を持っているの?」と興味を示された。買ったばかりのレコードを見せると、早々に診療を終えて、ぼくを二階に連れて行った。素晴らしい音響機器と膨大なコレクションがあった。バッハに造形の深い医者だった。このときから、ぼくのレコード漁(あさ)り、音楽遍歴が始まったのでした。まだ二十歳前のこと。

どういうわけだか、ぼくはフルトベングラーにはまったく関心が湧かなかった。むしろ、政治問題として、後々まで彼のことに関心があったが、音楽やレコードについては、実に淡白だった。「天才」「巨人」などともてはやされたことも、ぼくには近づきたくなかった理由だったかもしれません。あるいは、その当時も一人の「教祖」として崇められていたからかもしれません。(なにしろ、録音状態が悪すぎました。まるで「家康の声」を聴くような、歴史的遺産としてしか受け取れなかった)それ以来、ただの一度も彼の演奏を真剣に聞いたことはありません。まことに不謹慎な態度だったと思う。そのくせ、かなりの枚数のレコードは、今も所有しています。なんででしょうね。
音楽と政治、音楽家と戦争、このような抱合せは、本来なら、気軽に、他者によって論じられないものでしょう。最後のところ、当人しかわからないし、その当人にしても、最後まで決断できないままであったとも思われるからです。ナチの時代、祖国に残るか、祖国を出るか。そのジレンマに生きている人びとです。どちらにしても、判断は難しかったでしょう。今日のウクライナやロシアを見れば判然とします。国を出たくても出られない人びとが圧倒的です。それを考えると、哲学者・ソクラテスの最後の場面を、ぼくは想起します。国家認定の宗教を信じないで「邪教」を広め、アテネの若者を誑かしたという嫌疑で捕まり投獄され、挙げ句に「死罪」を受ける羽目になった。周りの者は脱獄を勧め、それも十分に可能だったが、ソクラテスは「死」を選ぶ。「悪法も法なり」と、国家の法律に従ったとされていますが、ぼくはそうは思いません。彼は自らの心情に従って生きて死んだということです。

フルトベングラーは迷ったかもしれないが、残って演奏する道を選びました。トーマス・マンは亡命を断行した。ワルターは、まさか自分が迫害されるとは夢にも思わなかった。本物の「ノンポリ」だったか。でもアメリカへ亡命した。それぞれが悩み迷った挙げ句の行動だったとしか、ぼくには言えないのです。祖国を捨てられないというのも、抑圧に抵抗するには生き延びなければというのも、どちらも間違いではないでしょう。しかし、根本は、人間の自由や権利を踏みにじる側に留まることが、何を意味するか、それを考えれば、一つの方向は見えてくるかもしれません。しかし、正解はない。
昨日触れた鶴見俊輔さん。戦時下に、父の計らいでアメリカに渡ります(1937年)。そして当地で大学に入学し、日米開戦後の1942年6月に、捕虜交換船で帰国します。後に書かれた文章で、アメリカに留まることもできたが、「自分は、日本人として負ける側にいたい」と言って帰国を申請したと繰り返し言われています。そのとおりだろうと、ぼくは受け取る他ないのです。戦争の犠牲になりたくないというのは当然でしょう。しかし、自分は無事であっても他人はどうか、そう考えれば、したくてもできないこともどうしてもある。フルトベングラーやマン、ブルーノ・ワルターのような典型的な芸術家だけの煩悶ではないのです。今なお、ロシアやウクライナ、あるいはその他の戦争・紛争当事国、戦時下に置かれたほとんどすべての人びとの「自由を願う」ための苦悩であり、苦渋に満ちた生活でもあるのでしょう。

最後に、「チャイコフスキー・コンクール」開催の是非について。コラム氏は書かれている。「世界三大コンクールの一つ、チャイコフスキー国際コンクールがモスクワで開幕した。ロシアのウクライナ侵攻で昨年、国際音楽コンクール世界連盟が除名にしたが、冷戦下では東西融和の役割も担った舞台だ。日本からも7人が参加する。天才指揮者もきっと、音楽の力に期待することだろう」というのは、開催は大いに結構というのでしょう。五輪の場合はどうでしたか。国家を代表しない、個人の資格でといって、参加は認められてきました。音楽家も個人であって、国家を背負っていないというのなら、どうぞご自由にといいたいが、果たしてどうでしょうか。まったくの「無辜(むこ)の民」を手を尽くして殺戮している国において、芸術の華美を競う、ピアノの祭典ですか、そんな悍(おぞ)ましさをぼくは感じてしまう。なに、コンクール自体が「殺人行為」(グレン・グールド)なのだから、違和感がないのかもわからない。音楽は多くの人びとの苦しみや悲しみを和らげ、慰撫する力を持っています。その同じ音楽は「敵を殲滅せよ」と民衆を鼓舞し、殺戮に駆り立てもするのです。
戦時下のドイツにあって、「第九」や「マイスタージンガー」という曲目を演奏する必然性はどこにあったか、それをフルトベングラーはいかなる音楽的理性、いや感情で敢行したのか、若い日以来、ぼくには「解けない謎」のままで残っているのです。
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