ふるさとは遠きにありて思ふもの、か?

 ここ一週間かそこらで、近辺の田植えはほぼ完了しました。若干の日にちのズレがありますが、ほぼ四月中には房総半島の田植えは済んでしまうのでしょう。もちろん、その大半は「機械による田植え」です。旧来の人力による田植え経験者としては、まるで肝をつぶすような、溜息さえも出ないオートメションです。農作業の中でももっとも体力を使い気持ちも休まらない重労働の連続であった「稲作」も、機械化の「恩恵」を受けて、あっという間の田植え終了です。非農業者には想像もつかない苦労があるのは当然です。それでも、機械というものがもたらす効率には脱帽せざるをえない。今なお、手植えを実践されている農家を知っています。田植えについて、どちらがどうという資格も知識もぼくにはありません。「田植え」の歴史を思えば、今昔の感に打たれると言うばかりです。(ヘッダー写真は「eat iiyama」:https://eatiiyama.satonomegumi.net/header-photos/)

 二日続きで京都の同級生から電話がありました。同窓会をするから、帰ってこないかという誘いです。いくつになっても「同級生」というもの、懐かしいという気分ではなく、疎遠がどれだけ続いていても、一声聞けば、その時間と空間はいつだって高校時代そのものに。なんという不思議かと、高齢者としては呆れるばかり。何十年経とうが、少年時代はそっくりそのまま、ワンパックで記憶の戸棚に入れられていたのです。井上陽水的世界ですか。あるいは、それを一本の樹木に例えれば、幹から伸びた大枝小枝が、それぞれに思い出の葉や実を付けては枯らしつつ、再生されつつ、どこまで続く(伸びる)のかと心配になるほどに、記憶の枝葉が繁茂しているさまを想像します。やがて、枝葉は成長するでしょうが、幹自体に簇生(そうせい)力が失われ、ついには害虫などに食いつぶされて、空洞現象が加速する。暴風などで倒れる枯木という印象はありますが、いかなる前兆もなく、ある時、突然くずおれる古い木もあります。(右は同級生が経営の T 製材所。京都市右京区在)

 ぼくは(同級生も、もちろん)八十歳目前です。もう二十年も前になるか、九十歳を超えていたおふくろが、病床に横になりながら、「あんたは、いくつになるんや」と訊いた。「六十になるんや」と答えたら、「そないになるんか」と、自分の年を忘れたふうに感心していたのを強烈に覚えています。その後、彼女は数え年の百歳で亡くなった。気丈な人だったし、その気丈さを想えば、泣き言は言えないと、常々教えられていたような気もします。

 犀星ではありません。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」には、ぼくの場合、ついにならなかった。「そして悲しくうたふもの」などではけっしてなかった。強がりではなく、京都という狭くて小さな土地(だけではなく、人の心もまた、それと同じだったと感じた)を飛び出した気でいました。もちろん犀星の時代とは比較できないほど、「地球」が小さくなったことも大きく作用しています。「山超え谷超え、はるばると」、そんな風情も何もなくなった都鄙(とひ)の差です。ぼくが京都を出たのは高校卒業式の翌日だったか。京都駅にはおふくろと同級生の N 君が送りに来てくれた。十時間近くかかって東京駅についたのは、翌日の午前中。今なら、四時間もすれば「玄関から玄関」という近さです。「ふるさと」の感慨が催すはずもないのです。爾来、六十年の時間が流れた。ぼくの実感で言うと、「あっという間のタバコの煙」でした。

 それにしても、そうは言っても、ぼくごとき「付き合い甲斐のない愚人」にも、こうして連絡をくれるのですから、「ありがたい」という気持ちは十分に湧くのです。それだけで、理屈抜きに嬉しい。「住めば都」といいます。ぼくには「住めば、そこがふるさと」です。「ふるさと」は「田舎(いなか)」と勘違いしているんでしょうね、世間は。田舎と都会、これを語りだせば、際限がありません。「うさぎ美味し」というのが故郷(ふるさと)だと言うなら、今どきの都会は「ジビエ」とかなんとか、何でも焼いたり炙ったり揚げたりして食する場所ですから、それこそ「大いなる故郷」「ど田舎」と言うべきでしょう。

 「目が覚めて 夢のあと 長い影が 夜にのびて 星屑の空へ 」 「夢はつまり 想いい出のあとさき 」 

(合唱版「少年時代」:https://www.youtube.com/watch?v=nICoWlRgRWA&ab_channel

(井上陽水「少年時代」:https://www.youtube.com/watch?v=CY1_6lZpQVI&ab_channe

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徒然日乗(no.168~174)

◯ 2023/04/16・日 = 昼ころ、京都から電話あり。同級生の M さん。昨日の続きのような塩梅。M さんは福井県高浜在住だが、車を飛ばして京都によく出ると言う。八十直前で、なんとも元気。今も海に潜っていると言う。小学校時代は、隣近所だった。懐かしいという気分が無ではないが、何よりも、幼なじみだという意味では、その付き合いは今もなお続いているという感覚。それにしても、彼の元気が当方にも伝わってくる。ぼくは高卒時に上京、以来六十年が経過した。後先の考えもなく、京都を出たのだったが、何のこともない、この六十年は、ふるさとの周辺をひたすら彷徨していただけだった気もする。▼ 十日ぶりに猫の缶詰を買いに出かけた。いいことだが、食欲旺盛で、驚異的な成長ぶりに言葉もない。段々とわがままになってくるのがよく分かる。猫の本性というものを存分に見せつけているふうである。事故と病気には、殊の外注意してやるのが当方の役目か。まだ一つ、去勢手術が残っている。捕まえて病院に連れて行くのが至難になった。(徒然日乗・174)

◯ 2023/04/15・土 = 昼ころ、京都の友人(高校の同級生)から電話あり。一別以来、もう十年も経つのだろうか。もともとは、愛宕山北側の越畑(こしはた)という地域の出。高校時代は、嵐山の天龍寺前に下宿して通学していた。九年ほど前に会ったのは、これも同級生だった I 君が京都市会議員に立候補すると言うので「応援」を依頼されたから。その時は、彼は十回目の立候補だった。無事当選し、その後も議員を務め上げて、四十年の活動を締めくくったと言う。後継は息子さんで、この家は三代続いた、一青窈さんではないが、「百年続きますように」が冗談ではなくなっています。いいことか、悪いことか。議員が「家業」になった。T さんは、京都の梅ヶ畑で「製材業」を営んでいる。今は息子に後を託し、悠々自適かと思いきや、なお現役で仕事を続けていると言う。旧姓は H だったか。昼の電話に驚いたが、来月に京都で高校の同窓会があるので参加しないかとの問い合わせもかねての電話だった。時々案内をもらうが、同窓会には一度も参加したことがない。いい加減に高齢でもあり、京都に帰って「旧交を温めよう」という。さあ、どうするか。今は気軽に家を開けられなくなってもいるし。▼ 昨日に続いて草取りの続き。明日は雨との予報、今のうちに燃やせるものは燃やす、この調子では、庭の除草や、屋根の樋掃除、それから、植木の選定と膨大な作業が残っているが、夏までに終わるだろうか。近所の田んぼでは盛んに田植えが進められている。朝初めて、夕方には何枚もの田んぼには「早苗」が揺れている。機械の威力を見せつけられている気分です。それにしても、休耕田が目に立つ。夜に入り、雨が強くなった。(徒然日乗・173)(左写真は福井県高浜町:高浜町HPより)

◯ 2023/04/14・金 = 除草の続き。入り口脇の小庭の草取り、あるいは木の枝(茱萸・ぐみ)が伸びすぎているのを手入れ。あるいは、土が足らないところに、補充の土を入れる。この「土」は、石屋さんが市原市内の神社の鳥居を新築した際に出た土。何トンもあるのを、我が庭の一隅に保存しておいた。折にふれて、あちこちの地面を平らにするために使ってきたが、まだまだ残っているので、この際、一気に使い切りたい。一輪車でいっぱい運ぶ、百㌔近くある。見た目以上に重労働だ。明日は雨だとか。ここ数日で、刈り取った草木を燃やした。まだだま、作業を続きそう。▼ 夜九時、韓国から電話があった。Y 氏からだった。かみさんと二人で十二日からソルにいるという。しばらくは韓国で暮らすのはどうかと、訊いてきた。「どうぞ、お二人にとっては気分を一新するには格好の移住ではないですか」と言っておいた。どうなるやら。(徒然日乗・172)

◯ 2023/04/13・木 =午前中に筍掘り。いくらでも生えている。夫婦二人分では一本、二本有れば足りる。かみさんが友人のところへ持参するというので、四、五本も掘ったろうか。本日は十本ほども取ったが、すべては他所に持っていった。まだまだ、成長中のよう。除草も昨日の続き。道路沿いの雑草は刈払い機で除草。もっと続ければいいのだが、なにしろ、体力温存が最優先される必要がある。ゆっくり、無理をしないで、気長に、こんな調子ではどれくらいの日数を要するか。刈り終わったら、間違いなく、新しい草が生えだしているはず。それを楽しみに、焦らず騒がず。(徒然日乗・171)

◯ 2023/04/12・水 = 昨夜から「猫ノミ」退治のために薬剤を、猫たちに投与しています。月に「一度」(四週間が目安)当てです。気温の急激な上昇でノミが発生したと思われる。すべてではないが、ある猫などは「脱毛」が激しく、痒(かゆ)みに耐えかねている。手始めに、その子に「フロントライン」を投与。効き目が現れるのは二日後かららしい。その他の猫にも同じように、順々に投与。すべてを一時に投与しなければ、効き目は薄れるし、ノミの生き残りを許してしまう。全員ではなないが、いくつかの猫は、人間の布団の上で寝る癖がついてしまった。寒いときだったからと許していると、それが寝床になってしまった。ノミの発生源があちこちに移動し、家中が汚染されてしまう。時期を見て「全室」を消毒し、人間への感染も防がなければならない。昨晩から初めて、今日までで、ほぼ終わりかけているが、まだ四つが逃げ回っている。間を置かないで投与を完了したい。▼ 連日、ほんの短時間だが、除草作業を続けている。これまでのように、一日中、それにかかりきりになるだけの根気がなくなっている。それは先刻承知だ。だから、一時間、二時間程度で中断していると、どれほどの期間がかかるのか。面倒だけれど、手を抜くわけにもいかな。庭石も入ったことだから、それに見合った「庭」にしたいものだ。(徒然日乗・170)

◯ 2023/04/11・火 = 自宅前の狭い道を見慣れない軽自動車が走っていった。少し先に止めて男性二人が降りてきた。スコップを手にしている。「筍の盗掘」だった。大部分は他人の林だから、注意もしなかったが、物を盗むことに抵抗を感じない輩がいたるところに増えているのをどうしたものか。これを放置しておくと、今度は他人の家に入り込んで金目の物を盗む、抵抗されれば危害を加える始末。実に乱れた風潮が蔓延しているというべきか。見つからなければ、見つかっても、そんな暴力の時代が、「戦争」受け入れを促すに違いない。▼ 草取りを再開した。厄介なのは「スギナ」であり、他に一種(名前は知らない)、それらが地面を覆い尽くしている。特に「スギナ」は厄介だ。地下茎が縦横に走っているから、それを除去するのは大仕事になる。茎まで取ることはしない、出るたびに刈り込んでいくようにしている。ぼくは「除草剤」は一切使わない。「害虫」駆除剤も、可能な限り使用しないできた。「草や虫を殺す」ということは、「毒性」があるという意味で、人間の住む環境に合致しているはずもないからだ。(徒然日乗・169)

◯ 2023/04/10・月 = 十日ほど前に預かっていた「石」の据え付けをするために、実さんが来られた。朝の八時半ころ。これまでに入れてもらったいくつかの石の置き換えと、新規据え付けとで、それなりに時間はかかった。なんとか、殺風景な庭が様になってきた感がする。もちろん、もう少し時間が経てば、また置き換えがしたくなるにちがいない。ちょっとした「向き」の違いで、印象が相当に変わる。もちろん、据え付ける位置の前後左右の位置も微妙に変わってくる。これを丁寧にやるとすれば、きっと「石にハマる」にちがいない。それなりに値も張るので、好きにまかせて石を取扱うことは出来ない。最初から庭全体を計画していたのではないから、石を入れれば入れたで、また足りない部分が見えてくる。実さんには、いつでも置き換えや入れ換えを含めて、彼の余裕のある時間を見計らってやってもらうことにしている。彼の店や石置き場は東金市にある。拙宅からは三十分もかからない。▼ 庭作業をしている間に、十本ばかりの筍を掘り出した。大小さまざまだったが、食べる分には支障はないはず。昨秋、道路向かいの宮嶋さん宅に越してきた「会社」の人に差し上げた。実さんにも二本ばかり。まだまだこれから、収穫が続きそう。(徒然日乗・168)

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dogen3

▶この国には「政治」はなく、「政局」ばかり。議会制民主主義の筋をいうなら、現に政権交替がなされて当然の事態にあるとみられるが、弱小を含めた各政党は頽廃の現実を大肯定、かつ心底からの保守頑迷固陋主義派。大同団結といかぬのは「党利党略」が何よりの根本義だとされる故。何が悲しくて「政治」を志し、「政治家」を名乗るかよ。世界の笑いものになるのではない、定見のない「八方美人」には、誰も振り向かないという事実に気がつかないのだ。(2025/04/02)