「貧者の一灯」は言葉ではなく、微かな灯り

 【南風録】病気や災害、自殺で親を亡くすなどした学生らを支援する「あしなが学生募金」が先月、鹿児島市であった。ボランティアを含む総勢50人が道行く人に呼びかけた。▼毎年行ってきた活動はコロナ禍で中断せざるを得ず、約3年ぶりの再開である。その間、ウクライナ情勢などに伴う物価高が追い打ちをかけ、ひとり親家庭の困窮は深刻さを増す。▼あしなが育英会が今春、奨学生の保護者を対象にしたアンケートは窮状を訴える声があふれた。「切り詰めるのは食費。親として申し訳ない」。食事に関する記述が以前の調査より増えたという。▼保護者の平均月収はコロナ前の2018年でも手取り12万円に満たないのに、今はさらに減っているとみられる。希望する進路を断念した人もいるだろう。アルバイトが減った学生もいるはずだ。奨学金を得ても、貸与型ならいずれ返済を迫られる。▼米国人作家ジーン・ウェブスターの小説「あしながおじさん」の名にちなんだ活動は来年で30年になる。21年度は高校・大学生ら約8300人に計63億円を貸与・給付した。多くのあしながさんに支えられてきた。▼募金活動は遺児の現状を知ってもらう意味もある。一方で育英会の広報紙には、街頭で心ないことを言われたとの報告もあった。募金箱を手にしなくても、誰でも空腹や学費を心配せずに済む社会であってほしい。そう祈りたくもなる。(南日本新聞・2022/11/24)

 そんなに好きではありませんが、たまに使う言葉がいくつかあります。その一つが「貧者の一灯」です。ぼくは、物心両面において、富者ではないのはもちろん、それほどの困窮者でもないと、やや甘すぎますが、自分では想っています。しかし、ぼくの感覚としては「貧者」であると確信している。事実としても、理念としても、そうありたいと念じて生きているし、事実心身の両面では「貧者」ですね。他に誇るべきものは何一つなく、ふんだんに施しを行うほど余裕もない。でも、ぼくも貧しいけれど、もっと苦しんでいる人がいると思えば、いつでも「なけなしの寄付」を続けてきました。余り言いふらすものではないことは承知しています。文字通り「貧者の一灯」のような、そんな「薄明(feeble light)」にさえなれないかも知れぬが、そう願いつつ、ほのかな「一燈」を絶やさないできた。

 「あしなが育英会」にいつでも関心を持ってきました。この募金活動中の人を見ると、ぼくはきっと「なけなしの一灯」を灯してきたのではなかったか。近年では、ほとんど外出しないので、寄付が途絶えているのが残念という気もします。この活動団体についての詳細は省きますが、発端は「交通事故」犠牲者の遺族の思い・願いから始まりました。(あしなが育英会:https://www.ashinaga.org/)

 この活動を思う時、何人かの方が浮かんできます。その中で、一人の国会議員がいます。その人は、大学時代、ぼくの友人の担当するゼミ(演習)生でしたから、友人から、しばしば話を聞いていた。その後、政治家になられてから、何度か紹介されそうになりましたが、ぼくは会うことを避けてきました。文部大臣経験者として、どんなことをされたか、それを考えると会う気がしなかった。また、何年前でしたか、同じ会合で同席しました。しかし、ぼくは言葉さえもかけなかった。ぼくを紹介しようとした人は不快に想ったでしょう。彼は教育に大きな関心を抱き、その力を教育行政に捧げたいと言っていた。でも、その「教育」の方向や中身が、ぼくには受け入れられなかった。 

 理由は単純、ときの総理大臣と組んで「教育基本法」改正を盛んに主導していたし、それは憲法改正に直結した「美しい日本」を取り戻す政治野望の一環だと、ぼくには見えていたからです。ちょうどそのときに、「旧統一教会」の名称変更を受け入れ、宗教法人として「(再)認証」したのが彼(の大臣のとき)だった。今回、問題が明らかになった段階でも、彼は自らの責任の所在を否定しました。そういうこと(事実を否定し、虚言を吐く)をする人間だった。この人の父親が交通事故で亡くなった。九歳のときだったそうです。元文部大臣は、この事故をきっかけで政治家を志したと言われている。交通事故遺児として「あしなが」にも深く関わってこられたと聞きました。

 「交通遺児に対して奨学金を出すこの制度はちょうど私が高校一年生の時にスタートし、学校の紹介で奨学金を受け取ることになった。交通戦争が社会問題化し、父親を失った子供たちの支援が必要になってきていた頃である。同時に日本育英会の特別奨学金も受け取ることができた。当時は給付制があった。奨学金があったからこそ、苦しい中でも安心して高校時代を送れたのだった。/ その仕組みを作っていくのが、もしかすると政治の仕事なのではないか。私が、自分の中に「政治家になりたい」という目標を持ち、中でも「教育」という環境を整備して行きたいという気持ちを持つようになったのは、こうした苦しい数々の実生活が影響していると思う」(下村博文公式サイト:https://www.hakubun.biz/profile/upbringing/)

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 現内閣の閣僚のうち、法務大臣は辞職された。所管官庁の大臣でありながら、政治資金の使い方に幾多の問題があったという疑いが晴れなかったからです。いろいろな疑惑が出ていましたが、税金の使い道が「政治」ではなく、「政治家」自身の懐に入るような仕組みが放置されているとするなら、許しがたい不法であり不正であると思います。もう一人(もちろん、この人だけではないでしょう)、親族(妻・母)名義になっている建物に対する賃貸料支払いをしていたと、復興大臣が質されています。また義兄の政治団体にも寄付をしていた、その一部が不明だとされている。何れも政治資金の「自分への還流」が疑われている。「あしなが育英会」の「こころざし」を一方に置き、政治家の「還流疑惑」をかざしてみると、この国が、どうしてかくもだめになってしまったのか、火を見るよりも明らかだといいたくなる。公金のネコババ、横領、詐欺、この手の「盗人」「嘘つき」が国会や内閣に勢ぞろい(席捲)しているのですから、さもありなんというばかりです。 

 言いたいことは端的明白です。もう少し「美しい人」であっても損はないじゃないか、政治家諸君。やっていることを見ると、泥棒が聞いて呆れるような「悪業・悪行」ではないか。政治家は、まず「嘘つき」、それが特質だと、ぼくは考えてきました。ぼくも嘘をつきます。でも彼や彼女たちほどの大胆さはないから、政治家にはなれなかった。(なれなくて、良かった)ぼくらがつく嘘と、嘘の程度(レベル)が違うようです。嘘で固まっているのが政治家だと言われて、それは違うと反撃されますか。「あしなが」で育てられたら、そのお返しをするというのが「育英会」の趣旨だという。元文科大臣、どうでしょうか。

 復興大臣は、還流疑惑を指摘されて、「いやしくも他人名義の物件です。借りたら家賃を払うのが当たり前じゃないですか」と反応された(嘯(うそぶ)いた)、よくも、こんな悪手が出てきますな。仰せのとおりです。でもその他人が「妻」や「母」だったらどうですか、世間に通りますか。元法務大臣もそうだった、同じ敷地内の、妻名義の「事務所」の家賃を、妻に払っていたとか。「まだ疑惑が出てくるかもしれないから、確かなことは言えない」と、厚顔にも、言っていた元大臣も、名義の事務所への支払いを政治資金からしていた。借りたら払うのは当たり前。でも、そんなに紛らわしいことをどうして、わざわざするのか。疑われたら、嘘をついてで逃げる、こんな連中が「国政」を担っているというから、おへそもお茶を沸かさなくなった。ぼくのへそは「へそを曲げた」のだ。こんな八つ当たりみたいな駄文は、もう書きたくないと、以前に言っていたのに、元の木阿弥です。挙げ句に、総理大臣まで。何をしているんですか。法の網目に引っかからないような、抜け駆けの「功名」争いなんでしょうな。

 言えた義理ではありませんけれど、「人間の美しさ」について考えていたのです。汚い輩ばかりが横行しているから尚更、「美しい人間」について、です。「美醜」は好みがかなり働きますから、一概には言えません。ぼくのいう「美醜」とは、人間の精神の美しさ、です。「貧者の一灯」という言葉を出したのも、その「美しさ」を言いたいためでした。仮粧も何も要らない、素の美しさ、言ってみれば、良い教育も悪い教育も経験していない、素のママの人間性です。さらに言うなら、猫のもつ美しさ、ですね。猫は、(人間にとっていい)ことも悪いこともする。しかし税金を懐に入れようという知恵(才能)はない。猫になくて、人間にあるのは、家庭や学校に関わる「教育」の結果(成果)であり、おかげですね。ぼくには(他人に言うほどの)学歴もないし、もちろん才能は干からびたままです。でも、他人さまの「金」を自分のものにしようと、ない知恵を絞ろうという根性はないんですね、幸か不幸か。

 セコすぎるね。自分が所有している土地や建物をかみさんや母親の名義にする。その土地や建物を借りたことにすれば、賃料が発生する。それを税金が原資である政治資金から払うのが、どうしていけないというのだ。そのセコさが、卑しさが汚いし、美しくないんだといたい。人間の「矜持」ということを考える(無駄かもしれないが)。簡単にいえば、「プライド(自負心)」のことです。何において「プライド」をお持ちですかと尋ねたら、どうでしょう。「自分の能力を優れたものとして誇る気持ち。自負。プライド」(デジタル大辞泉)ぼく流に翻訳すれば、「自己評価」です。「私はこの点で偉いのだ」という、その自己評価が甘すぎるというか、間違っているんだと思います。「何において」自分を評価するか。もう、素の自分しかないんじゃないですか。「バッジ」がそれですか。自尊心の元ですか、バッジが。そう言いたくなります。

 貧者の一灯を灯せる「貧者」にこそ、ぼくは「美しい人」を見るのです。それはどこにもいないかもしれないし、すぐとなりにいるのかも知れません。あるいは、若い頃に強烈は影響を受けた「地の塩」の主宰者、千葉県市川に住んでおられた方の凄絶な生き方を、今も探し続けている。貧者の「生命の灯火」をかざされていたキリスト者(お名前を忘れています。山室軍平氏(左写真)に繋がる人だったと思う)、この方の面影にこそ「貧者の一灯」の輝きを見る。貧窮のどん底に生きていながら、なおその地の底を素手で掘り起こし、「地の塩」を探ろうといしていたのです。

● ち‐の‐しお〔‐しほ〕【地の塩】=イエスキリストの教え。神を信じる者は、腐敗を防ぐ塩のように、社会・人心の純化の模範であれとの意。模範や手本ののたとえ。(デジタル大辞泉)

 政治家は「地の塩」であれ、などと天地がひっくり返るようなことを言うのではありません。当たり前に、いい悪いの判断力を失わない生き方をしてほしい、それだけです。先ず「自分の頭に止まったハエを追うのがいいでしょう」、それだけです。そのために、政治資金を懐に入れる必要はないし、偽の領収書を書く(書かせる)小細工もいらない。真っ当と言うのは、素のままで生きることですよ。そこから「自負」が生まれるのかどうか、ぼくにはわからない。と言うより、そもそも、「自負心」がどうして必要なんですか、という問題ですね。

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「法令に違反し公共の福祉を害する行為」

 憲法第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。/ ② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。/ ③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

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 再び、この問題に触れます。文科大臣の「質問権の行使」は英断などでは断じてないでしょう。以下の記事にもある通り、この宗教法人は過去には、裁判で違法行為と認定されたものが二十九件ある。何れも民事裁判の判決です。この他には刑事事件の確定判決も出されています。仮に、この民事事件の判例が「解散命令」の根拠となるなら(この先、そこに至るまでにいくつものハードルがあり、単純には見通すことはできない)、一体どういうことになるのか。違法行為を繰り返し、実際に被害を訴える人々が存在していたにもかかわらず、国はその問題を放置してきた(政治的不作為)、みずからの責任をどう取るのでしょうか。この法人が「名称変更」を申請し、それを受け入れ「認証」していたのも国です。この名称変更を認めた責任はどこにあるのか。犯罪行為を見逃していたと言わざるをえないし、当該法人を摘発する準備段階にあったとされるが、検察はそれを中断してしまったのはなぜか。

 仮に「解散命令」が出されたとしても、宗教団体の活動は制限されるものではありません。税制上の優遇措置が受けられないという、一定の不利益は生じますが、それ以外に特段の「宗教活動・行為」に支障があるものではないのです。この法人格の「認証」の意味はどこにあるのか。国家公認の宗教法人であるがゆえに、違法行為を重ねても、その権利は守られてきたというなら、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」という憲法に抵触するのではないでしょうか。その疑いはおおきにあると、素人は考えます。

 政治と宗教と、一応は別物として扱われていますが、根っこは「権力行使」という点では同根です。だから「祭政一致」という表現は古式蒼然とはしていても、目指す方向は同じところにあるとも言えるのです。まるで双子のように、「独裁」「専断」「覇権」「統一・支配」がその中核にあると言ったらどうか。(左上と右の図は、何れも読売新聞・2022/11/11)

 ここに及んで、じつに奇妙でもあり、じつに不愉快でもある地点に至る。もし、本年七月八日に「元総理」が銃弾で倒れなかったら、今あるような事態は起こらなかっただろう、それが第一です。加えて、当該教団の信者の息子が、手製の銃で元総理を「殺害」したから、この教団が抱えていた看過できない問題群(犯罪か、犯罪に等しい行為)が顕在化したとするなら、「殺人行為」はどのような意味合いを持つのでしょうか。もちろん、理由の如何を問わず、「殺人」は認められない。しかし、認められない「犯罪行為」によって多くの被害者が「救済」されるとしたら、その「行為」の意味合いは変わるのではないでしょうか。「犯罪行為」を繰り返していた団体と深く交際し、癒着の域にまで達していたのが「最高権力者」だったという、この時代には、よほど乗っことでもない限り、まず他国では見られない現象(事実)を否定できるのかどうか。

 「外形的、客観的に違法行為や反社会的行為をすれば、それは当然取り締まりや制裁の対象になります。『信教の自由』を錦の御旗(みはた)や隠れみのにして反社会的活動が許されることがあってはなりません」(南野森、九大教授:毎日新聞・ 2022/8/30)

 また、不幸にして「凶弾に倒れた」人物が、結果的に「反社会的集団」と深い関わりを持ち、そのことで、当該団体に「利益(便宜)供与」をしていたとするなら、その「責任」はどう問われるのでしょうか。名称変更の承認(認証)は、その最たるものだとも言えるでしょう。政治行政の当事者「責任」が問われないなら、まったく「憲法二十条」を踏み躙(にじ)ることになります。

 現総理が「質問権の行使」を決断し、「解散命令」を、というところまで導いた大きな理由は、自らの評判、つまりは「内閣支持率」の急激な下落の回復(挽回)にあると巷間では、広言(公言)されている。自らの延命策の一環として、この宗教を騙る「カルト団体」の行為を政治的に利用したという疑いは濃厚です。二重・三重に、憲法に違背する行為であり、被害者の人権を蹂躙する、権力の不当・不実な行為だと言わなければならないでしょう。

さらにこの団体の許されざる行為として「養子縁組」の強要があります。報道されているだけでも、「七百件超」もの違法行為がありました。養子縁組(制度の詳細は省略)は法律(民法)に基づく行為であり、当該団体は、ここでも違法行為を重ねていたことになります。「信者獲得」「確保」のあくどい「人攫(さら)い」というべきでしょう。詐欺商法を繰り返し重ね、家庭や子どもを食い物にし、信者を迷妄に導く、許しがたい兇徒・暴徒集団だといいたくなります。これを宗教集団として「認証」するというのは筋が違う。宗教ではなく詐欺商法集団にほかならないからです。

 数々の違法行為や、人権侵害を繰り返してきた団体ではありますが、これまでまったく放置されてきたのは、政治権力の「庇護」、いや「癒着」「もたれ合い」のもとにあったからだとするなら、もはや取り返しのつかない、宗教団体と政治団体との共謀による「法治国家における犯罪」です。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という「勝利至上主義」は、この島社会のあらゆる部面を汚濁し、堕落させ、損壊させてきました。この一連の「宗教法人法」に基づく政治判断が、どこまで進められるか予断は許されません。ぼくは相当に悲観しています。政教癒着が行き着いた結果が、今回の「銃撃事件」であり、不当かつ不法な人権侵害の「暴露」「顕現」でありました。(このような癒着は「信教の自由」に名を借りた政教野合であり、決して「統一教会」と「政権党」だけに限定されない問題です)

 ここでも「他山の石」という俚諺を持ち出しておきたい。

 宗教を騙り、人心を惑乱させ、神仏の存在を疑似餌にする「時代病」「アヘン依存症」の大量生産は、ますます増長の度を深め、空気感染力を強めているのです。この島社会は、どう考えても「偽宗教国家」に成り果てようとしているのです。このまま放置していたら、中東のイスラム諸国のように、驚くべき「禁忌」や「戒律」に支配され、近代社会の「光明」が一気に消されかねない事態を迎えることになっていたかもしれない。「信教の自由」を標榜するものは、別(他者)の「信教の自由」を阻害する傾向にあるのは事実です。まだまだ、この島社会は「宗教国家」とはいえないかもしれないが、自由にものが言えない、自由に話すことができない時代のとば口に入りかけているのは事実です。なにかあれば、「個人の権利」「個人情報の保護」という「決まり文句」を盾に、あらゆる情報が遮断されかかっているではないか。「墨塗り社会」はすでに出来上がっています。「公明」「公正」が風の一吹きでかき消されてしまったのです。(「オウム真理教」の再現のような、極めて憂慮すべき事態が進行していたという驚愕の事実に、ぼくたちは無知・無関心であり続けるんですね、ことここに到っても)

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 旧統一教会の解散命令請求可否を判断へ 初の質問権行使を永岡桂子文科相が表明 永岡桂子文部科学相は22日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対して、宗教法人法に基づく質問権を行使した。1995年の法改正に伴う権限創設以来、行使は初めて。文科省は、献金を巡る旧統一教会などの賠償責任を認めた22件の確定判決を把握しており、判決などを基に調査を進め、解散命令請求の可否を判断する。(榎本哲也)/ 文科省によると、権限行使の通知は22日午後5時15分ごろ、書留で旧統一教会に送った。組織運営関連の書類、収支財産を記した帳簿類の提出を求めている。期限は12月9日。/ 宗教法人は役員名簿や財産目録の写しなどを毎年、所轄庁に提出しているが、文科省は、それでは調査に不十分だと判断した。/ 宗教法人法では、法令に違反し著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為などがあれば、裁判所が解散を命令できると定める。/ 文科省の調べでは、旧統一教会や信者の賠償責任を認定した民事訴訟の確定判決が1994〜2021年に少なくとも計22件あり、賠償額が計14億円に上るとしている。/ こうした事実が解散命令の要件に該当するかを立証するため、宗教法人審議会の答申を経て、質問権行使に踏み切った。今後、提出された書類などを分析して、行為の組織性や悪質性、継続性が明らかになれば、解散命令を裁判所に請求する。/ 必要なら、再質問や面談、教団の同意を前提とした立ち入り調査をできるが、事前に宗教審の了承が必要となる。/ 永岡氏はこの日午前の閣議後会見で、質問内容が憲法で定める信教の自由を侵害しないかについて「宗教審で議論しており問題ない」との見解を述べた。(東京新聞・2022年11月22日 20時28分)

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「奇跡はロスタイムに起こる」って?

 「断末魔」という。「仏教では、末魔に触れて命を断つこと。末魔はサンスクリット語のマルマンmarmanの音写で、『関節、致命的な部分、傷つきやすい場所』を意味し、結局『急所』のこと。特殊な急所に触れて、末魔を断てば死に至ると考えられ、また末魔を打てば精神に異常を生ずるともいう。転じて、『まさにいまわのきわの苦しみ。息を引き取るまぎわの苦しみ』をいい、『断末魔の苦しみ』という」(ニッポニカ)末魔に触れられて、のたうち回るということでしょう。今や、七転八倒の苦悩・苦悶状態にあるというのが、この社会の内閣であり、政府でしょう。「とかげの尻尾切り」よろしく、次々に不祥事が発覚する「大臣(おとど)」の首の挿(す)げ替え音頭や、取替囃子が鳴り渡っています。この大混乱も、ぼくには「断末魔」闌(たけなわ)の図にしか見えないが、諸大臣を任命させられた(任命を強いられた)現総理は、脱毛に苦しみ、恐らく胃潰瘍も併発していそうですが、潔く身を引くということを知らないようです。神経があってのことか、無神経のゆえに「危機感ゼロ」なのか、とにかく延命治療に躍起になっているようです。

 辞任騒ぎが起こるたびに「任命責任は私にある(ほんとか?)」と宣(のたま)い、「その責任は重く受け止める」と、(神妙を装って)じつに軽々しくいう。「鼎の軽重」が問われているんですが。聞く耳はお持ちではないようです。責任を取るというのは、身を引くということでしかありません。「捲土重来を期す」というではありませんか。「失敗は成功の母」とも。潔く、と行きたいですね。しかし、死に体になったら、怖いものなしで、なにを仕出かすか知れないのも「小心者」特有の気味悪さです。入れ替わり立ち替わり、登場人物は同じではないのに、どうしてこうも「そっくりさんたち」が引き上げられるのか、ぼくには不思議でもなんでもありません。天下の永田町色に染め上げられた「御仁」たちですから、似ないほうが不思議というもの。そうこうしている間に、この社会の持ち時間(寿命)は、タップリあるといえばあるし、もはや「ロスタイム」に入っているとも、ぼくには思われます。

 奇しくも三十年前の「ドーハの悲劇」の舞台が回り始めました。ロスタイムの一瞬に「一発逆転」を狙いたいところですが、走れない、守れない、自分のパフォーマンスばかりにかまけるし、肝心のボールを見失っている選手ばかりで、ひょっとして、相手はグラウンドにはいないのかもしれない。つまりはもう試合は終わっている(ゲームセット・タイムアウト)のだ。観客の誰もいない競技場で「下手な(シャドウ)ボール回しをしている」姿が、かすかに見えています。「やっている感」ですね。歓声は絶えて聞かれない。(あっ、キャプテンが「ハンド」を犯したようだ。ここで、ゲームセットのホイッスルが鳴らされました)

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 「徒然日乗」(XXX I~ XXXV)

▼ 今年の二月に冬季北京五輪が開催され、二十日まで続いた。その記憶がすっかり消え失せてしまったのは、高速度で老化現象が進んだせいばかりでもなさそう。閉幕式の四日後に「ウクライナ侵略」があったし、今なお、「停戦」の気配すら見えない、その長期間の関心の意識的持続が、ほぼ同時期の「民族の祭典」の記憶を失わせたのだ。▼ 数日前にウクライナの隣国ポーランドに「ロシア製ミサイル」が着弾、二名の村人が亡くなった。いち早く、ロシアが発射、とウクライナはいい、米国大統領はロシアからのものではない証拠があると声明。真相は不明だそうです。▼ 大方はウクライナの迎撃ミサイルが着弾した(ようだ)というが、さて、と素人は首を捻(ひね)る。長期戦の疲れは当事国にも、支援する側にも激しさを増している。「停戦」「終戦」を促す報道が出てきたり、ロシア側もテーブルに付きたい素振りを見せている。どこかで、誰かが(引導を渡すために)糸を引いているのではないか、これが素人の下衆の勘繰りです。▼ こんなお節介ができる国は(AかBかCかDか)、そんなにあるわけではない。ウクライナの頭越しに、今や「終末」に向かっているように、筋書きは書かれている気もするのです。なにはともあれ、「戦争」が終わるのはいいことだと、諸手を挙げて賛成したいのだが。(「徒然日常」・XXXV)(2022/11/20)

▼ 憲法第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。/ ② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。/ ③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。▼ この二十条の規定に照らして、ある宗教法人の認証を取り消し、解散を命じるかどうかの議論が国会でなされているらしい(偽装を疑っているのです、ぼくは)。仮に解散命令を出す根拠として、これまで下された「有罪判決」を持ち出すなら、この間の政治的不作為(民事・刑事両裁判で違法行為が認定された)を、一体どのように解消・整理するのか。すでに違法であると判断されていたにもかかわらず、その脱法行為を見逃した(無視し、放置した)責任はだれが取るのか。▼ 「解散命令」を出すという姿勢(ポーズ)は「目眩まし(儀式)」、悲しいかな、アリバイづくりとしか受け取れないのだ。(「徒然日常」・XXXIV)(2022/11/19)

▼  露の世は露の世ながらさりながら(一茶) ぼくの非常に好む句の一つ。この世の儚(はかな)さは、まるで露のごとくとは知っているけれど、でも(やはり)儚いなあ、なんとも致し方ない儚さだ、それでもなあ…。これは「さと」が幼くして亡くなったときの句です。文政二年(1819年)正月を祝って、その六月に「疱瘡」で身罷る。満二歳。ご難続きの一茶でした。その年には脳溢血だったかで、一茶自身が倒れ、不幸のどん底に沈んでなお、「露の世は露の世ながらさりながら」でした。地獄に行って帰ってきたような、そんな時期の、弱気と強気の糾(あざな)える縄を編んでいたのです。(「徒然日乗」・XXXIII)(2022/11/18)

▼「権利の保障が確保されず,権力の分立が定められていないすべての社会は,憲法を有しない」と書かれた文書(条文)があります。国民各人の権利は蔑ろにされ、三権分立が踏みにじられている国家・社会とは、まるで、今日の何処かの(複数ある)国のようではないか。議会は無視、内閣独裁で、立法も司法も無用にする、憲法のない国家・社会。「国葬」規定は存在しないのに、閣議決定で済ませる。ある島国の、この二十年ほどの「政治状況」は、まさに「憲法のない社会」でした。そんな無法・独裁の社会の出現・実現を、多くの国民は望んでいたのか。▼ 総理大臣が率先して「憲法改正」を言い出すという前代未聞の珍事が罷り通り、その張本人は「憲法違反」をものともしない政治活動の故に凶弾に倒れ、「無憲法国」による「国葬」で弔われたという茶番。(先に掲げた文書は何か。現国会議員の何人が、この「条文」を知っている(読んだことがある)か。怖くて尋ねられないほどの為体(ていたらく)であり、頽廃(たいはい)の極地だな、この東海の一小島の現実は)(「徒然日乗」・XXXII)(2022/11/17)

▼ 今は朝の六時半。日の出は6時16分。昨日来の寒気も緩み、日差しが眩しくなってきました。この時期になると「冬景色」という唱歌を歌いたくなります。「烏啼きて 木に高く 人は畑に 麦を踏む♪」 近所に(乳牛)牧場があり、その飼料を狙うためか、カラスの溜まり場が方々にある。木に止まって鳴くという風情は微塵もない。かなりの悪戯をする。庭仕事の休憩用にと、外のテーブルに置いていた「茶菓子」を盗まれたり、入れ替えた水飲み場はすぐに汚されたり。屋根を歩くときは、人間なみの足音を立てる。その他、なんとも騒々しい鳥ですね。ネズミや蛇を食料にするために捕獲する様子を目にすることもあります。獰猛というか。それにしても、うるさい、野菜や果物を横取りする、追っかけると襲ってくる。一度など、行く先を阻まれて威嚇されたこともあります。▼ 夕方五時に防災無線から「夕焼け小焼け」が流れると、一群となって塒(ねぐら)に帰る。近間の高い松などの樹上にあります。なかなか規則正しい生活を送っているようです。雨にも風にも負けない強さがある、視力は抜群だし、瞬発力も凄い。カラスの近い先祖は何だったのかと、大いに関心を唆(そそ)られます。▼ 今日の「冬景色」ですっかり姿を消してしまったものに「人は畑に 麦を踏む」という情景があります。十年ほど前にはわずかばかり残っていました。当節の「麦」輸入品値上げ問題からも、この島でも「自給」栽培が復活することを大いに願っている。小さい頃の「麦踏み」を、寒風の冷たさといっしょに懐かしく思い出します。(「徒然日乗」・XXXI)(2022/11/16)

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「適材適所」が聞いて呆れる、暗愚政治

 適材適所 (right person in right place)~ もうずいぶん昔になりましたが、まだ法隆寺の宮大工・西岡常一さん(1908~1995)がご存命の頃、いたく感動した話が、いくつもありました。中でももっとも教えられたのが「適材適所」という言葉の極意というか奥義というものでした。西岡さんは法隆寺専属(お抱え)の棟梁で、祖父から数えて三代目だった。法隆寺の修復や薬師寺東塔の再建に大きな役割を果たされた。木造建築のもっとも肝心なところは、どこにどんな種類の木材を使うか、梁や柱、天井板、壁・床材などなど、どんな土地(山麓か平野か、気候はどうか)の、どんな場所(日向か日陰か)に育った木か、それを間違えないように配慮するのは、言うまでもない。今では安直に使われるようになった「適材適所」がそれだ。「人材」などという、嫌味な言葉がありますが、「木材」からの派生語だったでしょう。人間も木材(材木)並みになったということだし、使うより使われる人間が重宝される時代になったことの現れです。そこで問わ(れ)なければならないのは、「棟梁」(上に立つもの)の技術と見識です。(いい点数を取ったり、試験に合格して、それで家が立つなら話は簡単だ。そんな家に誰が住むものか、そうも西岡さんは言っていた)(木造の建物、その生命は「木組み」だと、その美しさも、寿命も、「木組み」の妙を得て初めて達成されるのでしょう)

 宮大工棟梁の一番の仕事は材木選び、早くから「木材を買うなら、山を買え」と言われたほどでした。木の種類選びから始まり、建物を建てる際に求められるあらゆる技量が棟梁になければ、家は建つだろうが、雨漏りがしたり、傾いたり。まもなく壊れるのが落ちである。内閣という「大家」建造の差配をする棟梁、それが「総理」だが、肝心の棟梁がクズ(グズ)そのものなら、用いられる大臣はクズ(グズ)以下が相場。「適所」の内容を把握できなければ、「適材」を配しようがない。ぜんたいをみとおして、どのようなたてものになるか、それを予め描けなければ寺などは建つはずがないのです。それは、国造りに関しても言えることでしょう。大きな事は言いません。この内閣では何が求められているか。その仕事の内容(適所)にふさわしい人を配置する(適材)、あんなことを委細構わず、当選回数による順送り大臣、派閥の親分の指令を黙認するだけの「指定席大臣」を任命するならのが「棟梁」の仕事だというなら、それは程度のきわめて下劣な、「下請け」でしかない。「塔組は 木の 癖組み 人の 心組み」これが西岡さんのバックボーンとなっていました。

 「適所に適材を」が元来の意味だった。畳の下に使われる「杉板」を床の間に使う、檜を押入れの壁材にするような、無思慮の出鱈目が目に付きすぎる。己の息子を秘書官に採用し、選任理由を質問され、「総合的に判断し、適材適所で」と答えた。万事休す。「親子馬鹿」というほかない。総理への執念だけで生きてきたような安穏(極楽とんぼ)な「人材」に、それらしい仕事がなにもできないのは、初めから「不適材不適所」だったから。この「日本(大和)」という木造建物は、シロアリに喰われ、壁が剥がれ、床が抜け落ち、至るところにガタが来て、手の施しようがない。瓦解が相当に進み、倒壊一歩手前か。公私の弁えのない能天気が総理や大臣の椅子に(臭気を撒き散らす)色気を、それこそ脇目もふらずに振りまくという「政治と政治家」。人民を襲う、この不幸は、いつどのようにして止むのだろうか。

 【日報抄】「ちょっと何言ってるか分からない」。相方のボケに突っ込む、お笑い芸人のせりふを口にしたくなった。突っ込む相手は総務相を更迭された寺田稔氏である▼「政治とカネ」の問題が相次ぎ、説明責任を果たすことが求められた。政治資金の所管大臣でありながら、自身の政治資金に関する釈明に連日追われる姿は異様だった。政治資金に対する国民の信頼は、すっかり揺らいだ。にもかかわらず、自身の説明ぶりについて「地元の方々からは『説明に感心した』という声しか聞いていない」と悪びれずに語った▼これは漫才でいうボケだったのか。ボケでなく本当にそんな声しか聞いていないとしたら、世間の実情を正しく把握できていなかったことになる。閣僚、政治家としての資質に疑問を呈されてもやむを得ない▼7世紀、唐の第2代皇帝の太宗(たいそう)は重臣の魏徴(ぎちょう)に名君と暗君の違いを尋ねた。魏徴の答えは明解だった。「君の明らかなる所以(ゆえん)の者は兼聴(けんちょう)すればなり。其(そ)の暗き所以の者は偏信(へんしん)すればなり」▼つまり名君は多くの人から多種多様な判断材料を得て、適切に判断を下す。これに対し、暗君は特定の人からの耳障りのよい意見ばかりをうのみにしてしまう。リーダー論として、あまりにも有名なこの故事を、本人もご存じないはずはあるまい▼先月来、岸田内閣の閣僚が交代するのは3人目である。前法相の更迭の際に小欄に書いた言葉を再び記したい。この内閣の「適材適所」とは何なのか。「辞任ドミノ」は現実となった。(新潟日報・2022/11/21)

 辞任ドミノが止まらない 寺田総務相更迭 苦渋の身内切り 政権に打撃 岸田文雄首相が寺田稔総務相の更迭を余儀なくされた。自民党岸田派(宏池会)所属、広島選出のいわば「身内」。だが「政治とカネ」問題が相次ぎ、かばい切れなかった。一カ月足らずの間に山際大志郎前経済再生担当相、葉梨康弘前法相に続く三人目の「閣僚辞任ドミノ」。苦渋の判断を迫られた首相の政権運営は厳しさを増す。(以下略)(中日新聞・2022/11/21)

 「政治とカネ」の問題が次々と発覚した寺田稔総務相が二十日に更迭され、岸田内閣はわずか一カ月で閣僚三人が交代する異常事態となった。山際大志郎前経済再生担当相、葉梨康弘前法相に続く不祥事で、岸田政権に大きなダメージになるのは避けられそうにない。中部地方の自民党の各県連幹部は任命権者の岸田文雄首相に説明責任を求め、有権者は「期待を裏切られた」と強く批判した。(以下略)(同上) 

 これは他国の出来事ではない。連日連夜、このような「恥の上塗り」のような場面が延々と続く、これが永田町の政治劇なんですね。いつだって、政治に満足することはないのが、ぼくには当たり前ですが、この二十年ほど、金をばらまく、(公共事業という名の、財政投融資という名の抜け道を使って)税金をくすねとる、それが政治であり、行政であると固く信じ、まるで人民(国民)の苦悩を見ない政治家や官僚たちが、この島社会を乗っ取ったというほかありません。国会審議を無視し、国民を人質にして、おのれの名誉や利権という「けちな褒章」を恣(ほしいまま)にしているのが政界の現実です。こんな国に誰がしたとは言うまい。国民の「教養」(背丈・寸法)見合った「政治」「行政」しか望めないのですから、結局は、選んだ側が責任を問われる、問われているのです。選挙する側とされる側の「癒着」「馴れ合い」「相身互い身」「持ちつ持たれつ」こそが、この社会の状況をここまで悪化させた一番の原因であることを認めるところから始めるしかなさそうです。投票した側の「選んだ責任」が問われないのは腑に落ちないね。問題を起こした議員を選んだ側には、すくなくとも「民主主義を貶めた」という罪がありますからね。(「見掛け倒し」「虚仮威し」「看板倒れ」などという「空疎」のさまを知らないんですか、みなさん)

 この手の不見識な、非常識な人間(政治家)を見ていて痛感するのは、人生は「勝ち負け勝負」。地位や名誉、あるいは金がなければ人生じゃないというほどの偏見に毒されているという、言葉を失うばかりの頽廃です。嘘をつくのが政治家の「必要条件」だと深く錯覚しているのです(ひょっとすると、本気でそう信じているのかも)。だからまともに話せば話すほど、嘘が嘘を呼び、相手を愚弄する(尊重しない)という雰囲気が止めどもなく漂ってきます。ぼくは政治や政治家に多くを期待(願望)したことはありません。それだけで、十分に不幸だという気もしますが、いつも言うように、政治家本人が、無条件に悪いと言いきれない悲しさがあります。その理由は、他でもありません。この社会の「学校教育」の肝をつぶすほどの「貧困」「偏見」「差別」です。序列、成績、偏差値などという安直な言葉に見られる、人間の質を問うのではなく、競争で勝つことが「正義」であり「善」であるという、救いがたい「迷信」「迷妄」に、教育関係者の多くが取り憑かれている、まるで狂信的な「学校信仰」であり「教育信仰」です。素朴に、生きることを考える人には絶えて見られない、「不遜と自恃」に溢れかえるような、そんな人間を生産するという蛮行に、まず学校が手を貸すことを止めなければ。(その責任の一端を担っていたという自覚の意識があるからこその、この「世迷言(よまよいごと)」です)

 「任命権者の責任を重く受け止めて」と、じつに軽薄にも繰り返す「任命権者」の惨めさを、国民の一人として、恥ずかしい気持ちを抱きながら、ぼくは感じるが、御本人は「惨めさ」などはいささかも感じていないのだろう。総務大臣の次の辞職(解職)候補大臣が、まだ後に何名も控えている。また「任命権者としての責任を重く受け止め」と、冗談にもならない冗談を垂れ流す「能天気」の余命は、疾くと尽きていますよ。責任を取ることを知る人は「重く受け止め」などと寝言を言わない。段取りを付けて、即刻辞任・辞職するね。

 (古い言葉で「男子の本懐」という表現がありました。いまは男・女を超えて「人間の本懐」を真面目に受け止めることが大事ですね、キッシー君よ)(富士山に登ることだけが生き甲斐、そんな気分が岸田という人間から立ち上っています。登ったら、降りるしか先はない。人民を途方に暮れさせないでほしい)

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窖ちかく雪虫まふや野辺おくり 

 【斜面】雪虫舞う 井上靖の自伝的小説として知られる「しろばんば」は、夕暮れに子どもたちが小さな虫を追いかけながら家路に就く場面から始まる。〈綿屑(わたくず)でも舞っているよう〉と描かれるのは雪虫だ。舞台の伊豆地方では「しろばんば」と呼ばれた◆秋が深まるころ、糸状のろう物質を身にまとって飛び交う。北海道では風物詩として初雪の予報とともに報じられる。綿虫と呼ぶ地域も多く、信州では「ゆきばんば」や「まんまん」の名も残る。1週間前、長野市内の公園で浮遊しているのを見つけた◆体長数ミリで羽がある。正体はアブラムシの仲間だ。普段は羽がなく、植物に吸い付いてほとんど動かず、雌が単独で子をつくる単為生殖で増える。秋になると羽を持つ個体が現れて別の植物へ移動。卵で越冬するために雄と雌が生まれる。宙を舞う雪虫は命をつなぐ一瞬の光景だ◆この不思議な生態を、フランスの博物学者アンリ・ファーブル(1823~1915年)も注目している。アリと共生したり他の虫の餌になったりする様子とともに昆虫記に書き留めた。当時は明確でなかった生態系の物質循環にも考えを巡らせている◆本紙の過去の建設標をたどると「雪虫を捕まえたり、つぶしたりすると、家がつぶれるほどの大雪が降るから放してあげなさい」と祖父から注意された思い出をつづる投稿があった。暖かい時季は爆発的に増えて植物を枯らす嫌われ者だが、冬を前に頼りなげに漂う姿はどこかいとおしい。(信濃毎日新聞・2022/11/20)

● ユキムシ(ゆきむし / 雪虫)=晩秋から早春にかけて現れる一部の昆虫の俗称であるが、大別して二通りのものがある。その一つは、晩秋から初冬のころに北海道や東北地方でみられるもので、白い綿状の分泌物をつけて飛ぶ小さな虫をいう。これらは半翅(はんし)類のアブラムシ科の一群(リンゴワタムシ、ナシワタムシ、トドノネオオワタムシなど)で、雪の降り出す季節に無数に飛び立ち、それが粉雪の舞うようにみえるので雪虫とよばれる。人々はこれを目当てにして冬仕度をし、俳句の季題にもなっている。これらの虫では秋が深まるとはねのある雌が産まれ、綿状の蝋(ろう)物質をつけて飛ぶ。ほかの一つは、雪国で早春に雪上で活動する昆虫のことを雪虫とよび、トビムシ類のクロユキノミなど、カワゲラ類のセッケイカワゲラなど、双翅類のユキガガンボ、クモガタガガンボ、イマニシガガンボダマシ、フユガガンボ、アルプスケユキユスリカなどが含まれる。(ニッポニカ)

● あぶら‐むし【油虫】1 (「蚜虫」とも書く)半翅目アブラムシ科の昆虫の総称。体は5ミリ以下でやわらかい。のあるものとないものとがある。草木に群れて汁を吸う。春・夏は雌のみの単為生殖で雌の幼虫を胎生する。秋になると雄を生み、有性生殖で卵を産む。排泄物は甘く、他の昆虫が好み、種類によりアリと共生するのでアリマキともいう。ゴキブリの別名。《 夏》「ねぶたさがからだとらへぬ―/汀女」 人につきまとってただで遊興・飲食をするものをあざけっていう語。「―といふは、虫にありてにくまれず、人にありてきらはる」〈鶉衣・百虫譜〉 遊里で、冷やかしの客。「本名は素見あざ名は―」〈柳多留・三七〉(デジタル大辞泉)

 この小説をいつ頃読んだのか、すっかり忘れています。はるかな昔ではなかったのに、その後、でたらめに無駄ごとを脳細胞に詰め込みすぎた、その祟(たたり)であろうと、臍(ほぞ)を噛んでいる。ぼくが毎日、各地各紙の「コラム」に触れるという日課は、忘却の彼方に追いやられている種々雑多な記憶を、普段ほとんど開けてみることもなくなった「記憶の物入れ」の扉を開けることで、その下手物知識(記憶)のいくつかが、ありありと蘇ってくる、そんな楽しみが忘れられないからです。ぼくは井上靖さんはかなり読んだし、その生き方がぼくには好感が持てる作家でしたから、なおさら「しろばんば」の「洪ちゃん(主人公)」に、突如再会したような懐かしさを覚えます。恐らく学生時代に読んだはずですが、ぼくには難しい小説(自叙伝)だった。今から思えば、大人社会の確執や闘争、あるいは柵(しがらみ)に翻弄される小学生(井上靖)が主人公だったから、なおさらに背伸びをしてまでも見たくなるような、「大人社会」ではなかったからでした。井上さんは、大学を八年かけて卒業した時には結婚していて、子どももいたといいます。文字通り、柔道一直線だったからか。伊豆は、若い頃に幾らか歩いたことがあります。それだけでもなんだか懐かしい。まったくの無防備で雨中の天城高原にも登りました。物を知らないというのは、恐ろしいことでした。(左は伊豆湯ヶ島「浄蓮の滝」)

 小説の内容はともかく。いったい「しろばんば(雪虫)」を見なくなってからどれくらいの時間が過ぎたのでしょうか。この昆虫の軍団を毎夕のように見たのは、石川県在住の頃でしたから、すでの七十年余が過ぎました。その時、これを「雪虫」と呼んでいたか、あるいは別の名前で読んでいたか、その記憶はありません。暮れかかること、かすかに一群の虫だかなんだかが降り注いでくるような、そんな光景を懐かしく思い出している。じつに物悲しい場面が浮かんでくる。雪虫にはさまざまな異称があります。「綿虫」「大綿」「しろばんば」その他。それに引き換え、今でもたまに遭遇する「蚊柱」、こちらはとにかく騒々しい。だからこそ、物言わず、静かに降ってくる雪虫の「怖さ」もまた独特のものだったと記憶を呼び覚ましているのです。

 打ち明けてしまえば、「雪虫」は「アブラムシ科」の一群だという。アブラムシを「ゴキブリ」というところがあるし、ぼくもそう読んでいました。ゴキブリは、これまた世界中に生息する昆虫で、何でもかんでも「ゴキブリ」と呼ぶような雰囲気があります。「あの野郎は、ゴキブリみたいなやつだ」などと、誰彼なしに罵ったりします。ご当人に悪いのか、ゴキブリに申し訳ないのか、どちらにしても目の敵、嫌われ者の最上位に位置するらしい。ぼくは決してこれらが好きではありませんし、いつだったか、南米のある地方ではこれを「食料」にすると聞いて、魂消(たまげ)たことがありました。ところが、これを食用にしているのは、日本を始め、各地にあるのですから、人間は驚くべき「雑食」動物なんですな。この島では「ゴキブリの唐揚げ」「佃煮」などが有名だそうです。

● ゴキブリ=ゴキブリ目に属する昆虫の総称。俗称アブラムシ。体は著しく扁平で,黒色ないし淡褐色。全世界に3700余種,熱帯に多い。陰湿な場所を好み,夜間活動して摂食する。チャバネゴキブリは体長10mm内外で日本全土に最も多く,ほかにクロゴキブリ,ヤマトゴキブリなど人家内に定住して病菌の媒介をし衛生害虫となる種類が少数いる。駆除法はトラップの使用,殺虫剤の塗布など。(マイペディア)

 「雪虫」から、があらぬ方向に無駄話が流れていきました。実際に「雪虫」を目にしなくなって数十年が経ったことを、あらためて知り、驚いています。この世界から消えるはずもないので、暮れなずむ刻限に外に出なくなっただけなのかも知れません。いや、これもまた「温暖化」の影響で、どこかに隠れてしまったのかも知れません。しかし北の地方からは「雪虫」の報告がいまなおなされていますから、きわめて限られた地方にのみ見られなくなったのでしょう。その昔、体についた「雪虫」を指で触ると、ネバネバした感触が残り、とても気分が悪かった。正しく「アブラムシ」の一種でしたね。家庭菜園で、トマトやきゅうりなどを植えていたりすると、必ずやってくるのが「アブラムシ」でした。それを指で摘みとったときの感触に、そういえば「雪虫」のときとよく似ていましたね。

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 気のせいですか、雪虫を詠み込んだ俳句も、なんだか物悲しい雰囲気のものが多いように感じます。そのうちのいくつかを。

・憂き日なり綿虫あまた飛ぶ日なり (相馬遷子) 

・漂ひて綿虫は死の淵に沿ひ (飯田龍太) 

・雪虫や俄かに君が他界せし (瀧井孝作) 

・雪虫を見てよりこころさだまらず (石川陽子)

・窖(はか)ちかく雪虫まふや野辺おくり (蛇笏)

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 人生の核心(真髄)は、’do it myself ‘ ですね

Coming off of a two-year, Vancouver-to-Patagonia bicycle trek, the last thing Martijn Doolaard wanted to do was travel. In late 2019, he’d just finished his second long-distance bike trip, a solo journey down the west coast of the Americas that he spent camping, documenting, and writing about for his second book, Two Years on a Bike. This was new terrain for Doolaard, though he’d made similar voyages before. Prior to releasing this second offering, he’d spent 2016 and 2017 cycling from Amsterdam to Singapore, which he summed up in his first book, aptly entitled One Year on a Bike.

Retiring the bike in early 2020, Doolaard felt it was time for something new, something a bit more permanent. During his travels, he’d picked up a new obsession: homesteading, a trend that became more and more popular throughout the pandemic as people around the world reconnected with the outdoors while also feeling a sense of uncertainty toward the future.(Omitted below)(https://sharpmagazine.com/2022/10/11/martijn-doolaard-interview-homesteading/)(下の写真も「SHARP」誌から)

 この著者(1989年12月生まれ)について、ぼくは知らないままに時が過ぎていました。(右の「バイクで一年」をいつだったか読んだことがありました)若い頃からのナチュラリスト(反文明派)と言っていいのしょう。ぼく自身も「野生児」の素質は多分に持っていましたので、マーティンさんの時間の使い方に大いに刺戟されていた。昨年でしたか、何気なしにネットを見ていたら、見覚えのある顔が出ていました。それもイタリ西部のアルプスの一角から。(詳細は省きます)彼は標高六百メートルだったかの山岳地帯に石の家(廃墟)を購入し、それを、骨組みは残したままでリニューアルしようというのです。偶然見た、その景色・景観のみごとさと、その自然景観をすくい取るカメラワークの素晴らしさ(何とも言えない洗練された「センス」の穏やかで鋭い切れ味に惹かれます)に肝をつぶしました。彼はカメラを操り、デザインを物にし、料理もなかなかと、多方面の仕事師(プロ)だったのです。本当に才能が豊かな人を実感する。(彼には数冊の著書があります)番組で流される音楽が、なんともいえない奥ゆかしさを出しています。その趣味の良さも感じさせられています。

 今の時代を席捲(せっけん)している感のあるユーチューブ(youtube)番組の中でも、ぼくは好んで家造り、その多くはログハウスです、みずからその仕事を手作りでする(DIY)、そんな番組をたくさん見てきました。恐らく二、三十を数え上げることは簡単にできそうです。それはそれで、ぼくは堪能しているのですが、この百年以上も前に作られた石造の廃墟にいどみ、それをみずから黙々と仕上げていく根気と段取りのよさに、ぼくは感心してしまいました。ここに紹介しようとする一本の番組は、廃墟から始まります。(実は、ぼくが憧れていたのは、こんな手仕事の日常でした)アルプスの所在地はピエモンテ州(左図)。首都はトリノです。番組ではしばしばワインが出てきます。イタリアはどこでもいいワインがあります。(ぼくの友人はピエモンテ産が大好きで、店もその名の、イタリヤ料理屋に何度か誘われたことがありました。遠い昔の話です)

 無駄話です。いまから二十年ほど前に伊豆半島の天城高原に、やはり標高六百メートルの地に約七百坪の土地を手に入れ、手作りは無理としても、それなりの素朴な山暮らしを送る予定でした。東側は相模湾が一望できるところです。そこで拙い原稿を書きながら、忙しくない時間を送ろうかなどと考えていたのでした。しかし、実際には、世間の付き合いが多忙を極めたため、さらにはいくらかの病気に襲われたりして、遂に初期の願いは放棄するにいたり、土地は、手つかずで放置していました。(希望者がおられたら、お安く譲りたいと考えているのですが)

 マーティンんさんの「映像(画像)」を見るにつけ、「人間の生活」 ー 「どういう場所で、どういう生活をするか」ということをしみじみと考えたりしています。彼は多彩な人ですが、また人望もあるのでしょう、ネットでつながった若者が世界各地から訪問して、仕事を手伝うという場面もありますし、旧知の友人たちも、時には手を貸すように山中にでかけてきます。彼の人柄には、他者を寄せ付けつ(寄り付きたくな)るほどの懐の深さがあるのかもしれません。この先、この「家造り」がどういう展開になるのかぼくにはわかりませんが、おそらく石造りの「納屋」は見事に再生され、また新たな生命を紡いでいくことになるのでしょうね。雨も嵐もあるのが人生です。晴天ばかり、悪天候続きなどは考えられないものです。この山上の生活の質をも描きだそうとしている番組を観ていると、素朴極まりない石造りの家で人生を送った、多くの人々の「不便」で、「野蛮」でもあった生活の「面影」に思いを致し、文明波浪に洗われている現代人の「無機質な生活」の行く末を考える機会にはなりますね。

 Martijn Doolaardhttps://www.youtube.com/c/MartijnDoolaard/featured

 もう数年前から、ぼくは「今は、youtubeの時代」だと言ってきました。ぼく自身はそれをする興味はないし、時間も持っていない。多種多様な番組が氾濫している中で、わきめて限られた範囲でしか、それらの番組を見ないのです。そういう制限された中でも、この手の「作品(物作り)」に引き付けられ、大いに無駄な時間を堪能している。現在地に引っ越してから、気になっていたことの一つが、土地の形状でした。自宅の敷地の裏側が法地(急斜面)でしたが、造成時に十分に手間ひまをかけなかった(金も)せいで、大雨などには危険な事態が予想されていました(高低差は五メートル程度)。平地には約30トンの山土を搬入しました。法面には竹や杉や檜が植栽されていたのですが、景観的にもあまり好みませんでしたので、少しずつ時間をかけて、ぼく自身の手(ノコギリ)で樹木や孟宗竹を伐採してきました。明るくはなった分、造成をし直す必要を感じだしていた。それなら、ここに「石垣」を作ろうと、知り合いの石屋さんに相談した。あまり大きな石ではなく。手頃の石を積んで、少しでも斜面が崩れない算段をと考えていた。そうこうしているうちに、時間も経過し、ぼくは八十の手前まで来ました。武田信玄でしたか、「人は石垣」といっていたのを思い出している。でも、やはりというか、老人と石垣などとは洒落にもなりません。

 前々から「石垣作り」のノウハウもそれなりに学んできました(もちろん自己流です)ので、来年の春ころから、どこまでできるか皆目わかりませんが、少しずつ積み上げようと愚考しています。マーティンさんは四十歳前です。彼に刺激されての、「八十の手習い」のようでもありますな。植木の剪定はお手の物で、相当数の樹木も数日がかりで仕上げてきました。無理はしないで、自らのできる範囲で、なにやかやと仕事をするのは、いろいろな面において悪いことではないでしょう。そういうことが始められるようになったら(それくらいに元気が持続していたなら)、この駄文集も一新して、動画もふんだんに取り入れ、世間に向かって「悪態をつく」度数・精度を深めてみたいですね。

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