『みんなのために個人が犠牲になれ』

【憂楽町】本名でいきづらい社会=鵜塚健(社会部大阪グループ)
ウェブサイトを通じて事前に予約、決済するのは今や当たり前だ。当日ホテルで宿泊を断られる人はまずいないだろう。それでも拒否された人がいる。理由は名前だ。/生まれも育ちも関西。兵庫県内の大学で社会学を教える40代の女性だ。在日韓国人3世。ずっと通名(日本名)で育ったが、研究者として書籍を出版する際、「誇りを持ちたい」と本名を名乗ることにした。長く研究に協力してくれた男性に初めて本名を伝えると、「韓国人なら協力しなかった」と食事の席でどなられた。大学の講義後、学生が提出するペーパーに「韓国に帰れ」「殺す」と書かれたこともある。想定外の痛みが続いた。/日本には約412万人の在留外国人が暮らす。かつて植民地下だった朝鮮半島、台湾にルーツがある人やその子孫は、日本人に近い安定した権利が保障されている。女性もその一人。一般の「在留カード」とは違う「特別永住者証明書」が発行され、常時携帯する義務はない。/2024年9月、女性は仕事で東京・新宿のホテルを訪れ、フロントで本名と住所を書いた。「外国人の方はパスポートか在留カードの提示を」と求められ、丁寧に説明した。「私は特別永住者。在留カードはなく、証明書は携帯していません」。職場の名刺も見せたが、宿泊を拒否された。やがて代案が示された。「日本名があるなら、それを書けば泊まれます」。名前は自身のルーツや誇りが詰まったものだ。用途に応じて切り替える「道具」ではない。断って路上に出た。涙があふれた。/女性は25年5月、「宿泊拒否は人種差別にあたる」としてホテルに損害賠償を求めて神戸地裁に提訴した。今年9月、女性は法廷に立った。背筋を伸ばし、過去の痛み、提訴に至るまでの思いを淡々と語った。「本名で生きづらい社会とは」「日本人のふりを求める社会とは」。問われているのは私たち一人一人だ。(毎日新聞・2026/10/04)

⁂「週のはじめに愚考する」(139)~「無知は罪」といいたくなります。その昔、アメリカの流行歌(ポピュラーソング)で「嘘は罪((It’s a Sin to Tell a Lie’)」、作曲はビリー・メイヒュー(Billy Mayhew)が大流行をしました(1936発表)。今でもしばしば聞く機会があります。たくさんの歌手が歌っていますが、ぼくはパティ・ページ(Patti Page)を好んで聴きました。また、「論語(「学而」)」に「過則勿憚改(過ちては則ち改むるに憚ること勿れ)」とあります。「無知」だから、間違えるのが当たり前、でも、それが間違い(過ち)だと気が付けば、直せばいいではないかというのが、肝心なところでしょう。「自分は知らなかった」「それは間違いだった」と気が付けば、それを認めて間違いをただす。たったそれだけのこと。

 このことができない人間が多すぎます。今、矢面に立たされている、嘘つき農水大臣、「表現ぶりが一部誤解を招くものであった」「「誤解を招くような部分については真摯に受け止め、今後こういった誤解を招くようなことがないように、しっかりと職務に臨んでまいりたい」(FNNプライムオンライン・2026/10/02)まるで、自分は悪くない、「誤解した方が悪いんだ」といっています。「選挙で協力しない自治体の予算はカットする」と断言した、猫や犬が聴いても「誤解できない発言」でしたから、潔くない「弁解は嘘」、つまりは「罪」を犯しているのです。

 嘘つき大臣(の嘘)と在日コリアン女性が被った「被害(差別)」を同列に扱うのは穏当ではないといわれそうですが、「自らの間違い」を糊塗するという、人間に共通する「弱さ」を自らに隠す点では、大臣もホテル側もまったく同じで、それは「罪」であり「犯罪」にもなるでしょう。在日コリアン女性が受けた差別を不問に付さないで裁判を以て訴えたことに対して、様々な誹謗や中傷があったというのですから、まさに、「無知」をものともしないで好き放題に「差別する輩」が瀰漫している、無知者天国、それが世の中だといってしまえば、問題はそこで行き止まり。この社会で、こんなことがいつまでも起こり続けているのは、単純化していえば、要路に立つ人間もまた、率先して恥ずかしげもなく「差別主義」の旗を立てているからでしょう。「在日朝鮮人・韓国人への差別」は、それこそ秀吉の時代から続く、この国の「伝統」になったようなもので、著しく恥ずかしい。いずこも同じ秋の夕暮れで、米国の「国柄」になったような、白人社会におけるの黒人差別、ドイツ・ゲルマン社会ののユダヤ人差別と、数え上げれば、国家単位の大掛かりな政治に根付く「差別」が、今なお、個々の国民の意識を縛っているということでもあるでしょう。

 「在日コリアン」について、ぼくは、それこそ中学生以来、関心を持ち続けています。ぼくにとっても積年の宿題のように、長く「在日問題」を授業の主題にしてきました。歴史を知らない。知ろうとしないことからくる「無知」は本当に怖いですね。この「宿泊拒否」を裁判に訴えられたホテル側は「悪意はなった」という。「悪意があったうえでの拒否」なら、立派な犯罪だし、「悪意」がなくとも、「無知」から間違いを犯したのだから、「過則勿憚改」というばかりです。間違いを認めないというのは、それが「間違いだと知った」上での差別につながっていませんか。だから裁判の結果は明らかでしょうが、この国の現状を見ていると「安閑とはできない」という疑心もわいてきます。推移に関心を持ち続けたいものです。(右は「嘘」ブールジェ作、内藤濯訳・岩波文庫)

 余談 自分の無知から大きな「間違い発言」をした政治家が、最近もいました。「台湾有事は日本の有事」、「いったん有事が起これば米国は戦艦でやってきて、中国と応戦する」「こうなれば、間違いなく(日本国家の)存立危機事態だ」といって、内外から「発言の誤り」を指摘されながら、いっかな「改めない」ままで、結果手には中国とは、ある種の「外交断絶状態」にあるという、お粗末かつ恥ずかしい一幕です。自分の間違いを自らで直さないで「アメリカに仲を取り持ってもらおう」と、ご忠言に及んだのでした。(日中会談では「米中の中に楔を売ったと」さ。そしていうことには、「中国と仲良くしてくださるな」だってさ。本当にそういったのか、ぼくは大いに疑っています。打二次世界大戦中、「米中は同盟国(米大統領)」だった、「米中は肩を並べて、日本のファシズムと戦った、そしてそれに勝ったのだ(中国主席)」と、驚くべき「抗日発言」が世界中に公表されたのは、つい先日のことでした。「無知は罪である(Ignorance is a sin.)」というべきでしょうか。(右は「嘘」ブールジェ:作内藤濯訳・岩波文庫)

(参考資料❶) 宿泊拒否された在日韓国人女性、ホテル運営会社を提訴 「人種差別」 神戸市在住で大学教員を務める在日韓国人3世の40代女性が22日、不当に宿泊を拒否されたとして東京都新宿区のホテル運営会社を相手取り、220万円の損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした。ホテル従業員が女性に、旅券または在留カードを提示するか、日本名(通名)を書くよう要求。女性は旅券などを携帯しておらず、日本名の記載も断ったところ、宿泊拒否されたという。女性は「外国籍を理由にした人種差別に当たる」としている。/訴状などによると、2024年9月、女性はウェブサイトに本名、住所を記入して宿泊を予約。宿泊当日、ホテルを訪れ、本名を伝えると、従業員から旅券などの提示を求められた。/旅館業法施行規則では、日本国内に住所を持たない外国人が宿泊する場合、ホテル側が氏名や国籍、旅券番号を確認することを規定している。一方、日本に住所のある外国人は確認の対象とはしていない。
 女性は日本で生まれ育った在日韓国人で、旅券などの携帯義務がない特別永住者であると説明。保険証や勤務先の名刺を示して日本に住所があることを伝えた。/従業員はその後も旅券などの提示を求める一方、「日本名を書くなら泊まることができる」と提案した。本名で暮らす女性は尊厳を傷つける行為だとして断ると、宿泊を拒まれたという。
 女性は、ホテル側が日本で暮らす外国人に旅券などの提示を求めたことは不合理な差別であり、日本名の記載を求めた行為は人格権の侵害に当たるとしている。/女性を支援する人権団体「多民族共生人権教育センター」によると、各地のホテルなどで在日外国人が旅券などの提示を求められたとの苦情は多く寄せられているという。女性は「私と同じ嫌な思いを他の人にさせたくないため訴訟で問うことにした」と訴えている。/運営会社は「宿泊客の住所が国内にあるかどうかを確認するために旅券などの提示を求めただけだ。差別には当たらない」としている。【鵜塚健】(ヘッダー写真「提訴に至った経過や思いを語る在日韓国人の女性=神戸市内で2025年5月22日、鵜塚健撮影)(毎日新聞・2025/05/22)
(参考資料❷)《パスポート提示を断ると宿泊拒否、在日コリアン女性がホテル提訴「悪意がなくても差別」》2025年12月27日)

●訴訟提起後の苦悩「本名で生きられないのか」
神戸地裁に訴状を提出し、記者会見を開いた今年5月以降、女性は深く落ち込んだという。
「これが果たして事件なのか?パスポートを見せれば解決するのに」「規則なんだから従えばいい」といった記者の反応や、ネットニュースのコメント欄に寄せられた「犯罪者だから身分を証明するものを見せられないのでは」といった根拠のない誹謗中傷コメントを目にしたからだ。
「正しいことをうったえても曲解される。そんな社会では、本名で生きていくことは困難なのではないかと悩みました。でも、裁判を取り下げるという選択肢はありませんでした。私が我慢すれば丸く収まるのかもしれない。でも、それはおかしい。『みんなのために個人が犠牲になれ』というのはおかしい。もし犠牲が必要なら、力を持つ側が負うべきです」
その後、全国紙記者から「ネットの向こうにいる人ではなく、裁判に来てくれるリアルに生きている人に目を向けてほしい」と助言を受けて、気持ちを立て直すことができたという。
●ホテル側「悪意はない、行政指導に基づく」
裁判を続ける中で、支援を表明する人も増え、女性は「一人で戦っているのではない」と実感できるようになった。12月4日の期日には、傍聴席に収まりきらないほどの人が集まった。
「宿泊拒否をされたときは一人で泣いて、ネットでは犯罪者扱いまでされました。一人で戦っていると絶望していたけれど、たくさんの人が駆けつけてくれた。良い意味で『なんて日だ!』と思いました」
一方、ホテル側は、パスポートなどの提示を繰り返し求めたことは否定したうえで「行政から、外国人宿泊者については旅券等の写しを取るよう指導があった」「女性が日本に住所があるのかがわからなかったため、確認の必要があった」「一連の行為は悪意によるものではなく、提案にすぎないため不法行為にはあたらない」と主張している。
●「悪意がなくても差別」女性の思い
これに対して、女性は語る。/「悪意があるかどうかは関係ありません。差別は差別です。この裁判を通じて判例を残し、これ以上、同じように悔しい思いをする人をなくしたいと思っています」(https://www.bengo4.com/c_16/n_19826/)
(参考資料➌)【日報抄】
戦後日本のスポーツ・芸能界では多くの在日コリアンが活躍してきた。プロ野球の通算最多安打記録を持ち、86歳で亡くなった張本勲さんもその一人だ。在日コリアン2世。「人生2度死にかけた」という体験に出身地の広島での被爆と、高校時代の差別を挙げている▼差別は高校3年時、野球部内の不祥事で一人だけ不本意な処分を受け、憧れの甲子園の舞台に立てなかった。後に部の責任者が処分の理由について「在日は嫌いだ」と語ったと聞いた▼差別が今よりも色濃かった昭和の時代、張本さんは出自を隠さなかったが、誰もがそう振る舞えるわけではなかった。張本さんが兄のように慕ったという国民的英雄のプロレスラー力道山ですら、出自を伏せていた。朝鮮半島から渡ってきた生粋のコリアンだったが、長らく長崎出身としていた▼張本さんは自著で、出自を隠す力道山に不満をぶつけた際に殴られたことを明かしている。力道山は「植民地時代にわしら朝鮮人は虫けらのように扱われたんだ。隠していかないと生きていけなかったんだ」といきり立った。スターになっても消えぬ傷跡の深さを感じたという▼日本企業への就職が難しかった在日コリアンにとって、スポーツ・芸能界は格好の就職先だった。不遇を力に変えてのし上がり「紅白歌合戦は在日がいなければ成り立たない」と言われたほどだ▼張本さんは実力で偏見をはね返した。ただ今も出自を隠さざるを得ない人は少なくない。苦難の歴史はまだ昔話ではない。(新潟日報・2026/10/04)

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