山頂の櫨の紅葉を火のはじめ

みなさん、こんにちは! ビストロきっちょむ登山隊の興津(おきつ)と申します。今日、9月30日は何の日か知っていますか? 今日9月30日は「栗駒山の紅葉の見頃が始まる日」です! これはマジです! 猛暑だと10月2日になることもありますが(笑)、今年は雨が多く涼しい夏だったので、例年通り、本日が栗駒山の見頃でした!
今このレポートは栗駒山の登山口から降りてすぐの、温泉施設のロビーで書いています(笑)。
世界最速! 2026年の栗駒山の紅葉見頃レポートです! (「山と渓谷オンライン)https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=5200)

 若いころ(30~40代くらいを中心に〕、ぼくは人並みだったが、主に夏には(友人たちと)いくつかの高い山々に登ったし、冬には群馬や長野、あるいは宮城などのスキー場に(家族と)出かけたものでした。登山は夏、スキーは冬と相場が決まっていました。おそらく、京都時代の習慣が続いていて、どこかしら高い山や低い丘に登って、四囲を睥睨(へいげい)する気分を好んでいたのかもしれません。東京に出てからは、もっぱら屋内派というべきか、それこそひたすら本を読み、本を読みの生活に明け暮れていました。仕事にありついてからはもっぱら夏は学生といっしょに、低山限定の山歩き(ゼミ生たち)と、冬場は山登りはしなかったが、山の近くでゼミ合宿を続けていました。遊びというのではなく、ゼミ生との、ある種の研修及び親睦を兼ねて、つかの間の共同生活だった。

 もちろん四季折々の景観を楽しむことも怠らなかったが、人混みがことのほか嫌いでしたから、名勝地は可能な限りで避けていたし、桜や紅葉は、あまり人が来ないようなときやところに出かけては、ゆっくりと景色やその盛りの前後を堪能したものでした。

 その紅葉です。京都時代には市内の各地の神社・仏閣が格別に紅葉の鮮やかさを誇っていたもので、拝観料も取らない時代の紅葉・黄葉を楽しみました。それは高校生くらいまでのことで、「山笑う」ことも知らず、桜花爛漫」の贅沢もよくわからなかったけれど、北嵯峨という土地のあらかたは歩き回った思い出がありますね。上京後は室内派に転じたけれど、折々には、近所の庭園(六義園・小石川礫川公園・古川庭園・飛鳥山・上野公園・向島百花園などなと)、ほとんどが徒歩圏内だったこともあり、足しげく通ったものでした。

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◎ プロフィール 興津 剛(おきつ・つよし)= 静岡県静岡市出身。〔本業は登山隊の隊長。2012年から「ビストロきっちょむ登山隊」を運営。山が大好きで、実際に歩いた写真と記録を通して「私も行ってみたい」と思えるきっかけを届けています。がんばらないハイキングなど、とにかく山の魅力を伝える活動を続けています。今年こそ、あと3kg痩せたい!涙〕

(写真はいずれも「山と渓谷オンライン」:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=5200)(2026/09/30)

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 表題句(「山頂の櫨(はぜ)の紅葉を火のはじめ」(『采微』所収)は信州の人、矢島渚男さん作。山頂の櫨ではありませんが、以前に蕪村の「山暮れて紅葉の朱を奪ひけり」に触れたことがあります。小学生のころ、学校の近くにあった「二尊院」という寺の境内が紅葉一色に染まるのを飽かずに眺めた記憶が、蕪村の句の印象を引き出しました。この矢島さんの「山頂の櫨」にも、いくつかの刺激があり、ぼくは感嘆しながら覚えていたものでした。高校の社会科教師を勤めながら、上田に腰を据え、じっくりと土地の空気を詠み、山の景観を詠みつくされたのでしょうか。とてもぼくには魅力たっぷりの俳人であると思っています。本日の栗駒山の「紅葉」(写真)は見事なものでした。現地に行くこともかなわなくなった今、たった一枚の「写真」を見るだけで、ぼくは山の頂上に立った思いがしますし、その紅葉の原に足を踏み入れた気がするのです。

 「幾山川」の牧水さんに、その歌に重なる、印象的な句があります。「月一つ落葉の村に残りけり」がそれ。「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」の「はてなむ国」にも「月一つ」です。

◎ 矢島 渚男(やじま なぎさお、1935年1月24日 – )は、日本の俳人。2020年旭日小綬章受章。2024年文化功労者。本名は薫。経歴 長野県丸子町(現上田市)生まれ。上田松尾高校、九段高校を経て、東京大学文学部国史学科卒業。大江健三郎と同期だった。卒業後は長野県内で歴史の高校教諭となる。1957年「鶴」に入会し石田波郷に師事したが、波郷没後「寒雷」に移り、加藤楸邨に師事する。1994年、俳誌「梟」主宰。2003年、句集『延年』で第3回俳句四季大賞受賞。2008年、句集『百済野』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2016年、句集『冬青集』で第50回蛇笏賞受賞。読売新聞及び朝日新聞長野版俳壇選者。2020年、旭日小綬章受章。2024年、文化功労者。(Wikipedia)(上掲記事は信濃毎日新聞・2024/10/26))

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