【国原譜】政府主催の全国戦没者追悼式が、今年も終戦記念日の今月15日に東京で行われた。天皇陛下の「おことば」と高市早苗首相の式辞に注目した。
陛下の「おことば」と首相の式辞は全文が公表され、何度も読み返している。「あの戦争」の体験者が年々少なくなっていく中で、私たちは何を受け継いでいくのか。
昨年の同式では、石破茂前首相が「あの戦争の反省と教訓」と述べ、「反省」という言葉を復活させた。陛下は今年も「深い反省の上に立って」と述べられた。
高市首相の式辞には「反省」の言葉はなかった。あの戦争に対する思いが異なるということではないだろう。ただ、言葉としては微妙に異なるものだ。
ちなみに天皇陛下は1960年、高市首相は1961年の生まれである。いわば同世代であり、世の中の動きへの認識は共通する部分が多いはず。
陛下は「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」と述べられた。意味するところは重い。「深い反省の上に立って」と併せて理解されるべきだと思うが、どうだろう。読者にも、陛下の「おことば」と首相の式辞の熟読を乞う。(北)(奈良新聞・2026/08/20)

郷土の誇りである「首相」に目が眩んでいるのでしょうか。先日(08/17)のコラムでは「高市首相となって初めての追悼式で、立派にこなせたと思う。毎年参拝してきた靖国神社には行けなかったが、会場の日本武道館到着時に、靖国神社の方向に向けて遥拝(ようはい)した」と、何の疑問もなく(だったと思う)書いた。「陛下の『おことば』と首相の式辞は全文が公表され、何度も読み返している」とあります。「何度も読み返している」という、その場面を見ていないから、その虚実・真偽は、ぼくにはわかりませんが、仰せの通りだとすると、何度読もうとも「読みが足りない」というほかなさそうです。
「国原譜」のライターが同じ記者(書き手)なのかどうか、ぼくには断定はできないけれど、この程度のコラムを書いて、なおかつ購読料を取って「他者に読ませる」のには無理があるようです。即刻お辞めになるべきだと思いますが、いかがでしょう。
以下、❷➌❹の部分について、一言。❷「反省(reflection・reconsideration・meditation・contemplation)」という言葉の有無こそが、「歴史」に対する、両者の決定的な違いを生んでいるのではありませんか。「いわば同世代」だから「世の中の動きへの認識は共通する部分が多いはず」と、どうして、この生まれも育ちもまったく異なる環境にあった二人を同一視するのでしょうか。まったく「同じ」じゃないことがお分かりにならないのか。
❶陛下の「おことば」と首相の式辞は全文が公表され、何度も読み返している。(もっと「シッカリと読んでほしい」ね。山埜註)
❷高市首相の式辞には「反省」の言葉はなかった。あの戦争に対する思いが異なるということではないだろう。
➌天皇陛下は1960年、高市首相は1961年の生まれである。いわば同世代であり、世の中の動きへの認識は共通する部分が多いはず。
❹読者にも、陛下の「おことば」と首相の式辞の熟読を乞う。

天皇陛下は当たり前の「歴史感覚」も「歴史認識」も持って生きておられると、ぼくは見ています。だから「先の戦争に対する深い反省」という姿勢(思想)が生まれるのです。❷「私は反省しない」という人間には、過去への真摯な「理解」も「認識」もない、ないから「反省なんかしない」という、仰天するような言葉が出てくるのでしょう。「反省」というのは過去に対する真摯な思い(態度)の表れで、それが欠けていれば、その人に「歴史」というものは無意味に等しい。過去を真摯に受けとらない人間に「歴史」意識が育つはずもない。だから「皇紀2686年」とか「皇統(男系男子)126代」は「歴史的事実」と恥ずかしげもなく言えるのですね。無知は恐いよ。
(右上写真「高市首相は1月31日、川崎市内での衆院選の応援演説で『今は円安だから悪いと言われるけれども、輸出産業にとっては大チャンス』と強調し、『もっと助かっているのが外為特会の運用。今ほくほく状態だ(「外為ホクホク」発言)。だから円高が良いのか円安が良いのかは分からない』と述べました」毎日新聞・2026/02/04)
「奈良」は「奈良県民」だけのものではないし、奈良の歴史も、また同じ。奈良を「誇り」に思うことと、奈良出身の現首相が「能天気」であることとは無関係とまで言う気はありませんが、それはまた別次元の問題。現下の厳しい状況を見るにつけ、言ってみれば「国難」を主導しているような首相の無能力をこそ、コラムは指摘・糾弾しなければならないのではないですか。「書きたいこと」より、「書かねばならぬこと」を、ぜひ書いてほしいと願う。

(蛇足です 「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思う」と、羞恥心もなく、媚態を振りまいて放った「おべんちゃら(flattery)」と、現実の米国大統領の無残な「暴力主義」に無批判な、この首相の態度にも、コラム氏は一言あってしかるべきじゃないですか。❹コラムと言えども「言いたいこと」ではなく「言うべきこと」を書くのが新聞でしょ)
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