【天風録】首相の反省
政界ではタカ派で鳴らした故石原慎太郎さんは広島の原爆慰霊碑に異を唱えていた。矛先は〈過ちは繰(くり)返しませぬから〉と刻まれた碑文。過ちを反省すべきは米国で、被爆地や日本の誓いは〈繰り返させません〉がふさわしいと▲碑文に主語がないゆえの主張だろう。広島市の見解は明快である。主語は人類全体、過ちは戦争や核兵器の使用だと。全世界の非戦、非核を願う「ヒロシマの心」だが、今も誤解や曲解がネット上にしぶとくはびこる▲戦争の惨禍を二度と繰り返させない―。終戦の日の式典で、高市早苗首相のあいさつが波紋を呼んだ。歴代の首相は「繰り返さない」だったから。「せ」の1文字を加え、日本は戦争に巻き込まれたとする己の歴史観を示したとの指摘は少なくない▲「反省」の言葉も消えた。戦争を巡る高市氏のかつての国会発言を思い出す。「私自身は当事者とはいえない世代ですから、反省なんかしておりません」▲行き過ぎた他責の歴史観は分断を招く。事実に基づく客観的な認識が今こそ指導者に求められよう。ドイツのワイツゼッカー元大統領が残した格言を、首相はかみしめてほしい。〈過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる〉(中國新聞・2026/08/17)

昨日の駄文録では「遥拝(ようはい)」ということについて愚見を述べました。辞書には「(スル)遠くへだたった所から拝むこと」(デジタル大辞泉)とあります。もちろん、かかる拝礼・参拝・参詣の方法は、大昔からあるものではなかったといえます。ある種、実に「横着」なお参りの仕方方でしたから、誰彼に勧められるものではなかったはず。奈良・平安時代には「遥任(遙任)」ということが行われていました。元々は「遥任(ようにん)遥授とも。地方官(おもに国司)が,任命されたのちも赴任の業務を免除され,在京のまま得分のみをうけること。赴任して執務をする受領(ずりょう)に対する語。奈良時代の員外国司・権任国司の制に始まるとされるが,826年(天長3)の親王任国制が遥任を前提としているように,平安初期にはすでに制度として成立していた。そのねらいは,中央財政の窮乏にともない苦しくなった京官の待遇を,公廨稲(くげとう)の配分によって改善することにあり,平安中期にかけてますます盛んになった」(山川 日本史小辞典 改訂新版)とあるように、名目をを保つための窮余の一策で、いわば「代理」を立てて、当初の「手当」を受けとる手法だった。
さすれば「遥拝」もまた、同じように、代理を立てて参拝させるだけでは(今回は、自民党幹事長などの党4役を代理に立てた)、いろいろな効力(霊験)が果たされないという思い付きで、「(行ったふり)参詣」を偽装したとも言えます。戦時中には植民地、あるいは侵略した地域においては「君が代斉唱、国旗掲揚、宮城遥拝」が強制された事例が多く記録に残されている。その始まりは伊勢参拝のご利益を得る「礼拝法(お伊勢参り・伊勢講に付随する)」でもあった。異性神宮の「祭神(さいじん)」は「天照大神」(「日本神話で、高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神であり、また、皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られている。大日孁貴(おおひるめのむち)。あまてるかみ」デジタル大辞泉)であり、それゆえに、天皇家は伊勢神宮(天照大神)に直結する神職であり、その住まいである「宮城」に向かって、遥かの遠隔地から「遥拝」が強いられたのでした。今回、総理大臣は、武道館にいたし、そこから「靖国」は約600mの地にあったのですから、歩いてでも行けたのに、ね。つまり、米国から「面倒は起こすな。中国を刺激するな」「靖国に行ってはならぬ」と厳しく叱責されたともいえる、その揚げ句の「遥拝」だった。前例は故元 A 首相にあった。同じように米国に「靖国参拝」を窘(たしな)められたのだ。卑屈だし、姑息だというほかない。「靖国に祀られている戦死者」を冒涜するものというべきではないですか。
それ以上に問題なのは、憲法に禁じられている「宗教行為」を白昼堂々と行ったという点、誰も何も言わないということ自体が、論外のこと。「憲法20条:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

本日の中國新聞のコラム「天風録」は、まっすぐではないですね、論旨が。よく読めば何んとかわかるが、このコラムニスト(記者?)までが、このところ、やや「軟弱化」しているとも思えます。つまり「唯一の被爆国の、最初の被爆地」の新聞として、いかにも変貌しつつあります、という雰囲気が感じられました。(ぼくは、この新聞社に「質問状」を8月8日付で送付(メール)しましたが、いまだに返事がありません。ここに故元都知事が引き合いに出されていました。「政界ではタカ派で鳴らした故石原慎太郎さんは広島の原爆慰霊碑に異を唱えていた。矛先は〈過ちは繰(くり)返しませぬから〉と刻まれた碑文。過ちを反省すべきは米国で、被爆地や日本の誓いは〈繰り返させません〉がふさわしいと。要するに現首相は元都知事の主張を「パクった」ということでした。卑しい品性ですね。
「終戦の日の式典で、高市早苗首相のあいさつが波紋を呼んだ。歴代の首相は『繰り返さない』だったから。『せ』の1文字を加え、日本は戦争に巻き込まれたとする己の歴史観を示したとの指摘は少なくない」とコラム氏。日本は(満州事変をはじめ、対英米などの)戦争を起こしたのではないのであって、他国から使嗾(しそう)されて戦争に至ったといいたいらしい。だから責任も反省もないのだ、と。これって、どこの世界に通じるんでしょうか。この女性が破廉恥であることは多くが知っているでしょう。知りつつなおも、首相に至る過程を通して、多くの有権者は支持してきた。そして、ここに逆上したような首相「あいさつ」が登場したのでした。「戦後、我が国は一貫して、平和を重んじる国家として歩みを進め、世界の平和と繁栄に貢献するために力を尽くしてまいりました。戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。戦後81年が経(た)ちますが、歳月がいかに流れても、この決然たる誓いを、世代を超えて継承し、貫いてまいります」という、「挨拶」を読み飛ばせば、何の問題もない、立派な「挨拶」という輩が出てくるでしょう。
((註 「これまでは。でもこれからは違う。あるいはやむを得ない戦争になるかもしれぬ」といいたいらしい。山埜)

彼女の出身地の「奈良新聞」は昨日のコラムで書いていました、「高市首相となって初めての追悼式で、立派にこなせたと思う。毎年参拝してきた靖国神社には行けなかったが、会場の日本武道館到着時に、靖国神社の方向に向けて遥拝(ようはい)した」と。ぼくには、つくづく寒心に堪えないものがあった。こういう「善意(だと思う)」の輩たちが「悪女」を「鬼女」に仕立て上げるのですからね。まさに「戦時中の狂気じみた習慣復活」を高く持ち上げているのです。「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」というのはどうか。十分すぎるほどの軍備を備えて、好き勝手なことはさせない(米国にか、、中国にかは不明。はっきりと明言すべきでしょう)」と言っているんです。武器輸出原則も非核三原則もはとっくに風化されている。
(一か月前のNYTでは「ロシアの精密兵器の部品に、日本製品が9割も使用されているとありました)(下部に掲載の記事参照)
令和8年度全国戦没者追悼式総理大臣式辞
天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、戦没者の御遺族、各界代表の御列席を得て、全国戦没者追悼式を、ここに挙行いたします。
先の大戦では、約310万人の同胞の命が失われました。
祖国の行く末を案じ、愛する御家族の幸せを願いながら、戦場に斃(たお)れた方々。広島と長崎での原子爆弾投下、各都市での爆撃、沖縄における地上戦などにより犠牲となられた方々。終戦後、遠い異郷の地で亡くなられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊の安寧を、心より、お祈り申し上げます。
今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊(とうと)い命と、苦難の歴史の上に築かれたものであることを、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の誠を捧(ささ)げます。
未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、国の責務として全力を尽くしてまいります。
戦後、我が国は一貫して、平和を重んじる国家として歩みを進め、世界の平和と繁栄に貢献するために力を尽くしてまいりました。戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。戦後81年が経(た)ちますが、歳月がいかに流れても、この決然たる誓いを、世代を超えて継承し、貫いてまいります。
日本は、各国が直面している様々な課題の解決に向け、重要な役割を果たせます。
インド太平洋の輝く灯台として、頼りにされる国になれます。
今を生きる世代も、未来を生きる世代も、希望を持てる日本を、安全で安心して暮らせる社会を、創り上げてまいります。
結びに、戦没者の御霊の平安と、御遺族の皆様のご健勝を、お祈り申し上げます。令和8年8月15日 内閣総理大臣 高市早苗

「あいさつ」の最終部分に「重要な役割を果たせます」「頼りにされる国になれます」「安全で安心して暮らせる社会を、創り上げてまいります」と、天皇両陛下を前にして、堂々と(戦々恐々というのが本音でしょう)「日本軍事大国化」を宣言をしたのです。しかも「我が国民の310万」が犠牲になった、その慰霊・追悼式で、でした。この非礼を許せますか。戦争犠牲者の中の兵士(230万)の6割は餓死でした。「非業の死」というけれど、「餓死」ではなかったか。白々しい顔をして「犠牲者」の実態を語ろうとしない。(兵士が餓死)とは、国家に見捨てられたということではなかったでしょうか。嘘をつくことに人生をかけてきた女宰相を、「どこまでつけあがらせるのですか」と、有権者にも政治家にもぼくは問い続けたい。「犠牲者」を冒涜すること、甚(はなは)だしいというほかない、「戦没者」追悼式の「首相の振る舞い」でしたね。
【質問】原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれていますが、どういう意味ですか?
【回答】原爆死没者慰霊碑(公式名は広島平和都市記念碑)は、昭和20年(1945年)8月6日、世界最初の原子爆弾によって壊滅した広島市を平和都市として再建することを念願して設立したもので、ここに眠る人々の霊を雨露から守りたいという気持ちから、埴輪(はにわ)の家型に設計されました。中央の石室には原爆死没者名簿が納められており、石棺の正面には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれています。この碑文は、すべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉であり、過去の悲しみに耐え、憎しみを乗り越えて、全人類の共存と繁栄を願い、真の世界平和の実現を祈念する「ヒロシマの心」が刻まれているものです。/広島市では、この碑文の意味を正確に伝えるため、慰霊碑前の平和の池の中に、多言語(日本語、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、イタリア語、中国語(簡体字)、ハングル)での説明板を設置しています。(市民局国際平和推進部 平和推進課)(https://www.city.hiroshima.lg.jp/faq/atomicbomb-peace/1001617/1002399.html)

(「ロシアが日本にスパイ拠点、規制回避で兵器向け部品調達か 米紙報道 米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は12日、ロシア軍の情報機関が東京を拠点に活動していると報じた。兵器への転用を目的に日本企業の製品や部品を第三国経由でロシアに流入させている疑いがある。統括する人物はロシアの国営航空会社職員を装って活動しているという。/西側情報機関の複数の関係者への取材などを基に報じた。/NYTによると、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の「第20局」の将校が国営航空会社アエロフロートの東京事務所で従業員を装って活動している。アエロフロートの提携企業を窓口に、半導体や工作機械、通信機器などを第三国経由でロシアへ調達している疑いがある。/NYTは日本について「かねて『スパイの楽園』として知られてきた」と指摘した。スパイ活動を取り締まる法整備が十分でないことに加え、先端技術を持つ企業が多いことがロシアによる情報収集や部品調達を容易にしたと伝えた。/日本政府はウクライナ侵略を受け、ロシア向けの先端部品や兵器に転用可能な製品の輸出を規制している。ただ対ロ制裁が迂回されている可能性がある」(日経新聞・2026/07/13)」
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