【河北抄】
きょうは、暑さが一年で最も厳しいとされる二十四節気の「大暑」。夏本番を迎え、外出すら極力控える高齢者が多いが、30年ほど前は少し緩かったようだ。
<真夏日に老いの運動鎌と草>。仙台圏のシニア向け月刊フリーペーパー「みやぎシルバーネット」の名物コーナー「シルバー川柳」。1996年の創刊から間もない時期の作品が目に留まった。
投稿したのは当時70歳の男性。真夏でも草刈りを良い運動と楽しむ余裕がまだあった。最高気温35度以上が猛暑日と名付けられたのは2007年だった。
「この30年でお年寄りの暮らしも気候も随分変わりました」と編集発行人の千葉雅俊さん(65)が言う。猛暑日が増えた近年は、切実な句も目立つ。
<助けて脱水寸前蓋(ふた)取れず>。74歳女性が今年投稿した。慌てたり弱ったりしていれば、水分補給もままならない。
河出書房新社が全国公募した句を交え、シルバー川柳の秀作を集めて年数回刊行する単行本の最新第30弾には、71歳女性の生命力あふれる句があった。<暑くても生きているのは楽しいね>(河北新報・2026/07/23)

昨日の河北新報のコラム「河北抄」、まさに仰せの通りの「酷暑」続きで、長く生きてきて、年年歳歳、この「暑さ」が身に応えるのを、厳しく実感しています。昨年の夏、いつもなら草刈りに精を出すはずが、あまりにも暑すぎて、いつも通りの除草作業を中断していたら、あっという間に拙宅前の空き地(200坪ほどか)が、隣地から侵入してきた竹に地面を奪われ、また鳥や風がもたらしたか、桑の木が立派な成木に成長し、すっから自宅からの景観を奪ってしまった。春には蝶々が飛来し、菜の花が咲きと、得も言われぬ空き地の長閑さは、すっかり変貌し、今では「鬱蒼」とは言わぬまでも、立派な茂みとなってこんもりとその姿を一変させてしまいました。また、今年は、自宅内の庭の方々に、これまた隣地から忍び寄ってきた竹が驚くほど繁殖し、あっという間に、植え込みといわず軒下といわず、高く伸びて、初めて気がつく始末で、もう何本切り倒したことでしょう。

昨日は「大暑」でした。「 二十四節気の一。7月23日ごろ。一年のうちで、最も暑い時期。《季 夏》『念力のゆるめば死ぬる大暑かな/鬼城』」(デジタル大辞泉)その大暑の順序は「初候 7月23日〜7月27日頃 桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ):次候 7月28日〜8月1日頃 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし):末候 8月2日〜8月6日頃 大雨時行(たいうときどきにふる)」とあるように、まず「桐」の開花です(ヘッダー写真)。最近ではまったく目にしなくなりましたが、なかなかに貴重な樹木として,古来、尊重されてきたものでした。

◎ きり【×桐】= 1 キリ科の落葉高木。高さ約10メートル。樹皮は灰白色。葉は大形の広卵形で長い柄をもち、対生。5月ごろ、紫色の鐘状の花が円錐状に集まって咲く。実は熟すと殻が裂け、翼をもった種子が出る。材は白く、軽くて狂いが少なく、げた・たんすなどに重用。中国の原産。しろぎり。《季 花=夏 実=秋》2 紋所の名。桐の花と葉をかたどったもの。五七の桐・五三の桐・唐桐からぎりなど。3 《1の材で作るところから》琴。4 《2を打ってあるところから》大判・小判などの判金。また、金銭。「籠を出る鳳皇―の光なり」〈柳多留・七一〉(デジタル大辞泉)
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「最高気温35度以上の猛暑日となった年間日数が各地で急増していることが23日、47都道府県の主要観測地点のデータで分かった。2024年は京都など2府県、25年には7府県で50日を超えた。100年前に当たる1926年以降、2023年までは類例がなく、最近の厳しい暑さが浮き彫りになった。特に直近5年間は増え方が著しい。今年も全国的に暑さが続き、今後も熱中症への対策が求められる。 共同通信が気象庁のデータを分析。都道府県内の気象台について、古くからデータが残る主要な観測地点を1カ所ずつ選び、1926年以降の猛暑日数を数えた。 2025年の猛暑日数は前橋、熊谷(埼玉)、甲府、岐阜、名古屋、京都、奈良で50日を超えた。本州の内陸で暑さが際立つ。24年は京都と熊本で50日を上回った。 京都では、21年は18日、22年は25日、23年は43日、24年は54日、25年は61日を観測。熊谷、甲府、岐阜などもこの5年間は増加傾向だった。/ 47観測地点の猛暑日の数を足し上げてみると、24、25年はそれぞれ計千日を超えた。」(下の図表も)(共同通信・2026/07/23)
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今年の春先に新調したOSが、このところの猛暑に音を上げ、基盤部内が高温状態で、まさに危機的事態にあります。予備用に据えているもう一台で、この駄文を書いている。容量も大幅に増やして(2TB)、駄文の山に対処しようとしていた矢先、残念ながら、修理待ちの状態に入ってます。今月いっぱいは無理で、少なくとも来月にかかりそう。記録的な暑さが来なくても、小生の下らぬ「駄文」「雑文」の乱発に突き合わされて辟易(へきえき)していたのは間違いないところ、器械といえども、その程度の評価はできるんでしょうね。当事者としては実につらいところ、しかし能力のなさを、いまさら託(かこ)っても仕方がありません。「ビーダーマイヤー(ビーダーマンとブンメルマイヤーの合成語で、「愚直な人」という意)」を自任して生きている人間にしてみれば、そろそろ「年貢の納め時」という自覚はあるのです。

「《租税の滞納を清算する時の意から》悪事をしつづけた者が、捕まって罪に服する時。転じて、物事をあきらめなくてはならない時。「独身生活を謳歌したが、そろそろ―だ」」(デジタル大辞泉)とありますように、ぼく自身の自覚にかかわらず、もはやこれまでという終焉期にある、そんな感覚が時代社会の移り行きにもぼくは痛感しているのです。歌舞伎や芝居などでは「大団円」などと言います。「演劇や小説などの最後の場面。すべてがめでたく収まる結末についていう」(デジタル大辞泉)とあります。しかし、めでたしめでたし、と終わらないところが、この社会に生きる人間の宿命なのかもしれないと覚悟は決めています。

繰り返し述べていますが、ぼくはスマホを持たない人間ですし、今どきの「チャットAI」や「生成AI」には無縁を続けているものです。しかし、何かと漏れ聞こえてくるところによれば、多くの人々の間では、もはや「AI」と絶縁することは不可能だというような、空恐ろしい話も聞きます。誰よりも相談相手は「AI」を、というのは何んとも奇怪な現象ではないですかと、ぼくは思うばかりです。軽い気持ちでの話ではないところも感じられるだけに、一面では由々しいという気もするのです。
現下のイラン攻撃にアメリカ軍は「AI」を多用しているといいます。この先、コントロールを失った人間どもは、これまで以上に、あらゆる事柄を「AI」に依存するようになるでしょう。「自発行動型AI」が攻撃目標を特定して実際の行動に出たという話もありました。自分の足で歩き、自分の頭で考えるという、生き物としての「基礎能力」を失った時代がすでに来ているし、そんな「無力人間」が機器にすべてを依存させられている軽薄な事態に対して、為すすべを知らないとすると、悲劇の発生は不可避でしょう。パソコンを使うこと自体が、AIの介在を避けられない事態にあることを考えれば、なおさらに、ビーダーマイヤー然として、素朴な知能と技術(技量)に自分の制御(統制)しうる範囲を限定することは、思いのほか困難であることを自覚しつつ、なおそれにこだわり続けていきたいものです。
表題句(「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」)は芭蕉作。元禄3年夏。幻住庵で秋之坊(=金沢・前田藩士だった武士で、蕉門の一員となる)に芭蕉が示した句。前詞に「無常迅速」とある。
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