
現政権によれば、「皇室典範」改正と国旗損壊罪新設はワンセットであります。男系男子が皇統を継ぐのは2600年来のこの国の伝統(神話)であり、その天皇こそが我が国軍の大元帥陛下であるのですから、白馬にまたがり全軍を指揮するのは男性天皇に限るというもの。また、その男系男子が継承する地位(天皇)は国家のシンボル(象徴)でありますから、それを具体的に示唆するのが「国旗」(日の丸・日章旗)であって、それに対して敬意を失うことは許されない、無礼千万の「不敬」というのでしょう。「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する」(国旗損壊罪第二条)、これが法律です、ということが、そもそも間違っていますし、それも法として機能させるなら、なんだって法にできるでしょう。
いずれにしても、わずか三時間程度という驚くべき短兵急(拙速)な審議で成立したのですから、「ご同慶の至り」というべきか。「軽薄の極北」というべきか。二つの法律制定が、ある時期になれば、とんでもない「躓きの石」なる事態をぼくたちは受け入れる羽目になるはずです。前へ向かう、あるいは未来からの現実再定義を「理想」とするなら、過去のある時期の形から物事を発想する姿勢や態度を「イデオロギー」といってみます。過去にとらわれて、現実を偽装することです。「大日本帝国憲法」体制への先祖がえりを果たすことが、この国、現実の急務であると、どうして考えられるのか、ぼくには理解が届きません。これまでさんざん、この問題に関して愚論を述べてきましたから、この先、これ以上はこの問題には触れないことにします。本日は語り収めというつもり。

【金口木舌】日の丸の時代に戻さない 日の丸の小旗を振り、出征兵士を見送った新垣芳子さんは、100歳になった今も、学校で教えられた軍歌をそらんじて歌える。日の丸であふれる侵略戦争の時代を生きた▼戦争の旗振り役は教育や新聞だった。1905年、元日の本紙は明治天皇の肖像と日の丸の絵を掲げた。日露戦争の“勝ち戦”の勢いに乗って日の丸や君が代が日常の隅々に浸透した▼「戦争に勝利した日本は優秀だと思い込ませ、アジアを蔑視した」。沖縄戦で野戦病院に動員された新垣さんの、誤った教育に翻(ほん)弄(ろう)された苦い記憶。国旗損壊罪を制定し、国民にナショナリズムをあおる今日に重なる▼トランプ米大統領は昨年、国旗焼却禁止の大統領令に署名した。国旗の焼却は「言論の自由」に含むという最高裁判決があるにもかかわらず。トランプ氏をたたえる高市早苗首相、ここでも追随したか▼日露戦争は英国とロシアの代理戦争でもあった。ロシアを警戒する英国と、朝鮮半島の権益を狙う日本の利害が一致した。各国への軍事行動で世界の秩序を壊す米国は日米同盟で何を狙うのか。再び戦争のお先棒を担ぐわけにはいかない。(琉球新報・2026/07/22)
「戦争の旗振り役は教育や新聞だった。1905年、元日の本紙は明治天皇の肖像と日の丸の絵を掲げた。日露戦争の“勝ち戦”の勢いに乗って日の丸や君が代が日常の隅々に浸透した」と琉球新報のコラム氏は書く。おそらく、世界の一等国になったつもりで、ほとんどの国民が熱せられたフライパンの中で、舞い上がったに違いありません。世界の列強の仲間になったのだという、超歴史的な時代誤認識が、この国をあらぬ方向に進ませたのは、その後の歴史が示しています。(人でも国でも、「一番秒」に取り付かれると、どうなるか。かかる大時代意識は、今もなお、一部の政治家、その多くは権力を掌握している政治家集団ですが、そういう連中においてはなはだしい自己肥大化が見て取れます。「列島を強く豊か」にするとは、どういうことか、ぼくにはいささかもわかりません。国民を縛り、反政府を取り締まり、そしてなおかつ他国にを凌駕する政治体制(基本は軍事増強)を強調する、その魂胆がぼくにはまったくわからないのです。天皇を政治利用し、日の丸の旗を振り続ければ、世界の列強になれると考えているとしたら、もはや「狂人の域」に入っているでしょう。(こういう連中には、いつ来るか皆目わからないが、確実発生するだろう「南海トラフ」や、「急速に進む少子高齢化」という(超)自然現象は眼中にないのだ)

「トランプ米大統領は昨年、国旗焼却禁止の大統領令に署名した。国旗の焼却は『言論の自由』に含むという最高裁判決があるにもかかわらず。トランプ氏をたたえる高市早苗首相、ここでも追随したか」とコラム氏は図星を指すと思われますが、可哀そうに、その米大統領はこの劣島国の首相を、あるいは歯牙にもかけていないのです。「彼女は俺のファンの一人だ」と広言している。アメリカから軽蔑され、他国からも異な国という目で見られていることを鈍感首相は感じないらしい。まだしばらく、この政権が続くでしょうが、間を置かず立ち往生せざるを得ないところに来ています。まず財政破綻が目の前に。限界のない借金頼みが、円安を呼び込み、それが物価高に連動し、長期金利の上昇を促進している。取り巻きや、多くの支持者は常軌を逸し、常識を欠いているでしょうが、マーケットは容赦も忖度もしないで利益確保にしがみつくものです。いまでは、日本売りが始まっているし、それをいいことにして物価高を放置しているこんな政治や政治家に、だれが尻尾を振るのでしょうか。この国にいささかの余裕もないようですよ。
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小学校時代に何度か歌わされた記憶があります。「日の丸の旗」(唱歌)。あるいは、朝に夕に「朝日の昇る 勢ひ見せて ああ 勇ましや 日本の旗は」と、永田町の面々は歌っているのでしょうか。連日一睡もしないで「アイロンかけ」「風呂掃除」をしている総理大臣を何とかして、どこかの疏泄に入れて差し上げたいものです。寝ないで「働く」のは勝手ですが、自分は、どこかに行くのに、どこを走っているのか気が付かないのは、まさしく「無免許運転」ですよ。方々で事故を起こしているさなか、早々に引き取りを願うほかないでしょう。そのためにはマーケットと有権者、いや主権者が「言うべきこと」を言わねばならないのです。
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◎ 日の丸(ひのまる)= 日本の国旗。日章旗ともいう。わが国では古くから軍扇などに使用されていたが、江戸幕府はこれを船印として、城米輸送の廻船(かいせん)などに用いた。幕末に至り、対外的にもわが国の国旗を明確にする必要から、薩摩(さつま)藩主島津斉彬(なりあきら)らの意見をいれ、1854年(安政1)「日本総船印は白地日の丸幟(のぼり)」と定めた。明治政府も国旗を定める必要から、70年(明治3)太政官(だじょうかん)布告第57号で商船規則を制定し、「御国旗」のデザインや規格を示した。▼これによると国旗の寸法は縦横比7対10、日章直径は縦の5分の3、日章の中心は旗面の中心から横に100分の1だけ旗竿(はたざお)側に寄せることとされた。その後、海軍国旗章の制定などもあり、日の丸は日本の国旗としてしだいに内外に定着していった。第二次世界大戦後、一時国旗掲揚が禁止されたこともあったが、1949年(昭和24)にはGHQ(連合国最高司令部)の覚書により、日本国内での日本国旗の無制限の掲揚および使用が許可になった。▼ しかし、日の丸を国旗とすることについては、商船規則としての太政官布告に依拠する慣例的な扱いが基礎となっていたため、より明確な規定を定める必要があるとして、1999年(平成11)法律第127号をもって、「国旗及び国歌に関する法律」(国旗・国歌法)が公布・施行された。これによれば、国旗は日章旗とし、その制式は、縦が横の3分の2、日章の直径は縦の5分の3で中心は旗の中心とし、彩色は地は白色、日章は紅色とされた。太政官布告の商船規則は廃止されるが、日章旗の制式については、当分の間、同規則に定める規格によることができるものとされた(附則2、3)。▼新法には、国旗・国歌に関する尊重規定や罰則はなく、国会審議でも、政府側は学校での日の丸掲揚などを児童・生徒らに強制することはないと説明したが、教職員に対する職務命令の強化など、強制をめぐる論議はなお不透明な面を残している。(日本大百科全書ニッポニカ)

「日の丸の旗」(唱歌)
白地に赤く 日の丸染めて
ああ 美しや 日本の旗は
朝日の昇る 勢ひ見せて
ああ 勇ましや 日本の旗は
詞:高野辰之 曲:岡野貞一
(明治44年小学校唱歌)
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