「紅一点」ならぬ、「汚一点」だな

⁂「週のはじめに愚考する」(129)~ しばらく前に、この国の国会は荒れる学校の、中でも質の悪い学級崩壊みたいで、もはや手の付けようがないくらいに末期症状を呈していると書きました。第一に、学級担任がどこにも見当たらないどころか、わけのわからない「女番長」が泣いたりすごんだりして、もはや好き放題。あるいは、この「番長」を裏で動かしている輩がいるのではと疑ってはみるが、その気配は濃厚であると思わせながら、実はそんな芸当ができる「悪」はどこにもいないというのが実態か、という怪異。灼熱の熱帯夜に「魘(うな)される」、寝つきの悪い夜を過ごしている。 

 今首相の任についている人間は「食わせ物(偽物)」だと、彼女の就任時以来、ぼくは言い続けている。何の恨みもつらみもないけれど、納税者の一人であり同時に主権者(もちろん有権者でもある)の一人である身にとってみれば、このまま放置し、拱手傍観(standing by and watching)していると、とんでもない泥沼にはまる(はめられる)から、そんな危険性があればこそでした。案の定、でしたね。こうなることは火を見るよりも明らか、ぼくにはそう映っていました。何よりも、この御仁は「嘘」が売り物だ。寝ても覚めても嘘をつきながら息をしてきた。嘘つきの本性は、嘘をつかないと息が詰まるというところにある。だから、初めは小さな嘘をついて成長してきたが、その嘘をだれも咎めなかったのをいいことに、「嘘つき天国」へと舞いあがったという次第でありました。

 第二に、この人物は「働いて」を始終強調して、自分は怠け者(不勉強)だと白状しました。これをぼくは「問うに落ちずに語るに落ちる」といいました。その心は、「嘘が出番を待っている」からです。「問い詰められるとなかなか言わないが、かってに話させるとうっかり秘密をしゃべってしまう」(デジタル大辞泉)。嘘が嘘を呼ぶという生き方が身についているので、今更どうにもしようがないというのです。「国」は好きだが、「国民」は嫌い、天皇制は好むが「天皇個人」は嫌う。まれにみるお粗末な「観念主義」です。こんな出来損ないだからこそ、「首相」になれたも言えます。主権者意識のきわめて薄い「有権者」が「悪女」を育て、「首相」にまでならせたというのです。

 素粒子(朝日新聞・2026/07/17)

 国旗への敬意は、ある人にはあり、ない人にはない。何もしなければ、それだけのものだった。それを押しつけたことで反発は生まれた。この愛国心は作りものではないかと思わせた。損壊罪の創設は反発を呼び覚ます悪手だった。
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 皇室への敬意も同じ。男系男子を押し通すため、旧宮家を持ち出したことで反発は生まれた。果たしてそれは一つながりの血筋といえるのか、作りものの伝統になってしまわないかと思わせた。国民の支持は遺伝子よりも行いに向けられていることを見くびった。養子の子の皇位継承は悪手だった。
 素粒子(朝日新聞・2027/07/16)

 「君子豹変(ひょうへん)す」は首相も大切にしている言葉だそうだ。確かに、話が中傷動画疑惑に及ぶと態度が豹変。声にどすを利かせて言い返す。高市氏の短気に野党も耐えかねてもとの粘りの石破氏恋しき。
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 典範論議には静謐(せいひつ)な環境を求めたのに、党首討論では豹変する。首相の背後にぞろぞろ大応援団。数で圧倒するのが与党の総意か。
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 ドナルドへの姿勢は豹変していい。世界に平和と繁栄をもたらさず、日本が所長を出す国際刑事裁判所には解体の脅し。お得意の英語にどすを利かせて抗議しては。

 本日は「素粒子」2題。いずれも、くだんの人物が、どこからみても「首相の器」でないことを、同性の誼(よしみ)で笑い倒そうとしている。その意図はよくわかりますが、手心を加えてはいませんか。文中に「君子豹変す」とありますけれど、断るまでもなく、現首相はもちろん「君子」であるはずもない。

 この言葉には続きがあります。「君子豹変す。小人革面す」と。「易経」(の二か所)に出てきます。「〈上六(じょうりく)〉上六。君子豹変。小人革面」、あるいは「〈象伝(しょうでん)〉象曰。君子豹変、其文蔚也。小人革面。順以従君也」とある。「豹変」とは「虎が秋になると皮面が、美しく一変するように、君子たるものは、自らの過ちを認めて、すっかり改めるもの」、「立派な人は、自らを美しく一変させ、人々も改めさせろようであってほしい」、そんな有徳の人士の、鮮やかさを指し、それが原義だったとされます。「小人は面を革(あらため)る」というのは、虎の豹変を見て、みずからの表情を変えて、君子に付き従うということでしょう。断るまでもなく、彼女は「小人」ですらありません。

 現首相の得意芸は「媚態(coquetry)」と「脅し(threat)」で、この二態は同根です、根っこは同じ。「強きを助けて、弱きを挫(くじ)く」その二様の態度が違って見えるだけ。『素粒子』氏に告ぐ、T首相は「豹変」なんかしていないし、できない相談。この女性は、だれ一人として信じられない、生来の小心者です。これは間違いない。天皇個人も国旗も「敬う気がない」のは明白です。表向きを繕(つくろ)う人間に「誠意」を求めるのは、魚屋で『かぼちゃ(南瓜)』を求めるみたいなもの。求めるほうが間違っているのですよ。ある時期は「女性天皇」を認めたり、ある時は「男子に限る」といってみたり。要するに「日和見主義(ご都合主義)(opportunism / expediency)」でしかありません。こんな人間に国の「舵(かじ)取り」を任せようとした国民(有権者)が愚かだったということ。加えて、この国に健全な「野党」なんかあり得ない。みんな「与党」に入りたがっている「浮草連中」です。

 ある政党の党首が「皇室典範」改正案に賛成した理由に、重要法案であるがゆえに「袂を分かつわけにはいかないかった」、「苦渋の決断」などと「お風呂のオナラ」みたいな、気持ち悪いし、実に腑抜けたことを言っていました。つまり「袂は一つ(同じ穴のムジナ)」だったと、言わず語らず。これも「問うに落ちずに、語るに落ちる」話。阿保らしい。そんなこんなで、この国は「「ご破算で願いましては」ですな。(彼女がこの先も命数が尽きないままでいたなら、「女性天皇万歳」というだろうし、「夫婦別姓賛成」を言うはず。もちろん「靖国参拝大反対」と、必ず言うよ。定見がないということ、つまり「無定見(no firm opinion)」であるという意味。彼女の歩いてきた道(があるなら)を、確かめられるがいい、世に存在されている「素粒子」さんたちよ。(例の「陳述書」はどうしたんでしょうか?かかるごまかしや嘘は腐るほどありますね。)

蛇足 タイトルについて一言。「紅一点」、今ではあまりいい使い方ではない表現とされます。「こう‐いってん【紅一点】《王安石「詠柘榴」の「万緑叢中(そうちゅう)紅一点」から。一面の緑の中に一輪の紅色の花が咲いている意》1 多くのものの中で、ただ一つ異彩を放つもの。「殊に目に立つ―は金釦鈕(きんボタン)の制服」〈魯庵・社会百面相〉2 多くの男性の中にただ一人いる女性」(デジタル大辞泉)ここでは、当然のこと、「1」ですね。その「紅」は、「これまでつき通してきた嘘っぱち」ですっかり汚れているという意味での「汚一点(短縮して「汚点」)」です。大な小なり、議員さんは汚れているけれども、飛びぬけて汚れているという図抜けた「汚さ」をさしての「汚一点」、悪しからず)

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